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ID.4937
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/03/26(月) 00:00
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グッド・オールド・フューチャー 9/また会おう
         
 リリスモンが目覚めると、不自由な腰から伝わる感触が普段と違うことに気づいた。普段座っている車椅子の座席ではない、何か固いものに自分は腰掛けている。
 左手で周りに触れると、その正体が分かった。
 これは木箱だ。地下倉庫に積んである、品物を詰めた木箱。
 なぜそんな場所に座ってる?
 いつもの車椅子はどこにあるのか?
「……」
「あ、起きた! おい、起きたぞ、小娘!」
 聞き覚えのある、耳鳴りがするほど大きな野太い声。重い瞼を上げると、何やら小さな人間のシルエットが、小走りで自分の方へ駆け寄ってくる。
「リリスモンさん! 大丈夫ですか?」
「……」
 大きな瞳を少し潤ませながら、心配そうな表情を浮かべる、新しい選ばれし子どもの少女。首から下げたタグには、意識を失う前に見たままに、草薙タツキと同じ紋章が輝いている。
 リリスモンは思った。全く、この娘は何を考えてるんだ?
「よ、良かった〜……本当、このままリリスモンさんが起きなかったらどうしようかと……心配しましたぁ……」
「だから言っただろう、大丈夫だと。俺は狙いは外さない」
 彼女の隣に現れたのは、金色に輝く鎧をまとった獣の騎士。そして春子と同世代の、長い髪の少女だった。
 記憶が正しければ、この騎士はついさっきまで自分と戦っていた、ドーベルモンの進化した姿だ。彼が今抱えているのは長刀ではなく、さっきまで自分が乗っていた車椅子の残骸だった。
「だ、だって、本当に指示が伝わってるか分からなかったし……あんな風に壊れるなんて思ってなかったもん」
「いや、本当すげぇ音だったぜ。俺も思わず起きちまったよ。しかし、まさか社長を倒しちまうとはな」
 隣で談笑するミノタルモンは自分の身を案じてか、医療キットやら氷嚢やらを大量に持ち込んでいた。その心構えは買うが、お前はそれ以前に大失態を犯しているだろう。後でキツい仕置きが必要になりそうだ。
 しかし、それより問題は。
「ハルコ。あんた、何でココにいる?」
「え、はい、もしものことがリリスモンにあったらどうしようと思って……」
「違うだろ!」
 大声を出すと、この脳天気な小娘もさすがに飛び上がった。
「ジェームズを助けにいくんじゃなかったのかい?」
「え、あ、はい、その、つもり、です……けど」
 愚か者め。
 こんな風に反抗しておいて、まだ私の顔色なんか窺ってるのか。
「じゃあなんでこんな所で油売ってるんだい!」
「……!」
「そのためにあたしと戦ったんだろう!」
 そして右手を伸ばし、今は開かれている鉄扉を指す。
 春子の表情が明るくなった。彼女は大きく頷いて、隣の少女を見る。
「シーラ。ミノタルモンと一緒に、リリスモンさんのこと見ててくれる?」
「うん、分かった」
「私はクーレスガルルモンと行ってくる」
 そして出口へ向かうのかと思いきや、春子は一歩前に出る。
 リリスモンは目と鼻の先にある春子の瞳に、自分が映っていることに気づいた。
「リリスモンさん、ありがとうございました!」
 深々と頭を下げる。
 春子のその動作に、リリスモンはまたしても呆れた。
 何度そう思ったか分からないが、この小娘は本当に愚かだ。
 そんな礼儀に何の意味があるというのか。
 まして私は七大魔王だ。選ばれし子どもの敵だ。
 さっきの戦いだって、私はクーレスガルルモンを殺そうとしていた。
 いや、今だって右腕を伸ばせば、この爪で軽く引っかくだけでこの小娘を殺すことができる。最後の選ばれし子どもを葬れる。そういう相手の前に首を垂れるということのリスクを、この小娘は考えてない。
 七大魔王に対して「ありがとうございます」だって?
 本当に、この、小娘は。
「もういいよ、行きな」
「……はい!」
 ミノタルモン並みの大声を出して、歯を見せて笑ってから、彼女は踵を返してゲートに向かう。クーレスガルルモンが春子に肩を貸し、春子が彼の背に飛び乗る。
 リリスモンはふと、昔見た光景を思い出した。
 若き日のジェームズがメタルガルルモンの背に乗り、戦いへと赴く姿を。
「でも、あんたはジムにはなれないね」
 もう、なる必要もないのだろうけど。
 リリスモンは後ろ姿を見つめながら、小さく呟いた。



 ジェームズは、ウォーグレイモンがドラモンキラーを構えるよりも先に彼に銃口を向け、躊躇なく発砲した。黒い装甲が銃弾を弾いても、気にせず二発、三発と発砲を続ける。ウォーグレイモンはジェームズを見つめたまま、攻撃を弾きつつゆっくりと歩きながら左腕を上げた。
 そしてそのまま掌の中に火球を作り出し振りかぶろうとするも、それまでとは全く違う方向から飛んできた無数の銃弾が足元の床を穴だらけにしたことで、再び停止せざるを得なかった。
 アンドロモンでも、ミスティモンでもない。まだ敵がいる。
 吹き抜けになっているロビーの上層を見上げる。
 灰色のコートと青いスーツの魔人だ。
 彼はウォーグレイモンに対し、手にした巨大なマシンガンオーロサルモンを向けていた。
 またしても懐かしい顔だ。
 ウォーグレイモンは攻撃の標的を変更し、火球をそのデジモンに向かって投擲する。既に魔人型デジモンは二階から飛び降りており、そのまま綺麗に目の前へ着地した。
 スーツの袖から短刀を取り出すと、彼は素早くその刃をウォーグレイモンに向ける。
 寸でのところでウォーグレイモンは爪で刃を受け止めた。
「貴様もまだ生きていたのか、アスタモン」
「社長……いや、リリスモン様が貴様によろしくと言っていたよ」
 アスタモンは腕を一瞬だけ引き、ウォーグレイモンのバランスを崩して再び刺突を試みる。右腕のドラモンキラーを振り上げようとする動きを察知し、彼も右手のオーロサルモンを持ち上げ、爪と爪の間に引っ掛けて動きを封じる。ガイアフォースを使わせる気はない。このまま至近距離で、最小の攻撃で致命傷を与えるのがアスタモンの狙いだった。
 ウォーグレイモンに対する戦術としては、彼の狙いは間違っていなかったのかもしれない。だが、それでもまだ足りなかった。
 ウォーグレイモンはミスティモンの時と同様、アスタモンには信じられないくらいの力を腕に籠め、彼を押し始めた。アスタモンの両足が徐々に滑り、受けの姿勢を維持することで精いっぱいになる。これでは短刀を引いてバランスを崩そうとしても、次の攻撃を仕掛ける前に潰されるだろう。
「無駄だ」
 ウォーグレイモンはそう言うと、唐突に身体を捩じる。
 彼の背後には炎を纏った剣を振り上げたミスティモンがいたが、アスタモンの方を向いたまま、ウォーグレイモンはその攻撃も察知していた。
 ウォーグレイモンの右腕が動き、ミスティモンの剣を受け止める。それまでドラモンキラーを封じていたオーロサルモンはあっけなく宙を舞い、カシャンという音ともに床に落ちた。
「ジョーダン! 逃げろ!」
「人の心配をしている場合か?」
 右足から放たれた鋭い蹴りに気づくことができず、ミスティモンは肺の中の酸素を絞り出されながら床を転げた。ミスティモンと入れ替わるように、アンドロモンが光刃を輝かせて突撃したが、ウォーグレイモンはそれすらも易々と受け止めた。
 計算が合わない、とアスタモンは思った。
 ガイアフォースを放つこともできないような至近距離で、二本しか腕を持たない竜人は、自分たち三体と対等以上の戦いを続けている。三体のうち一体は元・選ばれし子どものパートナーで、残りの二体も数々の戦乱を生き抜いてきた完全体だ。例え究極体であろうと、この数の差を埋めることなど普通はできない。
 だが、それができるのが草薙タツキのパートナー、英雄ウォーグレイモンだ。
 一瞬右腕を引いたウォーグレイモンが、ドラモンキラーをそれまで以上の速度で動かすと、アンドロモンの腕が分解し、ミスティモンの刃が折れた。その動きに対応して防御の姿勢を取る前に、今度はウォーグレイモンは二つに分かれた背中の盾――かつては太陽の紋章が刻まれていた勇気の盾ブレイブシールド――の片方を取り、その縁を自分の頭部に叩きつけた。
 奇妙な音が体の内側に鳴り響き、力が抜ける。
 そのまま、ウォーグレイモンの両腕が放った炎の飛沫が、アンドロモンとミスティモンを沈め、自分の身体すら弾いた。
 これでも敵わないのか。
 化け物だ。

 ジョーダンはミスティモンの言葉を聞くよりも前に行動を起こしていた。
 時折飛んでくる火の粉や激しい打撃音に身体を震わせながら、戦いの中心部から離れようと入り口に向かって走る。やがて、ウォーグレイモンが破壊して引き剥がしたセキュリティゲートの残骸が転がっているのを見て、その物陰に身を隠した。
 そこには先客がいた。薄汚れ、煤だらけのコートとスーツを着た老人が、右手に握る小銃にマガジンを装填している。
 彼の表情は冷静そのもので、この場にはそぐわないほど落ち着いていた。
「何をしているんだ? ジェームズ!」
 まさかまだ戦う気か?
 あのウォーグレイモンをそんな小さな武器で殺せると、本気で思っているのか?
 ジェームズはこの質問には答えず、装填を終えると黙ってジョーダンを見た。
「デジヴァイスを返してくれ」
「何だと?」
「さっき君に渡したデジヴァイスだ。持っているだろう」
 意味が分からない。そんなものを今持ったところで何になる?
 彼のパートナーだったガブモン、彼の進化したメタルガルルモンがこの場にいれば、ウォーグレイモンには勝てるかもしれない。だが彼はとっくにこの世にはいない。
 デジヴァイスは無意味だ。
「頼む」
 もうどうでもいい。ジョーダンはコートのポケットを探り、デジヴァイスを乱暴にジェームズへ投げ渡してから叫んだ。
「僕は逃げるぞ! あんな野蛮な戦いに付き合ってられない!」
「なぁジョーダン。君はミスティモンのパートナーか?」
「は?」
「君はまだミスティモンのパートナーなのかと聞いている」
 なんだ、その質問は?
「当たり前だろう! 何が知りたいんだ? 君は何がしたいんだ!」
「そうか」
 背後で起きている壮絶な戦いなど気にもしていないような顔で、ジェームズは立ち上がる。
「これが終わったら、君も彼のためになることをしてくれ」
それだけ言うと、ジェームズはジョーダンの返事も待たずに残骸の影を離れ、また元の場所へ戻っていく。
 死が待つはずの戦場へ。
 ガラス製の自動ドアに赤い光が入り、ジョーダンの耳にけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。

 床に倒れた三体のデジモンに最後の一撃を与えようとしているウォーグレイモンが見え、ジェームズは銃を真上に向けて撃った。
 彼に威嚇の意味などないが、意識をこちらに向けることはできる。
ウォーグレイモンは振りかぶっていた腕を降ろし、ジェームズの方を向いた。
「ジェームズ」
「あぁ。私はここだ」
 一歩、二歩と、彼はゆっくりジェームズに近づいてくる。
「貴様はどこまで愚かなんだ」
 ウォーグレイモンは床に倒れたままのアスタモンを指す。
「あんな悪党とまで手を組むとはな。かつて俺たちを殺そうとした敵だぞ?」
「我々の戦いは全て終わったんだよ、ウォーグレイモン」
「貴様が勝手にそう思っているだけだ」
 ジェームズは、ウォーグレイモンの瞳にそれまで見たこともないような怒りの炎が籠っていることに気づいた。それはガイアフォースの炎よりも激しく燃えている。
 だが、その炎も間もなく消える。
「タツキを殺し、選ばれし子どもの名を穢した。貴様は史上最悪の選ばれし子どもだ」
「あぁ、そうだな」
「貴様はタツキのパートナーに相応しくなかった」
「君の言う通りだ」
「……ふざけるな! その態度も気に入らない!」
 ウォーグレイモンは遂に声を荒げた。それから、手の甲にそれまで隠れていたものをジェームズに向けた。
 デジヴァイス。
 自分が持っているものと同じ型のもの。
「俺はこのタツキの形見に誓った! 選ばれし子どもの過ちを葬り、タツキが望んだ世界を取り戻すとな! 貴様はタツキの世界のウィルスだ! 俺はタツキのために選ばれし子どもを滅ぼす! 分かっているのか!」
 ジェームズは怒りに任せて叫び、彼の腕を覆うドラモンキラーすら破壊しそうなほどの力で握られたそれを見た。
 やはり、彼の最後の心の拠り所はそれだったのだ。
 草薙タツキを失った彼は、タツキをデジヴァイスに求めた。
 タツキのデジヴァイスだと信じているもの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・に。
「ホメオスタシスから指示を受けたのだな? そのデジヴァイスを通じて」
「あの小娘から聞いたか。その通りだ」
 今度の言葉には、少しばかり優越感が含まれていた。
「そして君は、かつての仲間たちに手を掛けた」
「そうだ。それが俺のできる、せめてものタツキへの弔いだ」
 ジェームズは静かに息を吐いた。
 想像していた通りだった。
 最初は、ウォーグレイモンはタツキが死んで、全てに絶望してこの事件を引き起こしたと思っていた。
 だが、そうではなかった。彼はタツキの遺志を継ごうとしていただけだ。
 だからこそ、例えどんなに恐ろしい神託であろうと「ホメオスタシスの言葉」を信じた。あの頃のタツキと同じく、彼もまた調和を望んだからだ。
 ウォーグレイモンは純粋だった。
「君は利用されただけだ」
「何を言っている、ジェームズ」
「そのデジヴァイスはタツキのものではない」
 ジェームズは銃を手放し、代わりにデジヴァイスを彼に見せる。
 十一年前、彼女の死の直前に預かったデジヴァイス。引退とともに自分のものを手放しても、これだけは手放すことはできなかった。軍に、他の人間に回収される前にこれを隠し、彼女のものは全て失われたと報告した。
「神託などないよ。ウォーグレイモン」

「馬鹿な」
 あり得ない。ジェームズが握っているデジヴァイスは彼自身のもの、俺が握っているこれこそがタツキのものだ。
「これは君に返す。君のものだ」
 ジェームズは握っていたデジヴァイスを放り、それはウォーグレイモンの手の中に納まる。
 寸分違わぬ形をした二つのデジヴァイス。だが片方は新品同様の輝きを誇り、今受け渡された方は傷や汚れが目立った。
 いや、違う。そんなものに惑わされてなるものか。
 自分を惑わすための嘘に決まっている。
「我々の世代のデジヴァイスは全て色も形も同じだ。残念だが、今それこそがタツキの形見だと証明することはできない」
 鎧の内側でデジコアの鳴る音が聞こえる。それもジェームズの言葉をかき消せない。
「デジヴァイスが人類にもたらされて半世紀だ。人類が同じものを作ろうとする試みは何度も繰り返されてきた。例え進化の光を取り戻すことはできなくとも、外見で我々を騙すことなど造作もないだろう」
「嘘だ。そんなはずはない……」
「どうして、『ホメオスタシスの言葉』など信じた? 『選ばれし子どもは間違いだった』という言葉を?」
「貴様、タツキのデジヴァイスを疑うなど……!」
 ウォーグレイモンはそう思い込もうとした。
 ジェームズはタツキのデジヴァイス・・・・・・・・・・を疑っている。決して許されない冒涜だ。
 だが、ジェームズは更に問いかけた。
「選ばれし子どもが過ちなら、なぜ橘春子という新たな選ばれし子どもが生まれたのだ?」
「……!」
 馬鹿な。何を言っている。
 あんな小娘が、何も知らない子どもが、その存在が。
 今の俺にとって、タツキのデジヴァイスは全てだ。亡霊となった身体を動かす最後の原動力だ。
「君だって分かっていたはずだ」
 それが……。
「ガブモンにも言われただろう」

 ウォーグレイモンは、最初の殺人――イリーナとサルマの殺害――の前に、ガブモンがセントラル病院に入院していることを知り、彼に会っていた。
 十一年ぶりの戦友との再会。病床のガブモンは既に痩せ細っていた。
 そこで彼は、ジェームズが自分が姿を消した後すぐにガブモンとのパートナー関係を解消していることを知った。
 もう、この世界に選ばれし子どもはいらない。そう確信し、彼はガブモンにのみ全てを語った。この戦友も俺と同じだ、彼もまた賛同してくれると信じて。
 だが、計画を伝えた後に彼から言われたのは「ホメオスタシスを信じるな」という言葉だけだった。
 ガブモンが息を引き取ったのは、その数日後だったと聞いている。

「すまない、ウォーグレイモン」
 掌の中に釘づけになっていた視線が、その言葉で強制的に引っ張り上げられる。
 そこには愚かな老人がいた。銃も捨て、デジヴァイスも持たない、薄汚れたコートと罅の入った眼鏡の老人。
「君をそうさせたのは私だ。だから、私で終わりにしてくれ」
 この期に及んでもなお、彼は変わらずほとんど無表情だった。ただ、眼鏡の奥にある瞳だけが、ほんの少しだけ潤んでいるように見えた。
 そうだ。これは悪夢だ。今、目の前にいるのは老人の姿をした悪魔だ。この悪魔は五十年間も、善良な人間のふりをして俺とタツキを惑わせてきたのだ。全てがおかしい。この悪夢を終わらせなければならない。
 やるべきことは分かっている。この男を殺さなければ。
 ドラモンキラーを振り上げる。その爪も、先程まで戦っている時の数十倍も重くなったように感じた。
「俺はお前を許さない」
「それでいい」
 振り下ろす。
 とても硬い感触と、弾かれる振動が、爪先から腕に伝わった。
 ジェームズとドラモンキラーの間には巨大な長刀と、それを構える金色の獣騎士が見えた。

 春子は内心、緊張感と高揚感、そして寸でのところで間に合った安心感、これから起こるであろうことに対する恐怖感と、さまざまな感情がぐちゃぐちゃに混ざっているような感覚を覚えていた。
 一番強いのは緊張感かな? 少し吐きそうだし。もちろん、クーレスガルルモンの背の上でそんなことは絶対にできないけど。
 今、春子とクーレスガルルモンの前にいるウォーグレイモンは、微かに驚きを浮かべた表情で自分たちを見つめている。致命傷を与えたはずのパートナーデジモンが姿形を変えて現れたことはもちろん、今この場に自分が駆けつけることさえ予想してなかっただろう。
 それは自分の後ろにいる元・選ばれし子どもも同じだ。
 春子はくるっと反転すると、それまで掴まっていたクーレスガルルモンの肩から手を離し、ジェームズの目の前に飛び降りて着地した。そしてジェームズが口を動かす前に腰を九十度曲げて頭を下げた。
「来ちゃいました! すみません!」
 結んだ髪が落ちてきて、左側の視界が隠れる。どちらにしても反応が怖くて、ジェームズの顔は見れないが。
「ジェームズさんの言いつけを守らなくてすみません! 多分私、選ばれし子ども失格だと思います!」
「春子」
「これで最後にしますから! 後で怒られますし、何でもしますから! だから、今だけは……」
「春子、頭を上げろ」
 ジェームズがいつもよりも少しだけ強い口調でそう告げたのが聞こえ、春子は思わず頭を上げた。
「敵の前で背を向けるんじゃない」
 ジェームズは普段の訓練のような顔をして言った。
 まるで雷に撃たれたように反応して春子が振り返るのと、二体の究極体の武器が再び激突したのはほぼ同時だった。

 クーレスガルルモンは春子ほど注意を怠ってはいなかった。
 進化しても、ドーベルモンの頃と同じく耳も鼻も利いた。春子が必要以上の大声でジェームズに謝罪している間に――ジェームズにそんなことをする必要は全くないと思ったが――敵が動いたことを感じ取れた。
 そして予想通り、ウォーグレイモンが巨大な爪を自分に伸ばしてきた。
 長刀を振るって二本の爪を弾く。そのまま続けて行われる攻撃を防ぎながら、クーレスガルルモンは少しずつ下がった。
 クーレスガルルモンは思った。繰り出される攻撃は容赦がなく、防ぐだけでも一苦労だが、ついていけないレベルではない。あの夜、ドーベルモンの姿で戦った時のような実力の開きは感じられなかった。
 次の動きが読める、攻撃を防ぐこともできる。
 もしかすると、その先のこともできるかもしれない。
 何度目かのドラモンキラーの打撃を防ぎながら、ウォーグレイモンの力の方向に決して逆らわず、クーレスガルルモンは大きく後退した。それまで両手で握っていた長刀を右手のみで持ち替え、大きく振るう。するとその軌道に、刃と同じ形をしたいくつもの氷の結晶が生まれ、それがウォーグレイモンを襲った。
「!」
 ウォーグレイモンはとっさに重心を後ろへ移す。そして両腕を背に回してブレイブシールドを握り、すぐにそれを身体の前で合体させ構えた。
 次の瞬間には氷の結晶がウォーグレイモンに降り注ぎ、彼とその周囲を凍らせ、粉々にして粉塵を散らした。

 ジェームズは春子が現れた時、全く腹を立てなかったわけではない。この期に及んで、どうしてそれでも戦いの場に戻ってきたのかと、叱責したい感情も少しはあった。だが、驚きがそれに勝った。
 リリスモンが自分の務めを怠ったとは思えない。それに、春子とともにいるあの究極体――どうみても究極体だろう――が、彼女のパートナーであるドーベルモンと無関係とも思えない。
 どうやら春子は、自分が少し目を離している間に、いくつか信じられないことをやってのけたらしい。
 おかしな話だ。だが、そもそも春子の存在自体が我々にとっては信じがたいことを、ついさっき自分はウォーグレイモンに説いたばかりではないか。
「頑張れ、クーレスガルルモン!」
 春子は獣騎士型デジモンが戦っている間、両手を強く握りながら、彼の名を叫び続けていた。
 こんなことは今すぐ止めさせるべきだ。春子がパートナーを奇跡的にワープ進化させたのだとしても、彼はただの究極体だ。世界を救った究極体ではない。勝てるはずがない。
 だが、彼が攻撃を受けて大きく下がったかと思いきや攻勢に転じ、長刀から作り出した結晶体でウォーグレイモンを覆い尽くした時、ジェームズは思わず息を呑んだ。
 勝てるかもしれない。
 もしかすると、このデジモンはウォーグレイモンを倒せるかもしれない。
 隣で春子も同じことを考えたのだろう、彼女は歓声を上げ、すぐにクーレスガルルモンの近くに寄ろうとした。
 だが、彼女が一歩足を踏み出した瞬間に、粉塵の中から両腕を高く掲げた竜人が飛び出してきた。
 獣騎士は対応できない。もちろん、春子も。
「勝てると思ったか?」
 巨大な火球がウォーグレイモンの頭上に生まれ、すぐに彼はそれを叩きつけた。
「春子――」
 火球が炸裂し、ジェームズは投げ出された。



 手塚琢磨は苛立っていた。
 オフィスで最初にその一報を聞いてから、パトカーに乗り部下とともにゲート・タワ^―の正面入り口前に集合した今までずっとだ。
 なぜ、またウォーグレインは動いたのか?
 何が彼をそうさせたのか?
 だが、いずれにせよ、全てがもうすぐ終わる。終わらせなければいけない。
 既にタワーの周囲には十台以上のパトカーが到着し、人間とデジモン合わせて百名以上の警官が入り口前を囲んでいた。いくつもの赤いランプが建物を照らしている。
 手塚はいくつか、この後の展開を考えていた。予測ではない。こういう状況では、主導権を握ることの方が重要だ。
「テヅカ部長」
 植物の葉が擦れる、彼女にしか出せない音を鳴らしながら、リリモンが手塚の元に降り立った。
「遅いぞ。先に到着していると思っていたが」
「その、非番でしたもので」
 彼女は着地でズレた眼鏡の縁を触りながら小さく頭を下げた。普段マイペースな彼女にしては緊張した表情を浮かべている。この状況では無理もないだろう。
 先に到着して準備を進めていた機動隊の隊長が、手塚とリリモンの姿に気づくとすぐに近づき敬礼した。
「既に準備は完了してます。突入しますか?」
 手塚はそれに答えるよりも前に、正面入り口からひとつの人影が現れたことに気づいた。シルエットからするとデジモンではなく、人間の男のようだ。ふらつく足取りが見るからに危なっかしい。
 警官たちが緊張して銃を構えるが、人影が手を挙げて「助けてくれ!」と叫ぶのを聞くと銃を降ろし、二人が彼に駆け寄って肩を貸した。
 男は警備員のようだった。毛布にうずくまって震える彼の両肩に手塚は手を掛けた。
「何を見た?」
「あの、例の……黒いウォーグレイモンが……」
 手塚は黙ったままその先を促す。その話は通報された時点で聞いている。
「六十代くらいの眼鏡の男が、デジモンと一緒に社長を連れてきて……何か言い争ってた。よくは聞こえなかったが……」
「何だと?」
 六十代の男性なとスクルドターミナルには掃いて捨てるほどいるが、ジョーダン・グードと面会できる者はごく僅かだ。ましてやこの時期に真夜中となると、普通の人間のする行動とは思えない。
 手塚は頭の中で、この後の展開を組み立て始めた。
「そしたらあの、ウォーグレイモンが現れて……戦いが始まった。酷い有り様だ。どうしてあんな奴がここに……」
「もういい」
 手塚はさっと立ち上がり、部下に指示を出し始めた。とにかく、まずはウォーグレイモンに対処する必要がある。他のことはその後だ。
 だが、警備員はまだ話を続けていた。
「どこかで見た女の子と、金色の鎧のデジモンも現れた」
 手塚は驚いて警備員を見た。



 鉄の冷たい感触が指先から伝わる。分厚い曇り空が鳴らす稲妻のような大きな音が耳の中を支配する。
 クーレスガルルモンが瞼を上げると、周囲の景色は先程までと様変わりしていた。洗練されたロビーとは違い、壁は無骨な合金で覆われ、窓ガラスなどはなく、そこら中に機械やよく分からない剥き出しの配管がある。
 そして春子がいた。自分と同じように床に伏せ、目は閉じている。
 気を失っているようだ。
 周囲を見渡せば何が起きたのか分かった。頭上には巨大な穴が空き、自分が立っている床は激しく損傷し、周囲とは異なる色をしている。自分たちがいるのは、さっきまで立っていたゲート・タワーのロビーよりも下の層、地階だ。
 床が破壊され、ここまで落ちていたのだ。
 確かにこの建物は巨大だが、それでもこれほど広い空間が存在するとは思っていなかった。地上階でいえば五、六階分くらいの高さがある。
「……」
 春子が倒れているのは、クーレスガルルモンがいる合金の床から張り出した、幅二メートルほどの細長い鉄橋だった。
 そして、その先には――巨大な、さまざまな色の混ざり合った閃光の塊が見える。
「デジタルゲート……!」
 ジェームズから聞いた話を思い出す。
 これはデジタルゲートだ。だが、かつてパートナーから伝えられた知識で知るデジタルゲートとは違う。
 橋の先にある、巨大な円形のリングに囲まれた閃光の塊は、稲妻の嵐を周囲に放ちながら、獣の唸り声のような音を響かせていた。人間の身体など簡単に呑み込めそうなほど大きい。
 こんなものは見たことがない。だが、今のクーレスガルルモンにとってそれは重要ではなかった。
 重要なのは、デジタルゲートへ繋がる橋の上で倒れているパートナーだ。
「ハル――」
 待て。
 発達した耳の神経が伝えてくる。何かが迫っている。
 大きな危険が。
 そう感じた瞬間、クーレスガルルモンは腕を伸ばして長刀を掴み、すぐさま立ち上がった。すぐに脅威の正体も明らかになった。
「ッ!」
 頭上から振り下ろされたドラモンキラーを受ける。全体重と落下の勢いが加えられた勢いは強烈だったが、片膝を着くことでどうにか身体への直撃は避けられた。
「そろそろ諦めるべきだ、後輩よ」
 手足の関節がズキズキと痛むが、それでも力を抜くことは許されない。そんなことをしたら次の瞬間には殺される。
 またしても雷鳴のような音が響いた。
「この場所が何か分かるか?」
 ウォーグレイモンが視線を逸らし、デジタルゲートを顎でしゃくる。
「デジタルゲート用のプラットフォームだ。毎日のように、ここからデジモンがリアルワールドへ送られている。普段は安定しているらしいが、どうやら制御装置か何かが壊れてしまったようだな」
 またしてもバチッという激しい音がなり、視界の隅に一瞬青い閃光が走った。
 腕の痛みが耐え難いものになってくる。ウォーグレイモンは溜め息をつくと、血走った眼をクーレスガルルモンの顔にゆっくりと近づけながら言った。
「君のパートナーも無事では済まないだろうな」
 その言葉に動揺した。
「ハルコ!」
 不安定な姿勢のまま叫ぶ。その声すらも轟音で聞こえないのか、春子は身動きひとつしない。
 デジタルゲートの閃光が更に激しくなった。それを制御しているらしい周囲のリングがひび割れていく。
 ハルコの倒れている鉄橋が歪む。両端の手すりがメキメキと音を立てて折れ、閃光の中に呑み込まれた。
 もし閃光に呑まれたら彼女はどうなる?
 あんな状態の制御装置が、ゲートの行き先の座標を正確に設定しているとは思えない。
 リアルワールドか、デジタルワールドのどこか別の場所か、それとも裏次元を永久に彷徨うことになるのか?
「ハルコ! 起きろ! 逃げるんだ!」
 何度も絶叫する。
 その効果があったのか、春子は苦しそうに額を歪ませてから、ついに瞼を開いた。
「クーレスガルルモン……?」
「逃げろ!」
 そこで力のバランスが狂った。クーレスガルルモンの長刀が弾かれる。とっさに飛び退いてドラモンキラーの直撃を交わしたが、ウォーグレイモンは爪の先にガイアフォースのエネルギーを貯めていた。
 炎の飛沫が放たれ、クーレスガルルモンは身体を捩りながら床を滑った。

「駄目!」
 春子の意識が覚醒する。
 身体を転がし、獣騎士は足場の上で倒れた。春子が彼に駆け寄ろうとするが、衝撃でさらに春子の足元は揺れ、轟音を立てて傾く。クーレスガルルモンは左手を伸ばし、何とか春子の腕を掴んだ。するとまた激しい音がして、鉄橋が崩落し、ゲートに飲み込まれていった。
 背後にあるゲートの唸りは一層激しくなる。
 クーレスガルルモンは春子を肩に乗せてもう一度立ち上がった。身体中の骨が悲鳴を上げ、筋肉を動かすのも限界だったが、それでもこの場を離れなければいけない。
「往生際が悪いぞ」
 目の前にウォーグレイモンがいた。彼の眼の中には相変わらず炎が灯っていたが、その口調に籠められているものは憎しみというよりも憐れみに近かった。
「パートナーデジモンともあろうものが、情けない」
 背中で春子の手が強く自分を掴んだのが分かった。それが不思議と、クーレスガルルモンに安心感を与えた。
「生憎、選ばれし子どものパートナーがどうあるべきか、俺には分からないんだ」
 次の瞬間、渇いた銃声が何発か響いたのが、閃光が放つ轟音の中でも分かった。
 ウォーグレイモンの背後に現れた小さなシルエットが、銃を真っ直ぐに構え、歩きながら拳銃を撃っている。
 ウォーグレイモンは姿勢を崩しよろめいた。
 何発かが命中したらしい。その内の一発が竜人の右腕を貫通したのが見えた。
「ジェームズ!」
 怒りに燃える叫び声が響く。
 ジェームズはもう視認できるほど近くに来ていた。額から血を流し、眼鏡に入った罅が更に大きくなっていても、彼の冷たいしかめっ面は相変わらずだった。
 この男は、俺が思ったほどには冷静な人間ではないのかもしれないな、とクーレスガルルモンは思った。
「クーレスガルルモン!」
 その声に反応し、クーレスガルルモンは勝負に出た。
 春子を背に乗せたまま、長刀を回転させて彼に切り込む。
「!」




 傷を負っていても、ウォーグレイモンの動きはほとんど鈍ってはいなかった。クーレスガルルモンはこれまでと対照的に目まぐるしく動き、攻勢に転じた。守りに入れば今度こそやられる。経験も戦術も、体力でさえ自分はウォーグレイモンには敵わない。
 敵うとすれば、それは勢いだけだ。
 徐々にウォーグレイモンは攻撃を防ぐことに注力し始めた。腕を背後に回してブレイブシールドを握ろうとする挙動が二、三度見られたが、刃の動きでそれを制する。
 だが、それ以上のことはできない。ウォーグレイモンの守りを解くことができないのだ。これだけの手数で攻撃しているのに、戦況は膠着しつつあった。
 これでは数十秒後か、数秒後か、体力が切れた瞬間に形勢は逆転し、自分はガイアフォースで焼かれ、ドラモンキラーで切り裂かれるだろう。
 背中をまた春子がぎゅっと握った。
 それだけで彼女が何を考えているか分かった。
 分かった、やってみよう。
 一度だけしか使えないが、素晴らしい手だ。

「!」
 突然、ウォーグレイモンの左腕に赤い小さな光が照射された。
 ジェームズが構える銃でも、背後で輝くデジタルゲートの閃光でもない。
 レーザーポインターの光だ。春子がクーレスガルルモンの背中から腕と頭だけを出し、ウォーグレイモンの肩の鎧とドラモンキラーの装甲の間にある露出した部分を指し示していた。
 ウォーグレイモンは慌てて身体を捩った。既に右腕を一度ジェームズに撃たれ、同じ攻撃が左腕にも行われると感じた。
 だが、左腕に次の一撃は来なかった。
 クーレスガルルモンは身体を傾け、腕を伸ばしてウォーグレイモンの右の腿を長刀で貫いた。
 驚きと苦痛で表情を曇らせた竜人に、更に身体を回転させて刃を振るう。
 右腕のドラモンキラーが破壊される。腹部の鎧が砕け、血が飛び散り、ウォーグレイモンの身体が崩れた。

 春子にはその一瞬の攻防が、まるでスローモーションの映像のように見えた。
 クーレスガルルモンの刃も、砕け散るドラモンキラーの破片も、全ての動きが鮮明だった。
 だが、ウォーグレイモンが倒れ、今は断崖絶壁のようになった通路に身体を投げ出した時、全てがまた元のスピードに戻った。
「ウォーグレイモンさん!」
 咄嗟にクーレスガルルモンの肩から降り、鉄橋の残骸に近づく。ウォーグレイモンは左腕を伸ばして通路の端を握り、全てを吸い込もうとするゲートの引力に耐えていた。
「ハルコ、待て!」
 クーレスガルルモンの緊迫した声が聞こえる。
 ジェームズが駆け寄る。
 春子は両ひざをついてウォーグレイモンに腕を伸ばした。
 ウォーグレイモンはそのようすをただ凝視しているようだった。
「掴まってください、ウォーグレイモンさん!」

 制御装置は完全に破壊されている。閃光の渦の勢いは増し、自分の身体が強く引っ張られる。どう考えても、子どもの力でどうにかなる状況ではない。
 それでも、ウォーグレイモンは反射的に右腕を伸ばしそうになった。
 どうしてそうしようとしたのか、竜人は自分でも分からなかった。頭を上げて、彼女の震える手と大きな瞳を見るまでは。
「小娘……」
 まるで彼女は、タツキみたいじゃないか。
 自分が怪我をした時、無理をした時、タツキが五十年前に浮かべていた表情そのものだ。
 ジェームズが彼女に感じていた何かを、ウォーグレイモンも理解することができた。
「早く、ウォーグレイモンさん……!」
 懇願するような声。
 これだけのことがあってもなお、彼女は自分に生きて欲しいのだろう。どんな理由でここまでの危険が冒せるのかは全く分からないが。
 ウォーグレイモンは再び、その腕を取ってでも助かりたいという衝動に駆られた。この新たな選ばれし子どもと話したい。彼女という存在を理解したい。それはタツキの残り香を求めているのに過ぎないのかもしれないが。
 だが、それをするには、自分はあまりにも大きな罪を犯してしまった。
 少女の胸元で、暴風に煽られて靡くタグが見える。そこには彼がよく知っている紋章が刻まれている。
 ようやくウォーグレイモンは、自分の追いかけていたものが偽物であり、本物は別に存在していたことを悟った。
 それで十分だった。
「ジェームズ」
 春子の肩を掴んだまま、自分を凝視するジェームズを見る。
 彼の表情はとても辛そうだった。痛みを感じているように。
 なんて顔だ。
「その子どもを頼むぞ」
「……ウォーグレイモン」
 そして最後にもう一度春子を見てから、ウォーグレイモンは左手を離した。
「また会おう、ハルコ」
 身体がふわりと浮かび、彼はデジタルゲートの中に呑み込まれていった。



「終わったようだな」
 安全が確認されたゲート・タワーのロビーで、手塚は地下から聞こえていた騒音が消えていくのを感じた。眼下では怪我をしたらしいジェームズと見たことのないデジモン、それに例の少女がいる。
 ウォーグレイモンはいない。殺されたか、あのゲートの崩壊に巻き込まれたらしい。つくづく厄介な奴だ。
 不本意だが、どうすべきかは分かっていた。
 主犯がいなくなった以上、この一件の責任を背負う者が必要だ。あの子どもと、そして残念だが、ジェームズ・テイラーソン。
 パートナーデジモンの方は問題ないだろう。こういう事件の後であれば、選ばれし子どものパートナーというだけで、簡単にウォーグレイモンの共犯に仕立て上げることができる。
 君を失うのは惜しいよ、ジェームズ。
 そう思いながら懐から銃を取り出そうとした時――手塚の腕に植物の蔦が巻きついた。
「そこまでですよ、部長」
 何時の間にか、隣にリリモンがいた。彼女は眼鏡の奥からアーモンドのような形の黒い瞳で自分を見つめ、片手で蔦を握っている。
「何だ? 何をしている?」
「タツキさんのデジヴァイスのデータを複製し、ウォーグレイモンに渡しましたね?」
 彼女はもう片方の手にデータパッドを握っていた。そこに表示されている記録には見覚えがある。だが、この場で見るべきものではない。
「おい、ふざけるのもいい加減にしろ……今は緊急事態なんだ、お前と遊んでいる時間はない」
「ふざけてません。正直、ジェームズさんにこれを調べろと言われた時は、何が何なのか分かりませんでしたよ」
 手塚は自分を見つめているのがリリモンだけではないと気づいた。
 周囲の警官たちは皆自分を凝視し、銃を握っている。誰ひとりとして、その中に自分を助けようとしている者はいなかった。
 手塚はようやく、自分の置かれている状況が、思っていたよりもずっと悪いことに気づいた。
「お前ら馬鹿か! このクソデジモンと私、どちらを信用してる? 頭がおかしいのか!」
「無駄だ、手塚」
 またしても知っている声。警官たちが身体を動かしてスペースをつくると、そこには騎士のような姿をしたデジモンに支えられている人間――ジョーダン・グードがいた。
 普段のようないけ好かない表情は浮かべず、服装も埃にまみれている。聞こえてくる声も、普段の自信に満ちたものではない。
「ジョーダンさんは、あなたが到着するほんの少し前に保護しました。あなたとウォーグレイモンの関係について全て話して下さいましたし、私の調べた記録とも合致しました」
 一気に血の気が引き、身体から力が抜ける。
 そんな馬鹿な。
 何をやっているんだ、ジョーダン。
「テヅカ部長」
 リリモンの声はそれまで聞いたことがないほど堂々としていた。
 別の警官が、手塚の目の前で手錠を取り出した。
「あなたを逮捕します」


スレッド記事表示 No.4937 グッド・オールド・フューチャー 9/また会おうRyuto2018/03/26(月) 00:00
       No.4938 エピローグ/2049年の選ばれし子どもRyuto2018/03/26(月) 00:00
       No.4939 あとがきRyuto2018/03/26(月) 00:01
       No.4946 よ、よ〜し、一番乗りだぁtonakai2018/03/26(月) 21:11
       No.4958 英雄ってのは英雄になろうとした瞬間に失格なのよね夏P(ナッピー)2018/04/07(土) 04:03
       No.4989 古き良き?感想ut2018/05/03(木) 19:17
       No.5011 感想ですアナ銀スカイウォーカー2018/06/20(水) 10:40
       No.5012 エンドロールの続きの続きマダラマゼラン一号2018/06/20(水) 13:42