オリジナルデジモンストーリー掲示板NEXT
 

小説とその感想の掲示板です。小説を投稿される方は小説投稿規約を必ずお読みください。

         


ID.4683
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2016/11/23(水) 00:00
                [ 返信 ]


 幾千のアポカリプス 覚醒矛盾“11/少女詩篇”
         
「えぇぇぇー……そりゃないよ、サハラくん。ぶーぶー」
 三森あかねは通話の切れた携帯電話に対して文句を言った。
 わざわざ今日のために、数年間袖を通していなかった浴衣を着てみたのに! ここにきてドタキャンとは、彼も中々罪作りな……とは言え、小さく聞こえてきた声からして、どうやら彼と一緒にいるのは、図書室で出会ったあの女の子らしい。全く、隅に置けないねぇ。
 ところで、問題はこの後どうするかだ。あともう少しで花火が始まってしまう。それを見ずに帰宅するのは、酷く惨めな話だ。とは言え、気合の入った浴衣姿でひとり花火を鑑賞するというのも、それはそれで惨めな……。
 そんな時、頭上で何か大きな音が聞こえた。
 花火が始まったのかとも思ったが、そうではない。もっと近くの音だ。
「……何?」
 ホテルの、帆の形をした屋上が吹き飛んでいる。
 周囲に溢れる観衆のざわつきが聞こえてくる。爆発が起きた、とか、テロだ、とか。やがて建物から黒煙が上がり始めると、ざわめきは悲鳴に変わり、観衆はパニックを起こして動き出した。
 この出来事は、あかねの目には爆発に見えなかった。吹き飛んだ屋根から上がる黒煙の中に、毒々しい紫色の、何かの甲殻が見えたからだ。
 どうやらそれは、周りの人々には見えていないらしい。
『すぐにこの辺から離れてください。大変なことになるかもしれません』
 あかねの表情から笑みが消える。
 彼女は携帯電話を手提げ鞄の中に入れると、群衆とは逆の方向にゆっくりと歩き始めた。



●●11/少女詩篇●●



 シールズドラモンは制御パネルを見て舌打ちをした。もう、このメカノリモンに燃料はほぼ残っていない。レーダーによれば、ギガドラモンと自分との距離はどんどん縮んでいる。このままでは空中でミサイルの餌食になり、一瞬でデータの屑となってしまうだろう。
 後ろから機械竜の唸り声が聞こえた。それから激しい振動。片方のエンジンが機能停止した証拠だった。
「畜生!」
 今まで二重奏だったビーコンの音が三重奏になった。メーターは燃料タンクが空になったことを示している。間もなくメカノリモンは落下する。
 シールズドラモンは、つい先程アンナがメガドラモンを葬った様子を目撃していた。だが、あの戦い方は飛行能力に優れたシルフィーモンだからこそできた芸当だ。自分にはできない。
 レーダーから警告音が響いた。ギガドラモンから放たれたミサイルが、すぐ後ろまで迫っている。
 シールズドラモンは覚悟を決めた。
「悪いな、メカノリモン」
 コックピットの天井を叩き、ハッチを開く。そしてメカノリモンの身体を急激に傾けてから、彼は空中へと飛び出した。
 直後、爆発し消滅していくメカノリモン。シールズドラモンが飛びかかったのは、自分を追ってきた紫色の機械竜だった。
「オラぁ!」
 機械化した鼻先に飛びつくと、ふるい落とされる前に腕力のみで頭部に這い上がる。そして腰のポーチからワイヤーを取り出すと、それを竜の奥歯に投げた。
 二、三度それを引き、歯と歯の間に引っかかったことを確認すると、シールズドラモンは助走を付けて再び空中へジャンプする。ワイヤーの力で身体が引っ張られ、シールズドラモンの身体は竜の首元へと向かう。
 逆手に持ったアーミーナイフを思いきり振るう。鮮血が飛び散り、ゴーグルが赤く染まった。
 シールズドラモンはワイヤーを引きながら喉元を蹴り、竜の背中に乗ると、両腕で背中にしがみついた。苦痛によってギガドラモンが絶叫し、地上がどんどん近づいてくる。
「おい、ゆっくり落ちろ!」
 シールズドラモンを乗せたまま、ギガドラモンは地上へ激突した。



 さっきまで足元にあった屋根が消え、地上が近づいてくる。背後から巨大な唸り声が聞こえる。
 粉々になった瓦礫を浴びながら、丘岬アンナの身体は空中に放り出されていた。
「……!」
 フライモンの毒を注入された身体は麻痺し、シルフィーモンの姿に変身しようにも、指先さえ動かすことができない。飛べない。
 視界の隅で、自分と同じように落下していく砂原拓人の姿が見えた。当然、彼だって飛ぶことはできない。彼の目が見開かれ、こちらを見ている。
 駄目だ、駄目だ。彼と一緒に戦うことを決め、賭けに乗ったのだ。このままでは終われない。
 だが、今の自分の状況は、どう考えても詰んでいる。数秒後には、自分は地面に叩きつけられて死ぬ。この、何よりも大事なパートナーの肉体をばらばらにして。
「アンナ……!」
 唇が動き、小さな声が出た。
「アンナ……アンナ……!」
 一番大事だった、今でも一番大事な、その少女の名。
 それから、声が聞こえた。
『シルフィーモン』
「!」
 この声を知っている。
 砂原拓人の声でもない。ましてや自分の声でもない。肉体の内側から聞こえる声。この身体の、本来の持ち主の声だ。
 崩壊する建物よりも高い場所、暗くなり始めた空に向かって光が伸びていく。海から放たれていたその光は、やがて頭の上で爆発し、オレンジ色の無数の火花を散らした。
『すごい、すごいよ!』
 急に周囲の全ての動きが緩やかになった。自分の落下さえ緩やかだ。だが唯一、空中で起きる爆発だけは違う。それから、胸の内から聞こえるこの声も。
『シルフィーモン、あなた、とっても綺麗! まるで……』
 華のような形だった火花は消え去ることなく、空中で別の形を作っていく。頭と、二対の翼と、長い尾のある形。そうだ、思い出した。
 あれは私だ。自分はかつて、あの光だったことがある。
 胸の奥から聞こえるこの声は、彼女がその光を見た時の声だ。
『まるで、鳳凰みたい!』

 これが丘岬アンナだ。
 かつてデジタルワールドを旅した《選ばれし子供》。
 選ばれし子供システムを「本来の方法」で行使し、デジタルワールドのデバッグを行った少女。そして、シルフィーモンにとっての『パートナー』でもある。
 十歳にして約一年に渡る旅を完遂し、世界の危機を救った彼女は、リアルモーメントに戻って間もなく、パラサイモンによって殺害された。
 彼女の行ってきたデバッグ作業とは全く無関係な、パラサイモンの単なる商売道具として活用されるために。
 だが彼女の肉体は、パラサイモンに回収される直前、他ならぬ彼女のパートナーに奪われ、そのままパートナーの肉体となった。
 ただし、失われた力もある。
 《選ばれし子供》の丘岬アンナには、彼女と深い絆を結んだデジタル・モンスターの成長を促進し、構成情報を変化――進化させる力があった。丘岬アンナの肉体に憑依して以後、シルフィーモン自身すら、その力のことを考えないようにしていた。
 これは、ひとりになってしまった自分にはもう望めない力だ。
 だが――。



 拓人は、意識を取り戻しても未だに空中にいることにまず驚き、自分の身体を抱える爪のついた脚と、目の前でゆっくりと翼を動かす巨大な鳥を見て言葉を失った。
 金色に輝く四枚の翼、それと同じ鮮やかな色彩の尾。両脚には輝くリングが一つずつ嵌められている。頭部は銅のような輝きを放つ仮面で覆われ、その中の瞳は拓人のことを見据えていた。
 これは丘岬アンナだ。
 だが、シルフィーモンではない。シルフィーモンが、更に上位の存在へと「進化」した姿だ。
「ホウオウモン」
 巨鳥はアンナの声で言った。
「アンナと一緒に戦っていた時の、私の姿」
「お前……」
「拓人」
 声に反応し、心臓が跳ねた。思えば、アンナの身に起きた出来事は自分の身勝手な行動が原因だ。彼女の次の言葉を、拓人は黙って待った。
「行こう」
「……」
 この短い一言で、拓人の表情は変わった。
 巨鳥が金色の翼を大きく動かし、周囲の景色が再び動き始める。夜の帳が降りてきた街並みが離れていく。目の前にそびえるこのホテルの屋上が見えてきた。
 拓人は姿勢を起こし、ホウオウモンの片脚を腕で掴んだ。巨大な刃と甲殻の姿が視界に入る。
 パラサイモンはまだそこに立っていた。最早疑う余地もない。あれはシルフィーモン同様、メタリフェクワガーモンが「進化」した姿に違いない。



「そのまま落ちていれば、楽に死ねたかもしれないのに」
 ホウオウモンが屋上と同じ高度に達すると、パラサイモンは溜め息をつきながらそう言った。
 屋上を突き破った紫色の鎧は、拓人たちが落下した時よりも身体を表に現していた。どうやらメタリフェクワガーモンは、戦いが始まる前から足元に潜伏していたらしい。紫色の甲殻は、ホウオウモンとは対照的な毒々しい輝きを放ち、二本の極端に太い腕には四本の爪と、クワガタムシの顎のような刃が付いている。背中には薄いオレンジ色の翅。胴体は腕の大きさと比べ極端に細く、胸の辺りには翅とよく似た色の球体が埋め込まれ、そのすぐ上に赤く輝く眼があった。何より目を奪われるのは、その上にある、それだけで竜の頭部のように見える巨大な二本の紫色の角だ。
 この巨大な昆虫型デジタル・モンスターは、腰から下がホテルの中に埋まっている状態でさえ、ホウオウモンよりも一回り以上大きい。
「タイラントカブテリモン。究極体で、私の新しい器よ」
 パラサイモンはにこやかに笑って言った。ムゲンドラモンの時と同じく、パラサイモンから伸びる緑の触手は、タイラントカブテリモンの背中に繋がっている。どうやらメタリフェクワガーモンは、メタルエンパイアの多くのデジタル・モンスターたちと全く同じ運命を辿ったようだ。
「失敗ね」
 ホウオウモンの反応に、パラサイモンは首を傾げた。
「何故?」
「虫は鳥の餌だから」
 拓人は、樹有香の顔が微かに歪んだのを見逃さなかった。
 ホウオウモンが翼を動かすのを見て、拓人は彼女の脚にしがみつく。彼女は嘴を大きく開くと、喉を輝かせ、口内から巨大な炎の洪水・クリムゾンフレアを放った。
 まるで僅か数メートル先で火災が起きているようだ。火傷しそうなほどの熱風を感じ、瞼を半分以上閉じなければ何が起きているのか見ることすら難しい。放っている当の本人が熱くないのか不思議だった。
 炎の渦が樹有香の身体とタイラントカブテリモンを覆ったように見えた。これを回避することはできない。二体とも一瞬で消炭になり、絶命するだろうと思った。
「!?」
 だが、炎の渦に囲まれても、その中心にいる二体は健在だった。タイラントカブテリモンの甲殻の隙間から放たれる無数の蟲の群が、不快な音を鳴らしながら周囲に壁を作りあげ、クリムゾンフレアを防いでいる。
 この蟲の群もデジタル・モンスターだった。一体一体の大きさは拓人よりも小さいが、白銀の装甲に稲妻のような形の翅、そして胴体と同じくらいの長さを持つナイフのような角が生えている。メタルエンパイアのデジタル・モンスターとよく似た外見だった。
 機械の蟲たちはクリムゾンフレアを浴び、炎に包まれて次々と落ちて消えていく。だが一体が消える前に、タイラントカブテリモンの身体から新たな蟲が沸き、群れに加わっていくのだ。
「メタリフェクワガーモンの夢は王になることだったんですって。分かる? 彼は今、夢を叶えたのよ。蟲の王にね」
 ホウオウモンは炎の放出を止めた。蟲の渦は未だにタイラントカブテリモンたちの周囲を舞っている。
 パラサイモンは樹有香の左手を動かし、ホウオウモンを指した。
「殺しなさい、ブレイドクワガーモン!」
 その声を合図に、蟲の渦は波となり、ホウオウモンに襲い掛かった。
「……っ!」
 ホウオウモンが再びクリムゾンフレアを放つ。だが、今度は攻撃というよりは防御のためだった。炎を放つ度に機械の蟲・ブレイドクワガーモンたちは慌てて転回し炎を避けるが、すぐさま向きを変えて彼女の方に向かってくる。彼らの動きには全く迷いがなく、炎によって数体が消滅しても別の蟲がすぐに空いた空間のカバーし、隊列が崩れない。
「美しくないねキミたち!」
 聞き覚えのある銃声が、炎の隙間を縫ってホウオウモンに向かおうとした蟲を撃ち落とした。眼下に現れたリボルモンが、両手のリボルバーと胴体の砲身を上空に向けてブレイドクワガーモンたちを撃ち抜いていく。ホテルの数階下から、破壊された屋上まで登ってきたらしい。
「リボルモン!」
 ホウオウモンが拓人が掴まっていない方の脚を近づけると、リボルモンは銃撃を続けながら片手でそこに掴まった。ホウオウモンはもう一度クリムゾンフレアを放って蟲たちを追い払うと、再び飛翔する。
「アンナ! なかなか美しい姿に進化したじゃないか!」
「馬鹿言ってないで撃ち続けて!」
 風の流れを掴んでホテルから離れると、虫の群が隊列を崩さずに追って彼女を追う。それも、雀蜂を連想するような不快な音を立てながらだ。
 拓人はリボルモンが姿勢の安定しない状態で楽々とブレイドクワガーモンを撃ち落としていくのを見ていたが、別の轟音が聞こえたことで視線をホテルの方に移した。タイラントカブテリモンが身体を荒々しく動かし、帆の形をした屋根が更に崩れる。無数のオレンジ色の翅を激しく動かすと、その巨体がゆっくりと浮いた。
 建物の中から、蠍のような巨大な針を持つ長い尾が現れた。全身が露わになり、拓人は確信する。このデジタル・モンスターはムゲンドラモンよりも大きい。それはつまり、自分が今までに見たどのデジタル・モンスターよりも大きいことを意味する。
 蟲の肩に乗っているパラサイモンと目が合う。彼女はニヤッと笑うと、再びブレイドクワガーモンたちに合図した。
 突如、蟲の群が方向を変える。何体かはリボルモンによって撃ち落とされたが、大半はホウオウモンを通り過ぎ、別の方向に向かっていった。
 嫌な予感がした。ホウオウモンは空中で停止し、タイラントカブテリモンに向き直る。この蟲の王はそれほど飛行能力は高くないようだが、ゆっくりと移動しながら蟲を放つ姿は、巨体も相まって威圧感がある。
 だが、彼自身が何かをしてくる気配はない。
「おい!」
 拓人の声とほぼ同時に、低い場所から何かとても大きな音が聞こえた。まるで大型の自動車同士が正面衝突したような音。それが何回も同じ音が聞こえる。続けて金属がひしゃげるような音が聞こえた時には、ホウオウモンはその原因を見つけていた。
 闇の中、ネオンの輝く巨大観覧車が傾いている。台座からもくもくと煙が上がり、支柱が折れ曲がっていた。そこに数体のブレイドクワガーモンが突っ込み、次々と消滅していく。
「!」
 更なるブレイドクワガーモンが激突すると、百メートルを超える大きさの観覧車が振動し、遂に倒れ始めた。高い位置にあるゴンドラとそれを支える支柱が、ホウオウモンの身体に向かって落ちてくる。
「掴まって!」
 拓人とリボルモンに呼びかけ、ホウオウモンは翼を広げた。高速で離脱すれば、観覧車との激突は回避できる。これは特に難しいことではない。
 だが、地上でパニックを起こす人々が見えた時、それは難しくなった。まだこの戦場から逃げきれていない人々がいる。子供も。
 すぐに理解した。パラサイモンはこれを狙っていたのだ。
 ホウオウモンの目が、群衆の中で上空を見つめるひとりの少女を捉える。十歳くらいの、赤いリボンをした、ポニーテールの少女。
 彼女は丘岬アンナか?
 もちろん違う。だが、丘岬アンナを思い出さないことなど不可能だった。
 そして今、丘岬アンナは自分だ。
 丘岬アンナなら、この状況で何をするのか?
 考えるまでもないことだった。
「っ!」
 回避行動を取らず、ホウオウモンは全身で観覧車を受け止めた。凄まじい衝撃と重みが巨鳥の身体を襲う。翼を動かして姿勢を起こせたのは一瞬で、後は圧力に負けて地上へ近づくだけだった。
 だが、この数秒間の猶予が、観覧車の倒壊位置から人々を離れさせた。ホウオウモンの視界に一瞬、先程の少女が入る。彼女は目を見開き、まだ顔をこちらに向けていた。
 少女が見ているのは崩壊する観覧車か? それとも自分が見えるのか? 考える時間はなかった。
「逃げて……!」
 地上に落下していく身体を、崩壊する観覧車が押し潰す。黒煙と埃が舞い上がり、巨鳥の身体を覆い隠していった。



「っは、げほ!」
 瓦礫の中で拓人は意識を取り戻した。粉塵が器官に入って咳き込み、身体も痛む。それに周囲がとてもうるさい。爆発する音や何かが割れる音、破裂するような音……。
 こうなる直前に起きた出来事を思い出し、目を見開く。拓人の周囲には粉々になった観覧車のゴンドラや破片が散乱していた。幸い、それらが身体を貫いたり、押し潰したりしていることもない。
 丘岬アンナは違った。
「アンナ!」
 既にホウオウモンはそこにはいなかった。彼女はアンナの姿に戻り、拓人のすぐ隣に倒れている。彼女の下半身にはひしゃげたゴンドラが覆い被さっていた。意識がない。
 拓人は急いで立ち上がり、周囲を見渡した。自分自身が怪我をしなかったのが不思議なほど、周囲の景色は様変わりしている……否、ホウオウモンがその姿を保てなくなる直前まで、彼のことを守っていたのだ。そして彼女自身が押し潰された。
 拓人は鼻と口元に手を当てて大きく呼吸し、より遠くの状況を見た。爆発音のする方向には、何体ものマシーン型デジタル・モンスターとブレイドクワガーモンが集結している。それにもちろん、巨大なタイラントカブテリモンもいる。
「拓人!」
 彼を呼ぶ声が聞こえたのと、爆発で何体かのデジタル・モンスターが吹き飛ぶのが見えたのは同じ方向だった。瓦礫の中から二つのシルエットが立ち上がり、進撃するデジタル・モンスターたちを食い止めている。シールズドラモンとリボルモンだ。
「アンナを逃がせ!」
 シールズドラモンは瓦礫を盾に爆発を防ぎながら叫んだ。彼の隣にいるリボルモンが今しがた撃ってきたガードロモンに発砲している。
 拓人は足元に転がっている鉄パイプを拾い上げると、それをアンナの下半身を覆うゴンドラと地面の間に差し込み、即席の梃子を作る。それをありったけの力を籠めて押した。
 金属が擦れる音が聞こえ、ゴンドラが僅かに揺れたが、まだ十分ではない。鉄パイプを持ち直し、右手でしっかりと端を握った。冥府の管理者の腕を見つめる。
 頼む。
「ぉ、ぁ、ぁぁあああ!」



 シールズドラモンの視界には数十体の敵が映っていた。それぞれがミサイルや砲弾を放ち、崩落した観覧車の方に向けて進んでくる。その上、彼らの背後には巨大な蟲型のデジタル・モンスターがそびえ立っていた。紫色の甲殻に守られた肩の上にある小さなシルエットは、リボルモンに確認するまでもなく何なのか分かる。
 彼は過去の経験から、既にこれが負け戦であることを理解していた。疲労しきった肉体と圧倒的な数の差。あらゆる面で不利だ。ここまで戦えたことが既に奇跡的と言える。
 拓人はアンナを救出できるだろうか? 少なくとも、あの二人は俺たちより長生きするべきだ。
「リボルモン! 援護しろ!」
「応!」
 相方が二丁の拳銃を構えるのを見て、シールズドラモンは正面を向いた。瓦礫を押し潰しながら進むタンクモンと、その両脇でミサイルを向けるガードロモンたち。シールズドラモンは姿勢を低くしてその列に突っ込んだ。
 爆発で足元のコンクリートが吹っ飛ぶ。彼は自ら粉塵に巻き込まれ、タンクモンの照準を僅かな間攪乱する。次の瞬間、タンクモンの両腕は切断されていた。更にシールズドラモンは間合いを詰め、ガードロモンたちの装甲の隙間にナイフを突き刺し、機能を停止させていく。
 今切り裂いたガードロモンには見覚えがあった。彼の腕が動かなくなった時、油を注してやったことがある。腕を切り落としたタンクモンは、昔キャタピラを修理した奴と同じ傷があった。
 まさか、メタルエンパイアがこんな終わり方をするとは。
 十体目のガードロモンを破壊した時、シールズドラモンは背後に気配を感じた。浮遊する小さなマシーン型デジタル・モンスターが、剣を持った右腕を振り上げている。不気味な笑いを鉄仮面に浮かべるこのデジタル・モンスターは、ムゲンドラモンの伝令役をやっていたテッカモンだ。彼の性格は特に苦手だった。
「ぉ……ぉおお!」
 自分の身体に刀が届く寸前で、シールズドラモンは彼の右腕を切り落とした。更にアーミーナイフを両手で持ち、鉄仮面が保護していない部分――両目――に交互にナイフを突き刺す。三度目まではテッカモンも激しく抵抗していたが、やがて動きが鈍くなり、痙攣した後に動かなくなった。
 同時に、ナイフが急に重くなった。
「ぉ……?」
 消滅しつつあるテッカモンの身体、その左腕に何時の間にか刀が握られていた。ただし、刀の鍔より先の部分は、自分の脇腹に入り込んでいる。
 身体から力が抜け、口内に鉄の味が充満した。両足が身体を支えきれず崩れ落ちる。テッカモンと刀が消滅すると、脇腹から赤い液体が際限なく漏れ始めた。
「ふざけてやがる」
 視界が暗くなっていく。



 シールズドラモンがパラサイモンの軍勢に飛び込む前から、リボルモンの指は激しく傷んでいた。それでも休まずに撃ち続け、一発一発の銃弾が敵を消滅させていく。
 リボルモンの気分は高揚していた。今までのどんな瞬間もよりも高まっている。数十秒後、もしくは数秒後に死が待っているにも関わらず、彼はこの状況に興奮を覚えていた。
 丘岬アンナが原因だ。彼女はあの大観覧車に突っ込んでも自分の身体を守った。それだけではない。昨夜あんな悲劇が起きたにも関わらず、今日の彼女はリボルモンが出会ってから今までの中で、最も生き生きとしていた。そして究極体にまで到達した。
 私は、こんな魅力的な女性のために戦うことを望んでいたのだ!
 空中で集結するブレイドクワガーモンの大軍を次々に撃ち抜くと、リボルモンはパラサイモンと目が合った。
「キミは実に醜い」
 外見だけでなく、その中身までも。
 考えるよりも先に身体が動いた。両手のリボルバーと、腹部の銃口を彼女の顔面に向ける。
 彼の放った無数の弾丸は、またしてもブレイドクワガーモンの渦によって防がれた。渦はやがてリボルモンとの距離を縮め、一体一体の刃が方向転換する。やがて、渦自体が巨大な刃となった。
 リボルモンは引き金を引き続けた。
「やってみるといい! きっと後悔するぞ!」
 無数の羽音と銃声が響き、蟲の刃がリボルモンの身体を覆う。彼は消滅するその瞬間まで撃ち続けることを止めなかった。
 彼の身体が消えた時、樹有香の首を胴体と繋げていた触手が銃弾で弾けた。



 拓人はゴンドラの前で悪戦苦闘していた。掌に血が滲み、力を掛け続けたパイプはひしゃげている。破壊されたゴンドラはまだ彼女の脚の上だ。
「アンナ、起きろ」
 拓人はこの言葉をもう何度も繰り返していた。彼女が意識を取り戻さなければ、例え救出に成功しても無駄だ。拓人は既に、数十秒前に銃声と戦闘の音が消えたことに気づいていた。意識のない女と、片腕しかデジタル・モンスターの力を持たない男など、パラサイモンの敵ではないだろう。
「ぅ……」
 アンナの目がゆっくりと開き、拓人を捉える。
「アンナ、動けるか?」
「動かなくていいわ」
 冷たい声が聞こえ、拓人は身体を強ばらせた。背後から聞こえるのはパラサイモンの声だけではない。威嚇するような蟲の鳴き声。いくつも聞こえるが、その内のひとつは特に大きく、低い。
「あなたたちの身体も高く売れそうだと思ってたけれど……その考えは改めたわ」
「それはありがたいな」
 拓人が振り返ると、タイラントカブテリモンと自分の間に一体のブレイドクワガーモンが現れた。けたたましい羽音を鳴らし、頭部の刃をこちらに向けている。
「その器、持ってるだけで今日のことを思い出してイライラしそうだもの。今この場で完全に消してあげる」
「やっぱりありがたくねぇ」
「拓人……」
「もう少し待ってろ」
 ブレイドクワガーモンの羽音も、アンナの声も無視して鉄パイプを押し続けると、遂にゴンドラが大きな音を立てて倒れた。だが、少女の視線は拓人ではなく、その背後に向けられている。
「拓人!」
 鉄パイプを手放し後ろを振り向くと、甲虫はすぐ目の前まで迫っていた。機械の身体を持つ甲虫は真っ直ぐに自分の胸元へ向かい……後方から飛んできた巨大なナイフによって装甲を二つに切り裂かれ、拓人に到達することなく消滅した。
 拓人は、瓦礫に背を預けたままこちらを見つめる竜人に気づいた。
「……!」
「長生きしろって言っただろうが」
 シールズドラモンはニヤッと笑ってそう告げる。それが彼の最期の言葉だった。
 拓人は彼の身体が消えていくのを見なかった。振り返った彼が次に見たのは、目の前で彼にしがみつくアンナの姿だったからだ。
 低い音と、奇妙な衝撃を感じた。それは今まで感じたことのないものだった。にも関わらず、これに近い光景は何度か見たことがある。
「え?」
 丘岬アンナの右腕が、自分の胸に突き刺さっている。












●●12/少女と終局●●
12月23日投稿予定








■buck number■
“0/少女と神様” >>4574
“1/少女と少年” >>4575
“2/少女と握手” >>4621
“3/少女と取引” >>4626
“4/少女と機神帝国” >>4637
“5/少女とと鎧皇” >>4645
“6/少女と媒体売り” >>4656
“7/少女と皮袋” >>4661
“8/少女の真実” >>4668
“9/少女と死” >>4674
“10/少女と再起” >>4681


■お知らせ■
 いよいよ次回で最終話です。
 アンナの物語が終わり、本家「幾千のアポカリプス 現界到達」の冒頭へと繋がります。
 NEXTでここまで読んでくださった皆さま、どうかお楽しみに。
 また、9月に行われたDIGIコレ3にて頒布しました同人誌版(最終話まで先行掲載しています)の通販もBOOTHの方で通販行っておりますのでよろしければぜひぜひ(前作『三月、暗闇の舞台で』も頒布しております)。
 それではまた次回。


スレッド記事表示 No.4683  幾千のアポカリプス 覚醒矛盾“11/少女詩篇”Ryuto2016/11/23(水) 00:00