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ID.4852
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/02/07(水) 22:07
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Memento Mori〜最終章〜(前)
         







 駆け付けた時、父は既に虫の息だった。
 実験中の不幸な事故。世間的にはそう結論付けられているし、実際に数年前に母もまた同様の事故で命を落としたとされている。けれど、調査に当たった警察はその光景を理解できたのだろうか? 服だけを残し、そこにいたはずの人々の肉体だけが忽然と消滅してしまった事実を、どう受け止めたというのだろうか?
 無理だと嘲笑する。彼らにはきっと何を説明したところで無駄だろう。

『人間というものは醜い生き物だ』

 まるでこの世の全てを憎むような目で、父が語っていたことを思い出す。
 誰よりも明るく朗らかで、全てを慈しみ全てに慈しまれて育った母とは違い、父はどこまでもこの国とこの世界を恨み、憎み、そして妬んで生きてきた。それ故に世界の光を認めず、そこに在る暗闇だけをどこまでも注視する、そんな現代社会にとって異物そのものと呼べよう男が誰あろう自らの父だった。
 そして悲しいことに、その歪みそのものと言える気質は当時7歳の身でも十分自覚できる程に、娘である不知火咲夜にも受け継がれていた。

『……咲夜……か』
『父さん』

 面会が許されたことは奇跡と言っていい。もう長くない、傍にいた看護師の顔からしてそれは明らかだった。
 後から聞いた話によれば、内臓の幾つかが使い物にならなくなっていたらしい。正確に言うなら、そこにあるはずの内臓がどういうわけか消滅してしまっていたという表現が正しいということだった。なるほど、服だけを残して肉体が全て消滅してしまった母の時と同じだった。
 しかし今回消えたのは内臓の一部だけ。進歩している、そんなことを漠然と思った。

『……言いたいことはありませんか』

 乾いた声で尋ねたそれは、父と娘の恐らく最後になるだろう会話とは思えない味気なく乾いた音色。
 しかし看護師の怪訝そうな顔など関係なく、また父の肉体に繋がった無数のチューブの存在もどうでも良く、その時の自分にとって、不知火咲夜にとって死に行く父と交わすべき会話はそれだった。それ以外には有り得なかった。

『ああ。……無いな』

 それでも父はそう言うのだ。最期だというのに、父は自分に何も遺してはくれない。
 臓腑の底まで見透かされそうな黒い瞳は、真っ直ぐに咲夜の目を見つめている。死を目前にしながらもその闇は微塵も揺らぐことなく、父からの言葉を求める娘を嘲り笑うかのように輝いている。奇しくも病室で向き合う父子の目は、全く同じ色をしていた。
 だから嫌いだった。どこまでも自分と似ている父のことが、不知火咲夜は大嫌いだった。

『本当に……?』
『くどい』

 父が何かSFめいた異世界の研究を行っていることは知っていた。二年前に母を含めた数名を実験台として用い、死なせてしまったことも気付いていた。それを憎いとも思わない、断罪したいとも思わない。
 だがそうだとしても、親の仕事に興味を持つのは子供として当然だろう。だが父は咲夜の興味を引くかのように研究対象のデータを断片的に見せながらも、具体的な内容には微塵も触れなかった。それはまるで娘であるはずの彼女を研究のライバルとして見ているような、知りたければ自身の力でここまで辿り着いてみせろとでもいうような、そんな自分を試しているかのような態度に咲夜には思えた。
 そういった目で見られると無性に腹が立った。お前には辿り着けまい、そう挑発されているようにも思えたから。
 だから咲夜は完全な独学で研究を始めた。勿論、齢10歳にも満たない小娘には何の知識も設備もない。故に死に物狂いでパソコンを覚え、父のパソコンからデータを盗み出せるだけの腕を得ることだけに執念を燃やした。母の死と前後してそれは成功したが、そんな少女の浅はかな考えを父が知っていたかどうかは定かではない。

『死ぬことは……怖くないのですか』
『怖いさ』
『……でしたら』

 きっと咲夜の声は懇願にも聞こえたに違いない。
 父は恐らく実践したのだ。電脳空間に存在するとされる異世界、タンパク質で構成された我々人類には決して到達できぬその場所に、その肉体をデータへと変えて送り込むための実験を、誰あろう不知火士朗自らを実験体として。
 その果てに答えを得た。今の父の目は、そういう目をしている。

『……お前に話すことは、何もない』

 けれど、父はどこまでも頑なで。

『お前の行く末に興味はなく』

 どこまでも辛辣で。

『お前のために遺すものなど存在しない』

 どこまでも冷酷だったけれど。

『だが……お前が本当に私の娘であるのなら』

 そんな姿は、どこまでも不知火咲夜の父に相違なかった。

『……辿り着いてみせろ』

 確かそれが、父だった人の最後の言葉。
 だからその瞬間、咲夜はあの世界の全てを解き明かさねばならなくなった。SFめいた化け物が闊歩する異世界。父や母、その他大勢の人間が夢見た未開の地フロンティアにして、人が皆追い求めることになる理想郷ユートピア
 その地の全てを手に入れることが、不知火咲夜の全てになったのだ。








最終章:犯人ホシの野望はχカイ〜2061〜








 憤怒、暴食、傲慢、色欲、嫉妬、強欲、そして怠惰。
 それら人間の持つ七つの感情を冠した存在は、古来より七大魔王と呼ばれ恐れられてきた。皆が数多持つ恐怖という感情は、元より伝説上の存在でしかなかった彼らに確かな実体を与え、皮肉にもその存在が正義の使者として名高い聖騎士団への憧憬を皆が強く持つ要因ともなったと言われている。
 創世記におけるヒューマンとビーストの大戦争を終結に導いたと言われる始まりの天使はその治世の中でやがて堕落し、傲慢なる魔王として誰も知らぬ暗黒の世界で十体の英雄との間に死闘を繰り広げたと伝えられる。
 それと前後して世界を闇に染め上げんとしたのは色欲の魔王。後にこの世界の頂点に立つことになる四体の聖なる獣との激しい戦いの末、人とデジモンとの可能性に魅せられた魔王は全てを愛し慈しむ母となり、この世界の行く末をただ見守る賢者と化した。
 そんな彼らと時を同じくして現れた、七大魔王に勝るとも劣らない力を持つ魔王がいたと言われている。高位の天使でありながら闇に染められ、原初の魔王として君臨したはずのその存在は、その実あの世界に伝わる古文書を紐解いても殆ど記されていない。
 その名を冥王バグラモン。誰も知らぬ闇で生きる魔の者。

「……やっと、会えた」

 そんな魔王の姿を認め、不知火咲夜は目を細める。
 ここに来るまでに果たして何人の選ばれし子供を手に掛けてきたのか。傍らに立つダークナイトモン、魔槍を血で染め上げたダナンは元よりこの日の為に作り上げたもの。
 無音、だが一瞬。

「ほう?」

 感嘆の息と共に乾いた金属音が響き渡る。魔槍を振り上げたダナンは一瞬にして肉迫、冥王に向けてその槍を突き出す。

「……ふん」

 つまらない。そう言いたげな嘆息だった。
 冥王は何ら動じることなく、その義手を以って魔槍を弾き返す。

「流石だ……!」

 ダナンの呻きは咲夜の心の声だ。元より心というものが存在しないダークナイトモン、否、スカルナイトモンの思考は本質的に不知火咲夜と等しく在る。デッドリーアックスモンに組み込んだ思考パターンは咲夜自身の感情データである。同一の感情データを有することで本来の人間とデジモン、選ばれし子供とパートナーとの信頼関係馬鹿馬鹿しい傷の舐め合いによって起こり得る相乗効果と等しいものを得られる計算だった。問題はプラスの効果だけではなくマイナスの効果、即ちダナンが抱く不安や恐怖といった感情が咲夜に逆流する可能性もあることだったが、今の状態はまさにそれだ。
 一太刀交えただけでも実感する圧倒的な力量、どこまでも冷静であるが故に彼女は自らの黒騎士と冥王との間に存在する歴然たる格差というものを知覚してしまう。

「次はこちらから行かせてもらおう」

 禍々しき狂爪の一閃、それが黒騎士の腹部に突き刺さる。

「がっ……!」

 恐らく冥王にとってはただ無造作に腕を振るったにすぎない。人間が目の前の蠅を払うようなものだ。しかしそれを耐え得る者が果たしてどれだけ存在するのだろうか。ただの一撃、だが凄まじく重い手刀、それだけでダークナイトモンは腹部を砕かれ、その場に膝を折る。バグラモンはそんな黒騎士を間髪入れず蹴り倒してみせた。
 黒騎士が倒れ伏すと共に瓦礫が舞い上がり、咲夜もまた思わず顔を顰める。元より冥王との戦いに備えて築いたこの地下闘技場だが、彼奴の力は咲夜の想定を遥かに超えている。

「こんなものか、咲夜。……お前の作った傑作とやらは」

 冥王は笑い、見下す以外に価値のないはずの人間の名を呼ぶ。
 それに咲夜は答えない。答える必要性を感じない。

「奥の手があれば見せてもらいたいものだが……どうやら終わりのようだ」

 白亜の右腕が上がる。狙うは前のめりに崩れ落ちた黒騎士の電脳核、冥王の右腕は触れた魂を己が意志の下に司る術を持つ。彼の右腕に囚われた者に安息は訪れず、ただ冥王の意志のままに彷徨える魂と化す。誰にも縛られず、自由で在れと生み落とされた数多の魂も、冥王の前では紛い物の命も同然。故にその名を天よりの略奪者アストラルスナッチャー、高位の天使でありながら地に落ちたと言われる冥王の持つ唾棄すべき力。
 だがそれを前にしても、不知火咲夜は不変だった。

「これは……」

 そこでバグラモンは気付く。
 無様に地に伏した黒騎士、先より妙な違和感を覚えていたその存在の内に巣食う闇、その正体に。

「……お前なら」

 冥王は笑う。お見通しだ、そう言いたげな顔で。

「なるほど、お前は紛れもなく、そしてどこまでも不知火咲夜ということだな。この道化には命が無い。魂も無い。元よりお前は命を持たせるつもりも無かったのだろう? ……お前と契約している、ただそれだけの事実を以って動いている生ける屍にすぎんということか。言わばお前自身がこの道化の魂も同然、魂が肉体に内在しないとなれば、我が右腕で御せるはずもない。デジモンですらない出来損ないというわけだ、この道化は」

 そして同時に冥王は感じていた。この黒騎士は自分と同じだと。

「薄ら寒さも感じるわけだ。古文書を読み解いて得られた冥王わたしのデータ、それを元に造り出した人工種ならその存在は私と惹かれ合うはず、そう考えたというわけだな。お前にとっては全てが私を引きずり出すための撒き餌というわけだ……さしずめ、この出来損ないは私の不出来な“弟”とでも言ったところか」

 黒騎士を足蹴に嘯く冥王。
 最初からそのつもりだった。断片的に残された冥王のデータを繋ぎ止め、組み合わせて解読したバグラモンの力の一端、スカルナイトモンとデッドリーアックスモンはそのデータから生み出した人工生命体に過ぎない。解析が十分でない冥王のデータを一個の生命体として形にする技術は咲夜にはなかった。なればこそ、その力を二つに分離させ、各々に形を与えた後に融合させる、その存在こそがダークナイトモンだった。

 故に全ては道具。

 信頼すべきパートナーなどいない。

 貫くべき信念などない。

 元より目的はただ一つ、いずれ対峙する冥王を打ち倒し、あの世界の全てをこの手に掴むこと。

「……その通りです」

 冥王の巨躯を見上げる。咲夜の心を満たすのは歓喜だ。
 半世紀、ただこの瞬間だけを求めてその手を血に染め上げてきた。自らが開発する“彼ら”の完成にはどうしても完全な形でのバグラモンのデータが要る。人間を完全な形でデジモン化した・・・・・・・・・・・・・・・冥王の存在は、咲夜が生み出すべき英雄には必要不可欠なものだ。

「この時を待ちわびました。……父さん」

 父と。
 不知火咲夜は冥王バグラモンをそう呼んだ。








 三十年近く前のことである。

『……バグラモン?』

 その名を聞き、菊池隆二は振り向いた。

『ええ。元・選ばれし子供であるあなたなら、何か知っているのではないかと思ってね』
『名前だけなら聞いたことはある。デーモンや数多の魔王同様、天使でありながら堕天し、世界に反旗を翻した魔王だと』

 彼の言うことは正しい。だがそれだけだ。その程度のデータなら咲夜自身も持っているし、何より彼の視野は酷く狭い。
 選ばれし子供であるが故にデジタルワールドに縛られた哀れな子供。咲夜から見た菊池隆二はそんな男だった。哀れで愚かで救い様がない。人間よりもデジモンに肩入れし、平和な人間界よりも争乱のデジタルワールドを望む破綻者。それは恐らく彼が幼い頃に選ばれし子供として召喚され、実際に世界を救う英雄として戦い抜けたからこそなのだろう。それ自体を否定するつもりは咲夜にはないし、だからこそ協力者どうぐとしてはこの上なく利用価値があり、何よりも御しやすいことは自分にとっても幸運なことだった。パートナーと共に在ること、ただそれだけの為に恩人を、面識もない選ばれし子供を、そしてデジモン達を殺戮するこの男は、自ら出張ることをあまり好まない咲夜にとっては最高級の殺戮兵器だった。
 そんな彼は、デジタルワールドが人間の手で作られたものだということを絶対に認めようとしない。あの世界は穢れ切った人の世とは違い、どこまでも清く正しく在ると信じている。

『馬鹿らしい……』

 隆二に聞こえないような声で吐き捨てる。その脳内にあるお花畑に火を放ってやりたい衝動に駆られる。
 しかし今この場で彼との関係を壊すのは得策ではない。今でこそ殺戮に手を染めているとはいえ、元々正義感が強く、曲がったことを好まない男である。今はパートナーの為として共闘関係を築けているが、くだらぬ罪悪感でいつその関係が反故にされるかわからない。間違いなく来るだろうその時に備えて咲夜としても手は打ってあるが、それでも道具には可能な限り長い間こちらの役に立ってもらわなければ困る。
 だから今この場ではヒントを与えておくに留めよう。

『十闘士、そういう存在は知っていて?』
『それも名前は聞き覚えはあるな。平時には人間と変わらぬ姿を持ち、戦闘に際して人と獣の力を解放するとか。……馬鹿馬鹿しい、そんな存在がいるはずがないというのにな』
『……そうね』

 小さく呟き、質問を変えてみる。

『あなた、デーモンと戦ったのよね。憤怒の魔王の印象を教えてもらえるかしら』
『慇懃無礼な奴だったな。口調こそ丁寧だが、人を小馬鹿にしたような態度が目立つ奴だった……』

 口ではそう言いながら、自然と笑みが浮かんでいることに恐らく隆二自身は気付いていない。
 命を懸けて戦った相手とはいえ、今となっては古い友人のような感覚なのだろうか。どうも選ばれし子供という連中のことは理解できない。人間でありながらデジモンと彼らの世界のことを優先するその在り方は、不知火咲夜にとってどこまでも他人事でしかない。嫌悪するというわけではない。興味が湧かないのだ。

『人間みたいだった……ということ?』
『何故そうなる。奴が人間など、そんなこと有り得るはずがないだろう』

 鼻で笑う隆二。
 魔王が、人間。そんなはずはない、それは当たり前のことだ。

『そうね……あなたがそう言うのなら、そうなのでしょう』

 そう、当たり前のことのはずなのだが。









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