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ID.4852
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/02/07(水) 22:07
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Memento Mori〜最終章〜(前)
         







 駆け付けた時、父は既に虫の息だった。
 実験中の不幸な事故。世間的にはそう結論付けられているし、実際に数年前に母もまた同様の事故で命を落としたとされている。けれど、調査に当たった警察はその光景を理解できたのだろうか? 服だけを残し、そこにいたはずの人々の肉体だけが忽然と消滅してしまった事実を、どう受け止めたというのだろうか?
 無理だと嘲笑する。彼らにはきっと何を説明したところで無駄だろう。

『人間というものは醜い生き物だ』

 まるでこの世の全てを憎むような目で、父が語っていたことを思い出す。
 誰よりも明るく朗らかで、全てを慈しみ全てに慈しまれて育った母とは違い、父はどこまでもこの国とこの世界を恨み、憎み、そして妬んで生きてきた。それ故に世界の光を認めず、そこに在る暗闇だけをどこまでも注視する、そんな現代社会にとって異物そのものと呼べよう男が誰あろう自らの父だった。
 そして悲しいことに、その歪みそのものと言える気質は当時7歳の身でも十分自覚できる程に、娘である不知火咲夜にも受け継がれていた。

『……咲夜……か』
『父さん』

 面会が許されたことは奇跡と言っていい。もう長くない、傍にいた看護師の顔からしてそれは明らかだった。
 後から聞いた話によれば、内臓の幾つかが使い物にならなくなっていたらしい。正確に言うなら、そこにあるはずの内臓がどういうわけか消滅してしまっていたという表現が正しいということだった。なるほど、服だけを残して肉体が全て消滅してしまった母の時と同じだった。
 しかし今回消えたのは内臓の一部だけ。進歩している、そんなことを漠然と思った。

『……言いたいことはありませんか』

 乾いた声で尋ねたそれは、父と娘の恐らく最後になるだろう会話とは思えない味気なく乾いた音色。
 しかし看護師の怪訝そうな顔など関係なく、また父の肉体に繋がった無数のチューブの存在もどうでも良く、その時の自分にとって、不知火咲夜にとって死に行く父と交わすべき会話はそれだった。それ以外には有り得なかった。

『ああ。……無いな』

 それでも父はそう言うのだ。最期だというのに、父は自分に何も遺してはくれない。
 臓腑の底まで見透かされそうな黒い瞳は、真っ直ぐに咲夜の目を見つめている。死を目前にしながらもその闇は微塵も揺らぐことなく、父からの言葉を求める娘を嘲り笑うかのように輝いている。奇しくも病室で向き合う父子の目は、全く同じ色をしていた。
 だから嫌いだった。どこまでも自分と似ている父のことが、不知火咲夜は大嫌いだった。

『本当に……?』
『くどい』

 父が何かSFめいた異世界の研究を行っていることは知っていた。二年前に母を含めた数名を実験台として用い、死なせてしまったことも気付いていた。それを憎いとも思わない、断罪したいとも思わない。
 だがそうだとしても、親の仕事に興味を持つのは子供として当然だろう。だが父は咲夜の興味を引くかのように研究対象のデータを断片的に見せながらも、具体的な内容には微塵も触れなかった。それはまるで娘であるはずの彼女を研究のライバルとして見ているような、知りたければ自身の力でここまで辿り着いてみせろとでもいうような、そんな自分を試しているかのような態度に咲夜には思えた。
 そういった目で見られると無性に腹が立った。お前には辿り着けまい、そう挑発されているようにも思えたから。
 だから咲夜は完全な独学で研究を始めた。勿論、齢10歳にも満たない小娘には何の知識も設備もない。故に死に物狂いでパソコンを覚え、父のパソコンからデータを盗み出せるだけの腕を得ることだけに執念を燃やした。母の死と前後してそれは成功したが、そんな少女の浅はかな考えを父が知っていたかどうかは定かではない。

『死ぬことは……怖くないのですか』
『怖いさ』
『……でしたら』

 きっと咲夜の声は懇願にも聞こえたに違いない。
 父は恐らく実践したのだ。電脳空間に存在するとされる異世界、タンパク質で構成された我々人類には決して到達できぬその場所に、その肉体をデータへと変えて送り込むための実験を、誰あろう不知火士朗自らを実験体として。
 その果てに答えを得た。今の父の目は、そういう目をしている。

『……お前に話すことは、何もない』

 けれど、父はどこまでも頑なで。

『お前の行く末に興味はなく』

 どこまでも辛辣で。

『お前のために遺すものなど存在しない』

 どこまでも冷酷だったけれど。

『だが……お前が本当に私の娘であるのなら』

 そんな姿は、どこまでも不知火咲夜の父に相違なかった。

『……辿り着いてみせろ』

 確かそれが、父だった人の最後の言葉。
 だからその瞬間、咲夜はあの世界の全てを解き明かさねばならなくなった。SFめいた化け物が闊歩する異世界。父や母、その他大勢の人間が夢見た未開の地フロンティアにして、人が皆追い求めることになる理想郷ユートピア
 その地の全てを手に入れることが、不知火咲夜の全てになったのだ。








最終章:犯人ホシの野望はχカイ〜2061〜








 憤怒、暴食、傲慢、色欲、嫉妬、強欲、そして怠惰。
 それら人間の持つ七つの感情を冠した存在は、古来より七大魔王と呼ばれ恐れられてきた。皆が数多持つ恐怖という感情は、元より伝説上の存在でしかなかった彼らに確かな実体を与え、皮肉にもその存在が正義の使者として名高い聖騎士団への憧憬を皆が強く持つ要因ともなったと言われている。
 創世記におけるヒューマンとビーストの大戦争を終結に導いたと言われる始まりの天使はその治世の中でやがて堕落し、傲慢なる魔王として誰も知らぬ暗黒の世界で十体の英雄との間に死闘を繰り広げたと伝えられる。
 それと前後して世界を闇に染め上げんとしたのは色欲の魔王。後にこの世界の頂点に立つことになる四体の聖なる獣との激しい戦いの末、人とデジモンとの可能性に魅せられた魔王は全てを愛し慈しむ母となり、この世界の行く末をただ見守る賢者と化した。
 そんな彼らと時を同じくして現れた、七大魔王に勝るとも劣らない力を持つ魔王がいたと言われている。高位の天使でありながら闇に染められ、原初の魔王として君臨したはずのその存在は、その実あの世界に伝わる古文書を紐解いても殆ど記されていない。
 その名を冥王バグラモン。誰も知らぬ闇で生きる魔の者。

「……やっと、会えた」

 そんな魔王の姿を認め、不知火咲夜は目を細める。
 ここに来るまでに果たして何人の選ばれし子供を手に掛けてきたのか。傍らに立つダークナイトモン、魔槍を血で染め上げたダナンは元よりこの日の為に作り上げたもの。
 無音、だが一瞬。

「ほう?」

 感嘆の息と共に乾いた金属音が響き渡る。魔槍を振り上げたダナンは一瞬にして肉迫、冥王に向けてその槍を突き出す。

「……ふん」

 つまらない。そう言いたげな嘆息だった。
 冥王は何ら動じることなく、その義手を以って魔槍を弾き返す。

「流石だ……!」

 ダナンの呻きは咲夜の心の声だ。元より心というものが存在しないダークナイトモン、否、スカルナイトモンの思考は本質的に不知火咲夜と等しく在る。デッドリーアックスモンに組み込んだ思考パターンは咲夜自身の感情データである。同一の感情データを有することで本来の人間とデジモン、選ばれし子供とパートナーとの信頼関係馬鹿馬鹿しい傷の舐め合いによって起こり得る相乗効果と等しいものを得られる計算だった。問題はプラスの効果だけではなくマイナスの効果、即ちダナンが抱く不安や恐怖といった感情が咲夜に逆流する可能性もあることだったが、今の状態はまさにそれだ。
 一太刀交えただけでも実感する圧倒的な力量、どこまでも冷静であるが故に彼女は自らの黒騎士と冥王との間に存在する歴然たる格差というものを知覚してしまう。

「次はこちらから行かせてもらおう」

 禍々しき狂爪の一閃、それが黒騎士の腹部に突き刺さる。

「がっ……!」

 恐らく冥王にとってはただ無造作に腕を振るったにすぎない。人間が目の前の蠅を払うようなものだ。しかしそれを耐え得る者が果たしてどれだけ存在するのだろうか。ただの一撃、だが凄まじく重い手刀、それだけでダークナイトモンは腹部を砕かれ、その場に膝を折る。バグラモンはそんな黒騎士を間髪入れず蹴り倒してみせた。
 黒騎士が倒れ伏すと共に瓦礫が舞い上がり、咲夜もまた思わず顔を顰める。元より冥王との戦いに備えて築いたこの地下闘技場だが、彼奴の力は咲夜の想定を遥かに超えている。

「こんなものか、咲夜。……お前の作った傑作とやらは」

 冥王は笑い、見下す以外に価値のないはずの人間の名を呼ぶ。
 それに咲夜は答えない。答える必要性を感じない。

「奥の手があれば見せてもらいたいものだが……どうやら終わりのようだ」

 白亜の右腕が上がる。狙うは前のめりに崩れ落ちた黒騎士の電脳核、冥王の右腕は触れた魂を己が意志の下に司る術を持つ。彼の右腕に囚われた者に安息は訪れず、ただ冥王の意志のままに彷徨える魂と化す。誰にも縛られず、自由で在れと生み落とされた数多の魂も、冥王の前では紛い物の命も同然。故にその名を天よりの略奪者アストラルスナッチャー、高位の天使でありながら地に落ちたと言われる冥王の持つ唾棄すべき力。
 だがそれを前にしても、不知火咲夜は不変だった。

「これは……」

 そこでバグラモンは気付く。
 無様に地に伏した黒騎士、先より妙な違和感を覚えていたその存在の内に巣食う闇、その正体に。

「……お前なら」

 冥王は笑う。お見通しだ、そう言いたげな顔で。

「なるほど、お前は紛れもなく、そしてどこまでも不知火咲夜ということだな。この道化には命が無い。魂も無い。元よりお前は命を持たせるつもりも無かったのだろう? ……お前と契約している、ただそれだけの事実を以って動いている生ける屍にすぎんということか。言わばお前自身がこの道化の魂も同然、魂が肉体に内在しないとなれば、我が右腕で御せるはずもない。デジモンですらない出来損ないというわけだ、この道化は」

 そして同時に冥王は感じていた。この黒騎士は自分と同じだと。

「薄ら寒さも感じるわけだ。古文書を読み解いて得られた冥王わたしのデータ、それを元に造り出した人工種ならその存在は私と惹かれ合うはず、そう考えたというわけだな。お前にとっては全てが私を引きずり出すための撒き餌というわけだ……さしずめ、この出来損ないは私の不出来な“弟”とでも言ったところか」

 黒騎士を足蹴に嘯く冥王。
 最初からそのつもりだった。断片的に残された冥王のデータを繋ぎ止め、組み合わせて解読したバグラモンの力の一端、スカルナイトモンとデッドリーアックスモンはそのデータから生み出した人工生命体に過ぎない。解析が十分でない冥王のデータを一個の生命体として形にする技術は咲夜にはなかった。なればこそ、その力を二つに分離させ、各々に形を与えた後に融合させる、その存在こそがダークナイトモンだった。

 故に全ては道具。

 信頼すべきパートナーなどいない。

 貫くべき信念などない。

 元より目的はただ一つ、いずれ対峙する冥王を打ち倒し、あの世界の全てをこの手に掴むこと。

「……その通りです」

 冥王の巨躯を見上げる。咲夜の心を満たすのは歓喜だ。
 半世紀、ただこの瞬間だけを求めてその手を血に染め上げてきた。自らが開発する“彼ら”の完成にはどうしても完全な形でのバグラモンのデータが要る。人間を完全な形でデジモン化した・・・・・・・・・・・・・・・冥王の存在は、咲夜が生み出すべき英雄には必要不可欠なものだ。

「この時を待ちわびました。……父さん」

 父と。
 不知火咲夜は冥王バグラモンをそう呼んだ。








 三十年近く前のことである。

『……バグラモン?』

 その名を聞き、菊池隆二は振り向いた。

『ええ。元・選ばれし子供であるあなたなら、何か知っているのではないかと思ってね』
『名前だけなら聞いたことはある。デーモンや数多の魔王同様、天使でありながら堕天し、世界に反旗を翻した魔王だと』

 彼の言うことは正しい。だがそれだけだ。その程度のデータなら咲夜自身も持っているし、何より彼の視野は酷く狭い。
 選ばれし子供であるが故にデジタルワールドに縛られた哀れな子供。咲夜から見た菊池隆二はそんな男だった。哀れで愚かで救い様がない。人間よりもデジモンに肩入れし、平和な人間界よりも争乱のデジタルワールドを望む破綻者。それは恐らく彼が幼い頃に選ばれし子供として召喚され、実際に世界を救う英雄として戦い抜けたからこそなのだろう。それ自体を否定するつもりは咲夜にはないし、だからこそ協力者どうぐとしてはこの上なく利用価値があり、何よりも御しやすいことは自分にとっても幸運なことだった。パートナーと共に在ること、ただそれだけの為に恩人を、面識もない選ばれし子供を、そしてデジモン達を殺戮するこの男は、自ら出張ることをあまり好まない咲夜にとっては最高級の殺戮兵器だった。
 そんな彼は、デジタルワールドが人間の手で作られたものだということを絶対に認めようとしない。あの世界は穢れ切った人の世とは違い、どこまでも清く正しく在ると信じている。

『馬鹿らしい……』

 隆二に聞こえないような声で吐き捨てる。その脳内にあるお花畑に火を放ってやりたい衝動に駆られる。
 しかし今この場で彼との関係を壊すのは得策ではない。今でこそ殺戮に手を染めているとはいえ、元々正義感が強く、曲がったことを好まない男である。今はパートナーの為として共闘関係を築けているが、くだらぬ罪悪感でいつその関係が反故にされるかわからない。間違いなく来るだろうその時に備えて咲夜としても手は打ってあるが、それでも道具には可能な限り長い間こちらの役に立ってもらわなければ困る。
 だから今この場ではヒントを与えておくに留めよう。

『十闘士、そういう存在は知っていて?』
『それも名前は聞き覚えはあるな。平時には人間と変わらぬ姿を持ち、戦闘に際して人と獣の力を解放するとか。……馬鹿馬鹿しい、そんな存在がいるはずがないというのにな』
『……そうね』

 小さく呟き、質問を変えてみる。

『あなた、デーモンと戦ったのよね。憤怒の魔王の印象を教えてもらえるかしら』
『慇懃無礼な奴だったな。口調こそ丁寧だが、人を小馬鹿にしたような態度が目立つ奴だった……』

 口ではそう言いながら、自然と笑みが浮かんでいることに恐らく隆二自身は気付いていない。
 命を懸けて戦った相手とはいえ、今となっては古い友人のような感覚なのだろうか。どうも選ばれし子供という連中のことは理解できない。人間でありながらデジモンと彼らの世界のことを優先するその在り方は、不知火咲夜にとってどこまでも他人事でしかない。嫌悪するというわけではない。興味が湧かないのだ。

『人間みたいだった……ということ?』
『何故そうなる。奴が人間など、そんなこと有り得るはずがないだろう』

 鼻で笑う隆二。
 魔王が、人間。そんなはずはない、それは当たり前のことだ。

『そうね……あなたがそう言うのなら、そうなのでしょう』

 そう、当たり前のことのはずなのだが。








ID.4853
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/02/07(水) 22:19


Memento Mori〜最終章〜(後)







 冥王は咲夜の父、不知火士朗の声で笑う。

「大したものだ。……いつ気付いた?」
「初めからです」

 バグラモンの顔を見上げる咲夜。
 そう、父が命を落としたあの日に気付いていた。デジタルワールドを生み出した父が、その過程で母と幾人もの友人を犠牲とした男が、自ら創造した世界を見守ることなく死ぬはずがない。自らもまた盤上の駒としてデジタルワールドという名の舞台に上がるのは必然だ。少なくとも自分ならそうするだろうし、それは不知火咲夜の父である彼もまた当然選び取る道だと言えた。
 母はその為の犠牲となった。生身の人間をデジモン化し、記憶をそのままにデジタルワールドへと送り込む実験の為に。

「許せないと憤るか? くだらないと嘲り笑うか? だが私がこう在るのはお前が開発した英雄達――ああ、まだこの時点では完成していないのだったか?――の所為と言えるのだ、咲夜よ。彼奴らはあまりにも完璧すぎた……発想こそ私と同じだが、その完成度は歴然だった。父と娘、人間界より早く時の進むデジタルワールドにおいて時代の差異は如何ともし難い。なればこそ、私自身が世界に降り立ち彼奴らと矛を交えるしかあるまい……?」
「……2009年にそんなことを? 大した技術力ですね……尊敬しますわ」

 己の行動パターンは予想できる。だからこそ、父にとっては過去のこと、自分にとっては未来のことであろうと理解できないわけではない。
 いずれ自分が誕生させる十人の英雄、完成した彼らを創世記の世界に送り込む上で、不知火咲夜はまず2009年の父へとそのデータを送り込むことになるのだろう。言うなればそれは挑戦状である、未来の娘から過去の父へ向けた、この英雄以上の存在を生み出せるかという挑発だ。
 それを受けた父は、自らを世界を股にかけた親子喧嘩の場デジタルワールドへと降臨させるべく腐心した。そうして生まれたのが、世界の全てを知り得ると言われた冥王にして賢王バグラモン。
 冥王が世界のあらゆる事象を見通せるのは当然だ。他でもない彼自身が、デジタルワールドを生み出した張本人の知識と記憶を有しているのだから。

「だが咲夜、デジタルワールドが始まって数万余年、お前の生み出した英雄達と邂逅を果たすことはついぞ無かった。表の世界に出てこないのか、どこかで野垂れ死んだのか……どちらにせよ、些か期待外れだ我が娘よ。私の従僕達もまた彼奴らとの対峙に備えて磨きをかけたというのに、戦う相手がいないのではな」

 冥王は笑う。父と同じ声で、けれど父とは全く異なる顔で。

「……随分と表情豊かになられたのですね。私の知る父は、そんな人ではなかった」
「私は確かにお前の父だ。だが親とて己が全てを子に見せるとは限らん、それだけのこと」

 その言葉を受け、初めて咲夜の顔が僅かに歪む。キツく噛み締められた唇が浅く裂けた。

「デジクロスといったか、お前の生み出した新たな技術は確かに素晴らしい。行く行くは人とデジモンのハイブリッドを生み出すことも不可能ではなかろう。……事実、我が肉体はその技術を以って構成されているのだからな」
「……父さん」

 未来の娘が生み出した技術を盗用したと、何の悪びれもなく父は言う。それ自体には何ら感情は動かない。
 アナログとデジタルの融合、2061年の咲夜ではその技術を完全に確立させるには至っていない。だが目の前の父はそれを完成させた不知火咲夜のデータがあったとはいえ、2009年の時点でそれを完成させ得たというのか。
 空恐ろしい。バグラモンがではない。人間だった頃の父が、不知火士朗が恐ろしい。

「さて余興だ我が娘よ。そこの我が“弟”の肉体、命すら持たぬ紛い物だが興味深い個体だ、私が貰い受けるとしよう」

 起き上がることさえできないダナンの肉体に己が右腕を触れる。刹那、黒騎士の体は光の粒子と化して冥王へと吸い込まれていく。

「デジクロス……父さん、あなたはどこまで……?」
「全ては研究者としてのサガだよ咲夜。私は戦士ではないし、同時に魔王でもない。デジタルワールドは結果的に生み出したに過ぎず、お前のようにそこを人類の新たな開拓地フロンティアとしようなどという大それた野望も持たない。故に我が身に残るのは欲望だけだ。私自身が生み出したこの世界がどうなるか、その行く末を見てみたい、ただそれだけのこと」

 漆黒のマントと異形の右腕はそのままに、冥王は新たな姿へと変貌する。
 闇夜の鴉を思わせる双翼と暗黒の鎧、胸部に宿る魔人にも似た意匠は紛れもなくダークナイトモンのもの。自ら“弟”と呼んだ出来損ないと融合した冥王は、更なる禍々しき肉体を手に入れ、不知火咲夜の前に超然と君臨する。
 その名を冥界の支配者、ダークネスバグラモン。

「……ふむ、なかなかの力だ。出来損ないと呼んだことは謝罪しよう咲夜。我が力が何倍にも高まっていくのがわかる……デジクロス、存外に侮れぬ力のようだ。やはり新たな技術は自らの身で実践するに限る」
「言いますね、母を……母さんを犠牲にした癖に」

 少しだけ、その言葉には怒気が乗っていたかもしれない。どこか客観的に咲夜は思った。

「言うな咲夜。全てはあの女が望んだことだよ、あの女は私にとって最高の道具だった。人間のデジタル化など不可能だと私は言った。そうにも関わらず、あの女は私なら不可能を可能にしてみせると信じて疑わなかった。どこまでも愚かな女、だが結果的に彼女の犠牲があればこそ不可能は可能となり、私は今こうしてこの場に立てるのだがね」

 似ていた。非情な父の言葉にも憤りなど無く、ただ淡々とそう思う。
 父は父なりに母を愛していた。それが道具に向けられる敬愛だとしても、母は父のそんな気質を理解していたと思う。そして父にどこまでも利用し尽くされることを望み、その果てに死んでいった。父の非情さよりそんな母の献身を愚かだと思ってしまう辺り、自分は間違いなく不知火士朗の娘なのだと実感する。
 だが、やはり似てなどいない。きっと自分の非情さはそれ以上だ。何故ならば。

「義姉ちゃん!」
「……旭騎?」

 地下闘技場へ飛び込んできた義弟の姿を咲夜は目に留めた。
 黄金の契約者を伴って現れた土井垣旭騎は、咲夜を守るように冥王と対峙する。

「ヤバい奴が現れたってフォルテが……でも、まさか義姉ちゃんがいるなんて……」

 シャウトモン、名をフォルテ。咲夜が18歳の誕生日に旭騎に託した人工種。菊池隆二とジークグレイモンの命を吸った今、クルセイド形態シャウトモンDXとして存在する彼は、旭騎と共に数多の選ばれし子供を倒してきた。図らずもそれは、どこまでも不知火咲夜自身が望んだ通りに。
 旭騎には自分の目的のことは話していない。話す必要性も感じない。だからこそ、旭騎は自分のことを守ってくれるつもりなのだろう。
 乾いた笑いが出る。戯れに拾った命とはいえ、随分と役に立ってくれるものだ。

「でも、コイツは……」
「土井垣旭騎……土井垣広代の息子か」
「な、なんで俺の母さんのこと……」

 目の前の怪物、バグラモンが会ったこともない母の名前を出したことに旭騎が怯む。

「私はお前の母上のことをよく知っていてね。……我が妻に似てただ人に尽くすことを是とする、社会一般的に言って良き女だったのだろう」
「お前……!」
「だが殺された。いい者から先に死んでいくのは世の常とはいえ、あんな理不尽な殺され方をしていい人間ではなかった……それを殺したのだよ、そこの女が」

 そうして、冥王は半世紀近く前の真実を暴いてみせた。

「なっ……義姉ちゃんが……!?」

 振り返る旭騎の顔は驚愕に満ちていて。

「……そう、その通りよ」
「なんで、だよ……!」
「邪魔だったから。理由はただそれだけよ、旭騎」

 そんな義弟を嘲笑うように、咲夜は淡々と告げた。
 その瞬間、きっと旭騎は確かに最愛の義姉に対して殺意を抱き、そしてどこまでも心優しい彼は同時に強くそれを否定もしたのだろう。少なくとも土井垣旭騎とはそういう男であったし、咲夜の知る彼の母親もまたそうした愚かさを持つ女だった。それはもう反吐が出そうなぐらいに人として正しい在り方をした女だったように思う。その気質は息子である旭騎にも確かに受け継がれている。育ての親である自分には似ず、物心付く前に果てた生みの親に旭騎はそっくりだ。

 それが最高に滑稽だった。

 シャウトモンDXが動く。旭騎に僅かなりとも芽生えた義姉への殺意、それを完璧なまでにトレースした黄金の戦士は、たとえ旭騎が否定しようと一瞬でも抱いてしまった殺意に忠実に動く、そうなるように咲夜は彼を生み出した。
 鋭い爪、ジークグレイモンを模したそれが咲夜に向けて振り下ろされ、それを。

「義姉ちゃんッ!!」

 旭騎が身を挺し、その背中で受け止めた。

「……旭騎……?」

 義弟に抱き締められる形となった咲夜は、そこで初めて不思議そうな声を上げる。
 旭騎の背にシャウトモンDXの爪が突き刺さっている。長い時を共に過ごす中で、いつしか旭騎と完全に同調し、喋ることも必要なくなったフォルテは、自らのパートナーであるはずの男の体を貫いた己が腕をぼんやりと見つめている。お前が望んだのにどうして邪魔をしたのかと、そう言いたげな目だった。
 だからこそ、聞いておくべきだろうと思う。

「……どうして?」
「わかんねえ、でも……義姉ちゃんは……俺の、義姉ちゃんだから……!」

 ゴフッと小さく吐血する。赤い血液が義姉の頬を濡らした。
 そう、デジモンと長らく共に在っても彼の血は赤かった。それは間違いなく土井垣旭騎が人間であったことを意味している。

「あなたの母親を、私は殺したのよ?」
「それでも……義姉ちゃんは、俺の義姉ちゃんをやってくれたじゃんか……!!」

 そんなことは後付け、結局旭騎は何が自分を突き動かしたのかすら理解していない。

「……ありがとう」

 せめて一言だけ、形ばかりでも感謝の言葉を咲夜は口にする。その言葉を最後に、土井垣旭騎の体は動かなくなった。
 義姉を助ければ自分が死ぬことは理解していただろうに、旭騎は躊躇わなかった。しかしそれこそが人間の本質なのかもしれない。理屈では片付けられない、ただ一瞬の情動で躊躇いなく命を投げ出すことができる。思えば彼の母親も全く同様だった。自分の命を投げ打ってでも息子を、大切な家族を守ろうとスカルナイトモンの魔槍に貫かれたのだ。親子二代に渡る自己犠牲は確かに美しかった、それは疑い様のない事実。
 それでも、不知火咲夜にそんなことは何の関係もないことだったが。

「……よくやったわ、なかなか格好良かったわよ、旭騎」
「義弟が死んだというのに、そこに涙はないか……」

 息絶えた旭騎の体をその場に横たえつつも、咲夜は冥王の言葉に首を傾げた。

「……何故泣く必要が?」

 心底不思議そうな声。事実、不知火咲夜は彼の死に何ら心を動かしていなかった。

「万事、計画通りだわ」

 フラリと立ち上がり、バグラモンの姿を捉える。朱に染まる顔に笑みを浮かべながら。

「ほう……そうではないかと思ってはいたが」

 つまり先の感動すべき場面は全て茶番だったというわけだ。冥王の目がそう問いかける。

「義弟を利用した、そういうことか」
「ええ、あなたが母さんを利用したのと同じ」

 一瞥する。軽蔑も嘲笑もない、自分を守って死んだ彼に感謝しているのは確かだ。

「言ったでしょう、全ては道具だと。これ・・も例外ではない、ただそれだけのこと」

 そう、不知火咲夜にとっては土井垣旭騎もまた道具でしかなかった。
 既に物言わぬ骸となった今、床に転がるそれ・・はモノ以外の何者でも無い。赤子の頃から死ぬ時まで全て自分の為に在り結果的に半世紀弱で使い潰してしまったが、もう動かないそれは自分の人生においても最高級に役に立った道具だ。
 そしてモノに対して哀れみなど抱くはずもない。モノを愚かだと断じる者などいない。

「でも本当にこれは役に立ってくれたわ……最高よ、感謝しているわ」

 旭騎にシャウトモンのフォルテを与えたのは、造反した菊池隆二の力を得る為。
 殺戮に身を染めながらも青臭い正義感を捨て切れないあの選ばれし子供が、対立しつつもいずれ必ず旭騎の在り方に希望を見出し、命を投げ出すだろうことは予想できた。だからこそフォルテにはグレイモンとのデジクロス能力を備え、有事の際にはその力を吸引し、咲夜の下へ持参してくれるという確信があった。
 果たして菊池隆二は予想通り旭騎の為に命を捨て、旭騎はデジクロスさせた彼のジークグレイモンの力を得てフォルテを黄金のクルセイド形態へと到達させた。時が来るまでは放置せざるを得なかったが、ダナンを上回るパワーは実に甘美で興味深かった。あの愚かしい邪魔者は消え、自分は彼の力を手に入れる、まさしく一石二鳥と言う他あるまい。
 全てが全て計画通り。こんな状況でなければ笑い狂っていたところだ。

「フォルテ……?」

 たった今自分の命を狙い、そして己が主の命を奪った黄金の戦士の名を呼ぶ。

「……ハッ」

 フォルテはまるで長年連れ添った従者のように畏まり、咲夜の隣に並び立った。

「茶番にしてはよく出来ている……咲夜よ、お前は最初からそのつもりだった……というわけだ」
「ダナンもオグマもフォルテも、全て私の芸術品……誰にも譲る気は無いのよ」

 旭騎と全く同一の感情データを有するフォルテなら、旭騎が自分に殺意を抱いた瞬間にああ動くだろうことは予測できた。そして旭騎が自分を庇うだろうことも疑わなかった。そうしてフォルテに旭騎を討たせることで、咲夜の計画は完成する。

「父さん……いえ、バグラモン。あなたと同じ……」

 自ら生み出したデヴァイスを掲げる。クロスローダー、数多のデジモンの力を封じ、デジクロスを可能とした神具。

 人工種第一号、スカルナイトモン。咲夜自らがダナンと名付けたそれは、全くの無から生み出されたデジタルモンスターの形を取っただけの紛い物。だが後に開発したデッドリーアックスモンとのデジクロスにより、黄昏トワイライトの戦士は感情を持つ黒騎士ダークナイトモンとして完成する。同時に彼はその肉体の形成にバグラモンのデータの一部を取り入れており、冥王を呼ぶ餌としての役目も有していた。

 人工種第二号、グレイモン。かつての選ばれし子供、菊池隆二のパートナーであったアグモンのオグマを咲夜の手で強化した改造種。同時期に制作したメイルバードラモン、デッカードラモンといった多種多様なデジモンとのデジクロスを可能とした蒼炎ブルーフレアの竜は、菊池隆二と共に選ばれし子供達の粛清並びにデジクロスのデータ収集に役立ってくれた。

 そして人工種第三号にして完成体、シャウトモン。ダナンとオグマによって得られたデータを元に、土井垣旭騎の感情データを組み込んだフォルテと呼ばれる初めての成功作。思考回路が同一である旭騎と心を重ね合わせることクロスハートにより、最後の聖騎士が持ち得る黄金の力に目覚めた彼は、幾らかの想定外の事態を経て旭騎と共に数多の実戦データを収集した後、裏切り者の力も回収した上で自分の手元へと戻ってきた。

 そう、全てはこの時の為。シャウトモンDX、元より自らの為だけに作り上げた、不知火咲夜の真のパートナー。

「お前は本当に……不出来な娘だ」

 誰に似たのかと冥王は笑う。その答えは全てわかっている。

「……デジクロス」

 答えの代わりに咲夜のクロスローダーが光り輝く。そこから飛び出すのは四つの光。

 バリスタモン。

 ドルルモン。

 スターモンズ。

 そしてスパロウモン。

 全て菊池隆二、そして土井垣旭騎が倒してきた選ばれし子供達のデータから生み出した、デジクロス専用のモンスター達。本来シャウトモン単体とのデジクロスを想定していたため、シャウトモンDXとのデジクロスに耐えられる保証はない。だが構わない。元より人工種は全てバグラモンと対峙するこの瞬間の為に研究してきた代物、今この瞬間に役に立たずして何の価値があろう――?

「……業、よな」

 形成されていくデジクロスの究極アルダーバースト形態を前に、バグラモンは不動だった。
 恐らく不知火士朗の意志がそうさせている。戦うのであれば今この瞬間に攻撃した方が得策なのは明白だ。力任せに右腕を突き出せば終わる戦いだ。それでも娘が生み出したという究極の存在、その姿を見てみたいという研究者としての欲望が勝る。不出来な娘が成し得た成果を見極めたいという願望がある。
 父であった。無意識にもバグラモンは冥王ではなく彼女の父としてそこにいた。

「シャウトモン……X7」

 まるで謳い上げるようにその名を紡ぐ咲夜。
 降臨したデジクロスの到達点は、ダークネスバグラモンに勝るとも劣らない威容。

「……素晴らしい」

 その言葉を紡いだ時点で、冥王の敗北は必然だった。

「クロスバーニングロッカー!!」

 シャウトモンが予てより愛用するマイクは遥かに巨大化し、力任せに叩き付けるだけで冥王の体を後退させる。

「ダブルフレアバスター!!」
「ぐおっ……!」

 同時に左腕より至近距離から放たれるエネルギー弾により追い打ちをかけられ、膝を着くバグラモン。
 容赦などない。元より冥王とてそんなものが存在しようはずもないことは理解している。不知火咲夜にとって自分は父である以前に打倒すべき敵である。なればこそ、一切の情けは不要。見れば強引なデジクロスの負荷からか、シャウトモンX7の全身をスパークが走っている。程無くしてこの姿を保てなくなることは明白、今この場で決着を付けなければ打つ手が無いことを理解しているのは、他ならぬ不知火咲夜自身なのだろう。
 シャウトモンX7の胸部が眩い輝きを放つのを、冥王はどこか他人事のように見つめていた。

「セブンビクトライズ!!」

 やがて迸る黄金の奔流、それは冥王の腹から下を一瞬にして消し飛ばす。

「ぐわああああああああああああっ……!!」

 大地を踏み締める手立てを失い、バグラモンはそのまま仰向けに倒れ伏す。それはまるで、先程吸収した“弟”のように。
 そしてそれが限界だったのだろう。シャウトモンX7もまた光に包まれ、デジクロスが解除されていく。バリスタモンが、ドルルモンが、スターモンズが、スパロウモンが、分離したデジモン達は光の粒子となって消えていく。やがてシャウトモンとのデジクロスの為だけに生み出された意志無きデジモン達が消えた後、その場に残されたのはシャウトモンDXだけとなる。菊池隆二とジークグレイモンの意志を受け継いだクルセイド形態、土井垣旭騎と共に数多の戦いを駆け抜けた黄金の戦士も、チラリと背後の咲夜を振り返った後、光の粒子となって共に戦った仲間達と同じように消滅した。
 自らの創造主に向けられた彼の最後の目、それが何を意味していたかなど咲夜の知ったことではない。
 この半世紀で生み出した人工種は全て消滅した。バグラモンを倒すことだけが目的だったとはいえ、若干の喪失感は無いでもない。

「お前は本当に……不出来な娘だ」

 バグラモンが呟く。下半身が消滅して尚、冥王はどこまでも父だった。

「お前が生み出す英雄、それによってお前が為そうとしていることは世界への反逆などという生易しいものではない。言うなれば冒涜、ただ在るがままの時を刻む世界の流れを乱す行為だ。それは紛れもなく人の世では如何なる独裁者も為したことのない悪行……」

 その生き方を不知火咲夜は変えられない。
 嘆くだろう、悲しむだろう、苦しむだろう。どれだけ強がろうと、意地を張っていても、その命が果てるその時まで娘はどこまでもその在り方を貫くだろう。そうだとしても、そんな愚かな小娘の生き様を僅かでも美しいと思ってしまうのは、人間であった頃の冥王もまた同様の破綻者だったからだろうか。

 電脳の世界を見た。電脳の生物達を知った。きっと始まりはそんなことでしかない。

 彼らの世界を、彼らのことを、もっと知りたかった。それでも選ばれし子供という奴にはなれなかった。どうして彼らを知っている自分が彼らの世界に行けないのに、何の関係も無い他の人間が彼らの世界に行けるのだろう。いつしか芽生えていた嫉妬心が、やがて彼らの世界をこの手で生み出す原動力となった。数少ない心を許した友や愛した女と共に、不知火士朗は後にデジタルワールドと呼ばれる電脳の小世界を生み出すことに成功した。
 だがその世界に自らを送り込むことはついぞできなかった。進んで実験体となった妻は存在そのものが消滅し、唯一の友もまた命を落とした。

「……父さん、あなたは逃げたのよ」

 そして妻が死んだ時と同じ目で、この忌々しい一人娘は言うのだ。
 ただ真っ直ぐ己の求める一点のみを見つめ、他の何も目に留まらぬといった姿は、実の娘とはいえあまりにも自分に似すぎていて腹が立った。まるで古い鏡を見せられているかのよう、子供だてらに父の研究に異様な興味を示したこの一人娘は、恐らく独力で自分と同じ高みへ辿り着くだろうという確信があった。親馬鹿というわけではなく、むしろそんな娘の在り方と才能が何よりも憎らしかった。だからこそ、己の研究成果を娘に遺すつもりなど絶無だ。この愚かな娘に跡を継がせるつもりなど毛頭無かった。
 咎めるわけでもなく、蔑むわけでもない。ただ真実だけを指摘する不知火咲夜の姿は、半世紀前と何ら変わっていなかった。

「あなたは自分で生み出した世界を見なければ気が済まなかった。そして監視者気取りで冥王として世界に降り立った」

 あの時に言えなかった言葉。父に対する思いを、不知火咲夜は口にする。

「でも、それだけよ。不死の体を得て、自らが生み出した電脳の世界に降り立って、ただそれだけ」
「………………」
「あなたは死ぬことを恐れ、自分の生み出した世界が自分の知らないところで進んでいくことを恐れ、自分が忘れ去られていくことを恐れただ魔王としてあの世界にいただけ。デーモンのように世界征服に乗り出すことも、リリスモンのように世界を愛し見守ることも、リヴァイアモンのように強者を求め流離うことも、何もしなかった。そんなの、ただの木偶の坊と同じよ。デジタルワールドを作り出した時点であなたは終わっていた。あなたには“先”がなかった。その“先”を誰かに託そうともしなかった……!」

 自分に託して欲しかった。偉大な父として、娘である自分に自らの研究成果デジタルワールドを託して欲しかったのに。

「お前は……どうだというのだ」

 父が口を開く。その声音はどこか穏やかで、半世紀前に聞いた本当の父の声を思い出させた。

「菊池隆二を、土井垣旭騎を、全ての選ばれし子供を駒として、お前は一体誰に、何を託すと言う? どこまでも人の道を、人の理を外れたお前が今更人並みに次代を、子を成せるはずもない。出来損ないの人工種と契約して時の流れに逆らったところで、人の身では悠久の命など得られない。そんなお前は、お前の言う“先”を誰に繋ごうというのだ?」
「人は必ず死ぬわ。……私もきっと、あと五年も生きられないでしょう」

 命を持たないダナンと契約し、咲夜は半世紀の時を少女の姿で生き続けてきた。そのダナンが消えた今、そう長く持たないだろうことは誰よりも自分自身が理解している。
 それでも、だからこそ、いつか必ず死ぬことを恐れるなメメント・モリ

「私の代わりに、彼らがやってくれるわ」

 あの時、菊池隆二との会話で確信した。
 十闘士かれらはいる。いずれ咲夜が生み出し、過去の世界に送り込む伝説の英雄達は、あの世界に必ず息づいている。

「私の作る英雄達が、伝説の十闘士わたしのこどもが、あの世界を導いてくれると、私は信じているから……」

 冥王の体が溶けていく。その様を一瞬たりとも見逃すまいと、咲夜は父を正面から見据える。

「だから……後のことは私に任せて」
「………………」
あなたの作った世界デジタルワールドは、あなたの娘わたしが守ってみせるから……!」

 きっとそれが、父に一番言いたかった言葉だった。






(完)


















 4章の投稿から何年……経ってしまったというのか。
 着地点自体は決まっていましたが、そこまでの過程に悩み続けた結果、ここまで時間がかかってしまいました。以前感想を頂いたtonakai様、感想誠にありがとうございました。アニメの主人公デジモンを創作でも主人公デジモンとして扱うことは自分では珍しいのですが、ここは敢えてシャウトモンを「満を持して」という形で登場させてみました。
 クロスウォーズデジモンをメインに話を作るにあたり、デジクロスを中心に置き、進化を異質なものとして描こうとしたことにより、「進化を是とする選ばれし子供とは別の形でデジタルワールドに関わろうとする勢力がいてもいいのではないか?」と考え付いたのがそもそもの発端でございました。また作者の根底に「人間とデジモンは分かり合えるのか? 本当に?」という捻くれた考えがあることもあり、本作では思いっきり突き抜けて否定側から描いてみようというコンセプトがありました。
 意図して咲夜は許されないクズとして描写していますが、割と書いていて楽しいキャラで、万事やりたい放題していく悪人というのは初挑戦でしたがなかなか新鮮で楽しめたかと思います。
 さて、お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、この物語、実はまだ序章に過ぎないある物語の前日談となっております。
 やりたい放題した咲夜の行く末、そして彼女が生み出す英雄とは? そういった内容を踏まえ、次の大蛇足へと連なってまいります。








ID.4854
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/02/07(水) 22:26


大蛇足『Without the HERO』







 前世紀末から急速に発展した秋葉原。所謂オタクの聖地としてニュースやワイドショーで頻繁に取り上げられるようになってから早半世紀、相変わらず駅前の交差点にはメイドやコスプレイヤーの姿が多数見受けられ、平日だというのに歩行者天国は人混みでごった返している。
 そんな場所に一人、一風変わった人物の姿がある。

「うへェ……相変わらず混みすぎだろ、何度来ても慣れねェもんだな……」

 甲高い声でうんざりしたように呟くのは果たして少年か、それとも少女なのか。
 如何にも生意気そうな光を湛えた切れ長の瞳と目鼻立ちが整った繊細な顔立ち。乱雑に切り揃えられた黒髪はサラサラと風に靡いている。厚手のサマーセーターとホットパンツを纏いつつも体付きが華奢であることは容易に見て取れるが、一見して性別や年齢を判別できない。
 さて、そんな彼だか彼女だかの何が一風変わっているかと言えば、それは。

「お前も相変わらず口が悪い奴だな。お母さんはそんな娘に育てた覚えはありませんよ!」
「やかましいわ。……ていうか、誰がお母さんで誰が娘だ」
「俺が母親でお前が娘で」
「懐かしいドラマのタイトルを思い出しました。……って、違うだろ馬鹿! そもそもなメイス、オレだって暇じゃねェんだよ。こんな場所に呼び出して何をしようってんだ」
「お前に用事……? ああ、彼氏とデートの約束でもあったのか。……で、どこにいるんだその彼氏は。俺がブチのめしてやる」
「違うわ! オレは男だよ!」
「ハッハッハ、ご冗談を。お前みたいに可愛い奴が男なわけないじゃないか」
「テメエ次それ言ったら殺すからな!」

 隣に立つ姦しい恐竜のような奇怪な生物が原因であろう。
 メイスと呼ばれたその小竜はニヤリと意地悪く笑って質問に答えようとはしない。生まれた時より傍にいるから既に十五年の付き合いになるわけだが、この珍妙な存在は鏡花が物心付いた時から全く変わらず最高に嫌味な野郎だとうんざりさせられる。こんな奴でも今から半世紀前には、あちらの世界で英雄と崇められた存在だというから驚きだ。
 こんな奴が英雄なんてどうなってんだよ、あっちの世界は。そう思ってしまうのも無理はない。

「しかし鏡花、今日お前を呼び出したのは他でもない」
「やっと本題に入ったか……遅ェんだよ、全く」
「あと半年で16歳だろ? 俺の嫁になってくれ、婚姻届は用意してある!」
「……目を閉じて三秒待ってろ。役所の前にあの世へ送ってやるから」
「ぎゃあ!? ま、待て! 冗談だ冗談!」

 どこからともなく身の丈ほどもあろう巨大な剣を取り出した相棒を前に流石のメイスも慌てふためいた様子を見せる。
 メイスはともかく、隣を歩く中性的な人物は紛れもなく人間である。埼玉県の中学校に通う15歳。本人は男だと言い張っているが、華奢で繊細な外見の所為もあり数多の人間に女性として扱われており実質的に性別は不明。兄弟は無く両親との三人暮らしながら口は悪く素行も然程良くないため不良のレッテルを張られている。
 今日もまた平日に授業をエスケープして秋葉原などに来ている辺り、十分に不良である。

「相変わらず冗談の通じない奴だなぁ。そんなんじゃ将来苦労するぞ、絶対」
「お前の冗談は笑えん……」
「まあ俺とお前の仲だ、いざという時は俺が嫁に貰ってやるって……やめんかぁ!」

 一閃された剣を間一髪で避けるメイスを前に露骨にチッと舌打ちする。
 下手をすれば鮮血沙汰になろう光景だが、往来する人々はそんな物騒な二人の姿を気にも留めない。大方、コスプレイヤーと着ぐるみの絡み程度にしか思っていないのだろう。だからこそ都合が良く、特に人間とは異なる生物であるメイスにとってこの街はなかなか居心地が良かった。

「……で、本題は」
「まあ待てよ。久々に顔を合わせたんだし、少しはデートと洒落込もうぜ」
「何がデートだよ……」

 呆れたような表情で空を振り仰ぐ相棒の横顔を見つめ、メイスは何を思ったか。

「……ふむ」
「なんだよメイス」
「いや、改めて見ても似てんなって思ってな」
「誰に」
「お前のバアさんにだよ」

 懐かしむように、愛おしむように、メイスは静かにそう口にする。

「へえ……オレは会ったことねェからわかんねェな」

 そう答える彼または彼女の名前は鳳鏡花おおとり きょうか。この時代を逞しく生きる者である。






大蛇足:Without the HERO〜2064〜








 屍の山の中、対峙する男と女。
 その肢体を覆う衣装は共に黒、容姿に似通った面が無くとも向き合う二人が纏う空気は寸分の狂いもなく闇そのもの。まるで熱が感じさせない生気の失せた表情は、まるで親子か双子の姉弟のように瓜二つだった。
 事実、二人はある意味で母と息子であった。

「……一つ、聞きたいのだが」

 男が静かに口を開く。少女にも見える中性的な容姿に反して、その声はどこか重々しく虚空に響いた。

「何の為だ?」
「……言いたいことがわからないのだけれど」

 笑う。質問を聞くまでもない、その答えはお前が一番知っているはずだと女、不知火咲夜は突き付ける。

「黒田勘太郎、そう言ったか。つい数日前、偶然捕らえたその男を最後の空席である雷の闘士として人体実験に掛けたことで無事に十人揃った。それにより十闘士は晴れて完成、アンタは自らの研究成果を過去のデジタルワールドに送り込んだというわけだ」
「そこまで知っていたの? まあ当然か、あなたはそのなれの果てだものね……」

 不知火咲夜はそう言って微笑んだ。
 目の前に立つ少年は自分が手掛けた最高の芸術品。神も悪魔も聖騎士も全てを討ち滅ぼすために作り上げた、人の形を纏った破壊神。なればこそその存在に理由はなく、その戦いに意味はない。如何なる時代もただそこに超然と君臨し、生者に等しく恵みと災いをもたらす、言わば全てを手にしたと豪語した父が唯一手に入れられなかった“太陽”そのもの。
 彼を作り上げるために咲夜は全てを投げ打ち、そして全てを失った。
 振り返ることなどない、思い出すこともない、後悔などあるはずもない。それでもこの五十年、自分は一体どれだけのものを捨ててきただろう……?

「……なるほどな、確かにアンタは俺の母上殿というわけだ」

 だから男も笑う。得心が行った、そう言いたげな邪悪な笑みで。

十闘士おれたちを作る過程でアンタはあの世界が一度滅び、再生したことに気付いた。だから俺にこのような姿形を与えたのだろう? 世界を滅ぼし、今在る世界の基盤を創り上げた原初の英雄、紛れもなく最強と謳われた破壊神と同じ姿を」

 それは正しい。恐らく菊池隆二も気付かなかった事実だ。
 デジタルワールドは一度人の手によって滅び、そして再生を遂げた。父とその仲間達は恐らく自分達だけの手であの世界を作り上げたと思っていたかもしれないが、正確には違う。彼らはその原初の英雄が世界を滅ぼした空間に、自分達の築いた世界をただ“置いた”にすぎない。
 ならば元より存在した世界とは何か、そしてその世界を滅ぼした英雄とは何者なのか。
 その答えを求め、不知火咲夜は数多の選ばれし子供達の殺戮を行ってきた。だが半世紀以上に渡る殺戮の末、遂にその英雄本人を見出すことはできなかった。気付かぬ内に手にかけてしまっていたのか、それとも既に人間界に存在し得ない者となっているのか。どちらにせよ、その英雄が人の理を外れていないのであれば、人としての死を迎えていたとしても不思議ではない時が経ってしまった。
 故に次に求めたのは魔王。世界の全てを知る賢人、そう謳われた魔王にして咲夜の父、バグラモン。父が自らの写し身として生み出した彼の魔王も所詮はデジタルモンスター、世界の理からは逃れられず、父の知り得ないことにまで知識が及んでいるのは自明の理だった。
 そして土井垣旭騎の犠牲の末、打ち倒した魔王の肉体から抽出した過去の世界のデータ、その中に残された最後の、そして最初の英雄を元に、目の前の男は構成されている。

「そしてアンタは俺を、俺達を過去の世界に送り込んだ。……そこの男達の技術を盗用してな」

 男が顎でしゃくった先、鮮血に塗れたテレビでは華やかなパーティ模様が映し出されている。
 タイムマシン。かつて夢物語と嘲り笑われたそれの基礎技術を提唱し、その開発に一部成功した男達、谷川壬琴と米川智也。日本人として久方ぶりのノーベル賞を受賞した彼らの技術は、デジタルワールドを一から創り直さんとする咲夜にとって都合が良かった。

「今世紀初頭、送信したメールやデータが過去に飛ぶ奇怪な事件があったと聞くが、それを半ば形にして俺達は過去の世界に飛ばされたというわけだ。なるほど、現実の世界ではまだ実用化に至らなくとも、データにすぎないあの世界ならそれも幾分か容易い……大した技術力だよ、母上殿」
「……ええ、あなた達なら世界を正しい形へ修正してくれると思ったのだけれど」

 結果は失敗だった。彼がこうして目の前に立っているのがその証拠だ。過去に送り込んだ彼が咲夜の想定した通りの姿で目の前に現れたのは、世界が何ら変わっていないという証左に他ならない。だから抱いたのは失望、自らの人生を賭けた芸術品は咲夜の定めた基準には満たない失敗作でしかなかったのだ。
 それに対して息子は嘲笑する。クククと乾いた音を漏らす口の端は、まるで鏡写しかのように母と同じ曲線を形作る。

「そうだ母上殿、アンタは一つだけ失敗した。確かにアンタの作り出した英雄おれたちは完璧だ、単純な強さだけでも有象無象とは一切が異なる。腕を振るえば紙より簡単に雑魚は死に絶え、技を放てば完全体でも耐えられる者はそうはいまい……」

 それでも負けたのだ。創世記の世界に降り立った彼らは、その強大な力を以ってしても、光と闇を併せ持つ傲慢の魔王を倒すことができなかった。
 そして奪われた。彼は、彼らは、その力の大半を。

「だが敗北した英雄に何の意味がある? その器のみを残し力を失った救世主に何の価値がある?」

 その問いに咲夜は答えない。彼に向ける言葉があるとすれば、それは一つだけ。

「……役立たず」

 次の瞬間、重い衝撃と共に世界が朱に染まる。
 咲夜の背中から鈍色の刃が生えている。目の前のむすこの手に握られ、咲夜の細身を刺し貫いた竜殺しの剣は、紛れもなく咲夜が見出した破壊神が持ち得た幻の神具と同等の力を持つ。九頭龍の魂が込められたそれは、同じく有するはずの他の二つの神具と共に彼を金色の究極武神へと高め得る、世界最高峰の聖剣に他ならない。
 不知火咲夜の口の端から鮮血が滴る。それでも女は笑顔だった。奇しくもそれは、目の前の男と同じように。

「翠月……」
「……それが、俺の名か」

 互いにそれが無為なものだと知っている。それでも翠の瞳を持つ男むすこへの手向けとして、不知火咲夜が与えられるものはそれだけだった。

「傲慢の魔王に敗れて以来幾星霜、ただ空虚な器として存在することは俺にとって屈辱でしかなかった。何度現実世界を訪れてアンタの首を撥ねてやろうと思ったかわからない。だが……今まで生かしておいた価値はあったのかもな、母上殿」

 引き抜いた剣の先、女の細身が倒れ伏す様を返り血に頬を染めながら笑う。そう、確かに正解だった。
 創世記の世界に送り込まれ、既に全ての魂を奪われた抜け殻として目覚めて以降、その胸には憤怒と憎悪しかなかった。だからただ、あの電脳世界から人の生きるこの世界を見つめ続けた。自らの創造主となるべき女を見つけるまで、そう時間はかからなかった。
 何度殺そうと思ったかわからない。自分達のような無能な英雄を生み出そうとしているこの女を。

「翠月、不知火翠月しらぬい すいげつか……なるほど、名を持つというのは存外に心地良いものだな。生きているという実感がある、自らが電脳の幻ではないと確信できる……」

 だが今、男の胸中を締めるのは歓喜だ。自らの存在証明、それを手に入れたことは電脳世界で生きた数万年以上の価値があった。

「故に感謝するよ母上殿、今まで俺にとってアンタは憎しみの対象でしかなかったが、そんなアンタが本気で俺を英雄と信じていたというのなら、そして本当に俺の生みの親ははおやだというのなら」

 一瞥する。既に事切れた愚かな女の屍を。

「……いずれアンタの墓前に捧げると誓おう。アンタが打倒したいと願った魔王どもの首級をな。彼奴らとて俺と同じく世界にとっては歪み、間違った存在……ならば異物同士、存分に殺し合うのも悪くあるまい」

 本来の歴史において十闘士じぶんたちはそもそも存在していない。事実、傲慢の魔王に敗れた十闘士が台頭せぬ以上、あの世界の歴史は前と同じ道を辿っている。それ故に本格的に十闘士が世界の理へと関わることになった際、果たして歴史がどのように動くかは男にもわからない。
 だが一つだけ確信していることがある。

「なに、急くことはないだろうさ。本来あの世界に存在し得ない十闘士と魔王おれたちが相見えるのは世界の終末、再び俺の“兄弟”が世界へ現れた時に他ならない。俺のモデルとなった男がそうであったように、崩壊する世界の中で存分に死合うのもまた道理」

 恐らく自分の“兄弟”が再び現れた時、あの世界は再び崩壊の危機を迎えることになるだろう。
 崩れ行く世界の中で自分と立ち会うことになるのは、果たして本来の歴史通りの傲慢と暴食の魔王か、他でもない自分の“兄弟”なのか、それともまだ見ぬ第三者か。その光景を想像するだけで心が充足していくのがわかる。自分の中で持ち得ないはずの活力が満ちていくのを実感する。
 なるほど、これが生きるということ。これが“個”として認められるということ。

「いずれ終わる世界だ……英雄など要らない、あの世界に救世主など必要無い、長らく俺はそう思ってきたが……」

 今の自分には究極武神としての力はない。全てのスピリットは傲慢の魔王によって奪われ、この身は炎と光の神具を有するだけの抜け殻でしかない。恐らくその力は自分の分身達にすら劣るだろう。

「なればこそ、存分に力を蓄えておけよ魔王ども、そして我が“兄弟”……嘘偽りは要らぬ、ただ己の猛る心力と武力で心行くまで立ち会おう」

 それでも不知火翠月はこの瞬間、英雄にならねばならなくなった。
 きっとそれが、自分を生み出した母親に対する最低限の礼儀だと思うから。








 不知火咲夜は倒れ、その息子は翠月なる名を得た。
 だが咲夜のコンピュータに眠る存在、最後の人工種は未だ完成を見ていない。
 数多の犠牲の果てに人工種として生み出されたスカルナイトモン、グレイモン、シャウトモンの三体に続く第四号。如何なるデジモンとのデジクロスを可能とし、無限の可能性を秘めた、世界を救う英雄にも世界を破滅へと導く最終兵器にもなり得る存在。主が果てて尚、作業を続けるコンピュータがいずれ生み出すであろう最後の人工種の名前は。






 アレスタードラモン。








 そこに広がるのは凄惨な光景だった。
 果たして何人死んだかもわからない。飛び散った鮮血と恐らく人間だったであろうその場に多数転がる“モノ”が織り成すコントラスト。すぐ上で平和な人々が謳歌しているはずの秋葉原の地下に広がる不気味な研究室は、まさに血の海と言って差し支えない様相を呈してそこに在る。

「……笑えねェ」

 見慣れたもの。そう言いたげに先を行く相棒の背を追いながら、鏡花はそう呟いた。
 まるで闘技場だ。少なくとも鏡花の目にはそう見えた。しかも人間が使うものとしては些か大きすぎると思える。だから自然と理解している、きっとこれは狂気の実験場。我らこそ全てを制する者と嘯き、命を命とも思わぬマッドサイエンティストどもが繰り広げた殺戮と惨劇の空間。無残に散った者達の怨嗟の声が蠢いているかのようだった。

「趣味の悪い連中は、どこにでもいるもんだ……」

 無言で先を行くメイスに続きながら呻いた。
 不思議と嫌悪感はなかった。そもそも鏡花にとってあの世界は関わり合いになりたくもないものであるし、何より興味さえ湧かない。だからこそ狂人達が如何様な手段に身を染めようと、それを糾弾する気は無い。それが外道であるのなら、是非は問わずただ黙って叩き潰すだけのことだ。
 正義と悪、この世にはその二つしか存在しないと鳳鏡花は信じている。
 正義とは高潔な信念の下に他者を守り、幸福にする力。
 悪とは外法や非道を以って、弱者を踏み付け、苦しめる力。
 正義は悪を滅ぼし、悪は正義に滅ぼされる。そんな単純な二元論で世界は回っている、少なくとも鏡花の周りの世界はそうだったし、鏡花自身そうであって欲しいと思っている。正しい奴が馬鹿を見る世界なんて認めないし、悪い奴がのさばる世界もまた御免被る。だから自分は正しいはずなのに虐げられる人達を助け、悪行を重ねておきながらのうのうと過ごしている輩を断罪する、そんな存在になりたかった。
 そしてそんな鏡花にとって、目の前の光景は紛れもなく悪であった。

「しかし中学生をまた物騒なとこに連れ込むよな、メイス」
「ホテルに連れ込むよかマシだろ?」
「テメエ後で絶対ブッ飛ばすからな……」

 頬を染めつつ薄暗い研究室を行く。程なくして標的は見つかった。

「……テメエか? この趣味のいい舞踏会の主賓は」

 立ち並んだ大型コンピュータの前、立ち尽くす一人の男の姿。躊躇い無く鏡花は声をかけた。
 その足下には胸元を鮮血で汚した細い女の遺体だけが転がっている。恐らく女を刺し貫いたのであろう剣はダラリと下げられ、刃の先から赤い滴を滴らせていた。惨劇を経て血に塗れた大剣は、その龍の如き装飾も相俟って、本来であれば見る者を唸らせる優美かつ清爽な刀身だったのだろう。
 それはまるで、鏡花自身が持つ剣と同じように。

「……ほう?」

 振り返った青年の顔は、どこかで見たことがある気がした。
 しかし気に食わない。曖昧な記憶より、そんな感情が先に来た。全てお見通しだと言わんばかりの超然とした表情は、鏡花にとって何よりも腹立たしいものに他ならない。傍らに立つメイスが、どこか感慨深げに「……やっぱりな」と呟いていたが、そんなことは気にもならない。
 悪だ、そう理解する。この男は自分にとって、紛れもなく悪であろう。

「ハッ……」

 薄い胸元がキュッと締め付けられるような感覚。苛立ちと心地良さが同時に来る。油断すれば死ぬ、手を抜けば殺される、それだけの力を持つ相手だということがわかる。それなのに笑みを止められない。ビンビンと突き付けられる殺気、それに身を晒す感覚は芳醇以外の何者でもない。
 なればこそ、鳳鏡花もまたこの世界において紛れもなく破綻者であった。

「また面白い乱入者が来たな。……男か? 女か?」

 翠の瞳を妖しく光らせ、青年は笑う。

「抜かせ、化け物モンスター

 吐き捨てるように返すも、口の端は一向に下がらない。
 元より言葉を交わす気はない。殺すか殺されるか、鏡花が身を置くのはそんな世界。退屈な日常の中にあって、自分が唯一ワクワクとドキドキを得られる血と饗宴の園。悪い奴をブチのめし、自らの正義を執行する断罪の場。
 こんな世界に自分を引きずり込んだ彼には、感謝している。

「……なあ、メイスよォ」
「こんな時に愛の告白かよ、困るな今の時期は式場が取れないぞ」
「殺すぞ」

 勇ましい姿に変化しつつも、微塵も態度を変えないメイス。そんな彼と軽口を叩く時間さえ不思議と愛おしい。

「ま、言いたいことはわかってるけど一応聞くぞ。……なんだよ?」
「オレはお前のこたァ全く以って気に食わねェけどさ」

 嫌味で。

 陰険で。

 適当で。

 乱暴で。

 卑屈だけど、それでも。

「一つだけ感謝してやってもいいぜ」

 彼といると楽しいのだ。ワクワクドキドキが止まらない。それだけで十分だ。
 鳳鏡花の端整な顔がニヤリと醜く歪む。この生死の境目にいるというゾクゾクした実感が堪らない。この飽和して停滞した何の面白味も無い世界でも、彼といれば非日常が次々と舞い込んでくる。これなら退屈な毎日も悪くないと思える。
 だから戦う、それだけだ。

「……珍しいものを見たな、これが音に聞こえた聖騎士様という奴か」

 姿を変えた――本人曰く“進化”と呼ぶらしい――メイスを前に、翠の瞳の男が感心したように笑うが、そんなことは知らない。
 元よりメイスの出自にも、過去にも、正体にも、そして彼が生きてきたという世界にも、鏡花は何ら興味がなかった。ただ、彼とは生まれた時から傍にいて家族のように育ったということだけ。そして同じ人間であるところの両親や同級生よりも、ある意味で親しみを抱いているということだけ。
 鳳鏡花にとっては、退屈な学園生活よりもメイスと肩を並べて戦う時こそが日常だった。

「母上殿よりは楽しませてくれそうだな……陽炎、幻影」

 呼びかけるように笑う翠の男の背後に、いつしか二体の人型が現れている。
 太陽と月、相反する二つの属性を備えたそれらは、あの世界でも最高位と称えられる神人。片や無限の熱気を身に纏い、片や絶対の冷気を操る世界最高峰の存在。
 面白い。本当にそう思う。

「聖騎士が相手というのなら肩慣らしとしては十分かな?」
「……言ってくれるぜ、スケコマシが」

 掛け合いと共に鏡花と男が剣を構える。
 モンスター同士の戦いだけでは終わらない。この男は自分の手で直接斬り倒さなければ終わらないという直感にも似た感覚がある。自分と男の握る剣がまるで鏡写しのように同じであるということなど、今となってはどうでもいい。

「行くぜ、相棒――!」

 自分が敵を倒す光景、敵に自分が倒される光景。
 どちらもが同時に脳裏を過ぎるこの瞬間が、鳳鏡花はとても好きだった。








 時は2064年、英雄が死に絶えた世界。
 それでも生きている。
 龍の魂を宿す剣を受け継いだ最後の戦士と、電脳の守護者たる真紅の騎士が、生きている。




This is the Only Begining

to be continued 『With the HERO』...
















1.不知火 翠月(しらぬい すいげつ)
外見年齢17歳。不知火咲夜が長い年月を費やして生み出した太陽の闘士
完成と同時に創世記のDWに送られるも、飽くまでも「世界を守る英雄で在れ」という願いを込めた器でしかないため“個”を持ち得ず、やがて空虚な存在としての自分を哀れみ、己を生み出した咲夜を憎むことで存在してきた。
咲夜を殺害すると同時に不知火翠月の名を与えられ、その名に込められた彼女の願いを理解した。以降は自身を生み出した母親の願いに沿う形で行動していくことになる。炎と闇の神人と共に行動している。
ある人物に瓜二つの外見を持つが、母親の影響からか迂遠な言い回しを好む。


2.鳳 鏡花(おおとり きょうか)
15歳。2064年を生きる性別不明の中学生。
幼い頃より強い正義感から「正義は悪を討つもの」「悪は正義に滅ぼされるもの」という単純な二元論を信念として持っており、折に触れて相棒のメイスと共に闇の世界に首を突っ込んでいる。
この半世紀でDWと関わった者の殆どは咲夜の手で討ち取られたため、この時代に残った最後の戦士である。
○○に通ずる好戦的な性格の持ち主で、
××と同じ名前のパートナーを持ち、
△△が持つものと似通った剣を有する。




 というわけで、物語は絶賛停滞中の拙作『With the HERO』へと連なって参ります。
 細かな部分は筆者の過去作のネタなども含まれておりますが、気付いて頂ける方がいたら非常に嬉しいです。また最後の〆は筆者の大好きな、しかしこう〆られながら25年以上続きが来ない作品のオマージュです!
 では、今度こそ必ずノンストップで完結まで行きます『With the HERO』でお会いしましょう!








ID.4902
 
■投稿者:tonakai 
■投稿日:2018/02/21(水) 01:44


屍を超えてキターーー
お、追いついた・・・

最終章待ってましたー!!と言ったところで、最後に感想を投稿してから2年。
人間にとって宿命と言っても過言でもない、そう、忘却!!
追いつくのに、まさか殺戮まみれの作品を2週することになるとは……

最後まで読ませていただきまして、納得半分、救済を要求する!が半分くらいの気持ちです。
主人公が交代も衝撃的でしたが、なんだかんだで咲夜がおいしいところを持っていくんだろうなぁとも思っていました。
ここが納得だった部分です。

救済を要求する部分は、誰でもいいから残しておけよ〜。
なんで皆、殺してしまうん?(節子風に)
といったところです。

クロスウォーズのデジモンたちの使い方もいいですね。
満を持してシャウトモン、そしてX7。
個人的にはメルヴァモンも出し……いえ、なんでもありません。


終わり方自体は嫌いじゃないです。
喪失感がなくて、続きが読みたくなる書き方で。
元ネタは申し訳ない、存じませんが、格好いいですね。

最後に、
「with the HERO」って「with the will」を意識されているんですか?
あの曲好きなんですよぉー。
間違っていたらごめんなさいm(_)m

次回作も期待しています^^j

ID.4914
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/02/28(水) 20:41


ご感想を頂きまして誠にありがとうございます。
 前回(……二年前、だと)に続きまして、最終章にもご感想を頂きまして誠にありがとうございます。


 本作は言うなればミッシングリンクを埋める“繋ぎ”の物語ですので、最後がこうなるのは必然だったと言いますか、作者がこうしたくてこうしたまである悲惨な結末を迎える形と相成りました。
 咲夜に可能な限りヘイトを集めつつ、歪んだ物語を締め括るには歪んだ主人公と正統派なパートナーが同じぐらい歪んだ悪を打ち倒すしかないと考えた結果がこの結末でした。救いがあるか否かに関しましては、咲夜の意志を受け継ぐ形で作られたこの馬鹿者がきっと何らかの形で見せてくれるかと思います。
 メルヴァモン……ふふ、メルヴァモンもそうですが、露骨に伏線を張っているアレスタードラモンは勿論として、アイツとかコイツとかの出番が無かったクロスウォーズデジモンはいずれこの物語に連なる流れで登場する可能性はあるとだけ言っておきましょう。
 拙作『With the HERO』のタイトルの元ネタは仰る通り『With The Will』となります。新作のタイトルを考えるに辺り、何らかのオマージュを考えていたのですが、当初考えていた『The Last Element』で上手いタイトルを思い付かなかった為、第二候補である『With The Will』から歌詞の『勇者に今息を吹き込め』からHEROを与えた次第です。
 そちらの物語は本作から直接繋がる物語となりますので、また何卒宜しくお願い致します。


 それでは最終章までお付き合い頂きまして、誠にありがとうございました。