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ID.4937
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/03/26(月) 00:00
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グッド・オールド・フューチャー 9/また会おう
         
 リリスモンが目覚めると、不自由な腰から伝わる感触が普段と違うことに気づいた。普段座っている車椅子の座席ではない、何か固いものに自分は腰掛けている。
 左手で周りに触れると、その正体が分かった。
 これは木箱だ。地下倉庫に積んである、品物を詰めた木箱。
 なぜそんな場所に座ってる?
 いつもの車椅子はどこにあるのか?
「……」
「あ、起きた! おい、起きたぞ、小娘!」
 聞き覚えのある、耳鳴りがするほど大きな野太い声。重い瞼を上げると、何やら小さな人間のシルエットが、小走りで自分の方へ駆け寄ってくる。
「リリスモンさん! 大丈夫ですか?」
「……」
 大きな瞳を少し潤ませながら、心配そうな表情を浮かべる、新しい選ばれし子どもの少女。首から下げたタグには、意識を失う前に見たままに、草薙タツキと同じ紋章が輝いている。
 リリスモンは思った。全く、この娘は何を考えてるんだ?
「よ、良かった〜……本当、このままリリスモンさんが起きなかったらどうしようかと……心配しましたぁ……」
「だから言っただろう、大丈夫だと。俺は狙いは外さない」
 彼女の隣に現れたのは、金色に輝く鎧をまとった獣の騎士。そして春子と同世代の、長い髪の少女だった。
 記憶が正しければ、この騎士はついさっきまで自分と戦っていた、ドーベルモンの進化した姿だ。彼が今抱えているのは長刀ではなく、さっきまで自分が乗っていた車椅子の残骸だった。
「だ、だって、本当に指示が伝わってるか分からなかったし……あんな風に壊れるなんて思ってなかったもん」
「いや、本当すげぇ音だったぜ。俺も思わず起きちまったよ。しかし、まさか社長を倒しちまうとはな」
 隣で談笑するミノタルモンは自分の身を案じてか、医療キットやら氷嚢やらを大量に持ち込んでいた。その心構えは買うが、お前はそれ以前に大失態を犯しているだろう。後でキツい仕置きが必要になりそうだ。
 しかし、それより問題は。
「ハルコ。あんた、何でココにいる?」
「え、はい、もしものことがリリスモンにあったらどうしようと思って……」
「違うだろ!」
 大声を出すと、この脳天気な小娘もさすがに飛び上がった。
「ジェームズを助けにいくんじゃなかったのかい?」
「え、あ、はい、その、つもり、です……けど」
 愚か者め。
 こんな風に反抗しておいて、まだ私の顔色なんか窺ってるのか。
「じゃあなんでこんな所で油売ってるんだい!」
「……!」
「そのためにあたしと戦ったんだろう!」
 そして右手を伸ばし、今は開かれている鉄扉を指す。
 春子の表情が明るくなった。彼女は大きく頷いて、隣の少女を見る。
「シーラ。ミノタルモンと一緒に、リリスモンさんのこと見ててくれる?」
「うん、分かった」
「私はクーレスガルルモンと行ってくる」
 そして出口へ向かうのかと思いきや、春子は一歩前に出る。
 リリスモンは目と鼻の先にある春子の瞳に、自分が映っていることに気づいた。
「リリスモンさん、ありがとうございました!」
 深々と頭を下げる。
 春子のその動作に、リリスモンはまたしても呆れた。
 何度そう思ったか分からないが、この小娘は本当に愚かだ。
 そんな礼儀に何の意味があるというのか。
 まして私は七大魔王だ。選ばれし子どもの敵だ。
 さっきの戦いだって、私はクーレスガルルモンを殺そうとしていた。
 いや、今だって右腕を伸ばせば、この爪で軽く引っかくだけでこの小娘を殺すことができる。最後の選ばれし子どもを葬れる。そういう相手の前に首を垂れるということのリスクを、この小娘は考えてない。
 七大魔王に対して「ありがとうございます」だって?
 本当に、この、小娘は。
「もういいよ、行きな」
「……はい!」
 ミノタルモン並みの大声を出して、歯を見せて笑ってから、彼女は踵を返してゲートに向かう。クーレスガルルモンが春子に肩を貸し、春子が彼の背に飛び乗る。
 リリスモンはふと、昔見た光景を思い出した。
 若き日のジェームズがメタルガルルモンの背に乗り、戦いへと赴く姿を。
「でも、あんたはジムにはなれないね」
 もう、なる必要もないのだろうけど。
 リリスモンは後ろ姿を見つめながら、小さく呟いた。



 ジェームズは、ウォーグレイモンがドラモンキラーを構えるよりも先に彼に銃口を向け、躊躇なく発砲した。黒い装甲が銃弾を弾いても、気にせず二発、三発と発砲を続ける。ウォーグレイモンはジェームズを見つめたまま、攻撃を弾きつつゆっくりと歩きながら左腕を上げた。
 そしてそのまま掌の中に火球を作り出し振りかぶろうとするも、それまでとは全く違う方向から飛んできた無数の銃弾が足元の床を穴だらけにしたことで、再び停止せざるを得なかった。
 アンドロモンでも、ミスティモンでもない。まだ敵がいる。
 吹き抜けになっているロビーの上層を見上げる。
 灰色のコートと青いスーツの魔人だ。
 彼はウォーグレイモンに対し、手にした巨大なマシンガンオーロサルモンを向けていた。
 またしても懐かしい顔だ。
 ウォーグレイモンは攻撃の標的を変更し、火球をそのデジモンに向かって投擲する。既に魔人型デジモンは二階から飛び降りており、そのまま綺麗に目の前へ着地した。
 スーツの袖から短刀を取り出すと、彼は素早くその刃をウォーグレイモンに向ける。
 寸でのところでウォーグレイモンは爪で刃を受け止めた。
「貴様もまだ生きていたのか、アスタモン」
「社長……いや、リリスモン様が貴様によろしくと言っていたよ」
 アスタモンは腕を一瞬だけ引き、ウォーグレイモンのバランスを崩して再び刺突を試みる。右腕のドラモンキラーを振り上げようとする動きを察知し、彼も右手のオーロサルモンを持ち上げ、爪と爪の間に引っ掛けて動きを封じる。ガイアフォースを使わせる気はない。このまま至近距離で、最小の攻撃で致命傷を与えるのがアスタモンの狙いだった。
 ウォーグレイモンに対する戦術としては、彼の狙いは間違っていなかったのかもしれない。だが、それでもまだ足りなかった。
 ウォーグレイモンはミスティモンの時と同様、アスタモンには信じられないくらいの力を腕に籠め、彼を押し始めた。アスタモンの両足が徐々に滑り、受けの姿勢を維持することで精いっぱいになる。これでは短刀を引いてバランスを崩そうとしても、次の攻撃を仕掛ける前に潰されるだろう。
「無駄だ」
 ウォーグレイモンはそう言うと、唐突に身体を捩じる。
 彼の背後には炎を纏った剣を振り上げたミスティモンがいたが、アスタモンの方を向いたまま、ウォーグレイモンはその攻撃も察知していた。
 ウォーグレイモンの右腕が動き、ミスティモンの剣を受け止める。それまでドラモンキラーを封じていたオーロサルモンはあっけなく宙を舞い、カシャンという音ともに床に落ちた。
「ジョーダン! 逃げろ!」
「人の心配をしている場合か?」
 右足から放たれた鋭い蹴りに気づくことができず、ミスティモンは肺の中の酸素を絞り出されながら床を転げた。ミスティモンと入れ替わるように、アンドロモンが光刃を輝かせて突撃したが、ウォーグレイモンはそれすらも易々と受け止めた。
 計算が合わない、とアスタモンは思った。
 ガイアフォースを放つこともできないような至近距離で、二本しか腕を持たない竜人は、自分たち三体と対等以上の戦いを続けている。三体のうち一体は元・選ばれし子どものパートナーで、残りの二体も数々の戦乱を生き抜いてきた完全体だ。例え究極体であろうと、この数の差を埋めることなど普通はできない。
 だが、それができるのが草薙タツキのパートナー、英雄ウォーグレイモンだ。
 一瞬右腕を引いたウォーグレイモンが、ドラモンキラーをそれまで以上の速度で動かすと、アンドロモンの腕が分解し、ミスティモンの刃が折れた。その動きに対応して防御の姿勢を取る前に、今度はウォーグレイモンは二つに分かれた背中の盾――かつては太陽の紋章が刻まれていた勇気の盾ブレイブシールド――の片方を取り、その縁を自分の頭部に叩きつけた。
 奇妙な音が体の内側に鳴り響き、力が抜ける。
 そのまま、ウォーグレイモンの両腕が放った炎の飛沫が、アンドロモンとミスティモンを沈め、自分の身体すら弾いた。
 これでも敵わないのか。
 化け物だ。

 ジョーダンはミスティモンの言葉を聞くよりも前に行動を起こしていた。
 時折飛んでくる火の粉や激しい打撃音に身体を震わせながら、戦いの中心部から離れようと入り口に向かって走る。やがて、ウォーグレイモンが破壊して引き剥がしたセキュリティゲートの残骸が転がっているのを見て、その物陰に身を隠した。
 そこには先客がいた。薄汚れ、煤だらけのコートとスーツを着た老人が、右手に握る小銃にマガジンを装填している。
 彼の表情は冷静そのもので、この場にはそぐわないほど落ち着いていた。
「何をしているんだ? ジェームズ!」
 まさかまだ戦う気か?
 あのウォーグレイモンをそんな小さな武器で殺せると、本気で思っているのか?
 ジェームズはこの質問には答えず、装填を終えると黙ってジョーダンを見た。
「デジヴァイスを返してくれ」
「何だと?」
「さっき君に渡したデジヴァイスだ。持っているだろう」
 意味が分からない。そんなものを今持ったところで何になる?
 彼のパートナーだったガブモン、彼の進化したメタルガルルモンがこの場にいれば、ウォーグレイモンには勝てるかもしれない。だが彼はとっくにこの世にはいない。
 デジヴァイスは無意味だ。
「頼む」
 もうどうでもいい。ジョーダンはコートのポケットを探り、デジヴァイスを乱暴にジェームズへ投げ渡してから叫んだ。
「僕は逃げるぞ! あんな野蛮な戦いに付き合ってられない!」
「なぁジョーダン。君はミスティモンのパートナーか?」
「は?」
「君はまだミスティモンのパートナーなのかと聞いている」
 なんだ、その質問は?
「当たり前だろう! 何が知りたいんだ? 君は何がしたいんだ!」
「そうか」
 背後で起きている壮絶な戦いなど気にもしていないような顔で、ジェームズは立ち上がる。
「これが終わったら、君も彼のためになることをしてくれ」
それだけ言うと、ジェームズはジョーダンの返事も待たずに残骸の影を離れ、また元の場所へ戻っていく。
 死が待つはずの戦場へ。
 ガラス製の自動ドアに赤い光が入り、ジョーダンの耳にけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。

 床に倒れた三体のデジモンに最後の一撃を与えようとしているウォーグレイモンが見え、ジェームズは銃を真上に向けて撃った。
 彼に威嚇の意味などないが、意識をこちらに向けることはできる。
ウォーグレイモンは振りかぶっていた腕を降ろし、ジェームズの方を向いた。
「ジェームズ」
「あぁ。私はここだ」
 一歩、二歩と、彼はゆっくりジェームズに近づいてくる。
「貴様はどこまで愚かなんだ」
 ウォーグレイモンは床に倒れたままのアスタモンを指す。
「あんな悪党とまで手を組むとはな。かつて俺たちを殺そうとした敵だぞ?」
「我々の戦いは全て終わったんだよ、ウォーグレイモン」
「貴様が勝手にそう思っているだけだ」
 ジェームズは、ウォーグレイモンの瞳にそれまで見たこともないような怒りの炎が籠っていることに気づいた。それはガイアフォースの炎よりも激しく燃えている。
 だが、その炎も間もなく消える。
「タツキを殺し、選ばれし子どもの名を穢した。貴様は史上最悪の選ばれし子どもだ」
「あぁ、そうだな」
「貴様はタツキのパートナーに相応しくなかった」
「君の言う通りだ」
「……ふざけるな! その態度も気に入らない!」
 ウォーグレイモンは遂に声を荒げた。それから、手の甲にそれまで隠れていたものをジェームズに向けた。
 デジヴァイス。
 自分が持っているものと同じ型のもの。
「俺はこのタツキの形見に誓った! 選ばれし子どもの過ちを葬り、タツキが望んだ世界を取り戻すとな! 貴様はタツキの世界のウィルスだ! 俺はタツキのために選ばれし子どもを滅ぼす! 分かっているのか!」
 ジェームズは怒りに任せて叫び、彼の腕を覆うドラモンキラーすら破壊しそうなほどの力で握られたそれを見た。
 やはり、彼の最後の心の拠り所はそれだったのだ。
 草薙タツキを失った彼は、タツキをデジヴァイスに求めた。
 タツキのデジヴァイスだと信じているもの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・に。
「ホメオスタシスから指示を受けたのだな? そのデジヴァイスを通じて」
「あの小娘から聞いたか。その通りだ」
 今度の言葉には、少しばかり優越感が含まれていた。
「そして君は、かつての仲間たちに手を掛けた」
「そうだ。それが俺のできる、せめてものタツキへの弔いだ」
 ジェームズは静かに息を吐いた。
 想像していた通りだった。
 最初は、ウォーグレイモンはタツキが死んで、全てに絶望してこの事件を引き起こしたと思っていた。
 だが、そうではなかった。彼はタツキの遺志を継ごうとしていただけだ。
 だからこそ、例えどんなに恐ろしい神託であろうと「ホメオスタシスの言葉」を信じた。あの頃のタツキと同じく、彼もまた調和を望んだからだ。
 ウォーグレイモンは純粋だった。
「君は利用されただけだ」
「何を言っている、ジェームズ」
「そのデジヴァイスはタツキのものではない」
 ジェームズは銃を手放し、代わりにデジヴァイスを彼に見せる。
 十一年前、彼女の死の直前に預かったデジヴァイス。引退とともに自分のものを手放しても、これだけは手放すことはできなかった。軍に、他の人間に回収される前にこれを隠し、彼女のものは全て失われたと報告した。
「神託などないよ。ウォーグレイモン」

「馬鹿な」
 あり得ない。ジェームズが握っているデジヴァイスは彼自身のもの、俺が握っているこれこそがタツキのものだ。
「これは君に返す。君のものだ」
 ジェームズは握っていたデジヴァイスを放り、それはウォーグレイモンの手の中に納まる。
 寸分違わぬ形をした二つのデジヴァイス。だが片方は新品同様の輝きを誇り、今受け渡された方は傷や汚れが目立った。
 いや、違う。そんなものに惑わされてなるものか。
 自分を惑わすための嘘に決まっている。
「我々の世代のデジヴァイスは全て色も形も同じだ。残念だが、今それこそがタツキの形見だと証明することはできない」
 鎧の内側でデジコアの鳴る音が聞こえる。それもジェームズの言葉をかき消せない。
「デジヴァイスが人類にもたらされて半世紀だ。人類が同じものを作ろうとする試みは何度も繰り返されてきた。例え進化の光を取り戻すことはできなくとも、外見で我々を騙すことなど造作もないだろう」
「嘘だ。そんなはずはない……」
「どうして、『ホメオスタシスの言葉』など信じた? 『選ばれし子どもは間違いだった』という言葉を?」
「貴様、タツキのデジヴァイスを疑うなど……!」
 ウォーグレイモンはそう思い込もうとした。
 ジェームズはタツキのデジヴァイス・・・・・・・・・・を疑っている。決して許されない冒涜だ。
 だが、ジェームズは更に問いかけた。
「選ばれし子どもが過ちなら、なぜ橘春子という新たな選ばれし子どもが生まれたのだ?」
「……!」
 馬鹿な。何を言っている。
 あんな小娘が、何も知らない子どもが、その存在が。
 今の俺にとって、タツキのデジヴァイスは全てだ。亡霊となった身体を動かす最後の原動力だ。
「君だって分かっていたはずだ」
 それが……。
「ガブモンにも言われただろう」

 ウォーグレイモンは、最初の殺人――イリーナとサルマの殺害――の前に、ガブモンがセントラル病院に入院していることを知り、彼に会っていた。
 十一年ぶりの戦友との再会。病床のガブモンは既に痩せ細っていた。
 そこで彼は、ジェームズが自分が姿を消した後すぐにガブモンとのパートナー関係を解消していることを知った。
 もう、この世界に選ばれし子どもはいらない。そう確信し、彼はガブモンにのみ全てを語った。この戦友も俺と同じだ、彼もまた賛同してくれると信じて。
 だが、計画を伝えた後に彼から言われたのは「ホメオスタシスを信じるな」という言葉だけだった。
 ガブモンが息を引き取ったのは、その数日後だったと聞いている。

「すまない、ウォーグレイモン」
 掌の中に釘づけになっていた視線が、その言葉で強制的に引っ張り上げられる。
 そこには愚かな老人がいた。銃も捨て、デジヴァイスも持たない、薄汚れたコートと罅の入った眼鏡の老人。
「君をそうさせたのは私だ。だから、私で終わりにしてくれ」
 この期に及んでもなお、彼は変わらずほとんど無表情だった。ただ、眼鏡の奥にある瞳だけが、ほんの少しだけ潤んでいるように見えた。
 そうだ。これは悪夢だ。今、目の前にいるのは老人の姿をした悪魔だ。この悪魔は五十年間も、善良な人間のふりをして俺とタツキを惑わせてきたのだ。全てがおかしい。この悪夢を終わらせなければならない。
 やるべきことは分かっている。この男を殺さなければ。
 ドラモンキラーを振り上げる。その爪も、先程まで戦っている時の数十倍も重くなったように感じた。
「俺はお前を許さない」
「それでいい」
 振り下ろす。
 とても硬い感触と、弾かれる振動が、爪先から腕に伝わった。
 ジェームズとドラモンキラーの間には巨大な長刀と、それを構える金色の獣騎士が見えた。

 春子は内心、緊張感と高揚感、そして寸でのところで間に合った安心感、これから起こるであろうことに対する恐怖感と、さまざまな感情がぐちゃぐちゃに混ざっているような感覚を覚えていた。
 一番強いのは緊張感かな? 少し吐きそうだし。もちろん、クーレスガルルモンの背の上でそんなことは絶対にできないけど。
 今、春子とクーレスガルルモンの前にいるウォーグレイモンは、微かに驚きを浮かべた表情で自分たちを見つめている。致命傷を与えたはずのパートナーデジモンが姿形を変えて現れたことはもちろん、今この場に自分が駆けつけることさえ予想してなかっただろう。
 それは自分の後ろにいる元・選ばれし子どもも同じだ。
 春子はくるっと反転すると、それまで掴まっていたクーレスガルルモンの肩から手を離し、ジェームズの目の前に飛び降りて着地した。そしてジェームズが口を動かす前に腰を九十度曲げて頭を下げた。
「来ちゃいました! すみません!」
 結んだ髪が落ちてきて、左側の視界が隠れる。どちらにしても反応が怖くて、ジェームズの顔は見れないが。
「ジェームズさんの言いつけを守らなくてすみません! 多分私、選ばれし子ども失格だと思います!」
「春子」
「これで最後にしますから! 後で怒られますし、何でもしますから! だから、今だけは……」
「春子、頭を上げろ」
 ジェームズがいつもよりも少しだけ強い口調でそう告げたのが聞こえ、春子は思わず頭を上げた。
「敵の前で背を向けるんじゃない」
 ジェームズは普段の訓練のような顔をして言った。
 まるで雷に撃たれたように反応して春子が振り返るのと、二体の究極体の武器が再び激突したのはほぼ同時だった。

 クーレスガルルモンは春子ほど注意を怠ってはいなかった。
 進化しても、ドーベルモンの頃と同じく耳も鼻も利いた。春子が必要以上の大声でジェームズに謝罪している間に――ジェームズにそんなことをする必要は全くないと思ったが――敵が動いたことを感じ取れた。
 そして予想通り、ウォーグレイモンが巨大な爪を自分に伸ばしてきた。
 長刀を振るって二本の爪を弾く。そのまま続けて行われる攻撃を防ぎながら、クーレスガルルモンは少しずつ下がった。
 クーレスガルルモンは思った。繰り出される攻撃は容赦がなく、防ぐだけでも一苦労だが、ついていけないレベルではない。あの夜、ドーベルモンの姿で戦った時のような実力の開きは感じられなかった。
 次の動きが読める、攻撃を防ぐこともできる。
 もしかすると、その先のこともできるかもしれない。
 何度目かのドラモンキラーの打撃を防ぎながら、ウォーグレイモンの力の方向に決して逆らわず、クーレスガルルモンは大きく後退した。それまで両手で握っていた長刀を右手のみで持ち替え、大きく振るう。するとその軌道に、刃と同じ形をしたいくつもの氷の結晶が生まれ、それがウォーグレイモンを襲った。
「!」
 ウォーグレイモンはとっさに重心を後ろへ移す。そして両腕を背に回してブレイブシールドを握り、すぐにそれを身体の前で合体させ構えた。
 次の瞬間には氷の結晶がウォーグレイモンに降り注ぎ、彼とその周囲を凍らせ、粉々にして粉塵を散らした。

 ジェームズは春子が現れた時、全く腹を立てなかったわけではない。この期に及んで、どうしてそれでも戦いの場に戻ってきたのかと、叱責したい感情も少しはあった。だが、驚きがそれに勝った。
 リリスモンが自分の務めを怠ったとは思えない。それに、春子とともにいるあの究極体――どうみても究極体だろう――が、彼女のパートナーであるドーベルモンと無関係とも思えない。
 どうやら春子は、自分が少し目を離している間に、いくつか信じられないことをやってのけたらしい。
 おかしな話だ。だが、そもそも春子の存在自体が我々にとっては信じがたいことを、ついさっき自分はウォーグレイモンに説いたばかりではないか。
「頑張れ、クーレスガルルモン!」
 春子は獣騎士型デジモンが戦っている間、両手を強く握りながら、彼の名を叫び続けていた。
 こんなことは今すぐ止めさせるべきだ。春子がパートナーを奇跡的にワープ進化させたのだとしても、彼はただの究極体だ。世界を救った究極体ではない。勝てるはずがない。
 だが、彼が攻撃を受けて大きく下がったかと思いきや攻勢に転じ、長刀から作り出した結晶体でウォーグレイモンを覆い尽くした時、ジェームズは思わず息を呑んだ。
 勝てるかもしれない。
 もしかすると、このデジモンはウォーグレイモンを倒せるかもしれない。
 隣で春子も同じことを考えたのだろう、彼女は歓声を上げ、すぐにクーレスガルルモンの近くに寄ろうとした。
 だが、彼女が一歩足を踏み出した瞬間に、粉塵の中から両腕を高く掲げた竜人が飛び出してきた。
 獣騎士は対応できない。もちろん、春子も。
「勝てると思ったか?」
 巨大な火球がウォーグレイモンの頭上に生まれ、すぐに彼はそれを叩きつけた。
「春子――」
 火球が炸裂し、ジェームズは投げ出された。



 手塚琢磨は苛立っていた。
 オフィスで最初にその一報を聞いてから、パトカーに乗り部下とともにゲート・タワ^―の正面入り口前に集合した今までずっとだ。
 なぜ、またウォーグレインは動いたのか?
 何が彼をそうさせたのか?
 だが、いずれにせよ、全てがもうすぐ終わる。終わらせなければいけない。
 既にタワーの周囲には十台以上のパトカーが到着し、人間とデジモン合わせて百名以上の警官が入り口前を囲んでいた。いくつもの赤いランプが建物を照らしている。
 手塚はいくつか、この後の展開を考えていた。予測ではない。こういう状況では、主導権を握ることの方が重要だ。
「テヅカ部長」
 植物の葉が擦れる、彼女にしか出せない音を鳴らしながら、リリモンが手塚の元に降り立った。
「遅いぞ。先に到着していると思っていたが」
「その、非番でしたもので」
 彼女は着地でズレた眼鏡の縁を触りながら小さく頭を下げた。普段マイペースな彼女にしては緊張した表情を浮かべている。この状況では無理もないだろう。
 先に到着して準備を進めていた機動隊の隊長が、手塚とリリモンの姿に気づくとすぐに近づき敬礼した。
「既に準備は完了してます。突入しますか?」
 手塚はそれに答えるよりも前に、正面入り口からひとつの人影が現れたことに気づいた。シルエットからするとデジモンではなく、人間の男のようだ。ふらつく足取りが見るからに危なっかしい。
 警官たちが緊張して銃を構えるが、人影が手を挙げて「助けてくれ!」と叫ぶのを聞くと銃を降ろし、二人が彼に駆け寄って肩を貸した。
 男は警備員のようだった。毛布にうずくまって震える彼の両肩に手塚は手を掛けた。
「何を見た?」
「あの、例の……黒いウォーグレイモンが……」
 手塚は黙ったままその先を促す。その話は通報された時点で聞いている。
「六十代くらいの眼鏡の男が、デジモンと一緒に社長を連れてきて……何か言い争ってた。よくは聞こえなかったが……」
「何だと?」
 六十代の男性なとスクルドターミナルには掃いて捨てるほどいるが、ジョーダン・グードと面会できる者はごく僅かだ。ましてやこの時期に真夜中となると、普通の人間のする行動とは思えない。
 手塚は頭の中で、この後の展開を組み立て始めた。
「そしたらあの、ウォーグレイモンが現れて……戦いが始まった。酷い有り様だ。どうしてあんな奴がここに……」
「もういい」
 手塚はさっと立ち上がり、部下に指示を出し始めた。とにかく、まずはウォーグレイモンに対処する必要がある。他のことはその後だ。
 だが、警備員はまだ話を続けていた。
「どこかで見た女の子と、金色の鎧のデジモンも現れた」
 手塚は驚いて警備員を見た。



 鉄の冷たい感触が指先から伝わる。分厚い曇り空が鳴らす稲妻のような大きな音が耳の中を支配する。
 クーレスガルルモンが瞼を上げると、周囲の景色は先程までと様変わりしていた。洗練されたロビーとは違い、壁は無骨な合金で覆われ、窓ガラスなどはなく、そこら中に機械やよく分からない剥き出しの配管がある。
 そして春子がいた。自分と同じように床に伏せ、目は閉じている。
 気を失っているようだ。
 周囲を見渡せば何が起きたのか分かった。頭上には巨大な穴が空き、自分が立っている床は激しく損傷し、周囲とは異なる色をしている。自分たちがいるのは、さっきまで立っていたゲート・タワーのロビーよりも下の層、地階だ。
 床が破壊され、ここまで落ちていたのだ。
 確かにこの建物は巨大だが、それでもこれほど広い空間が存在するとは思っていなかった。地上階でいえば五、六階分くらいの高さがある。
「……」
 春子が倒れているのは、クーレスガルルモンがいる合金の床から張り出した、幅二メートルほどの細長い鉄橋だった。
 そして、その先には――巨大な、さまざまな色の混ざり合った閃光の塊が見える。
「デジタルゲート……!」
 ジェームズから聞いた話を思い出す。
 これはデジタルゲートだ。だが、かつてパートナーから伝えられた知識で知るデジタルゲートとは違う。
 橋の先にある、巨大な円形のリングに囲まれた閃光の塊は、稲妻の嵐を周囲に放ちながら、獣の唸り声のような音を響かせていた。人間の身体など簡単に呑み込めそうなほど大きい。
 こんなものは見たことがない。だが、今のクーレスガルルモンにとってそれは重要ではなかった。
 重要なのは、デジタルゲートへ繋がる橋の上で倒れているパートナーだ。
「ハル――」
 待て。
 発達した耳の神経が伝えてくる。何かが迫っている。
 大きな危険が。
 そう感じた瞬間、クーレスガルルモンは腕を伸ばして長刀を掴み、すぐさま立ち上がった。すぐに脅威の正体も明らかになった。
「ッ!」
 頭上から振り下ろされたドラモンキラーを受ける。全体重と落下の勢いが加えられた勢いは強烈だったが、片膝を着くことでどうにか身体への直撃は避けられた。
「そろそろ諦めるべきだ、後輩よ」
 手足の関節がズキズキと痛むが、それでも力を抜くことは許されない。そんなことをしたら次の瞬間には殺される。
 またしても雷鳴のような音が響いた。
「この場所が何か分かるか?」
 ウォーグレイモンが視線を逸らし、デジタルゲートを顎でしゃくる。
「デジタルゲート用のプラットフォームだ。毎日のように、ここからデジモンがリアルワールドへ送られている。普段は安定しているらしいが、どうやら制御装置か何かが壊れてしまったようだな」
 またしてもバチッという激しい音がなり、視界の隅に一瞬青い閃光が走った。
 腕の痛みが耐え難いものになってくる。ウォーグレイモンは溜め息をつくと、血走った眼をクーレスガルルモンの顔にゆっくりと近づけながら言った。
「君のパートナーも無事では済まないだろうな」
 その言葉に動揺した。
「ハルコ!」
 不安定な姿勢のまま叫ぶ。その声すらも轟音で聞こえないのか、春子は身動きひとつしない。
 デジタルゲートの閃光が更に激しくなった。それを制御しているらしい周囲のリングがひび割れていく。
 ハルコの倒れている鉄橋が歪む。両端の手すりがメキメキと音を立てて折れ、閃光の中に呑み込まれた。
 もし閃光に呑まれたら彼女はどうなる?
 あんな状態の制御装置が、ゲートの行き先の座標を正確に設定しているとは思えない。
 リアルワールドか、デジタルワールドのどこか別の場所か、それとも裏次元を永久に彷徨うことになるのか?
「ハルコ! 起きろ! 逃げるんだ!」
 何度も絶叫する。
 その効果があったのか、春子は苦しそうに額を歪ませてから、ついに瞼を開いた。
「クーレスガルルモン……?」
「逃げろ!」
 そこで力のバランスが狂った。クーレスガルルモンの長刀が弾かれる。とっさに飛び退いてドラモンキラーの直撃を交わしたが、ウォーグレイモンは爪の先にガイアフォースのエネルギーを貯めていた。
 炎の飛沫が放たれ、クーレスガルルモンは身体を捩りながら床を滑った。

「駄目!」
 春子の意識が覚醒する。
 身体を転がし、獣騎士は足場の上で倒れた。春子が彼に駆け寄ろうとするが、衝撃でさらに春子の足元は揺れ、轟音を立てて傾く。クーレスガルルモンは左手を伸ばし、何とか春子の腕を掴んだ。するとまた激しい音がして、鉄橋が崩落し、ゲートに飲み込まれていった。
 背後にあるゲートの唸りは一層激しくなる。
 クーレスガルルモンは春子を肩に乗せてもう一度立ち上がった。身体中の骨が悲鳴を上げ、筋肉を動かすのも限界だったが、それでもこの場を離れなければいけない。
「往生際が悪いぞ」
 目の前にウォーグレイモンがいた。彼の眼の中には相変わらず炎が灯っていたが、その口調に籠められているものは憎しみというよりも憐れみに近かった。
「パートナーデジモンともあろうものが、情けない」
 背中で春子の手が強く自分を掴んだのが分かった。それが不思議と、クーレスガルルモンに安心感を与えた。
「生憎、選ばれし子どものパートナーがどうあるべきか、俺には分からないんだ」
 次の瞬間、渇いた銃声が何発か響いたのが、閃光が放つ轟音の中でも分かった。
 ウォーグレイモンの背後に現れた小さなシルエットが、銃を真っ直ぐに構え、歩きながら拳銃を撃っている。
 ウォーグレイモンは姿勢を崩しよろめいた。
 何発かが命中したらしい。その内の一発が竜人の右腕を貫通したのが見えた。
「ジェームズ!」
 怒りに燃える叫び声が響く。
 ジェームズはもう視認できるほど近くに来ていた。額から血を流し、眼鏡に入った罅が更に大きくなっていても、彼の冷たいしかめっ面は相変わらずだった。
 この男は、俺が思ったほどには冷静な人間ではないのかもしれないな、とクーレスガルルモンは思った。
「クーレスガルルモン!」
 その声に反応し、クーレスガルルモンは勝負に出た。
 春子を背に乗せたまま、長刀を回転させて彼に切り込む。
「!」




 傷を負っていても、ウォーグレイモンの動きはほとんど鈍ってはいなかった。クーレスガルルモンはこれまでと対照的に目まぐるしく動き、攻勢に転じた。守りに入れば今度こそやられる。経験も戦術も、体力でさえ自分はウォーグレイモンには敵わない。
 敵うとすれば、それは勢いだけだ。
 徐々にウォーグレイモンは攻撃を防ぐことに注力し始めた。腕を背後に回してブレイブシールドを握ろうとする挙動が二、三度見られたが、刃の動きでそれを制する。
 だが、それ以上のことはできない。ウォーグレイモンの守りを解くことができないのだ。これだけの手数で攻撃しているのに、戦況は膠着しつつあった。
 これでは数十秒後か、数秒後か、体力が切れた瞬間に形勢は逆転し、自分はガイアフォースで焼かれ、ドラモンキラーで切り裂かれるだろう。
 背中をまた春子がぎゅっと握った。
 それだけで彼女が何を考えているか分かった。
 分かった、やってみよう。
 一度だけしか使えないが、素晴らしい手だ。

「!」
 突然、ウォーグレイモンの左腕に赤い小さな光が照射された。
 ジェームズが構える銃でも、背後で輝くデジタルゲートの閃光でもない。
 レーザーポインターの光だ。春子がクーレスガルルモンの背中から腕と頭だけを出し、ウォーグレイモンの肩の鎧とドラモンキラーの装甲の間にある露出した部分を指し示していた。
 ウォーグレイモンは慌てて身体を捩った。既に右腕を一度ジェームズに撃たれ、同じ攻撃が左腕にも行われると感じた。
 だが、左腕に次の一撃は来なかった。
 クーレスガルルモンは身体を傾け、腕を伸ばしてウォーグレイモンの右の腿を長刀で貫いた。
 驚きと苦痛で表情を曇らせた竜人に、更に身体を回転させて刃を振るう。
 右腕のドラモンキラーが破壊される。腹部の鎧が砕け、血が飛び散り、ウォーグレイモンの身体が崩れた。

 春子にはその一瞬の攻防が、まるでスローモーションの映像のように見えた。
 クーレスガルルモンの刃も、砕け散るドラモンキラーの破片も、全ての動きが鮮明だった。
 だが、ウォーグレイモンが倒れ、今は断崖絶壁のようになった通路に身体を投げ出した時、全てがまた元のスピードに戻った。
「ウォーグレイモンさん!」
 咄嗟にクーレスガルルモンの肩から降り、鉄橋の残骸に近づく。ウォーグレイモンは左腕を伸ばして通路の端を握り、全てを吸い込もうとするゲートの引力に耐えていた。
「ハルコ、待て!」
 クーレスガルルモンの緊迫した声が聞こえる。
 ジェームズが駆け寄る。
 春子は両ひざをついてウォーグレイモンに腕を伸ばした。
 ウォーグレイモンはそのようすをただ凝視しているようだった。
「掴まってください、ウォーグレイモンさん!」

 制御装置は完全に破壊されている。閃光の渦の勢いは増し、自分の身体が強く引っ張られる。どう考えても、子どもの力でどうにかなる状況ではない。
 それでも、ウォーグレイモンは反射的に右腕を伸ばしそうになった。
 どうしてそうしようとしたのか、竜人は自分でも分からなかった。頭を上げて、彼女の震える手と大きな瞳を見るまでは。
「小娘……」
 まるで彼女は、タツキみたいじゃないか。
 自分が怪我をした時、無理をした時、タツキが五十年前に浮かべていた表情そのものだ。
 ジェームズが彼女に感じていた何かを、ウォーグレイモンも理解することができた。
「早く、ウォーグレイモンさん……!」
 懇願するような声。
 これだけのことがあってもなお、彼女は自分に生きて欲しいのだろう。どんな理由でここまでの危険が冒せるのかは全く分からないが。
 ウォーグレイモンは再び、その腕を取ってでも助かりたいという衝動に駆られた。この新たな選ばれし子どもと話したい。彼女という存在を理解したい。それはタツキの残り香を求めているのに過ぎないのかもしれないが。
 だが、それをするには、自分はあまりにも大きな罪を犯してしまった。
 少女の胸元で、暴風に煽られて靡くタグが見える。そこには彼がよく知っている紋章が刻まれている。
 ようやくウォーグレイモンは、自分の追いかけていたものが偽物であり、本物は別に存在していたことを悟った。
 それで十分だった。
「ジェームズ」
 春子の肩を掴んだまま、自分を凝視するジェームズを見る。
 彼の表情はとても辛そうだった。痛みを感じているように。
 なんて顔だ。
「その子どもを頼むぞ」
「……ウォーグレイモン」
 そして最後にもう一度春子を見てから、ウォーグレイモンは左手を離した。
「また会おう、ハルコ」
 身体がふわりと浮かび、彼はデジタルゲートの中に呑み込まれていった。



「終わったようだな」
 安全が確認されたゲート・タワーのロビーで、手塚は地下から聞こえていた騒音が消えていくのを感じた。眼下では怪我をしたらしいジェームズと見たことのないデジモン、それに例の少女がいる。
 ウォーグレイモンはいない。殺されたか、あのゲートの崩壊に巻き込まれたらしい。つくづく厄介な奴だ。
 不本意だが、どうすべきかは分かっていた。
 主犯がいなくなった以上、この一件の責任を背負う者が必要だ。あの子どもと、そして残念だが、ジェームズ・テイラーソン。
 パートナーデジモンの方は問題ないだろう。こういう事件の後であれば、選ばれし子どものパートナーというだけで、簡単にウォーグレイモンの共犯に仕立て上げることができる。
 君を失うのは惜しいよ、ジェームズ。
 そう思いながら懐から銃を取り出そうとした時――手塚の腕に植物の蔦が巻きついた。
「そこまでですよ、部長」
 何時の間にか、隣にリリモンがいた。彼女は眼鏡の奥からアーモンドのような形の黒い瞳で自分を見つめ、片手で蔦を握っている。
「何だ? 何をしている?」
「タツキさんのデジヴァイスのデータを複製し、ウォーグレイモンに渡しましたね?」
 彼女はもう片方の手にデータパッドを握っていた。そこに表示されている記録には見覚えがある。だが、この場で見るべきものではない。
「おい、ふざけるのもいい加減にしろ……今は緊急事態なんだ、お前と遊んでいる時間はない」
「ふざけてません。正直、ジェームズさんにこれを調べろと言われた時は、何が何なのか分かりませんでしたよ」
 手塚は自分を見つめているのがリリモンだけではないと気づいた。
 周囲の警官たちは皆自分を凝視し、銃を握っている。誰ひとりとして、その中に自分を助けようとしている者はいなかった。
 手塚はようやく、自分の置かれている状況が、思っていたよりもずっと悪いことに気づいた。
「お前ら馬鹿か! このクソデジモンと私、どちらを信用してる? 頭がおかしいのか!」
「無駄だ、手塚」
 またしても知っている声。警官たちが身体を動かしてスペースをつくると、そこには騎士のような姿をしたデジモンに支えられている人間――ジョーダン・グードがいた。
 普段のようないけ好かない表情は浮かべず、服装も埃にまみれている。聞こえてくる声も、普段の自信に満ちたものではない。
「ジョーダンさんは、あなたが到着するほんの少し前に保護しました。あなたとウォーグレイモンの関係について全て話して下さいましたし、私の調べた記録とも合致しました」
 一気に血の気が引き、身体から力が抜ける。
 そんな馬鹿な。
 何をやっているんだ、ジョーダン。
「テヅカ部長」
 リリモンの声はそれまで聞いたことがないほど堂々としていた。
 別の警官が、手塚の目の前で手錠を取り出した。
「あなたを逮捕します」

ID.4938
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/03/26(月) 00:00


エピローグ/2049年の選ばれし子ども
 その日、ジェームズ・テイラーソンはスクルドターミナル市警の留置場にいた。窓口で手続きを済ませ、しばらくの間古びた革製のソファに座っていると、名前を呼ばれて別の部屋に案内される。
 係の警官に指し示された席に座ると、分厚いガラスの奥に手塚琢磨がいた。少し痩せたようだった。
「まさか君が会いに来るとはな」
 その言葉に、ジェームズは曖昧に頷いた。手塚と話すのはずいぶんと久しぶりに思えたし、何より彼が逮捕されたその瞬間を自分は見ていないのだ。リリモンが何を言っていても、正直なところ気まずい。
 ひとまず、先に伝えるべきことを話そうと思った。
「ミスティモンは起訴されなかった」
 それだけ言って、ジェームズは手塚の反応を待ったが、彼は俯いたまま何も言わなかった。
「彼は君やジョーダンの計画のことを知らず、伝えてもいなかったとジョーダンが証言した。通信記録やゲート・タワーの監視映像からもそれは証明されたよ」
 ジェームズにとっても、これは意外なことだった。ミスティモンは彼の傍にいたものの、今回の一件に関する会話や準備に彼は一切関わっていなかった。何かが起きていることには気づいていたのかもしれないが、彼は何もせず、何も知らなかったのだ。それが良いことだとは必ずしも思わなかったが、今の彼を責める気にはなれなかった。
「ジョーダンがパートナーを庇ったのか」
「彼は事実を述べただけだ」
 そう言いながらも、ジェームズは手塚の言ったこともある意味では正しいのかもしれないと感じていた。
 手塚は力なく笑った。
「結局、あいつも選ばれし子どもの性分が抜けきってなかったんだな。あいつを使ったのが間違いだった」
 面会時間は限られている。これ以上この話をする意味はないような気がしたので、ジェームズは本題に移ることにした。
「手塚、ひとつ聞いてもいいか?」
 何も返答はなかったが、ジェームズはそれをイエスと受け取った。
「今回の事件に、どうして私の協力を求めた? なぜウォーグレイモンが不利になるようなことをした?」
 しばらくの間沈黙が続いたが、やがて手塚は口を開いた。
「ジェームズ、どうか許してほしい。君を危険に晒すつもりはなかった」
 ぼそぼそとした喋り方は、とてもかつての刑事部長とは思えなかった。
「罪を背負うのはウォーグレイモンだけだった。かつて英雄と呼ばれたデジモンが、同じ英雄の選ばれし子どもたちを殺す。人類がこれ以上、過ちを犯さないための犠牲として」
「デジモンとの共生か」
 手塚は頷いた。
「君はかつての妻のパートナーを犯人だと特定し、俺がウォーグレイモンを捕らえる。これ以上完璧な配置があるか? そうすれば、市民はデジモンの危険性を今度こそ理解できた」
 実際、彼の狙いはほとんど成功していたのだ。デジモンは、英雄ですら人類の脅威と化す。その背後に別の人間の意図があったことが露呈しなければ、ヒトとデジモンの間の溝は修復不能なほど深まっただろう。
 だが、そうはならなかった。
「どうして君がそこまでする必要があったんだ。誰かの指示があったのか?」
「君だって分かっているだろう」
 手塚はようやく顔を上げた。
 疲れた表情だが、目だけはまるで今も警官であるかのように鋭い。
「ヒトがデジモンと遭遇して半世紀、こちらの世界に移住を始めてから四十年近く経つんだぞ? なのに我々は衰退する一方だ。俺たちはあの作り物の命に法も秩序も、文明も与えてやったのに、奴らは恩を返すどころか、何度も反逆を繰り返す! もうたくさんだ!」
 手塚が机を叩いたのを見て、後ろに立っていた警官が彼を押さえようとしたが、ジェームズは彼を手で制した。
「そういう話は今まで何度も聞いた」
 まさか手塚の口から聞くことになるとは思わなかったが。
「君がそこまでデジモンを憎んでいるとはな」
「憎んでなどいないさ。必要なことをやっただけだ」
「君がやるべきことだったか?」
「俺には君らと違って、英雄になる覚悟がある」
 いつの間にか手塚の目から、あの鋭い光は消えていた。先程までの言葉で全てを吐き出してしまったようだ。
 ジェームズは手塚から視線を外した。そうしないと、自分の考えていることも顔に出ると思ったからだ。
 ジェームズは、自分がこの男を心底軽蔑していることに気づいた。
 なんて浅薄な、なんてつまらない男だ。こんな奴のために多くの選ばれし子どもとパートナーが死ななければならなかったのか。
 だが一度溜め息をつくと、そんな感情もどこかに消えてしまった。手塚が今の考えに至ったことに、自分が一切関わっていないとは思えなかった。
「妻を失った君なら扱いやすいと思っていた」
「確かに、君の思っていた通りかもしれない」
 あの子どもと関わるまでは。
 今はもう違う。
 手塚は潤んだ目でジェームズを見つめていた。まるで懐かしい何かを見ているようだ。
「あの新しい選ばれし子ども、橘春子だったか」
「あぁ」
「あの子だってきっと同じようになるぞ。俺には分かる。五十年後が楽しみだな」
 ジェームズは小さく首を振ってから、ゆっくりと立ち上がった。面会時間もそろそろ終わりだろう。
 パイプ椅子を元の位置に戻すと、強化ガラスの奥でまだ自分のことを見つめている手塚に向かって、ジェームズは言った。
「私にはもう、とてもそんな確信は持てないよ」



 警察署を出たジェームズには、自宅に戻る前に寄る場所があった。
 花と掃除道具を持ち、公営霊園に向かう。タツキとガブモンに、事の顛末を伝えるべきだと思っていた。
 墓の前には先客がいた。二つの影……少なくともフローラモンではない。
 だが、よく知った顔だ。
「ジェームズさん、お久しぶりです!」
 以前とは柄が違うものの、相変わらず生地の安そうなパーカーを着て、橘春子はそこにいた。隣にいるドーベルモンとともに、既にタツキとガブモンの墓を綺麗に掃除していた。
「ドーベルモン。もう包帯はいらないのか」
「治った」
 ドーベルモンはそんなことも分からないのかと言わんばかりの表情を浮かべている。あの戦いの時は彼を援護したのだが、どうやらそれは彼の中でそれほどプラス評価にはなっていないようだ。
「ジェームズさんはもう大丈夫なんですか?」
「君らほど治りは早くない。もう若くはないからな」
「そんなこと言わないでください! ジェームズさんは全然元気そうですよ!」
 あまり返答になっていないような気がするが、それはまぁ、いい。
 春子には聞きたいことがあった。
「リリスモンから聞いたが、あの話は本当か」
「はい」
 春子は頷く。
「私、スクルドターミナルを出ます。ウォーグレイモンさんを探しに行きます」
 ウォーグレイモンはデジタルゲートの暴走に巻き込まれ、消えた。
 その後間もなくゲートのエネルギーは収束したが、彼がどこに飛ばされたのかは結局分からなかった。
 デジタルワールドなのか、リアルワールドなのか、それともまた別のどこかなのか。追跡は不可能と思われ、警察も被疑者行方不明のままこの事件を処理しようとしている。
 それを春子とドーベルモンは探そうというのだ。
「はっきり言って、無茶だぞ」
「それ、リリスモンさんにも言われました」
 その割には、春子は全くめげていないようだった。
「でも私、やっぱりもう一度会いたいんです。もう会えないかもしれないし、会ってもどうなるか分かりませんけど……でも、ジェームズさんと同じように、ウォーグレイモンさんも私の先輩ですから」
 春子は両手をぐっと握り、笑いを浮かべた。
 全く、この娘の無茶は果てしない。自分のやろうとしていることが、どれだけ大変なことか分かっていない。
 ジェームズは、自分の事務所の住所や連絡先が書かれた名刺を彼女に渡した。
「何かあったら、連絡しなさい。連絡できるような場所に行くのか分からないが」
「ありがとうございます!」
「きっと後悔するし、挫折するぞ」
「はい、私もそう思います! でも私、まだ後悔してないので!」
 満面の笑みで、実にハキハキとそんなことを言う。
「気をつけなさい」
「ジェームズさんもお元気で! 行こう、ドーベルモン!」
 頭を勢い良く下げてから、パートナーに声をかけ、春子はジェームズの脇を抜けて走り出す。
 そのまま霊園の出入り口に向かうかと思いきや、彼女は振り返ってまたジェームズに声を掛けてきた。
「あの、ジェームズさん!」
「何だ」
「私って、選ばれし子どもになれてますか?」
 それを聞いて、ジェームズは少し考えた。
 考えたが、結局答えは出そうになかったので、肩をすくめながらこう答えた。
「もしかするとな」
 春子は歯を見せながら笑った。



 二〇五〇年、デジタルワールド・スクルドターミナル。

 市警に勤める女性型デジモンの刑事は、新調した眼鏡を誇らしげに掛けながら、次の仕事に向かった。
 郊外にある教会では、サイボーグ型のデジモンがこの日も祭儀を執り行い、その隣に建つ孤児院ではブロンドの少女が幼年期のデジモンたちをあやしていた。
 中心街の雑居ビルでは、新調した車椅子に座る魔王型デジモンが、側近のデジモンとともに雪の降る外の景色を眺めていた。
 ある拘置所では、かつてこの都市の大企業をまとめていた男が、強化ガラスの奥に座るパートナーデジモンに寂しげな笑みを浮かべていた。
 ある病院では、元・選ばれし子どものパートナーデジモンが、看護師として復帰していた。


 郊外にある小さな探偵事務所では、妻と二体のデジモンが写る写真を眺めていた初老の探偵が、依頼人と約束した時間が近づいていることに気づいて部屋を出た。

 そして、そこから遠く離れた場所では、ひとりの少女とそのパートナーデジモンが、スクルドターミナルとはまるで違う新しい世界の景色を眺めていた。
 新しい冒険が始まった。

















ID.4939
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/03/26(月) 00:01


あとがき
 終わってしまいました。
 毎回、書いてる最中は「もう嫌だ辛いこんなん完成しないよ投げ出したい誰だこんなの書こうと思ったのあっ俺だ」とか思っているのに、いざ完成して投稿してしまうと寂しくなるのはどうにかならないでしょうか……。
 特に今回の場合、世界観やキャラクターから作ったデジモン小説としては『三月、暗闇の舞台で』以来なので(『時空を超えた戦い時空を超えた戦い』『バウンダリー』はアニメ準拠、『幾千のアポカリプス 覚醒矛盾』はスピンオフ……)、そういう意味でも本作は思い入れがひとしおです。

 さて、例によって本作の「あとがきらしいあとがき」は文庫版の方で書いてしまったので、こちらでは裏話的なことを(まだ本編を読まれてない方には一応ネタバレ注意です)。


 クライマックスの展開ですが、当初のプロット段階では、ジェームズは対ウォーグレイモン戦で命を落とす予定でした。
 本作は「世代交代」がテーマになっているので、ジェームズが死ぬことで彼の何かを春子に引き継ぐことができれば……とか考えてたのですが。
 ただ、5話を書いた辺りの段階で先が見え始めたころ、「春子とドーベルモンが自分たちの力でジェームズを救わないと彼らは自信をもって前を向くことができないのでは」と思い、結果として今の形になりました……実は『幾千のアポカリプス覚醒矛盾』の丘岬アンナと同じ死亡フラグ回避が発生してしまったという。
 今ではこの形にできて良かったと思います。春子とドーベルモンがちゃんと次のステップに進めたと思うので。

 ところで、ラストで春子とドーベルモンは一体どこにいたのでしょうか?
 この部分は描写してないので正解はないのですが、個人的な想像として……春子はウォーグレイモンを見つけるために、彼にとってゆかりのある地を旅しているのではないかと思います。
 春子は(名前こそ日本人名ですが)2030年代のデジタルワールドで生まれた少女で、リアルワールドは伝聞や本や映像の中でしか知らない、未知の世界です。
 となれば、すっかり開発されてしまったデジタルワールドではなく、ウォーグレイモンのパートナーの故郷である場所に彼を探しに行ったのではないかと……(ちょうど、草薙タツキが未知の世界だったデジタルワールドを冒険したように)。
 果たして再会はできるのでしょうか?
 途方もない冒険になりそうですが……上手くいって欲しいですね。「まだ後悔してないので!」って言ってたし。

 最後に謝辞を。
 プロットの段階からご協力いただいたShot-Aさん、キャラクター造形からキービジュアル・挿絵まで描いてくださったENNEさん、文庫版の口絵を描いてくださったオデンさん・にえあさん、本作のロゴをデザインしてくださったネットスターさん、そしてここまで本作を読んでくださった全ての皆様に、心より感謝申し上げます。
 ありがとうございました。

2018.3.26 Ryuto

BOOTH:https://dirryuto.booth.pm/

ID.4946
 
■投稿者:tonakai 
■投稿日:2018/03/26(月) 21:11


よ、よ〜し、一番乗りだぁ
つたない文章ながら感想をば。(7・8話の感想も含みます。)

クーレスガルルモン!
公式の資料が少ない中、最新のデジモンを持ってくることは
チャレンジしてるなぁと思ったのは自分だけでしょうか。
でもドーベルモンから進化した際には鳥肌が立ちました。そう来たか!と。
新しい選ばれし子供には、新しいデジモンをあてがったというわけですね。


ウォーグレイモンとの対決、善戦したアスタモン、アンドロモン。
アンドロモンは大好物 大好きです!!
戦闘シーンだけならクーレスが登場する前までが
一番好きと言っても過言ではありません!!(コラ
ウォーグレイモンは少しかわいそうでしたが、
いつの日かワクチン種の太陽のように眩しいあの色に
戻ってくれることを願っています。


そして出てくる意外な犯人さん。
リリモン、お前はそんなおいしいとこ持っていくのか・・・
メガネメガネ^^

春子は春子でしたね。
いえ、むしろ安心しました。
成長して別人のように大人になってしまうより、
彼女が元来持っているものを大切にしてドーベルモンと共に
成長(進化)をしていってほしいと・・・俺、何歳だっけ?


書いている最中のことに関しては同感です。
どうしてこんな話にしちゃったんだろう?って気持ちになりますほんと。


『三月、暗闇の舞台で』も拝見したことがあるのですが・・・
ベルスターモン、そうか、その当時の最新を取り入れておられて、
いやぁ〜チャレンジ精神旺盛ですね。
自分は臆病(?)なので、有名か古参のデジモンしか登場させられません。


「あとがきらしいあとがき」も読んでみたい!


以上、好き放題申し上げて失礼しました。
2030年?2050年? デジモンとの共存を願いつつ、次回作も楽しみにしております^^

ID.4958
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/04/07(土) 04:03


英雄ってのは英雄になろうとした瞬間に失格なのよね
 そんな最近結婚した弁護士の台詞が浮かびましたが感想です、というわけで夏P(ナッピー)です。
 おのれ手塚ァ! 油断せず行こう!


 ウォーグレイモンさんは最後まで圧倒的に強かった。俺はてっきり(この表現多いな)クーレスガルルモンを前に、戦闘自体は「そ、その姿! 貴様まるでかつての友と同じ……ぐわあああああああ」みたいな感じであっさり敗北するものかとばかり思っていましたが、たとえ半世紀を経ても旧・選ばれし子供のパートナーとしての実力は健在だったというわけか……密かに最後までアスタモンがかっちょ良かったのが嬉しい。でもリリスモンさんもそうだけど、やっぱ旧世代の皆さんはぶっちぎりで圧倒的に強いのですな。
 ちゅーか、リリスモン! 選ばれし子供に憎しみを抱いているとか言いつつ、心のどこかでそれらを過去のものと割り切っている(ようで割り切れていない)感じがとても良い。これは春子に対する期待ではないのだけれど、何と呼べば良いのだろう。時代は確実に動いている……そういうことだろうか。
 クーレスガルルモンはともかく、春子に対してウォーグレイモンさんが春子に対してかつてのパートナーの姿を重ねるのは予想できましたが、俺はその展開が来た時点でウォーグレイモンは死ぬことでしか贖えないと思っていたので、一応死なずに終わるというのは結構意外でございました。でも最後の春子とドーベルモンが旅立ちの時ですを迎えるにはこう在るべきだったのかもしれない。
 ウォーグレイモンは言うに及ばず、ジェームズや手塚ァも含め、過去の世代の連中は何かしら罪や後悔を背負って今も生きている中、予想に反して皆さん死ぬことはなかった(少なくともジョーダンは死ぬと思ってた)のもあり、春子達新たな世代は勿論のこと、彼らもまた新たな一歩を踏み出せたのかなと感じました。
 そうした意味でも、ジェームズが死ななかったのは非常に良かった。自分が書いてたら絶対殺してると思う。


とりあえず文庫版も読み返すぞー! 

ID.4989
 
■投稿者:ut 
■投稿日:2018/05/03(木) 19:17


古き良き?感想
「古き良き未来」、矛盾したようでなんとなく意味が伝わるタイトルであります。
作中で「君の見ていた古き良き未来は存在しない」とジェームズは断言しましたが、春子が自分の信じる「選ばれし子供」像に従った行動でシーラが救われたように「古き良き未来」は極狭い範囲の中だけでも確かに存在するものなのでしょう。やがてそれは極狭いところだけではなく人から人へ伝わって行くのかもしれない、そう解釈できる結末でした。

自分が感じるこの作品のイメージカラーはモノトーンとかセピア色なんですよね。同人誌版の表紙からして曇り空・寒色で表現されたビル・ベージュのコート・ドーベルモンでくすんだ暖色のない色合いです(このENNEさんのイラストの印象が大きいのかもしれません)。冬の曇り空の印象が強い本作の中で、年老いたジェームズと並ぶもう一人の若い主人公の名前が「春子」という名前なのは、冬が明け春が来ることを新しい世代の誕生と重ね合わせ、またセピア調のイメージを春の芽吹きが運ぶ様々な色彩が一新する、というニュアンスのように感じられます。シックな色使いのドーベルモンが金色のクーレスガルルモンになるのも象徴的ですね。対決する相手も黒いウォーグレイモンですし。

個人的にグッと来た一節は「ウォーグレイモンは再び、その腕を取ってでも助かりたいという衝動に駆られた」の部分です。悪役が絶体絶命の瞬間に達観して罪滅ぼしに自ら死を受け入れるんじゃなくて、希望を見つけて「生きたい!」と感じるシーンにグッときます。この後、散々ウォーグレイモン視点でどんな危機的状況でも表情が変わらないと描写されたジェームズに対して「なんて顔だ」と評するところもグッとポイントですね。

同人誌版で拝読させていただきましたが、読みやすく面白い作品でした。「ゆめのしま」で声をかけて頂いた件も含めて、お礼を申し上げます。ありがとうございました!

ID.5011
 
■投稿者:アナ銀スカイウォーカー 
■投稿日:2018/06/20(水) 10:40


感想です
こちらに掲載されてから大分日が経ってしまいましたが、感想です。


全体を通して読みやすく、展開にもスピード感がある作品でした!
かつての選ばれし子供殺害事件を追いつつ、新たな選ばれし子供の成長を描く、現実のアニメでは描かれないような少し暗い?ストーリーと、選ばれし子供の成長という王道のストーリーが絶妙に絡み合って、独特の世界観、ストーリーが描かれていたような気がします。

個人的にはウォーグレイモンが描かれる描写が全体的に好きで、彼の心に落ちた闇の描写は勿論のこと、なによりクーレスガルルモン登場までの、彼の絶望的なまでの強さが痛烈に印象に残っています。実際にクーレスガルルモン登場してもその強さが霞むことはなかったわけで…。
ゲートに飲まれていったウォーグレイモン、死んだわけではない(と信じている)ので、今後彼は一人、タツキやジムとのこと、事件のこと、いろいろなことを一人で思いめぐらせながら過ごしていくのかと思います。そんな彼が次に春子に会うとき、どのような表情で何を語るのか、見てみたい未来です。

作品全体を通して、主要人物の心の変化がじわじわと伝わってきました。事件解決以外、人間とデジモン間の問題が大きく変わったわけではない、と感じています。ただ、今後新たな道を進んでいくであろう彼らに、なにか幸せがありますように。


素敵な小説をありがとうございました!

ID.5012
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2018/06/20(水) 13:42


エンドロールの続きの続き
 こんにちは。nextでははじめましてになりますマダラマゼラン一号です。「グッド・オールド・フューチャー」は書籍版で読ませていただいたのですが感想はせっかくなのでこちらで投稿させていただきたいと思います。

 最初に「かつて選ばれし子どもだった私立探偵の老人」というジェームズの設定を聞いた時から「コレ絶対好きなヤツーーー!」と一人で叫んでいました。作品の全体を通して漂う洋モノのミステリー/サスペンスのような雰囲気も大好きです。ガブモンの最後の言葉を聞いて事件解決への光明を得たジェームズが眼鏡をかけ直すシーンは最高にカッコよかった。
 そしてまたジェームズやリリスモンをはじめとしたある意味で時代に取り残された過去の英雄・魔王達の描写も印象的で、本作が「エンドロールの続き」の物語であることを物語っているように思えました。

 そんな哀愁漂う物語の中に持ち前の陽性を武器に斬り込んでいく主人公・春子。全てのことにまっすぐで時に無神経な彼女の存在が、この物語をたまらなく魅力的なものにしていると思います。そんな春子も明るいだけの少女ではなくて挫折と絶望を味わうけれど、そこから彼女を引き上げるのがパートナーのドーベルモンと友人のシーラであるというのがいい。新しい世代が自分たちで勝手に立ち上がって古い世代(=リリスモン)を乗り越えていくあのシーンは痛快でトップクラスに好きなシーンです。

  本作を序盤まで読んで、最初は「新しい未熟な選ばし子どもが事件を乗り越えて成長し先輩に認められるようになる物語」だという印象を抱きました。しかし読み終わってみると、変化・成長したのはむしろジェームズ達であるような。「古き良き未来」は現実離れした過去のイメージに過ぎないけれど、それが語っている理想は未来のことで、だからこそそれは新しい世代が現実を変えていく強い力になる。そんなことを春子とドーベルモン、シーラ達は教えてくれたように思います。

 物語の中で幾度となく語られた人間とデジモンが共存する世界に現れた歪み。それはこの物語が終わっても何一つ解決してはいません。しかしそれでも僕がこの世界の未来に、新しい世代の息吹に希望を抱かずにおれないのは、作中で春子とドーベルモンという新世代二人の友情を綿密に描写したからだという気がします。仮に世界規模の変化と救済を描写して大々的なハッピーエンドにしたとしても、ここまで希望に満ちたエンドにはならなかったでしょう。ジェームズの「私にはもう、とてもそんな確信は持てないよ」という台詞が象徴するように、ここから先、再び何が起きるかわからない「エンドロールの続きの続き」の物語の到来を予感させる素晴らしいエンドでした。
 
 ストーリーの面白さは勿論。ジョーダンとミスティモンの関係、タツキとアグモンに嫉妬を抱くジェームズの描写など、パートナーの関係性を深く描いたデジモン小説でもあったと思います。素敵な小説をありがとうございました。