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ID.5007
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2018/06/20(水) 00:07
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それは悪魔の様に黒く 九話 一
         
三月に入っても真田は何も黒木 藤音の痕跡を見つけられなかった。延々と学校のどこかにないかと調べても何も見つからない。

「……ねぇねぇ、世莉さん。エカキモンが手助けしちゃダメなの?」

昼食を食べながらの蘭の提案にうーんと世莉は唸った?おそらくそうすれば解決はするだろう。でもどうやって解決したかも明かさないわけにはいかなくなる。それは真田にその能力を伝えるということと同じだ。

一応は隠してある。聖達にも知られているしおそらく他にも潤理の様な知っている誰かはいる。だとしてもまだ大丈夫なのは知られていけない相手には知られていないからだろうとも考えられる。

「えと、ならアイギオテュースモンが、手助けするのはいい、よね?」

え?と世莉が首を傾げるとアイギオテュースモンは腕に付いた鞭をダウジングのように揺らしてみせた。

「……精度は高くないし、それが吉か凶か、みたいな、その、それぐらいしかできないけど。この捜査でいいのか、どうか、ぐらいはわかると思うよ」

実際にはそれはハッタリだった。ユノモンならともかくアイギオテュースモンではそれはできない。しかし黒木 藤音がどこで死んだか亜里沙は見当がついていた。

そもそも踏切で事故死というのが不自然なのだ。何故事故死に見せかけられたかということを亜里沙は警察の資料をクラッキングして調べた。

結果わかったのは黒木 藤音の肉体は踏切まで歩いていたことだった。

投げ込まれたのではなく、踏切まで歩いてその上で轢かれた。可能性は幾つかあるだろうが、亜里沙はこれと真田達の調査から一つの仮説を立てた。

この件にはマミーモンのような死体や魂になんらかの干渉をできるデジモンが関わっている。

そもそも、マミーモンの調査で成果が期待できるのはマミーモンの様な能力を持ったデジモンが関わっていない時に限定される。

学校や踏切以外で殺された可能性がなくなったわけではないが、どこかの見当がつかない以上はそれに固執してはダメなのも自明だった。

もし彼等がチョ・ハッカイモンもその踏切で死んだらしいことを知っていればそれを疑っただろうが、井上はその事を誰にも話していなかった。依頼をやはり受けるという連絡こそ受けたものの事件に関係があると思っていなかったし井上は真田達の調査の仕方を知らなかった。

二月末の入試結果を受けてその準備や、卒業前にとなにかと誘われる事も多く、ほとんど話す機会が持てていなかった。

喫茶店で真田とマミーモンに占いの話をし、アイギオテュースモンは当然凶相を示した。

「……クソっ、まぁわからないんじゃ仕方ないか」

「一気に核心に飛びつこうとしたのが間違いだったのかもしれない。となるとどうするか……」

一月もかけてないとはいえ、それだけあれば学校全体は歩きまわれる。薄々これは結果が出ないと悟っていたらしい真田とマミーモンは悔しそうではあったが素直に手詰まりを認めた。

「人間関係…かなぁ。でも黒木 藤音はかなりの人数から恨みを買っていたはずだ。加えて現場は学校の側、特に誰かと絞れない……」

「……となると連れているデジモンの情報が必要だな。少なくともその時そのデジモンを殺せる実力者でないといけなかったはずだ。不意打ちであれなんであれ」

となると白河さんに三年の情報がないか聞くかと真田は電話をかけ出した。

「まぁ、私みたいな速いのが人間の方狙って不意打ちしたならば強くなくてもいいんだが、私は強いが」

縁のコーヒーに添えて出された角砂糖をガリガリ齧りながらザミエールモンがそう言うと、真田は嫌そうな顔をした。

それは確かに否定できなかったし、薄々気づいてはいた。

「……でもお前は白河さん殺すの失敗してたろ」

「矢で殺そうとしたから。別のやつで成功したからと調子に乗った」

ん?待てよとマミーモンも話を側で聞いていた亜里沙や世莉も眉を顰めた。

「……ん、あぁ、殺してはない。殺してはないから。うちのクソ親どもがな?ついには自分の娘の体を売ろうとして来やがったから股間とか脚を射抜いたりしただけ。救急車呼んだし一応生きてる。退院もしたし、それから家に帰って来なくなって楽になった」

ザミエールモンが今は少しだけ反省してると言ったのに縁は人差し指でその頭を撫でた。

いやいやおかしいだろとマミーモンは言いたくなったが、縁に睨まれて追求するのをやめた。

「甘過ぎるだろ……あ、このコーヒーの話な」

マミーモンはブラックコーヒーを飲んでるにも関わらずそう言った。どう考えても皮肉だったが、ザミエールモンは特に気に止めず角砂糖を齧っていた。

世莉も亜里沙もあえてそれには触れなかった。その内に真田の電話も終わったが、芳しい結果は出なかったようで首を横に振った。

「とりあえず知ってる人がいないか話こそ聞いてくれるもののやっぱりそこは実際に戦った事のある委員長に聞くしかないんじゃないかってさ」

「……私から連絡取る?」

世莉に言われて真田はうーんと肩肘をつき、カバンから白い棒状のものを取り出した。

一瞬タバコの様にも見えたがそれはボキッと折れた。

「タバコを吸う探偵も定番だからかココアシガレット常備してるんだってさ、探偵さんは」

ザミエールモンはそう小馬鹿にして笑った後で真田に向けて手を出した。

「……今の流れでなんで貰えると思ったんだよお前」

お前今めっちゃ俺のこと馬鹿にしてたじゃんと言いながらザミエールモンの前で箱からもう一本取り出してこれ見よがしに食べようとするとザミエールモンはそれを横から掻っ攫った。

「それしかないならそうするか……」

真田がはぁとため息を吐いた。真田から見ても委員長にとっての世莉が何か特別らしい事は容易にわかる。

そして巻き込まれてほしくないこともわかる。答えてくれない可能性だって十分にあるが、一方でなら自分が聞いて答えてくれるかと考えると果たしてどうだろうと真田は思った。普通の誰かはやはり彼にとっては守る対象ではないかと。

ふと、世莉の携帯に一本のメッセージが届いた。

情報のことでお困りならば相談してくれていいんだよ?私は三年にも情報源があるから。 あなたの潤理。

まさかここにも何か仕込まれているのかと世莉が机の下なんかを少し見ているともう一度メッセージが来た。

追伸、学校に残っていた白河さんとの電話を盗聴しただけなのでそこが喫茶店ならばそこにドリッピンはいないです。

ドリッピンというのはあの液状の使い魔かと世莉は思いながら真田達にその事を、潤理の名前は出さずに告げた。

「んー……怪しいが、話だけは聞いてみる価値があるか。情報は何と引き換えだって?」

真田がそう言うとまたすぐにメッセージが来る。

私と一日デートしてくれればそれだけで。私は正義を傷つけたくない、私はあなたも傷つけたくない。あの時は邪魔されたから本当に二人っきりで少し話がしたいだけ。

世莉はもしやと自分の鞄を漁ると鞄の底に昨日の瓶と同じ形の瓶に同じピンクの液体が詰まって入っていた。昨日のそれは百均で買った梱包材でぐるぐる巻きにされて世莉の部屋の隅の発泡スチロールの箱の中にしまわれている筈だからそれは明らかに学校で仕込まれたものだった。

「……これで、聞いてるの?」

世莉が蓋を開けて話しかけると、その液体は昨日見た様に生き物の様な姿になって口のところまで登って来た。

「その通り、せっかく渡した分身が何も言えなくされてしまったからね。代わりに一つ私のお友達に入れてもらったのさ。このドリッピンは真田君が持っているといい、白河さんの陰謀でなにかと君達は今後組まされそうだしね。君にも正義は一目置いてる様でもある」

黒木さんに比べるとまぁそれほど騒ぐ程でもないけどね、とスプラッシュモンの声を甲高くした様な声で喋るドリッピンに真田は眉を顰めた。

「……女子か?」

別にその言葉に特別意味はなく、強いて言うならばそれは世莉に話をちゃんと聞かないと委員長に好意を持ってる女子は多いから誰が本体か特定できそうにないなという程度のものだったのだが、それは潤理とスプラッシュモンの逆鱗に触れた。

「どうやら君は大した奴じゃないらしい。体積が少ない使い魔では声が本体と違うかもしれないと考える脳もない様だからね。その手に持ったコーヒーを頭蓋の中に流し込んでカサ増しでもしたらどうだろう?まだマシになるかもしれない」

そうなると君かな?とドリッピンの小さな目がザミエールモンに向けられた。

「嘉田 悠理。私と同じように究極体ではないが究極体とも張り合えるデジモンを連れている。学校の成績はまぁ一応の指標にしかならないが一桁から落ちた事はないようだし、元はここは真田が始めたようだから君ではなく真田をと思ったがひょっとするとここの本当の頭は君なのかな?」

「いやいや、そう評価されるとそんな素敵で凛々しくて可愛い悠里に付いてる私としても嬉しいね」

ザミエールモンの明るい声にこいつ本当チョロいなと真田が呟いたが、ザミエールモンは今度は真田を睨みつけた。

「でも、まぁ真田のやつは適当で寒い悪口とスベってる探偵になりきった挙動ばかりする様なやつだから許してやってくれよ。あいつは脳みそコーヒーで浸すまでもなくすでに脳みそにコーヒー染み込んでティラミスみたいにぐずっぐずだから」

真田を庇う言葉が出てきたことに目を丸くしている二人を無視してザミエールモンは話を続ける。

「私達は毎日来るわけじゃない。真田も毎日ここにはいない、ここ数日は縁が一番よくいるけど土日はまずいない。黒木さんも来るのはまばら。ここの奴らと連絡を取りたいならこの場所自体に置いておくのが一番いい。マスターに置いておくよう頼んでおくことならできるかも」

「ではお願いしてもいいかな?」

任されたとザミは言って真田の方を見てニタァと笑った。

その頭を縁が撫でるとザミは何も言わない真田にへいへいと両手と尻尾の先の手と三つの手で催促した。

真田は悔しそうに顔を歪めながらココアシガレットを一本ザミエールモンの前に差し出した。

「ところで、話し合いっていうのはどこに行けばいいの?」

世莉がそう聞くと、潤理はデートね、と訂正した。

「……デートはどこで?」

「私は二人で話せればどこでも構わないから、好きな場所を指定してくれていいよ。でもそうだな……美術館なんてどうかな?ネットで検索しても出ないのだけども、ガラス工芸品を中心とした美術館が近くにあるんだ。小規模なこともあって混み合うこともなく、土日でもほとんど人が入っていない。館内は館長の趣味なのかレコードでクラシック音楽が流されていてね、とても落ち着いた雰囲気のある場所だ」

どうかなと聞かれて世莉はじゃあそこでと了承した。明らかに潤理が世莉の目と耳を知っていて指定しているのが少し恐ろしく感じたが、むしろ知らないわけがないと世莉は思い直した。

さらに潤理は今週の土曜日の予定を聞いて来た。問題ないと世莉が答えるとそれは良かったと明るい声が返ってきた。

「じゃあ、当日の話はまたメッセージでやりとりをしようか。君の友達を心配させたいわけじゃないけども盗み聞きされたくないからね」

情報は集まり次第手紙にでも書いて渡すよと言ってドリッピンはまたたんなる液体の様な姿へと変わった。

「……おし、とりあえずマスターからプチプチと布貰ってくる」

「いや、アホかお前」

席を立とうとする真田を抑えてマミーモンは瓶の蓋を閉め、シャルシュルシュルと一回りもふた回りも大きくなるほど厚く包帯を巻きつけた。

そして、インテリアで窓の手前に積まれているらしい厚い本を取るとそれをぱかっと開けて中にしまうと同じ様に中身が空らしい本の形をした小物入れ二つで挟んで元の位置に戻した。

「……探偵のキャラ付け様のこれ見よがしに厚い本だからな、本とか同じのしか置いてないと普通に読む分には飽きるし」

マミーモンは誰に言い訳するでもなくそう言い、真田もそういえばマミーモンはそういうデジモンだったと座った。

「ところで、縁さんに聞きたいんだけどもあの液体はどんな匂いがした?」

真田が報酬かの様にココアシガレットを縁に渡すと、縁はそれをそのままザミエールモンに渡した。

「えと、でもそんなに信用できないと思うよ?私の鼻、ゆうちゃんがそうだってこともわからなかったし……」

「かもしれない。でも、それは能力が現れる前に嘉田と知り合ってたからかもしれない。だから聞いておきたいんだ」

世莉は潤理であるということを口にするのは控えていた。あれだけ敏感だったのだし、話してる時は男というのを貫いていた。少なくとも肉体的に女性であるのがバレる事に繋がる内容は言わない方がいいと思った。

限りなく少ない情報、それは聖の様に持っているデータを全て視認する形ならばマイナス要因だったが縁のそれの場合は余計な先入観を持たない印象を露わにするとも言える。

もちろんそれはその発言からの印象のみ、当たるも八卦当たらぬも八卦という感じではあるのだが。

「……なんだろう、なんか甘いお薬みたいな嫌な感じでわざとらしい感じに甘い感じ……えと、なんか作り物、みたいな感じ」

多分だけどと言う縁にザミエールモンはその頭の上まで行き、よしよしと撫でた。

亜里沙は聖から聞いてそれが誰かは知っていた。性別のことは知らないまでも、作り物という印象がそこにある液体からの匂いはあくまで本体でない作り物だからではないだろうと察した。

「作り物……ね。今のが作ったキャラだっていうならかなりの演技派だな」

マミーモンは呟いてコーヒーを一口啜り、そいつを頼るしか今できることがないってのが一番嫌なとこだなと苦々しげに呟いた。

ID.5008
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2018/06/20(水) 00:09


それは悪魔の様に黒く 九話 二
顔にピンク色の液体を丁寧に刷り込みながら彼は鼻歌を歌っていた。

「上機嫌だな」

「それはもう。手段がこうであることや警戒されていることはとても歓迎できたことではないけども、デートだもの、わかるだろう?」

わかるよとスプラッシュモンは頷きながら返した。

潤理は、側から見てもわかるぐらいに浮かれていた。それこそスプラッシュモンが一言声をかけておこうと思うほどに。しかし同時に、それもまた仕方ないと思えてしまうのは潤理を知っているからだ。

「当日はどんな格好をしていったらいいだろう、胸を潰したら異性として意識しているというのが前面に出すぎてしまうかな?」

彼は親元から離れている。叔父と叔母と従兄弟との四人暮らし。両親と妹とは東京にいる。

「それは問題なかろうが、前に胸を潰した時は次第に苦しくなってまともに話せなくなってしまったんじゃなかったか?通販である程度しっかりした矯正用の下着を買うかした方がいいんじゃないか?」

理由は居づらくなったからだ。中学生の時、彼は親友だと思っていた幼馴染の女子に性別をカミングアウトした。

結果、彼は孤立した。

彼は学校自体が嫌いなわけではなかったがその学校に通うのはもう無理だったので転校させる事にした。

家から通える私立の学校も検討したが、従兄弟が同学年にいて万が一にも孤立させたクラスメイトと会わない私立の学校に行く事になった。最終的に差になったのはその私立の学校では女子の制服にズボンがあった事だった。

彼は女子として中学校を卒業した。女子に擬態したままで今も高校に通っている。

「……でも知ってるだろう、私。ちゃんとしたのはそこそこな値段がする」

潤理はカミングアウトはもうしないと決めた。この学校に入った時は本当にそのつもりだった。

「まぁその分で次の約束を取り付けるとでもいうなら私はその方がいいとは思うが……」

彼は高校に入ってから一人にだけカミングアウトした。

「それはいいね。何か耳寄りな情報でもあれば良いんだけども……神室 亜里沙の話は彼女を傷つけるかもしれないし、藤音さんの連れていたデジモンの話か藤音さんが居なくなった途端に何かしらやり始めた奴等のリストとかどうだろう?あの頃にはもう大体ドリッピンは設置済みだっただろう?」

黒木 藤音、彼女にだけは言っても大丈夫だろうと、もう一度だけ信じることができたし藤音はその期待を裏切らなかった。

「そうだな、おそらく全体は把握できてないがそれでも十数人なら名前とクラスはわかる。パソコンをハッキングさせて住所と電話番号、写真も入手してリストを作っておこう」

でもその藤音はもういない。藤音は死んでしまった。潤理の心が崩壊しない様張るだけ張って支えてくれた根は自然と枯れてなくなるのでなく乱暴に引き抜かれてむしろ潤理の心を砕いた。

そんな中で世莉を見つけた。

世莉が正義の口にする変わったきっかけの女子だというのはすぐわかった。その行動を目を離さずにじっと見てれば次第にわかる、自分の為と言い訳しながら実際それで得しているとは言い難い。

とはいってもトイレと更衣室に仕掛けたドリッピンはユノモンに排除されてしまったので目は離していた時間もあるにはあるのだが、世莉はきっと自分でも受け入れるのだろうと思うには充分な時間世莉を見続けた。その隣にいる人々に憧れ続けた。その隣に立つことを夢想し続けた。

元からそうだろうと思ってはいたものの今日の真田の女かという反応で潤理は確信した。きっと受け入れてくれると。世莉は味方の真田と害しようとしたかもしれない自分との間にすら優劣をつけていない。

潤理は正義の味方だが正義は潤理の味方ではない。

誰でもいいから自分の味方が欲しい。

子供のような動機だと潤理は自分でも思ったがその気持ちは無くしてしまうことができなかった。

スプラッシュモンではいけない、スプラッシュモンは鏡写しの自分自身だからいけない。

その気持ちは嘉田のそれに近いものだった。

潤理は受け入れて欲しい。違うようで同じもののようで少しだけ異なるもの、

潤理は人を信じられなかったが同時に良い人という存在を信じ続けることができた。

正義がそれを教えてくれていた。なんの得にもならないのに誰かの為に手を差し伸べられる誰かはいるのだと。正義自身は信じられないがその話は信じられた。信じられる状況で刷り込まれていたから信じ続けられた。

だから藤音が手を伸ばしてくれた時にその手を取れた。本当に藤音がそうなのか疑いながらではあったものの助けを求められた。

藤音は助けてくれる人だった。潤理の心の闇を受け止めてくれる人だった。

そして今は世莉がそうだと信じられる。

でも大っぴらに助けてと誰かの見てる前で声には出せない。傷口を露わにすればほとんどの人は嬉々としてナイフで抉りにくるのだとそう潤理とスプラッシュモンは思っている。

すでに経験しているからだ。

群れからはぐれたら襲われる。自分より弱い個体と見られたら襲われる。庇護者を失っても襲われる。誰かの弱点と見られても襲われる。

全部経験済みだ。クラスから孤立し傷つけられ、デジモンがいない女子だからと襲われ、正義は知る由もないが藤音がいなくなった時にまた襲われた。そして正義の弱点として襲われたのがつい数日前。

そのほとんどが女として襲われたのも余計に潤理を傷つけた。自分がありのままでいられないとどれだけ苦悩したかわからない、その傷口にナイフが突き立てられる。ぐりぐりとぐりぐりと傷口をほじくられる。

ただでさえそれは気持ちが悪く、悍ましく、とても赦されたものでないというのに。

スプラッシュモンはまだ知られていない能力があった。その一つが姿を変える能力。なりたい自分に変われると、信じられる様なそんな能力。そういう風に捉えればよかったのかもしれないが潤理とスプラッシュモンには捉えられなかった。

変わった姿は仮初めの姿だ。仮初めの姿が増えれば増えるほどそれはあくまで仮初めでお前自身の根本は何も変わっていないのだと思い知らされる様な気がした。

彼等は自分を受け入れられていない。

世莉なら受け入れてくれるだろうという身勝手な機体と同時に世莉さえも自分を受け入れてはくれないのではという怖さがある。

自分は確信できているがその自分を疑っているから確信しても確かと思えない。

だから傷つくにしても口外しない相手に。きっと世莉は自分の闇を他人に勝手にさらけ出しはしないだろうと。

そうして潤理とスプラッシュモンはその日を迎えた。

潤理は黒いズボンに黒のローファー、白いワイシャツの上にワインカラーのセーター、さらにその上からグレーのジャケットを羽織っていた。まだ三月も初め頃で少しそれは肌寒い格好だったが潤理は異性として意識されることを意識した。

自身の顔は女性的だ。正義でさえ中性的な顔をしている、そういう血筋だからそれは仕方ないのだが正義と違うのは体格も女性的である点だ。

ローファーの中にはドリッピンを仕込み、肩にもドリッピンを仕込み、なにかを締め付けたりはしなかったが代わりに全体のシルエットは男性的になる様とにかく意識した。

つい浮かれて待ち合わせ場所に二十分も早く着いてしまったと潤理はバス停のベンチに座った。

そうだ、忘れてはいけないと黒の革手袋を着ける。この為に買ったそれはつい数ヶ月前にもらったお年玉をごっそりと持っていったが目的を思えば安いものだと潤理は思った。そう思ってしまわないといけない点が痛い買い物だったと考えている証左でもあるのだが。

そわそわするのを抑えながら、自分のばくばくする心臓を押さえながら、世莉が来るのを待つ。

世莉はおそらく十分前に来る。蘭と竜美が待ち合わせには必ず世莉は十分前に来ると言っていたのをドリッピンが聞いていたからきっとそうだと潤理は思った。

十分で落ち着いておきたかった。こうも高鳴った心音はひょっとすると聞こえるかもしれない。喫茶店の時には気にされてなかった様だけども、喫茶店では音楽が常に流されている。

あの時は、酷い邪魔が入ったものだった。

ドリッピンは本当に害するつもりはなかった。ただ、もしも受け入れてもらえなかったら自分と会った記憶を消すつもりで用意していただけだったのに。

おそらく神室 亜里沙だろう。白河 聖は誰にも話さず何にも書きうつさずに置いた予定を把握する術がない。

対面すれば心を多少読めるがそれは反応から読み取るもの、水面に石を投げ波紋と音から深さや広さを見るような直接心を読むのとは程遠いものだ。

でも今日は大丈夫だとも潤理は思った。どこに行くかは正義には伝えてあるが誰ととは伝えていないから正義も手を出して来ることはないだろう。邪魔は入らない。神室 亜里沙が出て来る理由さえなければ邪魔されることはない。

「私、こっちを見るんだ私」

スプラッシュモンが潤理の顔の前に差し出した掌は鏡として潤理に自身の顔を見直させた。

「そんな顔をしていてはあらぬ疑いを持たせてしまう」

潤理はグニグニと自分の顔を揉んで表情を整えた。ただ、その時点で一つ誤算があるとしたらすでに世莉が遠くにはいたことだ。

竜美と蘭の話は間違ってはいない。間違ってはいないが、正確な話をその時二人はしていなかった。

世莉は人混みというものが苦手だ。公共交通機関は混む時間帯は避ける。

その点で潤理は正しい時間帯を指定した。土曜日の朝のラッシュと昼のラッシュの中間ぐらいにあたる時間。目立った観光地もないこのバス路線は混雑とは無縁だろうから世莉もバス停待ち合わせでも特別嫌ではなかった。

ただそれでも世莉は気分が悪くなってもいい様に余計に時間を取っている。余計に時間を取り、一息吐いて呼吸を落ち着けた上で十分前に来れるように二十五分前にその近辺にいる様にしている。

だから潤理の一挙一動を遠くから見ていた。実体を持ってないスプラッシュモンよりも感覚器に優れた世莉は、気づかれない距離から見ていた。特に警戒しているからとかそんなものではなく、待ち合わせする時の習慣の相手に待たせたかもと思わせない為の行動として。

「……何を企んでるんだろう」

世莉は微糖の缶コーヒーの空き缶をゴミ箱に放った。

「それとも何も企んでいないのかも。委員長の従兄弟なんでしょ?委員長が結構暴れていたって話もあったしストッパーとしてみたいな」

「私達で止められるわけじゃないだろうに」

葵の時にはたまたまだったと世莉もレディーデビモンも思うのだが、潤理がどう考えているかはわからないから気を引き締める。実際は見当はずれであることなどわかるはずもない。

「じゃあ性別のことを改めて口止めかな」

「かもしれない」

あまり待たせるのもよくないと世莉は潤理の方に向かった。

三月とはいえこの辺りではまだ桜の開花宣言もされていない。もう少しで咲くのだろうがまだまだ肌寒い。

世莉は黒い薄めのダウンジャケットに黒の手袋黒のスニーカー、ジーンズだけが黒ではなかったがそれも濃い青で夜道ではきっとそのぎょろっとした目だけが浮かび上がるのだろう姿だった。

「お待たせ」

「いや、今来たところだよ」

五分は待たせたのにと世莉は思ったが、潤理は潤理で思っていたよりも五分も来るのが早いと焦っていた。

「じゃあ行こうか、実は歩いて行ける場所なんだ」

潤理がそう言って先導する。

「そこはガラス工芸好きのおじいさんが個人でやっていてね。コレクターであり、歳が歳だけにコレクションをこのまま朽ちさせるのは惜しいと販売もしている。幾つかは手の届く金額だった筈だから、気に入ったら値段を聞いてみてもいいと思うよ」

あることを潤理は狙っていた。無理やりではいけないのは知っている。ただあわよくば異性として意識して欲しい、そして可能ならば手を握りたい。素手ではおそらく無理だろうし嫌がられるだろうが革手袋ならあるいはと思っていた。

「……それは美術館?」

「そこでは嘘は吐いていないよ。確か、あそこには匂いで他人をある程度判断出来る子がいただろう?正確には美術館を自称する個人商店の区分だけどね、邪魔を入れたくなかったんだ。酷いやり方だったとは思うけども、とにかく邪魔を入れずに話すことが目的だったんだ。情報自体は幾らでも提供するよ」

あぁそうだと潤理は鞄から封筒を一つ取り出した。

「もう卒業式は終わったけども……三年の名前と顔と住所電話番号と付いてるデジモンのリスト。一応不明の人も入れてリストアップしてある。付いているデジモンに関しては文字情報だけだけどもね。先に渡しておくよ」

潤理なりの誠実さの表れだった。情報屋としてしか接点がないから入り口がそうなるのは仕方ないとして、余計な駆け引きやら何かを入れたくはなかった。

そもそもそれは純粋な恋心かもわからないのに。

「ありがとう」

世莉がそう言って封筒を受け取ってトートバッグに入れる。流石にそれは学校指定のものであったりはしないがあまり綺麗とも言い難く使い古しの様に見えた。

明らかに自分の格好は世莉のそれとかけ離れているとわかっても潤理は落ち着いていた。その状態は想定内だ。意識させることが目的なのだから世莉にギャップが与えられるならとむしろ歓迎さえしていた。

「他に聞きたい事はあの後出た?」

「いや、出てない」

何か聞いておくべきだろうかなんて世莉が考えているうちにその店に着いた。一見民家に見えるその扉を開くと色鮮やかなガラス細工が所狭しと並べられていた。

その部屋自体には誰もいなかったが、カウンターが一つあり、その奥へと通じる扉が開いていてそこに誰かいるのだろうという事が察せた。

「……ところで、何か話があるんじゃなかったの?」

世莉にそう言われて潤理は戸惑った。確かに邪魔を入れずに話したいと言われれば何か話があるのだとそう思っても仕方がなかった。

「……そうだね。うん、確かに」

自分のミスに気づき、これを好機と取ろうと勇気を持って口を開いた。

「話を、聞いて欲しいんだ」

話出しは潤理自身も意外だった。

「私は犯されそうになったあの日からずっと辛かった。藤音さんには助けてもらったし話も聞いてもらえた、でもいなくなった。そうしたら傷口が大きく開かれた様だった」

ダメだろ、こんなことを話したら引かれるに決まっている。いきなり話し出すべき内容じゃない。

困惑する気持ちと裏腹に潤理の中から言葉は溢れてくる。こうして話すのは藤音が死んで以来だった。スプラッシュモン相手にはそもそも言葉にする必要がなかったから口にしていなかった。

世莉の目は揺れなかった。目つきの悪さはそのままでとても安心なんて感じさせる様なものではないのに、それでも潤理の堰を切った思いは止められなくなっていた。

「父と母には話せなかった。私が中学の時に気安くカミングアウトしたことで迷惑をかけていたし、今は一緒に住んでもいない。叔父と叔母にも話せなかった。もうすでに十分お世話になっているし、デジモンの事なんて話せなかった。正義がやっている事だって伝えたら卒倒するだろうと思った」

潤理は世莉の目を見てられなくて横を向き、ガラス細工を見てる風を装って少し腰を落とした。もしも見ていたらどこまでも言葉を止められなくなりそうで、この場で泣き崩れてしまう様な気がした。

「……未だ、時々夢に出るんだ。覆い被さってくる男の生温い息が、下卑た声と飢えた獣の様な目が、夢の中で私に向けられる。そんな夢を見た後は決まって藤音さんに相談したくなる、話したくなる、メッセージを送るでもいい。でももういないからできない。一言、たった一言でもいい、読んだよとか聞いたよという報告だけでもいい。私は、それで、私は……」

こんな言い方をしてなんで話を聞いてくれるだろう。いくらなんでも切り出し方は唐突で言い分は身勝手だ。

言葉に詰まった潤理の背中に世莉の手が置かれた。

「大丈夫、聞くから、落ち着いて」

世莉は自分の方に改めて向けられた泣きそうな顔を見てその手を取った。

「今度からは私に送ってきてくれればいいから」

互いに手袋をしている。潤理は皮のもの世莉のは毛糸だが厚い、熱が伝わるには厚すぎる壁だというのに潤理はその手に確かに暖かさを感じた。

潤理は涙が出そうになるのを我慢してありがとうと呟いた。

世莉と潤理はそれから二十分ほど見て、潤理は青紫色の花のブローチを買った。

それを潤理は世莉に渡そうとしたが世莉は一度断り、話を聞いてもらうことになるからと言われて仕方なく受け取って、同じものの色違いを買って潤理のジャケットに刺した。

「……お昼はどこか決めてあったの?」

世莉に言われて潤理は目を丸くした。潤理は世莉がこっそりとその鋭敏な感覚で辛そうにしていたことがあるのを亜里沙以外で唯一知っている。

チャイムがなり教室から出て行った世莉が顔を洗って気持ち悪さをどうにかしようとした水道にもドリッピンが潜んでいたからだ。

飲食店というのはきっとあまり好まないだろうと思っていた。あの喫茶店の様に人もまばらで人もまばらでメニューは少なく匂いはあまり混ざっておらず、いる席も個室の様になっているならばともかくとして通常の飲食店には向かないだろうと。

とはいえもちろん考えていなかったわけではなかった。お昼に誘い、一緒に昼食を取ってから帰宅するというのが潤理の計画。負担をかけない様に、嫌われない様にという臆病さが前面に出ていた。

「この時間帯だとどこも混んでしまうから、テイクアウトのものを公園ででも食べようかと思っているのだけど、どうかな?」

行く公園は潤理のよく通る場所だ。至る所にドリッピンが仕込んであるから、純粋な通行人や遊びに来た子供達から、草木の専門家か何かなのか変なところに分け入る人、ふとキスでもしたくなったのかわざわざ人目を避ける行動を取っている人まで公園内にいる人間のほとんどを把握できる。

「……あまり高くないとこなら」

世莉はさっき買ったブローチの値段と財布の中身を思いながらそう答えた。最近は喫茶店に入り浸っている事もあって財布事情が芳しくない。土日の喫茶店でのバイトの給料は翌月の二十日に口座に入れるという話で、三月初めからの世莉の手元に入るには間があった。

潤理は幾つか候補は考えていたが、全国チェーンのハンバーガーを選んで勧めてみた。親しみやすいのと、その店舗は店内に入らないでも持ち帰りできるカウンターがあら事からそれを選んだ。

一応他にもテイクアウトできる店や、やはりまだ寒い季節だから昼時でどこも混んでいるとはいえ比較的空いているだろうお店なんかも幾つか考えてはいたが、世莉が頷いたのでそうすることにした。

一番安い組み合わせでハンバーガーとコーヒーを買った世莉はベンチに座ろうとしてふと違和感を感じた。

なんだか妙にベンチの一部が綺麗だった。ベンチの端の方は見てわかるぐらいに砂埃が付いているのに二人座れるぐらいの幅が綺麗に拭き取られた様になっていて、その上、手を置いてみると野晒しにされてたはずなのに少し温かくすらあった。

ふむと耳をすますとすぐ近くに池があるわけでもないのに水音が少し聞こえた。

「ドリッピン使った?ありがとう」

世莉に言われて潤理も曖昧に微笑みながら座る。バレたら気持ち悪がられると思っていた。

潤理にとってスプラッシュモンは自分自身だから、その一部であるドリッピンは体液とそう変わらない。ドリッピンで温めておいたというのは殿の草履を懐で温めておきましたという豊臣秀吉もびっくりの唾液で温めておいたとかそういう感じのものである。ドリッピンは唾液と違ってそこに染み込むわけでもないが、それでも潤理の感覚的にはそうだった。

褒められた喜びと、実は気持ち悪がってるんじゃないかという疑心暗鬼の中でだから神室 亜里沙には止められたのかと理解する。

体液と考えている視点で見れば潤理は化粧水と偽って自分の体液を肌に刷り込ませようとした変態という事になる。

今後はやらない様にしようと心に決めた。

ID.5009
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2018/06/20(水) 00:10


それは悪魔の様に黒く 九話 三
そしてベンチで少し喋りながら話し、じゃあそろそろという時にそれは来た。

「行こうか、こっちから行こう」

潤理はそこから離れようとそう世莉に声をかけ、世莉は立ち上がる。しかし、それだけしかできなかった。

「……正義、どうしてここに?」

砂を巻き上げながら走って来たのだろうジャスティモンに、それと一体となっているだろう正義に潤理は冷静を装って問いかけた。

「……あの日以降携帯のGPSは僕が閲覧できる設定にしていたの忘れたか?」

「そうだったね、君と藤音さんだけが見れるように設定したんだった。でも今聞いてるのはそこじゃない、見てわかるだろう?デートなんだ、そう物騒な感じで来られると困るよ」

「心当たりがないとは言わせないぞ、潤理。死ぬ可能性だってあったそうだ」

「……そうか、正直驚いたよ。まさかそれほどとは思わなかった」

潤理はポツポツとそう返し、一歩二歩とベンチから離れた。

「まさか正義にチクる程プライドも何もあったもんじゃない奴等だとは思わなかった。自分が襲おうとした相手にも関わらずチクるだなんてね」

「潤理!」

「で、どうするんだよ。私はたしかに死んでもいいと思って彼等を傷つけた。正当防衛だなんて言う気はないさ、君の基準では確か、未遂で済めば最初は警告のみ、二回目を行ったり計画したらそのデジモンを殺すんだったか」

私はすでに二回目だなと言った潤理に合わせてスプラッシュモンは姿を現わす。

世莉の耳には水音が周囲から集まって来ているのが聞こえ出した。

「……私としては身内だからともう一回ぐらい見逃してくれることを期待してる。君は私の味方だと信じたい」

信じたい。その言葉が既に正義は見逃さないだろうと思っていることを告げていたし、実際それは間違っていなかった。

ジャスティモンの右肩のコードが切り替えられ、右腕はあからさまに重量のある形へと変わる。それは純粋な腕の機能の強化、格闘戦をする時に好んで使う腕だった。

「例え潤理でも変えたら公平じゃなくなる……」

本当に君がそういうやつからと潤理は呟いた。

スプラッシュモンの指先がジャスティモンに向けられる。指の向けられた先を避ける様にしながらジャスティモンは接近し、拳を握ってスプラッシュモンの腹を貫いた。

「……痛いな、姿は瞬時に変えられても思考は咄嗟に追いつかない。貫かれてないとわかっているのに貫かれた様な気になって痛みを感じるんだろうな」

腹を貫かれたままにスプラッシュモンがそう口にし、両手の指をジャスティモンの鳩尾に突き立てた。

指から噴き出した水はあっという間にジャスティモンの肉を抉り、ジャスティモンは即座に離れたにも関わらず砂を熊手で掻いた様にはっきりと傷跡を残した。

「姿のない痛みに君も苛まされた事があるだろう。胸が痛むというやつだ。肉体は万全なのに何かが足りなくてそこから血が流れ続けてる様な痛みがするんだ」

潤理がそう喋る間にもジャスティモンの脇腹の傷は埋まっていく。

「君はそうだ、そういう能力を持っていたっけ。羨ましいよ、傷跡が残らない。私達の能力なんてこの程度のものだからね。姿は自由になるのに私達の心はずっとあそこに囚われたままだ」

スプラッシュモンの右腕が十数本に枝分かれしていく。その全ての先端に手が形作られ、その指先がジャスティモンに向けられる。

「……結局君のそれも君の体力を消費するもので無限にできるわけじゃない」

高圧水流が数十本、指の角度、手首の角度で細かく調節しながらジャスティモンに降り注ぐ。その殆どをジャスティモンはその身体能力で避けるなり、腕で受けるならしたが、それでも数本が肉を抉った。

「……醜いよな、こういう格好は。醜いんだよ、でもとても綺麗じゃいられなかった!」

ふとジャスティモンは足を止めた。止められた。

放出されていた液体でできた水溜りはゴムの様に粘性のものに変わってその足を絡め取っていた。

最早高圧水流を避ける事は叶わず、全身を貫いた。

「……まるでゲームのヒーローみたいだよ正義。大抵ゲームのヒーローはそうだ、悪役は殆どが一度やられたらおしまいなのにヒーローは何度でもコンティニューしてくる」

全身を貫いた傷も瞬く間に埋まり、ジャスティモンは少し転んだだけかの様に立ち上がり、肩のコードを付け替えた。

潤理はジャスティモンというデジモンの戦闘を何度も何度もドリッピンで見ていた。だからその腕に変えた時には勝ったと思った。このまま勝ち目はないのだと諦めて話し合おうとしてくるのだと思った。

その腕は外見的には取り立てて特徴のない腕だった。少なくとも潤理の知る限りはジャスティモンがその腕で戦闘をしたのは見たことがなかった。純粋な格闘の為の巨大な腕アクセルアームと、なにかを切り裂く為の光る刃を出力するクリティカルアーム。この二つが潤理の知るジャスティモンの主な武器だった。

バチッ、という音が鳴り辺りから湯気が上がりだした事で潤理は自分の勘違いに気づいた。

それは単に今まで使う機会がないだけだった。潤理の言うように使えるエネルギーは通常寄生先の人間に依存する。だから潤理は辺りにドリッピンをばらまいてエネルギーストックを用意したわけだし、ザミエールモンがレディーデビモンと戦った時もなるべく小さなサイズで事を済ませようとした。

ジャスティモンもそれは同じだった。拳で殴る方が消費は少なく、何かを排除する必要があるならば不用意に傷つけすぎない刃物がいい。電撃を扱うブリッツアームはなにもしていなければ一番消費が少なかったが電撃を扱えばどの腕よりもエネルギーを消費した。

「……正義!スプラッシュモンを殺すということは私を殺すのも同然だぞ!」

自分の肉体に電気を流して熱することで纏わりついていたドリッピンを蒸発させたジャスティモンは潤理の言葉など意に介さずに歩き始めた。

焦ったスプラッシュモンの背のチャックが開き、巨大な水でできた獣の姿になる。地面に散ったドリッピンを回収し、先程から集めていた公園に散らせてあるドリッピンも取り込んで、スプラッシュモンは絶対に近づかせない様にと水で竜巻の様なものを起こした。

放り込まれれば水圧と流れに体が引きちぎられる様になり、巻き込まれた石も研磨されて矢じりとなって突き刺さる。ただの肉の塊を入れたならば瞬く間にミンチになったことだろう。

でも相手はジャスティモンである。

確かに竜巻はジャスティモンを呑み込んだ。しかし呑み込んだ端から光が瞬き、湯気を上げて小さく小さくなっていき、後には体表が少し焦げ付いたジャスティモンだけが残った。

これで自滅していてくれたならばというスプラッシュモンと潤理の思いも虚しく、ジャスティモンの体表はすぐにつるりと元のなんでもない様な状態を取り戻した。

「潤理、もうおしまいだ。僕だって苦しいさ。戦いたくないし倒したくもない。でもきっとスプラッシュモンと一緒だと君はこの暴力をもっと多くの人に向ける。その人達の為なら僕は君を切り捨てるよ」

手のひらいっぱいに砂を受けたならば、きっと全ては受け止められない。指の間から落ちた砂を拾って戻そうとすれば全ての砂がこぼれ落ちるかもしれない。だから零れ落ちた砂は零れ落ちたまま。

「……ッ、そうだよな、そうだ。君はあの時もそうだった。私が苦しんでいる中で君は私を放り出し!これからの被害が起こらない様に怒りに狂って暴れまわったんだものな!」

救われないままになった人間は救われぬままになり、そして道を誤れば今度は排除すべきものとして扱われる。全体を第一としたならばそうなるのは必定だ。

「藤音さんだけが私の話を聞いてくれていた!藤音さんが居なくなって誰にも話せなくなった!何も私を救うことに繋がらないとはいえ私がそうして被害に遭ったことで戦いだした君に私はとても相談なんてできなかった!」

まして、正義は零れ落ちた砂粒まで拾おうとした人を知っている。全てを助けようとして自分の命も含めた全てを取りこぼした人を知っている。

「でも考えなかったか!?私は一体誰にこの苦しみを打ち明ければよかった!デジモンを知らない相手にどう打ち明けられる!?藤音さんがいなくなったら私が頼れるのは君しかいなかった!君しかいなかったが君は私を救わなかった!!」

ならば何かを切り捨てないといけない。

「……ごめん。でもだからってやっちゃいけないことはやっちゃいけないんだ」

ただ、それは正義の理屈であり、そこにいたのは潤理とスプラッシュモン、正義とジャスティモンだけではない。

ジャスティモンの前に立ちはだかったのはレディーデビモンだった。

スプラッシュモンの体に向けて潤理の手をしっかりと掴んで飛びついたのは世莉だった。

思わずスプラッシュモンが人型に戻り世莉を受け止めると、世莉はその腕にしっかりとしがみついた。

「もし、スプラッシュモンを殺そうとすれば世莉も潤理も殺す事になる」

レディーデビモンは止まれとジャスティモンの胸を軽く押した。

それにジャスティモンは引きもしなかったが進みもしなかった。

「……なんで黒木さんはそうするんだ」

その正義の言葉に世莉は答えなかった。代わりに答えるのは立ちはだかっているレディーデビモンの役目だった。

「私の為。探偵稼業に手を貸すには情報源がいるの」

その答えに正義は拳を強く握りしめた。

「……嘘だ。そう言いながら黒木さんの行動は明らかに自分を勘定に入れてない!」

「リスクを受け入れてその先のメリットを見てるだけよ」

「だとしても僕はこうする!一度そうしたからには貫かなきゃいけない!」

ジャスティモンがレディーデビモンを押しのけてスプラッシュモンに近づこうとし、レディーデビモンは当然それを阻もうと組み付く。

なんで、なんでと声を荒らげながら引き剥がそうとするジャスティモンが不意に吹き飛んだ。

組みついていたレディーデビモンも引っ張られ転びそうになったが肩を掴まれて引き戻された。

一体何がとレディーデビモンが見ると引き戻した手はザミエールモンのものだった。

「占いってやつは便利だよな、その場にいなくても危機かどうかまで占うなんてことができるらしい」

右腕にスパーダモンが姿を変えた馬上槍を持ちザミエールモンは尖った歯を剥き出しにして笑った。

その大きさは既にジャスティモンより二回りも大きく、世莉達が見た中で最も大きかった。

立ち上がったジャスティモンは既に腕をアクセルアームに切り替えており、ザミエールモンに向けて先ほどまでのどの動きよりも速く動きだしたがザミエールモンはより速かった。

突き出される拳を槍で受け弾き、泳いだ体に回し蹴りを打ち込んだかと思えばその動きのまま残された足を尻尾の先についた手で払う。

そしてその場で頭から転んだジャスティモンの右肩に深々と体重をかけて槍を突き刺した。

「体調が悪いのかいスーパーマン。ヴィランはここだぜ?と、言えって真田がうるさいらしい。まぁでも悪役なのは確かだな」

右肩に刺された槍を抜こうと伸ばした左腕をザミエールモンは踏みつけた。

「お前が喫茶店乗り込んで言ってた危うく黒木も殺すかもしれなかったデジモンは私だ。生憎当分改心する予定はないが、悪役らしいことをする予定もない」

こうピンと張った耳だからわりと遠くから既に話は聞こえてたとザミエールモンは言いながら腕の弓からジャスティモンの左腕に矢を放ち、軽く突き刺さったそれを地面につくまで深く刺さるように踏みつけた。

「まぁ聞いてる限りは正しいさ。でも知ってたか?スーパーマン、石でも人は殺せるんだぜ?」

一瞬でもジャスティモンの上から姿を消したザミエールモンは瞬きする内にまた同じ場所に立った。その両手と尻尾の手には公園の中にあったのだろう拳大の石が握られていた。

「お前はさ、デジモンさえいなければ犯罪をしないと思ってるかも知れないが……なッ!」

なんとか足を跳ねあげて抜け出そうとしていたらしいその脚をザミエールモンは石で打ち付けた。ぐしゃりと折れたその脚にさらに何度も石を打ち付ける。

「……そもそも、そういうことする前に家族として接してやらなきゃなんねーんじゃねぇのかよ」

急に話し出したザミエールモンに正義が感じた疑問を見透かしてかザミエールモンは顔面を踏みつけた。

抵抗はもうできなかった。

ザミエールモンが槍を引き抜くと槍はスパーダモンに姿を変え、ザミエールモンは指先はどのサイズまで小さくなるとスパーダモンのたてがみの中に潜った。

「あ、とりあえずいつもの喫茶店までな。スパーダモンはスパーダモンで目立つし」

また一瞬だけ顔を出したザミエールモンに言われ、世莉はスパーダモンをトートバッグの中に入れてこれはぬいぐるみだと自己暗示をかけながら抱えた。遠目ならば誤魔化せるだろうが近くで見れば当然何かおかしいとは思われるだろう。

ただ、世莉はすぐに歩き出しはしなかった。

「……レディーデビモン、お願い」

「えぇ、わかってる」

ジャスティモンの左腕に刺さった矢を抜き、レディーデビモンは右手を差し出した。

ただ、その手は掴まれなかった。傷はすでに塞がり、外見上は取り立てて問題はなかったが正義の心中はぐちゃぐちゃだった。

思えば潤理が酷く人を傷つけたと聞いた時からすでに冷静ではなかったのだろう。義務感と、人と会うと言っていた事からもしかして今日もと思って急いで来た。

そこで世莉といたのを見て正義はもしかして世莉を傷つけようとしているのではと早とちりもした。実際は違ったが、だからよかったではなく、そう考えてしまったことが正義を追い詰めていた。

ああも感情的な潤理を正義は今日初めて見た。

逆に言えば潤理は襲われたその日でさえ正義に弱く見える様な振る舞いはしなかった。だからこそ正義は潤理をフォローするのではなく襲った相手をどうにかしようと奔走した。

家族一人救えずに、むしろ取り返しのつかない様な事をしていたと。そう気づいたらもう立ち上がれなかった。

レディーデビモンの手を取れなかったし、取る資格もないと思った。

「……多分だけど、正しくはあったんじゃない?」

レディーデビモンの左手がジャスティモンの腕を掴んで立ち上がらせた。

「とりあえず、そこのベンチで頭冷やしたら?潤理の事は今は私達に任せて、話し合う時には立会人ぐらいはするから」

ジャスティモンが立ち上がったのを見届けて世莉は歩き出した。潤理は少し、ついて行くのを躊躇ったが世莉が振り向いて来ないのと聞いたので後ろに続いた。

「あー……そうだ。嘉田さんはともかく他の人には誰かわからない様席外してもらう?」

「……いや、いい。大丈夫。スプラッシュモンは出さないでドリッピン通じて話させれば、私はドリッピンの本体に派遣されたメッセンジャー風を装えると思う。元からそれは少し考えてたんだ」

「……あと、みんなの前ではどう扱えばいい?そう性別の話題が出るとも思えないけど、隠してるなら……」

「うん、そうしてくれると嬉しい」

軽快とは言い難い足取りの潤理に、世莉はスパーダモンに耳元で少し服に掴まる様にと言って鞄を片手で抱える様に持ち替えて片手を自由にした。

「……デート、なんでしょ?」

そうして差し出した手を潤理は小さく頷いて掴んだ。世莉はしっかりと握り返した。

ID.5010
 
■投稿者:ぱろっともん 
■投稿日:2018/06/20(水) 00:33


それは悪魔の様に黒く 九話 あとがき
デート回です。私の中ではデート回です。

そして世莉さんの貴重なデレです。嘘つけ終始誰にでも態度はほぼデレデレだろとか言われたらそれが世莉さんだものとしか言いようがない世莉さんですけども。

あと祝、委員長敗北回ですね。前から一応言ってはいました、ザミエールモンはサイズ如何ではジャスティモンより強いよと。言ってなかったとしたら申し訳ない、そうなんです。ただ燃費が悪すぎるのでカップ麺も作れないぐらいしか維持できません。世莉さん助けに向かうためにそれなりに飛ばしてきたりもしてるのでジャスティモンがあと一分抵抗してたら負けてます。

もう少しね、近くに嘉田さんがいればまた違うんですがね……本体の嘉田さんは喫茶店で腹減ったって言いながらオムライスとか食べてます。

あとはまぁやはり潤理君の事に触れるわけですが、なかなかの思春期男子感が出たと思います。彼もデスジェネラル付きなので嘉田さんと比べてもらうとわかるんですが、彼の周りの人は悪い人という悪い人がいないんです。そもそも頼れる大人って何それ架空の生物?という嘉田さんと違い、頼れる大人も相談できる従兄弟もいたはずなのに相談できなくなってしまったのが潤理君です。

嘉田さんは周りが人間の堕落の巣窟みたいな環境で悪意を向けられるという事は当たり前なのだという中にいましたが、潤理はそうではないので悪意をむける姿は醜いと思うし自分で嫌うんです。

そんなところでまた次回、公園に取り残された委員長と、聖さんと、去勢され男君達の話の予定です。

ID.5027
 
■投稿者:夏P(ナッピー)  MAIL
■投稿日:2018/07/09(月) 22:51


ウルトラマンより全力出せる時間短いんかザミエールモン!
 遅くなってしまいましたがい、委員長が負けたァーッ!?
 どうも、夏P(ナッピー)です。激昂した委員長は潤理君のことをかくも感情をあらわにする姿を初めて見たと言っていましたが、むしろどちらかと言えば委員長が根っこの部分を出してくれたような気がする。しかし今回敗れたとはいえ、魔人ブウばりの再生能力とはやりおるジャスティモン。
 スプラッシュモンは虎モードがすげーカッコ良くて好きなんですが、仕方ないけど活躍できなかったか……というか、タイトルにも付けたようにザミエールモン強すぎる。時間制限さえなければ最強ではなかろうか。


 世莉さんはイケメン。デレとか優しいとか超えて普通にイケメン。これは惚れるのもやむなし。レディーデビモンもなかなかいいところ持っていく……潤理君、君と呼んでいいかわからないけれどこれは惚れる。あと本心曝け出してしまうわ!
 一方の委員長、これまで完全無欠の存在だと思っていたがそうでもなかった……というか、今にも折れそうに見える。というか、以前からそうでしたが名前がとても皮肉だ。
 去勢……。


 一気に話が動いた気がしますが、次回登場する去勢も楽しみにしております。