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ID.4621
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2016/02/07(日) 01:00
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幾千のアポカリプス 覚醒矛盾 “2/少女と握手”
         
「あれま、帰ってきたか。おかえり」
 アンナがビジネスホテルの部屋に戻ると、宙雲朱鳥(そらぐもあすか)は身体から湯気を立ち昇らせ、ドライヤーで短く整えられた髪を乾かしていた。この様子だと、どうやら起きたのは正午を過ぎてかららしい。
「すっかり体内時計が狂ってますね」
「アンナちゃんが規則正しい生活し過ぎなんだって。あなたは若いんだしもっと無茶しないと」
「私と大して歳変わらないじゃないですか……」
「ティーンエイジャーの三つは大きな違いよ」
 アンナが朱鳥と初めて出会った頃から、彼女は既に破綻者だった。かれこれ四年ほどの付き合いになるが、彼女のマイペースな言動には慣れてきたとはいえ、未だに呆れてしまう時がある。外見だけは随分と大人びているのに、思考回路が自分よりも年上だとは思えない。
「あ、有香は今夜こっちに来るって。なんか今忙しいらしくて」
 ドライヤーの音に負けないためか、やや大きめの声で連絡事項を伝えてくる朱鳥を尻目に、アンナは備え付けの冷蔵庫から白いビニール袋を引っ張り出した。昨夜のうちに買っておいた、昼食代わりのゼリー飲料を袋の中から見つけ、白いキャップを外す。
「アンナちゃんは何かあったー?」
 その言葉に返答する代わりに、アンナはポケットから今日の収穫を取り出して朱鳥に放り投げた。ドライヤーで塞がっている左手の代わりに、右手で慌てて受け止める朱鳥を見ていると、手に水滴が付いたままなのではないかと少し心配になった。投げて渡したのは失敗だったか。
「何これ?」
「開いてみてください」
 朱鳥は訝しげな表情を浮かべたまま受け取った生徒手帳を開いたが、しばらくするとそのページに辿り着いたようで表情を変えた。
「どうやってこれを?」
「偶然ですよ。さっき彼に会ったんです」
「何その言い方……はっ」
 生徒手帳に載っている写真と、自分の握るゼリー飲料を見比べ、朱鳥の表情が蒼白になる。
「まさかこの男と……」
「違います」
「それを咥えてるのもメタファー!?」
「そういうこと言ってて恥ずかしくないんですか?」
 要らぬ妄想癖を直してもらえれば、どれだけ早く会話が進むのだろうか。妄想というよりも本気でそう思っていそうなのが心配だが。
「それで、どうするの?」
「明日行ってみますよ、その学校に」
 朱鳥の視線を尻目に、ゼリー飲料を飲み干す。遅めの昼食はこれにて終了。
「予想通りなら、彼とまた会えそうですからね」





●●2/少女と握手●●





 砂原拓人は図書室の入り口前で困惑していた。
 どうやらどこかで生徒手帳を無くしたらしい。昨日は確かにあったはずなのに。それほど頻繁に取り出すものでもないが……と、そこまで考えて、昨日の帰り道で人にぶつかり、リュックの中身を派手にぶちまけていたことを思い出す。もしあの時にうっかり落としたのであれば……失敗した。あの時に、ちゃんと持ち物を確認すべきだった。
「どしたの、サハラくん?」
 しばらく立ち尽くしていると、眼鏡を掛けたワンピース姿の女性に声をかけられた。どうやら三森あかねはこの日も図書委員の手伝いに来ていたらしい。
「その……生徒手帳をどこかで無くしてしまったらしくて」
「あらまぁ。心当たりは?」
「あるにはあるんですが……何せ昨日の話なので。この後交番に行くしかないですね」
 今すぐあの場所に戻っても、見つかる気はあまりしなかった。まぁ、見つからないとしても再発行の手続きを行えばいい。色々と自分に対する言い訳を考えているが、要はこの炎天下の中へ逆戻りする気があまり起きないのだ。
「ま、それもそうか……あ、今日も勉強してくよね? 悪いけどココに名前書いといてくれないかな」
 そう言って、あかねはバインダーに挟まれたA4サイズの用紙と、ボールペンを手渡してきた。「学外利用者名簿」と書かれている。
「生徒手帳持ってきてない場合は書いてもらうことになってて……ごめんね、私の代の時はテキトーにやってたんだけど、もう卒業しちゃってるからさ」
「いや、普段からしっかり管理してくださいよ」
「サハラくんはいつもそうだね……正論言えばいいと思ってるようなつまらない大人になっちゃ駄目だよ?」
 この会話の応酬を続けていると永遠に図書室へ入れない予感がしたので、黙って名簿に自分の名前を書き込む。と、自分よりも先に二人分、名簿に名前が記入されていることに気がついた。
「もう来てる人がいたんですか?」
 夏休み期間中、図書室が利用可能なのは午前九時からで、今は開室してから十分ほどしか経っていない。普段ならば図書委員以外で一番に入室しているのは自分なので、これは少し意外だった。
「うん、女の子二人組」
「へぇ……」
「他校の生徒なのかな? 知らない顔だったよ……あ、記入ありがと。受験勉強ファイトだよ」

 図書室に入ると、あかねの言っていた通り、大テーブルの真ん中の席に女性二人が並んで座り、文庫本を読んでいた。
 ひとりはポニーテールを赤いリボンで結び、この学校のものとは違う半袖Yシャツとニットベストの制服を着た同世代くらいの少女。もう一方はやや年上で、ショートヘアに白いTシャツ、ケミカルウォッシュのデニムパンツという、図書室ではあまり見かけないタイプの出で立ち。出るところが出ていて、Tシャツの胸部に描かれている青いロゴがかなり伸びて読み辛くなっている。思わず視線が持っていかれそうになるのを理性で抑え、拓人は端の席に座った。
 ゴトッ。
 教科書とノートをリュックから取りだし、机の上に広げた時、椅子が動く音がした。聞こえてきた方向からすると、さっきの二人のうち、どちらかが席を立ったのだろう。今まで読んでいた本を取り替えるつもりなのだろうか。
 机の上にあるノートの右ページに、少しだけ影が差した。
「あの」
 間近で聞こえた声に心臓が跳ね上がる。顔を上げると、そこには先程のポニーテールの少女がいた。無表情で、自分の右隣に立っている。
 一体なぜ? もしかすると、さっき彼女たちを見ていたことについてだろうか?
「昨日、お会いしましたよね?」
「――あっ……」
 そこまで言われて、拓人はその少女の顔を見たのが初めてではないことをようやく思い出す。目の前にいるのは、昨日の帰り道にぶつかった相手だ。自分が落としたリュックの中身を拾ってくれた相手。つまり……。
「これ、昨日拾ったんです。お返ししたくて」
 彼女の手の中には、ついさっき図書室の前で探していたものがあった。やはり、あの時に落としていたのだ。
「ど、どうも」
 恥ずかしさと僅かな安堵を感じながら、拓人は左手で生徒手帳を受け取り、机の上に置く。再発行の手続きはせずに済みそうだ。ひとまず、目の前の問題は解決した。
 新たな問題は、ポニーテールの少女が立ったまま動かずに、
「よろしく」
 右手を差し出してきたことだった。
 奇妙な事態だ、と思った。彼女が拾った生徒手帳を返してもらった。そこまでは分かる。なぜ、握手する必要がある? なぜ、「よろしく」と言う?
 それに――。
「……あ、あの」
 なぜ、机の上に置いている左手ではなく、右手での握手を求める?
「?」
「すみません、その……右腕を怪我、してて……」
「あら、不思議ですね」
 疑問が山ほど浮かぶ。この不可思議な状況を前に、左腕に少しずつ鳥肌が立ち始めた。ここに来るまでに汗をかいた背中に寒気を感じる。拓人はゆっくりと左手を上げたが、彼女が右手を下げることはなかった。
「昨日ぶつかった時には痛そうじゃなかったですし、握手くらい良いのでは?」
 ポニーテールの少女は相変わらず無表情で、口以外は全く動かしていなかった。自分のこめかみの辺りから頬に、汗が流れていくのを感じる。少しだけ視界を動かすと、彼女の奥でTシャツの女性がにやにやと笑いを浮かべながらこちらを見ていた。
 気づかれている。
 拓人は自らの状況認識が誤っていたことをようやく悟った。これは奇妙でも、不可思議な状況でもない。緊急事態だ。
 今は何もできない。特に、この図書室で、背後に三森あかねがいるこの状況では。
 拓人は少女の顔をもう一度見た。澄んだ茶色い瞳が、自分を真っ直ぐに見返している。引力のある瞳。視線を外すことができなくなる瞳。ごまかしが利かない相手だ。
「……」
 逡巡は長くは続かず、拓人は右腕を机の下から引き上げ、少女の前に差し出した。包帯が巻かれ、左腕よりも一回り太くなっている腕。白い包帯の中にある掌が震えているのは自分の動揺か、それとも別の原因があるのか。
 少女のほっそりとした白い腕が伸び、拓人の右手と少女の右手が重なる。年相応の、あまり大きくない手だった。
「丘岬アンナです」
 自己紹介し、ポニーテールの少女は小さな笑みを浮かべた。茶色い瞳だけは、冷たい視線のままだった。
「……」
「よろしく。砂原拓人さん」
 拓人は少女の右手を握り潰し、そのまま指先に付いた三本の爪で喉元を切り裂いてやりたいという激しい衝動に駆られた。が、そうする前に、彼女の右手は自分の右手を離れる。
 握手という儀式と、「砂原拓人」「丘岬アンナ」という互いの名前の確認。おそらく彼女が求めていたであろう最良の結果を、自分はまんまと与えてしまった。
「それでは」
 いつの間にか、少女の隣にショートカットの女が立っていた。いつの間に棚に戻されたのか、彼女たちが座っていた席にあった文庫本は既に消えている。丘岬アンナの表情からはまた笑みが消えていた。
「また会いましょう」
 その言葉を最後に、二人分の足音が自分の席から遠ざかっていった。カウンターからは、開室して十分ほどで出て行ってしまった、奇妙な学外利用者を訝しむ図書委員の声が聞こえる。
 どうすべきか。今起きたことを全て忘れ、今日の受験勉強を始めるべきか。一年前に起きた出来事のようなこととは、二度と関わるつもりはない。関わるべきではない。
 しかし、関わらないためには、彼女たちが何者なのかを知らなければならない。情報が足りない。
 図書室の扉が閉じる音を聞いた瞬間、ついさっき広げた勉強道具を全てリュックの中に放り込み、拓人は立ち上がった。

 図書館を出て、熱をたっぷりと吸収しているアスファルトを踏みつけ、拓人は二人の少女の後を追った。無論、気づかれないようにある程度の距離を取りながら。何も知らない他人からすると今の自分の動きはストーカーに思われかねないので、彼女たちが人気のない路地の中に入っていくのを見た時は少しばかり安心した。
 そして間もなく、事態はそれほど単純ではないことに気づいた。
 中心街へ通じる道から歓楽街のある道へ、更に雑居ビルと雑居ビルの合間の小路へと二人は歩いていく。どうやら会話をしているようだが、それは拓人の耳では聞き取れなかった。十分ほど歩いただけで周囲にあれほど居た人々の姿は見えなくなり、代わりに薄汚れたコンクリートの壁と、風俗店や金融業の看板が目立つようになってくる。心なしか太陽光も先ほどより感じなくなったが、不快な湿気と暑さだけは変わらなかった。
 雑居ビルに入っているテナントのオーナーと思われる、両手にゴミ袋を握った中年男性が不審感を露わにしてこちらを見つめていることに気づき、拓人は自分がこの辺りを歩くべき年齢ではないことを思い出した。深入りはこのくらいにして、この場所を後にした方が良いのかもしれない。先を歩く二人組の足取りには相変わらず迷いがないのが不思議だが。
 拓人が幸運だったのは、先程の男性の視線によって今の自分の状況に気づくことができたことと、もう何度目か分からない曲がり道の後、路地の脇にゴミに塗れて眠っている浮浪者らしき影を見つけたことだ。
 これ以上追うと、彼に背中を見せる必要が出てくる。
 それは、あまり良くない。
「おい、動――」
 背中に冷たい金属製の何かを押し付けた何者かは、「動くな」と言いたかったのだろう。そうはいかない。
 すぐさま拓人は反転し、背後にいる彼の腕を左腕で掴む。汚れた外套とカウボーイハットを被った彼の腹に蹴りを入れると、呻き声を挙げる彼の手から、リボルバー式の拳銃が落ちた。
「クソが!」
 脇にあったゴミの山が盛り上がり、中から黒い影が現れる。それはもう人間の姿をしていなかった。黒い装甲と非対称の暗視ゴーグルを装着した、竜人型のデジタル・モンスターだ。
 拓人は左手を伸ばし、背後の敵が落とした拳銃を拾う。だがそれをデジタル・モンスターに向けようとした瞬間、拳銃はトリガーよりも上が真っ二つになっていた。竜人が左手に握ったアーミーナイフの真上に拳銃の砲身が舞っている。
「……っ!」
 拓人は直前まで、右手を彼らに向けることを躊躇していた。だが彼らがデジタル・モンスターであると認識した瞬間、躊躇する余裕など消え去った。
 包帯が巻かれたままの右腕を一度引き、飛び込んでくる竜人に向けて放つ。竜人の握るナイフが拓人の身体に到達するよりも前に、右手が竜人の顔面を捉えた。鈍い音とともに竜人が吹っ飛び、腕を纏っている包帯が千切れる。
「お前ら一体……」
 身体を曲げて無様に跳んでいく竜人の背後から、彼よりもずっと小さな、しかし彼よりも動きの速い影が現れる。一直線にこちらに向かってくるそれの後ろに靡く髪の毛で、その正体がさっきの少女であることが分かった。
「!」
 すぐさま、拓人はもう一度右腕を振るう。今度は殴るのではなく、彼女の勢いを止める威嚇のために。
 それがいけなかった。
 拓人の腕は何かを捉えた訳ではなかった。にも拘わらず、何か上から圧迫されるような重さを感じる。視界に白い羽が入ってきた。
 鳥と獣の中間のような形をした白く太い腕が、自分の右腕に掛けられている。更に力が加わると、今度はポニーテールの少女の顔、彼女が着ているニットベスト、靡く緑色のスカート、最後にそこから伸びる左足と、スニーカーが目に入ってきた。それが自分の右腕を踏み台にして、より高く彼女の身体が跳び上がる。
 一瞬、彼女の身体が完全に太陽を覆い、逆光になった。嘘だろ、どんな身体バランスだよ。
 次の瞬間、額に彼女の膝が激突し、強烈な痛みと眩暈が拓人を襲った。
 両足が崩れ、身体がアスファルトに激突する。寸での所で後頭部が激突するのは避けられた。背中にリュックを担いでいたおかげか。遠くに飛ばされそうな意識を掴み、どうにか目を見開くと、今度は白い腕に喉を掴まれる。強烈な圧迫感で呼吸が止まった。冷たい茶色い瞳が、自分を見つめている。
「ストーキングなんて感心しないわね」
 馬鹿言うな、そう仕向けたのはお前らじゃないか。
 そう言いたくても、首を絞められているので声が出ない。右腕も動かないが、それはどうやら彼女の身体が右腕に圧し掛かり、喉を絞めていない方の腕で肩を固定しているかららしい。
 酷いことをしてくれる。だが、左腕に対する注意は怠っているようだ。
 拓人は左腕を圧迫された背中に回し、僅かに開いているリュックの口を弄る。彼女がその動きに対応するよりも前に、分厚い問題集が主人の要望に応えてくれた。
 強引にリュックの口からそれを取り出し、思い切り彼女の顔めがけて振るう。当然ながらダメージは与えられなかったが、そんなことは初めから期待していない。注意を一瞬でも逸らすことができればそれで良い。
「きゃっ……」
 右腕を起点に、身体を思いっきり彼女の方向に捩じる。上下が反転し、拓人がマウントポジションを取った。重力の方向が変わり、一瞬だけ力の抜けた白い腕を左手で弾く。今度は拓人の右腕が彼女の喉を絞める瞬間だった。
「かっ……!」
 こうして立ち位置が変わると、やはり彼女が同世代の女性であることを実感した。身体は自分よりも明らかに細いし、胴体の動きは体重だけで制御できる。変化した白い両腕すら、自分の右腕よりは細かった。
 今の状況は、傍から見れば明らかにインモラルな光景だろう。だが自分の命が掛かっているし、目の前にいる少女は普通の人間ではない。もちろん自分も普通の人間ではないが。まずは彼女の抵抗する力を奪い、それから状況を整理する必要がある。
 ポニーテールの少女はしぶとかった。数十秒絞め続けてもなお両腕をばたつかせ、自分を睨みつけてくる。降参するつもりはないらしい。敵意剥き出しの瞳の鋭さは、自分の最初の恋人が他人を罵る時の眼によく似ていた。そろそろ意識を手放してくれるとありがたいが……。
「後ろに気をつけろ」
 低く、重みのある声。その方向に振り向こうとした瞬間、首元に衝撃を受ける。
 意識を手放す直前、拓人は鎧武者のような姿をしたデジタル・モンスターを見たような気がした。


スレッド記事表示 No.4621 幾千のアポカリプス 覚醒矛盾 “2/少女と握手”Ryuto2016/02/07(日) 01:00
       No.4622 0話および1話感想返信Ryuto2016/02/07(日) 01:08
       No.4623 俺は最初からポニテ好き度マックスだぜ夏P(ナッピー)2016/02/08(月) 20:10