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ID.4742
 
■投稿者:マダラマゼラン一号 
■投稿日:2017/07/11(火) 18:54
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六月の龍が眠る街 2-1
         
第一章の続きです。

「北館ってさ、案外モテるのな」
 放課後、教室には初夏の爽やかな風が吹いている。昼間はその暑さに多くの生徒がワイシャツの袖をまくったが、東北の六月はまだ朝夕は寒い。まくっていた袖を伸ばし腕のボタンを留めながら教室で自分の担当になっている学級日誌を書いていた北館祐(キタダテ ユウ)は自分の名前を呼ぶ声に顔を上げた。同級生の康太だ。
「そんなこと言われたの、初めてだけど」
「いやだって最近やたら女子と仲いいじゃん。さっきも佐藤とかがお前のことカワイイとか言ってたぜ」
「カワイイ、ねえ」北館は苦笑した。
 彼も高校に入って、いくらか痩せ、前髪を伸ばしてから自分の事をそう言う女子がいるのは知っていた。もちろん、それ以上の何者でもないのは知っていたけど、中学校ではいじめられ、徹底した日陰者としての生活を送っていたのだから今の状況に感謝するべきなのかもしれない。などとも思う。
「カワイイなんて言われても、嬉しくないもんだよ」
「それは持てるものが持たざるものに言うセリフだ」ラグビー部随一の巨漢であり、カワイイと言う言葉からは世界で最も縁遠いであろう康太が言う。
「なんだろうな、マッシュだかなんだか知らねえけど、その髪型がいいのか? 体型だって、俺に言わせれば痩せすぎもいいとこだけど」首を捻りながら康太は北館に見られるそれらの特徴一言でまとめた。
「最近流行りの草食男子ってやつか」
「ぼくは肉も食べるよ」
「いや、そうじゃなくて」康太は首を振って話題を変えた。「まあなんにせよ今のお前はモテてる」
「別にそんな事ないったら。モテてるって言うのは、ほら、あれ、こないだ来た転校生とかに言う言葉だろう」北館は言った。二週間ほど前に四国からこの学校に転校してきたあの人物は、フランスとのハーフらしく、ウェーブのかかった金髪に青い目を持っている。それに加えて端正な顔立ちと人当たりの良さから学校の女子全員がここのところ沸き立っていた。
「アレは反則だよな」康太もうんうん、と頷く。
「お前もアイツに真理を取られないようにな」
「いつの話をしているんだ」北館はしどろもどろになりながら言った。高校一年生の春、入学して間もないころに僕が三浦真理(ミウラ マリ)に愛を打ち明けたというニュースはどういうわけかクラス中に知れ渡っていた。動揺して彼はボールペンを滑らせてしまい、学級日誌に黒々とした線が走った。
「その反応は、今でも好きって事だな。まあ人生で何回あるか分かんないモテ期を楽しめ」
 北館をやりこめた嬉しさから康太が満足気な声を出したちょうどその時、女子の一団が教室の前の廊下を通りすぎた。例によって金髪碧眼の転校生の噂をしているらしい。その中の一人が北館の方を向いて左手をあげた。口を「お」の字に開いているところからして、どうも「よっ」という挨拶らしい。北館も気の無い様子で左手をあげて返事をした。
「ちょっと、おい。なんだよ今の」女子達が通り過ぎるとその様子を見ていた康太が慌てた様子で尋ねた。
「挨拶しただけだよ」
「今のって隣のクラスの一条だよな、一条秋穂(イチジョウ アキホ)。知り合いなのか?」
「うん、まあちょっとね」
「今度紹介してくれ」
「秋穂を?」
 北館は驚いたように言った。一条秋穂は丸メガネをかけたどちらかというと地味な少女で、暇さえあれば大きなヘッドフォンをつけて音楽を聴いていた。いかにも体育会系という見た目をしている康太の好みだとは思えない。
「ああ、地味だけど、そこがいいんだよな。よく見ると美人だし」
「そうか?」
「守ってあげたくなるね」
 これに北館は吹き出した。「守ってあげたくなる、か」
「なんだよ、いいじゃねえか」
「いやいや、笑って悪かったよ。僕もそろそろ帰らなきゃ。康太は部活ないの?」
「貴重なオフだ。北館は帰宅部だろ、そんな急ぐことがあるのか」
「校外のクラブに所属していてね。バードウォッチングをやっているんだ」北館は適当な嘘を吐いた。
「前は短歌クラブに入ってるって言ってなかったか?」
「その二つは矛盾しないよ。鳥のさえずりを聞くと歌が浮かぶのさ」慌ててごまかしながら彼はもう一度愉快そうに口の中で呟いた。
「守ってあげたい、ねえ」

          *****

「秋穂ってさ、案外モテるのな」
 北館は康太の言葉を真似ながら目の前の一条秋穂に言った。
 夜の八時を過ぎ、健全な高校生は家に帰る時間 だが、二人は塾帰りの高校生といった雰囲気でファストフード店に居座っていた。首からいつものヘッドフォンを下げた秋穂はフライドポテトを口に運ぶ手を止め、怪訝そうに眉を寄せた。
「どうしたの急に、気持ち悪い」
 秋穂は鈴のような声に嫌悪感をにじませて言った。綺麗な声だと北館はいつも思う。不思議なことに幼馴染の北館以外に彼女の声の美しさを指摘する者はいない。康太はそのうち彼女の凜とした声に気づくだろうか。
「いや、今日クラスの友達が秋穂のこと噂してたんだよ。よく見ると美人で、守ってやりたいって」康太の言葉がよほど面白かったのか北館は笑いを苦しそうに堪えて言った。彼に言わせれば、秋穂に庇護欲を向けるくらいならトイレの便座を守ってやる方がまだいくらかマシというところだ。
「なにそれ、よく見るとって」秋穂はまんざらでもなさそうに言った。彼女も中学時代は今に輪をかけて地味で、北館のようにいじめにこそ遭わなかったものの半分空気のような扱いを受けていたのだ。
「でも悪い気はしないな。誰が言ったの、それ?」
「知ってどうするんだよ。守ってもらうのか?」康太への友情から、北館は秋穂にこれ以上のことは黙っていることにした、今度機会があれば紹介しよう。
「それより今日のアレはなんだよ。学校では互いに知らないふりをするんじゃなかったのか」北館が口を尖らせる。
「別に挨拶くらいしたっていいじゃない。固いことは言いっこなしだよ」
「どこに〈ヒュプノス〉のエージェントがいるかわからないんだ。僕ら二人が結び付けられるようなことはあっちゃいけないよ」
「これはいいの?」秋穂はファストフード店を見回しながら言う。
「週一回の会合だよ。店員はぼくの知り合いだし平日のこの時間は大抵空いてる」彼は振り向いてこの店でアルバイトで働いている近所の男子大学生に目を向けた。彼には、一緒にいる女の子は恋人でそのことを親や友人に知られたくないのだと言う作り話をしている。彼はそれに疑いを抱くこともなくここでのことを秘密にしてくれていて、今も目を向けた北館に向かって親指を立ててみせた。
「ふうん。それじゃあ早速」秋穂は横に置いたトートバッグからクリアファイルを取り出した。
「今週の経過報告か、ぼくは山形で二体、宮城県内で二体」
「私も宮城では二体。水曜は青森まで出張してヌメモン一体だったよ」秋穂はため息をついた。
「たった十人で日本全国をカバーするために一地方二人ってのは分かるけど、北海道・東北ブロックって幾ら何でも広過ぎる気がするなあ」
「広さは関係ないよ。関東のとかのやつらの方が忙しいはずだ。それに移動はどうせネット回線の中を行くだろ?」
「私は十人って言う人数縛りに無理があるんじゃないかって言ってるの」秋穂はハンバーガーを噛み切って言った。ハンバーガーを守ってあげたくなるような食べっぷりだと北館は思う。
「そんなことぼくに言われてもなあ。〈十闘士〉なんだから。神話に文句をつけるわけにもいかないだろ?」
「〈十闘士〉が十人っていうのは単なる固定観念に過ぎないと思うな。細かいことを気にする男だから真理ちゃんにフラれたんだよ」
「秋穂までそんなこと言わないでくれよ。頼むから」
「この話題が出来てからユウくんを黙らせるのが楽になっていいのよねー」秋穂はここまで言ってから声を潜めた。
「ところで、今日の本題はこれ」秋穂はクリアファイルから一枚の写真を取り出した。北館がそれを覗き込んで驚いた声をあげた。
「小学生? こんな小さな女の子が〈選ばれし子供〉にされるのか?」
「名前は神原ヒトミ、両親がヒュプノスのエージェントだったみたいなんだけど、死亡と認定されてる。両親の友人の経営するバーで暮らしてるってことだった」
「バーで暮らしてるって何だよ。さっぱり想像つかない」
「色々あるんでしょ。本人と保護者はまだ計画のことを知らされてないみたいね」
「何だって」信じられないと言うように北館は声をさらに大きくする。
「だってそんな、命に関わる計画なのに」
「ヒュプノスもなりふり構っていられなくなったんじゃない? 例によってこの子にもS級エージェントがついてる。あの人達容赦ないから怖いよ」
 妙に艶かしい、心の底から怯えきったような声で秋穂は言った。康太でなくとも男なら溢れる庇護欲を抑えきれなくなるかもしれないが、前に彼女を捕らえようとしたS級エージェントが腕を折られたのを知っている北館は相手にしなかった。
「正面から相手したくはないね。外ではエージェントがついてるし、家はバーでぼくたちには入りにくい。思ったより難物だな、〈パートナー〉についての情報は?」
「さっぱり入ってこないわ」
「つまり存在を感知されるほどには進化していないってことか。今がチャンスだな」
 ヒュプノスの計画を止める手っ取り早い方法が一つある。〈パートナー〉に認定されたデジモンを粒子の状態まで戻し、デジタルワールドに送還すればいいのだ。
「言い方は色々だけど、要は殺すってことなんだよな」
 北館は気が進まなそうに言った。積極的にデジモンを殺すことが〈十闘士〉の方針になったのは初めてだった。いや、自分たちの究極の目的も殺しだったなと彼は思い直す。
「しょうがないよ。結局、私達は戦闘集団だからね。最終目的は〈アレ〉の復活の阻止または排除、皮肉なことにヒュプノスの計画と目的は同じだよ。協力できればベストだと思うんだけど」
「冗談はよしてくれ」北館は大袈裟な身振りで手を振って拒否の意思を表して見せた。
「デリートしたデジモンのデータをデジタルワールドに返さずに、着ぐるみでつくった兵士の中に詰め込んで再利用するような奴らだぞ。今回の計画だって、子どもをむざむざ死地に送り込むようなものじゃないか。あいつららしい」 ここまで言ってから彼は急に口をつぐんで俯く。自分たちも何かの都合で死地に送り込まれて戦わされている子どもの一人だということに思い当たったのだろう。
「そりゃそうだけどさ、いまあの計画を潰しちゃったら〈アレ〉が出てきた時に何も対処できないよ。私達の虎の子の作戦だって完成してないわけだし」北館がますます俯くのを見て、まずいことを言ったと秋穂は思った。
「ねえユウくん、〈スサノオ〉プログラムの完成が遅れているのは自分のせいだなんて、まだ思ってるんじゃないよね」
 図星だったために北館はこれ以上ないほど顔を沈めてしまった。〈スサノオ〉プログラムはいま完全に凍結された格好になっている。二年前の事件で北館の持つ闇のスピリットが分割され、半分を奪われてしまったからだ。
「ぼくが半身を取り戻さないと、何も始まらないんだ」
 まったく、と呟きながら秋穂は首を振った。北館は時々自分を責めすぎるきらいがある。少数精鋭の自分たちにとって、時にそれは傲慢になるよりも悪いことだった。

 二人のポケットの中で同時になり出したバイブ音が気まずい沈黙を破った。携帯電話が入った右ポケットではない。震えを発しているのは左ポケットの〈ディースキャナ〉、担当区域でデジモンが発生した合図である。二人ともはっと目をあげるとてきぱきと自分の席の片付けを始めた。
「完全体クラス、対象の発生場所は、青葉通り一番町、ってこんな大通りにでたの?」
「人通りが多いな、マズイよ。人目につくのは避けたい」
「でも行かないわけにはいかないでしょ。急ごう、ユウくん」そういうやいなや秋穂は店の外に走り去っていった。北館もすぐその後を追う。


〈スピリット・エヴォリューション〉


北館祐−−闇の闘士レーベモン
一条秋穂−−鋼の闘士メルキューレモン

「草食系男子」と「守ってあげたい女の子」は今日も街を守るために奔走していた。


「ところでユウくん」
「正体がバレる。僕はレーベモンだよ」
「さっきの女の子の両親が死んだの、二年前だそうだよ」
「…」
「ひょっとして、あの人たちなんじゃない? ユウくんの命の恩人の」
「さっさと行くよ」あの日のことを思い出しながら北館は走り出した。

          *****

 六月も末になり、気象庁は梅雨入りを宣言したが、空模様はそんな国の事情にはまったく無視を決め込んだらしくきつい日差しの差す日が続いている。午後の二時に近い一日の一番暑い時間に加納満は街の中心部の官庁街の真ん中にある公園のベンチで遅い昼食を取っていた。小鳥のさえずりを聞くのは何年振りのことだろう。街の真ん中に配置された緑は仕事の合間の心を癒してくれた。
 普段はエージェントの仕事時間はデジモンが実体化した時に限られる。そのために彼はいつも朝十時ごろまで起きず、やっと目をさましてから正午より少し前に朝食兼昼食をとるという生活をしていた。究極体を連れた〈ヒュプノス〉のS級エージェントの朝寝を邪魔しようとする不埒なデジモンはほとんどいなかったので、彼の平和と一日三回の定例報告を無視されるたびに仙台支部長の四ノ倉正敏(シノクラ マサトシ)がつくため息はいつまでも保たれるものと思われていた。
 そんなわけだから彼がここ最近毎日欠かさずに朝八時と午後の二時、夜の九時に定例報告をよこすようになったことは〈ヒュプノス〉仙台支部を騒がせている。
「ありえないわよ。私のモーニングコールはいっつも無視するのに。今年の梅雨は雹が降るわ」というのは彼の担当オペレータの千鶴嬢の言葉だ。モーニングコールはオペレータの業務には含まれないことを指摘するものは誰もいない。千鶴嬢の加納満への報われない恋に口出しをしないことは仙台支部の不文律となっていた。
 加納が急に規則正しい生活を始めたのは神原ヒトミの護衛任務のためだ。小学生の朝はなんでこんなに早いのか、彼にはさっぱり分からなかったが、とにかく一定の距離を置きながらヒトミを護衛し、彼女の近辺に実体化する少なくない数のデジモンを処理していた。今日は社会科見学と称して県庁や裁判所を見学するらしく、午後からヒトミのクラスはこの官庁街へやって来ていた。昼食を終えた彼は公園の脇に立つ県庁舎の何処かにいるヒトミのことを考えながら二時の定例報告のために四ノ倉に電話をかけた。
「やあ、ミチルちゃん。健康的な生活は気持ちいいだろう?」四ノ倉の声は甲高く、風変わりな彼の性格を象徴するようにいつも少し揺れていた。
「そういうのは支部長みたいな五十過ぎのおじさんに任せますよ。神原ヒトミに今日のところは異常なしです。調子はどうですか」
「あんまりよくない、昨日青葉通りでリアライズしたスナイモンを〈十闘士〉にとられた」
「鋼と闇のどっちです?」
 十闘士というのはヒュプノスと同程度かあるいはそれ以上の歴史を持つ宗教団体で、十人のデジモンによって構成されている。どんな技術を使っているかはまったく不明だがそのデジモン達は人間が進化したものだということが分かっている。リアルワールドに現れたデジモンをデリートしてデータをデジタルワールドに送り返すのが仕事で、採取したデータを本部に保管するという方針を持つヒュプノスとは対立していた。〈十闘士〉は地域によって担当を分けているらしく北海道・東北では〈鋼〉と〈闇〉が確認されていた。もっとも、北海道に現れた個体が同じ日のうちに福島でも目撃されたりするので、本当に十人だけなのかどうかを疑う意見もあるが。
「両方だ」
「やっぱり連中も仙台を拠点にしてるんですかね」加納はかつて〈鋼〉の闘士との戦闘で片腕を折られたことを思い出して顔をしかめた。
「かもな。なんにせよあんなカルト教団みたいな奴らに負けるわけにはいかんね」
「腕を折られないようにして下さいよ」
 さっさと電話を切ろうとした加納を四ノ倉が慌てて呼び止めた。
「ちょっと待ったミチルちゃん。今日はもう一つ用件があるんだ」
「なんですか、千鶴がついにクビにでもなりましたか」
「彼女は優秀なオペレータだよ。私が言ったのはそうじゃなくてね、実は〈選ばれし子ども〉の適格者がもう一人仙台にやってくる」
 加納は唖然とした。「もう一人ですか、〈選ばれし子ども〉のネームバリューも随分安くなったもんですね」なんとなく皮肉を飛ばしてみる。
「まあ、そう言わないでくれ、家庭の事情で島根から来るんだそうだ、現地のエージェントがそれについて来る」
「島根に〈ヒュプノス〉の支部があるんですか? 俺はまた島根にはパソコンも無いんだと思ってましたよ」
「支部は広島にあるんだ。それはそうと、ミチルちゃんの出身ってどこだっけ?」
「岩手県です」加納は胸を張って答えた。
「…」
「岩手にだってネットくらいありますよ」
「そうか、それは良かった。とにかく君にはその島根のエージェントと会ってもらいたい。当然のごとくS級だ」
「へえ、ついに仙台にも俺以外のS級エージェントが来るんですね、分かりました。彼との面会の場所を〈アイス・ナイン〉に設定してもらえますか。俺の担当者の住んでるバーです。それと、適格者も連れて来るように伝えて下さい」
 四ノ倉は驚いた声で言った。「適格者も引きあわせるつもりか」
「適格者は案外孤独な責任感を抱きやすいものなんです。同じ境遇の仲間が欲しいはずですよ」やはり〈選ばれし子ども〉の一人であったヒトミの母の咲も自分の役目に孤独を感じていたのだと加納は最近になって思うようになった。
「そうか、君が言うんなら間違いないだろう。やって来るエージェントも君の話を聞きたがっていた。〈選ばれし子ども〉の護衛を務めていたエージェントで生きている人は少ないからね」
「咲さんの護衛任務をやっていたのは明久先輩ですよ。俺は二人にくっついていただけだ」彼は断固とした口調で言った。二年前の事件の後に本部からやってきて支部長に就任した四ノ倉はたまに部下の抱える事件に関するトラウマに土足で踏み込んでくることがあって困る。
「ああ、そうだ。無神経だったかもしれん、すまなかったね。それじゃあ切るよ。相手に初対面で喧嘩をふっかけないようにな」
「俺をなんだと思ってるんですか」
「罪な男さ、千鶴ちゃんの電話にもたまには出てやりな」四ノ倉はそう言って電話を切った。
「千鶴?」
 加納は首をひねって四ノ倉の言葉の意味を考えたが、すぐにそれを忘れてしまった。今は島根のエージェントだ。

          *****

 〈アイス・ナイン〉での集合時刻より一時間早く、加納は島根のエージェント一人だけをバーの近くの喫茶店に呼び出した。柄にもなく緊張しているのかそれとも単なる癖なのか、彼が前もってオーダーしていたアイスコーヒーの氷を全て噛み砕いたとき、店の扉が開き、長身の男が入ってきた。落ち着いた雰囲気で加納に比べかなり高い年齢のように見えたが、彼が加納の合図に答えこちらに来るに従って、どうも印象よりもずっと若いらしいということがわかった。ジーンズに水玉模様のシャツで古いロック・ミュージシャン風に決めた加納とは対照的に、彼はスーツ姿だった。暑さにワイシャツのボタンを開け袖をまくっている今でさえ、立派に模範的な会社員としてやっていけそうである。加納が抱いたその印象に違わず、男は手を出して馬鹿丁寧な口調で挨拶をした。
「初めまして、高視聡(タカミ サトル)と言います。〈ヒュプノス〉広島支部からこの度任務の為に長期の出張という形でお世話になることになりました」
 高視と名乗った男に加納は座ったまま右手を差し出す。
「よろしく、高視さん。まあ座りなよ。俺の事はもう聞いてる?」
「はい、加納満さんですね? 東日本では最年少の十七歳でS級エージェントになった」
 加納は首を捻った、「俺は日本で最年少って聞いてたんだけどな」
「でしたら、訂正しておきましょう」高視はにやりと笑った。
「西日本では私が最年少です。あなたの同期で、同じ歳にS級になりました」
 へえ、と加納は喉の奥で呟いた。どうもこの高視という男、堅いだけじゃないらしい。何より彼の関心を引いたのは高視の言葉に階級をひけらかすような自意識が見えなかったことだった。どうも純粋に俺をやり込めたいらしいな。
「それならちょっとはやるみたいだな。これから一緒に仕事をするんだ。支部の連中は俺のことをミチルって呼んでる。良ければあんたもそう呼んでくれ」
「分かりました。私のことも好きなように呼んで下さい。しかし…」高視は言葉を切った。「一緒に仕事をするというのは、単に職場を同じくするという意味でしょうか、それとも…」
「本当に一緒に仕事をするんだ」加納は高視を遮って言った。
「その為に今日、適格者を引きあわせる」
「そのことなんですが、私は賛成しかねています。適格者のストレス軽減という話はわかるんですが、二人以上の適格者が集まった時に彼らの力−−デジモンを呼び寄せる力が強まらないか不安なんです」
「おいおい、その時のために俺たちがいるんだ。デジモンが来るにしても、一箇所にまとまって来てくれた方がやりやすいさ」
 加納は教え諭すような口調で言った。四ノ倉にはああ言ったが、ここは先輩面をさせてもらおう。明久も許してくれるさ。
「聞いたろうけど、俺は前に一人適格者を死なせてしまっている」
「支部長から聞きました」高視は避けようとしていた話題を相手が進んで切り出されたことに驚き、目を丸くした。
「しかしそれは、あなたの責任ではないと…」
「みんなそう言ってくれるさ、でも少なくとも俺はそう思っていない」
「いつか聞かなければいけない話だとは思っていましたが、あなたが今この話をしているのはどういう意図ですか?」
「俺たちの使命だよ」加納は精一杯真摯な口調で言った。「適格者達には、なるべく普通の生活をして欲しいんだ」
高視は黙ってこちらを見ていたが、やがて口を開いた。「それは同感です。私の担当者の両親は海外にいましてね、一人暮らしの彼がなんとか楽しく暮らせるように、私も兄がわりになったつもりで色々任務以外のこともしています」
「それは結構」
「でも、あなたがそのつもりなら、どうして計画のことを対象に黙っているんです?」
 今度は加納が黙る番だった。
「支部長の話だと、保護者にも知らせてないそうじゃないですか。最後の最後まで黙っていて、いざという時になって急に子どもを死地に放り込む気ですか?」
「…」
「何か訳があるなら言って下さい」
 高視の鋭い言葉に気圧され、思わず加納は彼の目を見た。一瞬間、二人の気持ちは確かに通じ合ったように思われた。
「…怖いんですね?」
「そんなわけあるかよ」冷たく返しながらも加納は情けなく思った。明久と咲が死んでから二年間ずっと隠していた気持ちを出会ったばかりの男に見抜かれたのだ。
「いつかは打ち明けてあげないと、大切な友人を裏切ることになります」
「分かってるさ」加納は少し目をあげて言った。
「なあ、高視さん。あんたは対象とどうやって接してるんだ? 俺には接し方が分からないんだ。二回目なのにさ」
「今日私が担当する子に会えばわかるんじゃないですか」高視は素っ気なく答えて立ち上がった。「そろそろ時間です。バーの方に行きましょうよ。それと」
「なんだ?」
「好きな名前で呼んでいい、とは言いましたけど、高視さんなんて他人行儀なのは勘弁して下さい」
加納は虚を突かれたように微笑みを浮かべた。「分かったよ、高視」


スレッド記事表示 No.4742 六月の龍が眠る街 2-1マダラマゼラン一号2017/07/11(火) 18:54
       No.4744 六月の龍が眠る街 2-2マダラマゼラン一号2017/07/11(火) 18:57
       No.4745 六月の龍が眠る街 2-3マダラマゼラン一号2017/07/11(火) 18:59