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ID.4736
 
■投稿者:くじら 
■投稿日:2017/06/27(火) 20:26


六月の龍が眠る街 1-3
「明久と咲もああいう仕事をやっていたのか?」閉店後のバーで、僕は割れないで残っていたカクテルグラスに注いだ三杯目のマティーニを加納に出しながら尋ねた。ヒトミは僕と加納があの騒ぎの後処理(どう考えても人外のものの仕業としか思えないものを取り去るのだそうだ。例えば、四つ折りになったガードレール)をしている最中に疲れたのかバーに引っ込み寝入ってしまった。
「先輩達はもっとハードなことしてましたよ」加納はそれだけ言ってあとは口をつぐんだ。死者の思い出をともに語る気はないらしい。
「まぁなんにせよ、今日は助けてくれてありがとう。この酒はおごりだよ」
「ワイルド・ワンから助けてもらう度にお礼をしてたら、あなたすぐに破産しますよ」マティーニを少し啜って加納は言った。「もっとドライで」
「もう香りづけ程度にしかベルモットは入れてないぞ、ジンをラッパ飲みしたらどうだ」僕は残り少なくなったジンの瓶を加納に放った。彼はあたふたしながらそれを抱きとめる。
「さっきの言葉はつまり、これからもヒトミは襲われるかもしれない、ということだな?」
「そういうことです。前にも言った通り、ワイルド・ワンに出くわす人で一回だけで済んだという人は少ないです。一回目で死んだ場合を除けばね」
黙り込んだ僕に加納は明るく声をかける。
「そのために俺がいるんですよ。これから当分、俺はヒトミちゃん専属のボディガードです。先輩との約束ですしね」
その言葉の裏に小さな虚しさが潜んでいるのを僕は感じた。この男も、死んだ友との約束を果たすためだけに生きているのだろうか。そう思うと、ほのかな親近感を覚えた。その沈黙が加納には不安だったらしい。
「なんですか、黙りこくっちゃって。とにかく、俺がいるうちはワイルド・ワンがヒトミちゃんに近づくことはできませんよ」
「そうか。それは頼もしいな」そう言うと僕は先程から二人が意図的に避けていた話題に触れた。「それなら、こいつは一体なんだ?」
バーカウンターの、ちょうど僕と加納の真ん中に転がるバレーボール大の赤い球体。体のほとんどを占める大きな口に赤と黒のギザギザの尻尾。
僕が目を離した隙に、〈龍〉はバーの中にまで入り込み、穏やかな寝息を立てていた。

「こいつはギギモンですね。それなりにレアですよ。俺もこの仕事長いけど、初めて見た」加納はギギモンとやらの尻尾をつついて言った。
「そんなことは聞いてない、こんなの放っておいて危なくないのか?」
「こいつは幼年期ですから犬や猫程度にしか危なくないですよ。たまに噛んだり、ちょっと熱い泡を吐く程度です」
「ちょっと熱い泡?」
「卵くらいなら茹でれるかも。店のガス代浮きますよ」
「熱湯じゃないか! さっきの化け物みたいに、殺さなくていいのか?」僕は素っ頓狂な声をあげて言った。
「やってもいいですけど、殺していいんですか?」
うぐ、と喉の奥で音が鳴った。目の前に転がる生物は今の所無害だし、触れてみるとかすかに暖かい、それが確かに一つの命であると実感してしまうと安易に殺してくれとは言えなかった。それにこいつは少しだけ可愛らしい。少し、カワイイ。
「殺さないんだったら、どうすればいいんだ」
「ここで育てたらどうです?」いたって真剣な口調で加納が言った。
「おいちょっと待て。育つのか、こいつ」
「育ちますよー。それはもうすくすくと、さっきのゴーレモンくらい大きくなります」僕の顔に縦の線が走ったのを見たのだろうか、彼は慌てて付け足した。「そうなったらこっちで適切な処置をしますから。店に置いて見ましょうよ、ねっ? ヒトミちゃん、喜びますよ」
ヒトミのことを出されては僕に勝ち目はない。まあ仕方がない、猫だと思って世話してみよう。可愛いし。
「こいつ、何を食べるんだ?」
「人間と同じものを人間よりも多く食べますね」
「ものすごく燃費が悪いってことだな」
そんな言葉を交わす僕らを尻目に、六月の夜、龍は静かに眠っていた。

*****

すっかり寝静まった街を加納満はジーンズのポケットに手を突っ込んで進んでいた。悪くない気分だと彼は考えた。当初の目的である人物への接触は果たされたし、成熟期相手の楽な仕事でタダ酒にありつけた。ギギモンを辻に押し付けるという仕事も、思ったより楽に達成できた。任務の為にはどうしても、あのバーにギギモンを置いてもらう必要があったのだ。あの男を説き伏せるなんてとてもできないように思えたが、ハードボイルドを気取っていてもああいうゆるキャラが好きなのかもしれない。
そうは言っても溜息は隠せない。本当に辻とヒトミの幸せを願うなら、あの場でギギモンを殺すべきだったのだ。そうして自分は組織ぐるみの一大任務をおじゃんにした張本人として免職され、細々と暮らしていくことになる。俺はまだ二十七だ、クビになっても仕事はあるだろう。それなのに俺はそうしなかった。高給の仕事が惜しいからか? 世界を救うというこの任務の方が重いと考えたからか?

お前は逃げたんだ。

「しかし、因果なものだよな」闇に向けて彼は語り続ける。「親子二代で続けて適格者が出るなんて、普通ありえねえよ」

〈選ばれし子供計画〉

かつて自分の友人達を殺した計画に、今度は自分がその子どもが巻き込もうとしている。
あの時は、自分は明久と咲を守れなかった。二年前のあの日のことを思い出すと今でも加納はひどいめまいに襲われる。真っ赤で大きな口から放たれる炎。どうせ死ぬなら一緒にと無力感の中で思った俺をあの二人はこちら側に突き飛ばしたのだった。


「お前はまだ若いんだ」
俺と大して変わらないじゃないか。


「私たちは手遅れだけどね」
俺だってもう手遅れだよ。あんた達がいないんじゃあ。



「ヒトミを頼めるかい?」



「今度は、守れるかな」
初夏の闇から返事があった。「出来ますよ、マスターと私なら」
加納満は露骨に顔をしかめる。「クラビス、人の話を勝手に聞くんじゃねえ」
「マスターの独り言が多いのが悪いんです」
闇の中の声に向けて大げさに溜息をつきながら加納満は考える。あの辻玲一という男、はじめは面白みのない男という印象だったがどうもそれだけではないらしい。ヒトミのついでだと思っていたはずのあの男に少し興味が湧いた。そう長く話したわけでもないのに、何故そう思うのだろう。
「同類、ってとこかな」
「マスターと私がですか! 感無量です!」闇の中から聞こえた嬉しそうな声に加納満は舌打ちした。
「ちげえよ」そう言ってから、今度はいたって真剣な声で闇に語りかける。
「クラビス、ゴーレモンのことは知ってるな。説明してくれ」
「はい、ゴーレモンと名付けられた種は実は二種いまして、今回マスターがデリートしたのは後に名付けられた、比較的ポピュラーなゴーレモンです。昔ゴーレモンと呼ばれていた種は最近はほとんどリアライズ記録がありませんね。なんで名前の重複が起こったかという話が傑作でして、ヒュプノスのデータベースに…」
「俺が何を聞きたいかは分かるだろ、大人の事情は省略しろ」
「分かりました。ゴーレモンは岩石の巨大な体を持ちながらも基本的には動けない人形のようなデジモンです。トループモンと同じですね、なんでマスターはいつも私を差し置いてあんな人形風情を使うんですか!」
「いいから続けろ」
声はぶつぶつと小声で恨み言を呟いた後言った。「先程も言った通り、ゴーレモンはタダの人形です。自我を持って動くことはできず稼働には自分より上位の存在の力と命令を必要とします」
「…」
「マスターは今回の件に何者か黒幕がいるとお考えですか? この極秘任務の遂行を妨げる何者かが」
「分からない。でもどうもこの雲行きは気にくわない」
「そうですか? 今日のマスターはいつもと比べてとても楽しそうでしたよ。辻さんと話してる時なんか特に」
「余計なお世話だ」
「マスター」
「なんだ!」
「今度は、守れますよ。きっと」
加納満は口を噤んだ。もう独り言はいらないだろう、どんなに強がってみても、パートナーにはすべてお見通しなのだ。

*****
六月の夜の暖かな空気、けれど夏が来る前に僕等は長い長い雨の日々を超えなくてはいけない。
それが終わった時、僕らの全員が笑っていられるだろうか。そんなハッピーエンドは自分には似合わない気がした。でも、やはりそうであったらいいなと思いながら洗い物のグラスを手に取る。怪物相手には自分は非力だけれど、これから何がやってこようとも、ヒトミの眠りを妨げさせるようなことはしない。彼女が穏やかな夢をいつまでも見ることができるように。僕はもう手遅れだから、せめて彼女を守りたいのだ。

*****

少女は空を飛んでいた。赤い龍の背中にまたがり、これから父さんと母さんに会いに行くところだったのだ。少女が龍の体から恐る恐る下を覗くとそこには素晴らしい景色が広がっていた。よほど高いところなのだろう。青も緑も茶色も全てが一緒くたの色彩となって広がっていた。雲を突き抜ける度に頬が微かに濡れ(少女は雲が氷の小さな粒からできているということをちゃんと知っていた)、肺に流れ込む空気はきりりと冷えている。
ちょっと待って、彼女は龍に声をかける。理由も原理も関係なしに、唸り声だけで彼女と龍は会話ができた。引き返しましょう、玲一おじちゃんも乗せていかなくちゃ、それに今日優しくしてくれたあのお兄さんも。こんなに素晴らしい眺めなんだもの、独り占めはできないわ。


龍はそれに答えるように大きく羽ばたき、地上に降りていった。いつの間に消えたのか、その背中にはもう少女はいない。落ちちゃったのかと周りを見渡すうちに、龍は自分がだんだん小さくなっていることに気づいた。怖いな、龍は思う。今はもう羽ばたく翼もない、このまま落ちたら自分は死ぬだろう。死ぬ? ずっと前にそんなことをした気がするな、思っているほど大したことじゃないのかもしれない、なんといっても前もやったことがあるのだ。
でもダメだ、龍は首を振る。自分にはやらなくちゃいけないことがある。あの子をお母さんとお父さんのところに連れていくと約束したのだ。一体あの子はどこにいったんだろう? 首を捻って考えようにも、体はもう小さなゴム毬のようになってしまっていて捻る首がない。龍はジタバタ足を動かしながら、それでもどこまでも落ちていった。

しかし龍が落ちた地面はその予想とは裏腹に柔らかく暖かかった。これが死ぬってことだっけ? 前にやった時は、流石にもっと苦しかった気がするけどな、でも確かに自分は死んだのかもしれない。だってほら、こうしている間にも意識は薄れていく…。


少女は辺りを見回した。さっきまで自分を乗せてくれていた龍はどこにもいない。彼女が立っているのは何もない荒れ野で、乾いた砂埃混じりの風が頬に吹き付けた。私ったら、なんでこんなところに来ちゃったんだろう? おじちゃんはいるだろうか、そうじゃなければあのお兄さんでもいい、少女は大声をあげて誰かいないか尋ねながらそこら中を歩き回った。どこからも返事は返ってこない。
やがて少女は泣き出してしまった。ここが自分が夢見ていた場所だと気づいたからだ。お父さんとお母さんはこんな何もない場所で、暑い日差しに耐えているのだ。二人は確かにここにいるのだけど、私には何かが足りなくて、そのせいで二人の姿が見えないのだ。そう思うと余計悲しくなって少女は一層大きな声で泣いた。

どれだけ泣き続けていただろう。長い長い時間が過ぎた頃、少女の目は溢れる涙の中で空に赤い光が瞬くのを捉えた。あれはなんだろう。人かもしれない、と少女は嗚咽するのも忘れて思う。私もあんな風にしてここに降りて来たのかしら、でも他に誰がこんなところに来るのだろう?
赤い光はますます大きくなった。あれは人じゃない、そう少女は気づいたが、がっかりはしなかった。むしろ、もっと大きな感情が胸の左あたりで動くのを感じた。

龍だ。

そして私は、あの子を知っている、ずっと前から。

赤い光はもうすぐ側だ。あれを受け止めたら痛いだろうか、いやそんなはずはない。私と龍はずっと前から友達なのだから。

こっちにおいで、と少女は両手をあげ、光を胸に抱きとめた。眩しくあたたかい赤の色彩の中で、私は溶けてしまったような気分だ。全部混ざって、みんな一緒…



ヒトミと、いつの間にかその胸に抱かれて眠っていたギギモンは、一緒の夢から一緒に目を覚まし、それを辻玲一の呆れたような笑顔が出迎えた。朝が来たのだ。



六月の龍が眠る街 一章 終


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