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ID.4967
 
■投稿者:パラレル 
■投稿日:2018/04/22(日) 20:34
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X-Traveler Episode.3 Part.A
         
Episode.3 "人と怪物"




 土曜日の午後三時。場所は八塚駅前にあるモールの裏手。その指定から五分ほど早く渡は待ち合わせ場所に着いたが、既に逢坂鈴音は黄色いラベルの缶コーヒーを飲みながら待っていた。待たせてしまったようだが、謝罪を口にするより先に彼女が口を開く。今は無駄なやり取りで時間を潰したくはないらしい。
「予習はしてきたかな」
「マニュアルに書いてあった分は」
 X-Passの操作はカードの状態でもある程度できるようで、カードの表面をある手順でなぞると、模様が消えて代わりにマニュアルらしき文書が表示された。これではカードというよりも薄型のタッチパネル搭載PCという表現の方が適切な気もするが、出自すら分からないテクノロジーの産物だと割り切って文書の理解に励んだ。
「なら試験がてら一つ確認だ。――トラベラーとして課せられた当面の目的とは何かな?」
 その質問は以前会ったときに口にしなかった情報の中で重要なものの一つ。生死に関わらないが、「特異点F」に挑む上で知らないままでいる理由はない。
「一つ。契約相手を進化させて強くすること」
 明記されてはいたが、これは目的というよりも手段に近いだろう。加えて生存のために戦いを重ねれば自然と果たされる類いのものだ。
「もう一つ。『X』という人物の痕跡を探すこと」
 X-Passの提供者が自分達にさせたい本命はおそらくこちら。「X」が何者なのかすら分からないが、それも含めて探せということか。
「上出来。これなら他のことも問題ないね」
「だいたいはな」
 予習含めてこの日までに準備はしてきた。邪魔にならない程度に食料と水やアウトドア用品を詰め込んだ。鈴音の方も以前会ったときのロングスカートよりも動きやすい青のサルエルパンツを履いている辺り、完全に道楽気分という訳ではないらしい。荷物は渡よりも小さいが、それも考えあってのことだろう。
「転移予定地点は55F-169」
 X-Passを操作して表示させた地図。その中で赤いピンのアイコンが刺さっている箇所が今回のスタート地点だ。平野と面する北を除いて、三方を山岳地帯で囲まれた場所。前回と大きく違いが無さそうな地形は渡としてもやりやすいチョイスだと感じた。
「ここから先は危険地帯だ。何があっても取り乱さないように」
「分かってる」
「それは結構。――では、行こうか」
 「特異点F」へ渡るのにX-Passに複雑な操作を行う必要はない。デフォルトの状態で「X」の文字を押し込みながらカード自体を突き出すように前方に翳す。
 ただそれだけで渡と鈴音が存在する座標は大きく書き換えられる。次に視界が周囲の情報を収集する頃には二人はこの世界には存在しない。




 ドラマやアニメで場面シーンが切り替わるように、目の前の風景が三十ミリ秒前のそれと一変する。
 乾燥した風が吹きすさぶ平野。以前訪れた場所よりも緑は多く、知識が無くても分かるほどに植生は日本のものとは大きく違っていた。視線を上方に向ければこれまた平野よりも緑の比率が多い山々が見える。渡達は現代日本から切り離された異界の土地に立っていた。
「これが君の契約相手の本来の姿か」
 立つ世界が変われば自分達の周囲にも変化が起きている。カード状だったX-Passは本来の端末の姿となって利き腕とは逆側の手首に固定。カードの時にはドットの模様として圧縮されていたモンスターも本来の姿を取り戻して身体の筋を伸ばしている。
「そっちのアハトは前に聞いていた通りの姿だな」
 蜂のマシーン。鈴音の契約相手を表現するには彼女自身が以前口にした言葉が適切だった。茶色のストライプが描かれた黄金色の身体は堅牢そうだが、その一方で肩と背中の機構で動きは身軽で自由度が高い。最大の武器らしき尻の先にある銃口は下半身と一体化したというよりも下半身そのものと言った方がいいだろう。このモンスターと鈴音が敵として現れなくて良かったと心から思う。
「ワタシ、アハト。ヨロシク」
「これはどうも……え?」
 渡の思考がフリーズする。無理もない。モンスターのアハトが日本語を話したのだ。音声ガイダンスのような機械的な声で口にした言葉もたどたどしいが、確かに渡が会話に使っている言語を口にしていた。
「ツウジテナイ?」
「そういうこともあるだろうね。渡君、アハトはよろしくと言っているんだよ」
「一言一句聞こえた。だから混乱してるんだよ」
 オウムが人の言葉を真似するのとは違う。訓練された犬が人の言葉に従って行動するのとも違う。語彙は少なくともアハトは自らの思考で言葉を選んで話していた。そんなモンスターが存在するなど渡に想像できるはずがない。
「人語を介するモンスターを見るのは初めてのようだね」
「ああ。いったいどう仕込んだんだ?」 
「私は何もしてないよ」
 渡の驚きとは裏腹に鈴音はまるでこれが平常運転のように語る。さらに何か仕込んだ訳でもないと言われれば頭上の疑問符がさらに増えるのも仕方ない。だが、渡の問いかけに対していつものように人をからかうような振る舞いもせず、少し後ろめたそうに視線を伏せる鈴音の姿が何よりも気にかかった。
「だったらなんでこんな真似が」
「……そうだね。隠し通すほど稀なことでもないし、歩きながらでも話そうか」
  あまり気持ちのいい話でもないけれど。そう前置きしてから鈴音は再び口を開く。
「――いぎゃアアアアッ!!」
 その後の言葉を遮る悲鳴。断末魔に似たそれはトーンからして声変わりをとうに過ぎた男性のもの。大の大人がここまでの悲鳴を上げるほどのことが起こっている。だが、一番の問題は声が聞こえてくる方向だ。
 真上。ちょうど渡たちの頭上を流れるように悲鳴が轟き、それに連なるように黒い影が足元を通りすぎる。
 いったい何が起きている。その言葉は頭上から降ってきた茶色い毛の塊を目にした途端に封じられる。足下に落ちたそれは猫か何かの耳。時が早まったかのように風化していく様はそれがモンスターの身体の一部だったことを意味していた。
「スズ、クル」
 今目の前に降り立ったモンスターの顎に囚われている男性がその契約相手と見るのが最も理に叶っている。動揺と困惑の裏で走る、冷静で非情な思考が渡に目の前の状況をそう認識させた。
「嫌だ……死にたくない。助けてくれ!」
「アキラメロ。シネ」
 灰色の鍬形虫クワガタムシの化け物。そう形容するのが適切なモンスターに理性はない。稚拙な言葉を話す知性はあれど、食欲を抑える楔は存在しない。中年男性を電柱のような腕で口に押し込む様を見れば、この怪物と対話も和解も不可能なのは一目瞭然だ。
「助けてくれ、頼む!」
 男性の死を拒む声が刺さる。渡もそれに応えようとした。だが、冷静な思考と残酷な現実が彼を助けることが無理だと告げる。何か手を打つよりも先に鍬形虫のモンスターが食事を終える。その結末を変えることは最早不可能だった。
「イタダキモス」
「いやだ、私はこんなところでまだ終わるらないきてきえあがやめろくるなくるなくうなやめ……ィきぁ」
 苦悶の声は次第に言葉の体を為さなくなり、ついには男の精神ごと消える。後に残るのは生命活動を担う機能をすべて失った身体ハードウェアだけだ。
「手遅れだよ。彼はもうその身体には居ない。私達の前に現れた段階でもう詰んでいた」
 そんなことは言われなくても分かっている。ごみのように地面に投げ捨てられた身体はもう動くことはない。モンスターと違って即座に風化することはないが、鍬形虫がその足で踏み潰せば容易にひしゃげる。何度も何度も念入りに肉塊を叩き潰す鍬形虫の残酷さは野性の闘争特有のものではない。玩具で遊ぶ子供のようなもっと質の悪いものだ。
「もういいだろう。不愉快だ」
 その様に渡は思わず声を上げてしまった。言葉が通じるとは思っていないし、通じようが通じまいがどうでもいい。ただ必要以上に尊厳を弄ぶその姿が在ることが我慢ならなかった。
「オれはすごく愉快だ。次はオ前たちを食って遊ブ」
 だから実際に鍬形虫がアハトのように人の言葉を話しても驚きはしなかった。寧ろその声のトーンが先ほど死んだ男に似た部分があり、その語彙がアハトよりも多いと冷静に分析することもできたほどだ。だが、話した内容に関しては、情報源として分析する対象にもならなかった。言葉を話せたとしても奴が退けるべき障害であることには変わらない。そのことだけは奴が口を開く前から分かり切っていたことだから。
「オオクワモン、進化段階ランク完全体パーフェクト
「格上か……悪い。逃げるのは無理そうだな」
「それは奴が現れた段階で決まっていたことだよ。それにピンチはチャンス、と言うだろう。ここで奴を狩れば大金星だ」
 モンスターの進化の段階ランクは六段階。オオクワモンが該当する完全体パーフェクトは上から二番目で、カインとアハトが該当する成熟期アダルトはその一つ下だ。二対一であっても容易に勝てるとは思えない。それでもこの場の全員が退くことを選択しなかった。理由が食欲か闘争かのどちらかの本能によるものだとしても、自分達の意思を尊重してくれるカインとアハトに渡は心から感謝する。
「お前はここで潰す」
「威勢だけはイイな」
 戦闘開始。オオクワモンが渡に向けて突進。その鼻っ面に向けてカインが口から鉄球を放ち、後方からアハトも同じ目標地点に向けて尻先のレーザー砲を連射。だが、そのいずれもオオクワモンを止めるには至らない。
「ソら、やってミロ」
 最後に止まったのは渡の目と鼻の先。契約によって展開される透明な防護壁にハサミが食らいついたことで収まった。だがそれも時間の問題。契約相手との力の差か、防護壁が削れててじりじりとハサミが近づいてるのが分かる。それでも渡は冷静に左腕の端末を操作しながらオオクワモンを堂々と睨みつけていた。
「言われなくても、なあ!」
「がフグッ!?」
 渡が吠えるのと同時にオオクワモンの腹に突き刺さる衝撃。それは真下に潜り込んでいたカインが渾身の跳躍による頭突きだった。渡に固執していたオオクワモンは反応することができず、勢いのままに上空に弾き飛ばされる。予想すらしていない完全な不意打ちだっただろう。自分より小柄な格下が自分を力任せに弾き飛ばすなど無理だ。事実、カインの元来の筋力だけでは不可能だった。
「下手に人の言葉話すから。動きが読みやすくて助かる」
 からくりの名は「キャスト」。「ブラスト」とはまた別の、X-Passに内蔵された契約相手を強化する機能だ。簡単に言えば性能パラメーターの一部を動的に振り直す手法。力の総量は変わらず、進化に繋がることもない。だが、七つの球で表される危険指標カラータイマー――X-Levelを消費することもなく、状況に応じた無駄のない強化が可能だ。「ブラスト」を瞬間的な底上げと表現するならば、「キャスト」は能力の再分配というところか。
 オオクワモンを押し上げられたのは至って単純な話。「キャスト」で振り分けられるパラメーターをすべてカインの筋力に振り込んだのだ
「調子に……」
 戦闘の中心は上空に移行。体勢を立て直すのはカインよりもオオクワモンの方が早い。その時間差を逃さず、オオクワモンは真下のカインに腕を伸ばす。
「ノルながごグッ」
 それを阻むのは認識の外から飛んできた多数のレーザー。射手は鈴音の頭上で砲口から火花を散らすアハト。恐るべきはその精度だ。肘に直撃してカインを逃させた一撃を初めとして、放たれたレーザーはすべてオオクワモンの間接部に直撃していた。
 アハトの狙撃は全弾命中。それでもオオクワモンを仕留めるには至らない。だが、カインが体勢を立て直す時間を稼ぐには十分。立ち回りやすい間合いに調整することも含めて。
「俺達にそんな余裕はない」
 前衛にはカイン。遥か後方でその陰に隠れるアハトが後衛。「キャスト」による能力調整も既に終えている。分配はカインが機動力に六割と耐久力に四割、アハトが火力に十割だ。渡が鈴音にX-Passで伝えた作戦を仕掛けるための準備は整った。
 カインが翼を翻して空を舞う。オオクワモンとの距離は基本的に一定の安全圏を維持。だが、適当なタイミングで口から鉄球を放ちながら突進し、反撃が来ればそれを避けて後退してまた一定の距離を取り直す。
 それは本来なら格上の相手には地力で潰されてしまう立ち回り。カインの鉄球ではたいしたダメージは与えられず、反撃を避ける隙も生まれない。だが事実として、カインが仕掛ける度にオオクワモンは怯み、カインが反撃を浴びることはなかった。
 そもそもカインの役割はダメージを与えることではなく、オオクワモンの眼前で動いて意識を集中させること。言うなれば囮だ。突進も鉄球もたいしたダメージにはならないことは百も承知。最初からその目的は攻撃ではなく攻撃の一手を隠すことにある。
 本命は火力のみを強化したアハトの射撃。その正確さは遥か後方からカインの股の間を抜けてオオクワモンの膝を撃ち抜く程。囮の後ろから来ると分かっていても、アハトの一撃はオオクワモンの認識の外を突いてその動きを確実に止める。
 状況は渡の作戦通りに進んだ。だがそもそもこの策はカインに最も危険な役割を担わせるもの。格上相手の囮に加えて、背中は知り合ったばかりのスナイパーに晒している状況だ。
 渡は契約相手を思う感情を押し殺して最適解を伝え、カインは嬉々としてそのオーダーを受け入れた。そして、鈴音とアハトはその様を見て奮い立ち、彼らの期待に応えることのできる射手だった。
「鬱陶しイな」
 そんな吐き捨てるような言葉の後、オオクワモンは動きを止める。それが隙ではなく反撃の予備動作であることはこの場の全員が分かっていた。そろそろ仕掛けてくるだろうと予想もしていた。
 警戒すべき大技の名は「シザーアームズΩ」。強大な鋏で断ち切る一撃が直撃すればその段階で勝負が決まるだろう。だが既に攻撃手段も通るであろう軌道も予想できている。この一撃を避けて反撃を畳み掛ければ、それこそこちらが勝負をつけられる可能性もある。
「シャハッ」
 オオクワモンが動く。カインとアハトもほぼ同時に動く。瞬きすら許されないわずかな時間の攻防。ならば、その勝敗が示されるのも迅速で鮮烈だった。
「カイン!」
 血を流しながら落ちる契約相手に渡が叫ぶ。その遥か後方でオオクワモンの鋏にアハトの右肩を抉るように傷つけられ、鈴音は今日初めて顔を歪めた。
 手段も軌道も予想通りだった。だが、その速度と突進力は予想外だった。咄嗟に「キャスト」で耐久力を強化していなければ二体ともどうなっていたか分からない。カインに関しては予め機動力が強化されていたために直撃は避けられただけで、もし分配が違っていたら間違いなく死んでいた。アハトも急所が外れただけ儲けもののようなもので、下方に回避するのが少しでも遅ければ確実に捕まっていた。
「スキアリ」
 一撃は予想外だったがまだ死んではいない。ならばまだ反撃の余地はある。それをいち早く理解したのはアハトだった。
 オオクワモンの下方に位置している今の状況を最大活用すべく、身体を後方に回転させてオオクワモンの腹を仰ぎ、その中心部に自らの尻の先端を押しつける。標的が回避しようとももう遅い。反撃のために溜めていたエネルギーを砲口から解き放つ。
「ベアバスター」
 アハトは一つ勘違いしていた。オオクワモンが直撃を受け入れたのは回避が間に合わなかったからではない。その必要がなかったからだ。そもそもオオクワモンは元々防御力に優れた種族。アハトの砲撃で怯ませることができたのは間接部を狙って動きを阻害していたため。その攻撃ですら怯ませることはできても一撃で明確な傷を負わせたことはない。ならば結果は明白。アハトが至近距離で最大火力をぶつけてもその分厚い甲殻を貫くことはできなかった。
「まずはオ前だ」
 隙が生まれれば反撃の余地がある。その道理は当然相手にも適用される。オオクワモンの右腕がアハトに伸びる。捕まれば最後。胴体を二つに断ち切られてその命は終わる。後方に位置し過ぎていたためにカインも間に合わない。
「……ン?」
 だがオオクワモンはアハトを捕えることはできず、その胴体は繋がったままだった。アハトに自身の危機を乗り越える手はなく、渡達にも助ける術はない。ならばアハトが助かった理由は乱入者による干渉に他ならない。
 乱入者は侍のような甲冑に身を包んだ龍だった。カインを西洋のドラゴンと形容するならば、こちらはより東洋のおろちに近いシルエットをしている。黒色の鎧の中で目立つのは四肢を守る朱と白銀の角、そしてカインにも同じ位置に存在する赤色の宝玉だろう。
「助かった? 庇ったとでも? 何故?」
 アハトは助かった。鈴音としてもその点には安心したが、その事実と経緯があまりに不可解だった。モンスターが他のモンスターを助けるために戦いに介入した。野性の個体がそんな行動をする理由はない。だがトラベラーと契約してその指示に従ったとしても、契約しているトラベラーが相当の物好きということになる。
 渡も混乱していたが、その矛先も視線も鈴音とは別の方向を向いていた。見つめる先は龍が現れた地点。山に繋がる森の入り口には鈴音の推測通りに契約相手が居た。渡と同じ歳の男子高校生。眉間に皺を寄せて目つきの悪さを隠そうともしていないが、性根はそこまで悪くない人間だと渡は知っていた。
「なんで渡もここに居るんだよ」
将吾ショウゴか」
 鶴見ツルミ将吾ショウゴ。中学の剣道部で知り合い、高校でも三か月だけともに稽古に励んだ剣道部員。いや元剣道部員か。渡は入学三か月で辞めたが、将吾は二週間ほど前に辞めたと聞いた。今彼がこの場に立っていることがその理由だろう。
「なるほど、渡君の知り合いか。アハトを助けてくれてありがとう」
「力を貸そうとした矢先に戦力が減ったら困るんだよ。もちろん相応の分け前はもらうぞ」
「悪い。こっちも全部はやれない。代わりに返すものに何か希望はあるか?」
「とりあえずその話は後にしろ」
 カインとアハトに将吾が連れる甲冑の龍が加わって三対一。だが三体とも力量は敵の一つ下。それでも活路はどこかにあるはず。だからこそ将吾もこの戦いに乗ってきた。
「増エタか。まとめて食っテやる」
「そいつは怖いな。行け、月丹ゲッタン
 将吾の名前を呼ぶ声に応えて龍が空を翔ける。カインやアハトのように飛ぶのとは違う。寧ろ浮遊していると言った方がいい。水を泳ぐようなその姿は優雅で捉えどころがない。だからこそオオクワモンからアハトを救出することができ、また今も奴の直情的な攻撃を避けている。
 巧い。ただその一言に尽きる。だがそれでも足りないものがある。それは堅固な甲殻を貫く力。月丹の武器は口から放つ鉄の槍だが、何度か撃ち出されたそれらは悉く灰色の甲殻に弾かれた。与えられたダメージ量もアハトが至近距離で当てたレーザーと比べて明らかに劣っている。
「おい、ぼさっとするな。あくまで手を貸してるのは俺の方だ」
「悪い。今はありがたく力を借りる」
 それを補う策を将吾は導いていた。渡と鈴音は実行に活かすための指示を受け取っている。ならば後は共通の敵を倒すために、各々を信じて実行するのみ。
「アハト、まだいけるね」
「ガッテンショウチ」
 標的から大きく距離を取りながらカインは再び空という戦場に上がる。アハトはそのすぐ後ろ向きに再度陣取り、鈴音の声と指示に従って自慢の武器を乱射。乱射といってもその狙いは正確で、オオクワモンの間接部に再びレーザーが襲いかかる。
 だが、やはり怯みはしても傷を負わせるには至らない。いや、流石に慣れたのか、怯んで動きを止めることも少なくなってきた。
「鬱陶シイ……懲りナいよウダな」
 それでも苛立ちを誘い、注意を向けるには十分だ。オオクワモンは再び狙いをアハトに定めて突進のために一度動きを止める。そのタイミングに合わせてカインは口から自身の身体に匹敵するほどの巨大な鉄球を放つ。
「シジャハッ」
 だが、オオクワモンには止まる必要すら無かった。予定通り突進し、鋏という武器を使って鉄球を両断。想定よりも密度はあったが止めるには至らない。もたらしたことといえば多少速度を緩めたことと、一度鋏を閉じたために標的を断つためにはもう一度鋏を開かなくてはいけなくなったこと。しかし、それだけで将吾の策を進めるには十分だった。
「ムググ?」
 鉄球は両断されて二つの半球になった。それは当然の現象でオオクワモンも理解していた。だが、その間から覗く何かは理解の外だった。だからその存在を認識した頃にはオオクワモンの口には異物が押し込まれて、初めて痛みを知覚した頃にはそれは腹の深いところまで刺さっていた。
「丹精込めた一本だ。存分に味わえ」
 異物の正体は月丹が放った鉄の槍。それも将吾のキャストと指示により今までで一番太く長いものだ。どれだけ甲殻が堅かろうと腹の内は関係ない。だから槍は腹の底まで刺さり、飛び出した柄のせいで口は閉じることができなくなっている。断ち切ろうにも歯では噛みきれず、鋏は角度の調整に神経と時間を使うだろう。そんな猶予はオオクワモンに残されてなどいない。
 半開きになった口の隙間の先は唯一の弱点に繋がっている。そこはアハトにとって、間接部を狙うよりも容易い格好の的だ。
「詰みだ。止めは任せた」
 ベアバスター。それがアハトが告げる死刑宣告。閃光は灰色の身体を口から尻まで一息に貫いて、オオクワモンという生命を一撃で終わらせた。




 


スレッド記事表示 No.4967 X-Traveler Episode.3 Part.Aパラレル2018/04/22(日) 20:34
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