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ID.4974
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2018/04/24(火) 19:23


木乃伊は甘い珈琲がお好き 4-2
 帰宅した時には既に夜の九時をまわっていた。空には満月が浮かび、白く冷たい光を街に投げかけている。いつもなら遅くに帰宅すると煩いことを言う管理人も今日はいない。結局初瀬奈由のライブには行けなかったな、そんなことを思いながら静かな廊下を静かに通り抜け、自室まで辿り着き、冷え切った体をベッドに横たえれば良いだけのはずだった。
 しかし、その願いは怒りの表情を浮かべて廊下に立っていた隣人によって見事に遮られた。彼は僕と同学年で、ここからは少し遠い私立の高校に通っている。
「春川くん!」その声の調子から、怒りの矛先が僕である事が分かった。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ! このマンションが連れ込み禁止なの知ってるだろ? それなのにあんなに騒いで…」
「騒いで?」
「ドタドタって音がうるさいんだよ! こっちは明日の小テストに向けて勉強してるっていうのに。君、ただでさえ最近部屋で妙な独り言喋ってるだろ?
気味が悪いし、邪魔なんだ」
「それっていつの話?」
「白々しいな、二時間くらい前だよ、とにかくやめてくれ」
「ありがとう」僕は心から隣人に礼を述べた。
「次こういう事があったら大家さんに……え?」隣人がきょとんとした声を出す。
「ありがとうって言ったんだ。君は僕の命の恩人かもしれない」
 呆気にとられた友人に部屋に戻るよう鋭く言うと、彼は案外大人しくそれに従った。ドアが閉まるのを確認すると、息を大きくつき、乾いた唇にゆっくりと舌を這わせる。通路を見回し、近くにあった消化器を取り外した。部屋の中にいるかもしれない侵入者のことを考えるとこのような上手に振り回せない鈍器では気安め程度にしかならなかったが、今の僕が求めているのはまさにその気安めだった。
 ドアノブを静かに捻る。思った通りと言うべきか、鍵は開けられていた。勢いよくドアを開けると、部屋の中には既に誰もいなかった。周囲を見渡しながら、部屋の奥に足を踏み入れる。侵入者はもう去った後らしかった。ほっと息をついた。
 僕の部屋は酷く荒らされていた。引き出しは全て開けられ、ベッドのマットはひっくり返されている。クリアファイルに 挟んだプリントの類まで一枚一枚調べられている。本棚もほとんどひっくり返されたような状態で、何か挟んでいないか乱暴にめくられた形跡のある推理小説達が床に転がっていた。
 しかし、目に留まったのはそんなものではない。僕の机に突き刺された、明らかに法律に違反している刃渡りのナイフ。その刃先によって固定された一枚の写真。

 初瀬奈由の笑顔が、そこには写されていた。

 愛する人を盾に取った脅し、マフィアのやり口、僕は呟く。そういうことね。

 とつぜん頬に吹き付けた風に顔を上げた。窓が開け放されている。犯人は僕の部屋を荒らすだけ荒らした後、窓から逃走したらしい。ここは四階、やはり人ならざるモノが絡んでいるに違いない。
 
 背中から汗が噴き出していた。震える手でスマートフォンを手に取り、SNSアプリの無料通話機能で富田昴を呼び出す。スマートフォンの画面の向こうで彼が電話を取ったのとほぼ同時に僕は彼にまくしたてた。
「富田! 大丈夫か?」
「よお、春川、どうしたんだ? 結局ライブには来なかったんだな」
「そう、それ、ライブ! 奈由さんは大丈夫か?」
「もう演奏は終わったけどさ、今そこで他のバンドメンバーと元気そうに話してるよ。電話代わるか?」
「いい。いや待って! やっぱり頼む」
 そこはライブハウスのすぐ外らしく、昴が電話を離した途端に喧騒が耳に流れ込んできた。まだそこには多くの人がいるらしい。流石に敵も衆人環視の中で人を狙おうとはしないだろう、と考えた瞬間に、遠野老人のことが頭によぎった。あの老人を殺した奴は僕や金沢警部が見ている中で、老人に手さえ触れずにそれをやってのけたのだ。
「早苗くん、どうしたの?」
「奈由さん! 大丈夫?」
「大丈夫ってなに?」おかしなこと聞くね、と彼女はからからと笑う。その笑い声を直接聞けたおかげで幾分心が落ち着いた。
「い、いや、なんでもないよ。今日は行けなくてごめん。もしまた機会があったら誘って」
「うん」
 その時、彼女の背後で別の女子の呼ぶ声が微かに響いた。
「ごめん、メンバーに呼ばれた。ライブハウスの人にノルマ支払わないと。じゃ、また明日ね」
「うん、またね」
 そして彼女は電話の向こうから消えた。彼女はバンドのメンバーと一緒に、名前の読み方もよくわからないバンドやライブハウスのノルマがぐるぐると回る正気な日常に戻っていくのだ。さっきの電話、誰?
ひょっとして彼氏? ううん、そんなんじゃないよ。

 そして僕の方はまた、自分が一人で狂気の渦の中にいることを思い出すのだ。なぜなら、僕は、探偵だから。

 僕はため息をついた。高望みはしないさ。真実を知ることができれば。

 でも、君のことは絶対に守らなくちゃいけない。

「富田、頼みがあるんだ」電話が再び昴の手に戻ると、僕は早口で言った。既に足は玄関に向かっている。
「どうした、写真なら送ってやらないぞ」

 軽口を叩いてる場合じゃないんだよ。

「今から、そうだな」僕は自宅から大通りのライブハウスまでの所要時間を算出する。全速力で駆けて二十分、道中で三回の息切れ、いや、五回かもな。
「今から三十分くらいの間、奈由さんについていてあげてくれないか?」
「どうしてそんな…」
「いいから!」
「落ち着けよ…三十分か? あまり長居はできないんだよ。セナをあまり遅くまで連れ回したせいで、親父がヘソを曲げてるんだ。もう少しで迎えに来る。心配性なんだよ。こないだセナが友達と旅行に行った時も大変だったんだぜ」
 セナ? 昴の妹のことか。今はそんなガキの帰宅時間のことを気にしてる場合じゃない。噂の富田市議会議員のヘソの具合も知ったことではない。
「いいから頼む。緊急事態なんだ」
「どうしたんだよ?」僕の真剣な調子に昴も興味を持ったようだった。彼が眉をひそめるのが眼に浮かぶ。
「とにかく、頼んだからな」
 そう言って電話を切るのと同時に僕は靴に足を差し込んだ。ドアノブに手をかけ、一度自分の部屋を見回す。
そして気づいた。玄関先に立てられたコート掛け、その頂上に掛けられた、ハンフリー・ボガート風の帽子。

 僕は息を吐き、そっと笑みを浮かべた。この狂気の渦の中にいるのは、僕一人ではなかった。それが、たまらなく嬉しかった。

*****

 初瀬奈由のいるライブハウスのある大通りから少し外れた路地裏、冷たい秋の月明かりの中で、マミーモンはマシンガンを構えた。それを頭上に向け、ろくに狙いもすまさないままに引き金をひく。

 乾いた銃声、確かな手応え。彼は地面を蹴って飛び上がり、先ほど自分が弾丸を撃ち込んだビルの屋上に着地した。ふと横を見ると、明るい照明が地下のライブハウスに続く階段を照らしている。救急車も血痕もない。初瀬奈由の身にはまだ何も起きていないようだ。

「おい」マミーモンはそちらに目を向けたまま口を開く。
「おい、そこのお前に言ってるんだよ。三、四発ぶち込まれといてまだ隠れられるとでも思ってるのか?」
 沈黙。しかし、目の前五メートル先で先程から夜の空気が慌ただしく動いていることは疑いようもなかった。
「早苗の家に脅しのメッセージがあったから様子を見に来てみたら、馬鹿みたいに気配を振り回してる奴がいた。待ち伏せのつもりか? やめとけ、多分むいてねえよ」
「好き勝手言ってくれるじゃないか」
 その言葉とともに光った瞳が、闇に赤い点を二つ打った。その黒い金属質の体躯は闇に紛れてはっきりとは見えなかったが、マミーモンは声を上げて笑いながら相手の名前を当てることができた。
「ブラックラピッドモン、黒い身体は隠密部隊の証ってか。俺にあっさり気配を感づかれてる時点で、お前がこの世界に来るまでに落ちこぼれた理由は察しがつくな」
 電子音が混じった高い声で、黒い猟犬は笑う。
「目も耳も干からびてるミイラにこうもあっさりバレるなんて、流石に傷つくなあ。あまり人の短所を笑ってると、自分の弱点を見抜かれた時に辛くないかい?」
「どうだろうな。俺が興味あるのは今のところ、お前が一体誰の差し金でここで人殺しの準備をしていたかってことだけだ」
「差し金?」兎がけらけらと笑う。
「ぼくが? 人間の命令でここにいるって? それはきみのことじゃないのか?」
「どうかな、俺は自分で選んでここに来たぜ」探偵仕事の思わぬ進展に増長している春川にはまだ怒りがあったが、それとこれとは別の話だ。
「それじゃああれ? きみは自分がやりたくて同族の人殺しを止めてるってことかい? 笑っちゃうね。正義の味方でも気取ってるのか、それとも人間に良いように使われてることに気づかないほどの馬鹿なのか。そのふざけた人間の服を見るに、ただの馬鹿みたいだな」
「俺の身の上には面白い話なんてないよ。俺はお前の方に興味があるんだ。弱っちい落ちこぼれが、やり返す力のない人間を殺してるのか? もしそうなら…」
 マミーモンは銃を構える。
「お前を殺すよ。もうそういう手合いは散々見て、飽きちまったからな」

 そう口にして再び引き金を引こうとした刹那、彼の体が後ろに大きく吹き飛んだ。ビルから投げ出され、酷い体勢で地面に叩きつけられる。呻き声を上げながら横に転がった瞬間、先ほどまで自分がいた場所が光に包まれる。コンクリートが白い煙を上げる音、頬に感じる熱。〈ラピッドファイア〉か。そう呟く彼の上に、黒い金属製の体が落ちてきた。
「訂正しろ」
 彼の上に馬乗りになり、右手の銃口を突きつけたブラックラピッドモンは、不意にそう言った。荒く息を吐きながら、マミーモンは言い返す。
「訂正? なんの話だ?」
「弱っちい落ちこぼれって言ったな。これで分かったろ。ぼくは弱くない!」
 弱くないと言え、彼は高い声でそう訴える。
「不意打ちしといて、強いって言えってか?」
「黙れ! もっとよく分からせてやろうか?」
「おい、ちょっと待て! 分かったよ。あんたは強いらしい」
 鼻先の銃口が熱を帯びるような気がして。マミーモンは慌てて叫んだ。その場しのぎの単なる嘘ではない。彼の最初の体当たりを、マミーモンは見切ることができなかった。すぐ隣のコンクリートの有り様を見れば技の威力も測れるだろうが、一歩間違えればそれが自分の今の姿だったかと思うとそんな気にもならなかった。
「分かったならいいよ。寝っ転がりながらぼくの光弾を避けるなんて、きみも中々やり手みたいだしね」
「そりゃどうも」
 満足気なブラックラピッドモンがその言葉に自分へのシンパシーを滲ませているのに気づき、マミーモンは吐き気を抑えた。

 きみもぼくと同じだね。強いのに、事情があってこんなところに来てしまった。

 黙れ。一緒にするんじゃねえ。

「きみの言う通り、ぼくは強い。速さも、光弾の威力も。前線に立てば緑色の連中の誰よりも強い自信があった」
 それなのに! 彼はマミーモンのことなど忘れたかのように独白を続ける。
「ぼくの体が黒いから、それだけで奴等はぼくに下らない偵察任務を押し付けた。隠れるのは苦手でね。ぼくに気づいたやつは全員殺してたら、いつのまにか敵は壊滅してた。一騎で敵の基地を一つ潰したんだ。それなのにぼくは何を言われたと思う?
一人で突っ走るな、軍の規律を乱すな、ときた! いつだって、どんなときだって、ぼくがほかの誰よりもたくさん殺していたのに!」
 その“たくさん”の中にはいったいどれだけの抵抗する力や意思のないものが混じっていただろうか。マミーモンはそう聞く気にはなれなかった。おそらくブラックラピッドモンは殺した相手の顔すら見ていないだろう。

 そうに決まっている。俺だって、それを見ようともしなかった。

「…だから、この世界に来て、人間と組んだってわけだ」
「組んだ覚えはないね。あんな脆い生き物と仲良くして、何をしようっていうんだ?」
ブラックラピッドモンはふふんと鼻で笑う。
「でもまあ、あいつらにも良いところはある。銃で脅せば簡単に言うことを聞くところとかね」
「何をさせた」
「そういきり立つなよ。本気で疑問なんだけど、きみは何をそんなに怒ってるの? ぼくが人間をたったの一人殺そうとしてたこと? そうなの? なあ、マジで?」

 その通りだ。俺は何に苛立っているんだ? 今更、命をどうこう語れる立場かよ。

「…こっちの質問に答えろ。憑いた人間に何をさせた?」
「ぼくだって悪じゃない。普段はよそ者らしく、大人しくこの世界で暮らしてるよ。でもね、時々どうしても抑えられなくなる」
「殺しの衝動?」
「話が分かるね。きみも同じなのかな?」
「一緒にするなよ」

 一緒にするな? あのサイバードラモンをどう殺したか、忘れたのか? 俺は彼に突きつけた銃の引き金を“カッとなって”引いたんだ。痛いところを突かれて、ムカついて殺したんだろうが。

「憑いた人間に、殺していい相手を調達させてたってとこか?」
「まあそんなとこだね。今日もそんな人間の話を聞いて、殺しに来たんだよ。僕の久々の楽しみを邪魔するきみのことは許せないけど…」
 赤く輝き熱を帯びた銃口を向けるブラックラピッドモンの金属製の顔が、歓喜に歪んだ気がした。
「いつもより殺す相手が増えたと思えば、そう悪くないかな」



「なんだよ、もっといろいろ探れるかと思ったのに、結局はただの三下か」
 背後で聞こえた声に、ブラックラピッドモンは驚いて飛びのいた。振り返ると、マシンガンを肩に担いだ木乃伊がコートについた汚れを払っている。その唇は、僅かに震えていた。
「マミーモン、おまえ、どうやって…」
「素早いのはお前さんだけじゃないってことさ。それに、強いのもな」
 唸りを上げる猟犬に、彼は笑いかける。
「お前、自分じゃ人間を顎で使っていい気でいるんだろうが、とんだお笑い草だよ」
「どういうことだ!」
「お前、自分の憑いてる人間に興味持ったことないだろ」

 我ながら上手い手だ。偉そうに説教をして、自分を優位に立たせる。そういや俺は、早苗相手にもいつもこの手を使っていたな。

 彼が心の内で自嘲気味にそう呟いたことなど知らず、猟犬は再び鼻で笑い声をあげた。
「人間への興味? ああ、無いよ。そんなもの必要ないからね」
「そこがお笑い草だって言ってるんだよ。少しでも相手を知ろうとしていたら、そいつが犯罪組織の末端にいて、組織のお偉いさんに言われるがままにお前を都合のいい殺人マシーンとして使っていたことに気づいていたはずだ」
 都合のいい殺人マシーン、それはマミーモン自身が最も嫌う言葉だった。春川であれ誰からであれ、そんな風に扱われるのは我慢ならない。とはいえ、春川がそんな事情を知るはずもない。



 そうだ。俺が本当に都合のいい殺人マシーンだったなんてこと、早苗は知るはずがない。知られてはいけない。



 彼がそう小さく呟く間にも、目の前の出来損ないの猟犬は怒りに鼻息を荒くしていた。
「あいつ、帰ったら殺してやる」
「なにか勘違いしてないか? お前は帰れねえよ」
 彼はそう言ってマシンガンを持ち上げる。

 ああ、この瞬間がやっぱり楽だ。もう何も考えなくていい。ただ相手を殺せばいいだけの、この瞬間が。

「少し泳がしときゃ何か喋るかとも思ったが、その様子じゃ望み薄だな。さっきも言った通り、お前にはもう飽きたんだ。結構我慢したほうだと思うぜ」

 だから。考えるのはもう面倒だから。

「さっさと死ねよ」
 猟犬がその目を光らせて叫ぶ。
「勘違いしてるのはきみの方だよ。ぼくは強い。それは嘘じゃない!」
「だったら礼を言わなきゃな。もう少しだけ長く、お前で楽しめそうだ」
 満月が路地裏の暗闇を微かに照らし、二つの影が地面を蹴った。



*****


「なあ、一つわからないことがあるんだけど」

 先ほど二体のデジモンがいた路地裏の上空。両手から放った無数の光弾とともにマミーモンに迫りながら、ブラックラピッドモンが言った。

「なんだ?」

 マミーモンもそう尋ね返しながら左手の包帯を伸ばす。彼の〈スネーク・バンテージ〉は文字通り腹をすかせた蛇のように俊敏に光弾と光弾の間をくぐりぬけ、彼に迫る猟犬の黒い体に迫る。間違いなく包帯は敵の体に巻きつくはずだった。

「きみのことさ、きみがここに来た理由の話」

 ところが、予想とは裏腹に敵のその言葉は頭上から聞こえ、マミーモンはとっさに後ろ手に飛んだ。そのままその鉤爪に紫電を走らせ、目の前に現れた黒い体に向けて突き出す。手応えからして金属製の鎧に傷くらいはつけられたかもしれないが、それを突き通すとまではいかないようだった。気の急いた攻撃はうまく力がこもらなくていけない。

「話すことなんかねえよ」

 彼はその場で一回転し、至近距離で光弾を放とうとする猟犬の頭を強く蹴りつけ、下方に跳ぶ。包帯を避けられることは予想もしていなかったが、とにかくこれでこっちが一本先取といったところだろう。

「きみは強い、ぼくと張り合えるくらいにね。そんなきみがこの世界に来た理由は、やはりぼくと同じタイプのものだろうな。…強いのに、何かが足りないんだ。その種族が当然のように持っているものが」

 そう言って猟犬はまた弾幕と共に彼に迫る。なんだってこいつはこんなにも接近戦に持ち込みたがるんだ? マミーモンは眉を顰める。彼の戦闘スタイルは格闘技主体のものだ。御大層なマシンガンなど持ってはいるが、相手が格上だったりブラックラピッドモンのように硬い装甲を持っている場合には有効な決定打となることはない。頼みの綱、いや頼みの包帯とでもいうべき〈スネーク・バンテージ〉があっさりとかわされた今、高威力の銃火器を備えた敵にとっては遠距離戦のほうが都合がいいはずだ。

「ヒントはナシだ。そうやって自分で推理してみるんだな。俺の相棒はいつもそうやってるぜ」

 弾幕をかわし切れず、熱球がいくつかマミーモンの体を掠める。肌が焼けつく痛みに思わずうめき声を漏らしたが、すぐに気を持ち直し再び目の前に飛び込んできた敵を肩に担いでいたマシンガンで殴りつける。

「相棒? 憑いた人間のことをそんな風に呼ぶなんて、愚かとしか思えないね。でもまあいいや、きみたちの真似をしてみるとするかな」

 まずいな、マミーモンは呟く。「人間の真似をしろ」と言えば人間嫌いのこの猟犬は彼の欠点探しをやめるかと思ったのだが、当てが外れたようだ。敵の考えを逸らそうと銃を乱射するが、散弾が鎧にはじかれるむなしい金属音しかかえってはこなかった。

「きみと他のマミーモンとの違いはなんだ? デジタルワールドでアンデッドの一団と戦った時、他の連中はきみほど強くはなかった。でもそういうのじゃないな。ぼくが知りたいのは、連中にできて君にできないことだ」

 他のマミーモンとの交戦歴があるのか、最悪だ。

 飛び交う弾丸の合間を縫って言葉を投げ合っていた木乃伊と猟犬は、やがて始めと同じビルの屋上に降り立った。マミーモンは荒く息をつく。余裕のあるふりをして言葉を発していたが、飛行ユニットを持つ相手と跳躍力だけを武器に空中戦をするのはやはり厳しいものがある。見れば相手もかなり消耗しているようだったが、なおもべらべらと一人で話を続けていた。

「きみは強いよ。このぼくが言うんだから間違いない。術師でありかつ銃を武器に持つマミーモンは、大抵の場合肉弾戦に弱い。だからぼくも距離をなるべく縮めようとしたんだけど、近づく度にことごとくやられてしまったよ」
 そう語る猟犬の言葉が突然上ずった。マミーモンはその語調の変化が何を意味するか知っている。相棒が話の最中に何かを思いついたときも、いつもそんな感じだ。
「ぼくは隠密に適した個体のはずなのに隠れるのが下手糞で、だからそのほかの戦闘技術を磨いた。きみも同じか? 肉弾戦に優れているのは、マミーモンが本来得意とする遠距離戦がまるでダメだから?」

 ああ、その通りさ。クソッタレの名探偵。

「マミーモンは〈死霊使い〉だ。前にアンデッド供と戦った時は、沢山の仲間が不気味な力で発狂させられたもんさ。でも、きみはそうしない」
 そして最後に、彼は謎を解いた探偵よろしく宣言した。

「きみは〈死霊使い〉のくせにまともな術一つ使えないんだ。そしてそれはつまり…」
 彼はそこで言葉を切り、再び宙に飛び上がり、マミーモンと距離を置いた。そして両手を横に真っ直ぐ伸ばし、足をそろえる。二本の手と揃えられた足の先の三つの点が輝き、夜の闇を切り裂く黄金色の三角形をかたちづくった。
「ぼくの敵じゃないってことだ」

 推理を大人しく拝聴しなければいけない名探偵は、マミーモンには既に一人いた。
 敵が彼の弱みを言い当てるのを待つことなく彼の足はすでにアスファルトを蹴り、ブラックラピッドモンの〈ゴールデン・トライアングル〉に迫っていた。手には紫の電撃を纏わせている。死霊の力を紫電に変えその四肢に宿す〈ネクロフォビア〉は死霊使いとして彼が使える唯一の術式であり、敵に決定的な一打を与えるために残された最後の手段だった。

 話はいたってシンプルだ。彼がその鉤爪で敵を貫くのが先か、敵がその三角形から放つ光線が彼を消し炭に変えるのが先か。しかし、五分と五分の勝負だと割り切るには彼はあまりにも疲弊し、動揺していた。情けない話だ、彼は思う。自分の弱みを敵に指摘されたことでこんなに心が揺らぐなんて。

 敵まであと五歩の距離、彼は敵と同じ高さまで飛び上がる。三歩の距離、右手を振り上げるが敵の放つ輝きも一層増す。あと一歩、放たれる光線の熱に目を瞑る。ここまでか―――。


スレッド記事表示 No.4973 木乃伊は甘い珈琲がお好き 4-1マダラマゼラン一号2018/04/24(火) 19:21
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       No.4976 木乃伊は甘い珈琲がお好き あとがきマダラマゼラン一号2018/04/24(火) 19:34
       No.4978 月に飽きるまでって新月の日とかヤバそう夏P(ナッピー)2018/04/25(水) 23:28
       No.4980 他の誰のものでもない彼らだけの推理物パラレル2018/04/29(日) 18:55
       No.4991 いつの間にか、甘い珈琲は飲めなくなっていましたtonakai2018/05/05(土) 17:40
       No.4992 感想ありがとうございます!マダラマゼラン一号2018/05/22(火) 00:50