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ID.4681
 
■投稿者:Ryuto  HOME MAIL
■投稿日:2016/10/10(月) 00:00
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幾千のアポカリプス 覚醒矛盾“10/少女と再起”
         
「ふぅむ、さすが虚界修正法則と言ったところか。つい半日前に凄惨な戦いが起きていた場所とは到底思えないね」
 遅れてやってきたメタリフェクワガーモンの呑気な話が中学校のグラウンドに響く。パラサイモンは彼の方には振り向かず、黙って聞き続けていた。
 既に陽は高く、この場所やガイオウモンを葬った都市公園は元の静けさを取り戻している。裏次元の大穴も視認できなくなっていた。
「それにしても、なぜ我様を呼んでくれなかったのかね? あの憎たらしいガイオウモンとムゲンドラモンの死に様はぜひこの目で見ておきたかったのだが……」
「万一のことを考えてよ。特にガイオウモンは何をするか分からないから」
「万一……あぁ、万一、ねぇ。ふむ」
 このねっとりとした声を聞くだけで鳥肌が立ちそうだ。彼は今、樹有香の肉体をじっと眺めているに違いない。
「その器、いい加減新しいのに替えたらどうかね」
「気に入ってるって、前に言わなかったかしら?」
「それは分かってるがね。何と言うか、その……もうそれは、使い物にはならないんじゃないかな?」
 この苛立たしい提案は無意味だ。
「アンノウンは移動させたの?」
「もちろんだとも。今夜のお祭りには全員集合さ」
「そう……」
「なぁ、一体どうしたのかね? もうちょっと喜びたまえよ! 我らの敵がようやく滅んだのだ! 最早、我らの障害となる敵はどこにも……」
「そうでもないわ」
 樹有香の左手を上げ、その掌をメタリフェクワガーモンに向けて開いた。
 小指ほどの大きさの、小さなガラス瓶。その中に昨夜まで入っていたカプセル剤は無く、輝きも失われている。
「……?」
「やられたわ。シルフィーモンにそんな余裕があったとは思えないから……多分、あのガイオウモンと戦ってた時でしょうね。侍みたいな恰好して、実際にはコソ泥紛いのことしてただなんて、本当どうしようもないわ」
「ちょっと待て、整理させてくれ……君が言ってるのは例のデジメンタル・プログラムのことかな? 今はどこにある?」
「どこかにうっかり落としたりしていなければ、シルフィーモンたちが持っているわ」
 受け渡すチャンスがあったとしたら、シルフィーモンが空雲朱鳥に致命傷を与えたあの時しかない。
 パラサイモンは痛みを感じるほど強く小瓶を握った。全く、ガイオウモンとあの女は死に際に余計なことをしてくれた。
「あぁ、そうか、それはそれは……うむ。災難だったね」
 表面上は気遣っていることになっているが、声のトーンには本心が現れている。
「まぁ、それは仕方ないじゃないか。奴を追い詰めるのは、これからゆっくりと……」
「ゆっくり、ですって?」
 この言葉に反応して、パラサイモンは初めてメタリフェクワガーモンの方を見た。人間のような形をしたこの昆虫型デジタル・モンスターは、身体をぴくりと動かす。
 なんて失礼な反応だ。
 樹有香の身体は全身が焼け爛れ、千切れかけの首は触手を何重にも巻いて強引に固定されていた。顔に至っては、皮膚が溶けて筋肉が露出し、右目以外のほぼ全体を触手で覆っている。これではもう、皮袋本来の役割を果たすことはできない。
 昨夜のうちに、丘岬アンナの肉体もこのくらい破壊しておけば良かった。
「少なくとも我様の仕事に、デジメンタル・プログラムは最早必須ではない。分かるだろう?」
「あなたの仕事……なるほどね。そうね、そうよね」
 メタリフェクワガーモンの言葉を聞いて、パラサイモンはようやく、互いの認識にズレがあることに気づいた。
 彼の言う通りだ。彼にとっては、デジメンタル・プログラムはただのムゲンドラモンに対する罠に過ぎなかった。
 しかし、実際には違う。デジメンタル・プログラムは、本来ならこの場所に開いていたはずの、裏次元の大穴を維持するために必要不可欠な道具。デジタルワールドの側では、それは大きな口を開け、再接続の瞬間を待ち望んでいるはずなのだ。
 彼女にとっての、より大口の取引先のために。
「パラサイモン、いいかね? 君には他の仕事があるかもしれないが、まずは目の前の仕事に集中してもらいたい。我様は顧客として、君に契約の履行を求めているのだよ。それほど難しい話ではあるまい。さっさと――」
「顧客?」
 樹有香の口元の筋肉が吊り上がった。
「冗談はよしてよ。あなたは私の商売道具でしょ?」
 メタリフェクワガーモンの周囲に伸ばしていた全ての触手を動かす。グラウンドが突然盛り上がり、彼の身体がその影に覆われた。
「え?」
 ばくん、という間抜けな音と、メタリフェクワガーモンが触手の網に呑み込まれるのは、ほぼ同時だった。



●●10/少女と再起●●



 雑居ビルの入り口に鍵はかかっておらず、三体のメカノリモンが侵入するのは容易だった。
 リアルモーメントにいる全てのパラサイモンは、樹有香の肉体を利用して活動していた個体と記憶を共有している。ガイオウモンの反撃によって手痛い損害を受けたとはいえ、残された数十体もの機械型デジタル・モンスターには、全てパラサイモンが寄生していた。昨夜の戦いが終わり、生き残ったメタルエンパイアの軍勢の再編成を終えると、パラサイモンは午前中の内に丘岬アンナたちの捜索を始めた。
 かつて彼らが使用していたこの雑居ビルは潜伏先の最有力候補だ。
 一般人はまず寄りつくことがなく、そうでない人間もこの場所に用事はほとんどない。
「……」
 一体のメカノリモンが長い腕を伸ばし、ステンドグラスの部屋の取っ手を見た。この先の部屋は、丘岬アンナや空雲朱鳥が最も多くたむろしていた部屋だ。ドアを開けた瞬間の攻撃も考慮し、もう二体のメカノリモンが後方で赤く発光するリニアレンズをそこに向けた。
 機械の指が器用に動き、三本の指で取っ手を掴む。次の瞬間、人間には到底出せない力がドアノブに掛かり、大きな音とともに扉が勢い良く開いた。
 ところどころ剥がれた壁紙に、ボロボロの回転ベッド。音からして、床に倒れている木製の机と椅子は、扉が開いた時に倒れたものだろう。割れたステンドグラスからこちらに伸びている淡い光が、部屋に舞う埃を照らしていた。
「……」
 三体のメカノリモンはゆっくりと部屋の中に入った。慎重に確認するが、何の気配もない。ただ、隣の部屋にあるバスルームのシャワーは、つい先ほどまで使われていた形跡があった。
 一体が、床に落ちているコンビニエンスストアのビニール袋を拾った。このビニール袋は、空雲朱鳥がよく利用していたコンビニのものだ。尤も、その空雲朱鳥は既にこの世にはいないのだが。
 パラサイモンは、自らが寄生するメカノリモンの神経に、そのビニール袋の中身を確認するように指示した。持ち手が指に引っかからないようにビニール袋の口を開ける。
 生前の空雲朱鳥は、食事の際にこのビニール袋を即席のくずかごとして使用していた。このビニール袋も例外ではなかった。中に入っているのは、既に剥がされたBLTサンドの包み、空になった麦茶の紙パック。前日昼のレシート。
 それから、葡萄のような奇妙な凹凸のある、黒い鉄の球体。
 普通ならそこについているピンは、既に抜かれている。
「……!」
 それを確認したパラサイモンが、同胞に緊急事態を伝えるよりも早く、金属の塊は爆発した。



「どう?」
「完璧だ」
 黒い煙の上がる建物から数百メートル離れたマンションの屋上で、シールズドラモンは丘岬アンナに答えた。彼のヘルメットに取り付けられたゴーグルは、ステンドグラスの奥にいるメカノリモンたちが爆発に巻き込まれる瞬間を確実に捉えていた。
 リボルモンが肩を竦めながらアンナの方を見た。
「これで私たちの居場所がなくなったね」
「元々居場所なんてないわ」
「ハハッ、確かに」
 苦笑しながら、リボルモンはアンナを見た。
 そう、彼女は「丘岬アンナ」だ。中身が選ばれし子供だろうと、デジタル・モンスターであろうと、自分たちは彼女のことを「丘岬アンナ」と呼び、また彼女もそう名乗ってきた。今朝、彼が砂原拓人と握手した時のように。
 いつもの半袖のシャツに、いつもの灰色のニットベスト、緑色のスカート、黒のストッキング、長く伸ばした髪を纏める赤いリボン。普段と全く変わらない姿でそこに立つ少女。
 だが、その少女の表情は、昨夜とは全く変わっていた。
「……何よ?」
「いや、別に」
「言いなさいって」
「瞼が腫れてないか心配になってね」
「え……腫れてる?」
「大丈夫だ」
 それから、昨夜と表情の違う人間がもうひとり。
 砂原拓人は丘岬アンナの肩を軽く叩いてから、リボルモンとシールズドラモンを見た。
「行くぞ」



 この日、ベイエリアの天気は快晴で、風もそれほど強くはなかった。花火の打ち上げ場所に最も近い臨港公園の広場には、既に場所取りのためのビニールシートで埋め尽くされている。
 樹有香は、公園にほど近い場所にある、ヨットの帆のような形をしたホテルの屋上に座っていた。
 建物の特徴的な形のおかげで、景色はとてもよく見える。豆粒のような、あるいは虫けらのようなサイズの人間たちが、時間を経るごとに少しずつ増えていく。
「まぁ、待つのもたまにはいいものね」
 中途半端なタイミングで作業に移るつもりはなかった。迂闊に騒ぎを起こしてしまえば、思うほどの数の媒体――ゲート因子の内包者たち――を確保できない。逆にピーク時を狙えば、数千か、あるいは数万もの媒体を確保できる可能性すらある。それはつまり、ムゲンドラモンの軍勢の数十倍、数百倍の規模のデジタル・モンスターをリアルモーメントへ顕現させられることを意味した。
 それだけの数の軍隊があれば、何だってできる。
「……」
 こうして考えれば考えるほど、ガイオウモンの姑息な妨害に腹が立った。本来ならばこの大規模な狩りは、裏次元の大穴を通過して現れる同胞たちによって成されるはずだった。ゲートが閉じられ、それを開けるための鍵が奪われた以上、今の手駒で作業を進めるしかない。
 これが終わったら、次はシルフィーモンの番だ。どこに逃げたのかは知らないが、必ず見つけ出して彼女を抹殺する。
 パラサイモンは時計を見た。日は沈んでいないが、既に午後六時半を過ぎている。そろそろ頃合いか。有香の右手を上げると、彼女の後ろに控えていた数十体のフライモンが飛翔し、公園の方へと移動していく。
 そのはずだった。
「あなたの考えそうなことね」
 リボルバーの発砲音と、いくつもの白い光弾。パラサイモンの視界で、フライモンの半数が弾け飛び、消滅する。きりもみ回転しながら落下した一体の爪が樹有香の耳元を掠めた。
「……」
 パラサイモンの目の前には、白い羽根の生えた腕と赤い下半身、頭部にヘッドマウントディスプレイを装備したデジタル・モンスターがいた。
「商品を出来るだけ傷つけないように毒殺する。あなたの配下でそれができるのはフライモンだけ。違う?」
 丘岬アンナの声……いや、丘岬アンナを着ていた時と同じ声で、シルフィーモンは言った。
「私たちの動きは想像できなかった?」
 まだ発砲音は聞こえ続けていた。シルフィーモンの背後で飛び回るフライモンたちはどこから攻撃を受けているのか分かっておらず、音が響く度に落下しながら消滅していく。
 パラサイモンがちらりと下を見ると、数階下の部屋の窓がいつの間にか割られ、そこから二丁のリボルバーと胴体の銃を空に向けるデジタル・モンスターが見えた。
「いくらなんでも、自分たちで殺されに来るとは思わなかったからよ」
「そうか? 裏切り者」
 今度は赤いレーザーが目の前を通過する。シルフィーモンとは逆、屋上の西側に銀色の機械が降りて来た。
 あれは昼間にアンナの捜索のために送り込んだメカノリモンだ。片腕がひしゃげ、装甲がところどころ剥げているが、まだ正常に動いている。
 ただし、このデジタル・モンスターは操縦する者がいなければ動かない。頭部の青いハッチが煙を上げながら開くと、想像通り、それを操作していた竜人型のデジタル・モンスター……それから、右腕に包帯を巻いた少年が現れた。
「俺たちにコイツを届けてくれたことは礼を言うぜ」
「せっかく逃げる手段を得たのに、愚かなことをしていると自分では思わないのかしら?」
 シールズドラモンは身体を前に倒す。彼の後ろで窮屈そうに座っていた拓人が降りようとするのを尻目に、竜人は上機嫌な声で笑った。
「俺たちのリーダーは逃げる気がまるで無かったんでな」
 砂原拓人はメカノリモンから降りると、Yシャツの汚れを払いながら立ち上がった。こうしている間にも、フライモンは次々と数を減らしていく。
 パラサイモンは樹有香の身体を立ち上がらせ、シルフィーモンと拓人たちを交互に見て溜め息をついた。
「仕方ないわね、順番は逆になっちゃったけど……まぁ、いいわ」
 足元が揺れるほどの大きな鳴き声が響き渡り、樹有香の口角が上がる。シルフィーモンのヘッドマウントディスプレイは、数百メートル先にそびえ立つ超高層ビルの屋上から、二体の竜の影が飛び上がるのを確認した。
 その二つの影は、まっすぐこちらに向かってくる。
「遊んであげなさい」
 オレンジ色の肉体を持つ機械竜・メガドラモンと、それによく似た姿を持つ紫色の機械竜・ギガドラモンが、飛行しながら両腕を前に伸ばす。機械化した両腕、計四つの銃砲が爆発するような光を放つと、その中からいくつものミサイルが飛び出した。
「シールズドラモン!」
 シルフィーモンは空中で一回転し、風の流れを掴むと二体の竜の方へと飛んだ。シールズドラモンがすぐにハッチを閉じ、メカノリモンを操作してそれに続く。メカノリモンの赤いレーザーと、シルフィーモンのトップガンが有機体ミサイルを次々に撃墜すると、二体は竜の懐に潜り込んで腕の一撃を回避した。
 パラサイモンは空中での戦いを眺めていたが、やがて目前に迫る包帯を巻いた腕に気づいた。
「!」
 慌てて樹有香の身体を捩り、その一撃を交わす。砂原拓人は続けて腕を振るい、彼女が反撃する隙を与えなかった。
「あなたがそこまでする理由は?」
 何度目かの攻撃を避け、腕が届かないだけの十分な距離を取ると、樹有香は立ち上がりながら言った。こんな高い場所でも迷わずに攻撃できるとは、人間にしては胆力がある。
「お前が気に食わないからだ」
「どうでもいいって言ってなかった?」
「あれは間違いだった」
「それなら……」
 突然、ベルのような電子音が響く。決してボリュームは大きくないが、思わず言葉を途中で切ってしまうような音。有香のポケットを確認するが、そこに入っている携帯電話が振動している様子はない。
 となると、この音は目の前の少年から発せられている音だ。実際、拓人は人間の左手で、ズボンのポケットを軽く押さえている。パラサイモンは片手を差し出した。
「どうぞ?」
 拓人は警戒しながら、ポケットから携帯電話を取り出すと、パラサイモンを見つめたまま通話ボタンを押して耳に当てた。
「……もしもし」



 シルフィーモンは空中でトップガンを放つと、またもメガドラモンの巨体をぎりぎりの所で回避した。視界の隅では、メカノリモンがレーザーをギガドラモンの頭部に照射して、視界を奪いながら飛行を続けている。紫色の竜は煩わしそうに頭部を何度か振るってから、怒りの唸り声を上げてメカノリモンを追い始めた。
『アンナ、俺の方はいい。早く坊主を助けてやれ』
 ヘッドマウントディスプレイから、シールズドラモンの声が雑音に交じりながら聞こえてくる。
「メカノリモンじゃ勝てないでしょ!?」
『コイツだけならな! さっさと行け!』
 気づけば目の前に、メガドラモンの頭部が迫っていた。巨大な顎の噛みつきを避けると、シルフィーモンは反転して全速力で飛行する。いずれにせよ、まずはこの竜を何とかしなければ。
 他のビルに被害を出すことはできない。地上も同様だ。だが、シルフィーモン必殺の光弾・トップガンでもメガドラモンに致命傷を与えることはできない。ならばどうする?
 答えは彼女の真下にあった。
「……よし」
 シルフィーモンはほぼ直角に曲がり、一気に急降下した。視界に広がるのは、ビル街でもビニールシートに溢れた公園でもなく、青い海原だ。一切の被害を出さずに竜を葬るには、ここしかない。
 シルフィーモンは海面擦れ擦れで停止し、再び反転した。予想通り、メガドラモンは敵意剥き出しの瞳を光らせ、大きな口を開けながら迫ってくる。
 シルフィーモンは両肘を引き、意識を集中した。この技を使う時は、風の流れを十分に理解し、それを操る必要がある。彼女は一度ディスプレイの下で目を瞑り、それから腕を全力で動かした。
「っぁぁぁあああっ!」
 目には見えない真空の刃・デュアルソニック。シルフィーモンの両腕から放たれた二つの衝撃波は、竜の頭部の傍を通り抜け、両翼を切断した。
 攻撃の効果を確認する前に、シルフィーモンは飛翔する。直前までシルフィーモンがいた場所を通過し、メガドラモンが海上に激突した。
 巨大な水飛沫が上がり、機械竜の悲鳴が聞こえる。メガドラモンは身体を捩ってその場を脱しようとするが、機械化によって極度に重量の増している身体は、動けば動くほど水中に引きずり込まれていく。
 シルフィーモンは光弾を放ち、メガドラモンの頭部に激突させた。竜が口から大粒の泡を放出しながら水面に消えていくのを尻目に、シルフィーモンは飛び上がり、帆の形をした建物を目指した。



『あっ、サハラくん! ヒドいよもー!』
「……三森先輩?」
『当たり前じゃん! 誰だと思ってるの、三森先輩だぞ! 今何処にいるのさ?』
「いや、あの……」
 拓人は無表情で自分を見つめるパラサイモンを眺めながら口ごもった。
 正直な話、この電話はパラサイモンの何らかの罠でないかと疑っていた。だが、どうも違う。どうして三森あかねが今、こんな大事な時に電話を掛けてきたのか?
 思い当たる節は……ある。あるが、忘れていた。
「拓人! 一体……どうしたの?」
 前半は緊迫した声、後半は心底不思議がっている声。気づけば、隣にシルフィーモンが降りてきていた。彼女もまた、ヘッドマウントディスプレイでパラサイモンのことを警戒しながら話しかけてくる。パラサイモンの方はと言えば、肩を竦めていた。
『あっ、もしかして! あの女の子? あの女の子でしょ?』
「いえ、その……」
「拓人、何で今電話なんか……」
「彼女らしいわよ」
「黙れ」
『もー水臭いなータクトくん! 花火、やっぱりあのコと行ってるんじゃん! そうならそうと言ってくれれば、わざわざここまで来なかったのに……』
「違います、三森先輩……」
「まさかあの先輩?」
「驚いたわ。あなた今も彼女いるの?」
「だから黙れって言ってるだろ」
『いいよいいよサハラくん、それなら私はひとり寂しく花火を満喫することにするよ。サハラくんは彼女とゆっくりしっとり甘いひとときを……』
「すみません、そうじゃないんです。ただ、その……」
「拓人、まさか断りの連絡入れてなかったの?」
「デートの予定があったのにココに来たの? 馬鹿なのかしら?」
「お願いだから二人とも黙ってくれ」
 拓人は続けて何かを言おうとする二人の前に掌を突き出してから、携帯電話を耳に押しつけた。
「先輩、いいですか。すぐにこの辺から離れてください。大変なことになるかもしれません。お願いします」
『えっ、何――』
 返事は聞かず、通話を切る。そのまま電源ボタンを長押しし、携帯電話の電源も切ってから、拓人はパラサイモンの方を見返した。すぐ隣から感じる冷たい視線はこの際無視する。
「ふぅん、へぇ、そう」
 パラサイモンは、樹有香の顔で頷く。
「あなた、結構モテるのね」
 パラサイモンはゆっくりと後退しながら言った。帆の頂点、この建物の最も高い場所に、一歩一歩近づいていく。
「……どうでもいいだろ」
「これなら、やっぱりアリスの肉体は私が欲しかったわね。あのコの器を使ってあなたの前に現れて、どんな顔をするのか見てみたかったわ」
「何言って……」
 待て、何かがおかしい。彼女とアリスに面識があることは聞いた。アリスが死に、キメラモンに憑依される寸前まで、樹有香……パラサイモンは彼女と一緒に、あの飛行機の中で会話していたと。
 ここで新たな疑問が沸く。
「……お前、まさか」
「どうかした?」
 アリスは、帰国のためにあの飛行機に搭乗した。
 何故、パラサイモンはあの飛行機に乗ったのか?
「あぁ」
 樹有香の口角が吊り上がり、背筋が一気に冷える。笑う少女が怖いのではない。このビルの高さのせいでもない。
「もしかしてあなた、今更気づいたの?」
 JBS航空830便ロンドン行き。二〇〇四年の八月、エンジントラブルにより離陸の直前に右翼が大破。バランスを崩して滑走路をスリップした後、左翼エンジンが爆破し炎上。死者三四八名。
 虚界修正法則の発動前に見た、あの映像を忘れたことはない。
「あの時に得られた器は大体六〇、七〇くらいだったかしら? 家族連れが多かったから、狙うにはぴったりだったわ。キメラモンの妨害がなければ、アリスの身体もぜひ欲しかったけれど」
 無意識に身体が動く。紫色の腕に力が入り、指先の感覚が消えるほど掌を握る。
「お前、か……!」
 隣にいるシルフィーモンに肩を握られた。彼女が言わんとしていることは分かる。だが、身体が止まらない。理性的になれないのではなく、理性が止めることを拒否している。
 このデジタル・モンスターに、アリスと同じだけの痛みを与えてやりたい。
 そんな考えが、反応を遅らせた。
「ところで、フライモンはあと何体残っていたかしら?」
 樹有香が一歩左に移動する。
 彼女の後ろにいた昆虫型のデジタル・モンスターが、尾の先についた針を拓人に向けていた。針が放たれた音を聞いても、反応できなかった。
「拓人!」
 何かに引っ張られる身体。何かが突き刺さる音。
「っ……ぁ、ぁぁぁあああっ!」
 隣にいたはずのシルフィーモンが、何時の間にか自分の正面に回り、悲鳴を上げている。
 それを聞いて、やっと拓人は我に返った。
「アンナ!」
 下の階からまた乾いた発砲音が響き、毒針を放ったフライモンも落下していった。拓人は倒れかけるシルフィーモンの身体を必死に抑え、彼女の腰の辺りに突き刺さった毒針を確認した。冥府の管理者の腕を伸ばし、その針を抜く。
「ぅ……く……」
 気づくと、シルフィーモンの身体には緑色の帯が漂い、丘岬アンナに戻り始めていた。体重が更に軽くなり、その表情は苦痛に歪んでいる。
「あら、そっちに当たるとはね」
「……!」
 パラサイモンがニヤニヤと笑っている。彼女としては、毒針がどちらに刺さろうが構わなかったのだろう。アンナに震えながら睨みつけられても、その表情には一切の変化がなかった。
「ところで、お二人さん。このお祭りにはまだ欠席者がいると思わない?」
 アンナを支えるため片膝をつくと、拓人は足元に奇妙な揺れを感じた。地震でも、竜の咆哮によるものでもない。
 もっと近くの揺れだ。
「メタリフェクワガーモンが、あなたたちに会いたがってるわよ」
 答えが目の前に出現した。
 屋上の一部が割れ、拓人たちとパラサイモンの間から巨大な紫色の刃が突き出る。人間よりも遥かに大きなそれは天を突くかのように伸び、やがてその周囲も崩壊していく。
 刃とは別の場所から、それよりは少し小さな数本の刃が飛び出してきた。それは鎧のようなものから生えており、刃同様に空中へと伸びていく。まるで、腕のようにも見える。
「!」
 罅が足元に達し、ついに拓人はバランスを崩した。身体がぐらりと揺れ、アンナもろとも床に激突する。床の動きと慣性の法則に従い、二人の身体は帆の形をした屋上を転がり落ちていく。
 拓人はパラサイモンの方向を見た。小さくなっていく樹有香を覆うように、そのデジタル・モンスターが現れる。巨大な刃は彼の角で、紫の鎧のように見えたのは甲殻だった。毒々しい色に覆われた途轍もなく巨大な昆虫が、その全身を現す。
 だが、すぐにそれも見えなくなっていく。転がる身体は回転するごとに床に激突し、更に浮き上がる。やがて、視界に地上が見えてきた。
「アンナ……!」
 この状況においても、拓人はまだ両腕を彼女から離していなかった。丘岬アンナは瞼を固く閉じている。もう床というよりは壁に近い角度の天井に背中を強打した。
 アンナは意識を失っているのか? まさか、もう死んでしまったのか?
 もう一度コンクリートに頭をぶつけ、拓人は意識を失う。
 そして、二人の身体が空中へと放り出された。





■buck number■
“0/少女と神様” >>4574
“1/少女と少年” >>4575
“2/少女と握手” >>4621
“3/少女と取引” >>4626
“4/少女と機神帝国” >>4637
“5/少女とと鎧皇” >>4645
“6/少女と媒体売り” >>4656
“7/少女と皮袋” >>4661
“8/少女の真実” >>4668
“9/少女と死” >>4674


■お知らせ■
 先月のDIGIコレ3で本作の文庫版をお買い上げいただいた皆様、ありがとうございました。
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 こちらでの連載も残りあと2話となります。
 何卒最後までお付き合いくださいませ。


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