オリジナルデジモンストーリー掲示板NEXT
 

小説とその感想の掲示板です。小説を投稿される方は小説投稿規約を必ずお読みください。

         


ID.4853
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/02/07(水) 22:19


Memento Mori〜最終章〜(後)







 冥王は咲夜の父、不知火士朗の声で笑う。

「大したものだ。……いつ気付いた?」
「初めからです」

 バグラモンの顔を見上げる咲夜。
 そう、父が命を落としたあの日に気付いていた。デジタルワールドを生み出した父が、その過程で母と幾人もの友人を犠牲とした男が、自ら創造した世界を見守ることなく死ぬはずがない。自らもまた盤上の駒としてデジタルワールドという名の舞台に上がるのは必然だ。少なくとも自分ならそうするだろうし、それは不知火咲夜の父である彼もまた当然選び取る道だと言えた。
 母はその為の犠牲となった。生身の人間をデジモン化し、記憶をそのままにデジタルワールドへと送り込む実験の為に。

「許せないと憤るか? くだらないと嘲り笑うか? だが私がこう在るのはお前が開発した英雄達――ああ、まだこの時点では完成していないのだったか?――の所為と言えるのだ、咲夜よ。彼奴らはあまりにも完璧すぎた……発想こそ私と同じだが、その完成度は歴然だった。父と娘、人間界より早く時の進むデジタルワールドにおいて時代の差異は如何ともし難い。なればこそ、私自身が世界に降り立ち彼奴らと矛を交えるしかあるまい……?」
「……2009年にそんなことを? 大した技術力ですね……尊敬しますわ」

 己の行動パターンは予想できる。だからこそ、父にとっては過去のこと、自分にとっては未来のことであろうと理解できないわけではない。
 いずれ自分が誕生させる十人の英雄、完成した彼らを創世記の世界に送り込む上で、不知火咲夜はまず2009年の父へとそのデータを送り込むことになるのだろう。言うなればそれは挑戦状である、未来の娘から過去の父へ向けた、この英雄以上の存在を生み出せるかという挑発だ。
 それを受けた父は、自らを世界を股にかけた親子喧嘩の場デジタルワールドへと降臨させるべく腐心した。そうして生まれたのが、世界の全てを知り得ると言われた冥王にして賢王バグラモン。
 冥王が世界のあらゆる事象を見通せるのは当然だ。他でもない彼自身が、デジタルワールドを生み出した張本人の知識と記憶を有しているのだから。

「だが咲夜、デジタルワールドが始まって数万余年、お前の生み出した英雄達と邂逅を果たすことはついぞ無かった。表の世界に出てこないのか、どこかで野垂れ死んだのか……どちらにせよ、些か期待外れだ我が娘よ。私の従僕達もまた彼奴らとの対峙に備えて磨きをかけたというのに、戦う相手がいないのではな」

 冥王は笑う。父と同じ声で、けれど父とは全く異なる顔で。

「……随分と表情豊かになられたのですね。私の知る父は、そんな人ではなかった」
「私は確かにお前の父だ。だが親とて己が全てを子に見せるとは限らん、それだけのこと」

 その言葉を受け、初めて咲夜の顔が僅かに歪む。キツく噛み締められた唇が浅く裂けた。

「デジクロスといったか、お前の生み出した新たな技術は確かに素晴らしい。行く行くは人とデジモンのハイブリッドを生み出すことも不可能ではなかろう。……事実、我が肉体はその技術を以って構成されているのだからな」
「……父さん」

 未来の娘が生み出した技術を盗用したと、何の悪びれもなく父は言う。それ自体には何ら感情は動かない。
 アナログとデジタルの融合、2061年の咲夜ではその技術を完全に確立させるには至っていない。だが目の前の父はそれを完成させた不知火咲夜のデータがあったとはいえ、2009年の時点でそれを完成させ得たというのか。
 空恐ろしい。バグラモンがではない。人間だった頃の父が、不知火士朗が恐ろしい。

「さて余興だ我が娘よ。そこの我が“弟”の肉体、命すら持たぬ紛い物だが興味深い個体だ、私が貰い受けるとしよう」

 起き上がることさえできないダナンの肉体に己が右腕を触れる。刹那、黒騎士の体は光の粒子と化して冥王へと吸い込まれていく。

「デジクロス……父さん、あなたはどこまで……?」
「全ては研究者としてのサガだよ咲夜。私は戦士ではないし、同時に魔王でもない。デジタルワールドは結果的に生み出したに過ぎず、お前のようにそこを人類の新たな開拓地フロンティアとしようなどという大それた野望も持たない。故に我が身に残るのは欲望だけだ。私自身が生み出したこの世界がどうなるか、その行く末を見てみたい、ただそれだけのこと」

 漆黒のマントと異形の右腕はそのままに、冥王は新たな姿へと変貌する。
 闇夜の鴉を思わせる双翼と暗黒の鎧、胸部に宿る魔人にも似た意匠は紛れもなくダークナイトモンのもの。自ら“弟”と呼んだ出来損ないと融合した冥王は、更なる禍々しき肉体を手に入れ、不知火咲夜の前に超然と君臨する。
 その名を冥界の支配者、ダークネスバグラモン。

「……ふむ、なかなかの力だ。出来損ないと呼んだことは謝罪しよう咲夜。我が力が何倍にも高まっていくのがわかる……デジクロス、存外に侮れぬ力のようだ。やはり新たな技術は自らの身で実践するに限る」
「言いますね、母を……母さんを犠牲にした癖に」

 少しだけ、その言葉には怒気が乗っていたかもしれない。どこか客観的に咲夜は思った。

「言うな咲夜。全てはあの女が望んだことだよ、あの女は私にとって最高の道具だった。人間のデジタル化など不可能だと私は言った。そうにも関わらず、あの女は私なら不可能を可能にしてみせると信じて疑わなかった。どこまでも愚かな女、だが結果的に彼女の犠牲があればこそ不可能は可能となり、私は今こうしてこの場に立てるのだがね」

 似ていた。非情な父の言葉にも憤りなど無く、ただ淡々とそう思う。
 父は父なりに母を愛していた。それが道具に向けられる敬愛だとしても、母は父のそんな気質を理解していたと思う。そして父にどこまでも利用し尽くされることを望み、その果てに死んでいった。父の非情さよりそんな母の献身を愚かだと思ってしまう辺り、自分は間違いなく不知火士朗の娘なのだと実感する。
 だが、やはり似てなどいない。きっと自分の非情さはそれ以上だ。何故ならば。

「義姉ちゃん!」
「……旭騎?」

 地下闘技場へ飛び込んできた義弟の姿を咲夜は目に留めた。
 黄金の契約者を伴って現れた土井垣旭騎は、咲夜を守るように冥王と対峙する。

「ヤバい奴が現れたってフォルテが……でも、まさか義姉ちゃんがいるなんて……」

 シャウトモン、名をフォルテ。咲夜が18歳の誕生日に旭騎に託した人工種。菊池隆二とジークグレイモンの命を吸った今、クルセイド形態シャウトモンDXとして存在する彼は、旭騎と共に数多の選ばれし子供を倒してきた。図らずもそれは、どこまでも不知火咲夜自身が望んだ通りに。
 旭騎には自分の目的のことは話していない。話す必要性も感じない。だからこそ、旭騎は自分のことを守ってくれるつもりなのだろう。
 乾いた笑いが出る。戯れに拾った命とはいえ、随分と役に立ってくれるものだ。

「でも、コイツは……」
「土井垣旭騎……土井垣広代の息子か」
「な、なんで俺の母さんのこと……」

 目の前の怪物、バグラモンが会ったこともない母の名前を出したことに旭騎が怯む。

「私はお前の母上のことをよく知っていてね。……我が妻に似てただ人に尽くすことを是とする、社会一般的に言って良き女だったのだろう」
「お前……!」
「だが殺された。いい者から先に死んでいくのは世の常とはいえ、あんな理不尽な殺され方をしていい人間ではなかった……それを殺したのだよ、そこの女が」

 そうして、冥王は半世紀近く前の真実を暴いてみせた。

「なっ……義姉ちゃんが……!?」

 振り返る旭騎の顔は驚愕に満ちていて。

「……そう、その通りよ」
「なんで、だよ……!」
「邪魔だったから。理由はただそれだけよ、旭騎」

 そんな義弟を嘲笑うように、咲夜は淡々と告げた。
 その瞬間、きっと旭騎は確かに最愛の義姉に対して殺意を抱き、そしてどこまでも心優しい彼は同時に強くそれを否定もしたのだろう。少なくとも土井垣旭騎とはそういう男であったし、咲夜の知る彼の母親もまたそうした愚かさを持つ女だった。それはもう反吐が出そうなぐらいに人として正しい在り方をした女だったように思う。その気質は息子である旭騎にも確かに受け継がれている。育ての親である自分には似ず、物心付く前に果てた生みの親に旭騎はそっくりだ。

 それが最高に滑稽だった。

 シャウトモンDXが動く。旭騎に僅かなりとも芽生えた義姉への殺意、それを完璧なまでにトレースした黄金の戦士は、たとえ旭騎が否定しようと一瞬でも抱いてしまった殺意に忠実に動く、そうなるように咲夜は彼を生み出した。
 鋭い爪、ジークグレイモンを模したそれが咲夜に向けて振り下ろされ、それを。

「義姉ちゃんッ!!」

 旭騎が身を挺し、その背中で受け止めた。

「……旭騎……?」

 義弟に抱き締められる形となった咲夜は、そこで初めて不思議そうな声を上げる。
 旭騎の背にシャウトモンDXの爪が突き刺さっている。長い時を共に過ごす中で、いつしか旭騎と完全に同調し、喋ることも必要なくなったフォルテは、自らのパートナーであるはずの男の体を貫いた己が腕をぼんやりと見つめている。お前が望んだのにどうして邪魔をしたのかと、そう言いたげな目だった。
 だからこそ、聞いておくべきだろうと思う。

「……どうして?」
「わかんねえ、でも……義姉ちゃんは……俺の、義姉ちゃんだから……!」

 ゴフッと小さく吐血する。赤い血液が義姉の頬を濡らした。
 そう、デジモンと長らく共に在っても彼の血は赤かった。それは間違いなく土井垣旭騎が人間であったことを意味している。

「あなたの母親を、私は殺したのよ?」
「それでも……義姉ちゃんは、俺の義姉ちゃんをやってくれたじゃんか……!!」

 そんなことは後付け、結局旭騎は何が自分を突き動かしたのかすら理解していない。

「……ありがとう」

 せめて一言だけ、形ばかりでも感謝の言葉を咲夜は口にする。その言葉を最後に、土井垣旭騎の体は動かなくなった。
 義姉を助ければ自分が死ぬことは理解していただろうに、旭騎は躊躇わなかった。しかしそれこそが人間の本質なのかもしれない。理屈では片付けられない、ただ一瞬の情動で躊躇いなく命を投げ出すことができる。思えば彼の母親も全く同様だった。自分の命を投げ打ってでも息子を、大切な家族を守ろうとスカルナイトモンの魔槍に貫かれたのだ。親子二代に渡る自己犠牲は確かに美しかった、それは疑い様のない事実。
 それでも、不知火咲夜にそんなことは何の関係もないことだったが。

「……よくやったわ、なかなか格好良かったわよ、旭騎」
「義弟が死んだというのに、そこに涙はないか……」

 息絶えた旭騎の体をその場に横たえつつも、咲夜は冥王の言葉に首を傾げた。

「……何故泣く必要が?」

 心底不思議そうな声。事実、不知火咲夜は彼の死に何ら心を動かしていなかった。

「万事、計画通りだわ」

 フラリと立ち上がり、バグラモンの姿を捉える。朱に染まる顔に笑みを浮かべながら。

「ほう……そうではないかと思ってはいたが」

 つまり先の感動すべき場面は全て茶番だったというわけだ。冥王の目がそう問いかける。

「義弟を利用した、そういうことか」
「ええ、あなたが母さんを利用したのと同じ」

 一瞥する。軽蔑も嘲笑もない、自分を守って死んだ彼に感謝しているのは確かだ。

「言ったでしょう、全ては道具だと。これ・・も例外ではない、ただそれだけのこと」

 そう、不知火咲夜にとっては土井垣旭騎もまた道具でしかなかった。
 既に物言わぬ骸となった今、床に転がるそれ・・はモノ以外の何者でも無い。赤子の頃から死ぬ時まで全て自分の為に在り結果的に半世紀弱で使い潰してしまったが、もう動かないそれは自分の人生においても最高級に役に立った道具だ。
 そしてモノに対して哀れみなど抱くはずもない。モノを愚かだと断じる者などいない。

「でも本当にこれは役に立ってくれたわ……最高よ、感謝しているわ」

 旭騎にシャウトモンのフォルテを与えたのは、造反した菊池隆二の力を得る為。
 殺戮に身を染めながらも青臭い正義感を捨て切れないあの選ばれし子供が、対立しつつもいずれ必ず旭騎の在り方に希望を見出し、命を投げ出すだろうことは予想できた。だからこそフォルテにはグレイモンとのデジクロス能力を備え、有事の際にはその力を吸引し、咲夜の下へ持参してくれるという確信があった。
 果たして菊池隆二は予想通り旭騎の為に命を捨て、旭騎はデジクロスさせた彼のジークグレイモンの力を得てフォルテを黄金のクルセイド形態へと到達させた。時が来るまでは放置せざるを得なかったが、ダナンを上回るパワーは実に甘美で興味深かった。あの愚かしい邪魔者は消え、自分は彼の力を手に入れる、まさしく一石二鳥と言う他あるまい。
 全てが全て計画通り。こんな状況でなければ笑い狂っていたところだ。

「フォルテ……?」

 たった今自分の命を狙い、そして己が主の命を奪った黄金の戦士の名を呼ぶ。

「……ハッ」

 フォルテはまるで長年連れ添った従者のように畏まり、咲夜の隣に並び立った。

「茶番にしてはよく出来ている……咲夜よ、お前は最初からそのつもりだった……というわけだ」
「ダナンもオグマもフォルテも、全て私の芸術品……誰にも譲る気は無いのよ」

 旭騎と全く同一の感情データを有するフォルテなら、旭騎が自分に殺意を抱いた瞬間にああ動くだろうことは予測できた。そして旭騎が自分を庇うだろうことも疑わなかった。そうしてフォルテに旭騎を討たせることで、咲夜の計画は完成する。

「父さん……いえ、バグラモン。あなたと同じ……」

 自ら生み出したデヴァイスを掲げる。クロスローダー、数多のデジモンの力を封じ、デジクロスを可能とした神具。

 人工種第一号、スカルナイトモン。咲夜自らがダナンと名付けたそれは、全くの無から生み出されたデジタルモンスターの形を取っただけの紛い物。だが後に開発したデッドリーアックスモンとのデジクロスにより、黄昏トワイライトの戦士は感情を持つ黒騎士ダークナイトモンとして完成する。同時に彼はその肉体の形成にバグラモンのデータの一部を取り入れており、冥王を呼ぶ餌としての役目も有していた。

 人工種第二号、グレイモン。かつての選ばれし子供、菊池隆二のパートナーであったアグモンのオグマを咲夜の手で強化した改造種。同時期に制作したメイルバードラモン、デッカードラモンといった多種多様なデジモンとのデジクロスを可能とした蒼炎ブルーフレアの竜は、菊池隆二と共に選ばれし子供達の粛清並びにデジクロスのデータ収集に役立ってくれた。

 そして人工種第三号にして完成体、シャウトモン。ダナンとオグマによって得られたデータを元に、土井垣旭騎の感情データを組み込んだフォルテと呼ばれる初めての成功作。思考回路が同一である旭騎と心を重ね合わせることクロスハートにより、最後の聖騎士が持ち得る黄金の力に目覚めた彼は、幾らかの想定外の事態を経て旭騎と共に数多の実戦データを収集した後、裏切り者の力も回収した上で自分の手元へと戻ってきた。

 そう、全てはこの時の為。シャウトモンDX、元より自らの為だけに作り上げた、不知火咲夜の真のパートナー。

「お前は本当に……不出来な娘だ」

 誰に似たのかと冥王は笑う。その答えは全てわかっている。

「……デジクロス」

 答えの代わりに咲夜のクロスローダーが光り輝く。そこから飛び出すのは四つの光。

 バリスタモン。

 ドルルモン。

 スターモンズ。

 そしてスパロウモン。

 全て菊池隆二、そして土井垣旭騎が倒してきた選ばれし子供達のデータから生み出した、デジクロス専用のモンスター達。本来シャウトモン単体とのデジクロスを想定していたため、シャウトモンDXとのデジクロスに耐えられる保証はない。だが構わない。元より人工種は全てバグラモンと対峙するこの瞬間の為に研究してきた代物、今この瞬間に役に立たずして何の価値があろう――?

「……業、よな」

 形成されていくデジクロスの究極アルダーバースト形態を前に、バグラモンは不動だった。
 恐らく不知火士朗の意志がそうさせている。戦うのであれば今この瞬間に攻撃した方が得策なのは明白だ。力任せに右腕を突き出せば終わる戦いだ。それでも娘が生み出したという究極の存在、その姿を見てみたいという研究者としての欲望が勝る。不出来な娘が成し得た成果を見極めたいという願望がある。
 父であった。無意識にもバグラモンは冥王ではなく彼女の父としてそこにいた。

「シャウトモン……X7」

 まるで謳い上げるようにその名を紡ぐ咲夜。
 降臨したデジクロスの到達点は、ダークネスバグラモンに勝るとも劣らない威容。

「……素晴らしい」

 その言葉を紡いだ時点で、冥王の敗北は必然だった。

「クロスバーニングロッカー!!」

 シャウトモンが予てより愛用するマイクは遥かに巨大化し、力任せに叩き付けるだけで冥王の体を後退させる。

「ダブルフレアバスター!!」
「ぐおっ……!」

 同時に左腕より至近距離から放たれるエネルギー弾により追い打ちをかけられ、膝を着くバグラモン。
 容赦などない。元より冥王とてそんなものが存在しようはずもないことは理解している。不知火咲夜にとって自分は父である以前に打倒すべき敵である。なればこそ、一切の情けは不要。見れば強引なデジクロスの負荷からか、シャウトモンX7の全身をスパークが走っている。程無くしてこの姿を保てなくなることは明白、今この場で決着を付けなければ打つ手が無いことを理解しているのは、他ならぬ不知火咲夜自身なのだろう。
 シャウトモンX7の胸部が眩い輝きを放つのを、冥王はどこか他人事のように見つめていた。

「セブンビクトライズ!!」

 やがて迸る黄金の奔流、それは冥王の腹から下を一瞬にして消し飛ばす。

「ぐわああああああああああああっ……!!」

 大地を踏み締める手立てを失い、バグラモンはそのまま仰向けに倒れ伏す。それはまるで、先程吸収した“弟”のように。
 そしてそれが限界だったのだろう。シャウトモンX7もまた光に包まれ、デジクロスが解除されていく。バリスタモンが、ドルルモンが、スターモンズが、スパロウモンが、分離したデジモン達は光の粒子となって消えていく。やがてシャウトモンとのデジクロスの為だけに生み出された意志無きデジモン達が消えた後、その場に残されたのはシャウトモンDXだけとなる。菊池隆二とジークグレイモンの意志を受け継いだクルセイド形態、土井垣旭騎と共に数多の戦いを駆け抜けた黄金の戦士も、チラリと背後の咲夜を振り返った後、光の粒子となって共に戦った仲間達と同じように消滅した。
 自らの創造主に向けられた彼の最後の目、それが何を意味していたかなど咲夜の知ったことではない。
 この半世紀で生み出した人工種は全て消滅した。バグラモンを倒すことだけが目的だったとはいえ、若干の喪失感は無いでもない。

「お前は本当に……不出来な娘だ」

 バグラモンが呟く。下半身が消滅して尚、冥王はどこまでも父だった。

「お前が生み出す英雄、それによってお前が為そうとしていることは世界への反逆などという生易しいものではない。言うなれば冒涜、ただ在るがままの時を刻む世界の流れを乱す行為だ。それは紛れもなく人の世では如何なる独裁者も為したことのない悪行……」

 その生き方を不知火咲夜は変えられない。
 嘆くだろう、悲しむだろう、苦しむだろう。どれだけ強がろうと、意地を張っていても、その命が果てるその時まで娘はどこまでもその在り方を貫くだろう。そうだとしても、そんな愚かな小娘の生き様を僅かでも美しいと思ってしまうのは、人間であった頃の冥王もまた同様の破綻者だったからだろうか。

 電脳の世界を見た。電脳の生物達を知った。きっと始まりはそんなことでしかない。

 彼らの世界を、彼らのことを、もっと知りたかった。それでも選ばれし子供という奴にはなれなかった。どうして彼らを知っている自分が彼らの世界に行けないのに、何の関係も無い他の人間が彼らの世界に行けるのだろう。いつしか芽生えていた嫉妬心が、やがて彼らの世界をこの手で生み出す原動力となった。数少ない心を許した友や愛した女と共に、不知火士朗は後にデジタルワールドと呼ばれる電脳の小世界を生み出すことに成功した。
 だがその世界に自らを送り込むことはついぞできなかった。進んで実験体となった妻は存在そのものが消滅し、唯一の友もまた命を落とした。

「……父さん、あなたは逃げたのよ」

 そして妻が死んだ時と同じ目で、この忌々しい一人娘は言うのだ。
 ただ真っ直ぐ己の求める一点のみを見つめ、他の何も目に留まらぬといった姿は、実の娘とはいえあまりにも自分に似すぎていて腹が立った。まるで古い鏡を見せられているかのよう、子供だてらに父の研究に異様な興味を示したこの一人娘は、恐らく独力で自分と同じ高みへ辿り着くだろうという確信があった。親馬鹿というわけではなく、むしろそんな娘の在り方と才能が何よりも憎らしかった。だからこそ、己の研究成果を娘に遺すつもりなど絶無だ。この愚かな娘に跡を継がせるつもりなど毛頭無かった。
 咎めるわけでもなく、蔑むわけでもない。ただ真実だけを指摘する不知火咲夜の姿は、半世紀前と何ら変わっていなかった。

「あなたは自分で生み出した世界を見なければ気が済まなかった。そして監視者気取りで冥王として世界に降り立った」

 あの時に言えなかった言葉。父に対する思いを、不知火咲夜は口にする。

「でも、それだけよ。不死の体を得て、自らが生み出した電脳の世界に降り立って、ただそれだけ」
「………………」
「あなたは死ぬことを恐れ、自分の生み出した世界が自分の知らないところで進んでいくことを恐れ、自分が忘れ去られていくことを恐れただ魔王としてあの世界にいただけ。デーモンのように世界征服に乗り出すことも、リリスモンのように世界を愛し見守ることも、リヴァイアモンのように強者を求め流離うことも、何もしなかった。そんなの、ただの木偶の坊と同じよ。デジタルワールドを作り出した時点であなたは終わっていた。あなたには“先”がなかった。その“先”を誰かに託そうともしなかった……!」

 自分に託して欲しかった。偉大な父として、娘である自分に自らの研究成果デジタルワールドを託して欲しかったのに。

「お前は……どうだというのだ」

 父が口を開く。その声音はどこか穏やかで、半世紀前に聞いた本当の父の声を思い出させた。

「菊池隆二を、土井垣旭騎を、全ての選ばれし子供を駒として、お前は一体誰に、何を託すと言う? どこまでも人の道を、人の理を外れたお前が今更人並みに次代を、子を成せるはずもない。出来損ないの人工種と契約して時の流れに逆らったところで、人の身では悠久の命など得られない。そんなお前は、お前の言う“先”を誰に繋ごうというのだ?」
「人は必ず死ぬわ。……私もきっと、あと五年も生きられないでしょう」

 命を持たないダナンと契約し、咲夜は半世紀の時を少女の姿で生き続けてきた。そのダナンが消えた今、そう長く持たないだろうことは誰よりも自分自身が理解している。
 それでも、だからこそ、いつか必ず死ぬことを恐れるなメメント・モリ

「私の代わりに、彼らがやってくれるわ」

 あの時、菊池隆二との会話で確信した。
 十闘士かれらはいる。いずれ咲夜が生み出し、過去の世界に送り込む伝説の英雄達は、あの世界に必ず息づいている。

「私の作る英雄達が、伝説の十闘士わたしのこどもが、あの世界を導いてくれると、私は信じているから……」

 冥王の体が溶けていく。その様を一瞬たりとも見逃すまいと、咲夜は父を正面から見据える。

「だから……後のことは私に任せて」
「………………」
あなたの作った世界デジタルワールドは、あなたの娘わたしが守ってみせるから……!」

 きっとそれが、父に一番言いたかった言葉だった。






(完)


















 4章の投稿から何年……経ってしまったというのか。
 着地点自体は決まっていましたが、そこまでの過程に悩み続けた結果、ここまで時間がかかってしまいました。以前感想を頂いたtonakai様、感想誠にありがとうございました。アニメの主人公デジモンを創作でも主人公デジモンとして扱うことは自分では珍しいのですが、ここは敢えてシャウトモンを「満を持して」という形で登場させてみました。
 クロスウォーズデジモンをメインに話を作るにあたり、デジクロスを中心に置き、進化を異質なものとして描こうとしたことにより、「進化を是とする選ばれし子供とは別の形でデジタルワールドに関わろうとする勢力がいてもいいのではないか?」と考え付いたのがそもそもの発端でございました。また作者の根底に「人間とデジモンは分かり合えるのか? 本当に?」という捻くれた考えがあることもあり、本作では思いっきり突き抜けて否定側から描いてみようというコンセプトがありました。
 意図して咲夜は許されないクズとして描写していますが、割と書いていて楽しいキャラで、万事やりたい放題していく悪人というのは初挑戦でしたがなかなか新鮮で楽しめたかと思います。
 さて、お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、この物語、実はまだ序章に過ぎないある物語の前日談となっております。
 やりたい放題した咲夜の行く末、そして彼女が生み出す英雄とは? そういった内容を踏まえ、次の大蛇足へと連なってまいります。









スレッド記事表示 No.4852 Memento Mori〜最終章〜(前)夏P(ナッピー)2018/02/07(水) 22:07
       No.4853 Memento Mori〜最終章〜(後)夏P(ナッピー)2018/02/07(水) 22:19
       No.4854 大蛇足『Without the HERO』夏P(ナッピー)2018/02/07(水) 22:26
       No.4902 屍を超えてキターーーtonakai2018/02/21(水) 01:44
       No.4914 ご感想を頂きまして誠にありがとうございます。夏P(ナッピー)2018/02/28(水) 20:41