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ID.4656
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2016/06/06(月) 00:00
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幾千のアポカリプス 覚醒矛盾“6/少女と媒体売り”
         
 メタリフェクワガーモンは戦場から離脱すると、デビドラモンを追って飛んできたイビルモンから報告を受けた。
「パラサイモンから伝言があります」
「何だと?」
「“よくやった、次の準備を”とのことでした」
 よくやった、か。シルフィーモンへの強襲は、元々はパラサイモンの情報と指示があって行ったことだ。結果、シルフィーモンの殺害には失敗し、アンノウンは多大な損害を被った。にも関わらず、よくやった、だ。
 パラサイモンは何を考えているのか? 目論見の失敗を誤魔化しているだけか、それとも予定通りなのか? あのデジタル・モンスターの思考には分からないことが多かった。
 まぁ、いい。奴が明らかな失敗を犯すまでは、こちらも素直に従ってやろう。
「アンノウンの軍勢を集合場所で待機させろ。我様もすぐに向かうとな」
 メタリフェクワガーモンはイビルモンに指示を出し、デビドラモンの背から眼下の景色を見た。無数の人間たちが、何も知らずに生活している。この街が間もなく手に入る。

 これがメタリフェクワガーモンだ。
 デジタルワールドの原始領域(ネイチャースピリッツ)にいた頃の彼は、小さなエリアのひとつを管理するだけのデジタル・モンスターだった。戦乱が大きくなり、パラサイモンに接触を受けたのは、いくつかの偶然が重なった幸運からだ。彼はパラサイモンの取引に応じ、自らの所属するネイチャースピリッツを滅ぼした。
 パラサイモン自身は力のないデジモンだったが、頭の回転は速かった。メタリフェクワガーモンはパラサイモンの代わりに実力を行使し、アンノウンの中で存在感を高めていった。そしてパラサイモンの計略で、アンノウンの前の首領とムゲンドラモンが滅んだ時、彼はアンノウンの新たな首領となった。
 メタリフェクワガーモンは、自分がこの世界でも王となるべきデジタル・モンスターであると確信している。彼がパラサイモンを保護し、パラサイモンが彼を王に仕立て上げる。彼がパラサイモンの“ビジネス”の邪魔をしない限り、この理想的な共生関係は持続し続ける。
 もしパラサイモンが失敗したなら、その時に処分すればいいだけのことだ。



●●6/少女と媒体売り●●



 まさか、二日連続でこの場所に来ることになるとは思っていなかった。
 拓人は僅か一日前に自分が拘束されていた部屋で、シャツを脱いで回転ベッドに腰掛けていた。
 自分の身体を眺めると、切り傷や痣が何か所もある。特に左腕の手首は、先程の戦いで危うくトラックの荷台から落ちかけた時に酷使したせいか、動かすたびに痛んだ。
「痛む?」
 部屋に入ってくるなり、アンナは拓人に聞いてきた。右手にプラスチック製の安っぽいツールケースをぶら下げている。
「ノックくらいしろよ」
 拓人は恨みがましい表情で彼女を見たが、アンナは涼しげな顔のまま拓人の隣に座った。
「腕、出して」
「……」
 黙ってアンナの前に左手を出すと、彼女はツールボックスから取り出した包帯を慣れた手つきで巻き始めた。外の繁華街が明るくなり始めたのか、背後から射す光が、欠損したステンドガラスによって着色され、アンナの肌をオレンジ色に染める。包帯を巻き終わると、アンナは鋏で残りを切り取り、テープで固定して顔を上げた。
「次は右手」
「こっちは怪我してない」
「違う。包帯で隠してたでしょ」
 確かにその通りだ。ただ、彼女がわざわざそこまで気を遣ってくれるとは思っていなかったが……アンナの言葉に従い、次は異形の右手も彼の前に出す。その腕にも、アンナは手際良く包帯を巻いていく。
「悪かったわね」
「何がだ」
「あんたを巻き込んで」
 今更言うことか、とは思ったが、さすがに今まさに介抱してくれている相手へそう言い返すつもりはない。
「……アリスを殺した責任を取れって言ったのはお前らだろ」
「それは有香よ。私じゃない」
「お前は何がしたいんだ? 戦争に勝ちたいのか?」
「……復讐」
 アンナの声が小さくなった。彼女は間もなく右腕の包帯も巻き終えたが、表情はむしろ先程よりも暗くなっている。
「私の大事な人を殺した奴を引きずり出して、清算させる」
 彼女はそう言うと、右腕の包帯も固定して作業を終えた。自分でやるよりも綺麗な巻き方だ。試しに指を動かしてみると、普段より幾分かは関節が楽だった。
「はい、終わり」
 拓人は礼を言おうとして顔を上げ、廊下の扉が勢いよく開いた音に跳び上がりそうになった。
「いやー、やっぱ夏はすぐ汗かくね! こういう時はシャワーに限るわ! アンナちゃんも……」
 頭からタオルを被り、肌から湯気を漂わせ、隣の部屋にいたはずの朱鳥が立っていた。胸元の布地が張り詰めたTシャツとショートパンツ姿でこちらを凝視している。右手には昨日と同じ、コンビニの白いビニール袋。その視線にも服装にも反応に困り、拓人は視線を逸らした。この廃屋、まだ水道が機能してるのか。
「……ねぇ、アンナちゃん……な、何も、間違いは起きてないわよね? ね?」
 アンナは自分の座っている回転ベッドと、隣で困惑した表情を浮かべる拓人の間で視線を往復させてから、呆れた表情で朱鳥に答える。
「起きてないです。起きる心配もないです」
「そっか、良かった……! じゃあ、せっかくだからいっそ私と間違いを犯さない?」
「犯さないですし、せっかくの意味も解りませんね。もう少しきちんと身支度を整えたらいかがですか?」
 扱いの面倒な相手と会話を続けながら、アンナは肘で拓人を何度も小突いた。



「なぁ、アイツって」
「何? まさかアンナちゃんのシャワー覗く気じゃないでしょうね」
「いやそうじゃなくて」
「は? あんなに可愛いコなのに覗く気ないの? ちゃんと付いてるの君?」
「アンタすげぇ理不尽なこと言ってるの分かってるか?」
 朱鳥と入れ替わる形でアンナがシャワーを浴びに行ってからの僅かな時間で、拓人はアンナが朱鳥を煙たがる原因を十分に理解した。これはかなり手強い相手だ。あかねといい勝負だが、あかねほどよく知らない相手なので、より自分の分が悪い。
「アイツとの付き合いはどのくらいなんだ?」
「え? いや、そんな、アンナちゃんと付き合ってるなんて……照れちゃうなぁ……」
「……」
「……えーとね」
 なるほど、無言でスルーするのが一番良さそうだ。
「三年、いや四年かな。そのくらいよ」
「アイツ、さっき大事な人が殺されたとか言ってた」
「あぁ、その話ね」
 質問の趣旨を理解してくれたらしい。彼女は昨日座っていた椅子を引っ張り、拓人の前に置く。
「サンドイッチ食べる?」
 右手にぶら下げていたレジ袋から、綺麗にラッピングされたBLTサンドが出てくる。ひとまずそれを受け取ると、朱鳥の方も同じものを取り出し、包装を剥がしながらイスに座った。
「実は私もあんまりよく知らないんだよね」
 そう言いながら、朱鳥はBLTサンドに大口を開けてかぶりついた。レタスのパリッという音が響き、ほのかにベーコンの香りが漂ってくる。拓人は渡されたものを大人しく食べることにした。
「彼女の狙いがパラサイモンなのは知ってるけど、私にも詳しくは教えてくれないのよ」
 パラサイモン。表には出ず、メタリフェクワガーモン率いるアンノウンを操るデジタル・モンスターだと聞いた。アンナがそのデジタル・モンスターに拘る理由は、どうやら有香たちとは違うようだが……。
「私が会ったのは、アンナちゃんが破綻してから間もない時だった。アンナちゃんが当時通っていた小学校が、丸ごと……虚界修正法則が適用されて、この世界から消えた後だったわ」
「丸ごと? パラサイモンに?」
「アンナちゃんの知ってる限り、その学校の全校生徒が、パラサイモンに丸ごと消されたそうよ」
 拓人は一瞬、アリスとの一件で破壊された中学校のことを思い出した。あれは、冥府の管理者とキメラモンとの戦いによる被害が原因だった。
「パラサイモンはどうしてそんなことをしたんだ? デジタル・モンスターの戦いが起きたのか?」
「いいえ、戦いは起きてない。パラサイモンは、ただ子供たちを虐殺した。媒体を創り出すために」
 デジタル・モンスターがリアルモーメントに顕現するためには、ゲート因子を内包する子供が死亡する必要がある。そうすれば、選ばれし子供(メシア)システムによって、突発的にゲートが開かれる。かつてメガシードラモンやキメラモンは、こうしてこの世界に現れた。だが、それを人為的に創るなど、聞いたこともない。
 どうやらパラサイモンは、拓人がこれまで戦ったデジタル・モンスターとは、根本的に性質が異なるらしい。
「本来の選ばれし子供システムは、ごく一部の子供しか発動しない偶発性の高いプログラム。だけどパラサイモンは、子供たちのゲート因子を活性化させ、半強制的に子供の死体を媒体に仕立て上げることに成功した。そして、それがあのデジタル・モンスターの商売になった」
「商売?」
 朱鳥はサンドイッチの最後の一切れを飲み込むと、険しい表情を浮かべながら拓人を見つめて頷いた。
「“媒体売りメディア・ディーラー”。デジタルワールドでの、パラサイモンの異名よ」


 アンナは狭いシャワー室の中で念入りに身体を洗った後、頭上から落ちてくる湯を長い間浴び続けていた。気づかない内に、自分も身体中に切り傷や打撲を負っていた。しかも、この古い設備のシャワーは温度調節が上手くいかず、普通のホテルのものよりもかなり熱い。それでも、目を瞑って無心で浴び続けるのは心地良かった。
 この身体を清めながら、自分を痛めつけてくれているような、そんな気がする。
「……」
 ゆっくりと瞼を開け、シャワーヘッドを見つめた。そこから落ちてくる何本もの水流は、色さえ違えば、データ粒子の帯のようにも思える。特に思い出すのは四年前、自分の運命が決まった日に見た、散っていく粒子。
 手を伸ばして、シャワーヘッドを抑えた。湯の勢いは止まらず、腕を伝って肌を滑り降り、排水口へ落ちていく。掌の中には留まってくれない。
 これも、あの時と同じ。
「……パラサイモン」
 無意識の内に、アンナは媒体売りの名前を呟いていた。戦いのためでも殺人衝動のためでもなく、商売のために人間を殺すデジタル・モンスター。死者を冒涜するのみならず、利用し続ける醜悪な存在。
 そうだ、もうすぐだ。今日の小競り合いには勝った。有香も、戦いは近いと言っていた。ここまで来たんだ。私は、あの時の敵を討つ。
 彼女だって、きっとそれを望んでる。
 蛇口を捻り、アンナは湯を止めた。



「こんな派手に動いて、彼らが見つかるとは私には思えないね」
「同感だ」
 リボルモンとシールズドラモンは、高架橋の端に腰掛け、同僚たちの捜索の様子を眺めていた。
 メタルエンパイアは深夜になると、日中にメタリフェクワガーモンが丘岬アンナを襲撃した場所を中心に“破綻者狩り”を行った。地上ではメカノリモンたちが大通りから小路に至るまで入り込み、空中では機械竜――メガドラモンとギガドラモン――が目を光らせている。
「これだけやっても、成果は下っ端が何匹かだけ。やり方を変えた方がいいとは思わないかい?」
「ならお前がムゲンドラモン様にそう言ってこい」
「それは勘弁だね」
 頭上をまたもメガドラモンが通り過ぎる。おそらく彼の放つミサイルならば、アンノウンの成熟期クラスは一撃で葬り去ることができるだろうが、今のところそれが放たれたことは一度もない。当然ながら、メタリフェクワガーモンやパラサイモンに繋がるような情報も、未だ何一つ得られてはいなかった。
「あんたたち、こんな所で油売ってるの?」
 二体の隣に宙雲朱鳥が座る。彼女はアンナを残し、ガイオウモンとともに捜索メンバーに加わっていた。
「とんでもない。きっちり仕事はしてるぜ」
「見張りですよ。私のような鋭い眼の持ち主にぴったりの仕事です」
「単に動くのが嫌なだけでしょ、それ」
 図星を突かれてリボルモンが黙り込むが、これはいつものことなので気にしない。朱鳥はもう一方のデジタル・モンスターに用事があった。
「ねぇ、シールズドラモン。あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「俺に? 何だよ」
「昼間のことだけど……」
 朱鳥の言葉が止まった。シールズドラモンは一瞬、彼女が何を言おうか忘れているのかと思っていたが、彼女の視線が一点に集中しているのを見て原因に気づいた。その先にいるのは、数体の機械型デジタル・モンスターとムゲンドラモン、そして全身が傷だらけになったイビルモンが一体。ムゲンドラモンの隣に浮かぶ、小さな紫色の仮面にそのまま手足が付いたような形のデジタル・モンスター――完全体・テッカモン――が、彼に何か耳打ちしている。
「どうかしたか?」
 朱鳥には、そこにいる右目の辺りが腫れ上がったイビルモンに見覚えがあった。ついさっき、ガイオウモンが素手で捕らえたデジタル・モンスターの内の一体だ。朱鳥の表情から笑みが消えた。
「尋問はもうやったはずよ」
 あの場でムゲンドラモンが何をしようとしているのかは容易に想像できる。そして、それが何の成果も得られないことも分かりきっている。だが、どうやらムゲンドラモンはそう思っていないらしい。
「朱鳥がやっていても、ムゲンドラモン様はまだやってないだろう?」
「あの方を納得させるのは、そう簡単なことじゃないですからね」
 シールズドラモンは呆れた様子で、リボルモンは呑気な調子で拳銃のシリンダーを回転させながら、それぞれ朱鳥に言った。朱鳥が立ち上がっても、二体は動かなかった。
「ムゲンドラモンと話してくる」
「……あまり意味がないと思いますがね」
「それでも、よ」
 高架橋から彼女が飛び降りるのを見て、リボルモンは苦笑いを浮かべ、シールズドラモンは溜め息をついた。



「助けてくれよ……オレ、何も知らないんだよ……なぁ……」
 わざとやっているのかと思うほど身体を激しく震えながら、灰色の小悪魔は何度も命乞いをしていた。こういうタイプの捕虜は何度も見ているが、彼らのこうした生理的反応の意味するところはよく分からない。正確な返答ができるかできないか、重要なのはそこだけだ。
「メタリフェクワガーモンは何処へ行った?」
 機械加工された音声を響かせながら、ムゲンドラモンは巨大な頭部をイビルモンに近づけた。イビルモンはひいっと声を上げ、身体を後退させようとしたが、彼の両脇に居たガードロモンがそれを防いだ。
「知らねぇ! オレのような下っ端には、ボスがどこに行ってるかなんて知らされないんだ!」
「ならばパラサイモンは何処だ? それも知らないのか?」
「パラサイモンの居場所を知ってる奴なんて、それこそボスだけだ!」
 ムゲンドラモンはそのまま頭を引くことなく、イビルモンを観察し続けた。イビルモンには、頭部の奥で発光するカメラアイが小さな駆動音を鳴らしながら自分を観察しているのが見える。恐怖に支配され、動くこともできず、彼は目に涙を浮かべながら「どうか命だけは……」と小さく呟き続けた。数十秒後、観察が終わったのか、ムゲンドラモンはようやく頭部を引いた。
「どうやらこいつは何も知らないようだ」
「! あぁ、あぁ、そうだ! だから……」
 ムゲンドラモンの言葉に笑みを浮かべたイビルモンは、そのまま機械竜の左腕に取り付けられたトライデントアームに胴体を引き裂かれ、その表情のまま絶命した。
 緑色のデータの屑が辺りに飛び散って消える。近くにいたガードロモンたちはもぞもぞと身体を動かした。
「捜索を続けろ! 捕らえたデジタル・モンスターは全て俺の目の前に連れてこい!」
「機神の仰せの通りに!」
 機械竜の言葉を合図に、メタルエンパイアのデジタル・モンスターたちは再び散っていく。ただひとりだけ、ムゲンドラモンに近づいてきたのは宙雲朱鳥だった。
「これはどういうこと?」
 口調からすると、どうやら機嫌は良くないらしい。有機体の持つ感情は読み取り辛く、とてもややこしい。
「見ての通りだが」
「あのイビルモンが何も知らないことはもう確認してたはずよ」
「たった今、俺もそれを確認した」
「なんで殺したの? 殺す必要はないでしょ?」
「なぜ生かそうと思うのだ。情報源になり得ない者を生かしておく理由はない」
 ムゲンドラモンのカメラアイは、朱鳥の眉の傾斜がさらに数度上がったことを確認した。
「貴様とガイオウモンとて昼間に敵を殺しただろう」
「あれは戦いだったのよ。その違いも理解できないの?」
「ならば、その戦いでメタリフェクワガーモンを仕留めるべきだったな」
「それは……」
 朱鳥は一瞬言葉に詰まった様子だった。そもそも、朱鳥とガイオウモンが、あるいはアンナとシルフィーモンがメタリフェクワガーモンを殺してさえいれば、こんなことをする必要すらなかったというのに。
「俺に意見する前に、まずは敵を始末するのだな」
 そう言い残し、ムゲンドラモンは表情の変わらない朱鳥を尻目に夜の市街地を進んでいく。アンナも朱鳥も、戦闘以外の余計なことに頭を悩ませているのはあまり良くない傾向だ。
 この点では、自分が憑いている有香の方が彼女らよりも遥かに優れている。
「何もそこまで焦る必要はないのに」
 その有香が、何時の間にやら自分の肩に座っていた。彼女は半透明の身体で両足を遊ばせながらこちらを見つめている。
「アンナの奴はまだ情報を掴めていないのか?」
「だから焦らないでよ。まだ猶予は一日あるのよ?」
 有香は手を伸ばし、ムゲンドラモンの頭部をゆっくりと撫でた。
「準備はほぼできてる。あなたが“千年魔獣”の力を手にするのも、もうすぐよ」
 機械竜のカメラアイに、無邪気に笑う少女の顔が映った。



 ムゲンドラモンが去った後、朱鳥は路上で立ち尽くしたまま、ついさっきまでイビルモンがいた場所を眺めていた。
「だからリボルモンが言っただろう? 意味がないって」
 朱鳥の様子を見ていられなかったのか、隣に現れたシールズドラモンが彼女の肩を叩いた。
 朱鳥の考えていたことは、シールズドラモンの想像とは多少違った。
「さっきの質問、あなたに聞きそびれてたわ」
「は?」
「昼間の戦いよ。どうしてメタリフェクワガーモンはあんな軍団を引き連れて、何日か前にここに来たばかりのアンナちゃんを襲撃できたの?」
「そんなの、俺に理由が分かるはずないだろ?」
「なら、質問を変えるわ」
 朱鳥はシールズドラモンの方に向き直った。
「あの時、何が起きてたの?」



「タクト、逃げるのは終わりか?」
「拓人さん、どうするんですか?」
「どっちにしても、過去は変わらないんやで」
「あたしたちを殺した事実は消えません」
「前が見えてへんよ」
「まだ、足りませんよ」



 またあの夢を見た。一瞬で意識が覚醒し、身体を持ち上げると、拓人はやたらと広いベッドの真ん中で倒れていた。跳ね上がるような動きのせいで、ベッドが僅かに回転する。何だか、嫌な場所で眠りに落ちてしまった気がする。
 気づけば朝になっていた。背中側にあるステンドグラスから、日光が降り注いでいる。結局、この場所に一泊してしまったらしい。
「別に帰っても良かったのに」
 回転により移動した視界の先には、椅子に座って何かを読んでいるアンナの姿があった。彼女が開いている本は、昨日読んでいた文庫本よりも一回り大きい。寝ぼけた眼をこすると、ようやくその正体が、昨晩まで自分が読んでいた国語の教科書であることに気づいた。
「どうせ俺が帰っても監視は続くんだろ」
「えぇ」
「だったらここにいるのと同じことだ」
 回転ベッドから身体を起こしながらアンナの様子を観察する。話をしながらも視線を上げず、熱心にページをめくっているところを見ると、どうやらポーズではなく本当に教科書を読んでいるらしい。拓人の頭に、ふと疑問が浮かんだ。
「お前、学校は?」
「この身体になってからは行ってないわ」
「……その教科書、意味分かるか?」
「国語はね。読書、好きだから」
 思えば図書館で最初に会った時にも、彼女は読書していた。朱鳥の話からすると、彼女が破綻者になったのは小学生の頃だろうから、本の知識は彼女にとって生きるのに必要不可欠なのかもしれない。
「何読んでんだ?」
 何の気なしに聞いた。アンナはまたページをめくってから、問に答えた。
「“その声は、我が友、李徴子ではないか?”」
「……あー」
 また随分と渋いものを。俺はお前の友でも、李徴子でもないが。
「何で『山月記』?」
「なんか……面白かった、から」
 拓人はベッドの上で胡坐を掻き、アンナをじっと見つめた。昨日の朱鳥の話を思い出す。“媒体売り”パラサイモンの抹殺が彼女の目的。破綻してからずっと、彼女はそれだけのために生きてきた。
 ならば。
「なぁ。もしパラサイモンを倒したら、お前はどうする気なんだ?」
 この質問に、アンナは初めて顔を上げた。何故か不意を突かれたような表情で、目を丸くして拓人のことを見つめ返していた。握手を求めてきた時に感じた、引力のある瞳。あの不機嫌な表情よりも、この顔の方が幾分か魅力的だと、拓人は思った。
「それは……」
 彼女の視線はしばらく動かず、拓人も彼女を見つめ返すのを止めなかった。やがて、アンナはまた視界を教科書に戻す。まるで考え事を止めるかのように。
「パラサイモンを殺すまでは、その先のことなんて考えられない」
「なんでお前がそこまでそいつに固執してるのかは知らないけど……お前、それでいいのか?」
 アンナの表情が、少しだけ曇った。
「良いか悪いかじゃなくて。私はそうしなきゃいけないの」
「……そうか」
「えぇ」
 しばらくの間、また沈黙が流れた。アンナは教科書に集中しようとしているようだった。額に皺を寄せ、瞳はただ文字を追い続けている。
 その様子は、何か途轍もなく無理をしているように見えた。
 こんな陰気な表情で、また今日も一日監視を続けられるのは御免だ。どうすれば良いのかは分かっている。
「中学だ」
 その一言が、教科書をめくろうとするアンナの手を止めた。
「俺が、アリスと……キメラモンと戦ったのは、あの中学校だ」
 これがどんな結果をもたらすのか、拓人には分からなかった。だが、昨日は彼女に命を救われ、自分も彼女とともに戦った。
 彼女の申し出に応えることが、何かに繋がれば。
「これで満足か?」
 アンナは教科書を閉じ、ただ一度だけ頷いた。


スレッド記事表示 No.4656 幾千のアポカリプス 覚醒矛盾“6/少女と媒体売り”Ryuto2016/06/06(月) 00:00
       No.4657 5話感想返信Ryuto2016/06/06(月) 00:02
       No.4658 感想浅羽オミ2016/06/06(月) 01:18