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ID.4862
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/02/11(日) 00:01


グッド・オールド・フューチャー 4/捜査
「本気で言ってるのか?」
“もちろん”
 二〇一一年三月末。
 私は約九六〇〇キロも離れた土地にいる彼女からその話を聞かされた。
“私、大学を卒業したらデジタルワールドに戻るから”
 タツキの言葉には、迷いがまるでなかった。
 確か、彼女は数か月前に既に就職先を決めたと言っていたはずだ。デジタルワールドにまた行きたいと考えていたのは知っていたが、それにしてもあまりにも急な話だ。
“後輩のみんなも協力してくれて、ゲートは何とか開けそうなの。私、今度こそアグモンに会いに行くわ”
「どうして今なんだ。まだデジモンの研究だって全然進んでないんだぞ。せめてあと数年……」
“そうやって待つの、もう限界でね”
 彼女らしからぬ真剣さを帯びている言葉に、私は制されてしまった。
“この前のことが起きた時に考えたの。もしあれと同じようなことが、私の知らないうちにあの世界で起きてたら……私はきっと後悔すると思う”
 ほんの少し前に起きた出来事はニュースで知った。彼女がいる国の名前がテレビ番組で流れ、一時連絡が取れなくなった時は私も青ざめた。幸いにして、彼女や彼女の家族に被害がなかったと聞いた時はほっとした。
 その後にこれだ。
“こっちの世界から何の障害も無しに向こうへ行けるようになるまで、あと何年かかると思う? 私は待てない。それに、私は向こうでやれることの方が、こっちよりずっと多いと思うから。それに、アグモンとずっと一緒に暮らせるし!”
 明るい、あっけらかんとした声で彼女は言った。修学旅行にでも行くかのような期待に満ちた声。安全など全く保障されていないのに。
 そんな所に彼女だけ行かせるなど、私にはできなかった。
「なら、一緒に行く」
“え……”
「僕も一緒に行くと言ったんだ」
 合理的な判断ではなかったと思う。そもそも、自分の進路は? 大学院はどうする? こちらの世界でデジモンの研究をするつもりじゃなかったのか、お前は?
“ジム、そんな無茶する必要ないよ。私馬鹿だから、これくらいしかできないだけだし……”
「僕も君とずっと一緒に居たい」
 受話器の奥で、息を呑む音が聞こえた。
 しばらくして、タツキはまた笑った。
“ジムも、馬鹿だったんだ”
 そう言われたのが、嬉しかった。


 ジェームズは安楽椅子から腰を浮かして背伸びをする。腰が痛い。
 目の前には提供された捜査資料や、自分と同世代の元・選ばれし子どもたちの記録などが積まれていた。
 春子の言葉ではないが、疑わしきデジモンは数えきれないほどいる。ジェームズが注目していたのはむしろ、同世代の選ばれし子どものことだった。今までに殺されたハンス、イリーナ、サルマはいずれも引退していた。存命していると思われるジャンとキムは結婚していた気がするが、こちらも既に引退しており、ジェームズ自身も連絡を長い間取っていなかったため、今の居所は分からない。
 こうしてみると、自分たち一九九九年の選ばれし子どもは、まとまりがないどころか、今では繋がりをほとんど失ってしまっていた。今の自分に友人と呼べる相手がほとんどいないのは、こうしたところに原因があるように思えて、ジェームズは深く息を吐いた。
「どうした? 溜め息なんかついて」
 ノックもなく事務所の戸を開け、ジェームズに声を掛けてきたのは手塚だった。リリモンとともに、資料の入ったダンボール箱を持ち込み、それをジェームズの机の脇に置く。
「ありがとう、手塚」
「何か分かったか?」
「自分の交友関係の浅さが分かったよ」
 手塚がこの意味を理解したのかどうかは分からないが、彼は机に並べられた資料を眺めてから、顎に手を当てて呟いた。
「なら、そういう相手に聞いてみるのもいいかもな……ジョーダンとか」
 その名前は、並べられた選ばれし子どもの資料の中にもあった。ジャンやキムと違い、消息も分かる。
 だが、ジョーダンは自分よりもむしろ、手塚の管轄と言える。
「コンタクトは取れるのか」
「試してみよう。戻ってから確認してみる」
 ジェームズがその言葉に頷くとリリスモンに合図し、事務所を出ようとしたが、戸を開ける前に振り返り、もう一度ジェームズへ声を掛けた。
「あぁ、そうだ」
「?」
「最近、この家に誰か我々以外の者も出入りしていないか?」
 心当たりはすぐに浮かぶ。それを敢えて彼に言う必要はないと感じ、ジェームズは首を横に振った。
「いいや。なぜそう思う?」
「何だか昔と比べて、やけに部屋が綺麗になった気がしてな……もちろん、資料だらけだが」
 手塚の指摘は尤もだ。春子は何度目かの来訪時、必要ないと伝えたにも関わらず「掃除しましょう、ジェームズさん! ゴミを増やすと身体に良くありません!」などと言いながら、この事務所の大掃除を敢行したのだ。その結果、どこかの表彰式でジェームズに贈られたグラスが、彼女によっていくつか粉々に破壊された。
「ハウスクリーニングの業者だろう」
 事もなげにそう言うと、手塚は「あぁ」と合点が行ったように頷いたが、彼の後ろでリリモンが「それにしては掃除が雑なような……」と呟いているのもはっきりと聞こえた。



「〜♪」
 最近、春子のようすが何かおかしい、とルームメイトのシーラ・ワトソンは思っていた。
 もちろん、普段から彼女は想像もつかないような突拍子もない行動を取ることが度々あるし、今回もそのひとつなのかもしれない。学校も長期休暇に入った以上、門限までに戻る彼女とドーベルモンに文句を言うつもりもない。
 ただ、ここ数日、彼女が外出から戻ってくる度に、顔や手足に無数のあざや傷がついているのはどう考えてもおかしいし、それでいて満ち足りた表情をしてるのはもっとおかしい。
 それはドーベルモンの方も同様で、こちらは普段通りの無表情であるとはいえ、身体は傷だらけだった。
 私たちももう高校生だ。アンドロモンさんはある程度の自由は許してくれているし、私だって自分のしたことの責任は自分で持ちたい。
 ただ、今の春子は……これは、どうなんだろう?
 外で毎日のように喧嘩しているのかもしれない。いや、そんな不良みたいなことを春子がするなんてあり得ない。いや、でもでも、じゃあなんであんな痣が? もしかして、そういう特殊な嗜好のある人向けに何かやってるの? あんな満足げな表情なのはそれでお金を稼いでるから? 確か春子、お小遣いのことで昔アンドロモンさんに文句を言っていたし(罪悪感に苛まれてなのか、翌朝には苦笑いするアンドロモンさんに何度も謝ってたっけ)。いやいやいや、それこそ不良じゃないの。大体それならなんでドーベルモンもあんな怪我をしてるのよ……まさかドーベルモンも一緒に? いやいやいやいや、友達を疑うなんて最低だよ私……。

「ん、どしたのシーラ?」
「え? え、いや、あの、えーと……」
 帰ってきて早々、部屋のど真ん中で着替え始めた春子が、私の視線に気づいて声を掛けてきた。
 一応、この部屋では入り口から見て左側が春子とドーベルモン、右側が私のスペースと決めてあるのに、未だに春子はこのルールをあまりきちんと守ってくれない。後から住むようになったドーベルモンはしっかり守ってくれているけど。
「な、なんか怪我してるから……救急箱持ってこよっか?」
「え? あ、いいよいいよ! そんなに痛くないし!」
「その……どうしたのその怪我?」
 よく見れば、顔や掌だけじゃなく、二の腕やふともも、腹にまで青痣がある。見てるだけでこっちが痛くなりそうだ。
「えーっと……」
 あからさまに目を泳がせている。彼女が本当のことを言いたくない時の反応だ。
「階段から落ちた」
「そう! 階段から落ちたの!」
 春子のベッドの上で寝そべっているドーベルモンが助け舟を出したことにシーラは驚いた。普段なら、ドーベルモンは私と一緒に行き過ぎた春子を止める側なのに。
「か、階段から落ちてそうなったの?」
「いやもう、すごい落ち方しちゃってさぁ。頭からゴロゴロ落ちちゃって道路に飛び出ちゃって、しかもちょうどいいタイミングでトラックが……」
「えぇっ⁉」
 結局その場で、シーラは春子が何をしているのかを知ることはできなかった。彼女は、春子が危険なことや犯罪、その他諸々「不良のようなこと」をしていないよう祈った。



「どわあああぁぁぁぁ⁉」
 吹っ飛ばされて地面にぶつかって転がる。もう何度目だろうか、また新しい痣ができた気がする。
「痛……いっけぇ、ドーベルモン!」
 この衝撃でも手放さなかったレーザーポインターを起動して、アスタモンの左手を赤いレーザー光線で指す。
「ッ!」
 ドーベルモンがレーザーの指し示す場所に向けて一直線に走り、後ろ脚の刃を閃かせて飛びかかるが、あっさりと躱される。そのまま、アスタモンの蹴りがドーベルモンの脇腹に入り、ドーベルモンも春子と同じ場所まで蹴り飛ばされて倒れた。
「あぁっ、ドーベルモン……」
「呆れ果てたぞ」
 ドーベルモンの頭を両手で支えて慌てふためく春子の前で、アスタモンは腕組みする。
「パートナーの名前を叫んでいたらわざわざレーザーで指し示す意味がないだろう! しかも狙いはデジヴァイスだと? 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、という言葉を知らんのか! 馬鹿め!」
「すっ、すみませんでした!」
 ひたすら頭を下げる。ショウヲイントなんちゃらという言葉はよく知らないが、事実をそのまま言えばますます怒られそうなのでこの場では黙っておく。後でジェームズさんにでも聞いてみよう。
「ドーベルモン、動ける?」
「あ、あぁ……」
「よ、よしっ……アスタモンさん、もう一度お願いします!」
 ドーベルモンの返事を聞くや否や、すぐに立ち上がってアスタモンに頭を下げる。面食らったような表情を浮かべながらも、アスタモンは頷いた。

「あら、また来てたのかい?」
「あぁ。君も体調は良さそうだな」
「そこそこだよ」
 別室から戻ってきたリリスモンが、春子の奮闘を眺めていたジェームズに気づく。
「どうだい、あのコンビは?」
「ドーベルモンは悪くない。春子は……体力はあるな」
 リリスモンが何も言わずに自分の次の言葉を待っていることに気づき、ジェームズはやや困惑した。彼女は「まさか、それだけじゃないでしょうね?」とでも言いたげだ。
「それから……」
「……」
「……根性はあるな」
「それ以外は無いんだね」
 まぁいいけどさ、と付け加えながらリリスモンは溜め息を吐く。釣られて自分まで溜め息を吐きそうになるのを、ジェームズは寸でのところで阻止した。

 春子に戦いのセンスが無くても不思議ではない。
 デジタルワールドは一九九九年当時から大きく様変わりし、今やリアルワールドの代替地も同然だ。自分たちが過ごしたような冒険と戦いの日常は既に非日常であり、動画サイトにアップロードされた昔の映像しか存在しない。おまけに現役の選ばれし子どもは十年以上もの間いなかったのだ。
「あの小娘」
「ん?」
「昨日の休憩中、目を輝かせてあんたたちやタツキのことばかり話してたよ」
「……」
 彼女の言う「あんたたち」とは当然、自分とガブモンのことだろう。彼女の脳内にいる、最も輝かしい時代の「選ばれし子ども」の姿だ。
「憧れの存在、一九九九年の選ばれし子ども。結構なことじゃないか」
 リリスモンは表情を崩さないジェームズに不満だったらしく、ふんと鼻を鳴らし、非難を籠めた視線を彼に向けた。
「あんた、タツキのことは話したのかい?」
 この話題になれば出てくることは容易に想像できた質問だったが、ジェームズはできればこれに答えたくはなかった。だが、リリスモンの視線は沈黙を許してくれそうにない。
「いや」
「どうして?」
「君だって分かるだろう」
 聞かれた以上はシンプルに答える。わずかに生まれた動揺をかき消すためのものだったが、リリスモンにこの手が通用したかは、ジェームズには分からなかった。
「子どもには早い?」
 今度のリリスモンの言葉には、これっぽっちも感情が籠もっていなかった。
「酷いやつだね、ジム」

「ジェームズさん……デジヴァイスを……取り返したいです……」
 アスタモンから言い渡された休憩時間中、汗だくになった春子は座り込みながらジェームズに頭を垂れた。
 未だ春子とドーベルモンの努力の成果は見えず、デジヴァイスはアスタモンの手の中だ。休憩中ですらアスタモンはデジヴァイスを手放そうとしないので、春子は「このままデジヴァイスが自分の手元に戻ってこなかったらどうしよう」と心配で仕方がないらしかった。
 ある意味、訓練でさえ相手に恩情をかけないのはあのアスタモンらしいと思ったが、それは春子には酷だろう。
「春子、レーザーポインターを貸しなさい」
「え? あ、はい!」
 先日彼女に渡したレーザーポインターが再び自分の手に戻る。続けてジェームズはドーベルモンにも声を掛けた。
「まだ動けるか?」
「……あぁ」
 お前の指示で動くのは御免だ、とドーベルモンの顔には書いてあったが、口ではそう言わなかった。春子の手前、この状況で自分が抗議しても仕方がないと思っているのだろう。
「いいか、ドーベルモン」
 ジェームズは腰を下げてドーベルモンに短く指示を伝えた。

「ジム、あんたじゃ訓練にならん」
「私も腕が鈍っているかもしれない。一度相手をしてくれ」
 休憩後、ドーベルモンの隣に立っているのは春子ではなくジェームズだった。
 ジェームズとこうして相対するのはいつ以来か。隣にいるのがあのメタルガルルモンではないにせよ、アスタモンにとってはあまり気分の良いものではなかった。
 一方で、さっきまで自分が相手していた小娘の方はといえば、リリスモンの隣で正座して自分たちを凝視している。
 アスタモンは溜め息をついてから、デジヴァイスを握る左手を上げた。
「かかってこい」
「うむ」
 ジェームズは春子とは対照的な戦術を取った。ドーベルモンは数歩前進したものの、決して飛びかかりはしない。アスタモンの攻撃圏内に入らないよう、数メートルの距離を取らせたまま、ただ彼の周りをゆっくりと回らせている。先ほどまでの春子のやり方なら、既に二、三回はドーベルモンが攻撃を仕掛けているはずだ。場合によっては、彼女自身も飛びかかってきている。
 春子のやり方には直線的で呆れたが、ジェームズの戦術は実に彼らしい慎重なものだった。こちらがフェイントをかけようと、ドーベルモンは全く動じない。ジェームズがそう指示しているのだろう。
 あぁ、気に食わない。
「……」
 何か変だ。ジェームズの方はずっと自分を見つめているが、眼鏡の奥の眼には何の感情も籠もっていない。ただ観察しているだけ。何か手だてがあるのか?
 デジヴァイスを持っているのはアスタモンだ。このまま膠着状態を続けても意味はなく、いつか彼らは動かなければならない。こちらのフェイントにドーベルモンが全く動じなかったということは、彼らは自分たちから何か動きを起こすはずだが……。
 そこまで考えて、アスタモンは自分の左手に赤いレーザーが照射されていることに気づいた。
「!」
 しまった、狙われた。ジェームズは腕を下げたまま、右手に持ったレーザーポインターを起動し、こちらの掌に赤い光線を当てている。ドーベルモンが後ろ脚で床を蹴り、一気に間合いを詰めてきた。
 とはいえ、この距離で動きに気づけたのならまだ大丈夫だ。ドーベルモンの牙は腕には届かない。攻撃を避けるか、彼をまた弾けばそれでいい……。
 だが、ドーベルモンはレーザーが指す左手には何の反応も示さず、代わりにアスタモンの右足へと体当たりした。
「は……⁉」
 身体のバランスが崩れ、頭から正面に身体が倒れる。その身体が地面に叩きつけられた直後にドーベルモンは背中に登り、あっという間に左手にあるデジヴァイスに噛みつき、それを彼の手から奪い取った。
 頭の上から「おおーっ!」という小娘の声が聞こえる。

「私を意識し過ぎたな、アスタモン」
 ドーベルモンからデジヴァイスを受け取りながら、ジェームズはスラックスについた埃を払うアスタモンに言った。
 ドーベルモンにした指示はそれほど複雑なものではない。彼のフェイントには決して乗らないこと――これはアスタモンの性格を見越した上での指示だ――と、自分がレーザーを彼の左手に当てたら右足を攻撃すること、それだけだった。
「腕が鈍ってるだって?」
 不服そうな声でそう言うアスタモンに、ジェームズは肩をすくめた。実際のところ、これは自分がアスタモンの性格を熟知しているからこそできた手だ。おまけに今回、彼は得意の武器――短刀やマシンガン――を何も持っていなかった。実戦ならこんな駆け引きをするまでもなく、ドーベルモンは蜂の巣にされていただろう。
 ドーベルモンの方は複雑な表情だった。ジェームズの実力を認めなければいけないと思っている一方で、この「勝利」は春子と成し遂げたかったに違いない。
「凄いですね、ジェームズさん……!」
 その春子は羨望の眼差しでジェームズを見つめていた。デジヴァイスを渡しても、彼女の視線から自分が外れることはない。これにどう返せばいいのか、ジェームズにはよく分からなかった。
 懐に入れていた携帯電話が鳴ったことで、ジェームズは彼女の前をようやく離れることができた。
「もしもし」
“ジェームズか”
 電話の声の主は手塚だった。
“君に頼まれていた、ジョーダン・グードとの面会の件、話が通ったぞ”
 朗報だ。ジョーダンと話をすることができれば、何らかの情報を得て今回の捜査を進展させることができるかもしれない。
“急ですまないが、今日の午後しか会えないそうだ”
「君は来れないのか?」
“私が行くのはあまり良くないんだよ”
 表向きは明るく言っているが、ジェームズは手塚の言葉に籠められた意味を感じ取った。「君は今は外部の人間」……彼はかつてジェームズにそう言っていた。
“いいか、用心しろ。相手はもう君の知ってる選ばれし子どもじゃないぞ”



「ジョーダンさん? ジョーダンさんってあの、選ばれし子どものジョーダンさん⁉」
 ジェームズが語った、これから会う人物の名前に春子は飛び上がりそうなほど喜び、そして実際に飛び上がってジェームズの運転するシトロエンの天井に頭をぶつけた。
「そうだ。今はランプライト社の社長として、リアルワールドと行き来するデジタルゲートを管理してる」
 ジェームズはハンドルを握ったまま、後部座席にいる彼女に答えた。バックミラーでは彼女が頭を押さえているが、彼女が愛車に手や足をぶつけるのはもう五度目か六度目なので今更咎める気はない。
「知ってます! 凄いですよね、ジョーダンさん……! 昔はデジタルワールドを救って、今はゲートを管理してるなんて、まさに選ばれし子どもの鑑ですよ! おまけにすごくイケメンだし……あっ! もちろんジェームズさんもすごくカッコいいですよ!」
 ドーベルモンの冷やかな視線にもめげず、彼女が自分とジョーダンを褒め称えるのを、ジェームズは運転しながら黙って聞いていた。リリスモンも、同じような話を聞いていたのだろうか?
「そっか、ジョーダンさんもきっと命を狙われてますよね……でも大丈夫ですよ、悪は必ず滅びますし、ジョーダンさんたちは強いですから! もう誰も死なないに決まってます!」
「だといいが」
「そういえば、草薙タツキさんのことも心配だなぁ……いえ! タツキさんが負けるはずなんてあり得ないですよね! でしょう?」
 リリスモンが「ほら、あたしの言った通りだろう?」とぼやく姿がなんとなく想像できた。ジェームズは僅かに腰を上げて姿勢を正し、運転に集中する。そして無表情を保ってバックミラーを一瞥した。 
「そうかもな」
「絶っっっっっ対そうですよ! タツキさん、今はアグモンさんと一緒に引退されているそうですけど、きっと今も元気ですよね! 私、何年か前にデジヴァイスのレプリカを見たことがあって……懐かしいなぁ、本物持ってるのかなぁ……」
 ジェームズは春子の言葉には何も反応しなかった。
 彼女のパートナーが微動だにせずに自分のことを見つめている。ふと、ジェームズはドーベルモンの視線が、まるで自分の頭の中を慎重に観察しているかのような、嫌な感覚を覚えた。
 この感覚を春子が理解しているとは到底思えない。だが、彼女が何かを思い出したかのように続けた言葉は、またしてもジェームズの思考をかき乱した。
「ジェームズさんは、タツキさんと今も連絡を取られたりしてるんですか?」
 全く邪気の無い質問。
 それだけに、ジェームズは無言を貫くことはできなかった。
「タツキは……遠くにいる」
 ドーベルモンの耳が神経質そうに立ち上がった。

 やがて、ジェームズの運転する車は、摩天楼の中でも中心に位置する、スクルドターミナルで最も巨大な建物の前に到着した。
 地上数百メートルの高さを誇る鉄筋・鉄骨コンクリート構造のこのビルは「デジタルゲート管理局スクルドターミナル本部庁舎」という正式名称を持つが、こちらの名で呼ぶ者はほとんどいなかった。五年ほど前、スクルドターミナルのゲート管理業務が政府からランプライト社へ民間委託されてからは、大抵の場合「ゲード・タワー」と呼ばれている。
 この建物の地下に、リアルワールドへと通じる大型のゲートを開く装置が設置されているからだ。



 ジェームズと春子、そしてドーベルモンは、オフィスエリア前に二つのレーンが設置されたセキリュティゲートの前にいた。柵を挟んでこちら側を眺めている警備員を尻目に、左隣のレーンを歩き始めた春子に向かってジェームズは静かに声を掛けた。
「君はジョーダンの質問に答えるな。私が答える」
「はい! 私への質問以外は――」
「君への質問もだ」
「分かりました!」
「ドーベルモンのことも君は話すな」
「了解です!」
 正直なところドーベルモンはともかく、春子がそれをしっかり理解していたとはあまり思えない。最後に総括として「とにかく、何も余計なことはするな」と言ったことだけでも覚えていてくれるといいのだが。
「それから、中のものは何も触るな」
「イエス、サー!」
 ビーッ、という電子音が静かなフロアに響き渡る。春子が笑みを浮かべながらジェームズに敬礼を返すのと、彼女の頭上のランプが赤く点灯してゲートが閉じるのはほぼ同時だった。
「えっ、あっ、え⁉」
 警告音に驚いて慌てふためく春子。柵の向こう側から、警棒を握った警備員が近寄ってくる。
「お嬢ちゃん、何か金属類を持ってないか? カギとか、ペンダントとか」
「えっ、えっ⁉ 持っ……持っちゃってますかね、私⁉」
「いや、俺に聞かれても」
 ベルトか何かの金具などで、金属探知に引っかかるのはよくあることだ。こういう場で大袈裟に動揺する方がかえって怪しまれる。問題なくゲートを通過したジェームズは、春子に落ち着くよう声を掛けようとしたが、その前に聞き覚えのある別の声がフロアに響いた。
「構わん。成田、入れてやれ」
 そこにいたのは、高級そうなスーツを来た、浅黒い肌の細身の男だった。そして彼の後ろでボディーガードのように立っているのは、紫色のマントを羽織り鎧を纏っている魔法戦士型のデジモン、彼のパートナーでもあるミスティモンだ。
 ジェームズは久々に彼の姿を見た。
「いいんですか? 社長……」
「あまり時間がないんだ。君もそんな子どもに構っている暇はないだろう」
 煩わしそうに手を振るう動作を見て、成田と呼ばれた警備員は渋々と下がっていく。一方で、この騒ぎの大元になった春子は、頭の上のランプが緑色に変化したことすら気づかず、細身の男を見て目を輝かせていた。

仕立て屋の息子テイラーソンが僕に会いに来たか」
「ジョーダン……」
「久々だな、ジム」
 フロアの一角にある待合室で、ジェームズはジョーダン・グードのと軽く握手を交わす。彼も既に五十代を迎えているはずだが、手塚同様に、昔と比べてあまり老けているようには見えなかった。逆に自分が十年ほどで老けすぎたのかもしれない。
「ところで、その女の子とデジモンは……?」
「はじめましてジョーダンさん! 私たちは――」
「アルバイトで助手を雇ったんだ」
 案の定、春子に自分の指示は伝わってなかったようだが、それも想定済みだ。ジェームズはあらかじめ用意していた答えを表情を変えずに話した。
「助手? 君が?」
「最近は物忘れが激しくてな。ひとりではやっていけん」
「あぁ……なるほど」
 ジョーダンが浮かべた表情には、憐れみと苦笑いが半分ずつ込められていた。
「ひとまず、上の部屋で話そうか」
「あぁ」
「あの、私たちも――」
 春子がまたしても前に出ようとする。ジェームズは春子にそのことを嗜めようとしたが――その前に、ジョーダンが片手を出して彼女を制止した。
「君はここで待っていてくれるかな」
 春子の表情に失望の色が浮かんだが、ジョーダンは特にそれに反応を返すことはなかった。



「すまないね。手短にお願いできるかな」
 二人でいるにはあまりにも広すぎる部屋で、ジェームズとジョーダンは向かい合ってソファに座っていた。ジョーダンの背後は一面ガラス張りになっており、スクルドターミナル市街地の景色が一望できるようになっている。高所恐怖症の人間なら卒倒しそうな応接間だ。
「他の選ばれし子どものニュースは聞いているか?」
「もちろん」
 即答。それはいいとしても、ジョーダンの顔には特に恐れも、無念さも浮かんではいなかった。
「悲しい話だ。僕たちの世代は恨まれるようなことなど何もしてないのに」
「そうかな?」
「そうとも」
 ジョーダンが長い脚を組み替えて前のめりになる。ジェームズは黙って彼の話を聞き続けた。
「まぁ、確かに最近は……僕たちの仕事にケチをつける奴らもいるがね。それはごく一部だ。僕たちはこのデジタルワールドを整備し、法を作り、野蛮さを捨てさせた。そうだろう?」
 ジェームズはこの言葉に同意するつもりはなかったが、かと言って反論する気もなかった。
 彼の言うことは、よくデジタルワールドで人間が行った悪事の反証として、もう何十年も前から挙げられている「善行」だ。そしてジェームズも含め、選ばれし子どもとそのパートナーデジモンたちはその善行に加担してきた。デジタルワールドはもう弱肉強食の世界ではない。幼年期や成長期のデジモンの死亡率は人類の入植前と比べて大幅に減った。戦闘本能に任せてデジモン同士が戦うようなことがあれば、両者とも有無を言わせず牢獄行きだ。あくまで「デジモン同士」の話だが。
 ただ、今日はデジタルワールドにおける人類の功罪を議論しに来たのではない。
「これまで殺された者たち……イリーナ、サルマ、ハンス。いずれもパートナー持ちの元・選ばれし子どもが、そのパートナー共々殺されている。次に狙われるのは君かもしれない」
「ご忠告ありがとうジム。君の仕事はそれだけかな?」
「君に犯人の心当たりはあるか?」
「無いね。全く」
 またも即答。表情も変わりがないが、僅かに声に……苛立ち? が含まれているのをジェームズは感じ取った。
 ジョーダンは足組みをやめて立ち上がると、ゆっくり部屋を歩いて窓の外の景色を眺め始める。促されたわけではないが、ジェームズも彼に従って窓際まで移動した。
「本当に?」
「ジム、僕の仕事はとても重要な局面なんだ。あと一歩で、人類がまたリアルワールドに戻れるようになる。労働力はまだ足りないがね。かつて旅した仲間が死んだからといって、それで僕のやるべきことが変わるわけではない」
 人類が住むには過酷な環境となったリアルワールドだが、ランプライト社はそこにまた人が住めるようにするためのコロニーの開発を行っていた。今も、リアルワールドでは数千体にも及ぶデジモンが労働者として送り込まれ、その作業を進めている。
 かつての選ばれし子どもが、デジモンを使ってリアルワールドを再開発しているのだ。
「君も殺されるかもしれない」
「僕の命は完璧に守られているよ。少なくとも君よりはね」
 ジョーダンの目は「そんなことも分からないのか」とでも言いたげだった。
「それに、こういう状況は初めてではないだろう? 君も……」



「……」
「……」
「……うぅ」
 ジェームズとジョーダンが面会している部屋の前の廊下で、春子とドーベルモンは彼らが出てくるのを待ち続けていた。それほど長い時間が経過したわけではないが、既に春子の忍耐は切れかけ、さっきから何度もソファーから立ち上がり、廊下を行ったり来たりしている。
 彼らの他にここにいるのは、ジョーダンのパートナーデジモンのみ。扉の前に佇むミスティモンは直立不動で、風貌も相まってまるでどこかの王族の近衛兵のようだった。
 想像と違う、と春子は思った。自分の考えるジョーダン・グードはかつて世界を救った元・選ばれし子どもで、誰に対しても紳士的で丁寧な対応をする人間だった。もちろん、自分のイメージと違ったのはジェームズも同じだが……。
 それにパートナーデジモンとの距離感も、何か変だと思った。
「……あの、ミスティモン……さん?
 恐る恐る、目の前に立つデジモンに声を掛ける。反応はない。
「ミスティモンさんって昔、ジョーダンさんと一緒にピエモンを倒してましたよね! 前にネットで見ました!」
「……」
「私、皆さんのファンなんです! 時間もまだかかりそうですし、できればあの時のお話なんかを……」
「……」
「……う〜……」
 そこまで無視することないじゃないですか! と言いそうになったのを寸でのところで堪える。私はジェームズさんの助手として来てるんだ、ここで癇癪を起こしたりしてはいけない。ただ、ドーベルモンが視線で何かを伝えようとしている気がするものの、それが何なのかはよく分からなかった。
 とにかくこの状況、この空気が耐え難い。憧れのヒーローが目の前に、そして扉の奥にもいるのに、自分は話すらできない。二人の話すら聞くことが許されない。助手(という設定)なのに!
「……あの」
 何か続けて言わないといけない、と思った。話を続ければ、何か言葉を返してくれるような……。
「ミスティモンさんは、ジョーダンさんが心配じゃありませんか?」
 間を持たせるための――既に持ってなどいないが――質問。
 だが、どうしてか、今度はミスティモンの肩が少しだけ動いたような気がした。
「私はジェームズさんが心配で……この事件の犯人、絶対に捕まえてやろうと思ってるんです。選ばれし子どもの皆さんを助けたいんです!」
「……首を突っ込むな」
「だから――え?」
 喋った? ミスティモンさんが? でも……何? 何て言った?
 確かに、春子の耳に彼の一言は届いていた。ただ、意味が分からない。
 どうしてあなたが、そんなことを言うの?
「ミス――」
 続けて言葉を言いかけた瞬間、ミスティモンの背後にある扉が勢いよく開き、彼のパートナーが早足でジェームズとともにが出てきた。ジョーダンが微かに笑みを浮かべながら握手を求め、ジェームズもそれに応じる。
「では、これにて。頑張ってくれ」
「あぁ」
「ミスティモン、行くぞ」
「あ、あのっ……!」
 せっかく何かを聞き出せそうだったのに、ここで終わり? そんな!
 ただ、彼らを引き留めることはできない。元々分かっていたことだが、ジェームズが自分の肩を軽く叩いたことが決定打となった。長い廊下を歩いていくジョーダンとミスティモンを、春子はただ眺めていることしかできなかった。
「ハルコ、行こう」
 足元でドーベルモンがそう言ったのを聞いて、春子は項垂れた。



 全く、手塚は余計な仕事を増やしてくれたものだ。
 眼下で小さなシトロエンが去っていくのを眺めながら、ジョーダンはそう思った。とはいえ、後顧の憂いを取り除くためにも、このタイミングだったのは良かったのかもしれない。
「あの女の子とは話したか?」
 視線は外さないまま、背後に立つミスティモンに聞く。
「いや、話してない」
「そうか? 気にしなくてもいいんだぞ」
「……」
 まぁ、ミスティモンが模範的な対応をしてくれたのはありがたい。この性格だからこそ、このデジモンは今でも近くに置いておける。
 彼は何も求めない。常に忠実だ。
「もういいぞ、ミスティモン。下がれ」
 それだけ伝え、ミスティモンが部屋を出たことを確認すると、ジョーダンは胸ポケットから携帯電話を取り出し、通話キーを叩いて耳元に当てた。これでこちらの持ち分は終わり。楽な仕事だと思う。
 呼び出し音が何度か鳴った後、通話相手の息遣いが聞こえてきた。
「見つけたぞ。新しいのをひとり」
 結局、部屋を出る間際にミスティモンが神経質そうな表情を浮かべていたことに、ジョーダンは気づきもしなかった。


スレッド記事表示 No.4861 グッド・オールド・フューチャー 3/七大魔王Ryuto2018/02/11(日) 00:00
       No.4862 グッド・オールド・フューチャー 4/捜査Ryuto2018/02/11(日) 00:01
       No.4863 あとがきRyuto2018/02/11(日) 00:02
       No.4869 感想浅羽オミ2018/02/11(日) 18:22
       No.4890 何がQだry夏P(ナッピー)2018/02/17(土) 17:47
       No.4904 3・4話感想返信Ryuto2018/02/23(金) 22:58
       No.4905 グッド・オールド・フューチャー 5/襲撃Ryuto2018/02/24(土) 00:00
       No.4906 グッド・オールド・フューチャー 6/真実Ryuto2018/02/24(土) 00:01
       No.4907 5・6話あとがきRyuto2018/02/24(土) 00:02
       No.4908 まさか時空が発端だったとは夏P(ナッピー)2018/02/24(土) 06:46
       No.4913 おのれイグドラシル!tonakai2018/02/28(水) 00:43
       No.4923 5・6話感想返信Ryuto2018/03/10(土) 23:09