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ID.4924
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2018/03/11(日) 00:00
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グッド・オールド・フューチャー 7/生存者
         
 分厚く黒い雲から大量の雨粒が降ってきて、頭を叩き続ける。ぬかるんだ雪道に足を取られて転ぶ。通勤していくサラリーマンやデジモンが傘を差したまま不審な目で見つめてくるものの、濡れ鼠になった春子にそれを気にする余裕はなかった。
 身体は芯から冷え切って、寒気で震えが止まらない。にも関わらず、頭の中はジェームズから聞いた話が未だに支配していて、振り払おうとしても振り払えない。
 ジェームズさんは何も言ってなかったけど、きっと私を送るためにあの場に残っていたんだろう。
 私、なんて駄目なんだろう。ドーベルモンに続いて今度はジェームズさんにまで迷惑を掛けちゃった。
 立ち止まり、腰に付けていた選ばれし子どもの証を取り出す。掌の中のデジヴァイスは最初に手に入れた時のまま、未だに自分自身を選ばれし子どもであると示しているだけの道具でしかない。おまけにその選ばれし子どもとは、自分の考えていたヒーローとは違った。
 そもそも、選ばれし子どもって何だろう?
 これは何かの手違いで私が持ってしまっただけなんじゃないの?
 私はこれが本当に欲しかったの?
 春子は腕を振り上げ、それを道端に捨ててしまおうと思ったが、できなかった。これを失ったら、本当に自分は何者でもなくなる。
 春子は膝を折って、デジヴァイスを胸に押し当てたまま目を瞑った。雨とは別に、もう枯れたと思っていたものが、また頬を滑り落ちた。



 数日間降り続いた雨が止んだ日、ジェームズは自宅から少し離れた小さな公営霊園にいた。戦争で失われた者たちの多くが眠る場所で、気温が下がったこの時期には人気はほとんどない。
 ジェームズが眺めている洋式の墓は周囲と比べて背も低く、ほとんど装飾もされていない。雪を被った墓石の下には、ガブモンと草薙タツキが眠っているとされる。もちろん、この世界において死んだ者の肉体は残らないので、彼らの魂を弔うためのものという意味合いが強い。しかもジェームズは、タツキの葬儀の後にここを訪れることはほとんどなかった。先日のガブモンの葬儀にも参列せず、彼が亡くなった後はここを訪れていない。
 彼らのことを思い出すことを、ほんの数日前まで拒否していた。
 タツキとガブモンは、今の自分の姿を見てどう思うだろう。タツキは自分ではなく、ウォーグレイモンのことを支持しているかもしれない。あるいはあの戦争の後、自ら離れていったガブモンも、もう自分のことをパートナーとは思っていないのかもしれない。
 春子や他の選ばれし子どものことは別だとしても、ウォーグレイモンの自分への殺意には正当性があるとジェームズは考え始めていた。
 ただ、疑問もいくつか残っている。襲撃の翌日、ジェームズはリリスモンを通じて、彼女の名が通じる情報屋の数名に確認したものの、その中にはウォーグレイモンと会った者も、選ばれし子どもに関する情報を売買した者もいなかった。無論、彼らの話が全て真実とは限らないが、「選ばれし子どもに関する情報」の取り扱い自体が彼らにとっては非常に危険だ。それに情報の入手も(ジェームズ自身のものはともかく)それなりに難しい。
 ウォーグレイモンは、どこから彼らの「リスト」を得たのか?
 そして春子が見たというデジヴァイスは、どこで手に入れたのか?

「……?」
 雪を除け、荒れてしまった墓を掃除していると、霊園の入り口で何かが動いたのが見えた。一瞬ウォーグレイモンかと思ったが、そうではない。小柄な影はしばらくの間立ち止まっていた。
 ジェームズは小さな影の正体に気づき、立ち上がった。
「フローラモン」
 赤い花のような頭部を持つ小さな植物型デジモン・フローラモンは身体を少し震わせて、ジェームズを見つめ返してきた。



「まさか君が生きていたとは」
「……えぇ」
 木製の椅子の端に座り、アンドロモンが持ってきた紅茶を飲んだことで、フローラモンはようやく落ち着きを取り戻した。アンドロモンの孤児院は決して新しいものではなく、それほど広くもないが、彼や子どもたちが普段から丁寧に掃除しているようで、台所も廊下も新築同様の見た目を保っていた。
 数日前にあんなことが起きたにも関わらず、アンドロモンはフローラモンを連れ込んだジェームズを快く招き入れてくれた。ただ、春子はあれ以来ふさぎ込み、病院へ通う以外は部屋から出ることもないらしい。ジェームズが訪れても、彼女が顔を見せることはなかった。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
 湯気の立つティーカップを持ってきた少女にジェームズは礼を言った。紺色のワンピースを着た少女は軽く会釈したものの、その表情は固く、笑みは浮かべていない。年齢的には春子と同じくらいだろうから、彼女から自分が何者なのかも聞いているのかもしれないとジェームズは思った。
「君のパートナー……キムは、やはり殺されたのか」
 フローラモンは目を伏せながら、無言で頷いた。
「ウォーグレイモンが……彼が私たちの自宅にやってきて……私、キムのこと、救えなかった……」
「あなたが助かっただけでも幸運です」
 ジェームズとフローラモンの間に立ったアンドロモンはそう言うと、フローラモンに空になったティーカップを渡すように促す。紫色の花のような腕を伸ばしてカップが手渡されると、アンドロモンはそこに紅茶を注いだ。
「なぜ君だけなんだ。一緒にいたジャンも、コカブテリモンも殺されたんだろう」
「ジェームズ、それは……」
「いえ、大丈夫」
 追及の言葉を咎めようとしたアンドロモンをフローラモンは制し、また話し始める。
「ウォーグレイモンが言ってたわ……ガブモンのよしみで命だけは助ける、って」
 ジェームズの眉がぴくりと上がった。
「どういうことだ?」
「ジェームズ。私とキムが戦争の後、何をしていたかは知ってる?」
 ジェームズは首を振った。
「いや」
「私たち、ターミナル病院で看護師をしていたの」
「ランプライトが運営する病院か」
 この街で最も大きな病院であり、ゲート・タワーと同様に、運営がランプライト社へ委託されている場所だ。そこではスクルドターミナルの怪我人や病人はもちろん、リアルワールドにおける労働で傷を負ったデジモンの多くも治療のために運ばれてくる。
「私とキムは別の名前と身分証が与えられて、それで……」
「あなたが、病床のガブモンの担当になったと」
 アンドロモンの言葉にフローラモンが頷くのを見て、ジェームズは安堵と後悔の念が入り混じる複雑な心境になった。
 そうか、ガブモンはかつての仲間に看取られながら逝くことができたのか。
 本来は自分がすべき役割だったのに。
「ガブモンが入院した頃には、もう病気がかなり悪化していて、有効な治療法は無かったわ。痛みを和らげて、安らかに逝かせてあげることしかできなかった。ガブモンは最期まで、あなたのことを心配していたわ」
「……ありがとう」
「いえ……仕事だから」
 礼を言えるような立場ではないかもしれない。それでもジェームズは、彼女に感謝することしかできなかった。眼鏡を外して、しばらくの間彼は片手で顔を覆った。
 長い間沈黙が流れたが、それを破ったのもフローラモンだった。
「それで、ウォーグレイモンにこのことを言われた後……ガブモンのことを思い出して、あの場所に行ったの」
「公営墓地ですか?」
「えぇ」
 ジェームズの代わりに聞いたアンドロモンに、フローラモンが頷く。
「どうして……」
「ジェームズに会うためよ」
 フローラモンはジェームズを見た。
「今どこにいるのかは知らなかったけど、そこなら会える気がして……実際、こうしてあなたに会えたから」
「それは……」
「亡くなる直前に、ガブモンが話していたことを思い出したの」
「何を言っていた?」
「ホメオスタシスを信じるな、って」
 ジェームズはゆっくりと掌を顔から離し、眼鏡を掛け直した。



 ジェームズは、教会の最前列にある会衆席に座ったまま、腕を組んで頭の中を整理していた。教会は孤児院同様に綺麗に掃除され、目の前にある祭壇や説教台は質素ながらも艶がある。壁に飾られたダルクモンの彫刻と、絵画に描かれた三大天使が、ジェームズのことを見つめていた。
 アンドロモンとの個人的な付き合いで教会に来たことは何度かあるものの、ジェームズ自身はここで行われるミサを訪れたことは一度もなかった。元々あまり信心深い性格ではないこともあるが、イグドラシル戦争以降、デジタルワールドから「神」と呼ばれるような存在がいなくなってしまったことが何よりの理由だ。イグドラシルは死に、三大天使や四聖獣、オリンポス十二神さえ、もはや人類に関与することはない。
 そんな時代にも関わらず、ホメオスタシスはウォーグレイモンに、選ばれし子どもを滅ぼせと神託を与えたという。なぜ戦争から十一年も経過した今になって、こんなことが起きたのか。しかも、春子のような若い選ばれし子どもまで。
「……」
 別の方向から考えてみよう。
 あの襲われた日に見た、ウォーグレイモンの表情を思い出す。
 彼は最初から自分を狙っていたのではない。ウォーグレイモンは明らかにこちらを見て驚いていた。あの時の再会は、彼にとっても予想外の出来事だったと考えられる。
 彼が狙っていたのは橘春子とドーベルモンだ。
 ならば、なぜ彼は春子が選ばれし子どもだと知っていたのか?
 なぜあの晩、あの通りで彼女たちを襲うことができたのか?
 春子が見たデジヴァイスとは何なのか?
 ウォーグレイモンが受けた神託とは?
 そして、何より。
 春子が選ばれし子どもならば。
「ホメオスタシスを信じるな……」
 掠れた声で、フローラモンから聞いたガブモンの言葉を繰り返す。
 陽の光がステンドグラスを通過して、自分の足下を照らしている。ジェームズは春子とドーベルモンが、自分の自宅にやってきてからの行動を思い返してから、その考えに行き着いた。



 アンドロモンが教会の分厚いドアが開くと、そこにジェームズが立っていた。
「フローラモンをホテルへ送ってきました。あんな場所で本当に大丈夫でしょうか……」
 そこまで話してから、ジェームズのただならぬ雰囲気に違和感を覚え、言葉を止める。
 ジェームズはいつもと変わらぬ表情、いつもと変わらない穏やかな言葉遣いで彼に言った。
「アンドロモン、頼みがある」
「何ですか?」
「懺悔がしたい」
 アンドロモンは目を瞬いた。
 それからすぐに頷くと、腕を伸ばして脇にあるドアへ掌を向けた。
「では、告解室へ」



 アンドロモンはこれまで、多くのデジモンの罪の告白を聴いてきたが、人間の告白を聴くことはそう多くはなかった。例え彼と懇意にしている人間であっても、デジモンの神に祈る人間はほとんどいない。まして、ジェームズがこの部屋を訪れるとは想像もしていなかった。
 狭い部屋の椅子に座ると、薄い衝立の奥で同じような音が聞こえた。衝立には小さな小窓が付いているだけで相手の顔は見えないし、普段ならば見ることもない。だが、今のアンドロモンには彼の表情が少しだけわかるような気がした。
「……父と子と精霊の御名によって」
 奥から声が聞こえてきたのと同時に、アンドロモンは胸元で十字を切った。
「最後に罪を告白したのは?」
「少なくとも十一年以上前になる」
「神の慈しみを信頼し、罪を告白してください」
 今度は、やや躊躇っているように息を吐く音が聞こえた。アンドロモンが黙って待つと、また声が聞こえてきた。
「まず、パートナーの――ガブモンの今際の時に立ち会うことができなかった。私は彼から逃げた」
 少しの間、沈黙が流れた。
「……続けてください」
「タツキを救うことができなかった。彼女に別れも言わず、彼女の命を奪った」
「……続けて」
「それから……」
 また、小さく息を吸う音が聞こえた。
「彼に、タツキのパートナーに嫉妬していた。タツキが、私よりもパートナーのことを想っているのではないかと、ずっとそう思っていた。アグモンのことを……」
「……悔い改めの祈りを唱えてください」
 ジェームズが小さな声で祈りの言葉を唱えるのを聴き終えると、アンドロモンは再び胸元で十字の印をつくった。
「デジタルワールドの神はあなたを愛し、罪を赦すでしょう。父と子と精霊の御名によって」
 ゆっくりと席を立つ音が聞こえた。



「君はまだ私のことを信用しているか?」
 告解室の外に出ると、ジェームズは部屋に入る前と全く同じ表情で、アンドロモンにそう聞いた。
「えぇ、もちろん」
「私について来て欲しい」
「どこに?」
「ゲート・タワーに」
 アンドロモンは怪訝な表情を浮かべた。
「あなたの仕事は終わったのでは?」
「私もそう思っていたが、終わってないのかもしれない」
 ジェームズは肩を竦める。アンドロモンは少しの間考えているようだったが、やがて頷いた。
「もう昔ほどの無茶はできませんよ」
 ジェームズもアンドロモンも、ドアの裏側に何者かが潜んでいることには気づいていたが、そのことを話題にすることはなかった。



 幼年期デジモンたちを寝かしつけ、夕食の片づけを終えると、シーラは居間の明かりを消して部屋に戻ろうとした。
 アンドロモンからは「今夜は帰りが遅くなるので、先に寝ていなさい」と既に言われている。昼間に訪れた探偵との会話の内容は少し気になったものの、シーラはそのことを特にアンドロモンに聞くことはなかった。それに、今は何より春子のことが心配だ。いつもならアンドロモンが不在の日は、たとえ当番でなくとも彼女は率先して家事を手伝ってくれるのだが(その結果、皿やグラスを壊したりするのも日常茶飯事だ)、今日の彼女は夕食の時すら部屋から出てこなかった。
 お腹を空かしてるかもしれないと思い、彼女の分の食事だけトレーに乗せて部屋に運ぶ。片手でトレーのバランスを取りながら、ゆっくりと部屋のドアを開けた。
「春子?」
 返事はなく、部屋の中には誰もいない。
 いつもなら散らかっている彼女のベッドや机の上に物は置かれておらず、部屋着もそのままだった。
 嫌な予感がした。



 かなり長いこと呼び出し音が続いた後、ようやくジェームズの耳元に寝ぼけた声が聞こえてきた。
“ん〜……おはようございます、あれ、こんばんはかな? テイラーソンさん。どうしました〜?”
「すまない、リリモン。今日は休日だったか」
“今日っていうか、夕方からっていうか……で、何です?”
「ひとつ頼みがある。君の仕事について」
“仕事、ですか?”
「選ばれし子どもの連続殺人に関することだ」
“はぁ……えぇ?”
 あからさまに困惑する声。それはそうだろう。
“あの、その……テイラーソンさんはもう捜査から外されましたよね? どういうことです? まさか、まだ何か捜査してるんですか?”
「返事が欲しい。イエスかノーか」
“えぇぇぇ……そういうの止めてくださいよ。もし私が勝手にテイラーソンさんに仕事させたと勘違いされたら……せめて、自分でテヅカ部長にそういう情報は持ち込んでくださいよぉ”
 こうして難色を示されるのもやはり想定内だったので、ジェームズは声の調子を変えずに話を続けることにした。
「仕方ない、そうしよう。一緒に君が私に『個人的に』持ち掛けてきたこれまでの仕事についても伝えようと思うが、それでいいか?」
“……それは困ります”
 即答だ。眠気も冷めたらしい。
「よろしい。では、これから言うことをよく聞くんだ、リリモン」
 そしてジェームズは、リリモンにいくつかの指示を与えて電話を切った。

 久しく着ていなかったシャツの襟に緑色のネクタイを通し、ダークブラウンのスーツを上から羽織る。すっかり古くなったワードローブの戸を開くと、内側に取り付けられた小さな鏡の下には、かつての「選ばれし子どもの証」が三つ置かれている。
 ジェームズはしばらくの間、それを眺めていた。やがてそのうちの二つを取り出すと、振り向かずにジェームズは言った。
「どうしてまた来たんだ」
 ジェームズの背中を見つめながら、春子が答える。
「私も行きます」
「どこに?」
「とぼけないでください。ゲート・タワーですよね?」
「盗み聞きしていたのは君か」
「……気づいてたくせに」
 ひとつは胸ポケット、もうひとつは腰のベルトに装着してから、ジェームズはようやく振り返って彼女の方を見る。自分のことを睨みつけている彼女の眼は充血し、まぶたは腫れていた。鼻まですっかり赤くなっている。
 彼女とよく似た眼を見たことがある。
「君が来たところで何もできない」
「何でもします」
「今度こそウォーグレイモンに殺されるぞ」
「だから何だって言うんですか!」
 春子の両手は強く握られ、指先は白くなっていた。
「ドーベルモンがああなっちゃったのは、私の責任です。私が悪いんです! 私、馬鹿だし役立たずですけど……死んだって構いません。ウォーグレイモンさんを捕まえます!」
 口角泡を飛ばしながら春子が放った言葉に、しばらくジェームズは返事をしなかった。上下していた彼女の肩が落ち着くのを見て、ようやく彼は言った。
「来なさい。寄る場所がある」



「タツキが死に、戦争が終わった後、姿を消したウォーグレイモンのことを何度も考えた。彼女の……夫でありながら、彼女を殺した私のことを、彼はどう思っているだろうかと」
 ジェームズに付き添って連れて来られた場所は、春子もよく知る場所だった。リリスモンの「会社」の地下だ。最初に来て以来、特訓のために何度も使った階段を、春子はジェームズとともにまた階段を下りていた。
 でも、今度はドーベルモンはいない。私が何とかしなきゃいけない。
 前を歩くジェームズさんの声がまた聞こえてくる。
「今は刑事部長をやっている手塚という男が私の上司だった。事が終わった後、手塚はウォーグレイモンはもう死んでいるだろうと言っていたが、私はそうは思わなかった。そして実際、彼は生きていた。私への殺意を抱いて」
 狭い鉄の階段を下りながら、春子は足元から聞こえる音がいつもと違うことに気づいた。ジェームズの履いている革靴が違う。いつもなら色が薄れた、使い古されたものを履いているのに、今日の靴は新品のように光沢がある。それによく見ると、スーツやシャツも普段とは違う気がする。
「リリスモンにも準備してもらった。彼女自身、こうなるとは思ってなかったようだが……」
 いつもと同じ、地下の広い倉庫だった。前に来た時よりも多少は片付いているものの、特に変わったようすはない。これからの行動のために、何も特別なもの――武器とか、リリスモンの配下のデジモンとか――がないので、春子は内心、拍子抜けした。
「これを君に」
 振り返ったジェームズが、握った拳を彼女の前に伸ばす。春子が手を出すと、掌に紐の付いた何かを乗せられる感触があった。
 金色のフレームに、青い半透明のプレートが嵌め込まれた道具。プレートには春子のよく知る模様が刻まれている。
 かつてこの人が、パートナーを進化させるために使ったタグ、そして友情の紋章。
 それがなぜか、自分の掌の上にある。
「え……」
 一瞬、春子はジェームズに聞かされたことも、今の自分の置かれた状況も忘れて、その紋章に見入った。
 全く重くないのに、腕が少し震えた。心臓が激しく高鳴っている。
本物だ。すごい。
 それから、重い鉄の扉が閉まる音が聞こえた。
「!」
 現実に引き戻される。
 既に目の前にジェームズはいない。大きな倉庫の中に、気づけば自分ひとりだけになっていた。鉄扉がロックされる音が聞こえた。
「待って!」
 すぐに鉄扉の前に駆け寄って、取っ手を力ずくで動かそうとする。びくともしない。
「エアコンを効かせてある。それに危険なものは全て移動させてもらった。そこの木箱の中は食料や飲料水だから、一晩くらいは問題ないだろう」
 鉄扉の奥から、ジェームズの声が聞こえる。
「ジェームズさん! どういうことですか?」
 思いきり鉄扉を叩き、額を付けながら春子は叫んだ。
「君を連れていくことはできない」
「何でですか? 私は選ばれし子どもですよ!」
「デジヴァイスを持っているだけだ」
「そんな――」
「今ならまだやり直せる。私やウォーグレイモンと同じようになってはいけない」
 聞こえてくるジェームズの声は、いつもと全く変わらずに落ち着いていた。
 背中を冷たい汗が流れ落ちて、口の中に酸っぱい味がした。
「どういうことです? 意味が分からないです!」
「今の君の眼は」
 先程よりもやや大きな声に、春子は思わず扉を叩くのを止めた。
「まるでウォーグレイモンのようだ」
 身体が震えて、力が抜ける。
 春子はその場で立っていることができなくなり、やがて膝をつく。
 そして額を扉に押し当てたまま、もう何も言うことができなかった。



「全く、迷惑この上ないね」
 自室にやってきたジェームズを見て、リリスモンは口に咥えていたパイプを離してから溜息をついた。
「これが偉大なる選ばれし子どもたちの結末かい? あたしらに負けず劣らず無様じゃないか」
「終わったら、彼女を解放してやってくれ」
「もし閉じ込めたままなら、あたしが最後の選ばれし子どもを殺すこともできるね」
「君はそこまで悪党ではない」
 部屋の隅に立っていたアンドロモンは、怒りを抑えているような表情のまま、黙ってこの会話を聞いている。春子をこの場所に閉じ込める、という案に彼は賛成していなかった。それでもジェームズに説得され、最後に了承したのは、彼自身も春子の行動力を知っているからだ。
 パートナーを失った選ばれし子どもは、何をするか分からない。
 それは逆も然りだ。
「それで? あたしの仕事はもう終わりでいいかい?」
?
「君の力を貸してはくれんか」
「ウォーグレイモンの相手なんて二度とご免だね。あたしをこうした奴だよ?」
 彼女は自分の膝を指差す。
「アスタモンを貸してあげる。死なせたらタダじゃおかないよ」
「私は死ぬかもしれん」
「だから言ってんだ。あんたと違って命までは賭けさせられない」
 リリスモンは白い煙を吐いて、ジェームズを見た。
「かつての英雄、最期の夜かね。今更嬉しくないよ」



 まず感じたのは怠さと息苦しさ。
 それに加えて、何かが身体中に取り付けられている不快感もする。
 見えたのは淡い色の壁と天井、点滴スタンドとそこから前脚にまで繋がっているチューブだった。
 ここはどこだ。少なくとも孤児院ではない。
 なぜ自分はこんな所にいる?
 呼吸器を付けている首を無理やり動かして、胴体に巻かれた白い包帯が見えた時、ドーベルモンはようやく自分に何が起こったのかを思い出した。
 確か自分はウォーグレイモンと戦い、強烈な一撃を受けて春子の足元に倒れたのだ。それからけたたましいサイレンがいくつも聞こえ、どこかに運ばれていったことまでは覚えている。
 春子はどこにいるのだろう。
 まだぼやけている眼で、自分の寝かされているベッドの周囲を見渡すと、何となく見覚えのある背丈の人影がこちらに近づいてくることに気づいた。
「ハルコ……」
 やがて視界に入ってきたのは、紺のドレスと束ねたブロンドの髪だった。
「ドーベルモン? 大丈夫? 気分は?」
「……大丈夫だ」
 春子のルームメイト、シーラ・ワトソンが、心配そうな表情で自分を見つめている。
 優しく自分の額を撫でてくれる感触は心地良いが、それでも頭の中の不安は払拭されなかった。
「ハルコはどこに? 彼女は無事か?」
「それが……」
 彼女の視線が彷徨う。それだけで、何か悪いことが起きたことは十分に伝わってきた。
「あなたが入院してから、部屋にずっと籠ってたんだけど……今日、探偵を名乗る人がアンドロモンさんを訪ねてきて、二人とも出掛けちゃって……何時の間にか、春子もいなくなってしまったの」
 目を伏せながらそう語るシーラ。
「もしかしたら病院に戻ってるんじゃないかと思ったの。でも、やっぱり居なくて……春子がどこに行ったのか、私には分からなくて……」
 彼女の話に出てきた「探偵を名乗る人」が誰なのかは容易に想像できる。ただ、それだけでは春子が何処に行ったのかは分からない。
 分からないが、後を追うことはできる。
「シーラ。頼みがある」
「え……」
「俺をここから連れ出してくれ」
 鼻を小さく動かしながら、ドーベルモンはシーラに言った。


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