オリジナルデジモンストーリー掲示板NEXT
 

小説とその感想の掲示板です。小説を投稿される方は小説投稿規約を必ずお読みください。

         


ID.4743
 
■投稿者:くじら 
■投稿日:2017/07/11(火) 18:55


六月の龍が眠る街 2-2
六月も末になり、気象庁は梅雨入りを宣言したが、空模様はそんな国の事情にはまったく無視を決め込んだらしくきつい日差しの差す日が続いている。午後の二時に近い一日の一番暑い時間に加納満は街の中心部の官庁街の真ん中にある公園のベンチで遅い昼食を取っていた。小鳥のさえずりを聞くのは何年振りのことだろう。街の真ん中に配置された緑は仕事の合間の心を癒してくれた。
普段はエージェントの仕事時間はデジモンが実体化した時に限られる。そのために彼はいつも朝十時ごろまで起きず、やっと目をさましてから正午より前に朝食兼昼食をとるという生活をしていた。究極体を連れた〈ヒュプノス〉のS級エージェントの朝寝を邪魔しようとする不埒なデジモンはほとんどいなかったので、彼の平和と一日三回の定例報告を無視されるたびに仙台支部長の四ノ倉正敏(シノクラ マサトシ)がつくため息はいつまでも保たれるものと思われていた。そんなわけだから彼がここ最近毎日欠かさずに朝八時と午後の二時、夜の九時に定例報告をよこすようになったことは〈ヒュプノス〉仙台支部を騒がせている。
「ありえないわよ。私のモーニングコールはいっつも無視するのに。今年の梅雨は雹が降るわ」というのは彼の担当オペレータの千鶴嬢の言葉だ。モーニングコールはオペレータの業務には含まれないことを指摘するものは誰もいない。千鶴嬢の加納満への報われない恋に口出しをしないことは仙台支部の不文律となっていた。
加納が急に規則正しい生活を始めたのは神原ヒトミの護衛任務のためだ。小学生の朝はなんでこんなに早いのか、彼にはさっぱり分からなかったが、とにかく一定の距離を置きながらヒトミを護衛し、彼女の近辺に実体化する少なくない数のデジモンを処理していた。今日は社会科見学と称して県庁や裁判所を見学するらしく、午後からヒトミのクラスはこの官庁街へやって来ていた。昼食を終えた彼は公園の脇に立つ県庁舎の何処かにいるヒトミのことを考えながら二時の定例報告のために四ノ倉に電話をかけた。
「やあ、ミチルちゃん。健康的な生活は気持ちいいだろう?」四ノ倉の声は甲高く、風変わりな彼の性格を象徴するようにいつも少し揺れていた。
「そういうのは支部長みたいな五十過ぎのおじさんに任せますよ。神原ヒトミに今日のところは異常なしです。調子はどうですか」
「あんまりよくない、昨日青葉通りでリアライズしたスナイモンを〈十闘士〉にとられた」
「鋼と闇のどっちです?」十闘士というのはヒュプノスと同程度かあるいはそれ以上の歴史を持つ宗教団体で、十人のデジモンによって構成されている。どんな技術を使っているかはまったく不明だがそのデジモン達は人間が進化したものだということが分かっている。リアルワールドに現れたデジモンをデリートしてデータをデジタルワールドに送り返すのが仕事で、採取したデータを本部に保管するという方針を持つヒュプノスとは対立していた。〈十闘士〉は地域によって担当を分けているらしく北海道・東北では〈鋼〉と〈闇〉が確認されていた。もっとも、北海道に現れた個体が同じ日のうちに福島でも目撃されたりするので、本当に十人だけなのかどうかを疑う意見もあるが。
「両方だ」
「やっぱり連中も仙台を拠点にしてるんですかね」加納はかつて〈鋼〉の闘士との戦闘で片腕を折られたことを思い出して顔をしかめた。
「かもな。なんにせよあんなカルト教団みたいな奴らに負けるわけにはいかんね」
「腕を折られないようにして下さいよ」
さっさと電話を切ろうとした加納を四ノ倉が慌てて呼び止めた。
「ちょっと待ったミチルちゃん。今日はもう一つ用件があるんだ」
「なんですか、千鶴がついにクビにでもなりましたか」
「彼女は優秀なオペレータだよ。私が言ったのはそうじゃなくてね、実は〈選ばれし子ども〉の適格者がもう一人仙台にやってくる」
加納は唖然とした。「もう一人ですか、〈選ばれし子ども〉のネームバリューも随分安くなったもんですね」なんとなく皮肉を飛ばしてみる。
「まあ、そう言わないでくれ、家庭の事情で島根から来るんだそうだ、現地のエージェントがそれについて来る」
「島根に〈ヒュプノス〉の支部があるんですか? 俺はまた島根にはネットもないんだと思ってましたよ」
「支部は広島にあるんだ。それはそうと、ミチルちゃんの出身ってどこだっけ?」
「岩手県です」加納は胸を張って答えた。
「…」
「岩手にだってネットくらいありますよ」
「そうか、それは良かった。とにかく君にはその島根のエージェントと会ってもらいたい。当然のごとくS級だ」
「へえ、ついに仙台にも俺以外のS級エージェントが来るんですね、分かりました。彼との面会の場所を〈アイス・ナイン〉に設定してもらえますか。俺の担当者の住んでるバーです。それと、適格者も連れて来るように伝えて下さい」
四ノ倉は驚いた声で言った。「適格者も引きあわせるつもりか」
「適格者は案外孤独な責任感を抱きやすいものなんです。同じ境遇の仲間が欲しいはずですよ」やはり〈選ばれし子ども〉の一人であったヒトミの母の咲も自分の役目に孤独を感じていたのだと加納は最近になって思うようになった。
「そうか、君が言うんなら間違いないだろう。やって来るエージェントも君の話を聞きたがっていた。〈選ばれし子ども〉の護衛を務めていたエージェントで生きている人は少ないからね」
「咲さんの護衛任務をやっていたのは明久先輩ですよ。俺は二人にくっついていただけだ」彼は断固とした口調で言った。二年前の事件の後に本部からやってきて支部長に就任した四ノ倉はたまに部下の抱える事件に関するトラウマに踏み込んでくることがあって困る。
「ああ、そうだ。無神経だったかもしれん、すまなかったね。それじゃあ切るよ。相手に初対面で喧嘩をふっかけないようにな」
「俺をなんだと思ってるんですか」
「罪な男さ、千鶴ちゃんの電話にもたまには出てやりな」四ノ倉はそう言って電話を切った。
「千鶴?」加納は首をひねって四ノ倉の言葉の意味を考えたが、すぐにそれを忘れてしまった。今は島根のエージェントだ。

*****

〈アイス・ナイン〉での集合時刻より一時間早く、加納は島根のエージェント一人だけをバーの近くの喫茶店に呼び出した。柄にもなく緊張しているのかそれとも単なる癖なのか、彼が前もってオーダーしていたアイスコーヒーの氷を全て噛み砕いたとき、店の扉が開き、長身の男が入ってきた。落ち着いた雰囲気で加納に比べかなり高い年齢のように見えたが、彼が加納の合図に答えこちらに来るに従って、どうも印象よりもずっと若いらしいということがわかった。ジーンズに水玉模様のシャツで古いロック・ミュージシャン風に決めた加納とは対照的に、彼はスーツ姿だった。暑さにワイシャツのボタンを開け袖をまくっている今でさえ、立派に模範的な会社員としてやっていけそうである。加納が抱いたその印象に違わず、男は手を出して馬鹿丁寧な口調で挨拶をした。
「初めまして、高視聡(タカミ サトル)と言います。〈ヒュプノス〉広島支部からこの度任務の為に長期の出張という形でお世話になることになりました」
高視と名乗った男に加納は座ったまま右手を差し出す。「よろしく、高視さん。まあ座りなよ。俺の事はもう聞いてる?」
「はい、加納満さんですね? 東日本では最年少の十七歳でS級エージェントになった」
加納は首を捻った、「俺は日本で最年少って聞いてたんだけどな」
「でしたら、訂正しておきましょう」高視はにやりと笑った。「西日本では私が最年少です。あなたの同期で、同じ歳にS級になりました」
へえ、と加納は喉の奥で呟いた。どうもこの高視という男、堅いだけじゃないらしい。何より彼の関心を引いたのは高視の言葉に階級をひけらかすような自意識が見えなかったことだった。どうも純粋に俺をやり込めたいらしいな。
「それならちょっとはやるみたいだな。これから一緒に仕事をするんだ。支部の連中は俺のことをミチルって呼んでる。良ければあんたもそう呼んでくれ」
「分かりました。私のことも好きなように呼んで下さい。しかし…」高視は言葉を切った。「一緒に仕事をするというのは、単に職場を同じくするという意味でしょうか、それとも…」
「本当に一緒に仕事をするんだ」加納は高視を遮って言った。「その為に今日、適格者を引きあわせる」
「そのことなんですが、私は賛成しかねています。適格者のストレス軽減という話はわかるんですが、二人以上の適格者が集まった時に彼らの力−−デジモンを呼び寄せる力が強まらないか不安なんです」
「おいおい、その時のために俺たちがいるんだ。デジモンが一箇所にまとまって来てくれた方がやりやすいさ」加納は教え諭すような口調で言った。四ノ倉にはああ言ったが、ここは先輩面をさせてもらおう。明久も許してくれるさ。
「聞いたろうけど、俺は前に一人適格者を死なせてしまっている」
「支部長から聞きました」高視は避けようとしていた話題を相手が進んで切り出されたことに驚き、目を丸くした。
「しかしそれは、あなたの責任ではないと…」
「みんなそう言ってくれるさ、でも少なくとも俺はそう思っていない」
「いつか聞かなければいけない話だとは思っていましたが、あなたが今この話をしているのはどういう意図ですか?」
「俺たちの使命だよ」加納は精一杯真摯な口調で言った。「適格者達には、なるべく普通の生活をして欲しいんだ」
高視は黙ってこちらを見ていたが、やがて口を開いた。「それは同感です。私の担当者の両親は海外にいましてね、一人暮らしの彼がなんとか楽しく暮らせるように、私も兄がわりになったつもりで色々任務以外のこともしていました」
「それは結構」
「でも、あなたがそのつもりなら、どうして計画のことを対象に黙っているんです?」
今度は加納が黙る番だった。
「支部長の話だと、保護者にも知らせてないそうじゃないですか。最後の最後まで黙っていて、いざという時になって急に子どもを死地に放り込む気ですか?」
「…」
「何か訳があるなら言って下さい」高視の鋭い言葉に気圧され、思わず加納は彼の目を見た。一瞬間、二人の気持ちは確かに通じ合ったように思われた。
「…怖いんですね?」
「そんなわけあるかよ」冷たく返しながらも加納は情けなく思った。明久と咲が死んでから二年間ずっと隠していた気持ちを出会ったばかりの男に見抜かれたのだ。
「いつかは打ち明けてあげないと、大切な友人を裏切ることになります。」
「分かってるさ」加納は少し目をあげて言った。「なあ、高視さん。あんたは対象とどうやって接してるんだ? 俺には接し方が分からないんだ。二回目なのにさ」
「今日会えばわかるんじゃないですか」高視は素っ気なく答えて立ち上がった。「そろそろ時間です。バーの方に行きましょうよ。それと」
「なんだ?」
「好きな名前で呼んでいい、とは言いましたけど、高視さんなんて他人行儀なのは勘弁して下さい」
加納は虚を突かれたように微笑みを浮かべた。「分かったよ、高視」

〜2-3に続く〜


スレッド記事表示 No.4742 六月の龍が眠る街 2-1くじら2017/07/11(火) 18:54
       No.4743 六月の龍が眠る街 2-2くじら2017/07/11(火) 18:55
       No.4744 六月の龍が眠る街 2-3くじら2017/07/11(火) 18:57
       No.4745 六月の龍が眠る街 2-4くじら2017/07/11(火) 18:59
       No.4746 あとがきくじら2017/07/11(火) 19:00