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ID.4955
 
■投稿者:夏P(ナッピー) 
■投稿日:2018/04/06(金) 19:15


月下のけだもの〜狗神の場合〜







月下のけだもの

〜狗神の場合〜








「……遅い」

 電脳特急に揺られながら、自然とそんな声が漏れた。
 トレイルモン、この世界に広がる線路を駆け巡る成熟期の列車型デジモン。このご時世、乗客は疎らで僕以外は成長期や幼年期の姿しか見えない。下手に高位の連中と同乗すれば奇異の目で見られることは間違いないので、それに関しては感謝しておこう。
 元より一つの場所に留まっていることができないのが、神速の王メルクリモンたる僕の性分である。
 同志であるところの陽炎が「つまりは根無し草ということか」と笑っていたのを思い出す。宿敵と見定めた相手ながら言い得て妙と笑ったものだ。この身には翼こそ無いが、進化と共に碧翼へきよくという名を得た僕は、その名及びメルクリモンという種に相応しく特定の居城や領域を持たず、この世界全域を己が活動範囲としている。神速と謳われる僕の実体を認識した者など、恐らく同志達を除けば数える程しかいまい。僕の脚力は斯様な電脳特急の速度を遥かに凌駕しており、つまるところ僕自身このようなものの世話になる意味もメリットもない。
 要するに、気分の問題である。

「おっ、碧翼クン来たねー」
「……幻影」

 密林の前で列車を降り、久方ぶりに同志と顔を合わせた。ディアナモンの幻影ミラージュ、僕らの中でも陽炎と並び称される戦女神。

『この世界で死んだ人間の魂を呼び出し、実体を与えることってできるかな?』

 どれくらい前になるのか、この同志からはそんなことを持ちかけられた。別段不可能ではない。大多数の皆は気付いていないのだろうが、この世界には無念と共に散った人の怨嗟の声が渦巻いている。英雄であれ、希望であれと召喚された選ばれし子供達の中で、その使命を果たせず散った者達は少なくない。幻影の依頼を受け、僕は自らのシャーマンとしての力を利用してそうした者達の魂を一ヶ所に集めて実体を与えたことがあった。
 とはいえ、僕がしたのはそこまでだ。そこから先は幻影に任せたから、その魂どもがどうなったのかは知らないし興味もない。

「それにしても、相変わらず陰気な顔してるわねえ」
「生まれつきだからな、如何ともし難い」
「その仮面、そろそろ取ったら? 少しはマシになるわよ?」

 というか、オリンポスであるにも関わらず素顔を晒しているお前や陽炎の方がおかしいと言ってやりたい。

「用件は何だ?」
「碧翼クンにはお礼を言おうと思って」

 この奔放という言葉を形にしたような女からお礼? 明日は聖槍グラムの雨が降るかな。

「……何か今、ミラに対して失礼なこと思ったでしょ」
「さてね」

 鋭い女だ。森羅の奴もそうだったが、女性型って連中は勘が鋭くてどうも苦手だ。

「ついてきて」

 そう言って幻影は鬱蒼と生い茂る森の中へと歩を進めていく。
 太陽の光が殆ど届かない密林はなかなかゾッとしない空間ではあったが、僕も彼女も生粋のウイルス種だから、そういった意味ではむしろ僕らには相応しい場所とも言えるかもしれない。少なくとも僕は不思議な心地良さを感じているし、常闇に生きる者である幻影とて同様だろう。
 踏み付けられた草木が自然と獣道を成している。歩きやすくて助かるのは確かだが。

「……なるほどな」

 僕にも得心が行く。やがて開けた空間に見えたそれの正体が。
 果たしてそれは小さな村だった。村民達は畑を耕し、木造家屋の前で談合し、少し外れた場所にある茶屋が賑わっている。過疎化が進む山奥の寒村、有り体に言えばそんなところだろうが、そこに生きているのが全て人間だけだという点で、この村は絶対的にこの世界において異物としてしか有り得ない。
 この世界に人間はそれ単体で存在し得ない。それは動かし難い事実であるのだから。




■ ■ ■




 パートナーデジモン、そんな言葉がある。
 俗に言う選ばれし子供として召喚された人間と共に並び立ち、世界の危機を救うため邁進する存在のことをそう呼ぶらしい。パートナー、唯一無二の相棒、所詮システムでしかない癖に運命的な縁や絆を感じ得るそれは、大抵の者にとって実に耳障りのいい言葉だろうな。僕としては聞くだけで吐き気がするがね。
 だけど人間は異物だ。奴らがこの世界に存在すること自体、おかしいんだ。
 この世界で人間はただ生きていることさえ許されない。電脳世界において有機物である人間は異物として、世界そのものから排除される運命にある。それが創世記から続くこの世界の絶対の真実なんだよ。
 パートナーデジモンとは、その不条理に対して構築された延命のシステムでしかない。
 元より電脳生命体であるパートナーとの繋がりを以って、人間達はデジタルな世界で存在することを初めて承認される。並大抵の人間はそうして僕らとの縁を持たなければこの世界では数日と生きられない弱い生き物なのだ。パートナーと出会えぬまま、やがて衰弱して死んでいく人間の姿を僕は何度も見てきた。噂によれば、そうした繋がりを持たずともこの世界に存在できる完全なる存在アブソリュートと呼ばれる人間がいるという話だが、そんな人間にはついぞ出会ったことがない。
 結論を言おう。人間とは脆弱な生き物に過ぎず、その脆弱さに僕らの世界が寄り添わなければならないこと自体、僕には極めて不愉快だった。
 何が救済の英雄、何が最後の希望、彼奴らは僕らに寄生しなければ二本の足でこの大地を踏み締めることさえできやしない。数多の魔王や闇の存在は人の手で倒されたと言うが、むしろ人間が関わること自体が魔の者を生む要因となっているのではなかろうか?

『俺は……人間の可能性を信じているから』

 いつだったか、僕が宿敵と見定めた男がそう言っていた。
 アポロモンの陽炎。太陽の憤怒と慈悲とを体現したような、どこまでも甘い奴。一度立ち会って敗れた屈辱は今も僕を苛んでいるが、何より許せなかったのは奴が人間に対して酷く甘く、そして憧憬を抱いていること。これに関してはオリンポスの同僚である青海や森羅もそうだった。彼らは人間を英雄と信じ、善なる者だと信じている。あろうことか、世界を守護するオリンポス十二神でありながら、人間こそが世界を救ってくれると心のどこかで縋っている。
 それが許せなかった。この世界は僕達のものだ、僕達の手で守ってくものだ。

『人間は脆いわよ。……脆くて、儚いわ』

 だから、そう言った女は僕の理解者でもあった。
 ディアナモンの幻影。月光の狂気と冷徹さを孕んだ、奔放な破綻者。その性格や口調に反した冷酷さを備えたこの女は不思議と僕と気が合った。彼女の過去など知らないし興味もないが、人間との間に何かトラウマを抱えているように思える。人間に対して憎しみすら抱いている僕とて、無力な彼らに対して積極的に攻撃を仕掛けたりはしないが、幻影はそれがパートナーすら持たない人間だろうと容赦なく襲いかかる。そうして今までに何人もの選ばれし子供の命を奪っている奴だ。
 シャーマンである僕には、この世界で散った人間達の魂が見える。転生することのない彼らの魂は、いつまでもこの世界を彷徨い続け、恐らく救われることはない。月の力を司る幻影には、僕以上にそれが見えているのではないだろうか。そうして壊れていく、月光の狂気に取り憑かれ、更に己の苦しみの源を増やしていく。
 僕と同じだ。その速さ故に数多のものを見過ぎた僕もまた、とうに壊れているから。




■ ■ ■




「……いい趣味だ」

 開口一番、僕の感想はそれだった。
 この村に生きる人間達は皆、ただの屍だった。生前の容姿を象ってはいるし、恐らく記憶も性格もそのままなのだろう。だがそれだけだ。一度死んだ彼らに生前の感情が蘇ることはない。故にこの村の者達は皆、何ら映すことはない焦点の合わない瞳で、ただ人だった頃の記憶を元に人間らしい営みを繰り返しているだけのシステムに過ぎない。
 畑を耕す男も、井戸端会議をしている女も、茶屋で働く娘も、皆そうしているだけ・・・・・・・・

「一度死んだ心はね、生き返らせることができないんだ……」

 どこか寂しげな幻影の呟きだけが真実だった。
 それ以上でも以下でもない。彼らの行為はそれ以上の意味を持たず、故に何かを生み出すことはない。つまり結局は人の真似事でしかないのだ。心は蘇らず、感情を持たないままそこに在るかつて人間だったモノは、ただ人間だった頃の生活サイクルを繰り返しているだけの動く骸だ。
 しかし心地良い。そう感じる僕は、大多数から見れば狂っているのかもしれない。
 けれど、彼らは今そこに確かに存在している。数からすれば数百人から千人程度といったところだろうか、今僕らが見ている生ける屍と同数の不可視の魂として世界を彷徨しているより遥かにいいはずだ。少なくとも数多の無念と怨嗟の声に苛まれてきた僕、そして幻影にとっては。

「いい趣味だ」

 もう一度、噛み締めるようにそう告げた。
 メルクリモンの持つシャーマンとしての力で死した人間の魂を集め、その魂にディアナモンの持つ催眠術で生きていた頃の夢を見せている。この世界は精神が具現化することで知られる世界――何せ電脳精神デジメンタルと名付けられた伝説の至宝アイテムが存在するくらいだ――である故、己を生きていると認識した魂は自然、生前の頃の姿を象ることになるのも必定であろう。
 心が死んだままである以上、彼らにこの村から離れるという選択肢は無い。無残な死を迎えた者なら、魂に染み付いた恐怖からデジタルモンスターと出会うことすら恐れるだろう。

「魂の牢獄……そんなところか」
「当初想定していたのとはちょっと違ったけど、結果的にそうなったわね。まあちょうどいいんじゃない? 私もそうだけど碧翼クン、キミは死んだ人間の魂を見るのに飽き飽きしていたんでしょ?」
「違いない」

 思わず笑みが漏れた。幻影の言う通り結果的にではあるが、これは始まりの町の再現だ。
 死した皆が生まれ変わり、新たな生を始める場所。十闘士だか三大天使だかが守っているというその場所とそのシステムに、奇しくも僕らが築き上げた村は酷似していた。だがここは始まりと呼ぶには相応しくないか。彼らは何も始まらない、ただそこに在るだけだ。彼らの時間は既に終わっている。
 ならば名付けよう。時が止まった者達の集う場所、屍者おわりの村と。




■ ■ ■




 世界を巡っていると、時折珍しい者に会うこともある。

「見ねェ顔だと思ったが、オリンポスの狗神様じゃねェか」

 不躾にそんな声をかけられた。
 特に意味があるわけではないのだが、僕は定期的にトレイルモンの世話になるようになっていた。他に誰も乗客のいない車両の中、四人掛けの席にダラリと背を預けていた僕に声をかけてきたのは、果たして音に聞こえた暴食の魔王だった。

「おや、これはこれは珍しい顔を見たね」
「そいつァこっちの台詞だ。目にも留まらぬ速さで世界を駆け回ると言われたテメエが、のんびり電車で一人旅たァどういう了見だ?」

 言いながら、ベルゼブモンは僕の正面に座り込む。少しばかり狭いんだが。

「たまには何かに身を預け、景色を楽しむというのも乙なものだよ」
「そんなことを言うタマかよ、テメエが」

 クククと笑う魔王。醜悪な牙がカチカチと鳴って実に不愉快だった。

「君こそ愛車はどうしたんだい」
「……ま、似た者同士ってこたァな」

 それきり僕らは会話をやめた。究極体おとこ同士で相席して語り合うこともない。
 魔王とオリンポス、本来なら相容れぬはずの僕らは、それきり互いに頬杖を付いて窓の外を眺めるだけだった。自分で乙なものと言っておきながら、一面に広がる荒野はお世辞にも見ていて面白いものではない。確かこの荒野の先に広がる森、そこに今も幻影の奴が守るあの村があるのだったななどと考える。あれ以来、あの村には時折足を運んでこそいるが、少しずつながら住民が増えているようだった。それはつまり、この世界に訪れて死んだ人間が今もいるということに他ならない。
 まあ僕にはどうでもいいことだ。少なくともあの村ができて以来、世界を彷徨う人間の魂を見ることはない。それが心地良い。

「……どいつもこいつも人間臭ェ」
「え?」

 ポツリと、そんな呟きが聞こえた。
 魔王らしからぬ弱々しい言葉に、僕は思わず正面に座る者の顔を見てしまった。きっとその呟きは誰に向けられたものでもない。それでも変わらず窓の外を見つめ続けるベルゼブモンの横顔は、どこか寂しさを宿しているように見えた。
 求めているものがある。けれど、それが見つからない、求めるものが何なのかもわからない、そんな表情に思えた。

「勇気も友情も愛情も知識も純真も誠実も希望も、全部否定しやがるのがこの世界だろうがよォ……なのに、テメエらは人間臭すぎんだよ……!」

 呻きにも似ていた。ギリと噛み締められた口の端は、確かな苦渋に満ちていた。

「テメエの同類も似たようなもんだったな。呑気にレストランなんぞ経営してやがった」
「……森羅か」

 高い実力を持ちながら、料亭の店長に甘んじた同志の顔を思い浮かべる。暴食の魔王は彼女に会ったのだろうか。

「テメエはどうだ? 狗神の兄ちゃんよォ」
「僕は僕だよ」
「そうだな、テメエは人間が余程憎いと見えらァ」

 僕の心を見透かしたように、額の瞳だけを向けて魔王は笑う。

「俺の七大魔王おなかまも人間に過度の期待を抱いてる奴らばかりで辟易してたもんよ。別に見つけ次第殺せたァ言わねェ、必要以上に敵視しろとも言わねェ……だがな、人間じゃねェ俺らが人間の猿真似をしたところで何になる?」
「君は巷で言われているより聡いようだ」

 言ってやると、ベルゼブモンは「あん?」と憎々しげにこちらを見た。
 言うまでもない、これは挑発だ。かつて幼い者が暮らす村を守っていたという森羅を圧倒した――守ることにかまけて己を高めることを放棄するからそうなる――という魔王の力、一度この身で味わってみたかったからね。
 しかし同時に感心したのもまた事実だ。世界を回る中で僕が聞き知ったベルゼブモンという奴は、ただ戦いだけに明け暮れた戦闘狂だった。だから僕も暴食の魔王とは野心も信念も持たず、ただ戦いたいから戦い殺したいから殺す、そんな単純な存在だと思っていた。でも今僕の目の前にいる痩躯は、そうして勝手に抱いていたイメージとは真逆だった。
 人の噂ほど当てにならないものもない、そういうことだろうか。

「テメエともいつかやり合うことにならァな」
「……今はやらないのかな?」
「今は少しばかり興が乗らねェ、それにやり合うなら互いに全力でねェとな」

 まだ力が完全ではない。そう匂わせて暴食の魔王は席を立ち、車両を出て行く。
 見逃してもらったのだと思うことにする。森羅のように無様に一蹴されるつもりはなく、死に物狂いで食い下がることぐらいはできるだろう。だが情けないことに、僕もまた魔王に勝つビジョンは全く見えなかった。少なくとも頭の中で思い浮かべた想像模擬戦で四回は殺されている。
 あれで全力ではない? まだ先があるだと?

「……ハッ、面白いね」

 乾いた笑いが漏れた。比喩ではなく、気付けば喉がカラカラだ。

「僕は僕だ……か」

 先に口にした言葉を反芻する。
 そう、僕は僕だ。陽炎とも幻影とも森羅とも青海とも山雷とも違う。
 オリンポス十二神が一、メルクリモンとして僕は生きている。有事が来れば共に戦うことだろう、協力を仰がれれば力を貸すことも吝かではないだろう。青海が今の姿に到達する前は森羅の料亭をしばらく手伝っていた時期もあるし、此度のように幻影の戯れに付き合うことだってある。それでも僕の生き方は当代のオリンポスの誰とも重ならない。ただ己の神速の脚力を以って、この世界を駆け抜けるのみ。
 人に憧れる陽炎や森羅、屈折した思いを抱いているだろう幻影。
 僕は彼らとは違う。僕らの世界は僕らの手で守らなければならないと思っている。人間の存在そのものを否定するつもりはない。それでも人間の手が加わる度、どこか僕らの世界が歪んでいくような感覚は消えずにいる。そうした意味で、僕は暴食の魔王の言葉に込められた真意がとてもよくわかる。
 僕は僕だ。それ以上でも以下でもない。

「そう、僕は……人間が嫌いだよ」

 だからそれだけは、絶対に譲るつもりはない。














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