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ID.4925
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/03/11(日) 00:01


グッド・オールド・フューチャー 8/継承
「う……」
「大丈夫? やっぱり無理しない方が……」
「い、いや、大丈夫だ」
 シーラに付き添われながら、ドーベルモンは雪の降り積もる夜の街中を歩いていた。
 彼女と会話している時は気丈な態度を見せるものの、度々ドーベルモンはふらついたり、痛みを堪えるような表情を浮かべたりする。そんなようすを見る度に、シーラは気が気ではなかった。
 それでもドーベルモンは迷いなく夜道を歩き続ける。今まで見たこともない景色にシーラは不安を覚えたが、ドーベルモンに聞けばこの道のりはここ最近、春子とともに何度も往復したのだという。
「ハルコの匂いがする」
「そうなの?」
「まだ新しい。きっとあそこにいる」
 ドーベルモンの嗅覚は人間のそれを遥かに超える鋭さを持つ。普段の彼はこの能力をひけらかしたりはしないものの、孤児院の中では自分や春子が失くした持ち物をいとも簡単に発見したりしているので、シーラは彼の鼻の力を疑ってはいなかった。
「あそこだ」
「……」
 ドーベルモンが示す先を見て、シーラは露骨に顔を曇らせた。
 スクルドターミナルの中心街にはおよそ似つかわしくない、薄汚れた雑居ビル。その出入り口には、大柄なミノタルモンが腕を組んだまま大きないびきをかいている。どう見ても、自分たちのような子どもが出入りする建物ではない。
「え、あの……あそこ、なの? あんな所に出入りしてたの、あなたたち?」
「あぁ。心配する必要はない」
「入り口前に門番みたいなデジモンがいるけど……」
「あのようすだとしばらくは起きないだろう……いや、待て」
 ドーベルモンはミノタルモンに近づくと、何やら腰のあたりを弄り始めた。シーラの背筋が冷える。
 何してるの、ドーベルモン? そんなことしてミノタルモンが起きたら大変だし、それに見た目的にも……いや、いやいやいや。想像しちゃだめだ。
 すぐにドーベルモンはその場を離れて戻ってきた。幸いにもドーベルモンの言う通り、ミノタルモンの脇を通ってもいびきの音は途切れていない。彼はカラビナに取り付けられた何本かの電子キーを咥え、それをシーラに差し出した。
「持っていこう。恐らく必要になる」
「え……だ、大丈夫かな……」
「大丈夫だ。俺がいる」

 熟睡するミノタルモンを通り過ぎた後も、誰の眼にもつくことなく建物の中に入ることはできた。
 荒れた建物の中でさらに暗い階段を下りる度、シーラの中の警戒心と、春子を心配する感情の戦いは激しさを増していく。そして彼女がついにドーベルモンへ戻ることを提案しようとしたその時、味気ない地下通路の先に大きな鉄扉が見えた。
 鉄扉の前でドーベルモンの脚がぴたりと止まる。
「ここだ。この先にいる」
 今まで来たこともない怪しげな建物の地下の、見るからに厳重な鉄扉の先に春子がいるという。
 嘘でしょ、本当に?
 なんだかものすごいことに巻き込まれてしまってる気がする。
「えっと、でも、これ……鍵が掛かってるよ?」
 ドーベルモンがシーラの握っている電子キーを顎で指し示す。
「私、だんだん怖くなってきたんだけど……」
「分かってる。そこの扉を開けたら、もう帰ってくれて構わない。後は俺とハルコの問題だ」
「……それは嫌」
 シーラにしては珍しく、少しムッとした表情を浮かべた。自分だって、ただドーベルモンに言われるがままこの場所にやってきたわけではない。無二の親友のことが心配だからここに来たのだ。
 鉄扉の隣に設置された古ぼけた機械に電子キーを近づける。それまで点いていた赤いランプが緑色に替わり、ガシャンという低い音とともに扉が開錠した。シーラが手を近づけなくとも、扉がゆっくりと開いていく。



 ジョーダン・グードは苛立っていた。
 先に向けた打ち合わせが終わり、ゲート・タワーを出ようとしたにも関わらず、社員用出入り口の前に車が到着していない。普段通り回しておけとミスティモンに言っておいたにも関わらず、彼が時間通りに準備していないのは珍しかった。数分後に黒塗りのクラウンが目の前に停車すると、ジョーダンは自らドアを荒々しく開けて乗り込んだ。
「さっさと帰るぞ。ヤツの近くにいるのはご免だ」
「すまないが、まだ君を帰すわけにはいかない」
 聞こえてきた返事は、ミスティモンの声ではない。
 普段なら鞄の置き場所となるはずの隣の席には、ジェームズ・テイラーソンがいた。まるで徹夜明けで帰宅しようとタクシーに乗り込んだサラリーマンのような姿だったが、視線だけは鋭かった。
 ジョーダンは驚いて前の席を見た。そこには普段通りにハンドルを握る、苦悶の表情を浮かべたミスティモン。そして、その隣の席に座っているアンドロモンの腕から伸びる青白い光刃が、彼の首元で空気を焼く音を響かせていた。
「ジェームズ、お前……!」
「ミスティモン、正面入り口に向かってくれ。彼とは中で話したい」
「何のつもりだ。自分のやってることが分かってるのか?」
「それは理解しているとも」
 左手で眼鏡を上げ、ジェームズはジョーダンを見つめた。
「私が逮捕される前に、君に聞くべきことがある。さぁ、ミスティモン」
 再度促され、ミスティモンがアクセルを踏む。クラウンが動き出した。



 裏側の通用口を使う夜間勤務の従業員ならともかく、こんな真夜中にゲート・タワーのエントランスに現れる訪問者などまずいない。セキリュティゲートのすぐ隣の警備員室で、警備員の成田は何度も欠伸をしながらパイプ椅子に背中を預けていた。
 昨夜の酒がまだ残っているのか、途轍もなく気だるい。どうせ少し仮眠を取ったところでバレないだろう、そう思ったところで監視モニターに数人の影が現れたのに気づき、彼は慌てて口を閉じた。
 現れたのはジョーダン・グードだ。普段は決してエントランス側の入り口を使わない彼が、なぜこんな時間に?
 やがて、ジョーダンの後ろに以前見た覚えがある初老の老人とミスティモン、そして彼に腕から伸びるレーザーの刃を向けたアンドロモンが現れ、成田は青ざめた。

「イグドラシル戦争の後、私たちは別々の道を歩んだ」
 ジェームズはジョーダンと並んで、誰もいないエントランスホールを歩きながら話し始めた。
「多くの者が引退し、世間の目につかないよう隠れた。君はその数少ない例外で、今では世の中にとって欠かせない大企業の社長だ。選ばれし子どもとしての矜持と今の立場を秤に掛け、後者を取ったのは仕方ないことなのかもしれないな」
「何を言ってるんだ? ジェームズ……」
「報道されている、ウォーグレイモンに攻撃された少女とデジモン。あれは以前私と一緒にここへ来ていた」
 ジョーダンは眉をひくつかせた。
「そうか、それは……」
「名前は橘春子。驚くべきことに、新たな選ばれし子どもだ」
 ジェームズが立ち止まり、ジョーダンも思わずそれに倣う。静寂なフロアに、背後でアンドロモンの光刃の音だけが響いている。
「彼女らが狙われたのは気の毒だったな。だがそれは僕の知ったことではない」
「なるほど。やはり狙われたのは私ではなく、春子たちだったのだな」
 ジョーダンの表情から余裕が消えた。
「問題はなぜウォーグレイモンが春子を襲ったか、だ。彼女が選ばれし子どもであるということを知っていたのは私を含むごく少数だけだった」
「だからと言って……」
「君も知っていたんだろう、ジョーダン」
「何だと?」
 ジェームズがまた歩き始め、二列並んだセキリュティゲートの前に立つ。手で左側のレーンを指し示してジョーダンを移動させると、数日前と同じように自分は右側のレーンを進んでいく。
 すると、ジェームズの真上で赤いランプが輝き、ビーッという警報音が鳴った。
 以前、春子がここを通ろうとした時と同じように。
 表情を凍らせたジョーダンを尻目に、ジェームズはコートを捲り、腰のベルトに取り付けていたデジヴァイスを取り出した。
「私とは違い、春子は選ばれし子どもであることを誇りにしていた。これを肌身離さず、いつも持ち歩いていた」
 そう、春子は私と違う。
 タツキと同じだった。
 ジェームズはそのまま、握っていたデジヴァイスをジョーダンに渡す。ジェームズの側のランプが消えてゲートのバーが開き、代わりにジョーダンの真上にあるランプが警報音を鳴らし始める。
「これはどういうことだ?」
「いや、それは……」
「君はキムとジャンの住居も知っていたな? ハンスもだ」
「あ、あぁ……いや、だが、待ってくれジェームズ。僕は……」
「当時の仲間たちを狙うのであれば、最初に選ばれるのは名前が最も有名な君だ。そして君は、自らの命と仲間たちの命のいずれかを選ぶことを迫られた」
「違う、違う。君はとんでもない誤解をしているぞ……!」
「君が単に自分の命惜しさにその選択をしたとは思っていない。君なりに自分の大義を信じたのだろう。だがその結果、君は道を踏み外した」
 ジョーダンは思わず乗り出してジェームズに掴みかかろうとした。だが、いつの間にか身体の上を這っている赤いレーザー光にその動きを制される。レーザー光はゆっくりとジョーダンの身体を上っていき、やがて額の上で止まった。
 どこにいるのかは分からないが、ジェームズとアンドロモン以外にも自分を狙っている者がいる。
「誤解だ、ジェームズ……僕は何も……」
 ミスティモンがジョーダンに近づこうとするも、アンドロモンが再び彼に光刃を突きつけて動きを止める。

 警備員室から彼らのようすを眺め、明らかな異常を感じ取った成田は、時刻を確認しながら机の脇に設置された通報ボタンを押した。
 警察の到着まで、早くとも十分はかかる。その間に余計な行動はできない。社長と、そのパートナーデジモンの命に関わりかねない。

 ガラス窓の奥で見える警備員の動きを眺めながら、ジェームズはまた眼鏡を上げた。
「この件について、会社と君個人の通話記録を調べさせる。何が出てくるかな?」
「聞いてくれ、ジェームズ。僕は……僕は、何も知らなかったんだ……! まさか、ウォーグレイモンがそんなことを……それに僕は、決して……!」
「ウォーグレイモンにデジヴァイスを与えたのも君か? 彼は今、どこにいる?」
「ジェームズ、なぁ、ジェームズ! 聞いてくれ、頼む……」
 ジョーダンの懇願は、最早涙声に近かった。
「僕に、僕にこれ以上、そのことを言わせないでくれ……!」
 その時、ゲート・タワーの天井を何かが突き破り、エントランスの床を激しく揺らして着地した。光沢のある大理石の床が粉々になって飛び散り、ジェームズとジョーダンの頭の上に降り注ぐ。
 立ち上がった黒いデジモンの姿を、ジェームズはセキリュティゲート越しに見た。
「やぁ、ジム」
 ウォーグレイモンはドラモンキラーをジェームズに向けた。



 春子は長い間、倉庫の隅で木箱を背に座り込んでいた。閉じた膝に額を当てたまま目を瞑りながら、ジェームズの言葉を何度も反芻した。
 選ばれし子どもになりたかった。
 デジヴァイスを持っていても、ドーベルモンというパートナーを得ても、自分はまだ本当の意味では選ばれし子どもになれてはいないと思っていた。小さな頃に憧れていたような、あの戦争で自分の命を救ってくれたようなヒーローに。
 そして師と呼べるような人に会うことができて、その人の教えも受けることができて、自分は本当の意味で「選ばれし子ども」になれると思った。
 それはとんだ思い上がりで、私はドーベルモンを傷つけた。
 そのことを何とか挽回しようとして、今度はジェームズさんに見放された。
 笑える。笑おうとしても喉がカラカラで、変な音しか出ないけど。

 視界の隅に、自分以外の影が入ってきたのはその時だった。
「ハルコ!」
 春子は一瞬、倉庫の鉄扉が開くと同時に駆け寄ってきたそのデジモンが、本当にそこにいるのか分からなかった。
 おまけに、彼の後ろについて来ているのは、自分が今ここにいることさえ知らないはずのルームメイトだ。
「ドーベルモン⁉ それに、シーラ⁉」
 ドーベルモンは、まるで飛びかかるかのように春子に飛びつく。普段は感情を表に出さない彼がここまで尻尾を激しく振っているのを初めて見た。
「大丈夫? 大丈夫なの、ドーベルモン?」
 ドーベルモンの頭を優しく撫でながら、彼の胴に何重にも巻かれた包帯を見て顔をしかめる。やはり、まだあの傷は治っていない。だが、当のドーベルモンは自分の傷など、まったく気にしていないようすだった。
「ハルコ、ジェームズはどうした?」
 一瞬だけ頭の中から離れていた人物の名前が挙がり、春子はまた表情を曇らせる。
「ウォーグレイモンさんのところに……その、私、戦力外通告されちゃった」
「なら、今すぐ彼の後を追おう。俺たちの力が必要なはずだ」
「……無理だよ、ドーベルモン」
「俺の傷は気にするな」
「違うの、それだけじゃなくて……」
 ドーベルモンが傷つけられた瞬間。ジェームズに事実を突きつけられたあの夜。この倉庫の扉を閉じられた時に言われたこと。それらが繰り返しフラッシュバックする。
 ドーベルモンの問題ではない。私の問題だ。
 私は選ばれし子どもとして失格で、私がなりたい選ばれし子どもの姿なんて元々いなかった。
そんな私がパートナーでいることで、次こそドーベルモンを殺してしまうかもしれない。
「ハルコ?」
「私が……私が、もう駄目なんだよ。ドーベルモン……」
 またしても、頭を抱える。
 彼と顔を合わせられない。
「私、全部間違ってた。選ばれし子どもなんて――」
「選ばれし子どもになれたんだね、春子」
 春子が顔を上げると、そこには両手を後ろに組んで自分のことを見下ろすシーラの姿。
 微笑んでいる。
「すごい! やったね、春子。私の知らない間に、夢を叶えてたんだね」
 シーラの視線の先には、春子が握るデジヴァイスと、ジェームズから手渡された、友情の紋章のタグ。そう言えば、彼女にはこのことを秘密にしたままだった。
「昔からなりたかったものになれたなんて、本当に凄いよ」
「違うの。それも間違ってたの。私のなりたかった選ばれし子どもなんて、本当はいなくて……」
 シーラが不思議そうな表情を浮かべているのを見て、春子は言葉に詰まった。
 彼女に今の自分の苦しみをどう伝えればいい? ジェームズさんに言われたことを、そのまま言えばいいの?
 先に口を開いたのはシーラだった。
「それは違うよ、春子」
「え……」
「今までいたかどうかじゃなくて、春子がそうなればいいんだよ」
 シーラは膝を折って、視線を春子に合わせながら手を伸ばす。彼女の細くて長い指が、デジヴァイスを握る春子の掌に重なった。
「春子、覚えてる? 私がアンドロモンさんの孤児院に入ってすぐの頃、学校でいじめられてたこと」
「うん……」
「あの時の春子、『悪いやつは私がやっつけてやる』とか、『選ばれし子どもは弱い者いじめは許さない』とかさ、そんなこと言いながら私のことを助けてくれたでしょ?」
「そ、そうだっけ……」
 正直、忘れかけている。
 なんだか顔から火が出そうな思い出だ。
「嬉しかったんだよ? 春子が本物のヒーローに見えた」
「……」
「私にとっては、春子が本当の選ばれし子どもなんだよ」
 穏やかな笑みを浮かべるシーラを見て、春子はどう返せば良いのか分からなくなり、思わず目を伏せた。すると今度は視界にドーベルモンが入ってきた。
「ハルコ。お前が何を言われたのか、俺には分からない。正直、そんなことはどうでもいい」
「ドーベルモン……」
「ハルコがなりたい選ばれし子どもになればいい。俺はそのパートナーになりたい」
 そう言って、シーラの手と重なる春子の掌に、今度は彼が自らの額を当ててきた。
 散々振り回してきたパートナーと、自分の妄想ばかりを振りまいてきた親友が、私のことを信じてくれている。
 私が砕いてしまったものを、わざわざもう一度組み立ててくれている。
 春子は、重ねられた手の中にあるデジヴァイスを握った。
 急に頭の中が晴れた気がした。
 思いっきり鼻をすすり、空いている左手で目を擦る。ちょっと痛かった。
「春子……?」
「決めた」
 瞼を開いて、ドーベルモンとシーラを見る。二人の不思議そうな表情が、徐々に明るくなった。
「私、もう一回頑張る!」
 床を思いっきり踏んで立ち上がる。
「だって私は、選ばれし子どもだからね!」
 大声で宣言する。シーラも膝を上げて微笑み、ドーベルモンはまた足元に擦り寄ってきた。

「全く、ミノタルモンは何やってるのかね?」
 冷たい声が倉庫内に響き渡る。
 春子が出入り口を見ると、そこには車椅子の車輪をゆっくりと動かして倉庫に入ってくる、色欲の七大魔王の姿があった。



「ウォーグレイモン」
 目の前に降り立った黒い竜人の姿を見ても、ジェームズは冷静だった。
 この世界を救った英雄が、かつての仲間たちの命を奪った爪を輝かせながら、一歩ずつゆっくりと迫ってくる。そんな状況にあって、心中は凪のように穏やかだ。
 おそらく、自分はこの場で殺されるだろう。それは構わない。自分は彼にとって――自分にとっても、だが――最愛のパートナーを殺したのだ。彼にはその復讐をする権利がある。
 しかし、それはまだ未来のある若者を彼が殺していい理由にはならない。
 警備員室からの通報によって、おそらく数分後には警官隊がこの場に到着する。その頃には自分は死んでいるかもしれないが、ウォーグレイモンの行いがそれで止められるのであれば構わない。
 隣のレーンに立っている男はそうは思っていないが。
「ジョーダン。貴様は今、何を言おうとしてた?」
「ウォーグレイモン、待て……貴様、自分の立場を解っているのか……?」
 それまでジェームズに向けられていた視線がジョーダンの方へ移動する。それだけで彼は痙攣したように身体を動かし、二、三歩後退した。
「偶然だな。全く同じことを、俺もお前に言おうとしてた」
「ぼ、僕は……僕は君らのやっていることには最初から反対だった! 君にどんな個人的な理由があろうと、僕の立場を利用したことは――」
「黙れ」
 彼らの関係性や認識の違いがどういうものなのか、ジェームズにはある程度予想がついたものの、今はそれを追求する暇はないようだ。
「ジム!」
 アンドロモンが背後から叫び、彼に向かって何かを投げる。ジェームズは正面を向いたままそれを受け取り、掌の感触を頼りに安全装置を解除する。
 ジェームズが握った拳銃に反応して、セキリュティゲートが再び閉じ、警報が鳴る。
 ウォーグレイモンがゆっくりと歩き始め、ジョーダンは更に下がろうとする。が、彼の着ているコートがゲートに引っ掛かり、バランスを崩して転びかけたところで、ウォーグレイモンは床を蹴ってジョーダンの方へと跳んだ。
「!」
 ウォーグレイモンの振るったドラモンキラーはセキリュティゲートのバーを破壊したが、ジョーダンの身体を切断することはなかった。爪の一撃を受けたのは、ウォーグレイモンと同じタイミングでアンドロモンを振り切り、ジョーダンの前に飛び出したミスティモンの剣だった。
「ぐ……ッ!」
 攻撃を受け止められても、ウォーグレイモンは特に驚くようすもなく、振り下ろそうとした右腕に力を籠めた。
 一方のミスティモンは両手で柄を握って受けているにも関わらず、その表情は明らかに曇り、力に圧されていた。

「この男を守るのか、ミスティモン? 自らの命惜しさに仲間を売った男だぞ」
「当たり前だ……ジェームズは私のパートナーだぞ……!」
「デジモンがパートナーを選べないのは不幸なことだな」
 ウォーグレイモンが更に力を強め、ミスティモンは食いしばる歯の間から小さな呻きを上げた。
「俺のパートナーはそこの惨めな男とは違った。パートナーを失う気分を、お前こそ味わうべきだな」
 ウォーグレイモンの眼は既にミスティモンではなく、彼の足元で腰を突きながら必死に後退しようとするジェームズを見ていた。
 ミスティモンのことは嫌いではなかったが、彼は既に救いようがないほど選ばれし子どものパートナーという立場に毒されている。だからこそ、ジョーダンが何をしようとも文句ひとつ言わずに彼の隣に立ち、彼を守り続けていたのだ。
 ジョーダンは元々、自らの立場が悪くなればすぐに鞍替えをするような男だ。ジェームズがどうなろうと、彼のことは近々に処分するつもりだった。その過程でミスティモンまでも殺さねばならないのは、少々残念だ。
 ウォーグレイモンがかつての仲間を前に感慨に浸っていたのは一瞬だったが、その隙に新たな乱入者が彼の背後に近づいていた。いつの間にか死角へと移動していたアンドロモンが、腕の光刃を輝かせながら彼に切りかかったのだ。
 ウォーグレイモンは身体を捻り、スパイラルソードの一撃を左腕のドラモンキラーで受けた。二体の完全体を相手にしてさえ、なおも彼の表情には余裕があった。
「お前も久々だな。元気だったか? アンドロモン」
「ジム! 彼を逃がすのです!」
 アンドロモンがそう声を上げる前に、ジェームズはジョーダンを立たせて下がらせていた。
 二体の完全体の刃に鬱陶しさを感じたウォーグレイモンは、両腕を円を描くように動かして刃を弾き、更に爪を振るった。腕から放たれた炎がドラモンキラーの軌道に乗って爆風が発生し、ミスティモンとアンドロモンに激突する。二体とも声を上げることすらできずに、吹き飛ばされて床に倒れた。
 ウォーグレイモンは彼らを確認することもなく、再びジェームズとジョーダンを見た。
「次はお前たちだ」



 人差し指をゆっくりと伸ばして、短く呪文を詠唱する。
 それだけで、リリスモンの目の前に緑色の魔法陣が現れ、それがやがて広がって半透明の壁を作り上げた。
 リリスモンとの最初の特訓で、春子が激突したものと同じ魔法壁だ。
「リリスモンさん……?」
 ドーベルモンの隣で、春子は魔法壁の奥で車椅子に座るリリスモンを見ていた。
「悪いね、ハルコ。ジェームズとの約束があるんだよ」
 リリスモンが溜め息をついて、春子を見つめ返す。
「ジェームズはあんたが来ることを望んでない」
「知ってます」
「だから、あんたを行かせることはできない。分かるね」
「分かりません」
 真顔でそう返事する春子に、リリスモンは片眉を吊り上げた。
「師匠の望みが聞けないのかい?」
「すみません。こればっかりは、ちょっと無理です」
「今起きてることは、ジェームズやウォーグレイモンがずっと抱えてきたことの後始末だ。あんたみたいな子どもが首を突っ込むことじゃないんだよ。ここで大人しくしてりゃ、どうなるにせよ明日には終わる。だから……」
「ここで黙って待ってろ、ってことですか?」
 シーラは春子を見た。今までの彼女なら考えもしなかったようなことをやろうとしているのが分かったからだ。
 春子はジェームズに、憧れていた選ばれし子どもに、反抗しようとしている。
「ごめんなさい、リリスモンさん。私、今やらなきゃいけないことがあると思うんです。選ばれし子どもとして」
「選ばれし子どもの大先輩が止めてるんだよ?」
「それは分かってます。だから後で怒られて、後で反省しようと思います」
 今度は、リリスモンの眉間に皺が寄った。
 対照的にドーベルモンは両耳を上げ、表情を少し柔らかくした。隣に立つ春子が、微笑んでいるのが見えたからだ。
「また痛い目を見るつもりかい」
「いや〜、痛い目も見たくないし、怒られたくもないんですけど……」
 春子は困ったような笑みを浮かべながら、左手で頭を掻いた。
「でも、今度は大丈夫な気がするんです。根拠はないですけど」
 その時シーラは、春子の掌の中で異変が起きていることに気づいた。
 そこで何かが輝いている。
「春子、それ……!」
「え?」
 シーラもまた、映像だけならこの現象を見たことがある。
 デジヴァイスと、ジェームズから手渡されたタグが光っているのだ。
 春子は掌を広げる。ジェームズのタグは、青いプレートの中に友情の紋章が刻まれていたはずだった。だが今は違う。
 そこで輝いているのは、オレンジ色の勇気の紋章。
 草薙タツキの紋章だ。
「ハルコ」
 しばらく呆気に取られて掌を見つめていた春子は、ドーベルモンの言葉で我に返った。
 今まで一度も、ウォーグレイモンに襲われた時でも見ることのなかった光が、目の前にある。
 心臓が高鳴ってきた。
「――ドーベルモン。私のこと、信じてくれる?」
「当たり前だ」
「私もドーベルモンのこと、信じてるよ」
 四つの脚でピンと立ち、身体を少し前に傾けながら、ドーベルモンは笑った。
「そうしてもらえると嬉しい」
 そして地面を蹴り、リリスモンの魔法壁目がけて走り出す。
 春子はジェームズのタグを首にかけると、正面を見つめ、ドーベルモンにデジヴァイスを向けた。タグの輝きが激しくなり、デジヴァイスから溢れ出す光はドーベルモンへ一直線に伸びていく。
 やがてその光がドーベルモンの身体を包み、春子のパートナーは姿を変え始めた。

 ドーベルモンの身体を覆うテクスチャが剥がれ、緑色のワイヤーフレームが姿を露わにする。ワイヤーフレームはより複雑に、より大きくなり、二本の前脚は地面を離れ、後ろ脚は更に筋肉質になる。
 張り替えられたテクスチャは一瞬、蒼い肌を見せる。全身が黄金の鎧で覆われ、背中には蒼いマントが纏わりついた。
 右腕には巨大な長刀が握られる。

 獣騎士・クーレスガルルモン。
 最後の選ばれし子どものパートナーが、究極体へと進化した。

「は……⁉」
 リリスモンは目の前で起きた出来事を信じられなかった。
 英雄の時代はとうに終わったのだ。奇跡が起きることなどなく、選ばれし子どもは時代遅れになった。にも関わらず、まるで才能も経験も、活躍の場すら与えられていないはずの、スクルドターミナル最下層の子どもが、パートナーデジモンを究極体へと進化させた。
「なんでそんなことができるんだい……!」
 この事態にすぐに対応しなければならない、とリリスモンは思った。
 今、目前で起きたことは歴史的な出来事だ。
 信じられないものを見たと言っていい。
 そして、これで余計に彼らを行かせることができなくなった。
 彼らが挑もうとしているのは、かつて何度も世界を救った、最強のデジタルモンスターだ。
 奇跡を起こした彼女たちを、そんな危険な相手のもとへ向かわせるわけにはいかない。
 怪我をさせてでもこの場に留まらせる必要がある。
「通させてもらうぞ」
 クーレスガルルモンが長刀黄獣偃月刀を振り上げたのを見て、リリスモンは手を突き出し、魔法壁の強化を図る。
 刀が触れた瞬間、魔法陣はまるでガラスのように粉々に砕け散った。
「……!」
 クーレスガルルモンは突進する速度を緩めずに、再び長刀を構える。リリスモンは左手を動かしていくつもの魔法陣を創り出す。あるものは魔法壁を、あるものは異次元からの怪物を、あるものは敵を束縛する魔力の枷を生み出した。
 どれも全く効果がなかった。
 この時、リリスモンの頭を支配していたのは焦りではなかった。ほんの一瞬だけだが、彼女は高揚感を覚えていた。
 七大魔王の一角として恐れられ、全デジタルワールドの征服を目論み、世界の命運を決する戦いに挑んだ若き日の自分に戻ったようだった。
 目の前で長刀を振り上げた金色の獣が、あの時のタツキのウォーグレイモンのように、あるいはジェームズのメタルガルルモンのように見えた。
 この選ばれしデジモンを倒したい。
 リリスモンはほとんど無意識に、春子たちを止めるという目的も忘れ、触れるもの全てを腐食させる右腕の爪をクーレスガルルモンに向けていた。
 それは長刀にも、クーレスガルルモンの身体にも触れることなく、空を切った。
 クーレスガルルモンの刀は正確に振り下ろされた。


スレッド記事表示 No.4924 グッド・オールド・フューチャー 7/生存者Ryuto2018/03/11(日) 00:00
       No.4925 グッド・オールド・フューチャー 8/継承Ryuto2018/03/11(日) 00:01
       No.4926 7・8話あとがきRyuto2018/03/11(日) 00:02
       No.4930 ジムジム言われると連邦軍のMSの気分になる夏P(ナッピー)2018/03/17(土) 21:55
       No.4936 7・8話感想返信Ryuto2018/03/25(日) 21:47