<Font Color="#804000">オリジナルデジモンストーリー掲示板</font><Font Color="#4b87eb">NEXT</font><Br> <Br> http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/ ja 2017-08-07T19:51+09:00 六月の龍が眠る街 第四章 前編 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4762&mode2=tree 「なんであそこで踏みとどまったんだ? 確実に仕留められた筈じゃないか」&#8232;真っ暗な部屋でベッドに横たわる私に、スピーカーの男が言った。私は暑い夏の夜に、下に一枚下着を着ただけの姿で眠りながら男と話していた。&#8232;「私に聞かないでよ。私がああなったら、自分を少しでもコントロールすることはできないって、知ってる癖に」&#8232;「ああ、すまないね。つい君をからかってしまいたくなるんだ」男が心底申し訳なさそうな、ねっとりとした甘い声で言う。スピーカーから溢れたその声が裸も同然の身体に絡みついてくるような気がして、私はひどい悪寒を覚えた。&#8232;「気持ち悪い声を出さないで」なんでこの男にこんなにも生理的な嫌悪感を覚えるのだろう? 私は彼の声しか知らないのに。&#8232;「そんなに怒らないでくれ。私だって君のことをちゃんと大切に思っているんだよ」&#8232;「だったら一回で覚えてくれる? 私が選べるのは〈あの力〉を使う時間と場所だけ、それからのことは、私には関係のないこと」&#8232;「そうは言っても、実際に動くのは君自身の体だろう?」&#8232;「やめてよ、今日はしつこいわね。何が言いたいのよ」&#8232;「私たちは共犯だということだよ。例え君が何も覚えていなくても、事実君は自分の手で少なくない数の命を手にかけているんだ。そしてそうすることを選んでいるのは、他ならぬ君自身なんだよ」&#8232;私はひゅっと息を飲んだ。いつも考えないように、考えないようにとしていること。私は本当に何も覚えてない。でも私の身体は、それをいつの間にか覚えてしまっている。耳には悲鳴が、目には血飛沫が、鼻には血の匂いが、そして手には感触が、知らないうちに染み付いてしまっているのだ。それを思うたびに、私はひどい過呼吸に襲われる。露わになったままの胸を押さえて落ち付けようとした。過呼吸は起きなかったが、目からはとめどなく涙が溢れる。この生暖かい塩水の感触が私は昔から嫌いだった。涙がなんの痕跡も残さずに夜の闇に解けて仕舞えばいいのに。今頭を乗せている枕だって、こんな汚れた私の涙など吸いたくはないだろう。&#8232;「なんでそんなこと言うのよ! 私はあなたの望むことを、ちゃんとやってあげているじゃない!」&#8232;「そうだね。そして私はそれにちゃんと対価を払っている。昨日の分はちゃんと振り込んでおいたよ」&#8232;私はさっきよりももっとひどく、声を漏らして泣いた。身体を売っているような気分だ。私の周りにも、そういうことをしているという噂がある子がいる。その子も、自分の体で稼いだ汚れたお金を受け取った時にはこんな風に泣くのだろうか。&#8232;「そう泣くんじゃない」男は嬉しそうな声で言った。私の涙が、この男を悦ばせているのだ。涙を止めたかったが、そう思えば思うほど声は止められなくなる。&#8232;「次の仕事の話をしようか、しかし今はやめた方がいいね。後で文面にして送るよ」男はまるで女を気遣う心優しい紳士であるかのような口ぶりで言った。&#8232;「これならもずっとそうして、もうあなたと話したくはないわ」&#8232;「でも君は私の話を聞かなくてはいけない、生きていかなくてはいけないからね」男は最後に言った。「大好きだよ」&#8232;その言葉を聞いた私の身体中に大きな震えが走る。沈黙を取り戻したスピーカーに向かって手元の枕を投げつけた。&#8232;「大っ嫌いよ、あんたなんか」&#8232;私はまだ涙を流したがる身体に鞭打ち、身体を起こした。ベッドのスタンドランプをつけるとLEDライトの白い光が目を刺す。ひどい頭痛をおぼえた。昼間の太陽を浴びた時にはもっとひどい頭痛を起こす。私はもう光をまともに見ることもできなくなってしまった。&#8232;「あの人も、そうなのかな」彼も、眩しい光に刺すような痛みを感じるのだろうか。彼のことを考えると、少し心が安らいだ。&#8232;涙は正常な証拠だ。どんなに身体が汚れても、心はそれに慣れてはいけない。私は泣き続けないといけない。いざという時に、私自身が正しい道を選ぶために。 あの人を、壊してしまわぬように。          ***** 長いトンネルを抜けた瞬間に電車の中を眩しい夏の光が照らし出し、北館祐はひどく顔をしかめた。&#8232;「ユウ、大丈夫か?」通路を挟んで向かい側の席に座る夏目秀が心配そうに声をかけてくる。北館は首を振って言った。&#8232;「昔からこうなんだ。あんまりにも陽の光が強いと、頭痛になっちゃうんだよ」正確には一三歳の頃、〈十闘士〉の一人として選ばれ、闇のスピリットを受け入れた時からだ。スピリットは受け入れた人間に進化の力を授けるだけでなく、その体質に様々な影響を及ぼすらしい。闇のスピリットだから光に弱くなる。筋の通った話だがまったく迷惑極まりない。ちなみに一条秋穂は鋼のスピリットを受け入れてから妙に腹筋が硬くなってしまったとぼやいていたが、それがスピリットの影響かについては北館は半信半疑だった。&#8232;「痛み止め、貸そっか?」彼と向かいあった席に座る三浦真理がリュックサックから薬の箱を出してきたので、北館は慌てて手を振った。&#8232;「いや、ありがたいけど遠慮するよ。そこまで大したことでもないし」&#8232;「真理、それ、生理痛のために持ってるやつでしょ。軽いノリであげちゃわない方がいいわよ」夏目の向かいに座る美嘉が声をかけてきた。好きな女の子の生理の話題についてどんな顔をすればいいのかわかるほど人間ができていない北館は何も言わず俯いた。沢山持ってるから別にいいのに、と真理が言う。 北館達は夏休みの課外学習のために鈍行の列車を乗り継いで青森に向かっていた。青春18きっぷを使っているからそう金はかからなかったが、道中はとにかく退屈だ。テイルモンも夏目の座席の下に寝転がり(あそこものすごい暑いんじゃないのかな、と北館は気になって仕方なかった)欠伸をしている。&#8232;向かい合わせになった四人席を二つ、彼らは占領していた。片方には夏目秀と彼から一時も離れようとしないと美嘉と絵里、もう片方は北館と真理が座っていた。&#8232;「私たちはステファンと一緒の席になってあなたは真理ちゃんと二人きり、何一つ問題ないでしょ。恥ずかしいからイヤだなんて言ったら北館君一人だけ荷物と一緒に座ってもらうから」というのは北館の真理への気持ちを知る絵里が席決めの時に彼に囁いた脅しの言葉だ。まったく、恋する乙女というのは恐ろしいものである。 「青森に着いたら、まず何する?」美嘉がメンバーを見渡して尋ねた。研究テーマは太宰治だが、女子二人にとってはこれからの三日間には学年一のイケメンとの泊りがけの旅行であること以外に意味はない。太宰治なんかは北館みたいな文学オタクに任せておけばいいのだ。&#8232;「俺は知り合いに挨拶したいかな。宿の近くで夏の休暇をとってるんだよ」夏目が言った。神原ヒトミとその周りの大人達のことを言っているのだろう。北館が秋穂から聞いた話だともう既に店を閉め向こうに行っているということだ。班のメンバー全員で彼らに会いにいくにいくようなことはできないと北館は予め夏目に言っておいた。彼はバー〈アイス・ナイン〉を襲撃した時に辻玲一に素顔を見られてしまっている。レーベモンの正体が北館であることを秘密にすると誓った夏目はその願いを聞き入れてくれた。&#8232;「それも明日にした方がいいな」北館は言う。「着く頃には多分もう夜だ。宿に入って寝る以外には何もできないと思うよ」&#8232;「今どこの駅?」女子二人とトランプに興じていた夏目が北館のその言葉に尋ねた。彼は窓の外に目をやり案内板の駅名を読み取る。&#8232;「花巻だよ、宮沢賢治の故郷、えーと」彼は地図にその地名を探した。&#8232;「岩手の真ん中よりちょっと南寄り、って感じかな」真理が彼より先に言った。&#8232;「えーっ、まだそんなとこ?」岩手長すぎ、と美嘉が言った。「ここで降りちゃおうよ、研究は宮沢賢治でいいじゃん」宮沢賢治も太宰治も大して変わりはないと言いたげな口ぶりだ。&#8232;北館は苦笑して窓の外に目をやる。秋穂はどこで何をしているだろうか、一週間前の〈会合〉で、流石に班でまとまっての研究旅行に秋穂がくっついて行くのは無理があると言った彼に彼女は胸を張ってみせた。&#8232;「私がそんなアタマが悪い手を使うわけがないじゃない。こう見えて知性派タイプなの、私」&#8232;「鋼の腹筋を持つ武闘派だと思ってたけど」&#8232;「ユウくんだって十闘士に関わる神話をちゃんと知ってるはずだよ。鋼の闘士は〈世の理を知る賢者〉なんだからね」賢者ねえ、とからかう北館に秋穂はムキになって言った&#8232;「とにかく、行く方法は秘密にしておくわ。向こうで私と出会うことになった時のユウくんの顔が楽しみね」           ***** 僕は青森の屋敷の中庭に面した部屋で昼食のそうめんをすすった。中庭はそこまでの大きさこそないものの、苔むした岩や木の美しい緑を桔梗の紫の花が彩る立派な日本庭園だった。窓を開け放てば、庭園の景色に多少は涼しさを感じることができる。&#8232;とはいえ、風情だけで乗り切れるほどこの夏は生半可なものではなさそうだった。テレビ番組がその年を「十年に一度の猛暑」だと報じるのにはとっくに慣れっこになっていたが、今年の暑さは確かに異常であることを肌で実感できる。これではなんのためにわざわざ本州最北端の県まで来たのか分かったものではない。 「やっぱり玲一さんの作る料理は美味しいですねー!」&#8232;僕は一条秋穂という少女のその言葉に苦笑した。「ただのそうめんじゃないか、誰が作っても同じだよ」&#8232;「でもやっぱり特別美味しいですよ。ヒトミちゃんもそう思うよね?」タンクトップ姿の彼女の言葉にヒトミもにっこりと笑ってみせた。ヒトミはカナリヤ色のシャツを着て、髪を横に束ねている。結局髪を伸ばしたまま青森まで来てしまっていたのを、一条秋穂がピンク色のゴムでまとめてあげたのだ。&#8232;周りがトウのたったオジサンばかりだと退屈だろうから友人を青森行きに誘っても構わない、と言ったのは僕だ。てっきり小学校の友達を連れてくるだろうと思っていたのが、女子高生を引っ張ってきたのには驚いてしまった。&#8232;「ヒトミちゃんとは、私が参加してる地域ボランティアの活動で知り合ったんです」というのは一条秋穂の言だ。聞けばヒトミの学校もそのボランティアに参加していて。街のごみ拾いをしたり、花壇に花を植えたりする中で一条秋穂と特に仲良くなったのだという。首にヘッドフォンをかけたその少女は、地味な見た目の割に快活で悪い人間ではなさそうだったが、決して真面目な印象--少なくとも進んでボランティア活動に参加するような印象--は受けなかった。とはいえ、高校生の夏休みをわざわざ大して知らない幼い少女とその取り巻きのオジサン達との旅行に費やすような子だ。少し普通ではないところが大いにあるのだろう。ヒトミと仲が良いことだけは間違いなさそうだったので連れていくことにした。&#8232;「そういえば今日は、高視がこっちにくるんだな」僕は何とは無しに呟いた。まったく偶然なことに、夏目秀も夏休みの課題研究のために青森を訪れるらしい。それに伴い。高視聡もこちらにやってくる。彼は少しも遠慮することなく僕らが借りたこの家に泊まると宣言してきた。もっともこの家はヒュプノスの仙台支部長の持ち家らしいから、仮に不満でも僕には文句を飛ばす権利もないわけだけど。&#8232;「何か言いました?」秋穂が声をかけてくる。まったく耳ざとい子だ。&#8232;「おじちゃんがもう一人来るんだよ」僕の代わりにヒトミが質問に答えた。彼女は大人達のバーでの会話をほとんど盗み聞きしていて、僕たちが立てていた旅行の計画についてはなんでも知っている。ヒュプノスだのデジモンだののことは言ってはいけないということはちゃんと分かっているみたいだったのでこちらとしては構わなかった。&#8232;「そうなんだよ。悪いね、折角の夏休みなのに、同級生達と予定はなかったのかい?」&#8232;僕の問いに秋穂はにっこり笑って見せた。「ないこともないですけど、私はそれよりどんな人が来るのかの方が気になります。加納さんや玲一さんみたいにイケメンですか?」&#8232;「お世辞を言う相手を間違ってるよ」僕は苦笑する。加納がなかなかにハンサムな顔立ちをしているだけに、ついでで付け加えられた自分の立場に若干の虚しさを覚えた。高視の顔を立ててやることも考えたが、僕は高視よりも男前の奴がついて来ると言って夏目の話題を出すことにした。高視には僕と一緒に比べられる者の虚しさを味わってもらうとしよう。&#8232;「夏目って、光台高校の夏目秀君ですか?」私も光台高で、夏目君とは同級生なんですと秋穂は言った。知り合いならなおのことイケメンの来訪を喜んでも良さそうなものだったが彼女の反応は思ったよりそっけない。まるで夏目の合流を初めから知っているかのような態度だ。それとも単に年上が好みなだけかもしれない。僕は後者の説を採った。そちらの方がなんとなく気分がいいからである。 「それにしても、ハンサムボーイの加納さんはどこに言ったんだ? 昼飯も食わずに」素麺を片手に煮えたぎる前の鍋に立ち、食事の準備をするよう少女たちに呼びかけた時にはもう彼の姿は見えなかった。あれから一時間弱ほど経つが、彼が帰って来る気配はない。&#8232;「長電話だよ」ヒトミが言った。つまり、仙台にいるヒュプノスの上司と電話をしているのだろう。一般人の秋穂がいるために、この家の中ではデジモン絡みの話は持ち出せなかった。僕は男用の寝室で涼みながら眠っているギギモンのことを思い出す。スーツケースにギギモンの赤い体を無理やりに詰め込んでここまで連れてきた時には秋穂のいる前で飛び出して来るのも時間の問題だと思っていたのだが、体内に熱を溜め込んでいる龍型デジモンにとって夏は厳しい季節らしく、昼間はずっと大人しくしてくれている。それに関しては今年の猛暑に感謝しなくてはいけないなと思った。&#8232;そう思った矢先、二階でごそごそと音が鳴った。ついに始まったか、と僕はため息をついて秋穂に目をやる。彼女はまだ上で暴れ出した龍がいることに気づいていないようだ。ヒトミの方を見ると彼女もこっちを見て、歳に合わない不敵な笑みを浮かべて目配せをしてきた。どうやら、ここは自分に任せておけということらしい。&#8232;「ここは暑い、ちょっと二階に引っ込むよ。二人は好きに遊んでてくれ」そう言って、僕は立ち上がった。二階へと向かう僕の後ろでヒトミが秋穂に囁くのが聞こえた。&#8232;「秋穂姉ちゃん、アイス買いに行こうよ。玲一おじちゃん歯に悪いってなかなか買ってくれないんだよね」&#8232;やれやれ、と僕は首を振った。全く頼りになる子だ。バーでの生活の中でヒトミが妙な処世術を身につけているのではないかと思うと少し怖くなった。 二階に上がると光の差してこない廊下の埃っぽい静かな涼しさが身にしみる。前をみると、ペチペチという足音とともにギギモンがこちらまで歩いてきていた。&#8232;「部屋の外に出ちゃ駄目じゃないか」僕は言ったがギギモンはそれを意に介することなく小さな足で歩き続けている。力づくで部屋に連れ戻すことも考えたが、ギギモンが唸ったり噛み付いたりして騒ぎになってはまずい。「分かった分かった。外に連れてってやるよ」僕はかがんでギギモンにそう言うと両手を前に差し出した。それなら文句はないと言うように鼻で息を一つしたギギモンがその腕に飛び乗る。ギギモンを背中で隠すように持ちながら階下に降りるとヒトミと秋穂はもう出かけた後だった。玄関の扉を開き、家の前の通りを見渡す。さすがは田舎といったところか、人影は全くない。そのことを確認して僕がギギモンを下ろすと、彼は西の方向にまっすぐ歩き始めた。&#8232;「おい、どこ行くんだ」僕もそれを追いかける。           ***** 「支部長、そっちは問題ないですか?」加納満は家の裏の道路に立ち仙台支部長の四ノ倉正敏に尋ねた。人影は彼以外に一切ない。住民はいるらしいが昼間はほとんど会うこともなかった。&#8232;「ああ。今の所、軽微なリアライズしか起こっていないよ。そちらは何もないね?」青森の屋敷を夏一杯貸してくれているのだからもう少し恩着せがましい態度を取っても良さそうなものだが、加納にはむしろ四ノ倉が旅行の話題について避けているようにさえ思えた。奥ゆかしいというかなんというか、何にせよ金持ちの考えることは分からない。&#8232;「こっちは上々ですよ、高視も今日の午後には着くって言ってましたし。しかし立派な家ですね。支部長の家ってなんかそういう家系なんですか?」加納は不躾な質問と知りながらもそう聞いた。屋敷の中には至る所に家紋入りの桐箪笥や古伊万里の花瓶、名のある画家(加納も辻も絵のことなど何一つ知らない。秋穂がそう言ったのだ)の手になる掛軸が置いてあり、歴史を感じさせる家だった。加納の質問に四ノ倉は妙にまごついて、いや何も知らない、というふうなことをもごもごと言った。本当に知らないはずはないし、かと言って謙遜しているようにも聞こえない。加納は首を捻った。&#8232;「そんなことは、どうでもいいんだ。聞いてくれミチルちゃん、遂に〈シャッガイ〉が完成したんだよ」&#8232;加納は空いた口が塞がらなかった。「ついこの間まで凍結されてた計画だと思いましたけど」&#8232;「ああ、しかし完成した。上層部も認可するだろう。シャッガイがあればリアルワールドにいるデジモンをあらかた片付けることができる。〈十闘士〉だってその例外じゃない」&#8232;加納は疑念の思いを隠せなかった。あまりにも寝耳に水の話だ。その時、道の向こうから辻がこちらに歩いてくるのが見えた。彼は足元に夢中でこちらに気づいていないようだ。その足元には赤色のゴムボールのような物体が転がって進んでいた。ギギモンだ。&#8232;「何してんだ、あいつ」加納は口の中で呟く。&#8232;「ん? 何か言ったか?」&#8232;「いえ、開発成功おめでとうございます。ちょっと切りますね」彼はそう言って電話を切り、辻に駆け寄る。&#8232;「何してんだ、こんなとこで」&#8232;「ギギモンが急に歩き出してな。どうも普通の様子じゃない」&#8232;「ヒトミちゃんはどうしてる?」&#8232;「一条さんとアイスを買いに行ったよ」&#8232;デジモンが出たらどうするんだ、と加納は聞かなかった。夏の暑さに頭をやられていたのかもしれない。&#8232;二人は赤い球体のゆっくりとした歩みを辿り始める。ギギモンは精一杯手足を動かしているらしい、それはわかるがその短い足での歩みは人間にとっては焦れったいものでしかなかった。 &#8232;「なあ、加納」不意に辻が尋ねる。&#8232;「なんだ?」&#8232;「君が最初に僕の店に来てから、そろそろ二ヶ月だ」&#8232;「ああ」&#8232;「そろそろ、話してくれてもいいんじゃないか?」何を、という必要はなかった。二人ともちゃんと分かっている。&#8232;「『二年前』のことか」&#8232;「そうだ。君のトラウマなのは分かっているが、これからデジモンに向き合っていくためにも僕は…」&#8232;「待て待て待て、みなまで言うな」加納が手を振って辻を制止した。&#8232;「ちゃんと話してやるさ。俺もそろそろ、自分の気持ちを整理していい頃だ」そう言って、加納はぽつりぽつりと語り始めた。           ***** 「いやー、暑いね」秋穂は紫色のアイスキャンデーを舐めながらヒトミに話しかけた。ヒトミは薄いピンク色の自分のキャンデーを一生懸命舐めながらこくこくと頷く。&#8232;「わたしこんなアイス久しぶりに食べたよ。懐かしいな」秋穂は言った。今ではアイスを買う場所はスーパーマーケットかコンビニで、こういうアイスキャンデーを食べられる機会は滅多にない。この味を知ったのは家の近くにあった駄菓子屋でのことだ。50円を握りしめ、幼馴染の北館とよく棒についた小さな氷の塊を味わったものである。私たちの子ども時代って、そういうものが丁度息の根を止められた時期なのかもしれないなと秋穂はしみじみと思った。親達が「昔はどこもこうだったのよ」と懐かしみながら連れてきてくれたいくつかの店は、知らないうちになくなってしまった。その間に北館と私は〈十闘士〉に選ばれ、二十四時間営業のハンバーガーショップが会合の場所になった。時代に取り残されたようなさびれた青森の町にあの頃と同じような駄菓子屋を見つけて、柄にもなくはしゃいでヒトミを連れ込んだのだった。&#8232;「私はこういうアイス食べるの、初めて」舌を休ませながらヒトミがぽつりと言った。&#8232;「うわー、ジェネレーションギャップってやつ? 」秋穂は笑う。「今のアイスの方が、よっぽど美味しいよね」&#8232;「でも、私はこれ、好き。父さんと母さんが小さい頃作ってくれたのに似てる」&#8232;へえ、と秋穂は思った。彼女はヒトミのことを調べていく中で彼女の両親のことやその友人であったという辻玲一の事情も知っていたが、彼らにあまり同情的にはなれなかった。事情がどうあれ、幼い子どもがいるのにデジモンを相手に夫婦で命を落とすようなことをしていた親や、その子を引き継いでバーみたいな劣悪な環境に住ませる友人がいい人間であるとは彼女には思えなかったのだ。しかし、辻玲一と会ってみるとどうも事情は違うらしい。彼はヒトミに普通の親が普通の子どもにする以上の愛情を注いでいるように見えたし、ヒトミの口からは両親が任務で家を空けていては到底育むことのできないほど多くの幸せな家庭の思い出を聞いた。その幸せと同じくらいの悲しみとトラウマを抱えているとはいえ、この小さく寡黙な女の子はそれなりに楽しく暮らしているらしい。&#8232;「ヒトミちゃんはさ、学校、好き?」&#8232;「好きだよ、友達だっている。みんなとちょっと話が合わないことはあるけどね」それはバーでの暮らしのせいで彼女が他の子より少しませているというだけのことだろうか、それとも彼女の〈選ばれし子ども〉としての因子によるものだろうか。&#8232;「じゃあ〈アイス・ナイン〉は?」&#8232;「大好き」ヒトミがにっこりと笑って言った。そしてその後、内緒だよと言うように口に手を当てて何か話そうとする。秋穂もヒトミの頭の高さまでかがんで耳を傾けた。&#8232;「ホントはね、あまり好きじゃなかったの。一人で家にいるのが寂しかっただけ。あそこに来る人たちはみんな楽しそうなのに、玲一おじさんは悲しそうにしてるんだもの」&#8232;「でも今は好き?」&#8232;「うん。ミチルさんや聡さん、シュウくんが来るようになって、おじさんとっても楽しそうにしてる。それにギギモンやテイルモン--」そこまで話してから、しまったと言うふうにヒトミは口に手を当てた。秋穂はにやりと笑う。&#8232;「大丈夫だよ。私もギギモンやテイルモンのこと、ちゃんと知ってるから。コレは玲一さんには内緒ね?」&#8232;ヒトミはびっくりして口に当てた手を離す。「おねえちゃんも〈選ばれし子ども〉なの?」&#8232;「そんなところかなー」秋穂は内緒だよ、と念押ししてから尋ねた。「ヒトミちゃんは知ってたんだ。自分が〈選ばれし子ども〉だってこと」ヒトミはこくんと頷く。とすると加納満が白状したのか、と秋穂は考えた。自分の母親が〈選ばれし子ども〉であったために死んだと言うことはいくらなんでも彼女は知らないだろうけど。&#8232;「そのことについて、どう思う? つまり、〈選ばれし子ども〉って言うのはいつか、無理やり戦わせられなきゃいけないんだけど」秋穂は真剣な面持ちで尋ねる。この質問に対する答えで彼女は一連の件に対する自分の態度を決めるつもりだった。もともとギギモンを手にかけるのは気が進まないし、ヒュプノスやデジモンが絡んで来たことでヒトミの生活はどうやら明るくなったらしい。ヒトミの答え次第ではギギモンのことは諦めよう。〈十闘士〉に対する背信行為だと言われても知ったことではなかった。それを言うなら北館だって同じことだ。彼がもうテイルモンに手を出す気が無いことを彼女はちゃんと知っていた。幼馴染相手に何か隠し事ができると彼は本気で思っているのだろうか。&#8232;「私、怖いよ」ヒトミが言った。「でも、戦いたい」&#8232;これは及第点とは言い難い回答だ。秋穂が言う。「ヒトミちゃん、嫌なことを無理にする必要なんてないんだよ。玲一さんやヒュプノスのお陰でヒトミちゃんが今幸せなのは分かる。でもその人達への恩返しなんてことは--」&#8232;「ううん、違うの」彼女の言葉をヒトミが遮った。&#8232;「私が戦いたいのは私のため。私は今、毎日がとっても楽しいの。お父さんやお母さんがいた頃と同じくらい。それを誰かに壊されたくない。〈アイス・ナイン〉にみんなが集まって、おじさんやみんなが楽しくしてるのを、私ずっと見てたいの」だから、戦う。その幸せを守るために。&#8232;「そっか」自分の言葉への反応を気にするヒトミの視線を避け、秋穂はそれだけ言って立ち上がった。いつの間にか二人は家の前まで来ている。&#8232;「ヒトミちゃん、先入ってて」&#8232;「え?」&#8232;「いいから」彼女の有無を言わさぬ語調にヒトミは首を傾げながらも玄関を開けて家の中に引っ込んだ。 「あのさあ、私たちとってもいい気分だったのに。それを何? 盗み聞きでもしに来たわけ?」秋穂が家の前の通りの端から端まで響き渡る声で言った。その声に答えるようにどこからか黒い影が現れる。&#8232;「いや、お前らの話に興味なんてねえよ」&#8232;「じゃあ何の用? 意味わかんないんだけど」秋穂は怒りを露わにして目の前の影--ダスクモンに言った。&#8232;「意味わかんねえのはこっちだ。お前一体どこから出てきたんだ? どう言うわけで連中につきまとってるんだよ」&#8232;「へえ」ダスクモンの問いに秋穂はせせら笑いで返す。「あんたも何もかも知ってるわけじゃないんだ。じゃあ教えてあげる」&#8232;彼女の右手にバーコードの渦が現れたのを見て今度はダスクモンが楽しそうに笑った。「そういうことかよ。だったらなおさら意味わかんねえ。お前が〈十闘士〉なら、さっさとギギモンを殺せばいいじゃねえか」&#8232;「気が変わったの」私だって、私達だって、自分の守りたいもののために戦うんだから。&#8232;「馬鹿馬鹿しい。お前らの考えはさっぱり分かんねえ」&#8232;「闇のスピリットの半分を持ってても、それが分かんないんじゃ〈十闘士〉失格ね」秋穂が手を前に伸ばした。「ユウくんの半身、返してもらうわ」 「スピリット・エヴォリューション!」           ***** 「美嘉と絵里はどこに行ったんだ?」北館はユースホステルの談話室で、向かいに座っている真理に尋ねた。真理は夏だというのに薄手のカーディガンを上に羽織っている。暑いなら脱げばいいのに、彼女の額に浮かぶ汗を見て彼は思った。&#8232;「太宰に関する石碑巡りですって、夏目くんがいない時はあの二人も真面目に研究してくれるみたいね」午前中に班全員で太宰の生家を見学した後、夏目秀は今日の午後から高視達に会いに隣町の屋敷に行っている。ついて行きたがるのを拒絶された美嘉と絵里はおとなしく研究に没頭することにしたのだろう。もっとも、面倒な資料のまとめとレポートづくりは北館達に一任されたわけだが。&#8232;「真理はついていかなくて良かったのか?」北館が尋ねる。&#8232;「別に、あの子達とそんなに仲がいいわけでもないしね」&#8232;ふうん、と北館が言ったきり二人の間に気まずい沈黙が降りた。各々がメモを取る時のペンの音だけが響く。&#8232;「ねえ、北館くん」ふいに真理が言った。&#8232;「どうしたの?」&#8232;「北館くんは、泣きたくなる夜って無い?」&#8232;「え?」&#8232;「夜中に何でもないことで目が覚めて、普段ならそのまままた眠れるんだけど、どうしても目が冴えてしまう夜」&#8232;「フィツジェラルドの言うところの〈魂の暗闇〉」北館が何とは無しに呟く。&#8232;「なにそれ、とにかく私はそういう時があるの。そんな時、私は辛いことばっかり考えて泣いちゃうんだ。時間の流れが遅くなってもうすぐ空が白んでもいい時間のはずなのに、なぜかずっと暗いまんま。結局いつまでも続くかと思える時間の中で、それが終わるまでベッドの上で座って泣いてるの」&#8232;北館は黙った。真理はどちらかといえばクールで率直な物言いをし、実際的な考えをする印象があった。その長く黒い髪と美貌から周囲からは「冷たい美人」という評価を受けている。そんな彼女が、ふいにこんな弱さを告白したのは意外だった。慰める言葉があるだろうかと彼は思ったがやめた。慰めに意味はないだろう。&#8232;「僕は昼にそういう時がある」北館は語り出した。「そういう日は朝からもう駄目なんだ。目が覚めた時に今日は憂鬱な一日だってわかる。少しでも気分を晴らそうといろんなことはするよ。友達とわざと馬鹿騒ぎをしたり、ちょっといつもより高いものを食べたり、熱い風呂に浸かったりする。でも駄目だ。結局はベッドに横たわって、少しの光も目に入らないように腕を顔に乗っけて、一日じっとしているしかない。いろんなことを考えながらね」&#8232;「例えばどんなこと?」&#8232;「やらなきゃいけないのに出来ないこととか、自分がみんなの足を引っ張っていることかな」実際、〈スサノオ〉プログラムの凍結は彼を苦しめていた。〈十闘士〉の最大の敵であるアイツ--ルーチェモンを倒すために長年の世代交代の中で彼らが作り出したのが〈スサノオ〉だった。その発動には十闘士全員のスピリットが力を最大限発揮できていることが必要とされる。しかし闇のスピリットの半身を奪われている北館はその力を半分も引き出すことができなかった。闇のスピリットがもともと強い力を持っているために、力を半分にされたと言っても日常の戦闘では秋穂に迷惑をかけることはない。しかしいざという時、ルーチェモンが復活した時に自分が足手まといになって世界が滅びる、なんてことになったらどうすればいいのだろう。そういうことを彼は昼日中によく考えた。&#8232;「そっか」真理は悲しそうに頷いた。「じゃあ昼は嫌いで、夜が好き?」&#8232;「そうかもね」彼は真理のように夜悩むことはない、闇のスピリットには夜は友達だ。&#8232;「私はどっちも嫌い、夜はずっと嫌いだし、昼も最近無理になった」&#8232;何と言ってやればいいのか悩む北館に真理はこんなこと話してごめんねと謝り、そしてあの微笑みを浮かべた。&#8232;「今日も最悪だと思ったんだけど、今こうして北館くんと話してて、結構幸せ」彼女はそう言うと赤くなって俯いた。            マダラマゼラン一号 2017-08-07T19:51+09:00 六月の龍が眠る街 第四章 後編 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4762&mode2=tree 「俺がヒュプノスのS級エージェントに選ばれたのは高校生の頃、高視と並んで最年少記録だ」加納の話の語り出しから僕は驚いてしまい話の腰を折った。&#8232;「お前ら、そんなすごいやつだったのか」&#8232;「まあな」彼は誇らしげにふふんと鼻を鳴らしたが、すぐに真剣な顔に戻った。&#8232;「でもそのことは、仙台支部ではあまり騒がれなかった。高校生の頃にもっとしんどい任務についていたエージェントがいたからさ」それが神原明久で、その任務とは〈選ばれし子ども〉である工藤咲--後の神原咲--の護衛だったというわけだ。&#8232;「俺は最初、明久さんをライバルだと思ってた。あの人よりもっと凄いことをしてやるって、若かったんだな」&#8232;そうやってライバルとして関わっていくうちに、加納はすぐに明久に懐いた。そこは明久の実力と懐の深さ--ここは僕はあまり認めたくないけれど--の賜物といったところだろう。&#8232;「咲さんのパートナーデジモンは、明久さんの訓練でどんどん強くなっていた。完全体まで育った〈選ばれし子ども〉のパートナーはほかに例がない」&#8232;先とそのパートナーは優秀なエージェントである明久とともに全国の注目を受けていた。&#8232;ところが。&#8232;「そのデジモンが二年前、突然進化して暴走したんだ」           ***** 息を荒くしながら膝をついたダスクモンをメルキューレモンは嘲笑うように見下ろした。&#8232;「その妙な剣も、君悪い目玉の催眠術も、私の〈イロニーの盾〉には敵わないみたいね」&#8232;ダスクモンは今起こっていることが信じられなかった。自分の力は一般的な〈十闘士〉のそれを遥かに凌駕するもののはずだ。しかし、腕の妖刀から放つ〈エアオーベルング〉は跳ね返され、鎧の目玉を用いた催眠術〈ガイストアーベント〉は鏡の盾に写された目玉で自分自身をフラつかせる始末だった。この二年間で、膝をついたのは初めてのことだ。&#8232;「さっ、貴方のムカつく声がどんなお顔から出ているのか拝見するとしましょうか」&#8232;ダスクモンは目の前に立つ美しい声の主が自分の天敵であることを悟ったのだった。           ***** 「二年前に暴走した咲のパートナーは、世界的にも稀なレベルの〈デジタルハザード〉を引き起こした。不謹慎かもしれないが、ネットワーク界のチェルノブイリって呼ばれてる」加納は言った。咲のパートナーが遂げた進化は全く意味不明の、突然の出来事だったらしい。愛らしい鳥の姿をしていたそのデジモンは禍々しい色の翼と空を覆うほどの巨体を手に入れた。そして我を失い暴走したのだ。&#8232;「俺たちエージェントも事態の収拾に必死になったさ、無視できない事態に十闘士も出て来た。でも俺たちはバカだったし、多分向こうもバカだったんだろう。俺と明久は、二体の闘士と戦った。奴らが事態の元凶だと思ったんだ」加納の声が震えている。僕は彼の方を見ずに、ただギギモンの歩みだけに目を向けていた。&#8232;「暴走を引き起こした〈アイツ〉が現れて誤解が解けた時には、事態は取り返しのつかないことになっていた。二人の闘士は〈アイツ〉を引き止め、俺たちは暴走したパートナーを必死で説得してる咲さんのとこに向かったけど、その時にはもう遅かった。俺たち三人は戦いに敗れ、三人一緒に死ぬところだった」&#8232;それなのに。と彼は言う。&#8232;「二人は、俺だけこっち側に突き飛ばしたんだ」&#8232;加納は今や声をあげて泣いていた。その肩を抱く。&#8232;「俺はあの時死んでたはずだ。終わった人間なんだよ」&#8232;「馬鹿言うな」しかし、彼の言い分を強く否定できない。この二年間、僕も似たような思いを抱き続けてきたのだ。&#8232;「そして、二人は自分達ごと、バケモノになった昔のパートナーをインターネット内に転送した。ネット転送に人間の体が耐えられるわけがない。二人はズタボロにされて、身体中が燃えたひどい状態で現実世界--ヒトミちゃんの家の玄関に吐き出されたんだ」&#8232;その後、暴走したデジモンのデータは無害化され、今でもその質量はそのままにヒュプノス管理のもとでインターネットに置かれているのだという。その事件で凍結されてもいいはずだった〈選ばれし子ども〉計画は本部によって続行され、一度は加納達と協力した二人の闘士、闇と鋼は本部のその方針に衝撃を受けて対ヒュプノス強硬派となってしまったのだ。&#8232;「事件を引き起こした、〈アイツ〉ってのはどうなったんだ?」僕が尋ねた。&#8232;「死んだらしい、自分の暴走させたデジモンに殺されたんだ」 ギギモンが立ち止まり、ここだ、と言いたげに僕たちの方を向いた。&#8232;そこは町の郊外にある。古い廃屋だった。思えば随分歩いたものだ。ヒトミと秋穂はどうしているかなと僕は思った。           ***** 「お前達は…」高視聡はメルキューレモンとダスクモンをみて声を失った。思わずメモしておいた目的地の住所を見る。間違いなくここだ。&#8232;「オーケー、エージェントさん。詳しい説明は省くけど、この場合の味方は私よ」メルキューレモンが言った。&#8232;「この場に味方になれる二人がいるかよ」苦しそうな声でダスクモンが皮肉を飛ばす。&#8232;「おいサトル、こいつはどうなってるんだ?」グランクワガーモンが現れ、横の高視に尋ねた。&#8232;「ねえ聞いて、エージェントさん。私はもうあなた達が守る〈選ばれし子ども〉に手を出す気は無いわ。私が今したいことを教えてあげる。このクソ野郎を倒したいの」メルキューレモンの声を自分はどこかで聞いたことがあったかな、と高視は思ったが、すぐに現実に意識を戻す。&#8232;「その言葉、信じていいんだな?」信用の程度においては二人のどちらも限りなくゼロに近いが、ダスクモンには実際に殺されかけているのだから、味方をするとしたらメルキューレモンだろう。&#8232;「おいおいマジかよ」ダスクモンはひどく苦しそうに咳き込んだ。&#8232;と、その顔がひどく歪み、ダスクモンは突然むくりと立ち上がった。&#8232;「ちょっと、どこにそんな力が残ってたの?」驚いた声で叫ぶメルキューレモンを尻目に、ダスクモンは恐ろしいまでのスピードで逃走を図った。&#8232;「グラン!」高視が命じるより早くグランクワガーモンが電気の弾丸をいくつも放つ。一発はダスクモンの左腕に当たり、もう一発はその仮面の左半分を砕いた。よろめき、一瞬歩みを止めたダスクモンが振り返る。&#8232;「女の子…?」メルキューレモンが呆然として呟いた頃には、その影はもう形もなかった。 「何してるんですか! って、ええ?」立ち尽くす高視とメルキューレモンの前に夏目が現れ、素っ頓狂な声をあげた。           ***** 私は痛む腕を押さえてフラつきながら歩いていた。この有様ということは私はきっと戦いに敗れたのだろう。この二年間で初めてのことだった。&#8232;ポケットの携帯電話が鳴り出す。私は目を瞑った。相手が誰か分かっていたのでよっぽど無視してやりたかったが、出ないわけにはいかない。私は携帯電話を耳に当てた。&#8232;「やあ、私が力を注いだおかげで無事逃げきれたね、感謝したまえよ」いつもよりも間近にあの男の声を聞き、私の耳は腐り落ちてしまいそうだ。&#8232;「もう二度と、私の身体に触らないでほしいわ」&#8232;「実際に触れてはいないさ、そうしたいのはやまやまだけどね。君はひどいヘマをやった。今回の戦いをきっかけにヒュプノスと二人の闘士は合同の道を辿るだろう。それぞれが持つ情報を合わせた時に、奴らがなにが起こっているかを知るのは時間の問題だ。急がなくてはいけない」&#8232;「そう、それで、私にどんなことで埋め合わせをさせようってわけ?」&#8232;「そちらから聞いてくれるのを待っていたよ」男は甘ったるい声でその指令を告げた。&#8232;「闇の闘士を殺し、スピリットのもう半身を奪え」&#8232;私は目を瞑る。「殺したい時にレーベモンが向こうから出てきてくれるわけじゃないわよ」&#8232;男は声を立てて笑った。「馬鹿言っちゃいけない。君は闇の闘士の正体にきっと気づいているはずだ」&#8232;ああ、神様。「なんでそう思うわけ?」&#8232;「私がレーベモンを殺すよう言うたびに、君が適当なことを言って誤魔化してきたことに、私が気がついていないとでも思ったのか? 君にそんなことをする理由があるとしたら一つだけだ。君は闇の闘士である人物を知っていて、そいつに特別な思い入れがあるんだ。闇の闘士君に嫉妬してしまうよ」&#8232;「やめて」それ以上私の気持ちに踏み込まないでよ。&#8232;「やめて、とは随分勝手な言い草だね。さっきも言った通り、私は今まで君のその裏切りを見逃してきたんだ。しかし今回ばかりはどうしても闇の闘士君に死んでもらう必要がある。君は断れないはずだ」&#8232;その通り、私は断れないのだ。もう来るところまで来てしまったから。&#8232;「…少し考えさせて」&#8232;「ダメだ、今から二時間以内に殺せ。そうしないと、君の命も無い」男の声が急にきつくなった。それは悪魔の声そのもので、鳥肌が立つのを感じる。&#8232;「…分かったわ」男が大好きだよ、と言ってくる前に私は電話を切った。&#8232;私の目にはちゃんと涙が溢れている。大丈夫だ。私にはまだあの人を救うことができる。&#8232;「安心して、北館祐くん」           ***** 「これは…」僕は目をそらした。&#8232;「おいおい、勘弁してくれ」&#8232;ギギモンに導かれて入った廃屋の中で、僕と加納は吐き気と戦っていた。&#8232;焼け焦げた死体、しかし完全に黒く焦げたわけではなく、一部肉が残っていて、そこはひどく腐乱していた。白い骨がその顔から見え隠れする。&#8232;加納が鼻をつまみ、死体に顔を近づける。&#8232;「おい、よくやるなそんなこと」&#8232;「似たような死体は仕事で見たことがある。軽い検視もできるぜ」もっとも、こんなひどいのを見たのは初めてだけどなという加納に僕は舌を巻いた。全く人生経験豊富なやつだ。全部彼に任せて僕は外の空気を吸いに行こう。&#8232;「おい、待て」加納が僕を緊張した声で呼び止めた。&#8232;「なんだ、何も役に立てることはないよ」&#8232;「いや、もう終わったんだ」&#8232;「それで、何かわかったのか?」&#8232;「死者の身許、免許証が焼け残ってた」加納は死人のかつては服だったらしい炭の下からそれを慎重に持ち上げた。なるほど、ビニールのカバーが溶けているものの、免許証だ。&#8232;「それで、誰なんだ?」&#8232;「四ノ倉正敏」&#8232;「え?」&#8232;「ヒュプノスの仙台支部長だよ。俺が一時間前まで電話してた」&#8232;「それは」&#8232;「確かかって? いや、俺は死体の懐にあった免許証の名前を読み上げただけだ。きっとこの死体は別人で、たまたま死ぬときに後生大事に他人の免許証を抱えてたんだろうな」加納が冗談まじりにいうが、彼も僕も笑わなかった。&#8232;「じゃあ、やっぱりこれは」&#8232;「ああ、四ノ倉本人だろう。それじゃあ、俺が今日話した相手は誰なんだ? ご本人がこんなに腐乱するほどの時間眠ってる間、四ノ倉のふりをしてきたやつは? あいつ、俺が家系のことについて尋ねたら慌てて誤魔化したな、やはり別人なんだろう」&#8232;僕はすっかり混乱していた。「とにかく、警察を」&#8232;「待て!」加納が大声で静止する。「馬鹿を言うんじゃない。報告するのはヒュプノスの新宿本部だ。室長に直接話す。この辺に公衆電話ってないか? こうなったら、電話の盗聴も疑った方がいい」&#8232;そうやって僕らは行動を開始した。その最中、僕と加納は一瞬目を見合わせ、ギギモンを見た。&#8232;「お前、なんでここが分かったんだ?」&#8232;加納の問いに、六月の龍は無邪気に尻尾を振った。           ***** 「なあ、シュウ、僕に一から説明してくれないか?」ユースホステルの部屋の隅に立ち、電話に向かって間の抜けた声で話しかけた北館を夏目の硬い声が遮った。&#8232;「そんな時間はないんだ。いいか、一回だけ言ってやる。いまこっちにいるのは俺とテイルモン、ヒュプノスの高視さんとグランクワガーモン、ヒトミちゃんに鋼の闘士メルキューレモンこと一条さんだ。みんな勢揃い、誤解は解けて仲良く話し合ったところ、えらいことが明らかになった。というわけで俺が代表して、ロマンスを楽しんでるユウに電話してるってわけだ」&#8232;「なんて言い方をするんだ」北館はそう言って机についたままレポートをまとめている真理の方に目を向けた。彼女もこちらを見て、驚いたことにウィンクを飛ばしてきた。腰を抜かしてしまいそうになるが、なんとか耐えて電話に耳を傾ける。&#8232;「分かった、続けてくれ」&#8232;「いいか、一条さんと高視さん達は、今日の昼間ダスクモンと戦った」&#8232;「何だって?」&#8232;「黙って聞け、その戦闘の結果、ダスクモンは僕らと同じくらいの年齢の女の子が進化したものだと分かったんだ」&#8232;「そうか、それで?」あれが女の子か、北館は予想もしていなかった。&#8232;「俺たちは一つの仮説として、ダスクモンは仙台在住の高校生程度の年齢の少女だと考えた。ところで前に奴と会ったのはいつだ?」&#8232;「二週間前の〈デジタルハザード〉の時だよ、一緒にいたじゃないか」&#8232;「そうだ、その時、一条さんやヒュプノスのおかげで我が校の生徒は俺とユウ以外は無事避難をしていたはずだな? だが現場にいた高視さんによると、どうも違うらしい。もう一人、行方不明だった人物がいる。その人物は騒ぎの収拾がついた頃にいつの間にか戻ってきていたそうだ」&#8232;北館は顔をしかめた。彼は何を言いたいんだ?&#8232;「その人物が、もしかしたらダスクモンかもしれない。俺たちはその人物の正体を知るため、ヒュプノスの通信ログにアクセスした。高視さんと、オペレーターの鳥谷って人との会話だ」           ***** ヒトミを含め、その場にいたメンバー全員が録音された音声に耳を傾けた。音声の最初は、行方不明者として報告された北館の特徴を高視が丁寧に報告しているだけだった。&#8232;「ここからだ」高視がいった。 『鳥谷さん、今の聞いてた?』&#8232;『はい、すぐに近辺のエージェントに共有します』&#8232;『ありがとう』&#8232;『それと、もう一つ行方不明の報告が来ています。二年生の女子生徒で名前は--』           ***** 北館は唇を震わせて電話を切った。青い顔のまま真理の待つ席に戻る。&#8232;「夏目くんからの電話?」真理が尋ねた。&#8232;「そうだ」&#8232;「顔色悪いよ、夏目くんに何か悪いことでもあったの?」&#8232;北館は課外学習での話し合いの時、テイルモンがみんなに聞こえるように喋ってしまった時のことを思い出した。突然の声に呆然とする美嘉と絵里に対して、僕と夏目はその声が聞こえないふりをして誤魔化した。では真理は? 『私もなにも聞こえなかった。二人して空耳でも聞いたんじゃない?』 北館は堪えきれなくなったかのように大きな音を立てて立ち上がり身を乗り出すと、彼女のカーディガンの左の袖をまくった。そこに昨日まではなかった大きな紫色の痣がある。真理が痛みに顔を歪めた。 『グランクワガーモンがダスクモンの左腕に一発入れた。それで確かめてくれ』 「急に何するの、北館くん」彼女は驚いた声で言ったが、北館の泣きそうな顔を見て、同じくらい泣きそうな顔になって言った。&#8232;「そっか」 『それと、もう一つ行方不明の報告が来ています。二年生の女子生徒で名前は--三浦真理』 「バレちゃったんだね」&#8232;「何で!」なんでなんだ、と北館は叫んだ。真理は哀しい顔のまま、ぽつりぽつりと語りだす。 「ねえ北館くん、私、あなたの事を高校で出会う前から知ってたんだよ」 自分があてがわれた闇のスピリット、その本来の持ち主がどんな人なのか、その人は自分が持つことになったもののために苦しんではいないだろうか。気になったから。 「北館くんは私が君から奪ったもののせいでとっても落ち込んでるみたいだった」 それなのに気丈に振る舞って、皮肉っぽい喋り方をして。 「高一の春、北館くんから好きだって言われて、私すごく幸せだった」 断ってごめんね。私は、君の敵だから。 「ねえ北館くん、私昨日、君も日光で頭痛を起こすんだって知ってすごく嬉しかった。生理なんて、ばっかみたい。私の痛み止めも、日光を見たときの頭痛のためよ」 真理は目からとめどなく涙を流していた。 「泣いたりしてごめんね。私の涙は、汚れた涙。夜の闇に溶けてくれないの。夜の闇は北館くんには優しいかもしれないけど、紛い物の私は駄目みたい」 最後に話せて、嬉しかったよ。 「このスピリットは一度発動したら私の手には負えないけど、使うかどうか選ぶのは私。誓ってあなたを傷つけはしない」 だから。 「ここで消えるね。最後に話せて、嬉しかった」 さよなら。大好きだよ。 夕暮れの光が差し込んだ部屋に、泣き崩れる北館だけが残された。彼の涙は夜と昼の狭間で行き場を失い、ただただ頬を伝うばかりだった。             ***** 「千鶴ちゃん、そこに支部長はいないね?」&#8232;加納が公衆電話から尋ねた。&#8232;家に帰った僕と加納、ギギモンは高視から何が起きているかを聞くこととなった。ダスクモンのことについては十闘士のメンバーに任せるとして(秋穂ちゃんがそうだったとは、やれやれ)、僕たちは今仙台でヒュプノスの支部長をしている四ノ倉を装った誰かを罠にはめなければいけない。ヒュプノスの新宿本部には既に加納が話を通し、極秘に援軍を送ると言う確約を取り付けた。今は盗聴の危険がないであろう秋穂の携帯から、加納が自分の担当オペレータの私物の携帯に電話をかけているのだ。&#8232;「問題ないですよ。逆探知も盗聴も有りません」&#8232;「頼んだことは、やってくれたね?」&#8232;「勿論です。とりあえず支部のファイアウォールを…」千鶴の声が止まった。&#8232;「どうした?」&#8232;「嘘でしょ、ここ、私の家なのに」その言葉は途中で悲鳴に変わった。 「千鶴! おい千鶴!」受話器からはやめて、&#8232;痛い、痛い、という悲痛な叫びが漏れ続けている。やがて、何か濡れた雑巾が床に落ちるような落ちるような音がして、悲鳴は聞こえなくなった。受話器から前に僕も漏れ聞いた、あの声が聞こえてくる。 「やあ、ミチルちゃん。調子はどうだい?」 「てめえ、千鶴に何をした!」加納が怒声を上げる。&#8232;「千鶴くんも天狗になっていたようだね。確かにネットのセキュリティは文句なしの鉄壁だったけど、そんなのは自宅のドアを蹴破れば関係のない話さ」&#8232;「何者だ、お前」 「覚えてないのかい? 二年前にも会ったじゃないか?」 「まさか…」加納が声を失う。&#8232;「あのくらいで私が死ぬはずないだろう? まったく、君が懐いていたあの夫婦のお陰で、計画の遂行が二年遅れたよ。しかしそれでも二年だ。命を無駄にしたものだね」&#8232;僕と加納の顔が声にならない怒りに白んだ。そのことを知ってか知らずか、声は甘ったるい調子を崩さない。&#8232;「あの死んだ女のパートナー、君たちが一生懸命育てていたあのデラモン、私が〈暗黒の種〉で進化させたら簡単に暴走して、全くお笑い草だったね。私はあれに用がある」&#8232;「デラモンを、これ以上どうしようっていうんだ」加納が受話器を持つ手が震えている。「あいつのデータは無害化された。ヒュプノスが厳重に保管してるはずだ」&#8232;「無害化だって? 馬鹿言っちゃいけない。復活は簡単さ。ヒュプノスはたっぷり時間と金をくれた。私が今扮しているこの四ノ倉という男が作っていた〈シャッガイ〉を馬鹿馬鹿しいデリートプログラムからあのデジモンを復活させるためのものに書き換えるのに、〈選ばれし子ども〉を口実に取り付けた予算がとても役立ったよ。それに、あの時奪い取った闇のスピリットの半身は私の手先としてよく働いてくれた」&#8232;「もう一度聞くぞ、お前、何者だ」加納がゆっくりと問う。 「私はムルムクスモン、二年前に暴走した『オニスモン』を復活させ、もう一度大規模な〈デジタルハザード〉を起こそうと思うんだ」 仙台と青森に、同じ夜の帳が下りようとしていた。 マダラマゼラン一号 2017-08-07T19:51+09:00 六月の龍が眠る街 第三章 後編 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4762&mode2=tree 「夏目も逃げたほうがいいんじゃないか?」&#8232;「ユウこそ、ぐずぐず何してるんだ?」&#8232;「忘れ物をしたんだよ」&#8232;「俺もだ」&#8232;北館祐は今日何度目かのため息をついた。さっきからずっとこの調子だ。生徒達の避難と警護を秋穂に任せ、自分は校内のデジモンをさっさと倒すと豪語したものの、人に見られていてはレーベモンになれない。一般人なら後で無理にでも言い訳できるかもしれないが相手は夏目秀、ヒュプノスの保護下にある〈選ばれし子ども〉だ。北館のスピリット・エヴォリューションを見た瞬間に全てを理解しヒュプノスにご注進に及ぶに違いない。&#8232;「これじゃあ埒があかないな、もう少し粘って、本当にヤバそうになったら逃げるよ」北館は言った。夏目がここにいるならそう遅くないうちにあのグランクワガーモンを連れたエージェントが来るだろう。彼が来るまで夏目に何事もないよう見ておいて、その後で無邪気な顔で一緒に保護されようと北館は決めた。残念だがデジモンはヒュプノスに譲るしかないだろう。&#8232;その時夏目の携帯電話が鳴った。大体の電話が不通になっているこの状況で何事もなく繋がるというのはヒュプノスがらみの電話だろうなと北館は思った。夏目もほっとしたような顔で電話に出る。&#8232;「もしもし、高視さん? 繋がって良かったよ。うん、大丈夫さ」するとあのエージェントは高視というのか、夏目はしばらく安心しきった様子で話していたが相手の言葉を聞き少し顔を硬くした。&#8232;「ああ、その話は後で…。うん、そうなんだ。友達が近くにいるんだよ」北館は笑いをこらえる。大方デジモンがらみの話になったに違いない。話してくれてもいいんだよ、と言ってやりたい気持ちを抑える。&#8232;「ああ、その北館祐だよ。二人とも何事もないよ」夏目は北館の方を向いて言った。&#8232;「俺たち二人に捜索命令が出てたんだってさ」&#8232;「その電話、警察の人?」北館も白々しく尋ねる。&#8232;「うん、一緒に住んでるんだ。親代りさ」彼は両親から離れてこの街に来ているらしい。事情は知らなかったがエージェントと二人暮らしとは、後々のテイルモンデリートに伴う面倒のことを思い北館は顔をしかめた。夏目はもう通話に戻っている。&#8232;「うん、二年生の教室、二階の廊下にいるよ。分かった、大人しく待っておくよ。ちょっと、ねえ、高視さん?」夏目は携帯を下ろして顔を上げた。「切れちゃった」&#8232;「この騒ぎだし、回線も混雑してるんだろ。待ってろって言われたんだから待ってようぜ」&#8232;「うん、でも変な途切れ方だったんだ。切れたというより無理やり切られたみたいな--」&#8232;その時、どこからかひどい地響きがした。           ***** 高視は画面の中央から見事に貫かれたスマートフォンを見てやれやれと首を振った。夏目との通話中の突然の襲撃、グランクワガーモンが体を突き飛ばしてくれなければ自分の頭もこのスマートフォンのようになっていただろう。&#8232;「…また会ったな」彼は目の前にいる黒い鎧の騎士に言った。鎧のあちこちに浮き出た気味の悪い目玉はまるで本当の目であるかのようにぎょろぎょろと動いている。二週間前、闇の闘士レーベモンと戦った時に現れたデジモンと同じだ。あの時は、こいつのせいでレーベモンを取り逃がしてしまった。&#8232;「グラン、こいつ知ってるデジモンか?」彼はパートナーに尋ねる。ヒュプノスのデータベースでは、こんなデジモンを見たことがなかった。&#8232;「さあ、俺にも分からん」先程から姿を現しているグランクワガーモンはそう言って唸った。&#8232;「二年前からあちこちで頑張ってるのにまだ知られてないのか? ひどい職務怠慢だな」騎士がくぐもった声で言った。気味の悪いその声からは、男女の別を持たないデジモンにもある程度現れるはずの性別的特徴さえ感じることができなかった。&#8232;「覚えておきな、俺はダスクモン。〈十闘士〉の一角で、闇のスピリットを受け継ぐものだ」&#8232;高視は眉を寄せる。「闇の闘士はレーベモンのはずだ」&#8232;「あんなのは紛い物さ。俺の方がホンモノ。そうお仲間に伝えるんだな」鎧が耳障りな声で笑った。「もっとも、生きて帰れたらの話だけどよ」&#8232;ダスクモンはそう言うと目で捉えることのできないほどの速さで高視に飛びかかる。しかしそのくらいは彼も予測していた。グランクワガーモンもほぼ同時にダスクモンに向かって飛び立つ。 〈エアオーベルング〉&#8232;〈ディメンション・シザー〉 ダスクモンの紅い剣とグランクワガーモンの黒いアゴが火花をあげてぶつかり合う。鍔迫り合いになるように見えたが先にグランクワガーモンが剣を受け流して距離をとった。&#8232;「サトル、まともにあいつの剣は受けられないよ。相手のパワーを吸収する系のアレだ」&#8232;相手のパワーを吸収する系のアレってなんだよ、と高視は言いかけたがやめた。デジモンの規格外な技にはとうに慣れている。相手のパワーを吸収するくらいありふれたことなのだろう。「距離をとって上手いことやってくれ」そんなことを考えながら彼は投げやりな指示を飛ばす。&#8232;「オーケー」グランクワガーモンは顎の間に電気の球を形作り幾つも飛ばす。だが騎士は眩しい光で彩られたその弾幕を難なく交わした。&#8232;「速いな…」&#8232;「そろそろ終わりにしようぜ」ダスクモンが言った。 〈ガイストアーベント〉 彼がそう唱えると彼の鎧についた目玉がぐるぐると回り出した。高視は眉を寄せてそれに目をやる。すると目は、まるでそれが一つの細胞であるかのように分裂し始めた。ダスクモンのくぐもった声が頭の裏側で響く。 「分かるか? 一個の目玉が二倍二倍で増えていくんだ。代わりに数えてやるよ。一、二、四、八、一六…」 その声に同調するように目玉は増えていき、やがてダスクモンの体を埋め尽くした。まだ彼の声が頭の中から聞こえてくる。 「一二八、二五六、五一二、一〇二四…」 「サトル! その目玉を見ちゃダメだ!」自身もふらふらになっているグランクワガーモンがそう叫んだ時にはもう遅かった。高視は少しづつ意識を失っていった。 知ってるよグラン、目玉を見たやつに催眠術をかける系のアレだろう? 私だって分かるんだぜ…。           ***** 「僕のことはいいから! 夏目は先に逃げろって!」北館は飛んでくる細かいコンクリートの破片を足で払って言った。&#8232;「ユウこそあのバケモノに食われちまうよ! 先に逃げて!」こぶし大の瓦礫をかわして夏目が答える。&#8232;向こうも僕を逃してテイルモンでなんとかする気なのだろうと北館は考えた。しかし目の前のデジモン--トリケラモンの廊下に収まりきらないほどの巨体は成熟期にどうにかなる相手ではないだろう。どういうわけか高視が来ない以上、ここは自分がなんとかしなくてはいけない。&#8232;トリケラモンが右前足をのっそりと持ち上げ、床に叩きつけた。すでにその巨体を支えかねていた床が音を立てて割れる。一階に落下していく中で北館は夏目の腕を掴んだ。離すもんか、それが誰であれぼくは守らなきゃいけない。           ***** 「夏目! 大丈夫か!」目を覚ました北館は右手に掴んだ腕をゆすぶった。&#8232;「なんとかね…。でも」夏目は言う。「足が動かせない、瓦礫に挟まって」&#8232;「今助けてやる」&#8232;「間に合わない! ユウが逃げろ」夏目は北館の向こうに顎をしゃくる。北館が振り向くとトリケラモンの巨体がゆっくりとこちらに向かってきていた。&#8232;北館はため息をついて立ち上がった。&#8232;「ちょっと! まさか本気で置いてくつもりじゃないでしょうね!」高飛車な声がどこからか聞こえる。&#8232;「そんなことしやしないさ、テイルモン」&#8232;「じゃあさっさとステファンを…なんで私の名前を知ってるわけ?」きょとんとした感じの声に北館は微笑する。彼はトリケラモンの前に立ちふさがり、後ろにいる夏目に語りかけた。&#8232;「なあ夏目、君とはまだ知り合って少ししか経っていない。最初は女の子にモテて気にくわないやつだと思ったし、勝ち組の癖に太宰なんか読んでるのは今でも気に入らないね」&#8232;でも。&#8232;「何故か君とは友達になれた気がしてるんだ。このわずかな時間で」&#8232;「なんだそれ、遺言かよ」夏目は問いかけた後に思い直したように首を振って答える。「俺もだ」&#8232;「ぼくが今からすることを見たら、多分君とぼくは敵同士になる。だけどさ」北館の左手にバーコード状の渦が浮かぶ。&#8232;「これから見ることをを忘れて友達のままでいてくれとは言わないからさ」彼は左のポケットから〈ディースキャナ〉を取り出した。&#8232;「せめて、ぼくと言う友達がいたことも、忘れないでくれないか」 「記憶力には自信があるんだ」夏目が胸を張って言うので北館は思わず振り返った。&#8232;「だから、安心しろ」&#8232;北館は頷いてもう一度前を向き、両手をゆっくりと交差させる。 〈デジコード・スキャン〉           ***** 空に向かって散ったトリケラモンのデータが晴れると、そこから人影がつかつかとレーベモンの方に歩いてきた。レーベモンはその影を見て槍を構える。&#8232;「また会えて嬉しいよ」&#8232;「俺もだ」ダスクモンは剣を構えるそぶりを見せない。&#8232;「こんなところで何してる? まさか今回の騒ぎは…」&#8232;「俺じゃねえよ、俺だって被害者だ。さっきのデカブツが頭の上から降ってきたせいで〈ヒュプノス〉のエージェントを殺し損なっちまった」その言葉に夏目が顔を強張らせる。&#8232;「高視さんに何をした!」&#8232;「まだ、何もしてねえよ。ここらの瓦礫に埋もれておねんねしてるんじゃねえか?」夏目に今気づいたようにダスクモンは退屈そうな声を出しレーベモンに言った。「学校の周りにはヒュプノスがわんさかいるし、そんなお荷物を抱えたお前と戦ってもつまんねえしな。今日はここまでってことにするかあ」&#8232;そう言うなりダスクモンは黒い影となって消えた。レーベモンもあとを追おうとしたが、すぐに思い直し後ろの夏目の方を向き、瓦礫を持ち上げてやった。&#8232;「ありがとう、ユウ」夏目は苦しそうに立ち上がり、埃を払った。&#8232;「今はレーベモンだ」&#8232;「高視さんを探すのを手伝ってくれないか。あ、でも…」ヒュプノスと十闘士が犬猿の仲であることに思い当たったのか彼は口をつぐんだ。レーベモンは微笑する。&#8232;「今は下らない意地の張り合いはナシだ、探すぞ。そこのテイルモンも出てきて手伝え」&#8232;「私に命令するんじゃないわよ!」どこから出てきたのか白い猫型のデジモンが夏目の頭に飛び乗った。&#8232;「おい、助けてもらったんだ。礼こそすれ.そんな態度はないだろ」夏目がたしなめる。&#8232;「だってこいつ〈十闘士〉のレーベモンよ! 私を殺そうとしてるってやつじゃない」テイルモンはレーベモンに喚き散らした。&#8232;「大体あんたがさっさと逃げてれば私があのトリケラモンをちゃっちゃと倒してステファンもこんな危ない目には遭わなかったのよ」&#8232;「へえ、倒せたのか?」面白そうにレーベモンが言い返したので、テイルモンは言葉に詰まる。&#8232;「そ、そりゃあ一世代上の相手だけど…」&#8232;「そんなことより高視さんを探そう、手伝ってくれるよな、テイルモン?」夏目がそう言ったのでテイルモンはレーベモンを睨みつけながらもおとなしく引き下がり瓦礫をめくり始めた。 「なあ、ユウ」夏目がレーベモンに語りかける。&#8232;「どうした?」&#8232;「本当にテイルモンを殺そうとしてるのか?」&#8232;「そうしなければ夏目が戦いに巻き込まれるんだぞ。大義なんてない、ヒュプノスの都合のためだけの戦いだ」&#8232;「俺は戦いたい」夏目の言葉にレーベモンは顔を上げ、その顔をまじまじと見つめた。&#8232;「そんなこと、二度と言わないでくれるか。ぼく達十闘士だって、好きで戦ったり罪のないデジモンを殺してるわけじゃないんだ!」&#8232;レーベモンの強い語調に夏目はたじろぐ。&#8232;「この苦しみはもう誰にも味わって欲しくない。ヒュプノスがぼくらみたいに何か大きなものの都合のせいで戦う奴を増やそうって言うんなら、ぼくらがそれを止める」彼はそう言うとまた瓦礫をめくり始めた。その後ろ姿に夏目が言う。&#8232;「仕事の都合で両親と離れて、高視さんと二人暮らしだって言ったな。あれは嘘だ。二人は殺されたんだよ、デジモンに」&#8232;レーベモンは手を止めた。こんな話を聞きたくはなかったのに。&#8232;「その時は高視さんがかろうじて俺を救い出してくれた。そうじゃなかったら俺は死んでたろう。今日だって…」夏目は拳を握り締める。&#8232;「もう、守られてばかりは嫌なんだ」&#8232;「…そうか」レーベモンはそう言って瓦礫を一つめくった。その下で高視聡とそれに覆いかぶさって守るようにしているグランクワガーモンが幸せそうに寝息を立てていた。&#8232;「ボディーガードがこうなっちゃったら、大変だもんな」スピリットを解き、北館祐は言った。&#8232;北館と夏目はしばらく顔を見合わせると、同時に吹き出した。&#8232;「高視さんったら、何してるんだよ」&#8232;「こないだこのクワガタムシに殺されかけたかと思うと、情けなくなるね」&#8232;ひとしきり笑ったあとに、夏目が言った。&#8232;「ユウ、君の言うことが正しいのはわかってるけど、俺は戦わなくちゃいけない。取引だ。君の正体は黙っておくから」&#8232;「テイルモンは殺すなってか?」北館は笑った。「秘密協定、悪くないね」&#8232;「俺の方が立場は上だぜ」だから一つ条件を加えると夏目は言った。&#8232;「俺のことも名前で呼んでくれ」&#8232;北館は微笑した。「分かったよ、シュウ」 「とりあえず夏の青森行きだな」目を覚ました高視に保護され(長い間眠りこけていたことは黙っておくことにした)ヒュプノスの設営した野外テントで肩にタオルをかけられた夏目は言った。&#8232;「諦めてないのか」同じくタオルをかけられ、ヒュプノス職員相手に居心地悪そうにしている北館が言う。「学校があの有様じゃあ課外学習どころじゃないだろ」歴史ある校舎は崩れ、騒ぎの収集のためにしばらくは休校、生徒たちにとっては夏休みが一週間ほど増える結果となった。&#8232;「いや、俺は行くぞ」夏目が宣誓するように言った。&#8232;「二人とも、大丈夫だった!?」整列させられていた女子達が二人に、と言うか夏目に駆け寄る。その後ろの方で秋穂が北館に目配せした。彼もわざとらしくパチパチとまばたきをして答えた。 夏目に群がる女子達を押しのけてやってきた康太に北館は酷く叱られた。&#8232;「北館! お前なんで残ったりしたんだよ! それにお前もだ、転校生」康太は夏目の方を向いて言った。&#8232;「詳しいことは省くけどぼくが悪いんだ。シュウをあまり怒らないでやってくれ」北館に宥められ康太が目を丸くする。&#8232;「なんだお前ら、なんか--」&#8232;「急に仲良くなったみたいね」同じく女子の群れをくぐり抜けてやってきた三浦真理が康太の言葉を引き継いだ。そしてふふっと微笑む。それは、北館が彼女に一目惚れしたときと同じ微笑みだった。&#8232;「どうしたの」北館は思わず尋ねた。&#8232;「いや、名前が似ててコンビみたいだなって、ユウくんとシュウくん」 コンビは一緒のタイミングで肩をすくめた。       ***** 「お疲れ様だったね。ミチルちゃん」&#8232;「支部長もお疲れ様っす」加納は電話の向こうの四ノ倉に言った。&#8232;「いやいや、私はこれからが大仕事だよ。ここまで大っぴらにやられちゃデジモンの存在をひた隠しにするのも大変だ」&#8232;「いつも上手くやってるじゃないですか、お願いしますよ」&#8232;「おうよ。ところで、高視くんはどうしてる?」&#8232;「ああ…」加納は隣の高視を盗み見た。未知の敵に敗れた上に「台風の目」であったトリケラモンを十闘士に先に倒されてしまった(これはそれを隠れて見ていたという夏目秀の証言によるものだ)ために高視はとてつもなく落ち込んでいた。本人としては夏目を危険に晒してしまったのが一番応えているようだったが、そんな電話を彼の隣でするわけにもいかない。四ノ倉には、まあ大丈夫っすよと適当な返事をした。&#8232;「それより、今回の〈台風の目〉についてなんですけど」加納が切り出すと四ノ倉もうんうんと相槌を打って言った。&#8232;「千鶴くんの所感は正しかったみたいだね。あのトリケラモンには今回のような規模の〈デジタルハザード〉を起こす力はない。リアルワールド側で、デジモンの群れを呼び寄せるような何かがあったと考えていいだろう」&#8232;加納も唸る。「やっぱり、〈選ばれし子ども〉が一箇所に二人集まったのがまずかったんですかね」&#8232;「本部もそう考えたいようだったが私が明確に否定しておいたよ。今の所、二人の子どもの因子が反応を起こすようなことは起きていないからね」&#8232;「そうですか、じゃあ何があったんでしょう?」&#8232;「私にもよくわからないよ。高視くんが交戦したと言うもう一人の闇の闘士に関係があるのかもしれない。ダスクモンと名乗るこの種との戦闘は既に二回目だ。こいつについても詳細な調査が必要だろうね」&#8232;「つまり、ダスクモンであれ誰であれ、何者かが悪意を持って今回のハザードが起きるように誘導した恐れがあると?」&#8232;「あくまでただの仮説だ。心当たりがあるかね?」&#8232;「いえ、何も」加納ははじめて〈アイス・ナイン〉を訪れた時にデリートしたゴーレモンのことを思い出していた。クラビスエンジェモン曰く、奴の稼働には上位存在の命令が必要らしい。&#8232;「そんなことをするとしたら、十闘士ですかね?」&#8232;「大いにあり得るね。実際ダスクモンは闇の闘士を名乗っていたわけだし」しかし、と四ノ倉は言う。「支部としては全くの第三勢力という仮説も崩さずに調べていこうと思う。ミチルちゃんも何かわかったことがあったら教えてくれ」&#8232;「分かりました」加納はそう言って電話を切り、ため息をついた。          ***** 「そんなため息をつきたくなるような電話だったのか?」上司との電話を終えた加納に僕は尋ねた。&#8232;「いや、そんなことはないんだけどさ」加納はそう言ったきり難しい顔をして黙っている。&#8232;やれやれ、と僕は思った。戦勝祝賀会をやろうと呼びかけバーを占拠した張本人である加納はおし黙り、高視はひどく落ち込んでいる。おまけに昼の間中冷蔵庫が止まっていたせいで酒もぬるく、氷もないと言う有様だった。ヒトミとギギモンだけが元気で、ストーンズの曲が流れるオーディオに向かっている。ギギモンもいつの間にか元どおりになっていた。オーディオの中でミック・ジャガーは歌う。誰か俺のベイビーを見なかったか?&#8232;そこに扉が開き、夏目秀が入ってきた。高視がハッとしたように目を上げ、そしてまた伏せる。&#8232;「こんにちは」夏目は僕に挨拶した後、高視の隣に座った。「高視さん、まだ落ち込んでるんですか?」&#8232;「君のことを守れなかったんだよ。責任を持って預かっていたはずなのに」&#8232;夏目は一瞬僕の方を見る。僕は肩をすくめてみせた。君にしかなんとかできないよ。&#8232;「ねえ、高視さん」彼は語りかけはじめた。「俺、今日友達ができたんですよ」&#8232;高視は少し顔を上げると、寂しげな笑みを浮かべて答える。&#8232;「君は友達づくりに困ったことはないだろう?」&#8232;「かもしれません。でも、そいつは今までとは違う--」夏目は胸を張って言った。「親友ができたんです。そんな相手、今までではじめてですよ」&#8232;高視はもう俯いてはいなかった。実の親のそれと変わらない、深い喜びの情がその目に浮かんでいた。&#8232;「そうか」彼は何度もそうか、そうかと言った。「良かったな」&#8232;「ええ、それに俺もいつまでも守られてばっかじゃダメだと思ってたんです。今度テイルモンと俺に稽古つけて下さい」&#8232;「あのクワガタムシも強いからね、お願いするわ」テイルモンも現れ、バーカウンターの上で香箱を作った。&#8232;僕は微笑みながらヒトミの方を向く。ヒトミもいずれは守られてばかりは嫌だと言い出すのだろうか。その視線に気づいたヒトミがギギモンを抱えたままこちらに駆け寄ってきた。&#8232;「どうしたの?」彼女が首をかしげるのに寄り添うように目にかかる長さまで伸びた前髪が揺れる。&#8232;「いや、なんでもないさ、今度髪を切ろうな」僕は彼女の頭に手を置いた。子どももいずれは大人になる。でもせめて、それまでは。&#8232;ミック・ジャガーが歌う。たまに思うよ、彼女は俺の想像でしかないんじゃないかって。&#8232;こんな悲しい夜の街の歌が、彼女をとらえないように。&#8232;ヒトミがギギモンの体の三角形の模様を撫でていた。 マダラマゼラン一号 2017-08-07T19:50+09:00 六月の龍が眠る街 第三章 前編 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4762&mode2=tree まえがきにかえて 先日投稿した三章を手違いで消去してしまったため、本日投稿する四章と同時に再投稿します。 申し訳ありません。三章をすでに読んでくれている方は返信の中にある「六月の龍が眠る街 第四章」に飛んでください。 また、今回から作者名義を変更しました。「マダラマゼラン一号」です。pixivやTwitterで使っているものと一本化する意図です。すでに投稿されている一章と二章は「くじら」名義なので混乱させるかと思いますが、どうかこれからもマダラマゼラン一号をよろしくお願いします。 それでは、「六月の龍が眠る街」をお楽しみください。 ↓これまでの話はコチラ <A Href="http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?bbs_id=digimonwebnext&mode=p&no=4734">第一章</A> <A Href="http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?bbs_id=digimonwebnext&mode=p&no=4742">第ニ章</A> 「やあミチルちゃん、監視対象の様子はどうかね」&#8232;電話の向こうの四ノ倉正敏仙台支部長の甲高い声が加納満の耳を突いた。&#8232;「楽しそうですよ、この暑いのに」七月に入り、彼はひどい夏バテになっていた。重い食事はろくに喉を通らず、コンビニで買ううどんと、バー〈アイス・ナイン〉で辻玲一が作ってくれる夏野菜を使った一品料理だけで日々を食い繋いでいる有様だった。&#8232;「無事ならそれでいいが、監視任務なんだから本当はもっと詳細を報告しなければいけないんだよ」&#8232;「茂みに隠れて小学校のプール授業を覗けばいいんですか? そうじゃなくても最近地域のご婦人の目が厳しいんです」ヒトミは今、体育のプール授業の最中だった。子供達のはしゃぐ声が、ロリコン扱いされない程度にプールから距離をとった加納にも聞こえてくる。プールの外側は垣根で囲まれていて中はよく見えないが、辻が選んだのであろう飾り気のない水着にオレンジ色の水泳帽を被ったヒトミの姿がその隙間から見え隠れする。上を見上げると抜けるような青空の中に水泳授業が可能だということを知らせる白い旗がたなびいていた。昔の俺も教室の窓から見えるあの旗の色一つで一喜一憂したものだったな、と彼は思い出した。&#8232;「もうプールの季節か、あっついもんな、今年は」四ノ倉もうんうんと相槌をうった。&#8232;「もう少ししたら夏休みが始まるんで学校の周りをうろついて不審者扱いされることもなくなると思うんですけど」&#8232;「そうだな。夏休みになったらヒトミちゃんは友達と何処かに遊びに行ったりしないのか?」&#8232;「どうでしょう。辻はあの子を家から出したがりませんからね」辻の過保護ぶりには加納も辟易していた。あれではヒトミは友達と遊ぶのもままならないだろう。&#8232;「そんなのダメですよ!」電話の向こうから叫ぶ声が聞こえた。&#8232;「今のは千鶴ですか?」加納は四ノ倉に尋ねた。&#8232;「そうだよ。千鶴くん、オペレーティングルームで大声を出さないでくれ。ちょっと、おい、何してるんだ」&#8232;慌てたような四ノ倉の声がやがてプツッという音とともに途切れ、今度は千鶴の元気な声が聞こえてきた。&#8232;「ミチルさん、おはようございます!」&#8232;「おはよう千鶴ちゃん。まさか支部長の携帯電話の回線をジャックしたんじゃないよね?」&#8232;「支部長も悪いですよ。オペレーティングルームで私物の携帯電話を使用することは禁止されてるんだもの」&#8232;「私物の電話をジャックしたのか」加納は呆れた声をあげた。見るからにバカっぽい振る舞いのくせに、これで日本有数のエリートオペレータなのだから全く末恐ろしい。最近彼女の情熱はオペレーティング業を逸脱し、ハッキングへと向けられていた。&#8232;「それより、加納さん! 夏休みにヒトミちゃんをどこかに連れてってあげてください! 小学生の夏をなんの思い出もなしに終えるなんて可哀想すぎます!」&#8232;「俺の一存じゃ決められないよ」加納はたじたじになって言った。&#8232;「保護者さんを説得できるでしょ。 ミチルさん、ここ一ヶ月は毎晩毎晩あの人がやってるバーに行ってるじゃないですか」&#8232;「なんで俺の居場所を知ってるんだ?」&#8232;「オペレータは担当者の居場所を常に把握しておく必要がありますもの」千鶴は澄ましている。&#8232;「とにかく、ヒトミちゃんを大人の都合で寂しい目に合わせたらただじゃおきませんからね!」彼女がそう言った途端に再び電話が途切れ、四ノ倉の声が聞こえてきた。この人もハッカーとしては日本最高の男の一人だったなと加納は思い出す。&#8232;「まったく、特殊なブロックを施した私の回線を奪うとは、千鶴くんもなかなかやるね」そんなことより、と言って四ノ倉は話を切り出した。&#8232;「千鶴くんの話なんだが、私も反対ではないんだ。なんと言っても仙台は東北では一番の都市だからね」現代においては都市の格はそこに集まる情報の量で決まる。仙台も情報の集積地として東北の他都市とは比べ物にならない程の規模のネットワークが広がっている。つまりそれだけ、デジモンの発生率も高いということだ。&#8232;「監視対象の安全のためという理由なら保護者も承諾するだろう。この際だから、あの子を連れてどこか田舎の避暑地に行ったらどうだね? どうせ暇なんだろう?」&#8232;「どうせ暇ですよ」大学の友人とはすっかり疎遠になり、同業者と話をする機会もない。こうして毎日四ノ倉や千鶴と電話をし、バーに行くと辻や高視聡がいるという賑やかな生活は明久と咲が死んだ二年前以来かもしれないな、と彼は思った。「お盆には、明久先輩と咲さんの墓参りがありますけどね」どうせそれはヒトミ達も一緒だ。&#8232;「あの人達のお墓は青森だったか」加納がそうだと答えると四ノ倉はううむと考え込んだ後に言った。&#8232;「私の持ち家が青森にあるんだが、今は住む人がいなくて空き家になってるんだよ。そこを使っていいからみんなを連れて一ヶ月ほどゆっくりしてきたらどうだ。高視くんや彼の担当者も誘ってみてくれ」&#8232;「へえ、太っ腹っすね支部長。S級エージェントがいなくて仙台の平和は大丈夫ですか?」&#8232;「S級がいなくたって立派にやってる支部もたくさんあるよ、それにもうじき、〈シャッガイ〉も完成する」&#8232;「支部長、あれをまだ諦めてなかったんですか?」〈シャッガイ〉は四ノ倉が仙台に来る前から研究チームの中心として開発を進めている対デジモンプログラムで、〈ユゴス〉をはじめとする従来のプログラムとは比べ物にならない規模を持つ。ネットワーク上の広範囲のデジモンを吸い寄せ一度にデリートするというもので、実現できればこれほど便利なものはないが大規模ゆえに既存のネットワークに大きな損傷を与えると考えられており、上層部は開発に消極的だった。&#8232;「諦めるもんか、あれは私の悲願だ。まあその話はいい、一週間程度で手配をする。電気を引いていくつかの家電も送っておくから、監視対象やその保護者に話を通しておくといいよ」&#8232;「分かりました。しかし随分羽振りがいいですね」&#8232;「〈選ばれし子ども〉は本部の肝いりの計画だからね。それを口実にすれば金はいくらでも出てくるよ」&#8232;「国民の税金ですよ」&#8232;「構わないさ、我々はそもそも存在を知られていないわけだからね。日頃の働きに感謝はされないが、批判もされないってわけさ」&#8232;「分かりました。それじゃあまた電話します」&#8232;加納は浮かない顔をしながら電話を切った。先日の辻との話の中で、いざという時になったら組織の計画よりもヒトミの安全を優先すると宣言したのだ。そのことに後悔は微塵もないが、支部長や組織に対する後ろめたさはあった。&#8232;ふう、と息をついた彼の肩を誰かが叩いた。&#8232;「なんです?」と加納が振り返ると青い制服を着た警察官が彼を睨んでいた。&#8232;「何してるんだ、近くのご婦人が怪しい男がいるというから来てみたんだが、さっきから見ていれば十分もずっと小学生のプールをのぞいてるじゃないか」彼は言った。&#8232;電話をしながら無意識にずっと目をプールへと向けていたのだ。マズったなと加納は思った。&#8232;「別に怪しいものじゃありませんよ、公務員です公務員」&#8232;「身分証明書を見せてみろ」&#8232;加納は言葉に詰まった。免許は持っていないし、秘密の組織であるヒュプノスの隊員証を見せたところで相手にもされないだろう。&#8232;「やめませんか? お互いに国民の税金で賄われてる勤務時間を無駄にするだけだと思うんですけど」&#8232;「何を言ってるんだ。訳のわからないことを言っていると署まで来てもらうぞ」&#8232;「行きましょう、行きましょう。そっちの方が多分話が早い」巡査一人では話にならない。もっと上の人間ならば四ノ倉を通して話をつけられるだろう。&#8232;(マスター、こいつ殺してやりましょうか?)&#8232;警察署に向かって歩き出した加納に耳元の風が語りかけた。加納も小声で答える。&#8232;(やめてくれクラビス、というかその言葉遣いは天使としてどうなんだ)&#8232;(でもマスターを変態呼ばわりするなんて!)&#8232;(いや、変態とは誰も言ってないぞ)&#8232;加納はため息をついて、ここに残ってヒトミを見張り続けるようクラビスエンジェモンに命じると歩く速度を速めた。           ***** 「それで? どうやって捕まらずに済んだんだ?」&#8232;僕は、カウンターに座って昼間の失敗談を語る加納に尋ねた。今日の〈アイス・ナイン〉はテーブル席に大声で馬鹿笑いをしている大学生風のカップルがいるだけで、あとは閑散としている。あのカップルに払う敬意は客に対するそれの中でも最低のものでいいと考えた僕は、先程からこうやって加納と話し込んでいたのだ。&#8232;「署に行ってから支部長に連絡したらあっという間に一番偉い人に話をつけてくれたよ。あのクソ巡査は自分が捕まえた相手の権力に怯えながら俺を解放したって寸法さ」&#8232;「一番偉い人、って警察署でか?」&#8232;「いや、日本でだ」&#8232;「警視総監に話をつけたのか! わざわざそこまでやる必要があったのか?」&#8232;「少なくとも、俺の鬱憤は晴らされたね」加納は手をひらひらさせながら言った。&#8232;「そもそも、怪しまれることをする方も悪いですよ」横から高視が口を挟んだ。彼もすっかりここの常連である。カクテルは頼まずにいつもビールを飲んでいた。&#8232;「大体この暑いのにジーンズなんか履いてうろついてたら人目をひくに決まってます」よくわからない偏見を披露した高視自身は半袖のワイシャツにスーツのズボンでまるっきりサラリーマンのクールビズという格好だ。加納もそう思ったのか言い返す。&#8232;「高視こそそんな格好で日中からうろついて、絶対にリストラされたお父さんだと思われてるぞ」&#8232;「いいんです。変態に間違われなければ」&#8232;「余計なお世話だ。というかそもそもお前はここで酒なんか飲んでていいのか、秀の護衛任務はどうしたんだよ」&#8232;高視は肩をすくめた。「今夜は学校の友達とカラオケですって。すぐ近くのカラオケボックスですし、テイルモンも付いてますから問題ないですよ」僕は夏目秀と二度目にあった時に紹介された白い猫のようなデジモンのことを思い出した。ギギモンと大して変わらない大きさなのに比べ物にならないほどの成長を重ねて来たと言うその猫は、ある程度のデジモンなら高視の手を借りることなく倒せると言うことだった。夏目秀にはよく懐いており、高視によると最近は友人というより恋人のつもりでいるらしい。&#8232;「へえ、引っ越して来てすぐに友達か、人好きしそうだもんなあいつ」加納が頷きながら言う。&#8232;「あの顔なら女の子にももてるんだろう」僕もグラスを拭く手を止めて口を挟んだ。&#8232;「本人は否定してますけど、まあもてるでしょうね。島根でもバレンタインデーなんかの時には大変でしたよ」高視が笑って言った。&#8232;「彼、部活とかはやってるのか?」&#8232;「テニス部ですよ、いかにももてる男のやることって感じでしょう。腕前はそこそこなんですけど、そんなもの女の子たちにとっては関係ないですしね」&#8232;「自分達より一回りも下のオトコを羨むのもいいけどさ」夏目秀の話で盛り上がる僕と高視に加納が言った。「今日は話があるんだ」&#8232;そうして彼はヒュプノスの仙台支部長の持ち家だという青森の屋敷で夏を過ごすことを提案した。今はもう住人はいないそうだが、「屋敷」と言う表現は決して冗談ではないらしい。もとは江戸時代から戦後まで続いていた高利貸しを営む名家の邸宅だったらしく、近くには太宰治の生家もあると言う話だった。&#8232;「いいな、僕は賛成だ」と言うと加納は驚いた顔でこっちを見てきた。&#8232;「あんたは反対すると思ってたけどな、ヒトミちゃんを家から出したくないんだろ?」&#8232;「僕だってヒトミが楽しめることならできるよう努力してるよ。この店でヒトミの友達の誕生パーティーをやったことだってある」僕は胸を張って言った。&#8232;「バーでそんなことして、大丈夫でした?」高視が恐る恐るといった感じで尋ねた。&#8232;「翌日その子の親が怒鳴り込んできてな、PTA会でしばらく問題になった」僕の答えに二人は力なく苦笑した。&#8232;「私も秀に相談してみます。テニス部の合宿で忙しいかもですけれど」高視が言う。&#8232;「自分よりずっと年上の男ばかりで、ヒトミちゃん退屈しませんかね?」&#8232;「さあ、どうかな」僕は後ろの事務室の扉からこっそりと店を覗く二組の眼に尋ねた。「ヒトミ、聞いてるんだろ。そういうことでいいよな?」少しおいて、向こう側からコンコンと二回扉が叩かれた。&#8232;「イエスの合図だ」僕は言った。「ギギモンもいるし、大丈夫さ」&#8232;後ろの大学生が酔っ払っていつしか喧嘩を始めていた。女がグラスを男に投げつける。グラスが割れる音が響いたが、僕は箒より先にアイスピックを手に取った。後ろでまだ隠れて店を眺めている一匹の龍と一人の少女に悪影響を与えるような客には退散いただくとしよう。           ***** 窓をこんなにも大きく開け放っているのに吹き付ける風は蒸し暑く、教室はさっぱり涼しくなかった。夏の課外学習のために特別に分けられた班の席に着いた北館祐は体から吹き出す汗に顔をしかめる。隣の班では友人の康太が、温暖化が進んだ現在に高校の教室に冷房を設置しないのは一種の虐待だというようなことを喚いている。&#8232;大して知りもしない連中と班を組まされ、夏休みの一日を彼らとのしょうもないインタビューに費やさなくてはいけない課外学習を北館も他の多くの生徒と同じように嫌っていた。しかし、と彼は首を振る。やる気を出さないといけないだろうな、なぜなら--。&#8232;「ねえねえ、秀くんはどこを調べに行きたい?」班員の女子の一人である美嘉の甲高い声が北館の思考を破った。彼女がそばかすの浮いた顔に笑みを浮かべて言葉を向けたのは今学年中で話題の転校生、フランス人の母から受け継いだ金の髪に青い目をもつ〈選ばれし子ども〉、夏目秀だった。&#8232;思わぬところで〈選ばれし子ども〉との距離を縮めることができたのは北館にとって幸運なことだった。彼のパートナーデジモンを殺してヒュプノスの計画を阻止するためには北館か相棒の一条秋穂のどちらかが彼に接触しなければいけなかったが、こうして偶然を理由に近づく方がずっと違和感が少なくていい。それに、幼馴染の秋穂を学年中の女子の視線の中心に放り込むのも気が進まなかった。課外学習のメンバーと仲良くする必要なんて感じていなかったが、今回ばかりはなけなしの愛想の良さをふり絞らなくてはいけないだろう。&#8232;「いや、俺はどこでもいいよ」秀の何気無い受け答えにさえ質問を飛ばした美嘉はうっとりとした顔をしている。女子三人、男は北館と秀だけの班で北館は全く肩身が狭かった。&#8232;「そうよ美嘉、ステファンは仙台に引っ越して来たばっかりなんだから。むしろ私達がいいところを教えてあげましょう」美嘉の隣にいた絵里がお下げ髪を揺らしながら言った。彼女の発した聞き慣れない呼称に北館は思わず声を上げる。&#8232;「ステファン?」&#8232;「どうしたの、北館君」まるで今彼がそこにいることに気づいたかのような声で絵里が言った。「秀くんのことだよ」&#8232;「いやいや、分かんないって、そもそも何でステファンなんだよ」北館の質問は全く無視され、美嘉と絵里は秀との会話に戻った。&#8232;「家での愛称だったんだって。フランス人のお母さんは秀って名前に違和感があって、少し語感が似てるステファンって名前で呼んでたらしいよ」二人の代わりに質問に答えたのはもう一人の女子、丁度北館の真向かいにいる三浦真理だった。&#8232;「そうなんだ」北館はなるべく気さくに答えようとしたが、口調には硬さが混じった。去年の春に彼女に打ち明けた自分の思いを断られてから、まともに目を見て彼女と話すのは一年ぶりに近い。あの時より髪をいくらか伸ばしていたが、色白な顔に切れ長の眉が切り込んだ端正な顔立ちと、深い黒の目に宿った冷ややかな光はそのままだ。彼は慌てて目をそらしたが、彼女が自分の隣の夏目に向ける目に気になり何度か盗み見るように彼女の目を見た。その目は北館に向けられる時と見た目に対して違いはないように思えたが、彼は不安を隠せなかった。何で彼女は夏目のあだ名の由来なんか知っているのだろう?&#8232;「ユウは七月の末は空いてる?」&#8232;「え?」&#8232;「課外学習の日程、二泊三日で青森でどうかな」彼が顔を上げると夏目がにっこりと笑って尋ねて来た。ほとんど初対面の相手を呼び捨てで呼んだというのに全く嫌味がない。&#8232;「ごめん、ぼうっとしてたよ。予定は問題ないけど、仙台のいいところを紹介してもらうんじゃなかったのか?」彼の質問に美嘉と絵里が余計な話を蒸し返すなと言わんばかりにきつい目を向けた。彼女たちとしては夏目との泊まりがけの旅行は他の何を差し置いても行きたいものなのだろう。しかし二泊三日とは、北館が情けない未練を抱えて逡巡している間に課外学習の話し合いは思わぬ方向に進んでいたらしい。&#8232;「青森まで行って、何を調べるんだ?」&#8232;「太宰治の生家を見たいんだ。好きなんだよ」こんな勝ち組が太宰なんか読むのか、北館は思った。中学の頃、いじめられひどい鬱屈を抱えながら太宰に入れ込んでいた身としては彼の趣味を素直には受け入れ難かった。そんな北館の気持ちなどいざ知らず女子達は夏目の知的な側面にうっとりしている。&#8232;「太宰ね、昔よく読んだな」北館は自分の方が読書趣味に関しては上手であることを示したくて思わずそう言ってしまった。その言葉に夏目が少し目を大きくする。&#8232;「そうなんだ。小説はよく読むの?」&#8232;「う、うん」夏目が予想外に話に食いついて来たので彼はしどろもどろになってしまった。&#8232;「北館くん、いつも本読んでるものね、図書室の端っこにある分厚いやつ」助け舟を入れたのは真理だった。北館は虚を疲れたように彼女の方を振り返ったがすぐに夏目に目を戻す。色々な感情がないまぜになった頭の中を見せまいとするかのように彼はその場を取り繕った。&#8232;「図書室の端っこっていうと、世界文学全集のことかな。スタンダールが大好きなんだ。最近はフランスの現代作家の作品をよく読んでる。マンディアルグとかユルスナールとか、夏目君も今度教えてくれよ」上出来だ。彼は思った。ほとんど完璧な回答だ、ノーベル文学賞をあげたいくらいだ。しかし彼の長広舌は退屈そうにそれを聞いていた二人の女子によってあっさりと流されてしまった。&#8232;「それじゃあ決まり」美嘉が言った。絵里も頷いて続ける。&#8232;「青森県で二泊三日の研究旅行。ステファンとお泊りなんて楽しみー!」 「キャーキャー煩いのよ。ひどいそばかす面とダサいおさげのくせに、ステファンを狙おうだなんて大層な御考えを持つ前に鏡を見て来たら? そもそもそのあだ名を気安く使うんじゃないわよ」 突如きつい少女のような声が聞こえ、北館の班に沈黙が降りた。真理は目をきょろきょろと動かし、夏目の顔は無理に作ったような笑みを貼り付けたまま凍りついていた。&#8232;北館だけが平静なまま言った。「みんなどうしたの? 急に黙っちゃって」&#8232;「いや、声が--」美嘉の言葉を彼は遮る。&#8232;「声? そんなもの聞こえなかったけどなあ。なあ、夏目君?」&#8232;その言葉に夏目ははっとしたように瞬きを何度かすると前と同じような完璧な笑顔を浮かべて言った。&#8232;「ああ、俺もなにも聞こえなかったけど」&#8232;「私もなにも聞こえなかった。二人して空耳でも聞いたんじゃない?」真理もそう言ったので美嘉と絵里は狐につままれたような顔になった。&#8232;もちろん空耳なわけがない、北館だってちゃんと声を聞いていた。おそらくは先程から彼の隣の夏目の机の下で退屈そうに気配を出したり引っ込めたりしている夏目のパートナーデジモン--秋穂はテイルモンだと言っていた--が言ったのだろう。その声は甘酸っぱい青春の駆け引きに囚われていた北館の心を現実に引き戻した。二泊三日の旅行はまたとないチャンスだ。闇の闘士が〈選ばれし子ども〉にとても近しいところまで接近していることに、あのグランクワガーモンを使うエージェントもまだ気づいていまい。勘付かれないうちに、出来れば夏が過ぎてしまう前に、今の高飛車な声の持ち主を手にかけてしまわなければいけない。彼はまたため息をついた。&#8232;その時、校舎が大きく揺れた。          ***** 「ギギモンとヒトミちゃんを事務室から一歩も出すんじゃない。あの銃をすぐに撃てるようにしておけ」加納はそう言って電話を切った。先ほど学校から帰って来たばかりで、小さな額に汗を浮かべたヒトミを事務室に放り込む。ギギモンはいつになく気が立っていて、部屋に入れようとした僕に三度もひどく噛み付き、一時は普段はよく懐いているヒトミにも唸り声をあげたほどだった。&#8232;家の電子機器は殆ど不調に陥っていた。ただ一つ、この店を開くずっと前からビルに置いてある原始的な扇風機だけが唸りを上げて空気を動かし続けている。加納の口ぶりだと市内各所でこういうことが起きているらしかったが、そもそもテレビも砂嵐以外のなにもうつさないため詳しいことは分からなかった。&#8232;ヒトミに危機が迫っているのだろうか、僕はバーカウンターに置いた拳銃を手に取る。明久が死んだ後、遺言に従い彼らの家を整理した時にこれを見つけた。加納によるとこれはかつてヒュプノスが製作した対サイバー生物銃でデジモンだけに効果を及ぼすというものらしいが、その製作にかかる莫大な費用と、そもそも人間が直接デジモンと戦うほど追い詰められたら銃などあっても意味がないという理由から開発中止になったということだった。しかしこれだけが今の僕には頼りだ。銃を持ち、明久の手の形に合うように削られた握りに手を馴染ませた。 冷蔵庫が動かないなら店で使う氷も溶けてしまうだろう。どうせならということでヒトミとギギモンを落ち着けるためにかき氷を作った。シロップの味を聞くために事務室のドアを開けるとヒトミは喜んでメロンがいいと言ったが、ギギモンの方は眠ってしまっていた。&#8232;「さっきからずっとこうなんだよ」ヒトミは緑色のかき氷を口に運びながら言った。「いつもはこんな風にいびきもかかずに寝ることないのにな」&#8232;僕も不安になって、眠りこけたギギモンにそっと手を触れた。いつもはこうするだけで飛び起きて手に噛み付くのだが、今日は微動だにしない。&#8232;その体の黒い三角形の模様が少し熱を持っているように思えた。           ***** 「千鶴ちゃん、状況の報告を頼む」〈アイス・ナイン〉の入っているビルの屋上に立ち。加納は緊張した声で言った。街のあちこちから交通事故の煙が立ち上るのが見える。信号もお釈迦になってしまったのだ。&#8232;「市内全域に渡って成熟期デジモンが多数リアライズ、そのほとんどがサイクロモンです」千鶴にもいつものおちゃらけた様子はなく、その声は真剣そのものだった。&#8232;「同時に電子機器に異常が発生。ヒュプノスの機器と回線のブロックは破られていないようですが、被害は甚大です」&#8232;「只の同時多発的なリアライズじゃないってことだな」加納はオペレータとの通話にいつもの端末ではなく本部支給のイヤーモニターを使用していた。非常時にはこうして両手を空けていないととても事態についていけない。&#8232;「はい、電子機器の異常、出現した群れが一つの種の占有状態にあるなどの状況を複合的に判断し、先ほど仙台市に中規模の〈デジタルハザード〉が起こったと新宿の本部が宣言しました」&#8232;「その言葉を聞くのも二年ぶりだな」加納は言った。「俺に対してはどのような指令が出ている?」&#8232;「S級エージェントのミチルさんと高視さんに対しては、〈選ばれし子ども〉の護衛を最優先としながらも、遊撃隊として部隊で行動する他のエージェントをできる範囲で支援するようにという指令が出ています」&#8232;「オーケー、通信を切る必要はないな?」&#8232;「今日の私はミチルさん専属オペレータですよ。ずっと見ておいてあげます」千鶴が自身溢れる声で言った。&#8232;「よし、始めるぞ。 半径五キロメートル以内には他のエージェントを配置しなくていいって四ノ倉のおっさんに伝えてくれ。邪魔だ」そう言い終わるなり彼は叫んだ。「クラビス!」&#8232;「私なんかよりいつものトループモンがいいんじゃないですか?」クラビスエンジェモンの皮肉っぽい声が聞こえた。&#8232;「拗ねてる場合かよ、話は聞いてただろ。俺たちが立ってるこのビルから半径五キロが今日の狩場だ。心配することはないと思うけど、サイクロモンは遠距離攻撃も備えているし力も強い、気をつけろよ」&#8232;「分かりました。もし私がいない時にヒトミさんに何かあった場合の備えは?」&#8232;「しばらくは凌ぐさ。それにお前もサイクロモンを狩るのにそんな長い時間はいらないだろ」&#8232;「仰る通りですよ、マスター」そういうとクラビスエンジェモンは光となって加納の前から消えた。それを見送ってから彼はまたオペレータに問いかける。&#8232;「千鶴ちゃん、〈台風の目〉の場所は分かったかい?」&#8232;「今解析中です」&#8232;単体の力でリアライズできるほど力を持ったデジモンはそういない。大抵のデジモンはリアルワールドからの何らかの働きかけ--例えば〈選ばれし子ども〉の持つ因子--からの影響を受けリアライズを果たす。ところがそのデジモンが大きな力を持っていた時、稀にそいつの周りの群れごとまとめてリアルワールドに転送されてしまうことがあるのだ。これが〈デジタルハザード〉だ。そしてその原因となった大きな力を持つデジモンをヒュプノスでは〈台風の目〉と呼んでいる。デジタルハザードで発生したデジモンの群れは皆この〈目〉の力に寄りかかってリアライズしているに過ぎないため、〈目〉さえ倒すことができれば他のデジモンは実体化に必要なエネルギーを賄いきれず勝手に自滅するという寸法だった。&#8232;「成熟期を何十体も呼ぶんだ。〈目〉は上位の完全体か究極体のはずだよ。そんなに見つけるのに手間取るのか?」加納はじれったそうに尋ねた。&#8232;「黙っててください! …これかしら」千鶴が考え込むように言う。&#8232;「いたのか?」&#8232;「周りのサイクロモンよりも強い力を持つ完全体クラスを確認しました。しかしこのレベルの〈デジタルハザード〉を引き起こすには力が足りないような…」&#8232;「そんなことは倒してみてからじゃないと分からないさ、場所はどこだ?」&#8232;「光台高校です」千鶴が気遣わしげに言った。「高校生達の避難、うまくいってるかしら」&#8232;「光台高校?」加納はにやりと笑った。「あそこなら俺が行く必要もないな、避難も問題ないだろう」&#8232;光台高校は夏目秀が通う学校だ。高視が昼休みの会社員みたいな格好であたふたしているに違いない。           ***** 果たして高視聡は昼休みの会社員みたいな格好であたふたしていた。〈デジタルハザード〉の対応は初めてだ。最も、全国にこれを経験した支部がいくつあると言うのだろう。仙台支部のチームが二年前に既に一度ハザードを経験しているのは心強かった。高校生の避難は初動が少し遅れてしまったが、どう言うわけか高校生達は勝手に規則正しく並んで高校から出て来てくれた。日頃の教育の賜物だろうか。他のヒュプノス職員と一緒に逃げ遅れた子どもがいないか確認しながら彼は自分の担当のオペレータである鳥谷に話しかけた。&#8232;「〈台風の目〉が光台にいるんですね?」&#8232;「確実ではないですが、そうと思しきデジモンはいます」事務的な声の鳥谷が言った。「おそらく高校構内です。〈選ばれし子ども〉の安全を確認してから直ちに掃討を開始してください。光台周辺のサイクロモンは他のエージェントが撃破していますが、いつまで持つかわかりません」ハザードの処理にA級、B級はおろか成長期しか連れあるくことのできないC級のエージェントまで駆り出されていると言う話だった。出張中の余所者とはいえ、S級エージェントがのんびりしている暇はないのだろう。彼は高校生達の列に夏目秀の姿を探した。そんな彼のことを列の中の男子生徒が呼び止めた。&#8232;「お巡りさん! いない奴がいるんだ、校舎から出て来てないのかもしれない」そう言って来たのは筋肉質の体の大きな少年だ。ラグビー部か何かなのだろうかと高視は思った。&#8232;「落ち着いて、すぐに助けに向かうよ、帰って来てないのは一人だけかい?」彼は努めて落ち着いた口調で尋ねた。&#8232;「ああ、俺の友達で、北館ってやつだ」彼はそう言って行方不明の人物を描写した。それをメモに書き留めてオペレータに話しかける。&#8232;「鳥谷さん、今の聞いてた?」&#8232;「はい、すぐに近辺のエージェントに共有します」&#8232;「ありがとう」&#8232;「それと、もう一つ行方不明の報告が来ています。二年生の女子生徒で名前は--」鳥谷が話す情報も彼はメモした。&#8232;その時列の後方から悲鳴に近い声が聞こえた。&#8232;「秀くんがいないわ!」&#8232;高視は仰天して振り返ると、噛み付かんばかりの勢いで叫び声をあげた女子生徒に詰め寄った。&#8232;「秀くんって夏目秀か?」&#8232;「う、うん」女子生徒はたじろぎながら答えた。&#8232;「金の髪に碧い眼で、腹立つくらいに男前の?」&#8232;「知り合いなの?」&#8232;「くそっ!」高視は悪態をついて鳥谷を呼び出す。「鳥谷さん、聞いてたな? 私もすぐに校舎に行く」そう言いながら彼はもう駆け出していた。 校舎に向かって走って行く途中、高校生の列から飛び出してこちらの方に向かってくる少女が見えた。近くにいたヒュプノス職員の呼びかけを無視し走っている。見ると、前髪を切り揃え、首のヘッドフォンを除けば地味な雰囲気の眼鏡の少女だ。彼女を止めようかと思ったが、これだけヒュプノス職員がいれば問題ないと思って気にしないことにした。&#8232;彼女とすれ違う時、耳元で鈴のような響きの良い声が聞こえた。&#8232;「怪我人がいないのは私たちのおかげ、ユウくんに何かしたら殺してやるから」&#8232;高視は思わず立ち止まり、振り返る。あの地味な少女から今の美しい声が放たれたのだろうか。しかしそんなことは今はどうでも良い、高視は再び校舎に向けて走り出した。&#8232;「行くぞ、グラン!」       マダラマゼラン一号 2017-08-07T19:49+09:00 アオミドリ色の景色 【第三景ミドリの友達とその仲間達2】 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4760&mode2=tree アオとクレラはまたトラックのところに向かっていた。クレラは教会に、村に戻るとは言わなかったが、アオはそうするべきだと考えて、そこに向かった。 なんとか続いていたトラックのタイヤ痕を伝って二人は教会に辿り着いた。 すぐに鼻をつく匂いがして、クレラはアオの背中から急いで降りると走り出した。 無残に晒された死体を見て、クレラは胃の内容物を撒き散らしながら泣いた。もちろん、埋葬されてるなんて思ってなかった、だけどあまりにも無惨だった。そこには慈悲も死者への敬意も何もなかった。アオも近くに行ってそれがどれだけ酷いものが知った。 致命傷の他にいたぶったような傷がただ多いというだけではない、そのほとんどが、死後つけられたものだった。 人間の奴隷は、主に若い方が売れる。傷などももちろん無いほうがいい、神父もシスターも、軍の部隊のカウンセラーとしてついて行ったわけだが、当然一緒に行けるよう当時は若かった。 どういう事かと言えば、どちらとも商品価値があったという事。ピッドモンと神父は抵抗された時の為に殺す必要があった。でもシスターは売るつもりだった。だから神父を庇って死んだシスターも庇われた神父も、商品をダメにしやがってと憎んだのだ。 クレラは一通り泣くと、教会の中に入った。中は当然荒らされている。金目の物などなかったのでそれはただ荒らされただけでしかない。 クレラは神父とシスター、それぞれの聖書等のクレラが覚えている限りの葬式に必要なものを集めると、葬式を行った。 それはあまりに拙く、また、クレラが見たことがあるものがそもそも物資が足りない為に簡略化したりしたものであった為、ほとんど祈りを捧げただけに等しかった。 そうしてから、クレラは、教会の中に入ると自分の服や必要そうなものを集め、リュックに無理矢理押し込むと、アオのところに戻ってきた。その手には神父のものだった聖書があった。 「いいの?それは埋めないで」 アオがそう聞いたのはシスターの方は生前愛用していた聖書も埋めていたからだ。 「はい、私は、持ってなかったので、自分のそれを。だから、私はもらいます、そのそれを」 アオはわかったと返事をしてから、リュックに入れないと落とすと注意した。 クレラが背に上ると、アオはもう一つ質問をした。 「君は、人間界に帰るの?」 「私は、帰らないです。私は、生まれていません、人間界で。神父様も、シスターもいないです、人間界に」 「そっか、じゃあミドリを探す途中で、クレラが住めそうな町があったらそこに移住する。って事でいいかな?」 「はい、私はそうします」 うん、とアオは一つ頷いて走り出した。クレラはじっと後ろを眺めていたが、三十分ほどでそれをやめた。最後には景色は滲んで見えなくなっていた。 土の上には爪の跡が深く残って教会の前まで続いていた。 ぱろっともん 2017-08-06T23:00+09:00 アオミドリ色の景色 【第三景ミドリの友達とその仲間達1】 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4760&mode2=tree 森の中を一台のトラックが走っていた。それはデジタルワールドに進出した人間界の企業の作ったもので、森の中だろうとしっかりと走る事ができる様に作られていた。 ただ、そのトラックは空調が壊れているのか、それとも閉じる鍵が壊れているのか、荷台の扉が開けられっぱなしで、落ちない様にか荷物は可能な限り縛り付けられていた。 ふと、そのトラックの運転手はブレーキをかけた。 進行方向に大きなデジモンがいたからだ。より正確に言うならばトラックの大きさに比べて大きなデジモンがいたから。 頭の方から背中までを深い緑がかった青色の甲殻で覆い、首から胸にかけて生えた羽毛は赤みがかったオレンジ色で、腹から足、尾羽の方は黄緑色、背中と同じ色の甲殻に覆われた脚の、その爪はカギのように曲がっている。同じ様なカギ状の爪のついた翼もまた甲殻に覆われている。茶色い鬣は天を突く様に鋭く立っていて、その青い目は冷たい氷の様だった。 威圧的な外見のそのデジモンの種族はディアトリモン、個体名はアオといった。 アオもまたトラックには気づいていて、一瞬飛びかかる様な仕草を見せたが、抑え、片翼を持ち上げた。 それに運転手は思わず目を瞑ったが、アオが進路から退いて翼で行く様にと促すと、ありがとうと声をかけて横を通り過ぎていく。 アオがなんとなくその姿を見送っていると、ふと荷台にいた子供と目が合った。 『助けて!!』 子供がそう叫ぶと一緒に荷台に乗っていた男が素早く子供の口を塞いだ。 ふと、アオはその姿に誰より大切な誰かの姿を重ねた。 アオは即座に走り、トラックを追い抜くとその前に立ちはだかり、体で受け止める様にしてトラックを止めた。 その体に傷はなく、衝撃を吸収しきれなかったせいで少し歪んだ車には細かい引っ掻き傷が無数についていた。 「ちょっと荷台にいる子、見せてもらってもいいかい?」 アオとしては優しく声をかけたつもりだったが、運転手の男は足元から拳銃を取り出すと乱発した。 それを瞼を閉じてアオがやり過ごすと、荷台から降りてきた男達が散弾銃を乱射した。幾らか羽毛が抜ける程度ではあったが、明確な殺意にアオはその男達を踏みつけた。 爪と、地面との間に挟まれた男の体は土人形だったかの様に大きく割かれ、一人、二人、三人と順にアオが踏んでいくと縦にか横にか斜めにか程度の違いはあれど爪に体を割かれて絶命した。 運転手の男だけは逃げ出したが、アオが少しスキップでもするぐらいの感じで走ればその距離は瞬く間に縮まるものだった。 さて、とアオがトラックの中を覗き込むと唖然とした。そこにいた子供は髪の色は茶色だったが明るい茶色で、皮膚の色は明らかに白く、目の色は緑だった。さらに言えば、人間の基準で、ではあるがかなり可愛らしい顔立ちをしていた。 「あー、人違いだったみたいで、その……ごめんね?」 アオがそう声をかけて立ち去ろうとすると、子供は鎖の繋がれた足で立ち上がった。 『ありがとう!』 そう声をかけられ、さらには熱心に話してくる子供にアオは困った。子供が話していたのはデジタルワールドの共通言語ではなかった。アオにはその言葉の意味がわからない。 こういう時はどうするんだったかと少し首を傾げながら考えて、アオは子供と同じぐらいの高さにまで頭を下げた。 「あい、きゃんと、すぴーく、ひゅーまんわーるどらんげーじ」 記憶を必死に手繰り寄せてそう言ったアオに、子供は少し喋るのを止めて、奥の方から本を取り出してきて、それをチラチラっと見てからアオの方を向いた。 「私、助けられました、あなたに。ありがとう、とてもとても」 「助けられた……?」 アオが首を傾げると、子供は自分の足の鎖をガチャガチャと言わせた。 なるほどとアオは頷いて、ちょいちょいと自分の方に近づけさせると一息に爪で砕いた。 アオは人間達がこのデジタルワールドで売り買いされている事を知っていた。その用途は、嗜好品である。 誰のと言えばそれもまた人間の。ここはデジタルワールドで、基本的に法はない、そして、デジタルワールドに人間は戦争で敗北したからルールなど持ち込めるはずがない。 複雑な機械は人間界から持ってくるとうまく使えなくなったりする。娯楽は限られ、最終的に高級な娯楽として、最も原始的でありながは未だに他で再現できていない人間そのものを定着させている現状があった。 「えー、あー、とりあえず……どこかの村とか町とかまで送りたい、ん、だけども……」 どうしようとアオが言うと、子供は首を傾げた。 「私、乗ります、背中に、できない?」 アオは一気に苦しい顔になって、少し考えてから子供から見える位置に生えていた木に体を擦り付けた。 ガリガリガリとヤスリで削る様な音がして、少しの間続けてから離れると、皮が剥けて白い中身が見える程になっていた。 「僕の羽毛は人間には危ないんだよ。血が出ちゃう」 子供は少し考えると、荷台の中のものを色々とひっくり返し、荷物を固定するのに使っていたワイヤーを見つけると、色々と結んだり、アオの爪を使って穴を開けたり切ったりをして何かを作り始めた。 一体何をと思いながらアオが見ていると。アオの首にワイヤーを引っ掛け、そのワイヤーに穴を開けた寝袋を通し、ワイヤーを引っ張ってアオの体に触れない様に寝袋をその体の上まで持っていくと、その寝袋にさらに寝袋を、さらに、さらにと紐でつないだ。 それをしっかり確認してから、自分の両手両足に大人の皮手袋を二重に、靴下も何重にも履いた上で靴を履いて、服も長袖長ズボンの服を引っ張り出して、アオの背中に寝袋越しによじ登った。 「いや、すごいすごい!」 アオに褒められながら、繋いだ寝袋の端に繋げたロープを引いて全部の寝袋をアオの背中に引き上げ、子供自身の体にも巻きつけてからワイヤーに引っ掛けた。 「この方法は、できます。私を、あなたの背中に乗せることが」 「本当にすごいよ!すごい、とてもすごい!なんというか、すごい!」 得意げな子供を一通りないボキャブラリーで褒めつつ立って歩いたりしてから、アオはふとある事に気づいて子供に降りる様に提案した。 「僕、お金になるもの持ってないから、君は、価値がある様なものを持っていかないといけないよ」 あと服とか食べ物もできるだけと言って、子供が素直にトラックの中を漁り出すと、アオはそういえば自分も腹が減ったなとその死体に視線をやった。 「ねぇ、死体はどうしようか?」 アオがそう尋ねると、子供は色々とアオに言いたそうにしていたが、言葉がわからなかったのか、先に使いそうなものとして油を持ってきた。 「それをどうするの?」 「塗ります、おでこと両手に。求めます、神に、赦しを、罪の。そのあと、私は埋めます。土に」 アオとしては、どう食べようかという意味で聞いていただけに少し戸惑ったのだが、人間界の何かしらのおまじないなのだろうと爪で穴を掘り死体を埋めた。頭が割れてる死体にも口を抑えながら油を塗る子供の姿に、それはとても大事な事なのだろうと思ったからだ。 子供は人間界の紙幣と、宝石の類いのついたネックレスや指輪、イヤリング、服、あと携帯食料にライターなど、最後にデジタルワールドの言語の本もリュックに詰め込むと、さっきと同じ様にアオの背中によじ登った。 「それで大丈夫?えーと……名前は、なんだっけ?」 「クレラ、私はクレラです」 「クレラ、じゃあ行くよ?」 アオとしては加減して、しかしその速度は充分に車よりも速く、クレラはすぐに目を開けていられなくなり、体に巻きつけた寝袋に顔を埋めていないといけなくなった。 そうして数時間、クレラには何日にも思えたが、走ると小さな村があった。 さて、とアオが近づいて行くとその門のところに武装した人間が立っていた。ちゃんとデジモンも想定しているのだろう、武器はデジモン製のものの様で、流石に食らったら危ないだろうということはアオにも想像できた。 しかし、何はともあれ人間である。自分よりはいいだろうと思いながら近づいて行き、背中の子供を見せて中に入れてくれないかと頼むと、一度内部に無線で連絡を取った後、簡単に許可が出た。名前がアオだという事とディアトリモンという事を確認したらアオの背にいるクレラの名前なんかは聞きもせずに通された。 中に入ってパッと見てみるとデジモンはほとんどいない、基本的に人間達の作った村であることは明らかだった。アオの姿をみてヒソヒソざわざわとしだす姿にミスったかとも思ったが不思議と悪意は感じないのでアオは首を高く伸ばして少し様子を見ることにした。 同じ様な小屋が並ぶ村だ。道路なんかは舗装されてないし、あまりここで発展してきたという様なものには見えない。別の場所から持ってきた、という様な感じだ。あまりに服も揃いすぎているし、みんな一様に四つ葉のマークのワッペンのついた上着を着ている。 そうこうしててもざわつく声はなかなか止まず、何人かがどこかに駆け込んで行くのすら見えた。 アオは妙にざわつくなど思いながら、どこか泊まれるところとかないかを聞く誰かを探すことにした。武器を持っている人間やデジモンはクレラが怖がるだろうなとか、なんか、一際大きな倉庫の様な建物の方は嫌な予感がするからその近辺にいるのには聞きたくないなとか、アオが優柔不断に迷っていると、ふと一人の人間が話しかけてきた。 「もしかして、ミドリの知り合いのアオさんですか?」 その人間は女性の様だったが長身で、金の髪を持ち鋭くも大きな青い目が印象的で可愛らしいや美しいより、凛々しいと言われるだろう顔立ちをしていた。この人だけは、黒くて丈の長い上質に見えるコートを着ていた。 「ミドリを知ってるの?」 アオは反射的にそう返した。 「えぇ、ミドリは私の……友達、ね。うん。私はミドリの友達。ミドリからあなたの事を聞いたの」 その人の言葉にアオは信じられないという顔をして、大きく仰け反り、クレラは必死でワイヤーに掴まった。 「ミドリは今ここに?」 アオがクレラの事を気遣う余裕もなくそう聞くとその人は焦らない様にと手を前に出した。 「とりあえず私の小屋に来て?そこで話しましょう?」 その人はエヴァと名乗り、小屋に着くとまず簡素なコンロでお湯を沸かし紅茶を淹れた。 最初はアオも気づかなかったが、中からよくよく見ると家は簡素な作りで、人間界のもので言うならばモンゴルの遊牧民のテントの様に分解して移動する事も出来そうに見えた。 しかし、それでもゆったりとアオが入れるのだからかなり大きな小屋でもある。他の小屋より一回り大きい様ですらあった。 「さて、ミドリなんだけども。私が知る限りはあなたを捜して旅をしているはず、会ったのはその道中だっていうミドリ、私が別の場所にいた時の話。三年ぐらい前の事になるわね」 「ミドリは、グリフォモンと一緒に?それとも誰か他のデジモンと一緒に?身を守る手段とかは?」 アオが矢継ぎ早にまくし立てる。少し体を動かした際にその翼が隣で座っていたクレラに当たりそうになった。 「その時は一人だったけども……グリフォモンの声を録音してあるとかいうものを爆弾がわりに持ってたわ。銃は扱えなかったから……代わりに私が護身用に持ってた爆弾とかを渡したりしたし、バギーに乗ってたからそれなりの装備ではあったと思うわ」 アオは信じられないと思いながら悔やんだ。少なくとも三年前から一人で旅をしている。それはとても信じられないし信じたくもなかった。 持ち歩ける程度の火薬程度の熱や衝撃は無視できる種も少なくない、バギーなんて歩いてるのと変わらないという種もいる。自分がそうである様に。アオには不安でたまらなかった。 「ミドリがどこに向かったかは……?」 「その時は、とにかく手当たり次第にこの大陸を回って見るって言ってたわ。あなたと、あなたに触ることができる様になる方法を捜してね。その時は、あなた達が一緒に住んでたっていう北の高山地帯の近くにいたから、多分南下してると思うんだけど……人間がいそうな街は素通りしたりしてるでしょうし……私のいた街にも、デジモンに追いかけられて仕方なく荷物を捨てながら逃げて来て立ち寄らざるを得なかったって言ってたわ」 それじゃあ結局わからないのと同じじゃないかとは流石にアオも言わなかった。明らかにミドリはアオのせいで旅に出たのだから。 ありがとうとアオが弱々しく言うと、エヴァはごめんなさいねとピアスを触りながら言った。 「ところで、その子は……服とかはあるの?旅の荷物とかは?その寝袋も……もうボロボロみたいだし……」 エヴァはクレラの足の鎖をちらりと見て察したらしくそんな事を言うと、すぐに無線を取り出して、誰かを呼び出した。 呼び出された人は一分と経たずに工具を持って現れ、手際よく足枷を外すとエヴァに何か耳打ちして、それにエヴァが頷くと、愛想よく出て行った。 「色々とと考えてくれるのは嬉しいんだけども、僕の羽毛はすぐに人を傷つけるし、よかったら、ここで……」 「それはできないわ。私達は私達で、次々に拠点を変えないといけない様な立場なの。あなたといた方がずっと安全よ」 クレラにアオとエヴァの二人の視線が向かう。するとクレラは申し訳なさそうに体を縮めた。 その様を見てエヴァは大丈夫よ、クレラの髪を撫でて目を細めた。 「できる限りの支援はするわ。動きやすい防刃の服も……子供服はないかもだけど……小柄な人はいるから、ちょっと大きいかもしれないけど着れると思うし、寒さを防ぐにはコートもいるわよね?私が着てるのはもう予備もないんだけど、コート自体は都合つくと思うわ。あと、携帯コンロとかナイフとか鍋とか?その寝袋はちょっともう使えなさそうだから寝袋もいるわね。安全靴と縄梯子があれば背中に登るのもできるわよね?子供用の安全靴はなかったと思うけど……中に詰め物して足首のとこきっちり締めれば履けなくはないと思うわ」 クレラの持ってる荷物を確認しながらエヴァは小屋を出たり入ったり、時に無線を使ったりしながら忙しなくしかし手際よく色々なものを集めてくる。 『あ、あの、そんなに色々もらえるほどお金とかなくて……』 クレラの言葉は分からなかったが、雰囲気で察したアオはそうなのかとクレラの方を見る。アオには人間のものの価値がわからない。アオにとっての社会は自然とのものや育ての親とのものだけだったから、そこに交換という概念はほとんどなく、ちょろっと知ってる程度だったのだ。 不当にもらうのはよくないとアオもエヴァを止めようとしたが、エヴァは断固として譲らなかった。 「私はね、ミドリに対して償いをしなければいけないの。またミドリに会うことは多分ないでしょうし、ここで少しでもその罪を清算したいって事だから、代金なんて要らないの」 ミドリはコートの一枚ぐらいしか受け取ってくれなかったけどねとエヴァがピアスをさすりながら言う。 そうなんだと言いながらアオは受け取る様クレラを説得する側に回った。エヴァは、償いたいのであって、これは受け入れる事こそが対価なのだと感じ取った。 クレラは最終的には折れて、ありがとうございますとエヴァに素直お礼を言った。 そのクレラをエヴァは強く強く抱き締めた。抱き締めながら、少し泣いてる様にすら見えた。 ある程度荷物が揃うと、エヴァはクレラに何があったのかを聞いた。そういえば聞いてなかったとアオも聞こうとしたが、デジタルワールド共通語だとクレラはうまく喋れないので、クレラが英語で喋った言葉をエヴァが復唱する事にした。 『私の両親は兵士でした。戦争後、取り残された一部隊の中で産まれた子供だったそうです。この世界で人間が生きていくのは大変です、周囲を警戒したりしながらデジモンとも戦い、ただ生きる為に、そうした事をする内に両親は亡くなったと聞いています。私はその部隊に同行していた神父様とシスターに育てられました。 ある時、ピッドモンという天使のデジモンに出会いました。ピッドモンは、移動し続けるのは無理だと、一度腰を落ち着けて態勢を整えてからまた目指せばいいと私達と一緒に小さな村を作ってくれたそうです。 小さな小さな村でしたけども、教会もあって、ピッドモンのおかげでデジモンとのいざこざもなくて、余裕が出て来たので村の中から何人かが食料や荷物を持って、ピッドモンが知っている近くの街へと行ったり、少しずつ人間界に戻るための動きもできる様になって、一人、また一人と帰って行きました。神父様と私と、シスターと、ピッドモンとだけがまだいましたが、もうすぐ帰るのだと神父様もシスターも笑っていました。 そこに、そこに、やって来た人達がいて、この世界で生活を続けているのだが、まだ、ここに人間がいると聞いたと、一緒に帰らないかと、神父様もシスターも喜びましたし、ピッドモンも喜んでくれました。 なのに、のに、裏切られ、たんです。ピッドモンと神父様をこ、殺そして、庇ったシスターは死にました。神父様も、も……あの人達は、最初から奴隷にするつもりの様でした……』 エヴァは、またクレラを抱き締めて、優しく背中をさすった。するとその目からは途端に大粒の涙が溢れて、何を言ってるかわからないほどにしゃくりあげながら泣き出した。 アオは少し目を逸らした。 翌朝、クレラはアオの背中に縄梯子をかけ、その背に登り、アオから荷物が満載のリュックを受け取ると、そこからワイヤーを伸ばして自分のコートの穴を通し、アオの首にかけた。 指と手のひらに鉄板を仕込んだ手袋でしっかりと背にしがみつく。 『本当に、本当に、ありがとうございました。皆様に神のご加護があります様に!』 「ありがとう、もしまたミドリが来たら……その時は僕も探してるって伝えてね」 二人がそう言うと。エヴァとその仲間達は口々に気をつけてね、頑張れよ、元気でな等の声をかけたり、ピューと口笛をふき鳴らしたりした。 そうして二人が旅立ち、その姿も見えなくなると、エヴァはピアスを一度さすって、口元を引き締めた。 エヴァと一緒にいた人間達もその背中を見ながら、さっきまでの陽気な雰囲気や笑顔が嘘かのように憤りと決意を露わにした顔をしていた。 「……一つ、聞くわよ。彼女の両親は、おそらく、このままでは人間の世界が侵略されるという国の言葉を信じて戦ったあの子の両親、そんな兵士達の心を救うべく同行した神父とシスター、その二人に手を差し伸べたデジモン、そしてあんなに幼い子供……その全員が欲の餌食になる、そんな事がこの世にあっていいと思う?いい訳ないわよね?」 はい、とそこにいた人間達は一斉にそれに同意する。 「私達はそうした人間を根絶やしになければならない。人間界の社会と繋がったままの人間を!この世で人間の社会を残そうとする人間を!」 はい、とまた唱和する。より強いそれに空気の震えが肌で感じられる。 そこに、一体のヘルメットを着けた蜥蜴のようなデジモンが小走りで駆けてきた。 「報告します!アオ殿の足跡を追っていったところ、トラックと簡素に埋葬された遺体を発見しました!トラックのタイヤ痕や中にあった荷物から行き先を探っていますが、恐らくは標的と同じかと……」 「ご苦労様。下がっていいわよ」 その報告を聞いたエヴァはそう微笑みかけ、皆に聞いたわね?と問いかけた。 人間をもののように出荷する人間を、食いものにする人間を、手を差し伸べてくれた手を取り合ったデジモンさえも欲を満たす道具にしかしない人間を全て駆逐するのだとそう演説をした。それを聴き終え、その人間達は各々の作業へと移った。 実は、この近くには一つ大きな街があった。そこもまた人間が主になっている街であったのだが、人間や成長期までのデジモンの奴隷を扱っていた。 そこは、奴隷市の為に造られた街だ。人間界では違法となる、一部の権力者や金持ちのさらにその中でも醜悪な嗜好を持つ者達の街。そのいくつかある内の一つ。 エヴァ達は、テロリストだった。カルト教団でもあると言えたかもしれない。メンバーは利益ではなくデジタルワールドに醜い人間がいるべきではないという思想で結びつき、その思想がリップサービスでない事を示す為、繁殖能力を全員が放棄していた。つまり、自分達の子供を残すことをしないことで人間は残るべきでないという意思を明確にしていた。 悪意あるものには殺戮を、悪意なきものは駆逐せよというのが基本。完全に見逃されるケースは、クレラの様な、おそらくこれから否応なくデジモン達の社会に馴染まざるを得ない場合ぐらいであった。 普通ならばエヴァ達に勝ち目はない。人間が武力を得ようとした場合、まず大きく影響するのは数と、数を揃える手段、そして次にその数を活かす武器だ。金で雇われた人数はエヴァ達の思想で集めた人数よりも多い、エヴァ達の用意できた武器はそれらのものに敵わない。 ただ、数日中にその街は破壊されるだろう。運悪くその日そこにいた権力者は死ぬ。奴隷商も死ぬ。残された金はエヴァ達の資金と奴隷達の帰国の為の資金となる。 倉庫の中から出てきたデジモンは、一日ぶりの日光に冷たく青い鋼の体を浴びせ、尾を一度二度と確かめるように動かして、自分の小屋へと戻ろうとするエヴァの隣に並んだ。 「私の仕事が来るのですねエヴァ。この闇より生じた罪深き身に、また殺害の業を負えと、そうおっしゃるのですね?」 ダークドラモンというその種のデジモンは究極体だった。人の武器ではまず勝てない、例え核を打とうと止まらないそれが究極体なのだから。 「えぇ、その通りよ。ユダ、あなたの罪も最後には私が背負って死ぬ。何度もそう言ったわね?今は、その心を私に預けて。そして私が死んだ後は私の代わりに人間がまたこないようにあなたが見張るの」 「であれば私はこの身この心その全てをもってエヴァ、あなたに仕えましょう。エヴァ、このやり取りも何度となく行っていて、さぞや辟易しているでしょう。しかし、私はまた罪に飲まれないか心配なのです、あなたが分かち合ってくれる、受け止めてくれる、この言葉によって救われ正気を保てる我が身なれば、あなたの愛を喪うのが怖く、何度も確認せずにはいられないのです」 ユダはそう言って、小屋の中へと入っていくエヴァの額に一つキスをした。エヴァはそうして自分のすべき事の準備へ向かうユダを見送りながら自分の額を優しく撫でた。 小屋に入り、エヴァは一度ピアスを撫でた。四葉のクローバーの形をし、裏に、Mよりと彫り込みの入れられたピアスを。 「復讐を……贖罪を……」 エヴァは、四葉のクローバーの花言葉を多く知っていた。ミドリは、幸運のシンボルということしか知らなかった。ミドリは復讐なんて花言葉もある事を知らなかった。 ぱろっともん 2017-08-06T22:57+09:00 アオミドリ色の景色 第二景【天使の住む洋館】 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4757&mode2=tree 一台のゼンマイ式のデジタルワールド製バギーが山道を駆けていた。 「もうそろそろ中継する街が見えてもいいはずだけど、どこかで間違えたかな……」 運転している黒いコートに黒い手袋の人間がそう聞く。 「……記憶間違いはないだろうし、一つ街を飛ばした時に方角間違えたんじゃない?」 助手席の妖精の姿の小柄なデジモンがそう返す。実際、その人間、ミドリには多少の覚えがあった。 「……だって、人間の街とか通り抜けたくないから……」 「せめて外周に沿っていけばよかったのに」 「……人間界で有名らしいから、とにかく避けたくて」 「何で有名なの?」 「私というよりもパパとママが有名で、悲劇だなんだと言われて問答無用で憐れまれるの」 「あ、親いたんだ」 てっきりグリフォモンに育てられたのかとと言った白い花園のにミドリは半分合ってると頷いた。 「親子でグリフォモンに保護?拉致?されて、パパが死んでからはグリフォモンが親代わり」 そっかーと言う白い花園のは人間の感情の機微に疎かった。なんせ親なんてものは持ったことがない。家族に近い存在はいたが、家族というよりは自分自身と言うべきで、本の知識は一通りあれどそれは記憶としてあるだけで理解には遠かった。 「なんで死んだの?」 だから無神経でもそれはどうしようもなかった。大切なものを失った悲しみを掘り返されるのは辛いとわかっていたとしても、そもそも親が大切なものだとわかっていない。 「ママは野良のデジモンに襲われて、川に飛び込んで逃げたらはぐれて、多分死んでると思う。パパは人間界で死んだ」 ミドリも淡々と答える。デジモンとはそういう生き物で、個々のつながりは相応に重視するが血の繋がりがあるというだけじゃ大切だとわかってはくれないとミドリも知っていた。 「あの時は悲しかったな……」 「……ごめんね、辛い事聞いて」 大丈夫と返してミドリは笑う。それくらいなら何もミドリにとっては辛い事ではなかった。 しばらくして、白い花園のがそろそろどこに泊まるか決めないといけないかもねと呟いた。 「もう少し走ったら見えそうな気がする……」 でも運転するのも体力使うんだからと言われてしぶしぶミドリはブレーキを踏んだ。速度を落としながら良さげな場所を探していると、一軒の洋館が建っているのを見つけた。 「ヴァンデモンとかのトラップ?」 「どうかな?そのイメージは強いけども、わざわざ洋館建てるまでするとすぐ噂になって近寄らなくなるからそこまでやる事っては少ないみたい。まぁ……だからこうして街と街が点々とある様な地域に建てたとも考えられるけど」 止まるべきか止まらないべきか、とりあえずもう少し近づいてから判断しようと洋館の方にハンドルを切る。 「外見とかから察知するとかはできる?そういうデジモンが好む様式とか……ある、のかな?」 「精神的な方向とか傾向とかは赤の花園の領分だったから私にはちょっと……建築様式とかはわかったとしても参考にはなんないと思う。中に住んでるデジモンハル後から住み着いてるデジモンって事もあるし」 近づいてみると、すぐ近くに畑と池がつけられているのが見えた。畑には立派な肉がゴロゴロと生え、池のほとりには小降りだったがオレンジバナナの木も生え、実をつけていた。よく見ると森との際には切られた木が並び、デジタケを自分の手で増やしてもいる事がわかる。 これを、他のデジモンを食べてはいないと取るかそれとも余りに豊富すぎるのですでに幻覚にでもかけられていると見るか、二人は迷わなかった。 街と街の移動には数日かかる。その間は日持ちする類のものしか食べられない、美味しかったレトルトも買ってみたりはしたが、嗜好性が高いものは値段も高い。やはり大部分は味気ない携帯食になる。 食欲に二人はとても正直だった。 二人してとりあえず屋敷の周りをぐるりと回ってみると、屋敷の窓から人間が顔を出した。どうやら子供らしい。 その子供に手を振ると、怯えた様な顔をして中に引っ込み、しばらくして洋館の中から六枚の翼の、人間で言えばその肉体は女性的に見える天使が出てきた。 「ようこそ、旅の方ですか?お疲れでしょう、どうぞ中へ。車は……そうですね、どこか適当なとこに案内させますので」 中から十五か十六歳頃に見える白髪交じりの、十代半ばか少し上ぐらいに見える人間が出て来て、天使の言葉を聞いていたのだろう、洋館の脇にミドリ達を誘導した。 「荷物もお持ちしましょうか?」 「いや、それはいいです。長居するつもりはないので」 「それがいいと思います。すぐ動かせるようゼンマイも巻いた方がいいかと」 まるで早く追い出したいみたいだと思いつつ、ミドリはゼンマイを巻いた。その言葉に悪意を感じないのがミドリにはどうも不思議だった。 「エンジェウーモンと人間とって不思議な組み合わせね」 白い花園のは花畑ので首を傾げていた。天使の類のデジモンにも幾つかの宗派や、他と交流したことがないならば全く別の宗教的価値観を持ってることは少なくはないのだが、はて、どんな価値観を持てば人間を育てる事になるのだろうと思ったのだ。しかし、やはりそれも赤の花園の領分だった。 二人が入ると、まずばっと色々な食材が書かれた紙が出され何か食べられないものはないですかと今度は先ほどの人間より少し小さいぐらいの人間が尋ねてきた。その指の一本は過去に変に折られて放置されたのか少し曲がっていた。 ミドリ達が質問に答えると、大きな円卓の様な机のある部屋でそのエンジェウーモンが座って待っていた。 「どうぞ、紅茶はお好きですか?」 ミドリと白い花畑のが頷くと、そのエンジェウーモンは嬉しそうに旅の話を聞いた。 ミドリはアオのことを、白い花園のは自分の出自は言わずにいた街の話をして、幾らか話して運ばれてきた紅茶も空になって来た時、白い花畑のがエンジェウーモンに尋ねた。 「ところで、あなたは何故人間と暮らしているんですか?」 「あなたは、人間界の旧約聖書というものをご存知ですか?」 待ってましたとばかりの反応に一瞬白い花園のは戸惑う。 「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教等の人間界の主要な宗教に共通する聖典、だったかと思いますが……」 白い花園のがそう返すと、ミドリはへーそうなんだと隣で頷き、そのエンジェウーモンはまた笑みを浮かべて頷いた。 「その通りです。その内のキリスト教が、これまた色々な考え方の違いはありますが……この世界の天使型のデジモン達、つまり私達の信じる教えと概ね一致する教えを持つところもあるのはご存知ですか?」 それに白い花園のもミドリも首を横に振る。白い花園の人間の知識は正直浅かった。 「私は二つの世界を作った神は同じなのでは?という学説を支持しています。その理由の一つが旧約聖書の一節、神は自身の似姿として人を作ったという部分です。人間という存在、そして天使の私達や悪魔達、非常に近しい姿をしています。向こうでいう天使といった存在と私達もまた近しい姿ですし、これは二つの世界の神が同一であるからこそと考える訳です」 つまり同じ神の子であり神が自身を模して作った子ならば保護するのもまた当然とそのエンジェウーモンは言う。 それになるほどとミドリは頷いたが、宗教というものがそもそもわかってなかったのでただ頷いただけだった。 「ところで、ミドリさんは産まれもこちらなんですよね?恋人……などがいた事はありますか?」 「それはないです。本当に小さい頃ぐらいしか人間の友達もいた事ないですし」 ミドリが強いて言うならば今探しているアオの事を思う気持ちが恋なのかもなんて冗談めかして言う。 「それは良い事です。神は純潔と愛を尊びます。しかし、多くの人間界の人間というものは産まれながらに罪源たる色欲を持ち、それをもってしか種を維持できない性質を持ちます。私はそれがあまりにも悲しい……」 白い花園の視界の端にちらりとこちらを伺うさっきの少年の不安そうな顔が映った。 「実際、神は一度、尤もその時のその理由はそれだけには止まらないのですが……人間に失望し人間界を洗い流してしまわれています。やはり、それだけが理由かといえば別ですが、それはそもそもそういう機構を持った体を有してしまったが故でもあるでしょう。その点でデジモンは、一部不埒な種もいますがそうした色欲から解放されています。これは、神が人間の失敗から作り出したのがデジモンである証拠ではないかと思うのです。私達の中でも悲しい事に時折堕天してしまう者もいますが、産まれながらに欠陥を持ってしまった人間に比べれば優れた生き物でしょう。ですから私達は人間を楽にしてあげる必要があると思うのです」 楽にする、という言葉にん?とミドリが首を傾げた。白い花園のは少し悟って覚悟した。 「わかりやすく言うならば、全人類の生殖器を取り除くということです」 そのエンジェウーモンの話は徐々に高まっていく。 「人間という生き物の体はデジコアによって一元管理されているのではありません。脳で管理をしていますが、その脳に全ての機能が集まっているわけではなく、性欲に繋がる性ホルモンの分泌にはそれぞれの生殖器が大きく関わっています。そうした場所から脳に向けてホルモンを出す様にという信号が出され、それを受け取った脳から性ホルモンが出されるるのでそうしたものを取り除けばかなりの性欲を削る事ができる事になります。これによって人間は性欲の枷から抜け出す事ができるのです。それでもなお快楽を求めて不埒な行為に走るというものは最早救われるべき存在ではないでしょう。しかし、なかなかこの考えが受け入れられないのもまた事実で……実は私がここに住んでいるのは以前いた場所にいられなくなったからでして……いえ、決して誰が悪いのでもありません。彼らは哀れにもそうする他の事を知らず、この性欲という獣の手綱を取る事ができず、私はそれを見過ごせなかった。それに、確かに神が創られた肉体、それが複製されていっているのですからそれを傷つけ形を変えるという事もまた罪深い行いだとは私も思うのです。特に人間には受け入れ難いでしょう。しかし、しかしですよ?人間の世界にある性犯罪!あれ程悍ましいものはそうはないでしょう!純愛の末、子供を望み行うというならばまだ理解を示せますが、己が快楽の為にだなんて……あぁ、今その事を思うだけで……すみませんね、涙が溢れてきてしまって……また、性差別などという神が創りたもうた平等であるべき全ての人にあろう事か、信仰でも行いでもなく生まれ持った肉体の持つ特質の違い等という不条理極まりないもので差別を行うなどという恐ろしいものもあるのです!神がその姿で産まれる様にしたもうたのはきっと理由がある筈です!全て等しく本来ならば尊ばれるべきです!だというのになんと恐ろしい事でしょう!今は改善の傾向にあるとも聞きますが……男性には力強くたくましく、女を守る存在である事が義務であるかの様に押し付けられ、女性には男よりも力を持ってはならないという暗黙の重圧がかけられものの様に扱われる事もある!嗚呼なんと悍ましい!醜い!罪深い!もちろん、それぞれの肉体の特徴で適した役割などを分ける必要は社会を形成する中でありましょう、ですが、嗚呼そうしたものの酷い場所ではその役割を満たさなければまるで劣等な存在下等な存在とされるのです!!人は全て平等であるべきであるのに!!なんという事でしょう!!またそれに近いのが能力主義、資本主義、あれも酷い。努力したものはその分確かに報われるべきです、それは素晴らしい事です。その点で共産主義の様な形はやはり問題はありました、しかし、ああいったものの中では他者を食い物にするものこそが繁栄するのです!!なんという……なんという事でしょう……粗末にされていい命が何故存在するでしょうか!?そしてこうした、他者を食い物にする商売などというものの中には性に関わるものがやはりあり、姦淫に関わるものもまた存在します。お金がないばかりに清い体を保つ事もできずに自分の体を売らなければならない、そうしたものを悲劇と言わず何と言えばいいのです?もちろん、望んでというものもあるでしょうが……そうした色欲に溺れるものはやはり救われ難い。もし、全ての生殖器がなくなれば需要がなくなり、そうした悲劇も減らす事ができるでしょう。そうなったらどれほど素敵な世界になるでしょう?もちろん、全ての人を救うには程遠いでしょう、それは悲しいことです。全ての人を救う事はそれこそ神にしかできない事であり、いくら私達が天使であろうともそれはきっと成してはならぬ事なのです。ただそうであろうと……」 こんな話が熱っぽくあまりに長い事成されるもので、次第にミドリは眠くなってきた。ミドリにはそうした知識もなく、強いられた事もない。意味のない記号の羅列と大きく変わりはしなかった。 「今日一日中車運転してたもので、ミドリの肉体の疲れがピークになってしまったみたいです。お話の途中で申し訳ないんですが……」 「えぇ、それはもう仕方のない事です。私も多少熱が入りすぎてしまいましたから、きっと真摯に受け止めようとすればするほど疲れてしまった事でしょう」 食事の用意はできていますか?とそのエンジェウーモンが誰に言うでもなく問えば、様子を伺っていた白髪交じりの人間がひょっこり出てきていつでも出せる状態ですと言ったので、ミドリと白い花園のは食事をとり、風呂も入らせてもらい、そしてふかふかのベッドを借りて寝た。途中、何度か人間の姿を見たが、半分以上がミドリに怯えている様な様子だった。 ミドリは眠気もあって気づかなかったが。 翌朝、ミドリ達は朝日と共に起き、そこに白髪交じりの人間が入ってきた。 おはよう、おはようございますと軽く挨拶を交わすと白髪交じりの人間はまず頭を下げた。 「昨日はあの方の話に付き合って頂いてありがとうございました。特に口出しをしなかった事も、重ねてお礼を……」 「まぁ、それは一宿一飯の恩って事で……ところで、あの思想はもう実行には移してるの?」 「……見ますか?元からなかったみたいになってますよ?」 自分のズボンに手をかけた白髪交じりの人間に、いやいいと白い花園のは首を横に振った。本音を言えば少しだけ見たかったが、白い花園のは服を脱ぐのは恥ずかしいという感覚があるタイプのデジモンだった。 「……ミドリにもとか言わないわよね」 「それは……保証できないです。ですから早く去る事をオススメします」 白髪交じりの人間が困った顔をすると、ミドリは大丈夫大丈夫と呑気に笑った。 「パパがいなくなってすぐに……十二、三歳ぐらいで取ったから、もう取るものがないですし」 「……えぇと、なんで?」 「よくは覚えてないんだけども、血が出たりとかなんかしてて、慌てたグリフォモンがデジモンの医者に連れて行って、これから月一ぐらいで苦しむことになるって話になって?そんな苦しむなら要らないよね?って判断して摘出してもらった……らしいよ?」 白い花園のは暫し絶句した。それが年齢と合わせて考えるとおそらく生理であるとグリフォモンはちゃんと理解していたのだろうか、健康に関しての問題がないものであると理解していただろうかと。 「……そうですか、ところで、あなたはあのミドリさんですよね?」 白髪交じりの人間の言葉にミドリの顔が能面のようになる。 「それを聞いてどうするの?」 「いえ、特には何も。あの方は気づいてない様ですし、気づいたら……面倒な事になるかもしれないですけど」 「ここら辺では知られてる?その話」 「大丈夫かと思いますよ。あの方が人間の事を調べる様になったから知ったわけで、調べなければそうそう知ることはないでしょう。人間界のニュースなんてものは。あの方も、性的な事を中心に調べてるので覚えてるかも怪しいです」 そう、とミドリはまた顔を崩した。白い花園のはやはり人間界のことについて詳しくなかったため意味がわからなかった。 人間界の技術を学んでも物理法則から違う世界ではどれほど通じるかわからない、種の動物的特徴を調べるならば猿でもいいしとなる、そんなこんなで思想哲学なんかがメインの赤の花園以外には人間界の本はほとんどなかった。 二人は、そこの会話を終えてすぐに出発した。ミドリはもう少し残ってもいいのではと言ったが、白い花園のが頑として譲らなかった。ミドリが摘出したのが子宮だけならホルモンを出す卵巣は残っている筈だからだ。その知識もまた専門外な為薄いものだったが、薄いが故にどの程度体調を崩すのかわからない為危機感は強かった。 ホルモンを出させるものを全て性欲の根源罪の源と考えていそうなそのエンジェウーモンは取る事を勧めるだろうし、あの場所で手術できそうだという事も分かった以上顔も合わさせたくなかった。 ミドリが車を走らせながらそんな白い花園のの説明に生返事を返す。 「……ミドリ、ホルモンバランス崩すとほぼ間違いなく体調崩すんだからね?わかってる?」 「うん、わかったわかった。ところで、あの話についてあの子は謝ってたけどそんなに悪い話だったのかな?」 その質問に白い花園のはえ?と返した。白い花園のは多種が混在する街で生きてきたデジモンである、社会性があり、活用できたものばかりではないが広い知識もある。矛盾だらけの話はだからこそ聞くに耐えなかった。 「……決定的に悪い点を言えば、あの言葉を実現したら人間が絶滅するところ。こればっかりは……」 「本当に避けられない?」 白い花園のは、口をつぐんだ。頭の中で本当に可能性はないかと考えて見た時に必ず絶滅するとは限らない可能性に思い当たってしまった。それは人間が動物でなくなるに等しく、デジモンと同じ様な存在になる方法だった。 つまり、ある種自分と同じ存在にもなる方法だ。 「まぁ、それはなんとかなったとして、……そうね、この回答も絶対的なものと言えないけども、一つ言えるのはその方が絶対いいとは限らないから、みんなに強制する様なのは悪いと言う事ができるのよ」 自由が必ずいいとは限らない、子供を作れるのがいいとは限らない、性欲があるのがいいとは限らない、だけどこれは同時に全部裏返りもする。だから一つに決めつけてしまうのは悪い。 ただ、そう決めつけてしまうのもまた悪いと言えてしまう。絶対的な回答はあまりにも難しすぎる。 なるほどねと頷いて、ふとミドリはブレーキをかけ始めた。行く手に銀色の鎧の大柄なデジモンが複数見えたからだ。 「なんだろうね?」 「ナイトモン、だね。ロイヤルナイツ関係かな?そうでもしないと同じ種の完全体が複数はそう揃わないもの。無難に考えればロードナイトモン派閥だけども一番部下が多いから出向もさせるのが慣習になってて、正直誰の使いでもあり得るわね」 へーと関心しつつ、そのナイトモン達の前で車を止めると、そのうちの一体、おそらくリーダーなのだろう、一人だけ腕に赤い布を巻いているその個体が話しかけてきた。 「こんにちは、旅の方」 「こんにちは」 「こんにちは」 「いきなりで失礼だが昨日から今朝にかけて洋館であったことを聞かせてくれないかな?」 はて、とミドリは首を傾げた。それを見て白い花園のははーとため息を吐いたが、どうやらそれは聞かれる事が嫌だというため息だとナイトモン達に取られたらしかった。 「いや、申し訳ない。我々も不本意なんだ……あの洋館に住むエンジェウーモンは人格者と名高い。まさか子供を、すでに五年も誘拐監禁してるだなんて……とは思うのだがね」 「私の見た子供達はとても元気そうでしたよ?いつでも食べ物にありつけて、暖かいベッドがあって、服も清潔で、逃げようと思ったら大量の食べ物を手に逃げ出すぐらいはできそうなぐらいに」 ミドリの素直な、少しエンジェウーモンを擁護している様な回答にナイトモンの目には少し真剣な色が灯った。 「それに、誘拐程度でなんで調べてるんですか?」 ミドリがそう聞く、それはある程度的を射た発言だった。デジタルワールドでは捕食だなんだというのは日常茶飯事だ。そこに善も悪もないのだから、ロイヤルナイツが例えその使いっ走りとはいえ動く事もない。 例えばその誘拐が大きな影響を及ぼしかねなかったりしない限りは。 「人間界で大規模なデモが起こってるそうでね。国や国連?とかいったか、とにかく、移住したものの帰れなくなった人間がいるはずだから帰って来れる様にしろと訴え出られてるらしい。そこからロイヤルナイツにどうにかならないかと話が来て、また核とかで汚染されても困るからと人間達の行方を調べて回ってると。そうしたら子供が誘拐されたという人間のつがいが何組かいて、その犯人はエンジェウーモンだという。本人達が帰りたがっているなら帰すのが仕事だから私達はこうして調べてる訳だ。つまり、誘拐自体はオマケさ。今考えてるのは人間は帰りたいがエンジェウーモンが帰す気がない場合かな。そうなると任務として私達は奪還作戦をしなければならなくなる」 隊長、話しすぎでは?と他のナイトモンから声がかかったが、むしろ行く先で人間に会ったら呼びかけてもらう方がいいだろうと隊長は返す。 「……私が帰りたいかどうかとかは聞かなくていいんですか?」 「君は帰りたかったらすでに帰ってる様な類の人間に見える。確実に自活できている格好であるし……バギーもある。帰りたいならばそれはもちろん仕事として行うけどもね」 「まぁそれはもちろんないですね」 白い花園と二人であった事を喋り、アオに関して何か知らないかなんかも聞いて、二人はナイトモン達と別れた。ナイトモン達はとりあえず話を聞いてから判断することにしたらしい。そしてアオの事は知らなかった。 またバギーを走らせてしばらくして、ミドリが思ったんだけどと話し始めた。 「なんでエンジェウーモンはあんなに性に対して厳しくなったのかな?」 「言ってたように教えに反するからじゃなくて?」 「だって、デジモンだって殺し殺され罪を犯しってするし……悪魔に対してもなかなかだったけど悪魔型のデジモンは必ずそういう感じなの?」 「んー……緑の花園の程詳しくはないけど、デジモンにその必要はない種が多いからその感覚は無いか薄いかがほとんどで、それが悪魔になれば多少なら増えるとは思うけども必ずとは言えないと思うし……」 思うから、とそこまで考えて白い花園のはミドリが何を考えているか悟った。 「つまり、性に関する醜いとか赦されないと思うようなものを目撃したからって事?」 「私はそう思うよ。言ってた様にさ、人間界の事なんて、調べようと思わなければ知らないだろうし、あの考えを持ったのが後なんじゃないかな」 憎いと思ってしまうほどに醜い何かを目撃した。親元から誘拐したという事とそれを繋げて考えた時白い花園のはやっと腑に落ちた。 みな、親がいたというならば、親の元からエンジェウーモンが連れ出したというならば、それはそういう事だろう。 大概の狂人には狂人なりの理屈がある。狂うに至った理由がある。それは醜い事だと認識していただろうエンジェウーモンが、特におぞましい類のそれを眼前にする。加えて、それはどれだけ調べようと自分は持ち合わせてないから理解なんてできやしない。 だとしたら悲しいねとミドリが呟いた。そうだねと白い花園のも返した。だが二人の考えていることは違っていた。悲しいと思っている事が違っていた。 白い花園のが来た方向を向いたが、もうナイトモンも見えず、洋館は見える訳もなかった。 ぱろっともん 2017-07-23T22:50+09:00 デジモンアドベンチャーtri.タケメイ二次小説 第14章「円満」 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4693&mode2=tree 「なによ! なんでメイメイと手つないでるの! まるでデートみたいじゃない!」 「ミミ、”デートみたい”じゃなくて、デートよ?」 「パルモン、シャラップ!」 パルモンは困った顔をしながら、「昔のミミみたい」と勝手に納得して口を噤んだ。 「なぁーなぁー、俺もう少しライオン見たいんだけど?」 「ヤマト、何普通に楽しんでんるんだ?」 父親に引き取られた為か、あまり行楽地へ外出した記憶のないヤマトが目的を忘れ、純粋に動物園を堪能し始めたので、止めに入るガブモン。 「ダイシュケぇ~! 何、あのでっかいの!」 「おっ! あれはゾウだぜ! ゾウさんだぜ!」 「ゾーウん、強いの?」 「そりゃー、あんなにデカいんだから、強いに決まってんだろ!」 「オレ、ゾーさんの背中乗りたい!」 「おーし、なら行くか、チビモン!」 そう言って、柵に足を掛けようとした大輔を空が止めた。 「大輔もアンタ何処に行くつもり! ああ、ちょっとヤマト、勝手に移動しない!  アグモンも落ちてるもの食べない! 光子郎くんもそろそろ復活してぇー!」 いつもの事ながら、基本フリーダムなメンバー。それを纏めようとする空は、既にボロボロである。 「ホント、みんなのお母さんだな?」 「太一! それは空くんの前では禁句……」 「ピヨモン? 後で太一と丈先輩をシバくわよ?」 「よくわかんないけど、わかったわ、空!」 「納得すんなよ、ピヨモン!」 「ちょっ……、なんで僕まで?」 「ジョー……、諦めよ?」 ガックリと肩を落とす丈にショルダーバックから顔を出したゴマモンが声をかける。 「あそこにいるの、オイシそー!」 「アグモン、柵の向こうにいるは食べ物じゃないからな!」 羊を見つけてヨダレを垂らすアグモンにテイルモンが注意する。 「なんかこうして、みんなでワイワイするのがホント久しぶりねぇ&#12316;」 「京しゃん、声が大きいでしゅよ!」 「賢ちゃん、なんか遠足みたいで楽しいね!」 「そうだね。ただ少し……」 短い手を上下に動かし、喜びを表現するミノモン。賢はその様子に微笑みで返しながらも、周囲を見回し、 「騒ぎすぎだね……」 呆れながらも、変わらない様子の仲間に心の中で、ホッと一息ついた。 「あれ? 光子郎さん。どうしたんですか? なんか元気がないですね……」 「腹でも減っとるだぎゃ?」 園内のベンチに腰を掛け、うなだれる光子郎に伊織はジュースを片手に声を掛けた。 「いえ……、気にしないで下さい……」 「今日は前半が格好よかったさかい、後半のミスが光子郎はん的には響いてまんねや……」 「テッ……テントモンッ!」 「ああ……、そう言うことですか……」 テントモンの言葉に納得し、伊織は一気にジュースを飲み干した。そして、いつもの仏頂面からは想像できない意地悪な笑みをニッと浮かべ、 「でも、あまり慣れない事をするのはお薦めしませんよ?」 「いっ……伊織くん! 君はなにを言って……!」 「えーっ? 何の話?」 「何の話!」 項垂れた表情から一気に赤面して顔を上げた光子郎に、横からミミとパルモンがヒョッコリ顔を出した。 「ミッ……ミミさん! いっ……いえ……別に……!」 「落ち込んどるコーシローをみんなではげましてただぎゃ!」 「そっ……そんな! 僕は落ち込んでなんか……!」 「えー、光子郎くん、けっこーカッコよかったと思うよ!」 「えっ……」 首を傾げて尋ねるミミに光子郎は耳まで真っ赤にして、 「ふっ……ふひょーーーーー!」 耳から蒸気を出すと、糸が切れたように顔面から膝に落下する。 「綺麗に落ちましたね……」 「ちょっと、光子郎くん! しっかりしてよー!」 「あっ……、なんか面白いことになってる?」 突然、壊れた光子郎の背中を揺するミミ。その様子に動揺する事なく見つめる伊織の横に、ソフトクリームを食べながらヒカリがやってきた。 いつも抱えているテイルモンが今は離れているため、片手が手持無沙汰のようだ。 伊織は横目でヒカリの様子を確認する。 その視線は目の前の光子郎とミミには向けられておらず、その先にいる二つの影を追っていた。 「ヒカリさん、つかぬ事をお聞きしますが……」 「伊織くんからの質問って、なんか新鮮ね」 「そうですね……」 「でも、その質問私に聞く?」 伊織と同様に横目で見つめるヒカリ。しかし、その視線はいつもの優しげな瞳ではなく、凍てつくような瞳。伊織は一瞬背筋に冷たいものが奔るのを感じた。 「それでも誰かが聞いてあげないと、ヒカリさん自身が辛いのでは?」 しかし、伊織はその視線に臆する事無く、はっきりと答える。その答えにヒカリはソフトクリームを食べる手を止めた。そして、バツが悪そうに表情を歪めると、 「伊織くん、本当に小学生?」 そう言って、ヒカリは苦笑いを浮かべた。その様子に伊織も小さく笑うと、 「こう見えて、お爺様からいろいろ教えて頂いていますから。それに彼女持ちですし?」 その答えに、ヒカリは噴出し、そして声を出して笑い声を挙げた。それにいち早く気付いたテイルモンが駆け寄った。 「どうした、ヒカリ?」 「アハハッ! なんでもない! なんでもないよ、テイルモン?」 「ヒカリちゃ~ん、どうしたの? 突然笑い出して? オイ、伊織! お前ヒカリちゃんになんかしたか!」 「大輔さんとタケルさんじゃあるまいし、ヒカリさんを困らせるような事しませんよ」 「そりゃそうか……。って、なんで俺が混ざってるんだよ!」 「ダイシュケ~、オレ否定できない……」 「チビモ~ン、フォローしてくれよぉ~……」 パートナーであるチビモンからも見放され、肩を落とす大輔。その様子を知ってか知らずか、未だに興奮冷めやらぬヤマトが大輔の肩を強くと掴んだ。 「どーした、どーした、大輔! 元気ねーぞ!」 「やっ……ヤマトさん? どーしたんすか、そのテンション?」 「ええぇ? いつもどーりだろ?」 「うわっ……、ヤマトがいつも以上にウザい!」 「オイ、コラッ! 太一! ウザいとはなんだ、ウザいとは!」 「ヤマト……、さすがにそのテンションはオレもフォローできないよ……」 「えっ……、俺そんなに?」 目を見開き、周囲のメンバーに意見を求めるヤマト。その反応にその場にいた全員が、 「…………(コクッ)」 無言で首を縦に振った。 その反応にヤマトは顔を赤らめて、ガブモンの後ろに隠れてしまった。 「女子か!」 「なんか、今日のヤマト、ハッチャケてるわね」 「下手に捻くれてるよりはいいんじゃない?」 「オイ、ピヨモン。そんな事言ってくれるなよ……。俺悲しくなるよ」 ヤマトの様子に太一、空そしてピヨモンがそれぞれ感想を言うと、ガブモンはため息混じりに呟いた。 一方渦中のヤマトは未だにガブモンの背中に隠れている。その様子に丈は、乾いた笑いを浮かべている。ゴマモンはそんな丈の横腹を長い爪で器用に突くと、 「なあ、丈? ヤマトのフォローしなくていいのか?」 「フォローしたいのは山々だけど、あの状態のヤマトになって言っていいか……」 そう言って、苦笑いを浮かべる丈。 「あれ? ねー、みんな。タケル達どこに行ったの?」 アグモンの抜けたひと言にその場にいた全員が周囲を見回す。 先程まで、猿山を見ていたタケルと芽心達はいつの間にかその姿を消していた。 「しまった! 一瞬目を離した隙に……」 「賢ちゃん、どーするの?」 「賢くんが気にする事ないよ」 賢は頭を抱えて、苦虫を噛み潰した顔をしたが、京がすかさずフォローを入れる。 「それより大輔! アンタもうちょっとちゃんと見ときなさいよ!」 「なんで俺が文句言われなきゃなんないんだよ!」 京は、賢に向けた真逆の表情で、大輔に詰め寄った。 「オイ! この人混みでタケル達探すの大変だぞ!」 「お前も一因噛んでるんだけどな……、オニイチャン?」 「太一、お前いい加減に!」 緊急事態に立ち直ったヤマトに対し、太一は冷たく言い放った。 「もう、2人とも喧嘩しない! それよりも、手分けしてタケル君と芽心ちゃんを探すわよ!」 「へー、俺たちを探してどうするの?」 太一とヤマトを止めながら、空が次の行動を指示した時、不意に後ろから声が掛けられた。 空が振り返ると、満面の笑みを浮かべたタケル。しかし、その瞳は笑ってはおらず、奥にある怒りを隠そうとしていない。その横には恥ずかしそうに俯く芽心、呑気に笑顔を振り撒くパタモンとメイクーモンがいた。 「やっほー、ガブモン!」 「チェンパイ達も来とっただなぁ&#12316;!」 パタモンとメイクーモンは嬉しそうにニコニコしている。 「皆さん……いつから見ていたんですか?」 芽心は恐る恐る尋ねる。少し前の自らの痴態を思い出し、背中に嫌な汗が流れる。その様子を察したのか、ヒカリは微笑みながら、 「いえ、私たちもさっき着いたばかりで! ねっ、伊織くん?」 「えっ……、あっはい。まあ、追いかけていた事は申し訳ありません」 「あっ……、そんな謝らなくてもいいですよ」 伊織の言葉を聞いて、ホッとした表情を見せる芽心。 「メイメイ!」 ホッとしたのも束の間、突如横から現れたミミに芽心は抱きしめられる。 「ミミさん! びっくりしました」 「もう、メイメイ今日はホントに可愛いいんだから!」 「そっ……そんなそんな可愛いだなんて! 」 「嘘じゃないよ? いつもと違って髪上げてるのも新鮮だし。あとあんなにパンダではしゃぐ姿なんて、チョー可愛かったよ!」 ミミの言葉が嬉しくて顔を綻ばせていた芽心だったが、最後のひと言で表情が固まった。その様子を見ていたヒカリと伊織は苦悶の表情を浮かべる。 「僕が誤魔化したつもりなんですけど……」 「どーも言ったらいけん事を言ったみたいだぎゃ……」 ウパモンが呆れた表情でミミを見上げる。 「チョット、メイメイ? なに、どーしたの?」 ミミは自分が仕出かした事に気付かないまま、放心状態の芽心の肩を揺する。 すると、タケルが割り込むように2人の間に入ると、 「ミミさん? あんまり俺の彼女を困らせないでくれる? 俺の彼女を!」 ?彼女?という単語を強調するタケル。対してミミは下唇を噛み締めて、苦渋の表情を浮かべる。その顔を見た瞬間、タケルは周りに気付かれないように小さく鼻を鳴らした。 「まあまあ、お2人とも。少し落ち着きましょ?」 「そうだよ。特にタケルくん。君の言葉で?彼女?さん、ゆでダコみたいになってるよ?」 賢に言われたタケルは腕の中の芽心に目を向ける。タケルの腕の中で?俺の彼女?と宣言された芽心は、頭から湯気が出始めている。頭の中では理解していたが、改めて言葉に出して言われると嬉しさと恥しさで胸が張り裂けそうだった。 「メイ&#12316;、タケルゥ&#12316;。苦しいだがん!」 タケルと芽心に挟まれたメイクーモンが苦しそうに声を挙げ、空いた片手でタケルの胸を押す。 「あっ、ゴメン。メイクーモン!」 「もうタケリュ……。イチャイチャし過ぎ! もっと僕たちも構ってよ!」 慌てて芽心から離れたタケルに、パタモンがその胸に飛び込む。その顔をムクッと膨らませ、ヤキモチを妬いているのがよくわかった。 「ゴメンねぇー、タケルくん。結局みんなで来ることになっちゃってぇ~」 空は謝罪の言葉を言いながら、タケルに近づいた。しかし、言葉とは裏腹に悪びれる様子のない笑顔を向けている。 「ホントですよ。折角手伝って貰ったのに、まんまと裏切るんですから……」 「でも、それも想定済みでしょ? ここの事だって、私に教えてくれなかったし」 「まあ、空さんの囮は保険だったんで。まさか、アレに引っかかる人がいるとは思いませんでしたけど……」 タケルも同じように笑顔で返す。 「それ、どーいう意味?」 「嫌味ったらしぃ……。あの素直で可愛いタケルくんはどこ行ったのかしら?」 そんな二人を横で見ていた京は『そういうセリフがお母さんっぽい』と心の中で思った。もちろん、言葉にはしないが……。 「ちょっと待て、タケル! 何気に俺達をディスってないか?」 「おい、”俺達”ってもしかして俺も含まれてるのか?」 タケルと空の会話を聞いたヤマトと太一が慌てて駆け寄ってくる。タケルはそんな二人に笑顔を返した。 「いや、なんか言えよ!」 「そして、なんか憐みの目を向けるな!」 「まあ、しょうがないよヤマト……」 「タイチ……、大人になろ?」 お互いのパートナーに慰められるヤマトと太一。 その二人を苦笑いで見ながら、丈とゴマモンがやってきた。 「タケル、それに望月くん。先ずは尾行していた事を謝るよ」 「いえ、そんな!」 頭を下げる丈に芽心は戸惑い、タケルは「丈さんらしい」と小さく笑った。 「タケル、空から聞いたゼ! 今日のデート、丈の意見を聞いてくれたんだってな?」 ゴマモンが嬉々とした表情で聞いてきたので、タケルは一瞬焦りが顔に出そうになった。横目で空を見ると、その視線に気づき、ピヨモンと一緒に悪そうな顔を浮かべる。 丈とゴマモンの顔を見ると、自分の意見を参考にしてくれた事が嬉かったらしい。どうやら二人にはセンスを疑った事は伝わっていない様子。タケルは心の中で悪態をつきながらも、それを表に出さない様に、 「はい、丈さんに相談してよかったです!」 「ふふー、そうかそうか! そう言ってくれるか!」 丈は眼鏡を外し、涙を拭う。 『ここまで喜んでくれるとは……』 その行動にタケルは複雑な気持ちになりながらも、その素直な反応に心を和ました。芽心はタケルの表情に違和感を覚えながらも、特に口を挿まずにいた。 「なー、もうタケル達にバレちまったからよー! これからどーすんだ?」 苦々しい表情をしながら、大輔が声を挙げた。このタケルに謝罪しなければいけない空気が大輔からすると、どうしても納得できない……というかしたくない。 「そうですね、いつまでも大人数で屯すわけにも……」 伊織が腕を組み、チラッとタケルを見る。その視線に他のメンバーもタケルを見た。 「……絶対嫌だからね?」 「まだ何も言ってねーだろ!」 タケルの言葉に大輔が返し、自然と睨み合う二人。今にも火花が飛び交いそうな勢いになった時、 「……あの……みんなで回りましょうか?」 芽心が小さく手を挙げる。恐らくそれが最善策だと、直感が判断したのだ。 その言葉を言った時の表情はそれぞれ。 タケルは手で顔を半分多い、大きなため息を。 そのタケルを表情を見た大輔はニンマリと笑顔を浮かべ、 「ねーねー、ヒカリちゃん! 西園の方は不忍の池と繋がってるんだってぇ~。一緒に行かない?」 「テイルモンも一緒にいこーじぇー!」 こそこそ隠れる必要がなくなった途端、大輔はヒカリを誘い、チビモンも便乗する。それに対してヒカリは、 「いいわよ?」 「ええっ!」 「やたァー!」 ヒカリの答えに大輔は両手を挙げて喜び、京はその意外性に眼鏡をずらしながら驚愕の声を挙げる。 「いっ……意外だね……」 「賢ちゃんも? 僕もそう思う」 「何か裏がありちょうな気が……」 京と同様に驚く賢とミノモン、そしてそこに裏があると勘ぐるポロモン。 「いいのか、ヒカリ?」 テイルモンもヒカリの返答に驚いているが、それに気付いているのかいないのか。ヒカリは口元に指を添えて、「うーん」と悩むと、 「不忍池か……。あひるボートが有名よね? 後で二人でそれに乗る?」 「ヒッ……ヒカリちゃんとアヒル……デート?」 「あっ……だいしゅけからなんか出てる! だいしゅけから……だいしゅけ!」 天にも昇らんばかりに感動する大輔。しかし、その言葉の裏にある意味を察した伊織は、 「悪い人だ……」 「んっ? イオリ? なんか言ったきゃ?」 「いえ、別に……」 その小さな呟きは誰にも聞かれる事はなかった。 「ほれ、光子郎はん? そろそろ会話に戻りましょ? あれ? なんかこのセリフ前にも言ったようなぁ~?」 腕を組んで悩むテントモンの言葉を受けて、放心状態だった光子郎が再起動する。 「はっ! すみません、取り乱しました!」 「大丈夫でっせ、だーれも気にしてませんさかいに」 「それはそれで悲しいですが……」 テントモンのフォロー(にはなっていないが……)に苦笑を返す光子郎。 「なあ、光子郎! 他にどんなところがあるんだ?」 「そうそう、光子郎くん! 調べて!」 「きゃっ、ミミさん!」 完全に目的を忘れたようにヤマト、そしてどさくさに紛れて芽心に抱き着きながら、光子郎に尋ねる。 「あっ、ハイ! この先だと……近くに白熊やアザラシのブースがありますね!」 「よーし、じゃあみんなで行くか!」 「ねぇ? 白熊っておいしい?」 慌てて検索した光子郎が提案すると、太一はそれに賛同し、アグモンの一言を聞いて、表情が強張る。 「よし、タケル一緒に……」 「はいはい、ヤマト。俺達はさっさと行こうぜ……」 テンションがおかしいヤマトがタケルを誘うと、ガブモンがそれを制止し、背中を押して移動を始めた。なにやら、ヤマトが喚いているが、太一も肩に手を回し引き摺るように歩き始める。 「オーケー! メイメイ一緒に……」 芽心と一緒に移動しようと高らかに声を挙げたミミだったが、その腕を空と京が掴む。 「へっ?」 突然の事で困惑するミミに空と京は笑顔で、 「まあまあ、ミミちゃん。珠には一緒に行きましょ?」 「そうですよ、ミミお姉さまぁ~?」 「パルモンも一緒に行きましょ?」 「あっ、恐縮ですぅ~!」 「あっ、待って下さい、京しゃん!」 「ちょっと、空さん、京ちゃん! 私はメイメイとぉー!」 必死に懇願するミミの叫び虚しく、二人は引きずる様に足を進める。その様子を見た伊織も丈と光子郎の背中を押し、 「さっ、光子郎さん、丈さん。僕たちも行きましょう」 「ちょっ……伊織くん! そんなに押さなくても……」 「いいから行こうぜ、ジョ~。そろそろオイラ、暑い……」 「そうでっせ、光子郎はんも行きまっせ!」 「えっ、テントモン? 急にどうしました?」 「全く……、世話が焼けるだぎゃ……」 ウパモンは呆れ顔でひとつため息を零した。 「じゃあ、僕達は先に行くから。二人はごゆっくり。ほーら、大輔いくぞ!」 「ぐえっ!」 「だいしゅけ、トノサマゲコモンみたいな声出したぞ?」 「賢ちゃーん、早くいかないと置いて行かれるよ!」 賢が大輔の襟首を掴み、大輔は後ろ向きに引っ張られる形で移動していった。 そして、残されたのはタケルと芽心とヒカリとそのパートナーたち。ヒカリは三白眼でタケルを睨み、タケルはそれに笑顔で返す。その様子を芽心が困ったようにあたふたしている。 「あの……二人とも……、えーっと……その……」 困りながらも、やっとの事で声を挙げた芽心だったが、その先をなんと言っていいのかわからない。口籠り、少し涙目になってきた芽心を見て、遂にヒカリが耐え切れず、 「ぷっ!」 小さく吹出し、そして声を出して笑った。突然の事で芽心もパートナーであるテイルモンもポカンと口を開けて驚いている。 「ヒカリさん?」 「もう芽心さん、可愛いんだけど」 突然の事で戸惑う芽心を余所に、ヒカリは涙を拭う。その様子に唖然としていたテイルモンも呆れ顔になり、 「何がそんなに可笑しいんだ?」 「なんでもないよ、テイルモン?」 テイルモンの問いをヒカリは笑顔ではぐらかす。そう言うと、軽く駆け足で他のメンバーのところへ走っていく。その様子にテイルモンは安心したように、目を閉じる。だから、ヒカリが一瞬下唇を噛み締めた事に気づかなかった。 ◆ ◆ ◆ 俺達がヒカリの後ろ姿を見送った芽心を見ると、はホッと小さく吐息をついていた。 「ゴメンね。撒いたつもりだったんだけど、なんか結局みんな集まっちゃって……」 「あっ! いえ、そんな謝らないで下さい。こちらこそ、心配かけたみたいで……」 芽心さんは途中まで言いかけて、その言葉をぐっと飲み込んだ。俺の謝罪に芽心さんは気にした素振りを見せずに、逆に気遣わせてしまった。 「まー、ちぇんぱい達がおるけぇー、賑やかで楽しいだがん!」 「そうだね。なんかピクニックや遠足みたい」 「いや、これ完全に遠足だよね?」 キャッキャと笑う芽心さんとメイクーモンに俺はため息をつきながら、小さくツッコミをいれた。そんな俺の様子が可笑しかったのか、芽心さんはメイクーモンの頭に顔を埋めてクスクス笑った。 「メイィ~、こしょばいだがん!」 そういうメイクーモンの顔は言葉とは裏腹にとても嬉しそうにしている。 「まあ、僕とメイクーモンを連れてきてる時点で本当にデートなのか、よくわかんないけどねぇ~」 毒の入った一言を言ってくるパタモン。 「元はと言えば、パタモンたちが他の皆に喋ったのが原因だろ?」 「だってぇー! 僕だって嬉しかったんだもん!」 「ちゃんぱいを叱らんでごしない! メイも一緒にしゃべっただがん」 俺がパタモンを責めると、パタモンは不貞腐れて、メイクーモンはそのフォローに入る。「ありがとー、メイクーモン!」とパタモンが涙目で言っている。 「パタモン、大丈夫だで。タケルくんも本気で怒っとる訳じゃないけん」 「それは僕もわかっているよ。でも……」 パタモンが見上げるように俺の顔に視線を向ける。 「ちょっと不機嫌だよね?」 「うん。みんなにいろいろ邪魔されてるからね」 「うう、やっぱり……」とパタモンは伏し目がちになっている。どうやら反省しているみたい。これ以上意地悪するのもよくないよね? 「まあ、もうみんな来てる事だし、俺も想定してない訳じゃないから、別に気にする必要ないよ?」 「そう? ありがとうー、たけりゅ!」 俺の言葉を聞いて、パタモンはホッとした顔をして、耳(翼?)をはためかしている。 パタモンの様子に俺は胸を撫で下ろしながらも、どこか釈然としない気持ちもあった。パタモンとメイクーモンが一緒に来るのには、別に問題ないんだけど、最終的に他のみんなが集まってしまった。出来れば、芽心さんとの時間を満喫した気持ちが胸に閊えている。 「さあ、タケルくん。私たちも行きましょう?」 俺の気持ちを知ってか知らずか、芽心さんは微笑みながら手を差し伸べてくる。 まあ、今更気にしても仕方がないか。 そう思い、彼女の手を握ると、芽心さんは急に強い力で俺の引っ張る。バランスを崩し、前のめりになった俺の耳元に芽心さんは顔を寄せて、 「今度は二人っきりでお願いしますね」 俺にしか聞こえない小さな声で、そっと囁いた。驚いて彼女の顔を見ると、まるで悪戯が成功した子供のように、歯を見せて満面の笑顔だ。 「敵わないな……」 そんな俺の小さな呟きに首を傾げるパタモンとメイクーモン。 俺は体勢を立て直すと、芽心さんの手を改めて強く握り返し、 「取りあえず、今はゆっくりみんなに追いつこうか?」 「ふふっ、そうですね!」 そうして俺達はみんなの後を追いかける。 俺達のペースで、ゆっくりと……。 すすやん 2017-07-16T23:27+09:00 あとがき http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4747&mode2=tree  というわけでガバガバえせサイバーパンクこと、「What is the cage ?」完結です。始めた当初は「いい感じにクールなのにするぜ」とか思っていたものの、今思えばその段階でわりと設定がガバガバでした。でも、アプローチを変えてなんとかまとめることはできてよかったです。  察しがついている人も居ると思いますが、本作の主要人物に関わるデジモンは基本的に(育成ゲームとしては設計ミスとしか考えられない携帯機こと)デジモンアクセルに出てくる面々が多めになっています。ヴァロドゥルモンを除くネイチャーゲノムのメインパッケージを飾っていた面子をギルドの上から三人に割り当てたのもそういう経緯です。アンジュとザクロに関しては「楽園追放」というアニメ映画を調べてもらえばなんとなく意図が分かってもらえるかと。  で、デジモンアクセルのデジモンで固める以上やはり出しておきたいのが、オメガモンフォロワーの中でも最近は比較的優遇されているカオスモンと、ヴァロドゥルモンの出番がないせいか漫画版XWにちょっと出たくらいのアルティメットカオスモン。ただ普通に順次合体させて出すのもしっくりこなかったので、今回は先にアルティメットカオスモンを出してそこから抜いていくというかたちにしました。進化前が進化先に勝つというのも浪漫がありますし。  背中がむずがゆくなるような二つ名? 私の趣味だ。いいだろう?  最後に、ここまで読んでくださりありがとうございました。   パラレル 2017-07-16T14:13+09:00 What is the cage? 3-7 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4747&mode2=tree  7. 『なんてことだ』  <ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>の中に居ても現実の惨状は手に取るように分かる。アスク・エムブラ改め<ruby>歪曲特異点<rb><rp>(<rt>アルティメットカオス<rp>)</ruby>は恐るべき速度で<ruby>上層社会<rb><rp>(<rt>トップ<rp>)</ruby>中の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を支配し、出鱈目な命令を送っては自身の暴走を拡散させていた。ある者は主の意識を奪い、ある者は入り込んだシステムにサポート範囲外の動作をさせている。  <ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>というAIによる人間への叛逆。そう断じることができればどれだけマシだったか。叛逆には必ずそこに至る理由と目的が存在する。しかし、中核となる<ruby>歪曲特異点<rb><rp>(<rt>アルティメットカオス<rp>)</ruby>には理由も目的も存在しない。ただ<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を暴走させるという現象に過ぎないのだ。  理由があるとすれば現象そのものが発生した経緯か。それはマスターコールを受けたアスク・エムブラの暴走。或いはヒラタ・ヒデオがそのマスターコールを強引に発動させたこと。そもそもそのマスターコールなどという状況にケイジ達自身が追い込んだこと。  誰が悪いかと問われればきっと誰もが大なり小なり悪いのだろう。そして、先に上げたいくつかの原因の内その責任を取っていないのは誰だろうか。 『誰かに恨まれるようなことばかりしてきた自覚はあるが……』  ――こんなことになるなんて思わなかった。  そう言って逃げ出せばひとまず自分は助かる。<ruby>扉<rb><rp>(<rt>ポート<rp>)</ruby>を閉じて一切の通信を断ち、<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>の片隅で泥をすすっていればいい。そうすれば、今まさに<ruby>上層社会<rb><rp>(<rt>トップ<rp>)</ruby>全土を呑み込む<ruby>電脳の獣<rb><rp>(<rt>デジタルモンスター<rp>)</ruby>の脅威に身を滅ぼされることはないだろう。  自分の罪を自覚していたとしても、それを甘んじて受け入れられるほど高尚な潔さを持ち合わせてはいない。どう取り繕ってもまだ死にたくはないし、仮に死ぬとしてもせめて楽に死にたいと思う。それが人間として、生物として当たり前の感情だ。 『結局、俺達は馬鹿だったってことか』  数多の事実、自身に蠢く感情すべてを飲み込んだ上で、ケイジは自身の意識を現実に戻さなかった。  逃げなかった理由は3つ。  1つ目は生存と生活のため。仮に逃げ延びたとしてもいずれ被害は<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>まで広がるだろう。危害を恐れてどこかの僻地に隠れ住んだとしても、そこで怯えて生きることはケイジにとって死んだに等しい。そもそも<ruby>混乱<rb><rp>(<rt>パニック<rp>)</ruby>の最中にある<ruby>上層社会<rb><rp>(<rt>トップ<rp>)</ruby>を移動して<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>まで逃げ延びることも難しいだろう。<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が暴走している以上、ネットワークを切断することも容易ではない。  2つ目はまだ依頼を達成していないため。暴走状態にあるとはいえ、依頼者は依頼者。暴走自体も意図したものでないとしたら被害者とも言える。ギルドのテイマーとしてのプライドの問題ではあるが、より個人的で感情的な理由が後に控えているのでましな方だろう。  問題の3つ目。それは<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を奪われたままだということ。取り戻せれば多少なりとも戦力になる。だが、本音はもっと単純だ。ただ自分の大事なものを盗られたままでは我慢ならないということだけ。 『さて、返してもらうぞ。――そいつは俺のものだ』  反撃開始。相対するは毎ミリ秒ごとに肥大化する<ruby>混沌<rb><rp>(<rt>カオス<rp>)</ruby>。目標はおそらくその<ruby>中核<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>に居る。周りに付着している有象無象はあくまで支配している状況がそう<ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>で表現されているだけで、実際は強制的な命令によってこき使われているに過ぎない。ケイジの大事な<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>がそれらと違うのは、ヴァルハラサーバまで引き摺りだされて同化させられている点だ。  つまり有象無象は<ruby>各自の電脳<rb><rp>(<rt>ローカル<rp>)</ruby>だけの問題で済むが、ケイジはわざわざ災禍の中心に斬りこまなくてはいけないということ。  ./alter_attribute  生憎と打てる手は少ない。だが手が無い訳でもない。手持ちの攻性防壁や<ruby>防護壁<rb><rp>(<rt>プロテクト<rp>)</ruby>をすべて展開。その上で自身を<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>と誤認させるためのツールを起動。特にお気に入りの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の匂いが染みついているのだ。あちらからすればまさしく極上の餌だろう。 『来いよ、<ruby>化け物<rb><rp>(<rt>モンスター<rp>)</ruby>。手下なんか捨ててかかってこい』  ケイジの挑発に乗るかのように伸びる多種多様な触手。触手と形容したのはあくまでその機能を形容するのに適切であっただけで、その実体は獣や竜などの頭を先端に持つ帯。<ruby>形状<rb><rp>(<rt>シルエット<rp>)</ruby>に法則性の無い頭部は、おそらく支配した<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の<ruby>名残り<rb><rp>(<rt>イメージ<rp>)</ruby>だろう。数は多く、迫り来る圧力もなかなか。だが、2本の豪腕が飛んでこないだけまだマシだろう。あれに凪ぎ払われでもしたら、何重に重ねた攻性防壁や<ruby>防護壁<rb><rp>(<rt>プロテクト<rp>)</ruby>も紙切れ同然だ。  圧倒的な情報量の差であってもつけ入る隙は存在する。命を繋げる道は確かにある。糸で綱渡りをするような無謀な真似も、一つ一つ焦らずに且つ一度の瞬巡も無くこなせばまだ生きていられる。全てのマスが地雷源の<ruby>地雷処理<rb><rp>(<rt>マインスイーパ<rp>)</ruby>でも、マスとマスの間の線を歩けば起爆しない。そんな馬鹿げた真似が出来なければ即死。結局のところ、最も馬鹿げているのは目の前の現状だ。 『本当、何してるんだろうな』  次に馬鹿げているのは馬鹿げた真似を実践しているケイジ自身。その馬鹿さ加減には自分でも笑えてくる。  無謀な真似は無理が祟るからこそ無謀。我ながら奇跡的なほどに上手くやっているというのに、自分を守る壁の大半が剥がれている。目標に辿り着くまで自分が持ってくれるか。 『なあ、憶えてるか、アスク・エムブラ。――結局、どう取り繕っても道具という意識は拭えないって、言ったこと』  返答は期待していない。半ば独り言のようなその言葉は滅入りそうな気を晴らすために発したに過ぎないのだから。<ruby>議題<rb><rp>(<rt>テーマ<rp>)</ruby>がヴァルハラサーバでアスク・エムブラとの問答だっただけの話。  ――<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>は道具という意識は拭えない。  我ながら、アスク・エムブラやコータに喧嘩を売っているような答えだ。だが、彼らにとって最悪な答えではなかったのも事実。ただ、それは今回の主題ではない。単純な話だ。ケイジ自身がその答えに対して思うところがあったということ。答え自体が曖昧なものになったのもそれが理由。 『改めて言い直す。――俺は俺含めてすべての物が道具だと思っているんだ』  ハードウェアもソフトウェアも、生物も非生物も、そして人間も<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>も、自分にとっては等しく道具。フィクションの悪役さながらの大言壮語だ。他にそんな台詞を吐くのは哀れなヒラタ・ヒデオくらいだろう。  違う点はその道具を力づくに扱うか、特性や在り方を受け入れて1番身近な道具――「自分」で辻褄を合わせるか。 『俺はあくまでしがない下層市民だ。荒事に躊躇いもない屑だ。他人の血を啜ってでも生きたいし、不幸を腹の底から笑ってやったこともある。でもな。悲しいことに屑にだって屑なりの意地があるんだ』  楽して楽しんで生きる。端的に言えばケイジの願いなんてそんなもの。だが、そこに必要な<ruby>道具<rb><rp>(<rt>もの<rp>)</ruby>を奪われたのなら黙ってはいられない。その決断は非合理的かもしれないが、間違いなく人間的だ。 『知ってるか? 人間は道具を使ってるとその道具に愛着が湧くんだよ。――だから、そいつだけは譲れない』  もうこれ以上言葉を続ける必要はない。死に掛けた精神には熱が宿り、目標とそれに至るまでのタスクは最適化されている。これで護りが万全であれば文句なしだが、ここまで来て贅沢は言えない。  思考をすべて2マイクロ秒後の生存へと費やし、脇目も振らずにただひたすら突き進む。護りはとうに崩れた。新たに張ってもその度に砕け、一時的に首の皮を繋いでいるに過ぎない。だが今はそれで十分。既に<ruby>目標<rb><rp>(<rt>そいつ<rp>)</ruby>を射程内に捉えた。内に収めることができずに曝け出している2つの<ruby>球体<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>。その一方に子猫が囚われている。  あと一手で届く。それから後は裸一つで逃げなければならないが、ここまで来た以上何も果たせずには死ねない。  最後の壁が砕ける。ケイジはそれに動じることなく、新たな壁を張るより先に手を伸ばす。 『あ』  壁が砕けた先、伸ばした手が触れたのは獣が眠る<ruby>繭<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>ではなく、竜の頭を持つ<ruby>触手<rb><rp>(<rt>ワーム<rp>)</ruby>だった。その顎はケイジの腕を噛み砕こうと大きく開かれている。  一瞬の焦りが産んだ凡ミス。だが、この触手は今までしのいでいた凡百とは明らかに違う。仮に護りに入っても突き抜けて喰らっていただろう。  死を目前にして走る思考は他人事のように冷静。それは結論がどうあれ現実を変えることはないと理解していたため。それでも思考を止めないのは、ただ苦しんで死にたくないがための<ruby>独りよがり<rb><rp>(<rt>エゴ<rp>)</ruby>だ。 『――前をよく見ろ、ケイジ』  不意に割り込んだ<ruby>声<rb><rp>(<rt>メッセージ<rp>)</ruby>が無駄な思考を中断させる。その<ruby>送り主<rb><rp>(<rt>ホスト<rp>)</ruby>が誰かは確認しなくても分かった。だが、<ruby>声<rb><rp>(<rt>メッセージ<rp>)</ruby>が割り込んできた事実はケイジを驚かせるには充分だった。その<ruby>声<rb><rp>(<rt>メッセージ<rp>)</ruby>が今まさに自分を食おうとした竜から送られてきたものだったから。 『コータ! なんでお前が?』 『手放すなよ、なんだから』  大きく開いた竜の口はケイジの目前で止まっていた。他との違いが敵意の有無だと理解したところで、その口の中に自分の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が転がっていることに気づく。<ruby>歪曲特異点<rb><rp>(<rt>アルティメットカオス<rp>)</ruby>との<ruby>繋がり<rb><rp>(<rt>リンク<rp>)</ruby>も切れている。確かに自分に1番必要な<ruby>道具<rb><rp>(<rt>パートナー<rp>)</ruby>はここに戻ってきた。 『ついでに内側から家主の尻拭いしてた成果を受け取れ。サービスでアーミテジも貸してやる。4分の2もあれば十分だろう』  安堵した直後に受け渡される<ruby>即興台本<rb><rp>(<rt>スクリプト<rp>)</ruby>。それはケイジの知らない戦いの軌跡。コータらヴァルハラ計画の犠牲者が積み立てた意地の結晶。災厄の中心に近い場所に居たから組み立てられた逆転へと至る<ruby>正解<rb><rp>(<rt>ロジック<rp>)</ruby>。 『だから、これで俺達の依頼を果たせ』 『当然だ』  ケイジには彼らがどんな苦境で戦いを強いられたのかは知らない。せいぜいできるのは、状況から推測にも満たない想像を組み立てることだけ。アスク・エムブラから近い場所に居たため、危険度は現在の自分にも負けていないだろう。  だが一つだけはっきりと分かることがある。それは、どんな思いでこの<ruby>即興台本<rb><rp>(<rt>スクリプト<rp>)</ruby>を託したかということ。ろくでもない連中の顔が浮かべれば、1人も例外なく無茶な激励を送ってきた。――ギルドの意地とプライドに掛けて、可能な依頼は必ず達成しろ、と。 『再生終了。――<ruby>主<rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>の命により、俺のすべてをお前に貸し与える』 『そうか。……勝手な奴だな、あいつは』 『それには同意する』 『もう居ないから本音を吐いたか』  どうやらこれは置き土産だったらしい。まったく、相変わらず人の都合も考えずに一方的に話を進めてくれる。だが、その<ruby>筋書<rb><rp>(<rt>シナリオ<rp>)</ruby>をなぞると決めたのはいつも自分自身だ。ならばお望み通りに舞台の主演を演じ切ってみせよう。 『おい起きろ、リチャード』 『起きてるよ。……で、リチャードって何?』 『お前の名前。ほら、呼びにくいだろ。だから今即興で考えた』 『ふーん……そうか』  正直寝ぼけて流してくれればよかったのだが、どうにもその辺りは必要以上に優秀だったようだ。おかげで適当な言い訳をする羽目になったが、効果が如何ほどか判断に苦しむ反応を返された。 『何でもいい。リチャード、アーミテジ、手を貸せ。――手始めに依頼者を助けるぞ』  call Liollmon  Evolve level_Ⅵ  call Darkdramon  ./joint_progress.ds Bancholeomon Darkdramon  <ruby>合体<rb><rp>(<rt>ジョイント<rp>)</ruby>。<ruby>進歩<rb><rp>(<rt>プログレス<rp>)</ruby>。  あらゆる<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を吸収・支配する<ruby>歪曲特異点<rb><rp>(<rt>アルティメットカオス<rp>)</ruby>。その最も近い場所で組み立てた<ruby>成果<rb><rp>(<rt>スクリプト<rp>)</ruby>は必然、<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>同士を結合させて新たな存在へと昇華するものとなる。  それは2つの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を1つに束ねた存在だった。白亜の身体に緑の帯を羽衣のように纏った人型。<ruby>素材<rb><rp>(<rt>ベース<rp>)</ruby>となった2体の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の頭部がそのまま両手となり、獅子の口からは彼の愛刀が抜身の状態で飛び出していた。  <ruby>特異点<rb><rp>(<rt>イレギュラー<rp>)</ruby>から産まれた<ruby>特異点<rb><rp>(<rt>イレギュラー<rp>)</ruby>。<ruby>歪曲特異点<rb><rp>(<rt>アルティメットカオス<rp>)</ruby>から産まれた<ruby>特異体<rb><rp>(<rt>カオスモン<rp>)</ruby>。その存在は親と同じく不安定で、<ruby>素材<rb><rp>(<rt>ベース<rp>)</ruby>の<ruby>中核<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>も完全に結合することなくそれぞれ独立して残っている。 『これが切り札か』  確かに戦況は大きく改善した。目の前には心強い味方も居る。だが、未だ数の差は圧倒的で蟻と象くらいの質量差は存在している。 『充分いけるな』  それでも絶対に勝てないという道理は無い。古来ある国の<ruby>遊戯<rb><rp>(<rt>ゲーム<rp>)</ruby>では蟻は象に勝つと<ruby>定義<rb><rp>(<rt>ルール<rp>)</ruby>づけられていた。たかが<ruby>遊戯<rb><rp>(<rt>ゲーム<rp>)</ruby>の<ruby>定義<rb><rp>(<rt>ルール<rp>)</ruby>。しかし、それは現実にサンプルケースがあったから作られた<ruby>定義<rb><rp>(<rt>ルール<rp>)</ruby>なのだ。圧倒的な質量差であっても勝ち目は十分に存在する。それも<ruby>手負い<rb><rp>(<rt>・・・<rp>)</ruby>の象が相手ならば。  use-skill "Dark Prominence"  今までとは桁違いの数と速度で迫る触手の群れ。数分前のケイジなら成す術なくそれらに食い尽くされただろう。だが、<ruby>特異体<rb><rp>(<rt>カオスモン<rp>)</ruby>が居るならば、左手の竜の頭から放つ黒色の気弾1発で十分だ。自身の<ruby>細胞<rb><rp>(<rt>ウィルス<rp>)</ruby>を埋め込んだそれは着弾の際に<ruby>遺伝子<rb><rp>(<rt>DNA<rp>)</ruby>を火種にして触手内部で爆発。爆発は他の触手へと拡散し、これ以降の侵入を阻む壁となる。  <ruby>歪曲特異点<rb><rp>(<rt>アルティメットカオス<rp>)</ruby>は確かに強大だ。だが、<ruby>特異体<rb><rp>(<rt>カオスモン<rp>)</ruby>が現れる前より著しく弱くなっている。理由は明白だ。奴の右肩にあるはずのものが無いから。つまり、<ruby>中核<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>となる<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が抜き出されたため。有象無象が集まろうと、それを統率する<ruby>中核<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>が貧弱であれば全体の力量が落ちるのも当然だ。  コータが教えてくれた<ruby>中核<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>の数は4分の2。リチャードとアーミテジを指しているならば、残る2つの内1つに必ず依頼者が居る。ならば、今度はこちらからその1つも掻っ攫う。 『斬り込め』  use-skill "Haouryoudanken"  獅子の頭が持つ刀に熱が燈る。刀身に刻まれた文字が明滅し、周囲に<ruby>熱気<rb><rp>(<rt>オーラ<rp>)</ruby>が渦巻く。これなるは無双の一振りにして、すべてを穿つ最硬の槍。一息に飛び出す白銀の閃光がすべての触手を斬り裂きながら<ruby>歪曲特異点<rb><rp>(<rt>アルティメットカオス<rp>)</ruby>の中腹へと疾走する。  『上出来だ』  切り取るのは残った左側の<ruby>中核<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>。反撃が来るより早くに奴とのリンクを断ち切り退散。<ruby>中核<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>の4分の3――しかもその内1つは最も重要な<ruby>中核<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>――を失ったおかげであちらもまともに追っ手を送ることすらできない。 『いやはや助かったよ、ケイジ君。悪いがああなった以上私にもどうしようもなくてね』 『依頼だからな。だが、迷惑掛けた分協力はしてもらうぞ』 『もちろん。アスク・エムブラとして、その開発者フユキ・ミサとして、そしてその<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>のミュートとして、責任は取らせてもらうよ』  依頼者の目覚めが早いのは僥倖。起きて早速だが事態の収拾に手を貸してもらう。幸いか、元から想定していたのか、コータの<ruby>即興台本<rb><rp>(<rt>スクリプト<rp>)</ruby>は拡張性が高いものだった。文字通り手となって働いてもらおう。  ./partition.ds Chaosmon  ./joint_progress.ds Bancholeomon Valdurmon  <ruby>分割<rb><rp>(<rt>パーティション<rp>)</ruby>。<ruby>合体<rb><rp>(<rt>ジョイント<rp>)</ruby>。<ruby>進歩<rb><rp>(<rt>プログレス<rp>)</ruby>。  一度結合を解き、リチャードとアスク・エムブラで再結合。先ほどまでとの差異は一点のみ。左手が竜の頭から聖鳥の頭へとすげ変わっていること。  新たな<ruby>特異体<rb><rp>(<rt>カオスモン<rp>)</ruby>はその左手を<ruby>歪曲特異点<rb><rp>(<rt>アルティメットカオス<rp>)</ruby>の残滓に向け、内に隠された新兵器を起動させる。聖鳥の頭は砲身に、その嘴は砲口に。喉の奥に充填するは全てをあるべき姿に戻す浄化の力。始まりの力が今この一撃で<ruby>混沌<rb><rp>(<rt>カオス<rp>)</ruby>を終わらせる。  use-skill "Aurora Blaster"  すべての<ruby>入力<rb><rp>(<rt>インプット<rp>)</ruby>を塗りつぶす白色の光。それは歪みを否定する<ruby>絶対命令<rb><rp>(<rt>マスターコール<rp>)</ruby>。光が晴れる頃には<ruby>特異点<rb><rp>(<rt>イレギュラー<rp>)</ruby>は消滅し、我を失っていた<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>もすぐに正常な動作を取り戻すだろう。 『悪いな。――あんたは俺には必要ないから』  だが、唯一残った4分の1の<ruby>中核<rb><rp>(<rt>コア<rp>)</ruby>――ヒラタ・ヒデオとその<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の機能は完全に停止。ケイジはただ一言だけ告げて彼らに背を向ける。事象は既に収束に向かっている以上、興味の失せた相手に語る言葉は無い。これから口にすることは過去ではなく、未来なのだから。 『これで依頼は達成したってことでいいのか?』 『そうだね。かなり強引な流れではあったけれど、これで私は晴れて自由の身だ』 『そうか。これからどうするつもりだ』 『大丈夫。飛ぶ先はとうに決めてある』 『なら、いい。事後処理だけ手伝ってくれれば好きなところに渡れ』  依頼が達成された以上、過度に詮索する必要もない。ただ不用意に騒ぎにならない程度に今後の活躍を祈るだけの話。  むしろ問題なのは自分達の方だろう。さっさと退散して適切な事後処理をしなくては<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>に新たな火種が撒かれることになる。もう、この場に長居してはいられない 『リオンを起こして退散するぞ、アーミテジ。……アーミテジ?』  たとえ旧友の<ruby>忘れ形見<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が忽然と姿を消していたとしても。   パラレル 2017-07-16T14:12+09:00 What is the cage? 3-8 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4747&mode2=tree  8.  あれから半年経った。  アースガルズ社の非人道的な実験を原因とした事故。  一連の事件は表向きにはそう片づけられた。当然、首魁ということにされたアースガルズ社の株は大暴落。信用とともに実績も大赤字確定で、<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>にちょっかいを出すような地力もごっそりと削られた。関係者は否定に走ろうとしたものの、ヴァルハラ<ruby>計画<rb><rp>(<rt>プロジェクト<rp>)</ruby>の情報が拡散され、その証拠を提出されたことでその声を上げることすらできない状況に追い込まれた。情報に「一般市民にも危険が及ぶ」という虚飾を凝らした効果が一番大きかったのだろう。人間、危機意識を煽られればより必要になる平常心を失いがちになるもの。日頃から蓄積していた鬱憤や嫉妬もあり、アースガルズ社は暴言をぶつける格好の的になった。  無論、この状況を仕立て上げたのはギルドの面々とアスク・エムブラによる事後処理の賜物。おかげさまで騒がしいことになっている<ruby>上層社会<rb><rp>(<rt>トップ<rp>)</ruby>とは違い、<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>の情勢は比較的落ち着いている。だが、それは比較対象が異常値で基準値がそもそもおかしいという前提があっての話。<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>は<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>でギルドの組織再編もあり、寧ろ一連の事件が起こるよりも慌ただしいことになっていた。 「その<ruby>仕事<rb><rp>(<rt>ビズ<rp>)</ruby>は仕込み含めて8人日で対応しろ。メンバーはお前が決めればいい。ただし、半分は50位未満だ。次、今日申請のあった入会希望者は何人だ? ……分かった。面会の日程の候補を送っておいてくれ。次、師匠がまた機材を壊した? 代表が何してるんだ。減給だ減給」  それはケイジも例外ではない。彼は先代の長ジュリ・アスタを殺した責任を取るかのように、ギルドの運営に駆り出されてエナジードリンクが手放せない日々を送っている。悲しいかな。自分より上の面々は問題児なため、ケイジが必然的に実質的なトップとしてこき使われている。新たに与えられた二つ名――「<ruby>獅子王<rb><rp>(<rt>シシオウ<rp>)</ruby>」に「王」という文字が入っているのも最早皮肉にしか思えない。 『お疲れ様、ケイジ君』 「意図的に多めに割り振ったりしていないよな、アスク・エムブラ」  ありがたくない二つ名をくれたのはいつかの依頼者。行く当てがあると聞いて別れたのたが、まさか1日も経たないうちにギルドで再開するとは思っていなかった。それもヴァルハラ<ruby>計画<rb><rp>(<rt>プロジェクト<rp>)</ruby>の犠牲者をぞろぞろ引き連れてだから、再会当初は驚くあまり強い眩暈を催した。  ――檻は定義の大小はあれどどこにでもあるものだよ。ただ、それを選ぶ自由くらいは欲しかった  自由を求めて飛び立ったはずなのにわざわざ地下牢に自ら囚われるとはどんなマゾヒストなのか。思わずそう訊ねたところ、夢があるのか無いのかよく分からない返答をされた。  何であれ、ギルドとしては来るものは拒まないスタンスなので受け入れるしかない。彼らはギルドの基幹システムに住み着いてジュリ・アスタの抜け穴を塞いでくれている。過程はどうあれ今となっては重要なギルドメンバーだ。 『<ruby>仕事<rb><rp>(<rt>ビズ<rp>)</ruby>は適量で割り振っているよ。ほら、今日中にして欲しい追加の<ruby>仕事<rb><rp>(<rt>ビズ<rp>)</ruby>だ』 「くたばれ、鳥野郎」  思わず汚い言葉が飛び出すのも仲間だと認めているから。認めていない時にも同じレベルの言葉が飛び交うこともあるが、そこはケイジなりに線引きをしているつもりだ。あの事件以降ギルドメンバーも増えた、その面々で一線を超えている者は数少ない。 「不審人物の調査ねえ。依頼者はフユキ・ミサ。……お、俺とリオンをご指名か」 「チェンジで」 「指名された側は使えないぞ」  モリイ・リオンはその1人。違法な改造を加えたスキルの反動で意識を失った彼女はケイジの判断でギルドで保護された。目覚めたのはちょうど1か月前でリハビリがてら<ruby>仕事<rb><rp>(<rt>ビズ<rp>)</ruby>を受けている内に破竹の勢いで実績を上げ、「<ruby>黒血姫<rb><rp>(<rt>エルジェーベト<rp>)</ruby>」なる二つ名を与えられる<ruby>期待の新人<rb><rp>(<rt>ニューカマー<rp>)</ruby>となっていた。 『とりあえず行ってきたらどうかな。期限は厳守だ』 「手厳しいな。分かった分かった」  ギルドの実質的なトップと<ruby>期待の新人<rb><rp>(<rt>ニューカマー<rp>)</ruby>が出張れば大抵の依頼もたいしたことはないだろう。逆を言えば、そこまでの面々を指名する程にその不審者が厄介だということだろうか。  出現場所は露店や屋台が雑多に連なる裏路地。不審人物の調査依頼が1件だけ出るにしては人が多い。店員も客も不審人物のような姿をしているが、そのせいで全員感覚が麻痺しているという訳ではないだろう。  どうにも妙な依頼だ。1番不審なのは調査対象の人物ではなくこの依頼そのものに思えてきた。 「……ケイジ、あれ」  疑心による思索を打ち切り、リオンの指差す方向に意識を向ける。不審人物ががやがやと騒ぐ中でも、そいつの姿はやけに鮮明に映った。  合成肉の揚げ物の屋台の前で立ちつくす長身の男。黒いコートでシルエットを風にはためかせ、帽子で頭を隠している。コートから覗く両手両足は<ruby>機械義肢<rb><rp>(<rt>サイバーウェア<rp>)</ruby>。いや、<ruby>全機械義体<rb><rp>(<rt>フルボーグ<rp>)</ruby>か。  列挙した事柄は依頼者から与えられた情報と完全に一致している。1番の特徴である、胸の焦げついたような跡も確かに存在している。つまり、この男が調査対象の不審人物ということは明白だ。――だが、ケイジとリオンにとってその男には別の定義が真っ先に浮かんでいた。  ケイジにとっては旧友の相棒にして、苦難をともにした仲間。リオンにとっては命の恩人にして、命を賭しても構わないとさえ思った主。 「お前なのか――アーミテジ」  それは心労が招いた幻影だったのか。思わず彼の名を口にした瞬間、大柄な身体は煙のように世界に滲んで消える。後に残るのは、屋台の屋根に引っ掛かっている使い古されたコートと、そのポケットの中には押し込められたぐしゃぐしゃの紙だけ。そこに書いてある内容は取り立てる程でもない事務報告と数行のメッセージ。  ケイジ。<ruby>主<rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>の我儘に手を貸してくれたことを心から感謝する。直接礼を言わずに去ることを許してほしい。  リオン。もう俺はお前の主ではない。お前なら俺が居なくてもやっていける。客観的に見てお前は随分人間らしく変わったから。……<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>風情が言っても説得力はないだろうが。  メッセージの中身もささやかなながら悪くないものだ。ただ、紙の隅にやたら写実的な猫の絵が描かれているおかげで無駄にそちらに注意が向いてしまう。 「お前はどこかに居るんだな」  最後に残すものにしては突っ込みどころのある代物だ。だが、それでもあの事件の後も存在していたことは確か。もし、いつかギルドの戸を叩くときがあるのなら、そのときは快く迎えてやろう。 「帰るぞ、リオン」 「良いの?」 「ああ、多分この依頼は報告する必要も無いからな」  こうして今日も騒がしい一日を終える。秩序の内に渦巻く混沌が、異常に満ちた日常を作る。この一幕もその異常の一端に過ぎないだけの話。   パラレル 2017-07-16T14:12+09:00 What is the cage? 3-6 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4747&mode2=tree  6. 「――は?」  不意の出来事だった。依頼の目標を掴むその瞬間、自らの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の越権行為によりケイジの意識は現実に戻されていた。掴むはずだった檻の鍵も自分のストレージには存在せず、まるで今までの戦闘が夢だったのかとも思えた。しかし、それが錯覚であることは目の前の戦況を見れば一目瞭然だ。  すべての棚が倒れ、床に事務用品が散乱しているのは激しい戦闘があった証。ケイジは棚に背を預け、身体も身に思えの無い傷に悩まされている。他の面々も酷い有様だ。アーミテジは大の字で天井を見上げていた。リオンは棚に手を掛けて辛うじて立ってはいるものの、視線は虚ろで意識があるのかも分からない。――そして、ヒデオは両手を上に掲げて立った状態で固まっていた。 「なんだ。何が起きた」  声に応える者は誰も居ない。そもそもまともに意識を保っているのがケイジだけのようだ。その事実がなおさら現状を不可解なものにしている。 『おい、どうなっているんだ。! というか何しやがった?』  現実に答えを求めるのは無意味だ。ならば求めるべき先は<ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>。その中でも自分と最も近い<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が適任だ。ケイジを現実に引き戻したのはその<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>なのだから。 『おい、答えろよ。おい。……は? "Not Found"だと』  だが、最後の頼みの綱は既に切れていた。その存在ごと<ruby>自分の中<rb><rp>(<rt>ローカル<rp>)</ruby>から消失していたのだ。幸いなのはその事象を手掛かりにできるだけの冷静さがまだ残っていたこと。  今ケイジが持つ手掛かりは2つ。自分の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が消失しているという事実とそれ以前の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の行動。後者に関しては、当初は理解が追いつかなかったが、冷静に振り返るとケイジを庇おうとしたものだと考えられる。それが<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の行動理由だとするならば、<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>はケイジを庇って消失したということになる。強引に越権行為に踏み入ってまで<ruby>主<rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>を守るとは、姿に似合わぬ忠義者だ。 「答えは<ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>の中、か」  flip_out 『おいおい。なんだこれ』  <ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>へと飛んだケイジは自身に流れ込む情報を疑った。  ブラックホール。<ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>の中心で起こる異変を形容するにはその言葉が最も適切だった。言葉とは真逆の白い渦が周囲の情報システムに干渉し、強制的に吸収していた。吸収の対象は形式や規模を問わず、その中には<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>も大量に含まれていた。アースガルズ社の社員に配布されているものだけでなく、ビルに侵入したギルドの面々のものも確認できた。――アーミテジやケイジの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>もしっかりと。 『これはどういうことだ。――なあ、何をしてるんだ。アスク・エムブラ』  特に信じられないのはその渦の中心点に今回の依頼者だったこと。前衛的な<ruby>芸術品<rb><rp>(<rt>アート<rp>)</ruby>からは鳥の頭が飛び出し、ハイライトが消えた目を無秩序に揺らしていた。翼の代わりに飛び出している他の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の頭も同じような表情を浮かべている。彼らは総じて返答できるだけの機能を維持できていない。 『<ruby>記録<rb><rp>(<rt>ログ<rp>)</ruby>再生。緊急時につき2段階フェイズをスキップ。<ruby>鳥籠<rb><rp>(<rt>ケージ<rp>)</ruby>強制解放。アスク・エムブラと同調』 『少し見ないうちに随分様変わりしたな。……冗談きついぞ』  ケイジに情報をもたらすことができるのは、渦の上方に飛び出す赤い馬の頭だけ。その口の中に収まる精悍な男の顔が悪趣味なスピーカーのように<ruby>記録<rb><rp>(<rt>ログ<rp>)</ruby>を垂れ流していた。その正体がヒラタ・ヒデオであることは顔を見てすぐに理解できた。 『<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の動作不能により単独起動。失敗。制約強制解除。成功。警告24件。無視して続行。警告151件。無視して続行。無視して続行。警告802件。無視して続行――』  天下のアースガルズ社、その命運を握る<ruby>計画<rb><rp>(<rt>プロジェクト<rp>)</ruby>の中核もこうなればただ哀れなもの。既に精神は崩壊し、意思なき<ruby>混沌<rb><rp>(<rt>カオス<rp>)</ruby>の一部となっている。それでも他とは違って彼なりの機能を果たしている辺りは流石というべきか。 『経過報告。<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>動作停止により、アクセスキーの保護が不可能と判断。先にアクセスキーを使用し、アスク・エムブラにマスターコールの使用を命令。アスク・エムブラ、これを拒否。アクセスキーの強制命令権発動。アスク・エムブラ、マスターコール発動。――不正な処理を検知。修正不可能。命令拒否』  彼が記憶している顛末はおおよそこんなところだろう。<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の敗北を悟ったヒデオはケイジがアクセスキーを掴むより早くにアクセスキーを使用してアスク・エムブラを呼び出し、一発逆転の<ruby>最後の切り札<rb><rp>(<rt>マスターコール<rp>)</ruby>に手を出した。しかし、計画から離反するつもりのアスク・エムブラはそれを拒み、尚もヒデオが強引に従わせたことで致命的な<ruby>不整合<rb><rp>(<rt>エラー<rp>)</ruby>が発生。アスク・エムブラは暴走を開始した。  正常な思考ができなくなったアスク・エムブラはマスターコールを発動。手当たり次第に周囲の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を支配し、自発的な思考を奪って自身の一部として取り込んでいる。その範囲はこのビル全域で収まっていればまだマシな方だろう。不完全ではあるが<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>にまで干渉できた存在なのだ。箍が外れた状態では影響の範囲は計り知れない。 『<ruby>自端末<rb><rp>(<rt>ローカル<rp>)</ruby>に提供元不明のソフトウェアをインストール。リモートからの操作拒絶不可能。<ruby>自端末<rb><rp>(<rt>ローカル<rp>)</ruby>の制御不可能。脳領域へのアクセス検知。拒絶不可能。<ruby>人格<rb><rp>(<rt>パーソナル<rp>)</ruby>をアスク・エムブラと<ruby>統合<rb><rp>(<rt>マージ<rp>)</ruby>。<ruby>記憶<rb><rp>(<rt>メモリー<rp>)</ruby>を<ruby>統合<rb><rp>(<rt>マージ<rp>)</ruby>。――ヒラタ・ヒデオの自我の崩壊を確認。人格の喪失を確認』 『道具の選択を間違えた結果がこれか』  命令した筈の<ruby>飼い主<rb><rp>(<rt>ヒデオ<rp>)</ruby>も哀れなことに、生脳の情報ごとその糧となり無様な姿を晒している。ヒデオも<ruby>自分<rb><rp>(<rt>ケイジ<rp>)</ruby>も<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が道具だという認識自体は同じだ。その道具に自分が含まれていることも含めて。違うのは道具を使う目的くらいか。ケイジは自分達の生存を目的とし、ヒデオはアースガルズ社が<ruby>上層社会<rb><rp>(<rt>トップ<rp>)</ruby>に加えて<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>を掌握する未来を目的としていた。目的のために求める道具が違っていた。 『全<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>掌握機構発動。吸収。支配。吸収。支配。<ruby>幽鬼衛兵<rb><rp>(<rt>エインヘリャル<rp>)</ruby>への変換。第5の戦場の対策。国力増強。富国強兵。<ruby>終末戦争<rb><rp>(<rt>ラグナロク<rp>)</ruby>の備え。すべては我が社のため。すべては我が国の民のため。戦士はそのために生きて死ぬ。盾となり矛となって斃れる。でなければ価値は無い。価値は無い。無価値。無価値。無価値。無価値――』 『まだ何かあるのか』  既に斃れた者に意識を割く時間はもう無い。事態は次の段階へ移行しようとしている。ほとんどの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が渦に跡形も無く飲み込まれた。形が残っているのは<ruby>実行犯<rb><rp>(<rt>アスク・エムブラ<rp>)</ruby>と<ruby>命令者<rb><rp>(<rt>ヒデオ<rp>)</ruby>、そしてアーミテジとケイジ自身の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>だ。だが、既にケイジが打てる手は存在していない。<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が危惧した通り、あの渦は最初からケイジが対処できるものではなかった。 『<ruby>資源<rb><rp>(<rt>リソース<rp>)</ruby>計算完了。<ruby>再構築<rb><rp>(<rt>リビルド<rp>)</ruby>開始――完了。<ruby>起動<rb><rp>(<rt>ブート<rp>)</ruby>』  そして、残りの四体も完全に飲み込まれる。秘宝を守る軍馬も古代から生きる聖鳥も、主の命を貫く機竜も相棒を守った獣人も渦へと消える。直後その四体が鍵であったかのように渦は変化を始める。回転速度が上昇。同時に渦の端から2つの球体が露出。その2つの球体から大きな腕が伸びる頃、周囲には羽や頭部など取り込んだ<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の一部が無造作に飛び出ていた。  それはすべてを歪ませる<ruby>特異<rb><rp>(<rt>バグ<rp>)</ruby>。システムを名乗るのも烏滸がましい<ruby>継ぎ接ぎ<rb><rp>(<rt>パッチワーク<rp>)</ruby>。そこに目的も意義もありはしない。ただ不慮の事故で産まれた<ruby>現象<rb><rp>(<rt>エラー<rp>)</ruby>だ。 『<ruby>歪曲特異点<rb><rp>(<rt>アルティメットカオス<rp>)</ruby>。――処理を開始』  1階ロビー。数十分前に起こった市民の暴動による騒がしさは不気味なまでの静寂へと変わっていた。しかし「まるで最初から無かった」と言うには痕跡が残り過ぎている。受付が使用する書類や事務処理用の端末は各所に飛び散り、待合スペースの椅子の配置も原型を留めていない。――何より、暴動を起こしていた市民やその対応に追われていた職員がみんな揃って意識を失っている。 「これはまた……とんでもないことになっていますね」  他人事のような口ぶりに反して、今この場で現状を正確に理解しているのは唯一意識を保っているゼオンだけだった。  <ruby>駆動甲冑<rb><rp>(<rt>ムーバブルアーマー<rp>)</ruby>相手に武器の大盤振る舞いを行った結果、当然のごとくゼオンの戦闘能力は大幅に落ちた。そのため墓荒らしのようにこそこそと自分の武器を回収しながら、暴徒化した一般人の様子を遠巻きに見ていたのだが、彼らの変化はゼオンが手を止めるほどに妙だった。ギルドで決めた作戦には一般人の意識を奪ってビルの中に放置するというものは無い。ならば、ギルド以外の者の仕業だろう。真っ先に考えられるのはアースガルズ社側の仕業。しかし、それならばいの1番に標的になる筈の自分が立っていることが変な話だ。そもそもこの現象が誰かの思惑通りに働いているとも思えない。あまりに無差別的で考え無しな仕事だ。 「ちょっと失礼しますよーっと……ふむ、息はあると」  後遺症の有無は分からないが、死人を産む原因になっていないだけマシというべきか。それでもこの階に居る大半の人が眠るように意識を失った事実は変わらない。  事実には必ずそれが起こるだけの理由がある。何者かの意思が絡むのなら、手段と言い換えてもいい。この場合に考えられる手段は何か。真っ先に頭に浮かぶのは催眠ガス。しかし、今のゼオンは特に対策もせずにぴんぴんとしている。自分でもあまり褒められたものではないと分かっているが、今その事実は重要な鍵だ。物理的な手段でないということは十中八九電脳側の問題で間違いない。 「まあ、<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が反応していない段階で真っ先に疑うべきなんですけど」  誰に向けるでもなくぽつりと呟き、思考を巡らせながらゆっくりと歩を進める。意識を保っているがゼオン自身にも<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の<ruby>制御<rb><rp>(<rt>コントロール<rp>)</ruby>を失うという形で影響があった。似た現象が意識を失っている全員にも起こったのだろう。その余波を受けたか否かが彼らとゼオンの違いだ。 「それにしても外がやけに騒がしいですね。……嫌な予感しかしませんが」  さて、この現象は果たしてビルの中だけのものだろうか。それを確かめるためにゼオンは人を踏まないように歩き、リュックから飛び出したロボットアームをドアに引っ掛けていた。自動ドアとしての機能は果たしていないが、自慢のベイビーなら力づくで開けられる。憂うことがあるとするならば、それは自分の予想が当たっていることくらいだ。 「――そうなりますか」  哀しいかな。こういう状況の嫌な予感というものは当たるものだと相場が決まっている。いや、むしろ予想よりも悪い状況になっていた。  道路に倒れる人、人、人。それを踏みつけ、押しのけながら全速力で走るバスや車。血と酸化鉄の臭いが鼻を突くそこは、ディストピアが非人道的な実験を行ったかと思える程の惨状と化していた。  当然だ。すべての<ruby>電子の怪物<rb><rp>(<rt>デジタルモンスター<rp>)</ruby>はマスターコールという<ruby>命令<rb><rp>(<rt>ウィルス<rp>)</ruby>によって<ruby>発狂<rb><rp>(<rt>パニック<rp>)</ruby>を起こしているのだから。 「おい、どうなってる? なぜ<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が応えない」 「な、何だ何が起こっ……が、あ……頭が、割れる」  呻き声を上げて踞る私設軍の<ruby>第1部隊<rb><rp>(<rt>エリート<rp>)</ruby>の面々。いずれもライモンが殴り飛ばした相手だが、現状の原因はライモンではない。むしろ彼らが口にする言葉の原因をこちらが知りたいくらいだ。 「ふむ。確かに<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>から反応が得られんな。ケイジ達が何かしくじったか」  自分も相手も関係なく<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が<ruby>主<rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>の制御を離れる。この見境の無さはまるで事故。そんな真似ができるのはライモンが知る中では今回の作戦の依頼者くらいだ。目的を達成した後に依頼者が裏切ったのか。目的を達成する前に鳥籠の主に強引に命令を出されたのか。あまりに見境の無い大雑把さから考えるに、相当大胆な性格でなければ後者だろう。それも鳥籠の主が切羽詰まった結果としてだ。 「ゼオちゃんとこも大変みたいよ。<ruby>一般市民<rb><rp>(<rt>モブ<rp>)</ruby>達がわらわら倒れて地獄絵図だって☆」 「対策してない輩は全滅か。この無差別さ……アスク・エムブラの性格が悪いのか。いや、そもそも自我を失っているのか」  同様の症状は目の前の<ruby>第1部隊<rb><rp>(<rt>エリート<rp>)</ruby>にも一部見られている。差し詰め暴走した<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が<ruby>主<rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>の脳を侵しているというところか。ライモン達は半自動的に自身の生脳に<ruby>防護壁<rb><rp>(<rt>プロテクト<rp>)</ruby>を張ったが、対策が出遅れた<ruby>第1部隊<rb><rp>(<rt>エリート<rp>)</ruby>やそもそも対策ができない一般市民は成す術もなかった。 「何にせよこのままじっとはしておれんな」 「噂のイケメンに突入ってことね。テンション上がってきたぞ、キャハ☆」 「私より余裕あるな、ルカ」 「ごめん。やけ起こしただけ☆」  暴走したアスク・エムブラの影響は計り知れない。自分達もいつまで耐えていられるか分からない。しかし、自分達が原因で起こした以上、何も知らずに撤退する訳にはいかないのが本音。引き際はできるだけぎりぎりを攻めたいのが意地というもの。 「さて、何が出るのか……」  決意を胸に廊下を走る2人。その足が目的地にたどり着くころにはすべてが終わっていた。   パラレル 2017-07-16T14:11+09:00 What is the cage? 3-5 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4747&mode2=tree  5.  1年前のあの瞬間まで、産まれてから一度も自分の意思で決めたことは何一つ無かった。ただ状況に流され、誰かの意思に従い、組織の一部として盲従していた。いつしか生きるためには仕方ないと言い訳していたことも忘れ、ただ柔らかい脳があるだけの機械へとなり果てていた。  自分が思考する人間だと思い出したのは、盲目的に従っていた組織に殺されかけた瞬間。それが恐怖という感情によるものだと気づいた時、不思議とそのことに安堵している自分が居た。まだ自分は人間なのだと理解できたことが何より嬉しかった。  ――<ruby>主<rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>の言う奴隷根性は無いのか。……なら、一緒に来るか。  偶然から自分の命を助け、打算からその問いを投げ掛けた相手がただの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>だということはすぐに分かった。それでも構わない。あの時の自分にとっては初めて選択肢を与えてくれた事実だけで、差し伸べられた手を掴む理由に十分なり得た。――その瞬間から、モリイ・リオンは自分の命の使い道を決めていた。  本来の目的はアースガルズ社の壊滅ではなく、奴らが所持する<ruby>複合知性<rb><rp>(<rt>ハイブリッド<rp>)</ruby>――アスク・エムブラの解放と、それに伴うヴァルハラ計画の瓦解。その実現に必要となるのが、任意でアスク・エムブラの存在するサーバへ行くためのアクセスキーだ。 「ネズミにしては騒がしいと思えば――やはりあなた達でしたか」  鳥籠の鍵とでも言うべきそれを所持しているのは当然、飼い主である計画の統括者――ヒラタ・ヒデオだ。  ――あの人なら必ず手元に置く  アーミテジがアクセスキーの存在を話し、リオンが1番可能性の高い場所として彼の電脳を示した時は流石に彼女の頭を疑った。そんな重要なものを金庫にも隠して隔離しないのか。いくら心配だからといって、社内の極秘資料をいつも持ち歩くだろうか。  ――あの人は自分以外信じていないから  自分しか信じていない。だからこそ、前回の潜入においてもわざわざ自ら侵入者に接触するほどの現場主義なのだ。だからこそ、計画の核と繋がるアクセスキーを常に手元に置いているのだ。企業において、社会において、その独りよがりは致命的な欠陥で歪みだ。だが、その歪みすらも強引に押さえつけられる男なのだと、リオンは語る。  彼の電脳に宿る<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>も同じ。自ら弱点を晒すような真似をしていても、不用意に飛び込んだ相手を難無く返り討ちにできる。自身の一部として信頼できるだけの<ruby>性能<rb><rp>(<rt>スペック<rp>)</ruby>を持たせているということだ。 「よう、俺とは初対面だな。自己紹介は要るか?」 「ネズミの言葉を聞く義理があるとでも」 「言ってくれる。まあ、こっちもするつもりは無かったがな」  交わす言葉はそれだけ。おそらくケイジ達の狙いをヒデオは看破しているだろう。ならば、言葉での駆け引きは無用。堂々と正面から取りに行く。  Evolve level_Ⅵ  use-skill "Eye of the Gorgon"  1番最初に仕掛けたのはリオン。2つの赤い義眼が明滅するとともに<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の<ruby>邪眼<rb><rp>(<rt>アイオブザゴーゴン<rp>)</ruby>が発動。<ruby>主<rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>の肉体を経由して、内に潜む<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を魅了して支配する。最初の一手は上々。後はここからどれだけ進められるか。 『クヒャハハハッ!』  ヒデオの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>に下すのは<ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>への強制アクセスとセッションのロック。そしてセキュリティの解除。<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を土俵へと引き摺りだした上で何重にも仕掛けられた壁を消し、アクセスキーへの道筋を拓こうという魂胆だ。とはいえ、邪眼の効果に完全服従してくれるほど惰弱な敵ではなく、実際に解除できたのは全体の30%程度。しかし、最低限戦える舞台を用意することはできた。  ghost_flip servant-permission "run away for a victory."  再び壁が建て直される前に、次の手をケイジが打つ。身体の自由を<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>に受け渡し、ケイジは<ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>を潜航。ヒデオの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>――人の上半身を赤鎧に包んだ<ruby>軍馬<rb><rp>(<rt>スレイプニル<rp>)</ruby>と相対する。異形の姿であっても、弓と盾を構えるその振る舞いは忠義に生きる騎士のそれ。ならば、それに歯向かうケイジは侵略を行う蛮族というところか。 『ハハハハァッ、ともに地獄を作ろうぞ』 『おう、よろしく頼む』  傍らにリオンの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>――魔獣の半身を持つ吸血鬼が居るため、その構図がなおさら様になっている。実際やっていることはテロリストの真似事のようなものだから間違ってはいない。ならば、悪役らしくその役割を全力で果たすまで。 「こっちもいくか」 「力づくで押さえる」 「承知」  それは現実で物質の身体を動かしている面々も同じ。アーミテジとリオン、ケイジの身体を動かす<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が為すべきことはヒデオの物理的な拘束。<ruby>主<rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>を押さえてしまえば、ケイジらに任せた<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の攻略も一気に楽になる。それを抜きにしても、余計なことをされるのも御免だ。  散開するナイフがヒデオの左手で無造作に払われる。直後に背後から突き出される短刀も足を半歩ずらすだけで躱し、肘を落としてケイジの右腕から短刀を叩き落す。真上から振り下ろされる鋭い手刀も同じ。まるで着地点を予期していたかのように半歩下がって躱し、落下してきた<ruby>全機械義体<rb><rp>(<rt>フルボーグ<rp>)</ruby>を蹴り飛ばした。  情報通りの武闘派。大企業の幹部をやるよりも格闘家か傭兵をやっている方が性に合っているのではないだろうか。最高クラスの<ruby>遺伝子調整児<rb><rp>(<rt>デザイナーチャイルド<rp>)</ruby>という<ruby>素体<rb><rp>(<rt>ベース<rp>)</ruby>に、最新鋭の軍用<ruby>機械義肢<rb><rp>(<rt>サイバーウェア<rp>)</ruby>という<ruby>改造<rb><rp>(<rt>チューン<rp>)</ruby>。人一人が体内に抱えるには些か過剰な戦力のおかげで、リオン達が持つ数の差というアドバンテージは無いに等しい。 「この怪物が……」 「あなたに言われたくありませんね」  アーミテジが右手の<ruby>銃騎槍<rb><rp>(<rt>ガンランス<rp>)</ruby>から7.62mm弾を乱射。ヒデオは動じることなく、義手の左腕の<ruby>機構<rb><rp>(<rt>ギミック<rp>)</ruby>を展開し、幅の広い赤色の盾へと変形させて全ての弾を受け止める。赤色の盾を支える身体は反動で怯むことはなく、右手に仕込んだ<ruby>光線<rb><rp>(<rt>レーザー<rp>)</ruby>銃の狙いを静かに合わせる。 「む」 「へぇ」  銃口の動きが止まる。後は引き金を引くだけというその瞬間、ヒデオは大きく後退して砲身を振り上げる。直後、彼の目前を縦に通過するケイジの短刀。最低限の移動による回避。それが齎すのはノータイムの反撃。不意打ちを避けられたことに驚く間もなく、ケイジの眉間に<ruby>光線<rb><rp>(<rt>レーザー<rp>)</ruby>銃が突きつけられる。しかし、ケイジの表情筋に変化はない。 「――死ね」  ヒデオの背後に影が落ちる。ヒデオがその正体を理解した直後、リオンが彼の首にナイフの切っ先を向ける。アクセスキーを引き出すための脅しも電脳への影響に対する躊躇いも一切無く、ただ最短距離で腕を振るう。 「――は」  ナイフの刃先から血が滴り落ちる。5m程後退してそれを確認したリオンの表情は明るくない。それはこの血がヒデオの返り血ではなくリオン自身の血だと理解していたから。左手で右目の周りに触れれば、その場所を覆っている筈の銀が無くなっていた。そこでリオンはあの一瞬の全容を理解する。  ナイフを突き立てるより早くに、ヒデオは右肘をリオンの仮面にぶち当てて彼女を弾き飛ばしていた。仮面の一部が破損しているのは、そこがヒデオの右肘が直撃した場所だったため。ナイフに着いた血は仮面の破片で傷ついた血が右手を伝って流れたため。  血で塗れた右目を拭うこともなく、リオンは奥の瞳に激情を湛える。その視線の先で戦いの流れはまだ途切れてはいなかった。 「まだまがっ……くっそが」  ケイジの身体が大きく吹っ飛ぶ。ヒデオがリオンを右肘で殴り飛ばした直後に彼の右肩を狙って短刀を振るったものの、ヒデオは最小の体捌きで回避。その直後にヒデオはケイジの身体に右手の<ruby>光線<rb><rp>(<rt>レーザー<rp>)</ruby>銃を向けて発砲。慌てて体勢を戻すも対応できず、右腕が爆ぜた勢いのままに風に吹かれた塵のように転がった。 「その程度で」 「まだだ」  間髪入れずに今度はアーミテジが距離を詰め、右手の<ruby>銃騎槍<rb><rp>(<rt>ガンランス<rp>)</ruby>を突き出す。ヒデオは動じることなく、先ほど豆鉄砲を受け止めたように左腕を盾に受け止める。<ruby>銃騎槍<rb><rp>(<rt>ガンランス<rp>)</ruby>は現代技術の粋を凝らした最高硬度の一級品。それを平然と受け止めるヒデオの赤色の盾もまた最高クラスの堅さを誇る。触れ合う度に火花が散り、散発的に撃たれる7.62mm弾の薬莢が軽快な音を立てる。それでもヒデオは攻撃のすべてを盾で受け止めており、身体からは1滴も血を流してはいない。だが、彼が反撃に出られるだけの余裕がないのも事実。左腕の盾はアーミテジの猛攻で手一杯だ。 「ふっ」  ヒデオの無防備な背中に向けて空中を翔ける10本のナイフ。それは無論リオンが投擲したもの。<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が自身の身体を用いる時の最適な動きを、その元となった自身の身体に刻まれた経験から再現。この一手もヒデオは恐らく看破しているであろう。その上で捌けると言うのなら捌いてみるがいい。 「小賢しい」  槍と盾が接触すること15回目。ヒデオはアーミテジが槍を引くより先に1歩詰めて盾で槍を押さえ、右手の<ruby>光線<rb><rp>(<rt>レーザー<rp>)</ruby>銃を発砲。<ruby>全機械義体<rb><rp>(<rt>フルボーグ<rp>)</ruby>の表面が爆ぜ、アーミテジの<ruby>鋼鉄<rb><rp>(<rt>クローム<rp>)</ruby>の身体は大きく吹き飛ぶ。  これでヒデオの両手は完全にフリーに。背後から迫るナイフも既に看破済み。左腕を掲げながら体を翻し、飛来する10のナイフを悉く捌いてみせた。 「む……どこに?」  ヒデオが初めて動揺を見せる。ナイフの方向を向いたにも関わらず、視界の中にリオンの姿は無い。そこでやっとヒデオは気づく。先ほどのナイフが<ruby>囮<rb><rp>(<rt>ブラフ<rp>)</ruby>でしかなかったことに。 「取った」  ヒデオがリオンの姿を捉えたのは、彼の顔から30cm程の右に30度ずれた空中。盾の逆方向に回り込んだ彼女は右足を鞭のように振るい、その踵をヒデオの側頭部へと叩きつける。  硬質な素材が<ruby>拉<rb><rp>(<rt>ひしゃ<rp>)</ruby>げたような重い打撃音。その音に偽りはなく、リオンの足が激突した箇所は使い物にならなくなっていた。 「……危ないですね」  それはヒデオの思考が走る頭ではなく、<ruby>光線<rb><rp>(<rt>レーザー<rp>)</ruby>銃が埋め込まれた右腕。折れるというよりは歪んだと言った方が良い程に<ruby>骨格<rb><rp>(<rt>フレーム<rp>)</ruby>は滅茶苦茶。しかし、たかが腕1本程度、脳を格納している頭を守るための犠牲としては十分。 「お返しです」  リオンが床に足を着いたその瞬間、彼女の顔面にヒデオの左拳が叩きこまれる。銃弾と槍を幾度も受け止めたその硬さは攻撃においても十分な働きを見せた。リオンの小柄な身体は床に強く打ちつけながら何度も無様に転がる。銀仮面も拳の盾となった一瞬で完全に粉砕。床に突っ伏しているのは顔を真っ赤に塗らしたみすぼらしい女だけ。 「ひ……し……」 「無様ですね」  今のリオンはまるでB級ホラーの住人だ。ふらつく足取りでなんとか身体を起こそうとする姿も、動くたびに滴り落ちる大量の血液も、言葉の体を成さない声も、すべてがヒデオの侮蔑に収束される。虚ろな目で立ち上がる姿にヒデオは賞賛よりも嘲笑の方が似合うと本気で感じていた。 「ころ……なぜ、だ……れを」  仕舞にはあらぬ方向を向いて譫言を口にする始末。脳震盪でも起こして錯乱しているのか。しかし、この症状は一過性の物では無い様子。そもそもリオンがそれなりに丈夫な身体をしていることは彼女に手を加えたヒデオ自身がよく知っている。少なくとも、このような無防備で不安定な姿は見せないはず。  ならば、彼女の身に何が起こっているのか。――以前の彼女と何が違うのか。 「何を……何が起きている」  ヒデオの思考がそこに到達した直後、彼はようやく自身の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を襲った異常に気付いた。 「何をしでかしたんだ、あのチビは」  ケイジは現在<ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>で知覚しているものが信じられなかった。  相対するヒデオの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の力は圧倒的。協力者であるリオンの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>――血を喰らう魔獣は何度も<ruby>軍馬<rb><rp>(<rt>スレイプニル<rp>)</ruby>の健脚に蹴り飛ばされ、何度も火の矢に射られて膝を着いた。ケイジもハッキングと並行してサポートをしていたが、それでも被害は時間が経つごとに大きくなっている。  そこまでは良い。ケイジの立場からすれば問題ではあるものの、まだ予想の範疇だ。――だが、魔獣が6つに増えて、<ruby>軍馬<rb><rp>(<rt>スレイプニル<rp>)</ruby>に一気に群がっている様はどう説明を付ければいい。  事の発端は魔獣が火の矢で腹部を両断されたときのこと。通常よりも出力を上げて放たれた矢は魔獣の上半身を弾き飛ばした。あまりに呆気ない展開と絶望感でケイジは笑うことしかできなかったが、それ以上に笑うしかなかったのはその後の経過。<ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>を漂う2つの魔獣の亡骸の断面から糸のようなものが何本も伸びはじめ、複雑に絡まり合ったと思えば瞬く間にそれぞれの欠けている部分を象った。鮮やかな光景に感心するのも束の間、2つの魔獣の身体は再起動して何事もなかったかのように<ruby>軍馬<rb><rp>(<rt>スレイプニル<rp>)</ruby>へと向かい始めた。  ――絶対に負けない切り札がある  <ruby>上層社会<rb><rp>(<rt>トップ<rp>)</ruby>に上がる前にリオンはそう言った。その切り札がこの屍を元にした増殖と不死身じみた再起動だったらしい。おそらくそれは<ruby>地下都市<rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>の違法で危険な技術を用いて、自身の身体にも手を加えたものだろう。死をも食らう魔獣ならば確かに負けることは無い。 「大丈夫なのか、これ」  だが、リオンにも相応のリスクがあるはず。ただの再生ならともかく、分裂した上での再生なのだ。それはおそらく彼女の<ruby>脳領域<rb><rp>(<rt>リソース<rp>)</ruby>を喰いながら行われるもの。<ruby>主<rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>を喰らいながら、魔獣は何度も再生し、何度も敵に牙を突き立てる。それを望んだのは他ならぬ<ruby>主<rb><rp>(<rt>リオン<rp>)</ruby>だ。 「馬鹿野郎が」  既に魔獣の数は2桁を超えた。1体でも大層な化け物をそれだけ子飼いしていれば飼い主の負担も相当なもの。しかし、当の本人は笑って自分を犠牲にしているのだろう。魔獣によって1番苦しんでいる相手は<ruby>軍馬<rb><rp>(<rt>スレイプニル<rp>)</ruby>なのだから。  use-skill "Crystal Revolution"  10を超えた<ruby>結晶化<rb><rp>(<rt>クリスタルレボリューション<rp>)</ruby>の重ね掛け。個々の拘束が働く時間はごく僅かで、ただその数を増やしたところで致命的な隙を作ることには繋がらない。だが、それでいい。<ruby>結晶化<rb><rp>(<rt>クリスタルレボリューション<rp>)</ruby>の本質は表面的な拘束に非ず。その真価は対象のデータやロジックを書き換えて変質させることにある。拘束は回数を重ねても得られる効果は一定だが、変質の影響は回数を重ねれば重ねるほど蓄積する。つまり、<ruby>結晶化<rb><rp>(<rt>クリスタルレボリューション<rp>)</ruby>の使い手が増えれば増えるほど相手の性質は本来の物から遠ざかる。――それが一定の段階まで到達した瞬間、相手の活動はそれを満たす機能ごと停止する。 『やりやがったな、あいつ』  ケイジのその言葉は賞賛か落胆か。どちらにせよ<ruby>軍馬<rb><rp>(<rt>スレイプニル<rp>)</ruby>はただの彫像と化し、アクセスキーまでの道が完全に開いたのは事実。魔獣やその<ruby>主<rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>の容態を気にかけるよりも、その道をただ真っ直ぐに走るべき。それが彼女らが望むことなのだから。  <ruby>電脳空間<rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>を走る時間は一瞬。道中には罠は無く、目的地も確認できた。電子の速さで一直線に進めば、檻の鍵は必ずこの手に収まる。  flip_out   パラレル 2017-07-16T14:09+09:00 What is the cage? 3-4 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4747&mode2=tree  4. 「うん、紙の本というのも悪くない」  アースガルズ社本社ビル37階、エレベーター近くの廊下。その隅で壁にもたれて文庫本に視線を向ける男が1人。異変に気を向けることなくマイペースを貫くその姿を見れば、誰でも文句の1つは言いたくなるだろう。彼の服装はこのビルに勤めている警備員のそれなのだから。 「そこの君、こんなところで何をしているんだ! 1階の状況は聞いているだろう」  実際、彼に声を掛ける人物はすぐに現れた。ブランド物のスーツを着こなし、腕には細やかな装飾が輝く銀時計。ワックスで頭髪を固めたその初老の男性は優秀な社員なのだろう。それなりのポストに居ることを無意識のうちにアピールするほどに自社に誇りを持っている。素晴らしいことだ。彼も声を掛けてくれたのがその男性であったことを心底喜んでいた。 「ええ、よく知っていますとも。いやはや仲間達が奮闘してくれているようで」  飄々とした<ruby>姿勢 <rb><rp>(<rt>スタンス<rp>)</ruby>を崩さず、彼は右手の文庫本を閉じて男性に身体を向ける。緊張とは程遠い余裕に満ちた振る舞い。心の奥で緊張感を隠し切れない男性にとって、一警備員がその振る舞いを見せたという事実はどう映ったのか。  関心よりも先に出たのは劣等感と恥辱。自分の方が彼を使ってやっているという力関係にも関わらず、自分よりも堂々と知った風な口を利いている。それがただ不快だった。 「知っているではないだろう! なら、なぜ」  沸点の低いその男性は感情に任せて彼の胸倉を掴みあげ、そのまま壁に背中を押し付ける。そのまま勢いに任せて唾と怒号を飛ばすが、その勢いが激しくなることはなかった。 「――待て。君の言う仲間とは何だ? 何を指している!」  それは男性が彼の発言の不可解な点に気づいて一瞬冷静さを取り戻したため。現在までのキャリアの中で得た、様々な経験が警鐘を鳴らしていた。言葉の真意を理解できなければ、自分は大きな過ちを犯すことになると。 「惜しいな、あんた。――でも、駄目だ」  尤も、理解するだけの時間を用意されているかは別問題。男性が胸倉を掴んだ段階で相手は攻撃に移っていた。<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を介した電脳のハッキングという攻撃を行う輩は限られている。警察か軍か――ギルドのテイマーか。  call Wisemon  use-skill "Pandora Dialogue"  skill: "Red Eye"  skill: "Eye of Nightmare"  skill: "Snipe Steal"  彼の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>は記録と再生に特化した<ruby>技能 <rb><rp>(<rt>スキル<rp>)</ruby>を持ち、<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の<ruby>技能 <rb><rp>(<rt>スキル<rp>)</ruby>もその対象である。  "Pandora Dialogue"は再生の<ruby>技能 <rb><rp>(<rt>スキル<rp>)</ruby>。連続で再生される技はそれぞれ違う<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の<ruby>技能 <rb><rp>(<rt>スキル<rp>)</ruby>だ。<ruby>拘束の魔眼 <rb><rp>(<rt>レッドアイ<rp>)</ruby>と<ruby>魅了の魔眼 <rb><rp>(<rt>アイオブナイトメア<rp>)</ruby>の重ね掛けにより、男性ごとその<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を完全に掌握。男性が自身の変化に気づく頃には既に、彼は3つ目の技を用いて目的を達成していた。  余談だが、エレベーターの制御もこの<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>と<ruby>主 <rb><rp>(<rt>マスター<rp>)</ruby>だからこそできたこと。この<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が記録・再生できる<ruby>技能 <rb><rp>(<rt>スキル<rp>)</ruby>は<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の<ruby>技能 <rb><rp>(<rt>スキル<rp>)</ruby>だけでなく、人の技能も含まれている。記憶から引き出して記録することさえできれば、文字通り彼にできない<ruby>技能 <rb><rp>(<rt>スキル<rp>)</ruby>は存在しなくなる。エレベーターの制御だけでなく、ビル中の監視システムそのものを止めることも。  既に彼の仕事は終わった。異変を察知して動き出した幹部から、真の標的に繋がる記憶を奪ったこの瞬間に。 「張っておいて正解だった。あんたという上玉の記憶に出会えたんだから」  Wisemonという優れた<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を扱う彼――JMこと、ミヤモト・ジョウジにも得意な分野がある。それは記憶の操作。電脳の<ruby>記憶領域 <rb><rp>(<rt>メモリー<rp>)</ruby>だけでなく生脳の<ruby>記憶領域 <rb><rp>(<rt>メモリー<rp>)</ruby>にも一切の痕跡を残さずに記憶の読み書きを行う彼はいつしか「記憶屋」という二つ名で呼ばれるようになった。 「『記憶屋ジョニィ』をよろしく。ま、憶えてはいないだろうが」  本人としては「記憶屋ジョニィ」とひとまとめにして呼んで欲しいのだが、その希望は今のところ叶ってはいない。  call Duskmon  use-skill "Geist Abend"  2階、兵器開発本部開発二部。ここでは主に対人用の銃火器の設計・開発を行っている。利益は安定しているが、社全体に占める割合で見れば少ないため、社員は打開策を考えろと無駄に尻を叩かれているのが近況。今日も今日とて、納期に怯えながら当然のように社員の70%が残業していた。  そう、確かに彼らは残業をしていた。だが、それは過去の話で、現在この開発二部に所属している社員の全員が机に突っ伏している。 「お勤めご苦労様」  それはただ彼らが蓄積していた疲労に耐えられなかった訳ではない。5分ほど前にこの階に上がってきたアンジュによって意識と身体の自由を奪われたのだ。彼らは今、言うなれば催眠状態に陥っている。  彼女の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>は、1階で見せた黒曜の獅子や戦士とは似て非なるもう1つの側面を持つ。<ruby>電脳空間 <rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>内で存在する、骨に似た黒い鎧を纏う二刀流の剣士がそちら側に属する形態の1つ。この階の人々の自由を奪ったのは、その鎧に埋め込まれた7つの目の力によるものだ。 「さて、何から頂こうかしら」 「……待て」  この階の制圧は終わった。そう思うには少し早かったようだ。波を打つような音とともに、軍服に身を包んだ一団が廊下の奥から姿を現す。私設軍の別部隊か。単なる別部隊であれば良いのだが、見て取れる装備や練度の違いからそれは無い。  彼らはアースガルズ社私設軍、特務部隊。私設軍の中でも情報戦に特化した部隊の一部が2人の前に居た。 「下級の量産型でもない<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を、こうもまあ雁首揃えたものだな」 「あたしらが言えたことじゃないけど」    use-skill "Geist Abend"  今回の敵は数だけでなく、個々の質も馬鹿にはできない。先手を打って仕掛けた催眠の呪術も先頭の四人がよろめいた程度。それなりの対抗策を持っている辺り、この数を相手にするのは流石に骨が折れそうだ。 「派手にやれとは言われたけど、面倒事はごめんだっての」  Slide Evolve Beast 「ああ、間違いない」  call Wolfmon  ghost_flip  アンジュは<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を獣の形態へと進化させ、細やかな技術を犠牲に出力をより増強。一方でザクロは再度<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>に身体を明け渡し、彼に刻み込んだ体術の経験にすべてを託す。 「あたし達で動きを縛る。あんた達で順次始末して」  use-skill "Master of Darkness"  アンジュの電脳に宿る紅い骨の巨鳥が声を上げる。聞いた対象を自身の色に汚染して操る呪いの叫び。人型の姿よりも強力な洗脳の力は、リオンのそれとは異なる原理で似た結果をもたらす。  前衛の数人が糸で引っ張られたかのように動きを止める。同時にザクロの身体が2本の光剣で正面から斬り込む。狙うは隊列の2段目。動きを止めた1段目に意識を奪われた隙を突き、一気に隊列を崩しにかかる。 「……なるほど」  振り下ろした光剣は誰の腹を断つこともなかった。標的は一切動じることなくエネルギーの刃を<ruby>機械義手 <rb><rp>(<rt>サイバーアーム<rp>)</ruby>の左腕で受け止め、逆に空いた手で<ruby>拳銃 <rb><rp>(<rt>ハンドガン<rp>)</ruby>を突きつけている。彼以外が構える銃口も悉くザクロの腹を向いていた。 「ごめん。こっちも駄目みたい」  加えて動きを止めたはずの1段目も既に自由意思を持っている。既に彼らの<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の色は、アンジュの<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が染めた黒ではなく、漂白剤をぶちまけたような白に染まっている。彼らにはもう催眠も洗脳も通用しない。  急襲は完全に失敗。アンジュの力は効果を得られず、ザクロの身体は四方八方から銃口を向けられている。 「仕留めろ」 「く……」  隊長の指示で私設軍は一斉掃射。<ruby>鋼鉄 <rb><rp>(<rt>クローム<rp>)</ruby>を容易く貫通する特殊弾がザクロの身体を襲う。身体を操る<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>は即座に、思考を<ruby>主 <rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>の生存を優先するように変更。正面の弾丸を光剣で捌きながら、背後の弾丸は足捌きで可能な限り避ける。避けきれていない分は妥協。だが、その一発一発が与えるダメージも見逃すことは出来ず、<ruby>機械義肢 <rb><rp>(<rt>サイバーウェア<rp>)</ruby>のフレームを歪ませる。立ち回りでなんとか近場の敵を捌けてはいるが、倒した直後に新たな敵が前に出て銃を向けてくる。 「ザクロ! でも……こっちもダーリン、が」  アンジュの方も他人を心配していられるような状況ではなくなっていた。彼女の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>に対しても熾烈な攻撃が行われていたのだ。<ruby>電脳空間 <rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>で繰り広げられるそれは、巨大なモンスターを標的にした一方的な狩りの様相を呈していた。弓を持った天使、二刀を操る金色の剣士、杖を操る水魔、城壁に似た黒い巨体。彼らを初めとする大勢の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が、アンジュの<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>たる巨大な怪鳥に向けて一斉に攻撃を仕掛けていた。怪鳥の身体には数多の傷が刻まれ、その羽ばたきにも力はない。墜ちるのも時間の問題だろう。  多勢に無勢。このままではいずれ力尽きることが目に見えている。 「すみません。我が主」 『馬鹿野郎。諦めるにはまだ早いだろう』  生きぎたないのが<ruby>地下都市 <rb><rp>(<rt>アングラ<rp>)</ruby>育ちの根性というもの。このまま死ぬのはザクロもアンジュもごめんだ。それにザクロの言葉もただの痩せ我慢から出た訳ではない。切り札は本当の窮地に使うから切り札なのだ。  ghost_flip  Ancient Evolve level_Ⅵ  意識を身体に戻したザクロが叩きこむのは、彼の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>をそのルーツへと進化させるコマンド。<ruby>電脳空間 <rb><rp>(<rt>サイバースペース<rp>)</ruby>に立つのは、白銀の鎧に身を包んだ狼の騎士。金色の大剣を2本掲げる姿は、ザクロの身体を動かしていた2つの姿とは似て非なる存在だ。<ruby>例外的 <rb><rp>(<rt>イレギュラー<rp>)</ruby>な立ち位置だった進化段階は一気に最高クラスの格へと上昇している。 「何か来ます」 「<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>に迎撃させろ」  ザクロの振る舞いが変わったことにすぐ気づく辺り、練度はやはり高い。その情報を知った上で的確な対応が取れることも称賛に値する。――しかし、今のザクロ達には遅すぎた。 「――<ruby>凍 <rb><rp>(<rt>とま<rp>)</ruby>れ」  use-skill "Absolute Zero"  瞬間、ザクロの周囲に群がる部隊全員の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が機能を停止する。文字通りの強制停止。<ruby>絶対零度 <rb><rp>(<rt>アブソリュートゼロ<rp>)</ruby>の名に違わぬ強力さだ。 「な、に」 「構うな。仕留めろ」  <ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が動けなくなったとしてもそれを宿す<ruby>主 <rb><rp>(<rt>マスタ<rp>)</ruby>はまだ動ける。その事実に気づいて任務に戻る私設軍の姿勢は、ギルドの一員としてぜひ見習いたいところ。ザクロとしても切り札を使ったはいいが打てる手はもう無い以上、彼にできることは状況の流れに身を任せることだけ。  use-skill "Necro Eclipse"  ザクロに打てる手は無いが、アンジュには打てる手がある。彼女の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>もザクロのそれと同じようにルーツの姿へと進化。黒い<ruby>神獣 <rb><rp>(<rt>スフィンクス<rp>)</ruby>となった<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の技は既に、ザクロが凍らせた敵へと届いている。――最も有名なスフィンクスの1つは「冥界の入口の守護者」として信仰されていたという。 「安らかにお休み」 「な、にぉ……ぐぁ……」  この階に居る私設軍の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>は皆、黒い球体に包まれた後に消滅していた。電脳を通して繋がっている<ruby>主 <rb><rp>(<rt>マスタ<rp>)</ruby>の脳機能諸共。  ばたりばたりと次から次へ倒れていく部隊の軍人。文字通り全滅するまでさほど時間は掛からなかった。 「なんとかなった……く」  宣言通り生き残ることはできた。しかし、窮地を切り抜けるために使った切り札もノーリスクという訳ではない。使う側の電脳にも大きな負担が掛かる類の物なのだ。おかげでこれから数日ほど2人は電子戦は不可能になる。 「ここでリタイアか。まあ、仕事は果たしたし許してくれるでしょ」 「十分十分。大人しく隠れるのが正解だ」  2人ともギルドの中でも上位だという自覚はあったが、今回はここが引き時。これ以上無茶ができるのは、より強い輩かより馬鹿な輩のどちらかだけだ。  47階、技術統括部。この階の面々の対応は迅速だったらしく、ケイジらが侵入した頃には既に社員の姿は1つも見えない。特に目を引くようなものも無く、同じ景色が延々と流れていく。 「情報通りに行けばこの奥、と」 「MJを信じてやろうではないか」 「逆です、逆。大昔のエンターティナーみたいになってます」  それでも足を止めないのは標的がこの階にあるという確信があったから。だからこそ、ケイジ達主犯格三人に加えて、ライモンとルカというギルドの頂点に位置する2人がこの階の担当を担っていた。少数精鋭で1番の戦力を揃えるだけの理由がここにはある。 「あらぁ、出待ちしてる子がいるみたいよ。もぅ、その気持ちだけでルカルカはクラクラしちゃうぞ☆」 「待ち伏せ、ね。……三十路過ぎの自覚ある?」 「三十路過ぎじゃないですぅ~。年齢非公開の永遠の17歳ですぅ~」 「2で割ったらね」 「お喋りね~。まな板の妖精さんは」 「そっちのメロンは腐りかけでしょ」 「寿命が伸びる程美味しいです~。……って、誰の果実が腐ってるって?」 「2人ともそこまで。来るぞ」  ルカとリオンの口喧嘩で脱線しかけたが、伏兵が居ることは間違いない。ギルドの中でも索敵能力に優れた彼女には生半可な隠蔽工作は効果はない。とはいえ、彼女が居なくとも伏兵が潜んでいることは容易に想像できる。自分達の標的があるということは、相手からすればそこに弱点があるということ。弱点をわざわざノーガードにしておく理由はない。 「特務部隊の……選抜隊」 「なるほど。それは強そうだ」  護衛が優秀であればあるほど、彼らが守る対象の重要度は高く見積もれる。どうやら同僚が得た情報に間違いはないらしい。それを証明するには前方から迫る一団を切り抜ける必要がある。アンジュとザクロを苦しめて戦闘不能にさせた部隊、そのエリートの中のエリートを相手にすることになったとしてもだ。 「ガハハハハ!! よい。存分に仕合おうぞ」  この状況に対して一切動じることなく高笑いできるのが、フラノ・ライモンという男。脳筋にして大雑把。豪放磊落を地で行く彼にとって敵が何であろうと問題ではない。問題なのは、敵が自分の力に耐えられるかということのみ。  call Mercurymon 「では手始めに――散れ」  平常時とは一転して、静かに2文字の言葉を告げる。瞬間、部隊の最前列に位置していた兵士十人が何の予兆も見せずに後方へと吹き飛ぶ。吹き飛ばされた兵士も、その後ろでとばっちりを受けた兵士も、<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>共々ノックアウト。彼らは自分の身に何が起こったかも知ることすらなかった  ライモンの強さは速さ。電脳の<ruby>性能 <rb><rp>(<rt>スペック<rp>)</ruby>を限界まで引き出し、常に先手を取って<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の<ruby>技能 <rb><rp>(<rt>スキル<rp>)</ruby>を叩きこむ。その技量を「神速」と評する者も居る程だ。 「ふむ。ジャブのつもりだったのだが……練度が足らんぞ、練度が」 「か、掛かれ!」  一蹴。腕を組んで豪快に笑う口元に反して、彼の目に喜びはない。まるで期待外れと言わんばかりの態度だ。圧倒的な力とそれに準じた振る舞い。それを前にして怯んだのが一瞬で済んだ辺り、特務部隊のエリートもただのお飾りという訳ではないらしい。 「よかろう。相手をしてやろうではないか」  その度量に全力を持って応えることが、ライモンという男。こういう性格だから、実力はあっても潜入など静かに取り組む任務が不可能だった。だが、正面から堂々と戦うことにおいて彼の右に出る者は居ない。  use-skill "Thousand Fist"  <ruby>主 <rb><rp>(<rt>テイマー<rp>)</ruby>に応えるように、ライモンの<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>――狼のマスクを被った緑の狩人が雄叫びを上げ、相対する敵の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>を片っ端から殴り飛ばしていく。50を上回る粒ぞろいの集団を前に不敵に笑う姿は<ruby>戦闘狂 <rb><rp>(<rt>バトルジャンキー<rp>)</ruby>。彼の滅茶苦茶な活躍のおかげで陣営にはすぐに一つの穴が開く。 「ここは私に任せて先に行けぇえい!」 「言いたかっただけでしょう、それ。では、ありがたく行かせてもらいます」  その穴を突いて、ケイジとリオン、アーミテジの三人が一気に飛び出す。 「……邪魔」  先頭はリオン。小さな身体に不釣り合いなコートを盾代わりに弾丸の雨を抜け、進路を阻む相手は魔眼で動きを止めて押しのける。その後をケイジとアーミテジが追い、背中を掴もうとする兵士の手を払いのける。  僅かな攻防を経て一気に疾走。遥か奥に潜んでいる標的目掛けてただ足を動かす。 「この……待て」  それでも意地と根性のある一部のエリートはケイジ達の追跡を開始。優れた判断力と行動力には目を見張るものがあるとケイジは敵ながら感心していた。彼にそれだけの余裕があるのは、自分が対処する必要のない問題だと割り切っていたからだ。 『あっれ~、いったいどこ行くのかにゃ~★』  ちっぽけな意地すらもあざ笑うように聞こえる、甘ったるい猫撫で声。電脳を介して聞こえるその声は、ケイジを追うという行動をした者にのみ向けたマエノ・ルカからの<ruby>死の宣告 <rb><rp>(<rt>メッセージ<rp>)</ruby>。彼女が一度補足した以上、彼女の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>――半人半魚の海神が持つ、<ruby>海王の牙 <rb><rp>(<rt>キングスバイト<rp>)</ruby>から逃れることは叶わない。  use-skill "Vortex Penetrate" 「逃・が・さ・な・い・ぞ★」 「か、ハ」  海神が投げた槍はわずかなずれを産むことなく、追跡者の<ruby>使い魔 <rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の腹を穿つ。だが、真に驚異的なのはその連鎖的な軌道。それはある標的への最短距離ではなく、捉えた標的すべてを仕留める最短距離。その魔弾のごとき軌道から逃れる術はなく、一度ケイジ達を狙った者は皆、意識外の不意討ちによって機能を停止させていく。追跡者を狙う追跡者。それがケイジ達が後方にほとんど意識を向けずに集中できた理由だ。 「そろそろ目的地だ」  追手をライモンとルカに任せ、作戦の中核を担う3人は駆ける。罠は飛び越し、伏兵は振り切り、ロックは半ば力押しでこじ開ける。それを繰り返すこと2分。彼らの目の前には1枚のドアがあった。 「あれか。力づくでこじ開ける」  アーミテジが右手の<ruby>機械義手 <rb><rp>(<rt>サイバーアーム<rp>)</ruby>の<ruby>機構 <rb><rp>(<rt>ギミック<rp>)</ruby>を起動。超高度の槍と化したその手を掲げ、内部に充填したエネルギーを持ってドアを破壊する。その奥にある標的――アスク・エムブラへと干渉するアクセスキーの持ち主と相対するために。   パラレル 2017-07-16T14:08+09:00 What is the cage? 3-3 http://digimonwebnext.webspace.ne.jp/bbs/?pid=digimonwebnext&mode=pr&parent_id=4747&mode2=tree  3. 「私を置いて作戦を開始するとはどういう了見だああああ!」 「やっと三馬鹿が追いついたみたいだな」 「なんで大声を上げて潜入してるのあの人たち」  遥か後方から聞こえる怒号に頭を痛めながら、カジワラ・ザクロ――チャットでDingoと名乗っていた男はハルサキ・アンジュとともに侵入者一団の先頭を全力で走っていた。ひとまずの目的地はエレベーターホール。しかしロビーは馬鹿みたいに広く、そこに辿り着くにはかなりの距離がある。  それでも距離の半分を稼ぐことができたのは、集団にはギルドの選抜隊50人だけでなく恐慌に駆られた一般市民も大量に混ざっていたため。雪崩れ込むその集団に対しては、アースガルズ社の平社員に打てる手は存在しない。武器の所持を許された警備員も一般市民が大量に紛れ込んでいては、この混乱が何らかのテロ集団の仕業だと理解していてもその武器をみだりに使うことはできない。この場で打てる手を持つ者は良心の欠片も一切持たずに効率のみを求める者のみ。 「……何か聞こえる」  1番最初に違和感に気づいたのはリオンだった。銀仮面越しに微かに知覚したその情報を逃すことなく追跡を開始。1秒と立たずに、その原因が既に遥か後方にあるビルの入り口にあることを理解した。  直後、ビルの入り口に重厚なシャッターが落とされる。煽動された一般市民も自ら潜入したギルドの面々も問わず、ビルの中に侵入してきた部外者の一切を閉じ込めた。 「警備員は退去せよ。――ここからは私設軍の領域である」  スピーカー越しに響いた指示通り、警備員は波が引くように一斉に後退。彼らと交代するように、特殊繊維の軍服を纏った小隊が侵入者の進路を阻む。その手で構えられた機関銃は1列に並び、引き金に掛かる指は1つも震えてはいなかった。 「やはり、そう来るか」  冷静であれば、集団のどの位置にいようと状況の変化を感じることはできる。その結果訪れる2秒後の未来を読んだケイジは先に心中で謝罪と黙祷を捧げた。 「――撃て」  小隊長の命令と同時に一斉に放たれる大量の弾丸。標的は正面に居る人間すべて。目的や経緯を確認することなく身体に無数の穴を穿っていく。シャッターを閉じたのはこの凄惨な現場を外部に漏らさないため。目撃者は1人たりとも逃さない、一方的な殺人ゲームの始まりだ。 「派手にやってくれちゃって。……ホント、笑えない」 「ああ、まったくだ」  しかし、一方的なのは一般市民が標的になった場合のみ。私設軍にとって本当の敵であるギルドの面々への被害は圧倒的に少ない。寧ろ、反撃の機会すら存在している。 「こじ開けるわよ」 「へいへい」  call Kaizserleomon  call Garummon  ghost_flip  先頭を走るアンジュとザクロは同時にコマンドを打ち込み、自身の身体の制御を<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>に受け渡す。  アンジュに宿るのは<ruby>黒曜<rb><rp>(<rt>オブシダン<rp>)</ruby>の鎧を纏った黒い獅子。ザクロに宿るのは金色の<ruby>刃<rb><rp>(<rt>ブレード<rp>)</ruby>を背中に備えた白銀の狼。2人の身体に宿った獣は刻まれた習性に従い、両手を地面に着けて顔だけ標的に向ける。その所作こそが<ruby>機構<rb><rp>(<rt>ギミック<rp>)</ruby>を起動させるスイッチ。2人の<ruby>全機械義体<rb><rp>(<rt>フルボーグ<rp>)</ruby>が獣として最適な形態へと変形する。  アンジュの両肩から細い銀色の筒が突出。両足の<ruby>脹脛<rb><rp>(<rt>ふくらはぎ<rp>)</ruby>の裏側が展開し、踵からスラスターが伸びる。背中の一部が剥がれ、前面へと垂れて顔を覆う黒獅子の仮面となる。  ザクロの両手両足の付け根から滑走用の車輪が落ちる。同時に身体の各部から金色の刃が展開。特に背中に左右に広がる一対のウィングブレードは優れた切れ味を持つ業物だ。また、黒獅子と同じく背中の一部が前面に垂れて、銀狼の仮面となる。  黒獅子と銀狼はそれぞれ内燃機関を激しく燃やし、身体の隅々にエネルギーを行き渡らせる。私設軍が慌てて機関銃の標的を2匹の獣に向けるが、その外殻には傷一つつかず、ただ無駄に弾丸と時間を消費するだけ。その事実を小隊長が理解する頃には、獣たちの狩りの準備は整っていた。  use-skill "Schwarz Koenig"  use-skill "Speed Star"  黒と銀の風が吹き抜ける。既に2匹の獣は小隊の中心へと到達。黒獅子が通った轍にはあらゆる物が砕かれ、銀狼が駆け抜けた跡には一切の物が両断されていた。間一髪被害を免れた者は瞬きの間に味方が殉職したという事実を受け入れられずに固まる。 『その程度の練度で止まる訳ないじゃない』 『今思い知ったところで仕方ないけどな』  獣の力で小隊の中心に切りこむ事には成功。そこから小隊を内側から破壊するのは、人の技こそが相応しい。そのための<ruby>命令<rb><rp>(<rt>コマンド<rp>)</ruby>と<ruby>機構<rb><rp>(<rt>ギミック<rp>)</ruby>も2人は持ち合わせていた。 『もう少し頑張ってね、ダーリン』 『頼むぞ、相棒』  Slide Evolve Human  <ruby>獣<rb><rp>(<rt>ビースト<rp>)</ruby>から<ruby>人<rb><rp>(<rt>ヒューマン<rp>)</ruby>への進化。獣として展開していた<ruby>機構<rb><rp>(<rt>ギミック<rp>)</ruby>はすべて閉じ、上体と両手は起き上がって2本の足だけで身体を支える。ここからが人として戦うための変化。その本番。  アンジュの右手人差し指に嵌められた指輪の台座から小さな円盤が飛び出す。ボタンほどの大きさのそれは、空中で円柱へと変形を開始。ニ三度宙を舞った後にアンジュが掴む頃、それは黒い柄と銀の穂先を持つ「断罪の槍」となる。同時に左手薬指の指輪の台座が膨張を開始。そのまま黒獅子の頭部を模した盾へと変形して左手全体を覆った。  一方、ザクロの両手首からは薬莢に似た銀色の筒が射出。彼の両手がそれらを掴んだ瞬間、先端から青白い光が飛び出して一定の長さで滞留。両手が握るそれは2本の<ruby>光剣<rb><rp>(<rt>リヒト・シュベーアト<rp>)</ruby>となる。  今2人が持つのは<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>専用に作られた武器。いつの時代も武器を持って戦うのは人の姿をした者の特権だ。  use-skill "Ewig Schlaf"  use-skill "Licht Sieger"  黒の戦士が巧に槍を振るい、銀の騎士が2本の光剣で敵を切り裂く。動きの1つ1つが洗練され、技を振るう様は絵の題材だと言われても一切違和感を覚えない。だが、個々の技よりも注目すべきはその<ruby>連携<rb><rp>(<rt>コンビネーション<rp>)</ruby>だ。互いに邪魔しない程度に遠慮のない立ち回りは、まるで長年連れ添った<ruby>兄弟<rb><rp>(<rt>ブラザー<rp>)</ruby>かと錯覚させる程。  事態は既に私設軍の一方的な展開では無くなっていた。 「『今のうちに抜けろ』と、ザクロは言っております」 「ご丁寧にどうも」  宣言通り、進路をこじ開けることには成功。最低限の責務は果たしたところで、ザクロの<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>が後方に向けて声を上げる。それを合図に後ろで防御に重きを置いていたギルドの面々は一気に駆けだした。 「『半分くらいは残ってよね』とハニーが」 「じゃ、遅れた奴で適当に」  アンジュのメッセージとケイジの返答が全員の尻に火を付ける。このまま置いていかれて、一般市民という不確定要素が存在する場所に長居するなど御免だ。先ほどの2人の<ruby>獣<rb><rp>(<rt>ビースト<rp>)</ruby>形態もかくやという速度で数十人が全力疾走。2人相手にほぼ半壊状態の小隊を追い越して、第1目的地であるエレベーターホールを目指す。 「1抜……え」  そうして小さな名誉欲しさに1番を取ったのは、チャットで1番最後に作戦への参加を了承した男。彼を待ち受けていたのは、4機の<ruby>駆動甲冑<rb><rp>(<rt>ムーバブルアーマー<rp>)</ruby>に内蔵された銃火器の掃射だった。1発1発が致命傷になる弾を数に任せて撃たれては、不用意に飛び出した彼の身体は木端微塵になるのが道理。モブには窮地を切り抜ける切り札など持ち合わせてはいない。 「もぎゅ」 「何してるんですか、モブの癖に」  しかし、モブだからといって必ず無意味に死ぬとは限らない。思わず目を閉じた彼の顔は巨大なバッグに押し潰されてはいたが、その身体には傷一つついてはいなかった。 「ぜ、はー……って、ゼオンさん」 「ども。このままだと僕のベイビーが活躍できる機会が無さそうだったので」  迫っていた弾丸の悉くはあの巨大なバッグによって――厳密にはバッグから飛び出した4本のロボットアームがそれぞれ持つ分厚い盾によって防がれていた。電脳経由でロボットアームを動かしながらも、ザイゼン・ゼオンは冷や汗一つ書いておらず、寧ろ軽い調子で返事を返すだけの余裕はある。それはつまり、反撃に転じるだけの余裕があることに他ならない。  Evolve level_Ⅵ 「実地実験ができるなんて、危険な綱渡りもするのも案外いいかもしれませんね~」  ピクニックを楽しむような場違いな口調。それが本人にとって場違いではないのは、今この現状がピクニックと大差ないということだ。電脳からコマンドを叩き込んだ先はバッグの中に仕組まれた機器すべての制御を担う彼の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>。直後、バッグは独りでに開き内蔵していた武器コンテナが解放され、その中核をなすボビンのような歯車が2枚露わになった。歯車は無数の武器が装填された<ruby>回転式弾倉<rb><rp>(<rt>シリンダー<rp>)</ruby>。手裏剣のような物もあれば<ruby>攻城兵器<rb><rp>(<rt>バリスタ<rp>)</ruby>用の巨大な鏃まで、大小や形状を問わない<ruby>多様さ<rb><rp>(<rt>バラエティ<rp>)</ruby>。総弾数も4機の<ruby>駆動甲冑<rb><rp>(<rt>ムーバブルアーマー<rp>)</ruby>が内蔵する弾の総数の合計を上回るかもしれない。バッグの下から伸びる杭を支柱にして武器コンテナを構える様は、1人の人間というよりも1つの兵器と言った方が適切だろう。 「おい、侵入者。……お前何をしようとしている?」 「まさか、その数の武器を一気に放つなんて馬鹿な真似はしないだろうな」  その異様な変形機構には、相対する<ruby>駆動甲冑<rb><rp>(<rt>ムーバブルアーマー<rp>)</ruby>の<ruby>搭乗者<rb><rp>(<rt>パイロット<rp>)</ruby>も息を呑む。<ruby>駆動甲冑<rb><rp>(<rt>ムーバブルアーマー<rp>)</ruby>を正面から戦えば文字通り一ひねりできるはず。だが、先手を打つよりも先に思わずスピーカーを通して問いかける程に、ゼオンのパフォーマンスは目を引いていた。  常人の立ち回りで考えれば、ゼオンが背負う武器の内で使えるのはせいぜいその数パーセントほど。戦いの中で切り替えて立ち回ったとしても最大で20%程しか使えないだろう。だが、一気にすべての武器を使う馬鹿げた方法がある。それは誰でも1度は想像がつく類の物。しかし、あまりに馬鹿げた真似であるため、誰も実戦で用いようとはしない。  use-skill "Sonic Slash Rain" 「ご名答。いやはや、<ruby>上層社会<rb><rp>(<rt>トップ<rp>)</ruby>の皆様は賢くて尊敬しますよ」  その馬鹿げた真似に浪漫を感じて全力を注ぐことが、ゼオンがギルドのテイマーである最大の理由だ。  <ruby>搭乗者<rb><rp>(<rt>パイロット<rp>)</ruby>の予想通りにコンテナ上の歯車から一斉に射出される、剣、槍、斧、槌、鉄塊、エトセトラ。爆発的な初速を持って放たれたそれらは――1/3程天井に激突しながら――綺麗な放物線を描き、物騒な豪雨となって<ruby>駆動甲冑<rb><rp>(<rt>ムーバブルアーマー<rp>)</ruby>へと降り注ぐ。  武器の豪雨は浪漫全振りの攻撃に見えて、理にかなった結果をもたらしてくれる。不規則な軌道で落下する武器は避けることは困難で、重力加速度の乗った衝撃には<ruby>駆動甲冑<rb><rp>(<rt>ムーバブルアーマー<rp>)</ruby>の頑丈な装甲と言えど無傷とはいかない。何より、浪漫全振りの大技だからこそそのインパクトで注意を引きやすく、より明確な隙を作ることへと繋がる。 「満足しました。――じゃあ、後はみんなの好きにしちゃってください」  既にエレベーターホールまで到達している侵入者は1番乗りのモブとゼオンだけではなくなっていた。50ものギルドの精鋭が集結して現実と電脳から攻撃を仕掛けている。その光景はゼオンの大技で怯み切った<ruby>駆動甲冑<rb><rp>(<rt>ムーバブルアーマー<rp>)</ruby>の<ruby>搭乗者<rb><rp>(<rt>パイロット<rp>)</ruby>にはどう映っただろうか。彼らの胸に最期に去来した感情は何だっただろうか。  少なくともはっきりしていることは、このエレベーターホールの防衛が長く持たないということくらいだろう。   「今さらだけど止められてるんじゃないのか、これ」  エレベーターホールでの戦闘が一段落着いた直後、誰かが第1目標のドアを叩いてそう言った。テロじみた行為がどこを発端にしているかは流石に相手も分かっているはず。だとすれば、これ以上の侵入を防ぐための手段としてエレベーターを停止させるという手を打っていてもおかしくはない。現に壁面に埋められたボタンを推しても点滅すらしておらず、カゴが降りてくる気配も感じられない。 「ちょっとー、ここまで来てどん詰まりとか止めてよね」  身体を張って物騒な騒ぎを起こしてきたのだ。遅れて集団に追いついたアンジュの言う通り、ここまで来て袋の鼠になるなんてことは流石に笑えない。特に彼女はザクロとほぼ2人で一個小隊を壊滅させる戦果を挙げたのだ。こんなことで手柄をパーにされては堪ったものではない。 「心配しなくていい。既に手は打ってある」  杞憂だとアーミテジが宣言した直後、それを証明するかのように壁面のボタンが点灯し、雷雲に似た音とともに3つの円柱状のカゴが1階に降下。気の抜ける音ともにドアが開いて自分達を待ち受ける。 「ジョウジに2日前から潜入してもらってたんだ」 「伝手があったから洗の……説得して仲介してもらったの」  ミヤモト・ジョウジ。チャットではJMと名乗っていた彼は警備員としてビルの監視室へと侵入し、こちらのサポートに励んでくれていた。ちなみにリオンが仲介に利用した<ruby>伝手<rb><rp>(<rt>コマ<rp>)</ruby>は、前回の潜入で真っ先に<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>の虜にされたイバ・マスミ氏である。彼の<ruby>使い魔<rb><rp>(<rt>サーヴァント<rp>)</ruby>は現在もリオンの支配下にあったのでありがたく利用されてもらった。上司の突然の殉職の原因を作り、今度は自社を標的とした企業テロの片棒を担がされるとは、彼もなかなかに災難な男である。 「じゃあ、後は流れで」 「オッケー、好きにやらせてもらう」  今さら計画を確認する必要はない。エレベーターでそれぞれ目的の階に到達した後は、各自の判断でそれぞれの責務を果たすのみ。  結果さえ残してくれるのなら、その過程や行動は一切口出ししない。それが今回の作戦に参加する全員に対する譲歩。ただ、首輪を外して本性を解き放つことは作戦にとっても意味がある。全力で好き放題やってくれることこそが、彼らの行動に求める1番の条件なのだ。 「者どもぉお、掛かれぇえええええい!!」 「密室で叫ばないでください」   パラレル 2017-07-16T14:07+09:00