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ID.4705
 
■投稿者:中村角煮 
■投稿日:2017/04/08(土) 01:20
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幾千のアポカリプス U.R.L/10(上)
         
最終話です。

前回までのお話
第一話>>4057
第二話>>4165
第三話>>4175
第四話>>4195
第五話(A)>>4415
第五話(B)>>4596
第六話>>4652
第七話>>4659
第八話>>4663
第九話>>4665

 初人は、アダムスハンズ・ヴァストの頂上で呆然とそれを見上げていた。
 それは、恐らくデジタル・モンスターだった。ハックモンだったころの記憶と合わせても、これほど馬鹿げたサイズのモンスターは見たことがない。
 まさしく巨人だ。
 三本の角があしらわれた白銀の兜。コートのようにも見える鎧。胸の中央では、紫色の宝玉が煌めいている。
 右腕にはウォーグレイモン。
 左腕にはメタルガルルモン。
 両腕は左右で意匠が異なり、肘から下はそれぞれ別のデジタル・モンスターの生首に見えた。それが初人の目には酷く禍々しく、そして厳かに映った。首の後ろと肩口を通って浮かぶ、コウモリの翼を繋げたような羽衣が、それを神々しく見せるのだ。
 見とれている自分に気が付く。すぐにそんな場合ではないと首を横に振った。
 ……ノワールが!
 自分のせいだ。シスタモン・ノワールは「喰われる」形で失われてしまった。あの場にいたのがノワール一人だったなら助かったかも知れない。明らかに彼女は攻撃の予兆を察知して行動していた。その行動の結果がこれだ。
 ノワールはそのわずかな機会を、回避ではなく初人を庇うことに使ったのだ。
 ……くそ、くそ……ッ!
 ブランも、ノワールも。結局自分にはどちらも守ることが出来なかった。親方に任されたのに、自分は期待を裏切る形でしか結果を残せなかったのだ。否、結果を残してすらいない。
 自分がやったことといえば、ノワールの教えられたとおりにハッキングを用いただけ。アダムスハンズ・ヴァストが無力化できたのは、ノワールの手柄でしかない。
「くっそぉおッ!」
 世界を救う中二病になってみせろと言われたのだ。ならば、初人は自分ができる形で結果を残すしかない。ノワールやブランが犠牲になった分も、自分が踏ん張らなければならない。
 だが、ノワールの仇をとろうにも、彼女を取り込んだウォーグレイモンは目の前で物言わぬ巨人になっている。まだ「生まれたて」だからか、動く気配はないのだが、この存在とどう相対すればいいのか、まるで想像がつかなかった。
『もしもーし』
 文字通り蟻と象ほども差があるのだ。体格差とか、そういう次元からかけ離れている。
『あれ? 聞こえてるよな? 初人くんやーい』
 何も出来ず、巨人と同じく呆然と立ち尽くす初人。
『もしもーーーしッ! 聞こえとるかぁあーーーッ!?』
「うわああああっ!?」
 そこでようやく、初人は首に提げたゴーグルから聞こえる声に気が付いた。返事をしながら――返事と言うには言葉になっていないただのリアクションだったが――慌ててゴーグルをかける。次いで、ゴーグルから聞こえたのはガンクゥモンの怒鳴り声だった。 
『絶望に浸ってる暇はねーぞ、初人!』
 まだ道はある。親方はそう言っているのだ。
「お、親方、俺……」
『また守れなかったとか下らないこと言っちゃうなら、さすがにワシでも呆れるぞ』
「……でも」
 ガンクゥモンの言葉に、何も言い返せない。そんな自分の表情を察して、通信先の親方は咳払いをして「いいか初人」と、そんな風に続けた。
『ワシはお前に自分の道を征けと言った。そこで立ち止まることが、ハックモンの――久文初人の道なのか?』
 お前の道は、そこで終わりなのか。
『お前の正体がデジタル・モンスターだろうがケツの青い人間の子供だろうが関係ない。ここまで歩いてきたことにもうすこし自信を持て。誇りを持て。立ち止まるために進んできたわけじゃないだろ』
 ガンクゥモンは初人に言い聞かせる。父が子にモノを語るように、頼もしい声で。
『初人は結構ビッグマウスなところあるからな、言うことは立派でも重圧に耐えきれず折れそうになるのはよくわかる――』
 いつだってそうだった。
 初めて戦うことになったときも。裏切ったノワールに会いに行くと決めたときも。ブランを失ってなお、もう一度「上」に行くと決めたときも、自分は親方の言うとおり見栄を切っていたように思う。それが、なりたい自分だったから。
 だからこそ、こうしてどうすればいいのか分からない状況に、初人はひどく脆いのだと自覚している。図星を突かれて、言葉を詰まらせる。
『だがな』
 続けられたガンクゥモンの声は、どこか誇らしげに弾んでいた。恥じることはないと、言葉の外から伝わってくる。
『――お前は折れそうになるたびに、しっかり立ち上がってきたじゃないか。何度だって、戦う決意を新たにしてきただろう』
 覚悟を繰り返す度に、初人は諦めないことを選んできた。
『たしかに力はまだ弱いかも知れない。だが、弱さを知ってなお立ち向かうその心は、決して弱くなんかないよ――お前は、強い』
「親方……っ」
 嗚咽混じりの言葉は、ほとんど声になっていない。いつのまにか頬が濡れていた。
 自分のせいだと責任を感じて重たく沈んでいた心が、親方の一言でふっと軽くなるのがわかる。
『な、泣くこたないだろ』
「だって親方……俺……!」
 自分自身が認められなかったことを、こうも簡単に誰かに認めて貰えるのが嬉しいだなんて思ってもみなかった。
『ふむ、なら泣きながらでいい、ワシの話を聞いてくれ』
 初人は黙って頷いた。見えているはずはないのだが、見計らったようなタイミングでガンクゥモンは「話」を始める。
『幸いにしてその「巨人」はまだ動く気配がない。だから、いまのうちにお前に出来ることを伝えようと思う』
 確かに、彼の言うとおり目の前の「巨人」はその見た目の凶悪性に反して、なにも事を起こす気配はない……というよりも、生命としての質感というものが感じられなかった。これでは物言わぬマネキンと同じだ。
「でもどうして、ここにいないのにそんなことわかるんだ?」
 その疑問を投げるために、初人は濡れた頬をマントでぬぐって、普段の調子を崩さないように努める。親方が通信の向こうでクスリと笑うのが聞こえた。
『いいや。お前のゴーグルを通してしっかり見えているぞ、その禍々しいデカブツが』
 なるほど、と初人は内心頷いて納得する。そういえばこのゴーグルは初人のあらゆる情報をガンクゥモンに送信しているのだ。バイタルだけではなく、視覚や聴覚も親方に把握されていることを思い出す。悪いことは出来ないな、と笑う。
「それで、俺に出来ることってなんなんだ」
 同時に、自分が失敗しそうなときは彼にフォローしてもらえると思うと、その頼もしさに勇気が湧いてきた。
『まず最初に言っておく。ノワールちゃんはどうやらまだ助かる』
「……っ、なんだって!?」
 思わず「下」に向かって食い入るように叫ぶ。ノワールが助かる。それが本当なら、確かにガンクゥモンの言うとおり絶望するのは早い。だが親方になぜそんなことがわかるのか。
『さっきゲンナイの一人から聞かされた。彼女は信用出来るし確実性も高い情報だ』
 ……まだ、助かる。
 胸の内で繰り返す。親方がそう言うなら、そうなのだろう。彼の言葉には不思議と勇気づけられる。このままじゃダメだ。世界を救うよりも、と言ってはいけないのだろうが。
「どうすれば、いい……!」
 初人はいますぐにでも、ノワールを助けずにはいられないのだった。そのためなら、いくらでも立ち上がる。目の前の巨人だって、怖くない。
『そいつの名はカオスモン――と、どうやらイグドラシルでは呼んでいるらしい。ワシも「そういう奴がいる」と聞いたことがあるぐらいで、初めてこの目で見たよ』
 それは親方曰く、デジタルワールドのバグのような存在なのだという。
『存在しえない者(バグ)と呼ばれるからにはそれなりの理由がある。通常、デジタル・モンスターにはデジコアがあるのはわかるだろ』
「うん」
 デジタル・モンスターとしての記憶が戻っている今なら、親方の説明は滞りなく理解ができる。この世界に来たばかりの時とは大違いだ。そう考えると、置かれている状況に対してすでに慣れている自分に気が付いた。初人が思っていたよりも、自分はずっと冷静なのかも知れない。
「それで?」
『奴にはそのデジコアが二つあるんだ』
「……えーと?」
『まぁなんだ。言ってしまえば、デジコアとは人間でいうところの心臓や脳の役割を果たしている。つまりカオスモンは一体でありながら二体のデジタル・モンスターだということだ』
 これは、プログラムとして徹底的に矛盾している。二つのプログラムがお互いを補完するようなものですらない。Aでありながら同時にBであり、そしてどちらでもないのが目の前にいる巨人だ。
 そこまでガンクゥモンの説明を聞き終えると、初人の中で一つの疑問が生まれる。
 疑問とは、カオスモンの矛盾についてだ。
「ちょっと待って。でも、このカオスモンはウォーグレイモンから『進化』……したんだよね。デジコアが二つあるっていうなら、もう一つはどこから来たっていうんだ」
 まさか進化の過程でデジコアが生まれたワケでも、ウォーグレイモンが元々二つもっていたわけでもあるまい。
 二体のデジタル・モンスターを象徴するように、確かにカオスモンの両腕にはウォーグレイモンとメタルガルルモンの頭部がある。
 しかしこの場合、デジコアは一つしかないはずだ。
 ウォーグレイモンが自分の目の前で蒼二才のデータを吸収する場面は確かに見た。しかし、あのメタルガルルモンはブランが命と引き替えに斃された――その時点で、奴のデジコアは停止したのだから。
「ま、まって……親方、まさか」
 そこで初人は先の光景を思い出す。おそらく進化に必要な情報量を得ようとしたのだろう、ウォーグレイモンがアダムスハンズの「核」を飲み込んだときのことだ――ノワールが自分を庇い、巻き込まれていたことを。そのとき「顎」のイメージが強すぎて、初人はてっきり彼女が捕食され命を落としたとばかり思っていた。
 だがその時、もし生命活動を維持したまま取り込まれ、進化の際になんらかの影響をあたえたのだとしたら。
 否。もしだとか、だとしたらだとか。初人の推測はもう「たられば」の域を超えている。そうだ。間違いない。
「二つのデジコアの片割れは、ノワールなのか」
『ああ。そしてノワールちゃんのデジコアはウォーグレイモンのそれと融合せずにカオスモンの中に残っている。だからこそ、この状況があるんだ』
 ノワールとウォーグレイモンの相反する意志がぶつかりあっているから、こうしてまだ動かないし――助けることが出来る。
『初人。まともにやり合わなくて良い。胸の中央にある核だけを狙え』
 核が、二つのデジコアを繋ぎ止めている。あれを砕けば、カオスモンは姿を維持できずに分離するはずだとガンクゥモンは言った。
『いいか。実質、アダムスハンズ・ヴァストを無力化できたいま。もう、ワシたちの「勝ち」は、ノワールちゃんを助けることだ』
 なるほど、シンプルでいい。
 核を砕けばカオスモンは消える。ノワールは助かる。世界も、助かる。
『アダムスハンズ・ヴァストが崩れるのは時間の問題だが、ワシはまだそっちに向かえない。今度こそ初人一人きりだ――出来るか?』
 出来るか。こう聞かれて「出来ない」なんて言えるほど、まだ腐っていない。
 希望が見えた初人は、迷うことなく宣言する。
「それが、俺にしかできないことなら」
 もちろんやってみせる、と。
『――いまさらながら、ワシはお前と友達になって良かったよ。最高だ』
 通信先の親方の笑顔が見えてくるような、快活な声だった。
 ……俺も、親方と会えて良かったよ。
 気恥ずかしくて、言葉には出さない。
 その代わり、決意を持って。
 覚悟を成して。
「カオスモン」
 初人はその名をいま一度、口にする。
『そうだ初人。それがお前が超える壁の名だ。よく刻んでおけ』
 見上げるようにカオスモンを睨み付けると、巨人の瞳が僅かに輝きを増すのが分かった。
 いよいよ動き始めるのだと、直感で理解した。

     ●

 幾千のアポカリプス U.R.L -Ugly Rise Limitation.-
10/混沌、それは醜悪なる意志の終端。

     ○

 ――冷たい場所。
 ノワールの意識がまず感じ取ったのは、その「空間」を支配している孤独だった。
 真っ暗な部屋だ。出口も窓もない。四方は白い壁で囲まれているが、明かりは四隅にある蝋燭だけだった。他に置いてあるものといえば、赤い絨毯の上にアンティーク調の椅子が二つ向かい合う形であるだけで、あとはなにもない。
 気が付けば、自分は椅子の一つに座っている。
「ッハ。最後の最後で詰めを誤ったらしいな」
 向かい側には「男」が座っていた。ウォーグレイモンの姿に戻る前の、人間の姿だった。
「完全に食い殺したつもりだが。よくもまぁここまで邪魔してくれたものだよ」
 ――咀嚼せずに丸呑みしたのはアナタのミスでしょう。私に非はないわ。
「まさかこんな結果になるとは思わなかったものでね。大体、貴様の言うように咀嚼してしまったら核が砕けていたよ――しかし。嗚呼、私はまたも失敗したんだな」
 ――あんまり、悔しそうじゃないのね。
「貴様も、あまり嬉しくなさそうだ」
 ――当たり前よ。まだ、世界は救われていないもの。それどころかこんな姿になってしまって……もしかしたら、私達が、世界を壊すかも知れない。
「ッハ、失敗した甲斐があるというものだ。是非そうなることを願うよ」
 ――前々から思っていたけれど。随分と前向きなのね、アナタ。いや、後ろ向きにポジティブというべきかしら。あなたはどうして悔しそうじゃないのよ。
「愚問だ。確かに私は策を失敗させたが、この姿だから計画が失敗するわけではないからな。むしろここまで失敗を重ねたからこそ、悲願の達成というたった一つの成功を噛み締められるというものだよ。悔しがる要素など何処にも存在しない」
 ――……。
「貴様はどうだ。かつて貴様が賭けた『世界の終焉』が実現するぞ」
 ――なにを聞きたいのか、さっぱりわからないわね。皮肉だと言うことはわかるけれど。
「どういう気分だと聞いている」
 ――最悪と言いたいところだけど。残念ながら私にはそんなことを言える権利、ないわ。
「ッハ、コウモリは結果に善し悪しを述べることすら権利が必要か。難儀なことだ」
 ――なにか勘違いしているようね。私は別に、私が侵した罪で束縛されているわけではないのよ。だって私は託したもの。
「ほう?」
 ――初人くんに、可能性のすべてを。託した以上は文句は言わない。もちろん、それで私の罪が消えたことにはならないけれど……それだけのこと。
「随分とあの化石を信頼しているな。だが、あの成長期(こども)に期待を掛けるほど虚しいこともあるまい」
 ――どういうことかしら。
「どういうこともなにも。貴様は見えないのか?」
 ――見えないって、なにが――。
 続きを言いかけたタイミングで、男が指を鳴らす。乾いた音が無機質に木霊すると「部屋」の風景が少しずつ変化を見せる。
「一心同体……とはいかずとも。同位体となった貴様も感じるものはあるだろう。この身体とハックモンの間にある圧倒的な力の差は埋めようがない」
 男とノワール、そしてお互いに座っている椅子だけが取り残されている。自分たちが宙に浮いているようにも見えるのは、周囲の景色が三六〇度全方向へと鮮明に映し出されているからだ。
「貴様が奴に託した可能性とやらは、無に等しい」
 彼が見ている光景。そして自分が目にした光景は、確かに男の言葉が状況を正しく捉えていることを証明していた。
 それはすなわち、久文初人の苦戦の様子だ。
 ……初人くん。
 ノワールはそれを見つめることしかできない。この身体(カオスモン)は既に、自分の意志とは無関係に動いているのだから。

ID.4706
 
■投稿者:中村角煮 
■投稿日:2017/04/08(土) 01:21


幾千のアポカリプス U.R.L/10(中)
     ●

 想像以上にカオスモンの攻撃は苛烈だった。その巨躯からは考えられないほどの速度を伴って、カオスモンの左腕からの斬撃が繰り返される。
 斬撃。
 いま、左腕のメタルガルルモンの口からは、サバイバルナイフのように歪んだ形をした短刀が生えてきている。その斬撃には青白い光が伴い、軌跡を追うように氷の柱がいくつも乱立する。時には、すでに生まれた氷柱を砕きながら振るわれる刃。いまや、戦場となったアダムスハンズ・ヴァストの頂は氷が支配する凍土と化している。
 そして初人は、断続的に飛行することでカオスモンの攻撃を回避していた。マントの扱いにもだいぶ慣れてきた。おかげで、「急浮上」という感覚のベクトルをあらゆる方向へと振り分けることで不規則な動きを実現している。
 だが、それだけだ。回避に専念するあまり、反撃の糸口がまったく見いだせない。
 時折、思い出したようにベビーフレイムを放つが、まったくといっていいほど効いている様子がない。着弾したところで鎧に焦げ跡一つ残せず、文字通り痛くも痒くもなさそうだ。
 そもそも敵は感情の読めない物言わぬ巨人だ。仮にダメージを与えたところで手応えがあるだろうか? まるで蜃気楼に向かって攻撃をしているかのような虚無感すらわき上がる。
 ……ダメだ……!
 もっと大きな攻撃を。しかし現状、初人が使える最大の技であるグラヴィティ・フォースは、隙が大きすぎてカオスモンの的になるだけだ。周囲から力を集める行程が長すぎる。
 通信先の親方は、こちらの集中力を削ぐまいと気を遣っているのだろう。口うるさく指示が飛んでくることもない。黙って顛末を見守られているような視線だけを感じている。
 だからこそ、初人は先に言われたことを忠実に守ろうと努める。
 ……まともに、やりあおうとするな!
 狙うのは胸部中央の核、その一点のみ。だからこそ初人はまず回避することだけを考えた。
 そのおかげか、今ではパターンのようなものが見えてきていた。
 なるべく敵の視界から逃れる形で、下から生える氷柱の隙間を縫うように飛行する。するとカオスモンは自分を探すために、茂みをかき分けるかのごとく氷柱を砕きながら新たな斬撃を繰り返し、軌跡から生まれる氷柱によって死角が増えていく。
 いま、敵の注意は確実に初人に向けられている。無差別に暴れられるよりずっとマシだ。本来相手にする必要の無い自分を、標的として認識しているのだから。こちらとしてもやりようがある――次の一手を冷静に考えられる。
 どうすればいい。
 その言葉が全身を駆けずり回っている。ベビーフレイムは効かない。グラヴィティ・フォースは発動までに時間がかかる。敵の攻撃を誘導して核を砕くか? 敵もそこまで愚鈍ではないはずだ。ならば自分が出来る攻撃とは。手段とは。勝ち筋とは。
 蟻が象を斃すために、何をする必要がある。
 脳内シミュレートを展開しながら、初人はひたすら飛ぶ。
 そして少しでも考える時間を稼ごうと、死角である背後にまわった……その時だった。
「……なぁっ!?」
 敵が大きく跳んだ。軽やかな背面跳びだった。その衝撃で凍土が一発で砕け、幾重もの氷柱が倒壊する。確かに、もしも自分がカオスモンだとして、敵が死角に逃げ込むなら上空から戦場と捉えれば手っ取り早いとは考えていた。
 だが。
 まさか。
 あの巨体が跳躍するとは予測できなかった――いや、予測しなかった。
 地面を一蹴りしたカオスモンはいまや上空からこちらを見下ろしている。
 互いの視線がぶつかり合うのがわかった。その瞬間、初人は「しまった」と焦りを口にする。行動を読むことは可能だったはずだ。繰り出される斬撃の鋭さを見れば一目瞭然だったのに、跳ぶはずがないと勝手に決めつけていたのは完全に初人の油断だ。
 巨体ゆえに、ノロマだと。
 ……油断する余裕がどこにあったっていうんだよ……ッ!
 自分の愚かさを恥じる。相手は究極体が進化したデジタル・モンスターで、対する自分はたかだか成長期だ。巨体の近くを飛び回れば、たしかに瞬発力という点では初人に軍配があがるかもしれない。
 しかし相対的な速度という視点でとらえれば、あの巨体の方が遙かに初人の挙動を上回る。
 所詮、蟻と象。いくら蟻が駆けたところで、それは象の歩みにすら劣るということに、ようやく気付かされた。
 それを初人が呪う時には、すでにカオスモンの攻撃は開始されていた。
 ……速い!
 敵は初人の四方を囲むように、メタルガルルモンの腕を振るった。初人の視界は氷柱によって正方形に切り取られる。カオスモンの姿は見えない。氷柱は四角錐をかたどるように絡み合っていた。直後にくる結果は容易に理解出来る。だから、咄嗟の判断で初人は自分を囲う空間の四隅……その一つに転がるように移動して衝撃に備えた。
 然して追撃は来た。
 四角錐の頂点を真上からぶん殴ってきたのだ。初人の何倍も体積のあるウォーグレイモンの頭部が、目の前に勢いよく落ちてくる。まるで隕石だった。
 衝撃は瞬く間に初人を襲う。
「――――ッ!!」
 着弾点を中心としてドーム状に氷の波が広がり、巻き込まれる。声にならない叫びは全身の痛みから来る悲鳴だ。直撃を避けたというのに、攻撃の余波だけでここまでのダメージを与えられるとは思わなかった。
 馬鹿げてる。なにもかもスケールが違う。そんな考えが脳裏を過ぎる。だが、初人は決して「為す術がない」とは思わなかった。
 ……俺は、強い……!
 先にガンクゥモンに言われた言葉が、初人の心を支えているからだ。
 究極体――それも、聖騎士の称号を冠するデジタル・モンスターが「強い」と言って自分を送り出したのだ。それは、ガンクゥモンの頭の中ではこの戦いが決して負け戦ではないことを明確に示している。
 信頼、されている。
 だからその信頼に答えるために、初人は痛みを思考の外に追いやった。邪魔をするなと痛みに言い聞かせて、いま自分に何が出来るかだけを考える。
 吹き飛ばされながら、まわりを散らばる氷の破片を見た。
 ……そうだ。
 そしてひとつの閃きが来た。それを実行に移す――その前に、初人は冷静に「敵」を観察する。油断は、もうしない。着地したカオスモンは既に身体を捻って次の攻撃モーションへと移っていた。完全に自分を捉えている動きだ。左腕を引くように構えているところを見ると、次に来るのは「突き」だとわかった。
 あの巨大な腕だ。いくら初人の身体が小さかろうと、刃を避けたところで後ろに控えているメタルガルルモンの頭部にぶん殴られるのは目に見えている。
「だった――」
 だから初人は行った。マントの力で正面へと飛翔する。
 見れば、カオスモンは左腕を思い切り突き出していた。刃から出る青白い光もある。
 読み通りだ。
「――らぁああああああああッ!」
 ならば、と。初人は刃の上面をすれすれで飛ぶ。目の前からメタルガルルモンの上顎が迫ってきた。ギリギリまで引きつけて、跳躍するために、刃を足で蹴る。結果として、飛行中にのその行動は初人の軌道を容易に変えた。
 メタルガルルモンの頭部を飛び越えたのだ。
 同時に初人の頭上には、ある一つの結果が生まれていた。
 青白い光の弾が、初人を追従する。
 ――フォース。それは初人が「隙がデカすぎる」といって使おうとしなかった、ウォーグレイモンからコピーした能力。周囲の重力や熱などのエネルギーを塊にする力だ。
 本来のエネルギー充填にかかる時間は長大だ。それを短縮するために、初人はカオスモンの放つ刃から生まれた「冷気」をすれ違い様にかき集めた。
 エネルギーを集めるのに時間がかかるなら、エネルギーの方に突っ込んでいけば良い。隙を消すために咄嗟に思いついた方法だったが、成功したことを実感する。そのまま初人は、ありったけの力を込めてその冷気の塊をカオスモンの核に向かって撃ち放った。
 放たれた瞬間、それは冷気の塊から刹那にして姿を変える。刺々しい氷柱が全面に並ぶ、巨大な氷の弾へと変換されたのだ。奇しくも、その光景は蒼二才が得意としていた技――コキュートス・メテオに酷似していた。
「行け……!」
 カオスモンの二の腕辺りで、初人は氷塊の行方を見守る。ここまで思い通りの展開になったことが、ここまで戦闘中に気を緩めることに繋がるとは思ってもいなかった。結果として初人が失敗していることに気付いたのは、カオスモンの次の準備行動が完全に終わった後だ。
「は」やい。言い終える前に、氷塊はカオスモンの右腕に噛み砕かれていた。直後、初人に向けられたウォーグレイモンの口が大きく開かれた。
 そのまま、口内に溜められた橙色のエネルギーの奔流が巨大なビームとなって咆吼と共に来る。カオスモンは自分の左腕を巻き込むことをまるで厭わずに、初人へと避けようのない必殺の一撃をぶち込んだ。

     ○

 ――……。
 男は目の前で展開されたその光景がとても見ていられなかった。カオスモンに立ち向かうハックモンの姿があまりにも滑稽だったからだ。
 ベビーフレイムに、そしてフォース――この場合はアブソリュート・フォースとでも言ったところか。そのどちらも、言うなれば自分が奴に与えた技だ。あのデジタル・モンスターにオリジナルは無い。他人の褌で土俵に立つハックモンが返り討ちに遭う光景は、どこまでも笑いぐさだ。
「でも、アナタは笑わないのね」
 ――笑えるものか。強者は誰もが弱者を嬲ることに喜びを見いだすとは思わないことだ。
 シスタモン・ノワールの愚問に呆れながら、男は攻撃をもろに受けたハックモンの行方を見届ける。煙を纏いながら墜ちていくハックモンの軌跡には、データが分解しかけているのか橙色のパーティクルが尾を引いていていた。
「……初人くん」
 ――存外、取り乱さないものだな。
 ノワールの表情は心配そうにしているものの、態度は冷静そのものだ。彼女は眉根をひそめてハックモンに視線を注ぐ。だが、そこには確かに強い意志が宿っていた。
 彼女は諦めていない。目を見れば分かる。ノワールはまだ、この状況においてハックモンが一矢報いるのだと信じている。
「わからない、って表情ね。アナタは」
 ――諦めたくない気持ちは理解出来るが、納得はしかねる。
 ハックモンごとビームに巻き込んだ自分たち(カオスモン)の左腕に目を向けると、傷一つついていないことがわかる。あれほどの攻撃を受けても、カオスモンは健在だ。これがこの場においてどれだけ彼女やハックモンを絶望させるに足るかは想像に難くない。
 ――素直になれ。いくら貴様が冷静を装うとも結果は覆らない。
 ――私の計画はもう止められない。
 ――貴様らの負けを、受け入れたらどうだ。
「それは、私に悔しそうにしろって言っているのかしら」
 ノワールは不敵に笑う。どうしてこの状況でそんな顔が出来るのか、男には分からない。それどころか、彼女は短く笑ってまるで理解不能なことを言い出した。
「でも、悔しそうにしてるのはアナタの方よね」と。
 ――……どういう、ことだ。
「私に聞かれても困るわ。むしろ聞きたいのは私の方なんだから。さっきから勝利宣言をしたいのかなんなのか知らないけどね。まだ負けてないのは本当だし、負けてないなら諦めることもないでしょう。どう、違う?」
 ――それは貴様が敗北の現実から逃避しているだけだろう。奴はもう、虫の息だ。
「ならどうして、初人くんが窮地に陥る度にぴくりとも笑わないの。苦痛に顔を歪めるの。目を逸らすの。そのことに自覚がないのは仕方ないけれど、アナタの気分の理由を他者に求めないで頂戴」
 ――……私は。
「初人くんが虫の息? アナタにとっては結構なことじゃない。もっと笑いなさいよ」
 ――私は、なにも悔しくない。
「そうでしょうね。だから笑えと私は言っているのよ」
「だってこれはアナタが望んだ光景なんだから」
「失敗を重ねてなお、待ち焦がれた状況なんでしょう」
「でもアナタは笑わない」
「笑えない」
「アナタ、自分で考えてるほど悪に徹し切れてないんじゃないの?」
「初人くんに勝って欲しいと、心のどこかで自分の行いを悔いているんじゃないの?」
 ――あまり調子に乗って戯れ言を並べ立てるな。見てみろ。あの成長期が勝つところを想像できるか。
「アナタこそよく見てみなさい――彼はもう、立ち上がっているわよ」
 ノワールに言われて、下にいるハックモンを改めてみる。
 彼女の言うとおり、彼は確かに立ち上がっていた。どうして。敵うはずもないのに、何故立ち上がれるのか。それどころか、
 ――無傷、だと。
 彼は確かに無傷でこちらを睨んでいる。先ほど見た橙色のパーティクルは、いま彼の全身を包み込んでいた。
 ――……ガイア・フォース……ッ!
 思わず、その名を口にしていた。間違いない。先ほどカオスモンが右腕から放った熱エネルギーを、ハックモンは瞬時にガイア・フォースとして集束させたのだ。
 肌が粟立つのが分かった。
 なんというセンスだ。彼は、自分が初めて戦ったあの時と何一つ変わっていない。記憶の中の天才が、いままさに目の前に再臨している。
「私は、初人くんが羨ましい。私と違って、真っ直ぐ自分が出来ることだけを見据えてる」
 なんということだ、と彼は笑わずにはいられない。
「私も、アナタも。可能性を恐れるあまりに目を背けて、間違い続けてきた」
 興奮が隠せない。
「でも初人くんは違う。自分の可能性を疑わない。誰かに裏切られても、絶望しない」
 そのことに、男は途惑うことすらしない。
「自ら可能性を閉じた私達と同じ道を辿りながら、まるで別の景色を見ている」
 自然に、目の前の光景にのめり込んでいる自分に、気が付かない。
「ねぇ。アナタは、そんな初人くんが羨ましくならないの?」
 ――嗚呼。確かに、私は。
 ぴしり、と。その瞬間、自分達が見ている光景に一筋の線が入った。

     ●

 ……不思議だ。
 妙に落ち着いていた。たったいま死にかけたというのに、初人は心地よい冷静さに身を任せている。穏やかだ。
 咄嗟のガイア・フォースは功を奏した。直前に冷気を集めていたことで、慌てることなくカオスモンの追撃に対処出来たのだと分かる。
 ……もう、大丈夫。
 先程までの、巨大な敵に翻弄されていた自分がウソみたいに、自信に満ちあふれている。根拠はない。むしろ、どうして急にこんな風に気持ちが変わったのか懐疑的にもなる。
 だが、その自信の背中を押す現象が確かに起こっていた。
 ガイア・フォースで集めた熱エネルギーが、自分の身体に定着している。お湯の中へ潜っているような、柔らかな暖かさが全身を包み込んでいた。同時に、胸のクリスタルが黄金色の輝きを強く放っているのがわかる。
「親方……?」
 初人はガンクゥモンの言葉を思い出す。このクリスタルには、今までの彼の戦闘データが蓄積されているのだと。それを扱うことが出来れば――と彼は続けていた。
 もしかしたらこの落ち着いた気分は、親方が長年にわたって蓄積したデータが、敵の攻撃を機に自分に流れてきたからかも知れない。そんな風に、初人は考える。
「――なんて、心強い」
 そして、初人はその想いを力に換える。ガイア・フォースも。クリスタルのデータも。アダムスハンズ・ヴァストでさえも。
 すべてひっくるめて吸収して、ある一つの形を作り出そうとイメージする。
 それは、久文初人が――ハックモンが、カオスモンに勝つというイメージ。
 ただ、それだけを。

      ●

 ガンクゥモンはバイザー越しに聞こえたその声に、思わず頬が緩んだ。
「莫迦者」
 初人の身体に、何度目かの異変が起きているのは送られてくるバイタル情報で確認済みだ。
 いままさに、彼は成長しているのだと実感する。だから、それはお前が自分で掴み取ったものだと、教えてやりたい。いま彼の身に起きている現象は、ガンクゥモンの経験がどうだとか、そんなものは関係のない力なのだと。
 彼はどうやら自分が初人になにかをしてやったように捉えているみたいが、それは違う。自分が与えたのはあくまで気分が落ち着くキッカケだけで、実際に力を掴み取ったのは初人自身なのだと伝えたい。
 だが、今は下手に通信を寄越して集中力を途切れさせるのは避けたかった。
 ……窮地を乗り切った経験こそが、お前の力を呼び起しているんだ。
 先の戦闘の様子を見ていればわかる。咄嗟の判断であの規模の攻撃を吸収するなんて芸当、成長期離れしているにも程がある。だからこそ、初人が「ハックモン」と呼ばれるデジタル・モンスターであり、そしてその名の通り膨大な量のデータの扱いに長けている存在なのだと納得した。そしてそれ故に、自分がクリスタルに蓄積してきた戦闘データをも力に換えることが出来るのだと。
 こいつは頼りになると期待して彼を「上」へと送り出したのは事実だ。ウォーグレイモンが初人に対して「障害だ」と判断していた――それがわかっていたからこそ、ガンクゥモンは成長期に世界の命運を任せるという、暴挙とも言える判断を下したのだ。
「まったく、期待以上だよ」
 だがまさか、あのクリスタルがこんなところで役に立つとは予想だにしなかった。正直、クリスタルに蓄積したデータ云々はお守り程度の価値しかないと踏んでいたのだから。
 本当に、期待以上だった。自分が支えていたアダムスハンズ・ヴァストの質量が、どんどん軽くなるのがわかる。これも初人にもたらされた結果だと、直感で理解する。
「よし」
 迷うことはない。
 もうお前はきっと、この世界にいる誰よりも強い。それは単純な力というわけではない。
 誰よりも真っ直ぐなその心がお前を強く在らせる。恐れを知りながら立ち向かうその勇気こそが、お前の最強の武器だ。だから、頑張れ。
 そんなことを伝えるのはこっぱずかしいから。
 ガンクゥモンは色んな想いを全部のっけて、一言だけ叫んだ。
「行け、初人――ッ!」

     ●

 誰もが、その光景を見ていた。
 ガンクゥモンも。シスタモン・ノワールも。ウォーグレイモンも。世界中で戦う多くのゲンナイ達も。ホメオスタシスも。意思を持たないはずの、デジルフやアダムスハンズでさえ。
 誰もが、アダムスハンズ・ヴァストの消えた青空を見ていた。
 誰もが、もうずっとこの空を忘れていた。
 そして誰もが、その空のある一点を見つめている。
 そこには、二つの存在があった。
 一方はカオスモンだ。そして、そのカオスモンがちっぽけに見えるほどの大きさの黄金色の「火」が対峙している。まるで、この世界をまるごと包み込むような、巨大な火だ。
 火は角を持っていた。
 火は腕を持っていた。
 火は、竜のような姿をしていた。
 そしてその竜をみて、誰かが言った。
「……火之神(ヒヌカムイ)」
 そう。その誰かの言うとおりだ。
 黄金に輝くその火の竜は、まさしく世界を照らす神そのものだった。

ID.4707
 
■投稿者:中村角煮 
■投稿日:2017/04/08(土) 01:22


幾千のアポカリプス U.R.L/10(下)
    ●

「ノワール……ノワールッ!」
 ハックモンは燃えさかる「竜」の中で、繰り返し彼女の名を叫んだ。
 ――ガイア・フォースを火種にアダムスハンズ・ヴァストの構成情報を丸々飲み込み、そしてクリスタルに蓄積されたデータを通して竜の形を創り出した。いまやこの炎は、あれほど巨大だったカオスモンをも越える規模で展開している。
 竜がカオスモンすら糧として吸収してしまうのは時間の問題だった。
 だから、ハックモンはそうなる前に竜を操り、当初の目的通り敵の核を狙う。
 竜の角先で、カオスモンに突撃する。無論、敵は無抵抗ではない。核を守るように、右腕のウォーグレイモンの頭部をこちらに向けた。直後に先も見せたエネルギーの束を撃ち出す。
 だが、それだけだ。
 もうカオスモンの攻撃は、ハックモンの竜を止められない。それどころか、奴が放つ攻撃はすべて炎が飲み込んでしまう。
 勝負はあった。
 角はすでに核に到達している。だが、まだ炎はカオスモンの構成情報とぶつかり合うだけで、核を砕くには至っていない。ゆえにハックモンは、竜の中で泳ぐように飛んだ。
 行き先は角の先端だ。
「シスタモン・ノワール……ッ」
 もう一度、声を張り上げる。核には既に一筋のヒビが入っていた。もう少しで彼女に会える。彼女を助けられる。自分が望んだ姿になれるのだと、ハックモンはもがいた。
 何度も、何度も。前足の爪で核を殴り、斬りつける。すると、少しずつヒビが広がっていくのが分かった。
 だから、最後にハックモンはそのヒビに向かって放つ。この世界に来て、最初に覚えたこと。他の誰でもない、彼女の導きで得た、デジタル・モンスターとして戦う力。
 ――ベビー・フレイム。
 口の中に生まれた熱を、その名と共に吐き出した。
 核が、音もなく砕ける。
 それに伴う結果はすぐに来た。構成情報を保てなくなったカオスモンが自壊する。まるで卵の殻が破れるように、ボロボロと薄っぺらいテクスチャーが剥がれるのがわかった。
 そしてそのテクスチャーの屑が緑色の粒子に変わり塵と消えていく中で、一つの影を見つけ出す。コウモリのようなフードを被った、黒い修道女姿の影。
 シスタモン・ノワールだ。
「ッ!」
 ハックモンは竜の角から飛び出して、落ち行く彼女の元へと急いだ。
 咄嗟に手を伸ばして、彼女の身体を受け止めた。目は閉じられたままだ。だが、やわらかな感触とともに伝わってくる鼓動が、ノワールが確かに生きていることを教えてくれる。
 ……良かった。
 ようやく。眠る彼女の身体を強く抱きしめながら、溢れ出す想いを噛み締める。ようやく、自分は「結果」を得られたのだと。何度も心が折れそうになった。何度も逃げそうになった。だが、諦めずに歩いてきたから。
「ようやく、助けられた……!」
 自分にしか出来ないことを、出来たのだと思った。
 思えば、自分には何もなかった。信じていたはずの人間としての記憶は植え付けられたものでしかなくて。周りに巻き込まれて、流されるように戦うことを決めて。そして戦いの手段でさえも、所詮は誰かの真似事でしかない。だけど、そんな自分が初めて――文字通り、生きてきた中で初めて――自分の力で手にできたのだ。
「……ブラン。これでキミも、ちょっとは報われたかな……」
 誰かに何かを任されたのも、この世界で初めて経験したことだ。ブラン。ノワール。そして親方。負債のように、たくさんの頼まれごとがハックモンの背中に重くのし掛かっていた。
 その内のいくつかが、腕の中で眠る彼女を抱きしめることで達成できたような気がする。

「■■■■■■■■■――――ッ!」

 …………え?
 突如、背中に何かものすごい、風のような圧を感じて。その空気の震えが「音」だと認識するのに、少しばかりの時間を必要とした。
 それがなにかの鳴き声だとハックモンが理解したのは、もう一度同じ音を聞いてからだ。
 それは轟咆だった。ハックモンが恐る恐る振り返ると、当然そこには巨大な竜がいる。自分がクリスタルのデータやガイア・フォース、そしてアダムスハンズ・ヴァストの構成情報を吸収して作り出した火の竜だ。どことなくハックモンの姿に似ているが、サイズがまるで違う。先に相手していたカオスモンよりも更に大きい。
 アダムスハンズ・ヴァストの構成情報を飲み込んだのだ。結果として、ほとんど山といっても差し支えないようなサイズになったのも頷ける。そしてこの大きさになっても、中にいようが至近距離だろうが、ハックモンは燃えさかる火竜から熱を感じることはなかった。自分が生み出した「技」ゆえに、コントロール出来ている自覚があったのだ。
 だがいまは違う。
 轟咆をきっかけに、竜から明らかな熱――敵意を感じる。この場に留まっていると竜の熱で自身が灼き尽くされてしまいそうで、思わずハックモンは竜から距離をとった。追いかけては来ない。しかしコントロールも出来ない。「技」としての、竜の力の消化の仕方が分からなかった。この火竜は、そもそもカオスモンを倒せるイメージから生まれた姿だ。
 だがその標的も、核を砕いたことですでに塵と消えている。カオスモンを倒すためだけの姿としては規模が大きすぎるが故に、余剰した力のぶつけどころを失ってしまった。
 だから竜は、カオスモンに代わる新たな標的を探しているのだ。生まれて初めて、ハックモンが自分で生み出した技だからこそ、その現状がすんなりと理解出来た。
「まずい……」
もうこの空に、竜の力を消化しきれるほどの的は残っていない。だとすれば、標的は自然と地上へと移る。この巨躯に見合うだけの「サンドバッグ」は、もう大地しかなかった。
「親方ぁ!」
 ハックモンは慌ててゴーグル越しにガンクゥモンを呼ぶ。すると通信の向こう側でも慌てた様子で、荒っぽい声が返ってきた。
『ああ、見えてるぞ! みなまで言うな!』
「どうしよう、俺――」
 世界を救う中二病なんて、言ってる場合じゃない。とんでもないことをしてしまった。
『みなまで言うなと言ったぞ! 一応確認するが、初人はそれをコントロール出来ないんだな!?』
「――ごめん……っ」
 どうしようもなかった。何度か主導権を握ろうと試みているが、竜の外に出たのがまずかったのか、ハックモンからのアクセスは完全に遮断されている。
 このままでは、自分がノワールを助けるために使った力が、世界を滅ぼすことになってしまう。
『ゲンナイ達がいま必死で対策を練っているところだ、お前はそのままアクセスを……なっ』
 それはまさしく、アダムスハンズ・ヴァストと――あのウォーグレイモンがやっていたことと、何一つ変わりない光景だった。もはや竜は竜の形をしていない。黄金の炎の塊が、力の行く先を見つけて落下を始めたのだ。否、それは正確には落下ではない。明らかに、炎は炎の意思で下に向かって「飛んで」いた。
『――――、――』
 通信先で、親方の声が叫んだ。あまりに大きな声で音割れを起こして、そのまま通信が短いノイズと共に途切れるのがわかった。
 なにがあったのか。そうハックモンが問う前に、答えは光景として示される。
 ――鉄拳制裁。
 炎の真下から、それを迎撃する別の熱が来たのだ。地上から放たれた鉄拳制裁のエネルギーがハックモンの炎をぶち抜く。風穴をあけ、炎の勢いは僅かに削がれた。それだけだ。
 風穴はすぐさま閉じられ、失われた速度は即座に取り戻される。
 ならばと言わんばかりに、下からいくつものエネルギーの奔流が炎に向かって放たれた。弾道兵器や、雷の閃光、燃えさかる炎の疾走。それらはもはやガンクゥモンだけではなく、下にいる他のデジタル・モンスターが繰り出した必死の抵抗だった。
 下からの攻撃は次々と「炎」に命中していく。だが、先の鉄拳制裁のときとは様子が違った。落下の勢いは確かに消えている。だが、
「……ダメだ……それじゃあ……ッ!」
 明らかに「炎」は命中した攻撃達を「吸収」している。勢いこそ無くなっているが、確実に規模が大きくなっていった。それはあたかも、ハックモンがカオスモンの攻撃を即座にエネルギーとして変換していた時のような光景だった。
「……そうだ」
 ならば、もう一度。自分であの炎を吸収すればいい。自分の技として、コントロールしなおすことができれば、あるいは。
「う」
 腕の中で眠るノワールを見て、決意する。
「あ、あ、ああっ」
 折角、自分で掴み取った勝利を。
「あああああああ……ッ!」
 自分自身で壊すのは御免だった。
「――来、い、よ、ぉお、オオオオッ!!」
 だから、ハックモンはありったけの力を込めて叫ぶ。ウォーグレイモンから学んだフォースのベクトルを、あの炎に集中させる。もう一度、始めからやり直すために。集中力が高まるにつれて、大気が震えるのがわかった。
「……どうして、だよ」
 フォースは確かに働いている。自分の中のデジコアが焼き切れそうなほどフル回転しているのもわかる。胸の辺りがズキズキと痛んで、吐き気すら覚える。
「どうして、なんだよ……っ!」
 だが、結果は残酷だ。目の前の「炎」は、ハックモンのフォースにぴくりとも反応しない。
 規模が馬鹿げているからだ。そのエネルギー量は、もはやハックモン単体が扱えるメモリを遙かに超えている。
 勢い余って意識がフリーズしかけて、ようやくハックモンはその試みを諦めた。
「炎」はもはやネイチャースピリッツの大地を飲み込むために止まることを忘却している。
 徐々に、だが確実に。
 ……やめてくれ。
 あの「炎」は世界を終焉に導くために、アダムスハンズ・ヴァストの落下を再現している。
「やめてくれえええええッ!!」
 ハックモンが叫んだ、その時だった。「炎」が、一瞬にして火へと分解され、そしてこちらに向かって飛んできたのだ。何が起きたのかわからないまま、その火を避けようと身構えるが、どうやら「火」達の向かう場所は自分ではない。

「――ッハ、所詮は付け焼き刃に過ぎなかったか。なぁ、三本角」

 声は頭上からだった。いつの間にか、ウォーグレイモンが片腕を掲げてこちらを見下ろしている。挙げた右手の先端に、次々と「火」が集まり、そして再び巨大な炎の球へと成長していくのがわかった。
 紛うとなき、ガイア・フォースだ。ハックモンが諦めた、あの黄金色の「炎」をまたエネルギーに変換する行程が、目の前でいとも容易く行われている。なんて差だ。
「三本角なのは私も同じだったか」
 冗談を言いながら、ウォーグレイモンは左肩だけ竦めてみせる。先に対峙したときのような威圧感は、どこにもない。
「アンタ……どうして……」
「どうしてもなにもないだろう。カオスモンの核は貴様が砕いたんだ。そこの娘と同様に、私も元に戻ったに過ぎない」
 これは貴様が招いた結果の一つだ。そう続けるウォーグレイモンに、ハックモンは少しばかりの苛立ちを覚えて、語調を強めた。
「違う! どうしてアンタがそんな真似をしているんだって聞いたんだ!」
 ウォーグレイモンがいまやっていることは、明らかに彼にとって余計なことだ。あのまま放っておけば「炎」は確実にこの世界を壊していた。それは、目の前の敵が望んだ光景だったはずだ。それが、どうして。彼の周りにはまだ火が集まり続けている。
「どうして? どうしてか。フン、そんなことは私にも分からない……しいていうならば、これが本物のガイア・フォースだと教えてやるためだろうか」
「そんなプライドのために、確実な勝利を捨てたっていうのか?」
 あるいは、その終焉は自分の手で迎えさせたかったのだろうか。策が失敗しても計画が成功すれば良いと言っていたにも関わらず?
「――一つ聞かせろ、ハックモン」
 ウォーグレイモンが何を考えているのか、ハックモンにはまったく想像がつかないまま。
 彼はガイア・フォースを練り上げながら勝手に話を進めていく。
「貴様は、何者で在ろうとしているんだ」

      ●

「いいか三本角。いまの貴様は、私からすればあらゆる可能性を内包した卵のような状態だ」
 ハックモンというデジタル・モンスターなのか。
 久文初人という人間なのか。
 世界を救う英雄なのか。
 あるいはその真逆なのか。
「貴様は、私と同じ道を辿っていたはずだ」
 導かれ、裏切られ、傷つき、戦い、悩み続けてきた末に、世界は自分やハックモンに絶望を与えた。
 自分はデジタル・モンスターとしての誇りを奪われ。死を向かえたハックモンは、人間として生きることすら許されずに、尊厳を奪われた「抜け殻」にされたのだ。
「だというのに、私には分からない――なぜ、そこまでニュートラルでいられる」
 その事実を知ってなお、彼は自分の可能性に対してどこまでも素直だった。腐ることなく、立ち上がり続けた。
 ウォーグレイモンと同じ苦しみを与えられていながら、その行く先は徹底的に違う。
 もはやそれは問いかけの体を成していなかった。ウォーグレイモンは、自分でも気付かないうちに羨望を込めた口調で、怒りを隠そうともせずに続ける。
 確かに、シスタモン・ノワールに言われた通りだ。世界に復讐を誓い、計画を進める傍らで、気が付けば自分は「化石だ」とバカにしてきた子供の動向を見逃すまいと躍起になっていたのだと自覚する。
 結局、自分はただハックモンが羨ましかったと。かつて自分が斃したはずの存在が、可能性に満ちた振る舞いをすることに、耐えられなくなっていたのだと。
「――貴様は、何者で在ろうとして『そうなれた』んだ」
 ウォーグレイモンには選べなかった。
 自分はただ、復讐者で在ることしか出来なかった。
「……わからないよ、そんなこと」
「なんだと?」
「裏切られただとか、奪われただとか。そんなの、自分が勝手に想像した考え方じゃないか。ノワールは俺が眠ってた理由をこう言ってたよ」
 ――有事の際に呼び出すための保存処置だったのかも知れない。もしくは、世界の理から遠ざけようとしていたのかも知れない。
「でもそんなの、本当はどうだったのかなんて誰にも分からない。分かる奴がいても、あとでなんとでも言い換えられる。だったら、それが裏切りだったのかどうかなんて考えるより、自分がその中でどう生きていくのか向き合った方がよっぽど良い――だから、答えはないよ。何者で在ろうとしたかなんて、考えたことないんだ」
 案外、アンタ達の記憶が残されたのも、何かあったときのためだったのかも知れない。そんな風に考えれば、別に悪いことばかりじゃないだろ。
 さもそれが当たり前の考え方だというように、ハックモンは達観した態度で断言する。
「……俺は俺だ。英雄でも、破壊者でもない。人に言われて、世界が救えたらいいなって考えるような中二病思考の、ただのガキだよ」
「ッハ」
 その姿が、無理に背伸びして大人ぶろうとしている子供そのもので。
「ハハ「ハハハ「ハハハハハハハハ!」
 思わず、笑いが噴き出していた。
「そうか! それが貴様らの言う中二病か! なるほど納得した!」
 彼が自分とは違って、絶望という枠組みに囚われていない。その仕組みが、こんな簡単なことだとは対話するまでわかりもしなかった。理解をしようとしていなかった。
 ――要は、気の持ちようなのだと。
 なんて簡単だ。子供に教えられるとは思わなかった。いや。子供だからこそ、ハックモンはそういう発想に至れたのかも知れない。いささか、自分は齢を重ねすぎた。
「ハックモン、認めてやろう」
 中二病。いいじゃないか。気に入った。
「……アンタ、なに勝手に盛り上がって」
 怪訝そうにハックモンが言う。だが、ウォーグレイモンは既に聞く耳を持っていなかった。
「嗚呼。私は誰かに説教されて改心するような柔な覚悟をしていないと思っていたんだがな」
 あるいは、同じような境遇を持つ彼だからこそ、共感してしまったのかも知れない。
「自分で蒔いた種だ。芽吹いたモノは刈り取って退場するとしよう」
 頃合いだ。あの「炎」を吸収したガイア・フォースはすでに完成している。あとはコントロールがぶれないように、自らの手で「上」――ネットの海まで運べば良い。
 ゆっくりと、上昇を開始する。
「……は!? 待て、ウォーグレイモン、アンタまさか!」
 シスタモン・ノワールを抱えたハックモンが遠ざかっていく。こちらを見届けるその瞳は、驚きでまん丸に見開かれていた。やはり、まだまだ子供だ。
「――アグリーメントは、間違っていなかったのかも知れないな」
 ただなにも成さないまま、自分が殺したと思っていたハックモン。そんな彼を、世界はもったいぶって取っておいたのだ。
 だとすれば、もっと面白い奴がネイチャースピリッツや人間界にいてもおかしくない。そんな存在を、かつての自分たちは守ったのだと考えると、改めて悪い気はしなかった。
「チョーさん……蒼二才……すまなかった。結局、負けてしまったよ」
 敵に、教えられたんだ。自分は結局、英雄という立場に縋り付いていたのだと思い知らされた。思い上がって、誇りを奪われたと勘違いした。
 自分は、なにひとつ納得しちゃいなかった。誰かに忘れられて欲しくないから、世界を壊してやろうとした。なにが「後進に譲るために忘却されることが自然の摂理」だ。
 とんだお笑いぐさだ。まぁいい。今度こそ後進(ハックモン)に譲る時だ。死した老獪は、大人しく消えるとしよう。
 ハックモンが見えなくなる頃、眼下の光景はすでに雲に覆われていた。周囲はすでに星々が浮かぶ闇へと代わっていた。このままネットの海に沈めば、この「炎」も、自分自身も、プログラムの根源である二進数の情報へと分解されるだろう。
 英雄の死としても、破壊者の死としても、それは誰かの目にあっけなく映るだろうか。
 ……ッハ。
 それでも構わない。所詮、死とはあっけないものだ。

「――私も逝く。どうか、そっちで頭を下げさせてくれ」

 劇的であろうという方が、どうかしていた。

10/Ugly Rise Limitation.――了

ID.4708
 
■投稿者:中村角煮 
■投稿日:2017/04/08(土) 01:23


幾千のアポカリプス U.R.L/エピローグ「これからのキミへ」
「ちょっと」
 結論から述べよう。アダムスハンズ・ヴァストの出現を始めとする一連の出来事は、他ならぬ事件の首謀者・ウォーグレイモンの手によってその幕が下ろされた。いまでは多くのデジタル・モンスターが避難状態から復帰し、このネイチャースピリッツに戻ってきている。
 再興の一途を辿っていると言っても、過言ではないだろう。
「ねぇ」
 かつてアドバンスド・オウガストと呼ばれる災害を数えれば、この世界にとって今回の事件は二度目の苦難ということになる。
「聞こえてる?」
 しかしアドバンスド・オウガストのときと同じくして、今回もまた世界を救う英雄が現れたのは、ある種の予定調和のようにも思えた。
「もしもーし?」
 どうだろうか。
「ちょっと親方。死んでないわよねこれ」
 ああ、注釈しておくと。現れた英雄というのは決してウォーグレイモンのことを指しているわけではない。
「あぁ? ……やれやれ、まーたのびてんのか其奴は」
 確かに世界を終焉の危機から救った直接の要因は彼に違いない。だがウォーグレイモンはこの世界の住人にとって所詮は「元英雄」でしかなく、そもそもこの事件が彼の手によって引き起こされたことを彼らは決して忘れないだろう。
「どうするのよ」
 さて、注釈はここまでだ。
 つまり、この世界を救った英雄はウォーグレイモンとは別にいるという話に繋がる。
「あー、そうな。んじゃなんか驚かせてやれ。いつものことだし多分起きるだろ」
 彼は何者としても人一倍未熟だった。そう、後の英雄だからといってそう簡単に事が運んだわけじゃない。折れそうになっては立ち上がり……彼がその繰り返しを重ねたからこそ、この事件は終息に向かったのだ。
「なんかってアバウトね。寝てるわけじゃないのに」
 そして、そんな未熟者だからこそ周りは助けたくなる。ゲンナイもその内の一派に数えて問題ないだろう。いままで、彼女たちが「選ばれし者」に手を貸すなんて場面はほとんど無かったというのに。
「やー多分寝てるだけだと思うんだ。昨日からぶっ続けで動いてたから」
 首謀者ウォーグレイモンの元同僚であるガンクゥモンも大きな功労者だ。彼がいなければネイチャースピリッツはとっくに滅びていたと考えると、彼もまた元英雄であり、そして現英雄であるといえる。
「また無茶させて……はぁ。驚かせるって、なんでもいいのかしら」
 そして、シスタモン姉妹。姉のノワールはなんだかんだ言って世界のための決断を下した。英雄をこの世界に喚ぶことを決めたのは彼女だ。しかし惜しむべきは、ノワールの想いが歪んだ方向に向かってしまった故に、妹のブランが戦いの最中で命を落としたことである。
 ブランもまた、英雄を心身ともにサポートしたよき功労者だった。
 ……彼女にそこまでの覚悟を強いたことは、ボクの唯一の失敗だ。
「任せるよ」
 そういった面々に支えられながら、一人の英雄が誕生した――いや、英雄と呼ぶにはまだ詰めが甘いか。とてもじゃないが未熟者から抜け出せたとは言えないし、彼はまだ自分が何者に成ろうとしているのか無自覚だ。だから、精々「英雄の卵」あたりが無難だろう。
「それじゃあ、遠慮なく」
 そしてその英雄の卵である久文初人ことハックモンは、事件が終わってから一年と少し経った現在。
「だああああああああああっ!?」
「うわあああああああああっ!?」
 かつて自分を現実世界からネイチャースピリッツへと導いたシスタモン・ノワールにキスを迫られていた。

     +

「……びっっっっっっっ、くりしたぁ。なになに、なにがあったの」
 オヤジの声に驚いて思わず跳ね起きる。えーと、俺いま寝てたのか? なにがあったんだっけ。確認するために周囲を見渡す。地平線まで続く青と緑のコントラストは青空と草原だ。雲一つ見えない。そのかわりといってはなんだが、草原には場違いに大きな岩が点々と置かれていて、俺はその一つに寝転がっていたようだった。
「あら残念」
「ののののわのわのわーるちゃんいま一体なにを」
「秘密よヒミツ。親方、あんまりハックモンの前で乙女のヒミツに触れないでくれる?」
 隣では口元を押さえたノワールがそっぽを向きながらニヤついていて、その背後ではオヤジ――ガンクゥモンがわなわなと肩を振るわせている。あれ、ヒゲ伸びた? あとまたちょっとハゲたな。余計にオッサンっぽく――、
「おいハックモン。お前いまワシのことディスったろ」
「え!? ディスってないない! オヤジのことディスるわけないだろ!」
 どんだけ鋭いんだよ。俺が心の中でツッコミを入れている隙に、オヤジはこめかみに青筋を立ててぐちぐちと捲し立ててくる。
「いまたしかにワシのハゲ検索アルゴリズムが反応したんだ! くっそーお前最近イイ気になってるな……!」
「いい気になってないって! ろくに修行も進んでないのにそんな余裕あるかよ!」
「あと! そのオヤジってのは気が抜けるから特訓中はやめろっつーたろ!」
「……あ、ごめん。師匠だ師匠」
 言われてようやく現在の状況を把握した。そうだそうだ、特訓中ね。となると俺はさっさと寝ちゃったってことか。うん、修行が足りないね。
「したり顔しおって、ほんと調子乗ってるなお前。反抗期か?」
 ああ、これは完全に説教モードに入っている。オヤジ……じゃない、師匠がこうなると二時間は話が続く。間違いない。危機感を覚えた俺はノワールにそれとなくアイコンタクトを送る。彼女は小さく頷いて、
「デジタル・モンスターにもやっぱり反抗期ってあるのかしら」
 と話を始めた。心の中でガッツポーズを取る。
「ノワールちゃんは万年反抗期じゃない?」
「万年だったらそれはもう性格っていうのよ。諦めて」
「娘が冷たい」
「親方に冷たいのも今に始まったことじゃないでしょ。諦めて」
「でもさぁ」
「諦めて」
「……あ、はい」
 修行はまだまだ足りないけれど、この一年の付き合いで師匠の扱い方はバッチリとわかっている。説教が始まりそうなときは娘の冷たい対応が一番効くのだ。このやりとりも何度も繰り返しているにも関わらず、師匠は今日もブルーになった。ボケ始めているのかと心配にもなるが、使える以上は説教ストッパーとしてノワールには助けて貰わなければなるまい。
「ほら師匠。眠ってたのは謝るよ、修行続けようぜ。今日こそは一発入れて見せるから」
 というわけで俺は俺で師匠の気を逸らすためにフォローする。修行を続けたいのは本当だ。ここらでいい加減に一人前と認めて貰わないと、俺もデジタル・モンスターとして一歩先に進めないままだ。
「……おーう」
 だが当の本人のやる気は出ない。口から黒い煙が吐き出されそうなポンコツ具合だ。まったくしょうがない師匠だ。
「――隙アリッ!」
 だから俺は師匠の顔面に右前足で殴りかかった。これで師匠のやる気が出れば重畳。一発入ったらなお良し、だ。
「フン、やらせるかよ」
「あ痛だあッ!」
 まぁ、この程度の不意打ちじゃダメなのは分かっていた。後ろの「デカブツ」のデコピン一発で俺の身体は大きく吹っ飛ばされる。
「ででで……やっぱ卑怯くさいよ、ソレ」
「るっさい。お前にゃ扱いきれんのだからワシが仕方なく使ってやってんだ、感謝しろよ」
 デカブツ。そう、デカブツだ。
 師匠の背中にはいま、黄金色に燃えさかる「火竜」が佇んでいる。
 誰かが「ヒヌカムイ」と名付けたそれは、まさしく一年前の俺が生み出してしまった、あの「災害」の縮小版だった。

 ――一年前。俺は現実世界に帰されることなく、ハックモンとして再びデジタル・モンスターとして生きられることになった。それに際して、俺はゲンナイのお姉さんたちからはそりゃもう色々と聞かされ、同時にいくつかの制限を受けることになったのだ。
 細かいことを数えるとキリがないのだが、大きな事柄は三つ。
 一つ。イグドラシル直轄の聖騎士の元で監視を受けること。
 簡単に言えばロイヤルナイツであるガンクゥモンの傍から離れるな、という話だ。随分前に「死して冥府おくりとなったデジタル・モンスターが再び活動する事例」は認められたらしいのだが、なにぶんネイチャースピリッツの場合は事情が複雑だ。人間からデジタル・モンスターへとそっくりそのまま「戻る」なんて前代未聞のことで、今後に備えてロイヤルナイツの監視とデジタルワールドについての基本教育は必須とされたらしい。
 ちなみにこの監視は俺だけではなく、シスタモン・ノワールにも適用されている。ウォーグレイモンの元で諜報活動をしていた罰ということだが、それにしては温情措置で済ませてくれた方だ。色々と鑑みて、ガンクゥモンのもとでやり直せということなのだろう。多分、ゲンナイのお姉さんたちはブランのことを気に掛けてくれたんじゃないかと俺は勝手に思っている。

 次にもう一つ。デジタル・ワールドの在り方を根底から書き換えてしまう恐れがあると言うことで、ハックモンとしての「機能」を一部、拘束されることになった。具体的には「ハッキング」と「フォース」の使用の禁止だ。オヤジから譲り受けた鎧のプログラムを書き換えることで、根本的に扱えなくなっている。
 アダムスハンズ・ヴァストの代わりに世界を滅ぼしかけたのだから、俺は仕方のないことだと受け入れている。大体、あんな力はいまの俺には恐ろしくてとてもじゃないが扱いきれない。むしろ拘束して貰ったおかげで安心出来ているというのが本当のところだ。
 ……だが、ウォーグレイモンに吸収されたはずの「ヒヌカムイ」は僅かながらに力を残していた。気が付いたときには、ほとんど絞り滓のような状態で俺につきまとっていた。
 その残滓はゲンナイを持ってしても消し去ることが出来ず、オーナー情報を書き換えることで精一杯だったらしい。それで俺の代わりにオヤジをオーナー登録して、そのままヒヌカムイを扱うことになったのだ。
 いまではそのヒヌカムイをやれ救助活動だ、瓦礫の撤去だ、挙げ句の果てには食料の調達だとオヤジは便利に使っているみたいでなによりである。
 なによりなのだが、こうして修行に持ち出すのはやっぱりアンフェアじゃないのかと思う。

 ――俺が受けることになった制限、最後の一つがその「修行」だ。俺ではなくガンクゥモンが受けた制限と言った方が正しいかも知れない。
 ヒヌカムイやハッキングなどを拘束されたとはいえ、ゲンナイからすれば俺はまだまだ未知数の危険因子に変わりはない。他に隠された力があったとしても、未熟さゆえに扱いを間違えてまた世界の危機になってしまったら大変だ。
 だから、ゲンナイはオヤジに俺への「修行」を義務づけた。それは、いくつかの課題を設けて、力に見合ったデジタル・モンスターとして俺を成長させること。
 それは結構なことだ。俺もこの世界で生きていく以上、いつまでたっても弱いままではいられない。
 そのためにオヤジから言い渡された最初の課題とは、シンプルきわまりなく「ガンクゥモンに一撃を入れる」こと。言葉にしてみれば、なんてことはない課題ではある。しかし、そもそも相手が究極体ということと、彼が扱うヒヌカムイの存在が明らかに達成難易度を上げていた。
 その証拠に、修行が始まってからの一年間、俺はまだその課題をクリアすることが出来ていない。端っから躓いている。

「ヒヌカムイがいなけりゃ課題は余裕だとでも言いたげだな?」
「いや……そんなことはないけど……」
 あるけど。
「『それは元々俺の力なのにぃ』とか心の中で歯ぎしりしているのが聞こえるぞ」
「……いや、そんなことは」
 ないとは言い切れない。このオッサンはいちいち鋭いなホントに。あぁ、これはまた説教モードだ。と、そこで助けを求めてノワールを見るが、彼女は「助けるのは一日一回まで」と呟いてそっぽを向いてしまった。わぁ平等主義。ただ、こういうところで、彼女がオヤジと俺を区別していないと感じる。
 そのことが純粋に嬉しくて、俺は知らずの内に笑みを浮かべていた。
「まぁ、ワシの方が使いこなしてるとはいえ? 確かに元々は? お前の力だし? そこまでいうなら今日はヒヌカムイなしでやってやるゾ? んんどうしたぁ?」
「一言余計なんだよ……ッ」
 オヤジはオヤジで腹の立つ笑顔でぐいぐいと迫ってくる。その態度がいつも気に喰わなくて、俺もつい余計なことをいつも通り口走ってしまう。
「いらないよそんなハンデ! むしろ全力でやれ全力で!」
「ほほー!? したらば今日もダメだったらまた飯抜きな!? いいな!?」
「わかった受けて立とうじゃないか! その代わり一発入れられたら、いままでのツケとして今度はオヤジが一週間飯抜きだかんな! 一発入れられたらだぞ!」
「おもしれぇじゃないの、絶対返り討ちにしたるわフハハハハハ!」
「そりゃこっちの台詞だワハハハハハ!」
 二人の高笑いが終わると、俺達は目算で約五メートルの間合いを合図もなく取り合う。ヒヌカムイの射程からギリギリ外に位置するこの距離が、いつの間にか俺達のニュートラルポジションになっていた。
「……似たもの同士」
 その光景を見たノワールが頬杖をつきながらボヤく。それがゴングだった。

 後ろ脚に思い切り力を込めて、地を蹴るのは一瞬だ。前に向かって跳ねるように駆け出す。するといつも通り、オヤジはヒヌカムイを使って真横からの速攻を切り出してきた。
 シンプルな右への薙ぎ払いだ。俺はそれをジャンプして避ける。次に来るのは真上からオヤジの鉄拳が降ってきた。これもいつも通り。それから次の攻防も、そのまた先も。一年間、何度も何度も繰り返してきて、俺達の修行は一つの「型」として完成されてきている。
 予定調和の応酬で、オヤジが欠伸を噛み殺しているのが見えた。んにゃろ。
 こちらは必死でそのパターンを崩そうとする。だが、型崩しもまた幾度も行われてきた「挑戦」だ。それ故に、分岐した別の派生パターンへとレールが切り替わるだけになってしまう。
 なんとか、オヤジの知らない新たな攻撃を生み出さなければ。
「おい、退屈だぞハックモン。結局いつも通りかよ」
「……っ!」
 タイミングも重要だ。欠伸なんてして油断しているように見えるオヤジも、その実はやはり現役の聖騎士らしく隙と呼べるものがあまり見えない。かといってこのまま進めば、型の最後に待っているのは俺がぶん殴られる未来しかない。
 ……あ。
 そこで、ふと一年前の事件を思い返した。正確には、ウォーグレイモンが言っていたことが、光景と共に鮮明に脳裏に蘇った――。
 だから俺は腹を括る。
 パターンから導き出されるオヤジの「決め手」はいくつかあり。俺はいつもそれを読み切れずに素直に殴られてしまう。だが今回は違う。もう読まない。最後の一手に対して俺は回避を選ばない。
 そしてその決め手が来る。
 今回はヒヌカムイではなく、オヤジ自身の拳で真下からアッパー気味に放たれた。
 ――勝ったと思ったその瞬間こそ、敗者が侵す最大の過ちだ。
 そう。オヤジも俺も、この型の先に見えてるのは「俺の敗北」という一点では共通しているはずだ。つまりそれは、オヤジが「勝つ」と考える瞬間が必ず訪れるということだ。
 それが今。
 すべてがスローモーションで再生されているようだった。
 俺は左の前爪を、オヤジの攻撃に合わせて構える。アッパーを甘んじて受けつつ、その構えを懸命に伸ばした。ただ当たれと念じながら、ひたすらに。
「「……ッ!」」
 来ると分かっている攻撃には、備えられる。ゆえに、結果だけは「いつも通り」とは行かなかった。オヤジの拳は確かに俺の顎を打ったが、俺は気絶もしなければ、吹っ飛ばされもしなかった。
 そして手応えは充分。

 着地と同時に見上げると、俺の爪が確かにオヤジのバイザーに三本の傷を描いていた。

 オヤジが、バイザーの傷を指先でなぞる。
「……長かったなぁ、ここまで」
 ヒヌカムイと一緒に腕を組みながら、顎髭をちょろちょろと弄りながらオヤジの視線は天を仰いだ。
「お、オヤジ――いや、師匠……!」
 ガンクゥモンは、そのまま俺へと視線を戻す。かなり悔しそうに――だけど少しだけ嬉しそうに――、オヤジは口元を僅かに歪めて言う。
「物欲しそうな眼しやがって。ああそうだよ、ワシの負けだよ。これで文句ないだろ」
「や――」った。
 俺の喜びの雄叫びはしかし、第三者のもっと嬉しそうな歓喜の叫びに掻き消された。
「――やった、やった! やりましたよお姉様! 先輩がついに!」
 振り返ると、そこにはピンク色のワンピースの裾をカゴ代わりに、肉やデジタケを抱えた少女がいた。兎のようなフードを被った、銀髪の修道女の姿は、紛うとなきデジタル・モンスターだ。
「あらブラン、戻ったの?」
 シスタモン・ブランが、抱えた食料を落とさないよう、器用に飛び跳ねて俺の修行の成果を喜んでいた。

     +

 そう。ブランが遺したデジタマから生まれたデジタル・モンスターは、この一年間で進化を繰り返した。
 一年前に亡くなったノワールの妹と瓜二つとまではいかない。だが、また同じデジタル・モンスターへと成長した時はこのボクをしてかなり驚いたし、ノワールも人目を憚らず大声で泣いていた。
「今夜はこのブラン! 先輩のために腕を振るってご馳走を用意させていただきますよ!」
 そういえばハックモンやガンクゥモンも、ちょっぴり泣いていたかな。
「お! そりゃあ楽しみだなあブランちゃん!」
 彼女がシスタモン・ブランになったことで、ボクはボクの過ちが許されたとは思わないけれど。
「親方はメシ抜きよ」
 それでも、やっぱり少しだけ。
 あの時からボクの胸の内でつかえていた何かが、すっと取れた気はした。
「はぁ!? そりゃどういうことだなんでワシだけ!」
 それにしても、運命とは奇妙なものだ。
 誰もが何者かで在ろうと意識して世界が回っているというのに。
「そうだった! オヤジ、俺が勝ったから一週間メシ抜きだよ!」
 時に世界を「あっ」と言わせるのは、未来に無自覚な者だったりする。
「というわけよ。約束は約束。親方はしばらく自給自足でお願いね」
 ある者は英雄であろうとした。
「ノワールちゃんそれマジで言ってる!? ちょちょ、ブランちゃん助けて!」
 ある者は破壊者であろうとした。
「お師匠さま、約束したんですか?」
 ある者は、破壊者として無自覚だった。
「……う」
 ある者は、英雄として無自覚だった。
「じゃあダメです。ごめんなさい」
「娘二人が冷たいよーーーーッ!」
 そしてある者は、何者にもなれなかった。
 ――ボクは、どうなのかなぁ。
 なんだかんだ偉そうなことはこの世界で言ってきた気がするけれど。
 結局、最後は人任せだ。手助けなんて言いながら、傍観者であることからいつまで経っても脱却できていない。語り部としてはそれで正解なのかも知れないけれど、皆が期待する「神様」としてはからっきしだ。となるとボクは最終的に、何者であろうとしているのか。
 少なくともそれは神様じゃないし、語り部でもない。ううん。
 ぱっとしないボクに引き替え、彼のこれからはとても楽しみだ。
 一年かけたとはいえ、ちゃんと成長の一歩を踏み出したのだから。きっとハックモンはもう、無自覚の英雄ではない。英雄であろうとして、自分と向き合うことに決めたのだ。
 ――ボクも、ちゃんと向き合わなくちゃならないな。
 世界を救った「英雄の卵」が孵るそのときまでは、ボクは幾千の物語を見守っていこうと思う。きっとそれが、いまのボクに出来る精一杯の、自分との向き合い方なのだ。

     +

 ハックモンがおもむろに、ワシの隣に腰掛ける。こうしてみると、本当にまだまだガキんちょで、マジでワシに一撃入れるとは思ってなかったし。
 ちょっと前まで人間の子供だったこいつと、こんな風に拳を交えることも全く想像していなかった。
 そんなハックモンが、神妙な面持ちで言葉を吐き出す。
「なぁオヤジ」と。
 勿体付けるような言い方に腹が立って、ワシはついつい「慰めならいらんぞ!」と声を荒げてしまった。慰めはいらん。施しならいるけどな!
「いや。これからもよろしくって、それだけだよ」
「なんだよ、藪から棒に」
「――俺、オヤジみたいになりたいんだ」
「……おいおい、ほんとにどうした急に」
 やばい。ちょっと涙腺来た。ワシみたいになりたい? 冗談だろ。
「弟子としても、デジタル・モンスターとしてもまだまだ未熟だけどさ」
「……」
「絶対、一人前になってやるから」
「……応」
「絶対、俺の師匠だってこと、自慢させてやるから」
「応」
 もうダメ恥ずかしい。修行が進んだとはいえ、こいつがこんな殊勝な態度を見せるのは珍しい。可愛いところあるじゃないかと思うと同時に、普段の雑な扱いのギャップでハックモンの顔がまともに見られなくなる。
「これからもよろしくな」
「フン、わかったわかった。わかったからもう戻れ」
 だから、ワシは手を振ってハックモンを追い返した。こんな顔見られた日にはワシの株はストップ安間違いなしだ。
 奴は「あいよ」なんて軽口を叩きながら、ノワールちゃんとブランちゃんの輪に戻っていく。まったく、暢気なもんだ。
「……莫迦者が」
 バイザーの傷を改めてなぞって、確かめる。
「今更なにが自慢させてやる、だ――」
 傷の凹凸が指に触れるたびに、ハックモンの成長が実感できた。そしてその傷こそ、自分たちを繋ぐ絆であることは、間違いない。
「――あの時から、お前はとっくにワシの自慢の友達だよ」

     +

幾千のアポカリプス U.R.L
-Ugly Rise Limitation.- 完

ID.4709
 
■投稿者:中村角煮 
■投稿日:2017/04/08(土) 01:34


さいごがき。
第一話掲載から完結掲載までに丸三年半費やしました!
どうも、みなさんお世話になっております、中村角煮です。
同人誌で最後まで先行掲載なんてやっちゃったもんで肝心の連載の方をほっぽってしまいました。
実に半年以上遅れで最終話がWEBに発信されたことになります、本当にすみませんでした。

あとがきとしては、書籍版URL「化石達のオラトリオ」で言いたいことは言ってしまった感がめちゃめちゃあるので、何を話そうか本当に悩みますが。

日本中の学校が「入学式」を迎えたこのシーズンだからこそ、言わなきゃならんことがあるなと気が付いたのでまずは一言。


くぅ〜〜〜疲れました!

これにて中村角煮、卒業です!


というわけで……。
思えばNEXTが出来てからずっとこの名前で活動してきたわけですが、思うところあってデジモン小説の執筆はこれにておしまい、ということにしました。別に嫌々辞めるわけでもないんですが、自分の中でケジメをつけるといいますかなんといいますか。ぼかすことしか出来ないのが残念でなりません、すみません。

今後は別名義で、NEXTや同人誌で培ったことを活かして頑張っていきたいと考えています。
いままで私とお付き合い頂いた方々、小説を読んでいただいた全ての方々に、心からの謝辞を申し上げます。

本当に有難うございました。

それと。

も〜〜〜〜ちょっとだけツイッターアカウントの方は残して、すこ〜〜〜しだけ今後についての情報発信が出来ればなと思っています。

これからの新しい「中村角煮」を応援してくださる方は、どうぞこれからもすこしだけ、ちょびっとだけでもいいので気にかけていただければ幸いです。

角煮をおしまいにする理由ももしかしたら宣伝できる日がくるかもしれません。
そうなるといいなぁ。

さて、立つ鳥跡を濁さずというわけでぐだぐだ喋るのはここまで。

2009年から2017年まで、この八年間本当に皆様お世話になりました!

願わくば、私の書いた作品が色んな人の刺激になりますように!

ではでは、以上、中村角煮がお送りしてきました。
みんな、元気でね!

2017年4月8日 中村角煮

ID.4717
 
■投稿者:狐火 
■投稿日:2017/05/10(水) 20:49


だからいい と だけどいい
 ハッピーエンド!
 それはすなわち、最高ってことですね。

 だからいい。

 足掛け八年とこれだけの長期に渡って連載し、そして書き切って一つの世界を創り上げたというのは正に脱帽、お疲れ様でした。
 これね、一つの世界っての。文字通りホントに一つの世界・一つの宇宙を多くの読者の脳内に作り上げちゃってますもんねこれ、まさしくカクニ・ユニバース。
 公式でもデジモンユニバースなる文言が出てきてとってもタイムリーだったり、私がそもそもそういうのに傾倒してて多元宇宙とか大好きだったりで、いやはやとっても想像力が膨らむ設定でした。

 モチロン、それだけ複雑怪奇で設定も裏設定も膨大なれば最後まで読者に明かされず想像にお任せな部分も当然出てくるわけですけども。

 だけどいい。

 そりゃあ何でもかんでも根掘り葉掘り知りたがる心はあるんですけどね、かといって全部明かしてしまうのも無粋というもの。
 作中の人物に関する謎ならともかく作品間を跨いだ謎って言うのは得てして曖昧なものですしね。

 だがハゲを侮辱するのは許さねーぞコラ、ハゲ検索アルゴリズムってのは遺伝子に抗えない男達がいずれ手にするもんなんだよ。そこんとこ弁えてねーとお前も将来ハゲて泣きを見るからな。

 っていうかラストの修業風景は見ててあー! そういや居たなヒヌカムイ! って感じでした、ガンクゥモンが原作に近付いて行くのは分かってた筈なのに失念だったなあ!

 うん、こうして見ると本当に公式設定のガンクゥモンとハックモンの設定にぴったり落ち着くように出来てるんですね。
 この修業が真の意味で終わった時、ジエスモンとなったクモタンの傍らにオーラ状のユニットが佇んでる光景を疑う者は居らんでしょう。

 そんなこんなで最後は爽やかな修業風景での〆。

 ノワールはヒロインの座に収まってるし、ブランもデジタマを経たとはいえ一同の輪に戻り、親方は最後までよき保護者で娘の扱いが下手な三枚目だし、クモタンは立派に中二病を貫き通した。

 いいよね中二病、いいよねハッピーエンド。

 そして改めて、卒業お疲れ様でした。

ID.4721
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2017/05/11(木) 22:56


未来へのステップは続いてく
 タイトル考えるのに20分かかったとは言えねえ夏P(ナッピー)です。
 まずは何よりも完結お疲れ様でした、わたくし自身がアポカリプスに触れたのはここ数年でございますが、こうして一つの世界観の完結に立ち合えたことは嬉しく思います。また何らかの形でこの世界観に巡り合える日が来ることを待ちつつ筆を置きたく、いや置いちゃアカンな。
 クモタンの正体わかってからなんかクモタンの響き的にクダモンっぽいなとか言ってた気もするな俺ブラン&ノワールとパラガス親父ィの四人で設定通りの関係やってんなと思いましたが、まさにそれでハックモンが親父ィの弟子に収まる話だったのか……。
 ウォーグレイモン出てきて蒼二才おったからオメガモンかーと思ったけどカオスモンで意表を突かれたというか何というか。ちゅーか、そんなとんでもない存在相手にベビーフレイムしかほぼ打つ手がない絶望感がヤバい。真龍相手にやっとこさセンコクーラの右腕だけ取り戻した時のドラゴンドライブのようだ。いやアレはすぐ全身取り戻してしまったが。
 ノワールちゃん最後までヒロインポジを守り通しておいしい。序盤でアカンこれ途中で絶対ブランに乗っ取られて滑り台行きそうとか思ってしまってスマン、しかしブランも最後に転生して出番貰った辺りおいしい。姉妹どっちもおいしいな、というかラストの四体の家族感好き。

 ……ん?

 ……むむむ?

 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ響鬼さあああああああああああああああああああああああああああああんんんんんんんんんんんんんんんんん

 何だこのまるで透明になったみたい全部自分をすり抜けていくENDは!! 最後にこーいう台詞を言われると否応なく感動してしまうのでズルい。ハックモンが「僕はロイヤルナイツにはなりません」とか言い出す流れだコレ、ジエスモンの存在は忘れろ。
 親父ィいや親方はカッコいい出番より、敢えてなのか泥臭い戦いだった理、無力感に打ちひしがれてる描写が多かったような気がしますが、最後の修行シーン及び台詞のおかげで全編通して無敵の活躍をしてきたように感じる。奴も10話頑張ってきた男なんだ……侮ってはいけなかった……!!

 それでは、今一度になりましたが完結おめでとうございます。また誠にお疲れ様でございました。