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ID.4819
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/01/25(木) 23:00
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グッド・オールド・フューチャー 0/1999年の選ばれし子ども
         
 私が「選ばれし子ども」として最後の仕事をしたのは、二〇三八年の八月だった。
 既に一九九九年に選ばれてから四〇年近くが経過し、とっくに「子ども」なんて年齢ではなかったが……ほかに適切な言葉が無かったのだろう、私たちは幾つになっても「選ばれし子ども」と呼ばれ続けた。
 その日のことはよく覚えている。茹だるような暑さの中、スクルドターミナルの中枢を占拠したイグドラシルに、私たちは最後の戦いを挑んだ。
 勝ちはした。ただし、代償はとても大きかった。
 通信用インカムの向こう側で勝利に沸く人々の声を聞きながら、私はパートナーを探して、名前を何度も呼んだ。
「メタルガルルモン!」
 粉塵で視界は遮られ、私の掠れた声は歓声にかき消される。だが、それにしても、彼の姿すら見失うなんてパートナー失格だ。
 こんなことが起きなければ……。
「メタルガルルモン!」
 私は動くことができない。
 彼女の身体を抱えることで精いっぱいだった。
 指先から彼女の血が滴り、地面に落ちていく。
 彼女はもう虫の息で、自力で立ち上がることさえままならない。
「どこだ! メタルガルルモン!」
 三回目の声のボリュームは、その前の声よりも幾分かましだった。直後、粉塵の中から青い装甲に覆われた機械の狼が現れる。右目に傷を負い、ボロボロになっていても、彼はまだ私をパートナーだと思っていてくれた。
「助けてくれ! 彼女が死ぬ!」
 彼に何かを頼んだのは、これが最後だったかもしれない。

 この日、私たちは確かに戦いに勝った。
 それは多くの命を救ったかもしれないし、正しいことだったのかもしれない。
 だが、これは私が求めていた結果だったのだろうか?
 私には分からない。

 もう十一年前も前の話だ。















ID.4820
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/01/25(木) 23:01


グッド・オールド・フューチャー 1/依頼
 二〇四九年、十二月。
 デジタルワールド・スクルドターミナル。

 歪んだ窓枠からガラス片が飛び散り、緑色の鱗を持つデジモンが外に投げ出される。
 既に満身創痍となっている彼は、身体に纏わりついたマントを払って着地態勢を整えることもできず、雪が積もり始めているコンクリートの路上へ叩きつけられた。白い舗道に、口から赤が垂れ落ちる。
 それでもまだ彼は意識を手放さなかった。
 自分は「選ばれし子ども」のパートナーデジモンだ。今までだって危機は何度も乗り越えてきた。
 三日月型の刃が付いた杖――降妖杖と呼ばれる――で身体を支え、河童のような姿をした魔人型のデジモン・シャウジンモンは立ち上がり、正面を見る。
 洗練されたデザインの建築物と華美なネオンサインで溢れる中心街とは違い、自分たちの住むこの住宅街にしっかりと機能している防犯灯はほとんどなく、目の前にその敵が現れたことにも一瞬、気づくのが遅れた。
 黒い外套を身に纏った敵は既に腕を振りかぶっていた。シャウジンモンはその攻撃をどうにか杖で受け止めたが、続けて放たれたもう一方の腕の攻撃は防げなかった。杖は砕け、右肩から左の脇腹にかけてとても熱い感触が奔った。
 シャウジンモンはもう長い間戦場に立ってはいなかったが、あの現役時代でさえ、ここまで強烈な攻撃を浴びたことはなかった。
 どうしてか、身体が重くなっていく。膝を地面に着くともう立ち上がれなくなった。足元に血だまりが見えた。
 またしても重い一撃、今度は頭。この攻撃でシャウジンモンは完全に動けなくなり、雪の中に沈んだ。視界が揺れ、どの方向が上なのかも判別できない。
「老いたな、シャウジンモン」
 シャウジンモンは、この時初めて襲撃者の声を聞いた。ほんの数分前にこの敵が突然、パートナーと静かに住んでいた家を訪ねてきた時も、扉を破壊して攻撃を始めた時も、この声は聞いていなかった。
 何故か、この声の主を知っている気がした。遠い昔、どこかで聞いていたはずだ。だが、それがいつ、誰のものだったのかは思い出せない。
 駄目だ、まだ駄目だ。ここで自分が死んだら、次はパートナーの番だ。
 ハンスは殺させない。選ばれし子どものパートナーにそんなことは許されない。
 だから……。
「終わりだ」
 そこから先は、何も考えられなくなった。



 人類が入植して長い時間が経つとはいえ、スクルドターミナルの郊外は、未だに無機質な古いマンションや木造住宅に溢れた味気ない景色のままだ。
 先ほどまで降っていた雨が数日前に積もった雪を溶かし、アスファルトの上に小さな湖をいくつも作り上げていたので、冬用ブーツを履いていてもなお足元は酷く冷えた。
 玄関前の階段を上ると、ドアのガラスに酷く疲れている初老の男が映る。
 黒縁の眼鏡の位置を直すと、ジェームズは溜め息を尽きながらドアの取っ手を引いた。

 帰宅するのが遅くなってしまった。
 依頼人であるマックレイグ夫人に事のいきさつを説明するのに三十分、次に旦那の浮気相手が人間ではなくデジモンであることを説明するのに三十分、この件で裁判を起こしたいのなら自分ではなく専門の弁護士に依頼するべきだと説明するのにもう三十分、それから彼女の旦那が如何に問題のある人物なのか、彼女がどれほど苦労して家庭を維持しているのかを聞くことに一時間を費やす必要があった。
 傘では防げなかった雨を浴びたコートを脱ぎ、事務所の中央に鎮座する安楽椅子に腰掛ける。体重を背中に預け、テレビを点けながら溜め息をつく。いつも通り夕方の報道番組が流れていたが、情報過多な画面を見つめる気力は起きず、ジェームズは流れてくる女性キャスターの声だけを聞いていた。
“次のニュースです。スクルドターミナルにおけるデジモンの失業率が十五パーセントを超えたことを受け、政府は新たな支援策として――”
 疲れた。
 まだ風呂にも入っていないが、このまま眠ってしまおうか。
 そんなことを考え始めた時、ノックの音が部屋に鳴り響いたことで、ジェームズは瞼を閉じるのを止めた。
 また眼鏡の位置を修正してから何とか腰を起こして、何度も鳴り響くくぐもった音の発信源に向かう。
「今いくよ」

 ドアノブを握る前に一瞬だけ考えた。
 もし、ドアの向こうにいる相手が依頼人で、その内容がまたしても浮気調査の依頼だったら、いっそこの仕事から足を洗うのはどうだろう?
 警察を辞めた後、友人の個人的な依頼を何度か受けているうちに、なし崩し的にこの仕事を始めて十年ほど経つ。お世辞にもやりがいを感じているとは言えない。
 しかもほとんどの依頼は失せ物探しか、赤の他人のふしだらな私生活を暴く作業で、老体には肉体的にも精神的にも辛い。
 問題は、今辞めたとして、蓄えと自分の寿命のどちらが先に尽きるかだが……。
 ひとまず、相手を確認するのが先か。
 ドアノブを回し、ニ十センチほど戸を開ける。
「……はい?」
 ドアの向こう側では。
 背中に四枚の葉をつけた、ピンク色の花のような服を纏った妖精型デジモンが、アーモンドそっくりの形の黒い大きな瞳をこちらに向けていた。
「お久しぶりです。ジェームズ・テイラーソンさん」
 彼女は赤い縁の眼鏡を右手でくいっと上げながら、ジェームズに微笑んだ。
 ジェームズはほんの数秒間だけ彼女の顔を眺めていたが、やがて表情を変えないまま、握っているドアノブを逆の方向に動かそうとした。
「ちょ、ちょっちょっちょっちょっ! ちょっと待ってくださいよ、テイラーソンさん!」
 ドアが閉じる寸前、花柄のブーツが隙間に入りこみ、ドアの動きを阻止した。
「いくらなんでも、そんな追い払い方ありますか? 話を聞いてください!」
「君の依頼は今まで散々聞いてきたじゃないか」
 ジェームズは構わずドアを閉じようとするが、彼女のブーツは右に左に動き、どうにか脛より先を玄関に侵入させようと四苦八苦している。このガッツだけは大したものだ。
「まだ昼間ですよ? 戸締りには早くないですか?」
「生憎だが、廃業を決めたんでね」
「そんなの聞いてません! いつ決めたんですか?」
 もちろん、今この瞬間だ。
 彼女の恋愛遍歴が凄まじいことは既に知っていたし、これ以上それに関わるのはご免被る。
 この想定は彼女にも伝わっていたらしい。
「違います、今日はそういう個人的な依頼じゃありません! 浮気調査とかそういうのでもないです!」
「ここで嘘をついても意味はないぞ」
 ドアノブを捻る力を少しずつ強めていく。壁越しに聞こえる「ぐえーっ」という声がやや大きくなった。
「遣いで来たんです! 刑事部長があなたに会いたがっています!」
 ジェームズの手がピタリと止まる。
「何?」
「て……テヅカ刑事部長です……」
 しばらく考えてから、ようやくジェームズは事務所の扉を開いた。荒い呼吸で自分のことを見返す、スクルドターミナル市警の刑事としてのリリモンがそこにいた。



「……あぁ、そうだ。俺も残念だがね。この件はくれぐれも内密に。それから……」
 頻繁に怒鳴り声が響く待合所や、捜査員が常にあわただしく出入りし続けているガレージ。
 それらとは違い、手塚琢磨てづかたくま刑事部長のオフィスは極めて整然としていた。
 リリモンに連れられて入室したジェームズに気づくと手塚は顔を綻ばせ、電話口の相手に謝り始めた。
「すまない、大事な客が来た……詳しい話はまた今度。では」
 通話を切り上げると、手塚はそれまで座っていたレザー製の大きな椅子からすぐに立ち上がり、部屋を横切ってジェームズに手を差し伸べてきた。
「ジム! 久しぶりだな!」
「元気そうだな、手塚」、
 ジェームズは数年ぶりに彼の顔を見たが、いくつか年上のはずなのに、彼は自分より十歳は若く見えた。十一年前と比べても、皺が少し増えたくらいで、髪の毛の量も変わっていないし、背筋も相変わらずピンと伸びている。
 ジェームズは快活な笑い声を上げる手塚と握手を交わした。
 一見すると警察官に見えないような彼の表情は、彼と初めて出会うほとんどの人間の警戒心を解く力がある。
 初めて出会ったのはまだジェームズが警察官だった二〇代の頃、刑事部に配属された時だ。彼はジェームズよりも、他の誰よりも早く出世し、今の地位に就いた。

「変わってないな! いや、少し老けたか? まぁいい、とにかく座ってくれ」
 勧められるがままテーブルの前の椅子に座ると、すぐに手塚は机を挟んだ反対側に腰掛けた。
 彼は相変わらず笑顔だったが、ジェームズは不自然にならない範囲で、握手の時に浮かべた笑みを消した。
「突然すまないね。君の仕事の邪魔はしたくなかったんだが、大事な話でね……君のことだから、俺が電話したところであっさり断られるのが関の山だと思ったんだ。そこでリリモンのやつを迎えに行かせた。俺よりは君に信用されているはずだからね」
「……そうか」
 頭を出入り口の方に向けると、リリモンは慌てて顔を逸らし、口笛でも吹き始めそうな表情を浮かべたまま目を泳がせた。
 どうやら手塚は、今まで彼女が個人的に何を依頼してきたのかまでは知らないらしい。
「彼女からは依頼とだけ聞いたが」
「あぁ、うん。依頼、ね」
 ようやく手塚の表情から、ジェームズが部屋に入ってから張り付いたままだった笑みが消えた。
「まぁ、半分は依頼だ」
 そう言いながら、手塚は手元に置いていたファイルをジェームズの前に滑らせた。
 ファイル自体はそれほど汚れはなく新品に近いが、相当な量の書類が綴じられているのか、既に厚みで膨らんでいた。
「そのクソな書類を見てくれ」
 ファイルを握った時点で嫌な予感はしたが、それを表情には出さずにジェームズはファイルを開いた。
 想像通り、その資料にはつい最近起きたと思われる殺人……それに、デジモンがデリートされた痕跡の記録が残されていた。
「選ばれし子ども……ハンス・ファスベンダーと、彼のパートナーのカメモンが殺された」
 即座には言葉が出てこなかった。
 十一年前、自分とともにイグドラシルと戦った仲間たち。
 あの過酷な戦争を生き延びた後、ハンスは作家として成功し、カメモンとともに静かに暮らしていたはずだった。
「ハンスは自宅で、カメモンは付近の路上で殺されたらしい。おそらく単独犯だ」
 デジタルワールドでの殺傷事件は調査が難しい。
 被害者が死亡した場合、その死体は不要なデータとしてこの世界から抹消されるからだ。したがって、こうした事件が起きた場合に「殺害された」と判断できないこともある。だが、今回の場合はジェームズから見ても、彼らが殺されたことは明白だった。
「まぁ、選ばれし子どもに恨みを持っている者など山ほどいるが。問題は、その中に単独であのシャウジンモンを殺せる者がいるかどうかだ」
「この犯人探しが依頼か?」
 眉をひそめながらジェームズが聞くと、手塚は頷きながら付け加えた。
「もう半分は忠告だ」
「忠告?」
「この事件だけではないんだ」
 手塚がさらに二冊のファイルを差し出してきたのを見て、ジェームズは眩暈を感じた。
「イリーナ・イェルチンとペンモン、それにサルマ・ルナとミケモンも殺された。非常に似た形跡だ」
「彼女たちもか……」
「何者かが、一九九九年の選ばれし子どもとそのパートナーを殺して回っている」
 大きく溜め息をつく手塚を見て、ようやくジェームズは、彼の顔に年齢相当の疲れを見た。
「だから私を呼び出したんだな」
 手塚が頷くのを見て、ジェームズは静かに立ち上がり、大きな溜め息をついた。
「私は既にリタイアした身だよ。君も知っての通り」
「今のところ、この件を表に出すことは本庁から止められているんだよ。かつての英雄がこうして殺されてしまうのはショックが大き過ぎるという理由でね。だがマスコミが嗅ぎつけるのも時間の問題だ。おまけに、俺たちも人手不足で十分な捜査をすることができない」
 手塚は背もたれに体重を預け、元の笑顔に戻ってジェームズを見上げた。
「これは君たちの世代の宿題だ。今は外部の人間である君が調べるのが、一番理に適ってると思わないか? それに……」
「?」
「同じ選ばれし子どもの君なら、犯人の見当もつくんじゃないかと思ってな」
 あっさりと、さも思いつきで出たかのような一言。ジェームズはこの言葉を、即座に否定することはできなかった。



「お待たせしました、テイラーソンさん」
 市警本部のロビーで待っていると、彼の送迎を頼まれていたらしいリリモンが現れた。
「どうかされましたか?」
「あぁ――」
 ジェームズは彼女の問いに少し戸惑ったが、リリスンは彼の視線の先にあるものを見て合点がいったようだった。そこには透明なガラスケースに覆われた道具が二つ飾られている。
「あ、タツキさんのデジヴァイスとタグですね」
 選ばれし子どもの証である二つの小さな道具。薄い楕円形をした、中央に液晶画面のあるものがデジヴァイス、そしてその隣にある金色の板――中心に半透明のプレートが嵌められている――がタグだ。
 どちらも、ジェームズが持っているものと同じもの。
「これは……」
「もちろん、レプリカですよ。本物は見つかってませんから」
「……あぁ、そうだな」
 分かっている、というようにジェームズは頷く。
 リリモンが明るい声で、手を出入り口の方に向けた。
「さ、行きましょう」

「そういえば」
 警察本部の出口まで案内されている最中、前を黙って歩いていたリリモンが、唐突に声を掛けてくる。
「ガブモンが亡くなられたそうですね」
 さりげない一言だが、この言葉はジェームズにとってはボディブローのように効いた。
「私、仕事があって葬儀に出席できなくて……休みの日にお墓参りには行ったんですけどね。ご病気だったとは聞いてましたが、それでも驚きました。テイラーソンさんは……」
「出席してない」
 ありのまま、答える。
「え?」
「私も、彼の葬儀には出なかったんだ」
 リリモンは驚いて立ち止まり、信じられないというような表情を浮かべてジェームズを見返した。
 それから口を動かそうとして逡巡してから止め、また口を開こうとして……という動作を二、三回繰り返した。
「……いえ、あの……そうでしたか、すみません……」
「いいんだ」
「まさか、その、パートナーだったテイラーソンさんなら、お別れを伝えるために出席してるとばかり……」
「パートナーといっても、十一年も前に関係を解消したからな。彼とはそれっきりだった」
 そう、それっきり……それっきりだ。
 彼は確かに長い冒険や戦いを生き抜いた戦友。かけがえのない、とても重要な存在だった。
 当時は。

 一九九九年の選ばれし子どもは八人。
 ジェームズ・テイラーソンはそのうちのひとりで、かつてはパートナーのガブモンとともに世界を救った英雄と呼ばれた。
 ガブモンとのパートナー関係は二〇三八年のイグドラシル戦争後に解消し、現在はスクルドターミナル郊外で小さな私立探偵業を営んでいる。
 この街に住む多くの人々はそれを知らないし、選ばれし子どもに興味を抱く者も、今はいない。
 彼にとっては、それで良かった。



 デジタルワールドとはいえ、リアルワールド同様に天候はある。もちろん、場所によってはだが。
 その点では、このスクルドターミナルは、他のエリアに比べれば人間にとって過ごしやすい。暑さにせよ寒さにせよ、衣服を調整すればどうにか耐え凌げるレベルだ。
 それでも、この季節にもなると、野外を長時間歩くのは楽ではない。
「はぁ〜……心も世間も寒いねぇ、本当……」
 サイドデールで結んだ黒髪を揺らしながら、橘春子たちばなはるこは浮かない顔で言った。隣を歩く長いブロンドのシーラ・ワトソンもそれに頷く。老朽化したオフィスビルの間を走る道路は、中途半端に溶けてぐちゃぐちゃになった雪に覆われている。
 このせいで、いつもなら三十分程度で辿り着ける孤児院までの道のりは、普段の数倍険しいものになっていた。おまけにボロボロのブーツの中に水が染み込み、足先が酷く冷たい。保温性に優れた学校の制服を着ているだけましだが、動きやすいとはいえず、早く帰宅して着替えたいと春子は思っていた。
「仕方ないよ、春子。もう十二月だし……」
「まぁ、天気のことはもう我慢するよ。けどさ……テストの成績、どーにかしてアンドロモンさんに隠せないかな……」
「無理でしょ……もしかしてまた成績悪かったの、春子……?」
「……いや? まぁ、何て言うか、ホラ、アンドロモンさんも無理に全員の成績見る必要ないじゃん? 大変そうだしさ……」
 シーラの冷たい視線が春子に突き刺さる。なまじ整った顔つきな分、余計にダメージが大きい。
「はぁ……駄目だよ春子。大体、最近ドーベルモンと一緒に夜中に出歩いてるでしょ? アンドロモンさんには黙ってるけど、あれ怒られるよ?」
「あー……さっすがシーラ、ちゃんと黙っててくれたんだ! やっぱり持つべきものは友達だね!」
「……あのさ」
「はい、ごめんなさい」
 乗り切れなかったことを実感し、春子は顔の前で両手を合わせて彼女に謝る。
「私は怒ってないよ? 怒ってないけど……一体何してたの、あれ?」
「それはー、えーと……」
 シーラに問い詰められ、春子は困惑した顔で視線を彷徨わせた。
 どうしよう、そろそろ隠しておくのも限界かな? いや、でもな……。
 そんな時、背後から聞き覚えのある音が聞こえてきた。この時間にいつもやっている、報道番組のオープニング映像で流れる音だ。
「あ」
 通りに面したオフィスビルの一角に備えつけられた大型ビジョン。いつもならリアルワールド再開発に向けた求人広告が頻繁に流れているが、今日はタイミングが良かった。
 今日はこれを見るつもりだったんだ。
「シーラ! ニュース見よう、ニュース!」
「え、え?」
「社会勉強! 世の中のことは知っておかなきゃ!」
 春子の声が弾む。シーラの驚いた顔を無視して、春子は彼女の学生服の袖を掴み、そのままビジョンの真下へと彼女を連れていく。
「あ、あの、何か気になってるニュースでもあるの?」
「え? ないよ? いいからいいから」
 ビジョンの中に移る女性キャスターは一礼してから、まずはスクルドターミナルの失業率について話し始めた。デジモンの失業率が十五パーセントを上回ったこと……政府が新たな雇用を生むために、ランプライト社が行っているリアルワールド再開発事業へ大規模な資金援助を行うこと……。
 このニュースが流れている間、春子はしばらくの間、次のニュースがいつ始まるのか期待して待った。ちらちらとシーラが自分を盗み見ているのも気づかなかった。
 続いて、ウルドターミナルで続いている内戦のニュースが流れ始めた。春子は若干がっかりした表情を浮かべながらも、まだしっかりと番組を見た。
 次だ、次。
 それから、数日前に報道された政治家のスキャンダルについての続報が始まった。集中力が途切れたのか、春子の表情は露骨に曇り、靴で足元の雪に適当な記号を書き始めた。シーラが寒さに震えているのが分かる。
「春子、そろそろ帰る……?」
「うーん、もうちょっと……」
 次かな、次にきっと……。
「ごめん、春子……私、寒いから先に……」
 シーラのその一言は、春子の耳には入らなかった。彼女の耳に入ってきたのは、女性キャスターがビジョンの奥でついに読み上げた、そのニュース。
“昨夜のニュースです。今朝、スクルドターミナル市街地のコンビニエンスストア前に、ゴブリモンが数体拘束されているのが発見されました。警察の調べによると、このゴブリモンたちは以前にも別の店舗に押し入り、売上金を奪い取っていた疑いから指名手配され……”
 春子の心臓が大きく跳ねた。そして次に切り替わった映像に、彼女の視線は釘付けになった。
“また、現場の壁にはオレンジ色の塗料で描かれた、太陽のような形のマークも残されており、警察では他の事件との関連も含めて捜査を……”
 その画面には、確かにその印が映っていた。多分、公に姿を現したのは十一年ぶりの、その記号。
 誰もが忘れてしまっているらしい形。
 勇気の紋章、と呼ばれていたもの。
「っしゃあっ!」
 春子はそう叫んで、シーラをまたしても驚かせた。

ID.4821
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/01/25(木) 23:02


グッド・オールド・フューチャー 2/出会い
 太陽のマークを描いた謎のヒーロー、強盗逮捕に協力! というニュースを見た直後、春子は大型ビジョンに対する興味を即座に失くし、寒さも気にせず帰路に着いた。
 慌てて彼女の後を追ったシーラのことすら頭から抜け落ちてしまったようすで、郊外の古びた教会に入り、そのまま廊下で繋がった孤児院へと直行する。
 もう何年も、そこが彼女とシーラの「自宅」だった。
「ドーベルモン! ドーベルモン、いる?」
 幼年期や成長期のデジモンたち、それに彼女よりも一回り小さな子どもたちが驚いた表情を浮かべるのも気にせず、春子は全速力で廊下を走り、自分の寝室へと入って叫んだ。
 二人分のベッドと勉強机がようやく置ける狭い部屋。もう一つのベッドを使っているのはシーラだが、まだ彼女は春子を追って帰宅するのに忙しいだろう。
 部屋の中央に敷かれている色褪せたカーペットの上に、春子が名前を呼ぶデジモンは黙って座っていた。真っ黒な体色と余計な脂肪のついてない筋肉、首には棘の付いた首輪。四つの脚に付いた鋭い爪はいかにも危険だが、彼はそれを春子に向けたことなど一度もない。
 大型犬のような姿をしたデジモン・ドーベルモンは、部屋の中央に置かれた旧式のテレビをじっと眺めていたが、春子が部屋の戸を開けるとすぐにその赤い瞳を彼女に向けた。
「ハルコ」
「あっ、テレビ見てた? さっきのニュース見た⁉」
「あぁ、見た」
 ドーベルモンは自分とは正反対の性格、常に冷静で、感情を露わにすることはほとんどない。それは分かっているが、それでも春子はドーベルモンの態度に若干の不満を持った。
「ドーベルモン、それだけ? もっと喜ぶべきじゃない?」
「喜ぶ? これで?」
 ドーベルモンの表情は変わらないが、その声にはやや怪訝そうだった。
 春子は気にせず、表情をすっかり緩ませながら言葉を続けた。
「だってだって! 勇気の紋章が映ったんだよ? 昨日私が描いたやつ! これで私たちのやってることも一気に有名になるかもしれないよ!」
「……すまない、ハルコ。何だか話が繋がってない気がする」
「え? どういう――」
 そう言いながら、ハルコはドーベルモンが眺めていたテレビの画面を見た。
 そこには今もニュース映像が流れている。ついさっき、自分が見たものと同じ番組、キャスターも同じだ。
 だが、伝えられているニュースの内容はまるで違った。
“繰り返します、速報です。字幕でもお伝えしています通り、作家のハンス・ファスベンダー氏とそのパートナーデジモンであるカメモン氏が昨夜未明、何者かに殺害されたことが明らかになりました。ファスベンダー氏は一九九九年の選ばれし子どもで、五十年前にデジタルワールドに召喚され……”



 一九九九年八月。
 私たちの冒険が始まった日。
 デジタルワールドは何もかもがリアルワールドと違ったが、あの日の異常な暑さだけは同じだった。

 私は子どもの頃から友人が少なかったし、友人のつくり方もよく知らなかったので、他の選ばれし子どもとまともに会話できるようになるまでにはそれなりに時間が掛かった。
「ジェームズ、大丈夫?」
 大体、仲間たちと会話できるようになったのも、ガブモン――この時はまだツノモンだったが――にそそのかされたからで、そうでなければ私はその後もずっとこの集団の中で独りぼっちのままだったかもしれない。
「い、いや……」
 頭から大きな角の生えた得体の知れないスライムみたいな生き物、と最初は思った。それが言葉を喋って、自分の名前を呼んでいる。怖くないはずがない。
 そもそも現代と違って、この頃はデジモンの存在を知る人間などほとんどいなかったし、公にもされていなかった。
 この怪物が何者なのか、なぜ自分の名前を知っているのか、「パートナー」とは何なのか……そんな疑問ばかりが頭の中に渦巻いていて、最初はツノモンとすらまともに会話ができなかった。
 この時点では他の選ばれし子どもも似たり寄ったりだった。名も知らぬアジア人やアメリカ人、他の子どもたちも、よく分からない小さな怪物に怯えていた。

「すごい、喋れるんだ! 名前は?」
「僕、コロモンって言うんだ!」
「コロモンね! 私は……」
 そんな中、私たちのうち誰よりも早くパートナーデジモンと打ち解けたのは。
「知ってるよ、タツキ!」
 彼女――草薙くさなぎタツキだった。



「大丈夫ですか?」
「ん、あぁ」
 ボロボロのテーブルに肘を乗せたまま、ジェームズは半身が機械化した人間のような姿をしたデジモン・アンドロモンの声で自分が今どこにいるのかを思い出した。
 アルコールや柑橘系の匂いが漂い、これだけ笑い声や怒鳴り声の響き渡る店の中で、よくうたた寝できたものだ。これも遠くなってきた耳の成果か。
「少し飲みすぎでは?」
「君も飲むべきだな」
「私が酒を飲んで帰ったら子どもたちに迷惑がかかる」
 アンドロモンはそう言いながら、机の中央に置かれた料理を口に運んだ。彼とバーに来るたびに思うのだが、このデジモンに味覚は残っているのだろうか? 数十年前にそのことを聞いた時、彼はあからさまに不快そうな顔をして「あなたは知らないかもしれないですがね、そういうことをサイボーグ型に聞くのは失礼ですよ」と注意してきたことを今でも覚えている。結局のところ真相は分からずじまいだ。
「子どもたちか……孤児院の運営は大丈夫なのか?」
「えぇ、おかげさまで。楽ではないですが、皆さまの寄附金でどうにかやっていけてますよ」
 アンドロモンと知り合ったのは、最初にこの世界を訪れた時の冒険でのことだった。戦争中はスクルドターミナルで、デジタルワールドから人類を締め出そうとするデジモンたちと戦うレジスタンスの一員をしていたこともある。
 彼は戦後、スクルドターミナル市街地の外れにある教会で司祭をしながら児童養護施設を運営していた。
「それに、最近は年長の子が小さな子の面倒をちゃんと見てくれます。一時期に比べたら随分と楽になりましたよ」
「なるほど。だから最近は私に付き合ってくれるのか」
「あなたの誘いを断るのは怖い」
 まるで自分を金貸しか何かだと勘違いしているのだろうか。ジェームズは笑って、ビールを口に含みながら辺りを見回した。
 店内には他にも多くの客がいるが、どちらかと言えば人間よりもデジモンの数の方が多い。そのほとんどはブルーカラーのデジモンだ。ジェームズは多くの意味で、この場所が中心街よりも好きだった。人の目を気にしなくて済むし、食べ物や飲み物の値段も安い。他の理由もある。
「この場所はいい。店主がデジモンにもきちんと酒を出してくれる」
 アンドロモンが、ジェームズが考えていたことと同じことを言った。
「あなたたちと一緒に戦い、戦争に勝利した時、デジモンと人類が真に共生する世界がやってくると思ったものです」
「あぁ」
「しかし、現実は……神は沈黙し、調和を保つ者(ホメオスタシス)はこの世界に干渉しなくなった」
 戦後になって変わったことはいくつかあったが、良い方向に進んだとは言えないことも多い。
 かつて神と呼ばれたデジモンたちはこの地を去り、代わりに人間がスクルドターミナルを支配したが、力のないデジモンたちが苦しむ世界であることに変わりはなかった。そしてホメオスタシスが世界と干渉しなくなったことで「選ばれし子ども」と呼ばれた人間とそのパートナーデジモンの役目も終わった。
「私たちが君らを騙してしまった」
「とんでもない。あなたたちはやるべきことをやったんです。あなたたちと一緒に戦ったことは今も私の誇りです。むしろ、私が同胞たちを裏切ったのです」
 アンドロモンの表情は暗くなり、どこか遠くを見るような目になった。
「結果として今に至るまで、多くのデジモンを路頭に迷わせた。だからあの孤児院を始めました。我々はともかく、次の世代の子どもやデジモンたちに罪はないでしょう」
「そうだな」
 ウェイターから数分前に頼んでいたビールを受け取りながら、ジェームズは頷いた。
「他の選ばれし子どもたちは元気ですか?」
 この質問に、ジェームズは即答しなかった。昼間に手塚から聞いた事件が頭を過る。元気とは程遠い。
「いや……最近彼らとは、連絡を取ってないから……」
「待って」
「?」
「……死んだ?」
 その言葉にジェームズが顔を上げるが、アンドロモンは彼のことを見ていなかった。見ているのは彼の背後にある、カウンターに備えつけられたテレビだ。
“作家で元・選ばれし子ども ハンス・ファスベンダー氏とカメモン氏が死亡 何者かが殺害か”
 男性のキャスターが原稿を読み上げる画面に、そう書かれたテロップが流れていた。手塚の言う通り、この事件は長らく伏せ続けることはできなかったのだ。
「そんな……一体……なぜ……ガブモンが亡くなったばかりなのに……」
「数日前に死んだそうだ」
「ジム、知っていたのですか……?」
「今日、私も手塚から聞いた」
 アンドロモンは頭を抱え、しばらく言葉を発しなかった。
 ジェームズはそのニュース映像を眺めていたが、手塚から聞いた話以上の情報を得られることはなく、ただ若い日の彼の映像ばかりを見る羽目になった。
 周囲で飲んだくれていたデジモンたちも、自分たちと同様にニュースに釘付けになっていたが、その多くの反応はアンドロモンと違い、かつての「英雄」に対する罵詈雑言を酔った勢いで大声で話すだけだ。店の片隅のテーブルで黙って座っている男が、元・選ばれし子どもであることに気づくデジモンは一体もいなかった。



 家まで送るというアンドロモンの提案を固辞し、ジェームズは雪の積もった薄暗い夜道を、コートに蹲るように小さくなりながら歩いていた。
 どんな時間でも人通りが多い繁華街とは対照的に、通りに人気はほとんどなく、明かりといえば道沿いの古びたバーやパブのネオンサインくらいだ。それでも、もう何百回も通ったことのある道を十分ほど歩けば、古びた二階建ての住居が見えてくる。
 歩きながら、報せを聞いた時のアンドロモンの反応を思い出していた。十一年前なら、もしくはもっと昔なら、自分もあのような表情ができたのだろうか?
「何なんださっきから! 俺を馬鹿にしてるのか!」
「だから教えてよ! この辺りなんだってば!」
 自宅のすぐ手前まで来た時、ジェームズは場違いな怒鳴り声の応酬を聞いた。
 前者は野太い威圧感のある声。後者は女性、というよりは少女の声だ。この通りは街灯もほとんど設置されていないので誰がいるのかはよく見えないが、歩いていると声が発され続けている辺りに、確かに二つの影が見えた。
「だからそんな奴知らねぇつってんだろ!」
「あなたこの辺りに住んでるんでしょ! ならせめて顔くらい……」
 月と周囲にある僅かな明かりのおかげで、徐々に状況が見えてきた。
 片方は牛のような風貌を持つ成熟期の獣人型デジモン・ミノタルモン。ジェームズには少なくとも、このミノタルモンには見覚えがあった。彼、というよりも、彼の上司とは昔の仕事の頃から面識がある。彼はかなり泥酔し――この周辺で泥酔したデジモンを見ることは昼夜問わず少なくない――足元がふらついていた。
 そしてもう片方は、安っぽい生地のパーカーとデニムスカート、目が痛くなるような柄の靴下を履いた、黒髪をサイドテールにした人間の少女だ。ミノタルモンとは対照的に、こちらは何から何まで場違いだった。。こんな夜中にこの道を歩く人間の子どもなどまずいない。未成年が何らかのトラブルに巻き込まれてもおかしくない土地だからだ。
 そしてミノタルモンは、どちらかといえばトラブルを起こす側のデジモンだった。
「大体てめぇ、ニンゲンのガキのくせに何こんなとこ歩いてんだ? 自分が誰に声かけてるか分かってんのか?」
 呂律の回っていない声の中に怒りのニュアンスが強まる。
 ジェームズは立ち止まり、このまま通り過ぎるべきか悩んだ。見過ごして良いとは言わないが、介入してもロクなことになりそうもないのは確かだ。
 しかも、少女が次に発した言葉はジェームズをさらに混乱させた。
「この辺に、選ばれし子どもだった人が住んでるかどうか聞いてるだけじゃん! 私が誰かなんて関係ないでしょ!」
 足が止まる。
 考えるまでもなく、周辺で自分以外に「元・選ばれし子ども」が住んでるとは聞いたこともない。
 一体何をしているんだ、この少女は?
 いや、それより問題は。
「黙れクソガキ!」
 逆上したミノタルモンが、右手で彼女の首を掴もうと手を伸ばしたことだ。
 機械化した左腕でないだけましだが、彼の怪力なら、人間の少女の首を折ることなど簡単だろう。
 が、少女が反射的に身を引こうとするより前に、どこからかもう一つ別の影が現れた。
 四足歩行の、真っ黒い狗のような影。
「ハルコに……手を出すな!」
「!」
 狗の影は少女に掴みかかろうとした右腕に噛みつき、ミノタルモンは痛みで情けない悲鳴を上げた。
「てめッ……なんだ? ふざけんな!」
 喚きながら身体を捩じり、どうにか狗の影を引き剥がそうとするミノタルモン。影は顎の力は決して緩めないまま、器用に胴体を動かして腕に絡みついていた。
「ちょっ、待って、ドーベルモン!」
 どうやらこれは少女の想像も超えた出来事だったようで、やがて彼女は慌てふためきながら狗の影へ叫び始めた。だが肝心の影に反応はなく、相変わらずミノタルモンへの執拗な攻撃は続く。
「ふざけるなァ!」
 一際大きく腕を振るい、ついにミノタルモンは影の顎を引き剥がすことに成功した。そのままミノタルモンは影を蹴り飛ばし、少女の目の前で地面に叩きつける。アスファルトの衝撃はかなりのものだったようで、狗の影はそのまま立ち上がれなくなった。
「ドーベルモン⁉」
 狗に駆け寄る少女を意にも介さず、ミノタルモンは今度は左腕を振り上げる。彼の左腕は地面に叩きつけることで強烈な衝撃波を巻き起こす。人間の子どもに対してデジモンが使うような攻撃ではない。
 そのため、ジェームズは彼がその技を使うよりも前に、背後に回り込む必要があった。
「やぁ、ミノタルモン」
 落ち着き払った声で挨拶する。獣人の動きがピタリと止まった。
「ジェームズ、か……⁉」
「もしもデジモン一体と未成年の人間を殺せば、君だって無事ではいられない。分かるか?」
「……」
 ミノタルモンがこれに答えないのは、真剣に物事を考えているというよりも、背中に押し付けられた、冷たくて、硬く、小さな何かの感触のせいだろう。
「どうか振り返るなよ。驚いて引き金を引いてしまうかもしれない」
 ジェームズはあくまで落ち着いた声色を保った。これでミノタルモンはすっかり戦意を喪失したようで、左腕を降ろさないまま右腕も上げる。
「今日のところは帰った方がいい。きっと飲み過ぎたんだろう」
「ち……」
 苦虫を噛み潰したような表情をしたまま、ミノタルモンは振り返ることなく、少女に一瞥したのみでその場を去っていく。路上に残るのが狗型のデジモンと、彼を心配そうに撫でる少女のみになると、ジェームズはついさっきまでミノタルモンの背中に押し付けていた銀色のオイルライターをコートのポケットに戻した。
 少女はジェームズのことをじっと見つめていた。



「医療キットはそこの棚の上にある。簡単なものしかないが」
「は、はい!」
 外での騒ぎの後、怪我をしたデジモンと少女をそのままにしておくわけにもいかず、ジェームズは彼女らを自宅に招き入れた。黒髪のアジア系らしき少女はジェームズが教えた医療キットを慌てて探し、床で力なくうつ伏せになる魔獣型のデジモン・ドーベルモンの治療を始めた。キットを探している時、棚の奥からやたらと大きな音と小さな悲鳴、何かが壊れるような音も聞こえたが、とりあえずは気にしないでおく。
「うっ……」
「動かないで、ドーベルモン! 消毒してるから!」
「わ、分かってるが……」
「動かないでってば!」
 怪我の状態は分からないが、少なくともドーベルモンの意識ははっきりしており、そこまでの大事ではないように見えた。ジェームズはドーベルモンの治療を少女に任せ、コートを脱いでリビングの肘掛け椅子に座った。
「絡んできたのがミノタルモンで良かった。彼はまだ話の分かる相手だ」
「アレでですか⁉」
 ドーベルモンの前脚に包帯を巻いていた少女が驚いた声を上げる。と同時に、ドーベルモンが「ギャッ」という小さなうめき声を漏らした。
「そういう奴らがごまんといる場所だということだ」
「そ、そうなんですか……あの、おじさんは何をされてるんですか?」
 応急処置が終わるやいなや、少女の興味は別の場所にいってしまったらしい。壁を占拠する大きな本棚や書類の積まれた机などを、彼女はキョロキョロと見渡し始めた。
「探偵をしている」
「え⁉ 嘘、初めて探偵さん見ました! どんな仕事ですか? ホームズみたいな?」
「もう引退しようと思ってる」
 少女の質問には答えずに、ジェームズはぴしゃりと返す。体重を背中に預けたまま、腕を組んで少女を見つめて聞き返した。
「君のような子どもがなぜこの時間にこんな場所にいる? ここではトラブルに巻き込まれても助かる保証などないのに」
「あ、はい! えっと、それはですね!」
 咎めるため厳しい口調で言ったにも関わらず、彼女はハキハキと返事してパーカーのポケットから汚れた新聞紙を取り出した。どこかのゴミ捨て場から拾ってきたようにしか見えない。
「これです!」
 新聞は今日の日付。おそらく市街地で配られていた号外だろう。そして記事の内容は……もう、今日何度も見たものだ。さっきのミノタルモンとの会話から予想していたこともあって、さすがに慣れてきた。
「何日か前に、こんな……選ばれし子どもだった人と、そのパートナーが殺されてしまったらしいんです!」
「ほう」
 ひとまず、少しは驚いたような反応を返してみる。少女は興奮した口調で話し続けた。
「私、とてもショックで……居ても立ってもいられなくて……」
「そうか」
「それで、この時の選ばれし子どもだった人が、この辺りにも住んでると聞いて……しかもその人、パートナーデジモンも既に亡くなられているそうなので……」
「ふむ」
「だから、私たちがその人のボディガードをしてあげようと思ったんです!」
「うん。うん?」
 途中までは理解できていたのに、突然よく意味が分からない言葉が出てきた。
「もう一度今の話を繰り返してくれないか?」
「はい!」
 やはり異様にハキハキとしている。これはまぁ、いい。
「この事件を知って、私、とってもショックで」
 うむ。
「パートナーのいない選ばれし子どもだった人が、この辺りにも住んでるって聞いて」
 うむ。
「それで、私たちがボディガードをやろうと思うんです!」
「すまない、待ってくれ」
 どうやら聞き間違いではなかった。意味が分からないのは相変わらずだが。
「私、とっっってもショックで――」
「さすがに三度目はいい。どうして君たちがボディガードをやる? そこがさっぱり繋がらないんだが」
「ちゃんと実績もあるんです!」
 おそらく彼女の頭の中ではしっかりと話が繋がっているのだろう、言葉が矢継ぎ早に出てくる。
 彼女はまたしてもポケットから別の新聞の切り抜き――こちらはもっとボロボロだ――を取り出し、ジェームズの眼前にそれを突き出した。
「これです、これ!」
 それは先程と比べ随分と小さな記事だった。見出しには「コンビニ強盗を何者かが拘束」と記され、選ばれし子どもを表す印……勇気の紋章が壁にペイントされている。
「これ、私たちがやったんです! すごくないですか⁉」
 彼女の瞳は褒めて欲しいと書いてあるかのように輝いている。こんな大っぴらに自警団的な行動を白状する者は、他に中々いないとジェームズは思った。
「何故、選ばれし子どものボディガードをしたい?」
 ジェームズは彼女が差し出した記事に書いてあることや、その行動の問題点などは敢えて口にせず尋ねた。
「選ばれし子どもの人たちが、私の憧れだからです」
 話し方はやや落ち着いたが、熱意が籠ってないわけではないことは彼女の顔を見ればすぐに分かった。表情はむしろ、これまで以上に真剣になっている。
「私は孤児院で育ちました。十年以上前からそこにいるんですけど……随分昔、まだ両親がいた頃に知ったんです。私が産まれるよりも前、選ばれし子どもとそのパートナーが世界を救ってくれたんだって」
「……」
「何度もその話を聞いて、選ばれし子どもは私にとってヒーローでした。その人たちが今、危ないんです。だから私が、あの人たちを助けてあげたいんです!」
「……そうか」
 ジェームズは黙って立ち上がり、部屋を横切る。少女は彼が何をしようとしているのかよく分からないようだった。
「孤児院の主はアンドロモンか?」
「⁉ そ、そうです! えっ、お知り合いですか?」
 知り合いも何も、さっきまでそのデジモンとバーにいたんだよ。ジェームズは頭の中でちらりとそう思ったが、これもひとまず置いておくことにした。
「まぁ、そうだ。それより君――名前は何だ?」
 テレビの隣にある古びたワードローブから目的のものを取り出す。その間に少女はあっ、と気づいたように慌てて背筋を伸ばした。
「私、春子って言います! 橘春子です! 高校一年生です!」
 それを聞いてジェームズは一度頷くと、また彼女の前を通り過ぎた。今度は出入り口の前で止まる。
「ハルコ、さっさとアンドロモンのところに帰るんだ」
「えっ……」
 ハルコの表情が露骨に曇った。
「え、いや、あの、その……」
「君の仕事はここにはない。ドーベルモンの治療が終わったなら、もういいだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください! 今の私の話聞いてましたか⁉ 私、選ばれし子どもを探してるんです! 何でもいいから何か知りませんか? この辺りで……」
「ジェームズ・テイラーソンだ」
「そうです、ジェームズ・テイラーソンさんがこの辺りに住んでるって聞いたんです! だからジェームズさん、ジェームズさんの……あれ?」
 春子が口角泡を飛ばしながら猛抗議していたのを止め、何かを考え出すのを見て、ジェームズは彼女の眼前にヒントを差し出すことにした。それはかつて彼が首に掛けていた金属製のタグ。その中心に嵌められた水色のプレートには、春子にも見覚えのある模様が刻まれていた。
 友情の紋章。
 ガブモンのパートナーだった選ばれし子どもが持っていたもの。
「えっ……」
 春子は一気に脱力したようだった。
 ジェームズはそのようすを気にも留めずに、玄関のドアを開ける。冬の冷たい外気が二人の間を通り過ぎた。
「私はその連続殺人事件の捜査を行っている。君の気持ちは分かったが、助けは不要だし、何より忙しいんだ。すまないが、帰ってくれ」
 手をゆっくりと動かして、外を示す。
 これで答えとしては十分だろうと思った。熱っぽく話していた少女にも、自分の意図は十分に伝わっただろう。
 ようやく立ち上がれるようになったドーベルモンが彼女の足元に擦り寄る。
 不十分だった。春子はまだ動かなかった。
「い、嫌です」
「何故だ」
「だって、やっと会えたのに……」
「あぁそうだな、良かったよ。では――」
「違うんです!」
 春子が突然声を上げたので、ジェームズは僅かに驚いて彼女を見た。春子はそれまでとは違う自信なさげな表情を浮かべながら、またしてもポケットから何かを取り出す。
 それはジェームズもよく知る道具で、しかし彼女がそれの持ち主だとは想像すらしていなかった。
 透き通るような水色をした、デジモンを進化させるための道具――デジヴァイス。
「私、選ばれし子どもなんです」
 この世界にはもう、新たな持ち主は現れないと思っていたのに。

ID.4822
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/01/25(木) 23:35


あとがき
 気づけばNEXTに入ってから投稿する連載小説が5作目となりました。
 そして掲示板もまもなく9周年、僕はデジモン小説に手を付けて来年で20年……と、なにやら時空の歪みが大変なことになってます。
 毎回「公式が多分やらなそうな物語」をやりたいと思って書いていますが、今回はその拗らせが局地に達したといいますか、「パートナーデジモンが既に亡くなっている60代男性」が主人公、という作品です。
 このお爺ちゃんが、半世紀分もの世代差がある新人選ばれし子どもとどんな物語を展開していくことになるのか、ぜひお付き合い頂ければと思います。

 なお、本作は1月28日開催の「DIGIコレ6」にて、文庫サイズの同人誌として頒布予定です。
 もし当日いらっしゃる方がおられましたら、ぜひ東6ホールに−49b「スタジオルラル」にいらっしゃってください。
 それでは、また次回!

ID.4844
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/02/05(月) 22:35


に、20年……だと
 どうも夏P(ナッピー)です。実は同人誌を手に取らせて頂いた身でありながら、投稿されていることに気付かず、アカンこれでは開けんとなって大切に保管していくことを決意しました。保管の為に大きい本棚が欲しい!


 デジタルワールドそのものが舞台で人間もそこで社会を形成しているのを見るとやはりアポカリプスを思い出す。しかし冒頭からして覚悟してましたが、あのシャウジンモンやっぱり殺されたのか! なんかセイバーズでロードナイトモンにグアアアアアされてた印象の所為か、やたらやられ姿ばっか印象に残ってるぞアイツ! こちらでも究極体にはなれなかったのかァ!
 1999年というのはやっぱりデジモンファンにとって特別な意味があるのか。……それから半世紀後!? なんて遠くの話だ……と言いつつ気付いたらそのぐらいの時代になってそう。というか、ツノモンとコロモンが示唆されたからにはてっきり無印オマージュでそのパートナーも合わせて出てくるのかなと予想しましたが、現時点で殺されたのはカメモン・ミケモン・ペンモンで全部無印主役というわけではなかったのかな。リリモンは刑事でしたが他の主役が出てこないかなーとか期待しております。
 ジジイが主役! いいじゃないか!(あ、主役春子ちゃんじゃないんだと思ったけれど) しかし酔っ払いの癖に案外強いのなミノタルモン、勝手に成熟期だと思ってたけど実は完全体だったのだろうか。


 同人誌を読もうか迷いますが、続きをお待ちしております。

ID.4864
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/02/11(日) 01:20


感想返信
>夏Pさん

 先日はありがとうございました!
 そしてお読みくださりありがとうございました。

 シャウジンモンのポジションは当初、別のデジモンを置いていたのですが、色々考えた末に現在の状態に落ち着きました……結局損な役回りを彼にやらせてしまって申し訳ない。
 1999年から半世紀後……といっても、現在(2018年)からすると30年後くらいなので、そう考えると意外とすぐなのでは……とか思ってしまうのは自分も年を取ってしまったということなんでしょうか。

 キービジュアルとかはキレイどころ優先したので春子が目立ってますが、主役はジジイです!
 ジジイ感を楽しんで頂ければと思います。

 あと同人誌には挿絵もついておりますので、よろしければ投稿を読む前でも読んだ後でも見て頂ければ更に楽しめるのではないかと……!