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ID.4734
 
■投稿者:くじら 
■投稿日:2017/06/27(火) 20:19
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六月の龍が眠る街 1-1
         
言葉を疑う時代の
アンドロイドは
嘘みたいだけど
恋の歌、歌うんだってさ



六月の龍が眠る街





「そこの公園で、龍を見つけたんだ」
ヒトミがその小さな背を伸ばして僕に語りかけた。

小学二年生の少女の言うことだ。大概の人は微笑ましい言葉だと思って聞き流してしまうかもしれない。僕もそんな話は信じなかったが、それでもひどく心配してヒトミに呆れられてしまった。彼女の小さな肩に手をかけてその龍は君に何かしなかったかと尋ねる。
「手を近づけたら噛み付かれそうになったけど、カンタンに避けれたよ。あいつ、ノロマだもの」
その〈龍〉が犬であれ何であれ、事もあろうにヒトミに噛みつこうとするような奴だ。今後当分その公園には近づかないようにするようにヒトミに言いつけた。彼女はそっぽを向いていたがやがて渋々と頷いた。小学校に入って一年が過ぎたあたりからヒトミは僕の言うことに反抗するそぶりを見せている。無理もない、僕の言いつけに従順でいたら彼女は近々学校を辞めないといけないだろう。僕は本当は彼女を一歩だって家から出したくないのだ。

「あなた、少しヒトミちゃんに過保護すぎるんじゃないかしら。あのくらいの歳の子供は少しくらい外に出してやるのが丁度いいのよ」そう言ったのは小学校の保護者会で出会った太り気味の女だ。その言葉の裏に、実の親でもない癖にという思いを感じたのは僕の被害妄想だろう。僕とヒトミの関係を知っている人は何人もいないはずだ。
「大切なんです。当たり前かもしれないけれど、それでも」僕は確かあの時女にそう答えたはずだ。喉の奥で、それが死んだあいつとの約束だから、と続けた。
「それだけが理由なの?」もし僕の声が聞こえていたら女は恰幅の良い体を揺らしてそう聞いたかもしれない。死んだ友人の子供だから、その子を引き受けるのが彼らの願いだったから、それだけの理由でお前ははヒトミと暮らしているのか?
分からない。でも、今の自分にはヒトミ以外に何もない。彼女を心の底から守りたいのだ。それで十分じゃないか?

*****

命に代えても守ろうと誓った小学二年生の子供と二人暮らしの身であることを考えた時、バーテンダーというのは最悪の職業だ。終日営業で夜は遅く、関わる人間といえば酒飲みばかり。ヒトミを引き受けることになった時、よっぽど店を売り払って何かもっと明るいものに縁がある仕事に転職しようとも思ったが、大学生の頃から学業そっちのけでアルバイトをし、バーで修行を積んできた自分に、他に何が出来るかなど考えることもできなかった。バーテンダーとしてのそこそこ腕前も、三十を過ぎて小さいながらも持った自分の店も楽に手に入れたものではなかった。それを簡単に手放すくらいの勇気があったら、と想像してもそんな人間を自分だとは思えなかった。
自分の住む壁の薄い小さなアパートの一室にヒトミを置き去りにするか、古い雑居ビルの地下にある酒飲みどもによる愚痴や男女の性の駆け引きが溢れるバーに連れて行くかという最悪の二択を迫られ、僕は後者を選択した。殺風景で薄暗く無駄にだだっ広い店の、奥の扉から入ることのできる事務室に学習机と小さなベッドを運び込み、ヒトミに夜はそこで時間を潰すように言った。彼女にはキャンプのような気分だったのだろうか、はしゃいだヒトミは僕の仕事が終わってもアパートに帰るのを嫌がり僕も一緒に店に泊まる羽目になった。やがてそれは習慣化してヒトミは毎朝バーから学校に通う様になり、今や僕らは二人とも滅多なことがない限り家に帰ることはない。昨年家庭訪問でアパートを訪れたヒトミの担任がそのあまりの生活感のなさに唖然としていたのを覚えている。
最近になって小さな事務室の中で宿題やゲームをするのに飽きたヒトミは困ったことに店に顔を出すようになった。夜の雰囲気、あるいは異性とのランデブーを求めて店にやってくる客は当然この小さな介入者の存在を喜ばない。何回か叱るうちにヒトミが客にちょっかいをかけることはなくなったが、再び事務室に引っ込む気はなかったらしくカウンターの端のステレオの前が彼女の定位置になった。ステレオから流れる古いロックが彼女の心に響くのかどうかは全くの謎だ。
常連の中にはヒトミといくらか言葉を交わす者もいる。彼女をスナックのホステスだとでも思っているのだろうか、ろくでもないこと(聞いてよお嬢ちゃん、おじさんの会社にはセンムっていう奴がいてね、おじさんの事をいじめるんだ)を吹き込もうとする客もいるが、大抵の場合僕の氷と間違えてうっかりお前にアイスピックを突き立ててやろうかというような視線に気づき口を噤んでくれる。うちの常連はいい人ばかりだ。
しかし今回の若い男は僕の視線を交わしながらヒトミといつまでも話し込んでいた。ハンサムな男だったが初夏だというのに革ジャンパーをを着ており、サングラスをかけているその姿は堅気の人間には見えない。その整った顔立ちを何処かで見たことがあるような気がしたが、思い違いかもしれない。
「その龍っていうのは、どんな奴だった?」ヒトミが例の〈龍〉の話をしたのだろうか。
「うん、赤くて尻尾はギザギザしてるの」ヒトミは無邪気に答える。彼女が客とここまで楽しそうに話すのは珍しいことだった。自分が見たという龍とやらの外見についてあらぬ作り話まで聞かせている。
「そいつを見たっていうのは、どこのこと?」ドライ・マティーニをすすりながら男は質問を続ける。
「近くの団地の中にある公園だよ。よく友達と遊ぶの」
「龍を見たときも、友達と遊んでたの?」
「ううん。みんなが帰っちゃった後のこと、少し残ってたんだ。そしたら草むらから尻尾が出てきて、近寄ったら草むらからそいつが頭を出したんだ」
二人のそんな会話を聞きながら僕がロリコンがゆっくり時間をかけて苦しみながら死ぬような毒薬を男の酒に混ぜることについて考えていると、男はこちらに寄ってきた。
「店長、マティーニをお代わり、もっともっとドライにして。それと…」もったいぶった調子で男は言った。
「約束を果たしにきたよ」
その言葉に顔を上げ男の顔を正面から見た時、僕の記憶ははじけ、あの日の映像が蘇ってきた。

*****

ヒトミの両親の通夜は全く簡素に行われた。通例のように死者が会場の前に横たわっていることもない。二人が遂げた異常な死のせいだった。
ヒトミの父、明久とその妻である咲は家の玄関で焼死した状態で見つかった。火元は全く不明で、近くの監視カメラも殺人の証拠となるようなものは何も写していない。隣人がそれを発見したのは玄関に倒れた二つの死体の前で泣きじゃくるヒトミの声に気づいてのことだった。
けれどもその夜、通夜の席が殺伐とした雰囲気に包まれていたのは二人の不可解な死とは関係がなかった。明久と咲は自分たちの仕事について話すことは全くなかった。学生時代からの親友である僕の質問にも「公務員だ」と適当な返事をするのみだったのだ。二人がかなりの高給取りで、簡素な親子三人の暮らしからは想像もつかないほど多額の貯蓄があることは彼らの死後明らかになった。それが分かれば彼らがどんな仕事をしていたかなどどうだっていいと、親戚たちが遺産相続という言葉に沸き立った。もちろん遺産は一人娘である幼いヒトミが全額受け継ぐのが筋だから、その遺産の管理を務める後見人という立場を争うことになる。下手をすると裁判沙汰になりかねない争いに向けてあるものは弁護士に電話し、あるものは子供のご機嫌とりに玩具屋に走った。
だが夫婦はまだ若かったというのにしっかり遺書を用意していて、その中でヒトミの後見人を争いの余地がないほどはっきりと指名していた。何を隠そう、この僕である。他の親戚縁者にとってはトンビに油揚げをさらわれた格好だ。当然通夜でも様々な連中が次々やってきては死者とのはっきりしない血縁関係を振りかざして僕に嫌味を言ってきた。僕はそいつら全員を殴りつけてやりたい気持ちと戦いながらこんな通夜なんか来る必要もなかったのだと考えた。どこを見たって明久も咲もいないのに、なんでこんなところに来てしまったのだろう。
一通り嫌味を言い終わると親戚たちはヒトミの取り合いを始めた。血の繋がりも何もない僕などより自分の方がヒトミの新たな親にふさわしいというところを見せようというのである。両親の悲惨な死を見ておった心の傷に、カウンセラーも手を焼いているというのに。無神経な親戚連中から彼女を守ろうと彼女を連れ戻そうとしたが親戚たちに止められてしまう。あっちに引きずられこっちに連れ去られしながらいくつもの嘘っぽい笑顔と対峙するうちに遂にヒトミは泣き出してしまった。先ほどまで猫なで声でヒトミに接していた連中は顔をしかめ、子どもが泣いたのは後見人に責任があるというように会場のちょうどヒトミの反対側の位置で嫌味の相手をしていた僕を睨みつけた。
僕が立ち上がりヒトミを迎えに行こうとすると別の影が立ち上がり、ヒトミの脇に手を通して抱え上げた。学生にも見えるその若い男は僕の方によってきて言った。
「あなたも大変ですね。早速こんな連中からヒトミちゃんを守らないといけなくて」
「こんな連中」達から怒りの声が上がるが、その声も「うるせえよ、この通夜の飯代だって明久と咲の金から出てるんだ。せめて感謝して大人しくしてろ」と男に一蹴された。
僕が男からヒトミを受け取って抱き上げると彼女は嘘のように泣き止んだ。夫婦の間にヒトミが生まれた時から僕は彼女と仲良くしている。独身の僕にとっては娘も同然だった。
男は泣き止んだヒトミをみて「おおっ、流石」と言った後声を潜めて話しかけてきた。
「俺は明久と咲の同僚だった者です。ちょっと二人で話をしませんか?」
そう言って僕を廊下に誘うと男は二人の勤めていた仕事についてざっと説明した。とはいっても、肝心の仕事内容についてはほとんど言及せず、僕にわかったのはそれが「国家に従事する仕事」でかつ「命の危険を伴う仕事」であったと言うことだけだった。
「命の危険、か」と僕は呟いた。「二人の給料が妙に高かったのも、若いうちから遺書なんか書いてたのも、全部その仕事のせいだってことか」自らもその仕事をしていると言う男が急に死神のように見えた。
「その通りですよ」と男は言った
「俺は二人の後輩だったんですが、二人は覚悟の上でやってました。ヒトミちゃんのことは、いつも気掛かりだったみたいですけど」
それで結局彼らは何処かに行ってしまったのだ。僕にヒトミを遺して。
「辻さんと言いましたっけ? 先輩達があなたを指名したならあなたは信頼できる人だと思います。ヒトミちゃんのことは心配いらないでしょう。でも…」
「でも?」
「先輩達の仕事のせいでヒトミちゃんに危険が及ぶことが起きた場合、あなたにはどうしようもできないでしょう。そんな時のことを考えて、明久先輩はいつも言ってたんですよ。俺に何かあったら、辻と一緒にヒトミを守ってくれって」
「迷惑な奴だ」僕は死者に聞こえるよう願いながらわざと大きな声で言った。
「俺も同感ですね」こちらの意図を汲んだのか、相手も大声で返す。
「で? 結局僕はどうすればいいんだ?」
「普通にヒトミちゃんと生活をしてくれて構わないです。もし三船さんの周りで俺の仕事に関する何かが起きる兆候があったら、俺は貴方のところに現れますよ」
「もう二度と会いたくないものだね」
「俺も同感ですね」そう繰り返して男は通夜の席に戻っていった。
通夜が終わり、その日の別れ際、僕はもう一度男に話しかけた。
「なあ、君が明久と咲の同僚だったって言うんなら、二人がどうして死んだのかも知っているんだよな?」
その言葉を聞いて男の顔は青ざめた。「やめて下さい。俺たちにとっても恐ろしいことだったんです。貴方だって先輩がどんな風にしてあんな悲惨な死に方をしたかなんて聞きたくないはずだ」
その通りだった。
その男は葬儀には来なかった。そしていつの間にか僕はそんな会話をしたことなど忘れてしまっていたのだ。今日までは。

*****

あの日の男がニヤニヤ笑いを浮かべて僕を見ていた。
「思い出してくれました?」
「ああ、思い出したよ」僕はうんざりした声で言った。特に深くもない旧交を温める気は無い。「あんたが来たってことは…」
「その通りですよ」僕が全部言い終わらないうちに男は口を挟んだ。
「ヒトミちゃんに危機が迫っています」
僕はごくりと生唾を飲み込んで男の脇にいるヒトミを見た。彼女は大人同士の話には興味がないらしく、イギリスのパンクロッカーが叫んでいるオーディオに向かっている。今の所日常に変わりはないように思える。しかし、この幼い少女の暮らしに僕の知らない何かが迫っているのだろうか、彼女の両親を殺したような何者かが。
「今度はちゃんと説明してくれるんだよな。仕事のことも、何が起こっているかと言うことも」
「当然ですよ、まずは自己紹介から始めましょうか」男はポケットから革張りの手帳を出し、開いて僕に見せた。
警察のものに似た、しかしそれよりも少し丸っこい形状のエンブレム、その隣には粗いドットで描かれた恐竜のような絵、そして男の顔写真の上に耳慣れない組織の名称が記されていた。


「俺は文部科学省ネットワーク管理局サイバー生物災害対策部門〈ヒュプノス〉所属のエージェント、加納 満といいます」
そして加納と名乗った男は〈龍〉のことをこう呼んだ。

〈ワイルド・ワン〉



〜1-2に続く〜


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