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ID.4861
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/02/11(日) 00:00
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グッド・オールド・フューチャー 3/七大魔王
         
 選ばれし子ども。
 デジタルワールドの歪みを正すため、ホメオスタシスによって選ばれた、デジモンを進化させる力を持つ者たち。
 二十世紀末ころに存在が確認されて以降、彼らの数は毎年のように増え、デジタルワールドのバランスを崩すような存在の猛威を阻止し続けた。
 二一世紀初頭、選ばれし子どもは、そのパートナーデジモンとともに、多くの人々にとってヒーローだった。
 だが時が過ぎ、人類がデジタルワールドへの移住を本格化させると、やがてヒーローは人間にとってもデジモンにとっても鬱陶しい存在へと変化した。
 そして十一年前。人類がイグドラシルと戦い「神殺し」を達成すると、ホメオスタシスは人類への干渉そのものを止めた。
 以降、選ばれし子どもは、もうこの世界に生まれることはなかった。

「テイラーソンさん、こんにちは!」
 にも関わらず、その選ばれし子どもが今、目の前に立っている。
 昨日も立っていたし、一昨日も立っていた。ジェームズが三日前に無理矢理追い出した後、毎日帰宅するとこうして家の前に待ち受けている。彼女がパートナーだと言い張っていたドーベルモンも、毎日のようにここにいるのだ。
 ドーベルモンの方は相変わらず無表情だが、この女の子の満面の笑みだけは、毎日二十パーセントくらいの割合で輝きを増し続けている。
「寒いですね! 今日、ウチで暖かいお茶作ってきたんです! どうぞ!」
 そこかしこに凹みのあるピンク色の水筒を取り出しながら、春子は言った。
「あっ、大丈夫ですよ気にしなくても! ちゃんと洗ってますし、今日はまだ口付けてませ――」
 春子が水筒の蓋にお茶を注ぎ始めた時、ジェームズも家のドアを閉じ、鍵を掛けた。

 その翌日も、
「テイラーソンさん! 私、図書館で今回の事件のこと、色々調べてきたんです! きっと参考になると思いますよ!」
 そのまた翌日も、
「こんにちはテイラーソンさん! 私、今回の事件の犯人分かっちゃったかもしれません! きっとお役に立てますよ、きっと!」
 さらに翌日も、
「テイラーソンさん、朗報です! 学校がついに冬休みに入りました! これで存分に、二十四時間いつでもお手伝いできますよ!」
 毎日のように、春子はドーベルモンとともにジェームズの自宅前にやってきては、彼に素通りされてドアに鍵を掛けられた。

 ところが、そのさらに翌日は違った。
「君だけか?」
 ジェームズの自宅前に春子が張り付き始めて一週間。この日、自宅の前にいたのはドーベルモンだけだった。
「ハルコは風邪を引いてしまった。彼女に頼まれて俺だけは来た」
「そうか。結構なことだ」
「アンタが早々にハルコの望みを叶えれば、風邪を引く必要もなかった」
 ドーベルモンの言葉にはあからさまに棘があったが、それは理不尽な物言いだ。ジェームズは彼と顔を合わせることなく玄関に向かう短い階段を登った。
「君が彼女を抑えればよかったんじゃないか?」
 ジェームズは懐に入っている鍵を探しながら言った。
「何だと?」
「相手の言うことを聞くだけなら、それはパートナーではなくただの主従関係だ」
 指先の感触で懐の鍵を見つけ、それを取り出しながら、ジェームズはようやくドーベルモンの顔を見た。この黒い狗のデジモンの表情にはいくらかの戸惑いと苛立ちが浮かんでいた。どうやら、初対面の時の印象ほど感情を隠すのは得意ではないらしい。
「五十年前に選ばれし子どもになった先輩としてのアドバイスだよ」
「……ハルコは、そういう先輩を求めてるんだよ」
 ドアの取っ手を握ったまま、ジェームズはドーベルモンの言葉を聞いた。
「アンタたちの世代にはたくさん選ばれし子どもがいたんだろう? ハルコには同世代の選ばれし子どもなんていない。ただ唐突に選ばれて、俺がパートナーになったんだ。アンタには分からないかもしれないが……」
 ドーベルモンは言葉を選びながらも訴え続けた。とっとと家に入ってしまえば、この会話は強制的に終了できる。だが、彼の必死さを見ていると、ジェームズはそうしようとは思えなかった。
「生まれた場所からも弾かれ、自分にはパートナーがいる、という微かな記憶だけで彷徨っていた俺を見つけて、必死に介抱してくれたのがハルコだ。俺は人間なんて信用しないが……ハルコだけは別だ」
 そう言ってドーベルモンは前脚を折り、頭を下げた。
 これが彼なりの誠意の表し方らしい。
「頼む。ボディガードが駄目なら、助手でも雑用でも何でもいい。少しでいいから、ハルコをアンタの傍に置いてくれないか? 選ばれし子どもの先輩として」
 そう言ったまま、しばらくドーベルモンは動かなかったので、ジェームズはこの話を終わらせることにした。
「きっと後悔するぞ」



「っくしゅん! あ、すみませんテイラーソンさん! 昨日風邪を引いてしまって……今日はコーヒー作ってきました! どうぞ!」
 また、いた。昨日の今日でひとまず動けるくらいには回復し、またこの場所に舞い戻ってくる根性だけは感心する、とジェームズは思った。もし自分が風邪を引いたら数日間は動けない。
「このまま続ければ、また風邪を引くぞ」
「大丈夫です! 若いので!」
 この少女は自分の身体の心配はしたことがないのだろうか? この土地の冬の寒さは並ではない。ドーベルモンがいくら彼女の心配をしても、本人がこの有り様では、いつか女子高生の凍った死体がひとつ出来上がることになるだろう。
 後輩の死体が、見殺した先輩の自宅前で。
 なんとも気分の悪い話だ。
 ジェームズは鍵を取り出して、家のドアを開けて手招きする。ただでさえ輝いている春子の表情が、更に輝いた。
「中に入りたまえ。また風邪を引かれたらたまらん」
「……はい!」
「それと、私のことはジェームズでいい」
「はい、ジェームズさん!」
 足取りが軽くなったせいだろうか、春子は危うく入り口の階段前で転びかけた。
 放っておくといつか本当に死ぬかもしれないな、とジェームズは思った。



「それで?」
 ジェームズは、春子から湯気の立つコーヒーの入ったコップ――水筒の蓋――を受け取りながら訪ねた。
「え?」
「この前、事件のことを調べてきたと言っていたが、その成果はあるか?」
 まさか何も用意せずに来たのではないだろう、とばかりに春子を睨む。この言い方にドーベルモンは若干の不快感を覚えたようだったが、春子の方は自分の出番がやっと来たとばかりに前のめりになって答えた。
「もちろんです! ちょっと待ってください!」
 そう言いながら春子は担いでいたリュックサックを降ろしてチャックを開き、中から新聞紙や写真をコピーした用紙を取り出した。整えて入れていなかったのだろう、どれも折れ曲がったりぐちゃぐちゃになっている。
「ジェームズさんたちがご活躍されていた時期の新聞記事や本を色々と漁ってきました!」
 春子はそれらの紙資料を手で何度も伸ばしてから、机の上に並べ始めた。あっという間にコップすら置くのが難しいほどに資料が広げられる。ジェームズは文句ひとつ言わず、コップに口をつけながら春子を眺めていた。残念ながら、彼女の用意してきたものはコーヒーというよりも白湯に近かった。
「選ばれし子どもの皆さんのご活躍で、皆さんを恨んでいるデジモンはこの世界にたくさんいるんです! あ、もちろん恨んでるって言っても、ジェームズさんが気に病む必要はないんです! 何てったってこいつら、みんな筋金入りのワルなんですから!」
 まるで自分がこの事実に世界で初めて気がついた、とでも言いたげな表情で春子はそう言った(ひょっとすると、彼女は本気でそう思っているのかもしれない)。
「でも、そのデジモンたちも色々で、皆さんが倒してたり、もう死んでたり、異次元に飛ばされてたり、お墓の中にいたり、死んでたり……あぁ、とにかく色々いるんです!」
「そうだな」
 壊滅的な説明だ。先日の話といい、この女の子の喋り方はあまり上手くない気がする。ジェームズはただ彼女の言葉に頷いて続きを促した。
「ところが! その中で、皆さんにまた戦いを挑みそうで、しかも行方が分からない、悪い悪〜いデジモンがいるんです……こいつです!」
 饒舌に話すうちに気分も盛り上がってきたのだろう、熱の籠った声と動きで、春子は机の中央に置いたモノクロの写真に勢いよく人差し指を置いた。
「リリスモン! 五十年前に三大天使との協定を破って、リアルワールドを支配しようとして皆さんと戦った、すっごい悪いデジモン! しかも今では行方を晦ましていて、どこにいるのかも分からない! 怪しい!」
 バン、バンと何度も机を叩きながら春子が叫ぶ。人の家の家具なのだから、もう少し丁寧に扱って欲しい。
「絶対コイツですよ、ジェームズさん! 間違いありません!」
 言葉を切り、瞬きすらせずに春子はジェームズを見つめていた。きっと彼女の中の自分は、次に「そうか、よくやった春子! 納得した! 君は天才だ!」とでも言うことになっているのだろう。
「ふむ」
 しばらくの間、ジェームズは右手を顎に当てて考えた。春子は春子で「容疑者」を指さしたまま微動だにしない。彼女の脇から顔を出しているドーベルモンの耳がひくひく動いているのみで、沈黙が数十秒流れた。
 ジェームズが考えていたのは事件のことではなく、この強引な後輩のことだった。さて、どうすべきか? 色々と課題はあるが、ひとまず本気であることだけは伝わってきた。ただ、彼女が求めているのはおそらく、選ばれし子どもとしての経験や力だ。そして、ジェームズ自身も別に彼女に捜査する力は求めていない。
 ジェームズは無言のまま立ち上がり、壁に掛かっているコートの袖に腕を通した。未だ直立したままの春子は目を丸くして彼を見ていた。
「あの、ジェームズさん?」
「外に出る支度をしなさい」
 ボタンを留めながら春子に言う。
「容疑者に真実を聞こうじゃないか」



「なんでお前らがここにいる?」
「いや、その……」
 春子たちは、腕組みをし、鼻から荒い息をする(比喩ではなく、本当に白い息が出ている)ミノタルモンの前に立っていた。
 ジェームズに連れられてスクルドターミナルの中心市街地に来たかと思えば、彼が向かったのは天にも届く摩天楼の建物ではなく、その隙間にひっそりと存在する歓楽街の古い雑居ビルだった。春子の学校はここからそう遠くないとはいえ、こんな近くに怪しげな場所が存在するとは知りもしなかった。しかもその入り口前で仁王立ちしてこちらを睨んでいるのは、先週ひと悶着あった酔っぱらいデジモンなのだ。
「やぁ、ミノタルモン。この間は無事に帰れたかな?」
「おかげさまでな」
 明らかにミノタルモンの瞳には怒りの炎が灯っている。春子は、ジェームズが涼しい顔のままミノタルモンと会話しているのが不思議で仕方なかった。
「社長に会いに来た。奥に居るかね?」
「冗談言うな。あんたみたいなのを通すと思うか?」
「あぁ。先に連絡はしておいたのだが」
 ミノタルモンの未見の皺がますます深くなる。対するジェームズは表情を変えず、両手もコートのポケットに入れたままだ。春子はドーベルモンと顔を見合わせ、不安そうな表情を浮かべるしかなかった。一体、どうすればいいの?
 静寂を破ったのは、奥から現れた背の高いデジモンの声だった。
「どうした、ミノタルモン?」
「あっ……!」
 春子は息を呑んだ。目の前に現れたのは、灰色のコートに赤いマフラーと蒼いスーツ、そして黒い獣のような被り物をした魔人型デジモン。
 完全体・アスタモン。「容疑者」と同様、かつて選ばれし子どもと何度も戦いを繰り広げた凶悪なデジモン……。
「あぁ、ジムか」
「アスタモン。久々だな」
「社長から話は聞いている。入ってくれ、外は寒いだろう」
 凶悪、だったはずのそのデジモンは今、鉄扉を全開にしてジェームズを手招きしている。春子は目が点になった。
「じ、常務? いいんですか? こいつら……」
「言っただろう、社長のご指示だ。そこに立ってると邪魔だぞ」
 ミノタルモンの抗議もあっさりと却下され、ジェームズは雑居ビルの中に入っていく。どうすべきか迷ったものの、この寒空の中、ミノタルモンと一緒に取り残されるのは御免だ。ドーベルモンと一緒に、駆け足でジェームズの後ろに続く。
 一瞬だけアスタモンの視線は感じたが、彼は特に何かを聞いてくることはなかった。罠だったらどうしよう。
「彼女の体調はどうかね?」
「最近は安定している。いつも通りだよ」
「そうか。それは良かった」
 ジェームズとアスタモンは春子とドーベルモンの前で雑談しながら、雑居ビルの階段を下っていく。入り口でさえ重苦しい外観だったビルの地下は打ちっぱなしのコンクリートで、ところどころ剥き出しになったパイプや湿った壁ばかりが目に入った。春子の心の警報機は既にレッドアラートを発していた。
「ハルコ、大丈夫か?」
「ダ、ダイジョウブ……うん……」
 不安がドーベルモンにも伝わっていた。とはいえ、ドーベルモンさえこんな見るからに危険な場所に来たことはないに違いない。頼りになるのは前を歩く元・選ばれし子どもだけだが、その隣にいるのはかつて「ダークエリアの貴公子」とまで呼ばれたデジモンなのだ。

「社長室だ」
「ありがとう、アスタモン」
 春子はこれまで「社長室」なるものを見たことはなかったが、少なくともその入り口がこんな質素な鉄扉だとは思ってもいなかった。アスタモンが何度かノックしてから、ジェームズたちに中へ入るよう手招きする。春子は気が進まなかったものの、ジェームズが全く躊躇なく室内に入っていくので諦めて従った。
 部屋の中は、石鹸の匂いがした。
「え」
 白く清潔感のある壁、来客用の綺麗なキャスター付きテーブルと椅子、カーテンに囲まれたベッド。豪華な病院の個室といった雰囲気で、通ってきた建物内の通路と対照的な景色。地下であるため、窓が全くないことだけが、普通の病室と違った。
「用事って何だい、ジム」
 不機嫌そうな女性の声が部屋に響き渡り、春子はびくっと体を震わせた。
「君と話がしたくて来た」
 ジェームズの声は相変わらず冷ややかだった。

 春子は、ジェームズの背中越しにこっそりと顔を出し、声の主を確認する。
 堕天したことを示す黒い翼に紫色の衣。同性の春子が見てもうっとりするようなスタイルと、異形としか説明しようのない形の右手。魔力が宿っていそうな瞳と紫のアイシャドー。
 かつてデジタルワールドを震撼させた恐怖の存在、「暗黒の女神」リリスモン。
 何十年も前の本や新聞に載っている写真と全く変わらない姿で、彼女はそこに居た。
 唯一違ったのは、彼女がその場に立っているのではなく、背もたれが黒い車椅子に座っていたことだった。
「騒ぎになってるニュースのことかい?」
 頬杖をつき、気だるそうな表情でリリスモンが聞く。
「あぁ、そうだ」
「後ろにいるそのコたちは?」
「っ?」
 リリスモンに指差され、春子の心臓が跳ねる。声といい挙動といい、間違いなく、「あの」リリスモンだ。
 ならば、この状況はどういうことだろう?
 元・選ばれし子どもであるジェームズが、かつての宿敵だったはずのデジモンと、なぜ親しい雰囲気で会話をしているのか?
「あぁ、彼女たちは……」
「あ、あの!」
 ジェームズが答える前に、春子は手を高く上げて言葉を制した。考えても分からない。だったら、直接聞くしかない。
「私、橘春子っていいます! こっちは私のパートナー、ドーベルモンです!」
「パートナー……って」
「私、選ばれし子どもです!」
 高らかに宣言して、リリスモンを睨みつける。
 かつて彼女の野望を防いだ相手、その次の世代がここにいるぞ。そう宣言したつもりだった。が、リリスモンはしばらく無言で彼女を見つめると……やがて、笑いだした。
「アハッ! ハハハハハ! ジェームズ、何だい? 随分面白いのを連れてきたんだね! 今時、選ばれし子どもだなんて!」
「ほっ……本当です! 見てください、これ!」
 腰に付けていたデジヴァイスを強く握ってリリスモンの眼前に示す。それを見てか、リリスモンはようやく笑うのを止めたものの、その顔にはなおも見下したような表情が浮かんでいた。
「本物かい、それ? どっかのおもちゃ屋で買った偽物じゃないのかい?」
「本物です! 何なら触って確かめ……いや、それはちょっと困りますけど……」
「そうかい」
 リリスモンの右手の爪ナザルネイルにあらゆるものを腐食させる力があることは、春子も知っていた。
 危うく彼女に大事なデジヴァイスをダメにされるところだった……おのれリリスモンめ、こんな姑息な手段で、私からデジヴァイスを奪おうとするなんて。
 彼女にこれ以上、会話のペースを握られたままにするのは良くない。
「あ、あの! 今、選ばれし子どもやパートナーデジモンが殺される事件が起きてるんです! あなたは昔、リアルワールドを侵略しようとしてジェームズさんたちと戦いましたよね? 今回の事件もあなたがやったんじゃないですか?」
 言えた、言ってやった。私の尊敬してる選ばれし子どもの大先輩たちの敵をとってやる。倒せるかどうかは……分からないけれど。
「あぁ、なるほどねぇ。あたしがやったんじゃないかってことか」
 余裕のある声。春子は相変わらず、自分が舐められているような気がしてならなかった。ジェームズは話を聞いているのかいないのか、呑気に部屋の隅に置かれた食器棚からグラスを取り出して、水差しで水を注ぎ始めていた。
 何してるの、ジェームズさん?
「私が選ばれし子どもをねぇ……あぁ、確かに殺してやりたかったさ。あたしが何年もかけて用意した計画をこいつらが破って……足をこんな風にして、あたしは身を隠して生きていくしかなかった。それがさぁ……」
「ハルコ」
 束の間、春子はジェームズの挙動を眺めていたために、ドーベルモンに声を掛けられるまでリリスモンの変化に気づくことができなかった。
「今じゃこんな風に匿われて、車椅子無しじゃ自分でも動けないババアになり下がっちまって……その辛さが分かるかい、小娘? 殺せるもんなら、何十年も前に殺してたさ! なのに……なんでみんな勝手に死んじまうのかね? 昔の奴らはさぁ!」
 いつの間にか声は震え、リリスモンは手で顔全体を覆っていた。肘を伝って、袖の中に透明な雫が落ちていくのが見える。
「え、あ、え……」
 春子はあからさまに狼狽した。
 え、何、どういうこと? 泣いた? っていうか、私が泣かせた? リリスモンを? 暗黒の女神を? そもそもなんで泣くの?
 ジェームズはこの事態を予測していたようだった。彼はリリスモンの脇まで戻ると、先程水を注いでいたグラスを彼女に渡した。彼女は表情を隠したまま、礼も言わずにグラスを受け取って水を飲み始めた。
「リリスモンは足を悪くして、もう長いことここから出ていなくてな。今はかつて築いた仲間たちとのネットワークを使って私の仕事に協力してもらってる」
「あんたのお仲間があたしの足を壊したんでしょ……」
 ジェームズは肩をすくめた。
「まぁ、そうだ。どうかね春子、あの事件は彼女が犯人かな?」
「え、あ、う……」
 想像すらしていない状況だった。どこにいるか分からないどころか、かつての悪の親玉がこんな場所で隠居していたなんて。というか、こうなると分かってここに連れてくるジェームズも性質が悪い。
 ようやく顔から手を放した――それでも、まだ瞳が若干潤んでいる――リリスモンに、春子は頭を下げた。
「ご……ごめんなさい、リリスモン……さん……」
「別に構わんさ、よくある扱いさね」
 なんとも居心地が悪く、視線を合わせる気になれず、春子はしばらく頭を上げられなかった。代わりに話題を変えたのは、ある意味でこの事態を招いたジェームズだった。
「リリスモン、もうひとつ頼みがあるのだが」
「何だい?」
「彼女たちを鍛えてやってほしい」
 春子は下げていた頭を跳ね上げた。



「こ、これって……」
 アスタモンに連れられて移動した別室は、学校にある体育館の半分くらいの大きさがある巨大な倉庫になっていた。こちらの部屋は廊下と同様、壁は打ちっぱなしのコンクリートで、どことなくかび臭い。周囲に積まれた大小さまざまな木箱には全て蓋がしてあったが、何かあまりよろしくない商売に使われているもののような気がしてならなかった。
「いいかい、シンプルにしようじゃないか。今私が持ってるこのデジヴァイス……」
「え? あっ?」
 何時の間にか、腰に付けていたはずのデジヴァイスが消えている。自分の前を横切り、車椅子を半回転させてこちらを向いたリリスモンの左手にそれはあった。
 ドーベルモンが牙を剥き出し、リスモンに唸り声を上げる。
「あたしからこれを奪ってみな。どんな手段を使ってもいいし、何なら触れるだけでもいい。それにあたしは右手は使わない」
 つまり、リリスモンはナザルネイルを使わず、両足も元々動けない。おまけに左手はデジヴァイスで塞がっているという状況だ。
 これが訓練? いくら何でも、馬鹿にし過ぎではないか。
「こ、後悔しないでくださいよ……」
「ああ、しないさ。最初のステップだし、制限時間は五分にしとこうか?」
 既にアスタモンがアラーム付きのデジタル時計を用意して、木箱の上に置いていた。モードを切り替えると、「5:00」の数字が表示され、カウントダウンが始まった。
「さ、スタートだ」
「ドーベルモン! 行って!」
「応!」
 春子の呼びかけと同時か、あるいはそれよりも早く、ドーベルモンの脚がコンクリートを蹴った。口を大きく開いてリリスモンの右手を狙う。指を食いちぎってでも春子のデジヴァイスを取り返す、とでも考えていそうだ。
「ふふっ」
 澄ました表情で身体を傾け、ドーベルモンの攻撃を回避する。反対側に着地したドーベルモンは素早く反転して再び飛びかかるが、リリスモンは右肘で車椅子の車輪を操作し、これまたヒラリと躱した。
「ぐっ……!」
「ほれほれ、急ぎな」
 ドーベルモンは何度も飛びかかったが、リリスモンは身体の動きと肘を使った車輪の操作で全てを交わしていた。不自由な体制で四肢がほぼ使えない状況にも関わらず、少なくともスピードでは上回るはずのドーベルモンの攻撃が全く通じない。そんな状況が三分ほど続いただけで、ドーベルモンの息は荒くなり、動きは明らかに鈍くなった。
「ほら、小娘」
「!」
 視線はドーベルモンから外さないまま、リリスモンが春子に呼びかける。
「パートナーなのに、自分は立ちんぼかい?」
 グサッと刺さる、心に痛い言葉。
 確かに自分は、戦いの時はドーベルモンに任せっきりだ。デジヴァイスも奪われてしまったが、そもそも持っていたところで、彼を上のレベルに進化させることもできない。
 先輩ならどうするだろう? 春子はちらりとジェームズの方を見たが、彼はコートのポケットに手を突っ込んだまま、表情を変えずにこちらを眺めているだけだった。自分でどうにかするしかない。
 だったら。
「それを返してください!」
 全力疾走し、リリスモンの車椅子に一気に飛びかかる。息を切らしているドーベルモンはもちろんのこと、リリスモンも微かに驚いたような表情をした。
 彼女が手を動かした。
「痛っ?」
 突然、顔面を何かにぶつけた。反動で思いっきり転倒し、痛みのあまり悶えてのたうち回る。顔を両手で抑えながら目を開くと、リリスモンが人差し指を自分の前に向け、空中に紫色の文字が浮かぶ円陣を浮かべていた。
「ごめん、うっかり魔法壁を作っちまった」
「〜〜〜〜!」
「リリスモン、貴様ぁ!」
 ドーベルモンが怒声を上げて再び飛びかかるが、またも交わされて床に転げる。入れ替わりに春子がまた立ち上がってリリスモンに手を伸ばしたものの、リリスモンは今度は車椅子を後退させ、バランスを失った春子はまた顔面から床に倒れた。
「酷いな」
 アスタモンが溜め息をつきながら呟く。ジェームズはポケットを探りながら時計を見ていたが、結局五分が経過しても状況が好転することはなかった。

「あぁ、疲れた」
 涼しい顔でそう呟いたリリスモンの足元には、汗だくになって床に崩れた春子とドーベルモン。どちらも息が上がり、すっかり体力を使い切ったようすだった。
「む、無理……」
「クソッ……!」
「まぁ、ガッツだけは大したもんだ。それ以外は問題だらけだけどね……アスタモン?」
 リリスモンがアスタモンにデジヴァイスを投げ渡す。
「次はあんたが相手してやんな。武器は無しだよ?」
「分かってます、社長」
 もしかしたら頑張りに免じて返してもらえるかも、という想像は甘かった。春子は額の汗をぬぐいながら立ち上がる。と、今度は隣にジェームズが立っていた。
 どうしよう、怒られるのかな。あんなダメダメだったし……もしかして見限られた? ここでお別れだ、とか? 嫌だ、そんなの嫌だ。あぁ、でも私、良い所なんて全く……。
「これを使うか?」
 ジェームズが差し出した掌には、長さ5センチ程度の、小さな銀色の筒があった。
「え、これ……」
「レーザーポインターだ。メタルガルルモンとの訓練のために使っていた」
 確かにそれを昔の動画で見たことがあった。ジェームズはよくこれを使い、彼のパートナーであるメタルガルルモンの背後から、どこを攻撃すべきか、どう移動するかなどを、言葉を一切発さずに指示していた。
「あ……ありがとうございます!」
 姿勢を正して、深々とお辞儀をしながらそれを受け取る。レーザーポインターを起動させると、一筋の赤い光線が倉庫の壁面を指した。
「わぁ……!」
 ぶん、ぶんと移動させてレーザーを動かす。ドーベルモンがそれに合わせて首を動かす。
 続けてアスタモンが左手に持つデジヴァイスに光線を当てようとする。
 しかし、なかなか当たらない。赤いレーザーが思った通りの位置を指さない。
「……」
 え、何これ。すごく難しいんですけど。
「始めていいのか、小娘?」
「え、あ、あの、えっと」
「言っとくが、俺は社長ほど気が長くないぞ」
 デジヴァイスを握る左手にググッと力を入れてるのが分かる。春子は慌てて頭を下げて、大声で「やります、やりますから!」と叫んだ。

「あのデジヴァイス、本物だね」
 木箱に腰を掛けながら、春子とドーベルモンの奮闘を眺めているジェームズの隣でリリスモンが呟いた。
「あたしが握ってる間、ずっと掌の中であの嫌らしい輝き方をしてた。ひりひりして仕方なかったよ」
「そうか」
「今時どこで拾ってきたんだい、あんな子ども?」
「拾ったんじゃない。彼女たちが訪ねてきたんだ。アンドロモンの孤児院の子らしい」
 ドーベルモンごと派手に吹っ飛ばされた春子を見て、若干不安になりながらも肩を竦める。幸いにして、春子はすぐに立ち上がった。
「親がいないのかい? 歳は?」
「高校一年生だそうだから、おそらく十五、六だろう」
「戦争の頃は四、五歳か」
「……」
 春子は十年以上前から孤児院にいると言っていた。彼女くらいの年齢で親のいない子どもは、このスクルドターミナルではそれほど珍しくない。。
「あんたらがイグドラシルと戦ってた頃の子どもが今や高校生か。そりゃ、あたしも老いるわけだ。昔に戻りたいよ」
 ジェームズが自分を見つめていることに気づいてか、リリスモンはニヤニヤと笑みを浮かべて視線を返した。
「あの時の事をもう一度やりたいわけじゃないよ。あんたらと戦ってた頃が一番楽しかったのさ」
「君は全てを失っただろう。それでもか?」
「ふん。今だって生きているとは言えないね」
 ぎゃー、という声が倉庫に響き渡る。バリエーションはさておき、春子の悲鳴はもう珍しくなくなっていたので、ジェームズとリリスモンは何の反応も示さなかった。彼女はずいぶん頑丈にできているらしい。
「イリーナ、ペンモン、サルマ、ミケモン、ハンス、カメモン、それにジョーダンやあんたやタツキ。勝てばデジタルワールドの支配者、負ければ全てを失う……そういう状況で奴らと戦ったのは、最高にスリリングだったさ。あたしだってデジモンだからね。でも、もう会えないんだね……」
 ジェームズに向かって、というよりは独り言のように、リリスモンは呟いた。彼女は老化という言葉とは全く無縁のはずだが、それでもジェームズには一瞬、彼女の顔に年相応の疲れが浮かんでいるように見えた。
「ジム」
「何だ」
「あんた、あの小娘をタツキと重ねてるんじゃないだろうね?」
 ジェームズはこれに即答することができなかった。



 一九九九年八月。あくまで、リアルワールド時間で、だが。
 私たちの「最初の」冒険が終わった日。
 デジタルワールドやリアルワールドの支配を目論んでいたデジモン、戦いに敗れていった者たちの怨念の集合体……そんなデジモンたちを倒して、私たちはこの世界を救った。
 そして旅が終わることはつまり、ガブモンたちとの別れも意味していた。

 デジタルワールドとリアルワールドを繋ぐゲートが閉じるまでのわずかな時間を、私はガブモンと一緒に過ごした。普段と変わらずに。他の仲間たちはともかく、私たちの会話はいつも通りで、とても淡泊だった。
「ジム、向こうに戻っても元気でね」
「うん」
「ケンカしないでね、特にタツキと」
「しないよ。なんでわざわざ、そんなこと言うのさ」
「だってジムとタツキ、いっつもケンカしてたじゃん」
「大丈夫だよ……」
「本当?」
「もうしない、約束する」
「一生?」
「……ガブモンと次に会うまで」
「じゃあ、そんなに長くないかもしれないじゃん」
「まぁ、それならそれでいいかと思って」
「あぁ……うん」
 いつも通り。

 目に涙を浮かべたり、離れた場所でも分かるほど号泣していたり、笑顔を浮かべていたり。
 ともかく私たち選ばれし子どもは、竜の目の湖――この頃はまだ、リゾート地になど開発されていなかった――からリアルワールドへと向かう電車に乗り込み、パートナーに別れを告げた。天空のゲートへと続く見えない線路に従って車両が空に浮かび、ガブモンたちの残るデジタルワールドから離れていく。
 私たちはガブモンたちの姿が見えなくなるまで、窓から手を振り続けていた。笑顔で別れ、それで終わりだと思っていた。だが違った。
「う、く、う……」
「? 大丈夫、た……」
 つい先程まで隣で満面の笑みを浮かべて手を振り続けていた、隣にいる少女。
 彼女が、目を潤ませて私に抱きついていた。
「アグモン、アグモン……!」
「……」
 表情は見えない。ただ、くぐもった声しか聞こえない。
 私たちの先頭に立って、勇気の紋章の持ち主として気張っていた彼女。別れの瞬間まで涙を見せなかった彼女。それが、今になって崩れた。
「大丈夫、また会えるよ、きっと」
 私と同い年だった選ばれし子ども、草薙タツキ。私はその時、彼女が顔を上げられるようになるまで、頭を撫でることしかできなかった。
 デジヴァイスが放つ電子音が、ずっと車内に響き続けていたのを今でも覚えている。



 デジヴァイスの電子音を聞き、そのデジモンはまどろみから目覚めた。
 肌寒さを感じる高層ビル街の一角。天空を照らす幾本ものライトの死角に、彼は潜んでいた。
 この頃はよく眠れていない。この使命を受けてからずっと。いや、ひょっとすると、あの戦争の頃からかもしれない。こんな時に、パートナーが居てくれたら。
「……」
 黒いデジモンは、掌の中のデジヴァイスを黄色い瞳で見つめた。
「声を、聴かせてくれ」
 やるべきことが終わるまでは、眠ることなどできない。

ID.4862
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/02/11(日) 00:01


グッド・オールド・フューチャー 4/捜査
「本気で言ってるのか?」
“もちろん”
 二〇一一年三月末。
 私は約九六〇〇キロも離れた土地にいる彼女からその話を聞かされた。
“私、大学を卒業したらデジタルワールドに戻るから”
 タツキの言葉には、迷いがまるでなかった。
 確か、彼女は数か月前に既に就職先を決めたと言っていたはずだ。デジタルワールドにまた行きたいと考えていたのは知っていたが、それにしてもあまりにも急な話だ。
“後輩のみんなも協力してくれて、ゲートは何とか開けそうなの。私、今度こそアグモンに会いに行くわ”
「どうして今なんだ。まだデジモンの研究だって全然進んでないんだぞ。せめてあと数年……」
“そうやって待つの、もう限界でね”
 彼女らしからぬ真剣さを帯びている言葉に、私は制されてしまった。
“この前のことが起きた時に考えたの。もしあれと同じようなことが、私の知らないうちにあの世界で起きてたら……私はきっと後悔すると思う”
 ほんの少し前に起きた出来事はニュースで知った。彼女がいる国の名前がテレビ番組で流れ、一時連絡が取れなくなった時は私も青ざめた。幸いにして、彼女や彼女の家族に被害がなかったと聞いた時はほっとした。
 その後にこれだ。
“こっちの世界から何の障害も無しに向こうへ行けるようになるまで、あと何年かかると思う? 私は待てない。それに、私は向こうでやれることの方が、こっちよりずっと多いと思うから。それに、アグモンとずっと一緒に暮らせるし!”
 明るい、あっけらかんとした声で彼女は言った。修学旅行にでも行くかのような期待に満ちた声。安全など全く保障されていないのに。
 そんな所に彼女だけ行かせるなど、私にはできなかった。
「なら、一緒に行く」
“え……”
「僕も一緒に行くと言ったんだ」
 合理的な判断ではなかったと思う。そもそも、自分の進路は? 大学院はどうする? こちらの世界でデジモンの研究をするつもりじゃなかったのか、お前は?
“ジム、そんな無茶する必要ないよ。私馬鹿だから、これくらいしかできないだけだし……”
「僕も君とずっと一緒に居たい」
 受話器の奥で、息を呑む音が聞こえた。
 しばらくして、タツキはまた笑った。
“ジムも、馬鹿だったんだ”
 そう言われたのが、嬉しかった。


 ジェームズは安楽椅子から腰を浮かして背伸びをする。腰が痛い。
 目の前には提供された捜査資料や、自分と同世代の元・選ばれし子どもたちの記録などが積まれていた。
 春子の言葉ではないが、疑わしきデジモンは数えきれないほどいる。ジェームズが注目していたのはむしろ、同世代の選ばれし子どものことだった。今までに殺されたハンス、イリーナ、サルマはいずれも引退していた。存命していると思われるジャンとキムは結婚していた気がするが、こちらも既に引退しており、ジェームズ自身も連絡を長い間取っていなかったため、今の居所は分からない。
 こうしてみると、自分たち一九九九年の選ばれし子どもは、まとまりがないどころか、今では繋がりをほとんど失ってしまっていた。今の自分に友人と呼べる相手がほとんどいないのは、こうしたところに原因があるように思えて、ジェームズは深く息を吐いた。
「どうした? 溜め息なんかついて」
 ノックもなく事務所の戸を開け、ジェームズに声を掛けてきたのは手塚だった。リリモンとともに、資料の入ったダンボール箱を持ち込み、それをジェームズの机の脇に置く。
「ありがとう、手塚」
「何か分かったか?」
「自分の交友関係の浅さが分かったよ」
 手塚がこの意味を理解したのかどうかは分からないが、彼は机に並べられた資料を眺めてから、顎に手を当てて呟いた。
「なら、そういう相手に聞いてみるのもいいかもな……ジョーダンとか」
 その名前は、並べられた選ばれし子どもの資料の中にもあった。ジャンやキムと違い、消息も分かる。
 だが、ジョーダンは自分よりもむしろ、手塚の管轄と言える。
「コンタクトは取れるのか」
「試してみよう。戻ってから確認してみる」
 ジェームズがその言葉に頷くとリリスモンに合図し、事務所を出ようとしたが、戸を開ける前に振り返り、もう一度ジェームズへ声を掛けた。
「あぁ、そうだ」
「?」
「最近、この家に誰か我々以外の者も出入りしていないか?」
 心当たりはすぐに浮かぶ。それを敢えて彼に言う必要はないと感じ、ジェームズは首を横に振った。
「いいや。なぜそう思う?」
「何だか昔と比べて、やけに部屋が綺麗になった気がしてな……もちろん、資料だらけだが」
 手塚の指摘は尤もだ。春子は何度目かの来訪時、必要ないと伝えたにも関わらず「掃除しましょう、ジェームズさん! ゴミを増やすと身体に良くありません!」などと言いながら、この事務所の大掃除を敢行したのだ。その結果、どこかの表彰式でジェームズに贈られたグラスが、彼女によっていくつか粉々に破壊された。
「ハウスクリーニングの業者だろう」
 事もなげにそう言うと、手塚は「あぁ」と合点が行ったように頷いたが、彼の後ろでリリモンが「それにしては掃除が雑なような……」と呟いているのもはっきりと聞こえた。



「〜♪」
 最近、春子のようすが何かおかしい、とルームメイトのシーラ・ワトソンは思っていた。
 もちろん、普段から彼女は想像もつかないような突拍子もない行動を取ることが度々あるし、今回もそのひとつなのかもしれない。学校も長期休暇に入った以上、門限までに戻る彼女とドーベルモンに文句を言うつもりもない。
 ただ、ここ数日、彼女が外出から戻ってくる度に、顔や手足に無数のあざや傷がついているのはどう考えてもおかしいし、それでいて満ち足りた表情をしてるのはもっとおかしい。
 それはドーベルモンの方も同様で、こちらは普段通りの無表情であるとはいえ、身体は傷だらけだった。
 私たちももう高校生だ。アンドロモンさんはある程度の自由は許してくれているし、私だって自分のしたことの責任は自分で持ちたい。
 ただ、今の春子は……これは、どうなんだろう?
 外で毎日のように喧嘩しているのかもしれない。いや、そんな不良みたいなことを春子がするなんてあり得ない。いや、でもでも、じゃあなんであんな痣が? もしかして、そういう特殊な嗜好のある人向けに何かやってるの? あんな満足げな表情なのはそれでお金を稼いでるから? 確か春子、お小遣いのことで昔アンドロモンさんに文句を言っていたし(罪悪感に苛まれてなのか、翌朝には苦笑いするアンドロモンさんに何度も謝ってたっけ)。いやいやいや、それこそ不良じゃないの。大体それならなんでドーベルモンもあんな怪我をしてるのよ……まさかドーベルモンも一緒に? いやいやいやいや、友達を疑うなんて最低だよ私……。

「ん、どしたのシーラ?」
「え? え、いや、あの、えーと……」
 帰ってきて早々、部屋のど真ん中で着替え始めた春子が、私の視線に気づいて声を掛けてきた。
 一応、この部屋では入り口から見て左側が春子とドーベルモン、右側が私のスペースと決めてあるのに、未だに春子はこのルールをあまりきちんと守ってくれない。後から住むようになったドーベルモンはしっかり守ってくれているけど。
「な、なんか怪我してるから……救急箱持ってこよっか?」
「え? あ、いいよいいよ! そんなに痛くないし!」
「その……どうしたのその怪我?」
 よく見れば、顔や掌だけじゃなく、二の腕やふともも、腹にまで青痣がある。見てるだけでこっちが痛くなりそうだ。
「えーっと……」
 あからさまに目を泳がせている。彼女が本当のことを言いたくない時の反応だ。
「階段から落ちた」
「そう! 階段から落ちたの!」
 春子のベッドの上で寝そべっているドーベルモンが助け舟を出したことにシーラは驚いた。普段なら、ドーベルモンは私と一緒に行き過ぎた春子を止める側なのに。
「か、階段から落ちてそうなったの?」
「いやもう、すごい落ち方しちゃってさぁ。頭からゴロゴロ落ちちゃって道路に飛び出ちゃって、しかもちょうどいいタイミングでトラックが……」
「えぇっ⁉」
 結局その場で、シーラは春子が何をしているのかを知ることはできなかった。彼女は、春子が危険なことや犯罪、その他諸々「不良のようなこと」をしていないよう祈った。



「どわあああぁぁぁぁ⁉」
 吹っ飛ばされて地面にぶつかって転がる。もう何度目だろうか、また新しい痣ができた気がする。
「痛……いっけぇ、ドーベルモン!」
 この衝撃でも手放さなかったレーザーポインターを起動して、アスタモンの左手を赤いレーザー光線で指す。
「ッ!」
 ドーベルモンがレーザーの指し示す場所に向けて一直線に走り、後ろ脚の刃を閃かせて飛びかかるが、あっさりと躱される。そのまま、アスタモンの蹴りがドーベルモンの脇腹に入り、ドーベルモンも春子と同じ場所まで蹴り飛ばされて倒れた。
「あぁっ、ドーベルモン……」
「呆れ果てたぞ」
 ドーベルモンの頭を両手で支えて慌てふためく春子の前で、アスタモンは腕組みする。
「パートナーの名前を叫んでいたらわざわざレーザーで指し示す意味がないだろう! しかも狙いはデジヴァイスだと? 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、という言葉を知らんのか! 馬鹿め!」
「すっ、すみませんでした!」
 ひたすら頭を下げる。ショウヲイントなんちゃらという言葉はよく知らないが、事実をそのまま言えばますます怒られそうなのでこの場では黙っておく。後でジェームズさんにでも聞いてみよう。
「ドーベルモン、動ける?」
「あ、あぁ……」
「よ、よしっ……アスタモンさん、もう一度お願いします!」
 ドーベルモンの返事を聞くや否や、すぐに立ち上がってアスタモンに頭を下げる。面食らったような表情を浮かべながらも、アスタモンは頷いた。

「あら、また来てたのかい?」
「あぁ。君も体調は良さそうだな」
「そこそこだよ」
 別室から戻ってきたリリスモンが、春子の奮闘を眺めていたジェームズに気づく。
「どうだい、あのコンビは?」
「ドーベルモンは悪くない。春子は……体力はあるな」
 リリスモンが何も言わずに自分の次の言葉を待っていることに気づき、ジェームズはやや困惑した。彼女は「まさか、それだけじゃないでしょうね?」とでも言いたげだ。
「それから……」
「……」
「……根性はあるな」
「それ以外は無いんだね」
 まぁいいけどさ、と付け加えながらリリスモンは溜め息を吐く。釣られて自分まで溜め息を吐きそうになるのを、ジェームズは寸でのところで阻止した。

 春子に戦いのセンスが無くても不思議ではない。
 デジタルワールドは一九九九年当時から大きく様変わりし、今やリアルワールドの代替地も同然だ。自分たちが過ごしたような冒険と戦いの日常は既に非日常であり、動画サイトにアップロードされた昔の映像しか存在しない。おまけに現役の選ばれし子どもは十年以上もの間いなかったのだ。
「あの小娘」
「ん?」
「昨日の休憩中、目を輝かせてあんたたちやタツキのことばかり話してたよ」
「……」
 彼女の言う「あんたたち」とは当然、自分とガブモンのことだろう。彼女の脳内にいる、最も輝かしい時代の「選ばれし子ども」の姿だ。
「憧れの存在、一九九九年の選ばれし子ども。結構なことじゃないか」
 リリスモンは表情を崩さないジェームズに不満だったらしく、ふんと鼻を鳴らし、非難を籠めた視線を彼に向けた。
「あんた、タツキのことは話したのかい?」
 この話題になれば出てくることは容易に想像できた質問だったが、ジェームズはできればこれに答えたくはなかった。だが、リリスモンの視線は沈黙を許してくれそうにない。
「いや」
「どうして?」
「君だって分かるだろう」
 聞かれた以上はシンプルに答える。わずかに生まれた動揺をかき消すためのものだったが、リリスモンにこの手が通用したかは、ジェームズには分からなかった。
「子どもには早い?」
 今度のリリスモンの言葉には、これっぽっちも感情が籠もっていなかった。
「酷いやつだね、ジム」

「ジェームズさん……デジヴァイスを……取り返したいです……」
 アスタモンから言い渡された休憩時間中、汗だくになった春子は座り込みながらジェームズに頭を垂れた。
 未だ春子とドーベルモンの努力の成果は見えず、デジヴァイスはアスタモンの手の中だ。休憩中ですらアスタモンはデジヴァイスを手放そうとしないので、春子は「このままデジヴァイスが自分の手元に戻ってこなかったらどうしよう」と心配で仕方がないらしかった。
 ある意味、訓練でさえ相手に恩情をかけないのはあのアスタモンらしいと思ったが、それは春子には酷だろう。
「春子、レーザーポインターを貸しなさい」
「え? あ、はい!」
 先日彼女に渡したレーザーポインターが再び自分の手に戻る。続けてジェームズはドーベルモンにも声を掛けた。
「まだ動けるか?」
「……あぁ」
 お前の指示で動くのは御免だ、とドーベルモンの顔には書いてあったが、口ではそう言わなかった。春子の手前、この状況で自分が抗議しても仕方がないと思っているのだろう。
「いいか、ドーベルモン」
 ジェームズは腰を下げてドーベルモンに短く指示を伝えた。

「ジム、あんたじゃ訓練にならん」
「私も腕が鈍っているかもしれない。一度相手をしてくれ」
 休憩後、ドーベルモンの隣に立っているのは春子ではなくジェームズだった。
 ジェームズとこうして相対するのはいつ以来か。隣にいるのがあのメタルガルルモンではないにせよ、アスタモンにとってはあまり気分の良いものではなかった。
 一方で、さっきまで自分が相手していた小娘の方はといえば、リリスモンの隣で正座して自分たちを凝視している。
 アスタモンは溜め息をついてから、デジヴァイスを握る左手を上げた。
「かかってこい」
「うむ」
 ジェームズは春子とは対照的な戦術を取った。ドーベルモンは数歩前進したものの、決して飛びかかりはしない。アスタモンの攻撃圏内に入らないよう、数メートルの距離を取らせたまま、ただ彼の周りをゆっくりと回らせている。先ほどまでの春子のやり方なら、既に二、三回はドーベルモンが攻撃を仕掛けているはずだ。場合によっては、彼女自身も飛びかかってきている。
 春子のやり方には直線的で呆れたが、ジェームズの戦術は実に彼らしい慎重なものだった。こちらがフェイントをかけようと、ドーベルモンは全く動じない。ジェームズがそう指示しているのだろう。
 あぁ、気に食わない。
「……」
 何か変だ。ジェームズの方はずっと自分を見つめているが、眼鏡の奥の眼には何の感情も籠もっていない。ただ観察しているだけ。何か手だてがあるのか?
 デジヴァイスを持っているのはアスタモンだ。このまま膠着状態を続けても意味はなく、いつか彼らは動かなければならない。こちらのフェイントにドーベルモンが全く動じなかったということは、彼らは自分たちから何か動きを起こすはずだが……。
 そこまで考えて、アスタモンは自分の左手に赤いレーザーが照射されていることに気づいた。
「!」
 しまった、狙われた。ジェームズは腕を下げたまま、右手に持ったレーザーポインターを起動し、こちらの掌に赤い光線を当てている。ドーベルモンが後ろ脚で床を蹴り、一気に間合いを詰めてきた。
 とはいえ、この距離で動きに気づけたのならまだ大丈夫だ。ドーベルモンの牙は腕には届かない。攻撃を避けるか、彼をまた弾けばそれでいい……。
 だが、ドーベルモンはレーザーが指す左手には何の反応も示さず、代わりにアスタモンの右足へと体当たりした。
「は……⁉」
 身体のバランスが崩れ、頭から正面に身体が倒れる。その身体が地面に叩きつけられた直後にドーベルモンは背中に登り、あっという間に左手にあるデジヴァイスに噛みつき、それを彼の手から奪い取った。
 頭の上から「おおーっ!」という小娘の声が聞こえる。

「私を意識し過ぎたな、アスタモン」
 ドーベルモンからデジヴァイスを受け取りながら、ジェームズはスラックスについた埃を払うアスタモンに言った。
 ドーベルモンにした指示はそれほど複雑なものではない。彼のフェイントには決して乗らないこと――これはアスタモンの性格を見越した上での指示だ――と、自分がレーザーを彼の左手に当てたら右足を攻撃すること、それだけだった。
「腕が鈍ってるだって?」
 不服そうな声でそう言うアスタモンに、ジェームズは肩をすくめた。実際のところ、これは自分がアスタモンの性格を熟知しているからこそできた手だ。おまけに今回、彼は得意の武器――短刀やマシンガン――を何も持っていなかった。実戦ならこんな駆け引きをするまでもなく、ドーベルモンは蜂の巣にされていただろう。
 ドーベルモンの方は複雑な表情だった。ジェームズの実力を認めなければいけないと思っている一方で、この「勝利」は春子と成し遂げたかったに違いない。
「凄いですね、ジェームズさん……!」
 その春子は羨望の眼差しでジェームズを見つめていた。デジヴァイスを渡しても、彼女の視線から自分が外れることはない。これにどう返せばいいのか、ジェームズにはよく分からなかった。
 懐に入れていた携帯電話が鳴ったことで、ジェームズは彼女の前をようやく離れることができた。
「もしもし」
“ジェームズか”
 電話の声の主は手塚だった。
“君に頼まれていた、ジョーダン・グードとの面会の件、話が通ったぞ”
 朗報だ。ジョーダンと話をすることができれば、何らかの情報を得て今回の捜査を進展させることができるかもしれない。
“急ですまないが、今日の午後しか会えないそうだ”
「君は来れないのか?」
“私が行くのはあまり良くないんだよ”
 表向きは明るく言っているが、ジェームズは手塚の言葉に籠められた意味を感じ取った。「君は今は外部の人間」……彼はかつてジェームズにそう言っていた。
“いいか、用心しろ。相手はもう君の知ってる選ばれし子どもじゃないぞ”



「ジョーダンさん? ジョーダンさんってあの、選ばれし子どものジョーダンさん⁉」
 ジェームズが語った、これから会う人物の名前に春子は飛び上がりそうなほど喜び、そして実際に飛び上がってジェームズの運転するシトロエンの天井に頭をぶつけた。
「そうだ。今はランプライト社の社長として、リアルワールドと行き来するデジタルゲートを管理してる」
 ジェームズはハンドルを握ったまま、後部座席にいる彼女に答えた。バックミラーでは彼女が頭を押さえているが、彼女が愛車に手や足をぶつけるのはもう五度目か六度目なので今更咎める気はない。
「知ってます! 凄いですよね、ジョーダンさん……! 昔はデジタルワールドを救って、今はゲートを管理してるなんて、まさに選ばれし子どもの鑑ですよ! おまけにすごくイケメンだし……あっ! もちろんジェームズさんもすごくカッコいいですよ!」
 ドーベルモンの冷やかな視線にもめげず、彼女が自分とジョーダンを褒め称えるのを、ジェームズは運転しながら黙って聞いていた。リリスモンも、同じような話を聞いていたのだろうか?
「そっか、ジョーダンさんもきっと命を狙われてますよね……でも大丈夫ですよ、悪は必ず滅びますし、ジョーダンさんたちは強いですから! もう誰も死なないに決まってます!」
「だといいが」
「そういえば、草薙タツキさんのことも心配だなぁ……いえ! タツキさんが負けるはずなんてあり得ないですよね! でしょう?」
 リリスモンが「ほら、あたしの言った通りだろう?」とぼやく姿がなんとなく想像できた。ジェームズは僅かに腰を上げて姿勢を正し、運転に集中する。そして無表情を保ってバックミラーを一瞥した。 
「そうかもな」
「絶っっっっっ対そうですよ! タツキさん、今はアグモンさんと一緒に引退されているそうですけど、きっと今も元気ですよね! 私、何年か前にデジヴァイスのレプリカを見たことがあって……懐かしいなぁ、本物持ってるのかなぁ……」
 ジェームズは春子の言葉には何も反応しなかった。
 彼女のパートナーが微動だにせずに自分のことを見つめている。ふと、ジェームズはドーベルモンの視線が、まるで自分の頭の中を慎重に観察しているかのような、嫌な感覚を覚えた。
 この感覚を春子が理解しているとは到底思えない。だが、彼女が何かを思い出したかのように続けた言葉は、またしてもジェームズの思考をかき乱した。
「ジェームズさんは、タツキさんと今も連絡を取られたりしてるんですか?」
 全く邪気の無い質問。
 それだけに、ジェームズは無言を貫くことはできなかった。
「タツキは……遠くにいる」
 ドーベルモンの耳が神経質そうに立ち上がった。

 やがて、ジェームズの運転する車は、摩天楼の中でも中心に位置する、スクルドターミナルで最も巨大な建物の前に到着した。
 地上数百メートルの高さを誇る鉄筋・鉄骨コンクリート構造のこのビルは「デジタルゲート管理局スクルドターミナル本部庁舎」という正式名称を持つが、こちらの名で呼ぶ者はほとんどいなかった。五年ほど前、スクルドターミナルのゲート管理業務が政府からランプライト社へ民間委託されてからは、大抵の場合「ゲード・タワー」と呼ばれている。
 この建物の地下に、リアルワールドへと通じる大型のゲートを開く装置が設置されているからだ。



 ジェームズと春子、そしてドーベルモンは、オフィスエリア前に二つのレーンが設置されたセキリュティゲートの前にいた。柵を挟んでこちら側を眺めている警備員を尻目に、左隣のレーンを歩き始めた春子に向かってジェームズは静かに声を掛けた。
「君はジョーダンの質問に答えるな。私が答える」
「はい! 私への質問以外は――」
「君への質問もだ」
「分かりました!」
「ドーベルモンのことも君は話すな」
「了解です!」
 正直なところドーベルモンはともかく、春子がそれをしっかり理解していたとはあまり思えない。最後に総括として「とにかく、何も余計なことはするな」と言ったことだけでも覚えていてくれるといいのだが。
「それから、中のものは何も触るな」
「イエス、サー!」
 ビーッ、という電子音が静かなフロアに響き渡る。春子が笑みを浮かべながらジェームズに敬礼を返すのと、彼女の頭上のランプが赤く点灯してゲートが閉じるのはほぼ同時だった。
「えっ、あっ、え⁉」
 警告音に驚いて慌てふためく春子。柵の向こう側から、警棒を握った警備員が近寄ってくる。
「お嬢ちゃん、何か金属類を持ってないか? カギとか、ペンダントとか」
「えっ、えっ⁉ 持っ……持っちゃってますかね、私⁉」
「いや、俺に聞かれても」
 ベルトか何かの金具などで、金属探知に引っかかるのはよくあることだ。こういう場で大袈裟に動揺する方がかえって怪しまれる。問題なくゲートを通過したジェームズは、春子に落ち着くよう声を掛けようとしたが、その前に聞き覚えのある別の声がフロアに響いた。
「構わん。成田、入れてやれ」
 そこにいたのは、高級そうなスーツを来た、浅黒い肌の細身の男だった。そして彼の後ろでボディーガードのように立っているのは、紫色のマントを羽織り鎧を纏っている魔法戦士型のデジモン、彼のパートナーでもあるミスティモンだ。
 ジェームズは久々に彼の姿を見た。
「いいんですか? 社長……」
「あまり時間がないんだ。君もそんな子どもに構っている暇はないだろう」
 煩わしそうに手を振るう動作を見て、成田と呼ばれた警備員は渋々と下がっていく。一方で、この騒ぎの大元になった春子は、頭の上のランプが緑色に変化したことすら気づかず、細身の男を見て目を輝かせていた。

仕立て屋の息子テイラーソンが僕に会いに来たか」
「ジョーダン……」
「久々だな、ジム」
 フロアの一角にある待合室で、ジェームズはジョーダン・グードのと軽く握手を交わす。彼も既に五十代を迎えているはずだが、手塚同様に、昔と比べてあまり老けているようには見えなかった。逆に自分が十年ほどで老けすぎたのかもしれない。
「ところで、その女の子とデジモンは……?」
「はじめましてジョーダンさん! 私たちは――」
「アルバイトで助手を雇ったんだ」
 案の定、春子に自分の指示は伝わってなかったようだが、それも想定済みだ。ジェームズはあらかじめ用意していた答えを表情を変えずに話した。
「助手? 君が?」
「最近は物忘れが激しくてな。ひとりではやっていけん」
「あぁ……なるほど」
 ジョーダンが浮かべた表情には、憐れみと苦笑いが半分ずつ込められていた。
「ひとまず、上の部屋で話そうか」
「あぁ」
「あの、私たちも――」
 春子がまたしても前に出ようとする。ジェームズは春子にそのことを嗜めようとしたが――その前に、ジョーダンが片手を出して彼女を制止した。
「君はここで待っていてくれるかな」
 春子の表情に失望の色が浮かんだが、ジョーダンは特にそれに反応を返すことはなかった。



「すまないね。手短にお願いできるかな」
 二人でいるにはあまりにも広すぎる部屋で、ジェームズとジョーダンは向かい合ってソファに座っていた。ジョーダンの背後は一面ガラス張りになっており、スクルドターミナル市街地の景色が一望できるようになっている。高所恐怖症の人間なら卒倒しそうな応接間だ。
「他の選ばれし子どものニュースは聞いているか?」
「もちろん」
 即答。それはいいとしても、ジョーダンの顔には特に恐れも、無念さも浮かんではいなかった。
「悲しい話だ。僕たちの世代は恨まれるようなことなど何もしてないのに」
「そうかな?」
「そうとも」
 ジョーダンが長い脚を組み替えて前のめりになる。ジェームズは黙って彼の話を聞き続けた。
「まぁ、確かに最近は……僕たちの仕事にケチをつける奴らもいるがね。それはごく一部だ。僕たちはこのデジタルワールドを整備し、法を作り、野蛮さを捨てさせた。そうだろう?」
 ジェームズはこの言葉に同意するつもりはなかったが、かと言って反論する気もなかった。
 彼の言うことは、よくデジタルワールドで人間が行った悪事の反証として、もう何十年も前から挙げられている「善行」だ。そしてジェームズも含め、選ばれし子どもとそのパートナーデジモンたちはその善行に加担してきた。デジタルワールドはもう弱肉強食の世界ではない。幼年期や成長期のデジモンの死亡率は人類の入植前と比べて大幅に減った。戦闘本能に任せてデジモン同士が戦うようなことがあれば、両者とも有無を言わせず牢獄行きだ。あくまで「デジモン同士」の話だが。
 ただ、今日はデジタルワールドにおける人類の功罪を議論しに来たのではない。
「これまで殺された者たち……イリーナ、サルマ、ハンス。いずれもパートナー持ちの元・選ばれし子どもが、そのパートナー共々殺されている。次に狙われるのは君かもしれない」
「ご忠告ありがとうジム。君の仕事はそれだけかな?」
「君に犯人の心当たりはあるか?」
「無いね。全く」
 またも即答。表情も変わりがないが、僅かに声に……苛立ち? が含まれているのをジェームズは感じ取った。
 ジョーダンは足組みをやめて立ち上がると、ゆっくり部屋を歩いて窓の外の景色を眺め始める。促されたわけではないが、ジェームズも彼に従って窓際まで移動した。
「本当に?」
「ジム、僕の仕事はとても重要な局面なんだ。あと一歩で、人類がまたリアルワールドに戻れるようになる。労働力はまだ足りないがね。かつて旅した仲間が死んだからといって、それで僕のやるべきことが変わるわけではない」
 人類が住むには過酷な環境となったリアルワールドだが、ランプライト社はそこにまた人が住めるようにするためのコロニーの開発を行っていた。今も、リアルワールドでは数千体にも及ぶデジモンが労働者として送り込まれ、その作業を進めている。
 かつての選ばれし子どもが、デジモンを使ってリアルワールドを再開発しているのだ。
「君も殺されるかもしれない」
「僕の命は完璧に守られているよ。少なくとも君よりはね」
 ジョーダンの目は「そんなことも分からないのか」とでも言いたげだった。
「それに、こういう状況は初めてではないだろう? 君も……」



「……」
「……」
「……うぅ」
 ジェームズとジョーダンが面会している部屋の前の廊下で、春子とドーベルモンは彼らが出てくるのを待ち続けていた。それほど長い時間が経過したわけではないが、既に春子の忍耐は切れかけ、さっきから何度もソファーから立ち上がり、廊下を行ったり来たりしている。
 彼らの他にここにいるのは、ジョーダンのパートナーデジモンのみ。扉の前に佇むミスティモンは直立不動で、風貌も相まってまるでどこかの王族の近衛兵のようだった。
 想像と違う、と春子は思った。自分の考えるジョーダン・グードはかつて世界を救った元・選ばれし子どもで、誰に対しても紳士的で丁寧な対応をする人間だった。もちろん、自分のイメージと違ったのはジェームズも同じだが……。
 それにパートナーデジモンとの距離感も、何か変だと思った。
「……あの、ミスティモン……さん?
 恐る恐る、目の前に立つデジモンに声を掛ける。反応はない。
「ミスティモンさんって昔、ジョーダンさんと一緒にピエモンを倒してましたよね! 前にネットで見ました!」
「……」
「私、皆さんのファンなんです! 時間もまだかかりそうですし、できればあの時のお話なんかを……」
「……」
「……う〜……」
 そこまで無視することないじゃないですか! と言いそうになったのを寸でのところで堪える。私はジェームズさんの助手として来てるんだ、ここで癇癪を起こしたりしてはいけない。ただ、ドーベルモンが視線で何かを伝えようとしている気がするものの、それが何なのかはよく分からなかった。
 とにかくこの状況、この空気が耐え難い。憧れのヒーローが目の前に、そして扉の奥にもいるのに、自分は話すらできない。二人の話すら聞くことが許されない。助手(という設定)なのに!
「……あの」
 何か続けて言わないといけない、と思った。話を続ければ、何か言葉を返してくれるような……。
「ミスティモンさんは、ジョーダンさんが心配じゃありませんか?」
 間を持たせるための――既に持ってなどいないが――質問。
 だが、どうしてか、今度はミスティモンの肩が少しだけ動いたような気がした。
「私はジェームズさんが心配で……この事件の犯人、絶対に捕まえてやろうと思ってるんです。選ばれし子どもの皆さんを助けたいんです!」
「……首を突っ込むな」
「だから――え?」
 喋った? ミスティモンさんが? でも……何? 何て言った?
 確かに、春子の耳に彼の一言は届いていた。ただ、意味が分からない。
 どうしてあなたが、そんなことを言うの?
「ミス――」
 続けて言葉を言いかけた瞬間、ミスティモンの背後にある扉が勢いよく開き、彼のパートナーが早足でジェームズとともにが出てきた。ジョーダンが微かに笑みを浮かべながら握手を求め、ジェームズもそれに応じる。
「では、これにて。頑張ってくれ」
「あぁ」
「ミスティモン、行くぞ」
「あ、あのっ……!」
 せっかく何かを聞き出せそうだったのに、ここで終わり? そんな!
 ただ、彼らを引き留めることはできない。元々分かっていたことだが、ジェームズが自分の肩を軽く叩いたことが決定打となった。長い廊下を歩いていくジョーダンとミスティモンを、春子はただ眺めていることしかできなかった。
「ハルコ、行こう」
 足元でドーベルモンがそう言ったのを聞いて、春子は項垂れた。



 全く、手塚は余計な仕事を増やしてくれたものだ。
 眼下で小さなシトロエンが去っていくのを眺めながら、ジョーダンはそう思った。とはいえ、後顧の憂いを取り除くためにも、このタイミングだったのは良かったのかもしれない。
「あの女の子とは話したか?」
 視線は外さないまま、背後に立つミスティモンに聞く。
「いや、話してない」
「そうか? 気にしなくてもいいんだぞ」
「……」
 まぁ、ミスティモンが模範的な対応をしてくれたのはありがたい。この性格だからこそ、このデジモンは今でも近くに置いておける。
 彼は何も求めない。常に忠実だ。
「もういいぞ、ミスティモン。下がれ」
 それだけ伝え、ミスティモンが部屋を出たことを確認すると、ジョーダンは胸ポケットから携帯電話を取り出し、通話キーを叩いて耳元に当てた。これでこちらの持ち分は終わり。楽な仕事だと思う。
 呼び出し音が何度か鳴った後、通話相手の息遣いが聞こえてきた。
「見つけたぞ。新しいのをひとり」
 結局、部屋を出る間際にミスティモンが神経質そうな表情を浮かべていたことに、ジョーダンは気づきもしなかった。

ID.4863
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/02/11(日) 00:02


あとがき
 自作だと『三月、暗闇の舞台で』くらいからですが、連載では三幕構成を意識する書き方をするようになってきました。
 僕の連載小説は大体8〜10話程度(十万文字くらい)なので、序・破・急の三幕構成にするのであれば序は2〜3話までに終わらせる必要があります。
 本作の場合は2話までが序で、ジェームズ・春子・ドーベルモンという主役が出揃いまして、この3話・4話から本格的にお話を広げていく段階です。
 で、す、が……こんなことを考えながらプロットを組み立てて毎回書いているものの、本作はものすごい難産だったので、やっぱり理屈だけだと上手くいかないよね、といつも思います(それでも理屈一切抜きの書き方は自分には無理なのでやっぱり考えてしまうのですが)。

 この辺りのお話だと個人的に気に入ってるのはリリスモンのくだりです。
 選ばれし子どもだけでなく、かつての大悪党も既にショボくれてる、というのは一度やってみたくて……車椅子のリリスモンというアイディア含め、今作でのお気に入り要素の一つです。
 これだけショボくれてても外見は若いまま、というのはちょっとうらやましい。

 さて、次回は大体2週間後くらい、5〜6話を投稿予定です。
 折り返し地点かつ物語が大きく動きますのでお楽しみに。

 また、併せてDIGIコレ6にて頒布した本作の文庫版も、BOOTHにて通販を行っております。
 よろしければこちらもご覧ください。
https://dirryuto.booth.pm/

 それではまた!

ID.4869
 
■投稿者:浅羽オミ  HOME
■投稿日:2018/02/11(日) 18:22


感想
 Ryutoさんの新作、イベントに行っておらず書籍版を買えなかったのでNEXTで追います!

 2049年というキーワードからブレードランナーをベースにしているのかなと思って読み進めていますが、『バウンダリー』でRyutoさんが書いていたデジモン初代アニメの時間から続いているような設定や世界観がうまくMIXされていて、すごく自然に未来のデジモンの世界のひとつとして受け入れられました。

 1999年の選ばれし子どもたちのくだりも、初代アニメに沿っているから、少しの描写で昔の冒険の様子が想像できてとても効果的だなと思いました。現在の時間で起きている出来事に集中しやすいです。

 キャラクターはドーベルモンがお気に入り。無口でクールっぽいけど、ジェームズにパートナーの在り方を指摘されるところなんか、まだまだ未熟っぽくていいです。

 どんどん続きが気になってきます。期待してます!

ID.4890
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/02/17(土) 17:47


何がQだry
 定期的に投稿されるというわけで、書籍版が未だに開けん!
 というわけで夏P(ナッピー)です。1999年の選ばれし子供の冒険というか戦いの最後はやっぱりムゲーンダイナーだったのか、帽子がヒラヒラ舞いながら明日の予定もわからないことになってそうな。


 ジェームズはレーザーポインターで指示出してたのかー、これはカッコいい。これは恐らくただ指示を出すだけと見せかけ、出力を上げて敵の目に真っ赤な光を照射して太陽拳することで試合妨害としてボールパークを退場させられる視界を奪って奇襲したりする作戦とかがあったに違いない。そーいやメタルガルルモンの鼻にもレーザーサイトあったけど、あれと何か関係が……?
 今回はアスタモンが当時のジム達との因縁を感じさせて良い感じでしたが、ミノタルモンも同様にそーいう過去があったのだろうか。そして枕返し世界のぬ〜べ〜状態となったやさぐれリリスモンの勇姿。「戦ってた頃は良かった」とか言ってるし、いずれ悪い奴じゃなくとも再び立ち上がり、戦う時が来そう。同時に死亡フラグでもあるけれど。
 マイケル・ジョーダンは露骨に死亡フラグ積み立ててる気がしますが大丈夫なのか。「お前は狙われてるんだぞ!」「知っているが大丈夫だ」は神をも破滅させ得る極上の死亡フラグな気がしますのでヤバい。仲間が次々と殺されている時に外に出られるか! 俺は社長室にこもるぞ!
 不覚にも助手扱いの春子に噴きましたが、なんかリリスモンだけじゃなくミスティモンも何か察してそう。


 それでは二週後もお待ちしております。

ID.4904
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/02/23(金) 22:58


3・4話感想返信
>>4869
浅羽オミ様

 お久しぶりです、ご感想ありがとうございます!
 仰る通り、年代はブレードランナーのイメージです。というか「2049年」という年代設定を見た時に「無印から半世紀後じゃん……」と気づいて何とも言えないショックを受けたのがきっかけというか……。『バウンダリー』のイメージも引きずってまして、あれでやりたかったことを色々とやれるので楽しんで書きました。アニメの後の世界、というイメージがどうも好きらしいです。
 ドーベルモン、彼もああ見えてまだまだ経験不足なので……これからどんどん揉まれていくことになりますので、応援して頂ければ嬉しいです。


>>4890
夏P様

 読んでくださりありがとうございます。
 レーザーポインターの使い方、ジェームズはそんな卑怯なことはしな……いや、彼の性格からすると平然とそういう行動しそうでしたね。
 ミノタルモンはアスタモンやリリスモンと比べると若造のチンピラみたいなイメージですが、彼は彼で今のポジションに行き着くまでになんやかんや苦労してるんじゃないでしょうか。
 ジョーダンもまぁ、よくそんな発言しますよね……この後起きることは伏せておきますが、徳を積んでいるタイプの人間でないことは確かです。
 まもなく5・6話投稿しますのでお楽しみに。

ID.4905
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/02/24(土) 00:00


グッド・オールド・フューチャー 5/襲撃
「反応が遅い! 今のはもっと早く動けたはずだぞ!」
「ぐっ……」
「それから春子! どうして敵が視認できない場所に立っているんだ! 説明してみろ!」
「えっ、あっ、すみません!」
 年末が近づいてきたある日、ジェームズがリリスモンの地下倉庫に向かうと、既に春子とドーベルモンは汗だくなっていた。
 アスタモンによる春子とドーベルモンの訓練は、日が経つに連れ高度に、そして過酷なものになっている。今日はわざわざミノタルモンを地下倉庫まで連れて模擬戦闘をさせ、自分はそのようすを眺めながら、一戦終わるごとに厳しい指導を加えていた。
 案外、彼はこんな裏社会で生きずとも、教師としてやっていけるのかもしれない……いや、こういう指導方法は今の時代は求められていないか。
「ドーベルモン……?」
 顔を曇らせながら、春子が声を掛ける。
「大丈夫だ」
「……分かった! アスタモンさん、もう一回お願いします!」
 このスパルタ指導にもめげず、食らいつくように訓練を続ける春子とドーベルモンの熱意も相当なものだ。彼女らには確かに、選ばれし子どもとしての経験もセンスもない。ただ、ジェームズはこの熱意自体が彼女たちの特別な力なのではと思い始めていた。



 ほとんど収穫のなかったジョーダンとの会合後、ジェームズは一人で手塚のオフィスを訪れ、今後の捜査方針について話し合った。
「最後の殺人から今日まで、動きが何もない」
 手塚はそう言った。ハンスが死亡して以降、同一犯と思われる殺人は起きていない。既に手塚もジェームズも、今後選ばれし子どもとパートナーが殺されることはないのではと思い始めていた。
「全く、例の勇気の紋章のヒーロー騒ぎがようやく収まったかと思えば」
 ヒーロー騒ぎ、とは言うまでもなく、ジェームズと出会う前に春子とドーベルモンが行っていた自警行為だ。ジェームズはそのことについて、手塚に何も話さなかった。今回の事件に関連がないこともあるが、自分と出会う前の彼女たちの行動自体も、あまり言いふらすべきものではない。特に現役の警官である彼の前では。
「だが、これで終わりにはしない。既に敵はあまりにも殺し過ぎている。そのツケを必ず払わせてやる」
 手塚はそう言っていた。ジェームズとてその思いは同じだったが、その一方でこの捜査に対する限界も感じ始めている。自分ひとりでは、これ以上の進展は望めないかもしれない。つくづく選ばれし子どもという人種は、パートナーデジモンがいなければ何もできない存在だ。
 しかし、もし仮に、この捜査が進展したとして。それは好ましいことなのか。
 これまで考えることを止めていた「何か」が、犯人と一緒に姿を現すのではないか?
 そんな予感が、ジェームズの頭の片隅に巣食っていた。



「ぬおぁっ?」
 野太い嬌声と、ズシンという何かが倒れる大きな音で、ジェームズは我に返った。
「嘘? やった! やった! すごいよドーベルモン! やったぁぁぁぁ!」
 春子が膝を折ってドーベルモンに抱きつき、彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。そんな光景が、うつ伏せになったミノタルモンの胴体の上で行われていた。この訓練で初めて、ドーベルモンがミノタルモンを下したのだ。決定的瞬間を見逃してしまった。
「よ〜しよしよしよし! 偉いぞドーベルモン! さっすが私のパートナー!」
「あ、あぁ……ありがとうハルコ……少し苦しい……」
「いつまで俺に乗ってる気だ! どけ小娘!」
「ジェームズさん! 私やりました! 見ましたか?」
「聞いてるのかオイ!」
 ぶんぶんと大きくこちらに手を振る春子には、すぐ下から聞こえてるはずのミノタルモンの声が届いてないらしい。ようやくミノタルモンの背から降り、アスタモンのいつもと変わらぬ手厳しい評価を受けている時でさえ、彼女の頬は緩みっぱなしだった。隣のドーベルモンでさえ、耳や尾の動きがいつもよりせわしない。
 彼女らにとっては、初めて成長を実感できた瞬間だったのだろう。

「えへへへへ、ドーベルモン最高〜」
「こ、こら……」
 懐中時計で時間を確認しようとした時、春子の猫撫で声とパートナーの慌てる声が聞こえてきた。
 顔を上げたジェームズの視界に入ってきたのは、またしてもドーベルモンに抱きつき、彼の顔に頬ずりしている春子の姿だった。彼女はそのまま、ドーベルモンの額に軽くキスをして、ドーベルモンにまた嫌がられていた。
 反射的に、ジェームズは彼女たちから目を逸らした。まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。それからふいに、何故そんなことを自分がしたのかを考えた。
 反射的に思い出したのだ。
 蓋をしていた記憶を。



 二〇三七年の春、まだ寒さが抜けきらない頃。
 デジタルワールドのホストコンピュータ・イグドラシルが、リアルワールドから移住してきた人類へ宣戦布告した。
 この数年前から、デジタルワールドにおけるデジモンと人類の緊張関係が誰の目にも明らかになり、人類の居住エリアで暴動やテロ事件が続発し始めていたが、本格的な戦争状態となったのはこの年だった。
 イグドラシルの側に付くデジモンは数多くいた。リリスモンの一派は静観、アンドロモンのように人類に協力的なデジモンもいた。彼らに対するデジモンたちからの風当たりも強くなった。そして、誰よりもデジモンとの絆を深めていた私たち選ばれし子どもも、どちらの側に付くのか判断を強要された。
 人類の側に立つことを表明すると、すぐに私たちは戦場に送り込まれることになった。
 デジモンとの戦いをよく知る兵士として。

「ガブモン、準備はいいか?」
「うん」
 私とガブモンが戦場へ発つ日だった。どんな環境が待っているか分からなかったので、普段よりも厚着をしていたのを覚えている。首から下げた友情の紋章が刻まれているタグ、腰のベルトに装着したデジヴァイスを確認し、自宅を出ようとした時だった。
「やっぱり僕だけで行くよ。タツキはリアルワールドに戻って」
「それは駄目」
 リビングから聞こえてくる会話が気になり、ジェームズは足を止めた。ガブモンに掌を見せるジェスチャーをして、ゆっくりと玄関を戻る。
 タツキが、自分と同じようにデジヴァイスを準備していた。

 この当時、私とタツキは既に夫婦となっていた――公にはしていなかったが――こともあり、彼女自身には政府からの要請はなかった。しかし、それでも彼女はアグモンとともに行くことを決めていた。
 戦いでデジモンも人間も苦しんでる、私はみんなを見捨てられない。
 みんなを助けるために私は行く。
 彼女は度々そう話していて、私は既に彼女を止めることを諦めていた。
 だが、タツキのパートナーであるアグモンだけは違い、最後まで彼女に反対していた。
「僕ひとりでも大丈夫だよ。タツキを危険には晒したくない……」
「ありがと、アグモン。でもそれなら、私だってあなただけを行かせるわけにはいかないよ」
 タツキが膝をついて、視線をアグモンと合わせる。皺のある顔を緩ませながら彼女は手を伸ばして、アグモンの手を握った。
「私ももう若くないけどね。でも、アグモンと一緒なら、私だってまだ戦えるよ。ひとりでここで待ってる方が、私にとってはよっぽど辛いもの」
「……タツキ」
 アグモンが自分のものよりもずっと小さなタツキの手を握り返す。私はふたりの間に入ることができず、かと言って彼らに黙って出発することもできず、ただ廊下からふたりのようすを眺め続けるだけだった。
「分かった。僕がタツキを守るよ」
 タツキの表情が明るくなる。ここ数年、私が見たどんな表情よりも明るく、生き生きとした表情だった。
「ありがとう、アグモン」
 それからタツキはアグモンに抱きつき、彼の顔に頬ずりをしてから、額に口づけした。
 アグモンは照れ臭そうに笑った。

 気づくと、私はふたりから視線を外して、廊下の壁に背中を預けて項垂れていた。心配そうに自分を見つめるガブモンのことすら気に留めずに、頭の中を支配した表現しがたい感情と相対していた。
 混乱した。別に変わったことなど何ひとつ起きていないのに。

 どうして今の私は、アグモンのことを快く思っていないのだろうか?



「てーてーてーてーてーてててー♪ てーてーてーてーてーてててー♪」
 上機嫌な春子の鼻歌が後部座席から聞こえてくる。かつて、まだデジモンのことが知られてない頃によくテレビで流されていた曲だ。目に見える成果を初めて得た春子は、リリスモンの地下室を出てからこの曲をずっと歌っていた。余程のお気に入りらしい。
 ドーベルモンはパートナーと対照的だった。春子の膝の上に顎を乗せ、すっかりまどろんでいる。丸一日近く戦闘訓練をし続けていたので、こうなるのは当然だろう。春子の体力が異常なのだ。
 春子の鼻歌のボリュームが大きくなり、左手がマイクを握るジェスチャーをして口元に近づける。
「逃げ――」
「いつもの場所でいいのか?」
「あ、はい、大丈夫です!」

 ただでさえ治安の悪い地域の夜だ。
 ドーベルモンがいるとはいえ、春子を一人で帰らせるわけにはいかない。このところ、彼女の送迎はすっかりジェームズの日常の一部になっていた。
 春子が住むアンドロモンの孤児院の場所は知っていたものの、彼女を降ろすのはいつもそこから数百メートル離れた場所だった。
 春子とドーベルモンはアンドロモンにさえ、自分たちが選ばれし子どもになったことや、ここ数日ジェームズのもとで訓練を受けていることを秘密にしていた。理由を尋ねると、「話しちゃったら、アンドロモンさんに止められるに決まってるじゃないですか!」と彼女は即答した。
 その通りだ。こんなことを彼が許すはずがない。
 アンドロモンに対して秘密を持つことは癪だったが、春子の想いを無碍にすることもできず、結局ジェームズは彼女の隠し事に付き合い続けていた。これも、事件が解決するまでの僅かな期間の辛抱だと考えて。

 シトロエンは大通りの脇道に入り、古いアパートの並ぶ旧市街を走る。
 この辺りは二十年ほど前までは居住者が多かったものの、戦争の間にその多くがこの地域から避難し、現在もそのほとんどが戻っていない。立ち並ぶ街灯はすっかり老朽化している。しかもその半分くらいは消灯しており、もう半分も点滅を繰り返すばかりだ。光が地面に積もり始めた雪によって反射されるので、周囲は突然明るくなったかと思えば、次の瞬間には辺り一帯が暗闇に包まれる。ジェームズはシトロエンのライトをハイビームにして速度を落とした。
 いつも彼女を降ろす場所の目印にしている赤いポストが見えてくる。昼間から降っている雪が少しずつ勢いを増し、視界を悪くしていたので、ジェームズは少し目を細めた。
 そして違和感を覚えた。
 何か異常なものが見えているわけではない。ただ、何者かに遠くから見られている気がする。この感覚は五十年前から先の戦争に至るまで何度も体験したことのあるものだったが、少なくともここ数年は感じなかった。
「ジェームズさん、今日もありがとうございます!」
 天気とは対照的な晴れやかな笑顔で礼を言う春子。その膝元で休息していたドーベルモンの耳が突然ピンと立ち上がり、彼が顔を上げる。
 ドーベルモンも感じたのか。
 ならば、やはり自分の思い違いではない。
 シトロエンは少しずつスピードを落とす。目印のポストが近づいてくる。
 停車はできない。ジェームズはそう判断した。
「春子」
「はい?」
「掴まれ」
 車内に、巨大な物体が猛スピードで激突したかのような衝撃。座席が揺さぶられ、ジェームズの目の前からはエアバッグが飛び出す。そのままの勢いでシトロエンはスピンし、街灯に激突して停止した。



「う……」
「ハルコ! 起きろ! 早く!」
 全身に纏わりつく雪の冷たさと、パートナーの叫びで覚醒する。身体にズキズキと走る痛みは、日中の訓練でつけた傷だけが原因ではない。目の前で煙を上げて大破している車がそれを示している。
「ハルコ! 立て!」
「待って、ジェームズさんが……」
 ボロボロになったパーカーがドーベルモンの顎の力で引っ張られ、春子は半ば強制的に立ち上がった。目を凝らしてガラスの割れた車の中を見つめても、運転席に人影はいない。車の中に倒れているのか? それとも――。
「お前か?」
 低く、冷たい声が響く。ジェームズの声ではない。
 ドーベルモンの唸り声が聞こえる。
 春子が振り返ると、両脇にボロボロのアパートが並ぶ暗い雪道の中心に、黒い影が見えた。
 その威圧的な声にはなぜか聞き覚えがあった。どこかで聞いたことがある。
 それまで消えていた街灯のひとつがまた光を取り戻し、その真下を通過しようとする黒い影を照らした。

 成人男性よりも一回り以上大きな身体を纏う金属の鎧。両腕の先にあるのは三本の巨大な爪。頭部は角のある兜に覆われ、そこから見える瞳と、襟首に見える髪はともに黄色い。だが、肌と鎧の大部分は黒く染まっていた。
 春子はこの竜人型デジモンを知っている。
 ただ、彼はこんな場所にいるはずもなければ、身体の色も違った。
 まして、彼がその巨大な爪を、自分たち人間に向けるなんて。
「動くな」
 今度は別の小さな声と、金属がスライドして擦れる音が春子の背後から聞こえた。
振り返らなくとも声で分かる、ジェームズさんだ。やっぱり生きていたんだ。
「ドーベルモン、春子を連れて逃げるんだ」
「ジェームズ……?」
 それまでゆっくりと春子に近づいていた黒いデジモンは立ち止まり、春子の背後を少し驚いたような目で見つめていた。このデジモンは、彼を知っている。

「なぜお前がいる?」
「私も君に同じことを聞きたい」
 降雪がますます激しくなる。街灯が一瞬光り、再度影を照らす。
 ジェームズが言った。
「やはり君だったのか、ウォーグレイモン」
 体色が変わろうとも、その姿を忘れるはずがない。

 身体中が痛むが、幸いにして動けないほどではない。受け身を取って頭部を守れたこと、手足の骨が折れなかったことは幸いだった。
 ジェームズはコートから取り出した小銃を右手で構えた。もうかなり長い期間実戦からは遠ざかっているが、外さない自信はある。だが、そうだとしても、ジェームズはウォーグレイモンに銃を向けたくはなかった。
「そんな小さな銃で俺を殺せると思っているのか?」
「戦争中、人間がデジモンを殺すために造ったものだよ。君だって当たり所が悪ければ命はないぞ」
 目の前の春子はまだ動かない。彼女を避難させずに、彼女の背後でこれを撃つことは避けたい事態だった。だが、どこまでこのデジモンに対して時間稼ぎができるのか?
「俺は死なない。既に死んでいるからな」
 ウォーグレイモンの声がより一層低くなる。
「十一年前、タツキのパートナーのアグモンは死んだんだ。今、お前の目の前にいるのはその亡霊だ」
 そう言いながら、ウォーグレイモンは巨大な三本爪を水平に構える。ドーベルモンの声が聞こえた。
「逃げろ、ハルコ!」
 次の瞬間、ウォーグレイモンは腕を振るった。三本の爪から放たれた衝撃が炎を纏い、一直線に春子とドーベルモン、そしてその後ろにいるジェームズに向かって飛んでくる。ジェームズが身体を捩じり、春子はドーベルモンに引っ張られて倒れる。
 次の瞬間、潰れているシトロエンが爆破し、火の粉がそこら中に飛び散った。

 ジェームズは建物と建物の間に走り、無造作に積まれた木箱の影に隠れた。シトロエンの炎に照らされ、周囲を見渡しながらゆっくりと歩くウォーグレイモンが見える。ざく、ざくという新雪を踏み鳴らす音。春子とドーベルモンは隠れたらしい。
「どこだ! ジェームズ! 出てくるんだ!」
 ジェームズは小銃を確認してから、ゆっくりと冷たい空気を吸い込んだ。考えなしに出ていけば、間違いなく殺される。
 実際のところ、この拳銃の威力では一発で殺すことなど不可能だろう。二発目を打ち込む前に彼の攻撃が飛んでくるに違いない。だが、出ていかなくてもどうせすぐに見つかる。
 いや、それはまだいい。自分が標的になれば、春子とドーベルモンは逃げるチャンスが与えられるからだ。最悪のパターンは、自分よりも先に春子たちが見つかることだ。
 相手は一九九九年の選ばれし子どものパートナーデジモンだ。彼女らが勝てる見込みはない。自分から出ていくべきだ。一か八かの攻撃を試みて、逃げられる隙をつくる。
 この目論見は、いとも簡単に崩れ去った。
「ウォーグレイモンさん! やめてください! どうしてこんなことをするんですか?」

 橘春子は目の前の光景が信じられなかった。
 選ばれし子ども・草薙タツキのパートナーデジモンであり、勇気の紋章を背負った最強のグレイモン系デジモン。ジェームズ・テイラーソンのパートナーだったメタルガルルモンと双璧を成す存在。
 そのデジモンが全身を黒く染め、他ならぬジェームズを襲っている。かつての相棒のパートナーなのに。
「ハルコ……!」
 ドーベルモンは慌てふためき、春子自身もパートナーの動揺を感じ取っていた。それでも、また身を隠して事の成り行きを黙って見ていることなどできない。そんなことは選ばれし子どもならしない。
 あたりを見渡していた黄色い瞳が、再び自分を捕らえるのを感じた。
「なぜ隠れない?」
「それは……」
 身体が震えるのは寒さのせいではない。ジェームズにも、リリスモンにも、ジョーダンの前でさえこんな恐怖は感じなかった。声と瞳から伝わってくる威圧感。彼は自分に明確な殺意を向けている。
「あ、あなたを、あなたたちを尊敬してるからです……」
 デジヴァイスを強く握り、彼の前に掲げてみせる。
「私、橘春子って言います! 新しい選ばれし子どもです! その……選ばれし子どもとして、あなたを尊敬してるんです! あなたに会いたいと思ってました!」
 声が震え、裏返った。それでもデジヴァイスを彼に示すことで、何かが伝わるはず、変わるはずと思った。ウォーグレイモンの瞳が微かに揺れた。
「覚えてますか? 私、戦争の時――」
 だが、それでは不十分だった。
「俺たちを選んだホメオスタシスは、これを通じて俺に言った」
 ウォーグレイモンは右腕を傾け、そこを覆っている装具の内側にあるものを春子に見せた。
 水色の小さな楕円形。春子が握るものと同じ形のデジヴァイス。
 まさか。
「……そ、それ……」
 だが、春子の視界の中にデジヴァイスがあったのはそこまでだった。
 ウォーグレイモンは右手を胸の高さに上げ、掌を上に向ける。するとそれだけで、小さな火球が生まれた。
 ウォーグレイモンの必殺の火球ガイアフォース。かつてリリスモンを倒した技だ。
「選ばれし子どもは間違いだった、と」
 ウォーグレイモンが腕をさらに高く掲げる。
「ひッ……?」
「さらばだ、新しい選ばれし子ども」
 その時、ウォーグレイモンの腕を這うように影が纏わりつき、唸り声が大きく響き渡った。春子の隣にいたドーベルモンが地面を蹴り、一瞬で彼に飛びかかったのだ。掌の上で生成していた火球が暴発し、近くにあった街灯が根元から吹き飛んだ。
「ドーベルモン!」
 名を呼んでも何も変わらない。ウォーグレイモンが無表情で腕を振るい、ドーベルモンが地面に激突して、雪と砕けたアスファルトが宙を舞う。それでもまたドーベルモンは立ち上がり、再びウォーグレイモンに攻撃を仕掛けた。彼は鎧と鎧の間から露出する皮膚に何度も噛みつこうとしている。
 対して、春子の頭は真っ白になっていた。
 ついさっきまでやっていた訓練のことも思い出せない。パートナーとしてどう指示すればいいのか分からない。そもそも、この状況をどうすれば打開できるのかも分からない。
 再び、ドーベルモンが背中から地面に叩きつけられる。足をばたつかせて再び立ち上がったものの、今度は衝撃で頭も打ったのか、ふらついてまともに戦う姿勢に移ることができない。
 ウォーグレイモンが腕を大きく振りかぶる。再び街灯が灯り、三本の爪が光を反射した。
「やめて!」
 一閃。
 衝撃波とともにドーベルモンの身体が舞い、赤い液体が春子の目の前で飛び散った。

ID.4906
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/02/24(土) 00:01


グッド・オールド・フューチャー 6/真実
 その人たちのことを知ったのは、いつかのテレビ番組を家族で見てた時だった。
 私が生まれるよりもずっと昔、まだヒトがデジタルワールドに移住する前に、世界を救った人たち。
 パートナーデジモンと絆で繋がれたヒーロー。
 すごくカッコいいと思った。
 パパやママにこの話をすると、二人ともあまり嬉しそうな顔はしなかったけど、そんなこと私は気にしなかった。

 それから戦争が始まって、だんだん周りに住んでいる人やデジモンがいなくなって。
 ある日、突然家が崩れて、パパもママも姿が見えなくなって。
 どこにも行き場所が無くて、誰もいないボロボロになった街を歩いている時に、そのおばさんは私に声をかけてくれた。
「大丈夫? 名前は? 痛いところはない?」
 その時はとても疲れてて、歩き過ぎて足が痛くて、しかもお腹を空かしてて、何があったのかはよく覚えていないけど、この一言だけはよく覚えてる。腰に付けたデジヴァイスは、よくテレビで見ていたものと同じ。長い髪と優しそうな瞳も、テレビで見たままだった。
 その人のパートナーデジモン、黄色くてゴツゴツした鎧を着たデジモンの腕に抱かれて、病院に運ばれたのを覚えてる。その後のことは覚えてないし、その人たちにお礼も何も言えなかったけど。

 選ばれし子どもになりたいと思った。
 いつか私も、パートナーデジモンを見つけて、デジタルワールドを冒険するんだ。悪いデジモンをやっつけて、世界を平和にするんだ。
 そう思ってた。 



 ドーベルモンの身体が宙を舞って、目の前に落ちる。飛び散ってきた赤い滴が少しだけ頬に付く。目の前にいる黒い竜人型デジモンの爪も同じ色が付いている。
 春子には何が起きたのか理解できず、景色は酷くゆっくりと動いているように見えた。それから背中に何か鋭くて冷たいものが走ったように感じて、口の中の唾が変な味に変わった。
 膝を折って、ドーベルモンのお腹を押さえる。掌に生温かい感覚。ドーベルモンは真上を向いて口を大きく開けているものの、いつもの声は出てこない。くぐもった音しか聞こえない。
 掌がみるみるうちに赤く染まって、両手の指と指の間から赤い液体が流れ出てくる。押さえようとしても押さえられない。
「ぁ……ぁ、ぁああ……」
 何が起きてるんだろう。分からない。こんなはずじゃない。
 ほんの数時間前、私はドーベルモンと一緒にミノタルモンを倒したんだ。私たちは成長してるんだ。まだ進化したり、悪いデジモンを倒したりはできないけど、きっといつかタツキさんやジェームズさんのように……。
「心配する必要はない」
 気づいたら、すぐ頭上でタツキさんのパートナーデジモンが鋭い爪をこちらに向けていた。
 どうして……。
「お前もすぐ同じようになる」

 パン、という空気が破裂するような音とともに、ウォーグレイモンの右肘を何かが掠める。竜人型デジモンは急に右手の重さが増したかのように腕を降ろし、左手で右肘を覆った。
 春子はドーベルモンの腹部から流れる液体と同じものが、ウォーグレイモンの腕を滑り落ちるのを見た。
「お前に俺が撃てたのか」
 ウォーグレイモンは春子に背を向けて言う。その視線の先に、小さなピストルを構えたジェームズの姿があった。
「その娘から離れろ」
「どうする気だ? 俺をそれで殺す気か?」
「離れろと言ったんだ」
 この状況にあっても、ジェームズはとても落ち着いているように春子には見えた。しかし、持っているのは小さな拳銃のみ。目の前にいる究極体は、人間の身体よりも大きな火球を作り出せる力を持つ伝説の戦士だ。
 勝てるわけがない。ジェームズさんも殺される。
 私のせいで。
 ウォーグレイモンは腕を押さえることを止め、弾丸が掠めた後の傷痕をしばらくの間見つめていた。それからジェームズの方を向き、再び左手を高く上げる。
「そうか、こんな感じだったのか」
 ジェームズは身動きひとつしない。瞬きもせず、竜人の姿を見つめている。
「こうやってタツキを殺したんだな」
 その言葉の意味を、春子はよく理解できなかった。

 ウォーグレイモンの足元に幾つものライトの光が当てられ、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。大破したシトロエンから上がる火と煙のせいか、もしくは誰かが通報したのか。やがて、スピーカーを通した大きな甲高い声が聞こえてきた。
「そこにいるデジタルモンスター! 動かないでください!」
竜人が動きを止めた。
「ここで殺しておいた方が身のためだと思うが……」
「ここは五十年前のデジタルワールドではない。君が死ぬにせよ刑務所に入るにせよ、正当な手続きを経る必要がある」
「タツキは違ったのにか?」
 ジェームズの言葉に、ウォーグレイモンは小さな笑い声を上げたが、眼だけは全く笑っていなかった。
「聞こえてるの? そこのあなた……ッ⁉」
 今度は拡声器を通さない怒声。視界の隅に入ってきたのは数名の警官と、両手の花弁を銃口に変形させて構えているリリモンだった。彼女もまた、ウォーグレイモンの姿を見て表情を変えたが、すぐにまた仕事の顔に戻る。
 ジェームズの自宅を訪れる時はともかく、この表情の彼女は信頼できる。
「ウォーグレイモン、あなたを連行します……大人しく従ってください!」
 ウォーグレイモンはリリモンを一瞥すらしなかった。
「邪魔が入った。また会おうか、ジェームズ」
「あっ……⁉」
 地面を蹴り、高くジャンプする。そのまま古アパートの屋上に辿り着くと、更にウォーグレイモンは飛び、数秒後には暗い夜景の中に消えてしまっていた。
 リリモンは舌打ちをし、逃げ出した竜人を追おうと植物の羽根を広げる。くぐもった春子の声が、彼女の動きを止めた。
「助けてください! ジェームズさん! 助けて!」
 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして座り込んでいる橘春子の両手と服は血だらけだったが、彼女自身が怪我をしているわけではない。あの血液は、彼女の足元で微動だにしないドーベルモンのものだ。
 ジェームズは彼の傷が、生死を左右するほど大きいことに気づいた。
「ドーベルモンが死んじゃう! 助けて!」



 ドーベルモンはすぐに救急病院へと運ばれて治療を受けることとなった。手術室の赤いランプが消え、春子が彼との面会を許されたのは既に午前三時だったが、それまで彼女は一睡もせず、病院のロビーにある椅子の上で体育座りになって顔を埋めていた。リリモンの連絡により、間もなく手塚も病院へと到着したものの、春子は彼と会話できる状態とは到底思えなかった。
 ジェームズに促されるまま、ドーベルモンが移された個人用の病室へと入った春子は、ベッドの中で目を瞑っているドーベルモンの前で蹲り、また動かなくなってしまった。ドーベルモンには何本かの輸血用ケーブルが繋げられ、口元の呼吸器の音と曇り方で息をしていることは分かった。ただし意識は今も戻らず、医師も助かる確率は五分だと彼らに伝えてきた。
 デジモンの医学は、人類のものほど進んでいるとは言えない。
「春子」
 あまり意味がないとは分かりつつも、ジェームズは彼女に声を掛けた。
「そろそろ帰ろう。アンドロモンが迎えに来るそうだ」
 春子はその場から動こうとはしなかった。ぼそぼそと小さく何かを呟いている。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 ドーベルモンに向けてか、ジェームズに向けてか、その両方か。
 病室の入り口でリリモンが手招きしているのに気づくと、ジェームズは春子の頭を撫でて部屋を出た。



「なぜ私に言わなかったのですか⁉ 彼女のことを!」
 警察からの報せを受けて病院に到着したアンドロモンは、普段は滅多に出さない大声を出しながらジェームズに詰め寄った。
「春子自身に止められていたんだ。選ばれし子どもになったということを、君に言うなと」
「そんな……」
「自分の活動が知られれば止められるからと言っていた……すまない」
 項垂れるアンドロモンの隣に、つい先程までどこかに連絡を取っていた手塚が戻ってきた。彼もまた、普段はあまり見せない硬い表情をしている。それにかなり疲れているようだ。
「残念だが、ウォーグレイモンには逃げられたようだ。手がかりすら掴めん」
 ジェームズはこの報告にも特に驚かなかった。彼のことだ、自分たちを襲った時点で、現場からどう逃げるかの算段もつけていたに違いない。手塚は明らかに苛立っているようで、悪態をつきながらロビーを歩き回り始めた。リリモンが不安げな表情を浮かべながら、二人の人間の姿を交互に見ている。
「今夜の死人がまた増えなかっただけマシだが……」
「死人? どういうことだ」
「この事件は二件目だということだ」
 足を止めた手塚がジェームズを睨みつける。リリモンが小さく何かを言おうとしたが、手塚の視線に気づくと彼女はまた黙り込んでしまった。
「ジャン・ウーピン、キム・ミヨン、コカブテリモン、フローラモン」
「……まさか」
 よく知る名前が四つ上がる。静かに、ジェームズの背筋に冷たい感触が走った。
 知識の紋章に選ばれたジャンとパートナーのコカブテリモン。純真の紋章を持つキムと、彼女のパートナーのフローラモン。ジャンとキムは私とタツキよりも少し後に結婚し、戦後は引退していたはずだった。
「私が到着した頃には誰もおらず、自宅に争った跡があるだけだったよ」
 これで五組。タツキも含めれば、一九九九年の選ばれし子どもで生きているのはもう、自分とジョーダンだけになってしまった。
「こんなタイミングで新しい選ばれし子どもが見つかるなんて、ブラックジョークにも程がある」
 アンドロモンが非難するような視線を投げかけていることに手塚は気づき、咳払いをしてからリリモンに指示を出した。
「ウォーグレイモンを指名手配しろ。マスコミにも公表する」
「分かりました」
「かつての英雄は連続殺人犯になった。必ずあのデジモンを捕らえてやる。それから……ジェームズ」
 手塚がジェームズの方を向いた。
「君の仕事はもう終わりだ」
 即座に返事はできなかった。その前に、手塚が言葉を続ける。
「犯人の正体は分かった。ここから先は我々が仕事をする。助かったよ、ありがとう」
「まだ彼がどこにいるのか分からない。私もウォーグレイモンを――」
「ジェームズ」
 手塚はジェームズの肩をポンポンと叩き、不安げな表情で彼の目を見た。
「もう十分だ。これ以上は君の命も危険に晒すことになる。もし君まで失われてしまっては、我々……いや、人類にとって大きな損害だ。分かってくれ、ジェームズ」



 微かにアルコール除菌液の香りが漂う誰もいない病院のロビーで、ジェームズはしばらくの間、長椅子に座っていた。幼年期デジモンたちが起き始める前に孤児院へ戻ったアンドロモンに代わって、春子を連れて帰るために残っていたのだ。
 疲れでまどろみ始めた頃、個室病棟から幽霊のようなふらふらした足取りで春子が戻ってきて、ジェームズの隣に座った。
「……私、何であんなことしちゃったんでしょうね」
 長い沈黙の後、春子は顔を上げないまま小さな声で言う。外の雨音がやけに大きく聞こえる。
「せめて、ウォーグレイモンさんを説得しようなんて思わなければ、こんなことにならなかったのに。そういうこと、なんで私、想像できなかったんだろ……」
 ジェームズは答えない。
 確かに、あの場で春子が自ら出ていったことで、ドーベルモンは傷を負った。だがそれは、直前に自分もやろうとしていたことだ。ドーベルモンは春子のパートナーであるが故に、生命の危機を肩代わりした。そういう場面は、自分も何度も体験している。
「ウォーグレイモンとは、何を話した?」
「……何を……」
 独り言のようなか細い声。
「デジヴァイスを……持ってました」
「……」
「ホメオスタシスから……聞いたって……選ばれし子どもが、間違いだ、って……」
「ホメオスタシス……」
 ジェームズの中で、何か引っかかるものがあった。だが続けて質問する前に、春子の方が先に口を開く。
「ジェームズさん、教えてください」
 今度の声には後悔の念が籠められているようには聞こえず、むしろ感情そのものが入っていないようにすら思えた。
「……タツキさんが殺されたって、あなたが殺したって、ウォーグレイモンさんが言ってました」
 春子は顔を上げない。
「嘘ですよね? 嘘って言ってくださいよ、ジェームズさん。だって私……選ばれし子どもが、そんな……」
「顔を上げなさい、春子」
 病院に来てから、ジェームズは初めて春子の顔を見た。瞼は腫れ上がり、頬には透明な線がいくつも走っている。普段の彼女からは想像もつかないような、やりきれない感情が彼女の思考を支配しているのが分かった。
 これ以上、彼女に幻想を見せ続けることはできない。
 もう、夢から目を覚ましてやるべきだ。
 そう思って、ジェームズは静かに口を開いた。
「二〇三八年の八月だ」



 一年近くに及んだイグドラシルとの戦争は、人類側が優位に立ちつつあった。
 既に戦地の多くを人類が掌握し、デジタルワールドを二分したこの戦いもようやく終わると誰もが考えていた頃、イグドラシルは最後の攻撃を開始した。
 人類側の拠点であったスクルドターミナルの中心市街地、その官公庁ビル街にイグドラシルの化身体「7D6」が出現。中心市街地は占拠され、イグドラシルは人類に降伏を迫った。
 そこで私たち、元・選ばれし子どもに命令が下った。私たちだけで敵の懐に飛び込み、7D6を破壊しろ、と。勝ち目の薄い、特攻のような作戦だった。
 誰も何も言わなかったが、そんな作戦が持ち上がった理由も分かる。この戦争が起きる寸前まで、我々はデジモンと人間が共生する方法を探し、多くの仲間たちへ戦争の回避を呼びかけていた。戦いが始まった後、「人類をこんな状況に追い込んだのは選ばれし子どもたちだ」という声がそこかしこから聞こえてきた。
 連日の戦闘と昼夜のない生活で、私たちの体力も気力も限界だった。仲間たちとの間にも、そのパートナーデジモンとの間にも、もう昔のような和やかな空気は流れていなかった。
 それでも私は作戦を承諾した。タツキが行くと言ったからだ。

 とても暑い日だった。
 他のパートナーデジモンたちの協力を得て、イグドラシルの攻撃を掻い潜りながら都市の中心地に突入する。先頭を行くのはタツキを背に乗せたウォーグレイモン、その後ろに私とメタルガルルモンが続いた。目指すは7D6の装甲の奥にある本体だ。破壊すれば7D6は崩壊し、イグドラシルは活動を停止する。
 結晶体の攻撃を受けながらも、傷だらけのウォーグレイモンが振るった竜殺しの爪ドラモンキラーが本体を両断した。勝ったと思ったよ。
 だが、違った。

 イグドラシルは7D6が破壊されることを確信した途端、その依代を別のものに替えることを選んだ。
 その新たな依代は、草薙タツキ。
 眼の前で彼女は心を失い、感情のない瞳が私を見つめてきた。
そしてこう聞かれた。
「あなたたちは、デジタルワールドをどうする気?」
 ウォーグレイモンもメタルガルルモンも傷つき、もう戦えない。一方のイグドラシルも戦闘能力を持つ化身体を失った。
 このまま放置しておけば、数時間後には最後の殲滅作戦――軍隊によるイグドラシルへの爆撃――が始まることになっている。
 どうにかできるのは私だけだった。



「それから……どうしたんですか……?」
 春子はまだジェームズのことを見つめていた。ジェームズは背もたれに背中を預けたまましばらく黙っていたが、やがて思い出したかのように背中を上げる。
 ふと、春子はジェームズのようすが普段と違うことに気づいた。彼には暗い病院のロビーではなく、何か別のものが見えている。それに私に対して話しているというよりも、まるで彼自身に言い聞かせているようだ。
「説得しようとした」
 眼鏡の奥の眼は、彼にしか見えていない何かに怯えているようだっだ。春子にはそれが、当時の彼の表情そのままなのではないかと思えた。自分が聞いたにも関わらず、その先が聞きたくなくなった。
「こんな抵抗は無意味だ、今すぐタツキの身体を解放して人類に降伏しろと。それがデジモンのため、大義のためだろう、と」
 嫌だ、知りたくない。
 どうして右手が、何かを握っているような形になっているの?
「私は同じことを、言い方を変えて伝え続けたよ。何度も何度も、デジモンのため、平和のため、君が守りたいもののためだと。まるで彼が、私と同じ立場でこの場にいるかのように」
 それからまた、長い沈黙が流れた。その間にジェームズの口が開きかけて、また閉じてしまうことが二、三度あった。
「だが、彼は……彼女の中身は、デジタルワールドのホストコンピュータで、デジモンの神だった。私たちに跪くことを選ばなかった。最初からそんな選択肢はなかったのかもしれない」
 やがて、ジェームズはまた背中を倒し、深く椅子に座り直した。
「そして私は、彼女を撃った」
「……」
「イグドラシルを殺した後、彼女の命だけは救おうとしたよ。だが、無理だった。戦争は終わり、ウォーグレイモンも姿を消した」

「……嘘だ」
 違う、と思った。
 こんな話、知らない。私の読んだ本にも、インターネットにある映像にも、そんな話はどこにもなかった。
 きっと、ジェームズさんが嘘をついてるんだ。私が間違ったことをしたから、私を怖がらせて反省させるために言っているだけなんだ。きっとタツキさんはまだ生きてて、どこか別の場所にいるに違いないんだ。
 でも、ジェームズさんの表情が、今の話が嘘ではないと言っている。
「君の知ってる物語は、五十年前の平和だった時代に私たちがしてきたことを、君たち子どもでも楽しめるように脚色したものに過ぎない。実際の選ばれし子どもとは違う」
「違う、違う。そんなはずない……」
「妻を殺したなど、嘘で言えるはずがない」
 妻。
 タツキさんが、ジェームズさんの。
 気づけば、ジェームズは最初に彼の家で会話した時と同じ冷たい表情に戻って、春子のことを見つめていた。顔の半分は影に隠れ、もう半分もまるで他人のようだ。
 寒気がして、春子の身体は震えた。それにとても気持ちが悪い。椅子に座っているのに、上半身がバランスを崩して転んでしまいそうになる。
「君の見ていた古き良き未来は存在しない」
 私が信じてたこと、全部間違ってた。
「……ッ!」
 耐えられなくなって立ち上がり、春子はジェームズの傍を離れる。
 そしてそのまま、病院を出ていってしまった。



「あれはどういうことだ?」
 ウォーグレイモンの声が薄暗い室内に響き渡った。不満と、いくらかの不信が籠められた声だ。
「ジェームズ・テイラーソンがいたぞ。タツキを殺した奴が。なぜそれを説明しなかった?」
 その質問に別の声が答える。こちらもまた苛立っていた。
「もし言っていたら、君はどうした?」
「当たり前だ。奴を殺す」
「それでは困る」
 大袈裟な溜め息が暗がりの向こうから聞こえてきたものの、ウォーグレイモンは表情を変えない。
「君のリストに彼の名前は入っていない。君が処理するのはあの新しい子どもだ」
「本当にそれに意味があるのか?」
「ホメオスタシスの遺志だよ、分かるだろう。彼女の形見が示したように」
 掌にある、かつてパートナーが所有していた選ばれし子どもの証を眺めながらも、ウォーグレイモンの中に渦巻く感情は変わらない。
「自分の仕事はやる。だが、ジェームズもだ」
「余計なことをすると、我々も君を庇いきれなくなるぞ」
「知ったことか」
 それきり、ウォーグレイモンはもう何も言わず、暗い部屋にはまた大きな溜め息が響くだけだった。

ID.4907
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/02/24(土) 00:02


5・6話あとがき
 デジモンの相棒のことを「パートナー」と呼ぶのはもう当たり前になりつつありますが、結婚した場合も相手のことを「人生のパートナー」と呼んだりするじゃないですか。
 では、選ばれし子どもやテイマー同士が結婚した場合、「パートナー」という表現はデジモンを指すのか、それとも妻や夫を指すのか?
 あるいは、結婚したら「デジモンのパートナー」と「人生のパートナー」の関係はギクシャクしたりしないのか? 02最終回で描かれた世界なら、何かしら関係性に関するトラブルが起きててもおかしくないんじゃないか?
 そんな下世話な思考から、本作のジェームズとウォーグレイモンの関係性は生まれてます。

 こういう想像は、昔書いていた『時空を超えた戦い』という小説で「パートナーじゃない相手との会話」という試みを何度かやっていて、そこから広げていくうちに行き着いた感があります(『時空〜』自体はもう思い出すのも結構辛い小説なのですが)。
 その中で、太一のウォーグレイモンがディアボロモンに意識を支配され、ヤマトのメタルガルルモンに太一が「ウォーグレイモンと戦って欲しい」と頼む場面がありまして、なんかそれが書いていてフレッシュな感じがあったので「このチームだったら上手くいくんだろうけど、実際はねぇ……」とか思っていて……多分、それがものすごく嫌な感じで形になったのがこの小説なんじゃないかと……。

 この5・6話では春子を徹底的に追い詰めることを物語の推進力にしていますが、ジェームズの情けなさというか、人間としての欠落も描写しようとしました。
 普段はそういう面を隠してるだけで、夫婦という普通なら揺るぎないはずの関係性に相当する「パートナー」がもうひとりいたら、ショックを受けるし嫉妬してしまうのがジェームズです。人間的にあんまり出来てる人じゃないんです。
 というか、作中では一切そういう描写はしてないんですが、6話で明かされた過去でさえジェームズの視点で語られているので、実際にはあの時にジェームズはもっとしょうもなくて女々しいことを考えていたのでは、その記憶に無意識に「やむを得ず引き金を引くカッコいい自分」を上書きしてしまっているのでは……とか、個人的に想像していたり。

 さて、今回で折り返しまして、7話からは終わりに向けて猛ダッシュします。
 2週間後の投稿を予定してますのでお楽しみに。

ID.4908
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/02/24(土) 06:46


まさか時空が発端だったとは
 頂いた本を片手に開いたり閉じたりしつつ、それでいて「でもここまで来たらNEXTで追うぞ!」と思い直したりしつつ、待ってた! 5話と6話! どうも、夏P(ナッピー)です。
 ウヒョー! この普通の女の子をとかく追い詰めていく展開、大好きです今度は嘘じゃないっす非常に心苦しい!


 ミノタルモン普通にやられたんか! 修行の相手とはいえ、初敗北で背中の上でギャーギャーやられるとは不憫すぎる。アスタモンと違って本当に若造なのかコイツは……ミノタルモンは成熟期と完全体がいた気がしますが、成熟期の方なのかな。
 ところで唐突にbrave heart歌い出す春子に笑いが止まらん。最初「逃げ――」の意味がしばらくわからず、脈絡なくあの無能界王神のように「早く逃げましょう!!」みたいなことを言い出したのかと勘違いしたのは内緒だ!
 春子といい回想のタツキさんといい、パートナーにキスとは……くっ、恥ずかしいっ。


 そーいやジェームズの車はシトロエンでしたか。探偵で車ということで勝手に探偵はVARにいる的なのを想像していましたが、一振り全滅ドラモンキラーであっさり破壊された! ローンがまだ残ってたのに!(かどうかは不明)
 ほう下手人はウォーグレイモン……てっきりメタルガルルモンが生きていたのかと勝手に予想していましたが、外れることに定評のある俺の予想はまたしても外れた。回想シーンがなかなか悲惨ながら、アレがまさか時空発端だったとは……また読み直すか。個人的にはEgg and Iのアーマゲモンを思い出したりしたかもです。
 不覚にもメガホン持ってギャーギャー言ってるリリモン刑事デカを想像して燃えちまったぜ!!


 ここで折り返し地点ということで、復路ここからの展開もお待ちしております。

ID.4913
 
■投稿者:tonakai 
■投稿日:2018/02/28(水) 00:43


おのれイグドラシル!
どうもです。
ラジオはいつも楽しく拝聴しております。

感想っぽくないかもしれませんがご容赦を。

春子は空回りばかりしている朝ドラ的主人公でしょうか。
こういうキャラは成長すると際立ちますよねー、
追い詰められた彼女の成長に期待!
なるほどbrave heartを歌っていたのか・・・
てっきり彼女はジェームズと対照的に物語の癒し系と思っていましたが、
読み進めていくとリリモンがそのポジっぽいですねー。


かつてウォーグレイモンやメタルガルルモンが子供たちと活躍したというところ、
アニメを意識されてのチョイスなんでしょうか。
イグドラシルはセイバーズっぽいですね。
アスタモン、会社?事務所?にいるの感じが妙に様になってます。(←服装のせいだろ)
中の人なぞいないと信じたい。
ミスティモンを持ってきましたか。
カードでしか知らないので、活躍の場があることを期待します。
意外と犯人ぽくて裏でおいしいところを持っていくポジと期待しておきます。
そういえば、肝心要のドーベルモン! テイマーズに出ていましたね。
1話でいなくなっちゃいましたけど、彼(?)の成長も楽しみです。
ピンチはチャンス、もっと強くなれる!

全体的に設定がしっかりされていて、
ほほぅ、そうきますかぁと感心しました。
各キャラごとにも何かしら抱えているようですね。
明かされる展開があるのか。
何が飛び込んでくるのかわくわくします。

次回の投稿を楽しみにしています。

ID.4923
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/03/10(土) 23:09


5・6話感想返信
>>4908
夏Pさん
 読んでくださりありがとうございます。
 何となくのイメージですが、ミノタルモンはアスタモンやリリスモンよりも若造で、おそらく彼らの傘下に入ったのも戦争後なのではないかと。
 こんな性格ですが、彼らの生きてきた世界ではまだ筋が通ってる方なのでしょう。
 春子はこんな性格なので、歌ったりするのもパートナーにキスするのも深く考えての行動ではないと思うんですが、むしろ周りがそれで振り回されているという。

 ちなみにジェームズのシトロエンは、本作の元ネタの『裏切りのサーカス』という映画で使われていたので本作でも登場しました(あの作品で運転してるのはジェームズ的な立ち位置の人ではないのですが)。
 折り返しといいつつもうすぐ終わりですが、最後までお付き合いくださいませ。


>>4913
tonakaiさん
 読んでくださりありがとうございます、ラジオもありがとうございます!

 朝ドラ的……あまり考えてませんでしたが確かにそんな感じですね、春子。
 リリモンも春子と少し性格が似ていますが、(人間の年齢に置き換えると)春子とジェームズの間くらいにいるので、ある意味そこを繋ぐ世代の立ち位置だと思って頂ければ……(最初は春子とリリモンをもっと絡ませようと思ったりもしてたんですが……)。

 アスタモンとリリモンの怪しげな会社ですが、これはまぁ、「会社として振る舞ってる人たち」というイメージです。実際何取り扱ってるんでしょうね、よく分かりません。

 設定の部分に色々と注目して下さってありがとうございます、「こうやったら面白いかも」ということをあれこれやってみたので嬉しいです。
 もうすぐ物語も終了ですが、最後までお付き合いください!