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ID.4934
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/03/25(日) 19:25
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注文の少ない料理店〜海神の場合〜
         







注文の少ない料理店

〜海神の場合〜







 ある昼下がりのこと。

「……どうしてお客様が来ないのですか」
「いや、僕に聞かれても……」
「もう昼を過ぎて久しいですよ! どうなっているんです!」

 喚き立てる森羅先輩は、今にもその身の丈ほどもある大剣を振り回しかねないので僕は冷や汗ものです。

「やはり立地条件が……こんな切り立った崖にある料亭に来ますかね、お客さんが」
「前を見れば森、振り返れば海! どちらも同時に景色を楽しめる最高のスポットではないですか!」
「それ何度も聞きました。確かに景色は素晴らしいかもしれませんが、立地が悪すぎると言っているんですよ森羅先輩。見てくださいよ、海も森も素晴らしい以上に怖いですよ。僕ら究極体や完全体はともかく、それ以下の皆さんは辿り着くまでに死にますよね……」

 背後の荒れ狂う海は少し前までメガシードラモンの縄張りだったし、前方の薄暗い森は獰猛な獣の巣窟。
 所謂天然の要塞という奴らしいです。開業に際してこの場所を選んだのは他ならぬ森羅先輩なわけですが、城や要塞ならともかく、少なくとも小洒落た料理店を出すのに相応しい場所だとは僕にはとても思えません。火曜○スペンスで最後の犯人との対決で使われそうですからね、この崖。

「青海君、営業をお願いします」
「それは無駄ですよ。もうここら一帯は人っ子一人、いやデジっ子一体いませんよ」
「何故ですか? 常連のハンギョモンさんは? 確かエビドラモン氏もいましたよね?」
「つい先日、揃ってこの店の悪口を言っていたので、僕が残らず駆逐しておきました」
「お、お客様アアアアアアアアア!?」

 森羅先輩が食材を獲ってくる森側はともかく、僕の領域である海側には少なくともまともな知性を持ったモンスターはいないはずです。
 彼女の言う通り、海側にも何体かの常連客はいました。ですが三日ほど前、少し離れた浅瀬に揃ってこの店の悪口を言っているのを見たので、思わず槍を投げ付けたら驚いて逃げていってしまいました。流石は我が槍、キングスバイトと言ったところですか。

「情けない連中です、威嚇を本気と受け取ってもう戻ってこないんですから」
「それ完璧に青海君の所為ですよね!? 常連の皆様になんてことをしてくれたのですかアアアアアアアアア!!」
「この店の悪口を言っていたのです、どうして僕が許せましょう」
「うっ……青海君は本当に真っ直ぐですよね……」
「いえ、お褒め頂くほどのことでは」
「褒めていませんからね!」

 言いつつ、ジト目――森羅先輩の顔は仮面に覆われているけどそんな気がする――で見られるも僕は無視しました。
 こんなことをしている場合じゃないんだけどなぁ。
 そう考えると嘆息してしまうのも無理はないんです。同じ高みに立つ者として、また先に究極体に到達した先輩として、森羅先輩のことは確かに尊敬していますが、少なくともこの世界、この時代に僕らが料理店を経営することに何の意味があるのか、その辺のところが僕にはわかりませんでした。
 僕もまだまだ、未熟なんでしょうか。




▲ ▲ ▲




 同じオリンポス十二神といっても、僕は森羅先輩を初めとする諸先輩方から見て末席に当たります。
 この大海を統べるべく、青海と名付けられたこの姿に進化を果たしたのはつい一年前。僕にとってはまさに夢にまで見た姿と力を得たわけですが、以降まともにその槍を振るう機会には巡り会っていません。この時代に究極体相当のモンスターが多くないのもあるでしょうが、少なくとも料理店の小間使いでは自らを満足させ得る強敵との対峙など夢のまた夢。先刻の常連客への狼藉は、そうして溜まった鬱憤から来ているのかもしれませんね。
 そんな風に自分を正当化してみたりします。
 さて、僕らオリンポス十二神は伝承によれば、彼の聖騎士団や七大魔王にさえ匹敵する戦力を有していると聞きます。とはいえ、当代に顕界しているオリンポスは末席の僕を含めても六体、仮想敵と見なした聖騎士や魔王が今も尚盤石の布陣で在るのなら、些か不安が残る頭数と言えましょう。
 先代の六体はかつて激しい戦いの末に命と引き替えに邪悪なる者を封じたとのことです。中でも先代最強と謳われたユピテルモンの力には、恐らく当代のオリンポスで僕の最も尊敬する陽炎先輩でも及ばないだろうと言われています。
 だからこそ、今は腕を磨くべきだと思うのです。未熟極まりない僕が筆頭であることは言うまでもありませんが、当代の強さが先代に及ばぬのであれば、個々の質を上げ、戦力の拡充を図らなければ、世界を中立に保つなどという僕らの使命を果たせるはずもない。来たるべき最後の危機デジタルハザードに備え、何者にも負けぬ力を有しておかなければ。
 そこで問題となるのが森羅先輩です。僕の直近の先輩に当たる彼女は、必然的に僕の指南役となってくれたのですが、平和主義者というか博愛主義者というか、僕らと同じく戦いを生業とする者として生を受け、その中でも頂点に近いとされる神人の姿を得ながら、戦いを好みません。それでいて、いざ戦うとなれば僕を片手で捻るぐらいに強いから始末が悪い。
 女性型らしい奔放さは陽炎先輩と並び、僕の尊敬する先輩である幻影ミラージュ先輩に近しいものがあると愚考していますが、同時に月光の如き禍々しさと冷酷さを内に秘める彼女と違い、森羅先輩は本当に単なる我が侭な女性といった印象でした。
 確か以前、一度だけ森羅先輩に問い質したことがありました。

『先輩はオリンポスとしての自覚が無いのではないですか?』

 若輩者からの愚弄にも等しいその言葉に、彼女は薄く破顔して。

『……かもしれませんね』

 自嘲するようにそう言いました。
 どこか遠くを見つめる森羅先輩の横顔を見て、僕は自分の質問を恥じたものです。きっとこの世界の誰にも各々の生き方があり、それは決して僕などが立ち入っていいものではなかったのでしょう。少なくとも一対一で戦って彼女に勝てない今の僕では、彼女に対する言など持てようはずがありません。
 それに。

『でも、私にはこれが合っているんですよ。ここは料理店です、いらしたお客様を笑顔に出来る場所です。……誰かの笑顔を見られるって、素敵なことだと思いませんか?』

 先輩の作る料理は、とても美味なんですよね。




▲ ▲ ▲




 その日は珍しく人間とそのパートナーが店にやってきました。
「いらっしゃいませー」
 実はその日まで、僕は人間というものを見たことがありませんでした。
 勿論、話としては知っています。僕らと絆で結ばれ、更なる高みへと導く異世界より来たる生命体。この世界が闇に覆われる度、叫びと嘆きに応えてその姿を現して闇と戦ったと言われる、数多の伝説に名を残す救世主。
 でも初めて見た人間の少女は、何ということはない、ただ小さく弱い生物にしか見えませんでした。
「その子が、あなたのパートナーですか?」
 注文を受けながら聞くと、少女は弾けるような笑顔で「うん!」と答えます。
「大変なことばかりだったけど、今まで二人で乗り越えてきたんだよねー!」
 その膝に座る幼年期に、彼女の言う“大変なこと”を乗り越えるだけの力があるとは正直思えませんでしたが、僕は話半分に「それは凄いですね」と返したのだけど、どうもそれは少女には見抜かれていたらしく、すぐに膨れっ面で「信じてないでしょ!」と言われてしまいました。
 お客様の笑顔を消してはならない、森羅先輩の教えです。またミスしてしまいました。

「こうなったら私とこの子の力、見せてあげるんだからぁ!」
「ほう、力……」

 興味が湧きました。森羅先輩は厨房で料理の提供には今しばらく時間が掛かりそうです。伝説に謳われる人間の力、この身で味わっておくのも悪くないでしょう。

「興味深いですね。僕は何もしません、全力の一撃でお願いします」

 断っておきますが、僕はマゾではありません。……多分。




▲ ▲ ▲




 切り立った崖の上、料理店を背後に僕は彼女達と対峙します。
 宣言通り、僕は手を出すつもりはありません。少女は「馬鹿にしてぇ!」と苛立ちを隠せない様子ですが、元より戦うつもりはありませんでした。その“大変なことばかり”を乗り越えてきたという彼女達の力が、世界の誰もが憧れる人間の力が、果たして如何ほどのものなのか見極めてみたかったというのが本音です。
 だから求めるのはただ一撃、人間と共に在るパートナーの攻撃が僕にどこまで通じるか。

「後悔しても遅いよ! 全力で行くんだからね!」

 ビシッと力強く僕を指差す少女の姿が眩しいです。……しかし彼女のパートナー、知らない間に先程と姿が変わっているような……?

「ゴマモン! 進化だよ!」

 瞬間、彼女のパートナーが光を放ち、その肉体を変質させていきます。
 なるほど、少女の掲げた聖なるデジヴァイスによる任意の進化。それは確かに僕らには不可能な奇跡、不可逆にして不可避の変態である進化を任意で制御できるとすれば、その奇跡は伝説として崇められるのも無理は無いでしょう。気付けば姿が変わっていたのも、幼年期から成長期に進化を果たしたということなのでしょうか。
 ただ、そうして進化を果たしたとしても所詮は成熟期、未熟とはいえ究極体である僕と相対するには些か力不足でしょうが。

「ゴマモン、ワープ進化――ヴァイクモン!」
「ワープ進化……!?」

 果たして姿を変えて君臨した白銀の獣人は、僕がこの姿に到達するより前、氷山地帯でやり合った部族の長と同じ姿をしていました。
 ヴァイクモン。クロンデジゾイド並の硬度を持つと言われた体毛と全てを破壊すると言われた破砕球ミョルニルを有し、ズドモンやイッカクモンで構成された軍団を率いて極寒の地を収める究極体。僕にとっては懐かしい顔でもあります。
 しかし、それ以上に。

「素晴らしい……!」

 僕は感嘆していたのです。
 勿論、ワープ進化なる現象のことは知っています。しかし成長期から究極体へ一気に三段階もの進化が行われるのを見るのは初めてでした。こんな普通では起こり得ない奇跡を実現してみせるのが、人間という存在の持つ力なのでしょうか。

「アークティックブリザード!」

 見惚れすぎて不意打ちで頬に破砕球を受けました。非常に痛かったです。




▲ ▲ ▲




 僕が彼女達、というより人間と出会うのはそれきりになりました。
 しかしそれ以降、何故かお客様の数は鰻登りです。どうも彼女達は乱暴に森林地帯を切り開きながらこの店まで辿り着いたらしく、天然のダンジョンめいていた森側に安全なルートが開拓され、そこを通ってお客様が来店するようになったようです。乱暴なことをするものだと思わず苦笑してしまいます。
 これには森羅先輩も大喜びです。

「人間様々ですね! この調子ならもっと来て欲しいぐらいですよ!」

 それに頷きながら、僕は多忙な日々を過ごしています。
 彼女達の姿には不覚にも憧れました。破砕球を叩き付けられた頬は未だに少しだけ痛みます。聞くところによれば、彼女達は邪悪な者を倒す為に旅をしているそうですが、あの奇跡があれば如何なる困難にも立ち向かっていけるのではないかと感じました。後世、救世主と語り継がれる存在とはあのような人間のことを言うのだなと、そんなことを思ったりもしています。
 とはいえ、一瞬見惚れただけで、僕は彼女達がどうなろうと別に何も関係ありません。

「なあ、知ってっか? 最近、選ばれし子供が負けたって話」
「聞いた聞いた。パートナー諸共死んだって聞いたぜ」

 別に、何も。








ID.4935
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/03/25(日) 19:30


注文の少ない料理店〜蛇神の場合〜







注文の少ない料理店

〜蛇神の場合〜







『ぐっ……!』

 腹部を貫く鈍痛に、私は体を“く”の字に曲げるしかありません。
 打ち込まれたのはただの拳。それを開いた上で爪を突き刺せば、私はその時点で死んでいた。そのはずなのに、目の前の仇敵はそうしません。嘲り笑うかの如く、弄ぶかの如く、トドメだけを刺さずに私に戦士として最大の屈辱を与え続けていました。

『弱ェ』

 吐き捨てるように言う黒き翼の主。口の端が醜悪に上がり、額の第三の瞳が禍々しく輝いています。

『この森には強者が集う村がある、そんな話を聞いた。しかもそこを守護するのが音に聞こえたオリンポスとくらァ、ちったァ楽しませてくれるもんかと思ったんだがなァ……ほとほと興醒めって奴だぜ。俺ァ得物を何ら使っちゃいねェのに、テメエはこの村を守るどころか、自分を守ることさえできやしねェ」

 燃え盛る数多の家屋を背に、魔王は笑ったのです。
 何一つ守ることができませんでした。日々競い合い、切磋琢磨して高め合ってきた村は、突如襲撃してきた魔王によって一瞬で炎に包まれました。輝かしい未来が待っていたはずの幼き子供達は皆殺しにされ、それを守るべく在ったはずの私も無様に打ち倒されました。今やオリンピア改を杖代わりにすることで、なんとか無様に倒れ伏すのを防いでいる状態でしかありませんでした。
『倒れねェ、倒れるわけにはいかねェ、そうした気概は別に嫌いじゃねェがな……どっちにしろ、俺に勝てなきゃ死ぬのは変わんねェわけだ』
 魔王の足が私の右肩を踏み付けます。キッと挙げた顔の目前に、巨大なブラスターが突き付けられました。

『何故……こんなことをするのですか』
『大層な混乱もねェこの時代、俺を満足させやがる奴らが消えて久しい。俺の七大魔王おなかまも人間のガキどもにやられちまったのか、生きてるのか死んでるのかもわからねェ奴らばかりだ。だから俺ァこれでもテメエらオリンポスに期待してたんだぜ? 噂によっちゃロイヤルナイツのクソどもにも匹敵するって話じゃねェか』

 本当にガッカリだ。後に暴食の魔王と呼ばれる彼は、言外にそう告げるのです。

『……ただ』

 そこで言葉を切り、魔王は廃屋の前で無惨に果てている小型のデジモンの亡骸に視線を向けました。
 本来なら死すれば即座に粒子と化して消え失せるはず。事実、この村の殆どのデジモンはそのようにして既にこの世から消滅している。そうであるにも関わらず、彼の遺体だけは未だにその場で存在を保っていた。人間界から混入してきたデータを元に私が再構成した、この村の中でも一際特別なデジモンでした。
 そのモンスターの名はスパロウモン。私と一つになり、飛行能力を与えてくれる私の息子に等しい存在。

『デジクロス……つったか、ありゃ悪かなかった。俺ァ初めて見る力だったし、使い方次第では進化ができない連中や進化をしてない連中でも格上に対する対抗手段にならァな。なかなか面白そうだ、そいつについて知ってる情報を話すってんなら――』
『お断りします!』

 痛む体に鞭を打ち、瞬時に回転させて魔王の首筋を狙った大剣は。

『……そういう狡猾さは好きだぜ、蛇の女神さんよ』

 魔王の左手によって受け止められていました。

『だが甘ェ、反吐が出る程甘ェ!』
『がっ……!』

 刹那、振り抜いた右足で顎を蹴り上げられ、私の視界がグルリと一回転します。
 最高に無様です。この村を守護する役目を与えられながら、森を統べる森羅なる名前を持ちながら、そして世界の中立を保つオリンポス十二神の一員でありながら、私は孤高の魔王相手に完膚なきまでに敗北しました。守るべき村が炎で崩れ落ちていく中、ただ手足を大の字に広げて果てた惨めな姿を見て、誰が守護者などと信じることができましょう。

『テメエは殺さねェ。生き証人が一人はいねェと寝覚めが悪ィからな。……それに』

 黒き翼を揺らし、魔王が去っていきます。視界から消えていくその背中に、私はどうすることもできません。

『女は殺さねェ主義なんだよ。例外はあるけどな……これでも博愛主義なんだ、俺ァ』

 後に暴食の魔王として恐れられる、孤高の戦士。
 彼は最後にどこか、そんな人間のようなことを言っていた気がします。




▲ ▲ ▲




「ちわーっす」
「おおっ! ハンギョモンさんじゃないですか! 戻ってこられたんですね!」

 久々に顔を出した常連さんの顔を見れば、自然と私は笑顔になります。

「大分落ち着いたし、知らない間に綺麗な道ができて、森側から来やすくなりやしたからね。ところでアイツはクビにした方がいいですぜ、ミネルヴァの姉御」

 他の席で注文を取っている青海君を見やり、こっそり耳打ちしてくるハンギョモンさんには苦笑を返しました。

「まあ青海君は青海君ですから……」

 忙しいのはいいことです。あの人間の女の子が来てからというもの、彼女達が道を作ってくれたこともあってか店はこれまでになく繁盛していますし、それまでどこか遠くばかり見ていた青海君も少しやる気を出してくれたように感じています。それに私自身、適度な忙しさは余計なことを考えなくて済むから嫌いではないんです。
 青海君だって悪い子じゃないんです。むしろ少し生真面目すぎるというか、責任感が強すぎるところがあるだけで、彼は私にとってもいい後輩です。

「まあ姉御が言うならそうなのかもしれやせんが……」
「……まだ根に持っています?」

 そう尋ねるとハンギョモンさんは苦笑しつつ「まさか」と返してくれました。
 私達は戦闘種族として生を受け、この未成熟な世界の中で戦い続けることを義務付けられています。それが何万年も前から続くこの世界の絶対の掟ルールであり、それに異を唱えるつもりは私としてもありません。平和を謳う者達が次の日には血で血を洗う戦いに身を投じていたことも、伝承に名を遺す英雄達が絶対的な力で戦いを終わらせたことも、それこそがこの世界の真実であり原理と言えましょう。
 それでも、です。
 この世界には戦いだけじゃない。人間の世界と比べれば細やかなものでしょうが、平穏という名の幸せが確かにあるはずだと思うのです。戦いを生業とする私達が、ほんの一瞬でも戦いを忘れて安らげる、そんな場所が世界にあってもいいと私は思っています。
 陽炎君は怒るでしょうが、そうした穏やかな空間を作り、そして守り抜くことが私の夢でした。




▲ ▲ ▲




 森を、そしてそこに生きる全ての者を守る、そうした願いを込めて私は森羅という名を与えられました。
 オリンポス十二神として名を連ねるこの姿に到達したのは随分と前のこと、同志である陽炎君や幻影さんに遅れる形で私は進化を果たしました。音に聞こえた聖騎士団とは異なり、ある程度の自由を与えられた私達は、来たるべき時が来れば力を合わせるという約定の下、今も各々が個々の意思でこの世界のどこかで活動しています。互いが互いに干渉し、如何なる時でも必ず合力するという盟約に縛られた先代のオリンポス六体が、プルートモンとの激闘の果てに壊滅状態となったことを鑑みた故なのかもしれませんね。

『……アンタは甘いわよね』

 理不尽に虐げられる幼き者を守る村を作る。私がそう言った時、幻影さんは笑っていました。
 風のように奔放、けれど氷のように冷酷でもある彼女からすれば、確かに私の行動は甘いと感じられても無理はありません。最近では彼女もまた村を作ったと風の噂に聞きましたが、どうも幻影さんの作った村は私の考えていたものとは些か違うようですし、もしかしたら彼女と私は最初から相容れなかったのかもしれません。
 何にせよ、かくして私は自らの名を体現した村を作り、訪れる者を無償で迎え入れることで徐々にその範囲を広げていきました。

『いい村だ。ここから俺を満足させる戦士が生まれるかもしれないな』

 旅の途中で立ち寄ったという陽炎君がそう言っていたことを覚えています。

『……お言葉ですけど』
『む?』
『ここは戦士を育てる場所ではないんですよ?』

 戦うことしか頭の無い彼に、私は面と向かって――当時の私は背が高かったんです。本当ですよ?――言ってあげるんです。守護者であると同時に、自らの飢えを癒す為の戦いを求める彼は、純粋であるが故の危うさも孕んでいるように思えてなりませんでした。世界のバランスを保つという使命に最も忠実で、太陽の神アポロの名の通り皆を慈しむ心を持ちながら、彼は自らの全力を振るえる機会と相手を求めている、私にはそう思えます。
 戦闘種族としてその在り方が好ましく思えることも、私は否定しませんが。

『仮定の話だよ森羅、そう期待してしまうというだけの話さ』

 陽炎君は苦笑して続けます。

『……守ってやれよ』

 その言葉に決意を新たにした私でしたが。

『弱ェ』

 破滅の時は、その数日後でした。
 あの日以来、心に穴が開いています。虚無感と言い換えてもいいかもしれません。オリンポスの名を背負った当時の私は、確かな自負と共にあの村を守っていました。けれどそこが暴食の魔王によって壊滅した時、私は生まれて初めて絶対的な強者との絶望的なまでの差を思い知らされたのです。この魔王にはどう足掻いても勝てない、何をしても無駄なのだと本能的に理解してしまいました。
 スパロウモン、その村にはそんな名を与えられた子がいました。人間界から混入したデータの残滓から生まれた鳥型のデジモンです。彼は自らデジクロスと呼ぶ不思議な力を持ち、私の翼となり力を与えてくれました。森を統べる私に制空権すら与えてくれる彼の力があれば、それは即ち無敵――その姿を私と彼はジェットメルヴァモンと呼んでいました――だったはずですが、その力さえ暴食の魔王には遠く及ばなかった。
 いつだったか、青海君に聞かれたことがあります。

『先輩はオリンポスとしての自覚が無いのではないですか?』

 私自身、その質問に何という答えを返したか覚えていません。
 青海君は生真面目で責任感の強い子だから、戦うこともせず料理店の経営に勤しむ私を見れば、そう思うのは無理もないのかもしれません。基本的に不平不満を漏らさない彼ですが、究極体になって尚ウェイターに甘んじているとあれば、心のどこかで燻るものがあるのは確かでしょうし。
 自覚があるか無いかと言われて、ハッキリ答えることが私にはできませんでした。きっと私は世界の守護者として相応しくないのでしょう。
 逃げかもしれない。認めたくなくとも確かな事実です。自らの限界を思い知らされた私は、こうした道しか選べなかったのだと。




▲ ▲ ▲




 その日は妙にお客様が少なかったのですが。

「まさか青海君、また常連の皆様に」
「そ、そんなことはしていませんよ……!」

 その理由を私達はすぐに思い知ることになります。

「よォ」

 ガラリと乱暴に扉を開いて入店してきたお客様、それは。

「いらっしゃいま――」

 思わず言葉を失いました。片足に魔銃ベレンヘーナを保持したホルスター、両腕には禍々しい爪を備え、漆黒のライダースジャケットを身に纏う痩躯は、細部が違えど私のトラウマに他ならなかったのですから。

「……ベルゼブモン」

 自由気ままに世界を荒らし回る魔弾の主。愛機ベヒーモスと共に荒野を駆け、弱き者を喰らう暴食の魔王。旅の中で行き倒れた識者バアルモンを名乗って皆に取り入り、やがて本性を現すと共に私の守護すべき村を破壊し尽くした仇敵が、そこにはいました。

「久しいな、元気そうじゃねェか……何よりだぜ」
「……あなたも」
「しかし随分と縮んじまったな。あの時のテメエはもっと別嬪だったと思うが」

 ドサッと窓際の席へ座りながら嗤う魔弾の主。
 挑発だとわかっています。魔王が現れたという事実だけで本能的に臨戦態勢に入る青海君を押さえ、私は厨房へと向かいました。
 憎しみと恨みが無いと言えば嘘になるでしょう。けれどそれ以上に、彼がその気になれば私と青海君が二人同時に挑んだところで、赤子の手を捻るが如く返り討ちにされるだろうことを私は身を以って知っています。
 世界の支配にも光の者の打倒にも一切の野望を持たない彼は、そうであるが故にただ戦闘だけに特化した彼は、言うなれば生きた災害そのものです。その点においてベルゼブモンは他の魔王とは一線を画しています。バルバモンのような狡猾さも、ルーチェモンのような傲慢さも持たず、ただ“強い”だけの魔王が彼です。この世界に彼の敵になる相手などいるはずもない、たとえそれが世界最強と謳われる聖騎士達であっても。
 歯噛みします。オリンポスなどと呼ばれ賞賛されても、上には上がいるのですから。

「……あなたも少し姿が変わったように見えますが」

 料理を運びながら慎重に言葉を選んでいく。魔王は退屈そうに両手を頭の後ろで組み、その目だけを私に向けました。

「あの時は手ェ抜いて悪かったな。……バアルモンの姿を取った影響でよ、ちっとばかし完全体クラスにまで力が落ちてたってわけだ」

 それに反応はしません。私の反応を愉しんでいる魔王の思うツボだとわかっていますから。

「この世界は本当に退屈だよなァ……?」
「私はそうは思いませんが」
「それはテメエ自身が退屈な奴だからだよ」

 嗤う。魔王の存在そのものが私を嗤っている。

「テメエが如何に否定しようと、俺らは結局のところ戦闘種族だ。信頼だ友情だ愛情だ、そんなもんはくだらねェ一時の気の迷いに過ぎねェ。互いに殺して殺されて、食って食われるシンプルな関係でしかねェのさ。テメエが作る料理の材料は何だ? 俺らが生きていく上で糧にしてるもんは何だ?」

 料理を掻っ込みながら、どこまでも魔王は私を不快にさせていきます。あと行儀が悪いです。

「……ご高説を賜りまして感謝しますが、私にはあなたが何を言いたいのかわかりかねます」
「人間の真似事なんざしてんじゃねェって話さ」

 そう言って私を、私の心にある人間への憧憬を見透かした魔王の瞳にあったのは、ただ純粋な憎悪でした。

「その点、原初の世界って奴はなかなか芳醇だったんだぜ? 荒れ果てた世界で俺達はただ、互いを餌としてしか認識していなかった。目が合えばその場で殺し合い、殺した相手を貪り食ってた。喰らった相手の力を取り込んで、俺達は強くなるってェ単純な世界だ。それがいつの間にか、村ができて、町ができて、そして国まで作られやがる……くだらねェったらありゃしねェぜ」
 そこで魔王は窓の外へ目を向ける。その先に創世期の世界を見ているのでしょうか。

「それもこれも最初のヒューマン族とビースト族の戦争の所為だよなァ。あそこでヒューマン族なんぞ全て滅ぼしちまえば、こんなことにはならなかった……つまらねェ世界にしてくれやがったぜ、ルーチェモンもよ。アイツも十闘士とかいう連中にやられたってんだから、ざまあ見ろって奴だがな」

 同じ七大魔王であるはずの傲慢の魔王を、ベルゼブモンは躊躇い無く侮辱する。

「私は……人に学ぶことが一概に悪いとは思いません」

 搾り出すような私の声に、嗤いながら「ま、俺も100%悪いとは言わねェがよ」と告げる魔王。
 いつの間にかホルスターから引き抜いた魔銃ベレンヘーナ。それを人差し指でクルクルと回しながら、ベルゼブモンは能天気に口笛を吹いています。どこまでも相手を馬鹿にするような態度は、敢えて道化を演じているのか、そもそも魔王の素なのか、私には判断が付きませんでした。

「いつぞやの時には無かったろ? これァ一応アンタらのお仲間の渾身の作品でな」

 先代のオリンポスの一員、ウルカヌスモン。彼が遺した作品は今でも世界各地で発見され、希少な武具として保管されていると聞きます。魔王のベレンヘーナもその一つだったとは知りませんでしたが。

「これもまあ悪くねェ。こんなに効率良く殺せる道具ってのァそうそう無いもんだぜ」
「殺す……道具」
「テメエの剣と同じさ。何かを傷付け、殺す為の道具だ」

 ベレンヘーナの銃口を私の眉間に押し付け、どこまでも魔王は私を嘲り笑ってみせるのです。

「それとも何か? 相変わらず守るだの助けるだの言ってんのか?」

 それには答えません。答える必要性も感じません。

「……テメエがそう在ることを否定するつもりはねェんだ」

 何秒間そうしていたのか、ベルゼブモンは魔銃をホルスターに収めます。

「オリンポスにロイヤルナイツ、三大天使どもに四聖獣、それから十闘士とかいう連中もか? この世界はちっとばかし、守護者とか呼ばれる連中で溢れすぎてやがる。世界のバランスを保つにしちゃ、些かやりすぎなぐらいだと思わねェか?」

 彼の質問は恐らく私の答えを期待して紡がれたものではないのでしょう。
 こうも守護者が多くては、魔王として動き辛い。そう言っているようには思えません。倒すべき敵が多すぎて面倒だ。戦闘狂の類である彼のこと、そう考えるはずもないでしょう。ただ、数多の守護者が存在すること自体が憎いとでも言いたげな、そんな言葉でした。

「先の言葉にも通ずるがな、世界はもっと単純でいいんだよ。俺達はそういう星の下に生まれてきたんだからよ。シンプルに戦い、殺し、食い合う……それが本来の意味でのデジタルワールドじゃねェのか?」
「私は……そうは思いません」

 売り言葉に買い言葉。きっと私にも確たる答えがあるわけではないのですけど。

「少なくとも今を生きる私達には感情があります。怒ることも悲しむことも、そして笑うことだってできるんです。昔の世界がどうだったかは存じ上げませんが、現に私達がこう在る以上、それを無視して生き方だけを原初に戻すことなどできるはずもない……」
「……人間みてェなことを言いやがる」

 クックッと笑う魔王。私の答えに満足したわけではなく、何かを思い出した様子でした。

「何がおかしいんです」
「似たような言葉を何日か前に聞いたと思ってな。……人間の小娘だ、なかなか楽しめたが俺の敵じゃなかっ――」

 それがどういうことかを理解したのは、私の後ろで聞き耳を立てていた青海君の方が早かったようです。

「貴様――!」

 裂帛の気合と共にキングスバイトを――店内にも関わらず――魔王に向けて突き出さんとする青海君。
 ですが。

「遅ェ」

 ベルゼブモンはそれより速く立ち上がると同時に右足で蹴りを見舞いました。

「があああああああ!!」

 それだけで青海君の巨体は吹き飛ばされ、店の壁を突き破って崖下へと落下していきました。

「青海君!?」
「従業員の躾がなっちゃいねェな」

 崖下は海ですから、青海君だって死んではいないでしょう。
 そもそもベルゼブモンは両腕ではなく敢えて足を見舞った時点で、恐らく力の十分の一も出していません。武器も技も使わず、純粋な身体能力のみで末席とはいえオリンポスに名を連ねる青海君を退けた魔王の力は、いつぞやから衰えるどころか更に磨きがかかっているように思えます。
 どこか冷めた心で理解します。やはり私では、彼に一太刀浴びせることも叶わない。

「先の小娘の方がまだ楽しめた、相変わらずオリンポスって連中はガッカリさせてくれやがる。……あの青臭ェ小僧にはそう言っといてやれ」

 私の答えを待たず、勘定を置いてベルゼブモンは去っていきます。
 その背中には何も言えません。青海君の仇と斬りかかったところで、彼と同じ目に遭うだけでしょう。元よりあの魔王に手出しをしてはならないと改めて理解しました。先も言った通り、あれは台風や地震といった災害と同じです。対峙すれば為す術もなく蹂躙されるのを待つのみ、私達の手で立ち向かおうとすればそれ以上の力を以って踏み付けられることになる。
 件の人間の少女――名前を何といったでしょうか――はそれが許せず、彼に立ち向かったのでしょう。
 そして死んだ。パートナー諸共、暴食の魔王に敗れ去った。それは悲しい出来事であることは言うまでもありませんが、同時にベルゼブモンにとって殺す価値がある相手だったということでもあります。
 ベルゼブモンは原初の世界に戻るべきだと言っていました。元のシンプルな世界に立ち返るべきだと、その為には人間の干渉など不要、そういうことでしょうか。

「はあっ……はあっ……し、森羅先輩……奴は……?」
「……帰りましたよ。大丈夫ですか青海君」

 息を荒げながら崖を登って戻ってきた青海君は、走り去っていくバイクの音に忌々しげに振り返りました。

「アイツ……殺したんですね、あの子を」
「そのようですね」

 青海君の口がギュッと歪む。そんなにも彼は、あの子に魅せられたのでしょうか。

「森羅先輩は何も感じないんですか……!?」
「……お客様が亡くなられたというのは、非常に残念です」

 この言葉はきっと青海君を傷付ける。それを知っていながら、彼の為だという免罪符と共に私はそれを口にします。

「それだけです、それ以上は何もありません」
「……わかりました。尊敬に値する先輩だと思っていましたが、僕は本日よりお暇を頂ければと思います」

 口の端が震えている。義憤に駆られる彼の姿は、とても真っ直ぐで、とても好ましいものに思えました。

「承りましょう、青海君がいなくなるとなればこの店も畳むべきですね」
「二度とお会いすることはないかもしれませんが、これまで大変お世話になりました」

 その言葉を最後に、背を向けて店を出ていく彼の姿を私は黙って見送ります。
 青海君は正しい。奇跡を為す人の姿に魅せられ、その死を許せないと憤る精神性は、陽炎君と同じく本質的には善であると言えましょう。今はまだ敵わなくとも、腕を磨いてあの魔王をいつか必ず倒さんとする彼の意思はとても眩しく、いつかその奇跡を形にしてくれるのではないかという気さえしてきます。そんな彼の決意を私の独善で引き留めることはできません。
 それでも私は、心のどこかにいる冷めた私自身は、魔王に勝つことなど不可能など理解してしまっています。幾十の奇跡が連なったとしても、この世界に生きる電脳生命体わたしたちには決して彼を倒せる者など存在しない。そして奇跡を為せるはずの人間が敗れた以上、もしかしたらどの世界にも――?
 それでも私が止めたとしても、青海君は止まらないでしょう。ならばせめて、信じて送り出してあげるのが先輩としての最後の務め。

「それに……私もこのままではいられませんから」

 あの日以来、ずっと枯れ果てていた。自分では勝てない相手がいるという絶望を前に、一歩も前に進めなかった。
 けれど火が点きました。暴食の魔王が語る原初の世界への回帰、今ここに在る世界の否定、そんな絵空事を前に停止していた私の時間が動き出した気がしました。そんなことはさせない、認めないと心の中で叫んでいる自分が確かにいるのです。
 ああ、再確認しました。私はこの世界が好きなんだなって。

「私は、私のやり方で……」

 世界を守ってみせると誓いました。力不足の私でも、今の世界を保つことならできるはずだから。








ID.4949
 
■投稿者:tonakai 
■投稿日:2018/03/29(木) 21:30


お月様出身の殺戮神であらせられる作者様へ
どうも!
NEXTをを荒らしてまわるのに快感を覚えてしまった末期な奴が
今回も足跡つけさせてもらいます。
※タイトルは程よくスルーで結構です。


『料理店』というから、最近流行りの異世界的な飲食店の話なのかな〜と。
もしくは飯テロものか?
読んでみれば、森羅先輩?青海?人間2人が働いている?
あれ?オリンポス?メリクリとネプかな?
進んでいくと答え合わせで顔が熱くなってしまったのが、きっと自分だけじゃないと信じたい!
幻影さんってあんたか!!陽炎先輩はヒデ○キの方か!?
ユピテルとウルカヌスはぼかしてない、ラッキー!
考えるのはやめた、脳みそがバックギアだぜ!!
妄想に事欠かない内容に感服です。


先輩の『いらしたお客様を笑顔に出来る場所です。……誰かの笑顔を見られるって、
素敵なことだと思いませんか?』というにぐっときました。
ちょいと戻りますが、「お、お客様アアアアアアアアア!?」」と悲鳴をあげてたところも可愛い……
あ、先輩って……おぉーミネルヴァモンぱいせんだったかぁ〜〜〜
これは失礼。


そういえば、夏Pさんの前作もクロスウォーズで活躍したデジモンを
大々的に活躍させていましたが、“愛”を感じますね。
今回はスパローモンですか。少々ずれますが、ミネルヴァモンもですね。
ん?ちょっと待てください。
あれですか、前作の感想返信でおしゃっていた……
『いずれこの物語に連なる流れで登場する可能性はあるとだけ言っておきましょう』
ここで伏線回収とは……
あっざーーーーす!!(←早とちりかも)

って、この話はアレに連なるんですか!?
またいっぱい殺すんですか!
ぺんぺん草も生えないあの地獄へと。
俺の大好きなヴァイクモンもやりやがったな!!
これ以上は……させるかぁぁああああああ!!!


次回はベルゼブモン視点がいいなぁと思いながら
続きを楽しみにしております。

ID.4951
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2018/04/02(月) 22:13


崖っぷちの料理店へようこそ
 呼び名と振る舞いから完全に人間二人で切り盛りしてるのかと思ったら騙されましたぜ。……究極体、しかもオリンポス二体とは戦力的に過剰な感じもしますが、こういう強い存在が爪を隠して穏やかに楽しく暮らす様もけっこう好きなのでいいですな。

 ……などと思っていた矢先に弱肉強食の権化がもたらす絶望がクリーンヒット。前半ラストでの悲劇から森羅の過去、そして現在再び現れる魔王。一気にシリアスなまま青海も森羅もそれぞれの思惑で動き出す。……それにしても少女のテイマーを手にかけたり、森羅と因縁が合ったりと、あの暴食の魔王にはまるでアニメとは真逆な要素があり、因果なものを感じます。

ID.4955
 
■投稿者:夏P(ナッピー) 
■投稿日:2018/04/06(金) 19:15


月下のけだもの〜狗神の場合〜







月下のけだもの

〜狗神の場合〜








「……遅い」

 電脳特急に揺られながら、自然とそんな声が漏れた。
 トレイルモン、この世界に広がる線路を駆け巡る成熟期の列車型デジモン。このご時世、乗客は疎らで僕以外は成長期や幼年期の姿しか見えない。下手に高位の連中と同乗すれば奇異の目で見られることは間違いないので、それに関しては感謝しておこう。
 元より一つの場所に留まっていることができないのが、神速の王メルクリモンたる僕の性分である。
 同志であるところの陽炎が「つまりは根無し草ということか」と笑っていたのを思い出す。宿敵と見定めた相手ながら言い得て妙と笑ったものだ。この身には翼こそ無いが、進化と共に碧翼へきよくという名を得た僕は、その名及びメルクリモンという種に相応しく特定の居城や領域を持たず、この世界全域を己が活動範囲としている。神速と謳われる僕の実体を認識した者など、恐らく同志達を除けば数える程しかいまい。僕の脚力は斯様な電脳特急の速度を遥かに凌駕しており、つまるところ僕自身このようなものの世話になる意味もメリットもない。
 要するに、気分の問題である。

「おっ、碧翼クン来たねー」
「……幻影」

 密林の前で列車を降り、久方ぶりに同志と顔を合わせた。ディアナモンの幻影ミラージュ、僕らの中でも陽炎と並び称される戦女神。

『この世界で死んだ人間の魂を呼び出し、実体を与えることってできるかな?』

 どれくらい前になるのか、この同志からはそんなことを持ちかけられた。別段不可能ではない。大多数の皆は気付いていないのだろうが、この世界には無念と共に散った人の怨嗟の声が渦巻いている。英雄であれ、希望であれと召喚された選ばれし子供達の中で、その使命を果たせず散った者達は少なくない。幻影の依頼を受け、僕は自らのシャーマンとしての力を利用してそうした者達の魂を一ヶ所に集めて実体を与えたことがあった。
 とはいえ、僕がしたのはそこまでだ。そこから先は幻影に任せたから、その魂どもがどうなったのかは知らないし興味もない。

「それにしても、相変わらず陰気な顔してるわねえ」
「生まれつきだからな、如何ともし難い」
「その仮面、そろそろ取ったら? 少しはマシになるわよ?」

 というか、オリンポスであるにも関わらず素顔を晒しているお前や陽炎の方がおかしいと言ってやりたい。

「用件は何だ?」
「碧翼クンにはお礼を言おうと思って」

 この奔放という言葉を形にしたような女からお礼? 明日は聖槍グラムの雨が降るかな。

「……何か今、ミラに対して失礼なこと思ったでしょ」
「さてね」

 鋭い女だ。森羅の奴もそうだったが、女性型って連中は勘が鋭くてどうも苦手だ。

「ついてきて」

 そう言って幻影は鬱蒼と生い茂る森の中へと歩を進めていく。
 太陽の光が殆ど届かない密林はなかなかゾッとしない空間ではあったが、僕も彼女も生粋のウイルス種だから、そういった意味ではむしろ僕らには相応しい場所とも言えるかもしれない。少なくとも僕は不思議な心地良さを感じているし、常闇に生きる者である幻影とて同様だろう。
 踏み付けられた草木が自然と獣道を成している。歩きやすくて助かるのは確かだが。

「……なるほどな」

 僕にも得心が行く。やがて開けた空間に見えたそれの正体が。
 果たしてそれは小さな村だった。村民達は畑を耕し、木造家屋の前で談合し、少し外れた場所にある茶屋が賑わっている。過疎化が進む山奥の寒村、有り体に言えばそんなところだろうが、そこに生きているのが全て人間だけだという点で、この村は絶対的にこの世界において異物としてしか有り得ない。
 この世界に人間はそれ単体で存在し得ない。それは動かし難い事実であるのだから。




■ ■ ■




 パートナーデジモン、そんな言葉がある。
 俗に言う選ばれし子供として召喚された人間と共に並び立ち、世界の危機を救うため邁進する存在のことをそう呼ぶらしい。パートナー、唯一無二の相棒、所詮システムでしかない癖に運命的な縁や絆を感じ得るそれは、大抵の者にとって実に耳障りのいい言葉だろうな。僕としては聞くだけで吐き気がするがね。
 だけど人間は異物だ。奴らがこの世界に存在すること自体、おかしいんだ。
 この世界で人間はただ生きていることさえ許されない。電脳世界において有機物である人間は異物として、世界そのものから排除される運命にある。それが創世記から続くこの世界の絶対の真実なんだよ。
 パートナーデジモンとは、その不条理に対して構築された延命のシステムでしかない。
 元より電脳生命体であるパートナーとの繋がりを以って、人間達はデジタルな世界で存在することを初めて承認される。並大抵の人間はそうして僕らとの縁を持たなければこの世界では数日と生きられない弱い生き物なのだ。パートナーと出会えぬまま、やがて衰弱して死んでいく人間の姿を僕は何度も見てきた。噂によれば、そうした繋がりを持たずともこの世界に存在できる完全なる存在アブソリュートと呼ばれる人間がいるという話だが、そんな人間にはついぞ出会ったことがない。
 結論を言おう。人間とは脆弱な生き物に過ぎず、その脆弱さに僕らの世界が寄り添わなければならないこと自体、僕には極めて不愉快だった。
 何が救済の英雄、何が最後の希望、彼奴らは僕らに寄生しなければ二本の足でこの大地を踏み締めることさえできやしない。数多の魔王や闇の存在は人の手で倒されたと言うが、むしろ人間が関わること自体が魔の者を生む要因となっているのではなかろうか?

『俺は……人間の可能性を信じているから』

 いつだったか、僕が宿敵と見定めた男がそう言っていた。
 アポロモンの陽炎。太陽の憤怒と慈悲とを体現したような、どこまでも甘い奴。一度立ち会って敗れた屈辱は今も僕を苛んでいるが、何より許せなかったのは奴が人間に対して酷く甘く、そして憧憬を抱いていること。これに関してはオリンポスの同僚である青海や森羅もそうだった。彼らは人間を英雄と信じ、善なる者だと信じている。あろうことか、世界を守護するオリンポス十二神でありながら、人間こそが世界を救ってくれると心のどこかで縋っている。
 それが許せなかった。この世界は僕達のものだ、僕達の手で守ってくものだ。

『人間は脆いわよ。……脆くて、儚いわ』

 だから、そう言った女は僕の理解者でもあった。
 ディアナモンの幻影。月光の狂気と冷徹さを孕んだ、奔放な破綻者。その性格や口調に反した冷酷さを備えたこの女は不思議と僕と気が合った。彼女の過去など知らないし興味もないが、人間との間に何かトラウマを抱えているように思える。人間に対して憎しみすら抱いている僕とて、無力な彼らに対して積極的に攻撃を仕掛けたりはしないが、幻影はそれがパートナーすら持たない人間だろうと容赦なく襲いかかる。そうして今までに何人もの選ばれし子供の命を奪っている奴だ。
 シャーマンである僕には、この世界で散った人間達の魂が見える。転生することのない彼らの魂は、いつまでもこの世界を彷徨い続け、恐らく救われることはない。月の力を司る幻影には、僕以上にそれが見えているのではないだろうか。そうして壊れていく、月光の狂気に取り憑かれ、更に己の苦しみの源を増やしていく。
 僕と同じだ。その速さ故に数多のものを見過ぎた僕もまた、とうに壊れているから。




■ ■ ■




「……いい趣味だ」

 開口一番、僕の感想はそれだった。
 この村に生きる人間達は皆、ただの屍だった。生前の容姿を象ってはいるし、恐らく記憶も性格もそのままなのだろう。だがそれだけだ。一度死んだ彼らに生前の感情が蘇ることはない。故にこの村の者達は皆、何ら映すことはない焦点の合わない瞳で、ただ人だった頃の記憶を元に人間らしい営みを繰り返しているだけのシステムに過ぎない。
 畑を耕す男も、井戸端会議をしている女も、茶屋で働く娘も、皆そうしているだけ・・・・・・・・

「一度死んだ心はね、生き返らせることができないんだ……」

 どこか寂しげな幻影の呟きだけが真実だった。
 それ以上でも以下でもない。彼らの行為はそれ以上の意味を持たず、故に何かを生み出すことはない。つまり結局は人の真似事でしかないのだ。心は蘇らず、感情を持たないままそこに在るかつて人間だったモノは、ただ人間だった頃の生活サイクルを繰り返しているだけの動く骸だ。
 しかし心地良い。そう感じる僕は、大多数から見れば狂っているのかもしれない。
 けれど、彼らは今そこに確かに存在している。数からすれば数百人から千人程度といったところだろうか、今僕らが見ている生ける屍と同数の不可視の魂として世界を彷徨しているより遥かにいいはずだ。少なくとも数多の無念と怨嗟の声に苛まれてきた僕、そして幻影にとっては。

「いい趣味だ」

 もう一度、噛み締めるようにそう告げた。
 メルクリモンの持つシャーマンとしての力で死した人間の魂を集め、その魂にディアナモンの持つ催眠術で生きていた頃の夢を見せている。この世界は精神が具現化することで知られる世界――何せ電脳精神デジメンタルと名付けられた伝説の至宝アイテムが存在するくらいだ――である故、己を生きていると認識した魂は自然、生前の頃の姿を象ることになるのも必定であろう。
 心が死んだままである以上、彼らにこの村から離れるという選択肢は無い。無残な死を迎えた者なら、魂に染み付いた恐怖からデジタルモンスターと出会うことすら恐れるだろう。

「魂の牢獄……そんなところか」
「当初想定していたのとはちょっと違ったけど、結果的にそうなったわね。まあちょうどいいんじゃない? 私もそうだけど碧翼クン、キミは死んだ人間の魂を見るのに飽き飽きしていたんでしょ?」
「違いない」

 思わず笑みが漏れた。幻影の言う通り結果的にではあるが、これは始まりの町の再現だ。
 死した皆が生まれ変わり、新たな生を始める場所。十闘士だか三大天使だかが守っているというその場所とそのシステムに、奇しくも僕らが築き上げた村は酷似していた。だがここは始まりと呼ぶには相応しくないか。彼らは何も始まらない、ただそこに在るだけだ。彼らの時間は既に終わっている。
 ならば名付けよう。時が止まった者達の集う場所、屍者おわりの村と。




■ ■ ■




 世界を巡っていると、時折珍しい者に会うこともある。

「見ねェ顔だと思ったが、オリンポスの狗神様じゃねェか」

 不躾にそんな声をかけられた。
 特に意味があるわけではないのだが、僕は定期的にトレイルモンの世話になるようになっていた。他に誰も乗客のいない車両の中、四人掛けの席にダラリと背を預けていた僕に声をかけてきたのは、果たして音に聞こえた暴食の魔王だった。

「おや、これはこれは珍しい顔を見たね」
「そいつァこっちの台詞だ。目にも留まらぬ速さで世界を駆け回ると言われたテメエが、のんびり電車で一人旅たァどういう了見だ?」

 言いながら、ベルゼブモンは僕の正面に座り込む。少しばかり狭いんだが。

「たまには何かに身を預け、景色を楽しむというのも乙なものだよ」
「そんなことを言うタマかよ、テメエが」

 クククと笑う魔王。醜悪な牙がカチカチと鳴って実に不愉快だった。

「君こそ愛車はどうしたんだい」
「……ま、似た者同士ってこたァな」

 それきり僕らは会話をやめた。究極体おとこ同士で相席して語り合うこともない。
 魔王とオリンポス、本来なら相容れぬはずの僕らは、それきり互いに頬杖を付いて窓の外を眺めるだけだった。自分で乙なものと言っておきながら、一面に広がる荒野はお世辞にも見ていて面白いものではない。確かこの荒野の先に広がる森、そこに今も幻影の奴が守るあの村があるのだったななどと考える。あれ以来、あの村には時折足を運んでこそいるが、少しずつながら住民が増えているようだった。それはつまり、この世界に訪れて死んだ人間が今もいるということに他ならない。
 まあ僕にはどうでもいいことだ。少なくともあの村ができて以来、世界を彷徨う人間の魂を見ることはない。それが心地良い。

「……どいつもこいつも人間臭ェ」
「え?」

 ポツリと、そんな呟きが聞こえた。
 魔王らしからぬ弱々しい言葉に、僕は思わず正面に座る者の顔を見てしまった。きっとその呟きは誰に向けられたものでもない。それでも変わらず窓の外を見つめ続けるベルゼブモンの横顔は、どこか寂しさを宿しているように見えた。
 求めているものがある。けれど、それが見つからない、求めるものが何なのかもわからない、そんな表情に思えた。

「勇気も友情も愛情も知識も純真も誠実も希望も、全部否定しやがるのがこの世界だろうがよォ……なのに、テメエらは人間臭すぎんだよ……!」

 呻きにも似ていた。ギリと噛み締められた口の端は、確かな苦渋に満ちていた。

「テメエの同類も似たようなもんだったな。呑気にレストランなんぞ経営してやがった」
「……森羅か」

 高い実力を持ちながら、料亭の店長に甘んじた同志の顔を思い浮かべる。暴食の魔王は彼女に会ったのだろうか。

「テメエはどうだ? 狗神の兄ちゃんよォ」
「僕は僕だよ」
「そうだな、テメエは人間が余程憎いと見えらァ」

 僕の心を見透かしたように、額の瞳だけを向けて魔王は笑う。

「俺の七大魔王おなかまも人間に過度の期待を抱いてる奴らばかりで辟易してたもんよ。別に見つけ次第殺せたァ言わねェ、必要以上に敵視しろとも言わねェ……だがな、人間じゃねェ俺らが人間の猿真似をしたところで何になる?」
「君は巷で言われているより聡いようだ」

 言ってやると、ベルゼブモンは「あん?」と憎々しげにこちらを見た。
 言うまでもない、これは挑発だ。かつて幼い者が暮らす村を守っていたという森羅を圧倒した――守ることにかまけて己を高めることを放棄するからそうなる――という魔王の力、一度この身で味わってみたかったからね。
 しかし同時に感心したのもまた事実だ。世界を回る中で僕が聞き知ったベルゼブモンという奴は、ただ戦いだけに明け暮れた戦闘狂だった。だから僕も暴食の魔王とは野心も信念も持たず、ただ戦いたいから戦い殺したいから殺す、そんな単純な存在だと思っていた。でも今僕の目の前にいる痩躯は、そうして勝手に抱いていたイメージとは真逆だった。
 人の噂ほど当てにならないものもない、そういうことだろうか。

「テメエともいつかやり合うことにならァな」
「……今はやらないのかな?」
「今は少しばかり興が乗らねェ、それにやり合うなら互いに全力でねェとな」

 まだ力が完全ではない。そう匂わせて暴食の魔王は席を立ち、車両を出て行く。
 見逃してもらったのだと思うことにする。森羅のように無様に一蹴されるつもりはなく、死に物狂いで食い下がることぐらいはできるだろう。だが情けないことに、僕もまた魔王に勝つビジョンは全く見えなかった。少なくとも頭の中で思い浮かべた想像模擬戦で四回は殺されている。
 あれで全力ではない? まだ先があるだと?

「……ハッ、面白いね」

 乾いた笑いが漏れた。比喩ではなく、気付けば喉がカラカラだ。

「僕は僕だ……か」

 先に口にした言葉を反芻する。
 そう、僕は僕だ。陽炎とも幻影とも森羅とも青海とも山雷とも違う。
 オリンポス十二神が一、メルクリモンとして僕は生きている。有事が来れば共に戦うことだろう、協力を仰がれれば力を貸すことも吝かではないだろう。青海が今の姿に到達する前は森羅の料亭をしばらく手伝っていた時期もあるし、此度のように幻影の戯れに付き合うことだってある。それでも僕の生き方は当代のオリンポスの誰とも重ならない。ただ己の神速の脚力を以って、この世界を駆け抜けるのみ。
 人に憧れる陽炎や森羅、屈折した思いを抱いているだろう幻影。
 僕は彼らとは違う。僕らの世界は僕らの手で守らなければならないと思っている。人間の存在そのものを否定するつもりはない。それでも人間の手が加わる度、どこか僕らの世界が歪んでいくような感覚は消えずにいる。そうした意味で、僕は暴食の魔王の言葉に込められた真意がとてもよくわかる。
 僕は僕だ。それ以上でも以下でもない。

「そう、僕は……人間が嫌いだよ」

 だからそれだけは、絶対に譲るつもりはない。













ID.4956
 
■投稿者:夏P(ナッピー) 
■投稿日:2018/04/06(金) 19:31


月下のけだもの〜月神の場合〜







月下のけだもの

〜月神の場合〜








 思い出すのも嫌なぐらい遠い昔の出来事。

『やあやあ君達! 私のパートナーにならないかい!?』

 人間って奴を見るのは初めてだった。細くて小さくて弱っちそう、それが第一印象。

『は?』

 そう返したと思う。多分、言っている意味がわからなかったんだと思う。
 パートナーになる。その馬鹿な人間は、後になって思えば実は賢明だったのかもしれないなんて思ったりもする。少なくともパートナーを探す為に始まりの町へ来たという彼女は、大した行動力だと褒めてあげるべき?

『俺が行く! 俺がパートナーになる!』
『おお、元気がいいねー!』
『当たり前だろ! 俺は世界一強くなるんだ!』

 そして、そんなことを言っていた馬鹿もいた。
 それをミラは呆れて『馬鹿じゃない?』と笑ってあげたくなる。当時ミラは成長期であの馬鹿は幼年期、ミラにも勝てない奴が世界一強くなるなんて無理じゃないって、況してや人間のパートナーになるなんて無謀にも程があるって、そう思うのも当然のこと。そもそも同じ始まりの町で暮らす幼年期の中でもぶっちぎりで弱い方だったもん、アイツ。
 だけどミラは大人だから、そんな馬鹿を馬鹿にしたりはしないんだ。……なんか変な台詞回しよね。

『……キミはどうして強くなりたいの?』

 そう聞いてあげると、馬鹿は目を丸くする。どうしてそんなことを聞くんだ、そう言いたげなクリクリとした瞳。
 本当に馬鹿だなぁ、改めてそう思う。

『キミは強くなってどうしたいの?』

 だから改めて聞き直してあげた。それでも馬鹿は馬鹿だから、質問の意図を全くわかってくれない。

『強くなれば格好良いじゃん! 皆から憧れられるヒーローだぜ!』
『……ふ〜ん、キミが考えるヒーローって、そういうものなの?』
『そりゃそうだろ! 強くて格好良い! そんなヒーローになりたいんだ、俺は!』

 そう言う馬鹿の目は眩しい。強くなればヒーローになれるって、皆から憧れられるって、本気でそう思っているらしくて実におめでたい。それでも悔しいけど可愛らしい瞳を、空を見上げつつキラキラ輝かされたら、ミラだって応援してあげたくなるわけよね。
 でも始まりの町ってそういうものなんだ。幼い子達が目を輝かせて未来を夢想する、そんなことがこの世界で許される数少ない場所。

『じゃあキミは人間のパートナーになって強くなりたいんだ?』

 そんな馬鹿の姿を見て、同じぐらい馬鹿な人間はしゃがんで両手に顎を乗せながら微笑んでいる。

『勿論そうさ! 人間と一緒に世界を巡って強くなるのが、俺の昔からの夢だからな!』
『外の世界は怖いって言うわよ?』

 確か始まりの町を守っている彼女がそう言っていたと思う。ミラもまだ出たことはないから詳しいことは知らないけど。

『よくわからないけど、元気な子だね! じゃあ君が私の――』

 馬鹿と馬鹿、考えるだけで頭が痛くなりそうなコンビが結成されようとしたその時。

『聞き捨てならないぞぉ! 次にパートナーになるのはオイラだぁ!』
『いや、そこは俺だろう。何せ現時点で一番強いのは俺だからな』

 喧しい奴らがやってきた。仲間内の成長期二体、というか同時期に生まれた中で唯一まだ成長期まで進化できていないのがこの馬鹿だったというだけの話なんだけど。

『わあお、またまた元気そうな子達が来たね−!』

 人間は楽しそうだ。見るもの全てが新鮮で興味深い、そんな目をしている。

『あのね陽炎クン、ミラと同じでキミは無理でしょ』
『……そうだったな、忘れていた』

 いやオリンポスとして生まれ付いた癖に、その使命を忘れてんじゃないわよ。

『つまり人間のパートナーの座はオイラということに……』
『ならないぞ! 次は俺が――』
『マーチングフィッシーズ』
『がああああああ!!』

 ゴマモンが呼び出した無数の小魚に食い付かれて悲鳴を上げる馬鹿。
 本当に世話が焼けるなぁ。仕方なく小魚を掻き分けて、痛がる馬鹿を助けてあげる。幼年期の癖に成長期相手に大きく出ればそうもなるでしょうよ。毎回喧嘩吹っかけてやられるキミを助けなきゃいけないミラの気持ちにもなってよね。
 気分を良くしたのか、ゴマモンは『やっぱりオイラが最強ぉ〜』と笑い転げている。

『く、くっそ〜、なんで勝てないんだ……』
『お前はまず進化してから大きな顔をするんだな』
『陽炎クンの言う通りね。今のままだとパートナーになっても犬死によ、キミ』

 親切心から言ってあげる。あと陽炎クン、珍しくミラと意見が合ったわね。

『あとね、キミは強くなることは諦めて平和に生きていくこともアリだと思うわよ』
『……嫌だ、俺は絶対に世界一強くなるんだから』

 聞き分けが悪い。だけどミラを真っ直ぐ見て言う言葉は力強くて、弱い癖になかなか格好良いじゃないとか思っちゃった。ミラ一生の不覚よね。

『じゃあキミがキミの言う通り、本当に陽炎クンやミラより強くなったらさ』

 だからね、ミラはこの時ちょっとだけ本気だったのよ?

『ミラ達のこと、この町のこと、この世界のこと、守ってみせてよ……ギギ君』

 才能もない癖に、吼えることだけは一人前の稀代の馬鹿、ギギモン。
 だけど応援したくなったんだ。ちょっとだけカッコいいと思っちゃったんだ。だからミラは信頼、親愛、期待、そんな決して人間じゃないミラが持っている精一杯の愛情を込めて、ただ優しく言葉をかけてあげた。

『じゃあね! 私のパートナーは! 君に決めた!』

 ビシィと勢い良く、人間は相棒として選んだ子を指差してみせる。多分そうなるだろうことはわかっていたし、意見を差し挟むつもりもない。
 ただ、ミラはちょっとだけ後悔してる。その選択が無ければ、あんなことにはならなかったんじゃないかって。もし違う道を選んでいたら、また変わった未来もあったんじゃないかって。
 別に馬鹿な人間に同情してるわけじゃないんだ。後悔してる、それだけのこと。




■ ■ ■




 例えば、アイツ。

「……何やってんだか」

 村の裏手にある畑で、農作業に勤しむ年端も行かない十代前半の少女ガキ
 生前は大分やりたい放題この世界を暴れ回っていたけど、死んでしまえば同じ骸。意思の無い虚ろな瞳で、ただただ人間だった頃の生活を再現しているだけの肉の塊。
 ま、そう仕向けたのはアタシなんだけど。
 人間って奴は恐ろしいほど脆いと来てる。ミラ達デジモンは死んだ後も始まりの町とかいう場所で別の命として蘇る。そうして生まれ変わったミラ達が生前の記憶を保持してるかどうかは、まあ神様やら何やらの裁定によって変わるらしいけど、人間はそんなこともできないわけ。
 死んだらそれで終わり、人間って奴の生命はただそれだけの儚いもの。

「ホント、不便だわ……」

 自然、声には嘲笑の色が混じる。たった一つの命、限りある命、人もデジモンも命の価値は同じだと言った英雄がいるらしいけど、バカじゃない? ミラ達と人間達の命が同じ価値だったとしたら、すぐに壊れて替えも利かない人間なんて、死んだ後も続いていく、紡がれていくミラ達の命に比べれば価値は同じでも意味がない。
 ミラには全くわかんないよ。陽炎クンや他の皆はどう思ってるのかな?

「……探したぞ」
「あらあら、噂をすれば何とやらって奴?」

 村をちょうど見下ろせる切り立った崖。ミラが立っているそこに、いつの間にか炎を纏った同志がいる。

「趣味の悪い村だ」
「……キミには理解できないかぁ」

 きっと憤ってる。陽炎クンは本当に人間って連中が好きらしい。
 まあ気持ちはわからないでもないのよ? だってミラ達の世界に数多訪れた危機を救ってきたのは確かに人間だから。ミラ達はミラ達の世界をミラ達だけで守れたことなんて無い、少なくともミラの知る限りそんな伝承はない。敢えて言うなら、創世記に傲慢の魔王を退けたっていう十体の究極体の話がそれだけど、その辺は眉唾だもんね。
 だからこの世界は結局のところ、ミラ達より遥かに弱くて脆いはずの人間の干渉無くては存在し得ない。

「キミは……純粋よね」

 でもね。そう、でもなんだよ陽炎クン。
 そんな英雄だけじゃないんだよ、人間って奴は。
 ミラはそう言いたいわけよ。英雄はいる、守護者もいる、彼らは確かにこの世界にとって救世主なのかもしれない。だけどこの世界に関わった人間はそれだけじゃない。だって訪れた人間が全て世界を守る救世主になってくれるなんて、そんな上手い話があるわけないじゃない?
 ただ状況を理解することもできず、凶暴なモンスターに食い千切られたガキがいた。
 出会ったパートナーの暴走に巻き込まれて命を落とした小娘がいた。
 倒すべき敵を見定めながらも力及ばず敗れ去った男がいた。
 そして何よりも、今さっきミラが眺めてたアイツ。あのガキだって、元々は世界を救うべくして召喚されたはずなんだ、この世界に。実際、パートナーを究極体にまで進化させた手腕は大したものかもしれないよね。少なくとも見る者が見れば、究極体を引き連れた人間の少女は英雄に相違無かったんでしょうね。
 だけど死んだ。死んだんだよ、アイツは。
 何よりも必死だったと思う。誰よりも頑張ったと思う。だけどアイツとパートナーは、倒すべきだった魔王に敗れ去って死んだんだ。自分の世界に拠り所を持たなかった小娘、だからこそ偶然召喚されたこの世界で懸命に戦い続けた選ばれし子供は、結局何も為すことができなかった。
 アイツのことなんて、この世界の歴史においてはほんの一例でしかない。むしろ世界を救えた例の方が少ないくらいだと言ってもいいわ。皆が人間に憧れる中、今もまた選ばれし子供は召喚され、少数の英雄と多数の犠牲とに振り分けられている。そしてこの世界で死んだ人間には救いなんて無い。死によって肉体という枷から解き放たれたとしても、その魂が元の世界に戻ることは有り得ない。
 光り輝く英雄譚の裏で、そんな風に散った連中の無念が渦巻いてるんだよ、この世界は。

「……人を歪んでいると言うが」

 そして今、物言わぬ骸になったあの馬鹿の姿を眺めて陽炎クンは言うんだ。

「そう言うお前は歪みすぎだろう」
「言ってくれるなぁ」

 ケラケラと笑う。きっと光の下で生き続ける陽炎クンには見えない。だって彼はどこまでも太陽アポロだからね。同じオリンポス十二神として数えられていても、きっとミラとは見ている世界そのものが違う。後悔、怨嗟、憎悪、そんな禍々しく、そして醜いものは、光の世界にいる彼の目にはきっと見えないんだ。
 でもミラには見える。夜の闇ディアナであるミラには、無念を抱いて死んでいった人間達の叫びが、デジモンと違って始まりの町で転生することもできず渦巻く人間達の魂が、これ以上ないぐらいハッキリと見える。
 それに憐憫を覚えることなんてない。滑稽だと嘲笑するだけ。

「キミには……いえ、森羅にも山雷先輩にも青海クンにも理解できないでしょうよ」

 長らく顔を合わせていない同志達を思い出しながら言う。先日会った碧翼クン……は理解できるか、そもそも協力者だし前に来た時もこの村を褒めてくれたっけ。
 そもそもミラだけでなく、碧翼クンの手も加わっているこの“村”は結局のところ、そういうとこ。ミラ達と違ってダークエリアに逝くこともできない、だからと言って新たな命として転生もできない、そんな行き場のない人間どもの魂を集めてとりあえずの肉体を与えた場所。人間界で言うあの世って奴? それを目的としてミラが作った魂の牢獄といったところかしらね、碧翼クンの受け売りだけど。

「前にも言ったけど」

 隣の陽炎クンの横顔を見やる。猛々しく勇ましい、ミラでも惚れちゃいそうな勇壮な炎を象った太陽の獅子。
 彼のどこまでも真っ直ぐな、敢えて悪く言うなら潔癖すぎるところは嫌いではない。むしろ好ましいとさえ思うことがある。そしてそんな彼とミラは、有事とあれば同じオリンポスの名を持つ者として共に並び立ち戦う同志だけれど、きっと根本的なところで違う。

「……キミは人間を買い被りすぎよ」

 それだけは教えてあげたい。人間は強いかもしれないけれど、脆い部分もあるのよ?

「それでも俺は、人間を信じているから」

 噛み締めるように呟く陽炎クンの視線は、あのガキから離れることはない。
 馬鹿な小娘なのよ。勝てるわけないのに暴食の魔王に挑んで、当然の如く殺された。見て見ぬフリもできたのに、使命を拒むことだってできたのに、それでもただ踏み付けにされる者が許せないって、そんなくだらない正義感でこの世界最強の存在と戦い、そして死んだ。
 馬鹿、本当に馬鹿。馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿――!

「……あちゃこ」

 そんな聞くだけでイライラする名前が、彼の口から出た気がする。
 口には出さないけど、その瞬間ミラは陽炎クンに殺意にも似た感情を覚えるわけ。呼ばないで欲しい、そんな名前。思い出せば身を切り刻まれるような寒気に襲われるし、何よりも一緒に始まりの町で生まれた仲なんだから、陽炎クンはミラのこと知ってるはずでしょ?
 ミラは人間なんて、大っ嫌いなんだから。




■ ■ ■




 ねえ陽炎クン、キミはミラを歪みすぎだと嗤うけれど。

 キミは知らないんでしょ?

 アイツが、あの馬鹿が、どんな理不尽の中で死んでいったのか。
 そこに救いなんてない。希望なんてあるわけもない。別にあの馬鹿に同情も憐憫も覚えないミラだったけど、あんな理不尽な死があっていいのかって思った。少なくともあんな風に死んでいい子じゃ無かった。
 森羅が成長期達を守る村を作ると言った時、ミラは嘲り笑ったと思う。

『アンタは甘いわよね』

 あの子は真面目で優しいから、理不尽に摘まれる未来の可能性を許せないんだ。
 その考えを美しいと感じる心ぐらい、ミラにだってある。だけどそれ以上に、そんなことをして何の意味があるのって蔑む冷めた自分がいたわけ。だってそうじゃない? 結果論になるけど、結局森羅はベルゼブモンに負けて守るべき村を滅ぼされたんだよ。圧倒的な力の前には、ミラ達の力なんて何の役に立つの?
 うん、多分ミラはオリンポスとしてダメなんだと思う。どこかで自分の弱さと顕界を認めてしまっている。ベルゼブモンに敗れた森羅も最近まで同じように腐っていたらしいけど、風の噂に最近もう一度立ち上がったと聞いたわね。だけどミラは腐ったまま、光のない新月のまま。
 あの時だってそうだったんだよ陽炎クン。思い出すのも嫌な出来事だけど、それは間違いなく現実で。

『この時代の選ばれし子供って奴か、面白ェ……!』

 見渡す限りの荒野、暴食の魔王と対峙する馬鹿二人を、ミラはすぐ傍の崖から見ていた。
 戦いは互角、むしろ馬鹿達が押しているように見えた。あの馬鹿達はワープ進化とかいうよくわからない力を持っていて、それにベルゼブモンが少なからず怯んだのもあると思う。間断なく破砕球を振り回すヴァイクモンには、銃撃も爪撃も効果が望めず、初めて魔王が後退に転じた。少なくともあの狂気の魔王に戦闘で後退するという発想があることを、ミラはそれまで知らなかった。
 行ける。ミラがそう思ったぐらいだから、あの馬鹿もそう思ったはず、そのはずなのに。

『よーしヴァイクモン! そのまま――』

 それが、あの馬鹿の最後の台詞。
 多分、本人には何が起きたのかもわからなかったと思う。突然赤い液体を吐き出した彼女は、自分の腹に突如として開いた大穴を不思議そうに数秒眺め、そのまま倒れ伏した。
 痛みなんてあるはずがない。死の実感なんてあるはずがない。
 彼女のパートナーもまた、全く同じ場所に大穴を開けて立っていた。瞳から急速に輝きが失われるも、獣人は最後まで倒れることはしない。勇ましい立ち往生、だけどそれに何の意味があるわけ? アンタが死んだから、アンタと契約で繋がっていたあの馬鹿まで一緒に死んじゃったんだよ!?
 アンタはギギ君より強かったじゃない! いつもギギ君をイジメてたじゃない!?

『……悪ィな。なかなか楽しめたが、選ばれし子供には負けねェように出来てんだ、俺ァ』

 片腕を巨大なブラスターへと変えた魔王が笑ってる。黒い翼を広げた魔王は、人一人の死を何ら意に介することはない。
 やめてとミラの全身が叫んでる。今すぐにでも飛び出して、魔王の糧にならんとするあの馬鹿の体を取り返したい。それなのにミラの体は全く動けなかった。オリンポスとして、他の高位の連中と戦えると思っていた自分自身が、如何に井の中の蛙だったかをミラは思い知らされる。今この場で出れば死ぬって確信、その重圧に押し潰されそうになる。あの魔王なら食事ロードの片手間にミラを殺せるに違いない。

『ご、ごめん……ごめんね……っ!』

 せめてもの謝罪に何の意味があるんだろう。
 パートナーじゃないから? 選んでもらえなかったから?
 だから助けなくてもいいの? 見て見ぬフリをしてもいいの?

『ミラは……ミラは……っ!』

 ミラは、弱いんだ。
 貪り食われていく人間の少女と始まりの町の仲間ゴマモンを助けることさえできなかった。




■ ■ ■




 元々ミラには志半ばで散った人間達の魂がハッキリと見えていた。
 それは碧翼クンと同じ、この種族として生きる以上、避けられないことだったけど、そこで彷徨うあの馬鹿の魂を見つけた時、ミラはきっと壊れたんだ。もう嫌だった、ディアナモンとして生きる自分自身が嫌で嫌で仕方なかった。
 選ばれなかったのは当然だよ? あの馬鹿が始まりの町に来た時、陽炎クンとミラはオリンポスとして生きることが運命付けられていた。だからミラ達と同世代で一番強かったゴマモンがあの馬鹿のパートナーになるのは当たり前のこと、それを今更どうこういったところで何も変わらない。ギギ君は笑いたくなるぐらい弱かったし、何よりまだ成長期にも進化できていなかったし。
 だけどミラがもしパートナーになっていたとしたら、絶対ベルゼブモンになんて挑まなかった。彼女に危険な道なんて選ばせなかったのにって思う。
 確か家族がいないって彼女は言ってた。
 家族ってものがミラにはよくわからなかったけど、陽炎クンとかギギ君みたいなものかなと思って納得させた。更に聞いてみれば、母親はいるけど血が繋がってなくて冷たいんだとか困ったような顔で笑ってた。血が繋がっていないって意味はまたわからなかった。

『でも折角選んでもらえたんだから、この世界で頑張るんだ、私!』

 始まりの町を見渡せる丘の上、そう叫んだあの馬鹿の後ろ姿が忘れられない。
 人間の癖に、異物の癖に、彼女は誰よりも真っ直ぐにこの世界を守ろうとしてた。ミラはその眩しい姿を思い出す度、自己嫌悪に陥っちゃう。オリンポスとして生きるミラは、果たして彼女のように生きられる? ただ懸命に世界を守護する役割を務め続けられる?
 答えは否。多分、ベルゼブモンにあの馬鹿が負けた時点でミラもまた死んだんだ。

『キミは人間を買い被りすぎよ』

 陽炎クンに告げた言葉だって真実。
 彼は人間が世界を救ってくれるって信じてるけど、彼女が無残に死んだことを知って尚、そう信じ続けられるんだったら、それはそれで救えない。もしかしたら陽炎クンなら、この世界にはどうしようもないことがあるんだって、そうした事実を突き付けられても「それでも俺は!」と言い続けられるのかもしれないけど。
 陽炎クンのそういうところは好きよ、ミラ。でも極限の馬鹿だとも思うけど。
 ミラだって最初から人間を嫌っていたわけじゃない。むしろ子供の頃は好きだったようにも思う。だけどアイツが死んで、報われず魂の姿で彷徨しているのを見ていく内に、ミラの心には憎しみしか湧かなくなった。
 人間なんてこの世界から一人残らずいなくなればいい、そう思った。少なくとも記憶している限りでも二人か三人の人間を手にかけたことがある。だけどそうしたところで、結局ミラや碧翼クンの目に映る彷徨える魂が増えるだけ。だから無意味だと気付かされて、ミラはこの村を作る方向にシフトしたわけ。

「………………」

 気付けば崖の下、農作業に勤しむ馬鹿――アイツは山奥の農家出身らしい――がミラのことを見上げているのに気付いた。
 ただ黒いだけの生気の無い瞳は、もう始まりの町を訪れた時の馬鹿のものじゃない。元気いっぱいに叫び散らした喧しい姿を見ることももう無い。ただ生前の、それも人間界での生活を再現するだけの生ける屍と化したアイツの姿は、痛ましかったけれど彷徨う魂の姿よりは絶対に幸せなはず。

「あちゃこ……」

 陽炎クンも言っていた、アイツの名前を静かに呟く。
 心を失ったアイツの瞳に、ミラはどう映っているのだろう。得体の知れない化け物? 始まりの町で出会った幼い子? それとも死んだ自分を救ってくれた女神? 最後のは言い過ぎにしても、できればミラはミラだって気付いて欲しい。
 アイツの、あちゃこの口が僅かに動いた。

「……ン……モン……!」

 名前を呼ぼうとしている。心は死んだまま、既に感情など消え失せたのに、記憶を必死に手繰り寄せて言葉を紡ごうとしている。

「あちゃこ……!」

 ミラの声も震える。情けなくも心が昂ぶっている。
 ミラは人間なんて嫌いだった。転生もできず魂だけをこの世界に遺していく人間のことが許せなかった。そんな魂が見えるミラ自身のこと、そして見えない陽炎クンその他のことも憎んでいたと思う。
 だけどあの時、ミラは希望を見たんだ。ヴァイクモンに押され、ベルゼブモンが舌打ちしながら後退した瞬間、不可能なんて何もないと思えたんだ。それが次の瞬間には散らされる希望だったとしても、人間に憧れる陽炎クンや森羅の気持ちがほんの少しだけ、理解できたような気がしたんだ。
 あちゃこ、そんなあなたがミラの名前を呼んでくれるなら、ミラはきっと。

「……ゴマモン」

 そうして彼女が紡いだのは、彼女のパートナーの名前。
 うん、わかっていたんだ。それが当たり前なんだ。そうなんだけど、それでもね。




















 人間なんて、大っ嫌い。















Next(Final) Episode...

炎と修羅

〜炎神の場合〜

〜闘神の場合〜












 tonakaiさん、パラレルさん、感想誠にありがとうございます!
 返信はNEXT EPISODEにて後書きと共にさせて頂きます!