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ID.4814
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2018/01/20(土) 15:08


六月の龍が眠る街 10-2
 龍がゆっくりと目を開けると、眼下に地上の景色が見えた。その赤い翼で大きく羽ばたき、高度を上げる。
 またこの夢だ、と龍は思う。少女と初めて出会って以来、龍はよくこの夢を見た。夢の中では龍と少女は昔からの知り合いで、自由に想いを通じあわせることができる。龍は本当の大きさよりもずっと大きい牙と爪、そして翼を持っていて、その背中に少女を乗せて飛ぶのだ。
 でも最近は、この夢に龍と少女以外の第三の登場人物が現れるようになった。天使だ。白い翼と青い目を持った天使だ。彼は決まって少女がいない時に飛んできて、龍の鼻先に腰を下ろす。そして、耳元で囁くのだ。

「俺の仲間になりなよ」

 ふん、お断りだね。

「俺の仲間になってくれたら、立派な騎士にしてやる。盾と槍を持った騎士。あの子を守る正義の騎士だ」

 興味ないよ。

「自分の呪われた力には気づいてるだろう? お前は色んな奴等をあの子のそばに引き寄せてしまう。誰も気づいてないけど、サイクロモン達を呼び寄せたのは、他ならぬお前だったじゃないか。俺の力があれば、その呪いを封じ込めることができる。あの子のためになるんだ」

 よく言うよ。あの子のところに石の化け物を二回もけしかけたのが誰か、ちゃんと分かってるんだぜ。

「バレてたか。あの子を傷つけるつもりは無かった。あのゴーレモンはお前の力を試すためだったんだよ。一回目は邪魔が入ったけど、二回目にお前はうまくやった」

 ああ、あの子を守る力はある。

「本当にいいのか? 騎士になれば、ヒトの言葉であの子と話せる。ムルムクスモンの事件の時、言葉を話せないお前は気づいたことを知らせるのにえらく手間取ったろ?」

 あの時? 自分が昔嗅いだことのある匂いがあったから、そこに向けて歩いて行っただけだ。周りのみんなが勝手についてきて、勝手に街を救っただけだよ。

「その姿じゃ、あの子はきっと怖がる」

 お前はよく分かってないみたいだな。教えてやる。あの子とは、言葉もいらないし、見た目も関係ない。

 ずっと前から、互いに知ってるんだ。



 そう言い捨てると龍は大きく体を波打たせ、天使を振り払った。そのまま地面に向けて急降下していく。最初の時は、あの子に受け止めてもらわなくちゃいけなかった。でも今ならいける。自分の翼で、あの子を迎えに行ける。
地上の景色がどんどん近くなってくる。あの子の声が聞こえる。

「もう誰も犠牲になんてしたくないの! 私、のワガママかもだけど、現実は甘くないかもだけど。私は今のままがいいの! 今が幸せだって、いつよりも幸せだって、本当にそう思うんだもの! 玲一おじさんがいて、ミチルさんとクラビスがいて、ユウさんや秋穂さんが遊びにきてーー」

        









「ーーそして、ギギモンと一緒に眠る。そんな今がいいの! もう、何も失いたくない!」

 そう言ったヒトミの胸に抱かれたギギモンの体が、赤く輝いた。

          *****

「大丈夫ですか?」
 倒れ込んだ僕と梢の前に立った人影ーー北館祐が言った。彼が右手に持って掲げる端末ーーディースキャナから放たれた光がドーム状に僕たちを包んでいる。ドームの外には紫色の空間が広がっていた。
 やがてその紫色が晴れ、あたりに林の景色が戻ると北館はディースキャナを下ろしその光を解いた。
「ありがとう、助かった」唖然とする僕の横で梢が言った。礼なんていいんですと北館が首を振る。
「間一髪でした。辻さん達にルーチェモンと戦うための手がかりを伝えにきたのに、まさかこんな事になってるとは。ディースキャナの結界、久しぶりに使いましたよ」
「ひ」辛うじて声になったのは、ヒトミのことだった。
「ヒトミはどうした? 加納に連れられていったみたいだったが」
 僕の頭をかすめた最悪の想像を北館の笑顔がかき消した。彼は空を指差す。
「あれ、見てください」
 空を見上げた僕と梢の目に、驚きの光が灯った。



 真っ赤な龍がそこにいた。長い尾の先には鋭い刃が光り、その大きな口からは同じくらい鋭い歯が幾重にも連なっているのが覗いた。
 悪夢に出てくるような恐ろしい龍。子供の頃に読んだ物語で、決まって最後には勇者に倒されるような龍。でも目の前の龍の胸には、見覚えのあるマークが刻まれていた。

「ギギモンなのか…!」
「そうみたいだ」梢が立ち上がり、尻についた土を払った。
「メギドラモン、ルーチェモンも恐れた龍。私たちに与えられた、もう一つの希望だ」

           *****

「助かったよ。ギギモン」
 加納が自分を乗せた赤い龍に言った。隣にはクラヴィスエンジェモンもいる。ヒトミは龍の頭の上にいて、こちらに向けて手を振ってきた。そして彼女はその手を口に当て、加納に大声で言う。
「玲一おじさん達を迎えに行くよ!」
 了解と敬礼をして見せた後、加納は隣のクラヴィスエンジェモンに言った。
「凄いことになったな、おい。クラビス、コイツがなんていうデジモンか知ってるか?」
「はい、マスター。メギドラモン、デジタルハザードそのもの、と言われるような力を秘めた 邪竜型デジモンです」
 予想とは異なる物騒な情報に加納は眉を寄せる。それを見てクラヴィスエンジェモンは微笑んだ。
「まあでも、ギギモンでいいでしょう。我々の友人です」
「…そうだな。お、あれを見ろ。おーい! こっちだ!」
 加納が地上の辻達に手を振った。

          *****

「ルーチェモンを倒す手掛かりって言ったか?」僕の隣で加納が尋ねた。
 僕たちは今進化したギギモンの肩に乗っている。ルーチェモンは龍を見て怒ったように吠え、先ほどしたように手で攻撃をしようとしたが、龍はその巨体をくねらせながら自分の体の大きさ程もあるその手をかわしていた。
 ヒトミは龍の頭の上に乗っている。今にも吹き飛んでしまいそうで僕は見ていられなかったが当の彼女は平気そうで、こちらを見ると手を振ってきた。手を振り返して、意識を目の前で行われている話し合いに戻す。加納の問いに、北館が答えているところだった。
「はい。結論から言うと、あの馬鹿でかい〈黙示録の龍〉をどれだけ相手にしたところで意味はありません」
 全員が目を開いた。彼は続ける。
「ぼく達十闘士に伝わる伝説によると、あの化け物はルーチェモンが最後に見せる姿であり、最強の形態です。でもアレは、ルーチェモンの影でしかない」
「影?」僕が首を捻った。
「辻さんと梢さんを守るためにディースキャナで結界を張った時に確信しました。あの時ぼくらはルーチェモンの手をすり抜けていたんですよ」
 目を開けた時にディースキャナによる光のドームの外側に見えた紫色で塗りつぶしたような空間を思い出した。梢もそれに思い当たったようで、にわかには信じられないといった顔で尋ねる。
「じゃああれは実体のない、スクリーンに映し出された映画みたいなものってこと?」
「そういう捉え方でいいと思います。とはいえ、アイツの場合はエネルギーの塊なんで、触れれば人間の体なんて消し飛びますけどね」
 間一髪北館に救われなかったら、ギギモンが進化しなかったらどうなっていたかという想像に僕の背筋を汗が伝った。
「ってことは、どこかに本体がいるってことだな?」
 加納が納得したように言った。当然ねとでもいうように梢も頷く。僕はまだ彼らのようにデジモンの規格外な常識をなかなか理解できなかった。
「正解です。じゃあ、もう一つ問題」北館が人差し指を立てた。
「本体はどこにあるでしょう?」
 そう言って彼は目の前にいるルーチェモンを指した。気づけばギギモンはかなり高度を上げており、頬に張り付くような冬の空の冷たい空気の向こうにルーチェモンの不気味な体の全体が見えた。
 一同は顔を見合わせた後、同時に龍が手に抱える球体を指差した。真っ黒にも濃い紫にも見えるそれからは時折炎が吹き上がり、さながら小さな黒い太陽というところだった。
「正解です! よく分かりましたね」北館が少し驚いたように声をあげる。僕が少し呆れたように肩をすくめた。
「だって、なあ?」
「あの中でどこにいるかと言われたら、そりゃあね」
「露骨すぎるよな」
「造形上の欠陥じゃないですか?」
「欠陥ならいいんだけど」クラヴィスエンジェモンの辛辣な感想に北館はため息を漏らした。
「ぼく達の神話じゃ、あれは 地獄 ゲヘナって呼ばれてます。あらゆる攻撃を無効化する底無しの地獄の炎」
「あらゆる攻撃って言ったか?」加納が眉を上げた。北館は肩をすくめて返す。
「神話特有の誇大表現であることを祈りましょう。とにかく〈地獄〉に入る方法を探すんです。こっからは本当の決死の作戦ですよ」
「それじゃあ、ヒトミちゃんとギギモンにお願いしよう。一番ダメージを受けるのは、おそらくギギモンだしね」梢の言葉に僕は笑って首を振った。
「お願いの必要はないでしょう。こいつらは地獄耳なんです。僕らのバーでの会話も、全部聴いてる。な?」
 ヒトミが顔をこちらに向けないまま手を振って見せ、ギギモンも大きく吠えた。
「決まり、だな」
 加納が立ち上がろうとしてよろめいた。ギギモンの肩から落下しそうになる彼の腕をクラヴィスエンジェモンが掴む。眼下に広がる点のような街の景色に彼の顔が引きつった。梢も下を見下ろし、そして目を大きく開ける。
「ギギモン、ひょっとしてルーチェモンを上空のかなり高いとこまで誘導してくれたの?」
「へえ、気の利く奴になったな」僕は笑う。
「そ、それは良かった。作戦開始と行こう」
 クラヴィスエンジェモンに引き上げられ情けない声をあげた加納に、僕達はまた笑い声をあげた。

          *****

 ギギモンが高らかに雄叫びをあげ、〈地獄〉に向け炎を吐きだす。しかし、その赤い炎は〈地獄〉の黒い炎に飲み込まれ、わずかな抵抗を見せることもなく消えた。
「くそっ、らちがあかないな」クラヴィスエンジェモンの肩に乗った加納が僕達の側まで寄ってきて悪態を吐いた。
「ディースキャナをかざしてみても、どうにもなりません。大抵こういう時はコレをかざせば解決するって習ってきたんですけど」北館もよく分からないことを言って肩をすくめた。
「遠距離攻撃はあらかた試したけれど、全部駄目でした。かくなる上は!」
「ああ、そうだなクラビス」
「ねえ、ちょっと。何を考えてるんだ?」頷きあう加納とクラヴィスエンジェモンのコンビに、梢が恐る恐る問いかける。
「何って、この状況の打開策だよ」
「アレに頭から突っ込むとか、言わないよね」
「えっ」当然そうだと言わんばかりに二人が同時に声を出した。
「正気か?」僕は呆れて問う。
「正気もなにも、いずれはあの中に入んないといけないんだし」
「これだけやって駄目なら、あとは物理しかないでしょう。違いますか?」
「違わないかもしれないけど」梢は勘弁してくれというふうに手を振って見せた。
「お前達、意外と脳筋なんだな」
 彼女の言葉に二人の表情が変わる。虚をつかれたようなその顔に、梢は面食らって言った。
「い、いや。気に障ったのなら謝るよ。でも…」
「いや、怒ったんじゃないよ」加納は微笑んだ。「ちょっと思い出したんだ。オニスモンと戦った時、高視のたてた無茶な作戦に、俺の言った言葉が丁度それだった」
 でもその時は、いろんなトラブルはあったけど、結局それでうまくいったのたと加納は言う。
「あの時は、俺とクラビスに高視とグランクワガーモン、秋穂ちゃん達十闘士が三人っていうメンバーだった」
「最終的に解決したのはぼくでしょうが」座り込んだまま黙って話を聞いていた北館が口を挟む。
「そうだったか? なんでもいい。 そうやって頼れるメンバーがいれば、行き当たりばったりでも無茶苦茶でも、うまくいく気がするんだ」
加納の言葉に頷き、僕は一同を見回す。
「さて、これは信頼に足るメンバーかな?」
「もちろんだよ!」
 僕の背後でヒトミが答えた。いつの間にかギギモンの頭から肩まで降りて来ていたらしい。不意を突かれて驚いた顔の僕に彼女は続ける。
「私は子どもだから、みんなの間になにがあったか、多分半分も分かってないと思う。でも、みんなと過ごしたこの半年間は、今までで一番沢山、笑えた時間だった」

 だから大丈夫。私達は、笑って乗り越えられる。

 龍が高く吠えた。鼓膜がびりびりと震える。
「ギギモンもそう思うって。あと、何かやる気ならさっさとしてくれって」

          *****

 〈地獄〉の前に来た僕たちに気づき、ルーチェモンは低く唸りながら手を動かした。左右の両方から手が迫ってくる。僕たちを両手で潰すつもりなのだ。
 それをギギモンが、両手を伸ばして止めた。ルーチェモンが力を入れるが、ギギモンも負けてはいない。なんとかして確保したその小さな隙間で、ギギモンが尻尾をゲヘナに向かって伸ばした。
「みんな急げ! ギギモンがいつまでもつか分からない!」
 ヒトミを抱えて先行した加納のその声に僕は恐怖を押し殺して滑り降りようとする。少しでもバランスを崩したら地上へ真っ逆さまだ。クラヴィスエンジェモンが助けてくれるとかそういう問題ではない。落ちるのはそれだけで怖い。
 なんとか踏み出した僕の腕を、梢が掴んだ。その手は微かに震えている。
「怖いから、手を繋いでくれない?」
「一晩のうちに、えらく素直になったもんだね」僕は脈打つ心臓を抑えて言った。この心臓の早鐘は、恐怖のせいだけだろうか。

 手を繋いで尻尾へとたどり着いた僕たちをヒトミが迎えた。
「ミチルさんとユウさんが教えてくれたんだけど、今のが吊り橋効果っていうの?」
「その話は後にしよう」睨みつける僕たちの視線をかわして加納が言った。
「これからクラビスが〈地獄〉に攻撃をする。中に入れそうな隙間が開いたら、一気にそこに飛び込むんだ。ルーチェモンの攻撃を受け止めてくれてるギギモンのことを考えたら、チャンスはそう何度もない。多分、この一回きりだ」
「飛び込みの一番手は誰にする?」
 加納はため息をついた。「あんまり言いたか無いんだが、ヒトミちゃんが一番だと思う。人間として最も力の強いのは、〈選ばれし子ども〉である彼女だからな」
「だってさ、ヒトミ。どうする?」
「んー、良いよ」
「良いってさ」僕は視線をヒトミから僕らのやり取りを呆然として眺めている加納に戻した。
「どうした?」
「い、いや。なんか…」加納は驚いたように言う。「辻、変わったな。前はヒトミちゃんの事となると酷い過保護だったのに」
「今だってそうさ」僕は肩をすくめた。
「本当のところ、僕はすぐにこんなところから逃げ出したいんだ。早く帰って、なにも知らないふりをして明日の店の支度をしたい。でもヒトミが戦いたいって言った。だからわざわざついて来てまでここにいるんだ。言っておくけど、ヒトミが一番手になる以上、二番手は僕だ。これは決定事項だからな」
 ヒトミが僕を見上げ、にっこりと笑った。

「それじゃあ、始めるぞ」
 僕たちを縦列に並べると、加納が叫んだ。列の先頭はヒトミ、二番目は僕。その次が十闘士としての力を持つ北館で、百川が最後尾だった。加納はクラヴィスエンジェモンと共に僕らをサポートする役目だ。
 僕らの目の前にある〈地獄〉はその巨大さに近くにいては球体であることすらわからない。太陽のような見た目に反し、不思議と近くにいても暑さは感じなかった。

「扉を開くのはお家芸ですよ!」
 クラヴィスエンジェモンの声と共に一陣の風が吹き、次の瞬間には目の前の黒い炎に切れ目が入った。地獄の釜の蓋が開いたと言ったところだ。そんなことを考えているうちに、ヒトミがその隙間に飛び込んだ。僕も慌ててその後を追って真っ暗な空間に足を踏み入れる。ヒトミの小さな手が、僕の手を掴んだ。
 僕は一瞬振り向く。多分僕が最後だ。隙間は閉じてしまい北館が入る隙間はない。しかし意識は背後からすぐ足下に移った。
踏み込んだ足が着地する地面が、いつまで経って感じられない。
「おじさん!」暗闇の中でヒトミが叫んだ。
「手を離すんじゃないぞ!」僕も叫び返す。
 真っ暗な闇の中僕たちは落ち続けた。裂け目が閉じる瞬間、外から何かが投げ込まれたように見えた。

         *****

「結局、あの二人だけか」百川が言った。
「北館くん、最後に何かしてなかったか?」
「隙間にディースキャナを投げ込んだんです。本当はぼくにしか使えないんですけど、〈地獄〉の中は何が起こるか分かりませんから、少しでも手助けになればと思って」
「辻さん達にちゃんと届くかな?」
「さあ、どうでしょう」彼はそう言った後、小声で呟いた。「シュウの方に届いたりしてな」
「おい! 急いで離脱しろ!」背後から聞こえた加納の声に二人は我に帰ったように走り出した。

 ギギモンの腕にも限界が近づいていた。ルーチェモンももはや力の出し惜しみはしていない。自身の何十倍もある巨大な敵の全力をギギモンは支えていたのだ。
 龍が雄叫びを上げる。ギギモンと長い付き合いの加納達には、龍がもうこれ以上は無理だと言っているのが分かった。
「ギギモン、もうちょっとだけ耐えてくれ…!」その肩で加納が言った。すぐにそこに北館と百川が追いつく。
「オーケーです」
「よし! ギギモン、頼んだ!」
 龍が最後の力を振り絞り隙間を押し広げ、そして手を離した。ルーチェモンによって隙間が閉じられる一瞬の隙をついて龍はルーチェモンの手を抜け出した。
 安堵のため息を漏らす北館と加納に向けて、百川が叫んだ。
「危ない!」

 一瞬の出来事だった。ギギモンの肩に乗った彼らに迫るルーチェモンの紫の雷撃、彼らが振り返った時にはそれはもう消えていた。雷と彼らの間に割って入った天使が、それを体で受け止めたのだ。

 純白の翼が散り、金の鎧は砕け散った。

「おい、嘘だろ」
 大地に落ちていくその人型の影の名を、加納が叫ぶ。
「クラビス!」

 ギギモンがクラヴィスエンジェモンを救おうと急降下するが、それも間に合わないまま、天使は、米粒程度の大きさに見える街の光に紛れ、見えなくなった。

          *****

 ルーチェモンはまた、暗闇の中で目を覚ました。覚醒を迎えたその目が最初に捉えたのは、目の前に立つもう一人の自分だった。

 瓜二つのルーチェモンが二人、しかし二人の格好は大きく違った。片方は純白の翼を広げ、白い布をまとった姿。身体中に神の力を示す文様が走っている。
 そして、もう一方には翼はなく、ジーンズに緑色のジャケットという出で立ちだった。それを見て、翼を持つ方のルーチェモンは舌打ちする。
「なるほどな。お前はルーチェモンじゃない、ただの“夏目秀”ってわけか」
「そんなとこかな」翼を持たないルーチェモンーー夏目秀は肩をすくめた。
「まさか、お前とこうして面と向かって話す機会が来るとは思ってなかったよ」
「全く同感だ」
「お前、一体いつ、どこから湧いてきやがった? 俺があの女の腹に忍び込んだ時は、お前みたいなのはいなかったぜ」ルーチェモンが夏目に問いかけた。
「そこだよ、人間として生まれたのがそもそものお前の間違いだったんだ。人間界を支配するための一歩とでも思ったんだろうが、結果はこれさ」
「お前が俺の中でうるさく喚くせいで、一体どれだけ獲物を取り逃がしたと思ってる? 最終的にはお前の声に引き摺られて、堕天しちまった。質問に答えて貰おうか。夏目、お前は一体いつ生まれた?」
夏目秀は笑った。「お前が母さんの腹の中から生まれてきた時だよ。その時俺は一緒に生まれて、お前が色んな人と関わっていく中で一緒に成長していった」
「“成長”だと?」ルーチェモンは鼻で笑った。「俺は初めから完璧な力と知識を持って生まれた。生まれてから今まで、本当に苦痛だったよ。周りがあまりに低級なもんでな。成長なんて、俺はしたことない」
「そっか」夏目秀は言った。「じゃあ、それがお前の敗因だ」
「俺は負けないさ。そりゃまあ確かに当初の目的は達成できなかったが、それが何だ? 俺に勝てる奴はいない。人間臭くてうっとおしいお前とも今はこうしておさらばできた。この世界をぶち壊し、初めから全てをやり直してやる」
 彼は夏目秀の返答を待つことなく翼を広げ、飛び立った。

「お前は本当に傲慢だよ」
 残された夏目秀が呟いた。
「何も終わっちゃいない。辻さん達だって、諦めちゃいないさ」
 彼はため息をつく。もう一人の自分の目論見が失敗するのは目に見えていたが、できることなら決着は自分でつけたかった。彼の、自分の行いに対する償いのつもりではない。余りに自分の罪は大きく、償いはできないだろう。せめて、自分で自分に決着をつけたかった。
 その時、彼の数歩先に何かが落下した。淡い光を放つそれに駆け寄り、手に取ろうとする。するとそれは吸い付くように彼の左手に引き寄せられた。
「これは…ユウの?」
 その端末−−黒いディースキャナから右手に目をやると、バーコードが渦を巻いて手を取り囲んでいた。
「俺に、やれってのか」
 自分はスピリットを持っていない。この「デジコードスキャン」によって自分に何が起こるのかは見当もつかなかった。

 それでも

「今更退くわけには、行かねえよなあ…!」

 彼は両手を前に伸ばす。



 サイクロモンが街を襲撃したあの日、瓦礫に足を挟んだ彼の前で、彼の友人としての想いを口にした北館祐がやって見せたように。



 青森から仙台への決死の移動の時に、守りたいものへの想いを口にした一条秋穂がやって見せたように。



 俺も、やってみるよ。



〈スピリット・エヴォリューション!〉


スレッド記事表示 No.4813 六月の龍が眠る街 10-1マダラマゼラン一号2018/01/20(土) 15:06
       No.4814 六月の龍が眠る街 10-2マダラマゼラン一号2018/01/20(土) 15:08
       No.4815 六月の龍が眠る街 10-3マダラマゼラン一号2018/01/20(土) 15:10
       No.4816 六月の龍が眠る街 エピローグマダラマゼラン一号2018/01/20(土) 15:12
       No.4817 あとがきマダラマゼラン一号2018/01/20(土) 15:15