オリジナルデジモンストーリー掲示板NEXT
 

小説とその感想の掲示板です。小説を投稿される方は小説投稿規約を必ずお読みください。

         


ID.4735
 
■投稿者:くじら 
■投稿日:2017/06/27(火) 20:22


六月の龍が眠る街 1-2
加納満が僕に語って聞かせた〈ワイルド・ワン〉の話はひどく荒唐無稽なものだった。ネットワーク内に息づく生物、それが時折実体化(リアライズ、という横文字を加納は腹が立つほど流麗な発音で使った)し、時には人間の生命にも危険を与える。彼は、そして死んだ明久と咲は人命のためにそんな生物を狩る仕事をしていたというのである。明久夫妻の異常死について知らなければ僕はその話を一笑に付してしまっただろう。
「その化け物が、ヒトミを狙っているっていうのか」
「そうです。ヒトミちゃんが話していた〈龍〉、あれは十中八九ワイルド・ワンです。奴らの生態は未だ未解明の部分が多いのですが、データによると連中の実体化を経験した人は複数回、それも多数の種に遭遇している人が殆どです。つまりこれから言えることは一匹にマークされた人の周りには他のワイルド・ワンも湧きやすくなるということ…」
その時、店が大きく揺れた。カクテルグラスが床に落ち、砕け散る。ヒトミが悲鳴をあげて僕にしがみついた。
「こんな風にね」

*****

店の外に出るとそこには白い霧が漂っていた。普通の霧のように肌にまとわりつくような湿り気がなく、妙に現実味に欠けている。
「夜で良かったですね、昼間だったら光の反射で目をやられてますよ」霧を見た加納が謎めいたことを言った。
「それより、ほら、あれです」
加納の指差す先、もやがかかった闇の中に、巨大な影が見えた。

その化け物の肌は遠目に見ると岩石のような質感にみえた。それが何でできているかもっとよく見ればわかる気がしたが、化け物が自分の姿を照らしていた街灯を地面から引っこ抜いたため、僕の希望は果たされなかった。
僕は視線を足元に移した。足にしがみついたままのヒトミが怯えているだろうと思ったのだが、彼女は驚くほど落ち着いていて鼻歌さえ歌っている。子どもの適応力の恐ろしさというべきか、あるいは何も分かっていないのかもしれないけれど。ヒトミを見ていると、化け物を前に心臓が早鐘を打ち鳴らし手も細かく震えている自分が情けなくなった。
「ヒトミちゃん、連れてきちゃったんですか」加納も驚き呆れたようにヒトミの平然とした様子を眺めている。
「こんな地震みたいな状況で、店に置いてくる方がまずいだろう」
「そりゃそうなんですけどね…」加納は言葉を濁した。「これから俺がすることはもしかたら子どもにはトラウマになるかもしれません。目を塞いでやってください」
そういう加納の得体の知れない雰囲気を前に、何をするつもりなのか聞くこともできずに僕はヒトミの目を手で覆った。
「辻さんも目を閉じてていいですよ」
「馬鹿言うな」強がってみせた後にヒトミに聞こえないよう声を潜めて尋ねる。「明久と咲も、あいつに殺されたのか?」
「まさか、あの程度のやつじゃ先輩は死にませんよ。それより、そろそろ下がっててもらえます?」
そう言うと、加納はポケットから携帯電話のような端末を取り出した。彼が画面に触れると呼び出し音のような音が鳴り、若い女の声が端末から聞こえてきた。
「ハイハーイ、こちら〈ヒュプノス〉仙台支部、ミチルさんですね。何かありました?」
「千鶴ちゃん、こんばんは、ワイルド・ワンだよ」
「デジモンですね、いつまでそんなまどろっこしい呼び方してるんですか? 相手はどんなやつ?」
「ワイルド・ワンが組織での正式な呼称なんだ、文句を言われる筋合いはないね。あと、俺に聞かなくたってあのでかい眼鏡とプラネタリウムみたいなスクリーンでこっちの情報は全部見れるはずだろ?」
「まったくミチルさんは固いなぁ。ゴーレモン、ね。成熟期一体なんて楽勝でしょ? まあとにかく、目視に基づく現場の詳細な状況を報告してください」
「それじゃ改めて、対象はゴーレモン、リアルワールドの物質に物理的被害を与えてるから実体化レベルは最高と言っていい。周囲に民家はなく、この時間だから商店もほとんど閉まっている。ただ…」加納はこちらをちらりと見た。「一般人がすぐ近くに二人、一人は大人、一人は子どもだ」
「それってまさか例の…」
「ああ、そうだよ」加納は怒ったような声で女を遮った。「そんなに大声で喋るな。新宿の室長にまた仙台支部は情報管理がなってないって怒られるぞ」
「あら、あんなライター野郎怖くないわよ。それより、ターゲットは大分御機嫌斜めみたいですね」
その通りだった。加納と女が和気藹々と話し込んでいる間に岩のような化け物は三本目の街灯の収穫に取り掛かっている。ヒトミはヒトミで、訳もわからず目を塞がれるのに飽きたのか僕の手を振りほどこうと暴れ出していた。
加納も女の言葉に仕事を思い出したようだ。「よし、それじゃあ始めよう。まずは〈人形〉を三つばかり頼む」
「クラビスエンジェモンさんで瞬殺してくれると我々オペレータとしてはとっても手間が省けるんですけど」
「あれは疲れる。いいからさっさとやってくれ」
「正規の手続きを踏んでください」
加納は悪態をついて端末をいじると言った。「申請、〈トループモン〉三体」
女も先ほどとは打って変わって事務的な口調で答える。「承認、装甲部データを送信します。…中身は足りてますよね?」
「当然だ」
「流石です。データ送信、完了しました」女が言い終わらないうちに白い光の矢が空から僕らの足元を打った。

三つの小さな影が僕の目にとまった。それは黒い人形で、悪趣味なガス・マスクをつけた顔と片腕につけた銃のせいで不気味な雰囲気を醸し出していたが、小学生のヒトミと同じくらいしかない背丈とずんぐりとしたシルエットのせいで迫力はまるでなかった。岩の化け物の方も怯えるそぶりは見せなかったが、それでも光とともに突如現れた三つの影には驚いたらしい、四つ折りにしようと奮闘していたガードレールを放り出して此方へゆっくりと進み出した。
怪物が近づいても微動だにしないその姿を見て「ただの人形じゃないか」と思わず呟いた僕の方を向いて、加納はにやりと笑う。
「このままじゃ確かにただの人形だな、中身がないんだから」
彼が再び端末を掲げると淡い光がその画面から溢れ出し、人形に照射された。五秒ほど光を浴びると、突然人形の頭から指先が電流が走ったようにぴくりと動いた。
「トループモン、銃撃だ。足を狙え」
加納の簡潔な指示に従うように、トループモンと呼ばれた兵士はゆっくりと銃のついた腕を持ち上げ、光弾を次々と放ちはじめた。その弾は最初のうちは化け物の巨大な岩の体をつきとおすこともできていないように見えたが、やがて足として動いていた岩石が砕けその巨体は前のめりに倒れた。道路にひびが入り大きな衝撃が走る。僕はヒトミに覆いかぶさるようにして彼女を飛び散るコンクリートから守った。
「どうしたの、おじちゃん」
「なんでもないよ、僕も地震が怖いんだ。ヒトミ、守ってくれよ」ヒトミに向けて言った。彼女がいくら落ち着いていると言っても、両親の悲惨な死に目にあったトラウマのこともある。僕がついてやらなくてはいけないと思った。
「分かった。おじちゃん、大丈夫だよ」そういうとヒトミは小さな腕で僕を抱きしめた。僕は其の儘彼女を抱え、化け物からもっと離れたところへと逃げた。

倒れた化け物は苦悶の声をあげ、まだ自由に動く巨大な腕を盲滅法に振り回す。そのうちの一撃が銃撃を続けていたトループモンを薙ぎ払った。猛スピードで巨大な岩石を叩きつけられ、避けようともせずに立ち続けていた彼等の上半身が吹き飛ぶのが見えた。思わず目を背けたが、彼等の体の断面には淡い光が漂っているばかりで、やがてそれも残りの下半身とともに粒子となってどこかに散っていった。
加納は舌打ちをすると再び端末に向かって話しかける。
「思ったより元気なやつだ。アレでさっさととどめを刺すぞ」
「ちゃんとわかる言葉で正規の手続きを踏んでくださーい!」
端末の向こうの女に向かって後で覚えてやがれといったようなことを言ってから彼は改まった口調で言った。
「申請、〈ユゴス〉の発射」
「許可します。着弾地点の座標を調整しますので改めて位置情報の確認をお願いします」
「おいおい、〈ヒュプノス〉のGPSに調整が必要か?」
「それもそうですね。それじゃあ行きますよ。三、二…」
女がカウントダウンを終えるより早く新しい光の矢が降ってきた。今度のそれは緑色をしており、まっすぐに目の前の化け物を撃ち抜いた。
眩しい緑に目を瞑る中で、誰かの断末魔が聞こえたような気がした。





〜1-3に続く〜


スレッド記事表示 No.4734 六月の龍が眠る街 1-1くじら2017/06/27(火) 20:19
       No.4735 六月の龍が眠る街 1-2くじら2017/06/27(火) 20:22
       No.4736 六月の龍が眠る街 1-3くじら2017/06/27(火) 20:26
       No.4737 あとがきくじら2017/06/27(火) 20:27