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ID.4665
 
■投稿者:中村角煮 
■投稿日:2016/08/06(土) 23:09
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幾千のアポカリプス U.R.L/9(上)
         
前回までのお話
第一話>>4057
第二話>>4165
第三話>>4175
第四話>>4195
第五話(A)>>4415
第五話(B)>>4596
第六話>>4652
第七話>>4659
第八話>>4663

 初人とノワールは、並行するように「上」を目指していた。巨大なアーチが等間隔で過ぎていく。いまはアダムスハンズ・ヴァストの肋骨あたりなのだろう。随分と昇ってきたおかげで、ようやく顎の下が確認出来た。
 目的地が近付くにつれ、隣のノワールが気になってそわそわしてしまう。先に見せた泣き顔を思い浮かべながら初人がちらりと隣を見ると、もう彼女の目に涙はなかった。
 二人が再会してから、それほど時間は経っていない。しかし、随分と長い間一緒に飛んでいる気がする。沈黙が体感時間を大きく引き延ばしていた。
 ノワールは「一緒に、上へ行ってくれないかしら」と、一言だけ告げたまま。
 初人は彼女に対して「わかった」と、頷きで返したまま。会話はそれ以上、生まれていない。もちろん、気まずさが先行しているからだ。
 ブランが逝ったこと。
 ノワールの裏切りのこと。
 そして、自分のこと。
 再会したら聞きたいと思っていたことがたくさんある。でも、どれから聞けば良いのかわからなくて、黙りっぱなしだった。
「――ブランのことなら、知ってる。まぁ、知ってるって事に察しはついてるわよね」
「え、あ、う、……うん」
 だから、ノワールが急に口を開いたことに、うまく反応できない。よりにもよって振られた話題がブランのことなら尚更だ。
「大丈夫、怯えないで。そもそもブランのことをアナタに任せたのがそもそもの間違いなんだから」
「……」
 なにも言い返せなかった。ブランは自分の不甲斐なさで失われたようなものだ。
「ごめんなさい。言葉の選び方が悪かったわ。初人くんに任せる資格がなかったんじゃなくて、そもそも他人に任せるべきではなかったと、謝罪の意味を込めての言葉だったの」
「え?」
「……ごめんなさい。無責任にブランを任せたこと。あなたを戦いに巻き込んだこと……そもそも、現実世界からこのネイチャースピリッツに連れてきたこと――全部、謝らせて欲しい。謝って許されるようなことでないのはわかってる。でも、愚かな私にはこれしか方法が思いつかなかった……」
 無言で、彼女の横顔を覗く。
 確かに、自分は巻き込まれた。ノワールの選択で世界を移動し、姿を変えられ、そしてこの場にいる。でも、何一つ謝られるようなことはないと思った。
 言われてみれば、これはものすごく罪深いことなのかもしれない。自分の人としての生は唐突に終わりを告げたのだ。奪われたに等しい。
 だというのに、どうして自分はそれを受け入れられる。
 そして、彼女はなぜそんな自分に謝るんだろう。
 疑問が空気を伝ったのか、ノワールは自嘲気味に口元を歪めながらぽつりと零した。
「さっきね。あの男に言われたのよ――守りたいモノがあるなら、自分の手で最後まで守るべきだったと」
 まったくその通り。彼女は器用にも飛びながら肩を竦めてみせる。
「『敵』ながら正論過ぎて、私には受け止めきれなかった……だって、正しいことを言われていると思ってしまったから。だから、私はキミに謝るの初人くん」
 本当に、ごめんなさい。さっきよりも強い口調で繰り返される。
「私は……私は、本当にバカだった。自分が侵した間違いを、ずっと誰かのせいにしていたんだから……その責任は、とらなくちゃならない」
「ノワール……やっぱりキミは」
 死のうとしていたのか――と、言葉の続きは言えなかった。こんな風に弱みを見せるようなキャラじゃないと思っていたからだろうか。ノワールの涙を見てしまった時点で、初人は相当なショックを受けていた。
 ……いや、それは流石に失礼だよな。
 なにも彼女は感情のない人形ではない。涙を流しておかしなところなんてなにもなかった。ノワールは自分で考え、感情が動くからこそ、自分をこうして巻き込むことを「選択」したのだから。
 世界の崩壊を止めるために――あるいは、世界の崩壊から妹を守るために。
 きっとそれは、自分ではな想像の付かないほど激しい心の戦いの末に覚悟したことだ。それが間違っていたと指摘されて、自覚してしまったらと思うと――初人は自分も、同じ道を選ぶような気がした。
「もう大丈夫。初人くんに会えたから」
 死ぬなんてバカなことはしないと彼女は続ける。
「ちゃんと私なりに、けじめをつけたいの。だから、キミにはそれを見届けて欲しい」
 言い終わると、彼女は全身の力が抜けたようにホッと笑って見せた。自分が、彼女の覚悟を受け止めることが出来たかどうかはわからない。それでも、彼女の笑顔が見られるなら、自分なりに頑張ろうと初人は思う。
「……あの、さ」
 だから、頑張るために今度は初人が意を決して口を開く。もう一つだけ、聞いておかなきゃならないことがあった。それはとてもシンプルで、ずっと抱えていた問いかけ。
「どうして、俺なんだ」
 最初から、その答えを聞くつもりで初人はここまで来た。
 戦うと覚悟したのも、蒼二才と戦ったのも、すべてはこの一言をノワールに問うために。
「どうして、ノワールは俺を選んだんだよ」
 他の誰でもない、九文初人という人間を選んだ理由。そもそもこの姿だけでなく、人間としても子供の自分が選ばれる理由が知りたかった。
「ノワールは、俺がデジタル・モンスターだったってこと……知ってたんだよな?」
 目を見ればわかると彼女は言ったが、それにしても驚きが少なかったような気がした。人間だった自分を積極的に戦場に連れ出し、再三に渡って「思い出せ」と繰り返した。何を思い出せと言われていたのか、あの時はまだわからなかった。だがそれらは確実に、初人自身がデジタル・モンスターだと気付かせるための「誘導」だ。
 それどころか、彼女は現実世界がこのネイチャー・スピリッツの「いわゆる冥界」として機能していることすら知っていたようにも思える。実際にそうだとして、人間がデジタル・モンスターの成れの果てだというのならば、成長期の自分ではなくてもっと相応しい人物がいたのではと初人は考えずにはいられない。
「――ええ、知っていたわ。二つの世界の仕組みも、あなたがデジタル・モンスターだということも。全て知っていた上で、私は初人くんを頼らざるを得なかった……だって、あなたしかいないから」
 ……?
 初人は首を傾げてノワールを見る。
「少し、昔話をしましょうか」
 その無言に答えようと、彼女は儚げに笑って続けてくれた。とても寂しそうな笑顔だった。
「妹が……ブランが死んでしまったことは、すぐにわかった。それはね、私達が同じデジタマから生まれた本当の意味での姉妹だったからよ」
「……同じ、デジタマから……」
 ハックモンとしての記憶が戻った初人は、デジタル・モンスターの生態がどういったものか既に理解している。
 デジタル・モンスターは「デジタマ」と呼ばれる卵から生まれる生命体だ。
 幼年期を経て成長期になり、経験を積むことで成熟期と呼ばれる強い身体に変わっていく。そしてその経験が多分に蓄積すれば、その後も完全体や究極体といった風に更に強大な力を手にするのだと。そして死ぬときは、誰もが「より強きモノ」を生み出すために自分の経験値を継承させた「デジタマ」を遺して逝く。こうして力を次世代へと引き継ぐことで、デジタル・モンスターの生態系はまわっていた。
 そして通常、遺されるデジタマは一つで、デジタマから生まれるモンスターは一体のみというのが定説である。それは力を引き継ぐにあたって、遺伝子情報を効率よく次世代に伝えるためだ。稀に存命中に複数のデジタマを産み、子を育てる特殊な種族もいる。
 だが、基本的に複数個体への「引き継ぎ」は情報が分散してしまうことから「失敗」とされてきた。
 だから、ノワールの語る「同じデジタマから二体のデジタル・モンスターが生まれた」なんて話は本当に珍しくて、初人は何度も頷いてしまった。同時に、そんな異端児である彼女たちがこの世界で生きていくことがどれだけ大変だったのかを想像してしまって、なにも言えなくなった。
「この世界に生を受ける形としては相当なレアケースだというのは理解していたし、純粋に力を引き継がせてきた周りと比べれば個体としてのハンディキャップが大きいということもわかってた……だからこそ、生き残るためにスパイなんて姑息なことをやってしまった」
「それじゃあ、やっぱり」
「……そうね、私は世界が助からない方に賭けていた……言い訳はしない」
 彼女がウォーグレイモンに仕え、親方達の動向を探っていたというのは本当の話だったと、初人はようやく理解する。なにかの間違いであってくれと思っていたが、こうして直接ノワールの口から肯定されるとショックが大きかった。
「……ごめんなさい」
 何度目かの謝罪に、こちらが申し訳なくなる。初人としては、そのことについて心の中で整理がついているつもりだった。自分の不甲斐なさにこちらも謝ろうと口を開くが、出てきた台詞は「あれ?」という無意識の疑問系だ。
 おかしいことがある。
「でも、ノワールは俺をこの世界に連れてきたよね」
 同時に、ガンクゥモンの見立てでは「ウォーグレイモンは初人(ハックモン)を障害だと捉えている」……らしい。
「世界が助からない方に賭けていたのに、どうしてウォーグレイモンの邪魔をするような真似をしたの?」
「それはね」
 ノワールの右手が、彼女が被っているフードの裾をひらりと舞わせた。
「私はこの頭巾のコウモリと同じ――どちらにもなれない半端者だったってだけ」
 コウモリと同じ。獣にもなれず、鳥にもなれなかった寓話のコウモリ。
 世界が壊れる方に賭けておきながら。
 同時に、世界が救われる方法も模索していた。
 彼女は悪でありつつも、善であろうとした。徹底して、矛盾している。
「どうしてそんな風に在ろうとしたか――それこそ、あなたが求める理由に繋がるのよ」
「……ッ!」
 ようやく、話の本題が始まるのだと初人は身構える。
 ノワールが矛盾を抱えた理由――すなわち、彼女が自分を選んだ理由の話だ。
「……説明するために少し話を戻すわね。さっきは同じデジタマから生まれることがハンディキャップだと言ったけれど、だからといって、なにもデメリットばかりではなかったの」
 ――まぁ、この場合は「デメリット」だったかもしれないけれど。そう語る彼女の顔に影がさすのを、初人は見逃さなかった。
「私達二人は、同じデジタマから生まれた故に――同じデータを持っているが故に、互いの位置情報やバイタルデータが離れていても知ることが出来る……ちょうど、パートナー契約を結んだ親方と初人くんのようにね」
「……」
 だからすぐにブランのことがわかったのか。とは、とてもじゃないが口に出来なかった。肉親の死がすぐさま情報として理解されるというのは、想像を絶する地獄だと思った。
 ノワールはそれを気にしていない風に頭を振って、人差し指を立てる。
「ここで一つ問題よ。私がピンポイントにあなたの前に現れた理由――初人くんが求める答えは、すでにこの時点で推測可能だわ。どう?」
「どう……って言われても」
 まるでわからない。答えはすでに推測可能? 一度、頭の中を整理する必要がある。
 ノワールはそれを手伝ってくれるように、ヒントという形で初人の考えを誘導していく。
「シスタモン・ノワールと、シスタモン・ブランの関係」
 同じデジタマから生まれた、デジタル・モンスターの姉妹。
「二人はどういう力を持っているか」
 同じデータを持つが故に、互いの情報を知ることが出来る。
「ネイチャースピリッツと、現実世界の関係」
 現実世界は、ネイチャースピリッツの冥界だった。
「九文初人は何者なのか」
 周りがハックモンと呼ぶ、かつてネイチャースピリッツにいたデジタル・モンスター。
「これが最後のヒント。デジタル・モンスターが死んだら、どうなるかしら?」
「そりゃあ、死んだら現実世界に言って、人間としての生を受ける……」
「重要なのはそこじゃあないわ。その段階の、もう少し前よ」
「……えーと」
 もう少し前? 言われて、なにか見落としがないか思考の筋道を辿り返す。一見してそれらのヒントは独立しているように思える。シスタモン姉妹の話。世界の話。自分の話。そして死の話。だが、これらが答えを指す以上、なにか共通点があるはずだ。
「……まって」
 そこまで至ったところで、いままでの話の共通点にようやく気が付いた。
 デジタマという、デジタル・モンスター不変のルールとも言うべき共通点に。
「し、死んだデジタル・モンスターは、デジタマを遺す……」
 目の前で逝ったブランがそうだったように。
「……そして俺は、一度死んでいる」
 ハックモンというデジタル・モンスターとして、かつてのアグモン――この事件の全ての黒幕に、斃された。
 つまり。
「俺も、デジタマを遺したってことだよな……って、まさか――」
 そこまで言ったところで、ハックモンは思わずその場で急ブレーキをかけた。頭の中身も、身体も、呆然とノワールを見つめるだけで機能しない。
 少し先で、ノワールもまた止まっている。その顔は微笑んでいたけれど、ふざけた様子もなくただこちらの言葉を待っている様子だった。
 だから、初人は導き出された答えを震える声で吐き出した。

「――まさか、俺が遺したデジタマから生まれたっていうのか、キミ達は……ッ!」

 それなら全てに説明が付く。否、それでしか説明の付けようがない。
 同じ遺伝データを持っていれば、位置やバイタルなどの情報は共有することができる。ならば、初人とノワールがその共有関係にあったということは想像に難くない。だって、ノワールは明らかに、最初から自分をアテに現実世界へと訪れていたのだから。
 あんなに広い世界で、ノワールは簡単に自分の目の前へと現れて見せた。
 そういうことなのかと、初人は彼女の瞳を凝視する。ノワールは、静かに首を縦に振った。
「初人くんは、私にとってのパパとかお父さんとか、そういうことになるのかしら。まぁ、そんな感慨なんて私達デジタル・モンスターは持ち合わせていないし、そのつもりもないけれど。実感がそもそも伴っていないわ」
 まったくの同意見だ。
「大体、彼氏だし」
「その設定、生きてたんだ……」
「ええ、ブランと二人で決めたことだもの。あなたは大切な彼氏よ」
 どうにも、ブランの名前を出されると弱い。ふざけてるだけかと思いきや、しっかりと自分の大切なモノを見極めて譲ろうとしないところは、ノワールもブランも似ていると思った。
 姉妹らしいといえば姉妹らしい。
「姉妹――そうね。ハックモンの卵から生まれた私とブランは、それぞれ別々の遺伝データを引き継いだの。ブランのあの技術変態っぷりは、あなたのハッキング能力が色濃く受け継がれた証」
「ああ、なるほど」
 ハッキング自体はまだ「記憶」としてしか思い出していない、かつての自分が使っていた技術だが、言われてみればブランがスマホで得意げにやっていたのは全て同じ事だ。
「そして私は、わずかながらにあなたの『生前の記憶』を引き継いだ――力の使い方や、戦うための知識をね」
 道理で、と初人は内心で深くため息をついた。かのアダムスハンズの群れの中を二人で駆け抜けたとき、彼女の教え方が上手かったから走れたのだと思っていた。だが、実際は彼女が自分に合わせていたのだろう。どうすれば初人(ハックモン)が上手く立ち回れるのか、ノワールは知っていたのだから。
「そして私は初人くんと同じデータを持っていることを唯一知っていたから、私の記憶をすこしだけ初人くんに流し込むことが出来た――初めて会ったとき、銃を向けたでしょう」
 しっかりと覚えている。なんなら、ノワールの第一印象はあそこで決まったと言っても間違いじゃない。
「ああでもしなきゃ、初人くんが味方についてくれないと思ったの。世界を崩壊から救うためには、どうしてもあなたの記憶や本能を呼び覚ます必要があったから」
「待って」
 そこまで話されて、初人はノワールの言葉を遮る。
「ノワールが俺を見つけられた理由は分かったよ」
 でも、それはノワールが初人を選んだ理由ではない。
「いま、キミは世界を崩壊から救うためには俺の記憶や本能を呼び覚ます必要があると言ったけど、結局それがなんなのか、俺は知りたいんだ」
「知ってどうするつもり?」
 先程までとはまったく違う、こちらの意志を試すような鋭い視線が来る。だが、初人は怯むことなく「簡単だよ」と答えた。
「その力があるなら、俺はこの世界を守るために戦う」
「……初人くんにとって、辛い話になるわよ」
「どういうこと?」
 純粋に問いで返すが、ノワールの面持ちは暗い。そのまま、少しばかりの静寂が訪れる。
 しかしこちらに引く意志がないとわかったのか、彼女は意を決したように重たい声で話を再開した。
「……初人くんは、他のデジタル・モンスターと少し事情が違ったのよ」
 彼女が言うには、通常ならば死したデジタル・モンスターは姿・記憶などが消去され、普通の人間として生を受け直す。だが、例外的にウォーグレイモン達のように記憶が引き継がれる個体がいた。そこまでは、初人の知るところだ。
「そして例外はあなたも同じだった」
「え? 俺、デジタル・モンスターの記憶なんてついさっきまで残ってなかったけど……」
「違う、そうじゃないの。あなたはそもそも人間としての生を受けていないのよ」
「……は?」
 待て。と、何度目かの制止を入れる。突然のことが多すぎて、そして大きすぎて理解が追いついていない。彼女の話が受け入れられない理由は山ほどある。反対できる証拠もある。
「お、俺はちゃんと九文初人って名前も、姿もあったよ!?」
「そうでしょうね。名前も姿もあった」
「記憶だって!」
「ええ知っているわ。女の子に振られた思い出、聞かせて貰ったものね」
 だが、いくら理由を並べ立てても、彼女はまったく動じない。
「でも、生活はしていなかった」
 なぜなら、
「私があなたの目の前に現れるまで、あなたはずっとあの家で眠り続けていたのだから」
「――――ッ」
 さすがに。完膚なきまでに、どうしようもなかった。話をどう受け止めていいのかとか、どう整理したらいいのかとか、どう向き合えばいいのかとか。そういった次元を超えている。
 ずっと眠ってた? ノワールに会うまで?
「……うそ、だろ……?」
「あなたが住んでいた家が全部を物語ってる。初人くんの自室以外は生活感のない殺風景な部屋。一人暮らしをしているにはあまりにも広すぎる間取り。あそこにはなにもなさ過ぎた――あなたが眠り続けていたと証明するには、充分な状況証拠でしょう」
「……な、なんのために。いや、どうして俺は」
 自分は、眠り続けていたのか。
「きっと、あなたが持っている力が『成長期』に似つかわしくないほど、強大なものだったから。この世界のホストコンピュータ『NS−00』はあなたに睡眠という形で保存処置を施したのよ……人間としての死を与えられる前に、日常生活の記憶だけ与えて人間としての機能を止めた」
「そんな……」
「それは有事の際にネイチャースピリッツに呼べるようにするためかもしれないし……あるいは、純粋に世界の理からあなたを遠ざけたかったのかもしれない……。私があなただったら、きっとウォーグレイモンに同調しているところよ――それでも、初人くんはこの世界のために戦おうというの?」
 思考はぐちゃぐちゃだった。ウォーグレイモンにデジタル・モンスターとしての覚醒を促されたとか、そういうことが比べものにならないほど。いままでの自分が、文字通り本当の意味で、徹底的に否定された。
 でも、ノワールのおかげで、救われた部分もある。その部分が、胸に心臓(デジコア)の形が焼け付くくらいに、鼓動を熱く速める。
「た、戦うよ」
 気が付けば、震える声でそう宣言していた。全部、ノワールのおかげだとおもった。
「……どうして、そんな風に言えるの」
「お、俺にしか出来ないことは、俺がやるべきだと思うから」
 ホストコンピュータが保存処置を決めた。もう、わかった。自分がとことん何者なのかわからなくなったけれど、出来ることだけは理解した。そして納得した。
 有事の際にネイチャースピリッツに呼べるように保存されていたのなら、まさにいまがそのときだ。あるいは、ノワールが自分をここに連れてきたのは必然だったのかもしれない。
 ノワールが教えてくれた。自分がいまやるべきことではなく、自分がいま出来ることを。
 そこまで腹を括れば、彼女の「世界を救うのか」という質問がいかに変だったのかがわかる。だって。
「だって、キミが言ったんじゃないか。中二病になってみせなさいって」
 中二病になる――それだけの「理由」があるなら、折れることなく、曲げることなく、初人は初人の道を歩けると胸を張って言える。
「――そう、ね」
 彼女は本気で驚いたように、目を丸くしてきょとんとしていた。
「そうだったわね。うん、そんなことも言ったわ」
 そして「うん」ともう一度だけ力強く頷いて。
「持てる者の義務(ノブレス・オブリージュ)――私も、見習わなきゃいけないかしら」
 ノワールは、初人に微笑んで見せた。
「いいわ、あなたが持つ力の使い方を教えてあげる。私ももう、ウォーグレイモンにお払い箱にされた身だし、いまさら裏切りがどうとかいうこともないわよね――だって、私はコウモリなんだから」
 私は、世界がどうとか、どうでも良いのかも知れない。彼女は肩を竦めて笑う。初人は頭を振ってそれを否定した。
「そんなことあるはずないだろ。だって、ノワールは一緒に上に行ってくれって俺に言ったじゃないか。それは、世界を守りたいから……じゃないのか?」
 ううん。首を振る彼女だったが、ノワールの中でなにか吹っ切れたのか、語調は先程までより確かに軽くなっている。
「本当はね、あなたについてきてもらった理由なんか、自分でも分からなかった。だって、計画を止めるつもりなんて本当になかったんだから」
「でも」ノワールは世界を守るための行動だって、起こしていたじゃないか。
 そこまで言う前に、彼女は次の言葉を続けていた。
「だって、ウォーグレイモンのやっていることが一から間違ってるとは、私には思えなかったの」
「……え?」
「大切にしていたものに裏切られた。大切にしていたかったものを奪われてしまった。そんな不幸があれば、誰だって傷つく。ウォーグレイモンはその傷が大きいだけで、根っこの部分の価値観は私達となんら変わらないはずだから――いまだからこそ、余計に彼の言っていることが私には理解出来てしまう。初人くんだって、そうでしょう……?」
 確かに。もう、いまの自分と先程までの初人は明確に違う。形や理由はどうあれ、ウォーグレイモンも自分も、世界に裏切られたという点では同じだ。だから、ノワールのようにウォーグレイモンがやろうとしていることが理解出来るか出来ないかと問われれば、初人は肯定で返す。だが、理解出来るからと言って止めない理由にはならない。
「私にとっての大切も、もう失われてしまった。それは、あなた達に対する世界のように、私自身が妹を裏切ってしまったから」
 申し訳が立つはずもないわ。彼女は続ける。
「だから、失敗してしまったあとの私の在り方で、ブランに謝らなきゃならないと、初人くんと話をしてよく分かった」
「ノワール……」
「私も頑張ってみようと思う。世界を救おうとしたブランのために、今度は裏切りではなく誠意で答えなきゃ……だから、助けてくれる?」
 もちろんだよ。
 言葉には出さず、初人は頷いて彼女の期待に応えた。彼女は小さく「ありがとう」と言って、再び「上」を仰ぎ見る。初人もそれに習って、視線を追った。
「いまから話すこの方法を知っているのは私だけ。だけど、ウォーグレイモンはそれに気が付いているかも――いいえ、まず間違いなく気付いているはず」
「気付いているからこそ、ウォーグレイモンは自分を排除しようとした……」
「その通りよ。だからこれは一発勝負。やり直しはきかないと思った方がいい」
 そこまで言って、彼女は少しずつ速度を生み出して浮上する。初人も慌てて、いつでも飛翔できるように気を引き締め直した。 
「あとの話は道中で終わらせるわ。行きましょう」
「わかった」

     ●

 そして二体のデジタル・モンスターは征く。頂上に向かって加速しながら、ノワールは初人に「どうすれば計画を止められるか」の方法を説いて聞かせた。
 その最後に、ノワールは自分の決意を新たにするように、隣を飛ぶ初人の肩を叩く。
「改めて、中二病になってみなさい、初人くん。私は、世界に裏切られてなお、その世界を救おうとするあなたに賭けなおすことに決めたわ――」
 初人をサポートすることが、ブランや親方への贖罪になるかどうかはわからない。
 だけど、贖罪が足りないのなら世界を救ったあとにたっぷり罪滅ぼしをしよう。

「――ペイバック・タイムよ」

 だからそのために。
 まずは彼と一緒に、臆することなく戦おうと彼女は決めた。

ID.4666
 
■投稿者:中村角煮 
■投稿日:2016/08/06(土) 23:14


幾千のアポカリプス U.R.L/9(下)
     ●

 マントを初人に預けたのは早計だったかも知れない。そんな風に、ガンクゥモンは荒い呼吸で肩を上下させながら少しだけ後悔した。家のそばに戻ってくるまでは、アダムスハンズの処理自体は順調だったし、マントも鎧もない身軽な自分を楽しめていた。
 だが、さすがに家が柱岩の上に刺さった状態であることを完全に失念していた彼は、徒手空拳でロッククライミングに挑む羽目になったのだ。
 おまけといわんばかりに岩壁にも数体のアダムスハンズが張り付いていたことを考えると、この戦闘で一番の山場は満場一致でこのクライミングだった。
 空を飛べればなぁと何度思ったことか。高所恐怖症というのも口から出任せではなく本当のことで、クライミングは余計にその恐怖心をあおる。最初だって、ブランに誘われて嫌々ながらに柱岩に登ったのだ。
 まぁ、結論を言えば無事にこうして初人の自室に戻ることが出来たのだから幸いだと自分に言い聞かせる。
『――親方、ひとついい?』
 窓から部屋に入った直後だ。一息つく間もなく聞こえてくるあかねの声に、ガンクゥモンは疲れを吹き飛ばそうと大きく「応ッ」と頷いた。コンソールには「音声単独出力」と書かれているのみで、彼女の姿は見えていない。そういえばさっき大出力回すから準備できしだい音声のみに切り替えるとか言っていたことを思い出す。
 どうやら随分と向こうを待たせてしまったようだ。
「すまんなあかねちゃん、ワシとしたことが手間取った! で、なんじゃろか!」
『初人くんとやらと親方が、現在はこの家のデータの二五%ずつ――合計五〇%請け負っているのは間違いないのよね?』
「おう、そのはずだ」
 ブランが自分たちに施した処置は概ねあかねが言ったとおりだ。おさらいをしておくと、メリットとしては初人も親方も、「家」の頑強さを共有することでステータスの底上げがされている。ゲームで言うところの加護(バフ)効果だ。
 そしてデメリットは、二人が家と構成情報を共有することで、ある意味で脆くなっているという点。初人が死んでも、ガンクゥモンが死んでも、家が壊れても――三つの要素の内ひとつでも欠けることがあれば、連帯責任的に全員ぶっ壊れるという点だ。まさに呪縛(デバフ)と言うほかない。
『それなら予定通り、この家の残り五〇%を全て親方用に編纂させてもらうわ。そうすれば親方が保有する家の情報量は七五%。初人くんに残った二五%を切り離しても、アダムスハンズ・ヴァストに対抗しうるだけの力が親方に残るはず。少なくとも触れても飲み込まれないようにはなるわ』
「ごめん、ワシの脳ミソ限界! 簡単に言うと!?」
『初人くんはデータの共有を終えて家の呪縛から解放される』
 それは、万が一この家や自分が壊れたとしても、もう上にいる初人に影響は及ぼさないということ。うん、いいねそれ。
『そして、家を取り込んだ親方はアダムスハンズ・ヴァストに対して無敵って意味よ!』
「いいねぇ、それ!」
 色々と説明がはぶられているような気がしてならないが、簡単にしろと言ったのは自分の方だ。細かいことを考えなくて良くなったのは非常に助かる。ガンクゥモンは、あかねのこういう大ざっぱなところが大好きだった。無敵、無敵ね。
 自分の腕力が持つ限りは故郷をその無敵っぷりで守ってやろうじゃないの。
「よし、始めてくれ。ワシはどうしてりゃいい」
『柱岩、部屋のど真ん中にブッ刺さってるんだよね?』
「うん」
『じゃ、合図が出たら側面からぶん殴ってね。家、消えるから』
「うん?」
 つまりどういうことだ? 家が消えるということは、床が消える。ああそうか、岩をへし折ってそこを足場にしろってことかーなるほどなー説明が下手だなぁと内心ゲンナイの口べたっぷりを笑っていると、
『さーん、にーい、いーち』
 楽しそうな声で合図とやらが唐突に始まった。満面の笑顔が見えてきそうだ……じゃない。
「待て待て待て待て待て待て!」
 なんの準備も出来ていないのに! まぁ備えておくべきは覚悟だけで、つまりはなにも準備することはないはずだったのだが、流石にこうも急に事を進められると親方も焦りが、
『ぜろー』
「鉄拳制裁……ッ!」
 合図の終了と共に、親方は柱岩に必殺の拳をぶち込んだ。内側から炸裂するように柱岩が吹き飛ぶ。多少荒いものの、足場の確保が終わった。
「で、次は――」
 どうすればいい、と聞くまでもなかった。やるべきことは既に「上」から降ってきている。
 いつの間にか周囲の光景が屋内から屋外へと変わっていた。初人の家が消失したのだ。そのかわりというように、天井や屋根があった方向にはアダムスハンズ・ヴァストの手のひらがある。いままで支えていたものが急に消えたせいか、心なしか落ちる力にも勢いがついている。
「――ぬ、う、おおおおおッ!!」
 だから支えた。両掌を上に向けて、全力で踏ん張る。とっさに「支える」という発想が出てきたからいいものの、よくよく考えればこのサイズのモノを自分一人で支えるというのは、考えとしてそもそも選択肢に入る時点でおかしい。
「はは……っは! や、やったぞ……!」
 しかし見た目に反して重量はそこまで感じなかった。いや、それなりの重さは感じる。少なくとも気を抜けば自分は潰されてしまうという危機意識はある。だが、それを抜きにしてもアダムスハンズ・ヴァストが自分だけで止められるというのは、なんとも奇妙な感覚だった。
 ……少し軽すぎるな。
 これが「家」の情報を取り込んだ効果だとしても、少々行き過ぎだ。なんなら片手で支えることも出来そうだった。「家」が潰れそうだったときは、いままでは上から押さえつける力があったように思えるのに、いまではただ「落ちて」きているだけという、そんな印象だった。あるいは「上」でなにかあったのだろうかと勘繰った。
 となれば、この戦いの終わりは自分たちが考えている以上に早く決着がつくのかもしれない。
『ナイス親方! ばっちり似合ってるよ、それ!』
 支えながら考えを巡らせていると、暢気に笑うあかねが映るコンソールがバイザーに表示される。いやうん、ばっちりなのはいいんだけど。
「似合ってるってなにが」
『うん? ああまだ気付いてないの? ほら、鎧もマントもなくなったからシルエットにぴったりだよ、それ』
「……お、おおお」
 支えながら首を横に振って見ると、肩からマントのように風になびくものがあった。
 袖こそ通っていないが、立派な白いジャケットコートが確かに身に付けられている。
『家を親方用に編纂するって言ったでしょ』
「それがこのジャケットってことか……」
 家がジャケットになる時代か――メチャクチャだな。
『あの家がなくなっても、そのジャケットを着けてる限り、親方はいままで通り――ううん、いままで以上の加護を受け続ける。ワイズモンがパンドーラ・ダイアログまでフル活用して、過労でぶっ倒れるくらい頑張って作ったんだから、今度は人にあげたりしちゃだめだよ』
「あげないけどさぁ……」
 そこで、ガンクゥモンはようやく一息ついた状況を噛み締めながら長い溜息を吐く。
「……もーーーーちょっと説明欲しかったなワシ……!」
 この作戦自体に文句があるわけではないのだが。ここまで次から次へと状況が展開されるとガンクゥモンの処理速度をうわまわってオーバーヒートしてしまう。いつもこのノリに付き合わされるワイズモンとやらは本当にご苦労様だ。そんな風に未だ見ぬあかねのパートナーにひっそりと同情をよせた。
『あははーごめんごめん』
「いやいいんだけどさ上手くいったから。あ、でもこれもしかしなくてもワシ超無防備だよね!?」
 両掌が使えないなら、上はともかく下から登ってくるかもしれないアダムスハンズに対してはどうしようもないということに……。
『大丈夫だよ』
 といいますと。
『言ったでしょ、家の構成情報は親方を守るんだから。アダムスハンズ・ヴァストだけじゃなくて雑魚の攻撃にも無敵になるってこと』
「……ああ、なるほど」
 大小関係なく敵の攻撃に耐性ができたと考えれば手っ取り早いか。
『まぁ、柱岩が壊されたらどの道終わりだけど』
「だよなぁ!? 落ちるよなぁ!?」
『だから、できる限り親方はそこで目標の侵攻を阻止して。ちゃんとあなたの足場は守るからさ』
 あかねの顔はもう笑っていない。決意のこもった瞳がまっすぐこちらを見つめている。
『あとは私達ゲンナイが、なんとかする』
 少なくともいまこの瞬間、彼女の目が信じられるという点においては、ゲンナイと聖騎士の関係が複雑だとかそういった事情はどうでもよく思えた。だから、ガンクゥモンは上からの重圧で、額に汗を滲ませながらも歯を見せて笑ってやった。
「うむ、頼んだよ」
 いつの間にか、遠くで戦っていた他のゲンナイ二人も近付いている。見れば、遙か向こうの地平線まで埋め尽くしていたアダムスハンズの群れが、確実に数を減らしているのが分かった。
 ここまで状況が進めば、あとのことがどうなるかは、もう誰にもわからない。
 ガンクゥモンの根性が終わるのか。
 アダムスハンズ・ヴァストが完全に崩壊するのか。
 ゲンナイ達が力尽きるのか。
 アダムスハンズが世界を食い尽くすのか。
 あるいは。

     ●

「ただいま」
 背後からかけられる声に、ウォーグレイモンは振り向かざるを得なかった。そこにいるはずのない声だったからだ。蒼二才でも、チョーさんでもない。ガンクゥモンでもなく、耳障りなゲンナイ共でもなく、ましてやホメオスタシスですらない。
「出戻りとは感心しないな、シスタモン・ノワール」
 先程、涙を流して目の前で自ら命を絶ったはずの痴れ者がそこにいた。落ちる前となに一つ変わらない格好――それどころか、蒼白になっていた顔面はどこか晴れ晴れとした表情になっている。一体、この短時間で何があった。
「貴様の絶望はそこまで簡単に克服できるほど、やわな覚悟の上に築かれたものだったのか」
 さすがに苛立ちが来る。ここまで虚仮にされたのは初めてだと思った。妹のために、どちらの陣営にもなりきれずに失敗した彼女が落ちたときは、わずかながらの憐憫を覚えたというのに。
「ッハ。さすが、半端者はやることが違うな。たまには驚かせてくれる――なにしにきた」
 嫌味の一つでも言いたくなるのは当然だった。
「は。半端者は半端者らしく、半端にでも目標達成をしようと思っただけよ」
 しかし彼女はそれを一笑に付して、余裕の表情を見せる。まるでこちらを見下ろしているかのような態度で「世界を救いにきたの」――と。
「今更、貴様にできることがあるとは思えないが」
 安い挑発にまさか乗るまいと、ウォーグレイモンは淡々と言葉を返す。
 そう。すべては今更だ。
 彼女に手段はもう残されていない。
「切れるカードは切り尽くしたのだろう?」
 九文初人をこの世界に喚び出したことで、彼女に出来ることはすべて終了した。後の彼女はどちらの陣営に事が転ぶか、天運に委ねた傍観者でしかなかった。
「どうかしら? 案外カードを切ったのは、私じゃなくてアナタ自身かも知れないわね」
 自分自身? この私が? 言うに事欠いて説得に来たのではあるまいな、とウォーグレイモンは肩を竦めた。ここまで来て情に流され諭されるようなことはありえない。
 ウォーグレイモンが停止命令を出さない限り、アダムスハンズ・ヴァストは大地を砕くまで落下し続ける。それは揺るぎようもない事実だ。
 だがその確信に満ちた余裕はなんだ。なんなら、いますぐこの竜殺しで刻んでやろうかとも思うが、そこでウォーグレイモンは今一度冷静に考える。
 ……カードを切った?
 切るではなく、切ったと言った。過去形だ。つまり、彼女が言うにはすでにウォーグレイモンはなにか失敗を侵しているということで――。
「っ、貴様!」
 思考のピースがひとつに繋がった、そのわずか一瞬の隙だった。やられた。無警戒だった背後で、雷が落ちたような爆音が生まれたのだ。
 その闖入者に気付かなかったのは、完全にウォーグレイモンの失態だ。
 ノワールが身を投げたことで気が緩んだのか? どのように処理すべきかを懸念していたのは事実だ。彼女が視界から消えてから、肩の荷が一つ下りたと実感したのは間違いない。
 そして落ちたはずのノワールが、何食わぬ顔で目の前に現れたことに、少なからず動揺してしまったのも認めざるを得ない。
 彼女に気を取られてしまった――油断は疑いようもない事実だ。
 だが。まさか。いや。幾つもの枕詞が、ウォーグレイモンの頭の中を駆け巡る。
 どうして、アダムスハンズ・ヴァストの「核」が本体から抜け出るなんてことがあり得るのだろうか。
 目の前の光景は、すなわち彼の失敗を象徴していた。
 自分が立っているアダムスハンズ・ヴァストの頭部。そこに埋め込まれる形で存在していた本体制御用の核が、いまでは丸ごと宙に浮く形で本体から離脱していた。
「ッハ。どうして、か。今更だな――」
 答えは分かっている。紫色の核は、周りの重力波をかき集めた「グラヴィティ・フォース」と融合することで、すべての力のベクトルを真下へと変換していた。
 いわば「核」自体が巨大な「重し」の役割を果たしていた。
 しかしいまはその真逆だ。「核」自体のベクトルは上へと向かっているせいか、こうして見ているいまもなお、微速ではあるが浮上し続けている。このままでは核はネットの海に到達し、ひとつの「星」として機能しそうな勢いだ。
 こんな芸当、もう一度グラヴィティ・フォースを打ち込んでベクトルを操作する以外に方法はない。だとすれば。
「はあっ、はあっ、はあっ……や、やった……!」
 自分の真似を出来る存在が、近くにいると考えるのが正しい。
 振り返れば、核を挟んだ向こう側で小さな竜が口を大きく開けて荒い呼吸を繰り返していた。その疲労は緊張ゆえだろうが、しかし彼の黄金色の瞳は確かに力強く自分を睨み付けている。
「――飛べるのはさすがに意外だったぞ、三本角(ハックモン)」
 生きていたのは予想通りだとして、取り逃がしてから現在までの僅かな間に随分と風貌が変わっている。身に付けている白い鎧も赤いマントも、なるほどガンクゥモンが着けていたものと同一だろう。
 ……ガンクゥモンが下駄を履かせたということか。
 本来、聖騎士に贈られる鎧とマントがハックモンの元にあるということはそれ以外考えられない。
「まったく、見事なことだな」
 こういう形で自分が想定していた「最悪」が訪れるとは思ってもみなかった。やはりあのとき、ハックモンは確実に殺しておくべきだった。彼の姿を見て、懐かしさに躊躇ったことは否定しない。小さな失敗が積み重なって、起きるべくして起きた大きな失敗だ。
「お疲れ様、初人くん」
「ノワール、そいつから離れて!」
 二人のやりとりが、自分を無視して行われている。彼らにとって、もはやウォーグレイモンは「失敗した存在」にしか映っていないのだろう。しかしハックモンの方は、まだ冷静に事を見守っているのがよくわかった。
 ノワールはハックモンの警告通り、距離を取るように上空へと浮く。ハックモンは彼女を守るように、ウォーグレイモンとノワールの中間に位置取った。
「あなたの計画ももう終わりよ、ウォーグレイモン。諦めなさい」
「結局、自分一人じゃ何一つ事を成さなかった者がよく吼える」
 半端者が勝ち誇る様はとても無様だった。
 確かに、制御核がなくなったこのアダムスハンズ・ヴァストは、もはや形を保っていることはかなわない。やがて崩壊するのは明らかだった。
「でもあんたの負けだ! これでもう、この世界は助かった!」
 ハックモンの叫びに、ウォーグレイモンは深く頷く。
「ッハ、結果は重く受け止めよう。確かに『失敗』だよ」
 同じ技を使うハックモンがいる以上、もう隙の大きいグラヴィティ・フォースを打ち込むことはもはや許されない。ベクトルを更新したところで上書きされるのがオチだ。
 だが。
「失敗したが、負けは宣言していない。計画が終わったと思わないことだ――」
 その言葉に、ノワールとハックモンはすぐさま臨戦態勢に切り替わる。
 順応性が高いのは評価に値しよう。戦いにおいてその素直さは勝利に直結する。合流した急造コンビでアダムスハンズ・ヴァストを無力化する作戦の成否は、特にハックモンの物覚えのよさが大きく左右したのだとわかる。力の使い方を教えられ、すぐさまそれを実行できるのは「天才」と呼ばれる存在の特権だ。
 思えば、アグリーメント選抜においてハックモンを相手取ったときも、すぐにベビーフレイムを使いこなしていた。案外、かつての自分が三本角を倒せたのは偶然だったのかも知れない。
 しかしそれはそれ。
 これはこれだ。
「貴様達は素直すぎる――」
 その素直さは駆け引きという一点において命取りになる。
「勝ったと思ったその瞬間こそ、敗者が侵す最大の過ちだ」
 ノワールも、ハックモンも。素直だから、油断した。その油断は先程の自分が侵した失態とはまるで質が異なる。
 それを今から教えてやろう。
「――悪役が奥の手を隠しているのは常識だと、あの愚か者には教えられなかったのか」
 ウォーグレイモンは手の内で、自身が同胞に渡していたプログラムを遠隔起動する。
 それはすなわち、二人が持つ転送プログラムだ。
「ッ!?」
 二人の驚きは声になっていなかった。それもそのはずだ。
 いま、ウォーグレイモンの目の前には、転送されてきたノワールとハックモンが仲良く並んでいるのだから。

「お勉強の時間だ」

     ●

 ウォーグレイモンは両腕を大きく横に広げる。胸に刻まれた古傷から生み出すのは大きな顎(あぎと)だ。這い出るように噛みつくその「顎」は、先に吸収した蒼二才――メタルガルルモンの頭部によく似ている。
「――初人くんッ!」
 胸から生えた「顎」から助けようとしたのか、ノワールが慌ててハックモンの身体を突き飛ばす。
「ノワール!?」
 そして結果はすぐさま明らかになった。肥大化した「顎」がシスタモン・ノワールの身体ごと、上空に浮かんでいたアダムスハンズ・ヴァストの核を飲み込んだのだ。一緒に喰らうはずだったハックモンは、突き飛ばされたおかげで軌道から逸れていた。

     ●

「ウォーグレイモン……あんたノワールを……!」
「ヴ」
 ハッ■■ンが泣きそ■な顔で怒鳴って■る。それに皮肉で答■たいのは山々だ■たが、この「顎」を発動■た時点で、ウ■■グレイ■ンはすでにあらゆる■のを捨■ていた。
「――ヴ、」
 前々から決め■いた。アダ■■ハン■・ヴァ■トが失■に終わ■■とき、最後■使う駒は己自身■体だと。
「ヴ、ゥウウオオオオオオオオオオオオオッ!」
 最後の名を冠する者と成ることで、文字通りこの世界を終わらせるのだと。

     ●

 ……蒼二才。私もいま、すぐに逝く。
 薄れゆくウォーグレイモンの自我が、最後に明確に思考したのは。
 他でもない、唯一無二の友の名だった。

     ●

「そんな……」
 ゲンナイの「あかね」は絶句した。
 ネイチャースピリッツ上空に、巨大なデジタマの影が生まれたのだ。
 急いでパンドーラ・ダイアログを使って「中身」のデータ照合を行う。
「やっぱり。間違いない、生まれようとしてる」
 照合が完了すると、あかねは深くため息をついた。イグドラシルが観測する世界は数多あるが、このデジタル・モンスターが観測されるのはごく稀だ。
「超越合体種、オメガモン――第十五号観測個体が」
 そして、ネイチャースピリッツのネットの海にほど近い位置で、デジタマの殻が少しずつ破れていく。
 アグリーメントの英雄達――つまりこの事件の首謀者――以外、アダムスハンズ・ヴァストの手の甲から上は不可侵とされてきた。イグドラシルから観測することは出来ても、干渉することは叶わない。
 だから、ゲンナイとしてその問題に対処したくても、現場にいる九文初人と呼ばれていたデジタル・モンスターに任せるしかないのが情けなかった。あのオメガモンに対抗するならガンクゥモンの助けが欲しいが、いまはそれが出来る状況ではない。
 ならば下で戦っている他の二人をなんとか「上」に送り込むか――しかしそうするには方法が見つからないし、デコイの処理が止まることも問題だ。
 それこそこちらからイグドラシルを通して「本物」や他の聖騎士達を召喚することも考える。もしくは、タクトと名乗るホメオスタシス――アルファモンの干渉を期待するか。他にもいくつか対抗策をすぐさま脳内に列挙するが、そのどれも現実的ではなかった。
「本当に……情けない」
 なにがゲンナイだ。
 なにがイグドラシルだ。
 世界が一体のデジタル・モンスターのエゴによって壊されようとしているのに、いつも通り「選ばれし者」に任せることしか出来ない。
 自分達は、なんて無力だ。その悔しさに思わず歯ぎしりする。
 だが、その時だった。
「――――なんですって?」
 あかねは自分の目を疑った。
 デジタマの殻が完全になくなっているが、そこに立つ影は自分が想像していた姿とは似て非なる者だった。
 通常のオメガモンは、右手にメタルガルルモンの頭部。そして左手にウォーグレイモンの頭部がそれぞれ装備の意匠として顕れるはずだが、
「逆に、なってる」
 まるでオメガモンを鏡に映したかのように、そのデジタル・モンスターの腕は正逆だった。
 顔の形も違う。三本の角があしらわれた鎧兜。その隙間から覗く暗闇に浮かぶのは赤い瞳だった。そして、胸にはアダムスハンズ・ヴァストの紫色の核が嵌め込まれ、禍々しい闇色の輝きを放っている。
 その姿を見たあかねは、いつだったかにワイズモンから教えられた知識を思い出した。
 本来、ジョグレスや合体と呼ばれる二体のデジタル・モンスターが行う進化は、二体のデジコアが完全に融合した状態になる。だが、ごく稀に二体のデジコアを保有したまま誕生する「失敗」のケースがある、と。
 そうした非常に不安定な状態にあるデジタル・モンスターを指して、イグドラシルではいつしかこう呼ぶようになっていた。

 ――存在しえない者(カオスモン)と。

     ●

 幾千のアポカリプス U.R.L
-Ugly Rise Limitation.-
9/事の一端、それは終に至る混沌――了


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こんな掲示板にいられるか! 俺は自分の部屋に戻ってるぞ!!
と、死亡フラグをおっ立てながら書き続けて早三年。
どうもこんぬづわ中村です。
カオスモンて理論上どんな組み合わせでもなれるよなぁと思いついてずっとやりたかったのでようやくお披露目できました。嬉しい。
さていよいよ次回最終回です。エピローグ入れればあと二話。
ここまで長かったような短かったような……。
とまぁそんな感じなんですが、次を投稿する前に別の発表をするかもしれなかったりなんだり。
色々動いてるのでお楽しみにといったところでしょうか。
感想もどしどしお待ちしております。
それではまた。中村角煮でした。

ID.4667
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2016/08/07(日) 06:29


世はまさに感想戦国時代
 気付いたら三話も進んでいたとは……な、なんて速さだ。

 ガンクゥの旦那は「死ぬ!」「今度こそ死ぬ!」「やっと死ぬ!」レベルで何度も死にそうなタイミングあるのに死なんな……死亡フラグブレイカーか何かか。装備をクモタンに託した時点で、映画の龍騎とナイトみたく大群の中に突っ込んで行方不明だと思ったのに。あとすっかり忘れてましたが、そーいやアンタ飛べたのな……チョーさん戦の所為で泥臭く地面を走り回って殴り合ってるイメージが強かった。全てを姉妹とクモタンに託して死ぬ先達ポジションだと思ってたのに実は主役の一角でもあったのかアヤツは。……オイ。彼氏設定生きとったんかワレェ!
 まさかの真マジンガー 衝撃! 俺の彼女は俺の遺したタマゴから生まれてた編! 最早あしゅらモン男爵のように大粒の涙を流しながら物理法則を超越し、水の上を東方不敗走りで駆け抜けながらマジンガークモタンを殴るレベル。おおゼウス、ゼウス〜!! ノワールちゃんのブラン死んでからの取り乱し様には萌えた新たな決意は燃えたが、ここ三話〜四話ぐらいで普通の作品ならラスボスの「ふん、ここまで来た褒美に全てを教えてやろう。そもそもこの世界は〜」で語られるレベルの真実が一気に明かされて頭がフットーしそうだよぉ。
 蒼二才ことメタルガルルモンが畜生だったのに、ウォーグレイモンは慇懃無礼ながらなかなかカッコいい奴だったか。英雄として自分の生きた跡を遺したいとは、発想が逆だが英雄が摩耗した姿として奴を思い出させる。お前は本当に英雄になりたいのかでは聞くがなクモタンお前は本当に正義の味方になりたいと思っているのかとか言いそう。しかし蒼二才を“友”と呼ぶところはカッコ良く、どっちかというと金ぴかだった。これはメタルガルルモンと名付けられた鎖が出てくるで! 呆れた男よ、最後の最後で己が神話を乗り越えたか……とか言ってたらオメガモン! ……じゃない!?
 アカンここでカオスモンとか全て終わりや。ロイヤルナイツの王子クモタンが相手だ! ふおおっ!?(岩盤にキス

 それではまた。

ID.4669
 
■投稿者:狐火 
■投稿日:2016/08/16(火) 16:31


天国と地獄が流れてる時のマリオ
 書くよ……ちゃんと感想書くよ……ちゃんと読んでるんだ、時間が掛かってるけど……ただちょっとカラダが夏になってるだけなんだ……

 とかなんとか言ってたら進んでる! 話が進んでるよ!

 8話の感想タイトルは『親方、空からメインヒロインが!』か『最初にパンツ見せた奴がメインヒロインなのは当然の理』のどっちかにしようとしてたのにナー

 でもこれで完全にノワールがメインヒロインっすね、一時は黒姉様の裏切りで僕っ娘ヒロイン時代の到来もかくやという状況でしたから。
 とかなんとか言ってたらまさかの設定が明かされてびっくりですわ。双子の云々はまだ、あー双子ってそういうのあるよねーって感じだったのにまさかクモタンまで、メインヒロインが実質娘ってそれもうエヴァっすよ、逆綾波パターンですよ、ザ・背徳感。

 家のデータを取り込むって言うからきっとこれはパワーアップフラグだなってことでゴウザウラー最終決戦のガクエンガー辺りをネタにするのもありかなーと思ったんですけど、やっぱり攻めるならオッサンよりヒロインかなって。

 したらやっぱりパワーアップですが親方、しかも無敵、いいよね無敵、男なら誰でも一度はなってみたいよ無敵。しかもジャケットコートってこた、ここにきてようやく我々の知るガンクゥモンの姿になったということなんですね。

 しかしやってることがアトラスもしくはセイバーズのバンチョーレオモン、確かに大事な役目なんだけど地味だぞ親方! しかも最終決戦っぽいの上の方で始まっちゃったぞ親方! 再び活躍の機会は訪れるのか親方!




 サラッと出てきましたけど「タクトと名乗るメオスタシス」ってのはちと含みのありそうな言い方ですね、単純にあんなのタっくんじゃない! 的なあれなのかそれとも別の意味が孕んでるのか、実際にタクト本人もこの体云々言ってるし何があってもおかしくねーのがアポカリプスですものね、こっからさらにアポカプってもおかしくないですよアナタ。

 とか言ってたらほらもーこれですよもー、今度こそオメガモンだろとか思ってたのにもー、きっとみんなも思ってた筈なんですよラスボスはオメガモンだなって、したっけこれっすよもー、正直1ミリもそっちについては予想もしてませんでしたわ、公式設定拾いつつも二段に構えて読者を落とす、お見事。

 ただの合体の際にちゃっかりノワールが巻き込まれてますけど、これ多分ノワールがカオスモン攻略のカギになるパターンですよね、あとアニメとかだったらカオスモンの中にいるノワールとの会話シーンではノワール裸になってますよね絶対、うん絶対、こういう取り込まれ方したら衣類は分解されるのが当然の理ですもの。

 しっかしカオスモンですか、私って実の所カオスモンにこれといった思い入れがなかったりします、だから意外だなーとは思いつつもオメガモンが来ると構えてたからちょっぴり鼻白んだところもあったりします。

 とは言えまだイメージが定着していないというだけなのでこれは逆にチャンス、これからの展開によっては私は今後カオスモンを見る度に「カオスモン? あいつU.R.Lのラスボスでめっちゃヤバかったよなー」とリフレンするようになるかもしれないということですからな(プレッシャー・フォース)

 でも重力波ってそういう物じゃな(ry