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ID.4975
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2018/04/24(火) 19:24


木乃伊は甘い珈琲がお好き 4-3
 こわごわと目を開いたマミーモンが最初に捉えたのは、恐怖を浮かべたブラックラピッドモンの瞳だった。それとほぼ同時に背筋に言いようのない悪寒が走り、彼は思わず後ろに飛びのく。こんなことを言ったら春川は笑うかもしれないが、木乃伊だって恐怖を感じるのだ。
 目の前で先ほどまで余裕たっぷりに攻撃態勢をとっていた黒い猟犬は、先ほどまでのことなど忘れたかのように地面に立ち尽くしていた。その口から、言葉にならない言葉が漏れる。
「あ……あ…」

 マミーモンはじりじりと後ずさりをした。いくら落ちこぼれでも〈死霊使い〉なら、今この場を満たすモノの気配に気づかない者はいないだろう。おびただしい数のデジタル・モンスターの魂のデータ──それら全てが、身の毛もよだつほどの怨念を抱え込んでいる──が大きな流れとなって、ブラックラピッドモンの頭に流れ込んでいるのだ。猟犬の赤い目にどんな狂気の光景が浮かんでいるかは知りたくもないが、その目に僅かに残された正気の部分は憎悪をマミーモンに注いでいた。
「し…りょ……つかえる…じゃんか…………う……うそ、つくなよ…」
「違う!」
 彼は思わず叫んだ。俺じゃない!
「ほ……ほかに…だれが…………あ……」
 猟犬の言葉は途中で途切れた。その目が不意に大きく見開かれ、マミーモンの背後を見つめる。

 地震だ、その一連の風景が突然がくがくと震えだしたのを見て、マミーモンはそんなことを思った。もう一度考えてみると、ただ単に彼の体が震えているだけのことだった。

猟犬はなおも、その目を恐怖に見開いていた。その視線はマミーモンを通り越し、彼の背後にいる誰かに、ひたすら怯えている。

 俺のうしろに、誰がいるんだ?

「久しぶりだな、マミーモン」

 背後で聞こえた甘ったるい声に、彼は思わず飛び上がった。かつて幾度となく聞いた声。時には恐れ、時には羨望の対象。そして今は、捨て去った過去の象徴ともいえる声。
「なんで…」思わず声が漏れる。

「そんなに怖がることもないだろう。こっちを向け。古い仲だ」

 マミーモンは大きく一つ深呼吸をし、震える手を握り締めながら振り返った。

「…なんで、〈月光将軍〉が、ここにいるんだ。ネオヴァンデモン…!」

 蝙蝠の羽で長い腕と細い体を包んだ長身のデジタル・モンスターは穏やかに笑った。

*****

「久しぶりだな、マミーモン。お前が私の元を去ってからもうだいぶ経つが、まさか別の世界に来ていたとは」
 黒紅色の吸血鬼──ネオヴァンデモンは、古い友人に向けるような喜びに満ちた調子で言った。しかしマミーモンはきつい口調で叫びを返した。叫ぶように話さなければ、声は途中で恐怖に押しつぶされてしまっただろう。
「質問に答えてくれ! どうしてここにいる!」
「なに、デジタルワールドの月に少々飽きてしまっただけのことさ。見てみろ。こちらの世界の月もなかなか悪くないじゃないか、もっとも…」

 ネオヴァンデモンがその手を持ち上げ、指をぱちんと鳴らす。

 ばちん。

 同時にマミーモンの背後で、指の音よりも幾分大きい破裂音がした。思わず目を瞑った彼の頬に、夜風に運ばれてきた生暖かい粒子データが触れる。あれだけの死霊に悪夢を見されられていたブラックラピッドモンにとっては、死の訪れが一瞬で済んだことはむしろ救いだろう。

「流れる血を照らす時、月の光はもっとも美しい。これはどの世界でも変わらないな」
うっとりしたようにそう語る吸血鬼に、マミーモンは畏怖するような目を向ける。
「どうかしてるよ。相変わらずな」
「お前からそんな感想を聞くとは思わなかったよ。〈月光軍団〉にいた頃、お前は誰よりも率先して私の景色に血を散らしてくれたじゃないか。死霊を操れないことを気に病んで、格闘技まで覚えて……」
「黙れ!」
 唇をきつく噛みながら叫ぶマミーモンを吸血鬼は愉快そうに眺める。この木乃伊は、自分の配下のアンデッドだった時より幾分反抗的になったらしい。
「私にそんな口をきくとは、完全に〈月光軍団〉の不死者部隊から離反したということか。はっきり言ってくれよ。お前は何も言わずに出て行ったからな」
 言うまでもない、俺はもうあんたの部下じゃない。それをネオヴァンデモン自身の前で口にすることは、マミーモンにはできなかった。恐怖で唇が震え、言葉は形を取らない。
「…あんた、マジでどうしてここにいるんだよ。月がどうだとか、適当なこと言うなよ」
「やれやれ、つれないな。でも良いよ、教えてあげよう。お前は私の、誰よりも忠実で残忍な部下だったからな。全く見事な殺しぶりだったよ」
 こいつは俺に屈辱を与えたくてこんなことを言ってるんだ。そう頭ではわかっていても、肩の震えは止まらなかった。
「ここのところ、我々の世界〈デジタル・ワールド〉からこの世界〈リアル・ワールド〉に落ち延びるデジタル・モンスターが増えている。その殆どが、種族が本来持つべきプログラムを持たない者たちだ。所謂『落ちこぼれ』だな」
落ちこぼれ、という言葉の後に吸血鬼は一呼吸おいた。俺の顔を見ているんだ、マミーモンは思う。自分が落ちこぼれだと告げられて、俺の顔に苦痛が浮かぶことを期待しているんだ。結論から言えば、吸血鬼の目論見は見事に成功していた。
「世界を跨いだ逃避行自体は、別に悪いことじゃない。逆にこの世界からデジタル・ワールドに来る人間だってそう少なくないからな。でも、そいつらがこの世界で悪さをしているとなると話は別だ。私達と人間とでは力も生き方も違いすぎる。いたずらにそのバランスを崩されては困るのだよ」
「あんたの口からそんな正義の味方みたいなことを聞くとはな」
「そういうな。お前だって今は“正義の味方”なんだろう? 安心してくれていい。私の見立てではお前は間違いなくあのブラックラピッドモンに勝って、正義を守っていたはずだ。相当みっともない形で、だがね」
「そりゃどうも。話を続けてくれ」マミーモンは氷のように冷え切った体を無理に動かし、肩をすくめた。
「とにかくまあ、そういう事態が起こってしまったからにはホストコンピュータ〈イグドラシル〉も黙ってはいられない。しかしあのウドの大木は手駒の騎士様達を使ってデジタル・ワールドを管理するのに精一杯らしくてね。他所の世界の問題は別の誰かに押し付けようとしたんだ」
「それで? その面倒ごとの行き先が〈ビッグ・デスターズ〉だったのか? 顔を合わせるだけで殺し合いになる将軍達がみんな仲良くイグドラシルの頼みを聞いたのかよ?」
 マミーモンは呆れて首を振る。ネオヴァンデモンをはじめとする、デジモンを率いる軍団のリーダーの同盟によって成り立つ連合体〈ビッグ・デスターズ〉の将軍達の仲は、どうしてこれで同盟が続いているのか誰も分からないほどに険悪だった。
「少し違うな。私も他の将軍どもと顔を合わせるのはごめんだったからね。彼らを通さないままイグドラシルの頼みを聞き入れ、自分でこの世界に来るのが早いと思ったのさ。さっきも言った通り、この世界の月に興味もあったしね」
もう一度うっとりとしたように月を見上げ、吸血鬼は話を締めくくった。
「じゃあ今のあんたは、この世界で好き勝手してる同族を殺すためにやってきたダーク・ヒーローってわけだ。カッコいいね」
「だろう? 私の憑いた人間もそう言ってくれたよ。あの人間は馬鹿だが。私は馬鹿が好きだしね」
「それで? 忠実にその使命を遂行して、俺を殺すか?」
 強がって平静を装っていったその台詞は、それでもなお震えていた。
「言っただろう。私は馬鹿が好きなんだ。無鉄砲な馬鹿のことは許してやりたくなる」
「…〈月光軍団〉に戻れ、と?」
「死霊を使えなくとも、お前は有能な兵士だった。君の為に席を開けるのは造作もないことだよ」
「だろうな。埋まってる席に座ってるやつを一人殺すくらい、あんたには簡単な話だ。断るよ。俺にはやることがある」
 吸血鬼はまた高笑いを響かせた。
「余程憑いた人間に惚れ込んでいるようだ。しかし、その人間はお前のことをどれだけ知っている? 敵を前にした時のお前のあの獣の目のことを、知っているのか? 先ほどの戦いを見ていて、私は嬉しかったよ。お前が敵を殺すときの顔は昔と少しも変わっていなかったからな」
 マミーモンは唇を噛んだ。自分の過去のことを春川に話したことはないし、話が自分の過去に向かないようにいつも気を配っていた。
「どうした、そう短い付き合いではないのだろう? 一緒に“正義の味方”をするくらいだからな。それなのに、自分の過去を語る機会が一度もなかったというのか?」 
 吸血鬼はかつての部下を責め立てるのが楽しくて仕方がないとでもいった様子で続ける。
「結局のところ、お前とお前の憑いた人間の心の間には大きな距離があったということだ。或いはその人間は、お前に気を使って過去について問わなかったのかもな。殊勝なことだ」
 完全に相手の心を折ったと思い、吸血鬼は悦びに満ちた顔で木乃伊の顔を覗き込む。彼が何よりも憐憫の情を向けられることを嫌うことは良くわかっていた。案の定、マミーモンの顔には苦々しい屈辱の表情が浮かんだが、その目は死んでいなかった。
「…早苗に、そんな気遣いができるわけねえよ」
 そう言って、彼は苦しそうに顔を頭上の吸血鬼に向ける。
「俺は肚を決めたんだ。俺が背中を押して、あいつを狂った世界に連れ込んだんだよ。俺はあいつについててやらなくちゃいけねえ。だから、俺はこの世界に残るよ」
 ふむ、とネオヴァンデモンは息をつく。
「余程その人間に入れ込んでいるようだ。ではもし、お前がこの世界にいることが、彼を傷つけることになったとしたら?」
「どういうことだ?」
「言ったろう?私はお前が気に入っている。軍団でのお前の席を作るためならば、一人を殺すことなど厭わない。…それが二人でも同じだ」
 ネオヴァンデモンが手を振り上げると、その手に吸い寄せられるように小さな影が物陰から現れた。月明かりに照らされ、吸血鬼の手に収まったそれをみて、マミーモンが悲痛な声を上げる。茶色い肩掛け鞄に黒いウインド・ブレーカー。

「早苗!」
「あーあ、バレてたか」
 吸血鬼の手の中で、春川がいつもと同じ皮肉な笑みを浮かべた。

*****

 吸血鬼の手の中でも、僕は妙に恐怖は感じなかった。高く掲げられた体に吹き付ける、夜の冷たい風だけが気にかかった。
「早苗、お前一体いつから…」
 眼下でマミーモンが唖然として僕に尋ねる、月明かりのおかげだ彼の表情がはっきりと分かった。こんなに怯えた様子の彼を見るのは初めてだ。
「そうだな、お前とあのウサギみたいな奴がここで長話を始めたときからかな」
「そんなに前から」
「遠くからでも簡単に分かったよ。季節外れの花火でもやってるみたいだった。少しは人目を気にしろよ」
 つまりはマミーモンの過去に関する話もすべて聞いてしまったということだ。それを悟ったのだろう。木乃伊は力なくうなだれる。僕は視線を吸血鬼に移した。これ以上弱っている相棒を見続けてはいけないような気がしたのだ。
「僕が隠れてたこと、ずっと知ってたんですか?」
「ここらに放っている死霊の反応で分かっていたよ。私のような専門外のものにも使える死霊使いの初歩の術だ。君は初めて見たかもしれないがね」
 僕への言葉に見せかけたマミーモンへの右ストレート。しかし、怒りを瞳に浮かべた木乃伊の耳には届いていなかった。僕のために、そんなにむきになってくれるなんてな。
「あんた、早苗をどうするつもりだ!」
「なに、簡単なことだよ。憑いていた人間が死ねば、デジタル・モンスターは元の世界に送還される」
「やめろ!」
 吸血鬼はからからと笑う。
「それなら簡単なことだよ。お前が進んで私の軍門に下ればいい。そうすれば、すぐにこの少年を解放しよう」
「…」
「おいおい、迷う余地はあるのか? 二つのうちどちらを選ぼうと、お前がデジタル・ワールドに帰ることは避けられない。そして、この少年を生かす選択肢は一つしかないんだ」
 もう沢山だ。唇をかんでうなだれる木乃伊にめをむけて、僕は吸血鬼に話しかける。
「あのお、そういうことをされると僕がとても困るんだけど」
 心底申し訳なさそうな僕の口調に、吸血鬼は高笑いを返す。僕の言葉なんか聞いちゃいないのだ。
「余程度胸がある少年みたいだ。お前が入れ込むのも無理はないな。マミーモン?」
「ねえ、話を聞いてくれませんかね?」
「命乞いをするのなら、相手は私じゃないぞ」
 そう言ってうなだれたままのマミーモンを顎でしゃくる吸血鬼に、思わずため息が漏れる。
「誰もお願いをしようだなんて言ってません。ぼくが言いたいのは取引のことです」
「取引、だと?」
「さっきの話は聞いていました。あなたがこの世界に来た目的のことも。あなたが僕とマミーモンを見逃してくれれば、僕たち――僕とマミーモンのことです――あなたに協力できます。悪さをしているモンスターを大勢あぶりだせます」
 そう言って僕は自分達が調べている事件と、それに複数のデジタル・モンスターが関与していることを明かした。
「あなたがとても強いことは僕でも何となくわかる。それでも、この世界で姿を霊体に変えたデジタル・モンスターを見つけるのは簡単ではないはずだ。参考までに聞きたいんですが、あなたが憑いた人間はいったいどんな力を手に入れたんです?」
「そんなことを教えてやる必要は…」
「ネオヴァンデモンは吸血鬼だ」
吸血鬼の言葉を遮り、不意にマミーモンが口を開いた。
「憑依体に付与する能力は、血の匂いを敏感に嗅ぎ取れるとか、そんなとこだろ」
「…そんなしょっぱい能力だけ?」
「失敬な。これで意外と役に立つものだ」
 そう言って、吸血鬼は苦々しげな眼をマミーモンに向けた。その木乃伊が自分の気に食わない言動をすることなど、考えてもいなかったのだ。思わずにやりとしたと笑いが漏れる
「とにかく」僕は続ける。
「マミーモンは僕に霊体の姿のモンスターを見ることができる力をくれました。それは彼が他ならぬ“死霊使い”だからです。血の匂いがどうのなんてしょぼっちい力よりも、よっぽど役に立つとは思いませんか?」
「…今すぐ殺してやってもいいんだぞ」
「そうかっかしないで、ネオヴァンデモン。あなたには分かってるはずだ。僕たちを放っておくほうが仕事が幾分スムーズに進むこと。それに、モンスターの暴挙をとめるためにやってきたあなたみたいな立場の人が人間を軽々しく殺すのはまずいってこともね」
 吸血鬼がデジタル・モンスターの中でも上位の存在であることはわかっていたが、そんな彼を使い走りにできる存在がいることも先ほどの話で分かった。彼としても、そのような連中との間に軋轢を生むことは避けたいだろう。
 吸血鬼はしばし逡巡するような様子を見せたが、やがて意地の悪い笑みを浮かべ口を開いた。
「そんなにマミーモンを手放したくないか。君が“正義の味方”になるために彼が必要、というところかな。君も先ほど気付いたと思うが、こいつは昔は誰よりも残忍な殺人鬼だったんだ。君の命だって危ないかもしれない」
「馬鹿言ってんじゃねえ」
 言い返そうと口を開いた僕を遮り、不意にマミーモンが声をあげた。ほうと呟き吸血鬼は彼に目を向ける。木乃伊の足は震えていたが、その眼はしっかりと相手を見据えていた。

「“正義の味方”なんかじゃねえよ。俺と早苗は、探偵だ」

「少年の青臭い夢に毒されるとは、本当に私の知っているお前ではないようだ。マミーモン、お前たちに何ができる? この少年に本当にこの 事件 ケース が解決できると信じているわけでもあるまい」
「できるよ」僕はぽつりと言った。肩に下げられたカバンの紐を強く握りしめる。マスターかれそれを受け取る際に聞かされた覚悟の話が脳裏をよぎった。
「できなくたって、やる。もう依頼は受けてるんだ。色んな人の思いに触れて、それを背負ったんだ」
 物語の中の探偵たちもそんな風に人々の悲しい物語を聞いて、それを少しだけ肩代わりする。そんなときの彼らはとても優しいが、それでいて彼らは同時にパイプをふかしたり、美食に舌鼓を打ったり、あるいはニヒルな笑みを浮かべてチェス盤に向き合ったりする。

 フィリップ・マーロウ曰く、タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格が無い。

 残念なことに、僕はそのどちらも持っていない。でも、僕には木乃伊がいる。僕撃たれる覚悟を持たなかった僕の背中を押し、酷いことを言ったにもかかわらず僕の友人を助けるために駆けつけてくれる木乃伊が。そいつの過去がどんなだったかなんて、関係ない。

「絶対に真実を突き止める。ごっこ遊びと言われたって、物語のようにうまくいかなくたって」

 足を踏み入れたんだ。絶対に食らいついてやる。

「だから、これは誰の 事件 ケース でもないよ。僕の、僕たちだけの 事件 アフェア だ」

 殺すなら殺してみろよ、目を真っ直ぐにネオヴァンデモンの顔に向ける。
その唇が、不意に綻んだ。そこから漏れる空気の振動は、だんだんと大きくなりやがて大きな笑いになった。思わず眉を顰める僕に、吸血鬼は言った。
「いや、単に愚かな少年かと思っていたが、いや、どうしてなかなか」
 その言葉と同時に僕の身体を締め付けていた手の拘束が緩み、僕は空に放り出された。落ちる、という考えが浮かぶよりも前に、白い影が僕の身体を受け止める。
「サンキュー、マミーモン」
「油断するなよ、奴が相手を殺すのに距離は関係ない」
 ふわりと地面に着地し、僕を降ろすとマミーモンはいまだ笑い続けている吸血鬼をにらみつけた。
「どういうつもりだ」
「何でもないさ、単にお気に入りの馬鹿が増えただけのことだ。殺すには惜しい馬鹿がな」
 君の取引に乗ってあげようと、吸血鬼は僕に目を向ける。
「君たちが面倒なところを全てやってくれるのであればこんなに楽なことはない。その事件とやらに加担しているデジタル・モンスターの素性を教えてくれればあとはこちらで処理しよう。憑いていた人間のほうは君たちの好きにすればいい」
 ただし、と彼は続ける。
「タイムリミットはこちらで指定させてもらう。そして連絡は一方通行、私から君たちへの一方だけだ」
「…デッド・ラインはいつですか?」
「私がこの世界の月に飽きるまで、だ。その時が来たら私はまた君たちの前に現れ、そしてモンスターたちの居場所を尋ねよう。その時に君たちが満足のいく答えを持ち合わせていなかったら…」
 彼はそこで言葉を切った。続きは言うまでもない、ってことか。あくまで優位は自分にある、ということを見せつけたいらしい。
「いいですよ、やってやります。な、マミーモン?」
「ああ」
 僕たちの答えに高らかな笑い声をあげながら吸血鬼が闇に溶け消える。と、そのあとに残った虚空から再び彼の声が聞こえた。
「言い忘れていた。二日前からこの街に血の匂いが漂っていることには気が付いているかね?」
「…まさか」二日前、遠野老人殺害の日だ。
「その匂いはもう古くなってしまって不快なんだ。南東の方角から漂ってくるんだが、君たち何か知らないかね」
 目を見開き鞄をあさりだした僕に、マミーモンが怪訝そうな顔を向ける。鞄から取り出した地図を開きながら、早口でマスターに遠野老人と坂本達がよく行っていた方角を地図に書き込んでもらった話をした。やはりこれも、南東の方角だ。
「僕の見立ては正しかった。坂本はこの方角にいる」
 僕の言葉にうなずき、マミーモンは虚空に声をかける。
「ヒントをくれるなんて、気でも違ったか?」
「そういうわけじゃないさ、ただ…」
「ただ?」マミーモンと僕は眉を顰める。
「血の匂いを嗅ぐ力も、案外役に立つものだろう?」
 高笑いとともに吸血鬼の気配が消え、あたりに解放感が漂った。僕は唖然とした顔をマミーモンに向ける。
「…ネオヴァンデモンって、もしかして負けず嫌い?」
「あいつの内面なんか気にせずに服従してたからよく分からねえけど、そうなのかもな」
 そんなふうにマミーモンと顔を見合わせているうちに、どちらからだろうか、僕たちは笑いだしていた。ひとしきり笑った後、マミーモンが急にまじめな顔になる。
「なあ早苗、さっき聞いたと思うが俺は昔…」
 そう話し出す彼の頭に、僕は自宅の帽子掛けに掛けられていた彼の帽子を乗っけてやる。きょとんとした顔の木乃伊に、僕は笑いかけた。
「ムカつくけど、似合ってるよ。どこからどう見ても探偵だ。昔がどうだったとか関係なく、それが今のお前のすべてだよ」
 そしてぺこりと頭を下げた。
「さっきはごめん。確かに僕は、お前の力で伊藤を殺すことを考えた。探偵には誰かを裁く権利なんてないのに」
 探偵にできることは、真相を語り、悲しい顔で去ることだけだ。伊藤の「探偵ごっこ」という言葉が頭の中でこだました。
 と、下げたままの頭の上に、何かがのせられた。手で触れてみると、先程マミーモンに被せたばかりの帽子だ。驚いて顔をあげると、照れ隠しのためかそっぽを向いた木乃伊がいた。
「これっきりだ、次似たようなこと考えたら、お前は俺の相棒じゃない」
「…僕たちは相棒?」
 返事の代わりに、マミーモンはビルの非常階段に向けて大股で歩き出した。僕は少し笑顔を浮かべて帽子を抑えると、彼の後を追った。

     *****

 ひたすら南東に歩く中で、僕が立ち止まったのは住宅街のど真ん中だった。隙間なく立ち並ぶ住宅に挟まれた一本の道路に立つと、僕はいつも息が詰まりそうになる。
「どうした、早苗?」
「…ブラウン神父曰く、賢い人は葉をどこに隠す? 森の中だ」
「それ、俺でも知ってるぞ。家を探すなら住宅街か? その神父とやらが森の中で目当ての葉っぱ一枚を見つけられる方法も教えてくれてれば文句なしなんだがな」
 やっぱり歩く木乃伊には聖職者は天敵なのだろうか。マミーモンからはいつもよりきつめの皮肉が飛んできた。
「そう言うなよ。犯罪っていうのはたいていこういうところで起こるのさ。この住宅街ができたのは二〇年位前だ。そこまで新しくはないけど、坂本達三人の子どもが遠野古書店に通ってた頃よりは新しい」
「…もしこの中で妙に他より古い家があったら、試す価値ありってことか」
「そういうこと。…ねえ、あれ」
 僕は立ち止まって闇の向こうを指さす。

そこに建っていたのは古びた木造の建物だった。電気は灯っていないが、敷石から壁から何から他の建物よりも妙に古めかしい。
 僕はポケットから遠野古書店から手に入れた少女の写真を取り出し、スマートフォンの明かりで照らす。少女が裸の背中を預けている壁と床は木製だった。
「もしこれでビンゴだったら、僕ってどの探偵よりもすごくない?」
「変な期待は持たずにさっさと試してみろよ」
 はあい、そう言って僕はポケットから件のカギを取り出し、ドアに向かう。その途中で、ふと思いついたことがあって、僕はそれを取り留めもなく相棒に語りだした。
「なあ、マミーモン」
「なんだ?」
「僕たちは、あのエロ写真を売買してた組織の誰かが、たぶん伊藤が遠野さんを殺して、坂本がその濡れ衣をかぶせられると思って写真を撮っていた家に隠れているって考えてたよな」
「ああ」
「マスターに同じ話をしたら、その家は組織が奴をかくまうために提供したものかもしれないっていうんだ。もしそうだとしたら組織がサイバードラモンをけしかけて坂本を殺そうとした理由がわからない。やっぱりこの鍵を使って入る家は、遠野さんと坂本が用意した家だ」
「ああ。しかし、坂本も災難な奴だな、無実なのに、警察からも組織からも追われているのかよ」
「違うかもしれない」
「は?」
マミーモンが素っ頓狂な声をあげる。僕は家の前の階段をのぼりながら思考を進めた。
「僕らずっと坂本は濡れ衣を着せられた被害者だと思い込んできた。だってそうだろ? お前の言う通り奴は事件の結果として警察からも組織からも狙われてる。殺した本人にしてはやり口がお粗末すぎるとよ」
「ああ。あの時点で最も疑いがかかる人物は奴だったわけだしな」
「でも、順番が逆だったら?」
「どういうことだ」
「遠野さんが死んだ結果坂本が組織から追われてるんじゃなくて、坂本が組織から追われた結果遠野さんが死んだとしたら?」
 あっとマミーモンが声をあげる。
「もし本当に坂本と爺さんが組織の知らない家であのエロ写真を撮ってて、組織や警察から逃れるために坂本がその家に隠れているとしたら…」
 ドアの前に立ち、僕は頷いた。夢中でしゃべりながら鍵穴に鍵を差し込む。
「その家のことを知っているのは坂本と遠野老人だけだ。だから、坂本がデスメラモンのパートナーで、口封じのために坂本が奴に爺さんを殴らせたという仮説が浮上する。そのあと窒息死させたのは誰かという謎は残るけど、これは一考の余地があるよ!」



「なんでそこまでバレてるんだよ」



 え、と僕は前に目を向ける。目の前のドアは開け放たれていた。なぜ? 僕はまだ鍵を回してすらいないのに。
 状況を飲み込む前に男の手が僕の腕をつかみ、僕は家の中に引きずり込まれた。


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       No.4976 木乃伊は甘い珈琲がお好き あとがきマダラマゼラン一号2018/04/24(火) 19:34
       No.4978 月に飽きるまでって新月の日とかヤバそう夏P(ナッピー)2018/04/25(水) 23:28
       No.4980 他の誰のものでもない彼らだけの推理物パラレル2018/04/29(日) 18:55
       No.4991 いつの間にか、甘い珈琲は飲めなくなっていましたtonakai2018/05/05(土) 17:40
       No.4992 感想ありがとうございます!マダラマゼラン一号2018/05/22(火) 00:50