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ID.4665
 
■投稿者:中村角煮 
■投稿日:2016/08/06(土) 23:09
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幾千のアポカリプス U.R.L/9(上)
         
前回までのお話
第一話>>4057
第二話>>4165
第三話>>4175
第四話>>4195
第五話(A)>>4415
第五話(B)>>4596
第六話>>4652
第七話>>4659
第八話>>4663

 初人とノワールは、並行するように「上」を目指していた。巨大なアーチが等間隔で過ぎていく。いまはアダムスハンズ・ヴァストの肋骨あたりなのだろう。随分と昇ってきたおかげで、ようやく顎の下が確認出来た。
 目的地が近付くにつれ、隣のノワールが気になってそわそわしてしまう。先に見せた泣き顔を思い浮かべながら初人がちらりと隣を見ると、もう彼女の目に涙はなかった。
 二人が再会してから、それほど時間は経っていない。しかし、随分と長い間一緒に飛んでいる気がする。沈黙が体感時間を大きく引き延ばしていた。
 ノワールは「一緒に、上へ行ってくれないかしら」と、一言だけ告げたまま。
 初人は彼女に対して「わかった」と、頷きで返したまま。会話はそれ以上、生まれていない。もちろん、気まずさが先行しているからだ。
 ブランが逝ったこと。
 ノワールの裏切りのこと。
 そして、自分のこと。
 再会したら聞きたいと思っていたことがたくさんある。でも、どれから聞けば良いのかわからなくて、黙りっぱなしだった。
「――ブランのことなら、知ってる。まぁ、知ってるって事に察しはついてるわよね」
「え、あ、う、……うん」
 だから、ノワールが急に口を開いたことに、うまく反応できない。よりにもよって振られた話題がブランのことなら尚更だ。
「大丈夫、怯えないで。そもそもブランのことをアナタに任せたのがそもそもの間違いなんだから」
「……」
 なにも言い返せなかった。ブランは自分の不甲斐なさで失われたようなものだ。
「ごめんなさい。言葉の選び方が悪かったわ。初人くんに任せる資格がなかったんじゃなくて、そもそも他人に任せるべきではなかったと、謝罪の意味を込めての言葉だったの」
「え?」
「……ごめんなさい。無責任にブランを任せたこと。あなたを戦いに巻き込んだこと……そもそも、現実世界からこのネイチャースピリッツに連れてきたこと――全部、謝らせて欲しい。謝って許されるようなことでないのはわかってる。でも、愚かな私にはこれしか方法が思いつかなかった……」
 無言で、彼女の横顔を覗く。
 確かに、自分は巻き込まれた。ノワールの選択で世界を移動し、姿を変えられ、そしてこの場にいる。でも、何一つ謝られるようなことはないと思った。
 言われてみれば、これはものすごく罪深いことなのかもしれない。自分の人としての生は唐突に終わりを告げたのだ。奪われたに等しい。
 だというのに、どうして自分はそれを受け入れられる。
 そして、彼女はなぜそんな自分に謝るんだろう。
 疑問が空気を伝ったのか、ノワールは自嘲気味に口元を歪めながらぽつりと零した。
「さっきね。あの男に言われたのよ――守りたいモノがあるなら、自分の手で最後まで守るべきだったと」
 まったくその通り。彼女は器用にも飛びながら肩を竦めてみせる。
「『敵』ながら正論過ぎて、私には受け止めきれなかった……だって、正しいことを言われていると思ってしまったから。だから、私はキミに謝るの初人くん」
 本当に、ごめんなさい。さっきよりも強い口調で繰り返される。
「私は……私は、本当にバカだった。自分が侵した間違いを、ずっと誰かのせいにしていたんだから……その責任は、とらなくちゃならない」
「ノワール……やっぱりキミは」
 死のうとしていたのか――と、言葉の続きは言えなかった。こんな風に弱みを見せるようなキャラじゃないと思っていたからだろうか。ノワールの涙を見てしまった時点で、初人は相当なショックを受けていた。
 ……いや、それは流石に失礼だよな。
 なにも彼女は感情のない人形ではない。涙を流しておかしなところなんてなにもなかった。ノワールは自分で考え、感情が動くからこそ、自分をこうして巻き込むことを「選択」したのだから。
 世界の崩壊を止めるために――あるいは、世界の崩壊から妹を守るために。
 きっとそれは、自分ではな想像の付かないほど激しい心の戦いの末に覚悟したことだ。それが間違っていたと指摘されて、自覚してしまったらと思うと――初人は自分も、同じ道を選ぶような気がした。
「もう大丈夫。初人くんに会えたから」
 死ぬなんてバカなことはしないと彼女は続ける。
「ちゃんと私なりに、けじめをつけたいの。だから、キミにはそれを見届けて欲しい」
 言い終わると、彼女は全身の力が抜けたようにホッと笑って見せた。自分が、彼女の覚悟を受け止めることが出来たかどうかはわからない。それでも、彼女の笑顔が見られるなら、自分なりに頑張ろうと初人は思う。
「……あの、さ」
 だから、頑張るために今度は初人が意を決して口を開く。もう一つだけ、聞いておかなきゃならないことがあった。それはとてもシンプルで、ずっと抱えていた問いかけ。
「どうして、俺なんだ」
 最初から、その答えを聞くつもりで初人はここまで来た。
 戦うと覚悟したのも、蒼二才と戦ったのも、すべてはこの一言をノワールに問うために。
「どうして、ノワールは俺を選んだんだよ」
 他の誰でもない、九文初人という人間を選んだ理由。そもそもこの姿だけでなく、人間としても子供の自分が選ばれる理由が知りたかった。
「ノワールは、俺がデジタル・モンスターだったってこと……知ってたんだよな?」
 目を見ればわかると彼女は言ったが、それにしても驚きが少なかったような気がした。人間だった自分を積極的に戦場に連れ出し、再三に渡って「思い出せ」と繰り返した。何を思い出せと言われていたのか、あの時はまだわからなかった。だがそれらは確実に、初人自身がデジタル・モンスターだと気付かせるための「誘導」だ。
 それどころか、彼女は現実世界がこのネイチャー・スピリッツの「いわゆる冥界」として機能していることすら知っていたようにも思える。実際にそうだとして、人間がデジタル・モンスターの成れの果てだというのならば、成長期の自分ではなくてもっと相応しい人物がいたのではと初人は考えずにはいられない。
「――ええ、知っていたわ。二つの世界の仕組みも、あなたがデジタル・モンスターだということも。全て知っていた上で、私は初人くんを頼らざるを得なかった……だって、あなたしかいないから」
 ……?
 初人は首を傾げてノワールを見る。
「少し、昔話をしましょうか」
 その無言に答えようと、彼女は儚げに笑って続けてくれた。とても寂しそうな笑顔だった。
「妹が……ブランが死んでしまったことは、すぐにわかった。それはね、私達が同じデジタマから生まれた本当の意味での姉妹だったからよ」
「……同じ、デジタマから……」
 ハックモンとしての記憶が戻った初人は、デジタル・モンスターの生態がどういったものか既に理解している。
 デジタル・モンスターは「デジタマ」と呼ばれる卵から生まれる生命体だ。
 幼年期を経て成長期になり、経験を積むことで成熟期と呼ばれる強い身体に変わっていく。そしてその経験が多分に蓄積すれば、その後も完全体や究極体といった風に更に強大な力を手にするのだと。そして死ぬときは、誰もが「より強きモノ」を生み出すために自分の経験値を継承させた「デジタマ」を遺して逝く。こうして力を次世代へと引き継ぐことで、デジタル・モンスターの生態系はまわっていた。
 そして通常、遺されるデジタマは一つで、デジタマから生まれるモンスターは一体のみというのが定説である。それは力を引き継ぐにあたって、遺伝子情報を効率よく次世代に伝えるためだ。稀に存命中に複数のデジタマを産み、子を育てる特殊な種族もいる。
 だが、基本的に複数個体への「引き継ぎ」は情報が分散してしまうことから「失敗」とされてきた。
 だから、ノワールの語る「同じデジタマから二体のデジタル・モンスターが生まれた」なんて話は本当に珍しくて、初人は何度も頷いてしまった。同時に、そんな異端児である彼女たちがこの世界で生きていくことがどれだけ大変だったのかを想像してしまって、なにも言えなくなった。
「この世界に生を受ける形としては相当なレアケースだというのは理解していたし、純粋に力を引き継がせてきた周りと比べれば個体としてのハンディキャップが大きいということもわかってた……だからこそ、生き残るためにスパイなんて姑息なことをやってしまった」
「それじゃあ、やっぱり」
「……そうね、私は世界が助からない方に賭けていた……言い訳はしない」
 彼女がウォーグレイモンに仕え、親方達の動向を探っていたというのは本当の話だったと、初人はようやく理解する。なにかの間違いであってくれと思っていたが、こうして直接ノワールの口から肯定されるとショックが大きかった。
「……ごめんなさい」
 何度目かの謝罪に、こちらが申し訳なくなる。初人としては、そのことについて心の中で整理がついているつもりだった。自分の不甲斐なさにこちらも謝ろうと口を開くが、出てきた台詞は「あれ?」という無意識の疑問系だ。
 おかしいことがある。
「でも、ノワールは俺をこの世界に連れてきたよね」
 同時に、ガンクゥモンの見立てでは「ウォーグレイモンは初人(ハックモン)を障害だと捉えている」……らしい。
「世界が助からない方に賭けていたのに、どうしてウォーグレイモンの邪魔をするような真似をしたの?」
「それはね」
 ノワールの右手が、彼女が被っているフードの裾をひらりと舞わせた。
「私はこの頭巾のコウモリと同じ――どちらにもなれない半端者だったってだけ」
 コウモリと同じ。獣にもなれず、鳥にもなれなかった寓話のコウモリ。
 世界が壊れる方に賭けておきながら。
 同時に、世界が救われる方法も模索していた。
 彼女は悪でありつつも、善であろうとした。徹底して、矛盾している。
「どうしてそんな風に在ろうとしたか――それこそ、あなたが求める理由に繋がるのよ」
「……ッ!」
 ようやく、話の本題が始まるのだと初人は身構える。
 ノワールが矛盾を抱えた理由――すなわち、彼女が自分を選んだ理由の話だ。
「……説明するために少し話を戻すわね。さっきは同じデジタマから生まれることがハンディキャップだと言ったけれど、だからといって、なにもデメリットばかりではなかったの」
 ――まぁ、この場合は「デメリット」だったかもしれないけれど。そう語る彼女の顔に影がさすのを、初人は見逃さなかった。
「私達二人は、同じデジタマから生まれた故に――同じデータを持っているが故に、互いの位置情報やバイタルデータが離れていても知ることが出来る……ちょうど、パートナー契約を結んだ親方と初人くんのようにね」
「……」
 だからすぐにブランのことがわかったのか。とは、とてもじゃないが口に出来なかった。肉親の死がすぐさま情報として理解されるというのは、想像を絶する地獄だと思った。
 ノワールはそれを気にしていない風に頭を振って、人差し指を立てる。
「ここで一つ問題よ。私がピンポイントにあなたの前に現れた理由――初人くんが求める答えは、すでにこの時点で推測可能だわ。どう?」
「どう……って言われても」
 まるでわからない。答えはすでに推測可能? 一度、頭の中を整理する必要がある。
 ノワールはそれを手伝ってくれるように、ヒントという形で初人の考えを誘導していく。
「シスタモン・ノワールと、シスタモン・ブランの関係」
 同じデジタマから生まれた、デジタル・モンスターの姉妹。
「二人はどういう力を持っているか」
 同じデータを持つが故に、互いの情報を知ることが出来る。
「ネイチャースピリッツと、現実世界の関係」
 現実世界は、ネイチャースピリッツの冥界だった。
「九文初人は何者なのか」
 周りがハックモンと呼ぶ、かつてネイチャースピリッツにいたデジタル・モンスター。
「これが最後のヒント。デジタル・モンスターが死んだら、どうなるかしら?」
「そりゃあ、死んだら現実世界に言って、人間としての生を受ける……」
「重要なのはそこじゃあないわ。その段階の、もう少し前よ」
「……えーと」
 もう少し前? 言われて、なにか見落としがないか思考の筋道を辿り返す。一見してそれらのヒントは独立しているように思える。シスタモン姉妹の話。世界の話。自分の話。そして死の話。だが、これらが答えを指す以上、なにか共通点があるはずだ。
「……まって」
 そこまで至ったところで、いままでの話の共通点にようやく気が付いた。
 デジタマという、デジタル・モンスター不変のルールとも言うべき共通点に。
「し、死んだデジタル・モンスターは、デジタマを遺す……」
 目の前で逝ったブランがそうだったように。
「……そして俺は、一度死んでいる」
 ハックモンというデジタル・モンスターとして、かつてのアグモン――この事件の全ての黒幕に、斃された。
 つまり。
「俺も、デジタマを遺したってことだよな……って、まさか――」
 そこまで言ったところで、ハックモンは思わずその場で急ブレーキをかけた。頭の中身も、身体も、呆然とノワールを見つめるだけで機能しない。
 少し先で、ノワールもまた止まっている。その顔は微笑んでいたけれど、ふざけた様子もなくただこちらの言葉を待っている様子だった。
 だから、初人は導き出された答えを震える声で吐き出した。

「――まさか、俺が遺したデジタマから生まれたっていうのか、キミ達は……ッ!」

 それなら全てに説明が付く。否、それでしか説明の付けようがない。
 同じ遺伝データを持っていれば、位置やバイタルなどの情報は共有することができる。ならば、初人とノワールがその共有関係にあったということは想像に難くない。だって、ノワールは明らかに、最初から自分をアテに現実世界へと訪れていたのだから。
 あんなに広い世界で、ノワールは簡単に自分の目の前へと現れて見せた。
 そういうことなのかと、初人は彼女の瞳を凝視する。ノワールは、静かに首を縦に振った。
「初人くんは、私にとってのパパとかお父さんとか、そういうことになるのかしら。まぁ、そんな感慨なんて私達デジタル・モンスターは持ち合わせていないし、そのつもりもないけれど。実感がそもそも伴っていないわ」
 まったくの同意見だ。
「大体、彼氏だし」
「その設定、生きてたんだ……」
「ええ、ブランと二人で決めたことだもの。あなたは大切な彼氏よ」
 どうにも、ブランの名前を出されると弱い。ふざけてるだけかと思いきや、しっかりと自分の大切なモノを見極めて譲ろうとしないところは、ノワールもブランも似ていると思った。
 姉妹らしいといえば姉妹らしい。
「姉妹――そうね。ハックモンの卵から生まれた私とブランは、それぞれ別々の遺伝データを引き継いだの。ブランのあの技術変態っぷりは、あなたのハッキング能力が色濃く受け継がれた証」
「ああ、なるほど」
 ハッキング自体はまだ「記憶」としてしか思い出していない、かつての自分が使っていた技術だが、言われてみればブランがスマホで得意げにやっていたのは全て同じ事だ。
「そして私は、わずかながらにあなたの『生前の記憶』を引き継いだ――力の使い方や、戦うための知識をね」
 道理で、と初人は内心で深くため息をついた。かのアダムスハンズの群れの中を二人で駆け抜けたとき、彼女の教え方が上手かったから走れたのだと思っていた。だが、実際は彼女が自分に合わせていたのだろう。どうすれば初人(ハックモン)が上手く立ち回れるのか、ノワールは知っていたのだから。
「そして私は初人くんと同じデータを持っていることを唯一知っていたから、私の記憶をすこしだけ初人くんに流し込むことが出来た――初めて会ったとき、銃を向けたでしょう」
 しっかりと覚えている。なんなら、ノワールの第一印象はあそこで決まったと言っても間違いじゃない。
「ああでもしなきゃ、初人くんが味方についてくれないと思ったの。世界を崩壊から救うためには、どうしてもあなたの記憶や本能を呼び覚ます必要があったから」
「待って」
 そこまで話されて、初人はノワールの言葉を遮る。
「ノワールが俺を見つけられた理由は分かったよ」
 でも、それはノワールが初人を選んだ理由ではない。
「いま、キミは世界を崩壊から救うためには俺の記憶や本能を呼び覚ます必要があると言ったけど、結局それがなんなのか、俺は知りたいんだ」
「知ってどうするつもり?」
 先程までとはまったく違う、こちらの意志を試すような鋭い視線が来る。だが、初人は怯むことなく「簡単だよ」と答えた。
「その力があるなら、俺はこの世界を守るために戦う」
「……初人くんにとって、辛い話になるわよ」
「どういうこと?」
 純粋に問いで返すが、ノワールの面持ちは暗い。そのまま、少しばかりの静寂が訪れる。
 しかしこちらに引く意志がないとわかったのか、彼女は意を決したように重たい声で話を再開した。
「……初人くんは、他のデジタル・モンスターと少し事情が違ったのよ」
 彼女が言うには、通常ならば死したデジタル・モンスターは姿・記憶などが消去され、普通の人間として生を受け直す。だが、例外的にウォーグレイモン達のように記憶が引き継がれる個体がいた。そこまでは、初人の知るところだ。
「そして例外はあなたも同じだった」
「え? 俺、デジタル・モンスターの記憶なんてついさっきまで残ってなかったけど……」
「違う、そうじゃないの。あなたはそもそも人間としての生を受けていないのよ」
「……は?」
 待て。と、何度目かの制止を入れる。突然のことが多すぎて、そして大きすぎて理解が追いついていない。彼女の話が受け入れられない理由は山ほどある。反対できる証拠もある。
「お、俺はちゃんと九文初人って名前も、姿もあったよ!?」
「そうでしょうね。名前も姿もあった」
「記憶だって!」
「ええ知っているわ。女の子に振られた思い出、聞かせて貰ったものね」
 だが、いくら理由を並べ立てても、彼女はまったく動じない。
「でも、生活はしていなかった」
 なぜなら、
「私があなたの目の前に現れるまで、あなたはずっとあの家で眠り続けていたのだから」
「――――ッ」
 さすがに。完膚なきまでに、どうしようもなかった。話をどう受け止めていいのかとか、どう整理したらいいのかとか、どう向き合えばいいのかとか。そういった次元を超えている。
 ずっと眠ってた? ノワールに会うまで?
「……うそ、だろ……?」
「あなたが住んでいた家が全部を物語ってる。初人くんの自室以外は生活感のない殺風景な部屋。一人暮らしをしているにはあまりにも広すぎる間取り。あそこにはなにもなさ過ぎた――あなたが眠り続けていたと証明するには、充分な状況証拠でしょう」
「……な、なんのために。いや、どうして俺は」
 自分は、眠り続けていたのか。
「きっと、あなたが持っている力が『成長期』に似つかわしくないほど、強大なものだったから。この世界のホストコンピュータ『NS−00』はあなたに睡眠という形で保存処置を施したのよ……人間としての死を与えられる前に、日常生活の記憶だけ与えて人間としての機能を止めた」
「そんな……」
「それは有事の際にネイチャースピリッツに呼べるようにするためかもしれないし……あるいは、純粋に世界の理からあなたを遠ざけたかったのかもしれない……。私があなただったら、きっとウォーグレイモンに同調しているところよ――それでも、初人くんはこの世界のために戦おうというの?」
 思考はぐちゃぐちゃだった。ウォーグレイモンにデジタル・モンスターとしての覚醒を促されたとか、そういうことが比べものにならないほど。いままでの自分が、文字通り本当の意味で、徹底的に否定された。
 でも、ノワールのおかげで、救われた部分もある。その部分が、胸に心臓(デジコア)の形が焼け付くくらいに、鼓動を熱く速める。
「た、戦うよ」
 気が付けば、震える声でそう宣言していた。全部、ノワールのおかげだとおもった。
「……どうして、そんな風に言えるの」
「お、俺にしか出来ないことは、俺がやるべきだと思うから」
 ホストコンピュータが保存処置を決めた。もう、わかった。自分がとことん何者なのかわからなくなったけれど、出来ることだけは理解した。そして納得した。
 有事の際にネイチャースピリッツに呼べるように保存されていたのなら、まさにいまがそのときだ。あるいは、ノワールが自分をここに連れてきたのは必然だったのかもしれない。
 ノワールが教えてくれた。自分がいまやるべきことではなく、自分がいま出来ることを。
 そこまで腹を括れば、彼女の「世界を救うのか」という質問がいかに変だったのかがわかる。だって。
「だって、キミが言ったんじゃないか。中二病になってみせなさいって」
 中二病になる――それだけの「理由」があるなら、折れることなく、曲げることなく、初人は初人の道を歩けると胸を張って言える。
「――そう、ね」
 彼女は本気で驚いたように、目を丸くしてきょとんとしていた。
「そうだったわね。うん、そんなことも言ったわ」
 そして「うん」ともう一度だけ力強く頷いて。
「持てる者の義務(ノブレス・オブリージュ)――私も、見習わなきゃいけないかしら」
 ノワールは、初人に微笑んで見せた。
「いいわ、あなたが持つ力の使い方を教えてあげる。私ももう、ウォーグレイモンにお払い箱にされた身だし、いまさら裏切りがどうとかいうこともないわよね――だって、私はコウモリなんだから」
 私は、世界がどうとか、どうでも良いのかも知れない。彼女は肩を竦めて笑う。初人は頭を振ってそれを否定した。
「そんなことあるはずないだろ。だって、ノワールは一緒に上に行ってくれって俺に言ったじゃないか。それは、世界を守りたいから……じゃないのか?」
 ううん。首を振る彼女だったが、ノワールの中でなにか吹っ切れたのか、語調は先程までより確かに軽くなっている。
「本当はね、あなたについてきてもらった理由なんか、自分でも分からなかった。だって、計画を止めるつもりなんて本当になかったんだから」
「でも」ノワールは世界を守るための行動だって、起こしていたじゃないか。
 そこまで言う前に、彼女は次の言葉を続けていた。
「だって、ウォーグレイモンのやっていることが一から間違ってるとは、私には思えなかったの」
「……え?」
「大切にしていたものに裏切られた。大切にしていたかったものを奪われてしまった。そんな不幸があれば、誰だって傷つく。ウォーグレイモンはその傷が大きいだけで、根っこの部分の価値観は私達となんら変わらないはずだから――いまだからこそ、余計に彼の言っていることが私には理解出来てしまう。初人くんだって、そうでしょう……?」
 確かに。もう、いまの自分と先程までの初人は明確に違う。形や理由はどうあれ、ウォーグレイモンも自分も、世界に裏切られたという点では同じだ。だから、ノワールのようにウォーグレイモンがやろうとしていることが理解出来るか出来ないかと問われれば、初人は肯定で返す。だが、理解出来るからと言って止めない理由にはならない。
「私にとっての大切も、もう失われてしまった。それは、あなた達に対する世界のように、私自身が妹を裏切ってしまったから」
 申し訳が立つはずもないわ。彼女は続ける。
「だから、失敗してしまったあとの私の在り方で、ブランに謝らなきゃならないと、初人くんと話をしてよく分かった」
「ノワール……」
「私も頑張ってみようと思う。世界を救おうとしたブランのために、今度は裏切りではなく誠意で答えなきゃ……だから、助けてくれる?」
 もちろんだよ。
 言葉には出さず、初人は頷いて彼女の期待に応えた。彼女は小さく「ありがとう」と言って、再び「上」を仰ぎ見る。初人もそれに習って、視線を追った。
「いまから話すこの方法を知っているのは私だけ。だけど、ウォーグレイモンはそれに気が付いているかも――いいえ、まず間違いなく気付いているはず」
「気付いているからこそ、ウォーグレイモンは自分を排除しようとした……」
「その通りよ。だからこれは一発勝負。やり直しはきかないと思った方がいい」
 そこまで言って、彼女は少しずつ速度を生み出して浮上する。初人も慌てて、いつでも飛翔できるように気を引き締め直した。 
「あとの話は道中で終わらせるわ。行きましょう」
「わかった」

     ●

 そして二体のデジタル・モンスターは征く。頂上に向かって加速しながら、ノワールは初人に「どうすれば計画を止められるか」の方法を説いて聞かせた。
 その最後に、ノワールは自分の決意を新たにするように、隣を飛ぶ初人の肩を叩く。
「改めて、中二病になってみなさい、初人くん。私は、世界に裏切られてなお、その世界を救おうとするあなたに賭けなおすことに決めたわ――」
 初人をサポートすることが、ブランや親方への贖罪になるかどうかはわからない。
 だけど、贖罪が足りないのなら世界を救ったあとにたっぷり罪滅ぼしをしよう。

「――ペイバック・タイムよ」

 だからそのために。
 まずは彼と一緒に、臆することなく戦おうと彼女は決めた。


スレッド記事表示 No.4665 幾千のアポカリプス U.R.L/9(上)中村角煮2016/08/06(土) 23:09
       No.4666 幾千のアポカリプス U.R.L/9(下)中村角煮2016/08/06(土) 23:14
       No.4667 世はまさに感想戦国時代夏P(ナッピー)2016/08/07(日) 06:29
       No.4669 天国と地獄が流れてる時のマリオ狐火2016/08/16(火) 16:31