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ID.4956
 
■投稿者:夏P(ナッピー) 
■投稿日:2018/04/06(金) 19:31


月下のけだもの〜月神の場合〜







月下のけだもの

〜月神の場合〜








 思い出すのも嫌なぐらい遠い昔の出来事。

『やあやあ君達! 私のパートナーにならないかい!?』

 人間って奴を見るのは初めてだった。細くて小さくて弱っちそう、それが第一印象。

『は?』

 そう返したと思う。多分、言っている意味がわからなかったんだと思う。
 パートナーになる。その馬鹿な人間は、後になって思えば実は賢明だったのかもしれないなんて思ったりもする。少なくともパートナーを探す為に始まりの町へ来たという彼女は、大した行動力だと褒めてあげるべき?

『俺が行く! 俺がパートナーになる!』
『おお、元気がいいねー!』
『当たり前だろ! 俺は世界一強くなるんだ!』

 そして、そんなことを言っていた馬鹿もいた。
 それをミラは呆れて『馬鹿じゃない?』と笑ってあげたくなる。当時ミラは成長期であの馬鹿は幼年期、ミラにも勝てない奴が世界一強くなるなんて無理じゃないって、況してや人間のパートナーになるなんて無謀にも程があるって、そう思うのも当然のこと。そもそも同じ始まりの町で暮らす幼年期の中でもぶっちぎりで弱い方だったもん、アイツ。
 だけどミラは大人だから、そんな馬鹿を馬鹿にしたりはしないんだ。……なんか変な台詞回しよね。

『……キミはどうして強くなりたいの?』

 そう聞いてあげると、馬鹿は目を丸くする。どうしてそんなことを聞くんだ、そう言いたげなクリクリとした瞳。
 本当に馬鹿だなぁ、改めてそう思う。

『キミは強くなってどうしたいの?』

 だから改めて聞き直してあげた。それでも馬鹿は馬鹿だから、質問の意図を全くわかってくれない。

『強くなれば格好良いじゃん! 皆から憧れられるヒーローだぜ!』
『……ふ〜ん、キミが考えるヒーローって、そういうものなの?』
『そりゃそうだろ! 強くて格好良い! そんなヒーローになりたいんだ、俺は!』

 そう言う馬鹿の目は眩しい。強くなればヒーローになれるって、皆から憧れられるって、本気でそう思っているらしくて実におめでたい。それでも悔しいけど可愛らしい瞳を、空を見上げつつキラキラ輝かされたら、ミラだって応援してあげたくなるわけよね。
 でも始まりの町ってそういうものなんだ。幼い子達が目を輝かせて未来を夢想する、そんなことがこの世界で許される数少ない場所。

『じゃあキミは人間のパートナーになって強くなりたいんだ?』

 そんな馬鹿の姿を見て、同じぐらい馬鹿な人間はしゃがんで両手に顎を乗せながら微笑んでいる。

『勿論そうさ! 人間と一緒に世界を巡って強くなるのが、俺の昔からの夢だからな!』
『外の世界は怖いって言うわよ?』

 確か始まりの町を守っている彼女がそう言っていたと思う。ミラもまだ出たことはないから詳しいことは知らないけど。

『よくわからないけど、元気な子だね! じゃあ君が私の――』

 馬鹿と馬鹿、考えるだけで頭が痛くなりそうなコンビが結成されようとしたその時。

『聞き捨てならないぞぉ! 次にパートナーになるのはオイラだぁ!』
『いや、そこは俺だろう。何せ現時点で一番強いのは俺だからな』

 喧しい奴らがやってきた。仲間内の成長期二体、というか同時期に生まれた中で唯一まだ成長期まで進化できていないのがこの馬鹿だったというだけの話なんだけど。

『わあお、またまた元気そうな子達が来たね−!』

 人間は楽しそうだ。見るもの全てが新鮮で興味深い、そんな目をしている。

『あのね陽炎クン、ミラと同じでキミは無理でしょ』
『……そうだったな、忘れていた』

 いやオリンポスとして生まれ付いた癖に、その使命を忘れてんじゃないわよ。

『つまり人間のパートナーの座はオイラということに……』
『ならないぞ! 次は俺が――』
『マーチングフィッシーズ』
『がああああああ!!』

 ゴマモンが呼び出した無数の小魚に食い付かれて悲鳴を上げる馬鹿。
 本当に世話が焼けるなぁ。仕方なく小魚を掻き分けて、痛がる馬鹿を助けてあげる。幼年期の癖に成長期相手に大きく出ればそうもなるでしょうよ。毎回喧嘩吹っかけてやられるキミを助けなきゃいけないミラの気持ちにもなってよね。
 気分を良くしたのか、ゴマモンは『やっぱりオイラが最強ぉ〜』と笑い転げている。

『く、くっそ〜、なんで勝てないんだ……』
『お前はまず進化してから大きな顔をするんだな』
『陽炎クンの言う通りね。今のままだとパートナーになっても犬死によ、キミ』

 親切心から言ってあげる。あと陽炎クン、珍しくミラと意見が合ったわね。

『あとね、キミは強くなることは諦めて平和に生きていくこともアリだと思うわよ』
『……嫌だ、俺は絶対に世界一強くなるんだから』

 聞き分けが悪い。だけどミラを真っ直ぐ見て言う言葉は力強くて、弱い癖になかなか格好良いじゃないとか思っちゃった。ミラ一生の不覚よね。

『じゃあキミがキミの言う通り、本当に陽炎クンやミラより強くなったらさ』

 だからね、ミラはこの時ちょっとだけ本気だったのよ?

『ミラ達のこと、この町のこと、この世界のこと、守ってみせてよ……ギギ君』

 才能もない癖に、吼えることだけは一人前の稀代の馬鹿、ギギモン。
 だけど応援したくなったんだ。ちょっとだけカッコいいと思っちゃったんだ。だからミラは信頼、親愛、期待、そんな決して人間じゃないミラが持っている精一杯の愛情を込めて、ただ優しく言葉をかけてあげた。

『じゃあね! 私のパートナーは! 君に決めた!』

 ビシィと勢い良く、人間は相棒として選んだ子を指差してみせる。多分そうなるだろうことはわかっていたし、意見を差し挟むつもりもない。
 ただ、ミラはちょっとだけ後悔してる。その選択が無ければ、あんなことにはならなかったんじゃないかって。もし違う道を選んでいたら、また変わった未来もあったんじゃないかって。
 別に馬鹿な人間に同情してるわけじゃないんだ。後悔してる、それだけのこと。




■ ■ ■




 例えば、アイツ。

「……何やってんだか」

 村の裏手にある畑で、農作業に勤しむ年端も行かない十代前半の少女ガキ
 生前は大分やりたい放題この世界を暴れ回っていたけど、死んでしまえば同じ骸。意思の無い虚ろな瞳で、ただただ人間だった頃の生活を再現しているだけの肉の塊。
 ま、そう仕向けたのはアタシなんだけど。
 人間って奴は恐ろしいほど脆いと来てる。ミラ達デジモンは死んだ後も始まりの町とかいう場所で別の命として蘇る。そうして生まれ変わったミラ達が生前の記憶を保持してるかどうかは、まあ神様やら何やらの裁定によって変わるらしいけど、人間はそんなこともできないわけ。
 死んだらそれで終わり、人間って奴の生命はただそれだけの儚いもの。

「ホント、不便だわ……」

 自然、声には嘲笑の色が混じる。たった一つの命、限りある命、人もデジモンも命の価値は同じだと言った英雄がいるらしいけど、バカじゃない? ミラ達と人間達の命が同じ価値だったとしたら、すぐに壊れて替えも利かない人間なんて、死んだ後も続いていく、紡がれていくミラ達の命に比べれば価値は同じでも意味がない。
 ミラには全くわかんないよ。陽炎クンや他の皆はどう思ってるのかな?

「……探したぞ」
「あらあら、噂をすれば何とやらって奴?」

 村をちょうど見下ろせる切り立った崖。ミラが立っているそこに、いつの間にか炎を纏った同志がいる。

「趣味の悪い村だ」
「……キミには理解できないかぁ」

 きっと憤ってる。陽炎クンは本当に人間って連中が好きらしい。
 まあ気持ちはわからないでもないのよ? だってミラ達の世界に数多訪れた危機を救ってきたのは確かに人間だから。ミラ達はミラ達の世界をミラ達だけで守れたことなんて無い、少なくともミラの知る限りそんな伝承はない。敢えて言うなら、創世記に傲慢の魔王を退けたっていう十体の究極体の話がそれだけど、その辺は眉唾だもんね。
 だからこの世界は結局のところ、ミラ達より遥かに弱くて脆いはずの人間の干渉無くては存在し得ない。

「キミは……純粋よね」

 でもね。そう、でもなんだよ陽炎クン。
 そんな英雄だけじゃないんだよ、人間って奴は。
 ミラはそう言いたいわけよ。英雄はいる、守護者もいる、彼らは確かにこの世界にとって救世主なのかもしれない。だけどこの世界に関わった人間はそれだけじゃない。だって訪れた人間が全て世界を守る救世主になってくれるなんて、そんな上手い話があるわけないじゃない?
 ただ状況を理解することもできず、凶暴なモンスターに食い千切られたガキがいた。
 出会ったパートナーの暴走に巻き込まれて命を落とした小娘がいた。
 倒すべき敵を見定めながらも力及ばず敗れ去った男がいた。
 そして何よりも、今さっきミラが眺めてたアイツ。あのガキだって、元々は世界を救うべくして召喚されたはずなんだ、この世界に。実際、パートナーを究極体にまで進化させた手腕は大したものかもしれないよね。少なくとも見る者が見れば、究極体を引き連れた人間の少女は英雄に相違無かったんでしょうね。
 だけど死んだ。死んだんだよ、アイツは。
 何よりも必死だったと思う。誰よりも頑張ったと思う。だけどアイツとパートナーは、倒すべきだった魔王に敗れ去って死んだんだ。自分の世界に拠り所を持たなかった小娘、だからこそ偶然召喚されたこの世界で懸命に戦い続けた選ばれし子供は、結局何も為すことができなかった。
 アイツのことなんて、この世界の歴史においてはほんの一例でしかない。むしろ世界を救えた例の方が少ないくらいだと言ってもいいわ。皆が人間に憧れる中、今もまた選ばれし子供は召喚され、少数の英雄と多数の犠牲とに振り分けられている。そしてこの世界で死んだ人間には救いなんて無い。死によって肉体という枷から解き放たれたとしても、その魂が元の世界に戻ることは有り得ない。
 光り輝く英雄譚の裏で、そんな風に散った連中の無念が渦巻いてるんだよ、この世界は。

「……人を歪んでいると言うが」

 そして今、物言わぬ骸になったあの馬鹿の姿を眺めて陽炎クンは言うんだ。

「そう言うお前は歪みすぎだろう」
「言ってくれるなぁ」

 ケラケラと笑う。きっと光の下で生き続ける陽炎クンには見えない。だって彼はどこまでも太陽アポロだからね。同じオリンポス十二神として数えられていても、きっとミラとは見ている世界そのものが違う。後悔、怨嗟、憎悪、そんな禍々しく、そして醜いものは、光の世界にいる彼の目にはきっと見えないんだ。
 でもミラには見える。夜の闇ディアナであるミラには、無念を抱いて死んでいった人間達の叫びが、デジモンと違って始まりの町で転生することもできず渦巻く人間達の魂が、これ以上ないぐらいハッキリと見える。
 それに憐憫を覚えることなんてない。滑稽だと嘲笑するだけ。

「キミには……いえ、森羅にも山雷先輩にも青海クンにも理解できないでしょうよ」

 長らく顔を合わせていない同志達を思い出しながら言う。先日会った碧翼クン……は理解できるか、そもそも協力者だし前に来た時もこの村を褒めてくれたっけ。
 そもそもミラだけでなく、碧翼クンの手も加わっているこの“村”は結局のところ、そういうとこ。ミラ達と違ってダークエリアに逝くこともできない、だからと言って新たな命として転生もできない、そんな行き場のない人間どもの魂を集めてとりあえずの肉体を与えた場所。人間界で言うあの世って奴? それを目的としてミラが作った魂の牢獄といったところかしらね、碧翼クンの受け売りだけど。

「前にも言ったけど」

 隣の陽炎クンの横顔を見やる。猛々しく勇ましい、ミラでも惚れちゃいそうな勇壮な炎を象った太陽の獅子。
 彼のどこまでも真っ直ぐな、敢えて悪く言うなら潔癖すぎるところは嫌いではない。むしろ好ましいとさえ思うことがある。そしてそんな彼とミラは、有事とあれば同じオリンポスの名を持つ者として共に並び立ち戦う同志だけれど、きっと根本的なところで違う。

「……キミは人間を買い被りすぎよ」

 それだけは教えてあげたい。人間は強いかもしれないけれど、脆い部分もあるのよ?

「それでも俺は、人間を信じているから」

 噛み締めるように呟く陽炎クンの視線は、あのガキから離れることはない。
 馬鹿な小娘なのよ。勝てるわけないのに暴食の魔王に挑んで、当然の如く殺された。見て見ぬフリもできたのに、使命を拒むことだってできたのに、それでもただ踏み付けにされる者が許せないって、そんなくだらない正義感でこの世界最強の存在と戦い、そして死んだ。
 馬鹿、本当に馬鹿。馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿――!

「……あちゃこ」

 そんな聞くだけでイライラする名前が、彼の口から出た気がする。
 口には出さないけど、その瞬間ミラは陽炎クンに殺意にも似た感情を覚えるわけ。呼ばないで欲しい、そんな名前。思い出せば身を切り刻まれるような寒気に襲われるし、何よりも一緒に始まりの町で生まれた仲なんだから、陽炎クンはミラのこと知ってるはずでしょ?
 ミラは人間なんて、大っ嫌いなんだから。




■ ■ ■




 ねえ陽炎クン、キミはミラを歪みすぎだと嗤うけれど。

 キミは知らないんでしょ?

 アイツが、あの馬鹿が、どんな理不尽の中で死んでいったのか。
 そこに救いなんてない。希望なんてあるわけもない。別にあの馬鹿に同情も憐憫も覚えないミラだったけど、あんな理不尽な死があっていいのかって思った。少なくともあんな風に死んでいい子じゃ無かった。
 森羅が成長期達を守る村を作ると言った時、ミラは嘲り笑ったと思う。

『アンタは甘いわよね』

 あの子は真面目で優しいから、理不尽に摘まれる未来の可能性を許せないんだ。
 その考えを美しいと感じる心ぐらい、ミラにだってある。だけどそれ以上に、そんなことをして何の意味があるのって蔑む冷めた自分がいたわけ。だってそうじゃない? 結果論になるけど、結局森羅はベルゼブモンに負けて守るべき村を滅ぼされたんだよ。圧倒的な力の前には、ミラ達の力なんて何の役に立つの?
 うん、多分ミラはオリンポスとしてダメなんだと思う。どこかで自分の弱さと顕界を認めてしまっている。ベルゼブモンに敗れた森羅も最近まで同じように腐っていたらしいけど、風の噂に最近もう一度立ち上がったと聞いたわね。だけどミラは腐ったまま、光のない新月のまま。
 あの時だってそうだったんだよ陽炎クン。思い出すのも嫌な出来事だけど、それは間違いなく現実で。

『この時代の選ばれし子供って奴か、面白ェ……!』

 見渡す限りの荒野、暴食の魔王と対峙する馬鹿二人を、ミラはすぐ傍の崖から見ていた。
 戦いは互角、むしろ馬鹿達が押しているように見えた。あの馬鹿達はワープ進化とかいうよくわからない力を持っていて、それにベルゼブモンが少なからず怯んだのもあると思う。間断なく破砕球を振り回すヴァイクモンには、銃撃も爪撃も効果が望めず、初めて魔王が後退に転じた。少なくともあの狂気の魔王に戦闘で後退するという発想があることを、ミラはそれまで知らなかった。
 行ける。ミラがそう思ったぐらいだから、あの馬鹿もそう思ったはず、そのはずなのに。

『よーしヴァイクモン! そのまま――』

 それが、あの馬鹿の最後の台詞。
 多分、本人には何が起きたのかもわからなかったと思う。突然赤い液体を吐き出した彼女は、自分の腹に突如として開いた大穴を不思議そうに数秒眺め、そのまま倒れ伏した。
 痛みなんてあるはずがない。死の実感なんてあるはずがない。
 彼女のパートナーもまた、全く同じ場所に大穴を開けて立っていた。瞳から急速に輝きが失われるも、獣人は最後まで倒れることはしない。勇ましい立ち往生、だけどそれに何の意味があるわけ? アンタが死んだから、アンタと契約で繋がっていたあの馬鹿まで一緒に死んじゃったんだよ!?
 アンタはギギ君より強かったじゃない! いつもギギ君をイジメてたじゃない!?

『……悪ィな。なかなか楽しめたが、選ばれし子供には負けねェように出来てんだ、俺ァ』

 片腕を巨大なブラスターへと変えた魔王が笑ってる。黒い翼を広げた魔王は、人一人の死を何ら意に介することはない。
 やめてとミラの全身が叫んでる。今すぐにでも飛び出して、魔王の糧にならんとするあの馬鹿の体を取り返したい。それなのにミラの体は全く動けなかった。オリンポスとして、他の高位の連中と戦えると思っていた自分自身が、如何に井の中の蛙だったかをミラは思い知らされる。今この場で出れば死ぬって確信、その重圧に押し潰されそうになる。あの魔王なら食事ロードの片手間にミラを殺せるに違いない。

『ご、ごめん……ごめんね……っ!』

 せめてもの謝罪に何の意味があるんだろう。
 パートナーじゃないから? 選んでもらえなかったから?
 だから助けなくてもいいの? 見て見ぬフリをしてもいいの?

『ミラは……ミラは……っ!』

 ミラは、弱いんだ。
 貪り食われていく人間の少女と始まりの町の仲間ゴマモンを助けることさえできなかった。




■ ■ ■




 元々ミラには志半ばで散った人間達の魂がハッキリと見えていた。
 それは碧翼クンと同じ、この種族として生きる以上、避けられないことだったけど、そこで彷徨うあの馬鹿の魂を見つけた時、ミラはきっと壊れたんだ。もう嫌だった、ディアナモンとして生きる自分自身が嫌で嫌で仕方なかった。
 選ばれなかったのは当然だよ? あの馬鹿が始まりの町に来た時、陽炎クンとミラはオリンポスとして生きることが運命付けられていた。だからミラ達と同世代で一番強かったゴマモンがあの馬鹿のパートナーになるのは当たり前のこと、それを今更どうこういったところで何も変わらない。ギギ君は笑いたくなるぐらい弱かったし、何よりまだ成長期にも進化できていなかったし。
 だけどミラがもしパートナーになっていたとしたら、絶対ベルゼブモンになんて挑まなかった。彼女に危険な道なんて選ばせなかったのにって思う。
 確か家族がいないって彼女は言ってた。
 家族ってものがミラにはよくわからなかったけど、陽炎クンとかギギ君みたいなものかなと思って納得させた。更に聞いてみれば、母親はいるけど血が繋がってなくて冷たいんだとか困ったような顔で笑ってた。血が繋がっていないって意味はまたわからなかった。

『でも折角選んでもらえたんだから、この世界で頑張るんだ、私!』

 始まりの町を見渡せる丘の上、そう叫んだあの馬鹿の後ろ姿が忘れられない。
 人間の癖に、異物の癖に、彼女は誰よりも真っ直ぐにこの世界を守ろうとしてた。ミラはその眩しい姿を思い出す度、自己嫌悪に陥っちゃう。オリンポスとして生きるミラは、果たして彼女のように生きられる? ただ懸命に世界を守護する役割を務め続けられる?
 答えは否。多分、ベルゼブモンにあの馬鹿が負けた時点でミラもまた死んだんだ。

『キミは人間を買い被りすぎよ』

 陽炎クンに告げた言葉だって真実。
 彼は人間が世界を救ってくれるって信じてるけど、彼女が無残に死んだことを知って尚、そう信じ続けられるんだったら、それはそれで救えない。もしかしたら陽炎クンなら、この世界にはどうしようもないことがあるんだって、そうした事実を突き付けられても「それでも俺は!」と言い続けられるのかもしれないけど。
 陽炎クンのそういうところは好きよ、ミラ。でも極限の馬鹿だとも思うけど。
 ミラだって最初から人間を嫌っていたわけじゃない。むしろ子供の頃は好きだったようにも思う。だけどアイツが死んで、報われず魂の姿で彷徨しているのを見ていく内に、ミラの心には憎しみしか湧かなくなった。
 人間なんてこの世界から一人残らずいなくなればいい、そう思った。少なくとも記憶している限りでも二人か三人の人間を手にかけたことがある。だけどそうしたところで、結局ミラや碧翼クンの目に映る彷徨える魂が増えるだけ。だから無意味だと気付かされて、ミラはこの村を作る方向にシフトしたわけ。

「………………」

 気付けば崖の下、農作業に勤しむ馬鹿――アイツは山奥の農家出身らしい――がミラのことを見上げているのに気付いた。
 ただ黒いだけの生気の無い瞳は、もう始まりの町を訪れた時の馬鹿のものじゃない。元気いっぱいに叫び散らした喧しい姿を見ることももう無い。ただ生前の、それも人間界での生活を再現するだけの生ける屍と化したアイツの姿は、痛ましかったけれど彷徨う魂の姿よりは絶対に幸せなはず。

「あちゃこ……」

 陽炎クンも言っていた、アイツの名前を静かに呟く。
 心を失ったアイツの瞳に、ミラはどう映っているのだろう。得体の知れない化け物? 始まりの町で出会った幼い子? それとも死んだ自分を救ってくれた女神? 最後のは言い過ぎにしても、できればミラはミラだって気付いて欲しい。
 アイツの、あちゃこの口が僅かに動いた。

「……ン……モン……!」

 名前を呼ぼうとしている。心は死んだまま、既に感情など消え失せたのに、記憶を必死に手繰り寄せて言葉を紡ごうとしている。

「あちゃこ……!」

 ミラの声も震える。情けなくも心が昂ぶっている。
 ミラは人間なんて嫌いだった。転生もできず魂だけをこの世界に遺していく人間のことが許せなかった。そんな魂が見えるミラ自身のこと、そして見えない陽炎クンその他のことも憎んでいたと思う。
 だけどあの時、ミラは希望を見たんだ。ヴァイクモンに押され、ベルゼブモンが舌打ちしながら後退した瞬間、不可能なんて何もないと思えたんだ。それが次の瞬間には散らされる希望だったとしても、人間に憧れる陽炎クンや森羅の気持ちがほんの少しだけ、理解できたような気がしたんだ。
 あちゃこ、そんなあなたがミラの名前を呼んでくれるなら、ミラはきっと。

「……ゴマモン」

 そうして彼女が紡いだのは、彼女のパートナーの名前。
 うん、わかっていたんだ。それが当たり前なんだ。そうなんだけど、それでもね。




















 人間なんて、大っ嫌い。















Next(Final) Episode...

炎と修羅

〜炎神の場合〜

〜闘神の場合〜












 tonakaiさん、パラレルさん、感想誠にありがとうございます!
 返信はNEXT EPISODEにて後書きと共にさせて頂きます!







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