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ID.4834
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2018/02/02(金) 19:20


木乃伊は甘い珈琲がお好き 1-2
  鰆町 さわらまち商店街は緩やかに滅びゆく商店街の一つだ。どこの地方都市にも一つはこういう商店街がある。ショッピングモールやスーパーマーケットに客を致命的なレベルで奪われたわけでもなく、交通の弁が悪いわけでもない。地域の住民に今でも愛されている。ただ単にその商店街がある地域自体が滅びようとしているだけのことだ。いずれ平日の昼間から通りを彷徨く老人達が人生から退場し、店が一軒一軒と消えていき、パチンコ屋とドラッグストアだけが残る。この二つだけは世界が滅びても無くなることはないだろう。

 遠野古書店は商店街の中でも古株の店だ。商店街にはもう一軒、伝統ある書店である西山書店があるが、五冊百円で投げ売りされているボロボロの岩波文庫から、その年の芥川賞のピカピカの単行本まである抜群の品揃えで古本屋ながらなんとか経営を保っている。
 僕は一度、入れ歯をくちゃくちゃいわせた老婆が、西山書店で買った人気作家の新刊を隣の喫茶〈ダネイ・アンド・リー〉に三時間篭って読破し、そのままその本を遠野古書店で売却して帰る一部始終を見た事がある。いつか、この商店街独特の経済体系をテーマに論文にを執筆してやろうと考えている。

 さて、その遠野古書店だが、店主である赤ら顔の遠野老人の他に、坂本という若い店員がいる。この男が僕は苦手だ。僕が店に入る度に、ガキはお呼びじゃないとでも言いたげに大きくため息をし、僕と今では絶版となったサラ・パレツキーの文庫との間にハタキを持って割り込んでくる。古本屋勤務のくせに妙にガタイが良く、髪の先を金色に染めているので文句を言う勇気も起きない。そんなわけで僕は遠野古書店には長居をすることなく、新入荷の推理小説だけを確認し、適当なバラ売りの文庫を購入して帰るだけに留めていた。

 しかしその日は、いつもいる坂本が居らず、店先で遠野老人が大判の画集の山を持ち上げようと一人奮闘していた。見かねて手を貸してやると、老人は僕の顔を覚えていたのだろう。赤ら顔をこちらに向け、笑いながら禿頭をなでた。

「おお、君か。ありがとうね」
 その声には、いつものような快活な余裕が感じられず、僕は少し首を傾げた。老人の顔色がいつもよりも悪いのは気のせいだろうか。

 笑顔を返しつつ、坂本はどうしたのかそれとなく聞いてみる。その名前を出した途端に、老人の顔が露骨に歪んだ。

「あいつは昨日首にしたよ。身内のよしみで働かせてやっていたが、お客さんへの態度が悪くてね。私の手には負えない」

 ザマアミロ。そう心で呟きながら、僕は画集を老人の言う場所に置く。いつもはよく見えない彼の手元をそばで見て初めて、その腕で輝く時計に気づいた。ロレックスの文字が目に留まり、思わず本棚に目を向ける。一週間前から何か商品が増えた様子もなければ、減った様子もない。常連客がいるとはいえ、名高い高級時計を腕につけられるほど儲かっているとも思えない。経済学は、やはりまだ田舎の商店街における金の回り方を少しも解明できていないのかもしれない。

 小さな違和感を感じながらも、僕は店を後にした。我らが安息の地、喫茶〈ダネイ・アンド・リー〉はもうすぐそこだ。



     *****



 その喫茶店は商店街の丁度真ん中あたりにある。地域の老人達の憩いの場で、どの時間に行っても必ず四、五人の老婆達が席を囲んで、亭主がどこに癌を患ったとか自転車で転んでどこの骨を折ったとか、そんな話をしている。そんな世間話の前では、マスターが店内BGMとして流すロック・ミュージックも、挽きたての珈琲の香りもなんの意味もなさない。店には終始、マスターの思惑とは大きく方向の外れた、いかにも庶民的な居心地の良さが漂っていた。

 僕が初めてこの店を訪れたのは一年前、高校に入学したあたりだ。買いたての本を読むために立ち寄っただけなのだが、還暦を迎えていない客の来訪は久し振りだったらしく、マスターはいたく喜んで僕に会話を振った。僕が店名の由来を指摘したことをきっかけに我々は本格的に意気投合し、マスターはこの店を僕の探偵業の拠点とすることを承諾してくれた。

−−要するに、イタいガキ同士気が合ったってことだな。

 いつの間にか背後に戻ってきていたマミーモンの言葉を黙殺し、僕は店のドアを開けた。ルー・リードの音楽の中で、いつも通り数人の老人が駄弁っている。僕を見て、髭面のマスターが笑顔を向けてきた。

「よお、探偵クン。首尾はどうだい?」
「上々ですよ。今日も、何事も起こってくれないまま終わりました。珈琲、ブラックでお願いします」
「ウチの一推しはカフェラテなんだがね。ミルクにも凝ってるんだよ。県内の牧場から…」
「珈琲、ブラックで」

 僕に言葉を遮られ、マスターはすごすごと退散した。先程図書館で借りた小説を開く僕に、マミーモンが囁きかける。

−−早苗はいつもそれだよな。珈琲、ブラックで。カッコつけて言ってみたいだけだろ。

「…否定はしないよ」

−−でも、どうなんだ? ブラックコーヒーって、苦いんだろ?

「そりゃあね」

−−俺、苦いのは苦手だな。

 インディ・ジョーンズの映画か何かに出てきそうな見た目の癖に、苦いものが苦手とは。僕は苦笑する。

「ミイラに水分は大敵じゃないのか。それ以前に、君達って食事できるわけ?」

−−その辺はまあ、どうにでもなるんだ。必要はないけど、その気になれば、色々食うこともできるぜ。

「マジで? これまで黙って僕の食事を我慢しながら眺めてきたってこと? もっと早く言えよ」

−−いやだから、別に無理に食事する必要は…

「でも、食べてみたいものあるだろ?」

−−否定はしないな。とりあえず、その珈琲っていうの、飲んでみてえ。

「今度家で飲ませてやる。インスタントでよければ」とびきり苦くしてやろうと、僕は密かに誓った。

「何ぶつぶつ言ってるんだ。ほら、珈琲だよ」いつの間にか目の前に立っていたマスターが、コーヒーカップを差し出してくる。
「なあ、本当にミルク、いらない?」
「このままで十分美味しいですよ」僕は本心から言った。
「そ、そうか」
 僕の言葉に気を良くしたのだろうか、マスターは顔を綻ばせ、その次に僕の読んでいる本に目を止めた。
「ジョン・ダニングか。どうだ?」
 僕は肩をすくめる。
「面白いですよ。ジェーンウェイの古書薀蓄にはうんざりしますけど。たまに自分が小説を読んでるのか、スティーヴン・キングの悪口を読んでるのか分からなくなります」
 マスターは苦笑する。
「大衆的な本の象徴として、色んな作家の小説でキングは叩かれてるからなぁ。適当に読み飛ばせばいいよ。その本、遠野さんのところで買ったのか?」
「いや、これは学校で借りたんです」
 そう言ってから僕は、今日の遠野古書店で感じた違和感、坂本が首になったこと、遠野老人の振る舞いに元気がなかったことを思い出し、マスターに語って聞かせた。彼はううむと唸りながら髭を撫でる。
「あんまり元気なんで忘れがちだが、遠野さんも結構な歳だからなぁ。気苦労の種は減らしたいんだろう。あの坂本とかいうのが働き出してから、柄の悪い客が増えたっていうし」
「羽振りは良さそうでしたけどね。ロレックスなんかつけて、よく分からないけど、あれ多分新しいやつですよ」
 僕の何気ない言葉に、マスターは眉をひそめた。
「なんだって? まさか。あの店がそんなに儲かってるわけが…」



 その時、近くで響いたガラスの割れる音が響き、マスターは言葉を切った。僕もコーヒーカップを置いて、店の外に目を向ける。
「なんでしょう?」
「さあな」
 僕たちの会話はそれで終わったが、店にいる老人達はそれだけでは済まさなかった。新しい話の種ができたと言わんばかりに、荷物を店に置いたままどやどやと外に出て行く。あっという間に、僕達を残して店は空になった。

「あ、ちょっと! …困った人達だなぁ」
 こういうことは慣れっこなのか、マスターも肩をすくめただけだった。そして、目を僕に向ける。
「我々も、見に行ってみようか?」
「別に、僕はいいですよ」
「そんなことを言うんじゃない。探偵たるもの、事件の匂いには敏感じゃないとね」
 そう言うマスターに引き摺られるまま、僕は、店の外に出た。



     *****



 自分が探偵に向いていないことに、僕はかなり早い段階で気づいていた。物語の中の彼等のように頭の回転は速くないし、根気や腕っ節にも欠ける。
 かといって、シャーロック・ホームズにとってのジョン・ワトソンや、ネロ・ウルフにとってのアーチー・グッドウィンのような「優秀な探偵助手」になるというのも無理な話だった。彼等は推理や心理分析は全く駄目で、主人公の探偵達からいつもからかわれる。それでも彼等が探偵助手でいられるのは、正確な観察眼、そしてそれを描写する能力を持っているからだ。生憎、そのどちらについても僕は全く自信が無かった。

 そんなわけで、店を出た僕が遠野古書店の前で老婆たちに囲まれて倒れている禿頭を見た時、僕の心は僅かな喜びを感じた。やった。僕の観察は正しかった。遠野老人は胸の病気か何かで体に負担を感じており、それで顔色が悪かったのだ。我ながら不謹慎にもほどがあると思う。

 しかし、そんな僕の気持ちも、老人の禿頭の一部が赤黒く染まっていることに気づくまでのことだった。それに気づいた途端、思わず老人の方に駆け寄る足がすくむ。あっという間に頭が真っ白になった。
 僕の後からついてきたマスターは老人の容体に気づくと、歩調を速め彼に駆け寄った。数人の老婆に鋭い声で救急車と警察の手配を頼み、自分は止血を始めるらしい。それを、僕はすぐ後ろから突っ立って見ていた。

−−おい、早苗!

「…え、なに?」マミーモンの荒い呼びかけにも、僕は間抜けな声しか出すことが出来ない。

−−しっかりしろ、後ろだ! ビルの上!

 呆然としながら彼の言葉のままに後ろを振り向き、上に目を向ける。いくら頭が真っ白でも、屋上に立つそれを見なかったふりをすることは不可能だった。

「あれは…デジモン?」

−−デスメラモン、完全体だ。

 その仮面と、派手な炎の柄のズボン、鍛え上げられた上半身に巻きつけられた鎖を遠目に見る分には、どこかのプロレスラーに見えないこともない。しかし、“死霊使い”の力を借りた僕には、それが人ならざるものであることがはっきりとわかった。そうでなくとも、この距離から見てあそこまで巨大に見える時点で、人間の体格ではない。そして何より、僕が目を引きつけられたのは−−。

「あれ、霊体じゃないね」

−−ああ。 実体化 リアライズしてやがる。

 マミーモンが吐き捨てるように言った。

−−それに、…血の匂いだ。おい、あの古本屋の爺さんの頭を叩き割ったのは、アイツらしいぜ。おい、早苗!

 心臓が癇癪を起こしたみたいに早鐘を打っていた。なんとかしなきゃ、いや待て、なんとかする必要があるのか? このまま黙って喫茶店に戻り、珈琲を飲むことはできないか?
 そうしたっていいんだ。僕は思う。あんな化け物相手になにができる?

−−おい、早苗。俺を実体化させろ。

 不意にマミーモンが言った。

 「実体化? 出来るのか」

−−お前が、そう望むなら。このままアイツを逃すのはマズイだろ。俺なら、アイツを足止め出来るかもしれない。

 わざわざどうも、マミーモン。君のせいで、もう言い訳は出来ない。このまま僕がなにもせずに逃げたら、それは臆病な負け犬だ。

−−おい、なんとか返事しろ! お前のお待ちかねの狂気の沙汰だ。それとも、ビビってるのか?

 畜生め、なんとでも言え。足はすくむし息はどんどん荒くなる。目をデスメラモンに向けるだけで精一杯だ。

 と、その時、デスメラモンが顔を動かした。地上から自分を見つめる者の存在に気づいたらしい。仮面の向こうに、こちらを凝視する目を感じる。しかしその瞬間、彼はこちらに背を向け、逃走を開始した。

 −−気づきやがった。おい、早苗、いい加減にしろ!

「ああ、もう。うるさいったら!」

 マミーモンの言葉に、僕は思わず大声を出していた。老人の手当てをしていたマスターが驚いたようにこちらを見ている。

 僕は大きく息を吸った。ああそうだ。これが、僕の望んだ狂気だ。
 空を見上げ、大好きな探偵の台詞を呟く。

「…フィリップ・マーロウ曰く、撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」

−−おお。覚悟、出来たか?

「分かんない!」

 でも。

「ハルカワ・サナエ曰く、覚悟があるかどうかは事後報告で構わない!」

−−滅茶苦茶だな…

「いいから、行くぞ」

 −−おうよ。

 マミーモンがそう答えた瞬間に、僕の隣の空間が渦巻く風で満たされた。



 隣に立つ見慣れたミイラは、それが現実のものとして現れると、なおさら不気味だった。霊体だった頃と違い、頭に巻いた紫色の布が現実の風になびいている。僕は彼の姿を頭から足まで眺め回し、最後にその手に握られた黒い銃器に目を向けた。

「それ、マシンガン? 探偵の武器はリボルバーって相場が決まってるんだけど」

「おう、いつもの調子が出てきたな」
 マミーモンは唇を歪め、ぞっとするような微笑を浮かべた。

「俺はデスメラモンを追う。お前は少しでもあの爺さんに何があったか調べとけ。それも、探偵の仕事だろ? それに−−」

 マミーモンは親指で後ろを指す。振り向くと、目を見開きながらマミーモンを見るマスターがいた。
「あのオッサンに色々説明しないと、後で面倒だ」

 僕はため息を一つつき、体を老人の転がる事件現場に向けた。
 僕が足を踏み出したの同時に、反対の方向に風のような速さでマミーモンが駆け出すのを感じた。

    *****

 遠野古書店の周りにはまだ人はいなかった。マスターが人払いをしたのだろう。物見高い老婆たちも、彼がどうにか追い払ったらしい。

「探偵クン、今のは…」

 問いかけようとするマスターを手を振って制止し、質問を飛ばす。
「あとで説明します。それより、遠野さんは?」
 マスターは眉をひそめながらも頷き、古書店の奥に目を向けた。横たえられた老人の喉から、大きな声が放たれる。

「私はここだ! 全く元気そのものだよ!」

 てっきり死体が転がっていると思っていたのだが、遠野老人は無事らしかった。殺人でも起こればいいのにと数時間前に考えたことも忘れて安堵の息を漏らした僕に、マスターが首を振ってみせる。

「止血もしたし、滅多なことはないだろうけど、まだ予断を許さない状態だ。頭を殴られたわけだしね。元気なのも、アドレナリンのせいだろう」

 そう言った矢先、救急車がサイレンとともに猛スピードで駆けつけてきた。一応この時間の商店街は歩行者天国の筈だが、そのけたたましいサイレンの前では、誰もここが天国だとは思わなかったのだろう。そのすぐ後ろから、パトカーも一台駆けつけてきた。

 車から降りてきた救急隊員にマスターが手早く状況を説明し、店の奥の老人を指し示す。この場には、マスターと僕しかいない。ということは、僕はパトカーに目を向ける。警官は僕の担当という事だろう。
 車から降りてきたのは、二人の警官だった。運転席に座っていたのはにきび面の若い警官で、その後ろから額に痣のある陰鬱な顔の初老の警官がついてきた。初老の方が僕の前に立ち、警察手帳を開いた。

「市警の金沢と言います。こっちは伊藤」

 伊藤と紹介されたにきび面の若い警官は、金沢の右斜め後ろであたふたとしながら同じように警察手帳を取り出してみせた。

「軽く状況を説明してもらえませんか?」
 金沢の問いに僕は、いかにも怯えた発見者という風な声でいくつか答えた。殆ど正直に供述したものの、犯人らしき人物を見たかという問いにははっきりとノーを返した。先輩の隣で几帳面にメモを取ってた伊藤が僅かに顔を上げ、僕を見る。あまりにも強く即答したせいで、帰って疑われたらしい。金沢も、優しい声で同じ質問を繰り返した。

「本当に? 何事も確実という事はあり得ませんからね。よく思い出して、怪しい人影を見なかったか?」

 僕は考えるふりをして、再び否定した。身体中が青い炎で覆われた巨体の怪人に殴られたのだと言っても、信じてはもらえないだろう。第一、アイツのことはマミーモンが追っている。

 金沢はまだ疑わしそうな様子だったが、その時横から聞こえた大きな声のために、質問は終了を余儀なくされた。僕に取っては幸運なことと言っていいだろう。
 
 声の主は遠野老人だった。僕が目を離していた間に、彼は既に担架に乗せられ、救急車に運び込まれようとしていた。彼は、それに抵抗の声を上げていたのである。

「やめてくれ! 私は大丈夫だ! どこも悪くない!」
「そう言われてもなぁ。お爺さん、大丈夫だ。病院でちょっと見るだけだからね」
「いやだ!」

 救急隊員の宥めにも彼が応じる様子はない。
 その様子を見ていた僕と金沢の横で、伊藤と呼ばれた若い警官が動いた。担架に駆け寄ると、親しげな様子で遠野老人に声をかける。

「爺さん、嫌がることはないよ。すぐ帰れる」
「嘘をつくな!」
「大丈夫だ。爺さん。大丈夫」

 それだけで、遠野老人は驚くほど大人しくなった。サイレンを鳴らして走り去る救急車を見送りながら、伊藤はしれっと金沢の右斜め後ろの位置に戻った。一部始終を見届けた金沢も、再び僕に目を向ける。

「春川さん、でしたっけ? この後警察署で詳しく話を聞かせてもらいたいと思います。なに、大したことはありませんよ。ご協力してくれますね」

 僕は小説の探偵達が無能な警察にそうするように、出来る限り消極的に見える頷き方をしてみせた。

    *****

 商店街から少し外れたところにある予備校の屋上。マミーモンはその手足を何回か振り回し、久しぶり感じるリアルな空気の感触に手足を馴染ませた。ミイラの乾燥した軽い体のおかげで、三ヶ月の霊体暮らしから開けたばかりでもそれなりに軽やかに動くことができた。

「俺の方はそんな感じで、万事オーケーなんだが、お前さんの方はどうだ?」

 彼はそう言って、目の前に立つ仮面の男に話しかけた。仮面の男−−デスメラモンは黙ったまま、表情のない仮面の顔をマミーモンに向ける。彼は包帯が巻きつけられた腕を大袈裟に振ってみせた。

「いや、言わなくて良いよ。俺の方がかなり遅くスタートしたってのに、あっという間に追いつかれてるんだもんな。体が慣れてねえのか、それとも、単にお前さんがノロマなだけかな」

 マミーモンはデスメラモンの仮面の内側に挑発に対する怒りを読み取ろうとしたが、そこにはどこまでも続く闇があるだけだった。

「なあ、いちいち返事をしてくれなくても俺は構わねえよ。でもさ、これだけは答えてもらわなくちゃいけねえ」

 彼は手を伸ばし、巨大な鉤爪の一本で彼の体に巻きつけられた鎖を指差した。そこに、乾いた血がべっとりとこびりついている。

「なんであの爺さんをぶん殴った? なんで一撃で殺さなかった?」

 そして。

「それは誰の指図でやったことだ?」

 仮に上手く人間に取り憑きこの世界に漕ぎ出しても、デジモンは単体では実体化できない。もし、そこに実体化したデジモンがいるなら、それが示すことは一つしかない。

「お前の実体化を望んだ人間がいた。お前が憑依した人間。そいつが、お前がその生身の体で鎖を振り回し、あの爺さんの頭を凹ませるのを望んだんだ。さあ、答えろよ。そろそろ俺も、我慢の限界だぜ」

 ふいに、デスメラモンが動いた。マミーモンは躊躇わずにマシンガン『オベリスク』の引き金を引いたが、それはデスメラモンの立っていた辺りのコンクリートに幾つかの傷をつけるだけだった。

 マミーモンは舌打ちをし、咄嗟に地面を蹴ると前に飛んだ。振り返ると、先ほどまで彼がいた場所に拳を振り下ろしたデスメラモンと、その拳がコンクリートにいれた無数のヒビが彼の目に入った。

「思ったよりは、早いみたいだな」

 それなら、と彼は再び地面を蹴り、まだ先程の攻撃から態勢を立て直していないデスメラモンへの頭上へと高く跳び上がった。デスメラモンの体重では、ここまで跳んでくることは出来ない。
 デスメラモンの丁度真上にくると、自分のことを見上げた鉄仮面に笑いかけ、彼はマシンガンをデスメラモンを中心とした円を描くように乱射した。鉛玉の雨が、デスメラモンの動きを封じる。
 頭上から敵に迫ったマミーモンは、その巨大な右手でデスメラモンの顔を掴んだ。

「狂気の中で、好きなだけ喋り散らしてもらうぜ。〈ネクロフォビア〉」

 マミーモンに掴まれたデスメラモンの頭に、紫の電撃が走る。仮面から初めて漏れた苦悶の呻きに、マミーモンは唇を歪めた。相手の脳裏には、言葉では言い表せない悪夢の光景が浮かんでいるに違いない。

 しかし。

「おい、冗談だろ」

 デスメラモンが自分の顔を掴む彼の手にしがみつき、そのまま走り出したのだ。あまりの力に、彼はそのまま引っ張られるしかない。そして、その進行方向にあるものを見て、マミーモンは叫ぶ。

「おい、馬鹿力なのは良いけど、頭まで馬鹿になるこたねえだろ! あれか? 俺の技でおかしくなったのか?」

 マミーモンの制止も虚しく、デスメラモンは彼を押さえつけたまま屋上のフェンスを突き破り、二体のデジモンは空に放り出された。

「お前がここに居るのは、指図されたからか?」

 重量に引きずられて落下していく中、不意にデスメラモンが口を開いた。

「はあ?」

「お前は、誰かに指図されてここに居るのか?」

「そんなわけねえだろ!」早苗の背中を押したのは俺だ! マミーモンが叫ぶ。

「俺も、それと同じだ」

 不意に、デスメラモンの拘束が緩んだ。マミーモンはデスメラモンの胸を蹴りつけ、彼から距離をとった。デスメラモンがその鎖を彼に向けて伸ばしてくる。

「〈スネーク・バンテージ〉!」

 そう叫ぶと、マミーモンは自分に巻きつけられた包帯をデスメラモンに向けて伸ばした。

 二体の距離の丁度中央に位置する空間で、鎖と包帯が絡みついた。その瞬間、マミーモンの体が大きな力で引き摺られる。馬鹿だった。彼は再び舌打ちをした。体重の差を見ても筋力の差を見ても、デスメラモンは空中で綱引きをするのに向いた相手ではない。

 身体が大きく空を舞い、次に気がついた時には、マミーモンは裏路地にあるラブホテルの白い壁に叩きつけられていた。人通りが少ないせいか、誰にも見られずに済んだらしい。

 「畜生が!」

 そう毒づくと、彼は痛む身体を起こし、空を見上げた。秋の夕焼けに、デスメラモンの台詞がこだまする。

「あいつも、俺と同じ…だと?」

 デスメラモンは、自分も誰の指図も受けていないと言いたかったのだろうか、彼に同調し、協力する人間がいただけで。

「馬鹿にするんじゃねえぞ…」

 並一通りのデジタル・モンスターの、野生の倫理観を持つマミーモンには、他者の死を悼む気持ちはない。それでも、デスメラモンの行いには腹が立った。彼は全力を振るうこともなく、自分よりも弱い生き物の頭を小突いただけだ。撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだというのに。

 怒りに燃えながらも、彼の唇には微笑が浮かんでいた。俺の見込んだ通りだ。早苗、お前のおかげで、楽しめそうだぜ。

「待ってろ、デスメラモン。お前らがどれだけちっぽけで、しょうもない奴か、暴いてやる」

 俺と、名探偵でな。マミーモンは呟いた。


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       No.4884 私はマスターが好きぱろっともん2018/02/15(木) 16:54