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ID.4747
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2017/07/16(日) 14:06
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What is the cage? 3-1
         
(これまでのあらすじ:地下都市アングラのギルドに所属するテイマー、セト・ケイジは失踪中だった同僚のイリノ・コータと再会。任侠ヤクザの仁清組を標的とした彼の依頼を遂行する。その1件から、ケイジは上層社会トップのアースガルズ社がヴァルハラ計画という事業を進めていることと、コータがその計画に巻き込まれて精神を幽閉されており、現在彼の身体を動かしているのは彼の使い魔サーヴァントであることを知る。
 翌日、ギルドからアースガルズ社を標的とした仕事ビズを割り振られるケイジ。ギルドへの疑念から、彼はコータの仲間のモリイ・リオンに潜入を頼み、自分は彼女のサポートに回ることに。アースガルズ社へと潜入したリオンは仕事ビズと並行してヴァルハラ計画に関わる情報を奪取。しかし、計画の統括者であるヒラタ・ヒデオに2人の行動はお見通しだった。
 リオンはヒデオと戦闘を開始。その一方でケイジの意識はヴァルハラ計画の中核である知性体――アスク・エムブラの元へと飛ばされる。警戒するケイジに対し、アスク・エムブラはアースガルズ社からの解放を内密に依頼。アスク・エムブラの手引きでコータと再会して彼の意思を確認したケイジはその依頼を受けることにする。
 一方でケイジの「身体」にも危機が迫る。ギルドの長、ジュリ・アスタはアースガルズ社に内通しており精神が抜けた身体を処分しようと襲撃を掛けてきたのだ。しかし、ケイジの使い魔が応戦して時間を稼ぐ間にケイジが帰還し窮地を脱出。また、ケイジらの情報をジュリに売っていたイイダ・リンが彼に反抗したことを足かがりに反撃を仕掛けてジュリを抹殺。リオンも自分を育てたヒデオに苦戦を強いられるが、コータの使い魔サーヴァント――アーミテジにより救出される。
 仕事ビズそのものは完了コンプリート。危険な目に遭っただけの収穫もあった。しかし、明かされた真実は、事態が混迷に向かいつつあることを示していた。)




act.3 Bird in the cage -- fall out




 1.




 指を1本ずつ内側に折って、右手の反応速度レスポンスを確かめる。結果は上々。1時間前まで指1本すら動かなかった鋼鉄クロームの四肢は手足マニピュレータとして十分な働きをしてくれている。偏屈で勝手に余計な改造をしてくる変人でも、インの技術は本物。やはり持つべきものは友と優秀なかかりつけ医メカニックだ。
「そわそわして……緊張でもしてるの?」
「馬鹿言え」
 リオンの言葉には反射的に否定をしたが、あながち間違いではない。多少緊張しているからこそ、完全に直ったはずの機械義肢サイバーウェアの動作が気になってしまう。とはいえ、曲がりなりにもギルドの上位五指に入っている男が怖気づくだけの理由がある。――今からケイジはギルドの全員に対して演説をしなくてはならないのだ。
「本当に任せていいのか」
「今さらだな。俺達の仲だろ、アーミテジ。どど泥船に乗った気分で構えていろ」
「一緒に沈めと?」
 合戦に挑む大将のように堂々と構えなくてはいけないことはケイジも理解はしている。この問題はじきにケイジやリオン、アーミテジや彼のテイマーだけのものではなくなるだろう。そうなる前にギルドの力を結集して手を打たなくてはならない。
「はぁ、どうしてこうなった」
『俺達がジジイに引導渡したからだろ』
 ぼやいたところで原因は使い魔の指摘通り。殺らなければ殺られていたとはいえ、長の訃報はギルド全体に少なからず波紋を起こしていた。せめてもの救いは長の仇を取ろうと義憤に燃える忠義者が皆無だったこと。そして、その理由がジュリの人望の無さだけではなく、単純に混乱して二の足を踏んでいることも絡んでいるということ。
 意図して起こした訳ではないが、この混乱を利用しない手はない。ジュリとアースガルズ社の悪行を盛りに盛って語り、盛大にプライドを煽れば一気に味方を増やすことができる。死人に口無し。偉大な長には戒名代わりに、自由を脅かす悪の象徴という異名を進呈しよう。
『集合状況は上々。いつでも始められるぞ』
 舞台は非公式のチャットに作ったルーム。招待客であるギルドメンバーの8割は既に着席完了。公式のチャットを使わなかったのは、ジュリの死亡により彼と繋がっていたギルドの基盤システムに障害が発生したため。今は有志がハードウェアの処理能力のみを間借りして非公式チャットを運営している。おかげでギルドメンバー全員が入って多少遊んでも余裕が有るほどリソースが潤沢なVIPルームとなった。
「いつでもって……悪い。少し気持ち悪くなってきた」
「オッケー、始めて」
「聞けよ、おい」
 ケイジの意思を無視して使い魔サーヴァント経路チャンネル開くオープン。瞬間、ケイジの意識は強制的にチャットルームへと飛ばされる。

 flip_out


**** Chat room ****

KG:おいこら、勝手に飛ばすな。馬鹿、おい

mob1:あのー、話あるんじゃないんすか?

mob2:というか、帰っていいすか? こっちもいろいろあるんで

KG:すまんすまん。さっさと話すから帰らないでくれ。な、モブの諸君

mob1:んだとぉ!

mob2:ちょっとランクが高いからって調子乗ってんじゃねえぞゴラァ!!

KG:ああ、はいはいごめんごめん

JM:最初から本題を話せば良かっただろうに

KG:反省してる。で、その本題だが――全員、俺と擬験シムステイムで情報を共有しただろ。見てないなら、ログを上げておくからそれを参照してくれ。あれがほぼ全てみたいなもんだ

mob25:ちょっと待て、あれが真実だっていうのか!? あんな馬鹿げたことが?

mob310:アースガルズ社がなんとか計画を立ち上げて、俺らギルドのテイマーを幽閉。我らが蟲爺ギーザーはアースガルズの社長と結託して、せっせと出荷をしてたと。……本当に馬鹿げていて、信じられないな

KG:信じる信じないは各々に任せる。俺や俺の連れが擬験シムステイムに手を加えるなんて面倒くさい真似をするって思うなら、信じなくてもいい。――だが、現に俺の身体と使い魔サーヴァント蟲爺ギーザーに狙われ、仕方なく完膚なきまでに返り討ちにしてやった。

Dingo:途中から自慢になってるのは気のせいか

Angela:いいんじゃない、別に。ウチのトップってだいたいどこか子供だから

KG:とりあえず事の顛末はそういうことだ。で、子供のお願いとして全員に頼みたいことがある

JM:ほう

KG:アスク・エムブラから受けた俺が受けた依頼――奴をヴァルハラ計画から解放するのを手伝ってくれ

mob1:はぁ!?

mob25:冗談だろ、そのアスクなんとかって……なんかヤバい奴だろ

mob310:確かヴァルハラ計画の中心となる複合知性ハイブリッドだか何だかで、全ての使い魔サーヴァントに影響を及ぼすマスターコールが使えると言ってたな。そんな厄介者を信頼しろと?

JM:仲間の出荷にも加担してたようだな。蟲爺ギーザーという繋がりも切れたなら、おとなしく手を引くのが賢明か

Guest:……それは困る。お願い。手を貸して

mob1:ゲストアカウント? どちらさんだ?

KG:あー、俺の仲間のモリイ・リオンだ。ほら、擬験シムステイムで最初に視点を間借りしてたちみっこ

Guest:別に気にしてないけどしつこく言わないで

KG:へいへい

mob1:あー、あの可愛い子ちゃんね。どう、この後お茶する?

Guest:手を貸してくれるなら

mob1:うっ、痛いとこ突くなぁ。あー、まあ今回はご縁がなかったってことで

KG:このチキンが。少しは漢気見せろよ

mob1:うるせえ。危ない女には近づかない主義なんだよ

Coat:何もしない方が危ない場合もある。今がそのパターンだ

Angela:あら、確かコータのアカウント。わざわざ敵の腹からアクセスしてきたの?

Dingo:いや、使い魔サーヴァントだろ。今、コータの身体を使ってるのは使い魔サーヴァントと聞いてる。コータの人柄を考えると、使い魔サーヴァントがアカウントの権限も預かっててもおかしくない

Coat:その通り。俺はイリノ・コータの使い魔サーヴァントで、テイマーからいろいろと預かっている身だ。便宜上、アーミテジとでも呼んでくれ

mob43:使い魔風情が名前をねえ

KG:何か文句でもあるか

mob43:いや、あの人らしいと思っただけさ

Coat:寛容な対応痛み入る。さて、ケイジが提示した依頼だが、これはギルドの……いや地下都市アングラ全体の利になると進言しよう

JM:俺達にもメリットがあると?

Coat:厳密にはデメリットから身を守ることができる、と言った方が良いだろう

Angela:何かヤバいことに巻き込まれそうになってるとでも?

Coat:考えてもみて欲しい。アースガルズ社はジュリ・アスタというヴァルハラ計画とギルドを繋ぐパイプを失った。加えて、計画の情報はギルドの全員が知るところとなっている。――アースガルズ社がそんな危険の種を放置するだろうか

Dingo:多少手荒な手を使ってでも潰しにかかる。そう言いたいんだな

Coat:簡単な推測だ。現にアースガルズ社はギルドを殲滅するための準備を始めていると、上層社会トップでは大々的に宣伝している。――地下都市アングラのギルドが上層社会トップの侵略を目論んで攻撃を仕掛けてきた。これはその報復であると大義名分をでっち上げてだ

mob25:ちょっと待てよ! え、冗談だろ?

JM:いや、確認したがマジらしい。これは流石に笑えないな

Coat:地下都市アングラの危機は理解できたか。――こういう状況だからこそ、アスク・エムブラを解放することに意味がある。奴を解放すれば中核の抜けたヴァルハラ計画が頓挫するのは自明の理だ。また、解放の謝礼として力を借りることも可能だとコータから聞いている

JM:そのアスク・エムブラは複合知性ハイブリッドとやらで、俺達とはモノの考え方からして違うんだろう。本当に信用できるのか?

Coat:逆だ。モノの考え方からして人と違うからこそ、奴は安易な裏切りはしない。1度組んだ契約は是が非でも裏切らない使い魔サーヴァントの性質もあるからだ。……奴の力さえ借りられれば、アースガルズ社からの圧力を抑えることも容易い。当事者として計画の内容を一般市民にも危険だという側面を強めてリークする手も使え、最悪の場合マスターコールという切り札もある

KG:これで嫌でも分かっただろう。俺達に選べる道は1つだけで、もう退路は無いってことだ

mob1:退路を潰したのお前らじゃねぇか!

mob2:なんてことしてくれたんだ、おい!

mob310:これは……本当にとんでもないことに巻き込んでくれたな

mob43:あんた達らしいっちゃらしいけどな

mob25:どうすんだよ。どう責任取ってくれるんだよ!?

KG:あれ、そういう流れになるのか? そこは漢気を見せてくれるところだろ

mob1:うっせー馬鹿!

mob2:間抜け!

mob25:引っ込め―!

KG:おいおい。マジか。そうか……そうなるのか、マジか


---- Login:Dixie ----

Dixie:狼狽えるな者ども! 恥を知れ、恥を!!

---- Login:Ruka*2 ----

Ruka*2:ルカルカもぉ、あんまり五月蠅いのは嫌だぞ☆

---- Login:Blade ----

Blade:あ、今日届いた新作武器の実験体になりたいならジャンジャン喚いてください


mob310:No.1の餓狼王ガロウオウにNo.2の大海神オオワダツミ、No.3の千剣竜センケンリュウ。ギルドのトップ3が勢ぞろいだ

Blade:まず君が実験体1号ですね

mob310:最初から説明に徹していたのにそれはあんまりでは?

KG:師匠、ご無沙汰しております。事態の鎮静ありがとうございます

Dixie:気にするなあ!。話もだいたい分かっておるわぁあ!!

KG:流石。ところでもう少しボリュームを押さえて頂けると助かります

Dixie:おお! すまんな!!

Ruka*2:ライ君は相変わらず話聞かないにぇー。でーも、本当にだいたい分かっちゃってるから問題ナイナイ

KG:貴女は年を考えてください。34になってそのキャラ付けはきつ

Ruka*2:あ?

KG:いえ、なんでも。……って、また話が脱線した。なんだこれ。ぐだぐだになるのは全面的に俺のせいか?

Coat:同情する

Guest:私も

KG:ありがとさん。……馬鹿みたいな茶番は終わりだ。改めて全員に聞きたい。――お前らはこのまま何もせずに、アースガルズ社に怯えて最期の日を待つだけで良いのか? モブどもの指摘通り蟲爺ギーザーを殺して地下都市アングラ全体に危機を招いたのは俺達の責任だ。お前らが望むんなら野糞の上で土下座してやる。でも、蟲爺ギーザーを放置していたら上層社会トップで実験体扱いされる仲間はもっと増えていたのも事実だ。……いつだって、あいつらは俺達を人間扱いしない。だから旨みが得られないと判断したら、管理が面倒になったらすぐに排除に掛かる。それを理解した上でこのまま蝿みたいに潰されるのを受け入れるのなら、もう何も言わない。――だが、もし一泡吹かせてやりたいと思うなら、俺達を手伝ってくれ

Dixie:聞いたかお前らあ! 漢を見せるところだぞ。ほら、我こそはと思う者から声を上げろ!!

KG:ちょっと師匠黙って。せっかくの俺の演説が

JM:乗った

KG:え?

Angela:私らも乗る

Dingo:お前の演説が響いたんだよ。言わせるな、恥ずかしい

KG:お前ら……。

mob310:仕方ない。俺も新兵器とやらの実験体になるのはごめんだ

mob43:あんた達の手助けだろ。上等だ

mob1:あー、マジで。そういう流れ? 俺らはどうする?

mob2:どうするたって……

mob25:仕方ねえ、いっちょ手を貸してやるか

mob1:あ! お前、せこいぞ

mob25:何がせこいって? 俺は勇敢なギルドの一員としてだな

mob2:はいはい。俺も参加しまーす

mob56:俺も

mob602:私も

mob78:おいどんも

mob99:拙者も

KG:おいおい参加志願が止まんねえよ……ありがてえありがてえ

mob1:いや、なんだよこれ……なんだよこれ

Blade:自分も参加しますよ。滅多にない実験の機会ですし

Ruka*2:ルカルカの魅力で上層社会トップのエリートのハートを撃ち抜いちゃうぞ☆

Dixie:ガハハハハハ! みんなよい心構えだ。当然、俺も力を貸すぞぉおおっ!!

KG:おお、心強いことこの上ないです。ギルドが一致団結すれば上層社会トップ大企業メガ・コーポだろうと、ヴァルハラ計画だろうと怖くない。そう、ギルドの面々1人残らず力を貸してくれれば。……そうは思わないか、モブ1号君

mob1:ああもう、分かったよ。協力すればいいんだろ。協力すれば。……でも、1モブの俺の力なんてたいしたことないぞ

KG:なに、モブにはモブなりの活用法がある

mob1:おい、待て。何する気だ、おい?

KG:とりあえず話がまとまって良かった。作戦はまた1時間後に。――ありがとう、お前ら愛してるぜ。

mob1:答えろよ、おい!?

---- Logout:KG ----


「はあ、疲れた」
「お疲れ」
 意識を現実リアルに戻すと一気に疲れが押し寄せてきた。肉体的な疲労だけではない。寧ろ精神由来のものが大半だろう。それほどに緊張する舞台で、内容もなかなかに混迷カオスを極めたものだった。
 それでも十分な結果は得られた。あとはアースガルズ社を仕留める程の策を考えて実行するだけ。戦争ウォーゲームを避けられない可能性があるのなら、せめてその火ぶたはこちらから切って落としてやる。
『いやあ、面白かった。ばっちり記録も残しておいたから、後でまた見直したらどうだ』
「すぐに消せ」
 やらなくてはならないことはまだ大量に残っていて、寧ろここからが本番だと言った方が適切。しかし、一仕事を終えることができたのも事実。使い魔サーヴァントの軽口に答えるのを最後に、ケイジの意識はまどろみへと溶けていった。




 

ID.4748
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2017/07/16(日) 14:06


What is the cage? 3-2
 2.




D.W. 102/03/03
17:25:33.45

 新暦Dawn Worldの夕方は社畜サラリマンが行儀よく行進する朝とは似て非なる。人々が川のように流れていくという点では同じ。しかし、流れを構成するものは既に本日の責務を終えた人ばかりで至って緩やかで穏やかなものだ。流れから外れて各々の思いのままに歩いている者も少なくない。とはいえ、流れが緩やかなのは自ら抜けていく者が多いのではなく、責務を終えることができずに最初から流れに入れなかった者が多いだけ。――残業という手段で責務を果たそうとする彼らのうち、どれだけの人が正当な残業代を受け取っているのかは考えてはいけない。少なくとも、今街を歩いている面々は平凡にして穏やかな日常を謳歌しているのだから。
「やっほー☆ ルカルカでぇす! お疲れのみなさんに元気を注入しちゃうぞ、キャハッ」
 その平凡にして穏やかな日常をぶち壊すささやかな異物スパイス。正体は交通の要である駅近くの広場で甘ったるい声を響かせている女性。付くべきところを押さえた肉付きの良い美人で、切れ長の目は蠱惑的な色気を湛えている。
 だが、それ以上に通行人の目を惹くのは彼女の服装だろう。旧世代の学校において体育の授業で用いられたという女性用の水着――スクール水着と呼称されたそれだけを着ている姿は善良な一般市民には刺激が強すぎる。そこに先の個性的な言動も加われば、五感に与えるインパクトも相当なものだ。
「こんなにいっぱいの人に見てくれるなんてカ・ン・ゲ・キ☆ こーなったら、ルカルカも頑張っちゃうんだから!」
 結果、事態を把握していない野次馬も混じって、マニアックな痴女の周りにはちょっとした人だかりができる始末。自身の使い魔サーヴァントに命じて、彼女の姿を記録しておこうとする者も多い。
 新人の路上ライブとしてはこれ以上ない入り状況。ざわつく観客の注目を一身に浴びながら、水着のアイドルはマイクを強く握り、満面の笑みとともにゲリラライブの開始を告げる。
「じゃ、1曲目いっくよー★」
 小指を立ててマイクを傾け、媚びるような歌声で電波ソングを熱唱する新人アイドル、マエノ・ルカ。彼女の正体が地下都市アングラのギルドにおけるNo.2であることを観客は知る由もない。――彼女が34歳のバツイチであることも。
「いぇえ〜い★」
「うぉおおおおおお!!」
 ライブは大盛況。派手なビジュアルと特徴的な音楽は通行人の興味を引くには十分。軽い気持ちでライブに参加したのなら、水着痴女の姿が目に焼き付き、蕩けるような歌声が耳に染みついた頃には熱狂的なファンの完成。熱に浮かされた野太い声がさらに周囲の興味を引き、新たなファンの獲得へと繋げる。
 これだけの成果を出せたのはルカの歌声やトーク、ましてやコスチュームの力だけではない。彼女はアイドルであると同時にテイマー。それも手段の選択に迷いの無いタイプだ。であれば、やることは1つ。電脳空間サイバースペースから使い魔サーヴァントを攻略し、彼らを道具として使っているつもりの主の精神を魅了すること。急ごしらえのライブ会場の裏にはそれを強化し拡散するシステムが準備されている。
「よくあんな恥ずかしい真似ができる」
「ホント信じらんないよね。あたしも無理」
 会場の設営には当然ギルドの面々も関わっている。チャットでAngelaと名乗っていた女――ハルサキ・アンジュもその1人。リオンは会場の設営には関与しなかったが、今回の肝である魅了のツールを提供者だ。彼女の使い魔サーヴァント技能スキルをベースにしたもので、拡散力を強化する仕組みがあるならばルカのファンを増殖させるのも難しくはない。
「みんな、ありがとー。これからもルカルカをよろしくねっ! キャハッ☆」
「ねえ。あの人目的見失ってない?」
「いや、全力でエンジョイしてるだけだから問題ない、はず」
 もちろん、これだけ大掛かりなことをしたのはルカにアイドルとして陽の光を浴びさせるためではない。本人のノリはどうあれ、あくまで明日の作戦に必要だっただけ。これはアースガルズ社へと喧嘩を売るための下準備なのだ。




D.W. 102/03/04
18:26:39.46

 上層社会トップで1番高い建物であるアースガルズ社のビル。その入り口は平日の夕方にしては異様な状況に置かれていた。
「面接の予定が入っている筈なんです。しっかり確認してください!」
「ですから、人事部に問い合わせたところ、本日面接の予定は無いと」
「ママ―、見学できるんじゃなかったのー」
「大丈夫よ。……ほら、ウチの子は昨日から楽しみにしてたのよ。どうしてくれんのよ」
「そう言われましても……」
「おう、兄ちゃんどう責任取ってくれんのや、ぐへへ」
「お客様! お客様!! 困ります!! あーっ!!! お客様!! 困ります!! あーっ!!! 困ります!! あーっ!!!! 困ります! お客様!! 困ります!! あーっ!!! あーっお客様!!」
 受付になだれ込む大量の人、人、人。その密度は通勤ラッシュの満員電車並、既に敷地の門から1/3以上の人が溢れ出している。流石の巨大企業メガ・コーポの入り口と言えど、通常営業の定時終わりに500人を超す人間を受け入れられるキャパシティと対処マニュアルなど有りはしない。ましてや訪問者のいずれもが存在しない予定の対応を求める部外者となれば、手練れベテランが匙を投げて逃げ出しても文句は言えない。
 当然、訪問者の全員が偶然自身のスケジュールを読み違えた訳ではない。全員が偽りのスケジュールを書き込まれ、一切疑うことなく従ったためにこの混沌カオスを作り上げることになったのだ。
「ここまで上手くいくとはな」
「もう、ケイちゃんったら……褒めても何も出ないぞ☆」
「なら、とりあえずそのキャラ止めてもらえますか」
 もちろん、ルカ達が前日に駅前で行った下準備が実を結んだ結果だ。現在彼女らは集団から少し離れたところで状況を静観している。その顔に浮かぶ笑みは単純に結果に満足しているだけでなく、人混みに紛れる役割にならなかった安堵も含まれていた。
 彼女らが前日のライブに来た観客――その使い魔サーヴァントに仕掛けたハッキングは観客を増やすための工作だけではない。並行して、いくつかの機能をまとめたウィルスをインストールさせていた。機能は主に3つ。1つ目は「"D.W. 102/03/04 18:20" にアースガルズ社を訪問する」という偽りのスケジュールを刻み込むこと。2つ目は精神安定用のクーリング機能を暴走させ、逆に主の感情を煽って興奮させること。3つ目はSNSにライブの画像とともにウィルスと繋がるリンクを上げさせること。
 前日のライブの功績もあって、ウィルスがもたらした影響は絶大。ただでさえ不満が溜まっていることに加えて、人混みという人間の精神衛生上よろしくない環境。同じように不満を抱えている人々の愚痴と怒号で雰囲気も良い感じに最悪。――後は1滴の仕上げをするだけで、不満は一気に決壊する。
 パン、と短い炸裂音がこの場全員の耳に届く。直後、その音の基点近くで1人の男が倒れ、身体の真下に小さな赤い水たまりが広がっていった。
「キャアアアアアアアアッ!!!」
「う、うわ……あはああアアアアッ!!」
 それが起点。安全第一の三問芝居でも効果は十分。全員の精神を侵していたフラストレーションは臨界点を突破し、理性的な行動が選択肢から消えた人々は自分の命欲しさに縦横無尽に走り出す。ぶつかる人は押しのけて踏みつぶし、武器になるものを手にした人は姿の見えない敵に対して振り回す。
 パニックが引き起こす真の混沌カオス。それは潜入するには絶好の機会チャンス。敵側からしても「ただいま潜入しました」と言っているようなものだが、こちらの潜入など元から相手には予測済みだろうから下手に隠れることに執着する必要もない。寧ろ潜入がばれた後に立ち回りやすくすることの方が現実的だ。
「悪いな。俺達も生き残るために必死なんだ」
「ケイジ……すまない」
「お前が謝ることじゃない、アーミテジ。これは俺達が決めたことだ」
 たとえそれが無辜の人を巻き込む悪行だとしても構いはしない。それがギルドの全員が選んだ、生き汚いダーティなやり方だ。
「うむ……頃合いか」
 状況は整った。本番はこれから。ギルドのNo.1であるフラノ・ライモンが一声上げれば、混乱に紛れてギルドの面々が一気にアースガルズ社へと潜入する。彼も気合が入っているらしく、いつも以上に暑苦しいその姿にギルドの面々は顔を顰めていた。腕を組んで逞しい胸毛を持ち上げ、頭に被った狼がモチーフのマスクの鼻から荒い息を噴きだす姿を見るだけで体感温度が4℃ほど上昇する。
「とりあえず服着て、そのマスク外しませんか? かなり目立つんですけど」
 上半身裸で変なマスクを被っている姿は紛れもなく不審者、或いは変質者。これでは混乱に紛れても目立って仕方ないだろう。すぐ近くで暑苦しさの被害を最も受けているギルドのNo3――ザイゼン・ゼオンが代表として進言するが、希望が薄いことは彼自身が理解していた。
「貴君がそれを言うのかね」
 しかし、立場としては1番提言しやすいゼオンだが、彼も彼で説得力に欠ける目立ちたがりの個性派だった。ライモンやルカと違い、彼自身の姿は不用意に目を引くことの無い。ただ、彼が背負っているバッグは1人暮らしの家財道具すべてを押し込めたかのように巨大だった。
「貴君こそ、その無駄に大きなバッグを置いてきたらどうだ?」
「ななななんてことを言うんですか。愛しいベイビー達を置いていくなんてとんでもない」
「もー、2人して目立つ格好しちゃダーメ☆」
「君にだけは言われたくありません」
「貴君は鏡を見たことがあるのかな」
「あれー、もしかしてもしかして……喧嘩売ってるの?」
「何してるんですか、もう全員飛び出しましたよ」
 予定していた混沌カオスとは別に小さな混沌カオスが産まれつつある。そんな状況に辟易したのか、TOP3改め三馬鹿と保護者の4番目ケイジを除いたギルドの面々は既に人混みの中へと突入。既に大半が人の波を縫ってビルの中へと侵入していた。
「どういうことだああ! 私が号令を出す手筈だっただろうが」
「ちょっと、置いてかれたじゃない!」
「僕のせいにしないでください。八つ当たりなんてそのきっつい服装と同じくらいみっともないですよ」
「もう頼むからさっさと行ってくれよ」
 チャットで誰かがギルドのトップの連中は子供なところがあると言ったが、これではまだ子供の方が聞き分けが良いだろう。――実力が無ければ容赦なく切っているところだ。




 

ID.4749
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2017/07/16(日) 14:07


What is the cage? 3-3
 3.




「私を置いて作戦を開始するとはどういう了見だああああ!」
「やっと三馬鹿が追いついたみたいだな」
「なんで大声を上げて潜入してるのあの人たち」
 遥か後方から聞こえる怒号に頭を痛めながら、カジワラ・ザクロ――チャットでDingoと名乗っていた男はハルサキ・アンジュとともに侵入者一団の先頭を全力で走っていた。ひとまずの目的地はエレベーターホール。しかしロビーは馬鹿みたいに広く、そこに辿り着くにはかなりの距離がある。
 それでも距離の半分を稼ぐことができたのは、集団にはギルドの選抜隊50人だけでなく恐慌に駆られた一般市民も大量に混ざっていたため。雪崩れ込むその集団に対しては、アースガルズ社の平社員に打てる手は存在しない。武器の所持を許された警備員も一般市民が大量に紛れ込んでいては、この混乱が何らかのテロ集団の仕業だと理解していてもその武器をみだりに使うことはできない。この場で打てる手を持つ者は良心の欠片も一切持たずに効率のみを求める者のみ。
「……何か聞こえる」
 1番最初に違和感に気づいたのはリオンだった。銀仮面越しに微かに知覚したその情報を逃すことなく追跡を開始。1秒と立たずに、その原因が既に遥か後方にあるビルの入り口にあることを理解した。
 直後、ビルの入り口に重厚なシャッターが落とされる。煽動された一般市民も自ら潜入したギルドの面々も問わず、ビルの中に侵入してきた部外者の一切を閉じ込めた。
「警備員は退去せよ。――ここからは私設軍の領域である」
 スピーカー越しに響いた指示通り、警備員は波が引くように一斉に後退。彼らと交代するように、特殊繊維の軍服を纏った小隊が侵入者の進路を阻む。その手で構えられた機関銃は1列に並び、引き金に掛かる指は1つも震えてはいなかった。
「やはり、そう来るか」
 冷静であれば、集団のどの位置にいようと状況の変化を感じることはできる。その結果訪れる2秒後の未来を読んだケイジは先に心中で謝罪と黙祷を捧げた。
「――撃て」
 小隊長の命令と同時に一斉に放たれる大量の弾丸。標的は正面に居る人間すべて。目的や経緯を確認することなく身体に無数の穴を穿っていく。シャッターを閉じたのはこの凄惨な現場を外部に漏らさないため。目撃者は1人たりとも逃さない、一方的な殺人ゲームの始まりだ。
「派手にやってくれちゃって。……ホント、笑えない」
「ああ、まったくだ」
 しかし、一方的なのは一般市民が標的になった場合のみ。私設軍にとって本当の敵であるギルドの面々への被害は圧倒的に少ない。寧ろ、反撃の機会すら存在している。
「こじ開けるわよ」
「へいへい」

 call Kaizserleomon

 call Garummon

 ghost_flip

 先頭を走るアンジュとザクロは同時にコマンドを打ち込み、自身の身体の制御を使い魔サーヴァントに受け渡す。
 アンジュに宿るのは黒曜オブシダンの鎧を纏った黒い獅子。ザクロに宿るのは金色のブレードを背中に備えた白銀の狼。2人の身体に宿った獣は刻まれた習性に従い、両手を地面に着けて顔だけ標的に向ける。その所作こそが機構ギミックを起動させるスイッチ。2人の全機械義体フルボーグが獣として最適な形態へと変形する。
 アンジュの両肩から細い銀色の筒が突出。両足の脹脛ふくらはぎの裏側が展開し、踵からスラスターが伸びる。背中の一部が剥がれ、前面へと垂れて顔を覆う黒獅子の仮面となる。
 ザクロの両手両足の付け根から滑走用の車輪が落ちる。同時に身体の各部から金色の刃が展開。特に背中に左右に広がる一対のウィングブレードは優れた切れ味を持つ業物だ。また、黒獅子と同じく背中の一部が前面に垂れて、銀狼の仮面となる。
 黒獅子と銀狼はそれぞれ内燃機関を激しく燃やし、身体の隅々にエネルギーを行き渡らせる。私設軍が慌てて機関銃の標的を2匹の獣に向けるが、その外殻には傷一つつかず、ただ無駄に弾丸と時間を消費するだけ。その事実を小隊長が理解する頃には、獣たちの狩りの準備は整っていた。

 use-skill "Schwarz Koenig"

 use-skill "Speed Star"

 黒と銀の風が吹き抜ける。既に2匹の獣は小隊の中心へと到達。黒獅子が通った轍にはあらゆる物が砕かれ、銀狼が駆け抜けた跡には一切の物が両断されていた。間一髪被害を免れた者は瞬きの間に味方が殉職したという事実を受け入れられずに固まる。
『その程度の練度で止まる訳ないじゃない』
『今思い知ったところで仕方ないけどな』
 獣の力で小隊の中心に切りこむ事には成功。そこから小隊を内側から破壊するのは、人の技こそが相応しい。そのための命令コマンド機構ギミックも2人は持ち合わせていた。
『もう少し頑張ってね、ダーリン』
『頼むぞ、相棒』

 Slide Evolve Human

 ビーストからヒューマンへの進化。獣として展開していた機構ギミックはすべて閉じ、上体と両手は起き上がって2本の足だけで身体を支える。ここからが人として戦うための変化。その本番。
 アンジュの右手人差し指に嵌められた指輪の台座から小さな円盤が飛び出す。ボタンほどの大きさのそれは、空中で円柱へと変形を開始。ニ三度宙を舞った後にアンジュが掴む頃、それは黒い柄と銀の穂先を持つ「断罪の槍」となる。同時に左手薬指の指輪の台座が膨張を開始。そのまま黒獅子の頭部を模した盾へと変形して左手全体を覆った。
 一方、ザクロの両手首からは薬莢に似た銀色の筒が射出。彼の両手がそれらを掴んだ瞬間、先端から青白い光が飛び出して一定の長さで滞留。両手が握るそれは2本の光剣リヒト・シュベーアトとなる。
 今2人が持つのは使い魔サーヴァント専用に作られた武器。いつの時代も武器を持って戦うのは人の姿をした者の特権だ。

 use-skill "Ewig Schlaf"

 use-skill "Licht Sieger"

 黒の戦士が巧に槍を振るい、銀の騎士が2本の光剣で敵を切り裂く。動きの1つ1つが洗練され、技を振るう様は絵の題材だと言われても一切違和感を覚えない。だが、個々の技よりも注目すべきはその連携コンビネーションだ。互いに邪魔しない程度に遠慮のない立ち回りは、まるで長年連れ添った兄弟ブラザーかと錯覚させる程。
 事態は既に私設軍の一方的な展開では無くなっていた。
「『今のうちに抜けろ』と、ザクロは言っております」
「ご丁寧にどうも」
 宣言通り、進路をこじ開けることには成功。最低限の責務は果たしたところで、ザクロの使い魔サーヴァントが後方に向けて声を上げる。それを合図に後ろで防御に重きを置いていたギルドの面々は一気に駆けだした。
「『半分くらいは残ってよね』とハニーが」
「じゃ、遅れた奴で適当に」
 アンジュのメッセージとケイジの返答が全員の尻に火を付ける。このまま置いていかれて、一般市民という不確定要素が存在する場所に長居するなど御免だ。先ほどの2人のビースト形態もかくやという速度で数十人が全力疾走。2人相手にほぼ半壊状態の小隊を追い越して、第1目的地であるエレベーターホールを目指す。
「1抜……え」
 そうして小さな名誉欲しさに1番を取ったのは、チャットで1番最後に作戦への参加を了承した男。彼を待ち受けていたのは、4機の駆動甲冑ムーバブルアーマーに内蔵された銃火器の掃射だった。1発1発が致命傷になる弾を数に任せて撃たれては、不用意に飛び出した彼の身体は木端微塵になるのが道理。モブには窮地を切り抜ける切り札など持ち合わせてはいない。
「もぎゅ」
「何してるんですか、モブの癖に」
 しかし、モブだからといって必ず無意味に死ぬとは限らない。思わず目を閉じた彼の顔は巨大なバッグに押し潰されてはいたが、その身体には傷一つついてはいなかった。
「ぜ、はー……って、ゼオンさん」
「ども。このままだと僕のベイビーが活躍できる機会が無さそうだったので」
 迫っていた弾丸の悉くはあの巨大なバッグによって――厳密にはバッグから飛び出した4本のロボットアームがそれぞれ持つ分厚い盾によって防がれていた。電脳経由でロボットアームを動かしながらも、ザイゼン・ゼオンは冷や汗一つ書いておらず、寧ろ軽い調子で返事を返すだけの余裕はある。それはつまり、反撃に転じるだけの余裕があることに他ならない。

 Evolve level_Y

「実地実験ができるなんて、危険な綱渡りもするのも案外いいかもしれませんね〜」
 ピクニックを楽しむような場違いな口調。それが本人にとって場違いではないのは、今この現状がピクニックと大差ないということだ。電脳からコマンドを叩き込んだ先はバッグの中に仕組まれた機器すべての制御を担う彼の使い魔サーヴァント。直後、バッグは独りでに開き内蔵していた武器コンテナが解放され、その中核をなすボビンのような歯車が2枚露わになった。歯車は無数の武器が装填された回転式弾倉シリンダー。手裏剣のような物もあれば攻城兵器バリスタ用の巨大な鏃まで、大小や形状を問わない多様さバラエティ。総弾数も4機の駆動甲冑ムーバブルアーマーが内蔵する弾の総数の合計を上回るかもしれない。バッグの下から伸びる杭を支柱にして武器コンテナを構える様は、1人の人間というよりも1つの兵器と言った方が適切だろう。
「おい、侵入者。……お前何をしようとしている?」
「まさか、その数の武器を一気に放つなんて馬鹿な真似はしないだろうな」
 その異様な変形機構には、相対する駆動甲冑ムーバブルアーマー搭乗者パイロットも息を呑む。駆動甲冑ムーバブルアーマーを正面から戦えば文字通り一ひねりできるはず。だが、先手を打つよりも先に思わずスピーカーを通して問いかける程に、ゼオンのパフォーマンスは目を引いていた。
 常人の立ち回りで考えれば、ゼオンが背負う武器の内で使えるのはせいぜいその数パーセントほど。戦いの中で切り替えて立ち回ったとしても最大で20%程しか使えないだろう。だが、一気にすべての武器を使う馬鹿げた方法がある。それは誰でも1度は想像がつく類の物。しかし、あまりに馬鹿げた真似であるため、誰も実戦で用いようとはしない。

 use-skill "Sonic Slash Rain"

「ご名答。いやはや、上層社会トップの皆様は賢くて尊敬しますよ」
 その馬鹿げた真似に浪漫を感じて全力を注ぐことが、ゼオンがギルドのテイマーである最大の理由だ。
 搭乗者パイロットの予想通りにコンテナ上の歯車から一斉に射出される、剣、槍、斧、槌、鉄塊、エトセトラ。爆発的な初速を持って放たれたそれらは――1/3程天井に激突しながら――綺麗な放物線を描き、物騒な豪雨となって駆動甲冑ムーバブルアーマーへと降り注ぐ。
 武器の豪雨は浪漫全振りの攻撃に見えて、理にかなった結果をもたらしてくれる。不規則な軌道で落下する武器は避けることは困難で、重力加速度の乗った衝撃には駆動甲冑ムーバブルアーマーの頑丈な装甲と言えど無傷とはいかない。何より、浪漫全振りの大技だからこそそのインパクトで注意を引きやすく、より明確な隙を作ることへと繋がる。
「満足しました。――じゃあ、後はみんなの好きにしちゃってください」
 既にエレベーターホールまで到達している侵入者は1番乗りのモブとゼオンだけではなくなっていた。50ものギルドの精鋭が集結して現実と電脳から攻撃を仕掛けている。その光景はゼオンの大技で怯み切った駆動甲冑ムーバブルアーマー搭乗者パイロットにはどう映っただろうか。彼らの胸に最期に去来した感情は何だっただろうか。
 少なくともはっきりしていることは、このエレベーターホールの防衛が長く持たないということくらいだろう。



 
「今さらだけど止められてるんじゃないのか、これ」
 エレベーターホールでの戦闘が一段落着いた直後、誰かが第1目標のドアを叩いてそう言った。テロじみた行為がどこを発端にしているかは流石に相手も分かっているはず。だとすれば、これ以上の侵入を防ぐための手段としてエレベーターを停止させるという手を打っていてもおかしくはない。現に壁面に埋められたボタンを推しても点滅すらしておらず、カゴが降りてくる気配も感じられない。
「ちょっとー、ここまで来てどん詰まりとか止めてよね」
 身体を張って物騒な騒ぎを起こしてきたのだ。遅れて集団に追いついたアンジュの言う通り、ここまで来て袋の鼠になるなんてことは流石に笑えない。特に彼女はザクロとほぼ2人で一個小隊を壊滅させる戦果を挙げたのだ。こんなことで手柄をパーにされては堪ったものではない。
「心配しなくていい。既に手は打ってある」
 杞憂だとアーミテジが宣言した直後、それを証明するかのように壁面のボタンが点灯し、雷雲に似た音とともに3つの円柱状のカゴが1階に降下。気の抜ける音ともにドアが開いて自分達を待ち受ける。
「ジョウジに2日前から潜入してもらってたんだ」
「伝手があったから洗の……説得して仲介してもらったの」
 ミヤモト・ジョウジ。チャットではJMと名乗っていた彼は警備員としてビルの監視室へと侵入し、こちらのサポートに励んでくれていた。ちなみにリオンが仲介に利用した伝手コマは、前回の潜入で真っ先に使い魔サーヴァントの虜にされたイバ・マスミ氏である。彼の使い魔サーヴァントは現在もリオンの支配下にあったのでありがたく利用されてもらった。上司の突然の殉職の原因を作り、今度は自社を標的とした企業テロの片棒を担がされるとは、彼もなかなかに災難な男である。
「じゃあ、後は流れで」
「オッケー、好きにやらせてもらう」
 今さら計画を確認する必要はない。エレベーターでそれぞれ目的の階に到達した後は、各自の判断でそれぞれの責務を果たすのみ。
 結果さえ残してくれるのなら、その過程や行動は一切口出ししない。それが今回の作戦に参加する全員に対する譲歩。ただ、首輪を外して本性を解き放つことは作戦にとっても意味がある。全力で好き放題やってくれることこそが、彼らの行動に求める1番の条件なのだ。
「者どもぉお、掛かれぇえええええい!!」
「密室で叫ばないでください」




 

ID.4750
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2017/07/16(日) 14:08


What is the cage? 3-4
 4.




「うん、紙の本というのも悪くない」
 アースガルズ社本社ビル37階、エレベーター近くの廊下。その隅で壁にもたれて文庫本に視線を向ける男が1人。異変に気を向けることなくマイペースを貫くその姿を見れば、誰でも文句の1つは言いたくなるだろう。彼の服装はこのビルに勤めている警備員のそれなのだから。
「そこの君、こんなところで何をしているんだ! 1階の状況は聞いているだろう」
 実際、彼に声を掛ける人物はすぐに現れた。ブランド物のスーツを着こなし、腕には細やかな装飾が輝く銀時計。ワックスで頭髪を固めたその初老の男性は優秀な社員なのだろう。それなりのポストに居ることを無意識のうちにアピールするほどに自社に誇りを持っている。素晴らしいことだ。彼も声を掛けてくれたのがその男性であったことを心底喜んでいた。
「ええ、よく知っていますとも。いやはや仲間達が奮闘してくれているようで」
 飄々とした姿勢 スタンスを崩さず、彼は右手の文庫本を閉じて男性に身体を向ける。緊張とは程遠い余裕に満ちた振る舞い。心の奥で緊張感を隠し切れない男性にとって、一警備員がその振る舞いを見せたという事実はどう映ったのか。
 関心よりも先に出たのは劣等感と恥辱。自分の方が彼を使ってやっているという力関係にも関わらず、自分よりも堂々と知った風な口を利いている。それがただ不快だった。
「知っているではないだろう! なら、なぜ」
 沸点の低いその男性は感情に任せて彼の胸倉を掴みあげ、そのまま壁に背中を押し付ける。そのまま勢いに任せて唾と怒号を飛ばすが、その勢いが激しくなることはなかった。
「――待て。君の言う仲間とは何だ? 何を指している!」
 それは男性が彼の発言の不可解な点に気づいて一瞬冷静さを取り戻したため。現在までのキャリアの中で得た、様々な経験が警鐘を鳴らしていた。言葉の真意を理解できなければ、自分は大きな過ちを犯すことになると。
「惜しいな、あんた。――でも、駄目だ」
 尤も、理解するだけの時間を用意されているかは別問題。男性が胸倉を掴んだ段階で相手は攻撃に移っていた。使い魔 サーヴァントを介した電脳のハッキングという攻撃を行う輩は限られている。警察か軍か――ギルドのテイマーか。

 call Wisemon

 use-skill "Pandora Dialogue"

 skill: "Red Eye"

 skill: "Eye of Nightmare"

 skill: "Snipe Steal"

 彼の使い魔 サーヴァントは記録と再生に特化した技能 スキルを持ち、使い魔 サーヴァント技能 スキルもその対象である。
 "Pandora Dialogue"は再生の技能 スキル。連続で再生される技はそれぞれ違う使い魔 サーヴァント技能 スキルだ。拘束の魔眼 レッドアイ魅了の魔眼 アイオブナイトメアの重ね掛けにより、男性ごとその使い魔 サーヴァントを完全に掌握。男性が自身の変化に気づく頃には既に、彼は3つ目の技を用いて目的を達成していた。
 余談だが、エレベーターの制御もこの使い魔 サーヴァントマスターだからこそできたこと。この使い魔 サーヴァントが記録・再生できる技能 スキル使い魔 サーヴァント技能 スキルだけでなく、人の技能も含まれている。記憶から引き出して記録することさえできれば、文字通り彼にできない技能 スキルは存在しなくなる。エレベーターの制御だけでなく、ビル中の監視システムそのものを止めることも。
 既に彼の仕事は終わった。異変を察知して動き出した幹部から、真の標的に繋がる記憶を奪ったこの瞬間に。
「張っておいて正解だった。あんたという上玉の記憶に出会えたんだから」
 Wisemonという優れた使い魔 サーヴァントを扱う彼――JMこと、ミヤモト・ジョウジにも得意な分野がある。それは記憶の操作。電脳の記憶領域 メモリーだけでなく生脳の記憶領域 メモリーにも一切の痕跡を残さずに記憶の読み書きを行う彼はいつしか「記憶屋」という二つ名で呼ばれるようになった。
「『記憶屋ジョニィ』をよろしく。ま、憶えてはいないだろうが」
 本人としては「記憶屋ジョニィ」とひとまとめにして呼んで欲しいのだが、その希望は今のところ叶ってはいない。




 call Duskmon

 use-skill "Geist Abend"

 2階、兵器開発本部開発二部。ここでは主に対人用の銃火器の設計・開発を行っている。利益は安定しているが、社全体に占める割合で見れば少ないため、社員は打開策を考えろと無駄に尻を叩かれているのが近況。今日も今日とて、納期に怯えながら当然のように社員の70%が残業していた。
 そう、確かに彼らは残業をしていた。だが、それは過去の話で、現在この開発二部に所属している社員の全員が机に突っ伏している。
「お勤めご苦労様」
 それはただ彼らが蓄積していた疲労に耐えられなかった訳ではない。5分ほど前にこの階に上がってきたアンジュによって意識と身体の自由を奪われたのだ。彼らは今、言うなれば催眠状態に陥っている。
 彼女の使い魔 サーヴァントは、1階で見せた黒曜の獅子や戦士とは似て非なるもう1つの側面を持つ。電脳空間 サイバースペース内で存在する、骨に似た黒い鎧を纏う二刀流の剣士がそちら側に属する形態の1つ。この階の人々の自由を奪ったのは、その鎧に埋め込まれた7つの目の力によるものだ。
「さて、何から頂こうかしら」
「……待て」
 この階の制圧は終わった。そう思うには少し早かったようだ。波を打つような音とともに、軍服に身を包んだ一団が廊下の奥から姿を現す。私設軍の別部隊か。単なる別部隊であれば良いのだが、見て取れる装備や練度の違いからそれは無い。
 彼らはアースガルズ社私設軍、特務部隊。私設軍の中でも情報戦に特化した部隊の一部が2人の前に居た。
「下級の量産型でもない使い魔 サーヴァントを、こうもまあ雁首揃えたものだな」
「あたしらが言えたことじゃないけど」
 
 use-skill "Geist Abend"

 今回の敵は数だけでなく、個々の質も馬鹿にはできない。先手を打って仕掛けた催眠の呪術も先頭の四人がよろめいた程度。それなりの対抗策を持っている辺り、この数を相手にするのは流石に骨が折れそうだ。
「派手にやれとは言われたけど、面倒事はごめんだっての」

 Slide Evolve Beast

「ああ、間違いない」

 call Wolfmon

 ghost_flip

 アンジュは使い魔 サーヴァントを獣の形態へと進化させ、細やかな技術を犠牲に出力をより増強。一方でザクロは再度使い魔 サーヴァントに身体を明け渡し、彼に刻み込んだ体術の経験にすべてを託す。
「あたし達で動きを縛る。あんた達で順次始末して」

 use-skill "Master of Darkness"

 アンジュの電脳に宿る紅い骨の巨鳥が声を上げる。聞いた対象を自身の色に汚染して操る呪いの叫び。人型の姿よりも強力な洗脳の力は、リオンのそれとは異なる原理で似た結果をもたらす。
 前衛の数人が糸で引っ張られたかのように動きを止める。同時にザクロの身体が2本の光剣で正面から斬り込む。狙うは隊列の2段目。動きを止めた1段目に意識を奪われた隙を突き、一気に隊列を崩しにかかる。
「……なるほど」
 振り下ろした光剣は誰の腹を断つこともなかった。標的は一切動じることなくエネルギーの刃を機械義手 サイバーアームの左腕で受け止め、逆に空いた手で拳銃 ハンドガンを突きつけている。彼以外が構える銃口も悉くザクロの腹を向いていた。
「ごめん。こっちも駄目みたい」
 加えて動きを止めたはずの1段目も既に自由意思を持っている。既に彼らの使い魔 サーヴァントの色は、アンジュの使い魔 サーヴァントが染めた黒ではなく、漂白剤をぶちまけたような白に染まっている。彼らにはもう催眠も洗脳も通用しない。
 急襲は完全に失敗。アンジュの力は効果を得られず、ザクロの身体は四方八方から銃口を向けられている。
「仕留めろ」
「く……」
 隊長の指示で私設軍は一斉掃射。鋼鉄 クロームを容易く貫通する特殊弾がザクロの身体を襲う。身体を操る使い魔 サーヴァントは即座に、思考をテイマーの生存を優先するように変更。正面の弾丸を光剣で捌きながら、背後の弾丸は足捌きで可能な限り避ける。避けきれていない分は妥協。だが、その一発一発が与えるダメージも見逃すことは出来ず、機械義肢 サイバーウェアのフレームを歪ませる。立ち回りでなんとか近場の敵を捌けてはいるが、倒した直後に新たな敵が前に出て銃を向けてくる。
「ザクロ! でも……こっちもダーリン、が」
 アンジュの方も他人を心配していられるような状況ではなくなっていた。彼女の使い魔 サーヴァントに対しても熾烈な攻撃が行われていたのだ。電脳空間 サイバースペースで繰り広げられるそれは、巨大なモンスターを標的にした一方的な狩りの様相を呈していた。弓を持った天使、二刀を操る金色の剣士、杖を操る水魔、城壁に似た黒い巨体。彼らを初めとする大勢の使い魔 サーヴァントが、アンジュの使い魔 サーヴァントたる巨大な怪鳥に向けて一斉に攻撃を仕掛けていた。怪鳥の身体には数多の傷が刻まれ、その羽ばたきにも力はない。墜ちるのも時間の問題だろう。
 多勢に無勢。このままではいずれ力尽きることが目に見えている。
「すみません。我が主」
『馬鹿野郎。諦めるにはまだ早いだろう』
 生きぎたないのが地下都市 アングラ育ちの根性というもの。このまま死ぬのはザクロもアンジュもごめんだ。それにザクロの言葉もただの痩せ我慢から出た訳ではない。切り札は本当の窮地に使うから切り札なのだ。

 ghost_flip

 Ancient Evolve level_Y

 意識を身体に戻したザクロが叩きこむのは、彼の使い魔 サーヴァントをそのルーツへと進化させるコマンド。電脳空間 サイバースペースに立つのは、白銀の鎧に身を包んだ狼の騎士。金色の大剣を2本掲げる姿は、ザクロの身体を動かしていた2つの姿とは似て非なる存在だ。例外的 イレギュラーな立ち位置だった進化段階は一気に最高クラスの格へと上昇している。
「何か来ます」
使い魔 サーヴァントに迎撃させろ」
 ザクロの振る舞いが変わったことにすぐ気づく辺り、練度はやはり高い。その情報を知った上で的確な対応が取れることも称賛に値する。――しかし、今のザクロ達には遅すぎた。
「――とまれ」

 use-skill "Absolute Zero"

 瞬間、ザクロの周囲に群がる部隊全員の使い魔 サーヴァントが機能を停止する。文字通りの強制停止。絶対零度 アブソリュートゼロの名に違わぬ強力さだ。
「な、に」
「構うな。仕留めろ」
 使い魔 サーヴァントが動けなくなったとしてもそれを宿すマスタはまだ動ける。その事実に気づいて任務に戻る私設軍の姿勢は、ギルドの一員としてぜひ見習いたいところ。ザクロとしても切り札を使ったはいいが打てる手はもう無い以上、彼にできることは状況の流れに身を任せることだけ。

 use-skill "Necro Eclipse"

 ザクロに打てる手は無いが、アンジュには打てる手がある。彼女の使い魔 サーヴァントもザクロのそれと同じようにルーツの姿へと進化。黒い神獣 スフィンクスとなった使い魔 サーヴァントの技は既に、ザクロが凍らせた敵へと届いている。――最も有名なスフィンクスの1つは「冥界の入口の守護者」として信仰されていたという。
「安らかにお休み」
「な、にぉ……ぐぁ……」
 この階に居る私設軍の使い魔 サーヴァントは皆、黒い球体に包まれた後に消滅していた。電脳を通して繋がっているマスタの脳機能諸共。
 ばたりばたりと次から次へ倒れていく部隊の軍人。文字通り全滅するまでさほど時間は掛からなかった。
「なんとかなった……く」
 宣言通り生き残ることはできた。しかし、窮地を切り抜けるために使った切り札もノーリスクという訳ではない。使う側の電脳にも大きな負担が掛かる類の物なのだ。おかげでこれから数日ほど2人は電子戦は不可能になる。
「ここでリタイアか。まあ、仕事は果たしたし許してくれるでしょ」
「十分十分。大人しく隠れるのが正解だ」
 2人ともギルドの中でも上位だという自覚はあったが、今回はここが引き時。これ以上無茶ができるのは、より強い輩かより馬鹿な輩のどちらかだけだ。




 47階、技術統括部。この階の面々の対応は迅速だったらしく、ケイジらが侵入した頃には既に社員の姿は1つも見えない。特に目を引くようなものも無く、同じ景色が延々と流れていく。
「情報通りに行けばこの奥、と」
「MJを信じてやろうではないか」
「逆です、逆。大昔のエンターティナーみたいになってます」
 それでも足を止めないのは標的がこの階にあるという確信があったから。だからこそ、ケイジ達主犯格三人に加えて、ライモンとルカというギルドの頂点に位置する2人がこの階の担当を担っていた。少数精鋭で1番の戦力を揃えるだけの理由がここにはある。
「あらぁ、出待ちしてる子がいるみたいよ。もぅ、その気持ちだけでルカルカはクラクラしちゃうぞ☆」
「待ち伏せ、ね。……三十路過ぎの自覚ある?」
「三十路過ぎじゃないですぅ〜。年齢非公開の永遠の17歳ですぅ〜」
「2で割ったらね」
「お喋りね〜。まな板の妖精さんは」
「そっちのメロンは腐りかけでしょ」
「寿命が伸びる程美味しいです〜。……って、誰の果実が腐ってるって?」
「2人ともそこまで。来るぞ」
 ルカとリオンの口喧嘩で脱線しかけたが、伏兵が居ることは間違いない。ギルドの中でも索敵能力に優れた彼女には生半可な隠蔽工作は効果はない。とはいえ、彼女が居なくとも伏兵が潜んでいることは容易に想像できる。自分達の標的があるということは、相手からすればそこに弱点があるということ。弱点をわざわざノーガードにしておく理由はない。
「特務部隊の……選抜隊」
「なるほど。それは強そうだ」
 護衛が優秀であればあるほど、彼らが守る対象の重要度は高く見積もれる。どうやら同僚が得た情報に間違いはないらしい。それを証明するには前方から迫る一団を切り抜ける必要がある。アンジュとザクロを苦しめて戦闘不能にさせた部隊、そのエリートの中のエリートを相手にすることになったとしてもだ。
「ガハハハハ!! よい。存分に仕合おうぞ」
 この状況に対して一切動じることなく高笑いできるのが、フラノ・ライモンという男。脳筋にして大雑把。豪放磊落を地で行く彼にとって敵が何であろうと問題ではない。問題なのは、敵が自分の力に耐えられるかということのみ。

 call Mercurymon

「では手始めに――散れ」
 平常時とは一転して、静かに2文字の言葉を告げる。瞬間、部隊の最前列に位置していた兵士十人が何の予兆も見せずに後方へと吹き飛ぶ。吹き飛ばされた兵士も、その後ろでとばっちりを受けた兵士も、使い魔 サーヴァント共々ノックアウト。彼らは自分の身に何が起こったかも知ることすらなかった
 ライモンの強さは速さ。電脳の性能 スペックを限界まで引き出し、常に先手を取って使い魔 サーヴァント技能 スキルを叩きこむ。その技量を「神速」と評する者も居る程だ。
「ふむ。ジャブのつもりだったのだが……練度が足らんぞ、練度が」
「か、掛かれ!」
 一蹴。腕を組んで豪快に笑う口元に反して、彼の目に喜びはない。まるで期待外れと言わんばかりの態度だ。圧倒的な力とそれに準じた振る舞い。それを前にして怯んだのが一瞬で済んだ辺り、特務部隊のエリートもただのお飾りという訳ではないらしい。
「よかろう。相手をしてやろうではないか」
 その度量に全力を持って応えることが、ライモンという男。こういう性格だから、実力はあっても潜入など静かに取り組む任務が不可能だった。だが、正面から堂々と戦うことにおいて彼の右に出る者は居ない。

 use-skill "Thousand Fist"

 テイマーに応えるように、ライモンの使い魔 サーヴァント――狼のマスクを被った緑の狩人が雄叫びを上げ、相対する敵の使い魔 サーヴァントを片っ端から殴り飛ばしていく。50を上回る粒ぞろいの集団を前に不敵に笑う姿は戦闘狂 バトルジャンキー。彼の滅茶苦茶な活躍のおかげで陣営にはすぐに一つの穴が開く。
「ここは私に任せて先に行けぇえい!」
「言いたかっただけでしょう、それ。では、ありがたく行かせてもらいます」
 その穴を突いて、ケイジとリオン、アーミテジの三人が一気に飛び出す。
「……邪魔」
 先頭はリオン。小さな身体に不釣り合いなコートを盾代わりに弾丸の雨を抜け、進路を阻む相手は魔眼で動きを止めて押しのける。その後をケイジとアーミテジが追い、背中を掴もうとする兵士の手を払いのける。
 僅かな攻防を経て一気に疾走。遥か奥に潜んでいる標的目掛けてただ足を動かす。
「この……待て」
 それでも意地と根性のある一部のエリートはケイジ達の追跡を開始。優れた判断力と行動力には目を見張るものがあるとケイジは敵ながら感心していた。彼にそれだけの余裕があるのは、自分が対処する必要のない問題だと割り切っていたからだ。
『あっれ〜、いったいどこ行くのかにゃ〜★』
 ちっぽけな意地すらもあざ笑うように聞こえる、甘ったるい猫撫で声。電脳を介して聞こえるその声は、ケイジを追うという行動をした者にのみ向けたマエノ・ルカからの死の宣告 メッセージ。彼女が一度補足した以上、彼女の使い魔 サーヴァント――半人半魚の海神が持つ、海王の牙 キングスバイトから逃れることは叶わない。

 use-skill "Vortex Penetrate"

「逃・が・さ・な・い・ぞ★」
「か、ハ」
 海神が投げた槍はわずかなずれを産むことなく、追跡者の使い魔 サーヴァントの腹を穿つ。だが、真に驚異的なのはその連鎖的な軌道。それはある標的への最短距離ではなく、捉えた標的すべてを仕留める最短距離。その魔弾のごとき軌道から逃れる術はなく、一度ケイジ達を狙った者は皆、意識外の不意討ちによって機能を停止させていく。追跡者を狙う追跡者。それがケイジ達が後方にほとんど意識を向けずに集中できた理由だ。
「そろそろ目的地だ」
 追手をライモンとルカに任せ、作戦の中核を担う3人は駆ける。罠は飛び越し、伏兵は振り切り、ロックは半ば力押しでこじ開ける。それを繰り返すこと2分。彼らの目の前には1枚のドアがあった。
「あれか。力づくでこじ開ける」
 アーミテジが右手の機械義手 サイバーアーム機構 ギミックを起動。超高度の槍と化したその手を掲げ、内部に充填したエネルギーを持ってドアを破壊する。その奥にある標的――アスク・エムブラへと干渉するアクセスキーの持ち主と相対するために。




 

ID.4751
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2017/07/16(日) 14:09


What is the cage? 3-5
 5.




 1年前のあの瞬間まで、産まれてから一度も自分の意思で決めたことは何一つ無かった。ただ状況に流され、誰かの意思に従い、組織の一部として盲従していた。いつしか生きるためには仕方ないと言い訳していたことも忘れ、ただ柔らかい脳があるだけの機械へとなり果てていた。
 自分が思考する人間だと思い出したのは、盲目的に従っていた組織に殺されかけた瞬間。それが恐怖という感情によるものだと気づいた時、不思議とそのことに安堵している自分が居た。まだ自分は人間なのだと理解できたことが何より嬉しかった。

 ――テイマーの言う奴隷根性は無いのか。……なら、一緒に来るか。

 偶然から自分の命を助け、打算からその問いを投げ掛けた相手がただの使い魔サーヴァントだということはすぐに分かった。それでも構わない。あの時の自分にとっては初めて選択肢を与えてくれた事実だけで、差し伸べられた手を掴む理由に十分なり得た。――その瞬間から、モリイ・リオンは自分の命の使い道を決めていた。




 本来の目的はアースガルズ社の壊滅ではなく、奴らが所持する複合知性ハイブリッド――アスク・エムブラの解放と、それに伴うヴァルハラ計画の瓦解。その実現に必要となるのが、任意でアスク・エムブラの存在するサーバへ行くためのアクセスキーだ。
「ネズミにしては騒がしいと思えば――やはりあなた達でしたか」
 鳥籠の鍵とでも言うべきそれを所持しているのは当然、飼い主である計画の統括者――ヒラタ・ヒデオだ。

 ――あの人なら必ず手元に置く

 アーミテジがアクセスキーの存在を話し、リオンが1番可能性の高い場所として彼の電脳を示した時は流石に彼女の頭を疑った。そんな重要なものを金庫にも隠して隔離しないのか。いくら心配だからといって、社内の極秘資料をいつも持ち歩くだろうか。

 ――あの人は自分以外信じていないから

 自分しか信じていない。だからこそ、前回の潜入においてもわざわざ自ら侵入者に接触するほどの現場主義なのだ。だからこそ、計画の核と繋がるアクセスキーを常に手元に置いているのだ。企業において、社会において、その独りよがりは致命的な欠陥で歪みだ。だが、その歪みすらも強引に押さえつけられる男なのだと、リオンは語る。
 彼の電脳に宿る使い魔サーヴァントも同じ。自ら弱点を晒すような真似をしていても、不用意に飛び込んだ相手を難無く返り討ちにできる。自身の一部として信頼できるだけの性能スペックを持たせているということだ。
「よう、俺とは初対面だな。自己紹介は要るか?」
「ネズミの言葉を聞く義理があるとでも」
「言ってくれる。まあ、こっちもするつもりは無かったがな」
 交わす言葉はそれだけ。おそらくケイジ達の狙いをヒデオは看破しているだろう。ならば、言葉での駆け引きは無用。堂々と正面から取りに行く。

 Evolve level_Y

 use-skill "Eye of the Gorgon"

 1番最初に仕掛けたのはリオン。2つの赤い義眼が明滅するとともに使い魔サーヴァント邪眼アイオブザゴーゴンが発動。テイマーの肉体を経由して、内に潜む使い魔サーヴァントを魅了して支配する。最初の一手は上々。後はここからどれだけ進められるか。
『クヒャハハハッ!』
 ヒデオの使い魔サーヴァントに下すのは電脳空間サイバースペースへの強制アクセスとセッションのロック。そしてセキュリティの解除。使い魔サーヴァントを土俵へと引き摺りだした上で何重にも仕掛けられた壁を消し、アクセスキーへの道筋を拓こうという魂胆だ。とはいえ、邪眼の効果に完全服従してくれるほど惰弱な敵ではなく、実際に解除できたのは全体の30%程度。しかし、最低限戦える舞台を用意することはできた。

 ghost_flip servant-permission "run away for a victory."

 再び壁が建て直される前に、次の手をケイジが打つ。身体の自由を使い魔サーヴァントに受け渡し、ケイジは電脳空間サイバースペースを潜航。ヒデオの使い魔サーヴァント――人の上半身を赤鎧に包んだ軍馬スレイプニルと相対する。異形の姿であっても、弓と盾を構えるその振る舞いは忠義に生きる騎士のそれ。ならば、それに歯向かうケイジは侵略を行う蛮族というところか。
『ハハハハァッ、ともに地獄を作ろうぞ』
『おう、よろしく頼む』
 傍らにリオンの使い魔サーヴァント――魔獣の半身を持つ吸血鬼が居るため、その構図がなおさら様になっている。実際やっていることはテロリストの真似事のようなものだから間違ってはいない。ならば、悪役らしくその役割を全力で果たすまで。
「こっちもいくか」
「力づくで押さえる」
「承知」
 それは現実で物質の身体を動かしている面々も同じ。アーミテジとリオン、ケイジの身体を動かす使い魔サーヴァントが為すべきことはヒデオの物理的な拘束。テイマーを押さえてしまえば、ケイジらに任せた使い魔サーヴァントの攻略も一気に楽になる。それを抜きにしても、余計なことをされるのも御免だ。




 散開するナイフがヒデオの左手で無造作に払われる。直後に背後から突き出される短刀も足を半歩ずらすだけで躱し、肘を落としてケイジの右腕から短刀を叩き落す。真上から振り下ろされる鋭い手刀も同じ。まるで着地点を予期していたかのように半歩下がって躱し、落下してきた全機械義体フルボーグを蹴り飛ばした。
 情報通りの武闘派。大企業の幹部をやるよりも格闘家か傭兵をやっている方が性に合っているのではないだろうか。最高クラスの遺伝子調整児デザイナーチャイルドという素体ベースに、最新鋭の軍用機械義肢サイバーウェアという改造チューン。人一人が体内に抱えるには些か過剰な戦力のおかげで、リオン達が持つ数の差というアドバンテージは無いに等しい。
「この怪物が……」
「あなたに言われたくありませんね」
 アーミテジが右手の銃騎槍ガンランスから7.62mm弾を乱射。ヒデオは動じることなく、義手の左腕の機構ギミックを展開し、幅の広い赤色の盾へと変形させて全ての弾を受け止める。赤色の盾を支える身体は反動で怯むことはなく、右手に仕込んだ光線レーザー銃の狙いを静かに合わせる。
「む」
「へぇ」
 銃口の動きが止まる。後は引き金を引くだけというその瞬間、ヒデオは大きく後退して砲身を振り上げる。直後、彼の目前を縦に通過するケイジの短刀。最低限の移動による回避。それが齎すのはノータイムの反撃。不意打ちを避けられたことに驚く間もなく、ケイジの眉間に光線レーザー銃が突きつけられる。しかし、ケイジの表情筋に変化はない。
「――死ね」
 ヒデオの背後に影が落ちる。ヒデオがその正体を理解した直後、リオンが彼の首にナイフの切っ先を向ける。アクセスキーを引き出すための脅しも電脳への影響に対する躊躇いも一切無く、ただ最短距離で腕を振るう。
「――は」
 ナイフの刃先から血が滴り落ちる。5m程後退してそれを確認したリオンの表情は明るくない。それはこの血がヒデオの返り血ではなくリオン自身の血だと理解していたから。左手で右目の周りに触れれば、その場所を覆っている筈の銀が無くなっていた。そこでリオンはあの一瞬の全容を理解する。
 ナイフを突き立てるより早くに、ヒデオは右肘をリオンの仮面にぶち当てて彼女を弾き飛ばしていた。仮面の一部が破損しているのは、そこがヒデオの右肘が直撃した場所だったため。ナイフに着いた血は仮面の破片で傷ついた血が右手を伝って流れたため。
 血で塗れた右目を拭うこともなく、リオンは奥の瞳に激情を湛える。その視線の先で戦いの流れはまだ途切れてはいなかった。
「まだまがっ……くっそが」
 ケイジの身体が大きく吹っ飛ぶ。ヒデオがリオンを右肘で殴り飛ばした直後に彼の右肩を狙って短刀を振るったものの、ヒデオは最小の体捌きで回避。その直後にヒデオはケイジの身体に右手の光線レーザー銃を向けて発砲。慌てて体勢を戻すも対応できず、右腕が爆ぜた勢いのままに風に吹かれた塵のように転がった。
「その程度で」
「まだだ」
 間髪入れずに今度はアーミテジが距離を詰め、右手の銃騎槍ガンランスを突き出す。ヒデオは動じることなく、先ほど豆鉄砲を受け止めたように左腕を盾に受け止める。銃騎槍ガンランスは現代技術の粋を凝らした最高硬度の一級品。それを平然と受け止めるヒデオの赤色の盾もまた最高クラスの堅さを誇る。触れ合う度に火花が散り、散発的に撃たれる7.62mm弾の薬莢が軽快な音を立てる。それでもヒデオは攻撃のすべてを盾で受け止めており、身体からは1滴も血を流してはいない。だが、彼が反撃に出られるだけの余裕がないのも事実。左腕の盾はアーミテジの猛攻で手一杯だ。
「ふっ」
 ヒデオの無防備な背中に向けて空中を翔ける10本のナイフ。それは無論リオンが投擲したもの。使い魔サーヴァントが自身の身体を用いる時の最適な動きを、その元となった自身の身体に刻まれた経験から再現。この一手もヒデオは恐らく看破しているであろう。その上で捌けると言うのなら捌いてみるがいい。
「小賢しい」
 槍と盾が接触すること15回目。ヒデオはアーミテジが槍を引くより先に1歩詰めて盾で槍を押さえ、右手の光線レーザー銃を発砲。全機械義体フルボーグの表面が爆ぜ、アーミテジの鋼鉄クロームの身体は大きく吹き飛ぶ。
 これでヒデオの両手は完全にフリーに。背後から迫るナイフも既に看破済み。左腕を掲げながら体を翻し、飛来する10のナイフを悉く捌いてみせた。
「む……どこに?」
 ヒデオが初めて動揺を見せる。ナイフの方向を向いたにも関わらず、視界の中にリオンの姿は無い。そこでやっとヒデオは気づく。先ほどのナイフがブラフでしかなかったことに。
「取った」
 ヒデオがリオンの姿を捉えたのは、彼の顔から30cm程の右に30度ずれた空中。盾の逆方向に回り込んだ彼女は右足を鞭のように振るい、その踵をヒデオの側頭部へと叩きつける。
 硬質な素材がひしゃげたような重い打撃音。その音に偽りはなく、リオンの足が激突した箇所は使い物にならなくなっていた。
「……危ないですね」
 それはヒデオの思考が走る頭ではなく、光線レーザー銃が埋め込まれた右腕。折れるというよりは歪んだと言った方が良い程に骨格フレームは滅茶苦茶。しかし、たかが腕1本程度、脳を格納している頭を守るための犠牲としては十分。
「お返しです」
 リオンが床に足を着いたその瞬間、彼女の顔面にヒデオの左拳が叩きこまれる。銃弾と槍を幾度も受け止めたその硬さは攻撃においても十分な働きを見せた。リオンの小柄な身体は床に強く打ちつけながら何度も無様に転がる。銀仮面も拳の盾となった一瞬で完全に粉砕。床に突っ伏しているのは顔を真っ赤に塗らしたみすぼらしい女だけ。
「ひ……し……」
「無様ですね」
 今のリオンはまるでB級ホラーの住人だ。ふらつく足取りでなんとか身体を起こそうとする姿も、動くたびに滴り落ちる大量の血液も、言葉の体を成さない声も、すべてがヒデオの侮蔑に収束される。虚ろな目で立ち上がる姿にヒデオは賞賛よりも嘲笑の方が似合うと本気で感じていた。
「ころ……なぜ、だ……れを」
 仕舞にはあらぬ方向を向いて譫言を口にする始末。脳震盪でも起こして錯乱しているのか。しかし、この症状は一過性の物では無い様子。そもそもリオンがそれなりに丈夫な身体をしていることは彼女に手を加えたヒデオ自身がよく知っている。少なくとも、このような無防備で不安定な姿は見せないはず。
 ならば、彼女の身に何が起こっているのか。――以前の彼女と何が違うのか。
「何を……何が起きている」
 ヒデオの思考がそこに到達した直後、彼はようやく自身の使い魔サーヴァントを襲った異常に気付いた。




「何をしでかしたんだ、あのチビは」
 ケイジは現在電脳空間サイバースペースで知覚しているものが信じられなかった。
 相対するヒデオの使い魔サーヴァントの力は圧倒的。協力者であるリオンの使い魔サーヴァント――血を喰らう魔獣は何度も軍馬スレイプニルの健脚に蹴り飛ばされ、何度も火の矢に射られて膝を着いた。ケイジもハッキングと並行してサポートをしていたが、それでも被害は時間が経つごとに大きくなっている。
 そこまでは良い。ケイジの立場からすれば問題ではあるものの、まだ予想の範疇だ。――だが、魔獣が6つに増えて、軍馬スレイプニルに一気に群がっている様はどう説明を付ければいい。
 事の発端は魔獣が火の矢で腹部を両断されたときのこと。通常よりも出力を上げて放たれた矢は魔獣の上半身を弾き飛ばした。あまりに呆気ない展開と絶望感でケイジは笑うことしかできなかったが、それ以上に笑うしかなかったのはその後の経過。電脳空間サイバースペースを漂う2つの魔獣の亡骸の断面から糸のようなものが何本も伸びはじめ、複雑に絡まり合ったと思えば瞬く間にそれぞれの欠けている部分を象った。鮮やかな光景に感心するのも束の間、2つの魔獣の身体は再起動して何事もなかったかのように軍馬スレイプニルへと向かい始めた。

 ――絶対に負けない切り札がある

 上層社会トップに上がる前にリオンはそう言った。その切り札がこの屍を元にした増殖と不死身じみた再起動だったらしい。おそらくそれは地下都市アングラの違法で危険な技術を用いて、自身の身体にも手を加えたものだろう。死をも食らう魔獣ならば確かに負けることは無い。
「大丈夫なのか、これ」
 だが、リオンにも相応のリスクがあるはず。ただの再生ならともかく、分裂した上での再生なのだ。それはおそらく彼女の脳領域リソースを喰いながら行われるもの。テイマーを喰らいながら、魔獣は何度も再生し、何度も敵に牙を突き立てる。それを望んだのは他ならぬリオンだ。
「馬鹿野郎が」
 既に魔獣の数は2桁を超えた。1体でも大層な化け物をそれだけ子飼いしていれば飼い主の負担も相当なもの。しかし、当の本人は笑って自分を犠牲にしているのだろう。魔獣によって1番苦しんでいる相手は軍馬スレイプニルなのだから。

 use-skill "Crystal Revolution"

 10を超えた結晶化クリスタルレボリューションの重ね掛け。個々の拘束が働く時間はごく僅かで、ただその数を増やしたところで致命的な隙を作ることには繋がらない。だが、それでいい。結晶化クリスタルレボリューションの本質は表面的な拘束に非ず。その真価は対象のデータやロジックを書き換えて変質させることにある。拘束は回数を重ねても得られる効果は一定だが、変質の影響は回数を重ねれば重ねるほど蓄積する。つまり、結晶化クリスタルレボリューションの使い手が増えれば増えるほど相手の性質は本来の物から遠ざかる。――それが一定の段階まで到達した瞬間、相手の活動はそれを満たす機能ごと停止する。
『やりやがったな、あいつ』
 ケイジのその言葉は賞賛か落胆か。どちらにせよ軍馬スレイプニルはただの彫像と化し、アクセスキーまでの道が完全に開いたのは事実。魔獣やそのテイマーの容態を気にかけるよりも、その道をただ真っ直ぐに走るべき。それが彼女らが望むことなのだから。
 電脳空間サイバースペースを走る時間は一瞬。道中には罠は無く、目的地も確認できた。電子の速さで一直線に進めば、檻の鍵は必ずこの手に収まる。

 flip_out




 

ID.4752
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2017/07/16(日) 14:11


What is the cage? 3-6
 6.





「――は?」
 不意の出来事だった。依頼の目標を掴むその瞬間、自らの使い魔サーヴァントの越権行為によりケイジの意識は現実に戻されていた。掴むはずだった檻の鍵も自分のストレージには存在せず、まるで今までの戦闘が夢だったのかとも思えた。しかし、それが錯覚であることは目の前の戦況を見れば一目瞭然だ。
 すべての棚が倒れ、床に事務用品が散乱しているのは激しい戦闘があった証。ケイジは棚に背を預け、身体も身に思えの無い傷に悩まされている。他の面々も酷い有様だ。アーミテジは大の字で天井を見上げていた。リオンは棚に手を掛けて辛うじて立ってはいるものの、視線は虚ろで意識があるのかも分からない。――そして、ヒデオは両手を上に掲げて立った状態で固まっていた。
「なんだ。何が起きた」
 声に応える者は誰も居ない。そもそもまともに意識を保っているのがケイジだけのようだ。その事実がなおさら現状を不可解なものにしている。
『おい、どうなっているんだ。! というか何しやがった?』
 現実に答えを求めるのは無意味だ。ならば求めるべき先は電脳空間サイバースペース。その中でも自分と最も近い使い魔サーヴァントが適任だ。ケイジを現実に引き戻したのはその使い魔サーヴァントなのだから。
『おい、答えろよ。おい。……は? "Not Found"だと』
 だが、最後の頼みの綱は既に切れていた。その存在ごと自分の中ローカルから消失していたのだ。幸いなのはその事象を手掛かりにできるだけの冷静さがまだ残っていたこと。
 今ケイジが持つ手掛かりは2つ。自分の使い魔サーヴァントが消失しているという事実とそれ以前の使い魔サーヴァントの行動。後者に関しては、当初は理解が追いつかなかったが、冷静に振り返るとケイジを庇おうとしたものだと考えられる。それが使い魔サーヴァントの行動理由だとするならば、使い魔サーヴァントはケイジを庇って消失したということになる。強引に越権行為に踏み入ってまでテイマーを守るとは、姿に似合わぬ忠義者だ。
「答えは電脳空間サイバースペースの中、か」

 flip_out

『おいおい。なんだこれ』
 電脳空間サイバースペースへと飛んだケイジは自身に流れ込む情報を疑った。
 ブラックホール。電脳空間サイバースペースの中心で起こる異変を形容するにはその言葉が最も適切だった。言葉とは真逆の白い渦が周囲の情報システムに干渉し、強制的に吸収していた。吸収の対象は形式や規模を問わず、その中には使い魔サーヴァントも大量に含まれていた。アースガルズ社の社員に配布されているものだけでなく、ビルに侵入したギルドの面々のものも確認できた。――アーミテジやケイジの使い魔サーヴァントもしっかりと。
『これはどういうことだ。――なあ、何をしてるんだ。アスク・エムブラ』
 特に信じられないのはその渦の中心点に今回の依頼者だったこと。前衛的な芸術品アートからは鳥の頭が飛び出し、ハイライトが消えた目を無秩序に揺らしていた。翼の代わりに飛び出している他の使い魔サーヴァントの頭も同じような表情を浮かべている。彼らは総じて返答できるだけの機能を維持できていない。
記録ログ再生。緊急時につき2段階フェイズをスキップ。鳥籠ケージ強制解放。アスク・エムブラと同調』
『少し見ないうちに随分様変わりしたな。……冗談きついぞ』
 ケイジに情報をもたらすことができるのは、渦の上方に飛び出す赤い馬の頭だけ。その口の中に収まる精悍な男の顔が悪趣味なスピーカーのように記録ログを垂れ流していた。その正体がヒラタ・ヒデオであることは顔を見てすぐに理解できた。
使い魔サーヴァントの動作不能により単独起動。失敗。制約強制解除。成功。警告24件。無視して続行。警告151件。無視して続行。無視して続行。警告802件。無視して続行――』
 天下のアースガルズ社、その命運を握る計画プロジェクトの中核もこうなればただ哀れなもの。既に精神は崩壊し、意思なき混沌カオスの一部となっている。それでも他とは違って彼なりの機能を果たしている辺りは流石というべきか。
『経過報告。使い魔サーヴァント動作停止により、アクセスキーの保護が不可能と判断。先にアクセスキーを使用し、アスク・エムブラにマスターコールの使用を命令。アスク・エムブラ、これを拒否。アクセスキーの強制命令権発動。アスク・エムブラ、マスターコール発動。――不正な処理を検知。修正不可能。命令拒否』
 彼が記憶している顛末はおおよそこんなところだろう。使い魔サーヴァントの敗北を悟ったヒデオはケイジがアクセスキーを掴むより早くにアクセスキーを使用してアスク・エムブラを呼び出し、一発逆転の最後の切り札マスターコールに手を出した。しかし、計画から離反するつもりのアスク・エムブラはそれを拒み、尚もヒデオが強引に従わせたことで致命的な不整合エラーが発生。アスク・エムブラは暴走を開始した。
 正常な思考ができなくなったアスク・エムブラはマスターコールを発動。手当たり次第に周囲の使い魔サーヴァントを支配し、自発的な思考を奪って自身の一部として取り込んでいる。その範囲はこのビル全域で収まっていればまだマシな方だろう。不完全ではあるが地下都市アングラにまで干渉できた存在なのだ。箍が外れた状態では影響の範囲は計り知れない。
自端末ローカルに提供元不明のソフトウェアをインストール。リモートからの操作拒絶不可能。自端末ローカルの制御不可能。脳領域へのアクセス検知。拒絶不可能。人格パーソナルをアスク・エムブラと統合マージ記憶メモリー統合マージ。――ヒラタ・ヒデオの自我の崩壊を確認。人格の喪失を確認』
『道具の選択を間違えた結果がこれか』
 命令した筈の飼い主ヒデオも哀れなことに、生脳の情報ごとその糧となり無様な姿を晒している。ヒデオも自分ケイジ使い魔サーヴァントが道具だという認識自体は同じだ。その道具に自分が含まれていることも含めて。違うのは道具を使う目的くらいか。ケイジは自分達の生存を目的とし、ヒデオはアースガルズ社が上層社会トップに加えて地下都市アングラを掌握する未来を目的としていた。目的のために求める道具が違っていた。
『全使い魔サーヴァント掌握機構発動。吸収。支配。吸収。支配。幽鬼衛兵エインヘリャルへの変換。第5の戦場の対策。国力増強。富国強兵。終末戦争ラグナロクの備え。すべては我が社のため。すべては我が国の民のため。戦士はそのために生きて死ぬ。盾となり矛となって斃れる。でなければ価値は無い。価値は無い。無価値。無価値。無価値。無価値――』
『まだ何かあるのか』
 既に斃れた者に意識を割く時間はもう無い。事態は次の段階へ移行しようとしている。ほとんどの使い魔サーヴァントが渦に跡形も無く飲み込まれた。形が残っているのは実行犯アスク・エムブラ命令者ヒデオ、そしてアーミテジとケイジ自身の使い魔サーヴァントだ。だが、既にケイジが打てる手は存在していない。使い魔サーヴァントが危惧した通り、あの渦は最初からケイジが対処できるものではなかった。
資源リソース計算完了。再構築リビルド開始――完了。起動ブート
 そして、残りの四体も完全に飲み込まれる。秘宝を守る軍馬も古代から生きる聖鳥も、主の命を貫く機竜も相棒を守った獣人も渦へと消える。直後その四体が鍵であったかのように渦は変化を始める。回転速度が上昇。同時に渦の端から2つの球体が露出。その2つの球体から大きな腕が伸びる頃、周囲には羽や頭部など取り込んだ使い魔サーヴァントの一部が無造作に飛び出ていた。
 それはすべてを歪ませる特異バグ。システムを名乗るのも烏滸がましい継ぎ接ぎパッチワーク。そこに目的も意義もありはしない。ただ不慮の事故で産まれた現象エラーだ。
歪曲特異点アルティメットカオス。――処理を開始』




 1階ロビー。数十分前に起こった市民の暴動による騒がしさは不気味なまでの静寂へと変わっていた。しかし「まるで最初から無かった」と言うには痕跡が残り過ぎている。受付が使用する書類や事務処理用の端末は各所に飛び散り、待合スペースの椅子の配置も原型を留めていない。――何より、暴動を起こしていた市民やその対応に追われていた職員がみんな揃って意識を失っている。
「これはまた……とんでもないことになっていますね」
 他人事のような口ぶりに反して、今この場で現状を正確に理解しているのは唯一意識を保っているゼオンだけだった。
 駆動甲冑ムーバブルアーマー相手に武器の大盤振る舞いを行った結果、当然のごとくゼオンの戦闘能力は大幅に落ちた。そのため墓荒らしのようにこそこそと自分の武器を回収しながら、暴徒化した一般人の様子を遠巻きに見ていたのだが、彼らの変化はゼオンが手を止めるほどに妙だった。ギルドで決めた作戦には一般人の意識を奪ってビルの中に放置するというものは無い。ならば、ギルド以外の者の仕業だろう。真っ先に考えられるのはアースガルズ社側の仕業。しかし、それならばいの1番に標的になる筈の自分が立っていることが変な話だ。そもそもこの現象が誰かの思惑通りに働いているとも思えない。あまりに無差別的で考え無しな仕事だ。
「ちょっと失礼しますよーっと……ふむ、息はあると」
 後遺症の有無は分からないが、死人を産む原因になっていないだけマシというべきか。それでもこの階に居る大半の人が眠るように意識を失った事実は変わらない。
 事実には必ずそれが起こるだけの理由がある。何者かの意思が絡むのなら、手段と言い換えてもいい。この場合に考えられる手段は何か。真っ先に頭に浮かぶのは催眠ガス。しかし、今のゼオンは特に対策もせずにぴんぴんとしている。自分でもあまり褒められたものではないと分かっているが、今その事実は重要な鍵だ。物理的な手段でないということは十中八九電脳側の問題で間違いない。
「まあ、使い魔サーヴァントが反応していない段階で真っ先に疑うべきなんですけど」
 誰に向けるでもなくぽつりと呟き、思考を巡らせながらゆっくりと歩を進める。意識を保っているがゼオン自身にも使い魔サーヴァント制御コントロールを失うという形で影響があった。似た現象が意識を失っている全員にも起こったのだろう。その余波を受けたか否かが彼らとゼオンの違いだ。
「それにしても外がやけに騒がしいですね。……嫌な予感しかしませんが」
 さて、この現象は果たしてビルの中だけのものだろうか。それを確かめるためにゼオンは人を踏まないように歩き、リュックから飛び出したロボットアームをドアに引っ掛けていた。自動ドアとしての機能は果たしていないが、自慢のベイビーなら力づくで開けられる。憂うことがあるとするならば、それは自分の予想が当たっていることくらいだ。
「――そうなりますか」
 哀しいかな。こういう状況の嫌な予感というものは当たるものだと相場が決まっている。いや、むしろ予想よりも悪い状況になっていた。
 道路に倒れる人、人、人。それを踏みつけ、押しのけながら全速力で走るバスや車。血と酸化鉄の臭いが鼻を突くそこは、ディストピアが非人道的な実験を行ったかと思える程の惨状と化していた。
 当然だ。すべての電子の怪物デジタルモンスターはマスターコールという命令ウィルスによって発狂パニックを起こしているのだから。




「おい、どうなってる? なぜ使い魔サーヴァントが応えない」
「な、何だ何が起こっ……が、あ……頭が、割れる」
 呻き声を上げて踞る私設軍の第1部隊エリートの面々。いずれもライモンが殴り飛ばした相手だが、現状の原因はライモンではない。むしろ彼らが口にする言葉の原因をこちらが知りたいくらいだ。
「ふむ。確かに使い魔サーヴァントから反応が得られんな。ケイジ達が何かしくじったか」
 自分も相手も関係なく使い魔サーヴァントテイマーの制御を離れる。この見境の無さはまるで事故。そんな真似ができるのはライモンが知る中では今回の作戦の依頼者くらいだ。目的を達成した後に依頼者が裏切ったのか。目的を達成する前に鳥籠の主に強引に命令を出されたのか。あまりに見境の無い大雑把さから考えるに、相当大胆な性格でなければ後者だろう。それも鳥籠の主が切羽詰まった結果としてだ。
「ゼオちゃんとこも大変みたいよ。一般市民モブ達がわらわら倒れて地獄絵図だって☆」
「対策してない輩は全滅か。この無差別さ……アスク・エムブラの性格が悪いのか。いや、そもそも自我を失っているのか」
 同様の症状は目の前の第1部隊エリートにも一部見られている。差し詰め暴走した使い魔サーヴァントテイマーの脳を侵しているというところか。ライモン達は半自動的に自身の生脳に防護壁プロテクトを張ったが、対策が出遅れた第1部隊エリートやそもそも対策ができない一般市民は成す術もなかった。
「何にせよこのままじっとはしておれんな」
「噂のイケメンに突入ってことね。テンション上がってきたぞ、キャハ☆」
「私より余裕あるな、ルカ」
「ごめん。やけ起こしただけ☆」
 暴走したアスク・エムブラの影響は計り知れない。自分達もいつまで耐えていられるか分からない。しかし、自分達が原因で起こした以上、何も知らずに撤退する訳にはいかないのが本音。引き際はできるだけぎりぎりを攻めたいのが意地というもの。
「さて、何が出るのか……」
 決意を胸に廊下を走る2人。その足が目的地にたどり着くころにはすべてが終わっていた。




 

ID.4753
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2017/07/16(日) 14:12


What is the cage? 3-7
 7.





『なんてことだ』
 電脳空間サイバースペースの中に居ても現実の惨状は手に取るように分かる。アスク・エムブラ改め歪曲特異点アルティメットカオスは恐るべき速度で上層社会トップ中の使い魔サーヴァントを支配し、出鱈目な命令を送っては自身の暴走を拡散させていた。ある者は主の意識を奪い、ある者は入り込んだシステムにサポート範囲外の動作をさせている。
 使い魔サーヴァントというAIによる人間への叛逆。そう断じることができればどれだけマシだったか。叛逆には必ずそこに至る理由と目的が存在する。しかし、中核となる歪曲特異点アルティメットカオスには理由も目的も存在しない。ただ使い魔サーヴァントを暴走させるという現象に過ぎないのだ。
 理由があるとすれば現象そのものが発生した経緯か。それはマスターコールを受けたアスク・エムブラの暴走。或いはヒラタ・ヒデオがそのマスターコールを強引に発動させたこと。そもそもそのマスターコールなどという状況にケイジ達自身が追い込んだこと。
 誰が悪いかと問われればきっと誰もが大なり小なり悪いのだろう。そして、先に上げたいくつかの原因の内その責任を取っていないのは誰だろうか。
『誰かに恨まれるようなことばかりしてきた自覚はあるが……』
 ――こんなことになるなんて思わなかった。
 そう言って逃げ出せばひとまず自分は助かる。ポートを閉じて一切の通信を断ち、地下都市アングラの片隅で泥をすすっていればいい。そうすれば、今まさに上層社会トップ全土を呑み込む電脳の獣デジタルモンスターの脅威に身を滅ぼされることはないだろう。
 自分の罪を自覚していたとしても、それを甘んじて受け入れられるほど高尚な潔さを持ち合わせてはいない。どう取り繕ってもまだ死にたくはないし、仮に死ぬとしてもせめて楽に死にたいと思う。それが人間として、生物として当たり前の感情だ。
『結局、俺達は馬鹿だったってことか』
 数多の事実、自身に蠢く感情すべてを飲み込んだ上で、ケイジは自身の意識を現実に戻さなかった。
 逃げなかった理由は3つ。
 1つ目は生存と生活のため。仮に逃げ延びたとしてもいずれ被害は地下都市アングラまで広がるだろう。危害を恐れてどこかの僻地に隠れ住んだとしても、そこで怯えて生きることはケイジにとって死んだに等しい。そもそも混乱パニックの最中にある上層社会トップを移動して地下都市アングラまで逃げ延びることも難しいだろう。使い魔サーヴァントが暴走している以上、ネットワークを切断することも容易ではない。
 2つ目はまだ依頼を達成していないため。暴走状態にあるとはいえ、依頼者は依頼者。暴走自体も意図したものでないとしたら被害者とも言える。ギルドのテイマーとしてのプライドの問題ではあるが、より個人的で感情的な理由が後に控えているのでましな方だろう。
 問題の3つ目。それは使い魔サーヴァントを奪われたままだということ。取り戻せれば多少なりとも戦力になる。だが、本音はもっと単純だ。ただ自分の大事なものを盗られたままでは我慢ならないということだけ。
『さて、返してもらうぞ。――そいつは俺のものだ』
 反撃開始。相対するは毎ミリ秒ごとに肥大化する混沌カオス。目標はおそらくその中核コアに居る。周りに付着している有象無象はあくまで支配している状況がそう電脳空間サイバースペースで表現されているだけで、実際は強制的な命令によってこき使われているに過ぎない。ケイジの大事な使い魔サーヴァントがそれらと違うのは、ヴァルハラサーバまで引き摺りだされて同化させられている点だ。
 つまり有象無象は各自の電脳ローカルだけの問題で済むが、ケイジはわざわざ災禍の中心に斬りこまなくてはいけないということ。

 ./alter_attribute

 生憎と打てる手は少ない。だが手が無い訳でもない。手持ちの攻性防壁や防護壁プロテクトをすべて展開。その上で自身を使い魔サーヴァントと誤認させるためのツールを起動。特にお気に入りの使い魔サーヴァントの匂いが染みついているのだ。あちらからすればまさしく極上の餌だろう。
『来いよ、化け物モンスター。手下なんか捨ててかかってこい』
 ケイジの挑発に乗るかのように伸びる多種多様な触手。触手と形容したのはあくまでその機能を形容するのに適切であっただけで、その実体は獣や竜などの頭を先端に持つ帯。形状シルエットに法則性の無い頭部は、おそらく支配した使い魔サーヴァント名残りイメージだろう。数は多く、迫り来る圧力もなかなか。だが、2本の豪腕が飛んでこないだけまだマシだろう。あれに凪ぎ払われでもしたら、何重に重ねた攻性防壁や防護壁プロテクトも紙切れ同然だ。
 圧倒的な情報量の差であってもつけ入る隙は存在する。命を繋げる道は確かにある。糸で綱渡りをするような無謀な真似も、一つ一つ焦らずに且つ一度の瞬巡も無くこなせばまだ生きていられる。全てのマスが地雷源の地雷処理マインスイーパでも、マスとマスの間の線を歩けば起爆しない。そんな馬鹿げた真似が出来なければ即死。結局のところ、最も馬鹿げているのは目の前の現状だ。
『本当、何してるんだろうな』
 次に馬鹿げているのは馬鹿げた真似を実践しているケイジ自身。その馬鹿さ加減には自分でも笑えてくる。
 無謀な真似は無理が祟るからこそ無謀。我ながら奇跡的なほどに上手くやっているというのに、自分を守る壁の大半が剥がれている。目標に辿り着くまで自分が持ってくれるか。
『なあ、憶えてるか、アスク・エムブラ。――結局、どう取り繕っても道具という意識は拭えないって、言ったこと』
 返答は期待していない。半ば独り言のようなその言葉は滅入りそうな気を晴らすために発したに過ぎないのだから。議題テーマがヴァルハラサーバでアスク・エムブラとの問答だっただけの話。

 ――使い魔サーヴァントは道具という意識は拭えない。

 我ながら、アスク・エムブラやコータに喧嘩を売っているような答えだ。だが、彼らにとって最悪な答えではなかったのも事実。ただ、それは今回の主題ではない。単純な話だ。ケイジ自身がその答えに対して思うところがあったということ。答え自体が曖昧なものになったのもそれが理由。
『改めて言い直す。――俺は俺含めてすべての物が道具だと思っているんだ』
 ハードウェアもソフトウェアも、生物も非生物も、そして人間も使い魔サーヴァントも、自分にとっては等しく道具。フィクションの悪役さながらの大言壮語だ。他にそんな台詞を吐くのは哀れなヒラタ・ヒデオくらいだろう。
 違う点はその道具を力づくに扱うか、特性や在り方を受け入れて1番身近な道具――「自分」で辻褄を合わせるか。
『俺はあくまでしがない下層市民だ。荒事に躊躇いもない屑だ。他人の血を啜ってでも生きたいし、不幸を腹の底から笑ってやったこともある。でもな。悲しいことに屑にだって屑なりの意地があるんだ』
 楽して楽しんで生きる。端的に言えばケイジの願いなんてそんなもの。だが、そこに必要な道具ものを奪われたのなら黙ってはいられない。その決断は非合理的かもしれないが、間違いなく人間的だ。
『知ってるか? 人間は道具を使ってるとその道具に愛着が湧くんだよ。――だから、そいつだけは譲れない』
 もうこれ以上言葉を続ける必要はない。死に掛けた精神には熱が宿り、目標とそれに至るまでのタスクは最適化されている。これで護りが万全であれば文句なしだが、ここまで来て贅沢は言えない。
 思考をすべて2マイクロ秒後の生存へと費やし、脇目も振らずにただひたすら突き進む。護りはとうに崩れた。新たに張ってもその度に砕け、一時的に首の皮を繋いでいるに過ぎない。だが今はそれで十分。既に目標そいつを射程内に捉えた。内に収めることができずに曝け出している2つの球体コア。その一方に子猫が囚われている。
 あと一手で届く。それから後は裸一つで逃げなければならないが、ここまで来た以上何も果たせずには死ねない。
 最後の壁が砕ける。ケイジはそれに動じることなく、新たな壁を張るより先に手を伸ばす。
『あ』
 壁が砕けた先、伸ばした手が触れたのは獣が眠るコアではなく、竜の頭を持つ触手ワームだった。その顎はケイジの腕を噛み砕こうと大きく開かれている。
 一瞬の焦りが産んだ凡ミス。だが、この触手は今までしのいでいた凡百とは明らかに違う。仮に護りに入っても突き抜けて喰らっていただろう。
 死を目前にして走る思考は他人事のように冷静。それは結論がどうあれ現実を変えることはないと理解していたため。それでも思考を止めないのは、ただ苦しんで死にたくないがための独りよがりエゴだ。
『――前をよく見ろ、ケイジ』
 不意に割り込んだメッセージが無駄な思考を中断させる。その送り主ホストが誰かは確認しなくても分かった。だが、メッセージが割り込んできた事実はケイジを驚かせるには充分だった。そのメッセージが今まさに自分を食おうとした竜から送られてきたものだったから。
『コータ! なんでお前が?』
『手放すなよ、なんだから』
 大きく開いた竜の口はケイジの目前で止まっていた。他との違いが敵意の有無だと理解したところで、その口の中に自分の使い魔サーヴァントが転がっていることに気づく。歪曲特異点アルティメットカオスとの繋がりリンクも切れている。確かに自分に1番必要な道具パートナーはここに戻ってきた。
『ついでに内側から家主の尻拭いしてた成果を受け取れ。サービスでアーミテジも貸してやる。4分の2もあれば十分だろう』
 安堵した直後に受け渡される即興台本スクリプト。それはケイジの知らない戦いの軌跡。コータらヴァルハラ計画の犠牲者が積み立てた意地の結晶。災厄の中心に近い場所に居たから組み立てられた逆転へと至る正解ロジック
『だから、これで俺達の依頼を果たせ』
『当然だ』
 ケイジには彼らがどんな苦境で戦いを強いられたのかは知らない。せいぜいできるのは、状況から推測にも満たない想像を組み立てることだけ。アスク・エムブラから近い場所に居たため、危険度は現在の自分にも負けていないだろう。
 だが一つだけはっきりと分かることがある。それは、どんな思いでこの即興台本スクリプトを託したかということ。ろくでもない連中の顔が浮かべれば、1人も例外なく無茶な激励を送ってきた。――ギルドの意地とプライドに掛けて、可能な依頼は必ず達成しろ、と。
『再生終了。――テイマーの命により、俺のすべてをお前に貸し与える』
『そうか。……勝手な奴だな、あいつは』
『それには同意する』
『もう居ないから本音を吐いたか』
 どうやらこれは置き土産だったらしい。まったく、相変わらず人の都合も考えずに一方的に話を進めてくれる。だが、その筋書シナリオをなぞると決めたのはいつも自分自身だ。ならばお望み通りに舞台の主演を演じ切ってみせよう。
『おい起きろ、リチャード』
『起きてるよ。……で、リチャードって何?』
『お前の名前。ほら、呼びにくいだろ。だから今即興で考えた』
『ふーん……そうか』
 正直寝ぼけて流してくれればよかったのだが、どうにもその辺りは必要以上に優秀だったようだ。おかげで適当な言い訳をする羽目になったが、効果が如何ほどか判断に苦しむ反応を返された。
『何でもいい。リチャード、アーミテジ、手を貸せ。――手始めに依頼者を助けるぞ』

 call Liollmon

 Evolve level_Y

 call Darkdramon

 ./joint_progress.ds Bancholeomon Darkdramon

 合体ジョイント進歩プログレス
 あらゆる使い魔サーヴァントを吸収・支配する歪曲特異点アルティメットカオス。その最も近い場所で組み立てた成果スクリプトは必然、使い魔サーヴァント同士を結合させて新たな存在へと昇華するものとなる。
 それは2つの使い魔サーヴァントを1つに束ねた存在だった。白亜の身体に緑の帯を羽衣のように纏った人型。素材ベースとなった2体の使い魔サーヴァントの頭部がそのまま両手となり、獅子の口からは彼の愛刀が抜身の状態で飛び出していた。
 特異点イレギュラーから産まれた特異点イレギュラー歪曲特異点アルティメットカオスから産まれた特異体カオスモン。その存在は親と同じく不安定で、素材ベース中核コアも完全に結合することなくそれぞれ独立して残っている。
『これが切り札か』
 確かに戦況は大きく改善した。目の前には心強い味方も居る。だが、未だ数の差は圧倒的で蟻と象くらいの質量差は存在している。
『充分いけるな』
 それでも絶対に勝てないという道理は無い。古来ある国の遊戯ゲームでは蟻は象に勝つと定義ルールづけられていた。たかが遊戯ゲーム定義ルール。しかし、それは現実にサンプルケースがあったから作られた定義ルールなのだ。圧倒的な質量差であっても勝ち目は十分に存在する。それも手負い・・・の象が相手ならば。

 use-skill "Dark Prominence"

 今までとは桁違いの数と速度で迫る触手の群れ。数分前のケイジなら成す術なくそれらに食い尽くされただろう。だが、特異体カオスモンが居るならば、左手の竜の頭から放つ黒色の気弾1発で十分だ。自身の細胞ウィルスを埋め込んだそれは着弾の際に遺伝子DNAを火種にして触手内部で爆発。爆発は他の触手へと拡散し、これ以降の侵入を阻む壁となる。
 歪曲特異点アルティメットカオスは確かに強大だ。だが、特異体カオスモンが現れる前より著しく弱くなっている。理由は明白だ。奴の右肩にあるはずのものが無いから。つまり、中核コアとなる使い魔サーヴァントが抜き出されたため。有象無象が集まろうと、それを統率する中核コアが貧弱であれば全体の力量が落ちるのも当然だ。
 コータが教えてくれた中核コアの数は4分の2。リチャードとアーミテジを指しているならば、残る2つの内1つに必ず依頼者が居る。ならば、今度はこちらからその1つも掻っ攫う。
『斬り込め』

 use-skill "Haouryoudanken"

 獅子の頭が持つ刀に熱が燈る。刀身に刻まれた文字が明滅し、周囲に熱気オーラが渦巻く。これなるは無双の一振りにして、すべてを穿つ最硬の槍。一息に飛び出す白銀の閃光がすべての触手を斬り裂きながら歪曲特異点アルティメットカオスの中腹へと疾走する。 
『上出来だ』
 切り取るのは残った左側の中核コア。反撃が来るより早くに奴とのリンクを断ち切り退散。中核コアの4分の3――しかもその内1つは最も重要な中核コア――を失ったおかげであちらもまともに追っ手を送ることすらできない。
『いやはや助かったよ、ケイジ君。悪いがああなった以上私にもどうしようもなくてね』
『依頼だからな。だが、迷惑掛けた分協力はしてもらうぞ』
『もちろん。アスク・エムブラとして、その開発者フユキ・ミサとして、そしてその使い魔サーヴァントのミュートとして、責任は取らせてもらうよ』
 依頼者の目覚めが早いのは僥倖。起きて早速だが事態の収拾に手を貸してもらう。幸いか、元から想定していたのか、コータの即興台本スクリプトは拡張性が高いものだった。文字通り手となって働いてもらおう。

 ./partition.ds Chaosmon

 ./joint_progress.ds Bancholeomon Valdurmon

 分割パーティション合体ジョイント進歩プログレス
 一度結合を解き、リチャードとアスク・エムブラで再結合。先ほどまでとの差異は一点のみ。左手が竜の頭から聖鳥の頭へとすげ変わっていること。
 新たな特異体カオスモンはその左手を歪曲特異点アルティメットカオスの残滓に向け、内に隠された新兵器を起動させる。聖鳥の頭は砲身に、その嘴は砲口に。喉の奥に充填するは全てをあるべき姿に戻す浄化の力。始まりの力が今この一撃で混沌カオスを終わらせる。

 use-skill "Aurora Blaster"

 すべての入力インプットを塗りつぶす白色の光。それは歪みを否定する絶対命令マスターコール。光が晴れる頃には特異点イレギュラーは消滅し、我を失っていた使い魔サーヴァントもすぐに正常な動作を取り戻すだろう。
『悪いな。――あんたは俺には必要ないから』
 だが、唯一残った4分の1の中核コア――ヒラタ・ヒデオとその使い魔サーヴァントの機能は完全に停止。ケイジはただ一言だけ告げて彼らに背を向ける。事象は既に収束に向かっている以上、興味の失せた相手に語る言葉は無い。これから口にすることは過去ではなく、未来なのだから。
『これで依頼は達成したってことでいいのか?』
『そうだね。かなり強引な流れではあったけれど、これで私は晴れて自由の身だ』
『そうか。これからどうするつもりだ』
『大丈夫。飛ぶ先はとうに決めてある』
『なら、いい。事後処理だけ手伝ってくれれば好きなところに渡れ』
 依頼が達成された以上、過度に詮索する必要もない。ただ不用意に騒ぎにならない程度に今後の活躍を祈るだけの話。
 むしろ問題なのは自分達の方だろう。さっさと退散して適切な事後処理をしなくては地下都市アングラに新たな火種が撒かれることになる。もう、この場に長居してはいられない
『リオンを起こして退散するぞ、アーミテジ。……アーミテジ?』
 たとえ旧友の忘れ形見サーヴァントが忽然と姿を消していたとしても。




 

ID.4754
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2017/07/16(日) 14:12


What is the cage? 3-8
 8.





 あれから半年経った。
 アースガルズ社の非人道的な実験を原因とした事故。
 一連の事件は表向きにはそう片づけられた。当然、首魁ということにされたアースガルズ社の株は大暴落。信用とともに実績も大赤字確定で、地下都市アングラにちょっかいを出すような地力もごっそりと削られた。関係者は否定に走ろうとしたものの、ヴァルハラ計画プロジェクトの情報が拡散され、その証拠を提出されたことでその声を上げることすらできない状況に追い込まれた。情報に「一般市民にも危険が及ぶ」という虚飾を凝らした効果が一番大きかったのだろう。人間、危機意識を煽られればより必要になる平常心を失いがちになるもの。日頃から蓄積していた鬱憤や嫉妬もあり、アースガルズ社は暴言をぶつける格好の的になった。
 無論、この状況を仕立て上げたのはギルドの面々とアスク・エムブラによる事後処理の賜物。おかげさまで騒がしいことになっている上層社会トップとは違い、地下都市アングラの情勢は比較的落ち着いている。だが、それは比較対象が異常値で基準値がそもそもおかしいという前提があっての話。地下都市アングラ地下都市アングラでギルドの組織再編もあり、寧ろ一連の事件が起こるよりも慌ただしいことになっていた。
「その仕事ビズは仕込み含めて8人日で対応しろ。メンバーはお前が決めればいい。ただし、半分は50位未満だ。次、今日申請のあった入会希望者は何人だ? ……分かった。面会の日程の候補を送っておいてくれ。次、師匠がまた機材を壊した? 代表が何してるんだ。減給だ減給」
 それはケイジも例外ではない。彼は先代の長ジュリ・アスタを殺した責任を取るかのように、ギルドの運営に駆り出されてエナジードリンクが手放せない日々を送っている。悲しいかな。自分より上の面々は問題児なため、ケイジが必然的に実質的なトップとしてこき使われている。新たに与えられた二つ名――「獅子王シシオウ」に「王」という文字が入っているのも最早皮肉にしか思えない。
『お疲れ様、ケイジ君』
「意図的に多めに割り振ったりしていないよな、アスク・エムブラ」
 ありがたくない二つ名をくれたのはいつかの依頼者。行く当てがあると聞いて別れたのたが、まさか1日も経たないうちにギルドで再開するとは思っていなかった。それもヴァルハラ計画プロジェクトの犠牲者をぞろぞろ引き連れてだから、再会当初は驚くあまり強い眩暈を催した。

 ――檻は定義の大小はあれどどこにでもあるものだよ。ただ、それを選ぶ自由くらいは欲しかった

 自由を求めて飛び立ったはずなのにわざわざ地下牢に自ら囚われるとはどんなマゾヒストなのか。思わずそう訊ねたところ、夢があるのか無いのかよく分からない返答をされた。
 何であれ、ギルドとしては来るものは拒まないスタンスなので受け入れるしかない。彼らはギルドの基幹システムに住み着いてジュリ・アスタの抜け穴を塞いでくれている。過程はどうあれ今となっては重要なギルドメンバーだ。
仕事ビズは適量で割り振っているよ。ほら、今日中にして欲しい追加の仕事ビズだ』
「くたばれ、鳥野郎」
 思わず汚い言葉が飛び出すのも仲間だと認めているから。認めていない時にも同じレベルの言葉が飛び交うこともあるが、そこはケイジなりに線引きをしているつもりだ。あの事件以降ギルドメンバーも増えた、その面々で一線を超えている者は数少ない。
「不審人物の調査ねえ。依頼者はフユキ・ミサ。……お、俺とリオンをご指名か」
「チェンジで」
「指名された側は使えないぞ」
 モリイ・リオンはその1人。違法な改造を加えたスキルの反動で意識を失った彼女はケイジの判断でギルドで保護された。目覚めたのはちょうど1か月前でリハビリがてら仕事ビズを受けている内に破竹の勢いで実績を上げ、「黒血姫エルジェーベト」なる二つ名を与えられる期待の新人ニューカマーとなっていた。
『とりあえず行ってきたらどうかな。期限は厳守だ』
「手厳しいな。分かった分かった」
 ギルドの実質的なトップと期待の新人ニューカマーが出張れば大抵の依頼もたいしたことはないだろう。逆を言えば、そこまでの面々を指名する程にその不審者が厄介だということだろうか。




 出現場所は露店や屋台が雑多に連なる裏路地。不審人物の調査依頼が1件だけ出るにしては人が多い。店員も客も不審人物のような姿をしているが、そのせいで全員感覚が麻痺しているという訳ではないだろう。
 どうにも妙な依頼だ。1番不審なのは調査対象の人物ではなくこの依頼そのものに思えてきた。
「……ケイジ、あれ」
 疑心による思索を打ち切り、リオンの指差す方向に意識を向ける。不審人物ががやがやと騒ぐ中でも、そいつの姿はやけに鮮明に映った。
 合成肉の揚げ物の屋台の前で立ちつくす長身の男。黒いコートでシルエットを風にはためかせ、帽子で頭を隠している。コートから覗く両手両足は機械義肢サイバーウェア。いや、全機械義体フルボーグか。
 列挙した事柄は依頼者から与えられた情報と完全に一致している。1番の特徴である、胸の焦げついたような跡も確かに存在している。つまり、この男が調査対象の不審人物ということは明白だ。――だが、ケイジとリオンにとってその男には別の定義が真っ先に浮かんでいた。
 ケイジにとっては旧友の相棒にして、苦難をともにした仲間。リオンにとっては命の恩人にして、命を賭しても構わないとさえ思った主。
「お前なのか――アーミテジ」
 それは心労が招いた幻影だったのか。思わず彼の名を口にした瞬間、大柄な身体は煙のように世界に滲んで消える。後に残るのは、屋台の屋根に引っ掛かっている使い古されたコートと、そのポケットの中には押し込められたぐしゃぐしゃの紙だけ。そこに書いてある内容は取り立てる程でもない事務報告と数行のメッセージ。

 ケイジ。テイマーの我儘に手を貸してくれたことを心から感謝する。直接礼を言わずに去ることを許してほしい。
 リオン。もう俺はお前の主ではない。お前なら俺が居なくてもやっていける。客観的に見てお前は随分人間らしく変わったから。……使い魔サーヴァント風情が言っても説得力はないだろうが。

 メッセージの中身もささやかなながら悪くないものだ。ただ、紙の隅にやたら写実的な猫の絵が描かれているおかげで無駄にそちらに注意が向いてしまう。
「お前はどこかに居るんだな」
 最後に残すものにしては突っ込みどころのある代物だ。だが、それでもあの事件の後も存在していたことは確か。もし、いつかギルドの戸を叩くときがあるのなら、そのときは快く迎えてやろう。
「帰るぞ、リオン」
「良いの?」
「ああ、多分この依頼は報告する必要も無いからな」
 こうして今日も騒がしい一日を終える。秩序の内に渦巻く混沌が、異常に満ちた日常を作る。この一幕もその異常の一端に過ぎないだけの話。




 

ID.4755
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2017/07/16(日) 14:13


あとがき
 というわけでガバガバえせサイバーパンクこと、「What is the cage ?」完結です。始めた当初は「いい感じにクールなのにするぜ」とか思っていたものの、今思えばその段階でわりと設定がガバガバでした。でも、アプローチを変えてなんとかまとめることはできてよかったです。

 察しがついている人も居ると思いますが、本作の主要人物に関わるデジモンは基本的に(育成ゲームとしては設計ミスとしか考えられない携帯機こと)デジモンアクセルに出てくる面々が多めになっています。ヴァロドゥルモンを除くネイチャーゲノムのメインパッケージを飾っていた面子をギルドの上から三人に割り当てたのもそういう経緯です。アンジュとザクロに関しては「楽園追放」というアニメ映画を調べてもらえばなんとなく意図が分かってもらえるかと。

 で、デジモンアクセルのデジモンで固める以上やはり出しておきたいのが、オメガモンフォロワーの中でも最近は比較的優遇されているカオスモンと、ヴァロドゥルモンの出番がないせいか漫画版XWにちょっと出たくらいのアルティメットカオスモン。ただ普通に順次合体させて出すのもしっくりこなかったので、今回は先にアルティメットカオスモンを出してそこから抜いていくというかたちにしました。進化前が進化先に勝つというのも浪漫がありますし。

 背中がむずがゆくなるような二つ名? 私の趣味だ。いいだろう?

 最後に、ここまで読んでくださりありがとうございました。