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ID.4724
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2017/05/15(月) 21:16
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短編【私は人か?人だったのか?】
         
空は青くて、日差しは強く。吐く息は確か白いのに軽く汗ばむ様な日だった。

私は校門を通り抜け、学年毎に別れた自転車置き場の三列目、一年生を意味するそこの部分的にすいているところで止まる。ここは上にある桜の木から夏になると毛虫が落ちてくる事がある。その時に避けてそのまま惰性でみんな避け続けているのだ。

少し、喉が渇いた。しかし水筒の中身は暖かいほうじ茶で、もとめている系統はスポーツドリンクの様なザ、水分補給という飲み物だ。

校舎まで行けば自販機がある。一番安いのは70円の水か小さい缶コーヒーか、そんなとこだったか。あまり覚えていない。少し小さいサイズの80円のスポーツドリンクがあったのは校舎の自販機だったか体育館前の自販機だったか。時計を見れば始業の九時まで三十分近くある。両方見るのもありかもしれない。

考えていた私は後ろから来る男に気づかず、ドンっと強くぶつかられるまま地面に倒れた。手は間に合ったが背中に走った痛みに苦悶の声をあげてしまう。

パニックってこんな感じか。何か言ってる男の声も聞こえてる様で聞こえない。周りがうっすら白く靄がかかった様ですらある。頭も動いてるのに動いていない。

その男はクラスメイトの、確か上村とかいう男だった。その手には赤い何かが見えて、よく見るとそれは包丁だった。

まさか、私は刺されたのか。

そう認識すると急に背中から血が噴き出す感覚がした。

大丈夫だ私、大丈夫だ。朝の学校だぞ、登校してる生徒はいっぱいいる。みんな携帯も持ってる。そう大丈夫だ私。通報されてるし、学校のすぐ近くに消防署がある。

だから私は助かるはずだ。無理にでもそう考える。傷の深さなんて考えたら死にそうな気がするから。

だからなんで刺されたのかとか考える。傷の深さとかを考えないように。

上村との間にどんな接点があっただろうか、ふむ、そういえば私の親友に告白してきた男じゃなかったか。一人で断るのが怖いからと私も断るその場に一緒にいた。それで逆恨みか。絶対許さない。

とは言ってもこんな場所で刺した訳で間違いなく捕まるだろう。もし親友が変な罪悪感に駆られていたらスイーツバイキングでも連れて行ってもらおう。駆られていなかったら励ます為にスイーツバイキングでも行こう。違いは奢るか奢られるかだ。

それにしても救急車は来ない。コンクリートの粒が頬に食い込んでいるままだ。

立ち上がろうと力を込めようとしてるのに、できない。

視界がより霞んでいく。

なんだか眠い。





目を覚ますと天井が白かった。体を起こすと意外とあっさりと起き上がった。背中に痛みもない、でも左腕に痛みを感じた。

点滴針でも刺さってるのか。抜けない様に気をつけないといけないなと左腕のあるはずの場所を見ると、黄色い毛の生えた、なんだろう、獣っぽい腕があった。手は白いし指は三本で妙にぷっくりしてもいる。

細かい毛はあるけどプニプニしてそうだなと右手を持って行って触る。右手も同じ様な感じ、なのに確かに私が動かした様に動いているし、想像した様なプニプニとした感覚が手に伝わって来る。

現実に思考が追いつかない。

あ、そういえば服を着ている感覚がない。胸のあたりや首の周りを試しに触って見ると妙にふかふかとした毛があるだけだ。布がない。

とりあえず隠そうと布団を引き寄せて、ベッドの脇に置かれたテーブルに鏡が置いてあるのを見つける。

それを手に取ろうとして、顔がちらりと映ったのを見て手が止まった。

想像はしていた。右手で左手を触った辺りで。右手にも感覚が伝わってきたが触られた左手の感覚も当然あって、胸を触った時には毛が引っ張られている感覚もあったのだから。

だから薄々想像はしていたのだが、そこに私の面影はなかった。

黄色い毛で覆われた顔の表情はわかりにくく、白目が黒く黒目が青色の目はとても自分のものと思えない。

何を思っているのかすらわからなくて、とりあえず水を飲んで一息吐きたい。

水道は、少し離れたところにあって飲むには一度立ち上がる必要がありそうだ。

点滴のかかった棒は下に車輪が付いていて一応動かせそうだ。

裸足でもいいやとりあえず立とうと、ベッドの端まで行って足を見て気がつく。なんか足が変だ。

膝を曲げ伸ばししてみる。この感覚はあんまり変わらない、だけど脛が短く足が異様に長い。試しに足をついてみると、一応立って歩くのに支障はなさそうだ。

ふと歩こうとして、点滴の管に腕を引かれて転ぶ。尻餅はつかなかったけど尻と床の間に挟まれた尻尾が痛い。バランスがとりにくい体なのかもしれない。

水を飲まなくても冷静になるにはちょうど良かったかもしれないなぁとか思いながら立ち上がる事を放棄する。床のひんやり具合が心地よい。

でも病院は大体土足か、土足で歩く場所に寝転ぶのはなんか嫌だ。

寝た状態から起き上がろうとすると体が妙に軽いのがわかった。勢い余ってなんて事にはならないが違和感を覚えるには十分だ。

とりあえずベッドに座る。

さて、私は何故か変な生き物になっている。尻尾もなんかあるし、耳は縦に長いし、デフォルメした狐みたいな姿をしている。夢みたいだけど、それにしては意識がはっきりしてる気もするし、仮に夢だとしても夢なら夢で覚めて欲しい。

で、どうしようか。携帯もないし、服もない。でも点滴が刺されていてベッドに寝かされていてと人間扱いはされているっぽい。

ふと枕元を見るとナースコールもある。本当に普通の病院にいるみたいな感じ、お見舞いに行った病室でこんな感じの部屋を見たことがある。ちょっと先進的なデザインをしている様にも思うけど。

とりあえず歩くのはまだ不安がある。となるとナースコールを押すか、否かしかない。

押すか、押さないか。

迷っているとコンコンと扉がノックされて、さも当然と言うようにコスプレイヤーが入ってきた。

ファンタジーの作品に出てくるシスターのコスプレだろうか、服もゴスロリ風でなかなか決まっている。

まぁ、なんとなくわかっているのだ本当は。白いシスターっぽいフードには目と翼が付いていて、翼は少し動いている。なんと言うか、生きている服を着ている様に見える。なんと言うか、何かしらの人外なのだろう、今の私の様な。

「……蓮華ちゃんが起きてる!ナースコール押さなきゃ!」

「え、うわ、うん」

ナースコールを押すと、向こうからどうされましたかーと間延びした声がする。それ貸してと生きてるフードさんが翼をぱたつかせながら言うので、多少気迫に押されつつ渡す。

「起きてます!ベッドに腰掛けてます!」

わかりました。すぐ行きますねと言われてナースコールが切れる。

天使やらなんやら、ケンタウロスみたいなのだったりなんだったり、人外が三人ほどやってくる。医者一人看護師二人なのだとわかるのは白衣と名札があってこそだ。

ケンタウロスの背中に検査器具やらなんやらが乗せられている。右手には異質に見えるカバーと義手が付いている。

「自分の名前はわかりますか?」

名前、もちろん言えるはずだ。なのに出て来ない。あれ?と頭を抱えてみてやっと思い出す。

「蓮華……黒木 蓮華です」

「黒木 蓮華さん、ね……漢字はこれで合ってますか?」

カルテか何かの一部分を見せられる。そこには今の私の写真と名前との他に、種族という欄があってレナモンと書かれている。

それに頷くとうんうんとその天使の医者はカルテを見て、確認が終わると名乗り、ケンタウロスの背中の器具の準備を始めた。

「起きたばかりで悪いんですが、ちょっと幾つか質問させてね」

それから簡単に、意識とかそういう事に関する質問がされて、そして、私が一番知りたい事が聞かれた。

「どうしてここにいるかわかりますか?」

「わからないです」

私がきっぱりと答えると、カルテを確認し、看護師さんに一言二言耳打ちして何かを確認した。

「えーと……ショックだとは思いますが、家が爆破されたみたいですね」

「爆破」

思いがけない答えについ復唱してしまう。刺されたとかなんて話はなく、場所も学校じゃなく家。それは私の想像とあまりにも食い違い、あまりにも衝撃的。

「そちらも捜査は警察の方で進められている様で……とにかくあなたは救出されここに運ばれ、怪我は回復したものの意識がなく今に至ると……こうした事があった時に前後の記憶がないのはそう珍しいことではないですし、数日検査入院をして、異常がなければ退院できると思います」

「あ、はい……」

そう答えると医者は何かあったらナースコールを押してくださいと言ってあっさりと出ていってしまった。

謎が増えただけで終わってしまった。まぁ何はともあれだ、一つずつ整理していこう。きっとその方がいい。

つまり今解決すべきは、当然のようにここに残っているこのコスプレシスターだ。正直どうしたら解決なのかもよくわからないけど他に話を聞ける相手がない。

「あの……あなたは、その……誰ですか?」

「私は桜庭 聖奈(サクラバ セイナ)。蓮華ちゃんの、親戚になるのかな?多分」

今まで聞き覚えのない名前だ。なんならまず桜庭という名前に聞き覚えがない。

「それで、その……桜庭さんは何故ここに?」

「お父さんが様子を見ててくれって、これからいろいろ大変だろうからって」

肝心の父と母は何をしているのか。記憶通りの経緯なら殺人未遂、マスコミだなんだと色々と大事になってるせいで来れないのかもしれない。

自分の手のひらを自分で握ってみる。握っている感覚も握られている感覚もある、だというのにそれはとても自分のものと思えないし手の温度すらもよく伝わってこなくて体中の毛という毛をむしりたくなった。

まるで風邪をひいた時みたいな心細さから、私は少し気まずそうにしてた桜庭さんに話しかけた。

「……私ってどれぐらい寝て、ました?」

「爆破事件からは一週間ぐらいだから多分それぐらいかな?」

「その、爆破事件の詳細とかって……」

「私も詳しくは知らなくて……話聞いたのも三日後ぐらいで、どうやらお父さんも親戚だと知らなかったみたいだし……」

「そう……」

窓から吹き込むそよ風の音が聞こえる。

お互いに自己紹介をなんて話にもならないし、桜庭さんから見たらどこに地雷があるかもわからない。私としても何を聞けばいいのかわからない。

お互いに話すこともできず、そうなると私はもう考えたくなくとも考えないなんて事もできず私はふと最悪の想像に辿り着いてしまった。

何故これからいろいろ大変なのか、何故名前も聞いたことない様な親戚が来てるのか、そうして何故父さんも母さんも私の前に顔を出さないのか。まとめていったらもうそうとしか思えなくなっていった。

「……ね、ねぇ、桜庭さん。私のお父さんとお母さんってどうなったのか知ってる?」

「……え、と、その……」

その反応だけで察するに余りあった。

「死んでる?」

私が改めてそう聞くと桜庭さんはうんとか細い声を出した。

死体を見てないからか他の事があまりに現実離れしてるからか不思議と実感は沸かないし悲しみが伴わない。

「これからどうするって話は知ってる?」

「それは、うちで一緒に暮らすか、それともそういう施設に行くかなんだけど……あの、ゆっくり決めればいいからね?」

「じゃあこれからよろしく桜庭さん……いや、桜庭さんの家にいくなら聖奈さんって呼んだ方がいいのかな?」

「うん。こっちこそよろしくね、蓮華ちゃん」

握手しようと手を伸ばすと変わり果てた自分の手が改めて視界に映る。自分の手を見ると生きてるフードを被った不審な感じの格好の聖奈さんすらまともに見える、少なくともその手は私の知る人間の大きさで人間の指の数で人間の形だ。

握ると私の手がいかに大きく人間でないかがわかる。今握っているこの手こそが人間らしい手だから。

検査入院は一週間ほどかかるという事で。その間私は毎日来てくれた聖奈さんや看護師さん医者の先生にいろいろなことを聞いて少しでも把握しようと決めた。

「記憶喪失のパターンには一部の常識が抜け落ちたり偽物の記憶が挿し込まれる事もあるんです」

というのが、色々話を聞いたうちの一人、背中に六枚翼を生やし鉄仮面を被った主治医の先生の所見。そう思われるのは仕方ないぐらい私のわからない事知らない事は常識の様だった。

姿に関しては何がおかしいのと言われ、自分が人間である主張は受け入れられたけど聖奈さんにとっての人間は今の姿でも人間であの半人半馬でも六枚翼が生えていてもどう見ても四足歩行でも人間であると言い切られた。どうやら私と見えてるものは同じらしいのに差別的な思考はいけないと怒られ、ただ謝るしかできなかった。

私の両親の死亡証明書を見せてもらったり、私が住所を移したりする必要もあったこともあって自分の戸籍も調べてみた。すると両親の名前も本籍地も記憶通りだった。しかし顔は見覚えなんてある筈がない有様だった。うちの父はライオン頭なんかじゃないし、母は狐じゃない。母親似なのは一緒だけど。

この状況に耐えかねて私は聖奈さんに覚えている事を全部吐き出した。

聖奈さんはすぐさま医師を呼び、簡単に言うと記憶喪失という診断書が出され障害者認定すらされた。チップの内蔵されたカードの発行はとてもスムーズでまだ入院してるのに手元に届いた。

いくらいい人そうだったからって聖奈さんを信じすぎたかと思った。いや、実際私はこの世界では狂人同然だから当然の反応なのか。そう思った。

だが翌日、どこかからか持ってきたデータ達を持ってきて確かに私の発言はそれらしく聞こえて信じられると肯定してくれて、それは真剣に聞いていてくれたことがわかった。

話を聞いてみると。どうやらこの世界では学校に行く人と行かない人は結構分かれるらしいのだが、聖奈さんは特に歴史について学びたくて行ってるとかで結構興味の対象としても魅力的らしい。だから調べる手にも熱が入って念入りになって時間もかかったと。

そうして話をしたが、入院していてはわからないことも多いしとりあえず退院してから話をということになり、まずは慣れようという事になっていた。

この世界は私の知る世界とあまりに違う。

例えば、衣服はどうしても着ないのが恥ずかしかったので着たが病院の窓から見下ろせば裸の恐竜が歩いてたりした。どうやらここの人達にとっての服にお洒落以上の意味はな意味はないらしい。

院内を歩いている人の中にも裸の人はいて、なんでかと一度だけ看護師さんに聞いたら、なんで裸の人の割合が多いのかという意味に捉えられたらしく、院内感染のリスクを減らす為に、そもそも触れない厚着になるか、即座に洗える全裸になるか二極化するという話をしてくれた。ちなみに看護師さんは厚着を推奨しているらしく、私はそれに激しく同意した。

この世界で裸はそう珍しくなく当たり前の光景ですらある。

裸をじろじろ見てるというとなんだか変な感じに聞こえそうだけども、どうやら見てると生殖器がない、恥ずかしいものがないのだから隠してなくても恥ずかしくないという事らしい。ちょっと聞いてみたら強姦とかセクハラは通じたが猥褻物陳列罪とか露出狂とかの言葉は通じなかった。

服装のこともそうだが、皆外見が違うのは種族が違うとかいう事も聞いた。種族が違うってやっぱり人間じゃないのかと思えばそうではなく、この肉体はなんていうか肉体でしかないという話。この肉体が出始めた時にはデジタル技術社会の尖兵でもはや人じゃないとデジタルモンスターと呼ばれていたとかいう話を聞いて、そう呼ぼうとしたら差別用語だからやめようと諭された。

恋愛観とかもかなり違う。あまりホイホイ口に出したいわけじゃないけど、まぁその、生殖器とかがないので一般的には男女の恋愛が基本、みたいなのがない。性別の概念はあるけどみんな自称でしかなく、意味がないからか戸籍には性別の表記もない。

実は入院してすぐ気づいていたのだが最も慣れられそうにないのが、目を覚ました日の日付が2256年3月7日だった事。

私の記憶では刺された日は2017年11月の半ばだった筈だ。





「蓮華ちゃん?そろそろ行こう?」

「うん、玄関でちょっと待ってて?」

退院して約二ヶ月。5月になって暖かくなって来た事と大分生活になれた事が合わさってよく外出する様になった。

桜庭一家との関係は良好で、私のことを二人目の子供と見てる節すらあるぐらいに親切、私からできる事がない事を悔やむぐらいには居心地がいい。

私は私や両親を調べたいが個人情報なんて検索で調べることもできない。爆破事件に至っては確かにあったという事は調べがついたもののそれ以上は何もわからない。むしろ警察にこっちが尋ねられたぐらいだ。

仕方がないからまず私が確かに過去から来たらしい事を調べようと思った。

私の生きた記憶のある時代をそれこそ普通に教科書に載らないぐらいに細かく調べる。この時代を生きていた黒木蓮華がそうそう知り得ない事を、私が知っていたならばそれは、私がどういう存在かの証明になる。

違っていたならばもしかしたらそもそも未来ではなく別の世界という可能性も発生してしまうし、精神疾患の可能性も残るし、色々と困る事になるけれど。わからないよりは前進する。

そうした事を私達は話し合った事があって聖奈さんは美術館や博物館に誘ってくれる。もちろんネットに上がってるものも多いが、実際に見た事があるものが置いてある可能性もあるという考えだ。

とんでもなく発展したネット回線を通して体を美術館の玄関前に転送し、あまりに安いタダ同然の入館料を払って中に入る。

「ここの美術館はね、大体第二次世界大戦後からの百年に絞ったところだから、2017年前後も含まれるんだよ」

歴史を知るには絵画も資料なんだよという聖奈さんは美術史にもそれなりに明るいらしい。説明に頷きながらパンフレットを手に取る。

意外にも紙のパンフレットは現役だ。正確には木を伐採してつくる紙とは別物らしいけど、電子媒体にするとイタズラでハッキングされて数字がデタラメにされるとかが起こる為なのだとか。

「あ、この名前は見た事ある」

「どれ?見せて?」

なんとなく赤いオカッパ頭の記憶があるとその名前を指差すと、確か水玉模様なんかの同一モチーフで埋め尽くすのが特徴的な人で……とざっくりと作品について予備知識を教えてくれる。

その時を生きてた私よりも大分詳しいなとか思うけど、歴史的背景に興味が向いてる聖奈さんに作者の姿はあまりピンと来てないらしく、水玉だらけのその一角に辿り着きカラーの作者近影を見て悲鳴を上げそうになる様は面白かった。フードの耳がまるで漫画の様に跳ね上がって私の顎を叩いたのはちょっと痛かったが。

頭に生きたフード被ってゴスロリ服も体の一部な聖奈さんに驚かれる様を当時予想できた人は多分いないだろう。

こんな事思ってる私も狐が立って服を着ている様な姿なのだからなかなか滑稽かもしれない。

水玉だらけの一角を抜けて、前なら訳わからないの一言で通り過ぎてた様なところも見て回る。少しであれ理屈について話してくれる人がいると訳わからないが減って何を描いたものなのか、何を表したものなのかわかってくる楽しみを持てる。知識自慢だとうっとおしいけど聖奈さんはその距離感がうまい。

幾らか聞いた様な名前やテレビで見た様な作品もあって、大阪万博の関係は昔見た気もしたが、私が修学旅行で行った関西で見て覚えている様なものは歴史の教科書なんかにも載っていて、とても参考にはならなかった。

美術館を出た私達はすぐら近くの喫茶店で昼食を取る事にした。

あのかぼちゃの彫刻が、等と話をしているとふと聖奈さんがそれでどうだったかと聞いてきた。無論、私が過去から来た証明になり得るかという事についてだ。

「……私が自分で納得するには充分だけど 、逆に言えばそこまでなんだよね」

聖奈さんでも驚いた作者近影。その程度しかなく、それは偶然知りえてもおかしくない様な有名な作者でもある。私がやっぱりと納得する事はできても強い証明にはならない。

そう言えばそっかと少し残念そうに言われる。

「蓮華ちゃんが過去から来た事を証明するにはどうしたらいいんだろうね?」

ちゅるっと聖奈さんの口にスパゲッティの端が吸い込まれて行く。

「どうしたらいいのかな……」

ごろりと入っていたポテトにフォークを突き立てながら私は答えになってない答えを返す。

軽く沈黙ができて、それが気まずくて改めて状況とか経緯とか確認し合って、それでもやっぱりわからずまた黙る。

二人の皿からスパゲッティがなくなる頃になって、ふと、私達に対してふと刑事コロンボとかそんな感じのイメージの服を着た人が声をかけて来た。

「失礼、話が聞こえてしまってね。もしかしたら私は迷走する君達が先に進むべき道を指し示す事が出来るかもしれないと思ったのだけど、話を聞いてくれるかな?」

「それより病院に行ったらどうですか?サイボーグ型ですよね?脚とか生身が見えてますよ」

サイボーグ型の肉体はそう珍しくない、でも目の前のその人は長いコートやハンチングの下に見える顔や手首足など肉がむき出しの部分が所々にあり、相当な旧型かそれとも壊れかけなのではと疑う様な外見だった。

そしてそれ以前に不審者である。

「お気遣いありがとう、しかし心配はしなくていいよ。この体はアンドロモンという試作型のサイボーグの姿にあえて整えてあるだけだからね、あまり理解はされないのだが要は趣味で一見不健康そうな格好をしてるという事だ」

「えーっと、はっきり言うとそもそも急に話しかけられても困るので、どっか行って欲しいんですけど」

「なるほど、警戒心が強いのだね?なら……そうだ、私が長々と語ろうとも君は心の門を開いてはくれないだろうし覚えてもくれず、お互いの損しか見えない。しかしそれも無理はない、私が考えた事を答えだけ簡潔に言おうか」

その人はそう言って数秒間黙った。多分、言うことをまとめているのだろう、それだけ言ってくれたならばいなくなるならこっちもそれでいい。もし何かしらあったら即110番だ。

「君の、過去に遭遇した記憶のある事件を調べるといい。警察の図書館で調べてもらえるはずだよ」

それではこれで、よかったらもらってくれたまえと紙の名刺を二枚机の上に置いてその人、名刺によれば如月 青三(キサラギ セイゾウ)は去っていった。

もしかしたら発信機でもついてるのでは、盗聴するプログラムでも仕込まれてるのではと疑いこそしたものの、そういうのを調べるアプリをダウンロードして調べてみても特にそんなものはない、本当にただただ紙の名刺だった。

おそらくは趣味の一環なのだろうそれを見てると私はもしかして悪いことをしたのではという気がしてきた。今の時代はなんでも電子データにもできるようなものがほとんどで、そうできない紙の名刺は普通に考えたら不便な代物だ。印刷してくれるところもそうないだろうし、紙のノートの方が電子媒体よりも高い時代だ。

つまりそれは何も仕込んでないと一見してわかりやすく、過去から来たという私を信じたうえで馴染みがありそうなものを選んだ誠意だったのではないかと。

「……いい人だったのかもね」

聖奈さんがポツリと呟く、多分私と同じような事を考えたんだろう。

「……変な人だったのも間違いないけど」

警察の図書館を取り急ぎ検索して調べてみるとその利用法のところに私の目を引く一文があった。

閲覧する際には氏名等の記入が必要です。

たったそれだけではあったが、それこそ私が求めていたものでもある。閲覧履歴が残る、最早私の家だった場所にあったハードが壊れてしまって調べることすらできないネットと違い私が調べたかどうかもわかる筈だ。もしも私が調べていなくて、それでいて私の知っている情報と一致したのならば、客観性もある。

私がいた証明になりえる。

ID.4725
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2017/05/15(月) 21:21


短編【私は人か?人だったのか?】2
翌日、聖奈さんが学校に行っている事もあり、一人で私が警察署の図書館に行くと、昨日と同じコートを着たアンドロモンがいた。間違いなく如月 青三だろう。近づいて行ってみると気安くひらひらと手を振ってきた。

「どうやら求めていたものだったようで嬉しいよ」

「……ちなみにここに来るというのはどうしてわかったんですか?」

「それは簡単だね、2017年なんて200年……ほぼ250年前の事を調べようと思ったら人はなるべく大きなところを選ぶもの。国内で一番規模が大きいのがここだったというだけの事さホームズがそうした様に人に誇る程の推理でもないよ」

確かにそういう事で選んだのでぐうの音も出ない。そうしてそれだけこの人がまじめに私の話に対し取り組んでたんだろうということもわかる。

真剣な分不審者としての度合いも上がった気もするが。

「君が自分を納得させると共に誰かを納得させる事もしたいのならば私がその証人の一人になろう。そう、先ほどホームズが出たのだから私はそれを手記に記録するワトソンといったところか。いや、ワトスンはかの白く愛らしい人の方が君としてはいいのかな?ではレストレード警部とでもしておこうか!さて、もちろんこのレストレードがいずとも閲覧履歴が確認できれば君が話していた聖奈くんという子からも証言は取れるだろうし、それなりに信じてもらえる様になるのではないかな」

でも、いた方がいいのではというニュアンスを匂わせる言葉に私は少し迷って頷いた。レストレード警部だと正直頼りないけれども。

「よろしくお願いします、如月さん」

「任せたまえ、ただし一つだけ条件があるけどね」

「……なんですか?」

「ブルースさん、できればそう呼んで欲しい。私の青三という名前はブルーとスリーでブルース・リーを暗示してるのだよ。日本で生まれてなかったらブルースとつけるつもりだったと両親によく言われていたし、もしたらもう気づいているかもしれないが私は君が生きたという時期にすでにレトロだと言われた様なそんな世代の物にとても魅力を感じる質なのだよ」

「ブルースさんよりレストレードさんの方が似合いそうな格好に見えますけどね」

ブルースならコートよりももっとアクションスターらしく動けそうな格好であるべきだろう。

「それも悪くないんだが、残念ながらレストレードは苗字でね名前は一切言われる事がないんだよ。そうなると、ほら私と君の間に壁がある様じゃないか」

未来の人に負けるのはなんとなく嫌なところだが、実際レストレードについて私はよく知らない。ホームズだって全部読んだ訳でもないし

「苗字で充分じゃないですか?レストレードさん、飛んだり跳ねたりされても困りますし……言いにくいけど」

「ブルースならば言いやすいと思うよ?」

「……じゃあレスターで」

「レスターになるとまた作品が変わってしまうね」

「ポアロ?」

「非常に惜しいがちょっと違う。確かに作者はアガサクリスティーであるのだが口髭の紳士の話ではなく詮索好きの老婦人のお話の方に登場する警部だよ」

「ミスマープルの方か……ポアロはジャップ?」

その通り、じゃあ行こうかとレスターはコートから閲覧許可と書かれたカードを三枚まとめて取り出し、一枚しまった。

ほら君の分だと渡されたそれに名前や何かの文字はない。どうやらこれから記入するらしい。

一度修学旅行で東京に行った時に見たロダンの地獄の門みたいな、巨大な門の脇に設置された機械にカードを通し、表示されるままにぽちぽちと自分の戸籍の番号を打ち込むと、何かしらの光が頭の方からパッと浴びせられ、数十秒。機械から出て来たカードにはちょっと驚いた様子の顔の今の私の顔が写されていて、名前も記入されていた。

これなら確かに私が来たかどうかはわかりそうだ。

「……にしても厳重な気がするけど」

「あぁ、そう思うのも当然だとも。私達に許可が出たのは第一層、通常の蔵書と、期限切れで個人情報の保護も終わった事件についての領域だ。実際そこだけならばとてもこれ程の警備はいらないとも。でもそうじゃないまだ生きている人の個人情報や遺族が情報開示をしていない領域もある。あとは模倣犯が出てしまい兼ねないから詳しい手口を明かせないとか……噂ではそれこそパンドラの箱の様な明るみに出せない類の情報もあるらしい。私達がそうしたところも見てしまわない様警告する意味も込めてのこの厳重さなのさ」

なるほど、何となく納得できなくはない。個人情報は大切だというのは二百年では変わらないんだろう。噂に関しては考えなくていいだろうし。

「さぁ、まずは過去に来たかどうかから確認しておこう。入り口横の端末にカードを入れれば過去の閲覧記録が確認できる。善は急げという諺はこの時代にも残っている。そこに何もない事を見届けることで君が君である証明とする第一歩目を踏み出せるのだから」

長いこと一緒にいると疲れそうだなとか思いながらカードを差し込む。なんでこんなに大げさなのかと。

しかし私こそ軽視していたのだと思わせるような結果が出ていた。

「……過去、一度君は訪れたことがある。という事になっているようだね」

これは面白いと好奇心が隠しきれていない声を出したレスターを私は一度睨みつけ、改めてそこに写ったものをよくよく見ることにした。

「私が入院してたよりも前の日付……どころか」

目を覚ましたのは2256年の3月だがそこに書いてあったのは2239年5月の日付。17年前、戸籍上16歳の人間が17年前に訪れた記録。

「ふむ、これはなかなか面白いことに……もとい複雑怪奇になってきたものだ。しかし今はとりあえず中身を確認するのがいいだろうね」

そうだ、まだ私がここに来たというだけで普通の蔵書を見に来たとかならば何も問題ない、事はないけど今回の目的は一応果たせる。その私が私について調べてないのならばまだ私が黒木 蓮華を知り得ないのに知っているから私こそが黒木 蓮華である、少なくとも過去から来たのであるというのは覆らない。という事になる。

そうして閲覧履歴を見ればそこには新しい困惑が待っているだけだった。

「蔵書じゃない……?というかなにこれ」

閲覧禁止資料の文字がずらずらと並んでいて、その資料のおいてある場所だけしか見てわかる情報がない。最早蔵書かそれとも何らかの捜査資料なのかもわからないそれを見てレスターがごくりとつばを飲み込んだのが聞こえた。

「……さっき私達に許可が出たのは第一層と言ったのは覚えているね?実際はそういう名称ではないのだが……そこは割愛しよう。この図書館の内部の資料は物として保管されているものと電子データで保管されているものの二つがあるが、後者の方は保管しているサーバーもいくつか分けられている。そのサーバーはセキュリティごとに分けられていて同じだけの手続きや条件を必要とするものは物として保管されているものも合わせて一つの場所に置かれている。その区切りは階を分けることで行われ、一階毎に内容が変わりながら厳重になっていくその様を私達は層と呼んでいたわけだ」

「それで、一体何がわかるんですか?」

レスターは画面に表示された地下5階という文字を指さした。表示された資料全ての置かれた場所がこの地下5階だ。

「この建物はとても広い。一つ階を降りるにはそれ相応の理由や許可が必要になる。ここ一階は身元が明らかならば特に条件なし、地下一階は個人情報も関わるため基本的には捜査関係者なんかぐらいまでで、地下二階になれば取扱いにそれはそれは困る様なとても大っぴらにはできないもの……例えば違法薬物の密輸ルートの詳細なんか大っぴらにしてしまってはいけないだろう?そうした内容が主になってくる。故に地下二階からはすでに関係者の他はまずもって入る事などあり得ない。さらに下がっていけばその危険度も増していく」

「……それで、地下五階には何が……?」

「それは存在しないのだよ」

「は?」

「あぁ、私が君を謀ろうとしているだとか思わないでくれ、決してそういうわけではない。そこは存在しない筈の場所だ。とても世の明るみに出せない情報、それがこの図書館にはあるという噂はある。ただ地下四階は警察図書館の事務だなんだという設備がある筈で、そこがこの建物の底である筈だったんだ。そう、その下は存在していない、少なくとも公的には。先ほど私は後悔してはいけない情報をパンドラの箱と表現したが、今ここに示された地下五階その内側にある情報を災厄とするならば今ここに見えたのはパンドラの箱そのものだ。我々はその蓋にそれと知れず触れてしまった」

存在していないといわれるものが確かにここに表示されている。存在すらあやふやなものにアクセスしていたというこの時代の私は一体何をしていたのか。私はそれについて何か言えることはないか聞こうとしたがその大きな機械の手で私の言葉を遮った。

「……興奮してしまったが一度それは置いておこう」

「え、あんなに急に喋りだしたのに」

「確かにそれも気になる。生まれてない筈の人間が存在しない筈の階で閲覧禁止の資料を見ていたというのだから。でも今は確かめる方法もないのだし目的を見失ってもいけない。目的は君が過去より来たのだという事を証明する事、その目的が目の前にあるのだからいくら気になったところで後にしてしまっていいのさ。パンドラの箱は開けてはいけないが蓋に触れたぐらいならば引き返す事もできるだろう。もし今後私達の前にもう一度対峙する機会があったらばその時はどうするかわからないけども」

あ、今後も関わるつもりなんだとは思ったもののとりあえず飲み込む。そして一旦図書館の外に出た。

今が何月何日何曜日かわかる時計が外観にあったのでそれや空とかも画面に入れながら私が知る限りの事件のあらましについて説明する姿を動画に撮った。時代に容疑者被害者、詳細な場所やその日の天気とかも振り返った。容姿の説明の時にはこの体の能力を使って外観を記憶にあるものに変化させて説明した。

ただ、映像なんて偽装は容易でもあるからないよりはまし程度でしかないが、一度確認してもう一度中に入る。

さっきの端末で今度は私の事件の資料がどこにあるのかの検索をする。2017年11月、高校の名前まで入れたら一件しか検索にヒットするものはなかった。

胸の内で心臓に当たるものがドクンドクンと音を立てているのが伝わってくる。

くどくどした説明を聞き流しながらそのサーバーを閲覧する為の端末にカードを差し込み、項目を選ぶとずらりと事件の詳細が書かれた資料が出てきた。

2017年11月12日に起きた刺傷事件。加害者の少年の名前は上村 和也で被害者の名前は黒木 蓮華。場所はすでに検索条件に入れた通り。天気は晴れ。時間は119に電話が入った時間から朝の8時32分とされている。凶器は出刃包丁。刺された箇所は背中、追撃はなく逃走もせず、目撃者の証言によると恨み言を投げかけていた。動機はその時の発言や被害者の親友等の証言から、被害者が自分の恋愛の邪魔押していると思い込み、いなければ成就すると考えたとみられている。

それが裁判でどうなったとかも見ることはできたが、そこまで見なかった、興奮してそれだけ確認するのがやっとだった。

私の覚えている様子そのまま、何も変わらない。少なくとも私の記憶は確かだった。さっきまでと変わらず胸の中では激しく音が立てられているがさっきまでの緊迫感と違い今のそれは歓喜してるように感じる。

「おめでとう、これで君は一つ自分を自分たらしめる物証を手に入れたことになるね」

「ありがとうございます」

レスターが握手しようと手を出してきたので私もそれに合わせて手を出したら手のひらを見てレスターは手を引いた。

「あぁ、すまない。私の関節部は、細かいものを巻き込みやすくてね」

どうやら私の不満は表情に出ていたらしく、レスターは大げさに肩をすくめながらそう笑った。確かにその手は機械だし私の手は体に比べれば短いものの毛に覆われている。

「なんだかごめんなさい」

「逆の立場ならきっと私が怪訝な表情をしていたと思うよ。ん、あったあった。厚手の皮手袋はむしろ巻き込む方が難しいからね」

厚手の革手袋で大きな手を覆ってしっかりと握手をする。体に不釣り合いなぐらい大きな手だなと思ったがそれと握手する私の手もそう変わらない大きさだ。

そういえばじっくり顔を見た事があったかと顔を見てみる。レスターの口元は笑っているが目元は笑ってない、というか瞼とかがないのか今にも目玉はこぼれ落ちそうなぐらい見開かれていて表情を表せる部位でないのだろう。

そういえば私の表情はどう見えるのだろう。少なくとも伝わってるのは確かだが。

「ところで、この後はどうするんだい?君が過去から来たのは一応証明されたと言えるだろうが……」

それで何かが解決したわけでもない。そうなんだ、そうだった。私はむしろそれから目をそらしていたのかもとすら思う。考えたくないことを考えないように何かをしたくてそうしていたような気がする。

だって、もしも本当に過去から来たという事ならば両親も親友もすでに死んでいる。多分、大事な人はみんな過去にいる。

私の戸籍があったりする謎も未解決、こっちの両親の事も、私の体の事も未解決だ。

「……過去に戻れると思う?」

「その質問に対しての私の回答はきっと残酷なものになるよ。君は満足できず、されど絶望さえも奪い去ってしまう、残酷な希望の残滓さ」

その言葉を理解し返答するのに私は数秒必要だった。

「心当たりがないわけじゃないってこと?」

「そういう事になるね。ただ、それは可能性と呼んでいいかもわからないものだ。過去にそういった能力を持った体を得たものがあるという、文献を読んだ事があるというだけなのだから」

「それはこの体が姿を変えたりできる様に時間を遡るという事?」

「その通り、その体はクロックモンと呼ばれる種でね、特定の年月間を自在に行き来したという。二百年一度に遡れはしないだろうが、クロックモンを見つけ限りなく戻り、その時代で別のクロックモンを見つけとしていればその内に君は辿り着ける……のかもしれない」

「かもしれないというのは?」

「……ふむ、少し長くなるがいいかな」

レスターはそう言うと一つの蔵書の名前を打ち込んだ。それはどうやら写真集の様だった。

「220年程前、温暖化の影響か永久凍土の中で活動を停止していたあるウィルスが世界中に蔓延した。改悪し広げたのは悪意あるテロリストによるものであり、当時の計算によればとてもそれを防ぐ事はできず、人口の九割五分が死亡する事でウィルスのキャリアがいなくなり始めて安全な地域が生まれる事になるだろうとされた様だ。それはノアの大洪水の様に抗い難いものに見え、感染してしまったものの中にはコールドスリープについたものも相当数いたという」

220年前、大体2050年頃、つまり私があのままま生きてて巻き込まれたかもしれない話。それは歴史上の出来事という様にはとても考えられなかった。

写真集に写った皮膚が鱗か何かの様に固まった指で遺書を書く男性も血が出るまでその皮膚を掻き毟る子供の泣き顔もあまりに悲惨だった。

「だが人類にとって幸運な事に世界に一人の天才率いるチームが存在していた。彼等は一つの技術を開発した。それが人間の意識を完全に電子データに写し取る技術と別の脳等に移す技術。つまり、人の肉体は死んでも精神は死なないですむ箱舟へと乗せる技術だ。それが発表されてから世界各国の富豪達が社会貢献に使う金は全てそこに回ったと言ってもいい。まずはそうした富豪達から機械の体や元から耐性を持つ様に手を加えた肉体を手に入れた。その技術は必要に駆られたから急激にあり得ないほどに早く広まり、キャリアがみな身体を棄てた事で死者は世界人口の一割に留められた。一割も死んだとも言えるがね」

サイボーグのような姿で笑う私も知ってるセレブ俳優を老けさせた様なおじいちゃんと、それと握手する男の人、どことなく作り笑いがぎこちない。ちらっと注釈を見ると65歳というあり得ない年齢が見える。きっと自分も若い体に替えたという事なんだろう。

私が驚いているのを見て面白そうについ20年ほど前までは彼は生きていたとレスターは付け足した。

「さて、その技術には多くの伸び代があった。記憶を人格をデータに、そしてそれを移し替える。その技術にかけられたお金の事もあったからか、少しすると我々は電子データと互換性のある物体を作り出す事に成功した。それにより人は禁断の果実を手に入れた。生命の創生が可能になったのだ。意識も身体もどちらも電子データで作って出力できる。逆もまた然り。そういう世界が誕生し、その状態は奇しくももう一度洪水を引き起こした」

そこからの写真は徐々にこの世界で見慣れた人間の姿になっていった。その肉体に反対するまだ普通のヒトの人達のデモ風景。掲げられたプラカードには人間をやめる行為だと、お前達は怪物だと結構ひどい事も書いてある。

「そうして造られた身体に入った事で変性した細菌やウィルスの猛威、又、現実に出るはずのなかったコンピュータウィルスが現実に出現したり、とても従来のヒトの肉体の生きていける環境ではなくなっていった。そうして私達人間はヒトを完全に棄てた。それが大体100年は前だ」

それから今の様になったのは色々やってみたかったからとしか言いようがないんだろう。特に理由は見当たらない。ただ、変わりゆく様だけが写っている。レスターと同じ種が並んでいる写真も百年は前。

「作った肉体である事もあって自然交配はできないことがほとんどで、子供は親のデータから受精卵を造られたりするという事が増えた。サイボーグ型だったりしてもそこもまた肉体の一部であるしね。今でも物好きはわざわざ交尾できる様にするらしいが」

さて、前置きはここまでにしようとレスターは写真集のウィンドウを閉じた。

「かなり脱線したが、この時期になって始めて特殊な能力をも有した個体が現実になってきたんだ。それまでは確かに怪物なんて言われもしたが時間を遡れる程の話はないだろう。精々火を吹く程度。つまり、この時期から100年近く遡れる個体がいるかどうかによって戻れるかどうかは決まる」

250年一息にはまず無理だとレスターは言った。という事はきっと文献にはどの程度遡れたかも書いてあったのだろう。

「……どれくらい遡れるものなの?」

「10年強とされているが私の読んだ文献で確認されていたのは三体、50年程の区間を自由に動けたという人と、10年しか移動できなかった二人との話しかないんだ。難しいとは思うが可能性がゼロとは言い切れない」

それはほぼ絶望的なのではないか、その考えは表情からか正確に伝わったらしい。その目はすっと下の方を向いた。

「そう、だから残酷だと言った。もしかしたらいるかもしれない。それに……君が戻っても待ち受けるのは人類の10%が死滅する未曾有の災害……テロという形で起こった事もあり死者は早期に感染した先進国と当時呼ばれていた国々を中心としている。島国であり検疫し易い日本も例外じゃない。なんせ日本でも撒かれたのだからね」

私は咄嗟にレスターの閉じたウィンドウをまた開いた。あの時は症状に気を取られていたが確かにそこにいたのは日本人で、窓からは日本語だけの看板が見える。

「死者が最も多かったのはインド、次はアメリカ、中国に続いて四番目が日本。一つの国で見なければ欧州でも夥しい人が死んだ。過去に戻るのを私は止める事はしないだろう、しかし、その為に君はこの時に死ぬかもしれない。君の身近な人だけが誰も死なないという事もないだろう、感染者はより多い……君が戻れてもその渦中かもしれない」

レスターは残酷だ、とても残酷だと繰り返した。

「君がこの方法でまず戻れるだろうと私が言えるのは100年。そこは君の時代から150年経った時代だ。当然今の様になぜか戸籍があり身寄りがありという事はないだろう。正しく天涯孤独になる」

それはそうだろうと思う。私の戸籍がある方がおかしい、優しい人達が家族の様に扱ってくれてという事もまずないだろう。

しかし、他に何も方法がなかったら私が帰ろうとした時に選べる方法はこれの他にはない。

あぁ、だから残酷なのか。できるかどうかわからないではなく十中八九できないのにそれを選べてしまう。

「……他の方法を考えた方が良さそうかな」

「問題はどう帰るかであって、そこにクロックモンを頼らなければならないなんてルールはないのだからそれは間違っていないとも」

とはいえどうすればいいのか。考えてみると少し引っかかるものがあった。

「私は過去から来たらしいと実証されたよね?」

うむとレスターは頷く。

「もし、過去から連れて来られたんだとしたらその連れて来た何かは過去に行ったって事じゃない?」

「確かにその可能性はないわけじゃない。となると君がどう来たかの経緯から探ってみる感じかな?」

「うん。どこかで私はこの時代に現れたはず。どんな形かはわからないけど、戸籍が作られたり両親が存在したりそうしたところが作られたものならばそういうとこから探れる……のかな?」

「その方針は間違ってないだろうね。データに実体を持たせる技術は同時に実体がデータに容易に干渉できる様にもした。戸籍を偽造したり、改竄したりされたりの可能性はあるし、それを踏まえてセキュリティは存在している訳で、偽造改竄できる人というだけでも関わった可能性がある人物を大分絞り込んだりする事ができるだろう……が、それを踏まえても茨の道、しかも犯罪行為に関わるのだから、踏み込み過ぎればそれは大いなる危険をも伴う。この時代の感覚のない蓮華君は一人では動かない様にするんだ。いいね?」

「うん、あとさりげなく名前呼びまで距離詰めるのは少し軽々しい感じある。レスター」

「距離が近づいたようで嬉しいのだけどブルースとは……?」

「呼ばない」

それは残念と言ったレスターと別れて私は家に帰った。家に帰ると聖奈さんには怒られ、聖奈さんの両親にもとても心配されてしまった。

ID.4726
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2017/05/15(月) 21:23


短編【私は人か?人だったのか?】3
次の日、聖奈さんは学校をサボっていた。

「如月って人流石になんか変な人の度合いが強い気がする。とんだ変態だよきっと」

という事らしく、私がもしレスターと二人になる事があれば自分もついて行くと強い口調で断言した。

あともしかしたらなにか似た感じからの被害があるかもと私の膝の上に座った状態でその名前を検索したりもし始めた。

そんなありきたりな名前でもないがネット全体の情報量が莫大だと見つかるものもまた膨大で、すでに三十分は探し続けていた。

「見つけた!流石に同姓同名同種なんてまずないから多分本人だよ蓮華ちゃん!」

何の為に探してたか忘れでもしたのか嬉しそうに聖奈さんは声をあげた。

その画面は、この時代より10年ほど前の私が入院していた病院のホームページを画像として残したもの。あの姿の上から白い、しかし巻き込まないようにか大分厚みのある白衣を着た写真に総合形成外科主任という仰々しい肩書きが付いていた。

慌てて貰った名刺を見る。聖奈さんは信用してないから見てなかったようだが確かにそこにも小さく医師と書いてあった。私の話を盗み聞きしてたのは自分の勤めてた病院の名前が出てたからと考えると耳についてもおかしくはないのかもしれない。

「……名刺通りみたいだね」

「いや、何かはおかしいよ。だってこれ10年前だもん、今のページでは名前もないし……」

医者な事も踏まえて聖奈さんが改めて検索をかけると一つのブログがヒットした。

「やっぱり、辞めさせられたんだよ。これ見て蓮華ちゃん」

そこに書かれていたのは裁判に出廷している人のブログ、そこにはレスターが手術した患者がその後アレルギーで死にかけた事について訴えられた話が書いてあった。それを見る限り、内容としてはこう。

レスターのところに今の種ではない体になりたいという患者が来た。そこで色々と検討してある種にする事に決めた。その種に変わる事で今まで食べられたものが食べられなくなったりする事、こんなものはまず食べられないなどの事をレスターは書面にまとめて患者に渡し、合意を求めた。患者はろくに読まずに合意、術後書いてあったまず食べられないものを食べアレルギーで死にかけたと。

結果は無罪。ただ、病院側は騒ぎになったからとクビにしたというなんとも報われない話。

「こんな簡単にクビにするんだ……」

「蓮華ちゃんの時代はどうかわからないけど今は首になっても生活ができなくなるとかまずないから、非がないなら再就職もできるだろうし、実際医師免許取られたりしてないみたいだし……」

なんかちょっと悔しいけどと聖奈さんは眉根を寄せる。

「……総合形成外科ってちょっと聞いたことある感じだとすごい有能じゃないとできないって話だし……むむぅ……」

総合なのに形成外科っておかしいなと思いながら出した画面を色々見てると獣型内科とかサイボーグ型外科って何かしら種が頭につくのが目についた。

総合って種別問わずということか。そう考えると有能じゃないとできないも納得行く気がする。

色々と見ている内に、聖奈さんはついにSNSのアカウントまで見つけたらしい。ハンドルネームはもちろん本名じゃなかったが、交流がある人との古典映画鑑賞会の写真に姿が写っていてそこから特定したらしい。聖奈さんの手際がいいのがちょっと怖い。

そして、見せられた写真の中には私が刺される数年前の映画のパッケージが映っていたのが少しショックだった。言葉も通じるからあまり思ってなかったけどこの時代から見れば私のいた時代の作品は古典扱い。二百年も経ってるから仕方ないとはいえ古典と思われてると思うと少しばかりモヤモヤした気になる。

「んむむ、むむ……こっちもこっちでやっぱりそんな悪い感じはなさそう……」

聖奈さんの発言に我に返ってざっとSNSの投稿を見てみれば私の情報も特に晒していたりはしない。ちょっと気になる事があって一時的にそれに関わりっきりになるからしばらく顔を出さないかもという発言がある程度だ。

周りがその内容に関していい情報源が?みたいな事を聞いてももしかしたらそうなるかもしれないしそうでないかもしれないみたいにぼかして答えている。

聖奈さんは探しても探してもやっぱり多少変なだけのいい人ではという結果になっていきついには諦めたらしい。

「……とりあえず、会わないようにとは言わないけど心配だから次は私も連れてってね」

「でも、前は待ち伏せされた訳だから黙って会いに行ったとかじゃ……」

「待ち伏せの話は聞いてないんだけど?待ち伏せされてたの?どこで?警察図書館で?ストーカーじゃない?」

聖奈さんが絶対二人っきりにはならないでねと言いながらどこからか三又の槍を取り出して先端を確認する。とても物騒だし、どこから出したんだろう。そういう種、なのか。

その後、聖奈さんにはこっちの時代の両親のSNSなんかも探してもらったが、どっちの種族もそれなりに数がいる種の様で写真などでは見つからない。なんとなくそれっぽいというのは幾つか見つかって、私の家の爆発が起きた前後から更新がないのも三つほどあったがどれも何の情報もなく、強いて言うなら子供は愛されてるなというぐらいだった。

子供の年齢も種もわからない様書いてないがとにかく三者三様に愛してるのはわかる。

小さい時にミントティーの味は好きでない様だが見た目が好きだと言っていたからそれから何年も飲み続けているなんて話とか、小さい時に似合ってるって言ってくれた髪型をずっと続けてたらたまには変えたらと鬣をアレンジしてくれたとか、小さい頃から綺麗な金色の毛並みをしてるから櫛を入れるのが楽しくて仕方ないとか。

チラッと鏡を見る。流石xxに見慣れた黄色い毛は確かに金色に見えなくもない、染めた訳でない自然な感じが色味として美しいとなるのはわからんでもない。

「この時代の両親にとって私はどんな存在だったんだろう」

もしこの中にその両親のどちらか又はどちらとものがあったら、私はきっとそれはそれは愛されてたんだろう。

ミントティーの透き通った黄緑色が好きだったかもしれないし、髪を弄るのもきっとそれなりに好きで、今でも親に櫛を通してもらうぐらいに仲も良かったのだ。

「私のこの体、もし前に持ち主がいたら……その人はどこに行ったんだろう」

私は、2017年の黒木 蓮華。2256年の黒木 蓮華がいたとしたらその人はどこに行ったのか。

もちろん、いなかったかもしれない。私がいる事を思えばいなかったと見た方が自然な気もする。でも、もしかしたらいたかもしれない。

それはオカルトでも何でもない。この時代には体から意識や記憶だけ出して機械に入れる技術もそこからまた別の体に入れる技術も存在する。2256年の黒木 蓮華の中に私の意識と記憶をというのはあり得ない可能性じゃない。

両親も存在していて、爆発事故にあって、それで、眠っているのかそれとももういないのか、それすらもわからない。

「蓮華ちゃんはこれからそれを確かめるんでしょ?両親がいてももしかしたら子供はいなかったかもしれないし、いた可能性と同じ様にいなかった可能性もあるんだから」

ね?と身を捩って、聖奈さんが私の頭の上に手を置く。撫でられるのは少し恥ずかしいが慰めてくれてるしと抵抗しない。

すると次第に手つきが毛と毛の間をすいたり揉んだり、片手だけだったのが両手になり頬のあたりをつまんでみたりとやりたい放題し始めた。

「ひゃひほひへひふほ?」

何をしてるのか聞きに行けば口のところもグニグニとされて変な感じになってしまう。

「毛並みフッワフワで肌モッチモチだなぁと思って」

そろそろ止めようと下に視線を向けると、ふと聖奈さんの頭のフードの視線と私の視線が交差した。私がそのフードの垂れた耳の様な場所を掴むとその動きが止まった。グニグニグニグニとこねくり回せば聖奈さんの手の動きも完全に止まる。

プニプニのグニグニでゴムの様な肉の様な弾力はあるんだけど吸い付く感じもあってなんとも言えない肌触りだ。つい楽しくなって触っていると聖奈さんの手が耳に伸びた。

そうこうしてる内にこね回し合いに発展し、ハッと我に返った時には床の上に私の毛が結構な量落ちていた。





この日は聖奈さんが学校でいなかった。いない時に外出すると不安がられるので家で私が覚えている事をひたすら打ち込んでいた。

文字は書くよりもキーで打つ方が早いけど、言葉だけじゃうまく表現できないものはペンを取って書く。あんまり絵心はないので自分でもちょっとどうかと思う様な感じだけども、まぁ伝わらなくはないだろう。

そうして入力したらカードに移す。小さすぎても困るし、常にネットに繋いでると簡単に侵入されるし、容量は進化してるけど外見的にはそれほど変わってない。

抜き出したそれを近くに置いた文庫本の表紙に差し込んでパラパラと開く。

この文庫本、テキストデータや画像データ、特定のソフトでまとめられたデータなんかをそのページに映し出して見れるという商品で、この時代においてはジョーク商品以上のものではない。

2017年はまだタブレットもない時代だと勘違いして買ってきてくれたもので、軽いし見やすいし落としても大丈夫だしなかなかいい。

改めて中身をパラパラ見直す。とりあえず今はまだ何も修正も追加もしなくて良さそうだ。

ふぅと一息吐いても近くには誰もいない。どうしたのという声は聞こえない。

この世界に来てから時々あるこの一人の時間、この時間に私はどうしようもなく怖くなる。

私は黒木 蓮華だ。そう、絶対に黒木 蓮華だ。

でも、私の言う黒木蓮華と周りから見た黒木蓮華とはやはり一致しない。私の肉体はこのレナモンというものではなく、ヒトという動物のものである筈だとそう思うのけどここにある体は私から見てもレナモンだ。戸籍もそうだし、客観的な証拠は私が私の言う黒木 蓮華であることを否定する。

確かに、聖奈さんは信じてくれるしレスターと作った証拠はそれなりだろう。でも戸籍だなんだというそれと比べたら信用されないようなものであるのも間違いない。

果たして私は本当に黒木 蓮華なのか。同じ名前の、この世界に戸籍も存在する見たままの存在ではないのか。いなくなったのではなく、私こそがそうだから存在している。それは当たり前なんじゃないのか。

そんな事を考えてると徐々に気は重くなっていく。元の時代なら自分は誰かなんて考えた事もなかった。考えなくても私は黒木 蓮華だった。

手元の本はさっきから捲ってもない。一度気分転換しようと私は鏡の前に立ち、自分の姿を変えた。

そこにあるのは私の知る黒木 蓮華。五十センチは身長が縮み、耳は顔の横につき、上唇は二つに分かれていない。全身を黄色い毛並みが覆わない。しかしこの中身は狐の姿の、レナモンという種の体のまま、変えられたのはこのレナモンという種のの体の特性。

足元には体が小さくなった事で脱げ落ちた服が重力に従い積み重なる。

そうしてじっと自分の体を見る。どう動こうとしたらどう動くのか、歩いたりしゃがんだり跳んでみたりする。そうしたら今度は喋りだす。喋る内容はなんでもいい。なんでもいいからとにかく色々と喋る。こうやって動かしてたんだとこういう声をしていたんだとわかるように。

そうしないと声も姿も忘れてしまいそうなそんな気がする。

小一時間ほどそうしていただろうか、毛がない状態だったこともあり適温でも少し肌寒く感じて、姿を戻す。そして足元の服を手に取る。

そうしている内に気づいた。私は裸でも特に恥じるでもなく周りを確認するでもなかった。前はそんなことなんてなかったのに、一人で家にいてもお風呂上りには誰が見てるわけでなくてもタオルを巻いていたし、裸で生活する習慣があったわけでもない。

服を着てなくてもいいと、この時代に来てこの時代の常識に私の感覚が侵されている。

自分を見失わないようにと思っていたのに、自分は2017年に生きていた人間だと確認したかったのに。

一瞬叫びたくなった。誰もいないからと、だけどやめた。だってそれをしてしまうわけにはいかない。

見た目は最早人間じゃない。だけど人間だ、私はそう思っている。でももし叫んでしまったらそれすら失ってしまいそうな気がする。それでは見た目通りの獣だ。

帰ってきた聖奈さんは服を着ていないままうずくまる私を見て何か察した様で、そっと服をかけてくれた。

ID.4727
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2017/05/15(月) 21:27


短編【私は人か?人だったのか?】4
次の日、私達はまた警察図書館にいた。今度は私の事だけど私の事じゃなく、両親の事。

事件に関しては特に何も進展はない。私の記憶がないからか警察も興味はないらしく会いに来たのは一度だけ、ドラマの様な刑事はそういないという事だ。

じゃあ何をと言えば、両親の実存から確認したいので、両親の来歴を探りにきた。で、何故警察図書館にと言えば、あらゆるものがデータに変換可能になりハッキングだなんだというのも高度になり過ぎた事で、裁判とかの証拠や履歴、また家の売買契約なんかも複数箇所に保存しておかないと改竄されてしまう危険があると、民間の会社が手元に置くデータと別に他の場所に預ける仕組みができたのだ。

尤も、必ずしも公的機関でなくともいいのだけど、私のいた家は公営住宅だったらしく担当の地方自治体と別に保管されている場所がここだった。

それにもし犯罪歴とかがあればそれもわかるかもしれない。

せめて前に住んでいた場所でもわかればと思っての事だったのだが、結論から言うと全滅だった。

図書館の脇に作られた喫茶店でピラフを食べる。上唇が分かれてるせいでこういうポロポロしたものは多くは口に含めない。

「普通、連絡先とか控えておくもんじゃないの……なんで何もないの」

「これは正直運がなかったとしか言いようがないね。住所がないと信用してもらえないのは君の時代から変わらず、住所がなければまともな職につけず、しかし住所を得るには不動産屋に提示する連帯保証人が必要で、その人の身元も確かでないといけないと。あまりにも悲劇、平家にあらずんば人にあらずなんて言葉があったというが、住所を持たねば人にあらずなんてあまりにも醜く、国がそれに対して動くのも当然という事だったのだよ」

わかりにくいレスターの説明に見切りをつけ、聖奈さんの方を見る。

「つまりね、住所がないとあまりにも不利な扱いをされてしまう。例えば……蓮華ちゃんの時代なら生活保護みたいなのも受けられないし。それで、住所を与える政策というのが実は蓮華ちゃんの時代にも行われていて、そういう枠を使ってこの二人は住む事になったって事。だから住所とか連絡先はここでてきたんだよ」

なるほど、ここで連絡先が初めてできたのだからあるわけがないと。なるほどそれならばわからなくもない。

「でも、それってずっと住んでていい様なものなの?用意できる住居とか限界あるでしょ?」

「まぁ、なくはないよ?でもこの国はNPOとかも多くて、こういうのにも常に一定の空きがあるからそこが埋まらなければ収入があっても家賃の減額分がなくなるとかだと思うよ」

それなら20年ぐらい住んでてもおかしくはないか。にしても聖奈さんはどうやら私が調べなきゃいけない様な範囲まで把握してきてるらしい。

レスターの方にギロッと視線を向ける様子からは警戒心が迸っている。

「ただ、本当にいたのかはやはりわからないのだけどね。住所や何かもない、なくてよいとなれば偽造する範囲は限りなく少なくなる。積み木を倒さない様にするには複雑に絡み合って組むよりも、そもそも数も少なく規模も小さくするのが一番綻びが生じにくく結果倒れにくくなるのだから。君の両親を存在させようとせんとすればここはうってつけだろうね。そして存在していないのならば犯罪歴がないのもまた当然だ、それだけ多くの積み木を用意すればそれが倒れて他に波及する可能性だってある」

つまりは、これによって存在してたかどうか確定はできないが偽造なのではという疑いをかけるにもそうおかしくない感じであるという事だ。

ふと、近所づき合いとかから探れないかと思ったものの、ネットを通じて現実に会えてしまう世界だ。近所に足を運ぶより遠くへ行く方が近いのだからそういうものは共用スペースでもなければほぼないのだろう。

手続きをした役所とかの方は記録が残ってる以上問題なかったのだろうし。

「手続きした役所の人に聞いて見たらいたかどうかわからないかな?」

「君がそうである様に姿を変える事というのはそう難しい事じゃない。そうした少しの時間の接触では意味がないのだよ」

必要なのは長期に渡って存在していたという証拠。数日見かけたぐらいじゃ確かにそれらしい人がいたかもしれないという程度にしかならない。

生活してた痕跡みたいなのは爆発に仕込まれていたワームに食われてシュレッダーにかけられたみたいになってしまったそうだし、私が桜庭家に住む事になった事で家は自治体の清掃も入ってる。

「とりあえず全部しらみ潰しに調べてくしかないのかなぁ」

個人情報を全部全部、探れそうなところから。そうして矛盾を見つけるしかないという事で。そう考えてるとふと気付くものがあった。

「そういえばどうやって両親が遠い親戚だって桜庭家に伝わったんだろう……」

今回の事で初めて伝わったとして、誰かが知っていたという事なんじゃないだろうか。もしそうじゃなかったとしても、どこかで調べられたという事なのでは。

「普通に考えれば役所ではないね。個人情報だから調べたりもしないだろうし…蓮華君はずっと意識不明だったわけだからそこでもない……予めどこからか聞いていたなんてことはないね?」

「うーん……話は聞いた事なかったけど、知ってたのかなぁ……」

それは全くあり得ない話じゃないのかもしれない。知ってたとしても特に関わらないから言わなかったなんて事もあり得る。

「まぁどこから聞いたにしろそこから話を詰めていくのがいいだろう。先ほども言ったが複雑な積み木ほどどこかに綻びが出るものだからね、私達はそれを丁寧に丁寧に見逃さない様に見ていくことだ。何、ローマは一日にして成らずともいうだろう、蓮華君はそう底の浅い存在ではないという事だ」

レスターが革手袋をつけた手を大袈裟なまでに振りながら言ってみせる。

その言葉は楔の様に深く私の中に残った。戸籍の偽造、両親の存在の捏造、もしそうだとしたら何故私はこれほど自由なのか。私がこうしている事に一体何のメリットがあるのか。

動機がわからない。あまりにわからなすぎて一瞬やはり精神疾患なのではという気になってしまった。

記憶は確かに過去のもの、私に閲覧の履歴はない。でも、もし私が誰かからその話を聞いていたのだとしたら、その事件の当事者だと思い込んでいたとしたら。そんな風にも思ってしまう。






それから半年が経った。合わせると約一年になる。

桜庭家に連絡を入れたのは祖母だったらしい事は意外にもあっさりとわかった。聖奈さんのお婆さんの妹に養子に取られたとかで、直接の血縁ではないらしい。まぁ一度全人類が元の肉体を捨てているのだから今更なのだけど。

聖奈さんのお婆さんの妹さんは、それなりに裕福で、子供が欲しいが育てるのに金銭的な不安があった両親に対して資金の援助をする為に子供にしたんだとか。話を聞きに行きたかったけど、すでに亡くなっていた。死因は老衰で、私が生まれて五年か十年かというところだったという。

同じ年の子供がいるという事で縁があったらという話はしていたものの、その話が出てすぐに仕事が忙しくなり、それきりという感じだったらしい。

そして、爆発が起きニュースで見た事でもしかしたらと病院に連絡を取り私を引き取ったと。

経緯はわかった、戸籍にもいたらしい事もわかったし、祖母の遺品の中にはおそらく私と見られる小さな丸い狐を抱えた写真データもあった。

私達はそれを話し合うために適当な喫茶店にいた。

さっき言ったのは確かにその通り、だがどれもレスターによると偽造は不可能じゃない。

だけどそれら全てが偽造とすればあまりに不自然になってきた。

「動機が一向に見当たらない……蓮華君に関する秘密の様なものも何も見当たらない。強いていうならばその二百年前の記憶という事になるがそれにしたって隠したいにしても何にしてもペラペラと喋れてしまうのは不可解極まる……」

「すでに記憶を抜かれているとかは?」

魂を移したりとかできるならば記憶を抜くぐらい朝飯前だろう。

「なるほど確かにそれはあり得るだろう。しかしだとしてもやはり不可解なのだよ。重要なところだけを抜く理由がない。二百年前の記憶全てを抜いてしまえば単なる記憶喪失だ。仮に何か生かさなければいけない理由があるならばその方が絶対的に都合はいいはずだ。絶望はすれど預け先には非常に非常に恵まれている。素晴らしい理解者がいて、大きな不満の介在する余地もない!しかし現に蓮華君にはその記憶があるし、それに則って動いている!」

記憶を消したならば何故残さなければならなかったのか。わからない。あまりにもわからない。

「……なんか、すごい親切だよね」

「そう、その通りだよ。あまりに親切すぎる……わざわざ生活できる様に戸籍を用意し、恵まれた親戚も用意している。記憶と人格にもおそらく手をつけずにだ……しかも写真データの作られた日付を見るに少なくとも十年は前から用意されていた様だというのだから、蓮華君の生活を支える事にある種の執念すら感じる様だよ!」

「……んー、もしかして黒木 蓮華という人は本当に存在してたんじゃないのかな」

聖奈さんが、フォークをイチゴに差しながらそう呟いた。

「調べても調べても経歴の穴は見つかってこないでしょ?だから、黒木蓮華という実在する人間に黒木蓮華という実在した人間の記憶を移植した。という事なんじゃないかと」

名前は……と少し聖奈さんは悩むそぶりを見せたがまとまったみたいでもう一度口を開いた。

「名前は……改名もできるし、もしも蓮華ちゃんの両親が知ってたとしたらどう?こうなるって事を知ってた、少なくとも黒木 蓮華という2017年を生きた人間を知っていてつけた名前だったとしたら」

「面白い仮説だと思う。戸籍を複数偽造して用意するよりはまだ手軽だし、蓮華君の記憶を入れる理由ももともとそれが目的だとするならば筋は通る。だが、その場合は両親が二人とも死んだのが気になる。何故自分達で関わりに行かずわざわざ他人の家に預けるのか」

「それで爆破されたのかも」

「つまり、何か一つの理由で作られたんじゃなくて複数方向から作られた現状ってこと?」

そうなるととても面倒くさい。調べるのも確かめるのもより手間がかかって来るだろう。元からそうといえばそうだけど。

それに、と聖奈さんは続ける。

「記憶を移植させて植えつけたんだとしたら、蓮華ちゃんと私達が話せてるのも説明つくもの」

へ?だか、は?だか、そんな間の抜けた声が口から漏れる。

「蓮華ちゃんの言うことを信じてなかったわけじゃないんだけど、ずっと不思議だったの。なんでまともに会話できてるんだろうって。250年も前でしょ?」

250年も前、そう確かにそうだ。だからって話が通じないなんて、そう口から出そうになる。出したくなる、でもそれは結局出せなかった。続けられた言葉に対してぐうの音も出なかったからだ。

「それって蓮華ちゃんと江戸時代の人とで言葉が変わらないって言ってるのと変わらないんだよ?」

そんなの大筋で通じても違和感なく行けるはずがない。

「だから、もしかしたら蓮華ちゃんの中には二人の蓮華ちゃんがいるのかもしれない。この時代の黒木 蓮華と混ざってるから言葉に違和感がないのかもしれない」

「そんな馬鹿な……」

「いや、そう馬鹿にしたものでもないかもしれない……その点は私も疑問だった。何故違和感がないのだろうとは思っていた。私は誰かが言語に関して翻訳プログラムに近いものをインストールされたものと考えていたが、本人が自覚なく扱え周りから見ても全く違和感がないとなれば相当高度な技術が要求される……しかし、それがこの時代を生きた蓮華君のものだとすればそれは違和感などないだろう、二人の意識が融合しているのだとすればそれは蓮華君のものであり、あって当然のものなのだから」

そうなると、とても嫌だ。今まで拠り所にしていた自分の存在すら得体のしれないものになる。

「じゃあさ、私って誰なの?2017年の黒木蓮華だって私はそう思ってる。記憶もそう、この時代の記憶はほとんどない。そんな、そんな偏るの?」

とにかく否定したくて、手の爪が毛の上からでも刺さって痛かった。

「……私は医師で、体を乗り換えたり加工したりする事に関してそれなりに名の知れた腕の良い医師であると評価もされている。だからか、ほかではどうともしにくい症例の患者が来ることもある。その一人に、いや二人にそういう人がいた。経緯は省こう、とにかくその彼は二人の人間の魂を一つの体に無理矢理押し込んだ事で生まれた人格だ。彼はその内の一人の自覚があった。しかし、明らかに別人のものが含まれていた。例えば食べられなかったものが食べられる、好きだったものが嫌いになる。筆跡が変わる等だが、特に特徴的で支障をきたしていたのは記憶の混同だった」

嫌だ、聞きたくないと耳を塞いだが、私の耳はただ手で塞いだだけで聞き取れなくなる耳ではなかった。

「親の名前や誕生日を混同し、他人と関わって行なっていたプロジェクトの進行スケジュールなんかも狂った様に感じたそうだ。しかし、それは確かに変更されてはいなかった事もわかった。彼は一人をベースとしてもう一人の要素が入り混じった様な状態だった訳だ。もちろん記憶の全てが間違っていたわけではない、合っていたところもあった。私にはどうも、蓮華君に似ている様に思える」

言葉が刺さる。私だってそう思う。だから私はそれを聞きたくないんだ。でも、これを考えてくれているのも私が知りたがったからだからと思うとそう言葉に出す事はできない。

視界が周りから黒く染まっていく。見たくないのにそれしか見れない様にされていく。

レスターがまた口を開こうとした時、ふと肩に手が置かれた。

「如月さん、今日はもう……言い出したのは私だけど。多分整理する時間がいるから」

「……そうだね。私も少し興奮しすぎてしまった様だ。興奮した状態では見落としもしやすくなる、矛盾も産みやすくなる。今日の私の言葉はほとんどなかったものとしてくれた方がいいだろう」

レスターがそう言って席を立った。私と聖奈さんも少し遅れて席を立った。レスターが支払いを済ませてくれていた。

家に戻ると、私はすぐに一人で自分のつけた記録を読み返した。覚えている限りの内容。

私の知る私の情報。これが間違ってるかもしれないと思うと視界が滲んで涙が溢れた。

本は紙の様な肌触りだが紙じゃなく、インクで書かれたわけでもないから涙が落ちても文字は滲まなかった。

ID.4728
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2017/05/15(月) 21:30


短編【私は人か?人だったのか?】5
寝て、起きて、私は怖くなった。

これからも調べていたら私の事についてわかってしまう。本当にそうだったら、いやそうじゃなくても翻訳プログラムは入れられているらしいのだから何かしら頭の中を弄られたのは間違いない。

もし、私が黒木 蓮華でなかったら。私の思う黒木蓮華でなかったら、私は一体誰だという事になるのか。

一日の間に何度も何度もふっと浮かんで来てはポロポロと涙が溢れる。

抑えたくてもどうしようもなくて、そうして頭の中で私が誰かを反芻する。

データだけを見れば聖奈さんの考えは筋が通る様に思う。人格も記憶もデータになるならば当然移植もできるし、そうしたら私はどこかで保存されていた私なんじゃないかという気すらする。

ふと、パンドラの箱の話を思い出した。箱を開けると災厄が出てきて地上に満ちる、しかしその底には希望が残っていたと。

図書館の記録は、私が誰かを示すものじゃない。むしろ混沌とさせるものだ。だけど、あれはこの仮説だと避けて通れない。

あれは、私が生まれるより前に私の戸籍があったと言えるのでは。それは、私の記憶を移植する為に産み出し育てたという事と矛盾する。

私を過去から現在に連れてきたならば、クロックモンの能力を使ったりしたのならば、途中に中継点があってもおかしくないし、私を受け入れる為の戸籍は作られたものだろうから多少ずれてもおかしくない。それでもおかしいことではあるけども。

私は、私だけだと思いたい。信じたい。

だから調べる必要がある、調べなきゃいけない。

洗面所で顔を洗う。もはや見慣れた狐の顔のその内側を見極めてやると睨みつける。

まず聖奈さんに話した。そしたら聖奈さんはレスターに連絡を取ろうと言った。五階の事を知ってたのはレスターだけだし、クビになったとは言えこの時代の整形外科はある種世界の根幹を成す技術者であって社会的な地位もあるからと。

「パンドラの箱は開けてはならない。この法治国家で生きる立場ある大人としてその事を君達に伝えないわけにはいかないよ」

レスターの最初の回答はそうだった。

そこに正攻法で入るにはおそらく相応の地位がいる。調べるにも当然、であるからおそらく調べようとすれば法を犯す事になり得ると。

「でも、お願い。私が私かどうか私は知らなきゃいけない」

そう言うと、レスターは軽く下を向いてどうするかなと呟いた。

どう説得したらいいものかと私も何も言えないでいると、レスターが口を開いた。

「アンソニーとかどうだろうか」

唐突に何を言い出したのだろうと、聖奈さんの方を見る。どうやらわからないらしく小さく首を横に振られた。

「ほら、レスターはあくまで警察だから法を守る役でなければならないだろう?その点トミーとタペンスシリーズのアンソニー・カーターならば諜報部だからそれらしくなるかなと思ってさ」

「それはつまり、協力してくれるって事でいいんですか?如月さん」

「その通りだよ、しかし聖奈君は蓮華君に比べてあたりがきつい。この期にアンソニーと呼んでくれてももちろんいいんだけども?」

ねぇと私にも振ってくる。

「ブルース呼びは諦めたの?レスター」

「ブルースの方が嬉しいけどもね、そして呼び方を変える気はなさそうだ」

残念残念とレスターが首を横に振る。

「まぁなんにしても入ろうとすれば当然一定の手段は必要になる。少しの間私はその調べ物に専念するよ。最悪は無理やり押しいる事にはなると思うが……それに関しては一応のアテはある。医者だからね」

ちょっと言っている意味はよくわからなかったがレスターはそう言って帰って行った。

その間私達は今ある情報の整理に時間を費やした。何が事実で何が推測で、偽装の可能性の高い場所低い場所を選り分けという事をしていた。





その日訪ねて来たのは紫色の狐面の女性的に見える人だった。かなり姿は人間に近く、黒いタイツの様なものを中に着ていたがその上からスーツを着ている姿は最初に聖奈さんを見た時のようなコスプレ程度で済ませてしまえそうな感じがある。

「黒木 蓮華さんはご在宅ですか?少々お話があるのですが……五階の事、と言えばお分かりですか?」

人当たりの良さそうなその人に私と聖奈さんは一度目を合わせ、その人を中に入れた。お茶を出すとありがとうとその人は口元を緩めたがカメラ越しでなくなった途端どことなくぞわぞわした感覚があった。

動きの一つ一つが何か変な動きをしてるわけでもないのに違和感がある。

「……それで、どんな用ですか?」

「以前、警察図書館にいらっしゃいましたよね?来館記録が異常だったのは既にご存知の様で」

異常。確かにそうだろう、生まれるよりも前に来館してたらば異常という他はない。

「あれですが、今後振り分けられる事になっている戸籍を偽造し、正規の手続きで侵入するという一時期流行った犯罪の手口なんです。まだ登録されてる情報がないので好き勝手にかなり高い権限を付与する事ができ、結果立入禁止区域にも入れてしまうという。今はもうそうされないよう対策する事も出来るようになって、私共もなんとか全容を解明しようとはしているのですが、実際に戸籍が振り分けられ、同じ施設を利用したりして初めて気づくもので……今回の様に」

本当に我々としてももっと早く気付けていたのならばと言う表情があまりにも気持ち悪い。一見普通なのになんだか妙で、そして私は知っているような気がする。

「え、と、じゃああれは蓮華ちゃんには関係ないんですか?」

「えぇ、そうなります。生まれる前にという事もあって大変困惑されたかとは思いますがご安心下さい。今後この件に関連して戸籍が不正に使用される事もありません。そして何かあればこちらに連絡を我々どもの部署として動くのが難しい時でも個人として相談に乗ることはできますので」

二枚出された名刺には小暮 栗音(コグレ クリネ)という名前があった。

小暮さんって言うんですねとボソッと呟くと小暮は名前を言ってなかった事を失礼だったと詫びた。

ふと、小暮の視線が私の持っていた本に向いた。仮面があるから定かではないけどおそらく向いた。

2150年代以前の文化がお好きなんですか?と問われ、その時代の人間ですとも言えないからまぁと適当に相槌を打つと、同好の士を見つけたという感じで急に緩んだ。

「私も好きなんです。吸血鬼カーミラとかハリーポッターとか、個人的にはハリーポッターの二巻目が特に好きで……って、すみません、多少厚かましかったですね。何か質問等はありますか?閲覧されたデータに関しては機密なので答えられませんが答えられる範囲でお答えします」

内容、その内容こそが知りたいのにと思いながら私と聖奈さんはできそうな範囲の質問をした。

犯人は捕まったのかとか、本当に戸籍は大丈夫なのかとか、名刺に所属が書いてなかったけどどこの所属なのか、五階は表示の通り本当に存在しているのかなんて事を。

「犯人はすでに捕まってます。捕まってますがちょっと機密事項に触れすぎている為犯人の情報は明かさないんです。この人が今後刑務所を移動したりする時に誰かに狙われたりする可能性もありますから、どこの刑務所にや他に犯罪をしているかどうかなんかも言えません」

「戸籍情報に関してはなんら問題ないです。今までと同じように扱って頂ければそれで問題ありません」

「私の所属に関しては……あまり声を大にして言えないんですが、公安とかそういった系統の、いわゆるあまり表沙汰にできない犯罪の捜査に関わっているという事は言えます」

「五階ですか、存在しないです。少なくとも公的にはそういう事になっていますので私の回答もそういうものになります。あの表示に関しては……そうですね、五階という名前の特殊な保管庫があるとでも思って下さい。ですから私達は嘘をついたり隠蔽したわけではないのです、ただ、知らせなかっただけで」

全部の情報になんの確信も得られない答えだけ返され、その後も質問は続けたものの何も得られない。

でも、なんだかこの人は怪しい。情報を変に与えたくないなら質問なんて受け付けなければいいのに妙に親切なのが余計に怪しいし、何か蛇蝎の如きおぞましさがある。

何かないか何かないかと探すも見つからず、帰るのを引き止める事もできなかった。

私の戸籍を使って誰かが何かをした。もしもそれが今聞いた通りならとふと思ってしまうがすぐに打ち消す。あれはきっと嘘に違いない、やっぱり何かが関係あるんだと自分に言い聞かせる。

私は黒木 蓮華だ。

だけどもし今の話が本当であったら。

あんな怪しい人が本当の事を言ってるとはそうそう思えない。

あの人の言うことが本当だと聖奈さんの言った事が本当だとなるから認めたくないだけなんじゃ。

だって私は黒木蓮華だから

どちらの黒木蓮華でもある可能性もあるのに?

でも、動機とかもわからないし

わからないだけであるのかも

私の中に本当に二人いるみたいに二つの考えがぐるぐると違いを否定し合う。

そっと、私の前にコーヒーが出された。聖奈さんが大丈夫だよと根拠もない、だけど信じたくなってしまう言葉を私にかけてくれる。

大丈夫、大丈夫と繰り返し、砂糖を一つコーヒーに溶かす。

コーヒーを飲んで一息吐いた私はとりあえずレスターに連絡を取る事にした。

レスターはすぐには連絡がつかなくて、少し待っていると向こうからかかってきた。

私と聖奈さんが小暮の話をすると、レスターは五階の話のところで呻いた。

「どうかした?」

「……うぅむ、まぁ先に話を全部聴き終えてから話そうと思う。続けて欲しい」

それで私達は覚えている限りの話をした。いかにもというところから一見どうでも良さそうに思えた好きだという小説の事まで。

一通り全部聴き終えてレスターはさっきの話に戻った。

「私は侵入の算段を建てていたんだがね、まぁセキュリティを破れる算段をつけられた様なハッキングの技量もない為物理的にやるしかないと判断したんだが……どうもその小暮という人の言うところを考えると必ずしもただ下に下に行けばいいわけでもないらしい、となれば先に構造を知る為のハッキングの能力が必要になる。情けないがにっちもさっちも行かない……そうした能力を持った人を探す方向に動いた方が良さそうだ」

「……レスターは小暮の行ったことが嘘だと思うの?」

「結論から言えばわからない、だね。その人は確かに何かしらの関係者であろう、あの記録に関してを知る方法はそれなりに限りある。図書館か国かそれとも蓮華君の端末にハッキングでもされていたのか、どんな形であれね。でもその目的は不明瞭、されどわざわざ出てきたんだから何かしら意図はあったのだろうなんて考えていると嘘をついていてもおかしくはないと思うよ」

よかった、そう思おうとしたがただしとレスターの言葉が続いたために止められる。

「本当である可能性もまた捨てがたい。利害なんてなかろうが職務だからで動機は解決するしね」

確かにその通りだ。その通りだから苦しくなる。

これ以上情報を交換しても無駄だろうとレスターとの会話を切る。この日は夜になってもなかなか寝付けず、私は特に意味もなく本を捲った。

どうせ何か新しい発見もないのにと思いながら読んでいると、ふと小暮の発言を思い出した。ハリーポッターはともかく吸血鬼カーミラは知らない。

それはいったいどんな話だろうとちょいちょいと検索をしてみる。どうやら有名なゴシックホラーらしいという事がわかって、ハリーポッターの二作目も起きた事件を考えればホラーっぽいかもしれないと思いつつさらに内容を見ていくと、少し引っかかる内容が出てきた。

吸血鬼カーミラではアナグラムが出てくるらしい。ハリーポッターでもそう、アナグラム自体はそうマイナーでもないから偶然かと思ったが、小暮の名刺を見て愕然とする。

kogure krineと名前の音がわかるようにローマ字が書かれていたが、明らかな脱字がある。単なるミス、そう片付けるのを状況が許さない。アナグラムで作り上げた都合か、そんなことを考えながら私はそれを並べ替えていく。

最初はさっぱりどうすればいいかわからなくて、でも母音が足りないという事からnが「ん」を表すために使われていたと気づいたら面白い様に面白くない結果に辿り着いた。

kuroki rengeつまり黒木 蓮華、私の名前。小暮 栗音は私の名前をもじった名前だった。

すぐに私はその名刺の連絡先に連絡を取ろうとし、回線がつながった瞬間、ふっと意識が消えた。







意識は一瞬で戻った、少なくとも感覚的には。そうして目の前を見るとそこはどこか、確実の私の部屋ではない部屋で一人の女性がいた。狐面の女性、だけど体は今日見たよりも明らかに小柄で、服装は同じようにスーツだったが中に着ていたタイツもなかった。何なら狐面も昼のものと違う。

「……誰ですか?」

そう問いかけた自分の声に驚いて自分の手を見る。ヒトの手だ。見覚えのある私の形、私の手。服装はいつも家で着ていただらけたジャージだったのが少し気になったが間違いなくヒトの体。

「アバターぐらいヒトの体がいいんじゃない?今の体もレナモンだから自分の姿も変えられるだろうけど」

その声もどことなく聞き覚えがあったがどこで聞いたかはわからない。ヒトの体から出る声の幅はこの時代の人の体の声の幅を大きく超える。それでかもしれないと思うと少し嫌になった。

「それで、誰なんですか?」

「昼間に会ったでしょう?小暮 栗音」

「ふざけないで」

「じゃあ黒木 蓮華、そう名乗っておきましょうか」

「……ッここは、どこ」

多分名前は元から言う気がないんだろう。それでそう聞くと、ちょっと意識だけ攫ってきたのよなんて言ってくる。レスターが言ってたように人の精神を取り出せると、そしてそれでやったのだと。さらっと言うにしてはあまりにもな技術だ。

「私はね、信じないと思うけど黒木 蓮華を幸せにしたいの。自分の正体を突き止めることに全部燃やして燃え尽きられたら悲しいじゃない、だから手伝いをしようと思って」

「あなたは私が誰か知ってるの?」

「よく知ってる。多分誰よりもよく知ってる。親よりも、今ここにいるあなたよりも。とは言ってもここ数か月はほとんど知らないけどね?私は自分の正体を突き止めるためにいろいろやりだしたってことを知ってきただけだから」

「図書館の事は誰から聞いたの?」

「んー、それは因果が逆。図書館の事を知ったからあなたが自分自身の事を知ろうとしてるとわかったの。そういう仕掛けをしていたから」

「じゃあ、あの記録はあなたの記録?」

「その通り、十七年前にちょっとした必要に駆られて利用した履歴」

「まさか、私をこの時代に連れて来たりこの体にしたり戸籍を作ったりしたのも?」

「あぁ、それは全然違う。詳しくは教えないけど、私だけから聞いても信じないだろうから、でも言えるのはその体にして戸籍を用意したのは……いや、用意してくれたのはこの国よ」

国、国という言葉に私は嘘でしょと呟いた。するとほら信じないと笑った。まるで親友か誰かに話すような気やすさで、昼間に気持ち悪く思ったのが嘘みたいに今は心地よく感じる。

「そうね……簡単に言うと国はとってもとっても親切だから。だからそこをつくといいと思うの、あなたの周りの親切な人の中には、国に用意されている人いない人、いても自覚がある人いない人がいるだろうから、多分誰かしらぼろぐらい出してると思うのよ」

もっと、もっと教えて欲しいと私が何か言おうとしたら、急にアラームが鳴りだして、その人がじゃあこの事は誰にも内緒でねと言うと私の意識も消えた。





起きると朝だった。自分の尻尾を抱く様にして布団の中で眠っていた。夢だったのか、そう残念に思いながら起き上がって尻尾の毛に指を入れてならす。すると、尻尾から小さな紙が落ちた。

「黒木 蓮華より、黒木 蓮華へ」

それは夢でなかった証拠だ。もはや何と呼ぶべきかわからないが、あの人は確かに私とまた会っていた。アナグラムを解いたのも確かだし、それがアナグラムだったのも確かだ。

ただ、その紙に書かれた文字が私の文字に見える事だけが不安だったけど。

ぼーっとする頭で一つ一つの事を改めて考える。昨日の昼の話に関してはどこまで嘘かわからないから一旦考えない事にする。

夜の話。この体にしたのは国だという話、正直スケールが大きすぎて困るが、そう考えると納得いくところも確かにある。

戸籍とか体の用意とかそういった関係はもちろん、過去からという技術的な面も一般に公開されてないものとかがあれば一応納得できなくもない。

でも、理由はわからない。しかも私に対して国は親切でおそらく私の生活をバックアップしたりもしてるんだろう。あの口ぶりを信じると。

近くにいる、と考えればまず怪しいのは桜庭家の人達。でも正直聖奈さんは除外していいと思う。17年前のおそらくあの人が不正に閲覧した時から始まってるのだとすれば生まれてない聖奈さんは無関係、もしくは関係してても知らないとかだろう。

では、と考えてみるけど正直怪しいけど怪しくない。親切ではある、それは間違いないのだけど、私の両親のところから仕込んでこっちに繋がるところを二人が知ってたならば両親の知り合いとかでいいと思う。疑われない為にと言われたらそれまでだけど。

あとは、私があんまり対外的な事してなかったから、医者の先生とかレスターとか、私がやらなきゃいけいけなかった色んな手続きを親身に教えてくれた役所の人とかまでも候補に入れるべきだろうか。四六時中バックアップしなきゃいけない様な重要人物でも私はないだろうし、生活保護の受給家庭に職員が訪問するみたいな感じの関わりの方が私としては考えやすい気がする。

でも、私の身に起きた事を考えるとそんな程度でとなってしまう。やられた事の大きさを思えば私こそ自覚なしで何かを持ってるのかもしれない。

着替えて、コーヒーに砂糖をドボドボ入れたものを飲んでリビングでぼーっとしてると聖奈さんも起きてきた。今日も学校は休みだったらしい。

聖奈さんがニュースを見ようとテレビをつける。空中にパッと現れるスクリーンの中は平面的なまま、画質をよくしたり3Dになったりはやって意味があるところとないところがあるという事なんだろう。映画館は全部立体映像だとかちらっと小耳に挟んだし。

朝のニュースはあんまり時代が変わっても変わらないらしい、どこどこで事件がどうのこうのという話があり、少しして、角や鱗を綺麗に整えた二足歩行のドラゴンが街中リポートをする企画が始まる。街中に人はあまりいないからか商業施設の中しか映らない。

内容は恋愛関係のテーマで、結婚したら同じ家に住むか住まないかという話をしている。

子供を作る段階になったら必要だけど、それまではーとか、好きな人とはできるだけ一緒にいたいからーとか今付き合ってる相手がモテるから監視も兼ねてーとか、何とも楽しそうだ。

その中でふと気になったのが性別の話。私は女性で相手が男性だから一緒に住むと喧嘩になると思う、という意見が紹介されていた。

スタジオでもコメンテーターのトカゲとか鳥とか天使とか悪魔とか犬とかが適当なコメントを選んで一言二言言っていて、どうやら毒舌キャラらしい犬が性別のコメントに噛み付いた。

どうせ性別なんてほとんど関係ないんだから一緒にいて喧嘩になるのは単に合ってないだけなんです。外見にも出ないし、趣味だなんだも関係ない、自称でしかないんですから。

一理あるという感じで聖奈さんも頷く。

「ねぇ、蓮華ちゃん。女性らしいとか男性らしいって何かな?」

蓮華ちゃんの時代にはあったんでしょとその時からよくわからないものについて無邪気に聞かれる。

「肉体の違い除いたらもうあとは思い込まれてるのが多いか少ないかしかないんじゃない?中世とか?では料理人って力がいるから男性の職業ってされてたらしいし、でも料理する男は女々しいって層も一定層私の時代でもいたし、一人一人の思い込みの、多いやつがそれなんだよきっと」

今思うとあの時代の性別はよくよく色んなところで見られた気がする。全く知らないし男女変わらない制服着た幼稚園児も、くんやちゃんで呼ばれ分けられ、私はその子達のこと何も知らないのにわかる訳だ。

その点この時代では戸籍にすら男女が明記されていない。

あれ、と何かが引っかかった。でもその引っかかりが何の引っかかりかわからない。

「……蓮華ちゃん?どうしたの?」

「いや、なんか性別について考えてたらなんだか、何か掴めそうで」

「性別で?」

「んー……性別が戸籍に書かれていない事で、かも」

「戸籍?戸籍の情報にまだ調べてない事とかあったっけ?」

本籍、住所、名前、家族関係、少なくとも項目として存在するものは全て調べた筈だ。

何が足りないのか、むしろ何かが足り過ぎているのか、何かしらの違和感はあったものの何も言えない。

「じゃあむしろ逆に、この時代の蓮華ちゃんの戸籍にも乗ってない様なところ?」

「でも、学校も義務じゃない、外出もしなくていい、外出してても回線使って遠くへって行ってたら近所からも当然気づかれないんだよね」

なんだろう、なんなんだろうと思っていると、レスターから連絡が来た。

少し話をしたい事がある。できれば直接あって話したいと私達はレスターと最初にあった美術館の近くの喫茶店に呼び出された。

コーヒー一杯だけ飲んでレスターについて行くと、そこはかなり大きな一軒家だった。

自分の家だと言ったレスターに次いで中に入ると、またコーヒーは嫌だろうと紅茶を淹れてくれた。

陶器の人形やアンティーク調の家具とか、私から見ても少し古い印象を感じる部屋で、座ったソファーからはなんとなく懐かしい匂いがした。

「それで話って?」

「昨日から、ハッカーと一緒にある事を探していたんだ。私達は確かに第五階に入る術を持たないが推測する為にできる事はまだあると思ってね」

戸棚の中から普通にジャムタルトが出てくる。圧縮されたものを出すのに慣れすぎて外見そのままのものが出てくるのに少し驚いてしまった。

「第五階はあるならばそれはかなり大きな影響を及ぼす情報だろうとされている。それが盗まれたならば実際に何かしら影響が出ていてもおかしくないのでは?と思って、何か第五階を調べた日付から蓮華君の誕生日までに起きた大きな事件事故を調べていた」

改めて考えるとその期間は約四ヶ月、その間に起きた重大事件は少なくとも三人で調べきれないだけの数があったとレスターは資料を広げた。

「まず、第五階の性質を考えて技術に関わるだろうものをピックアップした。表沙汰にただできないではなく絶対にしてはいけないとなれば拡散される事で被害が大きくなるそれそのものよりそれが利用される幅があるものだと思ったからだ」

そう言ってレスターは五つほどにまで絞る。

「この中で、とりわけ過去にまで繋がる内容を吟味していって、私が関係があるかもしれないと見たのはこの二つだ。一つは、日本発のカルト教団の教祖が国外でテロを行なったらしいという話。蓮華君の産まれるよりも過去にて一度テロを起こした教団が姿を変えて生き残っていったもの。蓮華君かその周囲の誰かがこの教団と関係あった可能性もある。動機として考えられるのは教団の信仰を集める為の奇跡の演出、とかかな」

教団の名前は私も聞いた事がある様なやつだった。

「もう一つはこれだ」

そう言って出して来たのは一人の医者が死んだという話。あれ、個人と思って見てるとその顔には何故か見覚えがあった。

「彼は今の世界を作ったと言ってもいい。蓮華君に見せた写真集にも写っていたが、肉体を電子化する技術を確立したと言えば思い出すだろうか」

なるほど、それは見覚えがあるわけだ。しかし、関連性はわからない。多分私よりもこの人は生まれたのが遅い、私が刺された時10歳かそこらでもおかしくない筈だ。

「彼に関しては実は非常に黒い噂がある。今でこそ英雄だが彼の技術は……動物実験から人間までの間のハードルが高い。詳しい事は割愛するが通常動物実験などのデータから認可を取って人間に使用する様にする、そこでもさらにデータを取って改善点がないか副作用はどうかと慎重に見ながら進めていく。しかし、当時の彼は認可を受けずにその技術を使った。緊急だからという理由でね」

ある程度収束すると裁判に掛けられもしたとレスターは言った。日本で裁判をし、無罪にすれば日本では少なくとも同じ罪に問われる事はないからと。

「まぁそういうわけで認可を受けずに行ったわけだが、不測の事態という不測の事態は全くと言っていいほどなかった。予想された副作用はあれど、彼が全く予想もしない副作用はまずなかったという。まるで全てが手のひらの上、空の上から鷹が見下ろす様なあまりにも広く細かな視野の広さ。それで一つの噂が立った」

レスターの指が一本立てられる。

「彼は事が起きる前に違法に人体実験をしていたのではないか」

違法な人体実験。ふと、嫌な予感がする。

「彼が全く予測しない副作用がまずなかったというのもそれだけ多くの人体実験をしたのだと考えれば辻褄は合う。全てを見通すかの様なものはあらかじめどんなものがどう起き得るか知っていたからに過ぎなかったとすれば、それは当然の事になる……その為にどれだけの人数に対して行わなければならないかと考えると頭が痛くなるけども、今は禁止された違法行為に、人格のコピーというものがある。肉体を用意し、コピーした人格を入れる、そこからまた別の場所へ移す。そうした事を繰り返せば患者の体質や精神に由来しない欠陥や副作用はほぼ網羅できるだろう……」

話の結末が、私にとって望ましくない方向に行こうとしている。それは単なる予感ではない。

「ヒーラ細胞と呼ばれるものがある。それは1931年に子宮頚がんで亡くなった女性から取った細胞を培養したもので、彼女の死後も研究に使われ続けた。人の記憶や人格を仮にそうして扱っていたとすれば、それは大きな問題だ。増して、彼の技術は世界中の人を救い、且つ、今彼の技術の影響を受けていない人間は一人たりとていない。仮に事実であったならば、世界的に大きな論争を巻き起こすだろう。下手をすれば戦争だって起こり得る」

レスターは私から目を背けはしなかった。代わりに一瞬聖奈さんを見た。

「蓮華君こそが現代のヒーラ細胞なのかもしれない」

この話には幾つか欠陥があると思った。だけど、反論しようと口に出すより前に気づいてしまった。

私がオリジナルであるとは限らないのだと。

「君が、黒木 蓮華という人間が仮に50歳まで生きていたならば彼の活動時期と一致し始める。君に16歳より後の記憶はないが、ないだけであったのかもしれないし……もしかしたら、コピーされなかったからないのだ、とも考えられる。この技術の応用にトラウマの治療としてその記憶を抜き取るというものがある。臨床実験や研究の目的でコピーされたとすれば、とも考えられる」

もちろん、前者の可能性もあるしどちらも的外れの可能性もある。だが、今のところこれ以上全部繋がるものはない。

「私は医療に携わる者として見てこれならばあり得ると断言できる。前者よりはこちらの方が現実的なのではないかと」

私の記憶、五階の閲覧履歴、なかなか埋まらない200年、戸籍の偽造も周到すぎる準備も、そして、黒木 蓮華のアナグラムで名乗った彼女の事も。

彼女こそがオリジナルならば、説明がつく。コピーされた人格が保存されても本体がそのまま普通に生活していてもおかしくない。そして普通に生活していて体を変えたのならば、200年生きていてもおかしくない。そして、自分の人格が囚われている事を怒って殺害しても、私が誤って彼女の閲覧履歴にアクセスしたのだとしてもおかしくない。

そうだ。これから作られるかもしれない戸籍になんかよりも私が存在する閲覧履歴を見てしまった方があり得る。

でも、そうなるとなぜ私はこうして生きているのか、それも彼女の言う通りなのかもしれない。国は親切だから。本当に親切なのか、それともあの私がぶっちゃけない条件の元にでも脅したのか。

涙が溢れた。涙を拭くと、一瞬陶器の人形と目が合った気がした。

「……私は、作り物なのかな」

ボソッと呟くと聖奈さんが横からぎゅっと抱き締めてくれた。

「みんなそうだから大丈夫だよ」

優しく、強く、痛いぐらいに強く聖奈さんは私を抱き締めた。

「蓮華ちゃんは蓮華ちゃんでいいんだよ。今ここにいる私の家族の蓮華ちゃんは蓮華ちゃんしかいない。私がいるから、私が」

レスターも、みんな体は作り物だと、所詮そこに宿った精神だと。肉から生まれるか情報から生まれるかの違いは単なる手段の違いでしかないと。そう言ってくれる。

後日、私達はもう一度図書館を訪れた。そして黒木蓮華という人間の絡む事件を探した。すると、記憶の私と同じ生年月日の私と同じ名前の四十代女性が行方不明になっていた。16歳の事件も調べると、被害者の私が裁判に出廷した事が書かれていた。

今はそれなりに充実している。帰る過去などないのだと、戻る過去は私のものでないのだと、開き直って生きている。

ID.4729
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2017/05/15(月) 21:31


短編【私は人か?人だったのか?】6
1年近く経って、聖奈のまとめたらしいテキストデータを見つけた。

それはどうやら日記に近いものらしく、あまり読んではいけないなと思って消そうとしたが、ふと目に止まったものがあった。

私の意識が戻る前から、いや、初めて覚醒する前の日付と一緒に蓮華ちゃんという文字があった。

すでに私の事を蓮華ちゃんと呼ぶと決めていたのか、それだけ距離を詰めて接してくれる気で最初からいたのか、そう思うと少し嬉しくて、微笑んだ。そういえば最初から蓮華ちゃんと呼ばれたっけと。

でも、とふと気づく。それって聖奈が私がどんな存在であるか会う前から知っていたということじゃないかと。

おそらくは桜庭家全員が知っていたということじゃないかと。そうじゃなければ私と話す前から私が女性であると知っている訳がない。知ってて、それでも多分言うわけにはいかなくてということだったんだろう。

でも私が真実に辿り着くまで一緒に探してくれたのは嬉しいし、今はもうわかったのだからこれはきっと触れないでおいた方がいい。

今度こそ私はそれを消した。

でも、なんとなく改めて自分の情報を見ていた。

最近あまりに触っていなくて多少誇りを被った本を開く。最後の記述は私が裁判に出廷した事、行方不明になった事。

行方不明になった事。あれ?と思って、すぐに図書館に向かった。改めてその行方不明に関して調べる。

行方不明からそのまま見つからず失踪宣告され、法律上の死が確定していた。

もし、見つかっていたならばそれはまだ理解できる。いや、やはり理解できない。

今もまだ生きているならば何故私は個人情報が含まれた事件の内容を閲覧できたのか。という事になる。尤もこれは法律上の死が確定したから今見れるのはおかしくない。

でも、今度は別の問題が発生する。なら何故あの私は閲覧できたのか。誤魔化したりとか犯罪的な手段を取ったのは間違いないだろうが、私が閲覧したからあの私の履歴がでたのではなく、まだ存在しない私の戸籍を使っていたとしたら。

いや、そもそも素直に考えるならば、私はおそらくそこで行方不明になった時に囚われてそのままずっと使われた。人体実験の話を出したくはないだろうから解放はされなかったのだろうと思われる。

そうなるとあの私は誰だ。解放されていない筈の人間が存在するのは矛盾している。いや、仮に解放されていたとしたら今度は私の存在がおかしくなる。だって、あの私に私を解放する動機があるのは二人が完全に同じじゃない時だ。

でも、今の理屈だと私もあの私もどちらも実験に使われた私になる。

確かに複数の私がいる可能性はある。だけど全く同じ記憶を持った人間が何人も何人も私がそうした様に自分は誰かを探し出せばまず出会う。

となると別人?例えば同じ様に実験に使われていたとか、そういう理由で助けてくれたと。でも、それじゃあ何故彼女は解放され私は解放されなかったのか。という話になる。

もちろん、誰かがやっている事を知ってという事もあり得なくはない。

だけど、あの男はとても有名で、どこに住んでるかも容易に調べられた筈だ。そうしてその時何をやってるか知ってるならばあのデータを見る必要はない。何のデータかはわからないけど所在は国家の秘密にはならないだろう、なるとしたらばその実験データとかになるわけだが、それを調べるのにまず警察図書館に行くだろうか?

というか解放を国にやらせるつもりならば調べる必要すらない。

理由も必要もなく存在してるかもわからないところに忍び込む。全くバレずにデータも残して、訳がわからない。

頭に電流が走る様な感覚が走った。あまりにバカバカしいが確かにそれならば必要かもしれないと言えなくもない理由。

私が自分自身を調べている事を知る為。

私が自分を調べようとすれば事件事故からまず存在した事を確かめる。確かめる方法としてはそれがこの時代では一般的。

だから、私がその戸籍を使って調べ物をしたらわかる様にしたと。やり方があまりにもおかしい。でも、私の事を調べるでなく私が調べ出した事を調べようとした時、それを察知するには有効かもしれない。

相手が私ならば、私が図書館にそうそう行かないなんて事も知ってる。行く事を思いつかないだろう事も、誰かに協力してもらうほど本気だともわかる。

ただ、そうするとまた矛盾する。私じゃなきゃわからないのに私だと話が通らない。

ならもう聞くしかない。誰に?連絡が取れるかもわからない私に?いや、今さっき一人いつでも聞ける知ってるだろう相手がわかったところだ。

私は聖奈が帰って来る前にとレスターに連絡を取った。レスターは暇を持て余していたところだと勇んでやってきて、私の話を聞いた。

「なるほど、君がそれを私に話していたならばまた変わっただろうに、私が隠してるとでも疑ってたのかな?」

少し呆れた様な感じでレスターは言った。そういえば私は私と話した事を話さなかった。それは誰が国に言われている人かを突き止める為だったが、もうその必要はない。

家に帰ってきた聖奈は、少し驚いたあとでレスターを呼ぶなら教えてくれればよかったのにと笑って私の横にピタリと座った。

「今日は何をしに?蓮華ちゃんの言ってた映画のデータが見つかったとか?」

あれからもレスターは友人として私達との交友は続いていた。主に彼の趣味の、私からしたら記憶の中の2000年の前後50年の世界のものに関してが多かった。

「あぁ、シャークネードだったね。あれに関しては偶然私の友人が持っていてね、素晴らしく馬鹿だから一度見る価値があると快く貸してくれる事になったよ」

でも違う、今日は別の理由で蓮華君に呼び出されたのだよとレスターは続けた。

「ねぇ、聖奈。私が女性って私と初めて話す前から知ってたよね?」

「……あ、えと、なんで?」

なんでそんな事を聞くのと聖奈は言いながら私の服の袖を縋る様に掴んだ。

「それは、それは……大丈夫だと思うから」

自分でもよくわからない言葉が出た。何が大丈夫なのか、何が大丈夫なのかわからないが大丈夫だと言わなきゃいけなかった。そして、多分それで私は大丈夫だった。

「本当に……?隠してたからって嫌いになったりしない?私の事、好きでいてくれる?」

家族でいてくれる?友達でいてくれる?親友でいてくれる?愛してくれる?愛されてくれる?名前で呼んでくれる?好きでいていいって言ってくれる?そばにいていいって言ってくれる?

涙と一緒に聖奈の口から怒涛の様に出る言葉に大丈夫だと言いながら私は聖奈を抱きしめた。やっぱり私は大丈夫だった。

「よかったぁ……私、蓮華ちゃんに嫌われたらどうしようかと」

「そんなに嫌われるの嫌?」

「うん、私は蓮華ちゃんの事愛してるし、私は蓮華ちゃんの家族で親友でもしかしたら恋人にもなる為にこの年齢になる様生まれてきたんだから」

グリグリと頭が押し付けられる。聖奈からも回された腕にはもう離す気がないんじゃないかと思うぐらいに力が入っている。

「私は蓮華ちゃんに会うまで16年待ってたんだよ、卵の時から、ずっとずっと。二人の結婚も本当はもう少し交際してからのつもりだったらしいし、私は、私達家族は蓮華ちゃんを家族にする為に家族になったの」

16年前から、私の家族として桜庭家は仕込まれていたと聖奈は笑顔で言った。

「でも、二人とも私に比べたら知らない。蓮華ちゃんが自覚なく今を生きる人類が感謝し償うべき人だってぐらいの抽象的な説明で終わってるから」

だから、と聖奈が一番私の事を知っている。それは多分私に一番近い存在になる為に生まれた部分があるから。

「だけど、私が知ってる範囲ではあんまり辿り着いた結論と違うところはないよ?43歳の蓮華ちゃんは旅行中に行方不明になり、正確には拉致されて売られ、実験台にされ続けたコピーされて処置されて、その経過や何かを記録しては処分され、繰り返し繰り返し……辛いかもしれないけど、そういう事をされて、最終的に本体のデータはずっと何故か保管されていて、それが17年前の事で明るみに出て、国は、他の国とも連携してそれを隠しながら、被験者達全員に対しての贖罪を始めた。蓮華ちゃんに対してのそれは幸せになれる環境を作る事、人生をもう一度やり直せる様にする事」

家族に、友人に、金銭的にも、およそ考えられるほぼ全ての事において不利がない様に恵まれる様に、聖奈の手がしゅるしゅると強い力のままより密着しようと絡みつく。

「それで戸籍を作り、受け入れる家族を用意し、両親の戸籍とかその他諸々準備を始めて、準備が整うまでの16年を待ったの。あとは今まで送ってきたのが全て」

聖奈は嘘を言っていない。一年ぐらいの付き合いだけども聖奈は私に対して隠しはしたけど誰より真摯に対応してくれたと思う。

だから、さらに追求しなきゃいけない。

「聖奈の知らない範囲まで知ってるのは誰?」

「……それは、わからない。私に明かされたのは手紙でだし、それもどこから来たかもわからないし、最後の手紙は成りすましが現れた時に、次に現れたら蓮華ちゃんの居場所を移す可能性があるという話が来ただけだから」

こっちからは辿れないと。そうなると私に残された手は最後の一つだけになる。

私は木暮 栗音の名刺を取り出して、あれがおそらく私である事を聖奈に説明した。

「これで果たして真相は明らかになるだろうか?前もぼかされたのだろう?ヒントは渡されたものの……」

レスターが少し不安そうに言った。でも、おそらくもうぼかされたりはしない。あの私は信じてもらえないからと言った。今の私はなんでも信じる用意がある、そしてそれを向こうもわかるだろう。

連絡を取ろうとしてすぐにレスターと聖奈が気絶した。私もレスターの鼻が机に当たるよりも早く意識を失った。





「久しぶり、私」

「どこまで知ったの?教えて私」

私が全部を話すと、その私はお面を取った。その顔は確かに私よりも歳をとっていたが私だった。

ふと、隣にいる聖奈やレスターを見るとこの二人はヒトの姿ではない。ふと触って見れば私も耳のあるべき位置にはレナモンの耳が付いている。慌てて鼻を触るとそこは人間のままだ。

「姿の変化は内面の変化の証、あなたが今の自分を受け入れ出した事」

まぁそんな事は一人で来なかった事からも明らかだけどもと私は微笑んで、キュッと口元を引き締めた。

「ここから先はより残酷な世界、最早あなたの中にはないけれど確かにあなたの身に起きた必要な犠牲だったなんて開き直る事もできない世界。それでも私はそれを知りたい?ここから先が本当のパンドラの箱、だけど希望は中にはないわ。すでに終わった事だから」

私はそう脅したが、すぐに表情は緩んだ。どうせ言っても聞かないんでしょ私だからと笑う。

「過去に帰ろうとかはしてみた?そうしてクロックモンの存在は知った?知っているならば話は早いんだけど」

レスターの言っていた事だ、特定の範囲内の時間の流れに対して干渉できる種、それがクロックモン。私はそれに頷いた。

「その能力で私は未来から来たの、私があの男を殺さずにあの男が痴情のもつれで恋人に殺された未来から、大体200年ぐらい未来からね。だから今ではその未来はこの世界とは多分パラレルな未来になってるんじゃないかな?まぁ、そこに未練はないけど」

「それは、なんで?」

私がこれから成長していく中で変わるのかもしれないが、実験台にされて怒り狂ってたとして、すでに殺された人間を過去に戻ってまで殺そうとするだろうか。

「殺したかったから殺したのと、私の人生を取り戻したかったのと」

一つ目、と言った私は思い出してか怒っていた。

「私達の実験台としての必要がなくなるとあの男は私達を別の目的に使い出した。実験台として必要なくなったことで私達を個人のものにできたからできたことだけど、最低最悪の悍ましい所業。あの男の持つ特殊な性癖を満たす為に使われた」

全身の毛が逆立ち、つい隣の聖奈の手を握った。

「人間の体には興奮できないが中身が人間でないと興奮できないという性癖、まぁそれ自体はまぁ別段問題じゃなくて、もう幾つか異常性癖持ちだったのよ。記憶操作とか嗜虐とか、度を越して犯罪に入る範囲で……詳しい事は話したくないし私も覚えてない。200年後で処分して来たから、知ってはいるけど主観の情報は全部消した」

髪の毛をしゅるしゅると指に巻きつけて、ポンと捨てるジェスチャーをしたが、本人が笑えてなかった。

「そうしたら、夫の顔も思い出せなくなったし親友の名前もわからないし、大事だった人達が軒並み大事じゃなくなった。私よりも200年少ない分私よりマシだけど、あんまり両親のこととか思い出さなかったでしょ?それはそういうとこまで弄ばれたから。もう200年後だと何もわかんなくなってる」

写真とかも見てもわからないからと無理して笑うが誰が見てもわかる強がりだ。

私もその気持ちはわかる。最早大切な存在ではなくなっている両親だが大切な存在だったはずだった記憶がある。まだ顔もわかるし、少しだけだけど思い出も思い出せる。

「で、私は私の人生を取り戻したかった。こっちはもう説明も要らないかもしれないけど。私は自分の記憶の大部分を消した。だから、適当な区切りを見つけてそこから先の記憶を全部消した。そうすれば十六歳からやり直せる。好きになるはずの人と会った記憶もないしね、産んだ子供の記憶も全くなければ惜しいと思う気持ちもそう湧かない」

「……それでも、蓮華ちゃ、さんは救われないんじゃ……」

聖奈がそう聞くと、私はニコリと笑った。

「そんな事はない。絶対にそんな事はない。今こうして私と一緒にいてくれる人に会えて私はすごく嬉しい、会いに行った時に一緒に探してくれるあなたに会えてすごく救われた。私は確かに私を救ったとそうわかっただけで私がどれだけ救われたか。ありがとう、聖奈ちゃん、如月さん。私の居場所になってくれて、ここまで会いに来てくれて、ありがとう」

なんだかすごく気恥ずかしく、しかし目の前の私はそれをわかってかわからずか放置する。

「これで私も私の人生を歩める」

「……君は、どうするつもりでいるんだい?話を聞けば君は被害者だ、国が贖罪をしようとしているならば君もまたその対象になるのではないか?」

「そうかもしれない、だけど私は200年後から来てるからこの時代で生きてちゃ本来いけない。200年で技術は大きく変わるから、私の持ってる程度の技術でも今の時代なら戸籍を弄ったりできるわけだし。だから200年後でまた会えたら会いましょう。この肉体なら100年200年は簡単に生きられるんだから、きっと会える」

また、時間も来たみたいだしと私が言うと私の意識は消えて生き、目覚めた時には三人で机に突っ伏していた。

そして、吸血鬼カーミラと書かれた本が置かれていた。

私は二人に言ってそれを自分のものにした。

それに意味はあるのだろうか、吸血鬼カーミラ以外にも何編か入ってる、パラパラとめくると一つのページに折り目がついていた。

そこをめくると一つのセリフが目に付いた。そこだけ滲んでいた。

「あなたはわたしのものよ。きっとわたしのものにしてよ。わたしとあなたは、いつまでもいつまでも一つのものよ」

なんとなく気になってその全部を読んでみると、カーミラというのは主人公の貴族の女性とカーミラという女性との出会いから別れまでの話だった。

さっきのセリフはカーミラが主人公に当てたもの。最後にはカーミラと主人公の女性は会う事はなくなった。カーミラは、どうも死んだらしい。

カーミラは吸血鬼だった、生きるには血を啜るしかない吸血鬼。吸血鬼に襲われたが為に自らも吸血鬼になった。

作中には血を吸う事を暗示して、死ぬ事でずっと一緒になれるという様な表現もある。それは吸血鬼になるという意味で言ってたのだろうと思えたが、それを私に当てればどういう事になるだろう。

記憶を汚され、大切な人の思い出も失い……いや、失ってなかったのかもしれない。悍ましい操作をされても尚そこに元いた筈の誰かを思っていたのかもしれない。その誰かを思って、私は人としてやってはいけない事をした。

吸血鬼になった人間は死ぬ事で救われる、そういう風潮があるらしい。

あの私は人だったのか、あの私は救われたのか。

私はその本をそっとしまい込んだ。

完。

ID.4730
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2017/05/15(月) 21:59


これはあとがきか?あとがきなのか?
あとがきです。

読んで頂きありがとうございます。ご無沙汰しておりました、初めての方は初めまして、ぱろっともん等とかなり調子に乗った名前でやっております。

一応アメーバブログの方、ぱろっともんの駄文置き場にも載せてあるということがまず一つ。(確か向こうの規約にあったので)

人間=デジモンの世界ってどんなだろうとかいう発想から書いてみました。

一応解説として全員の種とかぐらいは書いておこうかと思います。

蓮華さん レナモン クズハモン

聖奈さん シスタモンブラン

レスター(如月) アンドロモン

看護師の人とかはケンタルモンだったり、医者の先生はエンジェモンだったり、まぁそんな感じです。登場人物少ないのでこんなとこぐらいしかないですが。

あとは解説がいるとしたら、蓮華さんの読書傾向についてですかね。

蓮華さんはレスターとのやりとりでわかるように中途半端にミステリサスペンスだけ手を出してる様なタイプです。なのでメジャーなアガサクリスティーとかコナンドイルぐらいしか知らないですし、それも取りこぼしがポロポロと。

つまり、どちらかといえばゴシックホラーなカーミラに手を自主的に出すという事はまずなくて、誰かしらの影響を受けてのカーミラチョイスになります。それもわざわざ物で持ってる、データの時代に。

と、いったぐらいでしょうか。今回は短編にしては長くなりすぎてるのでここら辺カットしました。

では、またお会いできたらばよろしくお願いします。