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ID.4763
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2017/08/07(月) 19:50


六月の龍が眠る街 3-2
      

「ギギモンとヒトミちゃんを事務室から一歩も出すんじゃない。あの銃をすぐに撃てるようにしておけ」
 加納はそう言って電話を切った。先ほど学校から帰って来たばかりで、小さな額に汗を浮かべたヒトミを事務室に放り込む。ギギモンはいつになく気が立っていて、部屋に入れようとした僕に三度もひどく噛み付き、一時は普段はよく懐いているヒトミにも唸り声をあげたほどだった。
 家の電子機器は殆ど不調に陥っていた。ただ一つ、この店を開くずっと前からビルに置いてある原始的な扇風機だけが唸りを上げて空気を動かし続けている。加納の口ぶりだと市内各所でこういうことが起きているらしかったが、そもそもテレビも砂嵐以外のなにもうつさないため詳しいことは分からなかった。
 ヒトミに危機が迫っているのだろうか、僕はバーカウンターに置いた拳銃を手に取る。明久が死んだ後、遺言に従い彼らの家を整理した時にこれを見つけた。加納によるとこれはかつてヒュプノスが製作した対サイバー生物銃でデジモンだけに効果を及ぼすというものらしいが、その製作にかかる莫大な費用と、そもそも人間が直接デジモンと戦うほど追い詰められたら銃などあっても意味がないという理由から開発中止になったということだった。しかしこれだけが今の僕には頼りだ。銃を持ち、明久の手の形に合うように削られた握りに手を馴染ませた。

 冷蔵庫が動かないなら店で使う氷も溶けてしまうだろう。どうせならということでヒトミとギギモンを落ち着けるためにかき氷を作った。シロップの味を聞くために事務室のドアを開けるとヒトミは喜んでメロンがいいと言ったが、ギギモンの方は眠ってしまっていた。

「さっきからずっとこうなんだよ」ヒトミは緑色のかき氷を口に運びながら言った。「いつもはこんな風にいびきもかかずに寝ることないのにな」
 僕も不安になって、眠りこけたギギモンにそっと手を触れた。いつもはこうするだけで飛び起きて手に噛み付くのだが、今日は微動だにしない。
 その体の黒い三角形の模様が少し熱を持っているように思えた。

*****

「千鶴ちゃん、状況の報告を頼む」
 〈アイス・ナイン〉の入っているビルの屋上に立ち。加納は緊張した声で言った。街のあちこちから交通事故の煙が立ち上るのが見える。信号もお釈迦になってしまったのだ。
「市内全域に渡って成熟期デジモンが多数リアライズ、そのほとんどがサイクロモンです」千鶴にもいつものおちゃらけた様子はなく、その声は真剣そのものだった。
「同時に電子機器に異常が発生。ヒュプノスの機器と回線のブロックは破られていないようですが、被害は甚大です」
「只の同時多発的なリアライズじゃないってことだな」加納はオペレータとの通話にいつもの端末ではなく本部支給のイヤーモニターを使用していた。非常時にはこうして両手を空けていないととても事態についていけない。
「はい、電子機器の異常、出現した群れが一つの種の占有状態にあるなどの状況を複合的に判断し、先ほど仙台市に中規模の〈デジタルハザード〉が起こったと新宿の本部が宣言しました」
「その言葉を聞くのも二年ぶりだな」加納は言った。
「俺に対してはどのような指令が出ている?」
「S級エージェントのミチルさんと高視さんに対しては、〈選ばれし子ども〉の護衛を最優先としながらも、遊撃隊として部隊で行動する他のエージェントをできる範囲で支援するようにという指令が出ています」
「オーケー、通信を切る必要はないな?」
「今日の私はミチルさん専属オペレータですよ。ずっと見ておいてあげます」千鶴が自身溢れる声で言った。
「よし、始めるぞ。 半径五キロメートル以内には他のエージェントを配置しなくていいって四ノ倉のおっさんに伝えてくれ。邪魔だ」そう言い終わるなり彼は叫んだ。「クラビス!」
「私なんかよりいつものトループモンがいいんじゃないですか?」クラヴィスエンジェモンの皮肉っぽい声が聞こえた。
「拗ねてる場合かよ、話は聞いてただろ。俺たちが立ってるこのビルから半径五キロが今日の狩場だ。心配することはないと思うけど、サイクロモンは遠距離攻撃も備えているし力も強い、気をつけろよ」
「分かりました。もし私がいない時にヒトミさんに何かあった場合の備えは?」
「しばらくは凌ぐさ。それにお前もサイクロモンを狩るのにそんな長い時間はいらないだろ」
「仰る通りですよ、マスター」
 そういうとクラヴィスエンジェモンは光となって加納の前から消えた。それを見送ってから彼はまたオペレータに問いかける。
「千鶴ちゃん、〈台風の目〉の場所は分かったかい?」
「今解析中です」
 単体の力でリアライズできるほど力を持ったデジモンはそういない。大抵のデジモンはリアルワールドからの何らかの働きかけ−−例えば〈選ばれし子ども〉の持つ因子−−からの影響を受けリアライズを果たす。ところがそのデジモンが大きな力を持っていた時、稀にそいつの周りの群れごとまとめてリアルワールドに転送されてしまうことがあるのだ。これが〈デジタルハザード〉だ。そしてその原因となった大きな力を持つデジモンをヒュプノスでは〈台風の目〉と呼んでいる。デジタルハザードで発生したデジモンの群れは皆この〈目〉の力に寄りかかってリアライズしているに過ぎないため、〈目〉さえ倒すことができれば他のデジモンは実体化に必要なエネルギーを賄いきれず勝手に自滅するという寸法だった。
「成熟期を何十体も呼ぶんだ。〈目〉は上位の完全体か究極体のはずだよ。そんなに見つけるのに手間取るのか?」加納はじれったそうに尋ねた。
「黙っててください! …これかしら」千鶴が考え込むように言う。
「いたのか?」
「周りのサイクロモンよりも強い力を持つ完全体クラスを確認しました。しかしこのレベルの〈デジタルハザード〉を引き起こすには力が足りないような…」
「そんなことは倒してみてからじゃないと分からないさ、場所はどこだ?」
「光台高校です」千鶴が気遣わしげに言った。「高校生達の避難、うまくいってるかしら」
「光台高校?」加納はにやりと笑った。「あそこなら俺が行く必要もないな、避難も問題ないだろう」
 光台高校は夏目秀が通う学校だ。高視が昼休みの会社員みたいな格好であたふたしているに違いない。

          *****

 果たして高視聡は昼休みの会社員みたいな格好であたふたしていた。〈デジタルハザード〉の対応は初めてだ。最も、全国にこれを経験した支部がいくつあると言うのだろう。仙台支部のチームが二年前に既に一度ハザードを経験しているのは心強かった。
 高校生の避難は初動が少し遅れてしまったが、どう言うわけか高校生達は勝手に規則正しく並んで高校から出て来てくれた。日頃の教育の賜物だろうか。他のヒュプノス職員と一緒に逃げ遅れた子どもがいないか確認しながら彼は自分の担当のオペレータである鳥谷に話しかけた。
「〈台風の目〉が光台にいるんですね?」
「確実ではないですが、そうと思しきデジモンはいます」事務的な声の鳥谷が言った。
「おそらく高校構内です。〈選ばれし子ども〉の安全を確認してから直ちに掃討を開始してください。光台周辺のサイクロモンは他のエージェントが撃破していますが、いつまで持つかわかりません」
 ハザードの処理にA級、B級はおろか成長期しか連れあるくことのできないC級のエージェントまで駆り出されていると言う話だった。出張中の余所者とはいえ、S級エージェントがのんびりしている暇はないのだろう。彼は高校生達の列に夏目秀の姿を探した。
 そんな彼のことを列の中の男子生徒が呼び止めた。
「お巡りさん! いない奴がいるんだ、校舎から出て来てないのかもしれない」そう言って来たのは筋肉質の体の大きな少年だ。ラグビー部か何かなのだろうかと高視は思った。
「落ち着いて、すぐに助けに向かうよ、帰って来てないのは一人だけかい?」
「ああ、俺の友達で、北館ってやつだ」彼はそう言って行方不明の人物を描写した。それをメモに書き留めてオペレータに話しかける。
「鳥谷さん、今の聞いてた?」
「はい、すぐに近辺のエージェントに共有します」
「ありがとう」
「それと、もう一つ行方不明の報告が来ています。二年生の女子生徒で名前は−−」鳥谷が話す情報も彼はメモした。
その時列の後方から悲鳴に近い声が聞こえた。
「秀くんがいないわ!」
 高視は仰天して振り返ると、噛み付かんばかりの勢いで叫び声をあげた女子生徒に詰め寄った。
「秀くんって夏目秀か?」
「う、うん」女子生徒はたじろぎながら答えた。
「金の髪に碧い眼で、腹立つくらいに男前の?」
「知り合いなの?」
「くそっ!」
 高視は悪態をついて鳥谷を呼び出す。「鳥谷さん、聞いてたな? 私もすぐに校舎に行く」そう言いながら彼はもう駆け出していた。

 校舎に向かって走って行く途中、高校生の列から飛び出してこちらの方に向かってくる少女が見えた。近くにいたヒュプノス職員の呼びかけを無視し走っている。見ると、前髪を切り揃え、首のヘッドフォンを除けば地味な雰囲気の眼鏡の少女だ。彼女を止めようかと思ったが、これだけヒュプノス職員がいれば問題ないと思って気にしないことにした。
 彼女とすれ違う時、彼の耳元で鈴のような響きの良い声が聞こえた。
「怪我人がいないのは私たちのおかげ、ユウくんに何かしたら殺してやるから」
 高視は思わず立ち止まり、振り返る。あの地味な少女から今の美しい声が放たれたのだろうか。しかしそんなことは今はどうでも良い、高視は再び校舎に向けて走り出した。
「行くぞ、グラン!」

          *****

「夏目も逃げたほうがいいんじゃないか?」
「ユウこそ、ぐずぐず何してるんだ?」
「忘れ物をしたんだよ」
「俺もだ」
 北館祐は今日何度目かのため息をついた。さっきからずっとこの調子だ。生徒達の避難と警護を秋穂に任せ、自分は校内のデジモンをさっさと倒すと豪語したものの、人に見られていてはレーベモンになれない。一般人なら後で無理にでも言い訳できるかもしれないが相手は夏目秀、ヒュプノスの保護下にある〈選ばれし子ども〉だ。北館のスピリット・エヴォリューションを見た瞬間に全てを理解しヒュプノスにご注進に及ぶに違いない。
「これじゃあ埒があかないな、もう少し粘って、本当にヤバそうになったら逃げるよ」
 北館は言った。夏目がここにいるならそう遅くないうちにあのグランクワガーモンを連れたエージェントが来るだろう。彼が来るまで夏目に何事もないよう見ておいて、その後で無邪気な顔で一緒に保護されようと北館は決めた。残念だがデジモンはヒュプノスに譲るしかないだろう。
 その時夏目の携帯電話が鳴った。大体の電話が不通になっているこの状況で何事もなく繋がるというのはヒュプノスがらみの電話だろうなと北館は思った。夏目もほっとしたような顔で電話に出る。
「もしもし、高視さん? 繋がって良かったよ。うん、大丈夫さ」するとあのエージェントは高視というのか、夏目はしばらく安心しきった様子で話していたが相手の言葉を聞き少し顔を硬くした。
「ああ、その話は後で…。うん、そうなんだ。友達が近くにいるんだよ」北館は笑いをこらえる。大方デジモンがらみの話になったに違いない。話してくれてもいいんだよ、と言ってやりたい気持ちを抑える。
「ああ、その北館祐だよ。二人とも何事もないよ」夏目は北館の方を向いて言った。
「俺たち二人に捜索命令が出てたんだってさ」
「その電話、警察の人?」北館は白々しく尋ねる。
「うん、一緒に住んでるんだ。親代りさ」彼は両親から離れてこの街に来ているらしい。事情は知らなかったがエージェントと二人暮らしとは、後々のテイルモンデリートに伴う面倒のことを思い北館は顔をしかめた。夏目はもう通話に戻っている。
「うん、二年生の教室、二階の廊下にいるよ。分かった、大人しく待っておくよ。ちょっと、ねえ、高視さん?」夏目は携帯を下ろして顔を上げた。「切れちゃった」
「この騒ぎだし、回線も混雑してるんだろ。待ってろって言われたんだから待ってようぜ」
「うん、でも変な途切れ方だったんだ。切れたというより無理やり切られたみたいな−−」
 
 その時、どこからかひどい地響きがした。

          *****

 高視は画面の中央から見事に貫かれたスマートフォンを見てやれやれと首を振った。夏目との通話中の突然の襲撃、グランクワガーモンが体を突き飛ばしてくれなければ自分の頭もこのスマートフォンのようになっていただろう。
「…また会ったな」彼は目の前にいる黒い鎧の騎士に言った。鎧のあちこちに浮き出た気味の悪い目玉はまるで本当の目であるかのようにぎょろぎょろと動いている。二週間前、闇の闘士レーベモンと戦った時に現れたデジモンと同じだ。あの時は、こいつのせいでレーベモンを取り逃がしてしまった。
「グラン、こいつ知ってるデジモンか?」彼はパートナーに尋ねる。ヒュプノスのデータベースでは、こんなデジモンを見たことがなかった。
「さあ、俺にも分からん」
 先程から姿を現しているグランクワガーモンはそう言って唸った。
「二年前からあちこちで頑張ってるのにまだ知られてないのか? ひどい職務怠慢だな」
 騎士がくぐもった声で言った。気味の悪いその声からは、男女の別を持たないデジモンにもある程度現れるはずの性別的特徴さえ感じることができなかった。
「覚えておきな、俺はダスクモン。〈十闘士〉の一角で、闇のスピリットを受け継ぐものだ」
 高視は眉を寄せる。「闇の闘士はレーベモンのはずだ」
「あんなのは紛い物さ。俺の方がホンモノ。そうお仲間に伝えるんだな」鎧が耳障りな声で笑った。「もっとも、生きて帰れたらの話だけどよ」
 ダスクモンはそう言うと目で捉えることのできないほどの速さで高視に飛びかかる。しかしそのくらいは彼も予測していた。グランクワガーモンもほぼ同時にダスクモンに向かって飛び立つ。

〈エアオーベルング〉
〈ディメンション・シザー〉

 ダスクモンの紅い剣とグランクワガーモンの黒いアゴが火花をあげてぶつかり合う。鍔迫り合いになるように見えたが先にグランクワガーモンが剣を受け流して距離をとった。
「サトル、まともにあいつの剣は受けられないよ。相手のパワーを吸収する系のアレだ」
 相手のパワーを吸収する系のアレってなんだよ、と高視は言いかけたがやめた。デジモンの規格外な技にはとうに慣れている。相手のパワーを吸収するくらいありふれたことなのだろう。「距離をとって上手いことやってくれ」そんなことを考えながら彼は投げやりな指示を飛ばす。
「オーケー」グランクワガーモンは顎の間に電気の球を形作り幾つも飛ばす。だが騎士は眩しい光で彩られたその弾幕を難なく交わした。
「速いな…」
「そろそろ終わりにしようぜ」ダスクモンが言った。

〈ガイストアーベント〉

 彼がそう唱えると彼の鎧についた目玉がぐるぐると回り出した。高視は眉を寄せてそれに目をやる。すると目は、まるでそれが一つの細胞であるかのように分裂し始めた。ダスクモンのくぐもった声が頭の裏側で響く。

「分かるか? 一個の目玉が二倍二倍で増えていくんだ。代わりに数えてやるよ。一、二、四、八、一六…」

 その声に同調するように目玉は増えていき、やがてダスクモンの体を埋め尽くした。まだ彼の声が頭の中から聞こえてくる。

「一二八、二五六、五一二、一〇二四…」

「サトル! その目玉を見ちゃダメだ!」自身もふらふらになっているグランクワガーモンがそう叫んだ時にはもう遅かった。高視は少しづつ意識を失っていった。

 知ってるよグラン、目玉を見たやつに催眠術をかける系のアレだろう? 私だって分かるんだぜ…。

         *****

「僕のことはいいから! 夏目は先に逃げろって!」北館は飛んでくる細かいコンクリートの破片を足で払って言った。
「ユウこそあのバケモノに食われちまうよ! 先に逃げて!」こぶし大の瓦礫をかわして夏目が答える。
 向こうも僕を逃してテイルモンの力でこの場をなんとかする気なのだろうと北館は考えた。しかし目の前のデジモン−−トリケラモンの廊下に収まりきらないほどの巨体は成熟期にどうにかなる相手ではないだろう。どういうわけか高視が来ない以上、ここは自分がなんとかしなくてはいけない。
 トリケラモンが右前足をのっそりと持ち上げ、床に叩きつけた。すでにその巨体を支えかねていた床が音を立てて割れる。一階に落下していく中で北館は夏目の腕を掴んだ。離すもんか、それが誰であれぼくは守らなきゃいけない。

          *****

「夏目! 大丈夫か!」目を覚ました北館は右手に掴んだ腕をゆすぶった。
「なんとかね…。でも」夏目は言う。「足が動かせない、瓦礫に挟まって」
「今助けてやる」
「間に合わない! ユウが逃げろ」夏目は北館の向こうに顎をしゃくる。北館が振り向くとトリケラモンの巨体がゆっくりとこちらに向かってきていた。
 北館はため息をついて立ち上がった。
「ちょっと! まさか本気で置いてくつもりじゃないでしょうね!」高飛車な声がどこからか聞こえる。
「そんなことしやしないさ、テイルモン」
「じゃあさっさとステファンを…なんで私の名前を知ってるわけ?」
 きょとんとした感じの声に北館は微笑する。彼はトリケラモンの前に立ちふさがり、後ろにいる夏目に語りかけた。
「なあ夏目、君とはまだ知り合って少ししか経っていない。最初は女の子にモテて気にくわないやつだと思ったし、勝ち組の癖に太宰なんか読んでるのは今でも気に入らないね」

 でも。

「何故か君とは友達になれた気がしてるんだ。このわずかな時間で」
「なんだそれ、遺言かよ」夏目は問いかけた後に思い直したように首を振って答える。「俺もだ」
「ぼくが今からすることを見たら、多分君とぼくは敵同士になる。だけどさ」北館の左手にバーコード状の渦が浮かぶ。
「これから見ることをを忘れて友達のままでいてくれとは言わないからさ」彼は左のポケットから〈ディースキャナ〉を取り出した。
「せめて、ぼくと言う友達がいたことも、忘れないでくれないか」

「記憶力には自信があるんだ」夏目が胸を張って言うので北館は思わず振り返った。
「だから、安心しろ」
北館は頷いてもう一度前を向き、両手をゆっくりと交差させる。

〈デジコード・スキャン〉


          *****

 空に向かって散ったトリケラモンのデータが晴れると、そこから人影がつかつかとレーベモンの方に歩いてきた。レーベモンはその影を見て槍を構える。
「また会えて嬉しいよ」
「俺もだ」ダスクモンは剣を構えるそぶりを見せない。
「こんなところで何してる? まさか今回の騒ぎは…」
「俺じゃねえよ、俺だって被害者だ。さっきのデカブツが頭の上から降ってきたせいで〈ヒュプノス〉のエージェントを殺し損なっちまった」その言葉に夏目が顔を強張らせる。
「高視さんに何をした!」
「まだ、何もしてねえよ。ここらの瓦礫に埋もれておねんねしてるんじゃねえか?」夏目に今気づいたようにダスクモンは退屈そうな声を出しレーベモンに言った。「学校の周りにはヒュプノスがわんさかいるし、そんなお荷物を抱えたお前と戦ってもつまんねえしな。今日はここまでってことにするかあ」
 そう言うなりダスクモンは黒い影となって消えた。レーベモンもあとを追おうとしたが、すぐに思い直すと後ろの夏目の方を向き、瓦礫を持ち上げてやった。
「ありがとう、ユウ」夏目は苦しそうに立ち上がり、埃を払った。
「今はレーベモンだ」
「高視さんを探すのを手伝ってくれないか。あ、でも…」ヒュプノスと十闘士が犬猿の仲であることに思い当たったのか彼は口をつぐんだ。レーベモンは微笑する。
「今は下らない意地の張り合いはナシだ、探すぞ。そこのテイルモンも出てきて手伝え」
「私に命令するんじゃないわよ!」
 どこから出てきたのか白い猫型のデジモンが夏目の頭に飛び乗った。
「おい、助けてもらったんだ。礼こそすれ.そんな態度はないだろ」夏目がたしなめる。
「だってこいつ〈十闘士〉のレーベモンよ! 私を殺そうとしてるってやつじゃない」テイルモンはレーベモンに喚き散らした。
「大体あんたがさっさと逃げてれば私があのトリケラモンをちゃっちゃと倒してステファンもこんな危ない目には遭わなかったのよ」
「へえ、倒せたのか?」面白そうにレーベモンが言い返したので、テイルモンは言葉に詰まる。
「そ、そりゃあ一世代上の相手だけど…」
「そんなことより高視さんを探そう、手伝ってくれるよな、テイルモン?」夏目がそう言ったのでテイルモンはレーベモンを睨みつけながらもおとなしく引き下がり瓦礫をめくり始めた。

「なあ、ユウ」夏目がレーベモンに語りかける。
「どうした?」
「本当にテイルモンを殺そうとしてるのか?」
「そうしなければ夏目が戦いに巻き込まれるんだぞ。大義なんてない、ヒュプノスの都合のためだけの戦いだ」
「俺は戦いたい」夏目の言葉にレーベモンは顔を上げ、その顔をまじまじと見つめた。
「そんなこと、二度と言わないでくれるか。ぼく達十闘士だって、好きで戦ったり罪のないデジモンを殺してるわけじゃないんだ!」
 レーベモンの強い語調に夏目はたじろぐ。
「この苦しみはもう誰にも味わって欲しくない。ヒュプノスがぼくらみたいに何か大きなものの都合のせいで戦う奴を増やそうって言うんなら、ぼくらがそれを止める」彼はそう言うとまた瓦礫をめくり始めた。その後ろ姿に夏目が言う。
「仕事の都合で両親と離れて、高視さんと二人暮らしだって言ったな。あれは嘘だ。二人は殺されたんだよ、デジモンに」
 レーベモンは手を止めた。こんな話を聞きたくはなかったのに。
「その時は高視さんがかろうじて俺を救い出してくれた。そうじゃなかったら俺は死んでたろう。今日だって…」夏目は拳を握り締める。
「もう、守られてばかりは嫌なんだ」
「…そうか」
 レーベモンはそう言って瓦礫を一つめくった。その下で高視聡とそれに覆いかぶさって守るようにしているグランクワガーモンが幸せそうに寝息を立てていた。
「ボディーガードがこうなっちゃったら、大変だもんな」スピリットを解き、北館祐は言った。
 北館と夏目はしばらく顔を見合わせると、同時に吹き出した。
「高視さんったら、何してるんだよ」
「こないだこのクワガタムシに殺されかけたかと思うと、情けなくなるね」
ひとしきり笑ったあとに、夏目が言った。
「ユウ、君の言うことが正しいのはわかってるけど、俺は戦わなくちゃいけない。取引だ。君の正体は黙っておくから」
「テイルモンは殺すなってか?」北館は笑った。「秘密協定、悪くないね」
「俺の方が立場は上だぜ」だから一つ条件を加えると夏目は言った。
「俺のことも名前で呼んでくれ」
北館は微笑した。「分かったよ、シュウ」



「とりあえず夏の青森行きだな」
 目を覚ました高視に保護され(彼が長い間眠りこけていたことは黙っておくことにした)ヒュプノスの設営した野外テントで肩にタオルをかけられた夏目は言った。
「諦めてないのか」
 同じくタオルをかけられ、ヒュプノス職員相手に居心地悪そうにしている北館が言う。
 「学校があの有様じゃあ課外学習どころじゃないだろ」歴史ある校舎は崩れ、騒ぎの収集のためにしばらくは休校、生徒たちにとっては夏休みが一週間ほど増える結果となった。
「いや、俺は行くぞ」夏目が宣誓するように言った。
「二人とも、大丈夫だった!?」整列させられていた女子達が二人に、というより夏目に駆け寄る。その後ろの方で秋穂が北館に目配せした。彼もわざとらしくパチパチとまばたきをして答えた。



 夏目に群がる女子達を押しのけてやってきた康太に北館は酷く叱られた。
「北館! お前なんで残ったりしたんだよ! それにお前もだ、転校生」康太は夏目の方を向いて言った。
「詳しいことは省くけどぼくが悪いんだ。シュウをあまり怒らないでやってくれ」北館に宥められ康太が目を丸くする。
「なんだお前ら、なんか−−」
「急に仲良くなったみたいね」
 同じく女子の群れをくぐり抜けてやってきた三浦真理が康太の言葉を引き継いだ。そしてふふっと微笑む。それは、北館が彼女に一目惚れしたときと同じ微笑みだった。
「どうしたの」北館は思わず尋ねた。
「いや、名前が似ててコンビみたいだなって、ユウくんとシュウくん」

コンビは一緒のタイミングで肩をすくめた。

      *****

「お疲れ様だったね。ミチルちゃん」
「支部長もお疲れ様っす」加納は電話の向こうの四ノ倉に言った。
「いやいや、私はこれからが大仕事だよ。ここまで大っぴらにやられちゃデジモンの存在をひた隠しにするのも大変だ」
「いつも上手くやってるじゃないですか、お願いしますよ」
「おうよ。ところで、高視くんはどうしてる?」
「ああ…」
 加納は隣の高視を盗み見た。未知の敵に敗れた上に「台風の目」であったトリケラモンを十闘士に先に倒されてしまった(これはそれを隠れて見ていたという夏目秀の証言によるものだ)ために高視はとてつもなく落ち込んでいた。本人としては夏目を危険に晒してしまったのが一番応えているようだったが、そんな電話を彼の隣でするわけにもいかない。四ノ倉には、まあ大丈夫っすよと適当な返事をした。
「それより、今回の〈台風の目〉についてなんですけど」加納が切り出すと四ノ倉もうんうんと相槌を打って言った。
「千鶴くんの所感は正しかったみたいだね。あのトリケラモンには今回のような規模の〈デジタルハザード〉を起こす力はない。リアルワールド側で、デジモンの群れを呼び寄せるような何かがあったと考えていいだろう」
 加納も唸る。「やっぱり、〈選ばれし子ども〉が一箇所に二人集まったのがまずかったんですかね」
「本部もそう考えたいようだったが私が明確に否定しておいたよ。今の所、二人の子どもの因子が反応を起こすようなことは起きていないからね」
「そうですか、じゃあ何があったんでしょう?」
「私にもよくわからないよ。高視くんが交戦したと言うもう一人の闇の闘士に関係があるのかもしれない。ダスクモンと名乗るこの種との戦闘は既に二回目だ。こいつについても詳細な調査が必要だろうね」
「つまり、ダスクモンであれ誰であれ、何者かが悪意を持って今回のハザードが起きるように誘導した恐れがあると?」
「あくまでただの仮説だ。心当たりがあるかね?」
「いえ、何も」加納ははじめて〈アイス・ナイン〉を訪れた時にデリートしたゴーレモンのことを思い出していた。クラビスエンジェモン曰く、奴の稼働には上位存在の命令が必要らしい。
「そんなことをするとしたら、十闘士ですかね?」
「大いにあり得るね。実際ダスクモンは闇の闘士を名乗っていたわけだし」しかし、と四ノ倉は言う。「支部としては全くの第三勢力という仮説も崩さずに調べていこうと思う。ミチルちゃんも何かわかったことがあったら教えてくれ」
「分かりました」加納はそう言って電話を切り、ため息をついた。

         *****

「そんなため息をつきたくなるような電話だったのか?」上司との電話を終えた加納に僕は尋ねた。
「いや、そんなことはないんだけどさ」加納はそう言ったきり難しい顔をして黙っている。
 やれやれ、と僕は思った。戦勝祝賀会をやろうと呼びかけバーを占拠した張本人である加納はおし黙り、高視はひどく落ち込んでいる。おまけに昼の間中冷蔵庫が止まっていたせいで酒もぬるく、氷もないと言う有様だった。ヒトミとギギモンだけが元気で、ストーンズの曲が流れるオーディオに向かっている。ギギモンもいつの間にか元どおりになっていた。オーディオの中でミック・ジャガーは歌う。誰か俺のベイビーを見なかったか?
 そこに扉が開き、夏目秀が入ってきた。高視がハッとしたように目を上げ、そしてまた伏せる。
「こんにちは」夏目は僕に挨拶した後、高視の隣に座った。「高視さん、まだ落ち込んでるんですか?」
「君のことを守れなかったんだよ。責任を持って預かっていたはずなのに」
 夏目は一瞬僕の方を見る。僕は肩をすくめてみせた。君にしかなんとかできないよ。
「ねえ、高視さん」彼は語りかけはじめた。「俺、今日友達ができたんですよ」
 高視は少し顔を上げると、寂しげな笑みを浮かべて答える。
「君は友達づくりに困ったことはないだろう?」
「かもしれません。でも、そいつは今までとは違う−−」夏目は胸を張って言った。「親友ができたんです。そんな相手、今までではじめてですよ」

 高視はもう俯いてはいなかった。実の親のそれと変わらない、深い喜びの情がその目に浮かんでいた。
「そうか」彼は何度もそうか、そうかと言った。「良かったな」
「ええ、それに俺もいつまでも守られてばっかじゃダメだと思ってたんです。今度テイルモンと俺に稽古つけて下さい」
「あのクワガタムシも強いからね、お願いするわ」テイルモンも現れ、バーカウンターの上で香箱を作った。
 僕は微笑みながらヒトミの方を向く。ヒトミもいずれは守られてばかりは嫌だと言い出すのだろうか。その視線に気づいたヒトミがギギモンを抱えたままこちらに駆け寄ってきた。
「どうしたの?」彼女が首をかしげるのに寄り添うように目にかかる長さまで伸びた前髪が揺れる。
「いや、なんでもないさ、今度髪を切ろうな」
 僕は彼女の頭に手を置いた。子どももいずれは大人になる。でもせめて、それまでは。
ミック・ジャガーが歌う。たまに思うよ、彼女は俺の想像でしかないんじゃないかって。
こんな悲しい夜の街の歌が、彼女をとらえないように。
ヒトミがギギモンの体の三角形の模様を撫でていた。


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