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ID.5014
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2018/07/01(日) 20:54
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木乃伊は甘い珈琲がお好き5-1
         
 匿名の手によってなすすべなくログハウスの壁に叩きつけられる趣味はなかった。ただし、人間いつも自分の趣味に合うことが出来るというわけではない。そんなわけで、僕は自分の腕を掴むその手に気づいたときには既にログハウスの中に引きずり込まれ、なすすべなく壁に叩きつけられていた。ドアが閉まり、部屋を暗闇が満たす。汗ばんだ掌が、うめき声をあげようとする僕の口を勢いよく抑え付けた。後頭部を木造の壁に強打し、頭の裏側ががんがんと鳴る。
 不意に眩しい光が僕の目を刺した。思わず目を瞑ると、今度は耳に耳障りな声が飛び込んでくる。

「なんだ、お前。よくジジイの本屋に来てたガキじゃねえか」

 外の暗闇から不意に蛍光灯の光にさらされたせいで相手の顔はぼやけて見えなかったが、これで相手が誰か分からなかったとしたら、高級ホテルの御用探偵だってつとまりっこないだろう。
「(坂本か…!)」
じきに光に目が慣れ、やつれ果てた男の顔がはっきりとした輪郭を伴って目に飛び込んできた。油ぎった髪が光を反射しててらてらと光る。無理もない。僕の推理通り坂本が遠野老人の口を封じたうえで件のエロ写真を売りさばいている組織から隠れてこの家に閉じこもっているとしたら。この三日間ろくに風呂にも入れていないはずだ。
目に入ったのはそれだけではなかった。その坂本の頭を包み込むほどに大きい、骨ばった木乃伊の手のひら。僕が合図を出せばすぐにマミーモンは坂本を放り投げてしまうだろう。
と、そう思った瞬間に僕の眉間に重く冷たい金属があてられた。アドレナリンで沸騰した頭が一気に氷点下まで押し戻される。世間知らずなカシマに僕が押し当てたファイルの角とはわけが違う、リアルな銃口が目の前にあった。
「おっと、変なことを考えるなよ。俺が動けばすぐにこいつもおしまいだ。お前に言ってるんだ。このガキに取っ憑いてるバケモノさんよ」
 彼はそういうと僕に目を戻す。
「おい、お前からも頼めよ。いるんだろ? 〈デジタル・モンスター〉が。最初にお前がこの家の前で俺のことについて一人でべらべら喋ってるのを聞いたときはワケが分かんなかったけどよ、デスメラモンの名前を出したときに分かったよ。なんとか言え! お前も『選ばれしもの』なんだろ? じゃないと俺がしたこと、全部分かるわけねえ」
 そう言って坂本が僕の口に当てた手を外した。新鮮な空気を求めて荒く息をつく度に、目の前で銃口がゆらゆらと揺れる。

──あっという間に自分の犯行を認める犯人は三流だと言ってやれよ。自分の推理を大声で言いふらして殺されかかっている探偵も、大概惨めだけどな。

 マミーモンはこんな状況でも茶化してくる。それは逆に僕を安心させた。僕がネオヴァンデモンに捕まった時の彼は必死そのものだった。それに比べれば今の状況は大したことはないらしい。彼にしてみれば、坂本が引き金を引く前にその頭を握りつぶすくらいは簡単なことなのだろう。

──落ち着けよ早苗、怖がる必要はないさ。今のうちに色々聞きだしとけ。ただし急いでな。デスメラモンが来ると厄介なことになる。

 オーケー、マミーモン。僕は呼吸を落ち着ける。銃口が目の前にあってはいつも通りとはいかなかったが、声は何とかのどから這い出してきた。
「…『選ばれしもの』か」
「なんだ?」坂本が眉をひそめる。
「あんたは、自分のことをそう呼ぶんだね」
「そうさ」坂本はニヤリと笑った。
「デスメラモンは俺にそう言った。俺は選ばれた。お前もそうだろ? だからバケモノを従えられるんだ」

──さっきのブラックラピッドモンの逆だな。こいつはデスメラモンの口車に乗せられて、調子に乗ってるってわけだ。

 マミーモンが冷笑する。僕はそんなに笑えなかった。他の人にできないことが僕にはできることが分かったとき、僕にしか遠野老人殺害の犯人を突き止めることが出来ないと分かったとき、僕は確かに喜んでいた。伊藤を殺すことが頭をよぎったとき、僕は何を思った? 「僕には、それができる」と、僕はそう心で言ったんだ。

「選ばれしものだから、法に触れる写真を売りさばいてもいいし、昔世話になった老人を殺してもいいのか?」
坂本は露骨に顔を歪めた。
「うるせえ、アレは仕方なかったんだよ。意味わかんねえ。ジジイも急に俺を組織に突き出すとか言い出しやがって。自分も散々やってきたことじゃねえか」
「あんたが最後に撮ったあの小さな女の子の写真の、何がそんなにマズかったんだ?」
 僕の言葉に、彼は驚いたように突然大声をあげた。
「なんであの写真のことを知ってる! アレはもう捨てたはずだ。ジジイが持ってたのか? あれだけ探して、デスメラモンに脅させても見つからなかったのに?」
 
──なるほど、これがどういうことか分かるよな、早苗? デスメラモンは坂本に言われてあの爺さんを拷問してたんだ。アイツに殴られて爺さんが即死しなかったのはそういう理由だったんだな。

 ご丁寧に解説されなくても、もちろん分かった。それでも坂本が件の写真をこの世から消せなかったのは、デスメラモンに坂本の命令を真面目に聞く気はなかったからか、あるいは遠野老人がワイズモンへの友情の為に彼の探求の聖林(パンドーラ・ダイアログ)のことを黙っていたからか。

──どっちにしろ、坂本が消したくて消したくて仕方がなかった一枚は、早苗が持ってるってわけだ。…おいおい、そろそろ助けたほうがいいか?

 動揺した坂本に銃口をぐりぐりと押し当てられ、僕はマミーモンの心配そうな声もろくに聞いてはいられなかった。
「お前が写真を持ってるのか? おい、さっさと出せ!」
「分かった、分かったよ! 胸ポケットの中だ」
 坂本は銃を持っていないほうの手で僕の制服の胸ポケットを探り、写真を取り出すと満足げにうなった。その写真はコピーに過ぎず、原本はすでに警察の証拠品保管庫にあると教えてやる義理も勇気もなかった。
「その写真を奪ってどうする気だ?」
「お前には関係ねえよ。これから逃げるために必要なんだ」
「逃げられると本気で思ってるのか?」まさかその写真を売りさばいた金で一生ものの逃亡計画がもつと信じてるわけでもないだろうに。
「逃げられるさ。顔を変えて、遠くに、連中の手の届かないところへ行く」
「殺されるぞ」
「ンなことできるかよ。俺には化け物が憑いてるんだ」

──もういいだろ。化け物が憑いてるやつを殺そうとするとどうなるか、こいつに分からせてやろうぜ。

 マミーモンの言葉に僕はかすかに首を横に振る。どうしても坂本に聞いておかないといけないことが一つあった。
「…弥生さんはどうなるんだ?」
「はあ?」
「あんたの奥さんだよ。あんたに何度も騙されて、それでもあんたが人殺しなんかしないって信じてるサカモト・ヤヨイさんだ。彼女はどうなるんだよ?」
「それは…」坂本は急におろおろとした口調になった。
「そ、そりゃあ、まあアイツには悪いけど、もう会うことはねえよ」
 彼の言葉に、僕は少し声を出して笑った。サカモト・ヤヨイにとってはこの結末が一番いい。罪を犯した夫は、愛するに値しない男だったという方が、他のどの結末よりずっといい。
「そう、仕方ないね。あんたは選ばれたんだもの。それなら…」

──もうお前に用はねえよ。クソ野郎。

     *****

 どん、どん。

 僕がマミーモンに合図を出そうとした瞬間、ログハウスのドアが二度強く叩かれた。坂本が驚いたように振り返る。

 どん、どん。

 なおも扉は叩かれる。しばしの逡巡の後、坂本は僕の顔に銃口を押し当てた。
「銃はずっとお前に向けてるぞ。妙なことを考えるな」
 そう僕の耳元で囁くと、坂本は目を僕のほうに向けたままゆっくりと僕から離れ、扉を小さく開けた。



 小さく扉を開けた坂本の身体が硬直したことに、最初は気づかなかった。その体が二回大きく揺れた時でさえ、僕は彼の手の銃しか見ていなかった。

──早苗、なんか変だぞ。おい!

 マミーモンがそう言った瞬間、坂本の身体が大きく後ろに倒れ込み、その胸に浮かび上がった三つの赤黒い点が目に飛び込んできた。

     *****

 マミーモンが動くほうが僕よりも幾分早かった、彼はすぐに霊体のまま外に飛び出し、僕にも聞こえる大声で叫んだ。

──畜生、逃げられた! 相手は車だ。

「車種とかナンバーは?」
 そう尋ねながら僕はあおむけに倒れた坂本に駆け寄り、首に手を当てる。

──んなもんわかんねえよ。とにかく車だ。坂本は?

「駄目だよ。死んでる」
少しでも彼が生きているように見えたなら、駆け寄ってすぐに銃をその手からもぎ取ることを忘れはしなかっただろう。彼の脈は完全に止まっていた。胸の赤黒い三つのしみはナイフによるものだろう。何回目の攻撃が坂本の息の根を止めたのかは分からないが、彼を刺した人物が念には念を入れたのは間違いないだろう
 体が小刻みに震えていた。こみ上げる吐き気を何とか抑える。ここまで近くで人の死を見せつけられたのは初めてだ。

──早苗、しっかりしろ。あまり時間はない。お前の指紋やら痕跡やらを全部消すんだ。

 分かっていた。今回の件に関しては僕は百パーセント被害者で、怯えて警察に保護を求めても何の問題もないはずだ。ただ、僕の行為はどの程度かは知らないが警察に知られてしまっている。坂本の死の瞬間に僕が彼の隣にいたという事実を金沢警部がどう捉えるか分かったものではなかった。
「そうは言っても、どこに触れたかなんて…」

──俺が見てた。とにかくわかる範囲だけでも消すぞ。あと、坂本から写真を取り返しとくのを忘れるなよ。

 それからは、マミーモンの指示でてきぱきと現場の片づけをした。隣にいる死体に動揺することもなかった。あまりにも簡単にこの状況に自分が適応してしまったことは、僕を暗い気分にさせた。

──どうした。

「…別に、ただちょっと、慣れ始めてる自分が嫌になるってだけだよ」

──それで良いんだよ。こういう血なまぐさいことは俺が助けてやる。お前は人が死ぬ度にいちいち落ち込んでればいい。そうじゃなきゃダメだ。

 マミーモンがきっぱりとした調子で言った。
「そういうもんかな…」

──そういうもんさ。さあそこの壁の隅で終わりだ。デスメラモンとは決着をつけたかったが、依り代の坂本が死んだ以上アイツもそのうち消えちまうだろ。真実を知る俺たちが警察に行かない以上、事件は迷宮入りだな。ついでにエロ写真の組織への手がかりも途絶えた。ネオヴァンデモンを満足させるために何か見つけなきゃいけないって言うのによ。

 なあ? と木乃伊が僕の背後で言う。
「坂本を殺した奴を見つけなきゃいけないだろうな」

──どうせあの組織の下っ端だろ。

 僕はため息をつく。

「組織はカシマのサイバードラモンに坂本を狙わせてた。こんなこそこそした手段じゃなくてデジタル・モンスターを使うはずだよ。死体をあっさり残して帰ったのも気に食わない。組織も警察とのごたごたは避けたいだろうし、坂本の居場所が分かったなら連れ去ってどこかで人知れず消すはずだ」
 マミーモンに背を向けてハンカチで指紋をふき取っていても、彼が笑みを浮かべているのは知っていた。
「捜査は続行される。坂本はクソ野郎だったけど、それでもこいつを愛する人はいたんだ」
 坂本弥生にあったのは失敗だった。あの時背負った彼女の思いに応えるのは大変そうだ。
「だからマミーモン、安心していい。もうしばらくは、君を退屈させないさ。それに、僕も命を狙われっぱなしじゃいられないよ」

──何の話だ?

 マミーモンは素知らぬ素振りで言った。彼が不謹慎にもワクワクしていることは簡単に分かった。あるいは僕も心のどこかでそうだったのかもしれない

     *****

 住宅街の暗闇と静寂が満たす路地、突然現れた大型車がその二つを一度に破った。最初は唸りをあげる二つの小さな光源にしか見えなかった車は家々の間を通り抜け、僕の近くに来ると減速を始めた。
「…マミーモン、あの車ひょっとして」
 坂本を殺した奴が乗り込んだ車ではないかという想像に緊張が走る。

──だからさっきはよく見えなかったんだって。とにかく用心しろ。

 僕は頷き、鞄の紐を握り締める。果たして車は僕の前で止まり、そろそろと開いた後部座席の窓から聞きなれた声が飛び出してきた。
「やっぱり春川だ。何してるんだよ、こんなとこで」
「…富田?」
 車の中のその整った顔の主は確かに富田昴だった。暗い路地に一気に眩しい光が差したような感じがする。
「そうだ、俺だよ。酷いじゃないか、三十分でライブハウスまで来るって言ったのに。電話にも出ないでなんでこんなとこにいるんだ?」

──おいおい探偵サンよ、何をやらかしたんだ?

「…あ」
僕は慌ててスマートフォンをポケットから取り出す。なるほど、画面にはずらりとSNSアプリを使った昴からの着信の通知が並んでいる。

──なんで通知音切ってるんだよ。別に普段誰からも連絡ねえのに。

時刻は十一時になろうとしている。昴に命を狙われた初瀬奈由のことを見ていてくれと頼んだのは九時過ぎ。つまり僕は彼らに待っていろと言っておきながらを二時間以上ほったらかしにしていたことになる。もっとも、僕にしてみればわずかに時間で二回別々の人物に殺されかけたことのほうが驚きで、昴に罪悪感を抱く気にもなれなかった。
「ええと、色々あったんだ」
「春川君、どうかしたの?」
 後部座席の奥のほうから聞こえた声に、今度は空気が一気に華やいだ。昴には感じなかった罪悪感が一気に胸に押し寄せる。
「奈由さん」
 社内のオレンジ色のランプに照らされてふんわりと笑いながらこちらに小さく手を振った彼女を見て、僕は安堵のため息をついた。良かった。彼女は間違いなく生きて笑っている。なぜ彼女が昴の車に乗っているかもそこまで気にならなかった。そこまで。
「もう遅かったからさ、迎えに来た親父の車で初瀬を家まで送るところなんだ。あ、セナもいるぞ。紹介するよ、俺の妹の…」
「セナはもう寝たよ」
 不意に運転席の窓が開き、がっしりした体格の還暦近くに見える男が顔を出した。深い皴が刻まれたその顔はテレビとか新聞で見たことがあるようなないような。とにかく彼が市議会の重鎮、富田源治(トミタ・ゲンジ)議員であることは間違いない。その奥の助手席には小さな少女の顔が見える。顔は見えなかったが、あれが昴の妹、セナなのだろう。
「早苗君だったか? 君も乗っていくといい? もう子どもの一人歩きは危ない時間だ」
 富田議員が口を開いた。全くその通り。たった今僕は夜の危険さを身をもって味わってきたところだ。とはいえ、僕は今現在狙われている身であるし、坂本を殺した奴はまだそう遠くに行ったわけではない。奈由を巻き込んでしまった前科もある。

──お言葉に甘えちゃってもいいんじゃないか? 俺たちの関係者ってだけでこいつらも狙われるかもしれないなら、俺たちがついていたほうがまだいくらか安全だ。…それに早苗、疲れてるだろ。ここだけの話、俺も疲れてるんだ。

 確かに、今日一日だけで、学校でカシマを脅し、古書店でワイズモンと出会い、警察でマミーモンと喧嘩し、家が荒らされ、最後には二度殺されかけたのだ。マミーモンはマミーモンで、サイバードラモン、ブラックラピッドモンと二晩続けて戦い精神的に参る出来事もあった。二人とも帰って休む頃合いだ。
「…お願いします」
 そう言って僕は車に乗り込み、外から見るよりずっと広い後部座席の、奈由の隣に座った。何やらいい香りがする奈由の隣で、本来保っていなければいけないはずの緊張がほどけたのだろう。一気に眠気が押し寄せてきた。眠ってはいけないと自分に言い聞かせても、頭には白いもやがかかる。

──なあ早苗、そういえば今お前の部屋って…。

 マミーモンの言葉とそれと同時に湧いた荒らされた部屋のイメージが、そんな僕の眠気を一気に吹き飛ばした。見れば、富田家の誇る大型車は僕の家を目指し進んでいる。
「あ、あの! えっと! ここでいいです。叔父の家に泊まるんで、ここでいいです!」
 僕が不意に上げた大声に、眠っている昴の妹以外の全員が僕に顔を向けた。車はちょうど、鰆町商店街のあたりで止まった。


スレッド記事表示 No.5014 木乃伊は甘い珈琲がお好き5-1マダラマゼラン一号2018/07/01(日) 20:54
       No.5015 木乃伊は甘い珈琲がお好き 5-2マダラマゼラン一号2018/07/01(日) 20:56
       No.5016 木乃伊は甘い珈琲がお好き 5-あとがきマダラマゼラン一号2018/07/01(日) 21:06
       No.5028 だ、騙したなァァァァ!夏P(ナッピー)2018/07/09(月) 23:15
       No.5035 俺自身が〇〇になることだパラレル2018/07/15(日) 12:16