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ID.4821
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/01/25(木) 23:02


グッド・オールド・フューチャー 2/出会い
 太陽のマークを描いた謎のヒーロー、強盗逮捕に協力! というニュースを見た直後、春子は大型ビジョンに対する興味を即座に失くし、寒さも気にせず帰路に着いた。
 慌てて彼女の後を追ったシーラのことすら頭から抜け落ちてしまったようすで、郊外の古びた教会に入り、そのまま廊下で繋がった孤児院へと直行する。
 もう何年も、そこが彼女とシーラの「自宅」だった。
「ドーベルモン! ドーベルモン、いる?」
 幼年期や成長期のデジモンたち、それに彼女よりも一回り小さな子どもたちが驚いた表情を浮かべるのも気にせず、春子は全速力で廊下を走り、自分の寝室へと入って叫んだ。
 二人分のベッドと勉強机がようやく置ける狭い部屋。もう一つのベッドを使っているのはシーラだが、まだ彼女は春子を追って帰宅するのに忙しいだろう。
 部屋の中央に敷かれている色褪せたカーペットの上に、春子が名前を呼ぶデジモンは黙って座っていた。真っ黒な体色と余計な脂肪のついてない筋肉、首には棘の付いた首輪。四つの脚に付いた鋭い爪はいかにも危険だが、彼はそれを春子に向けたことなど一度もない。
 大型犬のような姿をしたデジモン・ドーベルモンは、部屋の中央に置かれた旧式のテレビをじっと眺めていたが、春子が部屋の戸を開けるとすぐにその赤い瞳を彼女に向けた。
「ハルコ」
「あっ、テレビ見てた? さっきのニュース見た⁉」
「あぁ、見た」
 ドーベルモンは自分とは正反対の性格、常に冷静で、感情を露わにすることはほとんどない。それは分かっているが、それでも春子はドーベルモンの態度に若干の不満を持った。
「ドーベルモン、それだけ? もっと喜ぶべきじゃない?」
「喜ぶ? これで?」
 ドーベルモンの表情は変わらないが、その声にはやや怪訝そうだった。
 春子は気にせず、表情をすっかり緩ませながら言葉を続けた。
「だってだって! 勇気の紋章が映ったんだよ? 昨日私が描いたやつ! これで私たちのやってることも一気に有名になるかもしれないよ!」
「……すまない、ハルコ。何だか話が繋がってない気がする」
「え? どういう――」
 そう言いながら、ハルコはドーベルモンが眺めていたテレビの画面を見た。
 そこには今もニュース映像が流れている。ついさっき、自分が見たものと同じ番組、キャスターも同じだ。
 だが、伝えられているニュースの内容はまるで違った。
“繰り返します、速報です。字幕でもお伝えしています通り、作家のハンス・ファスベンダー氏とそのパートナーデジモンであるカメモン氏が昨夜未明、何者かに殺害されたことが明らかになりました。ファスベンダー氏は一九九九年の選ばれし子どもで、五十年前にデジタルワールドに召喚され……”



 一九九九年八月。
 私たちの冒険が始まった日。
 デジタルワールドは何もかもがリアルワールドと違ったが、あの日の異常な暑さだけは同じだった。

 私は子どもの頃から友人が少なかったし、友人のつくり方もよく知らなかったので、他の選ばれし子どもとまともに会話できるようになるまでにはそれなりに時間が掛かった。
「ジェームズ、大丈夫?」
 大体、仲間たちと会話できるようになったのも、ガブモン――この時はまだツノモンだったが――にそそのかされたからで、そうでなければ私はその後もずっとこの集団の中で独りぼっちのままだったかもしれない。
「い、いや……」
 頭から大きな角の生えた得体の知れないスライムみたいな生き物、と最初は思った。それが言葉を喋って、自分の名前を呼んでいる。怖くないはずがない。
 そもそも現代と違って、この頃はデジモンの存在を知る人間などほとんどいなかったし、公にもされていなかった。
 この怪物が何者なのか、なぜ自分の名前を知っているのか、「パートナー」とは何なのか……そんな疑問ばかりが頭の中に渦巻いていて、最初はツノモンとすらまともに会話ができなかった。
 この時点では他の選ばれし子どもも似たり寄ったりだった。名も知らぬアジア人やアメリカ人、他の子どもたちも、よく分からない小さな怪物に怯えていた。

「すごい、喋れるんだ! 名前は?」
「僕、コロモンって言うんだ!」
「コロモンね! 私は……」
 そんな中、私たちのうち誰よりも早くパートナーデジモンと打ち解けたのは。
「知ってるよ、タツキ!」
 彼女――草薙くさなぎタツキだった。



「大丈夫ですか?」
「ん、あぁ」
 ボロボロのテーブルに肘を乗せたまま、ジェームズは半身が機械化した人間のような姿をしたデジモン・アンドロモンの声で自分が今どこにいるのかを思い出した。
 アルコールや柑橘系の匂いが漂い、これだけ笑い声や怒鳴り声の響き渡る店の中で、よくうたた寝できたものだ。これも遠くなってきた耳の成果か。
「少し飲みすぎでは?」
「君も飲むべきだな」
「私が酒を飲んで帰ったら子どもたちに迷惑がかかる」
 アンドロモンはそう言いながら、机の中央に置かれた料理を口に運んだ。彼とバーに来るたびに思うのだが、このデジモンに味覚は残っているのだろうか? 数十年前にそのことを聞いた時、彼はあからさまに不快そうな顔をして「あなたは知らないかもしれないですがね、そういうことをサイボーグ型に聞くのは失礼ですよ」と注意してきたことを今でも覚えている。結局のところ真相は分からずじまいだ。
「子どもたちか……孤児院の運営は大丈夫なのか?」
「えぇ、おかげさまで。楽ではないですが、皆さまの寄附金でどうにかやっていけてますよ」
 アンドロモンと知り合ったのは、最初にこの世界を訪れた時の冒険でのことだった。戦争中はスクルドターミナルで、デジタルワールドから人類を締め出そうとするデジモンたちと戦うレジスタンスの一員をしていたこともある。
 彼は戦後、スクルドターミナル市街地の外れにある教会で司祭をしながら児童養護施設を運営していた。
「それに、最近は年長の子が小さな子の面倒をちゃんと見てくれます。一時期に比べたら随分と楽になりましたよ」
「なるほど。だから最近は私に付き合ってくれるのか」
「あなたの誘いを断るのは怖い」
 まるで自分を金貸しか何かだと勘違いしているのだろうか。ジェームズは笑って、ビールを口に含みながら辺りを見回した。
 店内には他にも多くの客がいるが、どちらかと言えば人間よりもデジモンの数の方が多い。そのほとんどはブルーカラーのデジモンだ。ジェームズは多くの意味で、この場所が中心街よりも好きだった。人の目を気にしなくて済むし、食べ物や飲み物の値段も安い。他の理由もある。
「この場所はいい。店主がデジモンにもきちんと酒を出してくれる」
 アンドロモンが、ジェームズが考えていたことと同じことを言った。
「あなたたちと一緒に戦い、戦争に勝利した時、デジモンと人類が真に共生する世界がやってくると思ったものです」
「あぁ」
「しかし、現実は……神は沈黙し、調和を保つ者(ホメオスタシス)はこの世界に干渉しなくなった」
 戦後になって変わったことはいくつかあったが、良い方向に進んだとは言えないことも多い。
 かつて神と呼ばれたデジモンたちはこの地を去り、代わりに人間がスクルドターミナルを支配したが、力のないデジモンたちが苦しむ世界であることに変わりはなかった。そしてホメオスタシスが世界と干渉しなくなったことで「選ばれし子ども」と呼ばれた人間とそのパートナーデジモンの役目も終わった。
「私たちが君らを騙してしまった」
「とんでもない。あなたたちはやるべきことをやったんです。あなたたちと一緒に戦ったことは今も私の誇りです。むしろ、私が同胞たちを裏切ったのです」
 アンドロモンの表情は暗くなり、どこか遠くを見るような目になった。
「結果として今に至るまで、多くのデジモンを路頭に迷わせた。だからあの孤児院を始めました。我々はともかく、次の世代の子どもやデジモンたちに罪はないでしょう」
「そうだな」
 ウェイターから数分前に頼んでいたビールを受け取りながら、ジェームズは頷いた。
「他の選ばれし子どもたちは元気ですか?」
 この質問に、ジェームズは即答しなかった。昼間に手塚から聞いた事件が頭を過る。元気とは程遠い。
「いや……最近彼らとは、連絡を取ってないから……」
「待って」
「?」
「……死んだ?」
 その言葉にジェームズが顔を上げるが、アンドロモンは彼のことを見ていなかった。見ているのは彼の背後にある、カウンターに備えつけられたテレビだ。
“作家で元・選ばれし子ども ハンス・ファスベンダー氏とカメモン氏が死亡 何者かが殺害か”
 男性のキャスターが原稿を読み上げる画面に、そう書かれたテロップが流れていた。手塚の言う通り、この事件は長らく伏せ続けることはできなかったのだ。
「そんな……一体……なぜ……ガブモンが亡くなったばかりなのに……」
「数日前に死んだそうだ」
「ジム、知っていたのですか……?」
「今日、私も手塚から聞いた」
 アンドロモンは頭を抱え、しばらく言葉を発しなかった。
 ジェームズはそのニュース映像を眺めていたが、手塚から聞いた話以上の情報を得られることはなく、ただ若い日の彼の映像ばかりを見る羽目になった。
 周囲で飲んだくれていたデジモンたちも、自分たちと同様にニュースに釘付けになっていたが、その多くの反応はアンドロモンと違い、かつての「英雄」に対する罵詈雑言を酔った勢いで大声で話すだけだ。店の片隅のテーブルで黙って座っている男が、元・選ばれし子どもであることに気づくデジモンは一体もいなかった。



 家まで送るというアンドロモンの提案を固辞し、ジェームズは雪の積もった薄暗い夜道を、コートに蹲るように小さくなりながら歩いていた。
 どんな時間でも人通りが多い繁華街とは対照的に、通りに人気はほとんどなく、明かりといえば道沿いの古びたバーやパブのネオンサインくらいだ。それでも、もう何百回も通ったことのある道を十分ほど歩けば、古びた二階建ての住居が見えてくる。
 歩きながら、報せを聞いた時のアンドロモンの反応を思い出していた。十一年前なら、もしくはもっと昔なら、自分もあのような表情ができたのだろうか?
「何なんださっきから! 俺を馬鹿にしてるのか!」
「だから教えてよ! この辺りなんだってば!」
 自宅のすぐ手前まで来た時、ジェームズは場違いな怒鳴り声の応酬を聞いた。
 前者は野太い威圧感のある声。後者は女性、というよりは少女の声だ。この通りは街灯もほとんど設置されていないので誰がいるのかはよく見えないが、歩いていると声が発され続けている辺りに、確かに二つの影が見えた。
「だからそんな奴知らねぇつってんだろ!」
「あなたこの辺りに住んでるんでしょ! ならせめて顔くらい……」
 月と周囲にある僅かな明かりのおかげで、徐々に状況が見えてきた。
 片方は牛のような風貌を持つ成熟期の獣人型デジモン・ミノタルモン。ジェームズには少なくとも、このミノタルモンには見覚えがあった。彼、というよりも、彼の上司とは昔の仕事の頃から面識がある。彼はかなり泥酔し――この周辺で泥酔したデジモンを見ることは昼夜問わず少なくない――足元がふらついていた。
 そしてもう片方は、安っぽい生地のパーカーとデニムスカート、目が痛くなるような柄の靴下を履いた、黒髪をサイドテールにした人間の少女だ。ミノタルモンとは対照的に、こちらは何から何まで場違いだった。。こんな夜中にこの道を歩く人間の子どもなどまずいない。未成年が何らかのトラブルに巻き込まれてもおかしくない土地だからだ。
 そしてミノタルモンは、どちらかといえばトラブルを起こす側のデジモンだった。
「大体てめぇ、ニンゲンのガキのくせに何こんなとこ歩いてんだ? 自分が誰に声かけてるか分かってんのか?」
 呂律の回っていない声の中に怒りのニュアンスが強まる。
 ジェームズは立ち止まり、このまま通り過ぎるべきか悩んだ。見過ごして良いとは言わないが、介入してもロクなことになりそうもないのは確かだ。
 しかも、少女が次に発した言葉はジェームズをさらに混乱させた。
「この辺に、選ばれし子どもだった人が住んでるかどうか聞いてるだけじゃん! 私が誰かなんて関係ないでしょ!」
 足が止まる。
 考えるまでもなく、周辺で自分以外に「元・選ばれし子ども」が住んでるとは聞いたこともない。
 一体何をしているんだ、この少女は?
 いや、それより問題は。
「黙れクソガキ!」
 逆上したミノタルモンが、右手で彼女の首を掴もうと手を伸ばしたことだ。
 機械化した左腕でないだけましだが、彼の怪力なら、人間の少女の首を折ることなど簡単だろう。
 が、少女が反射的に身を引こうとするより前に、どこからかもう一つ別の影が現れた。
 四足歩行の、真っ黒い狗のような影。
「ハルコに……手を出すな!」
「!」
 狗の影は少女に掴みかかろうとした右腕に噛みつき、ミノタルモンは痛みで情けない悲鳴を上げた。
「てめッ……なんだ? ふざけんな!」
 喚きながら身体を捩じり、どうにか狗の影を引き剥がそうとするミノタルモン。影は顎の力は決して緩めないまま、器用に胴体を動かして腕に絡みついていた。
「ちょっ、待って、ドーベルモン!」
 どうやらこれは少女の想像も超えた出来事だったようで、やがて彼女は慌てふためきながら狗の影へ叫び始めた。だが肝心の影に反応はなく、相変わらずミノタルモンへの執拗な攻撃は続く。
「ふざけるなァ!」
 一際大きく腕を振るい、ついにミノタルモンは影の顎を引き剥がすことに成功した。そのままミノタルモンは影を蹴り飛ばし、少女の目の前で地面に叩きつける。アスファルトの衝撃はかなりのものだったようで、狗の影はそのまま立ち上がれなくなった。
「ドーベルモン⁉」
 狗に駆け寄る少女を意にも介さず、ミノタルモンは今度は左腕を振り上げる。彼の左腕は地面に叩きつけることで強烈な衝撃波を巻き起こす。人間の子どもに対してデジモンが使うような攻撃ではない。
 そのため、ジェームズは彼がその技を使うよりも前に、背後に回り込む必要があった。
「やぁ、ミノタルモン」
 落ち着き払った声で挨拶する。獣人の動きがピタリと止まった。
「ジェームズ、か……⁉」
「もしもデジモン一体と未成年の人間を殺せば、君だって無事ではいられない。分かるか?」
「……」
 ミノタルモンがこれに答えないのは、真剣に物事を考えているというよりも、背中に押し付けられた、冷たくて、硬く、小さな何かの感触のせいだろう。
「どうか振り返るなよ。驚いて引き金を引いてしまうかもしれない」
 ジェームズはあくまで落ち着いた声色を保った。これでミノタルモンはすっかり戦意を喪失したようで、左腕を降ろさないまま右腕も上げる。
「今日のところは帰った方がいい。きっと飲み過ぎたんだろう」
「ち……」
 苦虫を噛み潰したような表情をしたまま、ミノタルモンは振り返ることなく、少女に一瞥したのみでその場を去っていく。路上に残るのが狗型のデジモンと、彼を心配そうに撫でる少女のみになると、ジェームズはついさっきまでミノタルモンの背中に押し付けていた銀色のオイルライターをコートのポケットに戻した。
 少女はジェームズのことをじっと見つめていた。



「医療キットはそこの棚の上にある。簡単なものしかないが」
「は、はい!」
 外での騒ぎの後、怪我をしたデジモンと少女をそのままにしておくわけにもいかず、ジェームズは彼女らを自宅に招き入れた。黒髪のアジア系らしき少女はジェームズが教えた医療キットを慌てて探し、床で力なくうつ伏せになる魔獣型のデジモン・ドーベルモンの治療を始めた。キットを探している時、棚の奥からやたらと大きな音と小さな悲鳴、何かが壊れるような音も聞こえたが、とりあえずは気にしないでおく。
「うっ……」
「動かないで、ドーベルモン! 消毒してるから!」
「わ、分かってるが……」
「動かないでってば!」
 怪我の状態は分からないが、少なくともドーベルモンの意識ははっきりしており、そこまでの大事ではないように見えた。ジェームズはドーベルモンの治療を少女に任せ、コートを脱いでリビングの肘掛け椅子に座った。
「絡んできたのがミノタルモンで良かった。彼はまだ話の分かる相手だ」
「アレでですか⁉」
 ドーベルモンの前脚に包帯を巻いていた少女が驚いた声を上げる。と同時に、ドーベルモンが「ギャッ」という小さなうめき声を漏らした。
「そういう奴らがごまんといる場所だということだ」
「そ、そうなんですか……あの、おじさんは何をされてるんですか?」
 応急処置が終わるやいなや、少女の興味は別の場所にいってしまったらしい。壁を占拠する大きな本棚や書類の積まれた机などを、彼女はキョロキョロと見渡し始めた。
「探偵をしている」
「え⁉ 嘘、初めて探偵さん見ました! どんな仕事ですか? ホームズみたいな?」
「もう引退しようと思ってる」
 少女の質問には答えずに、ジェームズはぴしゃりと返す。体重を背中に預けたまま、腕を組んで少女を見つめて聞き返した。
「君のような子どもがなぜこの時間にこんな場所にいる? ここではトラブルに巻き込まれても助かる保証などないのに」
「あ、はい! えっと、それはですね!」
 咎めるため厳しい口調で言ったにも関わらず、彼女はハキハキと返事してパーカーのポケットから汚れた新聞紙を取り出した。どこかのゴミ捨て場から拾ってきたようにしか見えない。
「これです!」
 新聞は今日の日付。おそらく市街地で配られていた号外だろう。そして記事の内容は……もう、今日何度も見たものだ。さっきのミノタルモンとの会話から予想していたこともあって、さすがに慣れてきた。
「何日か前に、こんな……選ばれし子どもだった人と、そのパートナーが殺されてしまったらしいんです!」
「ほう」
 ひとまず、少しは驚いたような反応を返してみる。少女は興奮した口調で話し続けた。
「私、とてもショックで……居ても立ってもいられなくて……」
「そうか」
「それで、この時の選ばれし子どもだった人が、この辺りにも住んでると聞いて……しかもその人、パートナーデジモンも既に亡くなられているそうなので……」
「ふむ」
「だから、私たちがその人のボディガードをしてあげようと思ったんです!」
「うん。うん?」
 途中までは理解できていたのに、突然よく意味が分からない言葉が出てきた。
「もう一度今の話を繰り返してくれないか?」
「はい!」
 やはり異様にハキハキとしている。これはまぁ、いい。
「この事件を知って、私、とってもショックで」
 うむ。
「パートナーのいない選ばれし子どもだった人が、この辺りにも住んでるって聞いて」
 うむ。
「それで、私たちがボディガードをやろうと思うんです!」
「すまない、待ってくれ」
 どうやら聞き間違いではなかった。意味が分からないのは相変わらずだが。
「私、とっっってもショックで――」
「さすがに三度目はいい。どうして君たちがボディガードをやる? そこがさっぱり繋がらないんだが」
「ちゃんと実績もあるんです!」
 おそらく彼女の頭の中ではしっかりと話が繋がっているのだろう、言葉が矢継ぎ早に出てくる。
 彼女はまたしてもポケットから別の新聞の切り抜き――こちらはもっとボロボロだ――を取り出し、ジェームズの眼前にそれを突き出した。
「これです、これ!」
 それは先程と比べ随分と小さな記事だった。見出しには「コンビニ強盗を何者かが拘束」と記され、選ばれし子どもを表す印……勇気の紋章が壁にペイントされている。
「これ、私たちがやったんです! すごくないですか⁉」
 彼女の瞳は褒めて欲しいと書いてあるかのように輝いている。こんな大っぴらに自警団的な行動を白状する者は、他に中々いないとジェームズは思った。
「何故、選ばれし子どものボディガードをしたい?」
 ジェームズは彼女が差し出した記事に書いてあることや、その行動の問題点などは敢えて口にせず尋ねた。
「選ばれし子どもの人たちが、私の憧れだからです」
 話し方はやや落ち着いたが、熱意が籠ってないわけではないことは彼女の顔を見ればすぐに分かった。表情はむしろ、これまで以上に真剣になっている。
「私は孤児院で育ちました。十年以上前からそこにいるんですけど……随分昔、まだ両親がいた頃に知ったんです。私が産まれるよりも前、選ばれし子どもとそのパートナーが世界を救ってくれたんだって」
「……」
「何度もその話を聞いて、選ばれし子どもは私にとってヒーローでした。その人たちが今、危ないんです。だから私が、あの人たちを助けてあげたいんです!」
「……そうか」
 ジェームズは黙って立ち上がり、部屋を横切る。少女は彼が何をしようとしているのかよく分からないようだった。
「孤児院の主はアンドロモンか?」
「⁉ そ、そうです! えっ、お知り合いですか?」
 知り合いも何も、さっきまでそのデジモンとバーにいたんだよ。ジェームズは頭の中でちらりとそう思ったが、これもひとまず置いておくことにした。
「まぁ、そうだ。それより君――名前は何だ?」
 テレビの隣にある古びたワードローブから目的のものを取り出す。その間に少女はあっ、と気づいたように慌てて背筋を伸ばした。
「私、春子って言います! 橘春子です! 高校一年生です!」
 それを聞いてジェームズは一度頷くと、また彼女の前を通り過ぎた。今度は出入り口の前で止まる。
「ハルコ、さっさとアンドロモンのところに帰るんだ」
「えっ……」
 ハルコの表情が露骨に曇った。
「え、いや、あの、その……」
「君の仕事はここにはない。ドーベルモンの治療が終わったなら、もういいだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください! 今の私の話聞いてましたか⁉ 私、選ばれし子どもを探してるんです! 何でもいいから何か知りませんか? この辺りで……」
「ジェームズ・テイラーソンだ」
「そうです、ジェームズ・テイラーソンさんがこの辺りに住んでるって聞いたんです! だからジェームズさん、ジェームズさんの……あれ?」
 春子が口角泡を飛ばしながら猛抗議していたのを止め、何かを考え出すのを見て、ジェームズは彼女の眼前にヒントを差し出すことにした。それはかつて彼が首に掛けていた金属製のタグ。その中心に嵌められた水色のプレートには、春子にも見覚えのある模様が刻まれていた。
 友情の紋章。
 ガブモンのパートナーだった選ばれし子どもが持っていたもの。
「えっ……」
 春子は一気に脱力したようだった。
 ジェームズはそのようすを気にも留めずに、玄関のドアを開ける。冬の冷たい外気が二人の間を通り過ぎた。
「私はその連続殺人事件の捜査を行っている。君の気持ちは分かったが、助けは不要だし、何より忙しいんだ。すまないが、帰ってくれ」
 手をゆっくりと動かして、外を示す。
 これで答えとしては十分だろうと思った。熱っぽく話していた少女にも、自分の意図は十分に伝わっただろう。
 ようやく立ち上がれるようになったドーベルモンが彼女の足元に擦り寄る。
 不十分だった。春子はまだ動かなかった。
「い、嫌です」
「何故だ」
「だって、やっと会えたのに……」
「あぁそうだな、良かったよ。では――」
「違うんです!」
 春子が突然声を上げたので、ジェームズは僅かに驚いて彼女を見た。春子はそれまでとは違う自信なさげな表情を浮かべながら、またしてもポケットから何かを取り出す。
 それはジェームズもよく知る道具で、しかし彼女がそれの持ち主だとは想像すらしていなかった。
 透き通るような水色をした、デジモンを進化させるための道具――デジヴァイス。
「私、選ばれし子どもなんです」
 この世界にはもう、新たな持ち主は現れないと思っていたのに。


スレッド記事表示 No.4819 グッド・オールド・フューチャー 0/1999年の選ばれし子どもRyuto2018/01/25(木) 23:00
       No.4820 グッド・オールド・フューチャー 1/依頼Ryuto2018/01/25(木) 23:01
       No.4821 グッド・オールド・フューチャー 2/出会いRyuto2018/01/25(木) 23:02
       No.4822 あとがきRyuto2018/01/25(木) 23:35
       No.4844 に、20年……だと夏P(ナッピー)2018/02/05(月) 22:35
       No.4864 感想返信Ryuto2018/02/11(日) 01:20