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ID.4833
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2018/02/02(金) 19:14


木乃伊は甘い珈琲がお好き 1-1
「おい、春川、起きろ!」
 突如、頭上から浴びせかけられた声と共に、学生服の背中に何か固い板が差し込まれる。無理矢理に背筋を伸ばされた僕は霞んだ目を上げて、こちらを睨んでいる生物教師の前野にごにょごにょと朝の挨拶をした。この男はいつも三十センチメートル定規を持ち歩いていて、授業中眠っている生徒の背中にそれを差し込むのだ。

「あ、おはようございますです」
「何がおはようだ。今は午後の二時だぞ、五時間目。もっとも、他の先生の話を聞く限り、この時間は春川にとっては寝てる時間らしいけどな。幸せな夢は見れたか?」

 教室が笑いに包まれる。ウエスト・ロス・エンジェルスの私立探偵になって悪女を追い詰める夢を見ていたと、わざわざ正直に説明する気にはならなかった。
 日本国内における植物の分布についての説明に戻りながら満足そうに教壇に戻っていく前野を、僕は仏頂面で見送った。周りの連中は慌てて僕から目をそらす。こんな事で日陰者の恨みを買っては割に合わないというのだろう。低血圧の為に寝起きの僕はいつも機嫌が悪いのだ。

−−授業中に自分で寝といて、それを起こされて不機嫌になるってのもとんでもない話だな。まるっきりガキじゃねえか。

 脳の裏あたりで聞こえた声に、僕は小さな舌打ちで返した。数人のクラスメートが非難がましい目を僕に向ける。

−−おい、シカトすんじゃねえよ。

 再び聞こえたその声を無視し、僕は前野が黒板に書き散らす汚い字を読み取る作業に意識を集中させた。



     *****



 放課後、僕はひどいなで肩から滑り落ちていこうとするリュックサックを押さえ、灰色の廊下を早足で歩いていた。向こうからは、授業が終わって十分も経っていないのにどう着替えたのだろうか、バドミントンのユニフォームに着替えた生徒の一団がラケットと笑顔を携えて向かってくる。彼らに道を譲る為に、僕は奨学金やその他諸々の案内が貼り付けてある掲示板に体を殆どくっつけなければいけなかった。

−−おい、今日も〈ダネイ・アンド・リー〉に行くのか?

「そうだけど。文句ある?」
 再び脳裏で響いた声に僕は囁き声を返す。

−−別に。ただ、他の連中はみんな放課後にはスポーツやら何やら、やってるじゃねえか。それをお前は爺さん婆さん達と一緒に煙草臭い喫茶店に篭って、本ばっか読んで…

「依頼を待ってるんだ」

−−そうは言ってもよ。依頼なんか来るわけねえじゃねえか。誰もお前の、その、探偵業のことを知らないんだから。宣伝しろよ。ほら、そこの掲示板にでも貼って貰えば…

「なんて宣伝するんだよ。『何をそんなに悩むのか? 何にそんなに苦しむのか? あなたの喉元につっかえた困難は、どうか探偵・ 春 川 早 苗 ハルカワ・サナエにご相談ください! 格安で対応いたします。ただし面白い事件に限ります』とか?」

−−良い文句じゃねえか。

 分かってないな、と僕は首を振る。すぐにその行為が周囲からは不自然に見えることに気づいて、空咳をしてごまかした。
「そんなイタいことできるか! そういうのは中学生で卒業したんだ」

−−自覚あったんだな。そして、中学の頃はやってたんだな。

「中学の頃の話は忘れろ。蒸し返すんじゃねえぞ」
 僕は精一杯のドスの効いた声を出した。

 ぶつぶつと脳裏で響く声に応えながら歩くうちに、いつのまにか近年増築された新校舎に入っていたのだろう。くすんだ灰色の床に変わって、吐き気がするほど退屈な白のタイルが僕の進行方向に敷き詰められていた。

 早足で賑やかな廊下を通り抜け、僕は突き当りにある広い教室に入る。本棚に囲まれたその部屋に入ると、幾らか心が安らいだ。長机で真っ赤な問題集とにらめっこしながら自習している連中がいなければ、もっと安心できただろう。図書室を自習に使うなんて、とんでもない連中だ。

−−いや、正しい使い方だろ。

 いちいち茶々を入れてくる声に無視を決め込み、僕は図書室の薄暗い一角。古い文庫本が並ぶ一角に入る。僕の他に、そこには誰もいない。古い紙の匂いを吸い込むのもそこそこに本を一冊手に取り、快活な笑顔を振りまく図書委員の元に向かう。俯いたままぼそぼそと本を借りる手続きを終え、僕はその本を抱えて廊下に飛び出した。

−−今日はなんだ?

「ジョン・ダニングの『愛書家の死』だよ。このシリーズは読もう読もうと思いながら今まで…」
 熱を込めながら、古書店を営む元刑事クリフォード・ジェーンウェイが古書・稀書についての薀蓄を披露しながら事件に挑む物語について語る僕を声が遮った。

−−おい、勘弁してくれ。要するに、また探偵モノってことか。ほんと好きだな。

「なんだよ、悪いか?」
 僕は唇を尖らせる。この声の主のお節介はいつものことだ。我慢しろ。僕はもうこいつに対して癇癪は起こさないと誓ったんだ。今日一日付き合ってこられたじゃないか。この程度でカリカリしていては、ハード・ボイルドな探偵にはなれない。

−−別に悪かないけど、そういうのは本の中だけにしとけよ。現実じゃ小説に出て来る探偵の必要な場面なんて…

 先ほどの誓いなど忘れて、あっという間に僕は我慢の限界を迎えた。

「現実じゃ探偵の出番はない? ミステリーとスリルは結局物語の中だけの話だって?」

−−いや、そこまでは…

「僕だってそう思いたいさ!」

 大股で歩きながら、再び放課後の人混みの中に踏み込んで行く。なんの迷いもなく、たった一度の青春を謳歌するティーン・エイジャー達。ただ、彼らのうちの何人かは、頭上に奇妙な影を浮かべていた。



  ワックスで髪を馬鹿みたいに立てたサッカー部員の上には、銀色に輝く兜で頭を覆ったドラゴン。
「サイバードラモン、サイボーグ型のワクチン種」

 教師に進路について相談している、真面目を絵に描いたような眼鏡の委員長の上には、狐の顔をして東洋風の服に身を包んだ獣。
「タオモン、魔人型のデータ種」

 肩まで髪を伸ばし、この世の何も面白くないという顔をして歩く女子の上には、黒いマスクで顔を覆い、目のやり場に困るような服装をしたグラマラスな女性。
「レディーデビモン、堕天使型のウィルス種」




 そうやってぶつぶつと呟きながら人混みを抜けたあたりで、僕は拳を握りしめ、自分の頭を強く小突いた。

「そしてお前だ、マミーモン。アンデッド型のウィルス種」

−−いや、わざわざ教えてもらわなくても、自分のことは自分でわかるぞ。

 というかさっきの台詞も、全部俺が前に説明してやったことじゃねえか、頭の裏側で、声は呆れたようにそう続ける。

「どうかしてるだろ! “デジタル・モンスター”だかなんだか知らないけど、こんな化け物どもがうろついてる学校で、なんでみんな普通に青春出来るんだよ。ずるい、じゃなくて、おかしいだろ!」

−−それで、探偵か。

「そうだ。この学校には、そういうのが必要だ」

−−それならなおのこと、宣伝をだな…

「いやだ! 恥ずかしい!」

−−マジでガキだな…

「聞こえてるぞ」吐き捨てるようにそう言って、僕は玄関口目指して荒い息を振りまきながら歩き出した。



     *****



 校門の脇に立ち並ぶ銀杏の黄金色の葉を、気の早い木枯らしが揺らした。羽織ったウインド・ブレーカーがばたばたと音を立てる。多くの生徒が部活や委員会活動に励んでいるため、放課後にも関わらずこの時間の校門付近は閑散としている。
 学校を出てすぐに左に進むと、地方から入学した学生向けのアパートがある。県北の山と荒れ野しか無いような寂れた故郷を出て、県庁所在地にあるこの高校に通っている僕も例によってそこに住んでいた。
 もっとも、学校からまっすぐ家に帰ったことは殆ど無い。いつも、僕は決まって右に曲がる。喫茶〈ダネイ・アンド・リー〉がある商店街は、その道をまっすぐ数キロ進んだあたりにあるのだ。

−−おい、そんな怒んなよ。

「怒ってない!」脳裏で聞こえるマミーモンの声に、僕は強い語調で返す。

−−頼むからさ、俺が悪かったよ。

「マミーモンが悪いってことはないだろ」
 彼の意外な謝罪に、ムキになっていたことを一瞬忘れ、きょとんとした声が喉から漏れた。

−−いや、俺の力のせいだろ。他の“狐憑き”の連中に見えるのは、自分に取り憑いたデジモンだけだ。他の人間に憑いてるデジモンが見えるのは、早苗だけだよ。毎日いろんなモンスター見せられて、相当参ってるだろ。

 僕はため息をつく。

「その“狐憑き”っていうのやめてくれ。自分が本当に狂っちゃったみたいな感じだ」

−−この呼び方を考えたの、早苗だぞ。

「それは仕方ないよ。大通りのネットカフェでマミーモンに初めて会った時は、マジで自分がおかしくなって、ヘンな幻覚を見始めたんだとしか考えられなかったし」

 そう、今でも。僕は小さく呟く。右斜め後ろを歩く不気味なミイラが見えるのは僕だけだ。

マミーモンはそれで良いのだと言う。インターネットで生まれた彼らデジタル・モンスターはこの現実の世界を歩き回る為にコンピュータの画面を通して依代となる人間に取り憑く。そうやって取り憑かれ、“狐憑き”になった人間について、モンスター達はこの世界をあちこち動き回れるようになるのだ。その身体は普段は霊体の様なもので、自分が取り憑いた人間の目以外に移ることはない。

「でも、僕だけは別ってわけだ」

−−そう。俺のこの “死霊使い” ネクロマンサーの力でな。

 彼の力が依代である僕に影響し、それがこの世界においては霊体を見ることができるという力として顕れたらしい。そういうものなのだと彼は言う。

 でも、そのマミーモン自体が僕の生み出した幻想だとしたら? マミーモンの説明は都合が良すぎる。全部が狂人の頭の中の妄想に過ぎないと考える方がよっぽど自然だ。

−−なぁ、早苗。いつも言ってるだろ。そんなに不安なら、他にデジモンを連れたやつに話しかけてみろって。あの学校、“狐憑き”がわんさかいるじゃないか。

「馬鹿言うな。本当に全部僕の幻覚だったらどうするんだよ」

−−友人の通報のお陰で、適切な治療が受けられるんじゃないか。

 黙ってろ、と毒づいたタイミングで、僕はちょうど広い道路に出た。灰色のアスファルトの上を一生懸命に駆けていく人々の中にも、学校ほどの密度ではないが“狐憑き”がいた。
 巨大なものから小さなもの、恐竜の姿から人型まで、彼らに取り憑いたモンスターの姿は様々だ。そんなクリーチャー・コレクションを見る度に不思議と僕は安心する。彼等の姿はあまりにもバリエーションに富み過ぎていて、全てを僕の想像の産物として片付けるには無理があった。

「なあ、マミーモン」

−−どうかしたか?

「君達は、何か欲しいものがあってこの世界にやってきてるんだったな」
 彼等デジタル・モンスターがわざわざ一人の人間にくっついて離れない背後霊に身を落としてまでこの世界にやってくるのは、みなそれぞれの“欲しいもの”の為なのだと言う。

−−ああ、だから大抵の奴は、ガキに取り憑く。将来に期待できる若い人間にな。

「…マミーモンは、なにが欲しいんだ?」
 欲しいものがある。三ヶ月前にふらりと立ち寄ったネットカフェで僕がマミーモンに初めて出会った時、彼はそう言った。でも、それが何なのかを彼は語らない。僕が果たして、その目的にかなった人間なのかも。

−−分かんねえ。

「は?」
 僕は声を潜めることも忘れて素っ頓狂な声を上げた。周囲から向けられる奇異の視線に、必死の作り笑顔を送ってごまかす。

「なんだよ、分かんないって」

−−マジで分かんないんだよ。分かってたら、わざわざこんなところまで来ないさ。他の連中もみんなそうだ。なんだか知らねえけど、何かが足りない。喉が渇いて仕方ねえ。それが何か知りたくて、ここに居るんだ。

「だったら」それを見つけないと、と言おうとした僕を、ミイラは遮った。

−−慌てることはないさ。俺にも一つ、分かってることがある。

 次の瞬間、マミーモンはいつもの定位置である右斜め後ろを外れて、僕の真正面に立ち塞がった。慌てて立ち止まる僕に、周囲の人の流れから舌打ちが飛ばされる。しかし僕の意識は、マミーモンの声だけに向けられていた。

−−早苗、お前といれば。それが見つかる。俺たちが欲しいものは、多分一緒だ。だから、出会ったんだよ。

 言うだけ言って照れ臭くなったのか、マミーモンはどこかに気配を消した。呆然として、僕は呟く。

「僕の、欲しいもの」
 それは、人並みの幸せだろうか。いつも僻んでいる奴等の持っているもの、友人、恋人、打ち込めるもの。
 或いはそれは、ずっと憧れ続けた物語の世界だろうか。サム・スペード、フィリップ・マーロウ、リュウ・アーチャー。大好きな探偵達のように事件に飛び込んでいくことだろうか。

 もしも後者なら、僕は思う。もっとこの状況を楽しんでいいはずだ。不気味なモンスター達は探偵小説にするにはちょっと現実離れしすぎているにしても、小さな頃からクラスの端っこで白い目を向けられながら、這々の体で逃げ込んだ世界が目の前にある。
 自分の正気を疑う必要なんかない。狂ってるなら、それで良いじゃないか。正気のままで息をし続けるには、この世界は多分退屈過ぎたんだ。

 でも。ベースを背負ったバンドマンの上に浮かぶ桃色の人型デジタル・モンスターを振り向きざまに眺めながら僕は呟く。

「…もっとこう、なにか面白いことが起きると思ってたのにな」

 そう、例えば猟奇殺人とか、そういうの。もっとも仮にどんな事件が起きたとしても、物語の中の探偵のようにはいかないだろう。アル中探偵マット・スカダー曰く、八百万の人々が住む腐ったニューヨークの街には、八百万の違う死にざまがある。人口三十万人に満たないこの北東北の地方都市にも、その人口と同じだけの死にざまがあるのだろう。しかしそれでも、三十万人では格好がつかない。

 我ながらとんでもないことを考えるものだ。こんなことを他人に話したら、不謹慎極まると非難されるか、遅れた厨二病として片付けられてしまうだろう。それでも、僕は心底そう思うのだ。

 そうだ。僕は正気に戻りたいんじゃない。今の狂気に浸りたいわけでもない。



 これじゃあ、狂い足りないんだ。

 

   


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       No.4880 私は知的なおねーさまが好きパラレル2018/02/13(火) 23:00
       No.4881 感想返信マダラマゼラン一号2018/02/14(水) 18:52
       No.4884 私はマスターが好きぱろっともん2018/02/15(木) 16:54