<Font Color="#804000">オリジナルデジモンストーリー掲示板</font><Font Color="#4b87eb">NEXT</font><Br> <Br> http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/ ja 2017-10-14T17:32+09:00 六月の龍が眠る街 第七章 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4780&mode2=tree それはオニスモンの事件から二ヶ月後のことだった。  街の復興も順調に進み、僕とヒトミ、加納満達ヒュプノスのエージェントは久方ぶりの平和を謳歌していた。  たまに、僕の店〈アイス・ナイン〉が休みの日には夏目秀が北館祐や一条秋穂を連れてやって来た。彼ら十闘士も、とりあえず東北においてはそれなりにヒュプノスと仲良くしているみたいだった。  夏があまりにも暑かった反動だろうか、その年の秋はすぐに冷え込み、十月になる頃には街の人々はみんな長袖の服に羽織ものをしていた。  彼が胸に赤黒い大きな染みを作りながら、僕の店に転がり込んで来たときも、ちょうどそんな格好だった。 「高視! どうしたんだ!」  ああ、僕達は、なんて馬鹿だったのだろう。 「…やられました、ちょっと、油断したみたいです」 「良いから黙ってろ! すぐに救急車を呼ぶ」  全てが終わった今、僕には何が正しいのかもわからない。 「…私は、とても罪深いことをしてしまった。シュウに謝らないと」 「意識をしっかり持て! 僕が分かるか?」  僕達は結局、いつも命を粗末にしてきた。そうしてまでも、正しく生きていたかっただけだったのに。 「…分かりますよ、辻さん。あなたのお陰で、私はとても、楽しかったです」 「そんな言い方はやめろ」  どんな言葉にも偽善と嘘が潜むこの時代に、僕達は正義に形があると信じて疑っていなかった。ひどく不器用だから。 「ゴメンよ、シュウ。…グランはどうしているかな」 「高視? おい高視!」  そして多分、僕達は今も信じているのだ。           ***** 六月の龍が眠る街 完結編 天使へのマドリガル           *****  高視聡の葬儀に参列したのは、ちょうど二ヶ月前に〈アイス・ナイン〉に集まったメンバー、そして彼がもといた広島支部の職員達だった。 「仙台に行ってからも彼とは連絡を取り合っていましたが、彼があんなに楽しそうに話すのを見るのは初めてだった。私が嫉妬するくらいに」  彼に身寄りは居ないことが分かった上に、広島支部長がそのようなことを言ったのもあってその葬儀は仙台で行われた。小さな寺での、小さな葬儀だった。 「二階級特進で大尉相当官だってさ。最年少記録だ。俺には追いつけねえよ」  葬儀を終え、紅葉に彩られた寺の境内で何をするともなく空を眺めていた僕に、加納が話しかけてきた。彼は人間の赤ん坊ほどの大きさがある、白と緑の縞模様の卵を抱えていた。デジタマ、強い力を持ったデジモンが死んだとき、残されることがあるという卵。ヒュプノスの分析で、高視が死んだ晩に僕の店の近くの路地裏で発見されたそれは、その構成データがグランクワガーモンのものと一致したということだった。 「これ、仙台支部で預かってくれないかってさ、広島の支部長が」 「なんだか厄介払いに使われてるんじゃないか、僕達」 「冗談でもそんなこと言うなよ。広島から来てた連中の様子を見たろ」 「そうだな、悪いことを言った」  その通りだった。広島からは驚くほど多くのヒュプノス職員がやってきて、焼香をしていった。高視は向こうでよほど好かれていたのだろう。 「この卵、あんたの店で預かってくれないか?」 「良いのか?」 「温めたりはしなくて良いんだ。もし必要なことがあるとしたら、こいつが昔注がれてたみたいな愛情を注ぐこと、それならヒュプノスの味気ない保管室より、あんたの店がいい」  僕は彼からその卵を受け取った。リアルな重み。恐ろしい風貌とは裏腹に高視と仲良く話していたグランクワガーモン。 「なあ辻、俺と百川はこれから高視殺害の捜査に当たる。あれはどう考えてもデジモンによるものだ。そしてS級エージェントがやられたんだ。ヒュプノスとしても静観はしてられないよ」 「当然だな」 「もっとも、俺は現場の近く、つまり〈アイス・ナイン〉付近の見張りが仕事だ。あまりこれまでと変わらないよ。相手がどんな奴であれ、あんたとヒトミちゃんに近づけはしない」 「ぼく達も手伝いますよ」  その声に僕と加納が振り返ると、そこには北館祐と一条秋穂が立っていた。学校での衣替えを済ませたのか、北館は黒い学生服、秋穂は紺色のブレザーといういでたちだ。 「ありがとよ」加納が言った。 「でも捜査には加えられない。一応俺たちは大人で、お前らは高校生だからな。もしよければ、〈アイス・ナイン〉の守りをお願いしていいか?」  二人は頷いた。 「もう絶対に、あの店で、こんな悲しいこと起こさないんだから」秋穂が振り絞るように言う。 「夏目はどうしてる?」僕の問いに北館が首を振る。 「シュウは焼香の時にまた取り乱しちゃって、今寺の中で広島の顔見知りの人と話してます。ヒトミちゃんもそこにいますよ」 「そうか」 「ヒトミちゃんのとこ、行ってあげなくていいんですか? あの子、とっても落ち込んでました」 「分からないよ。僕だって落ち込んでるし、多分みんなだってそうだ。それにヒトミの幸せを守れなかった自分が、情けないんだよ」僕は弱音を吐いた。 「しっかりしろ、辻」加納が僕を叱るように言う。 「ああ、ごめんな。でも今は無理なんだ。誰か僕の代わりに、ヒトミのところに行ってくれないか?」  全員が黙ってしまった。みんなが少しづつ責任を感じているのだ。あの場所の、そこに集うみんなのおかげで幸せだと言ったヒトミの幸福が続かなかったことに。 「やめましょう。これじゃまるで、高視さんを責めてるみたいだ」北館が言った。 「誰がそんなことを言った?」加納が強い語調で彼に迫る。 「ヒトミちゃんや夏目が悲しんでるのは高視のせいでもなんでもない。そんなことを言ってるのはお前だけだ」 「ぼくだってそう言う意味で言ったんじゃない!」北館が大きな声で言い返した。 「分かってます? この場にいる全員が、高視さんの立場になる可能性は十分にある。ぼく達が高視さんの為に話さなければいけないのは、これからのことです。早く対処しないとこの先また--」 「ユウくん!」  秋穂が北館をたしなめ、彼に掴みかかろうとした加納を僕が抑えた。 「喧嘩をするべき時じゃない、そんなことをしている暇は当分来ない」僕は言った。 「弱音を吐いたりして、僕が悪かったよ。でも、君達だって何を強がってるんだ? みんなが夏目やヒトミの悲しみに責任を感じてる。でもここはそれを話す場じゃないよ。高視のための場所だ。みんな悲しいのはみんなが分かってる。夏目やヒトミだって当然分かってるんだ。今くらい、それに甘えよう」  秋穂が目を抑えて輪から離れた。北館も俯いたままだ。加納も先ほどの怒りに握りしめた拳を解けないまま、目に涙を浮かべていた。  僕は加納と北館を見て言う。 「今日は喪に服そう。全ては明日からだ。僕はいつも通り店を出す。そこがみんなが集まる場所だからだ。高視が守りたいと思っていた場所だからだ」 「俺も行くよ。あいつの分のビールも頼んでやる」 「ぼくもいつも通りです。もしかしたら明日は店に寄るかも、きっと寄りますね」  僕達三人は少し黙った後に、みんなで僕の抱えるデジタマを見た。命だったもの。命になっていくもの。  頭数は減ったのに、守らなければいけない重みは増えたようだった。           ***** 「畜生、今日もさっぱりだった」  十二月に入り、クリスマスを控えて忙しくしている〈アイス・ナイン〉でドライ・マティーニを舐めながら加納が言った。今年は十二月も始めのうちに道にうっすらと積もるほどの雪が降った。古い雑居ビルの地下にある〈アイス・ナイン〉はひどく冷え込み、暖房費がかかって仕方がなかった。 「あれだけのことをやる奴だ。黙って隠れていることができるわけがないんだが」  隣で百川も言う。その黒く潤んだ目を見ることが出来ずに僕が俯くと彼女の細く長い指がダイキリのグラスを支えているのが見えた。  カウンターには左から百川、加納、そして加納の右隣の席には高視がいつも頼んでいたビールの瓶が置いてある。僕はたまに二か月前までそうしていたように高視にビールのお代わりはいらないか尋ねてしまうことがあった。彼は不思議な男だ。死んでからも遺された者達の中で存在感を増すことも、逆に忘れられてしまうこともなく、まるで生前と変わらないように振舞っている。 「デジタマはどうしてる?」百川が尋ねた。 「ヒトミがよく見てくれてます」僕は未だに百川に対して親しげな口調を使えなかった。 「あの卵は白と緑でしょう。クリスマスには赤い布で包んで、クリスマス・カラーにしてあげるんだって張り切ってました」  ヒトミは僕達よりよっぽど死について分かっている。二ヶ月前の葬式の後も僕よりも気丈に振る舞い。遺された卵の世話をかって出た。そのいじらしさが、痛ましかった。 「ヒトミちゃんは強いな」加納が言う。 「強がってるんだ」 「あとで何か話しかけた方がいいかな」子どもの扱いは分からなくてと百川が尋ねる。 「ヒトミは僕達がここで楽しそうにしてるのが幸せなんだって言ってました。できることがあるとするなら、酒のお代わりですね」 「商売上手なこった」  加納は高視にもビール、と言ってマティーニとビールの分の代金をカウンターに置いた。僕は黙ってそれを受け取る。これは儀式だ。僕がビールの代金を断ったら全てが台無しになる。 「私もお代わり。でも、ヒトミちゃんに何もしてあげられないのはもどかしいな」 「ピアノを教えてあげたらどうです?」加納が言った。 「おい、加納」日本屈指のジャズピアニストになんてことを言うんだ、と僕は彼を睨みつけた。 「いいよ」 「え?」 「玲一さんの選んだロックもいいけど、そろそろこの店にもピアノを置いたらどうだい?」 「それじゃあ」 「教えてあげるよ。ヒトミちゃんが良ければだけど」 「ヒトミ」  僕が名前を呼ぶと後ろの事務室の扉からコツコツと二回のノック、イエスの合図だ。僕は息をついた。加納はほらやったじゃんと笑っている。こいつは前もこう言うノリで僕にギギモンを押し付けたなと僕は思い出した。案外計算尽くでやってるのかもしれない。 「本当にありがとうございます」 「いいよいいよ。ところでギギモンはここのところどうしてる?」 「やっぱりみんなの雰囲気が分かるんでしょうね。大人しくしてますよ。オニスモンの時みたいなことは起こってないです」 「そうか…」百川は黙り込む。 「我々としては、ギギモンが進化してくれるのはとても心強いことなんだけど」 「ええ」  僕は四ヶ月前のオニスモンとの戦闘時に僕達を襲ったゴーレモンをギギモンが姿を変えて撃破したことを思い出した。あれは厳密には進化とは言えないらしいが、あの龍がいつもヒトミにくっついてくれているとしたらこれほど心強いことはない。 「まあとにかく、それは後だ。私達は高視の仇を探すよ。私はそろそろ帰る」  彼女は立ち上がって白いタイトなコートをとった。。そして少し逡巡するようなそぶりを見せた後、僕に言う。 「玲一さん、クリスマスイブとクリスマスは店、開けるの?」 「そりゃあ、イブは稼ぎ時ですし、当日は北館達も呼んでパーティでもしたいなと思ってました」  高視の四九日も終えたばかりなのにクリスマスパーティとはとんでもない話だが、これは僕の考えだった。北館と秋穂に夏目も誘うように頼んでおいたが果たして来るだろうか。彼はここのところ店に姿を見せていない。高視がついていた護衛任務はとりあえず仙台のA級エージェントが引き継いだらしいが、日常の様子は僕らの耳に入ってこなかった。 「それじゃあ二十六日でいいや。私とちょっと遅めのクリスマス・ディナーでもしない?」  僕は言葉を失った。 「ええ…、嬉しいお誘いですけど、うちにはヒトミもいるし、それに…」 「行けよ」加納が面白そうに口を出した。 「このおばさんも行き遅れちゃいけないと思って焦ってるんだ。ヒトミには俺がついてるよ」そう言った加納を百川が小突く。 「ええ、それじゃ」お願いします、と僕はぎこちなく頷いた。断られたらどうしようと思ってたよ、と笑いながら百川は帰って行った。 「やったな、おい」加納が言う。 「お前はもう少し礼儀というものをわきまえろ」 「ピアノのレッスンもクリスマスディナーも、親友である俺の後押しで掴んだチャンスじゃないか、頑張れよ」  僕は加納を睨みつけた。           *****  辻の提案したクリスマスパーティの趣旨は北館にもよく分かった。夏目もよかったら誘ってみてくれと彼は電話で言っていたが、実際のところ夏目が来なければそのパーティには半分も意味はないだろう。葬式の時はあんなことを言っていたが結局は夏目のことを気にかけている辻を北館は頼もしく思った。  しかしいざ夏目を誘うとなると話は別だ。この二ヶ月、彼はすっかり塞ぎ込み、テニス部にも顔を出さず、気にかけてくる女の子にもそっけない対応をしていた。北館の話には多少耳を傾けたが、それも大概生返事だけの会話に終わってしまっていた。とてもパーティに誘えるような雰囲気ではない。だからなんとかして彼をパーティに引っ張り出すために何かできることはないか北館は一条秋穂に相談した。それだけのはずだったのだが--。 「パーティをやるから。夏目くん、クリスマスの夜は予定あけといてよね」  学校では地味な少女で通している秋穂が放課後の教室で夏目の机の前に立ち、大きな声でそんな事を言ったためにクラスの女子達の間に激震が走った。うそ、一条さん? そんな印象なかったのに。そもそも抜け駆けってズルくない? みんな夏目くんが元気がないのを気遣って話しかけてなかったのに。一瞬の沈黙の後にそういう声がクラス中から聞こえてくる。  隣の教室からその様子を見に来ていた北館は頭を抱えた。彼は帰り支度を整え、紺色のピーコートに黒いニット帽を被って廊下を歩いていたところで、横には茶色のダッフルコートに耳当てという格好の三浦真理と、北館の友人でこの季節になってもまだ学生服一枚の康太がいた。秋穂に密かな恋心を寄せる康太は目の前の光景に愕然としている。 「安心しろ康太、あれはそういうのじゃない」 「じゃあ一体なんなんだ」分かりやすいイケメンに流れる娘じゃないと思ってたのにと康太が嘆く。 「本当に大丈夫だよ、康太くん。秋穂ちゃん、前に好きな人がいるって言ってたから。当てっこしたんだけど、夏目くんじゃなかったよ」  オニスモンの事件の後、真理がいつものクールな調子に少し喜びをにじませて言った言葉に北館は少し微笑んだ。厳しい財政状況に置かれていた彼女を秋穂が自分の家に住まわせると言った時はどうなることかと思ったが、意外に仲良くやっているようだ。ちなみに真理の祖母は光台高校の近くの老人ホームに預けられ、北館も真理とともによく帰りに立ち寄っている。 「真理、秋穂と仲よかったか?」康太が訝しげに眉をひそめた後、北館をなじるように言った。 「北館か? 俺にはいつまでたっても紹介してくれないのに最近できた彼女には紹介するわけか? ひどいぞ」 「ああ、いや、それは」  康太が秋穂に抱いている華奢で守ってあげたくなる女の子、という夢を壊さないためだと言おうにも言えず、彼はしどろもどろになった。 「私、秋穂ちゃんの好きな人聞いちゃった」  真理が言うと康太がそちらを向いた。その背中越しに彼女がウィンクしてくる。ここは私に任せて、と言うことだろう。北館はため息をついてクラス中の女子の反感を買いつつある秋穂の元に向かった。 「秋穂、もうちょっとマシな誘い方は無かったのか?」  あれって隣のクラスの北館くんだよね。誰それ? 秋穂ちゃんと仲良く話してるの見たことあるよ。やだ、なに、修羅場? などと色々な声が北館の耳に入った。誰それとは酷いな。 「これが一番でしょう。ユウくんも親友相手に何を怯えてるのよ」 「親友だから怯えてるんだよ」 「そんなことだとすぐに真理ちゃんに愛想尽かされるよ」 「うるさい!」 「俺、行くよ」 「うるさいとは何よ! へ?」  言い争いの最中に挟まれた声に二人は夏目に目を向けた。彼は前のように完璧にとはいかなかったが、それでも眩しい笑みを浮かべた。 「北館も一枚噛んでるのか、この分だと会場は〈アイス・ナイン〉だろ? 行くよ」 「何、夏目くん。私が普通に口説きに来たと思ってた?」呆れた、と秋穂が言った。 「どうだろ」今度はさっきよりも完璧に近い笑みだった。これだからモテる男はと北館が肩をすくめる。 「じゃあ、夏目もパーティに来るんだな?」 「ああ、でも」夏目は少し悩んだ後に言った。「二人とも、この後俺の家に来てくれないか? 俺と、高視さんが住んでた家だけど」 北館と秋穂は顔を見合わせ、ほとんど同時に言う。「もちろん」 「じゃあ、行こうか」  彼は立ち上がって、深い緑のジャンパーを羽織った。秋穂も自分の席にかけた丈の長い薄い水色のコートに手を伸ばす。北館は真理に、ごめんという風に手を合わせるジェスチャーをした。今日は一緒に帰れない。康太と話しながら 彼女は肩をすくめる。 「北館くん、だよね。秀君と一条さん、どういう仲なの?」  他の二人が帰り支度をしている間に教室の女子生徒が一人声を潜めて北館に尋ねた。彼の名前を覚えているだけで上出来というところだ。彼は素直に質問に答える気になった。 「どういう仲も何も、ただの友達だよ」  そこまで言ってから彼はしまったと思った。この教室の、いや光台高校の女子生徒がみんな夏目と「ただの友達」になることを夢見ているのを忘れていた。彼の答えにその女子は目をきつくして言う。 「放課後一緒に帰る程度に仲良しなの?」 「今日はぼくも一緒だからだよ」  女子生徒は疑わしそうな顔をした。お前がそんなに夏目と仲がいいとは思えないと言うらしい。 「大丈夫、秋穂のやつ、年上好きだから」北館は適当なことを言った。 「年上好き?」 「歳が二倍くらい上のおじさん」 「へえ」  彼女の目に安堵が表れたのを見て北館はほっと息をつく。そんな彼を秋穂と夏目が呼んだ。 「ユウくん、何話してたの?」 「秋穂っておじさん好き?」 「は?」          *****  北館達が訪れたのは学校から少し離れたところにある古いアパートだった。「お帰りステファン。あ、あんた達も来たんだ」寒いのは苦手なので家にこもっているというテイルモンが彼らを出迎えた。  その二階の一室に夏目は二人を誘った。小さなキッチンには食器や一通りの調理器具が揃えられ、洗濯物が狭い部屋に吊り下げられていた。夏目が割ってしまったのだろうか、皿の破片が紙袋に入れられていた。 「家事は全部聡さんがやってくれてた。今は一人で、大変だよ」  彼は笑って手を振った。改めて見ると、包丁で切ってしまったかのような切り傷がいくつかついている。 「最初はお堅い人だと思ってたんだ。護衛を担当するエージェントとして紹介された時も、そこまでいい印象は無かった」  でも、高視はいつも一生懸命で、いつも自分の事を第一に考えてくれていたと彼は言った。 「まあ、死んだから言うわけでもないけど、いいやつだったわよ。パートナーのクワガタムシもね」テイルモンが言った。 「クリスマスパーティは俺からも提案するつもりだった。あの人が俺たち一人一人にクリスマスプレゼントを用意してくれてたんだ。二ヶ月も前にだ」それを代わりに渡しに行くよ、と彼は言った。 「本当に、無理していかなくていいんだぞ、シュウ」 「行くさ。俺もそろそろ立ち直らなくちゃな」  三人でいるには狭すぎる部屋が、それでもがらんと広く思えた。 マダラマゼラン一号 2017-10-14T17:32+09:00 六月の龍が眠る街 第七章 2 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4780&mode2=tree 「楽しかったね」  雪の降りしきるクリスマスの夜、暗い住宅街の中を歩きながら秋穂が言った。街灯の光を雪が反射し、いつもより道が仄かに明るい。この雪降る夜の暖かな照明は、闇の闘士である北館の目にも痛みを与えなかった。  クリスマスパーティは努めて賑やかに行われた。その会はヒトミが赤い絹の布で包んでクリスマスカラーに仕上げたグランクラガーモンのデジタマを囲んで行われた。ギギモンも赤い体に白と緑の毛糸を巻きつけ得意げにしていた。 「でも本当に私も来てよかったのかな? 大人の人達は私のこと知らなかっただろうし、それに何より--」真理が口をつぐんだ。自分がダスクモンとして危うく高視を殺しかけたのを思い出したのだろう。野暮なことは言いっこなしだと夏目が答えると彼女はほっとした顔になった。 「三浦さんこそ、今日は北館を引っ張り出してよかったのか?」 「いいの、大体のことは昨日のイブに済ませたし」 「真理、誤解を生む言い方はやめてくれ。食事をしただけだろう」彼女はよく表情を崩さないで恐ろしい事を言う。    昨夜のクリスマスイブでのバーの混雑のために疲れ切った辻が、飲み物はセルフサービスだと宣言した。 「秋穂、酒に手を出してなかったか?」 「そんなことするわけないじゃない、ちょっとだけ」 「飲んだんだね」 「千鶴さんが勧めるから」 「あの人すごい元気だったね。加納さんとうまくいってるのかな」  そしてプレゼント交換、ヒトミは色とりどりの毛糸を使って全員分のミサンガを編んでくれた。北館は黒にピンク、夏目は白に水色、秋穂は緑、真理は藍色だった。 「闇のスピリットだから黒ってことかな」 「私もそうだったけどね」 「真理ちゃんは藍色が似合ってるからいいの。 それつけてるとユウくんと夏目くん、ほんとにコンビみたいよ」 「ユウが黒、俺が白。こういう配色の二人組のアニメがあったな」 「それアレだろ、僕らがまだ小さい頃に日曜朝にやってた女の子向けの。見てたのか?」 「ユウもどうせ見てただろう」 「ユウくんはちっちゃい頃あのアニメが大好きでねー」 「やめろ秋穂」 「あんたそんな子だったの。笑える」 「うるさいよテイルモン、ミサンガはもらえたのか?」 「私はシュウとお揃い、尻尾につけたわ」 「…どこにもないけど、落としたんじゃないか?」 「ええっ、ホントだ。ついホーリーリングのノリで」 「この雪の中じゃ探すの大変だな。ヒトミちゃんが頑張って作ったのに」 「北館くんもからかうのはそのくらいにして、探すの手伝ってあげて」 「絶対に見つけるわよ」 「しっかし辻さんの親馬鹿にはびっくりしたな」  辻がヒトミに用意したのは大きな電子ピアノだった。まあ普段は店に置くんだけどな。と彼は照れ臭そうに言った。有名なピアニストである百川がヒトミにピアノを教えてくれると言うので奮発して買ったのだという。  そしてそのピアノを使った百川のリサイタルがパーティの最後を飾った。 「素敵だった」 「あの人、ピアノ弾いてる時は全然印象違ったな」 「うん、おしとやかだった」 「玲一さんもうっとりしてたね」 「そうだったか?」 「アレは惚れてるよ、絶対に」 「やーね、大人って」  そんな事を話しながら、四人はそれぞれの手に持った紙包みを天に掲げた。高視が用意していたクリスマス・プレゼントだ。ラッピングを終えた大きさも様々のそれらの袋には、それぞれの名前が書かれていた。 「ねえ、今開けちゃわない?」 「家に帰ってから開けるって言ったろ」秋穂の提案に北館は顔をしかめた。 「堅い事言わないで。いいでしょ? 夏目くん」  夏目は微笑む。「いいんじゃないか?」 「まあ、シュウがそう言うならいいけど」  四人は街灯の下に輪を作り、夏目の掛け声で一斉に袋を開いた。 「私のこれは…手袋だ、可愛い」そう言って真理はその場で厚手の黒い手袋をはめて見せた。 「その模様は、悪魔かな?」 「ダスクモンのつもりなんじゃない?」 「いくら殺されかけたからってそんな事」 「アイツ、結構嫌味だからね」テイルモンが笑う。 「でも可愛いよ。北館くんは?」 「僕は、手帖だ。表紙のこの模様は槍かな」北館が黒い革張りの手帳を振って見せた。 「レーベモンだからね」  彼はパラパラとその手帳をめくり、少し顔をしかめた。 「どうかした?」 「いや、なんでもない。秋穂は?」 「私は懐中時計だったわ」電池切れてるけど、と秋穂が言った。「わっ、蓋が鏡になってる」 「メルキューレモンだな。よく考えたもんだよ」 「シュウは?」三人が夏目の方を向いた。 「コレだ」  彼は銀製の栞を見せた。そのてっぺんには驚くほど精巧な装飾の、美しい天使が配置されている。 「うわ、すっごい綺麗」秋穂が、声を上げる。 「高視さん、少しは本を読めって、俺にいつも言ってたから。テイルモンにもあるぞ」 「なにこれ、新しいグローブ?」テイルモンが照れ隠しだろうか、憮然として言う。 「あの男の手編みなんてぞっとしないわね」 「高視さんは、死ぬ前に俺に謝ってたって、辻さんが言ってた」雪の中を歩きながら不意に夏目が言った。 「シュウに?」北館が首をかしげる。 「俺に取り返しのつかない事をしたって」 「なんだろう」 「きっと、この栞のことだな。俺が本に興味ないって知ってて」  彼は一同の方を振り返ると栞の天使を顔の高さまで持ち上げ、久し振りにあの完璧な笑みを浮かべた。           ***** 「ねえ真理ちゃん」  寝る前、布団の上で高視のプレゼントの時計を眺めながら秋穂が隣の真理に話しかけた。 「どうしたの?」 「いや、時計って普通、買う時から電池入ってるよなーと思って」  彼女が貰った時計はなぜか最初から電池が入っておらず、止まったままだった。 「それってボタン電池? あったと思うけど」 「いや、入れるのは明日でいいんだけどさ」彼女は首を捻っていた。 「その時計だと、今は何時?」真理が尋ねる。 「2時12分」  今もさっきもこれからも、電池を入れるまでは永遠に2時12分。 「ずいぶん半端ね」 「なんか引っかかるのよね」  彼女は枕元の携帯電話を取り、北館にダイヤルした。何回かの呼び出し音にも彼は応えず、秋穂は電話を切る。 「ユウくん、私の電話は無視するのよね。真理ちゃんの携帯貸して」そして真理の携帯電話を耳にあてる。 「ああ、ユウくん。私の電話は無視して真理ちゃんの電話には出るのね。まあそれはいいのよ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」  彼女はそう言って何事か話し、電話を切るとさっきよりますます首を捻った。真理がその顔を覗き込む。 「北館くんがどうかした?」 「うん、高視さんのくれた手帖を見て、ユウくんちょっと顔をしかめてたじゃない?」 「そう?」 「そうよ。それで何かあったのかと思って、聞いて見たの」 「それで?」 「手帳の年間予定表のね、クリスマスのところに書き込みがあったんだって」 Consapevoli della 光あれ 「Consapevoli della」真理が呟く。「イタリア語ね。気づいて、ってこと」 「真理?」 「お父さんに習ったの」真理が少し寂しそうに笑った。 「気づいて、光あれ」  秋穂は立ち上がって机に腰掛けた。 「光あれ、っていうのは気の利いたクリスマスの文句にも聞こえないことはないけど、気づいてってことはやっぱり何かあるんだ」 「メッセージ?」 「そう、高視さんは北館くんの手帖のクリスマスの日付にそのなんとかっていうイタリア語を書き込んだ。私達に何か気づいて欲しいことがあるの。そしてそれは多分。クリスマスに関係あること。今年クリスマスに関して高視さんが知ってたのは、自分の用意したプレゼントだけだよ」 「そこに何か、言葉を隠したってわけ? それで十月にはもうプレゼントを準備してたの?」 「そうかもしれない。なんにせよ、普通じゃないわ」 「私や秋穂ちゃんのプレゼントにも何か隠してあるのかしら」  真理のその言葉に秋穂は少し黙り、また携帯電話を手に取った。今度は〈アイス・ナイン〉をコールする。 「もしもし、玲一さん? 夜分遅くにごめんなさい。うん、今日は楽しかった。ところで、高視さんのプレゼントがなんだったか見た?」 「ああ、ヒトミはペンダントを貰ったよ。琥珀で出来たやつだ。ギギモンには同じ琥珀で足につけるアンクレットだったよ。それがどうかしたのか?」 「ちょっと気になっただけ。辻さんのは?」 「僕のはよく分からないよ。聖書だ。立派な装丁のやつだ。あいつ、どういうつもりだったんだろ」 「聖書?」  秋穂は思わず身を乗り出した。いつの間にか真理の彼女の側に立って耳をそばだてている。「それって新約聖書のこと?」 「いや」辻は手元の分厚く装飾の施された本をめくった。 「これは多分旧約聖書じゃないか? こういうのには疎くて…」 「いいの、その本のどこかに書き込みはないですか? よく探して」 「待ってくれよ。文字が細かくて探すのも一苦労だ。…ああ、ここに鉛筆で丸が書いてあるな」 「どこです?」 「よく分からないか、章の一番上らしい」 「読み上げて」 「これは一体どういうことなんだ?」 「いいから!」 「アモツの子、イザヤの幻。これは彼が…」辻は秋穂の勢いに驚き、おとなしく手元の丸印のつけられた文を読み上げた。 「『イザヤ書』ね」真理が言う。 「預言者イザヤが残した。旧約聖書の中の大預言書の一つ」  秋穂は電話から耳を離して真理の方を向いた。 「真理ちゃん、なんでそんなことまで知ってるわけ?」 「中学がキリスト教の学校だったの。そこは貧乏な私にも優しくしてくれたから」 「ふーん」 底知れない子だ、と秋穂は息をついた。と、その目がまた大きく開かれる。 「23節、おまえのつかさたちは…」 「辻さん、そこはもういいわ。2章って無い?」 「ああ、あるぞ」 「その12節を読んで」  隣で真理が驚いたように目を開いた。2時12分。秋穂のもらった懐中時計の時刻。 「ええと、ここだ。12節、まことに、万軍の主の日は、すべておごり高ぶるもの、すべて誇るものに」 「それだけ?」  彼女は首を捻ったがやがて思いついたように尋ねる。あの時計のさしていたのが、午前2時じゃなくて午後の2時だったとしたら? 「じゃあ14章は? 14章の12節」 「今探すよ、これが終わったらこのゲームがなんなのか教えてくれ。…あったよ」  そう言うと辻はその節を朗々と語ってみせた。 暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破ったものよ。どうしてあなたは地に切り落とされたのか。 ー旧約聖書『イザヤ書』14:12 「明けの明星?」 「ルシファーのことよ」横から真理が口を挟んだ。天に反乱を起こし堕ちた天使。 秋穂は思わず電話を切った。「ルシファー?」その言葉が彼女に連想させることは一つしかない。「ねえ、ルシファーってイタリア語読みだと…」 「Lucifero、ルチーフェロ。光をもたらすもの、って言う意味らしいわ」 「光?」  真理も秋穂の考えていることに思い当たったらしい。深刻な目で頷きつつ言った。「光はイタリア語でluce」 luce--ルーチェ  秋穂は頷いた。 「手帖の書き込みをイタリア語にしたのはそういうヒントだったのね」  ルーチェモン、ムルムクスモンが復活を目指していた秋穂達十闘士の最大の敵。 「高視さんが、ルーチェモンについて何かメッセージを残そうとしてたと思うの?」 「分からない。もしかしたら天使も聖書も、ただ単にクリスマスにちなんだプレゼントで、時計の電池はたまたま抜けただけで、北館くんの手帖への書き込みは気障ったらしい文句だったのかもしれない」  真理の質問に彼女はそういって笑うが、目は真剣そのものだった。彼女達十闘士は何回もの世代交代を重ねてルーチェモンの復活に備えてきたのだ。先人達の戦いを無駄にしないためにも、どんな些細な引っかかりも見逃してはいけない。 「私へのプレゼントは、悪魔だったけどね」真理が寂しそうに笑った。 「高視さん、私がダスクモンの時のことを謝ったときは笑って許してくれたけど、やっぱり嫌われてたのかな」  秋穂はじっと真理の目を見た。そして不意に立ち上がると、パジャマ姿のままコートをとる。 「えっ、ちょっとどうしたの?」 「私行かなきゃいけない。真理ちゃんは絶対ここから動かないで」  そう言い残すと彼女は雪の中に飛び出していった。  彼女は呟く。  ああ、私達は、なんて馬鹿だったのだろう。           ***** 「夏目君!」  やけに明るい雪の真夜中に、秋穂は夏目秀に駆け寄った。彼は高視と自分のアパートの前に立ち、ジャンパーのポケットに手を突っ込んだまま、自分の吐く白い息を見つめている。 「一条さん? どうしたんだよ、こんな時間に?」 「夏目君こそ、何しているの」 「高視さんのことを思うと眠れなくてさ、こうやって外の空気を吸うんだ。一条さんは?」 「今夜はクリスマスでしょ。私やっぱり一回、二人きりで話がしたくて」  夏目は顔を上げ、秋穂の顔をじっと見た。 「どういうことだ?」 「この間、私教室で夏目君にクリスマスに会わないかって言ったじゃない。ユウくんが余計な事言ったせいでおじゃんになっちゃったけど、本当は、あれは〈アイス・ナイン〉や他のみんなとは関係ないわ」 「じゃああれは…」 「ねえ、夏目くん」彼女は雪の中で顔を赤らめた。 「私の質問に、一つ答えてもらっていい?」  彼は真剣な目で黙ったまま、頷いた。  意を決した顔で、秋穂が寒さに少し紫がかった唇を開く。 「あんた、一体何者?」 「参ったな」夏目が笑う。 「思ってた質問と全然違うよ」 「生憎私、イケメンって好きじゃないの」 「残念だよ」 「質問に答えてよ」 「何を言ってるんだ? 俺が何者かなんて」 「分からないの? じゃあ説明してあげるわ。 高視さんは、クリスマスプレゼントの中に私たちに向けたメッセージを隠してた」  気づいて ルーチェモン 「真理ちゃんが貰った手袋、覚えてる。あの悪魔の模様はダスクモンそっくりだった。単なる嫌味? そんなことする人じゃないわ」  夏目が、ゆっくりと唾を飲んだ。 「真理ちゃんはダスクモンの模様。私はメルキューレモンの鏡、ユウくんはレーベモンの槍。それはそれぞれが進化したデジモンをさしてた」  秋穂は足を持ち上げぶらぶらと揺らす。気の無いそぶりだが視線は夏目から離していない。 「それじゃあ夏目君、もう一度あなたのプレゼントが何だったか教えてよ」 「俺のは…」 「分かったわ、天使の栞だったわね。それを踏まえてもう一度聞くわよ。今度はちゃんと答えてね」  あんた、一体何者?           *****  その少し前、家を飛び出した秋穂は雪の夜道を高視のアパートまで走っていた。その口から何事か言葉がぶつぶつと漏れる。  彼女達十闘士が幾度となく読ませられた彼女達の聖書、そのなかの最も有名な一節。 --[[rb:人型> ヒューマン]]と[[rb:獣型 > ビースト]]の争いを鎮めし天使、地を治めたが、やがて堕つ。 その姿は、真に人間に近く、流れる雲のような髪は金、海の深さのような瞳は青。その名前は--。  高視聡が今際の際に口走ったと言う言葉。 「…私は、とても罪深いことをしてしまった。シュウに謝らないと」 --彼を、疑ってしまった。  秋穂は走る速度を上げた。その疑いは正しかったわけだ。           ***** 「あの時も、最初に気づいたのは〈鋼〉だったよ」夏目秀--ルーチェモンが言った。 「あんたが、高視さんを」 「俺だってあんなことはしたくなかった。しょうがなかったんだ」ルーチェモンは心底悲しそうに首を振った。 「私が怒ってるのが分からない?」 「怒る? 残念だけど、分からないよ。フリはできるけどね」 「殺してやる」秋穂が宣告するように言った。 「君一人じゃ無理さ」 「一人?」秋穂が笑い飛ばす。「あんたの感覚も大したことないのね」 そう言うと同時に九つの光が彼女の後ろに現れた。ルーチェモンは笑う。 「やあ、みんな。懐かしい旧友ばかりが揃ったね。ユウはどれかな?」 「馴れ馴れしく呼ばないでくれないか」集まった闘士達の中から北館が進み出た。唇は震えているが、声に乱れはない。 「ユウはもっとショックを受けてくれると思ってたけどな、三浦さんの時みたいにさ。泣いてくれよ、見てみたい」 「黙ってくれ。長いことおしゃべりはしたくないね」 「私も賛成」  一条秋穂がバーコードの渦に包まれその中からメルキューレモンがあらわれた。 「せっかちだな、せっかくのクリスマスなのに。それじゃあ、始めようか」  ルーチェモンの顔の左半分に紫の文様があらわれる。  雪降る夜の街角で一つと十の光が、ぶつかった。  火が、光が、風が、雷が、氷が、水が、鋼が、岩が、木が、闇が、ルーチェモンに降り注ぐ。しかし彼は嬉しそうに笑ったまま、その全てを受け止めた。 「みんな懐かしいな! あの日と同じ、馬鹿ばっかりだ!」彼が手をかざすと十個の光球があらわれ、十字の形に並んだ。 「一人につき一個だ」彼が言う。 〈グランドクロス〉  その光球がそれぞれの方向に乱れ飛び十の闘士を貫いた。十の苦悶の声が上がる。 「いやあああ!」 「ちくしょう!」 「熱い、熱いよ、やめてくれ!」 「これが、ルーチェモンなのか?」一人が自分の体から上がる煙に咳き込みながら呟いた。こんなモノを相手に、自分達は戦おうとしてきたのか?  やがて、苦悶の声は聞こえなくなった。 「昔よりもつまらなかった」雪の絨毯の上に転がる十の消し炭を眺めながらルーチェモンが呟く。 「そうかよ」消し炭の一つから声が上がった。 その声にルーチェモンは顔を輝かせる。 「ユウか、君にだけは期待してたよ」 「お前、全部分かってやってたのか」北館が振り絞るように言う。 「君達との友情に、俺は嘘を感じていないよ。あれはあれで楽しかった」  だから、とルーチェモンはある話を持ちかける。 「君達は俺のことを誤解してるみたいだ。俺が前みたいに堕天すると思ってる。でも俺は君たち人間と同じだ。過去の失敗を繰り返さないように、様々な努力をしようと思ってる。ここで死ぬのも、つまらないじゃないか。ユウ、君の親友のシュウから頼みだ。俺に、ついてきてみないか?」 「誰からの頼みだって?」北館は立ち上がる。「そんなやつ、忘れたね」 「忘れないでいてくれって、最初に頼んだのはユウの方だぜ」 「ああ、でも忘れた」北館はにやりと笑う。 「ルーチェモン、お前、人間と同じだって言ったか?」 「君達も神話は読んでるだろう。俺は最も人間に近いデジモンだ」 「嘘つけ、お前よりも人間らしいデジモンを、僕は山ほど知ってる」ギギモンやクラビスエンジェモン、テイルモン(あいつは夏目の正体を知ってるんだろうか?)にあのムルムクスモン、そして、グランクワガーモン。 「俺は人間の強さそのものだ。並外れた学習能力、他者とのコミュニケーション能力、どれを取っても他のデジモン、いや、大抵の人間よりも勝るはずさ」 「そうとも」北館は臆する様子もない。「お前は人間の強いところをたくさんコピーした。でもそれだけだ。人間の良いところは、弱い部分にあるってことを知らなかったんだ」  過去を引きずり、恋に悩み、時に勝手な欲望に溺れながら、生きていく生き物。それが人間なのだ。それがあってこその、人間なのだ。 「弱い部分なんて、ただフリをするだけで良い。君達にだってそれで十分だったじゃないか。高視さんのことで俺を気にかけてくれて、どうもありがとうな」  質問に答えてくれとルーチェモンが急かした。 「ついてくるのか? 来ないのか?」  北館は笑って言った。「お断りだね」  彼がそう言い終わらないうちに、ルーチェモンの指先から出た光線が彼を貫いた。一瞬あたりが光に包まれ、爆煙が上がる。雪はまだずっと降り続いていた。 「残念だよ、ユウ」  仲良くなれると、思ったのにさ。 マダラマゼラン一号 2017-10-14T17:32+09:00 あとがき。 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4778&mode2=tree 幾らかぶりです。初めての方は初めまして、不遜な名前でやってます、ぱろっともんです。 読んで頂いてありがとうございます。 この短編は、金髪少女ってグリフォモンでは?というよくわからない発想が元で作られています。明るい茶髪になったのは金より茶の方が近いかなと改めて公式絵とか見てたら思ったからで、それ以上の特に何かはありません。 一応無駄に丁寧に経緯を説明すると。 金髪少女ってグリフォモンでは?→金髪少女に擬態してるグリフォモンってよくない?→グリフォモンにふさわしい場所は大学とかかな?知的なイメージから考えると年上的で魅力的な雰囲気のがよりいいよね?→大学行った事ないので高校に舞台を変えよう→魅力的で大人びてるとかどう書けばいいのかわからないし印象に残ってるところを思い出してる感じの話にしよう→金より茶の方が近い気がする。 という感じです。最終的に美少女は残りましたが金髪は消えました。グリフォモンらしさも消えました。 途中の説明でキメラモン辺りと間違われないか不安です。しかも間違われても話の流れとして特に困らないのが辛いところです。 今更ですが、彼女はグリフォモンです。多分高校生が好きなんでしょう。 あと、血に濡れた口元は赤い口元の見間違いですが、普通に襲ってたと解釈されそうなのも怖いです。 以上説明不足に怯える鸚鵡でした。 ぱろっともん 2017-10-07T12:32+09:00 彼女に言いたい言葉がある【短編】 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4778&mode2=tree これから私が語るのは人間とデジモンが公的に初めて出会ったとされる日からは数年遡ったある時で、しかし誤解しないで欲しいのは、まだ一般的な知名度はそれ程だが、今の研究では既に公的な出会いの前に個々で二つの世界を行ったり来たりしていた者もいると書かれている。つまり、何かしらの権利とかを主張したいのではない。 私はただ会って言いたい事があるだけなのだ。 私が通っていた高校は制服がなかった。だからといって明らかに生徒じゃないなと思う人にはそういう雰囲気がある。それは年齢的なものから来る顔や手の違いであったり、動きの違いであったり、スーツを着ているみたいなものであったりするのだが、その人の場合は感じなかった。 最初に会った時、私は彼女を上級生かと思った。当時の私は高校一年生、二学期も半ばを迎えて学校に来るのも最早当たり前となり大分学校の事を知っている気にもなり始めた頃だった。 私の日課は、特に仲の良かった友達がサボりがちであった事もあり、また、頻繁に強風だとかで行きの電車が遅れる事もあり、友達がおらず電車が遅れもしなかった時にできる四十分もないHRまでの時間を校内のその日気持ち良さそうなポイントで読書する事だった。 それは雨の日にはひんやりした風は感じるけど雨は当たらない中庭に入る入り口の所に設置されたベンチであったし、晴れの日には外の日差しがぽかぽか暖かい木の根元であったし、前日に雨が降ってて地面が濡れてれば日差しは当たるけど雨が当たらない校舎脇であったりした。 最初に会ったその日は、やっぱり友達がサボっていて、地面は前日の雨で湿っていて一部水たまりなんかもあった。 だからこそその人の格好が印象に残っていた。その格好はまぁ大人びていたものの、まぁ何人も何人もいそうではないがいてもおかしくない様なそんな格好だった。 何を読んでるの?と尋ねられたと思う。少なくともそういう意味の言葉だ。 私はその時アガサクリスティーのアクロイド殺しを読んでいた。表紙を見せて答えると、彼女はいきなりネタバレをした。私が推理小説でも複数回読み返すタイプでなかったらきっとさぞかしイラついた事だろう。 いや、まぁしかしそれはあり得なかったのかもしれない。父、兄、姉、私と読まれてきたその本のカバーはもうなく、本自体大分よれてもいた様に覚えているから、読み込んでいるものと想像して話したのかもしれない。 とにかく彼女はネタバレになる発言をし、私はそれをあまり不快には思わなかった。面白いですよねとかそんな感じの言葉を返した。 確か次は何故こんなところで?と聞かれたと思う。 私は好きだからです、とかそういう、雑な答えを返したと思う。その時は目すら合わせてなかったし顔も見ていなかった覚えがある。 理由は女性慣れしてなかった事や、ネタバレになる発言自体は気にしてなかったものの、ネタバレになる様な事をいきなり言うような人はろくでもない人に違いないと思ったからだと思う。 ふーんと言ったか言ってなかったか、とにかく無遠慮に私の隣に座って本を開き始めた時に初めてその人の顔を見た。 明るい茶色の髪、金色の目、口紅を塗っているのかと思うようなハッキリと明るい唇。美人と一言で言うのは容易いが、その美しさは絵画のような、単にあまりに美しいから絵画のようなと言うのではなくまさに絵画のような、人間的なのに人間的でない美しさを感じた。 私は一目で惹かれてしまった。ただそれは色恋や性的なものとは程遠く、かといって外見なので人間的に惹かれた訳でもない、その絵に惹かれたのだ。 しかし、私はどう話しかければいいかもわからず、朝のHRが近づくと彼女は立ち去っていった。 翌日、また友達もおらず風で遅延もしなかったので私は朝の読書をしていた。昨日のことが頭にあってその日もまた同じ場所に行こうかと思ったがその日は雨が降っていて、校舎脇は直接当たらないがそこに行くまでに雨に当たると、中庭の入り口脇のベンチに座っていた。 その日は何を読んでいたんだったか、スパイに通ずる話なのは間違いない。とにかく彼女は私の前に現れたし、その時読んでいたものについてもネタバレ的発言をした。その本も手垢がつくほど読まれていたアガサクリスティーの本だったのは覚えている。そうだ、確かNかMかだ。 スパイの話だったからか、昨日今日と推理小説を読んでいたからか、正体を隠すこと、暴くこと、どちらも浪漫があるみたいな話をしてきたので、私はあなたの正体も教えてもらえませんか、と聞いた。 彼女は非常に人間的な感情の見える表情で、暴いてみたら?と言った。これは確かに彼女は暴いてみたらと言った様に思う。 その時読んでいたのはアガサクリスティーだったが服装や歩き方から素性を探るはシャーロックホームズでもやっているしと取り組んだのだが、自由服の高校であるため服から学年を探ることすらできず、私の前に現れた彼女は文庫本一冊、図書館のものしか持っていなかったので幾らか本を読むんだろうということの他わかる事はなかった。 明るい茶髪が地毛か染めたものか等わからないし、金色の目もカラコンか自前かわからない。整った顔立ち、特に通った鼻はゲルマン系の血が入ってる様にも思えたからだ。 私が音をを上げると、彼女は楽しそうにパイプを吸うジェスチャーをした。 「何もわからないのかいワトスン君、本当に、何も?一切何もわからないのかい?」 私は少し悔しくなって改めて見てみたがやはり何もわからなかった。改めて降参すると彼女は何と言ったんだったか、とにかく教えてくれなかったのは確かだ。 その時は余程悔しかったらしく日記にこの言葉はしっかりと書き残してもいた。 翌日は友人がいたので特に彼女に会いに行く事はなかった。悔しさも寝たら忘れてしまったらしく、彼女に会う事は魅力的ではあったが休みがちな友人の方がより魅力的に思えた。そもそも、どこに行けば会えるということも分からなかったという事もある。 今も親交がある彼は親友とでも言うべき存在なのだが、その後何度でも何度でも会える彼より彼女を優先しても良かったのでは、なんなら彼と彼女を会わせても良かったのではと思う。 翌々日からは会えなかった。 あの会話が私と彼女との間に行われた最後の会話だった。 私がそれを惜しいと思うのは、また会いたいと思うのは、その会話以上にその後の出来事に由来する。 それから幾らか経って高校の文化祭の日、私は彼女を見つけた。漫画の中に。 漫研の部誌の中で、第三者視点の恋愛ものとして私と彼女の話があった。とても私とは思えない程顔が良かったし、相手の女の子も彼女とは似ていなかったが、その後の展開が違う以外の話な流れは多少の言葉遣いの違いもあったが確実に私と彼女との話だった。 私はその話を誰にもしていない。不思議な人がいたという話ぐらいは休みがちな親友に告げたがそれきりだった。 私はどうしても作者と会いたくて、漫研の展示をしている部屋に居続けた。 すると、ある女子生徒が部屋に入ってきた時私の顔を見て驚いた顔をした。私もその顔を見て驚きを隠せなかった。 暗い茶色の髪、こげ茶の目、血色自体は悪くないけどどこかぼやけたような唇。美人であるのは間違いなかったが、その美しさは生々しく、彼女と比較するからそう見えたのかもしれないが、跳ねた髪なんかは特にそう、生活感とでも言えばいいのだろうか、今一瞬だけでない、生きている人というのがはっきりと伝わる人だった。 それでいて、目鼻の形から口元から背丈まで、色や雰囲気、服装を除いた要素が完全に記憶の中の彼女と一致した。 私が声をかけると、その人は確実に戸惑っていた。不安そうな様子の見える表情は明らかに彼女のそれではなかった。 対応する声も口調も何もかも違ったが彼女と同じ様に感じた。もちろん、彼女とは違うのだとも感じていたので、私は双子の姉妹だろうかと思ったのだ。 髪色を変えてカラコンを入れたのか入れてないのか、とにかく、彼女の親戚でも姉妹でもなく双子だと思う程に似ていたのは、いや、同じ顔だったのは強調しておきたい。 そして、私もまた目の前のその人にとってそうだとすぐにわかった。 その人は、私にお兄さんにはお世話になってますという意味の言葉を返した。 その発言で私は彼女の関係でないとわかってしまった。 それからその人と話したところによると、その人は放課後に、私と同じ顔形の、髪が明るい茶色で金色の目でどこか人間味に欠けた男子生徒らしき人とよく部室で話をしていたのだという。 その人はパソコンがないので部室のパソコンを使って漫画の、トーン?とかフラッシュ?とかいうものの加工処理をしていたそうだが、部活の仲間は家のパソコンを使う事が多く、一人でいる部室に見学と称して入ってきた人であったらしい。 そして、幾らか会話をしている中で彼女との話をしたという。自分が私であるという形で。 少し、話は昨今に移る。一応違法ではある為本人達があまり証言しないが、デジモンと人間の交流の多くは三段階を経て公のものに至ったと言われている。 まず第一段階は偶発的にデジモンが来るケースが主、都市伝説や妖怪伝説などとして処理された中にいるのではないかという言説があるアレだ。 第三段階はモラルが低下してマナーの悪い観光客の様に無遠慮にデジモンが現れるケースが増える。この段階に至って各国政府はデジモンの存在を隠蔽できなくなり公認するに至った。 その間の段階、意図的に、しかしまだ人間界側に配慮するという事を考えつつ少数が来ていた時期。 その配慮の方法の一つに、監視カメラなどをハックして人の姿を写し取りそのままなり多少加工したりして自分の上に被せ人間を演じながら交流していたという話がある。 非常に高度な方法で高い知性と能力を持っていなければならず、それでいて人に配慮する必要のある外見のデジモンのみが行なったとされる方法だ。 私はこれが彼女の事ではないかと考えている。 そう考える根拠は実はこの話だけではない。 奇しくもその証拠がまた漫研であるのが少し複雑なのだが、文化祭だし単なるオリジナルよりも身近な七不思議を題材にしたという人がいて、その旨があとがきにも書いてある話がある。 これに気づいたのは後からではあるのだが、実際にその七不思議は私も耳にしていた記憶が朧げながらあり、他にも記憶している人がいた。 それは取るに足らない六つの不思議と並べられていて、パソコン室に出る人喰いの獣と言われていた。 漫画に描かれたのは想像だが、要素は目撃者の証言によってのものだそうで、四足歩行、背中の翼、蛇の尾、茶色のたてがみ、金の目、そして血に濡れた口元。などが列挙されている。 金の目、茶色のたてがみ、姿を映した本人と被らぬ様に、しかし特に色にこだわりもないので自分の持つ色と変えたとすればそれは辻褄が合うのかもしれない。 彼女は、私以外にはどうやら目撃もされていなかった事が漫研のその人と調べてわかった。そしてまた、その人の出会った誰かもそうだった。 高校での彼女に関する話はそれで全部、しかし、実は彼女ではないかと思う話は、いや、きっと彼女に違いないと考えている話はもう一つある。 大学に入ってからの話だが、高校の近くの飲食店で同窓会があった。 その人とも再会し、同窓会の熱気に、おそらく普段人の多いところを避けているからだろう、二人して体調を崩し会場を出て、駅まで行く内に落ち着いて来て、彼女の話で盛り上がり、もしかしたらいるんじゃないかなんて軽口から高校を一目見ておこうという話になった。 そうこうして高校まで行った。 校門のところから中を覗きつつ立ち話をしていると、ふと、赤い蜘蛛の体を持った、しかし半分人間の体を持った、今思えばデジモンだっただろう存在に出会った。 それは街灯の明かりに照らされて、ぱっくりと裂けた口でにぃと笑っていた。 おそらく、そのデジモンにとってそれは観光地で花を一輪摘むような、無責任であるとも思わない様なものだったのかもしれないが、そのデジモンは私達に蜘蛛糸の網を投げかけて捕らえた。 私がそのデジモンの姿を覚えているのは恐怖でそれから目を離せず、他の事に意識を向ける事ができなかったからだ。 だから、逆に他の事はあまり覚えていない。ただそこに、私達の背後から声が掛けられたのは覚えている。 なんと言ったかは覚えていない、だがそのデジモンの表情が悔しげに歪んでいったのはよく覚えている。 そうしてそのデジモンはあっという間に跳ねていったか走っていったかして去っていき、私は恐怖からキョロキョロと辺りを見回し、それを見つけた。 そこには街灯の光は当たっていなかった。さっきまで蜘蛛のデジモンを照らしていた街灯の光も届いておらず、一番近い街灯は壊れている様だった。 ただ、何かがいた。直接は当たっていなかったものの、鋭い爪と、闇の中に浮かぶ金色の目、特に金色の目は私だけでなくその人も覚えていた。 私は網を必死に引き剥がして、その人の手を引いて駅まで走って逃げた。言葉の中身も聞いていなかったし、とにかく恐怖が胸に満ちていて、逃げなければとだけ思っていたのだ。 その時はまだ怪談の事にも気づいていなかったし、デジモンという存在も知らなかった。だから、彼女と結びつける事はなかった。 だけど、今ならその姿が彼女と結び付けられる。助けてくれたのだとわかる。 今会えたならばきっと、ありがとうと言って、君の正体がわかったよと声をかけられるだろう。 ぱろっともん 2017-10-07T12:16+09:00 【短編】私が魔女を殺した日(あとがき) http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4775&mode2=tree  ありがとうございます。お久しぶりです。  前半の途中で展開をおおよそ予想されかねないタイトルだなと書いてから思いました。かと言って、もっといいタイトルも特に浮かばなかったので変えはしませんが。  人間の方が戦闘に向いているバディを書きたいと書いたものの、結末をどうするかは結構悩みました。普通にトラウマ克服させたりとか何パターンか考えたんですけど、最終的にあんな感じで落ち着きました。いずれのパターンも、というかこの話自体がアコの行動が肝になるわけですが。  デジモン側の心境の変化がメインになった余波で、ソウは謎武術が使えるボケた田舎者みたいな感じになりましたが、彼の設定もないことはないです。山奥の道場というか組織に仕込まれたというかそんな感じです(適当)。素でデジモンに戦いを挑めるけど、性根は朴訥で天然で何より一途だということが伝わればそれだけで十分です。  ソウの後半に関してはサイスルの進化ルート思い出して選びました。……ところでデュナスモンとメディーバルデュークモンって結局どういう関係なんですかね。たまたま武器の名前が合ってるだけですかね。  あとはそうですね……後半の魔術の詠唱は完全にオリジナルです。恥ずかしながら、正直ウィッチェルニーの呪文とかマジカルウィッチーズの呪文とか知らないので。そもそも存在するのかも知りませんし。だからオリジナルなので完全に自分の趣味です。――いつも心に中二病を。  とりあえずこんなところで。読んでくださり、ありがとうございました。 パラレル 2017-09-24T14:10+09:00 【短編】私が魔女を殺した日(後編) http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4775&mode2=tree  町で宿さえ確保できればゆっくり準備を整えられる。そう考えていた一週間前の私の顔面に鉄砲水をぶち当てたい。当初想定していた期間の倍も町で過ごす羽目になるとは流石の私も思わなかった。  物資の調達や傷の手当はほんの二日で終わった。ならば何に時間が掛かったかというと、遺跡の案内役の手配だ。  哀しいほどに捕まらなかった。募集を掛けてもらっても驚く程に音沙汰がなかった。観光協会の方から手配してもらおうと思ったら苦笑いを浮かべながら追い返された。  理由は別に指名手配されているとかそういうことではない。強いて言うなら現行犯という表現の方が近い。  原因はソウの奇行だ。二か月の経験のおかげで学習してくれているとはいえ、一般的な人間ともデジモンともずれた彼の言動は嫌でも目立った。敷地内の池で泳いでいたデジマスを捕まえて捌こうとしたり、町主催の格闘大会に何食わぬ顔でエントリーしようとしたりと、両手の指では足りない数の妙な行動を見せてくれた。……リコ、デンカ、うちのパートナーが迷惑を掛けて本当にごめんなさい。  トラブルメーカーに同行する物好きはそうそう居ないわけで、気づけば観光協会からも白い目で見られる羽目に。正直、私自身は彼らの行動を薄情だとは思わないし、同じ立場であったら間違いなく同じ行動を取ると宣言できる。安定。平和。万歳。 「ありがとう、ピトス」 「ギブアンドテイク、デス」  そんな私達に救いの手――手がない種族だけれど――を差し伸べてくれたのがデジタマモンのピトスだった。  その名の通りデジタマを加工したかのようなシルエットのようなデジモンだ。デジタマの下方から二本の足を伸ばし、中央の亀裂から目を光らせているビジュアルは不気味極まりない。でも、今となってはそのビジュアルが完成された慈愛の化身に思える。  案内役を受けてくれたときは、騙されているのではないかと思ったこともあった。けれど、実際のところピトスにもピトスなりの理由があるとのこと。それは依頼者――つまり私に魔術の素養があったからだという。種族的に縁が無さそうだけど、個体として魔術に興味があるのだろう。 「案内役の仕事でも道中くらいは快適に過ごしたいものですシ」  まあ、業務上の必要経費として特殊なかたちの<ruby>おひねり<rb><rp>(<rt>チップ<rp>)</ruby>が欲しかったこともあるらしいけれど。  本日の天気は憎らしい程の快晴。下級の炎魔術に相当する熱線が容赦なく私達に突き刺さる。私お手製の護符が無ければ怨嗟の声が響いていただろう。  陽光を反射する白色の砂と石。極端に言えばこの場にはそれしか無い。けれど、それらが組み立てているものはただの砂と石と形容するには浪漫がありすぎた。  頑丈に組まれた三階建ての巨大な建築物。<ruby>角石<rb><rp>(<rt>ブロック<rp>)</ruby>で組み立てた<ruby>直方体<rb><rp>(<rt>ブロック<rp>)</ruby>を組み合わせた複合体。千を超える部屋数を確保しながら一階には、私と同じ背丈のデジモンを二千ほど収納して余りある広場が設けられている。きっと全盛期にはこの中で多くのデジモンが過ごしていたことだろう。  けれど、現在の姿は先の表現とは離れている。かつての整ったシルエットは既に無い。均整の取れた四角柱は大きく抉られて内部に熱風を吸い込んでいる。施設内にある筈の広場が確認できるのも三階から一階まで掛けて斜めに大きく削り取られているためだ。  感じる浪漫は建築物の美麗さだけでなく、長い間を風雪に耐え多くの往来を見通してきた年季によるもの。この場所こそが私の目的地にして調査対象であるクレノソス宮殿だ。 「王座は三階、デスが魔術絡みとなれば真反対カト」  一階から三階とは真反対。つまりは地下。この宮殿の主役は地上の突き出ている建物に非ず。本命は地下に作られた迷宮。近辺の民間伝承の中にはこの迷宮にまつわるものもある。その中でメジャーなものの共通項は凶悪な怪物が迷宮に封じられているというもの。私達の目的はその怪物や迷宮にまつわる魔術的要素だ。 「デハ、参りましょうか。あ、一度迷ったら冗談抜きで出られないノデ」  余計な一言を吐いて進む<ruby>案内役<rb><rp>(<rt>ピトス<rp>)</ruby>の後に私達も続く。宮殿の広間の脇を抜けて少し歩けば、地下迷宮への階段が私達に手を招いていた。ここに来てピトスの余計な一言が再度心にちくりと刺さる。 「蛇や蜥蜴が居たらありがたい」 「思ったより雰囲気あるじゃない」 「横道ずれずについていけばいいんだろ。問題ない」  しかし、私以外にその程度の脅しに表情を変える正直者は居なかった。仮に正直者が居たとしても、感性がずれているためリアクションも変な方向に走ったと解釈できる有り様。これではまるで私だけが怯えているみたいだ。……いや別に怯えていはいないけれども。  奇形の案内役の背を追うこと半刻。一度迷ったら出られない大迷宮。その意味を思い知るのには十分な時間だった。地上を明るく照らしていた陽光の恩恵は既に途絶え、手元の灯りだけが私達の視界を確保している。当然気温も一気に下がり、私の護符はすぐに無用の長物と化した。  狭い視界に移るのは通路と石壁と分岐点の三択。かれこれ分岐点を何度曲がったことか。記憶領域に刻んでいたここまでの経路も既にあやふや。今から自力で地上に戻れと言われたら、どんな手を使ってでも撤回させると思う。 「暗い。狭い。目ぼしいものが無い」 「アコが望んだんだろう」 「わ、分かってるわよ。何よ、ちょっとくらい愚痴漏らしてもいいでしょ」  身に迫る三重苦を口にしたらソウからは厳しい正論が返ってきた。辛辣な言葉が硝子のハートに刺さる。けれど、それ以上にきついのはその言葉がソウによって吐かれたこと。ソウ相手に言い負かされたことが何より癪に触る。 「リコ、大丈夫か」 「ん、全然。こういう方向もわりと好きよ」  リコとデンカも弱音は口にしていない。見習いたいほどのタフさ。これで私が弱音を吐くのも妙な話で、誰に言われるでもなく意地を張る羽目に。あれ、なんで私が一番疲れているんだろう。 「あほらしい。そうよ、私だって来たくて来たんだから」  目的があるのは私。指針を決めたのも私。ならば尚更弱音を吐くのは馬鹿馬鹿しい。ここは初心に戻るというか、目的を再度確認してモチベーションを復活させる。  私の目的は遺跡に刻まれた古代の神秘の調査。その結果によって私自身の魔術知識に新風を吹かせること。しかしそれはあくまで過程。本当の目的は蓄えた知識でソウに彼自身を護る力を与えること。調査結果そのものにも価値はあるけれど、その恩恵を私達が享受することの方が価値がある。魔術を研鑽する身としては異端な考えかもしれなくてもその一点だけは譲れない。それが魔術を抜きにした私の<ruby>信条<rb><rp>(<rt>スタンス<rp>)</ruby>なのだから。 「そろそろ中心部に出マス」  ピトスがその言葉を口にする頃には、私のモチベーションは平常時より少し高いレベルに高まっていた。最高潮に高まっていないことが寧ろいい。変に力むことのない程度に前向きな今の精神状態こそ最高のモチベーションだと思う。  少しの思考の整理でここまで良い状態に持っていけるとは流石に思っていなかったので、今後も不満が溜まったら実践するようにしよう。そういう経験が得られたことこそが今回の思考の一番の成果だった。 「あ――凄い」  中心部に足を踏み入れた瞬間、私の身体は歓喜に打ち震えた。意識も先ほどの自己暗示が必要でないと思うほどに完全に覚醒させられた。  理由は一つ。その空間に魔力が溢れんばかりに充満していたからだ。それもただの魔力ではない。まるで長い間外部からの干渉も受けることが無かったかのような、一切混じりけの無い純粋な魔力。何にも染まることがなかったからこそ、何にでも染められる無色。これだけのものが文明崩壊から現在まで、ずっとこの空間の中に保存されていること自体が奇跡だった。 「眉唾の噂だと思っていたけど……よくここまでの道のりを知っていたわね、ピトス」 「ちょっとしたコネですヨ。この広間こそが神殿の、いや迷宮の深奥というわけデス」  広間そのものも非常に興味をそそる。  まず注目すべきは石畳だろう。石畳全体に刻まれているのは奇妙な紋様。何かしらの術式のようだけれど、私の知識には術式の解読に使えそうなものはなかった。そもそもこの術式は体系からして現在のメジャーどころのどれにも該当しないと思う。既に失われた古代の言語で記されたものだろうか。  広間の奥、紋様から伸びる線の先にはあからさまな祭壇が建てられている。石畳と同種の紋様が刻まれている祭壇には様々な形の祭具が配置されていた。いずれも私には解読不能な術式が仕込まれたもので、魔術抜きにしても歴史家からすれば垂涎ものばかりだ。  現在の魔術と断絶された<ruby>過去の遺物<rb><rp>(<rt>ロストテクノロジー<rp>)</ruby>。未だ明かされていない神秘がここにあった。 「やっぱりついてきて良かった」 「リコにも分かるの、ここの凄さが?」 「馬鹿にしてるの? 魔術を知らなくても、凄いところだってことは分かる」 「素人目に見ても貴重な品が多いからな。祭壇に置いてある物なんかは残ってることがまず奇跡だろ」  古代の神秘はリコ達のお眼鏡にも叶った様子。ここにあるのは滅多に御目にかかれない貴重な物ばかりだということは流石に一般の素人でも分かるらしい。 「なあ、アコ。ここに並べられてる物は何に使うんだ? コップにしては変な形してるぞ」  逆説的に言えば、非常識で物の価値が分からないソウはある意味一般の素人ではないということ。納得できるあたりソウらしいというかなんというか。 「ピトス、これ写真に撮っていい?」 「すみまセン。見る分にはいくらでも構いませんガ」 「撮るのは心のシャッターでってことか」 「そんないいものあったかねえ」  リコとデンカは貴重な体験を満喫中。わりと楽しんでるようなので、リコ達にはそのまま好きにしてもらえばいい。 「そもそもなんでこんなところに置いているんだ?」  問題はうちのソウ。今も幼年期デジモンのように頼りない視線に乗せて些細な疑問符をぶつけてきているけど、私にはいちいち疑問に答えるために使える時間は無い。ここは心を鋼鉄にして本来の目的に準ずる。それが私やソウのためになると信じているから。 「なあ、ここは何かを封印していたんだろう。こんな貴重そうな物をなんで……」 「っさい! 分かったわよ。説明するからそこで待ってなさい」  我ながら本当に甘いと思う。こんなんだからソウとコンビを組む羽目になったし、こんなんだから大事なところでポカをやらかす。 「アコ!」 「――え」  不意に轟くソウの声に思わず顔を上げる。視界に割り込む彼の表情は驚きと怯え、そして怒り。何を言いたいのかと考えようとしたその瞬間、私の右脇腹に激痛が走った。  反射的に痛みを訴える場所に右手を伸ばす。手袋越しでも伝わる違和感。どろりとした液体が手首にまで伝ったところで、私はそれが自分自身の血なのだとようやく理解した。  全身から力が抜ける。自分の身体のはずなのに立つことすらままならなくなる。自重に従って倒れる先には石組みの祭壇。……このまま頭からぶつかったらすごく痛いだろうな。  身体に掛かる衝撃は予想よりも柔らかかった。前面から伝わる温かさと臭いはソウのもの。私の身体を受け止めた彼がどんな表情をしているかは分からない。けれど、彼にすごく悪いことをしてしまったことは分かった。 「大丈夫か、アコ」 「そう言いたいところだけど無理」 「ごめん。今は応急処置と君の薬しかない」 「情けない私には十分過ぎる」  迂闊だった。警戒を怠った結果がこの始末。この本番の弱さや甘さが本当に嫌になる。その尻拭いをしてくれたのはいつもソウだった。  こんな風に後悔ばかりが募るのは、安静のために祭壇に背中を預けていることでソウの姿が嫌でも見えてしまうからだろう。本当に情けない。今さら後悔したところで仕方ない。余分な思考なんて意味が無い。私にできることなんて元から限られている。自分がなぜこんなことになった理由と犯人の目的くらいは知らなくてはいけない。 「嘘……アコ!」 「落ち着け、リコ。アコはソウに任せろ」  アコもデンカも犯人では無いのなら答えは自ずと絞られる。単純な話、あからさまに都合のいいことには必ず裏があるということ。 「どういうことだ、ピトス」 「ギブアンドテイクと言ったでショウ、デンカさん。私の目的のために魔女の血が必要でシタ」  デンカとの会話だけでピトスの目的が推測できるのは、私なりに真面目に魔術の研鑽を積んでいたおかげか。その魔術絡みで今まさに悲惨な目に合っているわけだけれど。  魔女の血には魔力が籠っている。重要なのはその魔力を何にどう使うか。――そして、どこで使うか。  ただ私の血が欲しいだけなら広間に出る前に闇討ちして採集すれば良かった。そうしなかったのは広間のこの場所で血を流させることに意味があったから。私の血が染みていくのは件の祭壇。それが何らかのスイッチであることは明らかで、私の血はそれを起動させるために必要だったということ。 「アコさんにはだいたいお見通しのようデスネ。聡明なノカ、勘が良いノカ。――今さら逆流は止められませンガ」  祭壇に紅い光が灯る。それは内部にまで刻まれた術式が起動した証。紅い光は石畳の紋様にまで走り、広間全体に刻まれた術式も連鎖的に起動する。そこまでは私の推測の範囲内。つまりそれ以降の出来事はすべて私の予想を超えた事象。  光が入り口に到達すると、通路の壁面にも同じ色の光線が多方向に分かれて走る。術式は迷宮の通路にも刻まれていたらしい。信じがたいことにこの地下迷宮のすべてが三次元的に描かれた巨大な術式だったようだ。  迷宮中に張り巡らされた術式が広間を赤く照らす。妖しい光から逃げようと目を瞑ると目に見えない変化に気づく。空間内にあれほど満ちていた魔力が急激に薄くなっていた。これが術式と関係があることなら、迷宮の役割も検討がつく。  術式に刻まれていたのは魔力の吸収と拡散。この迷宮は対象から魔力を吸い上げて無力化する檻の役割を担っていたようだ。伝承における怪物も術式によって無力化されたからこそ迷宮の中で一生を終えることになったのだろう。  ピトスは私の血を使ってその術式を逆流させたと言った。標的から魔力を吸い上げて空間に拡散させる術式の逆。それはつまり、空間から魔力を吸収して標的に注ぎ込むという術式へと変わるということ。ここまで分かればピトスの目的は明らかだ。  奴はこの空間に残った魔力をすべて自分の物にしようとしている。 「さあ、災厄が開くときデス」  目的は分かった。けれど私達にもうそれを止める手だてはない。広間に満ちていた魔力は完全に消え、術式を通して一点へと収束する。その一点とは術式の中心で、集まった魔力はその真上で仁王立ちしているピトスの身体に一つ残らず注ぎ込まれていく。 「アア……イイィ。く、ヴぁアアアッ!」  私はまだ楽観視していたのかもしれない。広間中の古代の魔力を全て取り込んだところで、きっとどこかで許容量を超えて自滅する。そう考えていた。変化は著しく、灰白色の殻は鈍い黒色に変わってひびが四か所入っている。それは異質な魔力に耐え切れずに侵されている証だと思いたかった。  けれど、そんな甘い考えなんてあっさり打ち砕かれるのが道理な訳で、ピトスは魔力のすべてを受け止めるだけの器たりえた。 「あァ、待ってイタ。幾度の身体を乗り捨ててでもこの姿を取り戻すのヲ。奪われた力をもう一度この手にするコトヲ!!」  雷のような激しさは失っているけれど、術式は今もほのかな光を放っている。おかげで変わり果てたピトスの姿は嫌でもはっきりと見えてしまう。  殻から覗く茶褐色の肉体は紛れもなく化け物だ。細く鋭い四肢は攻撃的な印象を与え、一対の翼としなやかな尻尾は邪竜のそれとしか思えない。何より大きな口を開けている頭には無数の目が輝き、私達を捕食対象として捉えていた。 「あんたが怪物そのものだったのね」  デビタマモン。この世の邪悪のすべてを詰め込んだ箱に例えられる、突然変異型の究極体。古代の魔術を破壊のみに使う災厄そのもの。  古代の魔術を調べていた頃に聞いた名ではあったけれど、まさかここで対面することになるとは思わなかった。けどよくよく考えてみれば魔力を吸い上げて封じこめる対象としてはこれ以上ない該当者だ。ピトスのデジタマモンという特徴的な種族で多少なりとも連想しなかったことが本当に悔やまれる。 「感謝してイマス。アナタの魔族の血があってこそ、私はこの姿に戻ることができマシタ」 「それはどうも。で、私にこんな真似して何がしたいの」 「さて、どうしまショウカ。ひとまずここから出たいですネ。……いや、この内に湧き上がる衝動に従うのが一番でしょうカ」 「見敵必殺ってところか」  デビタマモンの内にあるものは認識するすべてに対する憎悪と破壊衝動。文献通りの存在だというピトスの自白は宣戦布告以外の何物でもない。衝動の矛先が一番最初に向けられるのは当然私達。一切の容赦なく私達を殺した後に迷宮を飛び出し、残った衝動が尽きるまで古代の神秘を無作法にまき散らす。  敵は大仰な封印をされる程の究極体。こちらのまともな戦力は完全体のデンカだけ。後は自分の命さえ護れれば御の字の戦力外。  圧倒的な戦力差を前に打てる手なんて限られていて、そのすべてにはそれぞれ別種の覚悟が必要になる。逃げることを選んだとしても、この広間の出口はすべて迷路に繋がっているため迷路の中で衰弱死する可能性を受け入れなければならない。  この場所は強者が弱者を嬲り殺すには持って来いの場所。逃げることも難しく、遺体が明らかになるための条件も厳しい。ここに誘い込まれた段階で私達は既に死ぬことが確定しているようなものだ。 「リコ、ソウとアコを連れて出ろ」 「待ってよ。デンカは……」 「ぼさっとするな! 適当に時間稼ぎしたら尻尾巻いて逃げる」  できることが限られているおかげでこの場の最善策がすぐに分かるのも皮肉なものだ。一番避けたいのは全滅して地上に現状を伝えられないこと。なら現状の最大戦力を時間稼ぎに捨ててでも、あいまいな記憶を頼りに迷路を抜けて地上に出る方が確実に出る犠牲が最も少ない。 「分かった。無茶だけはしないで」  それを割り切れるかどうかはまた別の話。叶う可能性が低い希望を口にしたとしても、囮役の指示に従って私達を立たせたリコは本当に強いと思う。私がリコの立場なら絶対に同じ真似はできない。だからリコの希望が叶うことを心から望むし、デンカの意志も絶対に無駄にしてはならない。まずは痛みをこらえて広間の出口――迷路への入り口へと全力疾走することから始める。 「ヴぉおおおおおお!」  デンカの咆哮が私達の背中を急かす。彼の奮戦を知る術は先の咆哮を初めとする物騒な音の連鎖だけ。それ以上の情報を求めること――振り返って彼の身体を視界に入れることなどは許されない。今求められるのはただ最速で広間から抜け出すこと。 「っ! 次、あそこ」  たとえ不意に飛び出した光線が目の前のゴールを倒壊させたとしても、それが足を止める理由にはならない。偶然の流れ弾とは思えない以上、このゴールは諦めて次のゴールを即座に選んで進路を変更する。  次のゴールも同じように破壊されるのではないか。デンカと戦いながらあそこまで絶妙なタイミングでこちらにちょっかいを出せるのは、それ相応の余裕がピトスにはあるからではないか。そういう思考は無理やりにでも隅に追いやって、僅かな可能性を手繰るためにランアンドラン。全力疾走、ゴール手前で急旋回、そしてまたまた全力疾走。  終わりの見えない鬼ごっこ。六つ目のゴールを諦めた段階で、弄ばれているのではないかという疑念を押し殺すことに限界が見えてきた。一番最悪なのはこのタイミングで限界を迎えたのが私達だけではなかったということ。 「がはああああっ!!」  背後から響くデンカの悲鳴。それを踏み越えてでも私達は逃げることを選んだはず。けれど、頭上を越えて私達の前に落ちてきた彼の身体はその決意を挫くには充分過ぎた。身体中のプロテクターは既に役割を終えて砂へと変わり、露わになった肉体は傷と血が埋め尽くされている。辛うじて息をしてはいるものの、今は立ち上がることすら叶わないだろう。  あまりに一方的で呆気ない結末。どれだけ足掻こう逃げることすら叶わない。正真正銘の怪物が目覚めたという現実が私達の前に鎮座していた。 「そんな……嘘でしょ。頼むから起きてよ」  リコが駆け寄ってデンカの手を取るのを私は止められなかった。彼女は契約を通して生命力を与えて命を繋ごうとしている。それがデンカの言葉を無視する行動だとしてもリコは止めないだろう。 「逃げるのを諦めましタカ。ちょうどイイ。迷路を探す手間が省けマス」  だから、一歩ずつ近づく脅威から逃れることもできなくなる。どうしようもない行き詰り。一度足を止めた私達には逃げ道など最早無く、次の行動を選択した瞬間に命が絶たれるのは確実だ。 「ピトス。本当にアコ達を殺すのか?」  私達の誰もが一歩も動けない中、ソウは答えの分かり切った問いを投げかける。私にはその意図が分からなかったけれど、その言葉で変わる未来は予想できてしまった。変わらない結末が少し早まるだけ。どうしようもない絶望的な状況でも彼の判断や動きはいつもと変わらない。いつものように行動して、その結果をただ粛々と受け止める。 「他人事のように言いまスネ。この場に居る全員を始末しますヨ。皆さん遺跡の地下で私の真実とともに眠ってもらいます」  ピトスの答えは分かっていた。それを受けたソウの行動も理解していた。導かれる結果も予測できた。――私にはその後のことに関与する権利しかなかった。 「そうか。それは認められないな」  <ruby>足輪<rb><rp>(<rt>アンクレット<rp>)</ruby>から噴き出す突風でソウが一気に距離を詰める。私の目ではスタートとゴールしか捉えられない閃光のような高速移動。腕には足と同等の出力を束ねた風のグローブ。最短距離を一直線に走る最速の拳。瞬きの間に距離を詰めた結果、ピトスが動くより早くにソウは自身の武器を叩き込んだ。成熟期ならノックアウト、完全体なら怯んで無様に隙を晒すこと間違いなしの剛拳だ。 「そうですか。別に残念でもありませンガ」  それでも究極体には届かなかった。古代の魔力を纏うピトスには私程度の<ruby>強化付与<rb><rp>(<rt>エンチャント<rp>)</ruby>では圧倒的に足りなかった。風は止み、ソウの拳からは皮が剥がれて血が飛び出す。指の骨が何本折れたかなんて考えたくもない。ソウの腕は初めて遭ったあのときのように壊れて使い物にならなくなった。あのときと違うのは敵対者を仕留めることができず、ソウの無防備な腹には既に反撃の一手が届いていたこと。 「ブラックデスクラウド」  最初は染みかと思った。それが分解されていくソウの体細胞だと理解した頃には、彼の腹には風穴が開いていた。装備品で纏わせた魔術障壁も、薬で鍛えた魔力耐性も紙切れ同然だった。過去の私が心血注いで組み上げた守りは役に立たず、現在の私は見たくもない穴を通してピトスを睨みつけることしかできなかった。  デンカですらあっさり負けたのだ。私程度の力ではソウを護りきることなんてできるはずがなかった。ソウの身体がピトスの一撃に耐えられるはずがなかった。 「あぁ……はは」  くだらない。不意にそんな言葉が思考を走り、渇いた笑いが思わず零れる。積み上げてきた物が崩れるのがあまりに一瞬過ぎた。大事に思っていたものがこんなにもあっさり無くなるものだと理解してしまった。  だから、もう何を捨てるのも怖くない。大事なものを不条理に捨てられるくらいなら、私が自分の意思で捨ててやる。あいつが選ぶ権利も捨ててしまうことになるけれど、先に約束を破ったことと帳消しということにする。  本音を言うとあいつの行動には腹が立っている。それ以上に護ってやれなかった自分の未熟さに腹が立つ。けれど何より腹が立っているのは、こんな状況になってようやく<ruby>魔女<rb><rp>(<rt>ウィッチモン<rp>)</ruby>らしい選択ができる自分の臆病さだ。 「何がおかしいのデス」 「なんだろ。物事の無常さってやつかな。この世は本当に思い通りにならないものね」  今の私にはもう打つ手は無い。私がソウに与えた装備品は役には立たなかった。私がソウに飲ませた薬はすべてその効力を失った。結局のところ私は最後までソウに護られてばかりの傍観者だった。 「そうでスカ。遺言として受け取っておきマス」  デンカは瀕死でリコの回復は間に合わない。私は魔術で攻撃ができず、仮にできたところで奴には砂を掛けられたのと大差ないだろう。無力な弱者の前に凶暴な強者は悠然と歩み寄る。物騒な口の中には先ほどソウの身体に穴を開けた黒い霧が漏れ出している。それを目の前で吐き出されれば私達は跡形も無く消え失せるだろう。  距離はもう三十センチも無い。必要な条件が整ったと判断したピトスは機械的に口を開いてその射程圏内に私達を捉える。そして、すべてを蝕む霧が放たれた。 「……ハ」  ちぎれて海を流れる藻のようだ。黒い霧が右上に流れていく様を私は他人事のようにそう思った。私の目の前で凶器を攫ったのは一陣の風。地下で都合のいい自然風が吹く訳が無い以上、その風は人為的なもの。リコやデンカにそれを成す力はなく、唯一それらしいことができる私には自衛のために魔術を使用した記憶がない。 「そうですカ、あなたガ」  不審げな言葉を一言漏らして、ピトスはゆっくりと振り返る。その視線の先には白い人影が立っていた。  赤い鳥の下半身と白い獣の上半身を持つ人型。胸と肩には銀のプロテクター、腰にはベルト、頭にはバイザーと古代の遺跡には相応しくない出で立ちだ。――これが人間の世界でいう<ruby>風の精霊<rb><rp>(<rt>シルフィー<rp>)</ruby>の名前を冠しているのだから妙な話だ。 「変わりなくて何よりだ、アコ」 「あんたは変わり過ぎよ、ソウ」 「やはりそうなのか。正直何が何だかさっぱりだ」  真実を知っているのは私だけ。困ったように頬を掻く仕草は相変わらずで、その精神のまま彼の在り方を捻じ曲げてしまったことに苦い思いを抱く。  纏わせた装備品も飲ませた薬も効果は無かった。けれど、その身に唯一刻んだ術式だけは最後に効果を発揮した。  それは二つの対象のデータ構成を互いに交換し、再構築する魔術。どうしようもない瀕死の危機に陥ったときにのみ発動する最終手段。そして、今の彼の姿こそソウの身体をデジモンに対抗できるものに仕上げるための最終段階。再構成される姿は私には予測不可能だけど、風の魔道具を多用していたソウがシルフィーモンになるのは納得だ。容姿には魔術とは真逆の文明感丸出しな点を除けば。 「交換よ、交換。私達が例外ではなくなるだけ」  交換は双方向。片方にデジモンとしてのデータを与えるならば、提供するためのリソースと<ruby>経路<rb><rp>(<rt>パス<rp>)</ruby>が繋がってなくてはならない。その<ruby>経路<rb><rp>(<rt>パス<rp>)</ruby>が強固でなくてはならない以上結ばれる相手は必然私になる訳で、交換の帳尻を合わせるためには私にも<ruby>人間<rb><rp>(<rt>ソウ<rp>)</ruby>のデータが流れ込むことになる。 「簡単に言えば、あんたがデジモンになったってこと」  そして私は無力な人間になる。未だ服装は変わらず魔力も辛うじて残っている。けれど既に肉体の大半が置き換わっていることは分かっている。いずれは魔術を扱うこともできなくなるだろう。  絶対に後悔しないと言ったら嘘になる。きっとこれから先何度も失った力を惜しむだろう。そもそも今だって他に手段は無かったのかと未練がましい思考が<ruby>脳裏<rb><rp>(<rt>バックグラウンド<rp>)</ruby>で走っている。それでも代わりに得たものを思えば我ながら馬鹿な取引をしたと笑って流せる。  無力な存在がさらに無力な存在になる。対価としてこれほど<ruby>価値のない<rb><rp>(<rt>リーズナブルな<rp>)</ruby>ものもないのだから。 「そうか」  ソウのその一言で現状確認は終わり。自分がデジモンとして再構築されたことやその裏事情に関して一切質問することが無かったのは、状況が未だ優勢になっていないこと以上に、自分の身に起きた現象に悩むことが無かったからだろう。きっと肉体の在り方は変わっても、ソウはソウのままで立ち振る舞う。彼のそういうところが優しくも厳しかった。 「なるホド。アコさんは優秀な魔術師なのデスネ」 「もうすぐ寿命だけどね」 「それは残念デス」  ピトスが私とソウの会話を邪魔しなかったのは余裕の証。謎の復活を遂げたソウの秘密を知るために数分私達の命を伸ばしても問題ない。奴がそう考えたのはそれだけの猶予を与えても十分に勝算があったから。悲しいことに私にはそれを否定することができない。ソウが成ったのはデンカと同じ完全体。さっきみたいに瞬殺されることはないだろうけれど正面から戦って勝てる可能性も高くない。 「ピトス、お前をアコには触れさせない」 「そうなればよいデスネ」  それでもソウは再びピトスに戦いを挑む。それを分かっていても私には止めることはできない。  強靭な脚力で一気に詰まる距離。デビタマモンが反応するより早くソウは奴の両肩を掴み、その脚力で後方へ向けて跳躍。ピトスの抵抗で天井に埋め込む前に落ちてしまったものの私達との距離は開いた。ソウの背中が私とピトスを遮る程度には。 「こうやるのか……トップガン」  初撃から必殺技。自身の気を固めて放つその弾は一寸の狂いもなくピトスの口内に収まり爆発した。けれど、それでピトスが膝を着いてはいないことは分かりきっていた。実際ピトスは殻を突き破りそうな勢いで飛び出していて、それに対応するようにソウも真っ直ぐに飛び出した。  滑るような低空飛行からの飛び蹴り。返り討ちにせんと吐き出された霧は片腕で扇いだ風で払い、無数の目がある頭部に向けて鳥の足爪を伸ばす。けれど、それが届く直前にピトスの左腕がその足首を掴んだ。このままではその膂力で石畳に叩きつけられる。その予想が私の頭を過るより早く、ソウはもう片方の足でピトスの手首に爪を立てて両手で黒い翼を掴んだ。これには流石のピトスもたまらず手を離す。そのタイミングに合わせてソウは両足で奴の顔面に蹴りを入れて再び距離を取る。そうして着地したのも束の間、どちらともなく再度間合いを詰めて互いに敵意を振りかざす。  ぶつかり合う黒と銀。気弾は炎弾に打ち消され、濃霧は風波にかき消される。広間を絶えず動きながら、互いに凶器を振るう姿は戦闘種族としての理想形。私が歩むことのなかった道の末路は凄絶で鮮烈だった。  人の身体を捨てたソウの動きはピトスのそれを上回っている。先ほどデジモンの身体になったにも関わらず自然に動いているのは今までの薬漬けの賜物。私がしてやれたことなんて結局どれも褒められたものではないけれど、ソウは文句一つ言わずにそれを彼なりに最大活用してくれていた。  それでもピトスには届かない。健脚も鉄拳も旋風も気弾も、どれだけ叩き込んでも奴を仕留めるには至らない。一方でソウもピトスの攻撃を避けてはいるけれど、それは最低条件を果たしているだけ。奴のブラックデスクラウドは着弾がそのまま決着に繋がるのだから。  このままではじり貧。デンカと同じようにどこかで力尽きて先程の二の舞になるのがオチ。 「リコ、デンカ。逃げれるのなら逃げて」 「アコは?」 「私まで逃げたら誰があいつに付き合ってやるのよ」  私に何かできることはないのか。無力で無能な絞りかすになるのを受け入れたはずなのに早速未練が心を縛る。けれど、私もリコ達と逃げたところでソウが生き残る可能性が上がるとも思えない。それでまた死なれたら私は自分の才能をただ土の下に埋めただけになってしまう。  いや、もう御託や言い訳はいい。結局のところ、私はただあいつを助けたかった。あのとき迷わず命を救ってくれたあいつの行く道を見届けたかった。だから私はあいつに刻んだ術式の発動を受け入れた。だからこそ、私は消えつつある魔術の力をあいつのために使いきりたいと思っている。 「そうよ。このまま終われるか」  何かないか。何か使えるものはないか。その思いを乗せて彷徨っていた私の視線はある一点に留まる。そこにあるのは、ピトスをデビタマモンへと変貌させたあの術式。それが今も光を放っているということはまだ完全には停止していないということ。ならば私にだって使いようはある。この苦境を作った元凶こそが逆転の一手として相応しい。  周囲の魔力を一点に吸収する術式は活きている。それにピトスがボカスカ魔術を撃ってくれたおかげで濃度の高い魔力が広間中に滲んでいる。流石に最初にこの広間に来たときと比べると著しく落ちるけれど、それでも今の私には十分過ぎる量。いや、悲しいことに魔力を失う前の私が持っていた魔力量よりも圧倒的に多い。  もしこれを一つに束ねることができれば届くかもしれない。古代の術式を使って膨大な魔力を吸収し加工する。私が生涯最後に振るう魔術としてこれ以上のものはない。  一直線に術式の中心へと滑り込む。幸い戦闘の中心はここから大きくずれていた。仕掛けるなら今。両手を術式に落とし、絶賛崩壊中のポンコツ回路にスイッチを入れる。それに連動して術式が再び火花を上げる。 「<ruby>術式追加<rb><rp>(<rt>プラグイン<rp>)</ruby>――<ruby>錬鉄工房<rb><rp>(<rt>クラフトワークショップ<rp>)</ruby>」  私にできるのは元からある術式の出力先に後付けすることだけ。何が入力になるのかが分かっていれば、術式の構造や仕組みを理解していなくてもなんとか組み立てることはできる。束ねる形は想像できた。造るべき武器は決まった。 「くべる色は黄 目の数は八 芯は熱く 皮は湿る」  注ぐエレメントは一つしか考えられない。私の得意とする二択のうち一つにしてソウの力の根源。一番分かりやすいものが該当したおかげで、以降の工程もスムーズに組むことができた。 「その刃は竜が仰ぐ風 その風は戦人の起こす渦 その渦は滅びを払う栄光」  広間中に遍在する魔力が術式を通して再び集う。光と音が私の周囲で踊り出す。これだけ騒がしくすればピトスに気づかれるのも時間の問題。  それがどうした。構うものか。周りがどうあろうと私のやることは変わらない。なるべく早く組み上げ、できるだけ早くここでカタチにする。 「<ruby>構築<rb><rp>(<rt>ビルド<rp>)</ruby>――<ruby>展開<rb><rp>(<rt>デプロイ<rp>)</ruby>――<ruby>実行<rb><rp>(<rt>ラン<rp>)</ruby>――ぐぁ……このっ」  唸りを上げる追加術式。凹凸が完全に一致したように稼働状況は文句なし。我ながらいい仕事だと自画自賛したい。ただそれを維持するには<ruby>私<rb><rp>(<rt>ハード<rp>)</ruby>が脆弱過ぎる。最後でなければこんなオーバーワークはやってられない。  炉が回る。収集した魔力と私の残滓が混ざりあう。できた原料を型に押し込む。そうして出力されるのは、<ruby>両刃斧<rb><rp>(<rt>ラブリュス<rp>)</ruby>に近い先端を持つ魔力の槍。 「……よくやった、私」  工程を終えたことに自画自賛を送っても、すべての役割が終わった訳ではない。造った武器は使ってこそ価値がある。今はバリスタに装填して弦を引き絞った状態。その矛先を向けるべきところに向けて放つことにこそ意味がある。  標的はすぐに見つかった。それもそのはず。術式の稼働を察知して私に向かってきているのだから。けれど怯える必要はない。ピンチはチャンス。おかげで私でも狙いを容易く定められる。  距離は目算で十五メートル。これなら私にガスが届くより先にピトスに槍が届く。勝機はここにあり。後は思いきって放てばいいだけ。 「っ……」  勝機を突けると確信したこのタイミングで、自分自身の手元が震えていることに気づく。今やらなければやられる。それが明らかなのになんて様。  震えの理由は自分の攻撃が仲間を傷つけたトラウマ。おかげで魔力の槍がソウを貫くイメージが思考の中で何度もリフレインする。助けたい誰かをこの手で傷つけることの痛みはきっと計り知れない。  それでも私はそいつを助けるために今この場に存在している。トラウマの克服なんて別にできなくていい。だから、せめて今この時だけは迷わせないで。 「ああもう後のことなんて知ったことか! 飛んでけっ、<ruby>旋風将の槍<rb><rp>(<rt>デュナス<rp>)</ruby>!!」  手元はぶれて最終的にどこに狙いを定めたのかも覚えていない。それでも放つことはできた。私ができる仕事は最後まで終えられた。後はその経過を見送るだけ。私にはもうそれしかできない。 「あっ……」  たとえ槍が見当違いの進路を取っていたとしても私にはどうしようもない。こんな状況でもヘマをするのはなんとも私らしいというか空気を読めていないというか。空気の抜けたゴム風船のように気の抜ける音を立てて飛んでいく姿はいっそ笑えてくる。 「不発デスカ。結局アナタはここで終わりのようデスネ」  一方でピトスはまっすぐにこちらに向かってきて私を殺しに掛かっている。対抗しているはずのソウの姿も私と奴の間には存在していない。 「――終わるのはお前だ」  それもそのはず、彼はピトスの真上に陣取っていた。その手には私謹製の魔槍が握られている。声で気づいたところでもう遅い。慌てて振り向いたピトスの口はその槍で塞がれていた。 「アな……がアアアッ!!」  捻りを加えて奥へと突き出される度に、槍から解放された魔力が内側から焼き尽くす。当然ピトスはもがいてソウを引き剥がそうとするけれど、ソウはそれを押し退けながら槍をさらに押し込む。魔力を固めた槍を強引に握ったおかげでその手は血塗れ。痛みもそうとうあるはずなのに、歯を食い縛ってさらなる痛みを受け入れる。  意地とか執念とかその辺りが勝敗を決める根競べ。その結末は槍が消滅すると同時に明らかになる。 「怪物は眠っていろ」 「それはアナタでショ……」  それがピトスの最期の言葉。ぷつりと糸が切れたように四肢を投げ出して、奴は完全に動きを止めた。 「よかった、無事で」  それは自分の身体を確認してから言えと何度思ったことか。魔力の塊を力任せに握ったおかげで手のひらはぼろぼろ。私の前まで来た道程には滴り落ちた血が轍のように残っていた。手を伸ばす彼の表情は先程までの気迫が嘘のような自然体。傷だらけの癖にいつもと変わらない<ruby>盆暗<rb><rp>(<rt>ボンクラ<rp>)</ruby>っぷりで、相変わらず何を考えているのかよく分からない。 「うん、アコを助けられてよかった」  それでもこいつが私と根本的に同じ思いを抱いていたことは分かった。互いに理解していなかったから、双方向に見えて一方通行が二つあっただけ。もう少し早くそれが分かっていたら何かが変わっていたかもしれないけれど、そんな仮定は考えたところで仕方ない。私にあるのは今の現実だけなのだから。 「まず自分の手を心配しなさいよ」 「ああ悪い。これだと握れないな」  多少は私より自分を優先して欲しいけれど、やっぱりソウは口で言ってもなかなか分かってくれない。 「別に気にしないって」  だから行動で示す。衛生面のことは気になるけれど、傷口の場所さえ避ければ問題ないだろう。一瞬の迷いと判断の末、血塗れの手を掴むために私は手を伸ばす。 「え」  それが叶うことはなかった。私の手がソウに届くことはなく、私の意識は現実から乖離していく。……ああ、無茶し過ぎたみたい。  私が次に目覚めたのは病院のベッドの上。地下迷宮でピトスとともに永遠の眠りにつくなんてふざけたバッドエンドを避けられたのは、先に脱出していたリコとデンカが頭数を集めて再突入して私達を回収してくれたから。戦闘の影響は地上でも微弱ながら不自然な振動として観測されたようで、数少ない手掛かりであるリコの話は真っ向から否定されることはなかった。半信半疑だった面々もあの惨状を見てはすぐに指示に従うしかなかったはずだ。  一週間でソウの両手は無事に完治した。血は大量に流れていたけど幸い手の皮が剥がれただけで済んだとのこと。最初にあった時の大惨事と比べれば飛躍的な進歩だ。  私の方も身体の調子は悪くない。以前よりも脆くはなったし、魔力を感知する力も完全に失われた。体組成からして人間の方が近い存在になったと担当医からお墨付きも頂いた。 「なるべくしてなったというか、収まるべくして収まったというか」  かつてのソウならまだしも、今の私にデジモン相手の荒事なんてもっての外。殴った反作用で死ぬなんてのは死んでも御免だ。 「まあ踏ん切りがついただけいいか」  無力は無力なりにできることをやるだけ。結局私の指針はあまり変わらない。私達の関係やスタイルだって何も変わることはない。大きく違うのは私の中に燻っていた可能性が完全に消滅したこと。おかげで嫌でも現実を認めなくてはいけなくなった。正直かなり落ち込んだけれど、一通り後悔したら馬鹿話として笑えるようになっていた。 「元気そうだな、アコ」 「まあね」  あの時失ったものは確かに私にとって重要なもの。けれど、それよりももっと大事なものを残すことができた。  その事実が今はただ愛おしかった。     パラレル 2017-09-24T14:08+09:00 【短編】私が魔女を殺した日(前編) http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4775&mode2=tree  今になって思えば、あいつと初めて遭ったあのときから私は自分の底が見えていた。  進んだ先は行き止まり。どれだけ探求をしても世界の深淵なんて知ることはできず、どれだけ研鑽をしたところで新たな神秘なんて得られない。世界を守るなんて大それたことはそれこそ論外。  結局できることは目の前の一つを繋ぎとめることだけ。それも自分の持ちうるすべてを犠牲にしても確実性のない大博打。抜きんでた傑物でもなく、臆病さを隠して意地を張っている私にはそれが精一杯。  これはその癪な事実を受け止めるための話であって、他に壮大な意味なんてない。  ソウの拳がサラマンダモンの顔面に深く食い込む。炎を纏うその身体は普通なら触ることすらできないもの。けれど、両手を覆うように渦巻く風がグローブの代わりをしているお陰でソウの拳が炎の影響を受けることはない。寧ろ風圧によるインパクトの増大によって赤蜥蜴の身体の方が殴り飛ばされている始末。  攻防一体の拳を産みだす風の加護。それはソウの両手だけでなく両足にも施されている。地面と近い場所で風が産む恩恵は脚力の増強。そして、移動速度の向上だ。  最初の一歩。左足で地面を強く踏みしめた直後、ソウの身体がジェット噴射もかくやという速度で飛び出す。一気に縮まる距離。サラマンダモンは未だ着地すらできずに空を見上げている。必然、ソウの目の前にはその無防備な腹がある。  特大の的に突き刺さる右の健脚。これだけで重い一撃だけれど、ソウは油断することなく即座に二撃目の準備に移る。右足が刺さった赤い腹を足場に、他の三点で渦巻く風が上体を強引に持ち上げる。跳躍。回転。ソウの身体はサラマンダモンの真上を滞空。そして降下へと移った瞬間、サラマンダモンの腹に今度は左足が叩きつけられる。  揃って地に落ちる二種の<ruby>怪物<rb><rp>(<rt>モンスター<rp>)</ruby>。しかしその勝敗は明白だ。敗者は無様に背中を地に着け、勝者は静かに息を吐いて悠然と立っている。 「終わったぞ、アコ」  そして、<ruby>勝者<rb><rp>(<rt>ソウ<rp>)</ruby>のパートナーである私はただ彼が生きていることに安堵する。他に出来ることがあるとすれば、無力感という小さな棘をなんとか嚥下することくらいだろう。  体表から採れる発火性の体液。ソウがサラマンダモンを殴り倒した目的はそれだ。けれど、別に私達も追剥ぎのように一方的に殴り掛かった訳ではない。最初は下手に出て協力してもらおうとしたのだけれど、対価に命を含めたすべてを吹っ掛けられた。交渉はどこまでいっても平行線で、先にあちらがしびれを切らして実力行使。そうなった以上はこちらも黙っている訳にはいかず、ソウの拳に頼ることになったわけだ。 「いつも悪いな」 「こっちの台詞」  サラマンダモンを昏倒させることはできたもののソウの方も無傷という訳ではない。最後は優勢に進められたとはいえ、やはりサラマンダモンの炎は彼にとっては脅威で火傷を負っている箇所がかなりあった。今回は私の治療でもカバーできるが、もし次に同じようなことがあったらどうなるかは想像したくない。そうならないために手を打っている筈なのに、戦いの後に痛感するのはいつも私自身の未熟さだ。 「気にするな」 「……気にするわよ」  不意に私の心を見透かされたような言葉を吐かれた。彼なりの気遣いなのだろうが、今の私にとってその言葉は抜き身の刃のようなものなので止めて欲しい。「気にしなくていい様にしなさい」なんて言えればいいのだけれどそのための手を打つのは結局私の役割なのだ。口にしたところで自傷行為にしかならないのは目に見えている。  流水で患部を冷やしながら、手持ちの薬で使えそうな物を選別。水自体に微弱な魔力が浸透しているから、その刺激で自然治癒力も平常時よりは活性化しているはず。薬の持ち合わせも今回の分は足りている。とはいえ今後を考えるともう少し確保しておきたいところ。 「遺跡の近くに小さな町があったの覚えてる?」 「いや、まず地図を見ていない」 「アンタの物なんだから確認しなさいよ。処置が終わったら、進路を東にずらしてそこに向かうから」 「いいのか?」 「目的地を前に準備を整えるにはちょうどいいじゃない」 「なるほど。そういうものか」 「そういうものよ」  整えるのは物資だけでないということをこの男は分かっているのだろうか。その類いの言葉が飛び出すのをこらえる間に治療そのものは終了。片付けが終わったら、更新された行程を速やかに実行しよう。 「ちょっと。盛り上がってるところ悪いけど、わたし達も町まで同行していい?」  不意に声を掛けてきたのは私達と同じ人間とデジモンのコンビ。人間の方はゆるいウェーブの茶髪を肩まで流した小柄な女。デジモンの方は四肢にタービンのような装置が組み込まれた獅子の獣人。分かりやすい程の武闘派デジモンで、偏見ではあるけれどソウとは気が合いそうだ。 「名乗りもせずに頼むのは失礼か。わたしは<ruby>梶隅<rb><rp>(<rt>カジクマ<rp>)</ruby><ruby>梨子<rb><rp>(<rt>リコ<rp>)</ruby>。リコとでも呼んで。こっちはグラップレオモンのデンカ」 「別に気にしないで。わたしはアコ。こっちはソウ」  噂で聞いたゆるふわ系とやらの見た目に反して、冷静さと決断力の両立した振る舞いのリコ。近くにいるだけで静かに伝わる程の闘気を秘めたデンカ。互いの関係性も至って良好。第一印象ではあるけれど、自分達とは違って実直で優秀なコンビだろう。 「同行してもらうのは構わないけれど、戦力としてはあまり期待しないでね」  そんなコンビが私達の同行を求める理由は何だろう。強いて上げるなら、ソウの珍しさくらいか。 「その治療の手際で十分よ。でもまあ遠距離からでもサポートしてくれたらありがたいけど」 「私に戦えってこと?」 「うん、そうね。極力戦いは避けるけど、戦うときには攻撃してもらわないと。大丈夫。成熟期でも戦力としては問題ないから」  どうやら過大評価に加えて誤解もされているらしい。同行すると言った以上、認識の齟齬は解消しなくてはならないだろう。 「ごめんなさい、リコ。あのね」 「アコって言ったか。急で悪いが俺の推測が合ってるか確認させてくれ。――デジモンのお前じゃなくて、人間のソウが戦っているのか?」  尤も、私が話す前にデンカによって真実は曝された訳なのだけど。 「少し長くなるから歩きながら話してあげる。暇潰しにはちょうどいいでしょ」  ウィッチモン。成熟期。データ種の魔人型デジモン。それが私ことアコが属する種族のプロフィール。  人間。体毛の少ない二足歩行の生物でデジモン以上の知能を持つ。デジモンではないため、デジモンとしてのカテゴリ分けは不可能。それが<ruby>一機<rb><rp>(<rt>カズキ<rp>)</ruby><ruby>湊太<rb><rp>(<rt>ソウタ<rp>)</ruby>ことソウが属する種族のプロフィール。  私達が出会ったのはおよそ三ヶ月ほど前。魔術の実験に使う植物を求め、一人で山に潜っていたときのことだった。あのときも私はうっかりヘマをして、怒り狂ったグリズモンに追いかけられていた。  せめて落ち着いて手心を加えてくれないだろうか。半ば諦めかけたそのときソウが私の前にふらっと現れた。 「熊なんて飼うもんじゃないぞ」  開口一番の言葉がそれ。何から何までずれている言葉に思考が止まったのを覚えている。けれど、その疑問の波に数秒前までの恐怖や諦観が洗い流されたのも事実だった。 「こんなの飼ってる訳ないでしょ!!」 「そうか」  本当に理解しているのかという疑問が沸き立つ間に、彼は私とグリズモンの間にふらりと割ってきた。あまりに自然な動きで、私がそれに気づいたのはグリズモンが標的を彼に変えたと感づいた直後だった。  既に声を上げることすら間に合わない。間合いはもうグリズモンの爪の圏内だ。二秒後に何も知らない彼の腹が裂かれるのは揺るがない必然。私にはその現実から目を逸らすことすらできなかった。 「え?」  だからこそ、私は目の前で起こったことを現実として認識するしかなかった。  グリズモンが左の豪腕を力強く振るう。先端の大きく硬い爪が鋭い角度で迫る。それを前に彼が取ったのは、左方への僅かな前進と腰を落とすかたちの体重移動。あまりに最小限の行動だ。けれど、それが最大限の効果を産んでいたことを私はすぐに理解する。  グリズモンの爪は彼の右後方を通過。慌てて次の攻撃に移ろうとするグリズモンだが、既に間合いは一歩前に踏み込んでいる彼のものへと変わっている。無論、反撃の準備も整っている。  けれど、彼はあくまで人間だ。デジモンと人間ではどちらの方が頑丈な身体を持っているかは明白。ましてやグリズモンとなれば、攻撃を仕掛ける彼の手が無事で済むとは思えない。  その予想は半分当たっていた。至近距離で掌底を打った結果、彼の右腕は限界を迎えて折れてしまった。けれど、限界を迎えたのは彼の右腕だけではない。腹の内まで浸透する衝撃によって、グリズモンの身体も限界を迎えていた。予想が半分当たったということはもう半分は外れている訳で、このとき外れたのは闘いそのものの勝敗だった。 「む。やはり一筋縄ではいかないか」  折れた右腕を眺めつつ彼は敗者に背を向ける。そうなると必然的に目が合うのは何もできずに腰を抜かした私になる。それに気づいてずんずん近づいてくる彼を前に、私ができることなどありはしない。 「大丈夫か?」  それでも差しのべられた左手を掴むことができた理由は今でも分からない。人間にしては大きなごつごつとした手。これならば確かにある程度のデジモンには自力で対応できるだろう。今回のように犠牲を払うことが前提だけれど。 「その腕……」 「ん、ああ。普通の熊ならもう少し抑えられたが、それでは通用しないと思った。これでも生き残るための駄賃としては安い方だろう」 「そういうことじゃない!!」  思わず飛び出した叫びに私自身が一番驚いた。一人で旅をしてきたのに、ここに来て他人の心配をするとはどういう気紛れだろうか。けれど私以上に馬鹿げた気紛れを前にしては、この気紛れも何てことのない平常運転に思えてくる。 「なんで私のために腕を犠牲にしたの?」  逃げるタイミングなんていくらでもあったはずだ。最初に私を見つけた段階で声を掛けずに立ち去ればよかった。グリズモンを認識した段階で逃亡を始めればよかった。私とグリズモンの間に入らなければよかった。爪を避けた後に反撃に移らず走ればよかった。  そうすれば少なくとも彼が右腕の骨を折ることはなかったはずだ。代わりに私の身体に危害が加えられるけれどそれは彼には関係のない話。当事者としてその仮定は認めたくないけれどそれが私と彼が辿る当然の末路だった。 「危なそうだったから」  頬を掻いて出た言葉は声量とは裏腹に確固たる意思が籠ったもの。それを聞いてしまった以上、問い詰める言葉は出なかった。どれだけアプローチを変えたところで納得できる答えは得られそうにないと分かってしまった。  天性のお人好しかただの馬鹿か。間違いなく後者だと判断した後、何の気まぐれか自分も後者になろうと思ってしまった。 「もういいわ。……ひとまず病院に行きましょう。その腕が治るまで付き合ってあげる」 「いいのか?」 「私以上に危なっかしい奴を放っておける訳ないでしょ」 「確かに。それもそうだな」 「アンタのことよ。アンタの」  自分を助けてくれたのがこんな危機管理のできない奴ではいつどこで野垂れ死ぬのか不安になる。その遠因が自分にあるのではないかと胃が痛くなるのは御免だ。  ならばせめて、私のせいで死んだと思わなくて済むまで行動を共にした方が精神衛生上健全だろう。  ソウの退院が決まったのは三か月後のことだった。腕の骨折だけならその半分以下で済んだけれど、肩や足、内臓など他の箇所で目に見えない深い傷を負っていたため治療は想定以上に困難だったらしい。  その間は私も旅を中断してソウの面倒を看ていた。収集したい素材は既に集まっていたし、じっくり腰を落ち着けるタイミングとしても適当だった。……正直、それが取り繕うためのささやかな言い訳だという自覚はありました、はい。  面倒を看ていたといっても身元保証のために近くに居ただけのようなもので、私は特に治療には関与していない。応急処置や治癒魔術は心得ているけれど、その道のプロフェッショナルが居るのなら任せた方が良い。  結局のところ私が二ヶ月の間していたことは試料の整理やレポートの執筆。そして最も時間を割いた、ソウの暇潰しのための雑談くらいだった。以下はその中で一番印象に残っている一幕。 「つまりここは俺が居た世界とは別の世界なんだな」 「そ。で、アンタが熊だと思ってたグリズモンも私もデジモンという生物。アンタの世界の生物と一緒と思わないように。血気盛んな問題児もゴロゴロいるから、この世界には治安の悪い場所もかなり多いわ」 「なるほど。気をつける」  丁寧に説明してもこの相変わらずの反応。これでは分かっているのか分かっていないのか私の方が分からなくなる。教師としては非常に困る相手だけれど私は話を続けるしかない。 「この世界には稀にアンタみたいに紛れ込む人間が居る。ただでさえ非力な人間達には可哀相なことに、この世界には『人間と契約できれば活力を吸い上げて力を得られる』なんて話が広がっているの。おかげで人間を探しては捕まえようとしている連中も居るわ。――要するに、哀れな迷い子が長生きできるほどこの世界は甘くないってこと」 「まるで俺が生きていることが幸運みたいな言い方だな」 「実際幸運以外の何物でもないから」  タチの悪い組織に捕まって、エネルギータンクとして売られる未来もあったかもしれない。彼らにとって重要なのは話の真偽ではなく売れるかどうか。売られた後は結果に関わらず使い潰されて捨てられるのがオチ。ネガティブなifなんて考えるだけで精神力が削られるのでここまでにするけれど、私達の想像よりも酷いオチが待っている未来もあるだろう。 「うん、その通りだ。初めて遭ったデジモンがアコでよかった」 「な、何よ急に。今さら褒めても何も出ないわよ」  その言葉はまさに不意打ちだった。あのとき助けられたのは寧ろ私の方だ。笑える程あっさり死ぬはずだった私を自分の身体を顧みずに守ってくれた。その借りくらい返さなければ、胸を張って見送ることができない。今ここでソウと話しているのも結局は自分が納得するための行動なのだ。  <ruby>魔女<rb><rp>(<rt>ウィッチモン<rp>)</ruby>らしくない性格だとは散々言われた。けれど、これが私なのだからどうしようもない。 「む。これからも世話になりたいと思うのも駄目か」 「嫌な冗談言わないで。契約でもするつもり?」  想像するだけで気が滅入る。そう言葉を繋げながらも内心はそんなことは無いだろうと笑っていた。そんな自分を殴りたくなるのは三十秒後の話。 「その契約はどうやるんだ?」 「それを今聞く? 悪いけど知らない。そもそも任意でするものじゃなくて、相性が合えば勝手にされているものらしいし」 「なるほど。ところで急に力が抜けてきたんだが」 「妙なタイミングね。寧ろ私は急に力が湧いてきたんだけど」  渇いた笑いが思わず零れる。同じタイミングで真逆の現象が起きるなんてなかなかない偶然だ。この現状が先ほどの契約の話と一致していることが一番奇妙な話。これではまるで私とソウの間に契約が結ばれたようなものではないか。  信じられなかった。信じたくなかった。心労で倒れそうだった。 「契約されてたようだな。……何かまずかったか」 「まずいというか、変人とハズレが組むって事実が辛い」 「変人とは失礼な。……ん、アコがハズレ?」 「ええ。ハズレもハズレ。こと戦闘においては落ちこぼれの筆頭よ」  あまり口にしたくはないけど、契約が結ばれた以上は隠すことはできない。事実を打ち明けたら人畜無害そうな顔がどう変わるのか。他人から侮蔑の表情を向けられるのは慣れた筈なのに、彼の顔にその表情が浮かぶのが怖くて仕方ない。それでも、今ここで打ち明けなくてはいけない。 「私ね、攻撃できないの。生物に向けて魔術を使えないのよ」  トラウマのきっかけは至ってシンプルな事件。荒くれ者に襲われた窮地に私はウィッチモンへと進化し、その溢れんばかりの力で向かってきた敵を一発で撃退した。けれども未熟な私に自分の力は扱いきれず、荒くれ者だけを狙うなんて器用な真似はできはしなかった。結果、私の旅に同行していた仲間にもその牙を剥いてしまった。  その日から私は魔術を攻撃手段として使うことができなくなっていた。指を向ければその先端が震え、手元は不自然に揺れ、動悸は激しくなる。立つことも危うい状態をしのいだ頃には既に魔力は四方に霧散して術としてのかたちを保つこともない。 「分かったでしょ? 私はアンタを守れない。パートナーの人間を守れないデジモンがハズレでなくて何なのよ」  打ち明けた。洗いざらい話してやった。思う存分絶望して、その呑気な顔を曇らせばいい。未来の不安から緊張感を持ってくれれば、私も自分がハズレという事実を笑えるというもの。 「なるほど。自衛の手段が無いのは大変だな。――なら、俺が戦おう」 「何を、言ってるの?」  様々なパターンを想定していた。どんな言葉が飛んできても良いように心の準備もしていた。それでも自分の耳が信じられなかった。あんな目に遭ったのにそんな妄言を言える彼の神経が理解できなかった。 「アコが戦えないのなら、代わりに俺が戦えばいい。腕っぷしには自信がある」 「ふざけないで!」  ここが病院だということを忘れるほどに、ソウの言葉は私の感情を乱暴に逆撫でした。自分の身体を何だと思っているのか。なぜ自分がここに居るかも理解していないのか。そんな馬鹿が私の代わりに戦うなんてこちらから願い下げだ。 「戦えない奴の代わりに戦える奴が戦う。合理的だと思うが」 「どこが合理的? 誰が戦える奴って? 腕一本折っておいてよくそんなこと言えるわね」 「でも、グリズモンとやらは倒せた」 「ええ、そうね。で、代償に今度はどこを折るつもり? それとも何かの器官を潰す? そんな真似をしてたらすぐに死ぬわよ。死んだら私の代わりなんてできないでしょ」 「う……ああ、確かにそうだな。いや俺も無駄に死ぬ気は無い」  自然と語気は強く、語調は説教じみたものになっていく。いや、説教でも足らないくらいだ。最後に薄っぺらい生への執着を見せなければ本気で一時間は説教が止まらなかっただろう。  デジモン同士の戦いでも当然負傷する。<ruby>皮膚<rb><rp>(<rt>テクスチャ<rp>)</ruby>が欠損したり、<ruby>骨格<rb><rp>(<rt>ワイヤーフレーム<rp>)</ruby>が折れたりなんてこともざらだ。自分の攻撃の反動で傷つく程度の人間に、それだけのダメージを何度も生身で受ける<ruby>私<rb><rp>(<rt>デジモン<rp>)</ruby>の代わりが務まる訳がない。  治安が安定しているエリアも多くはなってきても、私達デジモンは元々が闘争本能を宿した獣。野蛮な性を暴力に変える賊が少なくないのも事実で、そういう輩に限って弱ったところを突くのに長けている。奴らからすれば一度の戦いで必ず重症を追う相手は格好の獲物だ。  この世界において生きるために足掻くことは大前提。出来る限り負傷せずに弱味を見せないことこそが最適だ。 「流石にアンタも死にたくないのね。よかった、そこまでの馬鹿じゃなくて」 「もしかして心配してくれているのか?」 「……は?」  心配している? こんな馬鹿をなんで私が。ただ私は成り行きでもパートナーとなった人間が自分の身体を大事にしないのが気に食わないだけ。無駄に命を散らした理由が私の代わりに戦った結果なんてことになれば、私のプライドや<ruby>精神<rb><rp>(<rt>メンタル<rp>)</ruby>まで無残に散ることになる。あくまで私はソウのパートナーとして彼にもパートナーとしての自覚を持たせて、私の精神に少しでも安寧をもたらしたいだけ。 「俺のことを心配してくれるなら、俺が死なないようにアコが上手いことやってくれ」 「なんでそんなことを頼むの。面倒事を私に投げてまで、なんで私の代わりに身体を張ろうとするのよ」  本当に馬鹿だ。自分の身は自分で護る意識くらい持ってほしい。自分を蔑ろにしてまで私は守って欲しくない。そもそもいくらパートナーだからといっても自ら危険な役割を担おうとするのがおかしい。 「理由なんて大層な物は無い。――ただアコのために何かしたいだけだ。でも、俺には戦うことくらいしかできないから」  思わず声を失った。ソウが口にした言葉は具体的な返答としても不十分な、それ単体では信用に値しないもの。けれど、その瞳はあまりに純粋な光を灯していた。それはソウがその言葉を本気で言っているという証明に他ならない。 「はぁ、分かったわよ。好きにしなさい。――けど、死ぬことは絶対に許さないし、そんなことにはさせない」  本当に馬鹿だと思う。それもかなり強情で無駄に意思の固いタイプの馬鹿だ。そんな馬鹿はこれ以上何を言ったとしても意見を曲げないだろう。ならばせめてソウには好きなようにやってもらって、私は彼の命が少しでも長く伸びるための準備をした方がいい。馬鹿の言葉通りに動くのは癪だけど、人間にただ護られるなんてのは私自身が許せない。――だから、いずれは私がソウを護るのだと口には出さずに誓った。 「ようやく納得してくれたか」 「納得はしてない。許容しただけ。……デジモンじゃなくて人間が戦うなんて滅茶苦茶よ」 「滅茶苦茶でいいだろう。何事にも例外は付き物だ」  例外――戦うことのできないデジモンと戦うことしかできない人間のコンビにこれ以上的確な言葉は無いと思う。  ソウがデジモンと戦う。そう決まった上で、身体を張る彼を護るために私が打った手は主に二つ。  一つ目は薬による内側からの強化。大まかな効能は心肺機能や筋肉の増強、加えて魔術への耐性の付与。ドーピングといえばドーピングだけれどあまり手段は選べないのも事実。当然、ソウが人間としていられる範囲内だけれど。  二つ目はアクセサリによる外側からの強化。私が得意とする風や水の魔術の術式を籠めた<ruby>腕輪<rb><rp>(<rt>ブレスレット<rp>)</ruby>や<ruby>足輪<rb><rp>(<rt>アンクレット<rp>)</ruby>を付けさせることで、移動速度や格闘技をデジモン相手でも通用するものへと昇華させることに成功した。当然ただそれらを付けるだけではソウの身体がアクセサリの魔術に耐えられない。けれど、元々ソウが鍛えていたことや薬で肉体を強化していたこともあって、ソウは何の負担も無く使いこなすことができた。  私が薬や道具を作ることが得意だったのは本当に幸いだった。ソウはもう並大抵のデジモンの攻撃じゃ簡単にはくたばらない。流石に無傷で終えられる戦いは無かったけれど、ここまで大怪我を負うことなく旅を進めることができたのもまた事実だった。 「話はここまで。長時間に関わらずご清聴ありがとうございました」 「ふーん。とりあえずソウが馬鹿だってことはよく分かった」 「それだけ理解してくれれば十分よ」  あまり語りが上手くない自覚はあったけれど、リコもデンカも退屈そうな顔をしないでくれたのはよかった。一方でソウが口を尖らせながら頬を掻いている点に関しては一切考えないこととする。  視線の先に建物らしきものが見えてきた。長話でも時間潰しとしては適当な長さだったらしい。それはつまり、町までの同行者との別れが近いということ。昔話を語っていたせいか、想像していたより寂しく感じてしまう。こんな気持ちになるのなら無闇に自分達のことを話さない方が良かったとも思えてきた。 「アコ達はこれからどうするの?」 「一息ついたら近くの遺跡に行くつもり。文明を支えた古代の魔術の調査ってところかな。……あ、地下迷宮なんてのもあったかな」  寂しさを誤魔化そうとした結果、話の中心は町に着いた後のことに移る。  私達の目的地はかつてクレノソスという名の都市だった遺跡。二千年ほど前、ウィッチェルニー由来の魔術師を中心に魔術による高度な文明を築いたらしい。けれど、世の中栄枯盛衰が必定。魔術によって栄えたその都市は同じ魔術によって滅びた。けれど、その当時の奇跡の残滓や魔力の痕跡――手付かずのもの含めて――が現在も遺跡の中に残っていると噂されている。  古代の魔術には一人の魔術師として興味がある。それ以上にソウを護るために魔術の知識がより必要だった。 「そっか。……面白そうね。このままわたし達もついてっていい?」 「別にいいけど……いいの」 「いいの。これからの方針も決まってなかったし」  それはあくまで私達の都合。魔術の素養のないリコ達には関係のない話。そう思ってまた二人旅になると考えていたのはこちらだけだった。単純な興味であってもまだリコ達と旅を続けられるのは素直に嬉しい。ソウの奇行に頭を痛める役割が分割できると思うと心底ほっとする。 「じゃあ、これからもよろしく」 「こっちこそ。ま、ひとまずのんびり休みましょ」  町はもうすぐそこ。後は宿を手配してシャワーと食事と睡眠で一日の残りを消化する。それから先は何も決まっていないけれど、おそらくニ三日を休養と準備に使うことになるだろう。準備期間の間にできれば遺跡に詳しい案内役を確保しておきたいところ。  落ち着ける目処が立ったからか今後について色々な想像が閃光のように巡る。そこにソウのことを踏まえたものが無いあたり、私もまだ彼の扱いが未熟だということだったらしい。   パラレル 2017-09-24T14:04+09:00 六月の龍が眠る街 第六章 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4773&mode2=tree <A Href="http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?bbs_id=digimonwebnext&mode=p&no=4734">第一章</A> <A Href="http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?bbs_id=digimonwebnext&mode=p&no=4742">第ニ章</A> <A Href="http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?bbs_id=digimonwebnext&mode=p&no=4762">第三章&第四章</A> <A Href="http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?bbs_id=digimonwebnext&mode=p&no=4768">第五章</A> もうやめてよ。 私はそう言ってやりたかった。 北館くん、もうやめて、私はあなたを、傷つけたくない。 ダスクモンに支配されている間、ここまではっきりと意識を保っていられるのははじめてのことだ。私の体の動きはもうすっかり自分の指揮下を離れていて、自分が次に右足を動かすのか、それとも左手を引っ込めるのかも分かりはしない。でも私は私の目を使って、自分に立ち向かってくるレーベモン--北館祐を見ることができた。 ダスクモンと彼との戦力差は歴然と言ったところだ。もともと同じスピリットを半分に分かって生まれたデジモンとはいえ、ダスクモンにはあの男によって注ぎ込まれた力がある。彼の槍と私の剣がぶつかるたび、彼は大きく後ろに吹き飛んだ。 やめて、私は傷つけたくないのに。しかし口はそう動いてはくれない、代わりに私のものではない、下卑た口調の言葉が漏れる。 「おいおい、そんなもんかよ。お前と戦うのを、俺はずっと楽しみにしてたのにさ」 私の口を使って、勝手に喋らないでよ。 北館くんはそんな酷い言葉を浴びせられても、何回もこちらに向かってくる。そのうち、彼が本気で私に一太刀浴びせる気がないのが分かった。チャンスがあってもそれをものにしようとしない。ただ近づいて、語りかけるだけだ。 「真理、聞こえてるか?」 「ぼくの未来には君もいる。君がいなきゃ駄目なんだ」 なんで、そんなこと。 「勝ち目も無い相手に手加減か? 本気でこないとすぐに死ぬぜ。もう一度言うけどな、この女はお前を裏切ったんだ。お前を傷つけなくないなんて言いながら、お前の友人達を殺そうとすることは躊躇わなかった。自分の家族だって、見捨てたんだ」 ダスクモンの言う通りだ。私には救われる資格なんてない。君にそんなに想われる資格なんてないのに。 「知ったことじゃないよ」 レーベモンが槍の柄を使って私を突いた。びっくりするほど早い一撃、ダスクモンも見極められなかったのだ。私が態勢を立て直す間も無く今度は盾を使った体当たり、無防備なまま、体が浮く。 「君が何を考えてても、何をしても、どんな人間でも、関係ない」 ダスクモンが私の口を使って舌打ちした。彼にとっても予想外だろう。これが本物の〈闇のスピリット〉の力なのだ。槍の柄を用いた連撃が飛ぶ。すぐにだって私を殺せるのに、レーベモンはわざと時間を稼いでいるように見えた。私に、語りかけるために。 「ぼくが君を好きになった理由はそんなんじゃないよ。ぼくが君を好きになったのは--」 やめて、北館くん。その続きを言われたら、私、また生きたくなってしまう。 「顔が好みだったからさ」 は? 〈エントリヒ・メテオール〉 レーベモンの言葉を理解する時間もなく、彼の胸の獅子像から光が放たれた。 ***** 「グラン! もっと高度を上げろ!」 深夜の仙台の街の上空、グランクワガーモンの背の上で高視聡が怒鳴った。 目の前にリアライズした巨鳥--オニスモンは先程から低空飛行を続け、その巨大な翼でビル群をなぎ倒している。街の明かりはオニスモンの影響で発生したノイズのせいだろうか、不規則に点滅していた。 この地域の市民の避難は終わっているということだったが、巨鳥は先程から駅のある方角に向かっている。彼方にはまだ多くの市民が残っているはずだ。何よりもまず、オニスモンを上空に誘導する必要があったが、けばけばしい配色の羽を持つその鳥は高視とグランクワガーモンに気づいてさえいないらしい。 〈グランディス・シザー〉 グランクワガーモンがその黒いアゴでオニスモンの羽に噛み付いた。民家の屋根を覆ってしまえるほどの大きさの羽が何枚も飛び散るが、巨鳥は意に介する様子もなく、ゆったりと飛翔を続けていた。 「ダメだよサトル、効いてない」 「さっきの技、空間ごと切り裂くんじゃなかったのか?」 「俺もそう思ってたんだけど、違ったみたいだ」 グランクワガーモンの答えに高視は頭を抱えた。何か手を打たなくてはいけない。何か--。 「クラビス、何してるんだ」加納は呟いた。 ビルの屋上に立ち、ヒトミとギギモンと一緒に戦いの様子を眺めていたのだが、クラビスエンジェモンや高視を乗せたグランクワガーモンの攻撃にもオニスモンはびくともしない。これでは百川梢に大見得を切った手前、格好がつかないではないか。 そう思った矢先、ヒュプノス支給の端末が通信を求めて振動した。彼はため息をついてスイッチを入れ、端末を耳に当てる。 「加納だな? 何してる。オニスモンが駅に向かって移動を始めたぞ」百川が焦ったそうな口調で言った。 「知ってますよ。今高視と一緒に上空へ誘導してるところなんですが、なにぶん相手が馬鹿でかくてですね」加納の言葉に彼女もううむと唸る。 「私も加勢できたら良いんだが、あいにくパートナーのナイトモンは空の相手には分が悪い」 「百川さんは指揮をお願いしますよ」 「いや、指揮は仙台のオペレータの子達に任せることにした。彼女たちの方が勝手が分かってるからね。私はムルムクスモンを追う。それで、そちらへの援護の件なんだが…」 目の前に現れた影に気を取られ、加納は彼女の言葉の後半を聞いていなかった。「え? なんです?」 「君たちへの援護の件だ」 「ああ」加納は上の空といった様子で頷いた。「多分必要ないと思います」 「何を言ってる? おい--」百川の言葉を最後まで聞かず、彼は通信を切った。そして目の前に立つ三つの影に言う。 「なんか前見た時より増えてないか?」 「呼んだの。全国に通信したのに二人だけなんて、ほんと薄情な奴ら」影の先頭に立った一条秋穂が言った。その後ろには二体のデジモンが控えている。一人は小さな子供ほどの背丈の青い少女、もう一人は銀色の鎧にオオカミ頭のような形の兜をつけた騎士の姿をしていた。 「助かるよ」 「お礼はいらない。私たちは何をすれば良いわけ?」 加納は夜の空を見上げて言った。「オニスモンは駅の方角に向かっている。このままだと市民の命が危ない。なんとかしてこいつを上空に誘導しなきゃいけない」 「分かったわ、私達十闘士の力、見ておいてよ」 その言葉とともに秋穂たちは消え、夜の空に三つの光が浮かんだ。 ***** 「一条、聞いてないぞ」銀色の騎士--ヴォルフモンが不満気に言った。 「何?」既にメルキューレモンに進化している秋穂が聞く。 「何って、どういうわけでお前はヒュプノスと仲良くしてるんだ?」 「色々な事情があるの。なんにせよ、そんな喧嘩してる場合じゃないでしょ」メルキューレモンのその言葉にヴォルフモンはそりゃそうだけど、と口の中でもごもご呟いた。 「私もびっくりしたよー、まあアッキーの頼みだからやるけどさ」青い少女--ラーナモンも言った。 「アッキーって」〈十闘士〉がみんな揃って訓練をしていた頃はそんなあだ名で呼ばれていたなとメルキューレモンは苦笑した。アキホだからアッキー、彼女をそう呼んだのはみんなより少し年下だった〈水〉と〈氷〉、それにいつもおどけていた〈雷〉の三人だった。 「それにしても、あんた達大阪組が来てくれたのは意外だった」彼女は言った。ヴォルフモンとラーナモンは大阪を中心に近畿地方で起きるリアライズに対応している。日本第二の都市圏であるだけあって、関東地方担当の次に忙しいはずだった。 「アッキーの頼みならすぐに駆けつけるよ」ラーナモンが笑う。 「他の連中だって、本当は来たかったんだろうさ、みんな忙しいんだ」ヴォルフモンも言った。 「どうだか」訓練を終え、全国に散らばった〈十闘士〉のメンバー達とはたまにしか連絡を取っていない。彼らとの絆は簡単に失われるようなものではないと理解しつつも、呼びかけに二人しか応じてくれなかったと言う事実には一抹の寂しさを覚えた。 「ねえ、そういえば祐さんは?」私にはアッキーで北館には祐さんか、ラーナモンの問いにメルキューレモンは思った。まあユウくん、愛想悪かったからな。 「確かに、お前らいつもべったりくっついてたのに、今日はいないのか?」 「べったりくっついてなんかないよ。今日はユウくん、他に野暮用があってね」 「あの無愛想に野暮用?」ヴォルフモンが面白そうに笑った。「どういうことだ」 「えーなになに?」ラーナモンも目を輝かせる。彼女は今中学生、そういう話が楽しくてしようがないのだろう。 「あとで話すよ、そんなことよりほら。ヒュプノスの連中に先を越される前に、行くよ」 「上等だ」 「オッケー!」 三人はオニスモンに向かって飛びかかる。ユウくんはどうしているかな、とメルキューレモンは思った。 ***** 「何よ、顔が好みって」私は自分のその言葉で目を覚ました。その途端に自分を抱えていた腕が震え、私は何かあたたかいものに抱き寄せられる。 「良かった…!」耳元で声が響いた。どこか懐かしい、温もりに溢れた声。あんなにも憧れた--。 「北館くん…」 「真理さん、ちゃんとぼくのことが分かる? どこか悪いところはない?」 「…背中が痛いわ」もっとマシなことが言えないのかと自分に言ってやりたかったが、背中の耐え難い痛みに口からはそんな言葉が漏れ出た。おそらくグルルモンの爪による傷の所為だろう。あの時に大量出血で死んでもおかしくなかったはずだが、あの男に流し込まれた力によってなんとか生きているのかもしれない。お礼は言いたくないけどね、と私は思った。 「…あ、そっか」そう言って北館くんは私を優しく地面に横たえた。私はなんでどうでもいい背中のことなんて言ったのだろう。もう少しだけ抱いてもらいたかった。 「ごめんね、北館くん。私…」 「いいから黙ってて」 「私、そんなに優しくされる資格ないよ」ダスクモンの言っていたことは本当だ。私はたくさんの人に酷いことをした。ダスクモンに進化し記憶が飛んでいる間に私が笑っていたという話にしたって、嘘ではないのかもしれない。 「資格なんて、どうして必要だなんて思うんだ? ぼくはただ、君が好きなだけなのに」そこまで言って北館くんは耳まで真っ赤になる。私の体も熱くなった。背中の傷のあたりがどくんどくんと脈打つのが感じられる。 「顔が好き、って」 「え?」 「あれ、どういう意味?」 「え、聞こえてた?」北館くんがマズイことを言ったという風な顔をした。逆にあれだけ語りかけておいて、聞こえていないと思っていたのか。 「いや、あれはね。別に顔だけが好きってわけじゃないよ。逆に考えて、入学式で会ってすぐに性格だけを好きになって春に告白って、それはそれでヤバイ感じしない?」別に悪い意味で言ったんじゃないんだ。とあたふたする彼に私は体を預けた。背中に激痛が走るがそんなことはどうだっていい。 「聞こえてたよ、北館くんの言葉は全部」 彼はじっと私の顔を見た。最初に会った時と同じ目、鳶色の目だ。 「北館くんの未来に、私も居ていいの?」 「認めねえ」 聞き覚えのある声に、私の体に震えが走った。アイツが、まだ私の体の中にいるのだろうか。 でもその声はいつもと違い、少し離れた場所から聞こえてきて、耳に響いた。北館くんが険しい目を闇の中に向けている。そちらを見ると、そこにダスクモンが立っていた。私、あんなに気味悪い姿だったかな、と思う。彼がどうやって私の身体なしでその姿を保っているのかは分からない。あの男の力かもしれないな。レーベモンとの戦いの前に注がれた力は相当なものだった。あれなら自分の体くらいは自分で支えられるだろう。 「お前だけ幸せに終わるなんて、認めねえぞ」ダスクモンは私の方を向いて言った。 「お前はもう体の芯まで汚れきってる。俺といるのが一番いいんだ。知ってるだろ」お前みたいな奴、他に誰と仲良くできるって言うんだ? と彼は言う。私がこれまで何度も彼に言われてきた言葉、でも--。 「嫌よ」私は大声で言った。こんなに私を好きでいてくれる人が側にいるのに、私は自分が誰かと生きる資格なんてないと思っていたのだ。酷い自分勝手だ。 「私はまだ、生きていたい」 「なんだって」ダスクモンは声を失い。そして北館くんの方を睨む。「お前のせいだ。お前がこいつをこんな風にしたんだ」 「ああそうだよ」私を地面に下ろし、北館くんは立ち上がった。 「お前は負けた。お前が生まれてもう二年だ。そろそろぼくのところに帰ってきてもいい頃だよ」 「うるさい」うるさいうるさい、となんども繰り返すダスクモンの口調はいつものように下品なものではなかった。まるで駄々をこねる少年のような--。 「ああ、やっと分かった」北館くんが呟く。 「強がってたのか下品な言葉遣いを使っていたから気づかなかったけど、ダスクモン、お前、ぼくにそっくりなんだ」何かに甘えて、弱虫で、好きなものを好きと言えない、昔のぼくに。と彼は言った。 「うるさい! そんなの、認めねえ」ダスクモンが剣を構える。 「真理」北館くんもポケットから〈ディースキャナを出した。「君は昨日、夜の闇にも自分は受け入れてもらえなかったって言ったね」 紛い物の闇のスピリットを持つ私は、昼にも夜にも受け入れてもらえない。私はそう思っていた。 「だったら、ぼくが君を受け入れる」彼が私に背中を向けたままで言う。「ぼくは闇の闘士レーベモン。夜の闇はぼくのものだ。もう絶対に、君に悲しく夜を泣き明かすようなことはさせない」 彼の右手にバーコードの渦が浮かぶ。 「スピリット・エヴォリューション!」 ***** 「おお、すげえな」加納は空を飛び交う三色の光を見て言った。一条秋穂が呼び出したという光と水の闘士は秋穂が進化したメルキューレモンと共に、ある時は腹を突き上げ、ある時は目を突き刺しながら、見事にオニスモンを上空に誘導してみせた。光と水の闘士は普段は関西の方で活動しているはずだ。それなのに、東北の一条秋穂とここまで息をピッタリに合わせられるものなのだろうか。やはり彼らは強敵だな、と彼は思った。その時、ポケットの端末が震える。高視からの通話だ。 「ミチル、見てますか?」受話器の向こうからは高視の声と共に上空を吹き荒れる強い風の音が聞こえる。 「ああ、見てるよ。十闘士の奴ら、大したもんだ」 「ええ、でもこれからです。市民の被害を避けられたと言っても、オニスモンをなんとかしないことには」 「何か策があるのか?」妙に自信たっぷりな高視の口調に彼は首をかしげた。 「はい、大したものではないんですが。仙台支部にはまだ〈ユゴス〉のストックが残ってますよね?」 「残ってるだろうな」〈ユゴス〉はヒュプノスのデリートプログラムの中でも最もスタンダードなものだ。射出用のエネルギーはいつもたっぷり揃えられているはずだ。 「なあ高視、まさかありったけの〈ユゴス〉をオニスモンにぶつけるつもりじゃ--」 「え、そうですけど」高視は平然という。「何かまずかったですか?」 「良いけどさ」加納は呆れて言った。「お前って、案外脳筋なのな」 「ちゃんと考えてますよ。みんな一緒に羽の付け根を狙うんです。とりあえず付け根を狙っておけばなんとかなるんですよ」 なんだそれは、と言いたげに加納はため息をついた。「オーケー。まあ、他に手もなさそうだ。俺は支部に〈ユゴス〉の申請をするから、高視は上空の連中に話を通しておいてくれ」 「了解です。これで決めましょう」そう言って高視は通信を切った。 「よーし、一丁やるかあ」加納は空に向けて伸びをした。そして振り返り、呟く。 「ヒトミちゃんはどこ行った?」 ***** 「待ってよ、ギギモン」ヒトミはギギモンを追いかけて、夜の街をてくてくと歩いていた。加納が電話をしている時、突然ギギモンが歩き出したのだ。止めようとするヒトミの声にも聞く耳を持たなかったので、結局追いかける羽目になった。ミチルさんは心配するかな、とヒトミは思う。でも大丈夫よ。私にはギギモンがいるもの。 〈アイス・ナイン〉にやってきてから二ヶ月、時々ギギモンはこういう風になってしまうことがあった。辻や加納が見ている時ではなく、主にヒトミと二人っきりの時にそれは起こった。そうなるとギギモンはいつもの彼ではなくなってしまう。ヒトミに危害こそ加えないものの親身さは消え、彼女の胸に抱かれて眠ったり一緒にバーのオーディオに耳を傾ける時の彼とは全く違う目になってしまうのだ。野生の目、過酷な生き様のために用意されたかのような荒々しい龍の目だ。 「どこに行くつもりなの?」尻尾を振りながら歩くその後ろ姿に問いかけるが、反応は無い。仕方なくヒトミは黙ってその後について行った。そもそもここはどこなんだろう? 私の知っている街なんだろうか? ***** 「何もありませんねえ」ビルの壁に寄りかかって退屈そうに夏目が言った。 「何も無いってことはないだろう」僕はビルの壁に背をもたれさせて腰掛けながら西の空に浮かぶ巨大な鳥の影を指差した。 「そりゃま、そうですけど」夏目も空に目を向ける。 「退屈よねー」彼の頭の上でテイルモンが言った。 「まるで何か起きてほしいみたいな言い方だな」僕は少し非難がましい口調で言った。一条秋穂によって仙台まで連れてきてもらった後、僕と夏目、テイルモンは僕の店〈アイス・ナイン〉の前で待機している。 「そういうつもりで言ったんじゃないですけど」弁解するように夏目は手を振った。「高視さんに加納さん、同い年の北館や一条さんまで戦ってるのに俺は何もできないのがもどかしいんです」辻さんもそう思いませんか?と言いたげに彼は僕の目をじっと見た。 「僕らも戦ってるさ」僕は言った。「一条さんが言ったじゃないか、ここがみんなの帰ってくる場所だって。僕たちはここを守ってるんだ」もう四年近く店をやってきて、秋穂の言葉くらい嬉しい言葉を聞いたのは初めてのことだった。 「そうかもしれませんね」夏目は気の乗らない様子で言った。そんなまどろっこしいこと言ってらんないわよ、とテイルモンが言う。仕方がない、彼らはまだ若いのだ。 僕は膝の上に置いた銃を見つめる。明久の銃、あいつが、守りたい未来のために握っていた銃。 なあ明久、僕のしてることは間違ってないよな? 「あれ」夏目が顔を上げた。「あれ、ヒトミちゃんじゃないですか?」 僕は驚いてそちらを見る。夜の闇から現れるとても小さな影、僕の目はヒトミと、彼女が一生懸命追いかけているギギモンの姿を捉えた。 「何してるんだ」僕がヒトミに声をかけるとヒトミは驚いたようにこちらを見た。 「おじさん、なんでいるの?」そして周りを見回しあっと声をあげる。「ここって〈アイス・ナイン〉? どういうこと? 私ギギモンについてきたんだけど…」 ***** 「じゃあ、そっちにヒトミちゃんはいるんだな、ああ良かった。本当にすまない、俺がよく見ていなくて…」加納はそう言って辻との電話を切った。ヒトミが消えて一時は心臓が止まりそうな思いをしたが、〈アイス・ナイン〉にいるのなら問題ない。今は作戦に集中しよう。彼は高視に通話を求めた。 「ミチル? そっちの準備はできましたか?」 「ああ、〈ユゴス〉の申請は降りた」加納の電話に応えた鳥谷というオペレータは驚くほど楽しそうな声で、加納の申請に一も二もなく許可を出した。 「高視の方はどうだ?」 「もう準備万端ですよ。近くにクラビスエンジェモンも〈十闘士〉の子達もいます。やる気満々、って感じですね」加納は高視がクラビスエンジェモンや三人の闘士の真ん中でやる気満々になっている姿を思い浮かべようとしたが、どうにもうまくいかなかった。 「それならオーケーだな、秋穂ちゃんにかわってくれ」 風のためのノイズの後にメルキューレモンの声が加納の耳に入ってきた。「ミチルさん、私と何か話すことがあるわけ?」 「いや、激励だよ」その言葉に、ふふんという笑いが返された。 「そんなもの、必要ないわ。私達は十闘士、協力は今回限りよ。でも、ありがとう」 「素直じゃない子だ」 「うるさいわね!」 受話器の向こうで揉めるような音が聞こえ、次に電話に出たのはクラビスエンジェモンだった。 「マスター、今ひょっとしてこの鋼の小娘がマスターに暴言を吐きましたか?」 「吐いてない、吐いてないよ。秋穂ちゃんを離してやれ」離さないと今度は首を折るわよという秋穂の声がかすかに聞こえて、彼は慌てて言った。 「今はとにかく協力だ。クラビス、頼むぞ」 「マスター」 「なんだ?」 「絶対成功させます。マスターのために、私のために」 加納はにやりと笑った。「ああ、信じてるぞ」 通話の相手が高視に戻った。 「それじゃあ、始めますよ。加納さんのユゴス発射の合図に合わせて、我々も渾身の一撃をオニスモンの羽の付け根に叩き込みます」 「よし、行くぞ」彼は高視との通話を支部のオペレータに繋いだ。再び鳥谷が通話に応える。 「準備完了ですか? 私達はいつでもぶっ放せますよ!」 「え、その声は鳥谷さん?」そんなテンション高かったっけと高視が言った。まるで緊張感が無い。加納が呆れて口を挟む。 「そんなことは後でいい。いいか、俺の合図で鳥谷さんも高視達も一斉掃射だ」 「了解」 「みんな、〈二年前〉にここで決着をつけるぞ」 今度は了解の声がさっきより増えて聞こえた。 「それじゃ行くぞ。三、二、一」 マダラマゼラン一号 2017-09-04T19:21+09:00 六月の龍が眠る街 第六章 2 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4773&mode2=tree 「畜生! なんだこいつは!」 僕は動けない体に鞭打って、銃の引き金を引いた。しかしそれは目の前の巨体に少しの傷もつけられていない。その大きな影に向けて、僕の横からテイルモンが飛び出し殴りかかる。 〈ねこパンチ〉 何度目の攻撃だろうか、しかしそれは突然現れた岩石の化け物--ゴーレモンには通じなかった。 「くそッ、なんで効かないのよ!」テイルモンはそういう間も無く岩の化け物に殴り返される。その白い体が、僕のすぐ隣に転がった。 「テイルモン!」夏目が悲痛な叫び声を上げる。彼自身もゴーレモンが砕いて飛ばしたコンクリートの欠片にぶつかり、足が思うように動かないらしい。 あの日--加納が初めて〈アイス・ナイン〉を訪れた日に現れたのと同じデジモン、しかしそれですら、僕たちだけで相手にするには荷が重かった。その岩の拳で一度軽く殴り飛ばされただけなのに、僕の体はもうぴくりとも動かない。その間に巨体は恐怖に足をすくませたヒトミに向かおうとしていた。 「やだ…やだ!」ヒトミがヒステリックに泣き叫ぶ。この泣き方は二年前と同じだ。両親が死んだ日のトラウマが蘇ったのかもしれない。 「やめろ! ヒトミに近づくな!」僕は叫ぶがゴーレモンはまったく意に介する様子はない。ゆっくりと、しかし確実にヒトミに近づいていく。 畜生、僕は自分が情けなかった。ヒトミが危険だというのに、あれだけ守ると誓ったのに、僕はこんなことで動けなくなってしまうのか。誰か、誰でもいい。ヒトミを、未来を--。 その時、ゴーレモンの前に小さな影が立ちはだかった。ゴム毬ほどの大きさの赤い体を震わせ、鋭い歯を剥き出しにしている。 「ギギモン…!」 僕は思わず呟いた。しかし、あの小さなデジモン一匹に何ができるというのだ。 ゴーレモンが手を振り上げた。 「ヒトミ!」 ***** 「うわ、これどーすればいいんですか!」ラーナモンが叫んだ。 「おいおっさん! あんたが発案者なんだろ、なんとかしろよ!」ヴォルフモンが怒ったような声を出す。 「いやちょっと、私にもわかんないかな」高視が焦ったように言う。 「ちょっとどうしようもないね、これは」顔を強張らせてメルキューレモン。 「皆さん、落ち着きましょう!」これが落ち着いてなどいられるかというような声でクラビスエンジェモンが言った。 ヒュプノス仙台支部にあるありったけの〈ユゴス〉と三体の闘士、二体の究極対デジモンによるオニスモンの羽の付け根の一点に集中して放たれた渾身の一撃は、その巨大な翼を引き裂いた。しかし今度はその翼と胴体が落下を始めたのだ。冷静に考えれば予想できた結果だが、みんなそれに考えが及んでいなかった。 オニスモンが苦しそうに絶叫する。その耳を引き裂くような空気の震えに、高視たちは吹き飛ばされた。グランクワガーモンがすんでのところでそのアゴで高視を掴む。 「ありがとう、グラン」 「サトル、そんなことよりアレはヤバイよ」グランクワガーモンが言う。いざという時彼はいつもパートナーの高視より冷静だ。 「あれだけデカイ物体が落ちたら街はどうなる?」 「考えたくもないね」 「ねえ、あれ!」どこかでメルキューレモンが叫んだ。見ると彼女は真下のビル群の中の一つを指差している。その上に一人の人影が立っていた。 黒く誇り高い、獅子の姿。 「レーベモン…!」高視が思わず声をあげる。「何してるんだ。そんなとこにいたら危ない!」 声がこの高さから届くわけがないが、それでも高視には、彼がビルの屋上からこちらを見上げ、少し笑ったように見えた。 レーベモンが槍を構える。そして落下していくオニスモンを迎え撃つように飛び立った。彼の〈断罪の槍〉が黒い渦をまとう。 〈エーヴィッヒ・シュラーフ〉 その一撃はビルのすれすれにまで迫っていたオニスモンを、一瞬で粉々の粒子に打ち砕いた。 「おいおい、なんだありゃ」ヴォルフモンが呆気にとられて呟く。 「あれって、昔の」力を失う前の本当のレーベモンだよね、とラーナモンが他の二人の闘士を見回して言った。メルキューレモンが頷く。 「勝ったんだね、ユウくん」 砕けていくオニスモンの体を見ながら、加納は足元の小石を蹴った。ムルムクスモンに暴走させられるまでは、アイツも加納や神原夫妻と仲良く暮らす親友だった。それなのに、今は街を壊そうとした悪魔で、明久と咲の仇だ。&#8232;「お前、死ぬ時までそのままかよ」少し残念そうに加納は言った。最後の瞬間まで、オニスモンがあの日のように笑うのではないかと期待していたのに。&#8232;「そっか、残念だ」加納は大量の光の粒子で照らされた夜空を背に、自分の帰るべき場所へ歩き出した。 あばよ、デラモン。元気でな。 ***** 僕たちは龍を見た。 ゴーレモンがヒトミに向けてその拳を振り下ろしたその瞬間、ギギモンが赤い光に包まれたのだ。その光はまるで古い物語に出てくる龍のような形で、ゴーレモンの拳を受け止めた。じゅっという音がして、ゴーレモンがその手をすぐに引っ込める。熱いのだ。その龍の熱気は離れたところにいる僕たちにまで伝わってきた。 龍が夜の空に雄叫びをあげる。なぜか僕も周りのみんなも、それに恐怖を覚えなかった、龍の真後ろでうずくまっていたヒトミも顔を上げ、その赤い姿に見とれているように見えた。 「あれは…進化したのか?」夏目が呟く、デジモンが成長と共に果たすという劇的な姿の変化、進化と呼ぶには少し違和感のあるその変化の瞬間を僕は見たことがなかった。これがそうなのだろうか。 「いや、違うわ」テイルモンが否定した。 「私の知ってる進化じゃない、あれはギギモンのままよ。でも--」 そのときゴーレモンが怯えたような声を出しながらも龍に向けて突進を始めた。重い石の体はすぐに加速し、龍にぶつかって言った。 龍の二つの腕がその巨体を受け止める。ゴーレモンが唸るが、龍はびくともしない。ゴーレモンの顔のすぐ近くに口を近づけ、それを大きく開いた。 〈エキゾースト・フレイム〉 ゴーレモンの断末魔は、ちょうどあの日と同じだった。 「すげえ」そう言って夏目は腰を抜かしたように壁に寄りかかった。 僕も自分の見た光景を信じられなかった。クラビスエンジェモンやグランクワガーモン、北館達十闘士達の方が力の点では今の龍に優っているのだろう。しかしその龍には、僕たちの心を震わせる、力強さがあった。 赤い光が消え、さっきまで巨大な龍がいた場所に赤いゴム毬が転がっていた。ヒトミが駆け寄り、そのゴム毬--ギギモンを抱き上げる。 「ギギモン、大丈夫?」 ギギモンは目を開け、元気そうに唸った。 「私のこと、守ってくれたの?」 ありがとう、と言って彼女は小さな龍を抱きしめた。 長かった夜が、明けようとしていた。 ***** ヒュプノス指定の病院の一室で、三浦真理は眠っていた。薄い青の病衣から、白い腕が見える。太陽はもう既に高く上がり、病室の薄いカーテンなど物の数でもないというふうに、夏の日差しで彼女を照らしていた。 病室のドアが開き、少年が一人ベッドに歩み寄る。彼の気配に真理は僅かに目を開けた。 「北館くん…」 「具合は大丈夫?」北館祐はそう言うと少し微笑んだ。背中に酷い傷を負ってはいたものの、彼女の命に別状は無いらしいと言うことを彼は医師から聞いていた。 「うん、こんなに大げさに入院しなくても、大丈夫なんだけどね」 「そんなことないよ、辛い夜だったんだ。ゆっくり休んで」一夜だけの話ではない、彼女にとっては辛い二年間だったのだろう。と彼は思った。 「おばあちゃん」 「え」 「あの男が、私が裏切ったら私の家を焼くって言ってた。家にはおばあちゃんが、一人でいるの」 「それなら大丈夫だ」後ろから聞こえた女の声に北館と真理は病室の入り口に目を向けた。 「君のおばあさんは私達がちゃんと保護したよ。家は焼けてしまったが、とにかく三浦トミさんは無事だ」 「あなたは…」 「私は百川梢、ヒュプノスの新宿本部から来たんだ」その言葉に顔を硬くした北館に彼女は言う。 「安心しな、本部にも私にも、君や一条秋穂さんをどうこうしようというつもりはないよ」北館の疑いの視線は解けなかったが、それでも彼は安堵の表情を目に浮かべる真理に視線を戻した。 「良かった…おばあちゃん」そう言ってすぐに彼女は顔を曇らせる。「私、おばあちゃんを見捨てた。おばあちゃんが殺されるって分かってて、逃げ出した」 「そのことはトミさんには言わなかったけど」百川が言う。「あの人は君がこれまで家を支えるためにしていたことに薄々感づいていたみたいだ。身体を売っていたんじゃないと言ったら安心してたよ。そのことが、何より気掛かりだったみたいだ」 「おばあちゃん」真理は声を震わせて言った。「そんなことを思っててくれたのに、私、おばあちゃんに会う資格ないよ」 「また『資格』だ」北館がわざと厳しい声で言った。「その言葉は二度と使わないって、ぼくと約束しない?」 「トミさんはこうも言ってた」百川が言う。「君が何かちゃんと自分のために動いたなら、それが私にとって一番嬉しいことだって。そのために、自分のこれまでの命はあったんだって」 百川に促され、北館は涙を流す真理を残して病室を後にした。 ***** 「卑劣な手だ。私はこういうのが一番許せないね」百川は病室の前の廊下で、真理がムルムクスモンから受けた仕打ちについて北館に説明していた。 二年前、真理の父が死んだ。真理の両親は幼い頃に離婚していたため、もともとそう豊かでない中産階級の家庭だった三浦家は真理と、その時もう既に寝たきりだった祖母の二人だけが残される格好となった。何かしらの稼ぎ口を見つけなければいけない。そんな時に彼女の家に届けられたのが、一つのスマートフォン、そしてムルムクスモンが北館から奪った闇のスピリットの半身だった。 「ムルムクスモンはそれで真理に命令を下していたらしい。そして、それはやがて脅しになった」ダスクモンを受け入れることを了承した時に支払われた多額の金、そして彼から与えられる仕事をこなすたびにもらえる金(それはどちらも、ムルムクスモンが四ノ倉正敏氏になりすまして引き出した金だった)のために彼女は多くの汚れ仕事をこなした。ムルムクスモンは彼女に罪悪感を与え続け、支配していたのだ。 「真理のお父さんが死んだのって、まさか…」 「そこまで調べはついていない。二年も前のことだし、ムルムクスモンのデータは消滅が確認された」私がやったんだぜ、と百川は言った。「しかしもし真理ちゃんのお父さんを殺してまで奴が彼女を狙ったのなら、彼女に十闘士としての素質がある程度あったのかもしれない。それとも、奴の変態趣味のおめがねに叶ってしまっただけかな」 「母親は?」 「連絡がつかない。どこかで落ちぶれたのかもな、なんにせよ、あの子にはトミさんがいるからね。そんな母親はいらないだろう」生活費に関してはヒュプノスから援助があるという百川の言葉に北館は眉をひそめた。 「彼女はヒュプノスから裁かれることはないんですか?」彼女が今回の事件に加担したのは確かで、ダスクモンの言葉を信じるとするならばこの二年間で多くの人間やデジモンを手にかけてきたという。それがダスクモンやムルムクスモンが彼女の心を掌握するためについた嘘だとしても、ヒュプノスが彼女をまるっきり見逃すのは不自然に思えた。 「そのことについては不問さ。大体にして、裁ける法律がないよ。君たちは誤解しているのかもしれないが。ヒュプノスは国の大きな組織だ。そういう組織はね、思ったより優しかったりするんだよ」 「思ったより優しいから、ぼくたちのことも見逃してやるっていうんですか」少しプライドを傷つけられたように北館が言った。 「そういうことだ。それに、君たちがいなければもっと多くの死人が出ていたろうしね」 「ぼくたちは何人、守れなかったんですか」 「二十九人だ。四ノ倉を入れると三十人だな」あの男は昔の上司だったと百川は言った。 「上出来な方だよ。あまり自分を責めるんじゃない」彼女はそう言って、病院の廊下を歩き出す。その背に向かって北館は声をかける。 「真理を裁く法律が無いって言いましたね。彼女は、自分で自分を裁こうとするかもしれない」 「かもな、それを止めるのは君の役目だ」百川は再び北館の前まで戻ってきて、その頭にぽんと手を乗せた。 「ぼく?」 「家族への責任感や自分のしたことへの罪悪感に囚われていた彼女が、自分のためにしたことが二つある」一つは昨日、北館を殺せという命令に背いて逃げ出したこと、そしてもう一つは--。 「光台高校への入学だ。彼女は明日の食い扶持に困るほどだったのに、ムルムクスモンに最初にもらった大金をつぎ込んで高校への入学を決めた。北館祐、君に会うためだよ」 彼は呆然と立ちすくんだ。高校で出会う一年前から、君のことを知っていたという真理の言葉を思い出す。 「責任を感じるか? 君の存在が、彼女に辛い決断を二度も迫ったんだ」 なら今がその責任を果たす時だ、と百川は言う。 「彼女はこれまで二度、勇気を振り絞って自分のための決断をした。その二つとも、理由は君だ。君は彼女を支えて、彼女がその勇気をすべての正しいことのために使えるよう導いてあげなくちゃいけない。分かったか?」 北館は黙ったまま拳を握りしめた。 その時、真理の隣の病室で大きな声が上がり、彼らは驚いたようにそちらを向いた。その部屋からは先程から大きな物音が聞こえている。 「お隣さんは賑やかですね」何食わぬ顔で北館が言った。 「そうだな」百川は彼のその顔に、物言わぬ決意を見てとる。きっともう、あの少女は大丈夫だ。 ***** 「ミチルさあん!」三浦真理の隣の病室では、全身に包帯を巻いた千鶴が加納満に泣きついていた。髪は昨日の夜から戦いを終えた後もずっと洗わずにいたためひどく軋んでいる。加納が見舞いに来ると知り千鶴は一生懸命手鏡に向かったのだが、やはりぼろぼろになった自分を隠しきることはできなかった。化粧道具も家に置いたままで、化粧品を貸してくれるよう頼んだ百川は、若いねえとその言葉を笑い飛ばしてしまった。その上、クールに構えようとしていたのに、ドアを開けて入ってきた加納の姿を見た途端に涙が溢れ、まるで小学生のように泣きじゃくってしまったのだ。 「ごめんなさい。私、みっともなくて」 「みっともなくなんかないさ。君のおかげで仙台は救われたんだぜ」加納が優しく声をかけた。 「…信じてましたから」 「え?」 「いろんな人がいろんなことを言いましたけど、私は信じてました。ミチルさんはちゃんと来てくれるって」 「当然だろ。ここは俺の街だ」 「良かったです。一緒に、〈二年前〉の約束を守れて」涙を拭きながら千鶴が言う。 「〈二年前〉の事は関係ないよ」加納ははっきりと言った。「俺が駆けつけたのは、千鶴ちゃんを助けるためさ」 加納はそれだけ言って、千鶴と目も合わせずに病室を後にした。ドアの前で彼は少し笑う。 明久先輩、咲さん、そういうことだ。あんた達が一番じゃなくて悪いけど、許してくれるよな? 病室を出て行った加納を見送りながら、千鶴は自分の体温がどんどん上がっていくのを感じた。血の巡りもいつもよりずっと早い。どくんどくんと心臓が早鐘を打つ。やばいかも--。 彼女が思わず押してしまったナースコールのスイッチのために、何事かと看護師たちが次々に病室に駆け込んで来た。 「大丈夫ですか!」 「私」 「え?」 「私…生きててよかったぁ!」 看護師たちはどうしていいかわからずに、顔を見合わせた。 ***** 「色んな問題が残ってる」加納はジンの瓶を抱えて僕に言った。街の復興は少しづつ進んでいる。今日は事件に関わったメンバーを呼び、戦勝祝賀会を僕の店で行うのだ。ヒトミもいつになく張り切り、先程から色紙で作った輪を繋げて作った飾りを、ギギモンと一緒に店のあちこちに貼り付けている。集合は夜の六時だったが、それより一時間早く加納はやって来て、こんな日に悪いんだがと前置きして深刻な顔で僕に話をしていた。 「ムルムクスモンが死んで、いろいろ腑に落ちなかったことの原因がはっきりすると思ったんだが、どうにも上手くいかない」この二年間で確認されたいくつかの不自然なリアライズや七月中旬に起きたサイクロモンによる〈デジタルハザード〉にムルムクスモンが関与していた痕跡は見当たらないらしい。 「極め付けはあんた達やヒトミちゃんを襲ったっていうゴーレモンだ。あの時は〈アイス・ウォール〉で仙台はネット回線からほとんど遮断されてたってのに、どこからリアライズしたんだ?」 「その辺はお前らに任せるよ、とにかく、何事もなくてよかったじゃないか」僕の言葉に、それはそうなんだがと加納は唸った。 「僕としてはどちらかというと、あの時ギギモンに起きた事はなんなのか知りたいね」 「それも謎の一つだ。クラビス」彼がパートナーデジモンに声をかけると、いつものようにどこからか声が聞こえた。 「はい、夏目さんやテイルモンから話を聞きましたが、そのような姿のデジモンに覚えはありません。また、仮にそれが進化だったとして、戦いの後に幼年期の姿に戻ってしまうのは不自然です」クラビスエンジェモンは滔々と説明する。 「サンキュー、クラビス。そういうわけでな、俺たちもさっぱりなんだ」 「そうか…」 「でもギギモンは私を助けてくれたんだよ」黙ってしまった僕と加納に、ヒトミが声をかける。「あれが何かはギギモンは教えてくれないけど、きっと素敵な力だよ」 「ああ、そうだな」僕は答えた。 ドアのベルが鳴り、高視が入ってくる。「あれ、ミチルはもう来てたんですか?」という彼の言葉に続き、たくさんの声が〈アイス・ナイン〉に溢れた。 ***** 「素敵な店だね。しょっちゅう通いたくなる」 「ユウは未成年だろ。バーなんか通ってたら一発で補導だ」 「未成年なのにここに出入りしてるのはシュウの方だろう」 「俺は別にいいんだ」 「そうそう、あんたみたいなお子ちゃまにはまだ早いかもしれないけど、ステファンは別にいいのよ。あんた何飲んでんの? それ」 「ジンジャーエールだよ。ハツカネズモンにはまだ早いんじゃないか?」 「何よおお!」 「落ち着いてくれ、テイルモン。一条さんは何してるんだ?」 「ここの店、選曲がとってもいい。今日はスティーリー・ダンよ」 「ああ、いっつも秋穂がヘッドフォンで聴いてるアレか」 「北館くん、なんで一条さんの好きなバンドなんか知ってるの? それに下の名前で呼んでるし」 「ま、真理?」 「言ってなかったけ? 私たち、幼馴染なの。ね? ユウくん?」 「やめてくれ秋穂」 「何それ、ユウくんなんて呼び方。認めたくないわ」 「真理、ちょっと落ち着いてくれ」 「しかし一時はどうなることかと思ったよな」 「私とマスターの愛の勝利ですね!」 「お前はそれしか言えないのか」 「いいんですよ、それ以外の言葉もちゃんと心で伝わってますからね」 「身に覚えがないな。高視、どうした?」 「ミチル、グランに説教を食らってるんですよ。私のせいで危うく街が焦土になるところだったって」 「説教も何も、サトルがあんな無茶な作戦を立てるもんだから大変だったんじゃないか」 「悪かったよグラン、私も少しテンションが上がってたんだ」 「サトルはそういうところ、抜けてるよな」 「意外と脳筋だしな」 「やめてくださいよ。それはそうと、ミチルは千鶴さんとどうなったんです?」 「どうもなってねえよ」 「『俺が駆けつけたのは、千鶴ちゃんを守るためさ』」 「やめろクラビス! ひょっとしてそれ俺の真似か?」 「ええっ。いい雰囲気じゃないですか」 「俺の話はいいよ。今はあそこだ」 「バーカウンターですか? 鬼軍曹の百川さんしかいませんよ。あの人が予想外に美人だったのはびっくりしましたけど」 「辻をよく見ろ。俺はわかるぞ。あれは恋をしている男の顔だ」 「ええっ」 店で繰り広げられる穏やかならざる会話は僕の耳には入ってこなかった。 「やあ、ここはいい店だね」僕と同じくらいの歳の女性がカウンターに座った。そのうつくしい顔立ちに僕の目は吸い寄せられる。どこかで見たことのある顔だ。色白でわずかに赤い頬の顔に切れ長の眉が走っている。瞳は後ろで結んだ髪と同じ深い潤んだ黒で、それを誇るよりもむしろ恥じて隠そうとするように瞼には長い睫毛が並んでいた。 その目を見ているうちに心臓が破裂してしまいそうになって僕は思わず下を見た。足元に立つヒトミもこちらを見上げている。彼女はギギモンと顔を見合わせた後、僕を見上げにっこりと笑った。ヒトミに自分の気持ちを見透かされたように感じ、僕は情けない声を出した。 「ええ、何を飲みますか? 貴女は--」 「自己紹介が遅れたね。私は百川梢、新宿からきたヒュプノスのエージェントだ。飲み物はそうだね。ダイキリを頼むよ」 僕は一世一代の作品を作るかのような気持ちでラムとライムジュース、砂糖を混ぜてシェイクした。そしてそれをグラスに注ぐ段になって、突然彼女の名前を過去に見た時のことを思い出し、顔を上げる。 「百川梢さんって言いました? それってひょっとしてピアニストの…」 「やっと気づいてくれる人が居たよ!」彼女は長い指で顔を抑えて笑った。「あいつらも他のエージェントも、まるで気づいてくれないもんで、自分の知名度を疑っていたところだ」彼女が指差した「あいつら」-- 加納に高視はこっちの方を向き、なぜか僕に意味ありげな目配せをしてくる。 「どこかで見たような顔だと思っていたんです。でも分かりませんでした。実物はもっと綺麗だったから」カクテルを差し出しながら僕が言った言葉に足元でヒトミとギギモンが声を殺して笑った。その頭に手を置く、頼むから黙っててくれよ。 「やめてくれよ、お世辞が上手だね」 イメージとは裏腹に、ざっくばらんな話し方をする人だ。「この店にも何枚かCDがありますよ。かけますか?」 「やめてくれ。今日はそういうのは抜きで楽しみたい」 「日本でも指折りのピアニストが、どういうわけで〈ヒュプノス〉の仕事をしてるんです?」 「趣味かな」 「どういう趣味ですか」 「正義のヒーローだよ」彼女は笑った。「加納や高視はどうだい? 連中も正義のヒーローかな」 「僕は認めませんけど」そう言って僕はバーカウンターの向こうにも見える高さにヒトミを抱き上げてみせた。「ヒトミが連中が来てから楽しくなったって言うんで、ヒーローかもしれませんね」 「私、ミチルさんや聡さんのおかげでとっても幸せだよ」ヒトミは言った。「ヒュプノスの人なら、おばさんも私のヒーロー」 「おばさん」の言葉に僕は目にも留まらぬ速さでヒトミをを再び百川から見えない位置に下ろした。しかし彼女は気にする様子もなく笑っている。 「それなら良かった。私もしばらく復興の援助のためにこっちにいなくてはいけない。その間はここに通うとするかな」 僕は新しい日々の始まりを感じながら、その言葉に頭を下げた。そんな僕の目に小さな、未来そのものみたいな少女と、彼女を守る小さな雄々しき龍の姿がうつった。 ***** 〈アイス・ナイン〉で辻が恋に落ちる十五時間ほど前、オニスモンが落ちていくのを見ながら、ムルムクスモンは夜の街角を必死で逃走していた。オニスモンがこうもあっけなく敗れ去るとは思っていなかった。しかし問題はそれだけではない。先程から自分を追っている何者かだ。究極対の自分がそう簡単に負けることなどはないはずだ。それなのに。その何者かはは彼の火炎団も爪も全て弾き返し、彼の胴体を斜めに切り裂いた。 「ルーチェモン様」お助けください、と半死半生になった彼は祈るように呟いた。嘗てはこうすれば自分には天から力が注ぎ込まれた。〈二年前〉の闇の闘士との戦いだって、この力があればこそ勝てたのだ。 「祈っても無駄だ」後ろから声がする。 「ルーチェモン様は私を決して見捨てない!」それは結局、彼の願いに過ぎなかった。 「お前は良くやったよ、最後の最後でしくじったとはいえ、この二年間のお前の働きでルーチェモン様は復活を早めることができた」 「お前はルーチェモン様の配下なのか?」ムルムクスは声に話しかける。「それならばなぜ私を襲う。私はあの方の腹心だぞ! あの方が作る闇の世界で、私は--」 「ナンセンスもいいところだ」声は彼の言葉を切り捨てた。「ルーチェモン様は再び闇に堕ちるような真似はしない。あの方は汚れのない、美しい地平に降りることを望んでおられる」 つまり。 「お前は邪魔だ」 ムルムクスモンには、その言葉を理解する時間すら与えられなかった。 「ナイトモン、もう終わっちゃったのかい?」闇の中から現れた女が騎士に言った。 「私が自分でとどめを刺したかったのに、私がこういう奴が一番許せないの、ナイトモンも知ってるでしょう」 「…あまりあなたの手を汚したくなかったんです」 「まだそんなことを言ってるのかい」声が鼻でわらう。「そんなことじゃ、これから先、いつムルムクスモンみたいに切り捨てられるか分かんないよ」 「そんな…」 「いや、あながち冗談じゃない。あの方のけしかけたゴーレモンとの戦いで〈龍〉が進化の兆候をみせた」 騎士は驚いた声を上げる。「それは…」 「ルーチェモン様の復活は近い、ということだ」 「あなたは平気なんですか」絞り出すように騎士は尋ねる。 「今のところはね。私は正義のヒーローだから」 「あなたの考えることは分かりません」 「でもお前は、私のパートナーだ」 「ええ、だからついていきます」 「そうか、ならいい。この後はパーティがあるんだよ」 「どこでですか」 「えーと」女が少し考え込んだ後に言った。 「〈アイス・ナイン〉だよ。世界を凍りつかせる物質の名前。私達の使命と同じだ」女はそう言うと、踵を返して歩き出した。騎士もそのあとを追う。 「行くよ、ナイトモン」 「ええ、コズエ」 二人の影は、夜の街に消えていった。 マダラマゼラン一号 2017-09-04T19:21+09:00 アシッド・ルースト・オール!≪07≫-3 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4770&mode2=tree        城の中庭から、どおんどおん、と音が立つ。地響きと共に空気が痺れ、電流のようなものが走る。場慣れしているイティアの騎士達から、悲鳴は上がらない。が、ろくに鍛えてもいない人間である千歳やエリアは、衝撃に体が翻弄される。辛うじて立ってはいるものの、特に千歳は紋章を使う余裕さえ持てなかった。  そんな中、再度雷が閃く。 「あぁあああ……!」 「ウイングドラモン!」  巨体を痙攣させ、顎が外れそうな程開き悶絶する青い龍を呼ぶマッハオガオガモン。瞬間、彼は正気を取り戻し――一瞬ではあるが気を失っていたらしい――身を起こす。 「……大丈夫! でも、動きヅラい……!」  電撃を何度も受けたウイングドラモンの体は固い鱗に覆われていながら、あちこちが煤け、裂傷を負っていた。加え、城壁に囲まれた狭い空間での戦いは、彼の動きを大きく制限している。翼も満足に広げられず、両手足を一振りすれば、建物どころか騎士デジモン達をも薙ぎ倒す危険があった。  マッハガオガモンもサポートに当たるが、庭にみっしり詰まっている仲間に行動を阻まれ、グリフォモンも電撃が落とされる度、テイマーの元へ戻らされるという不便を強いられていた。  思うように戦えない、戦わせて貰えない。 「アッハハハハハ!」  3体を翻弄し、高笑いを響かせているのは、黄金の仮面を被ったデジモンである。  一見しただけでは人間の女と見紛う姿。余すところなく鍛えられた肢体、露出の多い服。なにより右手に携えた、彼女自身の身の丈もありそうな棍棒が特徴的の。千歳やエリアとは別の種であると解る彼女は、黒い穴の出現と同時、城の守りを固めるデジモン達の眼前へ姿を見せたのである。  小柄な彼女は中庭を自在に動き回り、思い思いのタイミングで雷を撃ち、ウイングドラモンを翻弄して来た。青い巨竜の動きさえ封じ込めてしまえば、釣られて他の連中も制限出来る。そんな風に予め作戦を立て、攻め込んだのだろう。  更にだ。  黒い穴から現れたのは、もう1体。 「……メディーバルデュークモン……!」 「………」  白い鎧に金の装飾、紅のマント。額に輝くエメラルドグリーンの宝石が目を引く、 「あれが……」  附言の騎士。  エリアの呟きに千歳は注意深く観察する。  事前に聞いていた通り、確かに。良く知るデュークモンとは違う。武器もさながら、全てに於いて異なると断言出来た。  なにより、溢れ出して尚留まる事を知らない殺意。  ――エリアはここへ至るまでの間、これを一身に受けていたのか。想像するだけで、胃が迫り上がって来そうだ。 「チトセ、エリアと一緒に下がってて」 「グリフォモン」 「なんとか隙を作るから、城内へ」  そうしてくれないと、思い切り戦えない。 「………」  言外の意味を理解し、千歳は頷く。そして、それはエリアも同じだ。 「エリア、行こう」 「……」  この場へ残りたい本心を噛み殺し、2人は立ち上がる。同時、近くまで来ていた数体の騎士デジモンが、誘導約にと駆け寄って来た。が、 「おっとぉ、動くんじゃないよ騎士ども!」  寸での所で叶わない。女性デジモンの叫びは、戦いに慣れたデジモンの動きを止めさせてしまうまでの声量だった。  千歳の近くにいた彼らだけでなく、城壁の上でタイミングを見計らっていた仲間も、空中で攻めあぐねていた連中も、仮面のデジモンに圧倒される。見てくれはニンゲンと変わりない――しかも、アレは成熟期ではないか!  なのに、妙な予感が働いた。無闇に近付いてはならない。黙したままのメディーバルデュークモンも気になるが、それだけでは収まらない、ぬるま湯のような違和感が纏わり付く。  たった一声。それで全員を制御出来た事に満足したのか、女性型デジモンの唇が歪む。 「私らが乗り込んで来たのは、ヤケを起こしたからじゃない。どんな手を使ってでも、その小娘を殺せられればいい。その手段を持っているからだよ」 「……それをヤケって言うんじゃないのか」  思わずといった風に悪態をついたグリフォモンを、女デジモンは見下ろす。彼女達の方が視線の高い位置に在った。 「試してみるかい?」  私は吝かではないよ、と棍棒を向ける彼女に、グリフォモンは冷静に返した。 「挑発には乗らない」  僕だけでもね。 「……フン」  彼女は、表情を全く動かさないグリフォモンに、内心で舌打ちをしながら口端を下げた。そして、興味を別のデジモンへと移す――庭にいる中で、最も動揺しているであろう彼へ。 「……ッ!」 「マッハガオガモン」  喧騒に紛れ、エリアの声は届かない。  リアルワールドへ迷い出た時、ケルビモンの殺意を受けて尚、冷静でいられた彼。だが、眼前の青い猟犬は目に見えて焦燥していた。ウイングドラモンを気遣う素振りを見せていても、心ここにあらず。注視すれば、僅か呼吸が上がっている事も解る。 「今の話は本当さ、マッハガオガモン」  喉の奥で、くつくつと笑う女デジモン。 「私らは、トメヘ=ハライで擦れ違ったアンタのデータをスキミングして、アンタのテイマーの情報を得た。そして、あの紋章を送り付けたのさ」 「……!」  城外で、グラスマンと名乗る男が誓士達を前に話した内容は、同時に中庭でも行われていた。マッハガオガモンが進化を果たす前、未だテイマーとの邂逅も果たしていない時。彼自身も偶然訪れた水の都で、そんな事をされていたなんて。――エリアを危険に晒す原因を作ったのが、自分だったなんて。 「誰でも良かった」  女の言葉に、マッハガオガモンの体が大きく震えた。 「ふふふ、アンタ達は不運だったわねぇ? あの日、擦れ違っていなければ、いつか平和に会えたかも知れないのにさぁ!」  パートナーデジモンとは言え、デジモンは戦闘種。戦う事を蔑ろにしている訳ではない。戦う事で強さを得たい、その本能を捨てる事など出来る筈もなかった。  ただ、自分達――彼らには、それと同じくらいに大事なものがあったというだけ。  人間は脆く、デジモンのように戦える力を持たない。前線へ立たせれば、相手にひと噛みされただけでも死んでしまうだろう。  不釣り合い、いらない。  そんな事は。  思わず、後ろを振り返るマッハガオガモン。彼が真っ先に見たのは、彼の守りたい相手、唯一。  珍しく目を大きく見開き、青白い顔をしていると思った。  不安か。  ――そうだろうな、これまで怖い思いをして来た全ての原因が、最も傍にいた自分なのだから。  怯えているのか。  ――怯えずになどいられるものか。自分だって怖い。今すぐ自らの頭を殴り潰してしまいたいくらいには。自分のテイマーというだけで危険に晒してしまうなんて。戦う事は、やめられない。それでも、彼女を巻き込んでいいなんて思った事は一度たりともない。なのに、生まれた時からずっと知っていた大事な名を持つ相手を脅かす存在になってしまっていたなんて。 「――ア」  目の奥からも、腹の底からも湧き上がって来るどす黒い感情。誰へ向ければいいのか解らない憤怒、絶望。周囲の音は一切合切届かない。届くのは自らの鼓動。血液データが巡る音さえ鮮明に届くような錯覚。  駄目だ、ダメだ、と鳴り響く警鐘。  なにが、  駄目だ。  これ以上は戻れなくなる――! 「挑発に乗るなァ、マッハガオガモンッ!」 「ッ!」  全てを晴らしたのは、後方からの声だった。再び体が大きく震えると同時、視界が鮮明になる。眼前にはぼろぼろになったウイングドラモンと、彼を追い詰めた女性型デジモン。そして、未だ無言を貫いているメディーバルデュークモンが在った。  声の主は、グリフォモンだ。彼の咆吼は敵を倒す手段でもある。だからか、マッハガオガモンを捕らえていた黒い思考さえ、吹き飛ばしてくれたのかも知れない。  振り返れば、彼はマッハガオガモンのテイマーと彼のテイマーの前へ立ち塞がっていた。そうしながら真っ直ぐに青い猟犬を睨め付け、檄を飛ばす。 「どんな形であっても、テイマーと出会えた事を喜べ」 「……」  しかし、と視線を落とすも、グリフォモンは首を左右に振る。 「僕は嬉しかったよ。チトセを守って強くなれた。……あの旅があったからこそ、僕は今の僕になれたんだ」  あの旅、というのはマッハガオガモンには解らない。が、彼もまたデジモンで、究極体へ進化を果たすまでの経験を経た事は理解出来る。黒いメタルガルルモンも、はじまりの町でロトスモンを打ち負かせたカオスデュークモンも、そしてイティアで騎士を纏めるデュークモンも同じ。どんな困難も、きっと乗り越えて来たのだろう――テイマーと共に。その自信が、グリフォモンからは感じられた。  マッハガオガモンは顔を上げ、前方を見遣る。  立ちはだかる相手はどれも強大で、特に何度も対峙し、その度に煮え湯を飲まされたメディーバルデュークモンは群を抜いていると思う。こちらがボロ雑巾のようになっても、彼の鎧は埃さえ纏わなかった。腹立たしい、だが、それが完全体と究極体の差なのだろう。  力が足りない。しかし、グリフォモンはそんなマッハガオガモンの思考を読み取ったように叫ぶ。 「守り切ればお前の勝ちだ! アイツらを利用してやれ!」  視界が完全に晴れ、思考も鮮明になった。  守り切る。  単純な事だ、これまでずっとそうしたいと願って来た。そうしていると信じて来た。故に、これからも変わらない。どんな相手が立ち塞がろうとも。そして、周囲の究極体に追い付く為には、アレらを自分で倒せばいい。今は進化が出来なくとも、いつか訪れるその時の為。 「……ッ! ……そうしよう!」  両腕を構えるマッハガオガモンに、最早迷いはない。  再び戦う気力を取り戻した青いデジモンに、女性型デジモンは心底つまらなさそうに舌打ちをした。 「単細胞デジモンどもがァ……!」  棍棒を振ったところで、漸く――メディーバルデュークモンも動き出す。身の丈もある戦斧を一振りし、抑えきれない闘気を放った。城壁も空気も震わせる程の殺気は、さしもの騎士達も動揺する。  それでも、彼らもまた「守らなければならない者」だ。  気を入れ直し、黒い穴から現れた2体を睨む。マッハガオガモンだけではない、心底から羨望し、崇敬する存在に少しでも近付きたい。その思いを胸に戦っているのは。  壁内で始まった戦いの気配。時々聞こえる不快な笑い声と怒号に焦りを覚えるも、彼女達の元へ駆け付ける為には目の前で余裕の表情を浮かべる男――グラスマンと名乗る彼を退ける必要がある。  身を低くし、臨戦態勢を取るディノビーモン。対し、パイルドラモンは落ち着いた様子で誓士達へ声をかけた。 「街のデジモンとニンゲンの避難は完了したし、多少の被害は織り込み済みだ」  戦闘になったとて遠慮はいらない。  とは言え、今し方までデジモンや人間が行き交っていた場所を自分達の手で破壊するのは忍びないと思ってしまう。しかし、パイルドラモンは至極真摯に続けた。 「あの地獄から復興したイティアを舐めるなよ」 「解っているさ」  応えたのはメタルガルルモンだ。彼もまた、イティアの出。現役を退いたとは言え、騎士団の気概は骨の髄まで叩き込まれている。  メタルガルルモンは僅か振り返り、誓士にのみ告げた。 「……ここまで言わせてなにも出来ない程、君は良い子じゃないんだろ?」  俺を巻き込んだんだもんね、と言外に嫌みを飛ばされ、誓士は言葉に詰まる。 「くっそ、なんか腹立つけど――そうだな」  後で覚えてろよ、とひとりごち、D-sを構える。 「なんか変な動きをしそうになったら」 「ああ、任せろヒロキ」  洋貴とサイバードラモンも、小声で作戦を練っている。 「おやおや、ただの人間の私を攻撃すると?」  物騒ですねぇ、とグラスマンは大袈裟に肩を竦めて見せた。が、表情に焦りはなく、寧ろ余裕さえ感じさせる笑みを貼り付けたままだった。 「まぁ、いいでしょう。こちらも織り込み済みです。あなた方を倒した後で、ゆっくりとお姫様を掠いに行きましょう」 「うっせぇ、ロリコン野郎!」  誓士の声を合図に躍り出たのは、パイルドラモンとディノビーモン、そしてメタルガルルモンである。多勢に無勢ではあるが、騎士とは言えデジモンにタイマンという意識は皆無に近い。ただ、守るべきものを守り、眼前に現れた敵を倒す。彼らに共通しているのはそれだけだ。 「し、失敬な。私はこれでも――」  一番槍を狙ったディノビーモンの爪を、グラスマンは文句を言いつつひらりと躱す。人間が、と思うも一瞬の事。いけ好かない笑顔の裏には策があったと直感する。  続け様にパイルドラモン、メタルガルルモンと攻撃を加えるも、グラスマンはコートを靡かせ、横へ後ろへと避ける。 「――『デスペラード・ブラスター』ッ!」  メタルガルルモンの尾の一撃が躱されようとした瞬間、パイルドラモンが腰の生体砲を放つ。が、グラスマンはそれさえ難なく避けた。 「い、いくらなんでも無茶すぎるだろ」  洋貴の疑問に、サイバードラモンが渋い表情で答えた。 「アイツのメガネ、……って言うんだっけ。アレに取り付いているの、サーチモンっていうデジモンだ」 「え? あ、あれ、いつの間に……」  戦いに入る直前までは裸眼だった筈なのに。洋貴が視線を向けると、確かに彼は片眼鏡を使用していた。しかも、レンズではなく虫のような銀色のデジモンが張り付いている。 「サーチモンは、情報収集とか敵の気配を察知する能力を持っているんだ。もしかしたらアレの力を借りているのかも知れない」 「だから、メタルガルルモン達の攻撃も避けられてるのか」 「(……でも、あれは取り付いているとか張り付いている、って感じじゃないな)」  洋貴は捉えきれないらしいが、サイバードラモンの視力では解る。サーチモンは、グラスマンが身に付けている眼鏡に、半ば取り込まれているようだ。体が眼鏡のフレームと一体化、或いは食い込んでいるようにも見える。 「(なんだろう、凄く嫌な予感がする)」 「サーチモン。アレがコイツのパートナーデジモン?」  それにしても異様な様相だ。  パイルドラモンは、グラスマンというニンゲンを観察しながらも攻撃の手を緩めない。寧ろ、最初の頃から比べ手数は増えている筈なのだが。特に、メタルガルルモンの猛攻は息つく暇を与えない程だ。油断をしているとこちらまで巻き込まれ、塵になりそうだった。相方のディノビーモンもそれを気取っているのだろう、メタルガルルモンの様子に注意を払い、一定の距離を取っている。 「(……こんな戦い方をするヤツだったか)」  究極体へ進化を果たし、戦い方自体が変わったのか。或いは、テイマーを傍へ置くようになって色々変わったのか。 「(ウィルス種になっているのは流石に驚いたが)」  それも、見てくれだけの問題だ。再会を果たした時、嘗ての同僚であるとすぐに解った。言葉を交わした時も、特に目立った変化はなかったように感じた。それだけの事が彼らに降りかかり、今に至るだけなのだろう。無責任な話だが、彼らが問題視していないのなら、パイルドラモンがとやかく言う必要は皆無である。  まずは、眼前のニンゲンをなんとかしなければ。  その瞬間、 「……おあつらえ向きに、ふふ……」  ニンゲンが、自分を捉えている事に気付いた。  背筋を駆け上がる悪寒、頭の中に鳴り響く警報。  瞬時に解る。ただのニンゲン――だが、コイツはヤバイ、と。 「ディノビーモン、メタルガルルモン! そいつから離脱しろォ!」 「!?」  パイルドラモンが警告するより早く叫んだのはサイバードラモンだった。彼もまた戦闘へ参加しようとしたのだが、眼鏡に取り込まれたサーチモンの姿に警戒を強め、ひとり俯瞰で観察していたのである。そして、パイルドラモンと同じように――同じタイミングで、グラスマンという男の異変を気取ったのである。  明確な理由は解らない。ただの直感。だが、それは正しかったのだと。  グラスマンは、銀の意匠の杖を突き出す。 「――パイルドラモン、ディノビーモン!」  高らかに名を呼ばれた2体は直後、金縛りに遭ったように動けなくなった。目に見えない縄、鎖。或いは巨大なビニールで覆われたような感覚。  メタルガルルモンは宙へ逃れ、誓士の元へ戻ろうとする。  しかし、 「――デジクロス!」  一歩、遅かった。彼は、上空から全てを目撃する事になる。嘗ての同僚とその相棒が文字通りの変化を遂げる様を。  イティアの国を全て包む程の光と圧迫感。音も立てないそれらが収束した時、誓士達の眼前へ現れたのは、グラスマンだけではなかった。黒い鎧、赤い仮面。ビロードのような質感の両翼。金色の爪を携えた、街の半分を覆い尽くさんばかりの青い巨竜。 「い、……インペリアルドラモン!?」  天へ向かって雄叫びを上げるのは、見紛う筈のない皇帝竜。  グラスマンは彼の出現を満足そうに見つめ、ワラった。 「さて、本物の騎士を手に入れました。これで私も騎士、いえ、――王様ですかねぇ?」 【続く】 お疲れ様です、ENNEでございます。 アシッド・ルースト・オール! 7話でした。 日常パートを多めに、と思いましたが、そんな訳ぁない、みたいな落差を楽しんで戴ければ幸いです。 もしこれが最初だったなら、マッハガオガモンも(も)ウィルス種になっていたかも知れません。そんな展開でしたが、前回と違うのは周囲にいるデジモン達でしょうか。闇のトレーマニュアルがある以上、油断は出来ませんが。 そして、敵陣営の目的とデジクロス。 デジクロスは一度使ってみたかったシチュエーションなので楽しかったです! 相手方も揃い踏みですし、この先どうなるんでしょうか。 それではまた。 前回、眼鏡も好きだぞを強調してくださった夏Pさん、感想をありがとうございました。今回も眼鏡を強調してみましたが、如何でしょうか?^^ ■トロムロイア、アシッドに共通する過去作は、自サイトにて公開しております。興味を持たれた方は是非足をお運びください。 【Egg and I】 http://someya08.sunnyday.jp/cool/index.htm       ENNE 2017-09-01T20:08+09:00 アシッド・ルースト・オール!≪07≫-2 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4770&mode2=tree       「お、なんだ誓士じゃん」 「洋貴」  城門へ出る途中、遅れて来た級友と合流した。勿論、彼のパートナー・サイバードラモンも一緒である。  と、気楽に挨拶をしたものの、洋貴は誓士の後ろへ立つ人物に気付き、思わず息を詰まらせた。 「え、ええと、クロル、……サン」 「……」  身長180センチ強――本人曰く190は無いらしい――洋貴達からすれば、大男。強面の、いかにも取っ付き難そうな見てくれの彼は、エリアの仲間のひとりだ。  彼は洋貴の様子に眉間の皺を深め、溜め息を零す。 「……呼び捨てで構わない」 「え、でも」  困った表情の級友に助け船を出す誓士。 「同い年だってよ」 「嘘ォ!?」 「エリアの方が学年ひとつ上だそうだ」 「マジか……! あ、でもそれはなんとなく解る気がする」  言われてみれば確かに、妙な落ち着きがあった。口調もそうだが、彼女を取り巻く状況がそうさせているのかと思ったが、それにしてはとも感じていたのだ。 「へぇー。あ、じゃあ、改めてよろしくー」 「こちらこそ」  まぁ、いいか。  いつもの調子を取り戻し、洋貴がクロルへ手を差し出すと、彼もまた躊躇いなく手を握り返して来る。意外とフレンドリーなんだなぁ、などと思っていたが、 「ギャ――!?」  力強さは見た目通りだったらしい。  悲鳴を上げる洋貴を眺めながら、誓士は薄ら笑いを浮かべた。 「同い年でこの違いだもんなぁ、腹立つ」 「知ってたなら教えろよ!」 「いや、思いっきりやってやったら喜ぶって言っといた」 「馬鹿じゃないの!?」  若干、痺れの残る手を振り上げ、洋貴は誓士を殴り付ける。ふざけんな、と足技で応戦する彼を見やり、クロルはもう一度溜め息を吐いた。 「えーと、まぁ仲良くやれそうで良かったねぇ」  わはは、と笑いながら見守るサイバードラモンを、メタルガルルモンは意味ありげに見詰め返す。と、彼はその意図を正しく読み取り、牙を見せて更に笑った。 「だって、クロルに悪意はなかっただろ。こんな事くらいでは怒んないよ」 「……」 「くそー。出迎えとか殊勝な事をするなー、と思ったんだよ……」  殊勝なんて言葉、よく知っていたな。そんな風に感心する誓士だが、ギリギリの所で口を噤む。彼の横で頷くサイバードラモンも同じ事を思ったらしい。 「違げぇよ。腹減ったから、なんか買いに出ようと思って」  2人の本心に気付かず、洋貴は「なんだぁ」とつまらなさそうに唇を尖らせた。 「早めに言ってくれれば弁当でも作って来たのに」 「何人いると思ってんだ。ウイングドラモンの分とか無理だろ」 「あー……うん、そうだなぁ。調理場とか借りられない?」  視線を移した先にはメタルガルルモンが。彼は元々、このイティアに属しており、城内の事には詳しい筈と思ったのだ。  メタルガルルモンは当惑しながらモゴモゴと呟く。 「……あるにはあるけど、使えないと思う。ここにいる連中は基本、ニンゲンみたいに味の工夫をしない」 「じゃあ、なんで調理場なんて作ったんだよ」  無用の長物じゃねぇか、と文句を言う誓士に対し、メタルガルルモンは知らないよと語調を強める。 「デュークモンが、リアルワールドのチュウセイ? の城のデータを使ったとか言ってたから、その辺りが理由なんじゃないの」 「そんな、カタログから選ぶみたいな」  チュウセイって、中世か。  呆れたような誓士に対し、今度はサイバードラモンが。 「俺の村もリアルワールドのデータを参考にした部分があるからね、珍しい事じゃないよ」 「そうなのか」 「……」 「クロル?」  会話に加わらず天井を見上げていたクロルに声をかける。と、彼は我に返り、「なんでもない」と言葉を続けた。 「それで、どうするんだ。デジタルワールドの金は持っていないが、荷物持ちくらいなら付き合える」 「だってよ。お前もどうすんだ、洋貴」  誓士が話を振ると、洋貴は暫く考え込んだ後、仕方ないと顔を上げた。 「行くよ。調理場の件は、今度デュークモンに聞いてみる」 「諦めの悪ィヤツだな」  感心するよ、と頭を掻く誓士。 「まぁ、それもヒロキだからねぇ」  なんだか機嫌の良いサイバードラモン。クロルは2人の様子を眺め、何かを確かめるように頷いた。 「ヒロキは、料理が得意なのか」 「まぁね、趣味程度だけど」  照れたように笑う級友に、「嫌みかよ」と誓士が零す。  肘を打ち合いながら城外へ歩く2人と、その後に続くクロルとデジモン達。  まだ日も高い事から、城下は活気に満ちあふれていた。至る所から食欲をそそる匂いが漂い、腹の虫が今にも鳴き声を上げそうだった。 「なにか気になるんだ?」  歩く順番から自然と会話を引き継いだのは、サイバードラモンである。メタルガルルモンは我関せずと、しんがりに徹していた。 「いや、俺は全く料理は出来ない」 「そうなんだ? ヒロキは凄く上手いよ!」  エヘン、と得意げになるサイバードラモンに、「そうだな」とクロルは返す。 「出来ないからこそ、出来るヤツは凄いと思う。単純にな」 「マジか、……うわー!」  茶化すでもなく真摯に褒められ、洋貴は更に照れた。 「あんま褒めてやるなよ。コイツ、調子に乗るから」 「別にいいだろ。夏休みに入っちゃって、なーんか作り甲斐がないと思ってたんだ。明日はなんか作って来るよ!」  期待してて、と笑う洋貴に、後方のサイバードラモンが腕を上げて喜んだ。こりゃあ、明日は重箱持って来る気だな、と、今度溜め息を吐いたのは誓士だった。  手近な店で食料を見繕い、袋へ詰めて貰う。メタルガルルモンが言っていた通り、確かに。店先へ並ぶ食べ物は、食べ易い大きさに切っただけの物や焼いただけのもの、軽く素揚げされたものが多く見受けられる。果物などは、そのまま飾られていた。  そう言えば、最初にデジタルワールドを旅した時も、揚げパンのような物を食べた事があったと思い出す。  因みに、パンは誰かが焼いた物ではなく、デジタルワールドの木に生っている実、らしい。深く考えてはいけない。 「そういや、もうひとりの。ボガートって言ったっけ? 一緒じゃないんだ?」  店主へ代金を渡し、踵を返した洋貴の質問に、クロルの表情が険しくなる。彼の両腕には、食料の入った紙袋が抱えられていた。 「……セットで考えられても困る」 「え? 仲悪いんだ?」 「……」  悪意のない質問にクロルは口籠もり、やがて何度目かの溜め息を吐いた。 「あいつは城のデジモンと意気投合して、城内を案内して貰っている筈だ」 「お前も、どっか向かう途中だったんじゃねぇのか」 「……いや、別に」 「別に、ねぇー?」  意味ありげに笑う誓士に、クロルの表情が更に厳めしいものになる。そんな2人の様子に、洋貴は首を傾げるばかりだ。 「……別に、勘ぐるような事はなにもない。色々と無茶をするから、放っておけないだけだ」  誰、とは明言をしていなくとも、話は通じる。  ここへ至るまでの間もずっとそうだった。旅へ同行したのも、同郷、幼馴染み同士だからという理由が半分。その彼女が無茶を通し、自分の知らない所――知っている所でも消えてしまう事が、なんとなく許せない。そう思ったのが、残り半分の理由だった。  クロルがヤタガラモンと出会いデジタルワールドを知ったのは、つい最近。誓士とは違い、偶然に寄る部分が大きい。  そんな中、こちらも偶然に再会を果たした彼女――エリアが、デジモンに命を狙われている事を知った。  すぐには行動へ移さなかった。  移せなかった。  踏み込む事を躊躇うだけの理由は明確だった。リアルワールドで育った彼には、命の危機に晒された経験などなく、すぐ側まで寄って来た死というものを感じ、恐怖してしまったからである。  が、立ち竦んでいただけでは後悔しただろうし――許せないという気持ちを自覚したのもこの時である――多分、退いてしまったら、なにより自分をも許せなかっただろう。  許せない。  そんな風に直感した理由は、未だ不明だ。それでも旅に同行しているのは、後悔をしたくないから。  細かい理由なんて、後で理解すればいい。許せない理由に気付いた時、自分が行動を起こしていれば『望まない結果』を回避できた、と『気付きたくない』のだ。 「(自分が嫌な思いをしない為に、……結局、自分の為でしかないんだろう、が)」  昨夜、はじまりの町であった事を思い出す。あんな所に温泉があるとは知らなかったものの、一糸纏わぬ彼女を見てしまった。湯気はあったとは言え、湯面から露出している全ての部分を直視したと思う。湯に浸かって上気した肌も、濡れた毛先も、ささやかな女の膨らみも。  同郷には、もっと女性らしい容姿の友人がいる。……筈なのに、あれ以降、鳩尾の辺りがざらざらして仕方がない。誓士達に勘ぐられるような間柄でも、そんな感情も持っていない筈なのに、だ。  ただ、あの時の酷く驚いた表情も忘れられなくて。 「(……両手で掴めば折れそうな腰だった)」  大袈裟な表現だが、とにかく細い印象を受けた。 「……」  これ以上考えるのはやめよう。  クロルは頭を振り、平静を保つ。思い出していた時間は、ほんの僅かなもので、クロルの心の内など誰も気付かなかった。 「まぁ、無茶を放っておけねぇってのは解る」  うんうんと頷く誓士に対し、洋貴とサイバードラモンも強い同意を見せる。 「本当にね、解る」 「うんうん、解る解る」  視線の先にいるのが自分と気付き、誓士が最も近くにいた洋貴を殴った所で、クロルは安堵の溜め息を吐いた。あまり突っ込んで聞かれても答え難い。自分でも整理しきれていない事を話すのは苦手だ、と思いながら。  ――その時。 「……ッ!?」  城の内、城壁の向こうに閃光が走る。  黒々とした大きな穴、それを包み込むようなエネルギーの筋が、バリバリとけたたましい音を立てている。  街中のあちこちで、驚愕の声と悲鳴が上がった。瞬間、つい今し方までおちゃらけていたサイバードラモンの表情も硬くなる。が、 「――セイジ」  只1体、黒い機械狼だけは動じず、いつの間にか誓士達の前へ歩を進めていた。 「メタルガルルモン」 「……アイツ」 「え?」 「あのニンゲンだ」  なにが、と問いながら顔を上げる誓士。そこには、 「おやおや、気付かれてしまいましたか」  逃げ惑う街のデジモンと、決して少なくはない人間の中、彼らを気にした様子も見せず立っている男がいた。深い黒のコート、黒い杖に銀の握り。一見柔和に見える表情をしているが、周囲の焦燥も相まって、彼の異質さを際立たせていた。 「善良な一般市民に溶け込んだつもりでしたが、上手くはいかないものです」  丁寧な口調の男に対し、メタルガルルモンは「黙れ」と低く唸る。 「俺は鼻が利く」  警戒と敵意を剥き出しにした金の目で睨め付ける。と、男は杖を持ち替え、「そのようです」と告げた。  まるで、自分達がいる空間だけが別世界になった感覚。逃げ行くデジモン達も、自分達が元からいない者のように横を擦り抜けて行くだけ。  そんな中、誓士は半ば信じられないという風に呟いた。 「まさか」  ――コイツも、メディーバルデュークモンやロトスモンの仲間なのか。  彼は、誓士の反応を満点だと言わんばかりに笑みを深めた。そして、腕を胸の前へ置き、軽くお辞儀をする。風体だけなら紳士のようだが。 「初めまして。私は――そうですね、グラスマンと名乗りましょう」  グラスマン?  耳慣れない音に、誓士も洋貴も眉を顰める。が、彼は構わず得意そうに言葉を続ける。 「騎士という柄ではありませんが、お姫様を迎えに来ました。大人しく渡して戴ければ、引き上げさせましょう」  暗に示されたのは、城の内に現れた黒い穴の事だろう。そして、男の言う「お姫様」が、エリアである事も。  それを理解し、誓士は瞬時に叫ぶ。 「ふざけんな! テメーみてぇな得体の知れねぇヤツに、はいそうですかと渡せる訳がねェ!」  と、その時。 「――セイジ、メタルガルルモン!」 「!」  頭上からの声と共に、空を切る音。次いで、男の体が彼の後方へ退いた。  誓士達の視界を遮るように現れたのは、持ち場へ戻っていた筈の、 「パイルドラモン! それから、……ええと、ディノビーモンだっけ」 「……」  スナイモンが進化した騎士と、共に戦うイティアのデジモン。彼は何も語らず僅か頷いただけに見えたが、どうやらヤタガラモンと同じく無口な性格らしい。代わりに開口するのはパイルドラモン。そういう役割のようだ。 「すまない、遅くなった。街にいたデジモンやニンゲンは、他の連中が避難させている」  気付けば、周囲の店や街路には誰の気配も感じられなくなっていた。もっと大規模な混乱が起こると思っていたのだが、商品が僅か散乱しているだけで、目立った被害もない。イティアで商売をしているデジモン達は、騎士達の指導の下、有事に備え避難訓練を行っているのだ。誓士達がその事実を知るのはもう少し後になる。  パイルドラモンとディノビーモンの出現に、男は大袈裟に肩を竦めて見せる。 「……本物の騎士のご登場ですか。これではまるっきり、私が悪の魔術師かなにかですねぇ」 「違うと言うなら理由を言え」  誓士が語気を強めた所で、メタルガルルモンが忠告する。 「セイジ、焦っちゃ駄目だ」  駄目だよ。  念を圧され、奥歯を噛み締める。耳の下で、ギリッと嫌な音が響いた。  黒い穴が出現したのは、すぐ側に聳える城壁の向こう。メタルガルルモンに頼めばひとっ飛びの距離だ。が、眼前に現れた男を放置して行ける筈もない。――穴のある場所が城の中庭で、そこにはエリアだけでなく千歳がいると解っていても。  グリフォモンという彼女のパートナーが一緒なのだから、とは思う。が、心配をしなくてもいい理由になる筈がない。  誓士は男を睨みながら、細く息を吐く。 「……ああ、解ってる」  メタルガルルモンは、良くも悪くも自分のパートナーだ。見るべき部分はしっかり観察してくれている。何かと言い合いになる事が多くても、頼りになる場面の方が多い。  一呼吸置いた事で、冷静さを取り戻す。  後ろにいる洋貴やサイバードラモンも、相手のリアクション次第では、すぐに行動を起こせるように態勢を整えているらしい。パートナーが側にいないクロルは、彼らの更に後方にいるようだ。 「……何故、エリアを狙う。あの紋章を送りつけた理由もだ」 「まぁ、隠す必要のない事ですし、なにが悪であるかも個人の基準によりますからね」  誓士の質問に答えているようで、先に彼自身が口にした言葉への言い訳でもある。 「ですが、……そうですねェ?」  男の唇が、黒い半月を描く。見る者の警戒を煽り、背筋を凍らせる程の。 「紋章を贈ったのは、ランダムです」 「は?」  素っ頓狂な観客の声に、グラスマンの目が嬉しそうに歪んだ。 「誰でも良かった。ただ、彼女のデータが側で手に入ったからですよ」 「手元に……だと?」 「把握しているんでしょう、――愛情のデジメンタル」 「!」  名を呼ばれ姿を見せたのは、桃銀の騎士――ロードナイトモンと彼のテイマー。 「蒼子……!」  用事があると別行動をしていた彼女達は、音も気配も感じさせず、こんな至近へまで迫っていた。場慣れしていると言うか、抜け目ないと言うか。どこからかこちらの様子を監視していたのかとさえ思う手際の良さだ。 「ごめんなさい、誓士くん。涙さんから聞いていると思いますが、これがまだ確定していなかった情報なんです」 「確定していなかった、……材料がどうとか言っていたヤツ?」  洋貴の疑問に、「はい」と蒼子が頷く。 「でも、今ので確信が持てた」  顔を真っ直ぐ前へ向ける彼女は、どこか冷たさを感じさせる程に真摯だった。涙や恭華達と一緒にいる時はからかわれ真っ赤になる事も多いのに、こと、デジタルワールドの事件に関わると落ち着き払う。  蒼子の言葉を継いだのは、口を開けば言葉の悪い――限った相手のみだが――ロードナイトモンだ。 「……水の都、トメネ=ハライへ攻め込んだのはお前達だな」 「ッ!?」 「オファニモンと連絡を取れなくなったのも、ムゲンドラモンと奇跡のデジメンタルをどこかへやったのも」 「奇跡、……芳の事か!」  叫んだ誓士に、蒼子は肯定の意味で頷いた。  芳――陸 芳(リク=ファン)は、蒼子達と同じデジメンタルの一角で、奇跡を冠する。見た目は小学生くらい、デジタルワールドの住人になって数年の少女だ。生意気な性格で、初めて顔を合わせた時は面食らった者だ。が、数年を経て以降、随分落ち着いたと聞いている。  その彼女が、パートナーのムゲンドラモンと共に消息を絶っていたなんて。  そして、水の都トメネ=ハライ。  あまり馴染みはないものの、水が豊富な美しい国と記憶している。そこが、敵の手に落ちたという事実に、誓士だけでなく洋貴も動揺を隠しきれなかった。 「数日前から水の都を治めるオファニモン、そしてそこを訪れていた芳とも連絡が取れなくなっていたんです。私達はその原因を探っていた所でした」 「それが、どうしてエリア達との事と繋がっていると?」  思わず、といった風にクロルが問う。  蒼子はちらりと城壁を見遣り、表情を変えずに告げた。 「どうやら、トメネ=ハライの周辺には、ダーク・タワーが建てられているようなんです」 「ダーク・タワー!?」  はじまりの町に現れたロトスモン。彼女がエリアを殺す為、周囲のデジモンから進化の力を奪おうと持ち出した、あの黒い柱の名称だ。  脳が泡立ち、全てが繋がったように思う。  が、それだけではない、と蒼子は続けた。 「そして、マッハガオガモンがエリアと出会う直前まで滞在していたのも――トメネ=ハライです」       ENNE 2017-09-01T20:07+09:00 アシッド・ルースト・オール!≪07≫-1 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4770&mode2=tree        ――。  この国はイティア、という名らしい。  デジタルワールドに点在する国のひとつで、デュークモンを筆頭とした騎士団を持つ、恐らくは最も強固な地。西方の水の都・トメネ=ハライも防人という警備隊を置いてはいるが、純粋な戦闘力のみならば、イティアに劣る。  ざらりとした乾いた風の吹く国だが、デジモンや人間が多く訪れる。  彼、も、その内のひとりだ。  人間、だろう――多分。黒く長いコート、右手に携えた黒檀の杖には、果実の意匠が入った銀の握りが光っている。それを軽やかに振りながら、イティアの城下町へ入って行く。そして、薄い色の付いた眼鏡の向こうへ人当たりの良い笑顔を浮かべ、活気の良い町を満足そうに観察していた。 「ああ、――いいですねぇ」  戦闘種と言っても、やはり生きる為の生活は必要だ。そして、未だ進化を果たせていない幼年期、成長期を見守ってやる事も。  彼は懐から1枚の紙幣を取り、眼前の店主へ差し出した。人間の世界でも見慣れたドル紙幣が、このデジタルワールドに於ける通貨らしい。  毎度、などと軽い挨拶をし、店主が彼へ渡したのは干した果物の欠片のような。彼もまた挨拶をし、店を離れた。  鼻歌交じりに、それへ齧り付く。甘酸っぱいような辛いような、なかなか形容し難い味ではあるが、悪くはない。こういった物が流通するようになったという事は、イティアはもう、数年前の戦いから完全に復興したと思っていい。  一面の焼け野原、至る所で行われる蹂躙。己の身ひとつで繰り広げられる戦い。それらのなんと、無上な事か。 「……ふ、ふふふ」  彼は、果物を全て飲み込むと、再び杖を振りながら歩き出す。石造りの街路、高らかな足音と共に。  目指す先は、この国のほぼ中央、最も目立つ建造物。騎士団が常駐する城だった。  デュークモンからの話を聞き終えた一行は、思い思いの場所で時間を過ごす事になった。  はじまりの町を出たのは朝でも、イティアへ到着した頃には昼を随分過ぎていた。エリアへ送られたメールの発信源までは1日も要さないが、デュークモンによれば、そこは夜行性のデジモンが多く生息するらしい。無用な戦闘は避けるべきだという忠告を重視し、目的地へは夜が明けてからの出立と決まった。  基本、デジタルワールドでの移動は広大な地上を歩くか、空を飛ぶ事が多い。飛行能力に長けたデジモンが多くいるのは僥倖だが、嘗て同じ経路を数日かけて徒歩で移動した誓士達は、半日程度で済んだ事に安堵していた。  先に説明を受けた場所、城の中庭へ残ったのは、千歳とグリフォモン、そしてエリアとマッハガオガモン、ウイングドラモンである。 「そろそろ兄さんと洋貴が来るかも知れねぇから、迎えに行って来る」 「では、私も所用を済ませて来ますね」  誓士とメタルガルルモン、蒼子とロードナイトモンは、それぞれに外へ出て行った後だ。そして、 「どうして俺がお前に付き合わないといけないんだ」 「まーまー! 堅い事言うなって! ……じゃーな、エリア。また後で!」  クロルも、強引なボガートに連れ出されてしまった。ヤタガラモンは無言の内に姿を消していたが、城の上空からテイマーの様子を見ているのだろう。 「ヤタガラモンは無口なんスよー、なんか凄く難しい言葉を使うし頭固いし」 「……クロルさんに似てる?」  千歳の疑問に、「そうっスね」とウイングドラモンが。 「あ、でも、クロルはああ見えて結構感情的っス。よく、ボガートと殴り合いをしてるから」 「えっ」 「そんでエリアに怒られてるんス!」  なはは、などと笑うウイングドラモンを見上げ、グリフォモンが感心したように唸る。 「意外だなぁ、大人しそうに見えるのにねぇ」  私の事か、とエリアは溜め息を吐いた。 「……どうしようもなくなった時だけですよ。放っておいたら本当に流血沙汰ですから」 「仲悪いの? あの2人……」  そうは見えなかったけど、と彼らが去った入り口を見る千歳に対し、エリアは首を左右に振る。 「喧嘩はしますけど、気が合う部分もあるんです。でなければ、10年以上も付き合いは続いていませんから」 「そっか。そういえば幼馴染みなんだっけ」 「はい。メールでは繋がっているので、よく遊びに行ったという話題は聞きます」 「喧嘩する程仲が良い、ってヤツかなぁ?」  身近にもそんな過去を持つ人間がいたな、と思い出し、千歳は眉を顰める。 「でも、本気の流血沙汰は簡便だわ……」 「チトセ、これでいいでしょうか?」 「あ」  体格の良い2人が殴り合うらしい光景を想像し、うんざりしたように溜め息を吐くチトセに、エリアが問いかける。見遣れば、彼女の手には中庭へ植えられていた葉が数枚、軽く握られていた。  覗き込んだ後、「うん」と頷く千歳。 「大丈夫、全部使える薬草で合ってるわ」 「良かったです」  解散したものの、狙われているエリアは城の外へ出る事を制限されていた。デュークモンから休む為に宛がわれた部屋か城内なら自由に過ごしていいと言われたものの、移動が出来ないウイングドラモンも気になって、中庭へ留まる事にしたのだ。  そこで、騎士団のデジモン達がなにやら作業をしている事に気付き、手伝いを申し出た。有事の際に植えておいた薬草の取り入れである。  薬草と聞いて、黙っていられなかったのは千歳だ。過去に取り入れの経験があるだけ、あっという間に作業内容を覚えてしまった。そしてエリアもまた真面目な性格が功を奏し、千歳からお墨付きを貰ったという訳だ。これなら、と先に薬草を採っていた騎士達は彼女達に作業を任せ、他の持ち場へ戻って行った所である。  幸いな事に、中庭には柔らかい草の絨毯が敷き詰められており、ウイングドラモンやグリフォモンが羽を休められるうってつけの環境だった。マッハガオガモンは移動をウイングドラモンに頼っていたので、どこへいても問題はないとの事でエリアの側に控えていた。 「薬草は加工して使うんだって。怪我をした時はそのまま貼ればいいんだけど、病気なんかになった時は、乾燥させたものを磨り潰して飲むそうよ」 「成る程、今から準備しておく必要があるんですね。これなら私でも出来そうです」  頑張ります、と意気込んで、薬草の摘み取りを再開するエリアに対し、千歳は苦笑した。 「そんな気負わなくてもいいのに」  そうだよぉ、と間延びした声でグリフォモンが続ける。 「僕みたいに四足歩行のデジモンや、マッハガオガモンのような手の大きいデジモンには摘めないからね。細い指のニンゲンに手伝って貰えるだけ、ありがたいんじゃないかなぁ?」 「オレなんて、屈む事さえ出来ないっスもん」  屈むどころか根こそぎ引き千切ってしまう、と不満げなのはウイングドラモンだ。  明るい声の彼らに対し、エリアは少し言葉のトーンを落とした。 「……いえ。その、体を動かしていないと落ち着かなくて」 「落ち着かない?」 「はい。……デュークモンも、敵の襲撃を受けたのは私の所為ではないと言ってくれましたが、そうですかと納得出来ませんし」  先の戦いによる被害の規模がどれ程のものになったのかまでは、エリア達の元へは届けられていない。が、戦闘が上空で繰り広げられた以上、真下へのダメージがゼロとは考え難かった。  自分がイティアへ来た事で誰かが傷付く。例え、覚悟と共に戦ってくれる仲間であっても避けたい事なのに――そうしたくない為に頑なな姿勢を貫いて来たのに――当たり前と甘受出来る筈もなかった。  一度は反故にしてしまったが、無茶をしないと宣言した手前、そして自分がそうする事で苦しむ相手がいると理解した以上、逃げ出す事はしない。が、それでも悩み迷わない筈がないのだ。  それでも、とエリアは言葉を重ねる。 「涙が言っていたんです、待つ事も大事だと」  ――牙を剥くタイミング、爪を突き立てるチャンス、情報収集。ただ待っているだけではなく、出来る事をひとつひとつ潰して行く。  誓士が最初に言っていた事とも通じるのだろう。戦うだけが全てではない、戦えない人間でも『戦える』手段、己の我が儘を通す方途――薬草を集める行為もその内のひとつと理解すると、胸にすとんと落ちた。  本当に、リアルワールドの森で誓士達と出会って以降、人に恵まれていると思う。もし、諭してくれる相手がいなかったら、強引に助力を申し出られなかったら、今頃自分は命を落としていたと痛感する。メディーバルデュークモンは、それ程の相手だ。  声だけでなく、表情まで影を落としたエリアを横目に、グリフォモンは足取りも軽やかに千歳の隣へ立った。 「ま。守る事はここのデジモン達に任せておけばいいよ。流石騎士大国なだけあって、『守る』ってシチュエーションは凄く燃えるみたい」 「あっ、このテンションの高さはその所為っスか」  ウイングドラモンが頭を擡げた先に見えるのは、彼が身を起こせば眼下に捉えられる城壁。ほぼ同じ目線の高さで蠢くデジモン達は、イティアの騎士デジモン達だ。彼らは銘々の武器を手に周囲の様子を注意深く伺い、忙しなく動き回っている。  確かに、ウイングドラモンも指摘した熱気は感じていたが、騎士の国独特の雰囲気かと思っていた。言われてみれば、ちらちらとこちらの様子を見られているような。城内からも顔を覗かせているデジモンの姿も視界の端へ映り込む。  苦笑する千歳に、ウイングドラモンが牙を見せながら笑った。 「でも、なかなか素直に守らせてくれないっスよ、エリアは」  ねー、などと意味ありげに首を傾げられては、エリアは困ったように首を竦めるしかない。 「お姫様なんて柄じゃありませんよ。それならチトセの方が余程それらしいです」 「えっ、何で私」  大変だなぁ、とまるで他人事のように聞いていた千歳は、名を呼ばれ体を大きく震わせた。見開いた目でエリアを捉えると、彼女もまた至極真面目な表情で見詰め返して来る。  日本人とは違う目の色、丁寧な言葉遣い。話す事に少し慣れたとは言え、背筋を伸ばした姿を前にすると気圧されしてしまう。  すると、彼女は1度頷いて、僅か微笑んだ。 「同性である私から見ても、あなたはとても可愛いと思います」 「ひっ」  思わず悲鳴を上げ、手にしていた薬草を落としてしまう千歳。  決して嫌な気分になった訳ではなかった。同性からでも可愛いと言われ、体が勝手に震えてしまったのだ。まるで誓士に言われた時と同じように――ああ、グリフォモンに注意はしたが、確かに誓士とエリアは似ているかも知れない。臆面もなく他人を照れさせる部分は!  そんな事はない、お世辞でも嬉しい。  そのどちらの返事も出来ず、千歳は顔を覆い俯いた。そこで、今までずっと黙したままでいたマッハガオガモンが口を開く。 「エリア、デジモンにはニンゲンのような性別は無い。だから、守りたいと思ったヤツが全て対象になる」 「そうなんですね」 「ああ、目的があればモチベーションも上がるものだ」 「オレ達がテイマーの為にって思うのと似てる感じっスね」  成る程ー、と感心したように唸るのはウイングドラモンである。 「パートナーデジモンと、騎士、……」  エリアは摘み取った薬草を眺め、静かに呟く。  大葉より一回り大きいそれは、微かに薄荷に似た匂いを漂わせている。気分が滅入っている時に嗅げば、少しすっきり出来たかも知れない。 「(何をするのが正しいのか、……その答えがはっきりすれば良かったのに)」  落ち着かず、気持ちばかりが逸る。守られる事だけが正しいのか、出来る事は他にもあるのではないか。待っている状態が嫌な訳ではない。……解っていても、最短の解決方法を求めている自分がいた。 『出来る事をひとつひとつ潰して行く』  その言葉を放った彼女だけでなく、それを聞いていた彼女も随分落ち着いていた。伝え聞いたデジメンタルの事は、エリアが想像するよりずっと複雑だろうに、彼女達はおくびにも出さなかった。 「(私もまだまだ未熟という事か)」  恐らく、彼女達の様子を見てしまった事も、気持ちが逸る理由になっているのだろう。僅かながら、「ああなりたい」という理想が芽生え、あんな風に誰かの――、 「(……力になれたら? ……そうなる為には)」  ……。  なにかが頭へ浮かびかける。  しかし、未だ鮮明にはならず、黒い靄がかかったような感覚と共に、軽い頭痛が起こる。 「どうした、エリア」 「あ、……いえ」  ひとりで考え込む癖を直さなければ。  顔を上げ、心配を寄越すマッハガオガモンに、僅か笑って見せる。訝しげな表情の彼は、もしかするとエリアの内意を解っているのかも知れない。それでいて指摘しないのは、寡黙な性格だけが原因ではないのだろう。  私はなにをしたいんだろう、――なにをすればいいんだろう。 「……なんでもありません」 「……そうか。……」  なにかを言いたげにしたマッハガオガモンだが、溜め息を零し、口を閉ざす。そして、グリフォモンもまた彼女達の様子を眺め、「ふぅん?」と頭をぐるりと巡らせた。 「(悩んじゃうのは、ニンゲンのオンナノコってヤツの特徴みたいなモンなのかなぁ?)」  すぐ側で俯きながらぶつぶつ文句を言っているテイマーをも見遣り、グリフォモンは言葉に出さず考える。が、 「ま、エリアは小さいから幼年期並に守りたくなるかも!」  脳天気に笑うウイグンドラモンが、場の雰囲気を全てブチ壊してしまった。 「おい」 「あっ」  流石に驚いたマッハガオガモンに低く凄まれ、青い巨竜は自分が失言した事に気付く。それも、時既に遅しである。 「……」  すっかり自分の思考へ落ち込んでいた筈のエリアにも、彼の言葉は届いていた。そうでなくとも、自分が最も気にしている部分を告げられると、嫌が応にも耳に付く。  小さい、とか。一番気にしている部分なのに……!  そう思うと同時、昨晩はじまりの町で体験してしまった色々がフラッシュバックし、崩れ落ちた。言葉も出ない。  そんな彼女の様子に、ウイングドラモンは巨体を戦かせ、大きな翼を激しく振った。 「わぁん、ごめぇんエリアぁ!」  城壁の上から悲鳴が聞こえる。きっと、ウイングドラモンの翼が騎士達にも被害を及ぼしているのだろう。しかし、青い竜の巨躯が、彼らの姿を完全に隠してしまって様子をうかがい知る事は出来なかった。  まぁ、僕には関係ないんだけどね!  などと、今度脳天気に笑ったのはグリフォモンである。 「僕知ってる、こういうのってセクハラって言うんだよね!」       ENNE 2017-09-01T20:06+09:00 六月の龍が眠る街 第五章 後編 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4768&mode2=tree 襲ってきていたデジモン達もあらかた片付き、三時間もカイザーレオモンの背に乗っていただろうか。日付がまわった頃、深い夜霧の中で獅子が突然歩みを止めた。「ぼくは、ここまでだ」僕達の足元で彼が言う。 「どうしたんだ、ユウ?」夏目が驚いた声を出した。 「カイザーレオモンの姿だとね、鼻が効くんだよ。前方にデジモンがいる」 「私が行くわ、ユウくんは夏目くん達を仙台まで送ってあげて」秋穂が言った。 「いや、僕が行かなきゃ」北館はそういうと人間の姿に戻った。「知ってる匂いだ。真理だよ」 夏目と秋穂が目を剥いた。どうやらこの場で事情を知らないのは僕一人だけらしい。 「ユウ、気持ちはわかるけど」夏目が諭すように言う。「一条さんに任せた方がいいんじゃないか? 彼女は昨日も一度ダスクモンと戦って勝ってる。この際、確実な方を選ぶのが…」 それを遮ったのは秋穂だった。「私にもわかるくらいの距離まで近づいて来たわ。昨日よりも力を増してる。まともにやったらわたしとユウくんが束になっても敵わない」 「だったらなおさら…」 「いいえ、この状況で勝機があるとしたら、ユウくんが一人で行った時。力勝負でどうにかできる相手じゃないから」秋穂が有無を言わさない調子で結論を下したので夏目は黙りこくった。 「大丈夫だよ、シュウ」北館がはにかむ。そして秋穂の方を向いて言った。「秋穂もありがとう。仙台はもうそう遠くないはずだ。代わり、お願いできるか?」 「私に、〈ビーストスピリット〉を使えと?」心底嫌そうな声で秋穂が言った。「やっぱり私がダスクモンの方に--」 「頼んでいいか?」北館がもう一度繰り返したので彼女はため息をついた。 「もう一生やらないって決めてたのに! これは貸しだからね」 「ありがとう。それじゃあ」 「待てよ」霧の向こうに消えようとする北館に夏目が声をかけた。 「絶対に、三浦さんと二人で戻ってくるんだぞ」 北館は頷く。「勿論だ」 「よくわからないけど、彼は強いんだな」霧の奥に消えた北館を見送った後僕は呟いた。 「とびきり弱虫ですよ」秋穂が言う。 「かもな、でも強い」僕には分かる。僕は弱虫で、守りたい人を前にしても強くなれない若者だったから。 「まあ確かに気骨はあるんじゃない?」夏目の頭の上でテイルモンが言った。「そんなことよりさっさと行きましょう。そこのあなた、秋穂って言ったかしら、頼むわよ」 秋穂はまたため息をついた。「いいけど、今から見ることは、すぐに忘れてね」 沈黙の後、彼女はディースキャナを取り出し、自分のことをぼうっと眺めている僕と夏目に向かって怒鳴った。 「恥ずかしいから、向こう向いててよ!」 ***** 夜霧を抜けて現れた北館の姿を見て、ダスクモンは下卑た笑い声をあげた。 「よりによってお前かよ。最高だ。この身体の持ち主がお前を見てどんなふうに思ってるか、聞かせてやりてえよ」 北館はダスクモンを睨みつける。「真理を返せ」 「無理だね。俺はもうこいつの中に入っちまってるんだ。俺とこいつは同じ人間って言ってもいいぜ。その同じ人間から言わせてもらうと--」ダスクモンは自分の胸を叩いて言った。「こいつはお前の思ってるようなやつじゃない」 「彼女のしてきたことは、彼女のせいじゃないだろう。お前がやらせたんだ」北館の言葉に彼はさらに笑う。 「おめでたいやつだな。おい? こいつは覚えてないの一点張りだが、俺がデジモンや人間を殺す時、こいつは確かに起きてたぜ、俺も気味悪くなるくらい悦んで、いつもいつも笑ってたんだ」 「嘘だ!」 「嘘かどうかは関係ねえよ」彼は剣を構えた。「お前はここで死ぬんだ」 「死ぬのはお前だ。お前だけだよ」北館がディースキャナを取り出す。バーコードの渦が体を包み、レーベモンがその中から現れた。槍を構え、ダスクモンと向かい合う。 「こうして戦うのははじめてだな」ダスクモンが言う。「二年前、俺が生まれた時のことは覚えているか?」 「忘れるわけないさ」レーベモンもそれに応えた。「あの時、ムルムクスモンにスピリットを奪われて、ぼくは殆ど半死半生だったよ。オニスモンがすぐ近くで暴れてて、もう死ぬんだって思った。その時助けてくれたのは、その少し前まで戦ってたヒュプノスのエージェントだ」 あの日の記憶と共に、神原明久の言葉を彼は思い出した。 ***** 「マスター、辻さんたちの気配が消えました」クラビスエンジェモンがパートナーに話しかけた。 「そんなに距離が離れたのか?」加納は驚く。北館祐が進化したカイザーレオモンは、スピードで言えばクラビスエンジェモンやグランクワガーモンの遥かに上をいっていた。空を飛べる彼らに比べて障害の多い陸路を使っているとしても、そこまでの距離が開くとは思えない。 「〈十闘士〉の連中が何かしたんじゃ…」 「それはないと思う」高視の言葉を加納は否定した。「奴らにとってもムルムクスモンは宿敵だ。わざわざ足の引っ張り合いはしないさ」 「信用してるんですね」 「不満か?」 「そう言うわけではないですけど」高視は顔に当たる風に目を細めて言った。「仙台でのヒュプノスと〈十闘士〉の関係がいまいちわからないんです。私がいた広島支部では、彼らと私たちは単なる競争相手でした。リアライズしたデジモンのデータを巡って、どっちが素早く動けるか、それだけだったんです」 加納は黙って彼の話に耳を傾けている。 「でもここではそうじゃない。最初は互いが異常なまでに憎み合っているように見えました。広島では二つの組織が互いに傷つけ合うことは殆どなかった。でも加納さんは…」 「骨を折られたな。あの秋穂ちゃんに」加納は照れ隠しに笑った。「自分でもあの地味な女の子が鋼の闘士だって認めたくなかったね。情けないよ」 「それだけお互いに憎み合っているように見えるのに、今晩はあっさり共同戦線を張った。私にはよく分かりません」 加納は頷いて言った。「この件に関しちゃ、いろいろ複雑なんだ。でも分かってることが一つある。〈二年前〉のことに限って言えば、俺たちも十闘士も想いは同じだ」 首をかしげる高視に加納は言った。 「神原明久、そして咲。俺たちを守ってくれた、あの二人のために戦うんだ」 ***** 「まったく、ちょろちょろと無駄な動きをするものだよ」ムルムクスモンは言った。オニスモン降臨に伴う回線への負荷に備えるため、ヒュプノスのレーダーの範囲は仙台市内のみに縮小されている。そのモニターは仙台市内に放たれたデビドラモン達と市内のエージェントが戦っていることを伝えていた。おそらく東北各地でこのような抵抗が起こっているのだろう。普段のような支部のバックアップもなく、エージェント達は既に兵力を使い果たしているように見えた。それでも戦いを続ける彼らを見ることをムルムクスモンは不愉快に思う。〈シャッガイ〉が起動しオニスモンが現れれば、彼らもじき死ぬのに。 「なあ。なんでこんな無駄なことをするのだろうね?」ムルムクスモンは自分の足元に転がる千鶴に尋ねた。彼女もいい声で鳴くが、つまらないことに大した痛みも与えないうちに気を失ってしまう。三浦真理のように強い抵抗の意思を見せてくれた方が彼としてはやり甲斐があった。もっともその三浦真理がどこにいるのかわからないのだから仕方がない。しかしそれでも、闇のスピリットの半身にめがけて力を注ぎ込んだ時、そして彼が真理につけ込む弱みでもあった彼女の祖母がいると言う生家を焼いた時の悦びは筆舌に尽くし難かった。そしてこれから真理は愛する闇の闘士を自分の手で殺すのだ。その事実を彼女に突きつけることを考えただけで期待に身震いが起きる。 「あなたにはわからないでしょうね」何回か痛めつけて気絶しているというのに千鶴はまだその楽観的な口調を残している。それがまたムルムクスモンには気に入らなかった。また彼女の腹を蹴りつけ、言ってやる。 「奴らも自分たちのやっていることに何の意味もないと分かっているはずだ、それなのになぜ抵抗する? 愚かな君たちの答えが知りたい」 「あなたには分からないのよ」千鶴は苦しそうな声で繰り返した。「私たち、約束したの、二年前」 「〈二年前〉だって?」 「明久さんが言ったのよ、私達みんなに」神原明久自身は、その言葉を自分が助けようとしていた闇の闘士に言ったのかもしれない。しかし、モニターに映ったその様子は東北地区のヒュプノスのエージェント全員の目に焼き付けられた。そしてその言葉も一緒に。 「その言葉のために、私たち、絶対負けないの」千鶴は這いつくばりながらも、勝ち誇った顔でムルムクスモンを見上げた。 ***** 「お前達の作る未来を、俺と咲に見せてくれ」 レーベモンはあの日の神原明久の言葉を口に出した。 「ぼくたちが戦うのはその為だ。あの日に生かされた命を使って、未来を守る為」 「お前に未来は無い」ダスクモンが剣を構え駆け出す。 「あるさ。ぼくが守るんだ」レーベモンも駆け出した。 ダスクモンの剣をレーベモンが〈贖罪の盾〉で受け止め、火花が散った。一気にダスクモンの顔近くまで距離を詰め、レーベモンが言う。 「ぼくの未来には君もいる。君がいないと駄目なんだ」 真理、絶対に生きて帰るぞ。 ***** 「そんなことを、明久が」僕は言った。僕と夏目は今度は一条秋穂が〈ビーストスピリット〉を用いて進化したセフィロトモンの背に乗っている(秋穂はこの姿のルックスにコンプレックスを抱いているらしい。気持ち悪いデジモンね、と率直な感想を漏らすテイルモンの口を夏目が必死で塞いでいた)。そしてその道中、セフィロトモンが十闘士達が体験した〈二年前〉の事件のことを教えてくれたのだ。 「私もそうだし、北館くんはもっとそう」自分たちは神原夫妻が大好きなのだ。とセフィロトモンが言った。「この二年間、私達がヒュプノスと戦っていたのはあの二人の命を奪った〈選ばれし子ども〉計画を連中が何事もなかったかのように続けてきたから」 夏目は体育座りで俯いたまま、彼女の話を聞いている。 「でも、ヒトミちゃんや夏目君は戦うって言った。これまで戦ってきた私達がそれがどう言うことか教えて、必死で考え直すよう説得しても、意見を曲げなかった」 「俺は高視さんが好きだよ」夏目が言った。「あの人は俺の両親を守れなかったことをずっと気に病んでるんだ。俺は一人前になって、あの人に気にすることはないよって言ってやりたい」 テイルモンもそれにうんうんと頷いた。「私はステファンのことが大好き、だから守る。それだけよ」 「ヒトミちゃんは、自分の幸せを守りたい、って言ってました」セフィロトモンが僕に言う。「加納さん達がやって来て、辻さんもたくさん笑うようになった。今がとても幸せだって、お父さんとお母さんが生きていた頃と同じくらいに」 僕の頬を涙が伝った。涙とは、こんなに簡単に流れるものだったろうか。歳かもな、と僕は自嘲気味に思った。でも、理由はそんなことじゃないことはちゃんと分かっている。 「私、その想いにかけてみることに決めたんです」セフィロトモンが宣言した。 「みんなの未来を守ることに、それが私達みんなが、〈二年前〉にした約束だから」彼女が言った。「もうすぐ仙台ですよ、きっと加納さん達はもうとっくに着いてるはずです」 「着いたら、僕たちはどうすればいいんだ?」僕が尋ねた。 「俺は戦う」夏目の言葉にテイルモンが当然よ、と同調した。 「ありがとう夏目君、テイルモン。でも二人は辻さんと一緒に〈アイス・ナイン〉に行って、あそこを守って欲しいの」そこが多分、私達みんなの帰る場所だから、と彼女は言う。 「君は店に来たことがあったか?」僕は首を傾げた。 「行かなくても素敵なところだって分かりますよ、そこがヒトミちゃんの笑顔でいられる場所だもの」 ***** 「なんだこれは」ムルムクスモンは焦っていた。千鶴の言葉への苛立ちから、予定を繰り上げて〈シャッガイ〉を起動させたところ、先程から実体化していたデジモン達が全て消滅したのだ。 「よっぽど自分に自信があったのね。プログラムが書き換えられてることにも気づかないなんて」足元で千鶴が言う。彼は彼女に怒りの目を向けた。 「何をした!」 「あなたは疑問に思わなかったの? なんでミチルさん達があなたの正体に気づいたか、本物の四ノ倉さんの死体を発見したからよ」千鶴のどこにこんな元気が残っていたのか、彼女は饒舌に語り出す。 「それがなんだって言うんだ」ムルムクスモンは言った。町外れの廃屋に隠した四ノ倉の死体が見つけられるとは微塵も考えていなかったが、それを見つけたところで何が変わると言うんだ? 「死体の持ち物はちゃんと改めた方がいいわね。四ノ倉さんは免許証の裏にあるチップを貼り付けて隠してた。--〈シャッガイ〉の改訂案よ。もっともこの話はしなくてもいいかもね、あなた二年間も四ノ倉さんのフリしてたんだから」 ムルムクスモンは四ノ倉になりすます時に調べた彼のプロジェクトの概要を思い出した。〈シャッガイ〉は強力なデリートプログラムだが、その分ネット回線に与える被害も甚大だと言う。彼はその対抗策として、ある案を〈シャッガイ〉のプロジェクトに盛り込んでいた。 「〈アイス・ウォール〉か」短時間の間リアルワールドとデジモンの世界を完全に遮断する壁、それさえあればデリートプログラムの影響は実体化したデジモン達だけに及ぶと言う寸法だった。 「四ノ倉さんは〈アイス・ウォール〉をほぼ完成させていた」もっとも、こんな過激なプログラムが採用されてたとは思わないけど、と千鶴は言った。「私達はそれをあなたのプログラムに組み込んだの。さっきまで暴れてたのはあなたが呼び込んだデジモン? 悪いけど、ネットと遮断された彼らはもう自分の体を保つことはできないわ」 「そんな、いつの間に」ムルムクスモンは怒りに震えて声を絞り出す。四ノ倉仙台支部長の顔にひびが入り、その隙間から恐ろしい悪魔の顔がのぞいた。 「仙台支部のオペレータ全員でやったの」千鶴が言う。「あなたは〈シャッガイ〉の改造に二年かかったんだっけ? 私達は三十分。それであなたの計画はおじゃんよ」 ムルムクスモンは突然笑い出した。「君は大事なことを忘れているようだ、〈アイス・ウォール〉はデジモンのさらなるリアライズを防いだだけに過ぎない。ヒュプノスのネットワークは回線から遮断されている。そこに保存されているオニスモンの復活は止められんよ」 「止めようとは思わないわ」千鶴は痛みに顔を歪めながら立ち上がった。「ミチルさん達がいるもの。あの人たちならきっとオニスモンを倒せる」 「笑わせるな」ムルムクスモンは今や異形の悪魔の姿を完全に表していた。その獣のような手を千鶴に伸ばす。 千鶴は目を瞑った。こんなことなら、ミチルさんにちゃんと言っとけば良かったな。私の--。 ***** ポケットの中の電話が二人同時に鳴り、加納と高視は同時に電話に出る。二人の耳を同じ女の声が貫いた。 「お前ら! 加納と高視だな! どこで油を売っている!」 「誰ですか?」隣の高視と顔を見合わせ、電話の相手が同じであることを確認してから加納が尋ねる。ヒトミも気になるのだろう。彼の顔を見上げていた。 「私は百川梢(モモカワ コズエ)。仙台支部が乗っ取られたと聞いてヒュプノス本部から来たエージェントだ」 「ああ」加納が安堵の声をあげた。「新宿はちゃんと援軍を送ってくれましたか」 「送ってくれましたか、じゃない! 私が来たから良かったようなものの、間一髪でオペレータが一人、殺されるところだったんだ」百川はまた怒鳴り声をあげる。 「千鶴ですか?」加納の問いに百川は聞く耳を持たない。 「それになんだ? お前らがどこにいるかその子に聞いたら、偽物の支部長に唆されてみんなで青森にバカンスだって? ヒュプノスのS級エージェントとしての自覚はないのか!」加納が横を見ると高視は既に耳を塞いでいて、お前に任せたとでも言いたげな目配せを送ってきた。 「そちらの様子はどうです?」 「オペレータの子達のおかげでデジモンの大量リアライズは防がれた。しかし〈デジタルハザード〉を回避したと言っても、オニスモンとやらの復活は既に始まってしまった。お前らもすぐにこちらに向かえ。どこで何をしてるんだ? まだ深夜の二時だからって、のんびりしているんじゃないだろうな? 」 「もう仙台ですよ。何処かと聞かれたらそうですね、オニスモンの真ん前にいます」 彼らの目の前では、〈二年前〉の災害を引き起こした巨鳥のデータが、今まさにその形を取り戻そうと集まっていた。流れで連れて来てしまったが、ヒトミに怯える様子はない。ギギモンは彼女の腕の中で眠っている。まったくこいつは。 「そ、そうなのか」百川は拍子抜けしたような調子でいう。「な、なんだ。オペレータの子といい、根性がある支部だな」 加納がにやりと笑う。 「それで、千鶴は?」 「ひどく痛めつけられているが、本人は元気そうだ。今病院に送るところだよ。話すか?」 加納は少し考えて、言った。「いや、俺が後で自分で見舞いに行きますよ」 「よく言った」百川も笑う。「本部からの命令で仙台支部は一時私の指揮下に置かれる。お前達にも命令しよう」高視も耳を塞いでいた手を離してその声に耳を傾けた。 「千鶴ちゃんを泣かせるんじゃないぞ」 ***** 加納と高視の「了解!」と言う威勢のいい返事がスピーカーから響いた。 「ほらあ! やっぱりミチルさんは来てくれてたじゃないですかあ!」百川の肩に担がれた千鶴が言う。 「分かった分かった、私が間違ってたよ」百川が苦笑いしながら言った。百川と彼女のパートナーデジモンであるナイトモンが千鶴を襲おうとしていたムルムクスモンを撃退し、彼は態勢を立て直す為に支部の建物から逃げ出した。百川は女を陰湿に虐めるムルムクスモンと同じくらい、この重要時に現場にいない二人のS級エージェントに苛立っていた。そのため絶対に二人は仙台に向かっていると言う千鶴の言葉を無視して先ほどのような電話をかけてしまったのだ。 「しかし本当に、根性のある支部だよ」彼女は言った。街に発生していたデジモン達が〈アイス・ウォール〉で消去されるまで、仙台はA級以下のすべてのエージェントの働きによって持ちこたえていた。支部のコンピュータが使えない中、オペレータ達は公民館に集まり、携帯電話を使って適切な対応のための指示をエージェントに出していたという。 「慣れてますから、こういうのは」千鶴がふふんと鼻を鳴らした。「それに、二年前の約束がありますしね」 「なんだそれは?」 「未来を守る、っていう約束です」 へえ、と言って百川はコンピュータに近づいた。所属エージェント全員につながる無線の スイッチを入れ、叫ぶ。 「仙台支部の諸君! 今までよく持ちこたえた。オペレータ達の努力によって市内にリアライズしていたデジモンは消滅した。支部のコンピュータももう既に本部のエージェントである私、百川の手に戻った!」 しかしここらが本当の地獄だ、と彼女は言う。オニスモンの巨体は空を覆うほどだ。ムルムクスモンの細工だろうか、おそらく〈二年前〉のリアライズ時よりも大きくなっている。市内全域に大きな被害が出ることは確実だった。 「諸君にはこれから市民の避難をやってもらう。ただ、あまり無理をするんじゃない。自分を大切にするんだ」 私はある素敵な言葉をたった今聞いた、と彼女は言った。 「未来を守れ、諸君らが救う人々が、そして諸君ら自身がこの街の未来だ」 スピーカーから数え切れないほどの「了解!」が聞こえて来て、百川と千鶴は思わず笑った。 ***** 「凄い人が来ましたね」電話を切った高視が言う。目の前のオニスモンはほとんど実体化を終え、今にも羽ばたき出しそうに見えた。 「室長め、よりによってあんな女をよこしやがって。嫌がらせのつもりなんだろう」加納はそう答え、くだけた口調で高視に話しかけた。 「なあ高視、俺は〈二年前〉に明久先輩と咲さんが死んで、自分はもう終わったと思ってたんだ。二人との約束を守る為に、ヒトミちゃんを守ろうと思ってた」 「私も、シュウの両親を守れなかった時から、ずっとそんな気分でした」高視も答える。「自分はもう終わっていて、そんな自分にできるのはシュウを守ることくらいだと」 だけどさ。 「俺たち、まだ終わってないんじゃないかな?」 「二十七歳の、おじさんですけどね」 「辻は五つ上だ。そんなこと言ってみろ、殴られるぞ」 クラビス、グラン、と二人がそれぞれのパートナーを呼び出す。彼らとの間には会話なんていらない。自分たちの考えていることは全部伝わっている。 「ヒトミちゃん、隠れてて」加納が言うと、ヒトミは後ろに下がり、大きな声で言った。 「二人のおかげで、私今とっても幸せだよ。 だから、頑張って」 二人は振り返り、頷く。 「行くぞ」加納が言った。「みんなの、俺達の未来を守るんだ」 マダラマゼラン一号 2017-08-21T18:47+09:00 六月の龍が眠る街 第五章 前編 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4768&mode2=tree <A Href="http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?bbs_id=digimonwebnext&mode=p&no=4734">第一章</A> <A Href="http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?bbs_id=digimonwebnext&mode=p&no=4742">第ニ章</A> <A Href="http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?bbs_id=digimonwebnext&mode=p&no=4762">第三章&第四章</A> 「ユウくん、大丈夫?」 「ああ、なんとかね」大丈夫なわけがない。とは言っても、愛していた人に裏切られた悲しみを幼馴染に告白するのは、北館祐にはあまりにもみっともないことのように思えた。 「大丈夫なわけないでしょう」彼がそんなことを思ったそばから一条秋穂が言ってくる。まったく、彼女に敵うわけがないのだ。 「それで、どうしたんだ? 電話なんて」彼は尋ねる。真理はいなくなり、秀も帰ってこない。青森のユースホステルには涙に目を腫らした北館と退屈そうにしている美嘉と絵里の二人組だけが残っていた。「シュウは何をしてるんだ?」 「ユウくん、まだことの重大さを分かってないみたいね」秋穂がため息をつく。 「それはそうだよ。なんで秋穂はヒュプノスの連中と仲良くしてるんだ?」 「ユウくんだって、夏目君と勝手に秘密の取引してたんじゃない? 私、知ってたんだから」 北館はため息をついた。彼女に敵うわけがないのだ。 「いい? 一回で理解してね。ユウ君から闇のスピリットを奪って、それで真理ちゃんをあんな風にしたのは誰だと思う?」 「〈アイツ〉だろ」彼は返した。二年前に受けたあの痛みは今でも忘れられない。そして、先程心に刻まれたもう一つの傷も。 「そう。そして今、〈アイツ〉はまた動き出そうとしてる。名前はムルムクスモン。ヒュプノスの仙台支部はもう二年もアイツに乗っ取られてた。アイツはヒュプノスのプログラムを改造して、オニスモンを蘇らせるつもりらしいわ」 北館は絶句した。「本当か?」 「玲一さんと満さんがアイツの口から聞いたんだもの。間違いないわ。私達全員を青森に送っておいて、その間に計画を実行するつもりなのよ」 「事態はどのくらい差し迫ってるんだ?」 「かなり、でもムルムクスモンは玲一さん達がアイツの正体に気づくことは予測してなかっただろうし、勿論真理ちゃんの正体がバレることだって--」 「真理の話題はよしてくれ」彼は言った。「つまり、僕達はアイツの予想よりは早く動けてるんだな?」 「ええ、今からすぐにでも仙台に向かわないと」 「分かった。すぐ行くよ」彼は電話を切ろうとした。 「ちょっと、ユウ君」それを秋穂が止める。 「なんだよ」 「前も言ったよね? ユウ君は一人で悩んでるみたいだけど、何かあったら私がいるってこと、忘れないで。〈闇〉と〈鋼〉がどうしてペアなのかは知ってるでしょ?」 「〈創世記〉第十二段」北館は十闘士になるための修練の中で何度も読まされた「向こう」の世界の創世神話を思い出した。〈闇〉と〈鋼〉の二人の闘士の話。 「〈闇〉が問いかけ、〈 鋼〉が答えた。それが世の理となった」 「ちゃんと覚えてるじゃない」受話器の向こうの秋穂がにっこり笑うのが北館には分かった。「それじゃ、すぐに来てね」彼女はそう言って電話を切った。 北館は首を振った。彼女に敵うわけがないのだ。 真理はどうしているだろうか? ***** 「俺は仙台に行かなきゃいけない。高視もだ」加納満がそう宣言した。夜の蒸し暑い空気で満たされた今は亡き四ノ倉正敏氏の邸宅には、僕とヒトミ、加納と高視、夏目と秋穂、そしてデジモン達が勢揃いしていた。 「当然だろうな」僕も返す。 「十闘士の諸君にも来ていただかないといけないだろう。今回ばかりは人手がいくらあっても足りない」 「当然、でもあなた達に言われて行くんじゃないわ。止めたって勝手に行くから」秋穂が返す。初対面の時の地味なイメージは何処へやら、よく通る声ではきはきと喋る子だ。 「そこで問題があるんだが」加納は僕とヒトミ、そして秀の方を向いた。「お前らはどうする?」 「どうするって、行ったって足手まといになるだけじゃないか?」僕が返した。夏目も悔しそうではあるもののそれに同意する。 「今の俺たちは加納さんや高視さんに守ってもらってるだけです。俺たちのことなんて忘れて、思いっきり戦って来てくださいよ」 「馬鹿なことを言うんじゃない」たしなめるように高視が言った。加納がそちらを向き、頷く。 「そういうことだ。俺たちはあんたがたを見捨てることはできない。職業倫理っていうものもあるし、そもそもこんな風にして俺たちエージェントを引き離して〈選ばれし子ども〉を仕留めるのがムルムクスモンの目的かもしれないからな。向こうは戦場かもしれないが、俺達と離れるよりは安全だ。嫌かもしれないがあんた達も連れて行く」 「でも、それならどうやって…。というかそもそも何を使って仙台に帰るつもりだ。朝まで始発電車を待つ気か?」まだ夜の九時だが、仙台に行く電車など一本もない。田舎の終電がこんなに早いものだとは思っていなかった。レンタカーを使ったとしても明日の朝にならなければ仙台には辿り着けない。 「それじゃあ間に合わない。デジモンに連れてってもらうしかないだろう」 「マスターを乗せて飛ぶのは何年振りでしょう!」どこからかクラビスエンジェモンの声が聞こえる。 「クラビス、頼むから空気を読んでくれ」 「デジモンの手を借りるにしたって、これだけの人数を運ぶことはできないんじゃないですか?」高視が口を挟んだ。 「グランクワガーモンでもダメか?」加納はううむと唸った。 その時、部屋に面した中庭で声がした。 「ぼくなら全員運べる」 全員がそちらに目を向ける。彼は夏目と同じくらいの年に見えた。月の光が照らしたその顔を見て、僕は思わず声を上げる。 「君は…」その少年は一カ月程前僕の店に来てギギモンを殺そうとした〈十闘士〉の一人だった。 「久し振りです、辻さん」彼は言った。よく見ると何かに泣いたのか、目を腫らしている。 「ユウ君、速かったね」親しみのこもった口調で秋穂が言った。とすると彼が北館祐なのだ。彼女と行動を共にする闇の闘士のことは既に聞いていた。 クラビスエンジェモンがいつの間にか姿を現し、北館を睨みつけている。 「お前は前にマスターを侮辱したな。その報いをまだ受けてないはずだ」その恐ろしい語調に僕はたじろいだ。ヒトミも僕の背に隠れる。 「報いを受けてない、ですって? ユウ君をほとんど半殺しにしたじゃない!」秋穂がそれに噛みついた。北館は情けなそうに頭を抱えて首を振る。なんとなく彼には近いものを感じた。僕も話に置いていかれるタイプの高校生だったのだ。 「おい、やめろクラビス。今回の敵はムルムクスモンだ」加納がたしなめた。そして北館の方を向いて言う。「お前が闇の闘士レーベモンで間違い無いのか?」 「そうだよ。北館祐、覚えといて。ぼくが信用ならないんなら、シュウに話を聞いてくれ」今度は一同が夏目の方を見た。彼は頷いていう。 「黙っててごめん。俺はユウの正体を知ってた。約束したんだ。俺が正体を黙っておく代わりに」 「ぼくはテイルモンを狙わない」北館がその言葉を引き継ぐ。「秋穂も似たようなこと、思ってたんじゃない?」 「そうね、私はもうギギモンを狙う気は無いわ」秋穂が頷いた。確かに彼女がその気だったなら、青森での休暇の間にギギモンはとっくに殺されていただろう。 「つまり、ぼく達はもうあなた達に剣を向ける気は無いってこと」北館がまとめた。 加納が頷く。「ひとまず分かった。北館って言ったな? 俺達を仙台まで連れていけるのか?」 「できるよ、全員乗せて、電車よりも速い」 「それなら一刻も早く出発しよう」加納が全員に向け声を張り上げた。「道中にもムルムクスモンが何か用意していると考えた方がいい、ここからは命のやりとりだ。覚悟しておけ」 「ずいぶんやる気ですね」高視が言った。「〈二年前〉のことに関しては部外者の私がとやかく言うことでは無いけれど、過去の出来事のために命をかけるだなんて、認めませんよ」 「勘違いするな」その言葉は高視への返答と言うより、加納自身に、そして僕に向けたものに聞こえた。「俺が今から行くのは〈二年前〉のためじゃない、千鶴を助け出すためだ」 全員がその言葉に頷く。 北館が言った。「それじゃあ始めましょう。全員乗せることもできるけど、何かあった時のために予め戦力を分散させた方がいいと思う。〈選ばれし子ども〉は担当のエージェントのパートナーについて行って欲しい。何かあった時に、責任を巡って仲間割れしたくないですからね」 そう言うと彼はポケットから端末を取り出した。秋穂からもう説明は受けている。〈ディースキャナ〉だ。彼の右手にバーコードのような渦があらわれる。 「スピリット・エヴォリューション!」 ***** 「思ったより乗り心地がいいじゃないか」僕は言った。北館の〈スピリット・エヴォリューション〉は前に一度見ているが、今回はその時とはまた様子が違う。 「ユウ君の〈ビーストスピリット〉、久しぶりに見た」秋穂が言った。 僕と秋穂、夏目とテイルモンは北館が進化した大きく黒い獅子--カイザーレオモンの背中に乗っていた。周りの景色が次々に過ぎ去って行く。どうもとてつもないスピードで走っているようだったが、僕らはそのたてがみに当たる金属質の突起の陰に隠れていたので強い風をまともに受けることはなかった。 「ユウ、こんなこともできたのか」夏目が感心して言った。同じネコなら私の方が可愛いわとテイルモンが嫉妬したようにぼやく。 「ヒトミはどうしているかな」北館の提案があったために、〈選ばれし子ども〉はエージェントのパートナーデジモンに乗ることになっていた。夏目は、北館は信用できるし戦いの邪魔になりたくないと言い張った為ここにいるが、ヒトミとギギモンは今頃クラビスエンジェモンに運ばれているに違いない。お互いに信頼できていないヒュプノスと十闘士が無用なトラブルを避けるための策だった。 「ミチルさんがついてるし問題ないと思いますけどね」秋穂が言う。 「それでも心配だ」僕の言葉に微笑みが返ってきた。 「本当にヒトミちゃんのことが大好きなんですね」彼女は言う。「でも、ヒトミちゃんは玲一さんが思っているよりも、強い子だと思います」 「どういうことだ?」僕は驚いて顔を上げた。「君はヒトミと何か話したのか? それに、ギギモンを狙わないって決めたことにしたって、何かあったのか?」 「あの子、自分の中ではもう戦うことに決めたみたいです」 僕が何か言おうとするのを足元の北館が遮った。「お出ましだよ、前方に数十体」 秋穂が立ち上がる。「私だって反対ですよ。でも、彼女は自分の幸せを守りたいって言ったんです。玲一さんが笑うことが多くなって、あの子すごい救われたみたいですよ」 「そんな」 「だから私は、そんなあの子を守りたいんです」 右手に浮かんだバーコード、彼女はカイザーレオモンのたてがみの上に立ち、あっという間に夜の闇に飛び込んだ。 「スピリット・エヴォリューション!」 ***** 私は泣きながら夜の闇の中を駆けていた。あの男からの着信を知らせ続けているスマートフォンはもう川に投げ込んだ。三コール以内に出ること、それが彼との約束だったなと私は思う。その約束を破った今、私が体を切り売りするような思いで支えてきた家は焼き払われてしまっているだろう。家に一人残された、年老いた寝たきりの祖母のことを思う。私は酷い不孝者だ。両親を亡くした私をずっと支えてくれたおばあちゃんを、そんな目に合わせているのだから。でももう引き返すことはできない。男は仕事が済み次第私を追いかけるだろう。逃げなきゃ、逃げなきゃ。と念じ続けた。 その時、目の前に二つの気配が現れるのを感じた。グルルモンが二体、そう分かる。きっと戦いに研ぎ澄まされた五感がそう言っているのだ。私の知らない戦いの記憶が、きっと私を助けてくれる。 気配は唸り声をあげている。いつもの私にとっては多分大した相手ではないだろう。でも今はダスクモンになれない。あいつは私が進化するやいなや私の心を足蹴にし、あっという間にあの男の所に馳せ参じるか、引き返して北館くんを殺そうとするかするだろう。そんなことは絶対に許せなかった。 お前がどんなに強いか知らないけど。私は体の中のスピリットに話しかける。お前は私のものよ、もう好き勝手はさせないわ。 暗闇の中の唸り声を睨み付け、私は絶望的な逃走を開始した。 ***** ヒトミを腕にかかえていた為に加納が携帯電話の着信に気づくのには少し時間がかかった。今彼らはグランクワガーモンの背中に移っている。目の前に現れた大量のデジモン--デビドラモンに対応するのに、人型のクラビスエンジェモンが加納達を肩に乗せながら戦うのは難しかったからだ。彼は目を開けるのにも難儀するほどの風を受けながらなんとか耳に電話を当てた。 「やあミチルちゃん、どうしているかな?」 「あんたか」ムルムクスモンの甘ったるい声に加納は顔をきつくする。 「こちらは上々だ、間も無く〈シャッガイ〉が発動し、君達が始発の新幹線に乗ってこっちに来る頃には、仙台は焼け野原さ。〈選ばれし子ども〉を抱えていては動こうにも動けまい、青森と仙台の間に先ほどデジモンも配置したし、君達には傍観以外の手はないね」 始発の新幹線? 加納は思った。それに目の前のデジモン達についても「先ほど配置した」とムルムクスモンは言った。もしかしたら彼は加納達が既にかなりのスピードで仙台に向かっていることを知らないのかもしれない。ならばそのことを悟られてはいけない。加納は焦ったような声で聞いた。 「お前の目的は一体なんなんだ? なぜオニスモンを復活させようとする?」 「教えてあげるとしようか、私の目的は〈あの方〉の復活だよ」 「あの方?」 「名前はルーチェモン」 その名前に加納はごくりと唾を飲んだ。〈十闘士〉の最大の敵、〈選ばれし子ども〉計画の標的、今もインターネットの奥底に眠る。莫大な力を秘めたエネルギー体。 「十闘士の連中は悪魔なんて言っているがとんでもない。あの方は神だ」うっとりしたような声でムルムクスモンが言う。 「あの方の復活の準備は長く続けられてきた。もう後は最後の仕上げを残すのみだ。オニスモン自身の力や〈デジタルハザード〉に伴って発生するノイズ、そして〈闇のスピリット〉。これだけのものがあればあの方の復活の火種には十分だ」 完全に自己陶酔に陥っている、加納は思った。ここは妙なことを悟られないうちに電話を切るのがいいだろう。最後にムルムクスモンが言った。 「ああ、ところで千鶴くんだが、さっきから元気な声を出しているよ、聞くかね?」何かを蹴るような音の後に悲鳴にもならないような声が聞こえた。加納は携帯電話を強く握り締める。 「ああ、また気絶してしまったよ。腹はまずかったかな。それじゃあね。ミチルちゃん、元気にやってくれ」電話が切れた。 「どうですか?」横の高視が気遣わしげに尋ねる。 「千鶴は生きている、と言うより、生きてはいると言った方がいいな、酷い状態だ。放っては置けない」 「そうですか」高視はもどかしそうに言って手を開いたり閉じたりした。彼が怒りをあらわにしたところを加納は見たことがないが、もしかしたら今がそれなのかもしれない。 「だけど悪いことばかりじゃない。ムルムクスモンは俺たちがもう仙台に向かっていることに気づいていないし、多分十闘士がこちらの味方についたことも知らないはずだ」そもそもギギモンの案内によって加納と辻が四ノ倉の死体を見つけることなど、彼は予想もしていなかったに違いない。ギギモンがなんであんなことをしたかは今でも謎だが、お陰で千鶴や本部に間一髪、話を通すことができた。 「勝機は十分に有る」加納は祈るような口ぶりで言った。腕の中のヒトミを強く抱きしめる。 「ミチルさん?」風に髪を揺らしながらヒトミが聞いた。 「いや、なんでもないよ」 「きっと、千鶴さんは大丈夫だよ。会ったことない私のこともいつも心配してくれて、とってもいい人だもの」 加納は驚いてヒトミの顔を見た。彼女には千鶴が危機に晒されていることは話していない。それどころか千鶴のことについては殆ど何も話してはいなかったはずだ。 「私、全部聞いてるんだよ」ヒトミはえへへと笑った。そして真剣な顔で言う。「だからお願い、一刻も早く、千鶴さんを迎えに行ってあげて」 「ああ、勿論だ」加納は言い、こちらを見ている高視と頷きあった。 ***** 私の感覚は思っていたよりも優秀みたいだ。敵の爪が、青い炎が、どこから飛んでくるのかある程度察知できる。 それでも体力の限界は思ったよりずっと早く来た。肺に空気を送り込もうとするたびにヒューヒューと音がなる。背中を向けてはいけない、と思いながらも死への恐怖から私は逃げ出した。 と、その途端に私はつまずき転んだ。起きあがる間も無く爪が飛んでくる。それが背中にまともに当たり、私は横に吹き飛ばされた。落下したコンクリートにぶつけた頭ががんがんとなる。背中の痛みはもう感じることさえできないが、生温い、おびただしい量の血が体をつたった。もう獣の荒い息遣いがすぐ近くまで来ている。ここまでだ--。 気がついた時、私は立ち上がっていた。先程までの痛みはまるで感じない。血の匂いが鼻をついた。私のだけじゃない、別の血の匂い。目を凝らすと、グルルモンの死体が二つ、粒子になって消えかかっていた。 「うそ」私は思わず口走る。スピリットの力は、私が選んだ時しか発動しないはずなのに。 「本気でそんなこと、信じてたのかよ」 うそだ。 「お前が気に入ってたから、勘弁してやってたんだ。お前が誰を守りたいか知らねえが、それ以外のやつはためらいなく殺せる。最高に最低だ。俺よかよっぽどひでえよ」 やめて。 「いっつも自分を誤魔化してたろ。これはしょうがないことだって。耐えられる時でも、お前は耐えなかった」 わたしそんな。 「お前はもうとっくに手遅れだよ。俺といるのがお似合いだ」 身体に力が流れ込んでくる。体の内側から撫で回されるような感覚を覚え、私はひざをつき、嘔吐した。 「あのおっさん、また力を流し込んで来たのか。しかもこんなやり方で、悪趣味なやつ」声は高笑いする。 頭の内側が何かに舐められている。身体中の震えを止めることができない。 「いやああああ!」 マダラマゼラン一号 2017-08-21T18:46+09:00 アオミドリ色の景色 【第四景聖騎士を作る街2】 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4766&mode2=tree 白い花園のの前ではさっきまで風紀委員会のトップにいたブイモンが倒れ伏していた。そのブイモンを見て赤い眼鏡の、二足歩行の獣の様な、赤いグローブやヘルメット、強靭な足が特徴のデジモン、カンガルモンは微笑み、その首に向けて容赦のない借りを放った。 赤い眼鏡のカンガルモンは、首があらぬ方に曲がったブイモンを見て少し後ずさる白い花園のに大丈夫だと言った。 「今回のことは、既に私の友達には伝達済みです。生徒会の頭も、風紀委員会の頭も、綺麗なものにならないといけません。腐敗は悪です、搾取も悪です、悪は滅ぼされなければならない」 返り血に汚れたカンガルモンの姿が消え、そこには綺麗な姿のブイモンが現れる。 「私はあなたを傷つけません」 そう言って近づこうとしていると、その部屋に、泣きながら一体の黒い甲殻の四足歩行のデジモンが入ってきて首の曲がったブイモンに縋り付く。 それを見て赤い眼鏡のブイモンは優しさのデジメンタルを使ってカンガルモンに姿を変えると、顎を蹴り上げ、昏倒させた。倒れたそのデジモンは黒いデジメンタルと一体のブイモンへと姿を変える。 「すみませんね」 赤い眼鏡のブイモンがそんな事を呟いていると外から物音がした。 そして、今のブイモンを追ってきたのだろうデジモン達が部屋に入ってくると即座に申し訳有りませんと赤い眼鏡のブイモンに謝った。 「あぁ、そんな謝らないで。君達の配置を決めたのは私です。それでも抜けられたならばこれは私の責任か、この先輩が余程頑張られたのでしょう。それに、ちょうどこの状況を伝達する為に誰か呼ぼうとしてたところです。頼めますか?」 そのデジモン達がそれぞれ出て行くと、赤い眼鏡のブイモンは先輩と呼んだブイモンを拘束し、ついさっき自分が殺したブイモンを見下ろしながら胸に手を当て目を瞑った。 一瞬、白い花園のはここから離れようかななんて思ったが、すぐに黙祷を終えたのでやめた。 「白い花園さん、もしかして私のことが怖いですか?」 「う……ん。それは、怖くないって言ったら嘘になるかな。レウコンと会ってそんなに経ってないし」 白い花園のとこのレウコンというブイモンが会ってからこうなるまで実はそう時間はかかっていなかった。 白い花園のは今日の早い内に学校に入り、風紀委員会と接触、色々と話を聞こうと思ったところ、先に話を聞きたいと言われて自分の話をし、相手の話を聞く前にミドリらしき目撃情報があってそこからは気がついたらトントン拍子に流されていたという形だ。 「そうですよね。考えてみれば自分だけ盛り上がってちゃんと説明もしてませんでした」 レウコンが苦笑する。 「この学校はロイヤルナイツを産む為の孵卵器です。でも、この学校の中でここ五十年ロイヤルナイツは生まれてません。それは、何かが間違ってるからだとずっと思ってました。生徒会の役員達や風紀委員会の委員長など、頭の方ばかりが得をし、下の方から搾取する。こうしたシステムに風紀委員会に入ってきた頃から疑問を持ってきました。地道に地道にパトロールしてきた同輩が、先輩が徐々に追い詰めてきた者を捕まえてしまい手柄を偶々掠めとる様な形になってしまった。実際は先輩が追い詰めたからこそパトロールに引っかかったとも言えるわけで、両方の手柄でしょうが、それで先輩は失墜、先輩の手柄を掠めとったと同輩も失墜、そんなのを何組も見てきました」 それは合理的ではない、とは言い切れないと白い花園のは思った。腐敗していきすぎれば確かにマイナスが上回る。しかし、同じ様な思考の持ち主が集まれば意思決定は素早くなるのもまた確かだ。 「私がこうした愚痴を誰かに漏らすと、その誰かは大体こう言います。組織があってこそ正義があるのだと、安定させるにはそれも仕方がないのだと」 ただ、私にはそれに納得が行かないところがありました。とレウコンは言う。 「何故安定させなければならないのかと。それは生徒会の仕事ではないのかと」 レウコンは目を大きく見開いた。 「そうして疑問を持ちスラムに出入りする様になりました。すると、そこは安定なんてしてませんでしたよ。安定したのはヴィランの頭が出てきてから!それまでは授業に出る事すらしない……いえ、出てもしょうがないから出ないという者達が多くいました!卒業までの間、ただ時間を潰すだけの者達が多くいました!また、なんとか這い上がろうと罪を犯すしかないものもいました!私達が安定させていたのは生徒会の役員の学内における相対的な地位ぐらいでした……そこでやっと気付きましたよ。奴等は自分達がルールを作れる立場だからと強盗をルールにしてやってるだけの罪深い存在で、奴等は罪の元を振りまく存在でした。ただ、それを崩すと学校全体に大きな揺れが起きる、混乱も起きる、正義は実行したらそれは誰かを苦しめることになる!」 その手の中のデジメンタルが忙しなく転がされていた。 「前から……倒す準備だけは進めてたんです。いつか倒す、いずれ倒す、その内に正義を実行するのだと、でも誰かが苦しむからと言い訳を積み重ねていました。でも、そもそもロイヤルナイツはそういうものではない。個人の正義を圧倒的な力で周囲に押し付ける存在、それがロイヤルナイツ。自己主張であり自己満足であり自分勝手がその本質……だけども、とやはり実行できずにいました」 手の中のデジメンタルがまるで炎の様にゆらりゆらりと言葉の調子に合わせて光ったり消えたりを繰り返す。 「あなたの話を聞いて、あなたの同行者の名前を聞いて、私は、誰かを苦しめない正義などないのだという事を思い出しました。先達がそれをしている事も思い出しました。そうして私は正義を実行しました。私は利己的です、自分勝手です、これは私の正義の主張でしかありません。だからこそ私は絶対に、白い花園さんが私の思う善良な誰かの一人である限り傷つける事はありません」 白い花園のはその言葉を信じた。レウコンの目は爛々と、それ自体が光を放ってるかの様に輝いている。そうした目は何度も白い花園のは見てきていた。寝食を忘れて没頭する研究者が目当ての本を見つけた時の顔がそうだった。 その目は心の中に満ちた何かの出口だった。 「体勢を立て直したら次はヴィランを潰しにスラムに行きます。生徒会の横暴があっての事なので情状酌量の余地はありますが、ヴィランが何かを奪うのは大抵中間層からです。その行為に私の正義はありません」 そういえば滞在期間を聞いてませんでした。滞在している内にお見せできるといいのですが、なんて言うレウコンに、白い花園のは心が惹かれていくのを感じた。 きっと、きっと何かを成し遂げる。根拠のない確信が胸の内を占め、それを側で見たいとすら思う、そんな力があった。 夜になったが、ミドリと白い花園のは、ホテルに戻る事はなかった。 「生徒会役員の二割が死亡四割が投獄、風紀委員会内部でも要職が幾らか投獄され……職業訓練校の方では役員と繋がりのあった者達を風紀委員会に差し出す様な動きがあると……スラムの中でも怯えて自首したりする動きが出始め、風紀委員会は忙殺されていると……酷いですね……」 メランがそう言うと、周りのブイモン達は皆どうするかという事を考えてか迷ってか、それとも裏切りを警戒してか忙しなく視線を動かしている。 そんな中で、一晩の内に結構な厚遇される事に慣れたミドリは落ち着いて食後の紅茶に砂糖をダバダバ入れていた。 昨日怒りの矛先を向けた相手は死んだ、ちょっと拍子抜けしていたのだ。 「白い花園さんはどうも積極的にレウコンの補佐をして、抜けた要職の仕事を果たしている様ですね、いずれいなくなる、出世に絡まない存在だからか非常にスムーズに機能させている様ですよ?」 「司書としてやってた経験の賜物ですかね」 そう言ってミドリがペーストの様になった紅茶を飲むと、メランはミドリが特に止められる訳ではないことや、なんというか、あまり関心があるわけでもないのに気づいて角の根元を掻いた。 「どうするんですか?」 ミドリの問いにメランはふーと一つ息を吐いてから口を開いた。 「攻めます。というよりも攻めるしかない、が正しいですかね。風紀委員会の力は今の内乱の影響が残る内に限りなく削っておきたい。それに、忙殺されてる今こそ頭目奪還のチャンスでもあり、今弱ってるのはうちも同じ、頭目を奪還もできず、こちらの力を増すこともできずに向こうが体勢を立て直したら潰されます」 だから攻めるしかないとメランはその身を白い魔獣へと変えた。 「一応、ミドリさんにも同行してもらいます。レウコンは元から潔癖な気がありました、今回もその結果の様です。手遅れでないなら被害者は助けようとするでしょう。つまりはやっぱり人質役です。そして隙を見て白い花園さんを連れて学校から出て行くのがいいでしょう。報酬のデジメンタルはホテルの方に持って行かせます」 「わかりました。だけども、白い花園のが行かないって言ったら私は白い花園のの気持ちを優先するので、置いて行きます」 少し、メランは戸惑ったがその場合は白い花園のの安全は保証できないという事を告げた。ミドリはそれに頷いた。 メランの呼びかけにレウコンは応じてあまりに少ない手勢を連れて運動場、訓練場などとして造られた施設に現れた。メランの側も連れているデジモンは同じぐらい少ない。自分達の方のパニックを抑えるために残さなければならなかった人数と、救出に向かわせた人数とを差し引くと連れてこれたのは数名だった。 ミドリを白い大きな手で鷲掴みにしたメランと、やはりすでにデジメンタルを使っているレウコンがその真ん中で向かい合い、まずレウコンが手を出した。とても人質を気にしたとは思えな躊躇いのない攻撃に、メランはミドリを放り投げ、そのパンチをなんとか受け止めた。そうするとレウコンは即座に飛び退いた。 二人はじりじりと間合いを合わせ、時にフェイントを交えてお互いの出方を探る。 消極的になる理由がそれぞれの今なっている種にあった。 ガーゴモンは石像を生み出す能力がある。用途は色々考えられるが、単純な落下でも綺麗に当たれば確実に意識が飛ぶ。最悪死ぬ。但し、生み出すだけなのでそれを当てることには難がある。大抵は巨体で圧倒してしまえばいい、だがここでカンガルモンという種の素早さや体格に見合わないパワーが邪魔になる。無論、正面から普通に殴り合えばパワーにおいてはガーゴモンが僅かながら勝る。そうなれば抑え込むなりして終いだ。 しかし、カンガルモンは普通に殴り合わないならば瞬間的にガーゴモンより強い一撃をも出せる。ガーゴモンが種の特性として持った技が石像を生み出す事ならば、カンガルモンのそれは利き腕から繰り出す強力なパンチだった。連発はできないが、やはりこれも綺麗に当たる場所に当たれば意識が飛ぶか死に至る。しかし、ガーゴモンの巨体で確実に決めるには相応の手順がいる。 膠着状態になったので、ミドリが白い花園の方に行こうとすれば、レウコンが連れてきたデジモン達が立ち塞がり、それをメランの連れてきたデジモン達が食い止める。 「どうする?私はこれから学校の外に出ようと思うんだけど」 「私はレウコンの側にいるのもいいかなって」 わかったとミドリが白い花園の横を素通りしようとすると、白い花園のは待ってと手を伸ばし、爪をミドリの皮膚に向けて立てた。 「どうせならミドリも見守ろう?もしかしたら、あの二体のどちらかがロイヤルナイツになるのかもしれない」 ミドリは一瞬、どうにか抗おうかと動いたが、すぐ痺れるのを察して自分から地面に寝転がった。 メランとレウコンの戦いは、その時、レウコンに軍配が上がろうとしていた。脚に強烈な蹴りが入り、メランは両手をついてしまった。顎は下がっていて、脚を蹴ったレウコンはそのすぐ下にいる。強烈なストレートこそ当てられないが、強靭な脚力と腕力から成るジャンピングアッパーがその顎を捉えた。 ふらりふらりと、メランの足は地面から浮き、視界も歪む。レウコンの姿は何人もに見え、このまま倒れてしまえば意識は失われるだろうと朧げに理解した。 しかし、その視界に、ふと倒れるミドリが見えた。揺れる視界ではミドリが自分から寝転んだなどわからず、流れ弾でも当たったように見えたが、それがきっかけか、所謂走馬灯か、メランの脳裏に過去の情景が広がった。 メランもまた頭目に拾われたデジモンだった。 腕っ節の強さと高い知能を持って産まれたが、あまりにもじっとしていられなかった。そもそもじっとしているだけでも苦痛なのにつまらない授業や何かはさらにやっていられない、当然集中なんてできやしない。何かを覚えるだけのものなんてのは拷問の様で、しかし、メランはその特性に気づかなかった。なまじ頭がいいばかりに興味があるなどして集中しやすい事や覚える事が少なくて済むものに関しては申し分なく、なんならそうした部分においては人並み外れたものがあった。しかし、できないところは徹底的にできず他の個体ができるのにできないのはなぜだろうと同じ様にやろうとして努力した分は空回りし、他の何かを犠牲にし、次第に落ちぶれていった。 授業以外の時間をスラムで潰す様になってすぐ頭目に出会い、その能力を頭目は買った。頭も良く腕っ節も強い、すごい才能だと言って、相性が良いだろう集中する事が得意で物覚えがよく、だけど要領が悪く応用力に欠けたブイモンと組ませた。つい体を動かしたくなるのも、歩き回りながら考えて何が悪いと許してくれた。 その内に自分の扱い方もわかる様になり、気がつけば校内でも指折りの実力者の一人に上げられる様になっていた。 頭目の元で誰かの才能が輝くのが、スラムに活気が出てくるのが、下を向くしかなかった誰かが笑う様に手伝えるのが、メランの喜びだった。 デジメンタルに感情の類の名前がついてるのは理由がある。それはそうした感情の強さによって効果が増すからだ。その条件が明らかでない光、奇跡、運命はよくわからない言葉になっていたが、メランの心を満たしたものは確かに光のデジメンタルを輝かせた。 ガーゴモンの拘束具が弾け飛び、白い体は膨らみ、ブイモンだった時の様な青色が体を覆い、鳥の様な翼はその目と同じ赤い色の皮膜を持つ翼へ変わる。その姿はエアロブイドラモンという種のものだった。 進化するということはデータの更新である。異常な状態は正常へ。クリアになった視界には、念の為にと深追いしていなかったカンガルモンの姿が映る。 振り出した拳はカンガルモンが退くより速く、その体を弾き飛ばした。 レウコンはすぐに立ち上がった。その体は、メランがそうして進化した様に光を纏っていた。 奇しくも、あまりに遠くに飛ばされた事でその視界には白い花園のとミドリが入る様になっていた。 そうすれば脳裏に浮かぶのはデジタルワールドでは知るものの殆どいない、しかし、確実にロイヤルナイツによって起こされた悲劇だ。 一つの開拓村と地域のデジモンのトラブルからデジタルワールドと人間界の戦争は始まった。最初は縄張り争い、先に手を出したのは人間、知性がある事を認めないものと認めるものとが内部で争った末に、開拓を進める上で都合がいい認めない側が勝り、認める側を村から追い出した。 そうして縄張り争いは規模を増していく。人間界から怒涛の勢いで開拓民が来ると、一部のデジモン達が結束し始め、対抗、そして、それに人間は負けそうになり、最早新しく土地を資源を得ようという以上に今まで取ったところまで奪われかねないと核爆弾を持ち出した。そして、その使用がそれまでは所詮いざこざと干渉していなかったロイヤルナイツの一体を動かす事になった。 アルフォースブイドラモンは人間が生活の為に侵略をするならそれもよいと見ていた。所詮人間は弱いし、自分達を脅かすほどのものでもないからと。しかし、核爆弾はその一帯の自然を汚染するものだった。しかもその場所に人間は住めないし住まない。これがアルフォースブイドラモンの正義に反した。 アルフォースブイドラモンは即座に事態を収めた。デジタルワールドにいる中で偉そうな人間を適当に殺して回り、人間のゲートを利用して人間界に、そして、各国の軍の上層部や首脳陣を虐殺して回るという多少雑だが迅速で被害も少ない形で力を誇示し、和平を持ちかけた。 そうして軍は引き上げ国も引き上げ、一部の人間が取り残された。 デジモンの恐ろしい力が、自分達のした事が開拓でなく侵略だと気づくと人々はデジタルワールドを神に約束された土地かの様に扱っていた態度から一変して、国を叩き国の支援を受け開拓していた企業を叩き、攻め込まれない為に謝罪をしないといけない、何か責任を取るべだと叫び、責任を取るべき誰かの死刑を望んだ。 つまり、分かりやすい生贄を必要とした。それはアルフォースブイドラモンがどうとかデジモンがどうとかではなかった。アルフォースブイドラモンの立会いのもと和平交渉をした人間達はそれに意味がない事を知っていた。知っていたが、その人間達は自分が殺される事と、自分達がころされることでいよいよ今までの国家のシステムが無に帰す事を恐れ、世論をある方向に誘導した。 一番最初にトラブルを起こした村が悪い。デジモンの知性を認めず武力行使に出る事を決めたものが一番悪い。軍の行いに関してはすでに責任を取るべきものが死んでいるのだからここの人間を殺すべきだと。 そうして選ばれたのが送り込んだ時に確かに主要人物だった数名。実際は、上に申し送りもされていたし、銃器の調達もあって、企業の耳にも政府の側にも報告が行っていたのでその誰もが責任者として適切とは言い難いが、特に適当でない人間が一人いた。ミドリの父親だった。 ミドリの父親は最後まで反対し、ミドリは開拓村の学校でいじめに遭い、家族揃って嫌がらせを受け続け、そして最後には一家揃って村から追い出された。それを、止められなかった責任と称して死刑を求めた。 しかし、ミドリの父親はその話をグリフォモンの元で聞き、自分がいかないと暴動で人が死ぬと言われて死刑にされる事を受け入れた。 それがレウコンの知る大衆の為に犠牲になった一つの家族の話。 最大多数の幸福をと考えたならばその行動は正しい、だけどもレウコンはそれを否定する。なぜならば彼らは悪くないし責任を取るべきものでもないからだ。 そして改めて強く思う。自分は、その正義を曲げてはならないと。大衆が流動した様に、歪んではならない、屈してはならない。必要な犠牲だったなどと罪なき誰かの涙を求め、責なき誰かの血を求める様な事を容認してはならない。 レウコンの体を覆う光は黄金色になり、伸ばした手が触れたデジメンタルは形を変えた。 次の瞬間にはもうそこにブイモンはおらず、輝く黄金の鎧を纏ったデジモンがいるだけになっていた。 まずいとメランは次の手が撃たれる前に殴りかかったが、まともに当たってもそのデジモン、ロイヤルナイツの一体に数えられるマグナモンは揺らがない。 カウンターのパンチが顎に入るとメランの意識は飛んで倒れ込み、あっけなく戦いは終わる。 「メランを最優先で、目を覚ます前に特別房に運んで下さい。こっちはデジメンタルさえ取り上げておけば適当に手錠かける程度で一先ず大丈夫です」 残りのメランの側のデジモン達をハンコでも押している様に軽く叩きのめすとレウコンはそう言って、ミドリと白い花園のところに歩み寄ってきた。 「ミドリさんは大丈夫ですか?」 「私の麻痺毒で痺れてるだけ、死んだりとかはしないわ」 「そうですか、できたら後でお話を伺いたいので、丁重にと皆に伝えておいて下さい」 マグナモンになったレウコンの活躍は凄まじかった。いや、マグナモンである事を考えればそれはむしろ当然であったかもしれない。夜になり、手足の痺れが取れてきたミドリのところに現れた頃には、風紀委員会の管理している牢は溢れそうになっていた。 ソファの上に寝かされたミドリの前の席にレウコンが座る。その隣には白い花園のが、そして、レウコンの後ろにはミドリの腕よりも太く見えるワイヤーで繋がれたメランがいた。 「一度、ミドリさんと話したいと思っていたんです。あなただったら、誰を罰するだろうか聞きたくて」 「無神経な質問ですね」 メランがそう嫌味を言うと、レウコンはその通りですねと微笑んだ。 「でも私は聞いておきたいと思うんです。あなたは誰を一番罰するべきだと思うかを。それがおそらく私の正義を変えることはないでしょう。しかし、人間界の様な規模の大きな群体での事例はデジタルワールドではまずありません、だから聞く意義があります」 白い花園のが、一度席をはずそうかとミドリの耳元で聞くと、ミドリは大丈夫と呟いた。メランの視線が気遣わしげだったが、ミドリはそもそも動揺も困惑もしていなかった。 誰が悪いかなんて事は、すでに考え尽くした事だからだ。 ミドリと白い花園のはそれから二週間後に街を出た。 白い花園のが後ろを振り返るとレウコンの姿は金色の流れ星のようにあっという間に見えなくなり、ぎゅっと、ポンチョに新しく着けたバッジを両手で抱えた。 ミドリの答えを聞いた後、レウコンは白い花園が付いていきたいと申し出たのを断った。 レウコン曰く、ロイヤルナイツは正義の為孤独であるべきだという事で、しかし、もし何かあれば駆けつけて判断すると二週間の内に発信機を用意して渡した。ミドリから離れない様にという言葉と一緒に。 白い花園のはまだ知らないが、ミドリの荷物の中には数個のデジメンタルが入っていた。それはメランの脱獄の為の手筈を整える為に色々とした報酬だった。 おそらく、数日内には学校内はヴィランの天下になるのだろう。エアロブイドラモンに対抗できる戦力がないという理由で。 元の頭も新しく指揮をとるはずだったレウコンもいなくなった風紀委員や、まとめて頭を潰された生徒会も大いに弱体化する。学内には新たな秩序が出来上がるだろう。 それでいいのかどうかはまた別の話。それが定着するかどうかもまた別の話だ。 「……ミドリは、本気で誰も恨んだりとかしてないの?」 ふと白い花園のがそんな事を言った。するとミドリは恨んではいるよと返した。 「私は、いじめられた事も追い出された事もお父さん殺された事も全部恨んでるけど、特定の誰かは恨んでないし、誰も罰しなくていいと思ってるのも本当」 白い花園のは少し迷ってからそれはなんでと聞いた。 「多分、人間がそういう生き物だってわかったからだと思う。多数や強い方が正しくて少数が弱い、それだけでしかないってわかったから、友達がいじめる側になるのも、お父さんがいじめられる側になるのも、いじめた人達がまるで元からそうだと思ってたとばかりにお父さんや私を庇う事を言って一緒にいじめていた誰かをいじめるのも、全部、人間の習性みたいなものだってわかったから」 ミドリの目に浮かんでるのは失望だった。それは、人間へのそれか、デジモンでも社会を作るとそうなる事を少し垣間見てしまったからか、白い花園のには分からなかった。 あ、でもとミドリは少し笑ってコートを少しまくって使ってないベルトの穴に着けた四つ葉のクローバーのピンを見せた。 「一人一人で見るとまた違ってね?その習性でそうなっちゃった、私をいじめる側に回るしかなかったのに謝ってくれて、コートもくれて、美味しいご飯も奢ってくれてベッドもお風呂も貸してくれる様な人もいるから、みんなが嫌いって訳じゃないんだよね。これはそんな友達とお揃いなの。コートもね」 あとは、メランやレウコンも私は好きとミドリは笑った。白い花園のもつられて笑った。 その頃、街の中では住民達がこんな会話をしていた。 「あの旅の方は当たりだったね」 「お陰でまた新たなロイヤルナイツが産まれた」 「そうなると、ここから数十年は捨て世代か?」 「アルフォースブイドラモンもマグナモンもいるのよね。過去ブイモンからコアドラモンになってエグザモンになったという話もあるけど、私は一例しか知らないわ」 「そうしたのはほぼ例外と見るべきでしょうね」 「そうだな」「そうね」「そうでしょう」「その通りだ」 その部屋の中に同意する声が続々と続いていく。 「ロイヤルナイツの名の下に、私達教員も励みましょう。生徒達が進化できなくともなれなくとも、それは、いずれ産まれるロイヤルナイツとそのロイヤルナイツが救う多数の誰かの為の必要な少数の犠牲に過ぎないのだから」 その声に、部屋の中には拍手が鳴り響く。 窓から見える景色の中で、ブイモン達が命を散らしながら抗争していたが、そこにいる誰もそれを気にも止めていなかった。 ぱろっともん 2017-08-20T21:55+09:00