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ID.4813
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2018/01/20(土) 15:06
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六月の龍が眠る街 10-1
         
 
第一章

第ニ章

第三章&第四章

第五章

第六章

第七章

第八章

第九章


突然鳴り出したスマートフォンの着信音で、夏目秀は目を覚ました。彼は飛び起きると、薄ぼんやりとした霧のかかった頭を回してあたりを見回す。最初に思ったのは、自分はまだ眠ったまま夢の中にいるのではないかということだ。とびきりの悪夢の中に。

 周囲は全くの闇だった為に、彼にはその空間の奥行きが掴めなかった。手を伸ばせばすぐそこに壁がある気もするし、どこまで走っても果てがない広大な空間が広がっているような気もする。そのどちらを試す気力も、彼には無かった。
 しかし何もしないわけにはいかない。耳元ではスマートフォンが未だにわずかな光を発して鳴り響いているのだ。起き上がらなくては。

 どうして?

 今まで自分は眠っていたのだから。きっと寝転んだままの筈だろう。起き上がらなくては。

 どうして?

 自分は既に立ち上がっているのかもしれない。いや、そんなことはもうどうでも良いのだ。この空間では上下の区別に意味はないと、なぜか感じることができた。
 自分が何をすれば良いのかわからない。何もしなくて良い気もする。そんな筈はないと叫ぶ自分もいる。そんな葛藤の妥協策として彼は、先程から着信を告げているスマートフォンを手に取った。

「もしもし?」
「おい、出るのが遅いぞ。シュウ」
 彼は目を見開いた。「ユウか?」
「当然だろ」
「ユウの筈がない」どうしてそう思うのだろう? 分からないが、彼の心は間違いなく違和感を抱いていた。
「何言ってるんだ? それよりお前、今どこにいるんだよ。青森行きの電車、乗り遅れるぞ?」
「青森だって?」
「夏の課外研究、まさか忘れたわけじゃないよな? お前がこないと女子たちの機嫌が悪くって困るんだよ。早く来てくれ」
 夏目の耳元で会話は突然に終わりを告げた。

 夏の課外研究? 彼は首をひねる。とすると今はまだ夏休みも始まらない七月の暑い日で、自分は北館祐や三浦真理、彼を慕ってくれる美嘉や絵里の待つ駅前の集合場所に急いでいる最中だったのだろうか?

 再びスマートフォンが鳴った。彼は少し迷ったが、やがて電話を取り耳に当てる。
「もしもし?」
「ああ、シュウ。今何してる?」
 その声を聞いた夏目の体に大きな震えが走った。
「高視さん?」
「そうだよ。どうしたんだ?」
「そんな筈はないんだ。あんた誰だ?」
 彼は鋭い口調で言った。心臓が早鐘を打っている。心で感じるより先に、高視悟の声を捉えた耳が違和感を告げていた。
「なに言ってる? それより明日の夜、〈アイス・ナイン〉で戦勝祝賀会があるんだ。オニスモンの事件が片付いて、ようやく落ち着いてきたからな」
「オニスモン?」彼は激しく首を振った。
「バカなことを言うな!」そう言って電話を切る。彼は力を込めてスマートフォンを放り投げた。しかしそれは彼のすぐ目の前に着地し、すぐに新たな着信を告げる光が瞬いた。
 彼はそれに背を向けようと振り返る。するとまた目の前に同じスマートフォンが振動していた。どこを向いてもそれは目の前にある。彼は座り込み、頭を足の間に埋めて目を瞑った。そうすると今度は着信の音がやけに大きく聞こえる。それは耳のすぐ近くで鳴っているかのように耳障りに響き、バイブの振動は地面を震わすほどに感じられた。
 耐えられず彼はスマートフォンをとる。
「お前は誰なんだ!」

「もしもし、大丈夫? シュウさん」

 彼は顔を上げた。その頬を一筋の涙が伝う。
「ヒトミ? ヒトミか?」
「そうだよ。シュウさんったら、どうしたの?」
「話は後だ。助けてほしい。君にしか出来ないんだ」俺を救ってくれ!
「助ける? 私が?」
「そうだ」
 どうしてそんなことが言えるのか、彼自身にも分からない。しかしヒトミの声は先の二つの声とは違い、地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸のように思えた。
 しかしその幼い少女の声は、彼の懇願を笑い飛ばした。

「なーに言ってるの。シュウさんにはテイルモンがいるじゃない」

「テイル…モン?」
 高視の声を聞いた時と同じ違和感が彼の身体に走る。手は恐怖に震えている。その震えの酷さに、彼は今にもスマートフォンを取り落としそうだ。

 ほーら、落としちゃったじゃない。

 もう彼の目は瞬き一つしない。驚きと恐怖の表情が、スマートフォンの落ちた足元に向けられる。
 その光が、小さな白い影を照らし出した。

 ステファンは、ほんとうっかり屋なんだから



 その影で街を覆い隠した巨大な龍は、苦悶と後悔の叫びをあげた。

          *****

 病室の窓ガラスに大きなヒビが入り、北館祐は驚いてそちらを向いた。原因はわかりきっている。今の音でガラスと同じように鼓膜にヒビが入ってないといいんだけど。
「ちょっと、何よ今の?」
 彼の隣で一条秋穂が声を上げた。ルーチェモンとの戦いで他の十闘士より一段深い傷を負い、まだあちこちに包帯を巻いている。北館が振り返ると、病室でルーチェモンに破壊されたスピリットの修復を待っている他の闘士たちも耳を塞いでいた。
「ルーチェモンの叫び声だろう。あの野郎、あんな大きくなりやがって」
 彼は視線を手元のパソコンに移す。それにはヒュプノスの飛ばしたドローンから転送された仙台の街の鳥瞰図が映されているはずだった。しかし今は違う。



 カメラの視界を覆う、紫色の影。時折不規則に揺れる十枚の翼。金色の兜に包まれた醜い顔。その上に抱かれた七つの輪。大きな腕が抱いた禍々しい黒い玉。



 龍は仙台市全体を覆うかのように浮かんでいたが、あまりの大きさに地上からはその巨体の造形は掴めないだろう。事実、病室の窓からはその巨大な前足が逆さ吊りになった巨人のように街に垂れ下がっている様子しか捉えられなかった。
「第三形態、〈黙示録の龍〉ね」秋穂がそう言って隣にいる三浦真理に問う。
「えっと…真理ちゃん、なんだっけ?」
「ヨハネの黙示録、聖書の描写とアイツはあんまり似てないけどね」
 真理が語る聖書の一句に、その場にいた闘士全員が耳を傾けた。



また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、大きな、赤い龍がいた。それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっていた。
ーー新約聖書 「ヨハネの黙示録」12:3



「まさかここまでデカイとはな」
 誰かが言う。その言葉に、病室には自分たちの無力さに対する悔しさが立ち込めた。結局十闘士は現時点での総力を結集してなんとかルーチェモンの第一形態、力を出し切っていないその身体に一太刀入れることができただけだった。
 その様子を見て、秋穂は肩をすくめた。
「みんな、情けない顔してないで。後はヒュプノスのミチルさん達がなんとかしてくれるでしょ」
 北館も頷く。
「みんなは納得行かないかもだけど、加納さん達なら大丈夫だ。まあでも、ヒュプノスに任せっきりも悔しいからさ。できることをしよう」
 そう言った秋穂と北館に続いて、他の闘士達も立ち上がった。

「皮肉屋の北館にしちゃ、ずいぶん前向きだな」
「いいんじゃない? ヒュプノスに任せっきりも悔しいし」
「北館くんの言う通りです。この状況では、デジモンを知っていると言うだけで戦力になりますからね」
「けど何すりゃいいのさ、交通整理?」
「あはは、いいかも〜」

 彼らを見回して北館は笑った。
「じゃあ全員賛成ということで、これから仙台を守るために街に出る。作戦は秋穂、頼んだ」
「えー、私?」
「鋼の腹筋を持つ賢者だろ」
 北館は微笑んで言う。冗談はともかく、十人で行動していた頃から彼女はみんなの参謀役だった。
「腹筋は余計よ」
 秋穂も自分の役割はしっかり自覚しているらしく、北館に向けて唇を尖らせてそう言ってからすぐに口調を変えてきびきびと指示を出し始めた。
「オーケー、行動は基本的にチームで分けるわね。みんなで十闘士になるための修行してた時のチーム分け、覚えてる?」
「懐かしいな」メンバーにざわめきが起こった。「チーム〈カイゼル〉とチーム〈マグナ〉」
「アレは結局どういう分けかただったんだ?」
「ネーミングも謎」
「ボコモンは、そのうち分かるとしか言ってくれなかったよね」
「ハイハイ」秋穂が手を叩いて注目をもう一度自分に集め直した。
「とにかく基本的にこのチームで行動を分けるわ。〈カイゼル〉は交通整理を中心に、〈マグナ〉は人々の避難誘導を中心に活動する。こんな体の私が外に出ても迷惑になるだけだから、私はここに残って連絡係をするわ」
「じゃあ、秋穂ちゃんの分の仕事は私がやる」 真理が口を挟んだ。北館が慌ててそれを止める。
「何言ってるんだ。真理は秋穂と一緒に待機しててくれ」
「もう見てるだけは嫌。私だって、きた…ユウの役に立ちたいの」
 突然名前で呼ばれ、北館は言葉に詰まった。周りの闘士達がそれをはやしたてる。秋穂はため息をついた。
「お二人さん、後にしてくれない? 私もホントは止めたいけど、今は人手が惜しいわ。真理ちゃん、くれぐれも気をつけてね」
 真理がこくんと頷くのを見て、秋穂は全員を見回した。
「それともう一つ、ルーチェモンが力を振り回してるせいで殆どの携帯や無線は使えなくなってるでしょう」
 先程から彼らが見ているパソコンの映像にも酷いノイズが走っている。だからこそ、と秋穂は声を高くして言った。
「互いに通信し合うヒマはないわ。さっきの作戦はあくまで仮のもの。戦場に出たら、それぞれの正しいと思う行動をしなさい。その判断の正しさは私たち、長い付き合いの十闘士全員が保証する。でしょ?」
十闘士達は互いに頷きあう。
「それじゃあ行くわよ。作戦開始!」

 闘士達は口々に了解の言葉を叫んで部屋を後にしていき、北館だけが部屋に残った。彼に背を向けてパソコンのモニターに向かったまま、秋穂が彼に話しかける。先ほどとは打って変わって、不安げな声だった。
「玲一さんとミチルさん、勝てると思う?」
「ヒトミちゃんもギギモンもいるからさ、勝てるよ」
「ユウくん、気休めを言うタイプだったっけ?」
「違うよ。だから信用してくれていい。秋穂が今からぼくらに黙ってどこに行くつもりか知らないけどさ。それ、ぼくが行くよ」
 北館の言葉に、秋穂は驚いて振り向いた。北館は笑って続ける。
「通信もできないのにここに残って連絡係だなんて、秋穂が黙って座ってられる性分じゃないのは知ってる。どんな無茶をするつもりだったか知らないけど、秘密ってのは反則だよ」
「…何のことかさっぱりわからないわね」
 そう言った秋穂の唇に小さな笑みが浮かんだ。
「ユウくんの言ったことは意味わかんないし関係ないけど、作戦変更。ユウくんは今から玲一さん達のところに行ってちょうだい。相手はルーチェモン。私たちの専門分野よ。ミチルさん達どうせ〈ラルバ〉のことだって知らないでしょ。十闘士のサポートが絶対必要になる」
「つまりぼくは酷い戦場になってるであろう場所に生身で飛び込んでいって、神話の中の真実かどうか疑わしいルーチェモンについての情報を辻さん達に伝えればいいんだな?」
「そう、慣れてるでしょ?」
「ああ、秋穂の無茶振りには慣れっこだ」
「無茶させる代わりに、成功率は百パーセントでしょ」
「前に秋穂の言う通りにした時は、クラヴィスエンジェモンに半殺しにされたな」
「…」
 黙り込んだ秋穂を見て北館は笑った。
「からかって悪かったから、そんな顔するなよ。さっき秋穂も言ってただろ? 秋穂の判断の正しさは、十闘士全員が、ぼくが保証する。秋穂はただ、胸を張ってればいいんだ」
「…うん、ありがと」
「さて、秋穂がやるつもりだった役目をぼくが引き受けた訳だけど、それでもまだ外にでるつもりだろ?」
「…待ってるだけなんて」
「一緒に来るか?」
「いいの?」
「そうなった秋穂に説得が通じないのは知ってるさ。それに、近くにいると心強い。いつもみたいで」

 秋穂と北館が病室を立ち去った直後、酷いノイズがパソコンの画面に走り、カメラからの映像が途絶える。北館の三歩後ろを廊下を早足で歩きながら秋穂は眼鏡になぜかついた曇りを手で拭う。そして小声で呟いた。

 みんな、お願い。


         *****

「クラビス、どんな感じだった?」
 加納は上空での偵察を終えて戻ってきたクラヴィスエンジェモンに尋ねた。ルーチェモンに首を絞められた時の痛みはまだ残っていて、加納はまだ目眩を覚えたがそうも言っていられない。パートナーのクラヴィスエンジェモンも人型のルーチェモンとの戦いを終えたばかりでかなり疲弊しているのに彼の為に飛んでくれているのだ。夜の山中の道路は暗く、その姿はよく見えなかったが、彼の美しい白い翼には汚れが目立ち白と金の鎧もあちこちひしゃげてしまっていた。
「どうにもなりそうにないですね。オニスモンの比じゃない大きさです。あちこちからS級エージェントが応援に来てくれてますが、ヤツの落とす雷にやられて既に戦線を離脱している連中も多いみたいです」
 加納は唸った。ヒュプノスはこの件の処理に全勢力を投じていた。全国に十五人程度しかいないS級エージェントの殆どが既に仙台にいると聞いていたが、それを持ってしてもこの巨大な龍には傷一つ加えられないらしい。
「力勝負じゃ勝てっこないってことか」
辻玲一が横で言った。彼の側にはギギモンを抱えたヒトミが寄りかかっている。彼女の目は道にたった一本だけ立てられた街灯の光を反射して、不安そうに光っていた。
「ああ、オマケに通信機器はどれも完全にイカレちまった。被害状況も確認できないときてる」
「伝令の役目は私がしましょう。どうせもう戦力にはなれそうもありません」
「ありがとう、クラビス。でも今はまだだ。正面からの戦いは無理だと分かった以上、一回落ち着いて作戦を考える必要がある」
「作戦ったって、どうするんだ?」辻の疑問に加納は親指で後ろを指差す。
「そろそろ、百川に話を聞いてもいいんじゃないか?」

          *****

「ああ、勿論だ。協力するよ」
 ルーチェモンとの戦いで死んだナイトモンが一つ残した銀色の兜を抱えて百川梢は僕に言った。彼女はパートナーの死へのショックからへたりこんだままだったが、口調はいつもと同じような気取った調子を取り戻している。今日の会話で彼女が僕に見せた幼い少女のような側面も隠れてしまったことには一抹の寂しさを覚えたが、今はそれどころではない。彼女はルーチェモンの配下だった。この状況でルーチェモンに対抗するヒントを与えてくれそうなのは彼女だけだ。
 彼女と話をする役目は僕が買って出た。背中に加納のじれったそうな視線を感じる。パートナーのクラヴィスエンジェモンも制止を振り切って再び偵察に飛び立ったし、このコンビは大分焦っているようだ。その気持ちはわかるが今の梢に彼の乱暴な口調は良くないだろう。僕は努めて落ち着いた口調で尋ねた。
「まず、私はアイツに勝てる方法を知ってるわけじゃない。分かってたら二年前にとっくに殺してるさ。それにアイツとの連絡は殆どメールを使っていた。アイツと顔を合わせる機会もあまり無かったということ、話せることはそんなにない」
「それでも構わない。早くしろ」加納が急き立てた。
「分かった。辻さんの質問を受けるよ」



「よし、ええと」僕はあたふたと質問を飛ばした。
「まずはシンプルな質問。ルーチェモンの目的は?」
「…世界征服、新しい秩序の建設。アイツは本気みたいだった」
 梢がいたって簡潔に答えたので、僕と加納は思わず顔を見合わせた。世界征服、僕と加納がルーチェモンの目的について議論しあう中でそんな現実を遊離した言葉が出てくることもないではなかった。しかしその説はいつも最後には却下されていた。僕は質問を重ねる。
「分からないことが一つある。世界征服が目的だったっていうには、アイツの行動にはあまりにも無駄が多すぎやしないか? 十闘士を片付けて、力の制御のためにヒトミを攫ったところまではいい。そのあとまる二日も姿を隠していたのはどういうわけなんだ? アイツの力があれば仙台の街くらいはあっという間に掌握できたろうに、どうして堕天するまで、加納とクラヴィスエンジェモンが隙を見出すまで黙っていたんだ?」
 大きな目的を掲げ実際にそれを成し遂げられるほどの力を持っているのに、実際のところはまだ東北の一地方都市に手を焼いている。ルーチェモンの行動は妙に不自然だった。
 百川はしばらく鋭い目で考え込んでいたが、やがて言った。
「それについては、私も疑問に思っていたんだ。一つの仮説に過ぎないけど、私の考えを話していいかな?」
 頷く僕と加納を見て、彼女は語り出した。

「まず前提として、アイツは堕天することを極端に恐れていた。その恐怖が強過ぎたせいで最終的には闇に傾いちゃったけど、それに関しては潔癖だったと言ってもいい」
 僕は頷いた。北館祐がルーチェモンに対して抱いた印象は正しかったわけだ。
「堕天っていうのは、どういうきっかけでするものなんだ? アイツは天使みたいな顔をしてた頃から散々悪いことをしてたのに」
「ああ、私もそれがあるからアイツが高視を殺したとは信じられなかったんだ。自己弁護に意味はないけど、アイツが高視を殺したと知っていたらもっと早く裏切っていたさ。私は善いものが悪の道に堕ちるという意味で堕天という言葉を捉えていた。辻さん達もそうでしょう?」
 でもどうも違うらしい、と梢は言った。彼女の考えによると、ルーチェモンにとって堕天とは心の動揺のせいで力の制御を失って暴走することらしいのだ。
「つまり、顔色一つ変えずに殺す分には何人殺ても問題ないってことか」
 加納が苦々しげに言った。ルーチェモンが何食わぬ顔で高視を手にかける様を想像してしまい僕も眉をひそめる。
「そういうこと。だからルーチェモンは人間的な情緒を排することに必死だった。そんなモノは精神の動揺を招くだけだと言ってね」
「でも、結局は堕天した」
 そう呟いた僕の顔を梢が見上げた。
「そこだよ。奴は心の動揺を抑えきれなかった。自分が犯した罪の重さに耐えきれなかったんだ」
「テイルモン、か」
「そうだ。あの子は私が殺したよ。もうどうしようもないところまでいってしまっていた」
 百川の声が震えていた。空気に溶け込んだ死者の重みの為に全員が黙り込む。と、僕の足元、百川の目の前にしゃがみこんだヒトミがポツリと言った。
「シュウさん、私がテイルモンの話をした時、本当に苦しそうにしてた。この二日間、シュウさんはまるで別人みたいに冷たくなったり、かと思えばいつものシュウさんみたいになる時もあったの」
 テイルモンの運命やルーチェモンの行いを聞いた為にその顔は青ざめていたが、それでも彼女は明瞭に話した。彼女が僕に語った「目を逸らしたくない」という決意を思い出す。梢もヒトミの目を見つめ、頷いた。
「そこなんだよ。ヒトミちゃん。私はルーチェモンの中に、彼自身も自覚していない人間的な感情がまだ残っていると思うんだ」



「ルーチェモンの中に残る人間的な優しさが、アイツが好き放題するのを止めているとでも言いたいのか?」
 ロマンチック過ぎて俺の趣味じゃないな、と言いたげに加納は息をついた。
「でも、私にはそうとしか思えない。そしてもしそうなら、そこに訴えかけることができるかもしれない」
「私も百川さんと同感ですね」梢の言葉に肩をすくめて相手にしようとしない加納に、その背後に降り立ったクラヴィスエンジェモンが言った。
「私との戦いで、ルーチェモンはいつでもマスターを殺せる状況にいました。マスターをなんとか助け出せたのは、アイツが一瞬だけマスターの首を締めるのをためらったからです。あれはアイツが油断したんじゃありません。アイツ自身も、予想外のことのようでした」
 自分の命に関わる話をされ、加納は喉の奥から妙な声を出して黙った。梢の方に視線を移し、話の続きを促すようにする。いつの間にか彼女も立ち上がり、大きく伸びをすると長い髪を払って背筋を伸ばした。
「私の話は手の打ちようの無い今の状況で唯一すがることのできる細い草っぱみたいなもの。でも、今の私たちにはそれしかない」
「ルーチェモンの側まで行って、一生懸命語りかける、か」
僕は呟いた。馬鹿げた行動に思えるが、何振り構ってはいられない、ということだ。それにあの怪物の中にーー。
「私も行く。あの怪物の中に私たちの知ってるシュウさんがいるなら、私はシュウさんを助けてあげたい」ヒトミが僕の心の中の声を引き継ぐように言った。
 そうだ。そこに夏目がいるのなら、彼が僕たちの知っている夏目なら、彼を助けたい。
「いい心意気よ、ヒトミちゃん。それにもう一つ希望はある。それはーー」
 梢の話を遮るように、どこからか地響きが聞こえた。



「なんだこの音は?」
だんだんと大きくなり、道路の振動を伴い出した地響きに僕は言った。
「ルーチェモンが我々を狙ってるんでしょう」 クラヴィスエンジェモンがこともなげに言う。
「クラビス、なんでそんなことが分かる?」
「さっきの偵察の時の様子からです。アイツ、大きな体を捻って何かを探してるような様子でした。試しに目の前を飛んで見たら相当怒った様子でしたよ。性懲りも無く我々を目の敵にして探しているみたいです」
 加納は話を理解できないと言うように一回目を 閉じた。。
「つまり、アイツは今も俺たちを狙ってるのか?」
「ええ、多分」
 地響きが迫ってくる。ルーチェモンの手が僕らを追っているのだ。
「どうして地上に降りてきてすぐに報告しなかったんだ!」
「マスターも皆さんも何やら楽しそうに議論していたので」
 あのなあ、という加納の呆れた声を遮って梢が大きな声を出した。
「東からくる! 西に走って!」
 真夜中に山の中の国道で、西と言われてすぐに西に進める人間が何人いるんだ。そう言葉に出す前に加納がヒトミを抱き上げて道路の左側の林に飛び込んだ。唖然とする僕の腕を梢が掴み、同じ林に引きずり込む。すぐ背後で木の折れるばきばきという大きな音がした。
「方角の判断って、そんなに常識か?」僕はもたつく足でなんとか走りながら梢に尋ねる。
「常識じゃなくても、知らないと死んでしまうような知識はこの世にいくらでもあるの」
「勉強になるな」
 枝が一本僕の頬をかすめ、生暖かい血の滴る感触がした。

         *****

「ミチルさん、抱っこしてもらわなくても私走れるよ」
「流石に無茶だよ。ヒトミちゃん。クラビス、ヒトミちゃんをお願いできるか?」
「ヒトミさんは任せてください。でもマスター。それは『俺のことは構わない。先に逃げろ』って事ですか?」
「クラビス! 余計なことをーー」
「そんなのダメだよ! 絶対ダメ!」
「ヒ、ヒトミちゃん?」

「もう誰も犠牲になんてしたくないの! 私のワガママかもだけど、現実は甘くないかもだけど。私は今のままがいいの! 今が幸せだって、いつよりも幸せだって、本当にそう思うんだもの! 玲一おじさんがいて、ミチルさんとクラビスがいて、ユウさんや秋穂さんが遊びにきてーー」

          *****

「何よあれ」秋穂は目の前の景色に色を失った。
 ルーチェモンが突然動き出し、その巨大な手で彼女の目の前の山の一つを引っ掻いたのだ。夜の暗さのためはっきりとは分からなかったが、山の頂上から中腹にかけて茶色い山肌が露わになっているのが容易に想像できた。
 秋穂がいるのは国道沿い、高速道路のインターチェンジ付近にヒュプノスが拠点として建てた仮設の基地だ。基地と言ってもレーダーや無線は軒並み故障しており、その地域の住民の避難の整理をするための場所として以外はこれといって機能していなかった。辻達のところに向かう道中、この基地を見つけたため、状況を聞くために北館を先に行かせて立ち寄ったのだ。 黙示録の龍による山への攻撃があったのは、その時だった。
「あの山って、ミチルさん達がいる…」
秋穂の隣に立った千鶴が言った。顔は真っ青になり、地域住民の名簿を持った手が震えている。
「あの山にいるんですね?」
秋穂の問いにも千鶴ははっきりとしない呻きを漏らすだけだ。
 彼女は千鶴の肩を掴み、強く揺すった。
「しっかりしてください! ミチルさん達はあの程度で死んだりしませんよ! 」
「う、うん。分かってる。でも…」
「私が今からあそこに行って見てきます」
「そんな、無茶よ!」千鶴が悲痛な声を上げた。
「無茶じゃありません、どうせもともとあそこに行く予定だったんです」彼女は歩き出した。それを千鶴が呼び止める。
「待って! あのさ、もし、ミチルさんに、何か、あったら…」だんだんと声が震え、甲高くなる。秋穂は振り返り、再び千鶴に歩み寄った。
「ごめんなさい」
そう小声で言うと彼女は千鶴の頬を強くはたいた。千鶴が涙を溜めた目を開いて秋穂を見る。彼女の頬にも涙が伝った。
「ミチルさんと私はあんまり仲が良くない。きっと似てるからです。私と同じでミチルさんもきっと、嫌なもしもの話は嫌いですよ」
 彼女の言葉に千鶴は小さく深呼吸した。その背中を秋穂が優しく撫でる。
「千鶴さんがそんな風だと、ミチルさんもきっと嫌がります。気持ちは分かるけど…」
「うん、ありがとう。秋穂ちゃん。私の役目は、いつだってバカをやりがちなエージェントを見守る事、だもんね」
 そうですよ、と笑いあった彼女達の横顔を、赤い光が照らし出した。驚いてそちらを向いた二人の笑顔が、さらに大きくなった。


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       No.4814 六月の龍が眠る街 10-2マダラマゼラン一号2018/01/20(土) 15:08
       No.4815 六月の龍が眠る街 10-3マダラマゼラン一号2018/01/20(土) 15:10
       No.4816 六月の龍が眠る街 エピローグマダラマゼラン一号2018/01/20(土) 15:12
       No.4817 あとがきマダラマゼラン一号2018/01/20(土) 15:15