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ID.4742
 
■投稿者:くじら 
■投稿日:2017/07/11(火) 18:54
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六月の龍が眠る街 2-1
         
第一章の続きです。







「北館ってさ、案外モテるのな」
放課後、教室には初夏の爽やかな風が吹いている。昼間はその暑さに多くの生徒がワイシャツの袖をまくったが、東北の六月はまだ朝夕は寒い。まくっていた袖を伸ばし腕のボタンを留めながら教室で自分の担当になっている学級日誌を書いていた北館祐(キタダテ ユウ)は自分の名前を呼ぶ声に顔を上げた。同級生の康太だ。
「そんなこと言われたの、初めてだけど」
「いやだって最近やたら女子と仲いいじゃん。さっきも佐藤とかがお前のことカワイイとか言ってたぜ」
「カワイイ、ねえ」北館は苦笑した。
彼も高校に入って、いくらか痩せ、前髪を伸ばしてから自分の事をそう言う女子がいるのは知っていた。もちろん、それ以上の何者でもないのは知っていたけど、中学校ではいじめられ、徹底した日陰者としての生活を送っていたのだから今の状況に感謝するべきなのかもしれない。などとも思う。
「カワイイなんて言われても、嬉しくないもんだよ」
「それは持てるものが持たざるものに言うセリフだ」ラグビー部随一の巨漢でカワイイと言う言葉からは世界で最も縁遠いであろう康太が言う。
「なんだろうな、マッシュだかなんだか知らねえけど、その髪型がいいのか? 体型だって、俺に言わせれば痩せすぎもいいとこだけど」首を捻りながら康太は北館に見られるそれらの特徴一言でまとめた。
「最近流行りの草食男子ってやつか」
「ぼくは肉も食べるよ」
「いや、そうじゃなくて」康太は首を振って話題を変えた。「まあなんにせよ今のお前はモテてる」
「別にそんな事ないったら。モテてるって言うのは、ほら、あれ、こないだ来た転校生とかに言う言葉だろう」北館は言った。二週間ほど前に四国からこの学校に転校してきたあの人物は、フランスとのハーフらしく、ウェーブのかかった金髪に青い目を持っている。それに加えて端正な顔立ちと人当たりの良さから学校の女子全員がここのところ沸き立っていた。
「アレは反則だよな」康太もうんうん、と頷く。「お前もアイツに真理を取られないようにな」
「いつの話をしているんだ」北館はしどろもどろになりながら言った。高校一年生の春、入学して間もないころに僕が三浦真理に愛を打ち明けたというニュースはどういうわけかクラス中に知れ渡っていた。動揺して彼はボールペンを滑らせてしまい、学級日誌に黒々とした線が走った。
「その反応は、今でも好きって事だな。まあ人生で何回あるか分かんないモテ期を楽しめ」康太は北館をやり込めることができてニヤニヤしている。
ちょうどその時女子の一団が教室の前の廊下を通りすぎた、例によって金髪碧眼の転校生の噂をしているらしい。その中の一人が北館の方を向いて左手をあげた。口を「お」の字に開いているところからして、どうも「よっ」という挨拶らしい。北館も気の無い様子で左手をあげて返事をした。
「ちょっと、おい。なんだよ今の」女子達が通り過ぎるとその様子を見ていた康太が慌てた様子で尋ねた。
「挨拶しただけだよ」
「今のって隣のクラスの一条だよな、一条秋穂(イチジョウ アキホ)。知り合いなのか?」
「うん、まあちょっとね」
「今度紹介してくれ」
「秋穂を?」北館は驚いたように言った。一条秋穂は丸メガネをかけたどちらかというと地味な少女で、暇さえあれば大きなヘッドフォンをつけて音楽を聴いていた。いかにも体育会系という見た目をしている康太の好みだとは思えない。
「ああ、地味だけど、そこがいいんだよな。よく見ると美人だし」
「そうか?」
「守ってあげたくなるね」
これに北館は吹き出した。「守ってあげたくなる、か」
「なんだよ、いいじゃねえか」
「いやいや、笑って悪かったよ。僕もそろそろ帰らなきゃ。康太は部活ないの?」
「貴重なオフだ。北館は帰宅部だろ、そんな急ぐことがあるのか」
「校外のクラブに所属していてね。バードウォッチングをやっているんだ」北館は適当な嘘を吐いた。
「前は短歌クラブに入ってるって言ってなかったか?」
「その二つは矛盾しないよ。鳥のさえずりを聞くと歌が浮かぶのさ」慌ててごまかしながら彼はもう一度愉快そうに口の中で呟いた。
「守ってあげたい、ねえ」

*****

「秋穂ってさ、案外モテるのな」
北館は康太の言葉を真似ながら目の前の一条秋穂に言った。
夜の八時を過ぎ、健全な高校生は家に帰る時間だが、二人は塾帰りの高校生といった雰囲気でファストフード店に居座っていた。首からいつものヘッドフォンを下げた秋穂はフライドポテトを口に運ぶ手を止め、怪訝そうに眉を寄せた。
「どうしたの急に、気持ち悪い」秋穂は鈴のような声に嫌悪感をにじませていった。綺麗な声だと北館はいつも思う。不思議なことに幼馴染の北館以外に彼女の声の美しさを指摘する者はいない。康太はそのうち彼女の凜とした声に気づくだろうか。
「いや、今日クラスの友達が秋穂のこと噂してたんだよ。よく見ると美人で、守ってやりたいって」康太の言葉がよほど面白かったのか北館は笑いを苦しそうに堪えて言った。彼に言わせれば、秋穂に庇護欲を向けるくらいならトイレの便座を守ってやる方がまだいくらかマシというところだ。
「なにそれ、よく見るとって」秋穂はまんざらでもなさそうに言った。彼女も中学時代は今に輪をかけて地味で、北館のようにいじめにこそ遭わなかったものの半分空気のような扱いを受けていたのだ。
「でも悪い気はしないな。誰が言ったの、それ?」
「知ってどうするんだよ。守ってもらうのか?」康太への友情から、北館は秋穂にこれ以上のことは黙っていることにした、今度機会があれば紹介しよう。
「それより今日のアレはなんだよ。学校では互いに知らないふりをするんじゃなかったのか」北館が口を尖らせる。
「別に挨拶くらいしたっていいじゃない。固いことは言いっこなしだよ」
「どこに〈ヒュプノス〉のエージェントがいるかわからないんだ。僕ら二人が結び付けられるようなことはあっちゃいけないよ」
「これはいいの?」秋穂はファストフード店を見回しながら言う。
「週一回の会合だよ。店員はぼくの知り合いだし平日のこの時間は大抵空いてる」彼は振り向いてこの店でアルバイトで働いている近所の男子大学生に目を向けた。彼には、一緒にいる女の子は彼女でそのことを親や友人に知られたくないのだと言う作り話をしている。彼はそれに疑いを抱くこともなくここでのことを秘密にしてくれていて、今も目を向けた北館に向かって親指を立ててみせた。
「ふうん。それじゃあ早速」秋穂は横に置いたトートバッグからクリアファイルを取り出した。
「今週の経過報告か、ぼくは山形で二体、宮城県内で二体」
「私も宮城では二体。水曜は青森まで出張してヌメモン一体だったよ」秋穂はため息をついた。
「たった十人で日本全国をカバーするために一地方二人ってのは分かるけど、北海道・東北ブロックって幾ら何でも広過ぎる気がするなあ」
「広さは関係ないよ。関東のとかのやつらの方が忙しいはずだ。それに移動はどうせネット回線の中を行くだろ?」
「私は十人って言う人数縛りに無理があるんじゃないかって言ってるの」秋穂はハンバーガーを噛み切って言った。ハンバーガーを守ってあげたくなるような食べっぷりだといつも北館は思う。
「そんなことぼくに言われてもなあ。〈十闘士〉なんだから。神話に文句をつけるわけにもいかないだろ?」
「〈十闘士〉が十人っていうのは単なる固定観念に過ぎないと思うな。細かいことを気にする男だから真理ちゃんにフラれたんだよ」
「秋穂までそんなこと言わないでくれよ。頼むから」
「この話題が出来てからユウくんを黙らせるのが楽になっていいのよねー」秋穂はここまで言ってから声を潜めた。
「ところで、今日の本題はこれ」秋穂はクリアファイルから一枚の写真を取り出した。北館がそれを覗き込んで驚いた声をあげた。
「小学生? こんな小さな女の子が〈選ばれし子供〉にされるのか?」
「名前は神原ヒトミ、両親がヒュプノスのエージェントだったみたいなんだけど、死亡と認定されてる。両親の友人の経営するバーで暮らしてるってことだった」
「バーで暮らしてるって何だよ。さっぱり想像つかない」
「色々あるんでしょ。本人と保護者はまだ計画のことを知らされてないみたいね」
「何だって」信じられないと言うように北館は声をさらに大きくする。「だってそんな、命に関わる計画なのに」
「ヒュプノスもなりふり構っていられなくなったんじゃない? 例によってこの子にもS級エージェントがついてる。あの人達容赦ないから怖いよ」妙に艶かしい、心の底から怯えきったような声で秋穂は言った。康太でなくとも男なら溢れる庇護欲を抑えきれなくなるかもしれないが、前に彼女を捕らえようとしたS級エージェントが腕を折られたのを知っている北館は相手にしなかった。
「正面から相手したくはないね。外ではエージェントがついてるし、家はバーでぼくたちには入りにくい。思ったより難物だな、〈パートナー〉についての情報は?」
「さっぱり入ってこないわ」
「つまり存在を感知されるほどには進化していないってことか。今がチャンスだな」
ヒュプノスの計画を止める手っ取り早い方法が一つある。〈パートナー〉に認定されたデジモンを粒子の状態まで戻し、デジタルワールドに送還すればいいのだ。
「言い方は色々だけど、要は殺すってことなんだよな」北館は気が進まなそうに言った。積極的にデジモンを殺すことが〈十闘士〉の方針になったのは初めてだった。いや、自分たちの究極の目的も殺しだったなと彼は思い直す。
「しょうがないよ。結局、私達は戦闘集団だからね。最終目的は〈アレ〉の復活の阻止または排除、皮肉なことにヒュプノスの計画と目的は同じだよ。協力できればベストだと思うんだけど」
「冗談はよしてくれ」北館は言った。「デリートしたデジモンのデータをデジタルワールドに返さないで着ぐるみでつくった兵士の中に詰め込んで再利用するような奴らだぞ。今回の計画だって、子どもをむざむざ死地に送り込むようなものじゃないか。あいつららしい」ここまで言ってから彼は急に口をつぐんで俯いた。自分たちも何かの都合で死地に送り込まれて戦わされている子どもの一人だということに思い当たったのだろう。
「そりゃそうだけどさ、いまあの計画を潰しちゃったら〈アレ〉が出てきた時に何も対処できないよ。私達の虎の子の作戦だって完成してないわけだし」北館がますます俯くのを見てまずいことを言ったと秋穂は思った。
「ねえユウくん、〈スサノオ〉プログラムの完成が遅れているのは自分のせいだなんて、まだ思ってるんじゃないよね」
図星だったために北館はこれ以上ないほど顔を沈めてしまった。〈スサノオ〉プログラムはいま完全に凍結された格好になっている。二年前の事件で北館の持つ闇のスピリットが分割され、半分を奪われてしまったからだ。
「ぼくが半身を取り戻さないと、何も始まらないんだ」
まったく、と呟きながら秋穂は首を振った。北館は時々自分を責めすぎるきらいがある。少数精鋭の自分たちにとって、時にそれは傲慢になるよりも悪いことだった。

二人のポケットの中で同時になり出したバイブ音が気まずい沈黙を破った。携帯電話が入った右ポケットではない。震えを発しているのは左ポケットの〈ディースキャナ〉、担当区域でデジモンが発生した合図である。二人ともはっと目をあげるとてきぱきと自分の席の片付けを始めた。
「完全体クラス、対象の発生場所は、青葉通り一番町、ってこんな大通りにでたの?」
「人通りが多いな、マズイよ。人目につくのは避けたい」
「でも行かないわけにはいかないでしょ。急ごう、ユウくん」そういうやいなや秋穂は店の外に走り去っていった。北館もすぐその後を追う。


〈スピリット・エヴォリューション〉


北館祐−−闇の闘士レーベモン
一条秋穂−−鋼の闘士メルキューレモン

「草食系男子」と「守ってあげたい女の子」は今日も街を守るために奔走していた。


「ところでユウくん」
「正体がバレる。僕はレーベモンだよ」
「さっきの女の子の両親が死んだの、二年前だそうだよ」
「…」
「ひょっとして、あの人たちなんじゃない? ユウくんの命の恩人の」
「さっさと行くよ」あの日のことを思い出しながら北館はそういって走り出した。


〜2-2へ続く〜

ID.4743
 
■投稿者:くじら 
■投稿日:2017/07/11(火) 18:55


六月の龍が眠る街 2-2
六月も末になり、気象庁は梅雨入りを宣言したが、空模様はそんな国の事情にはまったく無視を決め込んだらしくきつい日差しの差す日が続いている。午後の二時に近い一日の一番暑い時間に加納満は街の中心部の官庁街の真ん中にある公園のベンチで遅い昼食を取っていた。小鳥のさえずりを聞くのは何年振りのことだろう。街の真ん中に配置された緑は仕事の合間の心を癒してくれた。
普段はエージェントの仕事時間はデジモンが実体化した時に限られる。そのために彼はいつも朝十時ごろまで起きず、やっと目をさましてから正午より前に朝食兼昼食をとるという生活をしていた。究極体を連れた〈ヒュプノス〉のS級エージェントの朝寝を邪魔しようとする不埒なデジモンはほとんどいなかったので、彼の平和と一日三回の定例報告を無視されるたびに仙台支部長の四ノ倉正敏(シノクラ マサトシ)がつくため息はいつまでも保たれるものと思われていた。そんなわけだから彼がここ最近毎日欠かさずに朝八時と午後の二時、夜の九時に定例報告をよこすようになったことは〈ヒュプノス〉仙台支部を騒がせている。
「ありえないわよ。私のモーニングコールはいっつも無視するのに。今年の梅雨は雹が降るわ」というのは彼の担当オペレータの千鶴嬢の言葉だ。モーニングコールはオペレータの業務には含まれないことを指摘するものは誰もいない。千鶴嬢の加納満への報われない恋に口出しをしないことは仙台支部の不文律となっていた。
加納が急に規則正しい生活を始めたのは神原ヒトミの護衛任務のためだ。小学生の朝はなんでこんなに早いのか、彼にはさっぱり分からなかったが、とにかく一定の距離を置きながらヒトミを護衛し、彼女の近辺に実体化する少なくない数のデジモンを処理していた。今日は社会科見学と称して県庁や裁判所を見学するらしく、午後からヒトミのクラスはこの官庁街へやって来ていた。昼食を終えた彼は公園の脇に立つ県庁舎の何処かにいるヒトミのことを考えながら二時の定例報告のために四ノ倉に電話をかけた。
「やあ、ミチルちゃん。健康的な生活は気持ちいいだろう?」四ノ倉の声は甲高く、風変わりな彼の性格を象徴するようにいつも少し揺れていた。
「そういうのは支部長みたいな五十過ぎのおじさんに任せますよ。神原ヒトミに今日のところは異常なしです。調子はどうですか」
「あんまりよくない、昨日青葉通りでリアライズしたスナイモンを〈十闘士〉にとられた」
「鋼と闇のどっちです?」十闘士というのはヒュプノスと同程度かあるいはそれ以上の歴史を持つ宗教団体で、十人のデジモンによって構成されている。どんな技術を使っているかはまったく不明だがそのデジモン達は人間が進化したものだということが分かっている。リアルワールドに現れたデジモンをデリートしてデータをデジタルワールドに送り返すのが仕事で、採取したデータを本部に保管するという方針を持つヒュプノスとは対立していた。〈十闘士〉は地域によって担当を分けているらしく北海道・東北では〈鋼〉と〈闇〉が確認されていた。もっとも、北海道に現れた個体が同じ日のうちに福島でも目撃されたりするので、本当に十人だけなのかどうかを疑う意見もあるが。
「両方だ」
「やっぱり連中も仙台を拠点にしてるんですかね」加納はかつて〈鋼〉の闘士との戦闘で片腕を折られたことを思い出して顔をしかめた。
「かもな。なんにせよあんなカルト教団みたいな奴らに負けるわけにはいかんね」
「腕を折られないようにして下さいよ」
さっさと電話を切ろうとした加納を四ノ倉が慌てて呼び止めた。
「ちょっと待ったミチルちゃん。今日はもう一つ用件があるんだ」
「なんですか、千鶴がついにクビにでもなりましたか」
「彼女は優秀なオペレータだよ。私が言ったのはそうじゃなくてね、実は〈選ばれし子ども〉の適格者がもう一人仙台にやってくる」
加納は唖然とした。「もう一人ですか、〈選ばれし子ども〉のネームバリューも随分安くなったもんですね」なんとなく皮肉を飛ばしてみる。
「まあ、そう言わないでくれ、家庭の事情で島根から来るんだそうだ、現地のエージェントがそれについて来る」
「島根に〈ヒュプノス〉の支部があるんですか? 俺はまた島根にはネットもないんだと思ってましたよ」
「支部は広島にあるんだ。それはそうと、ミチルちゃんの出身ってどこだっけ?」
「岩手県です」加納は胸を張って答えた。
「…」
「岩手にだってネットくらいありますよ」
「そうか、それは良かった。とにかく君にはその島根のエージェントと会ってもらいたい。当然のごとくS級だ」
「へえ、ついに仙台にも俺以外のS級エージェントが来るんですね、分かりました。彼との面会の場所を〈アイス・ナイン〉に設定してもらえますか。俺の担当者の住んでるバーです。それと、適格者も連れて来るように伝えて下さい」
四ノ倉は驚いた声で言った。「適格者も引きあわせるつもりか」
「適格者は案外孤独な責任感を抱きやすいものなんです。同じ境遇の仲間が欲しいはずですよ」やはり〈選ばれし子ども〉の一人であったヒトミの母の咲も自分の役目に孤独を感じていたのだと加納は最近になって思うようになった。
「そうか、君が言うんなら間違いないだろう。やって来るエージェントも君の話を聞きたがっていた。〈選ばれし子ども〉の護衛を務めていたエージェントで生きている人は少ないからね」
「咲さんの護衛任務をやっていたのは明久先輩ですよ。俺は二人にくっついていただけだ」彼は断固とした口調で言った。二年前の事件の後に本部からやってきて支部長に就任した四ノ倉はたまに部下の抱える事件に関するトラウマに踏み込んでくることがあって困る。
「ああ、そうだ。無神経だったかもしれん、すまなかったね。それじゃあ切るよ。相手に初対面で喧嘩をふっかけないようにな」
「俺をなんだと思ってるんですか」
「罪な男さ、千鶴ちゃんの電話にもたまには出てやりな」四ノ倉はそう言って電話を切った。
「千鶴?」加納は首をひねって四ノ倉の言葉の意味を考えたが、すぐにそれを忘れてしまった。今は島根のエージェントだ。

*****

〈アイス・ナイン〉での集合時刻より一時間早く、加納は島根のエージェント一人だけをバーの近くの喫茶店に呼び出した。柄にもなく緊張しているのかそれとも単なる癖なのか、彼が前もってオーダーしていたアイスコーヒーの氷を全て噛み砕いたとき、店の扉が開き、長身の男が入ってきた。落ち着いた雰囲気で加納に比べかなり高い年齢のように見えたが、彼が加納の合図に答えこちらに来るに従って、どうも印象よりもずっと若いらしいということがわかった。ジーンズに水玉模様のシャツで古いロック・ミュージシャン風に決めた加納とは対照的に、彼はスーツ姿だった。暑さにワイシャツのボタンを開け袖をまくっている今でさえ、立派に模範的な会社員としてやっていけそうである。加納が抱いたその印象に違わず、男は手を出して馬鹿丁寧な口調で挨拶をした。
「初めまして、高視聡(タカミ サトル)と言います。〈ヒュプノス〉広島支部からこの度任務の為に長期の出張という形でお世話になることになりました」
高視と名乗った男に加納は座ったまま右手を差し出す。「よろしく、高視さん。まあ座りなよ。俺の事はもう聞いてる?」
「はい、加納満さんですね? 東日本では最年少の十七歳でS級エージェントになった」
加納は首を捻った、「俺は日本で最年少って聞いてたんだけどな」
「でしたら、訂正しておきましょう」高視はにやりと笑った。「西日本では私が最年少です。あなたの同期で、同じ歳にS級になりました」
へえ、と加納は喉の奥で呟いた。どうもこの高視という男、堅いだけじゃないらしい。何より彼の関心を引いたのは高視の言葉に階級をひけらかすような自意識が見えなかったことだった。どうも純粋に俺をやり込めたいらしいな。
「それならちょっとはやるみたいだな。これから一緒に仕事をするんだ。支部の連中は俺のことをミチルって呼んでる。良ければあんたもそう呼んでくれ」
「分かりました。私のことも好きなように呼んで下さい。しかし…」高視は言葉を切った。「一緒に仕事をするというのは、単に職場を同じくするという意味でしょうか、それとも…」
「本当に一緒に仕事をするんだ」加納は高視を遮って言った。「その為に今日、適格者を引きあわせる」
「そのことなんですが、私は賛成しかねています。適格者のストレス軽減という話はわかるんですが、二人以上の適格者が集まった時に彼らの力−−デジモンを呼び寄せる力が強まらないか不安なんです」
「おいおい、その時のために俺たちがいるんだ。デジモンが一箇所にまとまって来てくれた方がやりやすいさ」加納は教え諭すような口調で言った。四ノ倉にはああ言ったが、ここは先輩面をさせてもらおう。明久も許してくれるさ。
「聞いたろうけど、俺は前に一人適格者を死なせてしまっている」
「支部長から聞きました」高視は避けようとしていた話題を相手が進んで切り出されたことに驚き、目を丸くした。
「しかしそれは、あなたの責任ではないと…」
「みんなそう言ってくれるさ、でも少なくとも俺はそう思っていない」
「いつか聞かなければいけない話だとは思っていましたが、あなたが今この話をしているのはどういう意図ですか?」
「俺たちの使命だよ」加納は精一杯真摯な口調で言った。「適格者達には、なるべく普通の生活をして欲しいんだ」
高視は黙ってこちらを見ていたが、やがて口を開いた。「それは同感です。私の担当者の両親は海外にいましてね、一人暮らしの彼がなんとか楽しく暮らせるように、私も兄がわりになったつもりで色々任務以外のこともしていました」
「それは結構」
「でも、あなたがそのつもりなら、どうして計画のことを対象に黙っているんです?」
今度は加納が黙る番だった。
「支部長の話だと、保護者にも知らせてないそうじゃないですか。最後の最後まで黙っていて、いざという時になって急に子どもを死地に放り込む気ですか?」
「…」
「何か訳があるなら言って下さい」高視の鋭い言葉に気圧され、思わず加納は彼の目を見た。一瞬間、二人の気持ちは確かに通じ合ったように思われた。
「…怖いんですね?」
「そんなわけあるかよ」冷たく返しながらも加納は情けなく思った。明久と咲が死んでから二年間ずっと隠していた気持ちを出会ったばかりの男に見抜かれたのだ。
「いつかは打ち明けてあげないと、大切な友人を裏切ることになります。」
「分かってるさ」加納は少し目をあげて言った。「なあ、高視さん。あんたは対象とどうやって接してるんだ? 俺には接し方が分からないんだ。二回目なのにさ」
「今日会えばわかるんじゃないですか」高視は素っ気なく答えて立ち上がった。「そろそろ時間です。バーの方に行きましょうよ。それと」
「なんだ?」
「好きな名前で呼んでいい、とは言いましたけど、高視さんなんて他人行儀なのは勘弁して下さい」
加納は虚を突かれたように微笑みを浮かべた。「分かったよ、高視」

〜2-3に続く〜

ID.4744
 
■投稿者:くじら 
■投稿日:2017/07/11(火) 18:57


六月の龍が眠る街 2-3
店の常連に今日は早く店を閉めることを伝え追い出してから、僕はため息をついた。加納がこの店を使って紹介したい人がいると言ったのだ。なんでもその人物も、デジモンを連れた子どもらしい。
加納満が僕の店、バー〈アイス・ナイン〉に現れてから早くも一ヶ月が経とうとしている。最初はヒトミに迫る危険の中でいつまで僕の神経がもつか不安だったのだが、初めて会った時のゴーレモンのように僕やヒトミの目の前で戦闘が繰り広げられることはなく、僕もヒトミもいたって当たり前の生活を送っていた。変わったことといえば毎晩のように加納が飲みに来ることくらいだ。
「カクテルの一杯目だけはタダにしてやる。後は自分で払え」僕は自分たちを守ってくれるヒーローにタダ酒を飲ませることをものの二日でやめた。
「二人の為に一生懸命働いているのに、そんな扱いってないよ」最初の形だけは慇懃だった言葉遣いはすぐに消え、彼はぞんざいな言葉を振るうようになっていた。泣き言を言う彼を見てヒトミはキャッキャと笑った。その膝にはギギモンが丸まって眠っていた。まるっきり猫だ。
ギギモンは思ったよりずっと大人しくしていてこちらから撫でたり抱きつこうとしない限り僕に噛みつくこともない。ヒトミや加納が見ていないときを見計らってなんとか抱き上げようとしてみるのだが毎回手を生傷だらけにする結果となっている。ギギモンはどういうわけかヒトミの言うことだけよく聞いていて、彼女が言えば僕のためにその口から吐く泡を鍋に当ててお湯を沸かしてくれる。ガス代は浮いたが、食費がひどくかさむせいで結果としてはマイナスといったところだ。今日来ると言うデジモンを連れた人物とこのような悩みを話し合えたらいいなと思った。

そんなわけで、早々と店じまいした〈アイス・ナイン〉の店内にはヒトミとギギモンだけが座っている。ヒトミはマーク・ボランがが気だるく歌うオーディオに向かっており、その膝の上でギギモンはすやすやと眠っていた。あんな近くでロックを聞かされてよく眠っていられるものだ。
そう思っていると扉に据え付けたベルがなり、高校生くらいの少年が一人入ってきた。かなり緊張した様子で、僕に話しかける。
「あ、あのう。ぼくですね…」
「話は加納から聞いてるよ、君もデジモンを連れてるんだってな。加納や、一緒に来ると言っていた〈ヒュプノス〉の人間はいないのかい?」彼の緊張を解きほぐそうと僕はカウンターから明るく声をかけた。
「へっ?」彼は素っ頓狂な声を上げたが、慌てて言った。「そうですそうです。ぼくがその、デジモンを連れた子どもです。で、ヒトミちゃんとそのデジモンはどこですか」
ヒトミの名前は加納から聞いたのだろうか。「どこも何も、そこに座っているよ」ヒトミとギギモンは目を開いて彼の方を向いていた。
「あっ本当だ」少年はいつの間にかヒトミとギギモンのそばまで近づいている。


「じゃあギギモン、悪いけど、痛くないようにするから我慢してね」

彼の周りが真っ黒い闇に包まれた

「さよなら」


少年がそう言ったのと僕が彼に銃を突きつけたのはほぼ同時だった。少年はいつの間にか黒い鎧を見に纏い、槍のような武器をヒトミの膝の上のギギモンに向けている。ギギモンは自分の置かれている状況を知ってか知らずか、黙って微動だにしていなかった。ヒトミも同様だ。
「動くなよ、下手な芝居が通じると思ったか」僕は精一杯虚勢を張った。彼が嘘をついているのはすぐに見抜けたが、突然姿を変えたのには驚いた。心なしか背もさっきよりひとまわりもふた回りも大きくなっている。
少年が姿を変えた鎧の騎士は舌打ちをした。「銃を持ってるなんて聞いてないよ。対サイバー生物銃なんて〈ヒュプノス〉から貰ったのか」
「死んだ友達から貰ったんだ」
「アキヒサさんのことか、この子が娘さんだっけ?」彼はヒトミの方に目を向ける。
「ヒトミに手を出したら、ここで殺すからな」
「この子じゃないよ、ギギモンの方だ」
「どっちにしろだ、僕の店でそんなものふりまわして、タダで済むと思わないでくれ」体は震えているのにこんな昔のアメリカ映画みたいな陳腐なセリフがよく言えたものだと僕は自分で思った。僕の口も捨てたもんじゃないな。
「どうして明久やヒトミのことを知ってる? まさか、お前が明久を殺したんじゃないだろうな?」
この質問に鎧は笑って言った。「明久さんは恩人だ、そんなことしないよ。ヒトミちゃんにもだ。まあそういうことをするとしたら、ぼくじゃなくてヒュプノスの方じゃないかな」
「なんだって?」
その時また入店のベルがなり、加納と男がもう一人、そしてパーカーを着た金髪の少年が入ってきた。三人とも店の状況をみて足と息を止める。
最初に動いたのは加納だった。「クラビス!」彼がそう叫ぶとどこから現れたのだろうか、騎士の黒とは対照的な光に包まれた人型の影が僕らのすぐそばに現れた。黒い鎧はまた舌打ちをして光の手から逃れ、距離を置いた。
「ギギモンを連れて部屋に入ってろ!」僕はヒトミにそういうと、彼女は茫然自失としたまま僕の後ろでの事務室に引っ込んで言った。
「俺たちが今日ここに来ることは知らなかったんだろうな」加納が言う。「いくら〈十闘士〉でもS級エージェント二人の相手はできないだろう」とすると彼の後ろの長身の男もヒュプノスのエージェントなのか。
「この方法しかないとか言いやがって、あいつ、殺してやる」鎧か吐いた物騒な言葉はしかし、この場の誰でもない身内に向けられたもののように聞こえた。
「大人しく投降しな」という加納の言葉に鎧は反応せずゆっくりとこちらを見渡す。
「〈ヒュプノス〉の皆さんったら、全く計画のためだからって随分必死ですね」
「計画?」僕が呟く。
「確かに、ギギモンみたいな希少種を呼び寄せるなんて並の人間にはできないことだ。ヒトミちゃんはかなり有望な適格者ってことか」
彼が何を言っているのか問うように僕は加納の方を向いたが彼はただ苦い顔をしている。
「クラビスエンジェモンを連れたエージェントさん。あなたとは二年前にも会いましたよね。〈鋼〉が今度はアバラを折ってやるって言ってました」
「黙っていろ」そう言ったのはクラビスエンジェモンと呼ばれた人型の光だ。神々しい姿とは裏腹に怒りを感じさせるドスの効いた声だった。
「二年前、あなたもぼくと同じようにアキヒサさんに命を助けられたんでしょう? それに対する恩返しが、その子どもを実験台にすることとはね」
実験台?
皮肉めいた鎧はの言い方にクラビスエンジェモンは怒りの声を上げた。それを合図に全員が動く。僕も銃を一発撃ったが、騎士は次の瞬間店の出口に立ちそこにいる金髪の少年に話しかけていた。
「噂の転校生くん、今ばかりはぼくの方が人気者だね」
そして彼は黒い球となって店から消えた。その後すぐに白い光球となったクラビスエンジェモンがそれを追いかける。
「グラン! 俺たちも行くぞ」長身のエージェントの声に従い今度は大きな黒い虫型のデジモンが現れた。彼は店を出る前にこっちを向く。「ミチルと店主さんは、よく話し合った方がよさそうだな」
彼が店を出るとぼくは金髪の少年の方を向いた。「君はヒトミと一緒にいてやってくれないか。僕はこいつと話があるんだ」
「分かりました。あまり互いに感情的にならないようにしてください」偉そうなことを一言いうと彼は事務室に入った。加納がたまりかねたように話しかけて来る。
「なあ…」
「全部、説明しろ。最初から」僕は怖い顔をして言った。無理に顔を作る必要もなかった。

*****

レーベモンは夜の街の中を疾駆していた。この重い鎧を着て戦い始めてからかなり経つが、こんなに焦らなければいけないのは初めてだ。S級が二人? 聞いてないぞ、と彼はまた悪態をついた。エージェントが来ないうちにバーに堂々と押し入りさっさとギギモンを始末すればいいと一条秋穂が言うからそうしたというのにこんなことになるとは。右後ろに迫っている光を感じる。クラビスエンジェモンだ。デジタルワールドに存在するという〈ゼニス・ゲート〉の守護者。レーベモンは闘士となるための修練の中で読まされた神話の一節を思い出す。どうしてあのエージェントがそんなバケモノをパートナーにできているのかはさっぱり分からなかった。
しかしクラビスエンジェモンだけならまだ良いのだ。彼は守護者として与えられた絶大な力を他のことには使えないことになっているため、実際の力は他の究極体とそこまで変わらない。事実、一条秋穂の進化する〈鋼〉は二年前の戦いで彼を下している。その時自分は神原明久のパートナーデジモンの相手をしていたな、と逃げ続けながらレーベモンは思い出した。あのアシュラモンもあの時にパートナーとともに死んだはずだ。そんなことを考えていた彼に右側から雷撃が迫る。なんとか横とびにかわすことはできたもののそのせいでクラビスエンジェモンに距離を詰められてしまった。そう、この雷が問題だ。あのもう一人のエージェントのパートナー、僅かに姿を見ただけだったがおそらくグランクワガーモンだ。この二体を相手に逃げ切るのはほとんど不可能に感じられた。先程からその二体とは別の光弾も飛んできている。トループモンだろう。デリートしたデジモンのデータをスーパーマーケットで売っているカレー用豚肉みたいにちょうど良い大きさに細切れにして着ぐるみに詰めたおぞましい兵士。組織のこのような行いに対する義憤の為にレーベモンはリアルワールドにおいて同じ目的を持つ単なる競争相手として以上にヒュプノスを嫌っていた。
「数が多すぎる…!」先程からディースキャナで発している救難信号に一条秋穂が答える様子はない。あいつ、帰ったら覚えてろよ、レーベモンは呟いた。もっとも、生きて帰れたらの話だけど。

迫り来る光弾をかわしきれず、彼は振り返り左手の“贖罪の盾”でそれを受けた。そこにクラビスエンジェモンが一気に追いつく。
「追いついたぞ。マスターを侮辱したやつは許してはおけない!」クラビスエンジェモンは手に持った鍵形の剣を振り下ろした。それを剣と思っているのは本人だけで、実際のところはただの鈍器だ。再び盾でそれを受けたレーベモンが後ろに吹き飛ばされる。地面に激突した彼が辺りを見回すとそこは町外れの農家が並ぶ地域の一画にある荒れ野だった。随分走ったものだ。
「ここでなら一般市民に被害が出ることもなさそうだ。決着をつけるぞ、闇の闘士」クラビスエンジェモンが地面に降り立ち剣を構えた。
「仕方ないね、その別のゲームに元ネタがありそうな剣で僕を倒せると本気で思ってるなら、相手するよ」どうもクラビスエンジェモンはパートナーに対するレーベモンの言葉に怒り狂っているらしい。これはチャンスかもしれないな、とレーベモンは思った。
「それじゃあ決闘と行こうか、仲間を呼んでも良いよ。君は前にパートナー諸共〈鋼〉にやられてるからな。ハンデだ」彼は挑発の言葉を吐いた。目の前の天使はさらに怒りを露わにし、彼の周りの白い光が増した。
「お前など私一人で十分だ」そう言って彼は後ろの暗闇に声をかける。
「グランクワガーモン! 手を出すんじゃないぞ、横のエージェントもだ」すると、彼らもそこまで来ていたのか、大ピンチといったところだ。レーベモンは汗が背中に吹き出すのを感じた。
「馬鹿言うな、挑発に乗せられるんじゃない」高視聡の落ち着いた声が聞こえる。
「いいから見ていろ!」クラビスエンジェモンの怒りのおかげで少しは時間が稼げそうなのがレーベモンには有り難かった。早く来い、秋穂。
「ああ、君たちは見ていればいいさ。一撃で決着をつけるよ」平静を装ってそう言うと彼は盾を地面に放り、槍を両手で構えた。
「望むところだ」クラビスエンジェモンが答え二人は向かい合った。

一瞬の沈黙が終わり気がついた時、二人の位置は入れ替わっていて、そこから少し間をおいて、ぐしゃっという音を立ててクラビスエンジェモンが地面に倒れた。


「クラビスエンジェモン!」高視が声を上げる。レーベモンは深く息をついた。思ったよりもあっけなく片がついた。後は−−。レーベモンの考えがそこまで及ぶ前にもう一つの黒い影が彼の前に現れた。
グランクワガーモン、レーベモンは思う。慣れない相手だが、一対一ならなんとかなる。
「グランクワガーモン。距離をとって雷撃だ」高視が命じるとグランクワガーモンは後ろ手に飛び、アゴの間から先ほどと同じ電気の塊を放った。
ぼくが遠距離攻撃を持たないと思ってるのか、レーベモンは仮面からのぞく唇に笑みを浮かべる。このエージェント、腕は立つがぼくの縄張りである東北での任務は初めてで勝手がわからないらしい。

〈エントリヒ・メテオール〉

レーベモンがそう口の中で呟くと彼の鎧の胸部にある獅子の彫像が輝き、そこから黄金のエネルギー波が放たれた。それが前方でホバリングをしていたグランクワガーモンに直撃する。
口ほどにもないな、レーベモンは思った。これなら逃げる時間くらいは稼げる。

そう考えている間に彼は殴り飛ばされていた。いつの間に距離を詰めたんだ。奴の動きがこんなに早いのは予想外だった。体が宙に浮くが不思議と痛くはない、今の拳は妙だ。わざと力を抜いたような、まるでバレーボールの−−。
「トスか…!」彼がそう気付いた時には後ろに迫った影が彼を受け止めていて、彼はその金属質の板にしたたかに頭を打った。
「〈ゼニス・ゲート〉」そう言うと、先程のレーベモンから食らった一撃のことなどなかったように笑ってクラビスエンジェモンが立ち上がる。「なあグランクワガーモン、今闇の闘士殿が頭からぶつかった扉の名前はそう言うんだ」
「聞いたことあるぜ、入っちゃいけないんだってな」グランクワガーモンも虫にも何にも似つかないその異形の顔に笑みを浮かべて芝居がかった口調で答える。
バカな、作戦を打ち合わせる暇なんてなかったはずだ。レーベモンは逃れようともがくが体がうまく動かない。まるで体が扉に引っ付いてしまったかのようだ。
「それに頭から突っ込むのは、扉の突破を試みたことだと判断して構わないな?」
「当然だろう。そうじゃなければどこのバカが扉に突っ込むんだ」
「ならば私は扉の守護者としての力を振るわなければいけないことになるな?」クラビスエンジェモンがそう言うのとほぼ同時に彼の剣が輝き出す。レーベモンの顔が仮面の上からでもそうと分かるほど歪んだ。
「ズルくせえ…!」
「私だってこんなことしたくないのだが、守護者としての仕事があるんでね。まあ、私が怒りに我を忘れるなどと思ったのが間違いの元だよ」
それが天使のやることかよ、と言う時間もレーベモンには与えられなかった。

*****

霞む目を開けると、レーベモンはどこかの路地裏に転がっていた。おかしい、自分はあの荒れ野で殆ど死んだはずだったのに。
「やっと目を覚ましたか、手を掛けさせるな」その声とともに腹部に蹴りが飛んで来て、レーベモンはひどく咳き込みながら最悪の覚醒を迎えることになった。
「お前は…!」目を声の方に向けると彼は言葉を失った。
「この場でお前を殺してしまいたいところなんだが、お前に死なれると色々と面倒なんだ。しばらく見つからないところで寝てろ」
「どうしてここにいるんだ」レーベモンはか細い声で呟く。途端に高笑いが彼の耳を突いた。

「何故って? 俺たちはもともと一人じゃないか」

「返せ…!」立ち上がろうとしてよろめいたレーベモンの体は声の主の足で再び地面に押さえつけられた。

「おいおい、今はやめたほうがいいぜ」その言葉が終わると同時に彼の頭はひどく蹴りつけられた。

「返せよ…!」再び薄れゆく意識の中でレーベモンは叫ぼうとしたが、実際にはそれは喉元で掻き消え、低い唸りになっただけだった。

「また会おうぜ、じゃあな」

待てよ、行くんじゃない。かろうじて相手の名前を呼ぶ声を上げる。

「ダスクモン…!」

奪われた自らの半身の後ろ姿を見る彼の目はやがて閉じ、レーベモンは再び意識を失った。


〜2-4に続く〜

ID.4745
 
■投稿者:くじら 
■投稿日:2017/07/11(火) 18:59


六月の龍が眠る街 2-4
加納の話をまるっきり覚えているということはできない。その話の展開は始めて彼と出会い、デジモンの存在を告げられた時以上に現実離れしていた。おまけに僕は彼の嘘への怒りで殆ど冷静さを欠いていたので細部の記憶は曖昧だ。それでも、なんとか話について行くことはできた。
十九世紀の終わりあたりから人間がそれまでの人類が持っていなかったある因子を持って生まれるようになったことは政府高官や優秀な研究者の間では公然の秘密らしい。その因子は誕生と同時に少しづつ減っていき、二十歳を過ぎる頃にはまるっきりなくなってしまうのだという。その因子の持つ力は未だに解明されていない原理によって周囲にデジモンを呼び寄せるというものだ。この辺り、詳しい話は殆ど覚えていない。
二十世紀半ば、二次大戦中のネットワーク構築作業の中ですでに存在が確認されていたデジモンによる被害に備えるために、各先進国はそれぞれが組織を作り上げた。日本の場合のそれが〈ヒュプノス〉で陸軍の研究所をルーツに持つ組織だということだった。当時はまだデジモン相手の戦闘に使えるような技術は無く、主に研究されたのはデジモンの出現を防ぐ方法だった。その過程で先程説明した因子が発見されたのである。そしてすぐに、その因子を生まれつき多量に有する人間が僅かにいることが明らかになった。そんな人間達の周りにはデジモンによる怪死事件が相次ぎ、因子を持つ本人達も因子が体から消える二十歳を迎えるまでに殆どが死んでしまうのだ。彼らへの対処がヒュプノスが当たった最初の大きな問題だった。

「ヒトミちゃんも因子を多量に持って生まれた子どもの一人だと考えられている」加納は言った。僕は指先でカウンターをコツコツと叩きながら続きを促した。

最初に考えられたのは隔離政策だった。この計画はかなりの段階まで進められ、実際に南洋の離島に十数人の多量の因子を持った子ども達が運ばれた。〈選ばれし子ども〉と言う悪趣味な名称はこの時からすでに研究員の間で使われていたという。研究員達は彼らを対象に多くの実験を行い、〈ユゴス〉をはじめとしてデジモンに対抗する技術を多く生み出した。
〈選ばれし子ども〉達のなかで離島でデジモンに殺されなかったごく一部の者は成人し因子が消えた後に莫大な補償を与えられ一般の生活に復帰していった。計画自体が極秘のものでその倫理性の欠如を咎める者がいないため、その進行は極めて順調と考えてよかった。

ここで止まっておけばよかったのかもしれないが、この離島においてなされた新たな発見によってヒュプノスは方針を大きく転換することになる。子ども達によって呼び寄せたデジモンの中に、子ども達と特別に親密な関係を築く個体が存在することが明らかになったのだ。子ども達にとって友人のような存在となり、時には子ども達の心の動きに呼応して姿を変える個体。このような個体を十分に育てれば、人間がデジモンに対抗する為の強力な武器となるのではないか、そのような新たな予測を元に研究が進められ、組織の監視の元で子ども達を日常生活に置いたまま彼らに懐くデジモン−−パートナー−−を戦闘に耐えることのできるように訓練するという現在のスタイルが完成したという。不十分な監視による子ども達の死亡率の上昇と引き換えに研究はさらに発展し、一般の人間もある程度の要素が揃っていればデジモンをパートナーにできるようになった。これが加納達エージェントだ。

「それで全部か?」僕は苛々しながら聞いた。あの鎧のデジモンはヒュプノスがヒトミのことを「実験台」にしていると言っていた。さぞかしとんでもない告白を加納がするだろうと踏んでいたのに、彼の口から出てくるのは自分の組織の略歴ばかりだ。
「いいや、ここからが本番なんだよ」僕がコップに注いでやったぬるい水を飲むと加納は気がすすまないような顔で話を続けた。

話は二十年前に遡る。デジモンに対抗する機構がある程度安定してきたヒュプノスは目前に控えた2000年問題や彼らの方針に異を唱える〈十闘士〉と呼ばれるデジモンの集団への対応で火の車だった。そんな中でまた一つ大きな問題が見つかったのは〈十闘士〉についての調査の中でのことだ。
〈十闘士〉の歴史は驚くほど古く、ヒュプノスの創立と同じ頃には彼らの目撃情報がすでにあった。人間をデジモンに進化させるという摩訶不思議な技術を持った彼らはおそらく世代交代を繰り返してその十の席を保っているのだろうと考えられた。では、何のために?
ある勇気あるエージェントが彼らに面と向かって質問したことによりその目的が明らかになった。彼らの話では「神話に語られる悪魔」の復活が迫っており、それを排除することで「デジタルワールドとリアルワールドの二つを巻き込む巨大な破壊」を防ぐことが目的なのだという。カルト教団の戯言だと笑い飛ばす者もいたが、時は二十世紀末、メディアではノストラダムスの世界滅亡の予言が幅をきかせていたこともあってエリート揃いのヒュプノスの研究員の中にも十闘士の話を信じる者がいた。彼らは独自に研究を重ね、確かにインターネットの奥深くに当時の機器では観測しきれないほどの巨大な容量を持つ何かがいることを発見した。とすると十闘士の話のような危機が本当に迫っているのだ。ヒュプノスとしても手を打つ必要があった。その時に白羽の矢が立ったのが〈選ばれし子ども〉たちだ。彼らのパートナーであるデジモンたちは人為的に引き合わされたヒュプノスのエージェントとそのパートナーよりも強い力を発揮できるということはかなり早い段階で判明していて、彼らは常々ヒュプノスの奥の手と考えられていた。かくして〈選ばれし子ども〉を利用してその災害に対抗する計画が始まったのだ。これが〈選ばれし子ども〉計画である。この計画には致命的な問題があった。彼らの力が本当に災害を止められるかどうかはその時になって「ぶつけてみないとわからない」ということである。

ここで僕は机を叩いた。自分で予期したそれよりも幾分大きな音が出たが、後に引くことはできない。その音に勢い付けられるようにして加納に言葉を飛ばす。
「ぶつけてみないとわからない、だって? ずいぶん勝手なことを言ってくれるじゃないか。君は明久と咲の友人じゃなかったのか? ヒトミを守ってくれと遺言を受けたわけじゃ? もしかして、そこから全て嘘だったのか?」
「違う!」加納は必死に弁明する。「ヒトミちゃんの護衛に俺は真っ先に立候補した。俺がついていればヒトミちゃんをなるべく計画から遠ざけていられると思ったからだ」
「だったら、何故それを最初に僕に言わなかったんだ。今更それを信じろと言っても無理な話だよ」
加納はうなだれた。「本当にすまなかった。俺もそう打ち明けるのが怖かったんだ」
僕は口を噤んだ。加納の態度に嘘がないのは見ればわかる。たぶんほんとうに、ヒトミを組織の思惑から遠ざけようとしていたのだろう。そのことについて彼を許せないことはなかった。そうなってくると後は僕の意地の問題ということになってくる。考えがまとまらないままに、僕は怒った態度を続けていた。
「何がそんなに怖いんだ?」
「俺は昔に〈選ばれし子ども〉を一人、守れなかった。神原咲、ヒトミちゃんの母親で、あんたと俺の友人だよ」
声を出すことができなかった。
「君は今やってるみたいな仕事で仕事で咲についてたことがあったのか?」
「正確に言えば違う。咲さんの担当のエージェントとしてついていたのは明久先輩だった。あの人は高校時代からエージェントとして活躍していて、友人という立場で近くにいながら同級生の咲さんの護衛任務をこなしていたんだ」
「それでいつも、二人してベタベタしていたってわけか」僕は軽い調子で言おうとしたが絞り出した声はふるえていた。親友たちが自分に隠していた大きな秘密に動揺を隠しきれなかったのだ。
「かえって対象との距離を生むことになると言って組織は恋愛関係になることを止めてたみたいだし、最初は本当に任務だけの付き合いだったみたいだ。でもああやっていつもくっついていたら恋人になるのも無理はないだろうさ」

「いつからだ?」僕は聞いた。
「え?」
「二人が恋人になったのは、いつからなんだ」僕は自分でも笑ってしまうほど真剣な声で聞いた。大学一年生の時に僕と咲の間に甘くささやかな出来事があった。情けないことに咲が明久と結婚してからも僕はあのことを忘れられずにいつまでも引きずっていたのだ。僕の思いを明久はちゃんと知っていたし、それで僕達三人の関係が崩れることは無かったが、今でも時折思い出す大切な思い出だった。
「安心していいよ。明久先輩は職業意識が邪魔して中々アプローチできなかったらしくてね、はっきりと恋人になったのは大学の三年からだ」加納は追い込まれた自分の立場を一瞬忘れたかのように微笑した。「あんたと咲さんのことは聞いてる。明久先輩は咲さんにあんたと結婚してもらいたがってたみたいだよ」
「そんな」僕はあっけにとられて言った。「抜け駆けしてプロポーズしたのは明久じゃないか」
「先輩も辛かったんだ」加納は過去に思いを馳せている人間特有の深い黒を目に浮かべて言った。
「ヒュプノスのエージェントとして、対象の幸せを願ったとき、あんたみたいに真っ当に働いてる人と恋をして欲しかったんだ。自分みたいなおっかない仕事じゃなくてね。でも自分の気持ちはそれとは別にある。よくその辺の悩みを俺に打ち明けてたよ」
僕は思わず吹き出した。加納は驚いて目を大きく開いている。
「バカなやつだ。咲が好きだったのはいつだって自分だってことくらい知ってたくせに。いつも変なところで強がるんだよ、あいつは」僕はけらけらと笑った。加納の顔を指差して言う。
「君もそうだよ。変なところで強がるな。自分の考えてることがどんなに矛盾してるかとか、悩んでたらきりがないんだ。思ったことはとにかく言ってみろよ。誰かが聞いてくれるさ」
加納は目をもっと大きく開けた。「あんたは聞いてくれるのか?」
「ああ、僕が聞いてやるさ。明久も悩んでいるなら言ってくれれば良かったのに」
「でも先輩が咲さんにプロポーズしようと思っているなんて聞いて、あんた普通でいられたかな?」
「いや、多分ぶち殺してたな」僕はもっと大きく笑った。つられて加納も笑うが、すぐに目を伏せて言った。
「咲さんのことなんだけど…」
「そのことは君が今話したいことじゃないだろう」僕は遮った。「いつ聞くか僕は選ばないさ、今は君が今一番言いたいことを言え」
加納は顔をあげ少し考えるそぶりを見せたが、すぐにいつものように目を鋭くして言った。
「聞いてくれ、ヒトミちゃんは〈選ばれし子ども〉の中でもとびきりの有望株なんだ。ギギモンなんて希少種を呼び寄せるんだから、きっととんでもない数の因子を持ってるはずだ。本部も期待を寄せてる。これは国家ぐるみの大プロジェクトなんだ」
だけど、と加納は声を高くする。
「そんなことは俺の知ったことじゃない。俺は神原明久と神原咲の遺言を受け取って、ヒトミちゃんを守らなければいけないんだ。あの子を襲うワイルド・ワンを倒すだけじゃない。ヒトミちゃんには普通に学校に通って、普通にご飯を食べて、普通の恋をして、普通に幸せになってもらいたいんだ。何か大きなものの都合でヒトミちゃんを振り回したりは絶対にしたくない。俺は二年前に先輩達が死んだ時にもう終わったんだ。だからせめて、ヒトミちゃんを守ってみせる」
彼が口を閉じたのを見て僕は一言言った。
「バーから学校に通うのは果たして普通かな?」
加納は吹き出した。「普通じゃないな、でもそれでいいんだ」

「喧嘩は済んだみたいですね」
僕と加納が声の方を向くと彼らと一緒に来たパーカーを着た少年が立っていた。ウェーブのかかった髪に青い目、そして端正な顔立ち、手にはヒトミを抱え、そのヒトミがまたギギモンを抱えている。
「済んだみたいだな、自己紹介もまだなのに待たせて悪かったね。僕は辻玲一という。君は?」僕が尋ねた。
「俺は夏目秀(ナツメ シュウ)と言います。今日は別の〈選ばれし子ども〉に会わせるって高視さんに連れられて来たんですけど、色々ありましたね」彼は胸に抱えたヒトミに目を向ける。
「でも、ヒトミちゃんは仲良くなれたから、本来の目的は達成ってことでいいですね」
「君は自分が〈選ばれし子ども〉だって知っているのか?」
「知ってますよ。嫌なもんですけど、まあそう生まれちゃったんだから仕方ないですね。ヒトミちゃんにも教えちゃったんですけど、まずかったですかね?」
「いや、構わないよ。ありがとう」彼がどう説明したのかは分からないが、僕には打ち明けられそうもなかったので、正直助かった。
「ヒトミちゃん、お兄さんの話はわかった?」加納が気遣わしげに尋ねる。
「えらばれしこどもー!」ヒトミが元気よく即答したので、僕と加納はまた笑い出してしまった。僕達が絶望とともに憎々しげに発した〈選ばれし子ども〉という言葉が、秀やヒトミの口から出るとまるで世界を変える希望の呪文のように感じられる。これが未来というものだ。これが僕達が守らなくてはいけないものだと思った。
ドアが開き、加納とともに来たヒュプノスのエージェントが帰って来た。クラビスエンジェモンやあの大きなクワガタムシの姿は見えなかったが、なぜかバーが一気に狭くなったように感じられた。僕の感じたことを裏付けるように、どこからかあの天使の声が聞こえてくる。
「ミチル、すまない。取り逃がしてしまいました」
「ああ、別にいいさ」加納は和やかに答えた。
「良くないです! マスターをあんな風に侮辱したやつをみすみす逃すなんて、闇の闘士が二人いると分かっていれば…」
「闇の闘士が二人?」加納は眉を上げたがすぐに元の顔に戻る。
「それは調査が必要だな。とにかく、今日はお疲れ様だ。クラビス」
「…」
「どうした?」
「労ってもらえて嬉しさで死にそうではあるんですが、マスターがこんなに機嫌がいいなんて! 何かがおかしいです!」
その言葉でみんなが笑った。高視が微笑しながら尋ねる。
「二人とも、話はついたんですね」
「ああ、まあなんとかやるよ」僕は答えた。
加納は俺はもう終わったと言った。僕もこれまで常々そう思ってきた。でも、こんなに多くの笑い声が、まだ残されているのだ、何かが変わるかもしれない。そう思った。

*****

白い色調の病室のベッドで北館祐はため息をついた。包帯を巻いた顔を梅雨の湿っぽいぬるい風が撫でる。全身打撲で全治一週間、全くみっともない話だがあの時はクラビスエンジェモンを前に確かに死ぬと思ったのだから自分の強運に感謝するべきだろうな、と彼は思った。
一条秋穂があまりに申し訳なさそうに謝るので昨夜何回も彼女に対する呪詛の言葉を口にしたことなど忘れて北館は彼女を許してしまった。
「いいんだ、敗因はぼくの油断なんだから」秋穂からの見舞いの品である西瓜を齧りながら北館は言った。もうスーパーに早摘みの西瓜が並ぶ季節か。
「でも私がちゃんと救難信号に応えられてたら、それ以前にちゃんともう一人のエージェントのことを調べ出していたら…、ごめんなさい」
「何か信号に気づけなかった理由でもあったの?」
「その時塾にいたの」
鈴のような声で秋穂はけろりといった。許さないほうがよかったかな、と北館はまたため息をつく。
「それよりここは大丈夫なのか?」北館は病室を見回して言った。「ヒュプノスはぼくを捕らえるために、昨夜大怪我で入院した患者を探すだろう。ぼくは辻玲一に素顔を見られているし、ここに来られたらアウトだ」
「今更心配しなくても、お互いに何回もここのお世話になってるでしょう。機密保持がポリシーの〈十闘士〉専属の医師の診療所よ」
「でも…」
「大丈夫、表向きにはここは耳鼻科ってことになってるから。包帯ぐるぐる巻きのミイラ男が入院してるなんて誰も思わないよ」
「ミイラ男か」北館はおもわず笑った。秋穂も続けて笑う。
「心配しないでゆっくり休んで、ここのことは誰にもバレないようにする」
「ありがとう。それと…」北館は重々しい口調で話を切り出した。「昨日、ダスクモンに会った」
秋穂は顔を上げ目を大きく見開いた。二年前の戦いの中で何者かに奪われた闇のスピリットの半身と、それを用いた進化体であるダスクモンについて彼女はよく知っている。それに対する北館の感情も合わせて、だ。
「戦ったの?」
「いや、むしろその逆だ。クラビスエンジェモンに半殺しにされたぼくをあいつが連れ去って、昨日君がぼくを見つけた路地裏に隠してくれたんだ」
「どうしてそんなことを?」
「さあね、ぼくに死なれちゃ困る、って言ってたよ」北館は肩をすくめて首を振ろうとしたが身体中に激痛が走ったためにそのどちらもできなかった。
「あいつ、またこの街に帰ってきたのね。調べてみる」彼女は目に怒りを浮かべて言った。
「頼む。それと、もう一人のS級エージェントもだ。彼はどうやら神原ヒトミとは別の〈選ばれし子ども〉の護衛らしい」北館は憎々しげに言った。「ぼくはその子どもを見たよ。こないだうちの高校に来た転校生だ」
秋穂の目の怒りが消え、きょとんとしたような光がそこに宿った。「あのイケメン?」
「そうだ、あのイケメンだよ。ああいうのがタイプか?」
秋穂は笑みを浮かべた。「みんな騒いでるけど、私はそこまで。悪い男に引っかからないか心配してくれてるの?」
「守ってあげたくなる女の子だからね」北館は皮肉交じりの声を出した。
「強がらなくてもいいのに、とにかくちゃんと調べとく」
秋穂はぴんと背筋を伸ばした。
「ねえユウくん」
「なんだ?」
「いろいろなことが起こってるけど、あまり一人で悩まないで。私達は十人の仲間で、その中でも私とユウくんはコンビなんだから」
そう言うと秋穂はおもむろに北館に顔を近づけ、二、三回頬擦りをすると何も言わず立ち上がり病室を出て行った。これは彼女の癖で今も女の友人によくやっていることだ。幼馴染である北館も小学生の頃はよくこの頬擦りをされたものだが、今は互いに年頃の男女である。血が北館の頭に上る。
真っ白な病室の中で、西瓜と彼の顔だけが真っ赤だった。

ID.4746
 
■投稿者:くじら 
■投稿日:2017/07/11(火) 19:00


あとがき
どうも、くじらです。
二章にして長さがほとんど前回の二倍近くになった「六月の龍」を読んでくれてありがとうございます。新キャラが五人登場する上に設定説明も入って怒涛の風呂敷広げ回でした。しっかり読んでくれた方暑い中お疲れ様です。

今回から十闘士の面子が登場しました。
フロンティア直撃世代なので完全に趣味での起用なんですが、幼い頃に見たため記憶がどうも曖昧で十闘士の描写に響くかもしれません(メルキューレモンのシーンとか覚えてねえよ…)。「こんなんじゃねえ」と思ってもどうか勘弁してください。

僕の小説の十闘士は高校生達です。
プロット段階ではユウくんも秋穂ちゃんも実名晒しての登場はもっと後だったんですが、加速度的に増えていくおっさん達を書くのに癒やしがヒトミちゃんだけだとしんどくて、ピチピチのJKをもう出しちゃいました。JKに頬ずり、されたいですよね。

次回から物語が大きく動く気がしてます。「二年前」のこともそろそろ分かるんじゃないでしょうか。

最後に前回のあとがきと同じくキャラの設定を置いていきます。


クラビスエンジェモン
加納満のパートナーデジモン。ヒュプノスの仕事は本業である〈ゼニス・ゲート〉の守護の片手間だったはずだが最近そのバランスが逆転している。
加納への愛が重い。

高視 聡(タカミ サトル) 27歳
島根県出身のヒュプノスのエージェント。
硬い性格で職の性質上あまり歓迎されないはずのスーツを好んで着る。

グランクワガーモン
高視聡のパートナーデジモン。ゴツい見た目とは裏腹に機転が利き、クレバーな戦い方をする。

北館 祐(キタダテ ユウ) 17歳
高校二年生。闇のスピリットを使いレーベモンに進化する。皮肉屋だが子供っぽいところもある。一条秋穂とは幼馴染。

一条 秋穂(イチジョウ アキホ)17歳
高校二年生。鋼のスピリットを使いメルキューレモンに進化する。地味な見た目で話し方もおどおどしているがが腕っぷしは強い。