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ID.4919
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2018/03/06(火) 23:16


X-Traveler Episode.2 Part.B
 八塚駅近くのモール。時間が時間だけに、平日であっても家族連れを中心に夕食を求める人々でそれなりの人口密度がある。かくいう渡自身もモール内に店を構えるカフェに腰を落ち着けていた。だが夕食は家で用意されていることもあり、彼自身はコーヒーをスローペースで啜っているだけだ。健康的な男子高校生である渡もいつもならメニューに目が眩んでついつい遅い間食を取りそうになるもの。しかし、今この時だけは渡の食欲はゼロ。いや軽い吐き気に似たものも抱えているためマイナスと言っていい程の状況だった。
「君も何か頼めばいい。流石にお腹が空く時間だろう」
「いや……結構です」
 理由は目の前で淡々と食事をする女性とその食事内容だった。彼女が口にしているのはこの店自慢のハワイアンパンケーキ。小ぶりで薄いパンケーキ三枚の上にはココナッツとマンゴー、そして大迫力のホイップクリーム。それだけなら渡も同じものを頼むこともあっただろう。だがそこに三種類のシロップを一瓶ずつ――ここでの瓶は一般的な牛乳瓶と同程度の容量とする――注がれたらどうだろうか。結論から言うとそこにはシロップで味に深みが出たパンケーキではなく、シロップに侵食されてぐずぐずになったパンケーキの成れの果てがあった。
 確かに「お好みのシロップをかけてください」というメッセージは書いてある。三種類それぞれをブレンドするのも多目に見よう。しかし三種類の瓶すべてが空になるまで使うのはやり過ぎだ。彼女の味覚が狂っているのか。そもそも頭がおかしいのか。
「うん、糖分が身体に染み渡る。君も一口どうかな。お姉さんがあーんしてあげよう」
「謹んでお断りします」
「そうか。ならば代わりにそのコーヒーをもっと美味しくしてあげよう」
「ゲル状になるまで紅茶に角砂糖入れた人間の味覚を信用しろと?」
 前者は確実だろう。後者は何とも言えないが、少なくとも人の顔を伺うことがないのは確実だ。それは渡の姿勢に一切動じない姿からも感じ取れるし、何より店長の奇異と怒りに満ちた視線を完全にシャットアウトしていることからも分かる。
「やはりそれが君のか」
「あ……すみません」
「別に敬語は使わなくて構わないよ。私はただ君に興味があるだけなのだから」
「分かった。こっちも隠し事は無しだ」
「それはありがたい。いや話が通じる相手で良かったよ」
 ただ一方で人を観察する力には長けているようだ。コントのようなやり取りすら渡の本音を引き出すためのアプローチ。ファーストコンタクトの段階から既に術中に嵌まっていたようなものなのだから話術では相手の方が上手だと認めるしかない。情報面のアドバンテージを推し量って有利に進めるなど無理な話だろう。
「まずは自己紹介かな。――私は逢坂アイサカ鈴音スズネ。気軽にスズ姉さんとでも呼んでくれ」
「弟切渡だ。よろしく、逢坂さん」
「渡君はどうもノリが悪いね。まあいいや。同じトラベラーとしてよろしく」
 軽い雰囲気は思考の深さによる余裕か。口にはしつつもこちらのノリの悪さで対応を変えることもなく、鈴音は渡が持つものによく似たカードを取り出してこちらに向ける。黄色の背景に黒いX。これが鈴音のX-Passで、Xの横に描かれた羽虫のような模様が彼女の契約相手らしい。
「遅くなったけど、さっきは悪かった」
「別にいいよ。私は過去にはあまり拘らない性格なんだ。今はそれよりするべき話があるだろう」
 渡も同じように自分のX-Passを提示。トラベラーなりの挨拶というところだろう。互いをトラベラーとして扱うという示し合わせはつまり、これから話す内容もその立場に準ずるものであるという宣言だ。
「先に言っておくとこっちが知ってることはたいしたことないぞ。それこそ実際に笑われるくらいだから」
「なるほど。ならば君が知っていることを先に聞こう。私がそこに補足を入れるというかたちで問題ないね」
 やるべきことは情報交換。とはいってもおそらくは一方的なものになるだろう。口も上手く情報量のある相手でもここは素直にしておく。鈴音は性格の癖は強く頭もまわるようだが、ここで自分を騙すような人間ではないという点には確信に近いものがあった。
「すべてはこのX-Passとそこから話しかけてきた不愉快なボットから始まった」
 そう切り出して渡は異界で過ごした一時間について話し出す。話せる情報の大半はボットの説明不十分なチュートリアル。モンスターの存在と自分たちを繋ぐ契約ペアリング。あとは秋人が「ブラスト」と呼んでいたモンスターに力を与える手段と、モンスター自身がより強大な存在へと変わる「進化」。
「なるほど。確かに戦闘面での基本情報がところどころ抜けている。まあX-Passで後から閲覧できるんだけれど」
「聞いてない。一番重要なところを抜かすチュートリアルがあるか」
「ごもっとも。それを抜きにしても本当に癖のあるガイドだったよ」
 マニュアルがあるのならそれをさっさと提示しろ。その怒りとともにX-Passをテーブルに叩きつけたくなった。実際X-Passを握った右腕は頭上高くまで振りかぶられていた。鈴音が同調してくれなければおそらくその腕は振り下ろされていただろう。
「さて細かい基本的なところはマニュアルに任せて、まずは生死に関わる重要なところだけ補完しておこうか。渡君は次はいつ『特異点F』へ行くつもりかな?」
「いつって……決めてない。やっぱりまたあそこに行かなきゃいけないのか」
「私に君の行動を強制する権利はないよ。ただ契約相手に餌を与えなければ君が食われるだけの話だ」
「やっぱりそういう話になるか」
 生死に関わる話。契約相手に餌を与えるために異界でモンスターを殺す。そうでなければ自分が餌になる。予想していなかった訳ではない。一番最初に出会ったゴブリモンが襲い掛かったのも渡を捕食対象として認識していたという理由があった方がまだ納得できる。
「危険度はX-Passを使えばX-Levelという目安で確認できる。カードの状態ならXの文字の濃さで、端末の状態なら七つの球の点灯状態で。背景と同化してたり一つも点灯していないなんてことになったら気を付けた方がいいよ。この世界にいても『特異点F』に強制的に転送されて食べられてしまうこともあるらしい」
「あれは空腹の度数だったのか。だったら逆にモンスターを多く殺して食わせれば回復するのか。『ブラスト』はその度数を犠牲に力を増幅するってことなのか」
「一気に質問しないで欲しいね。ただそれらの質問に対しての答えは一つ。X-Levelに関しては空腹以外の要因も絡むだろうけれど、概ね君が認識している通りだ」
 言うなればどれだけ命を殺めて契約相手に与えたかという指標。それをしなければ契約相手に殺されるのは自分。渡が参加したのはそういうルールで成り立つゲームで、あの異界はそれが許される世界なのだ。
 このルールの一番えげつないところはリタイアという選択肢が無いことだろう。目標を達成するまではコンスタントに契約相手に餌を与えなくてはならない。仮にその契約相手が死んだ場合は餌を与えるために危険な真似を犯す必要は無くなるが、「特異点F」から帰るにはモンスターとの契約が必須という話だから帰ることもできずに野垂れ死ぬことになる。
「せっかくだから少しモンスターについて掘り下げよう。――これは私が契約したモンスター。アハトだ」
 鈴音は自身のX-Passを机に置き、その表面で動く模様と化した彼女の契約相手を指差す。なんとなく寝ているように見えるのは錯覚だろうか。もしそうでないのなら本当に異界の怪物がカードに収まっているということになる。だが、この蜂も渡のカインもあの中で動いている姿は生命のそれだった。
「ここからの話は私の推測が多く含まれるものだということを前提で聞いて欲しい。渡君、私はね――モンスターは本来実体を持たない、それこそデータのような生命ではないかと考えているんだ。……君、わりと顔に出るタイプだね。モンスターはデータとして存在が定義され、その情報に則って実体化している。仮説としてはそこまでおかしいことでもないと思うのだけれど」
「いやでも、そんなこと急に言われて信じられないだろ。俺はこの手でモンスターの喉を竹刀で突いたんだ」
「少し気になるフレーズが聞こえたけれど今はスルーしよう。……君の反論に仮説で答えるなら、物質として情報に変化が加われば実体にフィードバックされる、というところかな」
「それでもあの感覚はリアルだった。あのゴブリモンだって苦しんでた」
 前置きは聞いていた。それでも鈴音の言葉は渡の表情を変えるには十分な突飛さだった。実際にモンスターと戦って竹刀越しにその肉の感触に触れた渡には、モンスターが実体を持たないなどという説はあまりに受け入れがたかった。
「X-Passが肉体に直結しているトラベラーならデータに干渉できるのかもしれない。本体のデータがシミュレートした結果は定義の更新として、物質的な変化として反映されるものだろう。いや逆にX-Passが私達の認識に干渉した可能性もあるかもしれないね。『水槽の中の脳』に似たことが現実に起きているならばそれこそ興味深い」
「ノッてきたところ悪いが、脱線してるし若干オカルトの臭いがする」
「あらあら失礼。別に私も根拠もなく推測を立てたわけではないということが伝わったならそれでいいよ」
「根拠の一つがカードに映るこいつらってことか」
「そういうこと。まあ、アハトも元々の姿とは大きく違っているけれどね。ワスプモンという私より大きな蜂のマシーンがこの世界ではカードの表面で寝ている虫だ。この変化もデータを圧縮するように姿を変えたとすれば納得できないかと思ったんだよ」
 X-Passに映る模様と契約相手の雄々しい姿が同一の存在であることは渡の方が痛感している。渡自身意外なことにそこに異論は一切なかった。
「『進化』の逆ってことか」
「冴えているね。『進化』はそれこそデータを基本とする生命ならではのものだろう。自身の姿を変えるなんて真似は細胞単位で柔軟に自身の構成を変えられる生命でなければ不可能だ」
「それは確かにそうだな」
 「進化」に関してはもはや反論の余地がない。あんな変容をする生物は渡の人生では見たことがなかった。少なくともモンスターが渡の世界の動物とは別の原理で成り立つ生命であることは認めなければならない。
「そういえばモンスターが死ぬところも見たのだったね」
「ああ」
「ならその死体は?」
 鈴音が話の対象を変えたのは次の根拠を示すためだろう。それは食事をする場所では不適切な内容だったが、彼女がそんなことを気にする人間ではないことは既に嫌というほど理解している。
「見てないよ。カインが食ったんだから」
「残骸は? 肉片や骨も見ていないのかな?」
「それは……」
 そういえばカインが食事をする姿は一度もじっくり見たことはなかった。死体が最終的にどうなったかも確認した訳ではない。ただ鈴音の言うような捕食後の痕跡は一切記憶にない。
「別に君の注意力をどうこう言うつもりはないよ。モンスターの本質がデータなら食事もデータなのが自然。データを食われて定義を失った肉体は細胞単位で自壊するのが道理。そうなれば物質的な残骸も確認はできなくても仕方ない。そういう論法が組み立てられればよかっただけだから」
「話にノせただけか」
「そういうこと。ここまで話しておいて何だけれど、仮説が合っていたとしても私達がモンスターと相対したときにできることは何も変わらない。ただ今後『特異点F』を調べるうえでモンスターの性質に関しても少し考えを巡らせておいた方がいいというのが結論だ」
「頭の片隅には置いておく」
 結局、鈴音が伝えたかったのは彼女が立てた仮説とその論拠。モンスターはデータのような存在で、渡が目にしたのはその定義に従って作り上げられた仮初の肉体。その仮説の真偽がどうあれ、モンスターに関わるブラックボックスが「特異点F」を深く調べるならばいずれ向き合わなくてはならない謎であることは間違いない。
「まあ私達が警戒すべき相手はモンスター以外にもいるのだけれど」
「トラベラーか」
「そうだね。場合によっては人間の方が厄介だ」
 トラベラーは人間。それはつまり何かの思惑があって行動しているということに他ならない。危険な戦いに飛び込むような人間だ。きっといずれも譲れないものを抱えて戦っているだろう。ボットがもたらした情報で人間にそこまでさせるようなものは一つだけ。――現在の科学では成しえないある奇跡が報酬として与えられるということ。
「さて、渡君。君は報酬として何を望む」
「成り行きでなったようなもんだ。何も考えていない」
 不躾でしかないその問いに渡は疑われる可能性の方が高い本音を返した。奇跡の内容は知らなくともそれは人一人の欲望を満たすに足るものだろう。少なくとも自分以外のトラベラーはそう信じてこの戦いに身を投じたはずだ。
「奇遇だね。私も何も考えていない。いや、今はそれに興味がないと言った方がいいかな」
 だが鈴音も同じ答えを返したときには、渡は不思議とその言葉を疑うことは一切なかった。彼女ならそういうスタンスでもありだろうと納得できてしまったのだ。実は鈴音も渡に対して同じような思考で納得していたのだがそれを彼女が渡に伝えることはない。
「トラベラーとしては私達の方が異端だろう。そのことは覚えていた方がいい」
「分かってる」
 代わりに口にしたのは同じ考えを持つ者としての警告。それは話す順番が逆であれば渡の方が口にしていたものだった。
「トラベラーとしての基本事項はここまでかな。後は君個人の話が聞きたいね」
 その言葉を聞いたとき、渡は動揺を隠すことに全神経を使った。話を切り替えることは何度かあった。だがこの感覚と自分が無意識下に行った対応はこれが初めてだった。そのため理由も分からない。顔立ちは良い女性に興味があると言われて動揺したのか。それとも自分の内側に不用意に踏み込まれることを警戒したのか。
「……俺に興味があるのは本当だったのか」
「もちろん」
 なんとか言葉を返すことはできた。鈴音はこちらの変化に触れることなくただ余裕のある笑みを浮かべるだけ。その思惑を読み取れない振る舞いに、渡は胸に短刀か何かを突きつけられているような錯覚を抱いた。
「いろいろ聞きたいよ。例えばX-Passを落とした白衣の女のことや黒木場秋人というトラベラーのこととか」
「へ?」
 尤も鈴音が興味を抱いたのは渡が動揺するような領域や内容ではなく、警戒も錯覚も結局は無駄に心労を重ねることに繋がっただけだった。
「ん? 私は何かおかしなこと言ったかな」
「ああいや。何でもない。そうか。そうだよな。そいつらは怪しいよな」
 渡がトラベラーになった原因といきなり襲ってきたトラベラー。それは鈴音ではなく渡自身が遭遇した存在。そもそも最初から渡から提供できる情報などこの二人のことくらいだったのだ。
「まずは白衣の女の方から聞こうかな」
「ああ。……その節は本当に悪かった」
「もう謝る必要はないよ。それより知りうる限りの情報が欲しい」
「とはいっても記憶力には自信ないぞ」
「それなのに私に怒鳴ったのか。とりあえず話してみてくれ」
 白衣の女の情報なんてそれこそ最初に時系列通りに話した以上のことは特にない。
 身長や体つきは鈴音とおおよそ同じこと。新品のように汚れ一つない白衣を着ていたこと。渡が持つX-Passを落として姿を消したこと。これくらいしか知らず、渡からすれば寧ろ情報が欲しいくらいだった。
「なるほど。重要度はこちらの方が高そうだけれど情報が少なすぎるね。長い目で調べていった方が良さそうだ。――黒木場秋人の方はどうかな」
 黒木場秋人。一方的に戦いを挑んできたガラの悪い男。度々「賭ける」という言葉を口にしていた戦うために生きているような振る舞いだった。トラベラーとしての経験も実戦経験も明らかに上で、勝てたのは「ブラスト」でカインを「進化」させられた偶然があってこそ。
「トラベラーとしては多分俺達と同じタイプだと思う」
「報酬の奇跡に何かを望んでいる訳でもないということか」
 その一度の戦闘と接触で抱いた印象ではあるが、秋人はトラベラーとして報酬を求めるタイプではないと直感していた。「特異点F」もトラベラーもあくまで自分の渇望を満たすための舞台装置や設定に過ぎない。仮にそれらを用意した黒幕が居てもそれに媚びを売るような人間だとは思えなかった。
「ただ何かしらの目的はあるだろうな。俺達を襲ったのもそのための手段だと思う」
 一方で何の目的もない戦闘狂でもないとも感じていた。デビドラモンが倒された後にあそこまで冷静に撤退に踏み込めるということは、まだ彼にはやるべきことがありそのために機転を利かせる理性があったということ。渡とカインを襲ったのは標的としてピンポイントで狙ったのか、それともたまたま目に入ったからなのかは分からない。だが、あの襲撃も何かしらの目的を果たすために行ったことであるのは間違いないだろう。
「そういえば一つ気になることがあった。あの男、自分のモンスターがやられたのにX-Passでこっちに帰ったんだ。おかげで質問する間もなかった」
 秋人に関して渡が一番不可解に思っていたのはそこだった。モンスターと契約していなければ帰還できないというのがチュートリアルで示されたルールだった。だがデビドラモンを失った秋人は渡の目の前で自力で帰還してみせた。それはボットの話とは大きく矛盾している。もしボットが嘘をついているのなら、それこそ何を信じて挑めばいいのか分からなくなる。
「確かにそれは妙な話だ。帰還に使うエネルギーは契約ペアリング経路パスを通してモンスターから提供される。契約が切れていれば帰還できないのは間違いない。……何かカラクリがあると考えるのが自然だろうね」
「やっぱりそうか。おかげで少し安心した」
 それだけは杞憂だったらしい。ただそうなるとなおさら黒木場秋人という人物の奇妙さが際立つ。どんなカラクリを持っているのか、どんな思惑で行動しているのか。トラベラーの中でも警戒すべき存在であるのは間違いない。
「結局教えられてばっかりだったな」
「いや私も要注意人物という貴重な情報が得られたのは大きいよ。ありがとう」
 結局こちらから提供できた有用な情報は黒木場秋人のことだけで、情報交換と言っても一方的に与えられただけだった。成果としては十分満足だ。ただ情報交換という行動の結果としては満足には程遠かった。
「そろそろ出ようか」
「そうだな。俺が払う。情報交換のお礼だ」
「気にしなくていいよ。流石に高校生に奢らせるつもりはない」
「それじゃ俺が納得できない。一方的に教えてもらったんだからこれくらいしないと」
「そうでもないよ。だから財布を出そうとするのは止めてくれないかな」
 大学生相手に奢ろうとするのもそのフラストレーションを消化するための手段に過ぎない。渡の異様な行動とそれによる周囲からの奇異な視線には流石の鈴音も困惑を隠すことができなかった。これは初めて渡が鈴音を動揺させた瞬間でもあった。
「総額は……逢坂さん、ATMってどこか分かる?」
「ここは私が持つよ。いいね」
「……分かった」
 渋々彼女の面子を優先する時まで顔を伏せていたため、渡が鈴音の変化を知ることはない。一方で鈴音は財布をしまう渡の今日一番小さな背中を苦笑しながら眺めていた。
「そんなに不平等に思うのなら私の頼みを一つ聞いてくれないかな。――次は一緒に『特異点F』に行ってほしい。共同戦線という奴だね」
 鈴音が渡に伸ばした救いの糸は渡の考える鈴音への借りの返し方とは少し違うものだった。借りを返すために新たな借りを作る可能性のあるものは渡にとってはあまり好ましい手段ではない。
「それとこれとは話が違うだろ。共同戦線なんて言っても、俺が手を借りることになるかもしれないし」
「別に成果は後で勘定すればいい。私はただ共同戦線を張りたいと頼んでいる。君はそれを断るのかな」
 ストレートに、だが確実に退路を断つ鈴音の言葉が決定打となった。渡が鈴音のために他にできることがない以上、借りを返すには彼女の提案を飲むしかない。自分に言い訳をすれば直せる意地ならば、この場の会計を持つことも最初から考えることはないのだから。
「分かった。逢坂さんってずるい女だな」
「そうだね。私はずるい女だよ」
 そのやり取りを最後に二人は店を出る。再び『特異点F』へ旅立つのはいつなのかは交換した連絡先を通して決めることとなった。




 


スレッド記事表示 No.4918 X-Traveler Episode.2 Part.Aパラレル2018/03/06(火) 23:16
       No.4919 X-Traveler Episode.2 Part.Bパラレル2018/03/06(火) 23:16
       No.4920 あとがきパラレル2018/03/06(火) 23:17
       No.4921 七つ点灯していると不思議と気分が安らぐ。夏P(ナッピー)2018/03/08(木) 23:03
       No.4922 (食い殺される可能性が低いので)気分が安らぐ。パラレル2018/03/09(金) 23:19