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ID.4894
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2018/02/19(月) 13:56
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木乃伊は甘い珈琲がお好き 3-1
         
「おっ、春川、今日は起きてるんだな」
 生物の前野が僕の席を通り過ぎながら言った。高山における植物の分布についてノートを取りながら、僕は軽く肩をすくめる。日頃は寝ていると言って笑い者にされ、起きていたら起きていたで笑い者にされる。これではやりきれない。

−−起きてるだけで、授業は受けてないけどな。

 背後から声を飛ばしてくるマミーモンに、僕は軽く頷いた。前野が教壇に戻るのを確認してから、ノートを一枚めくる。そこには、先日マミーモンが戦ったサイバードラモンを連れていた“狐憑き”に関する情報が詳細に書き連ねられていた。写真も一つ、写真投稿型のSNSから入手したものを貼り付けている。金髪の女子生徒に挟まれたその表情は、髪にワックスを塗りつけすぎてそれが頭の中にも染み込んだと思えるような風情だ。彼の名前は鹿島忠敏(カシマ・タダトシ)、サッカー部の二年生ということだった。

 高校が高校ならサッカー部は学校のヒエラルキーのトップだ。部員は誰からも一目置かれ、顔の作りを詳らかに認識されるよりも前に女の子からの好感を勝ち取ることができるという特権を得て、僕のようなアウト・カーストの民にゴミを見るような目を向けるものだ。
 しかしまったく、まったく残念なことに我が校のサッカー部はそのガラの悪さで名を馳せており、彼等に近寄らない生徒も多い。しかし部員達は持ち前の声の大きさ(頭が空っぽだから声がよく響くんだろう、と僕は推理している)と、口数の多さ(マジでこいつら全員耳が遠いんじゃないかな、と僕は推理している)を遺憾なく発揮し、多くの白い目を浴びながらも校内で高い知名度を獲得するに至っている。そして結局は僕のようなアウト・カーストの民にゴミを見るような目を向けるのだ。

 さて、極めて客観的な観察に基づく描写の上でもこのようにロクなものではないサッカー部の面々の中で、カシマタダトシはとりわけ目立っているというわけでもなかった。ただそれは比較的まともと言うわけでは決してない。髪の先を赤く染めた女子を侍らせたサッカー部の会話を盗み聞きした限りでは、カシマは「オレらもついていけねぇくらいチョーヤベェ」ということらしかった。カシマがどのようにチョーヤベェのかまでは分からなかったが、デジタル・モンスターをけしかけて現在警察が調査中の事件の容疑者を始末しようとしたのなら、確かにチョーヤベェのかもしれない。

 もっとも、今回の一連の行為が彼の独断によるものだとは思えない。誰かもっとチョーヤベェ人が上にいたに決まっている。僕はそれが何者かを突き止めなければいけないわけだ。

−−なあ、早苗、いま何時間目だ?

 不意にマミーモンが投げかけた問いに僕は肩をすくめて答えをノートに書きつける。背後のに立つ木乃伊の霊体は、トレンチコートとハットを纏うことで存在感を増していてどうにも落ち着かない。

『七時間目、当たり前だろ。お前までワックスに大脳新皮質を侵されたか?」

−−ワックス、何の話だ? まあいい。俺たちは今日の朝、カシマ・タダトシの背後にいる人物を突き止めようと決心して登校してきたんだったな。

『何を今更』

−−その今更になっても、お前何もしてねえじゃねえか! 今日を逃したら、次は休み明けだぞ。朝から今まで、いくらでも時間はあったろ!

 マミーモンの叱責に僕は唇を尖らせた。彼の言う通り、今は金曜の七時間目だ。苦痛と規律とサインコサインに縛られた一週間の日々から間も無く解放されるという喜びが、教室中に満ち満ちている。

『だって仕方ないだろ! あいつトイレに行く時まで誰かと一緒にいるんだ。バカなのか? バカなんだろ!』

−−落ち着けよ。普通に話しかければいいものを、お前がビビってただけだろうが。

『ビビってない。断じてビビってないぞ。受けることが容易に予想される屈辱を事前に察知して回避しただけだ。サム・スペード曰く…』

−−マミーモン曰く『お前の引用にはだんだんムカついてきた』覚えとけ。兎に角、これからどうするか考えようぜ。この一日、アイツを見つめ続けて気づいたこととか、流石にあるだろ。

 僕は大きく一つため息をつくと、顎に手を当てる。

『カシマのやつ、なんだか妙に怯えてるみたいだった。辺りを見回したり、不安げに時計に目をやったり』
 それは脳みそが空っぽで、いつも威張り散らしている男にしては珍しい話だった。
『課題を未完成のまま提出してバックレる時とか、僕はあんな感じになるね』

−−お前、マジで救いようねえな。

 マミーモンの言葉に肩をすくめ、僕はさらに考えを進める。

『じゃあ、カシマが何かの課題を未完成のまま今日を迎えてしまったと仮定しようか」

−−課題? マジで課題? 国語とか数学とか、あの?

 僕は助手の無理解を正すネロ・ウルフよろしく、億劫そうに首を振った。アーチー、君の心理分析は一分だって我慢ならないね。

『そんなわけないだろ。アイツが抱えていたと考えられる課題と言えば?』

−−坂本の殺害?

 僕は頷く。
『カシマはサイバードラモンを坂本の家に送り込み、彼を殺そうとした。でもそこにはもう坂本は居らず、マミーモンの手によってサイバードラモンは殺された』
 カシマの“課題”が失敗に終わったことは火を見るよりも明らかだ。そして恐らく彼は、その課題を自分に課したチョーヤベェ人にそのことをまだ報告していないのだ。
『アイツ自身、何が起こったか分かってないんだ。頼みの綱のサイバードラモンがいつになっても帰ってこないんだから』

−−なるほど、課題が未完成なことがバレないか不安で不安で仕方ない。早苗の例えはあながち間違ってないわけだ。

 上出来だ。アーチー! この分ならネロ・ウルフも毎朝遅く起きて昼時まで蘭を育てるという日課を邪魔されないですむだろう。満足して頷く僕に、マミーモンが疑問を飛ばした。

−−でも、その課題が未完成なことは、いつかはバレるよな。なあ、早苗、お前はどうする? 仮にうまく未完成のまま課題を提出できたとして、その後はどんな行動をとる?

『いや、バックれられたんだからそれでいいだろ。放っといて、珈琲でも飲みに行くよ』

−−質問がおかしかったな。早苗と違ってマトモな良識を持つ人間なら、いつかはやってないことがバレる課題を教師に提出して、そのままにしとくと思うか?

『…バレた時にせめてもの言い訳ができるように、遅れてでも課題を完成させるかな』

−−そうだ。カシマはどっちの行動を取るタイプだ? マトモな行動か? それともアイツも、サボリ魔のハルカワ・サナエ型か?

 僕は渋い顔で唸り、教壇の上の前野に目を向けた。
『アイツの神経がマトモだとは思えないけど、アイツに課題を押し付けた“先生”は前野とは比べものにならないくらい怖いだろうね』

−−そうだ。アイツはきっと、なにか上の人間に差し出すものはないか血眼で探してる。手ぶらで帰ったら、何されるか分かったもんじゃないからな。

『なるほど』立場が逆転してしまった。僕はウルフの推理に舌を巻くアーチー・グッドウィンよろしく、ただただ頷くしかない。

『教えてくれよ、包帯の名探偵。もしカシマが怯えてる理由が僕らの推理通りだとしたら、次は何をすればいい?』

 僕が降参のそぶりを見せたことに、マミーモンは満足げに帽子に手をやってポーズを決めた。くそう、ムカつく。

−−決まってんだろ。度胸を決めて突撃だ。

 僕は思わず頭を抱えた。



      *****



 その日の放課後、僕はわざわざ一人教室に残り、その日の授業の復習をしていた。廊下を通りがかった前野が目を丸くしてこちらを見たような気がした。

−−〈ダネイ・アンド・リー〉でも依頼を待つとか言いながら復習してたし、早苗、勉強は割としてるよな。

 僕は肩をすくめる。〈ダネイ・アンド・リー〉で放課後を過ごし始めたのは高校一年の夏、気まぐれで入った生徒会活動も辞めて本格的に帰宅部を始めてからであった。皮肉な事に、それを機に僕の成績はめきめきと向上している。妙にやりきれない思いもあるが仕方がない、探偵というのは待つのも仕事なのだ。そのおかげで授業中寝ていても見逃されることも多くなったし。

−−カシマのやつ、サッカー部でも指折りの不良らしいが、ちゃんと部活は出てるのか? サボってもう帰ったなんてこと、ないよな。

「ちゃんと確認したよ。それに、アイツも今日に限っては学校を出たくないってのが本音だろ」チョーヤベェ人から仕事の不備を指摘されるのをなるべく先送りにしたい筈だ。

−−そうか。下駄箱に入れた手紙は?

「サッカー部室に行くには、一度外に行かなきゃいけないから、もう受け取ってる筈だ。男の下駄箱に手紙を入れるのはぞっとしないね」
 カシマの下駄箱に投函した手紙の便箋には、落し物コーナーにあった女子向けの可愛げなメモ帳を一枚拝借した。不良の女友達の多いカシマがラブレターにそこまでどぎまぎするとは考え難かったが、そういう健気な振る舞いが案外ああいう男の胸をうつかもしれない。少なくとも、読まずに捨てるような真似はしないだろう。

−−文面はどうしたんだ?

「『鹿島くんへ、サイバードラモンは帰ってこないよ。十八時半に体育倉庫に来て。必ず一人でくること。ずっと見ているよ。S.H.』これだけ」

−−なんとも気味が悪いな。

「カシマもそう思ってくれるといいけど」

 僕はそう言うと時計を見上げた。いつのまにか夕方の6時近い。外はすっかり薄闇に包まれている。サッカー部もグラウンドの片付けを始めているだろう。
「それじゃあ、行こうか」

−−手紙に従って一人で来るとは考えにくいだろ。返り討ちにあったら?

「知ってるか? 小説の探偵たちはみんな喧嘩は強い設定だけれど、作中の喧嘩では負けることが多いんだ。もしも僕が殴られたら、目にV.I.ウォーショースキーみたいないい感じの青痣ができるまで待って、そのあとで助けてくれ」

 首を振ったミイラを従えて、僕は意気揚々と廊下に飛び出した。



 昇降口は案の定、部活や委員会帰りの生徒で賑わっていた。下校時刻を告げる放送委員の声とともに、少年少女の間で人気のバンドの曲が流れる。ありきたりで平和な青い八ミリフィルムの一場面にしか見えない、僕以外には。久しぶりにこれだけの大人数に混じって僕はそれを改めて実感した。あいも変わらず結構な数の生徒が頭の上にデジタル・モンスターを浮かべており、その中には殺人に手を貸している者が混じっているかもしれないのだ。

 その中の一人が不意に僕に顔を向け、笑顔で駆け寄って来た。
「春川じゃないか。珍しいな、こんな時間まで」
 僕は僅かに眉を潜め、僅かに後ろに引いて富田昴(トミタ・スバル)から距離を置いた。整った顔立ちに、家柄の良さを示す上品さ。あまり近づきすぎると、彼の体から溢れる眩しい輝きに焼き殺されるかもしれない。

「富田こそ、生徒会?」
 彼とは一年生の頃、生徒会執行部の活動で知り合った。校舎の最上階である五階に、僕が半年足らずで見限り見限られた生徒会室がある。様子を見る限り、富田は相変わらずその場所で輝きを振りまいているようだった。次の生徒会長に立候補するという噂もある。

「文化祭も終わって、正直今は生徒会も暇なんだ。生徒会室にこもって、ただただ無駄話をしてるだけだよ」
「その話、あまり言いふらすんじゃないぞ」
「なんで? 生徒会のイメージダウンを気にしてくれてるのか」

 こいつはなんにも分かっちゃいない。生徒会室は基本的に執行部だけがいる、人気がなく狭い教室だ。そんなところに昴がいると知ったら、五階に大勢の女子が詰めかけて、校舎は重みでぽっきり折れてしまうに違いない。

「それより、春川」昴が完璧な笑みを浮かべながら学生服のポケットから長方形の紙を取り出す。
「初瀬のライブ、行くんだろ? 俺は妹と行くんだ」
「富田、妹いたっけ」
「ああ、小学二年生だよ。最近なんだか元気なくてな、音楽でも聞けばいいかと思ったんだ」

 そう笑いながら彼がひらひらと動かすチケットを、僕は渋い顔で見つめた。初瀬奈由は僕の他に昴にもチケットを売りつけたと言っていた。僕より先に昴にチケットを売り込んだと言っていた。

「…僕は行けるかどうか、まだわかんないよ」まさか最初から行けないと分かっていて奈由からチケットを買ったとは言えない。
「そうなのか、行かないと初瀬が寂しがるぞ」

−−おお、ムカつくな。殴れ、殴っちまえよ。

 奈由の話になった途端に、マミーモンが茶々を入れてくる。このミイラ、聖水とかかければ黙るんだろうか。

「春川は最近どうしてるんだ? 放課後に見かけること、少ないけど」
「富田は知らないかもしれないけど、校内以外にも放課後を過ごす場所は沢山あるんだ」例えば老人の集まる喫茶店とか、殺人事件の容疑者の家とか。
 昴は肩をすくめる。「なんにせよ、楽しそうで何よりだよ」
「楽しそう?」
「授業も真面目に受けて、なんか生き生きしてるって、初瀬も言ってた」

 どんな顔をすればいいのか分からず、僕は口をひん曲げてみせた。奈由が昴と話すために僕を話のタネにしたのだとしたら屈辱だったし、自分の目の前以外の場所で彼女の口から自分の名前が出ていることを知るのは照れくさくもあり、不安でもあった。

−−もしお前がこれで少しも屈辱を感じずにはしゃいでるとしたら、コンビは解消だぞ。殴れ。今すぐ殴るんだ。…早苗。

 聖水ってネット通販で買えるんだろうか、買えないだろうなというようなことを考えていると、マミーモンの声の調子が急に変わった。

−−外を見ろ。いや、見なくていい。カシマが出てきた。ガラの悪いガキを二人連れてる。

 昴との会話を続けながら、僕はマミーモンの言葉を頭に叩き込んだ。やはり一人では来なかったということだ。僕一人で向かうのは厳しい。マミーモンに実体化して貰えば不良高校生など物の数にもならないだろうが、騒ぎになることは避けられない上、カシマの取り巻きもデジモンを連れている可能性もある。

 不意にひらめいた。昴に向けて声を潜めてみせる。
「富田、外に鹿島がいるだろ」
「え? ああ。いるけど」面食らったような顔をする昴に向けて、僕は怯えたように言う。
「あいつら、最近下校時刻の過ぎた後に体育倉庫に忍び込んで悪さしてるらしいんだ」
 昴が眉をあげた。「煙草とか、酒とか?」
「それだけならいいさ」
 育ちのよろしい君には分からない世界があるんだと言わんばかりに僕は首を振ってみせる。
「名前は伏せさせてほしいんだけど、二組の女子が今朝方泣いてたのは…」
 もういいと昴は手を振った。「分かった、様子見てくる」
「富田!」
 外に向けて駆け出す昴に僕は声をかけた。振り返る彼に、にっこりと微笑んでみせる。
「合気道の全国大会出場、おめでとうな」



 昴がカシマ達を叩きのめすところをこの目で見ることができなかったのは残念だったが、デジモンが出てきた時に備えて体育倉庫のすぐ外にいたために、連中の惨めな悲鳴は聞くことができた。昴と彼らの間で誤解が解けたらどうしようかと思っていたが、カシマは昴が昴が扉を開けた瞬間に三人がかりで彼に飛びかかった。大方昴が手紙の送り主だと思ったのだろうが、そのおかげで彼らは対話の機会を碌に得ることができずに退散したというわけだ。もしこの後昴が僕の嘘の告発を元に警察や教師に通報をしても問題はない。体育倉庫こそ使っていないものの、カシマはそういう悪い噂には事欠かないのだ。

−−三人はバラバラに出ていった。これで分断に成功したってことだ。やったな。

「そういうこと。それじゃあ我々は哀れなカシマくんに単独インタビューだ」
 僕はウィンド・ブレーカーのフードを被った。薄闇の中では、これで十分に顔を隠せるはずだ。



     *****



「カシマくん、かな?」
 人通りの少ない路地裏。カシマの背後に忍び寄り僕が出したくぐもった声に、彼は飛び上がるほどに驚いた。その大きな図体が振り向こうと動く。
「おっと、振り返っちゃダメだ」
「てめえ、誰だ」
「富田昴くんは無関係だ、恨んじゃいけないよ。ダメじゃないか。一人で来いって言ったのにさ」
 カシマが息を吸い込むひゅっという音がする。
「じゃ、じゃあ、お前が」
「サイバードラモンの事は残念だったね」

−−奴はもう死んだと言え。

「彼はもう……そうだな、コンビーフみたいになってる」

−−そんなとこまで言い回しに気を使うな。

 僕とマミーモンの交わすやりとりなど知るよしもなく、カシマは震え上がっていた。

「な、何が目的だ」
「君の後ろ盾が誰か知りたい。一体誰が坂本殺しを命じたんだ?」
「知らねえ」
「知らないわけがない」
「本当だ! 知らないんだ! 仕事は全部メールで…」
「本当に?」僕は彼の背中に授業で使う厚いファイルの角を当てる。それだけでカシマは面白いほど震え上がった。僕も相手も、こういう雰囲気で背中に当てられるのは拳銃だと信じている。拳銃を背中に当てられた感触など知らないのに。
「な、なあ待ってくれ。金はいらないか?」
「金? ふうん」
「儲かる仕事があるんだ。なんなら紹介してもいい」
「儲かるって、いくら?」
「一回で十万貰える」
 こういう状況で持ちかけるには余りにも金額が少なすぎる気もしたが、僕は興味のある振りをしてみせた。
「明日からでもできるか?」
「そ、それが今は無理なんだ。一昨日から仕事場がトラブっててよ」
「遠野古書店?」
「なんでも知ってるんじゃねえか」

 一昨日。遠野老人が殺され、坂本が消えた日だ。

「お前、坂本を殺し損ねたのに、今後も金なんか貰えるのか?」
「お、お前が邪魔したんじゃねえか」
「ごもっとも。悪いことをしたね」
「ふざけんな! そのせいで俺は死ぬんだ」
「死なないようにすることができる」
「は?」カシマが呆けた声を出した。
「カシマくん。君の怖い上司が怖くなくなるまでの間、君は警察の留置所にいればいいんだ。そうすれば、連中は手出しできない」
「そんなことできるわけ…」

 そう言いかけたカシマの声を、遠くから聞こえる大声が遮った。

「悪いけど、選択肢はない。警察を呼ばせて貰ったよ」
「何を…」
「おい、賢くなれよ。ここで逃げ出しても、怖い上司か僕に殺されるだけだ。死にたくないんなら、君が僕をカツアゲしてるってことにしろ。それで良いな?」
 最初の罪科はカツアゲだけで良い。彼の事を少し調べれば、警察も留置の期間を容易く延ばせるだろう。
 カシマは力なく頷いた。



      *****



 駆けつけてきたのは伊藤巡査だった。なんてことはない。僕が前もって彼を指名して連絡していたのだ。一番知りたいのは、伊藤の顔を見たときのカシマの反応だった。二人が裏で繋がっていれば、その顔は恐怖に歪むか、或いは安堵を浮かべるに違いない。しかし残念ながら、僕はカシマの顔に警察に捕まる不良少年に予想されるもの以上のいかなる感情も見いだすことができなかった。伊藤の連れたもう一人の巡査がカシマを連れて行った。

「助かりました」僕は伊藤に笑顔を向けた。
「いやいや、俺を頼ってくれて嬉しいよ」
 伊藤はその生真面目な顔に微笑を浮かべる。これを見ただけでは、この男が殺人事件の裏にいるかもしれないとはとても思えないだろう。
「遠野さんの方はどうなってますか?」
 彼は首を振った。

「詳しいことはあまり話してはいけないんだけど、確実に前進している。無関係の押し込み強盗という線もあるが、警部はそうは考えてないみたいだ」
 僕もそうは考えていない。「何か根拠が?」
「君は詮索好きだなあ。実は、事件の関係者が一人行方知れずになってる。これは君が遠野の爺さんと親しくて、君の証言のおかげで捜査が進んでるから特別に言うんだ」そう言って彼は、人差し指を唇の前に立てた。
「遠野さんと親しかったのは、伊藤さんもでしょう」
 僕はそう言って、伊藤に鋭く視線を向けた。彼の目には驚きが浮かんだが、それだけだ。
「どこでそれを?」
「遠野さんから聞きました。子どもの頃良く店に遊びに来ていた三人の子どものこと」
「爺さんが?」伊藤が再び笑みを浮かべる。
「嘘はいけない。ヤヨイに話を聞いたんだな? それとも、トキオか?」
「どうでしょう?」

 嘘をあっさりと見抜かれた。彼の観察眼が優れているせいか、それとも、何か別の力か。

「はっきり言ってくれ。トキオだとしたら、僕は君も連行しなきゃいけない」

 とすると、警察はまだ坂本の足取りを掴めていないのだ。
「トキオさんじゃないです。ヤヨイさんの方」
「そうか」伊藤は品定めするように僕を眺め回した。

「嘘は良くない。警察のしていることをこそこそ嗅ぎまわるのも、あまり良くない」
「僕もそう思いますよ、伊藤さん。嘘は良くない」

 不意に伊藤が声を上げて笑った。財布から名刺を出すとそれになにか書きつけ、面食らっている僕の胸に押し付けてくる。
「俺の名刺だ。またカツアゲの被害に遭いたくなった時、こっちに連絡してくれ」
 それから、と彼はなおも笑いながら言う。
「遠野古書店の捜査は終了した。東京の方に住んでる爺さんの家族は、あの大量の古本の扱いに困ってるみたいだ。連絡して許可を取れば、興味があるものは譲り受けられるんじゃないかな。連絡先、そこに書いといたよ」
 名刺を裏返すと、雑な字で電話番号が記されていた。
「随分妙なことをしますね。金沢警部にこのこと話して、いいのかな」
「そうしたら俺はクビだ。でも俺は、君の好奇心を信じているよ」
「好奇心を、タダで貰った古本で満たせと?」
「そうじゃない、あそこにはまだ何かある気がするんだ。警察が見つけられないだけでさ」
 そう言って彼は踵を返し、路地から立ち去った。警察の捜査がまるで他人事であるかのような口ぶりだった。



−−あの野郎、カツアゲに遭いたくなったとき、ときたもんだ。お前に疑われてることにちゃんと気づいてるぜ。

「ああ、そうだな」

−−遠野古書店、行くのか?

「どうだろう? 罠かもしれないし、僕たちを利用して目当ての物を見つける気かもしれない」

−−でも?

「行かない手はないだろ」

 木乃伊が僕の隣でけらけらと笑った。


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