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ID.4895
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2018/02/19(月) 13:57


木乃伊は甘い珈琲がお好き 3-2
 遠野老人の遺族は二つ返事で本を譲ることに承諾した。話によると、値打ち物の古書は老人が生前にまとめていたために既に回収が済んだという。遺された屑はそのうちに業者に回収されるからそれまでに、ということだった。それでも構わない。僕はクリフォード・ジェーンウェイのような稀書蒐集家ではないし、今回の目的は本ではないのだ。

「遺族の方々が持っていった値打ち物の古本の中に手がかりがあるという可能性は無いかな?」

 商店街の組合長から受け取った古書店の鍵を弄ぶ僕を見ながら、マスターが気遣わしげに言った。

 僕達は今、〈ダネイ・アンド・リー〉で情報を整理している。マミーモンも今は実体化しており、帽子を深く被って他の客から包帯の巻かれた顔を隠していた。彼の目の前にはマスターご自慢のカフェオレが置かれている。マミーモンが苦いコーヒーを一口舐めただけで苦痛を訴えて大騒ぎすることは自宅で作ったインスタント・コーヒーで既に検証済みだった。

「なんとなくですけど、手がかりはまだあの古書店にある気がするんです」

 伊藤のことはマスターには伏せていた。あの挑発的な発言からして伊藤を信じる理由は殆どなくなったに等しかったが、警察官を疑っているとは流石に言えない。

「とにかく、行ってみますよ」コーヒーを飲み干し僕は立ち上がる。マミーモンを合わせて二人分の代金はそれなりにかさみ、懐への打撃は大きかった。

「あ、お代はいらないよ」財布を取り出した僕に不意にマスターが言った。
「え?」
「私が依頼をしたんじゃないか。タダ働きをさせるつもりはないよ」
 僕は暫し呆然とした後、マミーモンに目を向ける。
「マミーモン、何か軽食食べてかないか? ホットサンドとか…」
「タダなのは一人コーヒー一杯まで、だ」
 僕は唇を尖らせた。



「しかし、世知辛いもんですね。遠野さん、良い人だったのに、誰も家族が駆けつけてきてくれないなんて」

 帰り際、遠野古書店の方角に目を向けながら僕は呟いた。死から二日が経っているというのに、老人の住居でもあった古書店に誰かが訪ねてきたような気配はない。親族は皆東京に住んでいるというのだからやってくるのが難しいことは分かっていたが、あまりにも虚しい話だった。

 しかし、僕の言葉を聞いたマスターは首を横に振った。
「そうでもないよ。息子さんだかお孫さんだか知らないけれど、結構里帰りしてきてるみたいだ」
「どうしてそんなことを?」
「夜に古書店から声が聞こえたからさ。かなり親しげだったよ。ちょくちょく来てるみたいだし、今回来られないのはよほど抜き差しならない事情があるんだろう」

 僕は首をかしげる、隣に席を立ったマミーモンが来たのを見たとき、その首はさらに傾いた。



       *****



「俺が実体化する意味はあるのか?」

 遠野古書店の前、鍵穴に鍵を差し込んだ僕にマミーモンが問いかける。

「必要な、気がする」
「勿体ぶるなよ。マスターが言ってた遠野の爺さんの息子だか孫だかが、実はデジタル・モンスターじゃないかって思ってるんだろ」
「分かってるならいい」
「でもさ、それなら気づいたっていいはずじゃねえか。これまで何度もこの店にきてるんだからさ」

 僕はうんざりして首を振る。
「もしもの時の為だよ。トラブルは探偵の影法師なんだ」
「影法師っぽい奴なら、俺がもういるけどな。俺はトラブルか?」
「そうかも」僕は肩をすくめ、鍵を回した。



 店内の雰囲気はすっかり変わっていた。いつものように古い紙のどこか心地よい匂いが鼻をかすめることもない。警察が全てさらって行った後に物品を元に戻したのだろうが、その妙に整頓された置かれ方があの大雑把だった店主の不在を示していた。

「デジタル・モンスターの気配は無いな」マミーモンが呟く

「君達、気配を隠すことはできないの?」
 やはり、デジタル・モンスターが絡んでいるという確信が僕にはあった。

「できないことはない、というか、できる奴もいるにはいるって感じだな。俺は無理だ。現実世界のモノの中に姿を隠せたら、できるんじゃねえかな」
「現実世界の物品ねえ…」

 僕とマミーモンは店内を見回す。本棚から溢れ出し、テーブルにもうず高く積み上げられた数々の古書が僕たちを取り囲んでいた。

「警察の連中、この本全部調べたか?」
「並べ方が変わってるから全部一度は取り出されてるだろうね。でもそれは本棚の裏とかを見る為であって、本の中までは見ていないかもしれない。これだけ沢山あれば、そんな気も起きないだろ」
「で、俺たちがそれを代わりにやろうってか?」マミーモンがミイラの割には滑らかな動きで両手を上げて伸びをした。

「明日の朝までには終わるか? マスターにも手伝わせようぜ」
「落ち着けよ、マミーモン」僕は苦笑する。

「全部を調べる必要はない。もしお前がこの本のどれかに隠れようと思ったら、どれにする? 警察や遺族の目にとまりそうな豪華な装丁の本に隠れるか?」

 僕は店内を歩き回る。警察は有能だ。整然と並べなおされているものの、本の分類は前とさほど変わっていない。

「そいつはほとぼりが冷めるまでここで息をひそめるつもりだったに違いない。きっと目立たないような、調べる前に警察がうんざりしてしまうようなものを選んだはずだ…」

「俺、相槌打った方いいか?」

「打たなくていい。これは探偵がよくやる“独り善がりの徘徊”だよ。探偵は推理を披露する時よくこうやって意味もなく歩きながら…」

「分かった分かった! 分かったから続けてくれ」

 降参だというようにマミーモンが両手を挙げたのを見て、僕は説明に戻る。

「隠れる本が雑に扱われるのは避けたいだろうから、店先の五冊百円の文庫コーナーは違うはずだ。例えば、流行りの過ぎたベストセラーの恋愛小説なんかは同じのがいくつも並んでいるからいいかもしれない。他にあるとするならばシリーズが長く続いてるミステリー、例えば…」

 僕は見慣れたミステリーの棚の前に立つと、ずらりと並んだそのシリーズの背を指でなぞる。「十津川警部」、1960年代から続く長寿シリーズで、既に600冊に達する勢いらしい。
 棚の真ん中あたりまでなぞった時、指先にぴりりとした感触が走り、その次の瞬間には古書店の薄汚れた天井が視界を埋め尽くしていた。マミーモンが僕の肩を掴み、ひっくり返したのだ。

「何するんだよ!」
「黙って伏せてろ!」

 起き上がる僕と本棚の間にトレンチコートが割り込む。狭い店内の中で、僕もマミーモンもずいぶん窮屈だった。
 抗議を続けようとする僕の頬を何かがかすめる。見ると、先ほどの棚に並んでいた本だった。本棚が崩れたのかと思ったが、頬に走る生暖かい感触がそれを否定する。血だ。どうして? 文庫本の角が掠めたくらいでこんなにも鋭い傷がつくか? 今のはまるで、本が自ら動いて僕に襲いかかったようだった。

「どうも、ビンゴみたいだぜ」
 マミーモンの言葉に僕は頷く。デジタル・モンスター。連中にかかれば「エクソシスト」の世界も、ありふれた日常というわけだ。

「マミーモン、それ、大丈夫?」
「大したことねえ。そのうちに弾切れもするだろ」
 マミーモンは僕の前に立ち、次々に降りかかる文庫本をその身体で受け止めていた。その大きな衝撃に、トレンチコートの背中が小刻みに震える。
「早苗、今のうちに考えろ! “奴”が隠れてるのはどの本だ?」
「そんなこと言われても!」
 無数にある十津川警部シリーズの全てを把握しているわけではないし、同じ本もいくつもあるというのに。
「分かるわけないだろ!」
「畜生! 頭下げてろ!」
 そう言うと、トレンチコートの背中か前に踏み出した。遮る壁の不在を突いて降りかかる本の嵐に、僕は頭を抑えてうずくまる。

 視界が真っ白に染まった。



     *****



「…早苗! 起きろ!」
 肩を揺すぶる木乃伊の声で僕は目を覚ました。体のあちこちが微かに痛んだが、頭への被弾、というか被本は避けられたらしく思考ははっきりしている。

「マミーモン、ここは?」
「知らねえ。けど、当たりだったみたいだ」
 
 その空間は白で埋め尽くされていた。四方のどこを向いても果ては見えず、上も下も白い為に地平線が見えることもない。

「来るとこまできた、って感じだね」一昨日まで退屈な日々に愚痴をこぼしていたというのに、今では果てのない不思議な空間にいる。どうも僕に取り憑いた狂気はせっかちみたいだ。

 立ち上がって再び辺りを見回すと、十メートルほど先に白以外の色彩を認めることができた。
「あれは、本棚? それと…」
 木製の本棚の下に倒れる人影に気づいた僕に、マミーモンが頷く。

「あれが本の中に隠れてやがった野郎だ。入ってすぐにぶちのめしたから話は聞けてないが、大方ここは本の中ってことだろうよ」
「そうそう。マミーモン、良くアイツが隠れてる本を当てられたよな」
「攻撃見てたら、なんとなくどのあたりが中心か想像つくからな。あとは運だ」
 僕は肩をすくめた。全く大した木乃伊だ。

「それで、あの本棚はもう調べた?」
「いや、まだだ。そろそろあの野郎も起きるだろ。俺がアイツに話を聞くから、早苗は本棚調べてくれ」

 軽く頷き、立ち上がる。上下左右の別のない真っ白な空間で歩くのは不思議な気分だったが、地面は割にしっかりと存在するらしく、本棚まで滞りなく歩を進めることができた。

 最初に向かった棚にはいかめしく豪華な装丁の分厚い古書が並んでいる。それに手をかけようとした時、後ろで甲高い声が響いた。

「ああ駄目! それはワタクシの蔵書の中でも…」
「てめえ起きてるんじゃねえか!」
 マミーモンの声の後に、数度の殴打の音が続く。

 僕はため息をついて、本を適当に一冊取り出すとマミーモンの隣に駆け寄った。マミーモンに胸ぐらを掴まれている人型はローブに身を包みスカーフで顔を隠しており、そのスカーフの内側には深い深い闇が続いていた。それでも、殴れるということは顔も頬もあるのだろう。

「マミーモン、あんまり虐めるんじゃない」
「油断はできないぜ。文庫本の中に隠れてやがった野郎だ。まだ何か奥の手があるかもしれねえ」
 僕とマミーモンに同時に目を向けられ、マントのデジタル・モンスターは首を大きく振った。
「もう何もありません! ワタクシは単にここに隠れていようと思っただけなんです!」
「攻撃してきたじゃないか」
ワタクシの探求の聖林 パンドーラ・ダイアログが暴かれると思ったからですよ! 静かに学問をすることを望んで、何が悪いですか?」

 マミーモンは僕に顔を向け肩をすくめる。お前に任せた、ということらしい。僕は頷いて、ローブの男に近づいた。

「君、名前は?」
「名前などで区別をするのは無意味というものですよ! それでも呼びたいというのなら、純粋にして賢なる学究の徒とでも…」

 僕はマミーモンに顔を向け肩をすくめる。頷いた木乃伊がローブの胸ぐらを掴むと、男は慌てて手を振った。

「ワイズモン! ワイズモンと言います!」
「よおし、ワイズモン。君はこの、ええと…」
ワタクシの探求の聖林 パンドーラ・ダイアログですか?」
「そうそれ、この空間で何をしていたのかな?」
「学問の探求です」
「なるほど、学問。この本を使ってね」僕はそういって、手に持った重みのある書物を開く。

 そして、目を疑った。
 そこに描かれていたのは、常識では考えられないような体勢で組んず解れつする裸の男女だった。どのページをめくっても、摩訶不思議な愛の形が目に飛び込んでくる。隣から本を覗き込んだマミーモンも、うへえと声を上げていた。

「…学問の探求?」
「学問の探求です」
 なにもおかしいことはない言いたげにワイズモンが頷く。

「あなた! 最初に『カーマ・スートラ』を選ぶとは筋がいいですね! 素晴らしいとは思いませんか! はるか昔から人類はこのように豊かな想像力を有していた! このような営みを知らないデジタル・モンスターには考えられない飛躍ぶり! 全く素晴らしい!」

 ワイズモンの言葉を聞きながら、僕は本棚に戻り書物を片っ端から開いていく。そこにあった重々しい本たちはすべて、古代から中世にかけての図付きの性愛論書の類だった。熱弁を振るい続けるワイズモンに目を向ける。

ワタクシの探求の聖林 パンドーラ・ダイアログ?」
ワタクシの探求の聖林 パンドーラ・ダイアログです」
 大真面目に頷くワイズモンに僕は首を振る。この話は終わりにしたほうがよさそうだ。

「よし、ワイズモン。いくつか質問がある。答えてくれ」
「あのう…できればワタクシ早く学問の探求に戻りたいんですが…」
「拒否権はないんだよ、このエロガッパ」
 マミーモンのドスの効いた声に、ワイズモンは縮こまる。

「君は、遠野老人に憑いていたの?」
「はい」

 彼の答えにマミーモンが眉をあげる。
「おい、おかしくねえか? 憑いた人間が死んだら、デジタル・モンスターもデジタルワールドに帰されるか、最悪死ぬはずだろ」
「あ、それは大丈夫なんですよ。この ワタクシの探求の聖林 パンドーラ・ダイアログは特別製でして、独立した時間軸を持つ…」
「その話、長くなる?」
 僕のうんざりとした声に、ワイズモンは肩をすくめた。脅迫されているというのに、マイペースにも程がある。
「まあ端的にいえば、この空間は外界と隔絶されているから、外の世界の規則の影響を受けないんです」
「君は、そういう空間を作ることができるわけだ」
「ええ。ただし、本の中という条件はありますが」

 分かったような分からないような話だ。それよりも僕には、もっと興味が引かれることが山ほどあった。
「遠野さんにデジタル・モンスターが憑いていたとはね。この空間にいたから、僕達も気づけなかったのか」
「とても良い方でしたよ。ワタクシが求める書物は何とかして仕入れてきてくれて、学問の話にも耳を傾けてくれました」
「その代わりに、お前もあの爺さんにしてやったことがあるんじゃないか?」

 マミーモンの問いに、ワイズモンはあっさりと頷いた。
「はい、おじいさんの持ってきた貴重品をここに置かせてあげていました。何しろここは広いものでして」

 僕もマミーモンは思わず顔を見合わせる。古書店にまだ何かある気がするという伊藤の言葉が頭をかすめた。

「それ、見せてくれない?」
「嫌だと言ったら殴るでしょ? 一番端の棚ですよ」
 その指差す先に向かう僕とマミーモンに、彼が声をかけた。
「一度見たけど、面白いものじゃありませんよ。ワタクシはあまりナマモノには興味はありませんから」



 その棚に並んでいたのは、いくつもの分厚いファイルだった。その重みに顔をしかめながら手に取って開く。
「これは…」
「おいおい、あの爺さん、何やってたんだ?」

 そこには、綺麗にファイリングされた何枚もの写真が並べられていた。それはどれも肌色の、女性の裸体だ。不思議と刺激されるような悩ましい感情は湧かず、嫌悪感が背筋を這い回った。

「坂本の言ってた“儲かる仕事”ってのはこれのことか」法に触れるエロ写真の販売、あの柔和な笑顔の遠野老人も善人ではなかったということだ。
「良くわかんねえけど、これ、そんなに儲かるのか?」
「さあね」

 そう言って無感情にファイルをめくっていく僕の手が、あるページで止まった。ログハウスのような内装の部屋をバックに、服の前をはだけさせ、スカートをたくし上げた女性、口から上は写っていないがその服だけでそれの意味するものは分かった。
「これ、うちの高校の制服だ」
「…撮影までしてやがったのか。女子高生相手に」
「女子高生だけじゃない」
 僕はさらにファイルをめくる。先ほどの写真と同じ木製の壁をバックに、年端もいかない女の子たちのしどけない姿がいくつも写されていた。写真はどれも、日付順に並べられている。写真の上に走り書きされた日付を見るに、一月に一度はどこからか女性を連れて来て撮影を行っていたらしい。

 最後の一枚は、幼い少女の裸体だった。僕はそれをファイルから抜き取り、ポケットに入れる。マミーモンが咎めるように声をかけた。

「おい、早苗」
「勘違いするな。持っていくのは、大事だからさ」
 この幼女の写真が一番新しいということは、この写真を撮ったことが原因で今回の事件が起こったと考えられる。

「遠野さんは、この写真のおかげでロレックスを買ったんだ。そして、多分この写真のせいで殺された」
「自業自得だな」

 僕は項垂れる。人好きのする老いた善人を酷い目にあわせたやつを捕まえる、そう思っていたが、どうも違うらしい。自分が何のために、何を突き止めようとしているのかも分からなくなった。義憤にかられる元気も、どこかに行ってしまっていた。



「どう? 目当てのものは見つかりましたか?」
 重苦しい表情で戻って来た僕達に、ワイズモンが声をかけた。

「まあね。期待してたのとは大分違ったけど」
「そんなことだと思いましたよ。ワタクシの依代は、善人とは言い難かったですから」

 僕は肩をすくめた。
「ワイズモン、君はいつから、この本に隠れてるの?」
「ずっとです。私がおじいさんに取り憑いたときに、彼がこの本を使おうと言ったんですよ」
「遠野さんが殴られた時は?」
「隠れていました。言っておくけど、何も知りませんよ。聞こえたのは、殴ったやつの罵声と、ガラスの割れる音だけ」
 ワイズモンが自嘲気味に笑う。

「変でしょう? 相棒が襲われている時に何もできず、ここで震えていたんです。ワイズモンという種には、力が欠けている。それを補うための知恵なのに、私は役に立ちそうな物事には何一つ興味をそそられなかった」
 彼は僕の手に収まっている「カーマ・スートラ」に目を落とす。

「だからワタクシはこの世界に来たんです。他の多くの落ちこぼれモンスターがそうであるように…」

「その後は? 二日間ずっとここに篭ってたのか?」
 マミーモンが、心なしか強い口調でワイズモンの言葉を遮った。

「あ、言ってませんでしたね。ワタクシはもうこの ワタクシの探求の聖林 パンドーラ・ダイアログから出ることができません。ここを出たら、多くのパートナーを失ったモンスターがそうなるように、消滅してしまうでしょう」

 ワイズモンのスカーフの中の暗闇に浮かぶ目に、哀しみが浮かんだ気がした。

「ねえ、ワイズモン」
「はい、なんでしょう?」
「僕達と一緒に来ないか?」
「おい、早苗!」
 急に何を言いだすんだと言いたげなマミーモンに顔を向ける。
「だってそうだろ? このままじゃこの ワタクシの探求の聖林 パンドーラ・ダイアログとやらは、ろくに里帰りもしないご立派な遺族のご意向で捨てられてしまう」
「え、何それ、聞いてないんですけど」

 驚くワイズモンに、僕は顔を向ける。
「君、僕達と一緒に、遠野さんを殺した犯人を探さないか?」

 ワイズモンはマミーモンに目を向ける。木乃伊はため息をついた。
「了承を求めてるだけありがたいと思えよ。俺たちはここから出た後に、黙ってお前の入った本をどうにでもできるんだからさ」

 しばし呆然とした様子を見せたのち、ワイズモンは俯いた。

「おじいさんは、善人とは言えませんでした。それでも、ワタクシの相棒であり、友人であり、理解者だった。息子みたいだとも言ってくれました」

 マスターは、夜に遠野古書店から賑やかな声がするのを聞いたという。家族に見捨てられた老人にとって、ワイズモンは単なる背後霊以上の存在だったのかもしれない。

「もし、犯人が見つかるのなら、罪を償わせたい。協力しましょう。ただ」

 ワイズモンは僕達を交互に見つめた。

「ワタクシはまだ、貴方達が何者で、どうしておじいさんを殺した犯人を探しているのかを知らない」

 僕はにやりと笑った。
「じゃあ自己紹介だ。僕は春川早苗、こっちはマミーモン。どうして犯人を探してるのかって? それはね…」

 僕は一歩踏み出して、右手をワイズモンに差し出す。。結局僕は、悪を挫き正義を助けるために働くというわけには行かないらしい。

 それでも、犯人は見つけ出さないといけない。真実を見つけ出さないといけない。なぜならば。

「僕達が、探偵だからさ」

 ワイズモンは目をぱちくりさせ、その後くすりと小さく笑って僕の手を取った。




「ああ、そういえば、これ」
 白い空間から出ようとした時、ワイズモンが何かを投げてよこした。慌てて受け取ると、それは小さな銀色の鍵だ。

「おじいさんが私に預けていたんです。商売上、大事なものだって」

「どこの鍵だ?」
 鍵を眺める僕にマミーモンが問いかける。

「知らない、でも十中八九、この写真達が撮られた建物の鍵だろうね」
 僕はそう呟いたすぐ後に、目を見開く。

「なあマミーモン、遠野老人のこの非合法なビジネスに、坂本も関わっていたはずだ」
「当然だな」
「この建物の場所は、当然秘密にされている筈だ」
「そうだな」
「もしかしたら、坂本は事件の朝に家を出て、この建物に行き、事件を知ってここに篭っているのかもしれない」

『最後の日も、仕事場に行くって言って、あの人は戻ってこなかった』

 坂本ヤヨイが非難がましく語った言葉を僕は思い出した。彼の言葉は嘘ではなかったのだ。ただしその“仕事場”は遠野古書店ではない。

「どうやら僕達は、この鍵のはまる鍵穴を見つけ出さないといけないらしい」
「…手がかりは無いだろ。この街に鍵穴は一体幾つあるんだよ」
「さあね、ロス・エンジェルスにある鍵穴の数よか少ないだろ」

 僕は自分がLAの私立探偵でないことを、初めて天に感謝した。


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       No.4895 木乃伊は甘い珈琲がお好き 3-2マダラマゼラン一号2018/02/19(月) 13:57
       No.4896 木乃伊は甘い珈琲がお好き 3-あとがきマダラマゼラン一号2018/02/19(月) 19:27
       No.4898 浪漫の探究者とは気が合うな夏P(ナッピー)2018/02/19(月) 22:43
       No.4899 末端の不良と浪漫の探究者パラレル2018/02/19(月) 23:39
       No.4909 カーマ・スートラはお目が高すぎるパラ峰2018/02/25(日) 08:56
       No.4910 カフェオレよりソイラテがお好きShot-A2018/02/26(月) 19:32
       No.4950 コーヒーはブルマンみたいな酸味強めが好きですtonakai2018/03/31(土) 21:11