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ID.4687
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2017/01/01(日) 00:00
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短編『君にとっての唯一の存在へ』
         







 テレビから聞こえてくるのは軽快なメロディ。

「〜〜〜〜〜♪」

 同時に耳に届く下手な鼻唄に振り返れば、台所に向かう後ろ姿がリズムに合わせて揺れていた。
 俺は人間の流行りというものをイマイチ理解できないでいる。それは恐らく人付き合いの得意ではない彼女も同様だろう。けれど、確か今年流行した曲だろうということぐらいはわかる。そんな曲を鼻で唄っている辺り、彼女も随分と上機嫌らしい。
 自然と俺自身も口の端が上がるのがわかる。にやけた顔を見られないように呟いた。

「……珍しいこともあるもんだな」

 ぼんやりテレビを見つめながら俺は呟く。
 俺達の世界にも同様の電子機器はあったように思うが、人間達が作るテレビとかいう箱の中から齎される娯楽はつくづく文化の違いという奴を思い知らされる。あまりテレビを点けることのない彼女だが、大晦日だけは毎年必ずこの歌番組を見ている印象があった。
 俺には正直、よくわからない。

「ご飯にしましょう」
「また年越しそばだろ、わかってるよ」
「あら、察しがいいのね」

 食卓にお椀を二つ並べていく彼女。一緒に暮らし始めて三年ほどになるが、俺はこうした作業――人間は“家事”と呼ぶらしい――を手伝ったことは無い。少し前に手伝うべきか相談したら、呆れた顔で「その手で?」と苦笑されたことを覚えている。
 なるほど、戦闘種族として生まれ付いた俺の手は、確かにこうした日常生活には不向きであることは事実だ。元より人間と俺達が共に生きること自体、全く以って道理に合わない。本来であれば相容れぬ者同士、関わることすら有り得なかった関係、そうであるにも関わらず共に在るその理由はただ一つ。

「……何かしら?」

 どうも俺の心は読まれやすい。視線に気付いた彼女が、困ったように俺を見るのだ。

「いや」

 見透かされたかな、そう思う。軽く首を振って否定の意を示しつつ、俺は両手を合わせて「いただきます」と言う。訝しげに俺の顔を覗き込んでいた彼女もまた、それ以上は特に気にした様子も見せず手を合わせた。
 俺の相棒は、いい女だ。
 出会って何年になるだろうか。口下手で不愛想で刺々しい雰囲気は変わらないが、同時に真実を見抜くどこまでも真っ直ぐな瞳もまたあの頃のままだ。思い出してみれば、俺が彼女とあの混乱した世界を駆け抜けたのは一月にも満たない時間、それでもあの時こそが間違いなく俺の求めていた瞬間であり、それは彼女の方も同じだと信じたい。
 ずっと埋め切れない空虚さがあった。
 ずっと願い続けて届かない夢があった。
 それを満たしてくれた彼女を、俺を見つけてくれた彼女を、俺は命を懸けて守ると誓ったのだ。そこに二心は無く、それを永劫違えるつもりもない。俺は彼女の剣となり、盾となる。それがきっと俺の役目だと、あの世界で契約でも運命でもなく彼女と出会った俺の役目だと信じているから。
 それでも気になることが一つあった。

「……今、幸せか?」

 ズルズル蕎麦を啜る俺とは対照的に殆ど音もなく麺を口に運んでいた彼女は、唐突な俺の問いに目を丸くした。

「……何?」

 怪訝そうな顔。きっと初めて出会った時、俺のことを見る彼女もこんな顔だった。

「聞いておきたかっただけだよ。……ちょっと、不安になって」
「……らしくないわね」

 箸を置き、俺の目を真っ直ぐ見て突き放すように彼女は言う。
 らしくない、確かにそうなのだろう。こんな細かいことを考えるのは俺らしくない、余計なことを考えて俺が俺になれていない。もしかしたら、ただ戦うだけに存在するデジタルモンスターが情報過多な人間界に染まった結果なのかもしれない。
 それでも、俺は考える。俺らしさとは一体何なのだろう?
 俺はもう数え切れない悠久の時を生きている。それでも姿形は成長期のまま変わることはなく、人間界へと移り住んで数年が経過しているにも関わらず一向に成熟期への進化は起こらない。かつて世界を救った英雄は肩を並べて戦った人間と共に人間界へ消え、そこで究極体としての己を捨て去り一介の成長期として生きたと聞くが、俺もその英雄と同じく進化を捨てたということになるのだろうか。
 ならば一介の成長期でしかない俺は、一体この世界で何ができるのだろう?

「私は……感謝しているから」

 ポツリと彼女が呟く。気付けば五分ほど互いに沈黙していたらしい。
 真っ直ぐな目が俺を捉えていた。彼女が生来持つ意志の強さを示す黒々とした瞳は、咎めるように、称えるように、俺の答えを待っている。
 俺が彼女と本当の意味で繋がれたのはただ一度きりの戦いだけだった。彼女を守ると誓っても、この平和な人間界では彼女を危険に晒す驚異などはなく、俺はただ同居人その1として彼女と共に在る怪物にすぎない。いつも不機嫌で不愛想な彼女だからこそ、そんな彼女の助けになりたいと思っていたはずなのに、俺の与り知らぬところで上機嫌な彼女を見て自分の存在意義を疑ってしまった、ただそれだけのこと。
 本当に俺らしくなかった。

「……ごめん、俺ちょっとどうかしてたかも」

 迷いを振り払うように天井から正面の彼女へと目を戻すと、彼女は両の手に顎を乗せて俺のことを見つめていた。僅かに見えた白い歯は、悪戯っぽく微笑もうとして失敗したような、そんな印象。
 本当に、笑うのが下手な、女。

「感謝、しているから」
「……それって」
「さあ?」

 もう一度、噛み締めるように告げ、それきり彼女は元の表情に戻ってしまう。何故だか置いてけぼりを喰らったような気分になる。

「……折角だから一つ、聞いておきたいんだけど」
「内容によるわね」
「寂しいと思ったりしないのかなって」

 俺の前で彼女が目を丸くする。考えもしなかった質問だったのかもしれない。
 仕事の都合もあり、去年の春から彼女はこの地に転勤してきた。実家からは電車で半日弱かかる土地だ。当然のように家族はおろか友人知人も誰一人いない場所、それでも俺の知る限り彼女が弱音を吐いている姿は見たことが無い。元より人付き合いを得手とするようには見えない彼女だからこそ、殊更にそう思った。

「寂しくないと言ったら確かに嘘になるかもしれないけど……」

 左の頬に手を添えながら彼女は虚空を仰ぎ見る。

「あなたがいるから大丈夫よ?」
「……よせよ」

 彼女は冗談を言うタイプではないし、相手に冗談を言われることも好まない。
 だから今の言葉は偽りのない彼女の本心だろうし、からかう色などあるはずもない。それは先程のものと同じように俺への感謝の言葉だったろうに、俺は変な意地を張ってそれを拒んでしまうんだ。
 何故なんだろう、妙に熱くなっている頬の所為か?

「それに母さんとは電話で話すし、大学の友達とも連絡取り合ってるから」
「そっか」
「ありがとう、心配してくれて」

 今度こそハッキリと、彼女は俺に微笑んで見せた。
 俺はバカだ。人間とデジモンは違う、その事実を痛いほど思い知っているはずなのに、俺はきっと彼女と今以上の関係になりたかったんだ。今以上に彼女に踏み込みたかったんだ。だから変なところで嫉妬して、変なことで悩みもする。それなのに、彼女からただ一言「ありがとう」と言われただけで天にも舞い昇る気持ちになる。
 妙なことだ、これでは人間のようじゃないか。恋なんて感情は俺達にはないはずなのに。

「俺は……!」

 口を開いた瞬間、ダメだとわかった。これ以上はいけない、この先を言うことは俺達のような怪物デジタルモンスターには許されない、そう頭ではわかっているのに止められなかった。

「俺は……運命だとか、最初から決まっていることだとか、お前と出会えたことをそんな言葉で言われたくなくて……!」

 頭の中にあるのは一つの光景。死なせてしまった彼女がいて、泣かせてしまった彼女がいて、そしてそんな彼女の悲しみと苦しみとを理解してあげられなかった自分がいた。ただの幻でしかないはずなのに、それは妙にリアルで今も強迫観念のように俺の心を締め付ける。
 だけど、それでも俺は、そんな幻を俺が彼女を守りたい理由にしたくはなかった。

「今の俺は進化もできなくて、歳も取れなくて、そもそも人間ですらない化け物だけど……!」

 俺は当然人間ではなく、普通の電脳生命体の理からすらも外れている。
 永遠とも呼べる時間を生きてきたあの魔王と同じ、不老の身体を得た俺は戦いに敗れることでしか永久に死に得ない。たとえどれだけの時間が経ったとしても、俺はこの世界に留まらなければならない。それが他ならぬ俺自身が選んだ道、生まれ育った世界を見捨ててでも俺が惨めに生き延びている理由。
 だがどうすればいいのだろう。人の生は永遠ではない、彼女ともずっと一緒にいられるわけではないんだから。
 それでもだ、そうだとしてもだ。

「俺は……ッ! それでも俺は……ッ!」

 それでも俺は、彼女の唯一無二の存在パートナーになりたかったんだ。






 こんなことを言うつもりじゃなかった。
 次第に少女から大人になっていく彼女に対して漠然と感じていた不安、そして電脳生命体の癖に惨めに抱いた嫉妬が綯い交ぜになった結果、口から出てしまった言葉だった。

「………………」

 彼女は答えない。冷酷とも思える無表情で俺のことを見返す様からは、何の感情も読み取れない。
 まるで抜き身の真剣のようだった。何事にも無関心なようでいて、その実少なからず強い正義感を持つ彼女は、悪を断ずる時にこうした表情になったと思う。十年前から誰よりも大人だった彼女の持つ幼稚とさえ言える正義感は、どこかの誰かに似ている気がした。

「……紅白、終わってしまったわね」
「え?」
「どっちが勝ったのかしらね、まあ別に後でインターネットか何かで見ればいいけれど」

 紡がれた言葉は、元通りの彼女だった。
 食卓から立ち上がった彼女の髪が揺れた。吸い込まれそうなその黒い長髪、俺の大好きなその色を靡かせながら彼女は台所に向かう。同時に彼女がスイッチを入れたのか、テレビの画面にはアイドルグループの年越しLIVEが映し出される。
 情けないことに俺はその場から動けなかった。

「……私があなたを初めて呼んだ時のこと、覚えている?」

 俺に背を向けながらの言葉。きっと彼女には見えていないだろうが、俺はコクリと頷いた。
 忘れない、忘れるはずがない。彼女にその名を呼ばれた瞬間こそが今の俺を形作る全て、ただ漠然と長い時を生きてきた俺の世界が色付いた瞬間だったのだから。

「私は女だから、いずれ結婚して、子供を産むわ。……いつになるかはわからないけど」

 自虐的な言葉は、不器用な彼女なりに場を和ませようとしたのだろうか。

「その名前はね、願いなの。……死んだ私の父が私のために考えてくれた」

 本当の始まりがいつであったかは知らない。幻で見せられる俺が彼女を死なせてしまった時なのか、彼女が俺をその名前で呼んでくれた時なのか、それともあの電脳の小世界が生まれた時なのか。
 それでも変わらないと彼女は言う。その名前に託した願いは、不変のものなのだと。

「私が、私でなければ私の子が、子でもなければ孫が……いつか、あなたの力を必要とした時には……また力を貸して欲しい、そう思っているわ」

 災厄を振り払うための力、あの時確か彼女はそう語った。
 だから願いはそれだけだ。年頃の少女が考え付くには些か武骨な名前、それでもそれは本来彼女の父親が彼女の為にと買ってきたペットに名付けられるはずだった名前であり、彼女の父親の願いでもあったんだ。
 不意に窓の外から鳴り響く重苦しい音。何年も聞いているが、これは何というんだったか。

「除夜の鐘ね」

 ジョヤノカネ、相変わらず人間の言葉って奴は難しい。

「……また一年が始まるわ」

 振り返った彼女は、文句無しに満面の笑顔だった。






「Happy New Year」







「これからもよろしくね。……メイス」

 紡がれた俺の名前。
 父から娘へ、そしてその子らへと受け継がれていく願いだった。














 新年あけましておめでとうございます。夏P(ナッピー)です。
 紅白歌合戦にて前前前世を聴いた途端「これだ!」と思い立ち、そっからテレビを全て封印し二時間半ほどで書かせて頂きました。
 最終的に11時58分ぐらいに書き上げ、大慌てで投稿したので後ほど追記させて頂くかもしれません。